(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024128852
(43)【公開日】2024-09-24
(54)【発明の名称】高力ボルト摩擦接合構造
(51)【国際特許分類】
C23C 28/00 20060101AFI20240913BHJP
C23C 22/42 20060101ALI20240913BHJP
【FI】
C23C28/00 C
C23C22/42
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023038108
(22)【出願日】2023-03-10
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】後藤 天志郎
(72)【発明者】
【氏名】莊司 浩雅
(72)【発明者】
【氏名】清水 真
【テーマコード(参考)】
4K026
4K044
【Fターム(参考)】
4K026AA07
4K026AA13
4K026BA03
4K026BA08
4K026BB08
4K026BB10
4K026CA23
4K026CA31
4K044AA02
4K044AB02
4K044BA10
4K044BA12
4K044BA17
4K044BB03
4K044BC01
4K044BC02
4K044CA11
4K044CA16
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】美観の低下の抑制とすべり係数の向上とを両立できる高力ボルト摩擦接合構造を提供する。
【解決手段】高力ボルト摩擦接合構造FSは、Znを含むめっき部(第一めっき層21,第二めっき層27,第三めっき層31)を表面に有する複数のめっき鋼材(第一めっき鋼材20,第二めっき鋼材26,第三めっき鋼材30)を、高力ボルトによって摩擦接合させる高力ボルト接合構造であって、複数のめっき鋼材(第一めっき鋼材20,第二めっき鋼材26,第三めっき鋼材30)が重ね合わせられた部分において、1つ以上のめっき鋼材(第一めっき鋼材20,第二めっき鋼材26,第三めっき鋼材30)のめっき部(第一めっき層21,第二めっき層27,第三めっき層31)の上に配置され、Ti及びZrのうち少なくとも一方を含む化成被膜42,43,46を備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Znを含むめっき部を表面に有する複数のめっき鋼材を、高力ボルトによって摩擦接合させる高力ボルト接合構造であって、
前記複数のめっき鋼材が重ね合わせられた部分において、1つ以上の前記めっき鋼材の前記めっき部の上に配置され、Ti及びZrのうち少なくとも一方を含む化成被膜を備える、
高力ボルト摩擦接合構造。
【請求項2】
前記化成被膜における前記Tiの含有量と前記Zrの含有量との和は、40mg/m2以上、250mg/m2以下である、
請求項1に記載の高力ボルト摩擦接合構造。
【請求項3】
前記化成被膜は、Pを含む、
請求項1又は2に記載の高力ボルト摩擦接合構造。
【請求項4】
前記Pの含有量は、200mg/m2以上、700mg/m2以下である、
請求項3に記載の高力ボルト摩擦接合構造。
【請求項5】
前記Tiの含有量と前記Zrの含有量との和は、40mg/m2以上、250mg/m2以下であり、
前記和の前記Pの含有量に対する比は、0.06以上、0.6以下である、
請求項4に記載の高力ボルト摩擦接合構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、高力ボルト摩擦接合構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1のように、めっき処理が施された複数のめっき鋼材を、高力ボルト、ナット、及び座金によって摩擦接合させる高力ボルト摩擦接合構造が知られている。めっき部は、通常、亜鉛(Zn)を含む。
【0003】
特許文献1の高力ボルト摩擦接合構造では、めっき部のビッカース硬さを母材である鋼材表面のビッカース硬さよりも大きくすることによって、すべり係数を向上させる。また、特許文献1では、対向するめっき鋼材のめっき部同士の間に配置された、化成被膜としてのりん酸亜鉛被膜によって、すべり係数が更に高められる。
【0004】
また、特許文献2には、めっき処理が施された鋼板のめっき層の表面にりん酸塩皮膜を形成する技術が開示されている。りん酸塩皮膜に含まれるりん酸塩の結晶粒子が有する光の散乱作用によって、鋼板の光沢を低下させる防眩性を高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2016-156425号公報
【特許文献2】特開2021-127475号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
通常、高力ボルト摩擦接合構造の表面では、接合部が形成された後、時間の経過によって、めっき部から亜鉛が外側に流出すると共に、流出した亜鉛を含む酸化物、いわゆる白錆が形成される。白錆は、高力ボルト摩擦接合構造の美観を低下させる。
【0007】
ここで、本件開示者らは、めっき部鋼材が重ね合わせられた部分に配置された化成被膜にチタン(Ti)及びジルコニウム(Zr)のうち少なくとも一方を含ませることによって、高力ボルト摩擦接合構造の接合部のすべり係数を向上させつつ、白錆の発生を抑制できるという、新たな知見を得た。この点、特許文献1及び2のいずれにおいても、白錆に起因する美観の低下の抑制と、すべり係数の向上との両立については、何ら検討されていない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示は、上記に鑑みなされたものであって、美観の低下の抑制とすべり係数の向上とを両立できる高力ボルト摩擦接合構造を提供する。
【0009】
本開示に係る高力ボルト摩擦接合構造は、Znを含むめっき部を表面に有する複数のめっき鋼材を、高力ボルトによって摩擦接合させる高力ボルト接合構造であって、複数のめっき鋼材が重ね合わせられた部分において、1つ以上のめっき鋼材のめっき部の上に配置され、Ti及びZrのうち少なくとも一方を含む化成被膜を備える。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、美観の低下の抑制とすべり係数の向上とを両立できる高力ボルト摩擦接合構造を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1(A)は、本開示の実施形態に係る高力ボルト摩擦接合構造の平面図であり、
図1(B)は、本開示の実施形態に係る高力ボルト摩擦接合構造の側面図である。
【
図2】本実施形態に係る高力ボルト摩擦接合構造の化成被膜の一部を拡大して説明する2-2線断面図である。
【
図3】Tiの含有量と、塩水噴霧試験における240時間経過後の白錆発生率との関係を説明するグラフである。
【
図4】
図4(A)は、すべり試験用の試験体としての高力ボルト摩擦接合構造の仕様を説明する平面図であり、
図4(B)は、すべり試験用の試験体の仕様を説明する側面図である。
【
図5】リン(P)の含有量とすべり係数の測定値との関係を説明するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本実施形態を説明する。以下の図面の記載において、同一の部分及び類似の部分には、同一の符号又は類似の符号を付している。ただし、図面における厚みと平面寸法との関係、各装置や各部材の厚みの比率等は現実のものとは異なる。したがって、具体的な厚みや寸法は以下の説明を参酌して判定すべきものである。また、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれている。また、明細書中に特段の断りが無い限り、本開示の各構成要素の個数は、1つに限定されず、複数存在してもよい。
【0013】
<高力ボルト摩擦接合構造>
まず、本実施形態に係る高力ボルト摩擦接合構造FSを
図1~
図2を参照して説明する。
図1(A)及び
図1(B)に示すように、本実施形態に係る高力ボルト摩擦接合構造FSでは、複数のめっき鋼材が、高力ボルト34、ナット36、及び座金38によって摩擦接合される。また、高力ボルト摩擦接合構造FSは、
図2に示すように、化成被膜42,43,46を備える。
【0014】
(めっき鋼材)
本実施形態では、高力ボルト摩擦接合構造FSは、めっき鋼材として、一対の第一めっき鋼材20と、一対の第一めっき鋼材20を挟む第二めっき鋼材26及び第三めっき鋼材30からなる一組のめっき鋼材と、高力ボルト34と、を有する。めっき鋼材には、高力ボルト34の軸部が貫通するボルト孔が形成される。ボルト孔の図示は省略する。
【0015】
なお、本実施形態のめっき鋼材の個数は4つであるが、本開示ではこれに限定されず、めっき鋼材の個数は、2つ以上、任意である。以下、本実施形態のそれぞれのめっき鋼材について具体的に説明する。
【0016】
(第一めっき鋼材)
第一めっき鋼材20の板状部22は、
図1(A)及び
図1(B)に示すように、長手方向Lに沿って延びる。また、第一めっき鋼材20の板状部22は、
図1(A)中で長手方向Lに直交する幅方向Wに沿って略一定の幅を有する。また、第一めっき鋼材20の板状部22は、
図1(B)中の上下方向である厚み方向Tに沿って一定の厚みを有する。
【0017】
第一めっき鋼材20では、複数のボルト孔は、板状部22の長手方向Lの端部22E側であって、第二めっき鋼材26及び第三めっき鋼材30と厚み方向Tにおいて重なる部分にそれぞれ形成される。端部22Eは、
図1(A)及び
図1(B)中の左右方向の中央に位置する。
【0018】
なお、本実施形態では、
図1(A)中の左側の第一めっき鋼材20では、板状部22の第二めっき鋼材26及び第三めっき鋼材30と重なる部分に2つのボルト孔が形成される。また、
図1(A)中の右側の第一めっき鋼材20では、板状部22の第二めっき鋼材26及び第三めっき鋼材30と重なる部分に1つのボルト孔が形成される。なお、本開示では、ボルト孔の個数は、1つ以上、任意である。
【0019】
また、一対の第一めっき鋼材20は、
図1(A)及び
図1(B)に示されるように、互いの板状部22の端部22E同士が対向配置された状態で、第二めっき鋼材26及び第三めっき鋼材30と、高力ボルト34によって接続される。なお、本実施形態で用いられる高力ボルト34は、高力六角ボルトであるが、本開示の高力ボルトの形状は、六角ボルトに限定されず、例えばトルシア形等であってもよい。また、本開示では、ナットや座金の形状についても、それぞれ適宜変更できる。
【0020】
また、第一めっき鋼材20は、
図2に示すように、第一母材20Bと、めっき部としての第一めっき層21とを有する。本実施形態の第一母材20Bは、厚み6mm未満の鋼板、いわゆる薄板である。なお、本開示では、母材は薄板に限定されず、例えば6mm以上の厚みを有する鋼板であってもよい。
【0021】
第一めっき層21は、例えば、1~10質量%のマグネシウム(Mg)、2~19質量%のアルミニウム(Al)、及び、2質量%以下のシリコン(Si)を含む。また、第一めっき層21の組成としては、Mg及びAlの合計量が30質量%以下であると共に、残部が亜鉛(Zn)及び不可避的不純物からなる。なお、本実施形態では、第一めっき層21にSiが含められているが、本開示ではこの構成に限定されない。例えば、めっき層がSiを含まなくてもよい。
【0022】
Mg及びAlは、第一母材20Bの耐食性を向上させる成分である。また、Siは、第一母材20Bへの第一めっき層21の密着性を高める成分である。例えば、Mgは、3質量%程度、Alは、11質量%程度、Siは、0.2質量%程度、及び、残部は、Znである。本実施形態の第一めっき鋼材20としては、溶融Zn-Al-Mg-Si合金のめっき鋼材が用いられる。なお、本開示では、めっきの種類はこれに限定されず、適宜変更できる。
【0023】
第一めっき層21は、所定の含有量(換言すると、付着量)で、第一母材20Bの表面に、例えば浸漬法等のめっき処理が施されることによって、第一母材20Bの表面に所定の厚みを有するように形成される。本実施形態では、例えば、51~383g/m2の含有量で、第一めっき鋼材20に溶融Zn-Al-Mg-Si合金のめっき処理が施されることで、第一めっき層21を第一母材20Bの表面に設けることができる。
【0024】
本実施形態では、第一母材20Bと第一めっき層21とが重なった状態が、第一母材20Bの表面全体に形成される。なお、本開示では、これに限定されず、めっき層は、例えば、母材の表面の一部に形成されてもよい。
【0025】
(第二めっき鋼材)
第二めっき鋼材26は、
図1(A)及び
図1(B)に示されるように、第一めっき鋼材20と同様のめっき鋼材である。本実施形態では、第二めっき鋼材26が第一めっき鋼材20の板状部22と厚み方向Tで重なる部分に、3つのボルト孔が形成される。第二めっき鋼材26は、
図1(B)中の板状部22の下側の板面に重なった状態で、高力ボルト34によって板状部22に接合される。
【0026】
また、
図2に示すように、第二めっき鋼材26は、第二母材26Bと第二めっき層27とを有する。第二めっき鋼材26の第二母材26Bと第二めっき層27とは、第一めっき鋼材20の第一母材20Bと第一めっき層21と同様であるため、重複説明を省略する。
【0027】
(第三めっき鋼材)
第三めっき鋼材30は、
図1(A)及び
図1(B)に示すように、第一めっき鋼材20と同様のめっき鋼材である。また、本実施形態では、第三めっき鋼材30の形状は、第二めっき鋼材26と同一である。なお、本開示では、第三めっき鋼材の形状は、第二めっき鋼材と異なってもよい。
【0028】
本実施形態では、第三めっき鋼材30が第一めっき鋼材20の板状部22と厚み方向Tで重なる部分に、3つのボルト孔が形成される。第三めっき鋼材30は、
図1(B)中の板状部22の上側の板面に重なった状態で、高力ボルト34によって板状部22に接合される。また、
図2に示すように、第三めっき鋼材30は、第三母材30Bと第三めっき層31とを有する。第三めっき鋼材30の第三母材30Bと第三めっき層31とは、第一めっき鋼材20の第一母材20Bと第一めっき層21と同様であるため、重複説明を省略する。
【0029】
本実施形態のめっき部である第一めっき層21、第二めっき層27及び第三めっき層31は、いずれもZn-Al-Mg系の成分を含む。なお、本開示では、複数のめっき層のうちのいずれかがZn-Al-Mg系の成分を含んでもよい。また、本開示では、めっき部がZn-Al-Mg系の成分を含むことは、必須ではない。
【0030】
(高力ボルト、ナット、座金)
高力ボルト34は、第一めっき鋼材20のボルト孔、第二めっき鋼材26のボルト孔、及び第三めっき鋼材30のボルト孔を貫通する。高力ボルト34の軸部の先端は、ナット36にねじ込まれる。なお、高力ボルト34の頭部と第二めっき鋼材26との間、及び、ナット36と第三めっき鋼材30との間にはそれぞれ、座金38が配置される。
【0031】
(化成被膜)
本実施形態では、
図2に示すように、第一めっき鋼材20の重ね合わせ面22Aには、化成処理によって化成被膜42が形成されると共に、板状部22における重ね合わせ面22Bにも、化成被膜42が形成される。
【0032】
本実施形態では、第一めっき鋼材20の板状部22と、第二めっき鋼材26と第三めっき鋼材30とを摩擦接合した際に、第一めっき鋼材20の板状部22と第二めっき鋼材26とが重なる部分における、第一めっき鋼材20の板面を、重ね合わせ面22Aと称する。同様に、第一めっき鋼材20の板状部22と第二めっき鋼材26とが重なる部分における、第二めっき鋼材26の板面を、重ね合わせ面26Aと称する。
【0033】
また、同様に、第一めっき鋼材20の板状部22と第三めっき鋼材30とが重なる部分における、第一めっき鋼材20の板状部22の板面を、重ね合わせ面22Bと称する。また、同様に、第一めっき鋼材20の板状部22と第三めっき鋼材30とが重なる部分における、第三めっき鋼材30の板面を、重ね合わせ面30Aと称する。
【0034】
(白錆抑制元素)
本実施形態の化成被膜42,43,46は、白錆抑制元素としてTi及びZrのうち少なくとも一方を含む。Ti及びZrは、めっき鋼材の耐食性を向上させる。なお、本開示では、白錆抑制元素としては、TiとZrとのみに限定されない。
【0035】
本実施形態の化成被膜42,43,46は、Ti及びZrのうち少なくとも一方と、Pとを含む複合酸化物である。なお、本開示では、化成被膜は、Pを含まなくてもよい。また、化成被膜は、Pを含まない場合であっても、Ti及びZrのうち少なくとも一方を含めばよい。化成被膜がPを含まない場合であっても、耐食性向上とすべり係数向上との両立を図ることができる。
【0036】
本実施形態の化成被膜42は、化成処理によって第一めっき鋼材20のそれぞれの重ね合わせ面の上側、すなわち第一めっき層21の上側に形成できる。化成処理液中にはTi及びZrのうち少なくとも一方が含まれる。
【0037】
摩擦接合構造の接合面における化成被膜は、鋼材に作用するすべりによって、せん断される。換言すると、摩擦面において、化成被膜の凝集破壊が生じる。摩擦接合部におけるすべり耐力の大きさは、化成被膜の凝集破壊によって決定される。
【0038】
第二めっき鋼材26の重ね合わせ面26Aのめっき層27上にも、第一めっき鋼材20と同様に、化成被膜43が形成される。また、第三めっき鋼材30の重ね合わせ面30Aのめっき層31上にも、第一めっき鋼材20と同様に、化成被膜46が形成される。
【0039】
すなわち、本実施形態では、化成被膜42,43,46は、第一めっき鋼材20の板状部22と、第二めっき鋼材26と、第三めっき鋼材30とのそれぞれの接合面、換言すると、重ね合わせ面のそれぞれに設けられる。なお、本開示では、化成被膜は、複数のめっき鋼材が重ね合わせられた部分において、複数のめっき鋼材のうち少なくとも1つ以上のめっき鋼材のめっき部のめっき層の上に配置されればよい。
【0040】
本実施形態の化成被膜42,43,46は、
図2に示すように、それぞれのめっき鋼材の表面全体を覆って設けられる。なお、本開示では、化成被膜は、少なくともボルトの張力が伝達される範囲内に設けられればよい。本実施形態の化成被膜42,43,46は、例えば、めっき鋼材の表面に化成処理液がロールコーターによって塗布される塗布法によって形成可能である。なお、本開示では、化成被膜は、塗布法、浸漬法のいずれによっても形成可能である。
【0041】
本実施形態では、Pの含有量は、約200mg/m2以上、約700mg/m2以下である。Pの含有量が700mg/m2を超える場合、化成被膜42,43,46の中におけるPの含有量が多くなり過ぎ、結果、化成被膜42,43,46が厚くなる。このため、化成被膜42,43,46が割れ易くなると共に、剥離し易くなる。
【0042】
また、Pの含有量が200mg/m2未満である場合については、後で実施例において具体的に説明する。なお、本開示では、Pの含有量は、任意に設定できる。また、本実施形態では、P、Ti及びZrのそれぞれの含有量は、ICP分析装置を用いて測定可能であるが、本開示では、ICP分析装置に限定されず、蛍光X線分析装置等の他の元素分析装置を用いて測定することもできる。
【0043】
具体的には、例えば、化成処理液の塗布によって化成被膜が表面に形成されためっき鋼板から、サンプルとして50mm角の部分を切り出す。なお、サンプルの形状及び寸法は、これに限定されず、適宜変更できる。そして、切り出しためっき鋼板の端面をテープで保護した後、サンプルのめっき鋼板の表面の化成被膜を酸性水溶液に溶かす。そして、化成被膜を溶かした酸性水溶液中のTi、Zr及びPをICP分析で定量分析することによって、化成被膜中のTi、Zr及びPの含有量をそれぞれ求めることができる。
【0044】
また、本実施形態では、Tiの含有量とZrの含有量との和は、約40mg/m2以上、約250mg/m2以下である。Tiの含有量とZrの含有量との和が250mg/m2を超える場合、化成被膜42,43,46の中における白錆抑制元素の含有量が多くなり過ぎ、結果、化成被膜42,43,46が厚くなる。このため、化成被膜42,43,46が割れ易くなると共に、剥離し易くなる。
【0045】
また、Tiの含有量とZrの含有量との和の含有量が40mg/m2未満である場合については、後で実施例において具体的に説明する。なお、本開示では、Tiの含有量とZrの含有量との和は、任意に設定できる。
【0046】
また、化成被膜42,43,46中における、Tiの含有量とZrの含有量との和のPの含有量に対する比は、0.06以上、0.6以下である。Pの含有量の下限値が、約700mg/m2であると共に、Tiの含有量とZrの含有量との和の下限値が約40mg/m2である場合、比は、約0.06である。また、比が0.6を超える場合、Pの含有量が同じ状態において、高力ボルト摩擦接合構造FSのすべり係数が低くなる。比が0.6を超える場合については、後で実施例において具体的に説明する。
【実施例0047】
次に、本実施形態に係る実施例を
図3~
図5を参照しつつ説明する。実施例では、本実施形態に係る化成被膜が形成された高力ボルト摩擦接合構造の複数の試験体が製造された。そして、一部の試験体に対して、塩水噴霧試験(Salt Spray Test,SST)が実施された。また、他の一部の試験体に対して、すべり係数評価試験が実施された。なお、実施例では、化成被膜は、バーコーターを用いた塗布法によって形成された。
【0048】
(塩水噴霧試験)
塩水噴霧試験では、化成被膜が設けられたそれぞれのめっき鋼材から平面視で70mm×150mmの矩形の部分を切り出し、切り出しためっき鋼材の矩形の部分の端面をシールすることで耐食性評価用サンプルを作製した。そして、JIS Z 2371(2015年)に準拠して、塩水としての塩化ナトリウム(NaCl)水溶液を、作製した耐食性評価用サンプルのめっき鋼材の表面に対して時間的に連続して噴霧した。塩水の温度は、35±1℃であった。また、塩水の濃度は、5%であった。
【0049】
塩水噴霧が240時間継続された後、耐食性評価用サンプルの表面には、白錆が発生していた。そして、耐食性評価用サンプルの表面における発生した白錆の面積率が、白錆の発生率として測定及び評価された。面積率の測定は、JIS附属書の判定基準に基づき、目視観察によって行われた。
【0050】
図3に示すように、Ti含有量が高い程、塩水噴霧試験の240時間後の白錆発生率が低下することが分かった。また、Ti含有量が40mg/m
2以上であれば、白錆発生率は、約10%以下に抑えられることが分かった。なお、化成被膜が設けられない場合、すなわち、TiもPも含まれない場合、白錆発生率は、100%であった。本実施例から、化成被膜が白錆抑制元素を含むことなくPのみを含む場合であっても、耐食性向上効果を得られるものの、Tiが化成被膜に含まれることによって、耐食性向上効果をさらに向上できることが分かった。
【0051】
なお、本実施例では、Zrが含まれない、すなわち、Zrの含有量がほぼゼロであることによって、実質的にTiの含有量のみが、Tiの含有量とZrの含有量との和として採用された場合が例示された。しかし、本開示ではZrが含まれることによって含有量がゼロでない状態において、Tiの含有量とZrの含有量との和が40mg/m2以上に設定されることによって、白錆発生率を約10%以下に抑えることができる。
【0052】
(すべり係数評価試験)
すべり係数評価試験は、鋼構造接合部設計指針(一般社団法人日本建築学会著)に記載のすべり係数評価試験法に基づいて実施された。すべり係数評価試験では、所定の治具によって支持された試験体に引張力が付与された状態で、すべりが生じるときの荷重を、ボルト張力で除すことによって、試験部位におけるすべり係数が算出される。
【0053】
(試験体)
図4(A)及び
図4(B)中には、試験体の仕様及び各種寸法が例示されている。なお、すべり係数評価試験法では、すべり試験体の具体的な寸法やボルトの本数は、規定されていない。
図4(A)及び
図4(B)に示すように、試験体には、
図1及び
図2中に例示された化成被膜が設けられた高力ボルト摩擦接合構造の場合と同様に、矩形状のめっき鋼材が用いられた。なお、
図4(A)及び
図4(B)中に表示された数値の値は[mm]である。
【0054】
試験体では、めっきとして、Zn、Al、Mg合金を含む3元系めっきが使用された。具体的には、試験体のめっき鋼板として、高耐食性亜鉛めっき鋼板(商品名「ZAM」)が採用された。
【0055】
図5中には、Tiを含む化成被膜が設けられた試験体のデータ点が、三角形状(△印)のプロットと、黒丸状(●印)のプロットとによって例示されている。Tiを含む化成被膜中のTi含有量は、40mg/m
2以上に設定された。すなわち、
図5は、P含有量を変数としたすべり試験の結果である。また、Tiを含まないと共にPを含む化成被膜が設けられた試験体のデータ点が、四角形状(■印)のプロットによって例示されている。
【0056】
また、化成被膜そのものが設けられない、すなわちめっき層の上に皮膜が設けられない試験体のデータ点が、菱形状(◆印)のプロットによって例示されている。化成被膜そのものが設けられない試験体の場合、すべり係数が0.12程度であった。
【0057】
また、Tiを含むと共にPを含まない化成被膜が設けられた試験体のデータ点が、×印のプロットによって例示されている。Tiが含まれることによって、すべり係数は、0.18程度に上昇することが分かる。
【0058】
図5に示すように、化成被膜にPが含まれることによって、すべり係数は、さらに向上することが分かる。また、
図5に示すように、Ti/P比が0.9である△印のプロットで例示される化成被膜を有する試験体の場合より、Ti/P比が0.6である●印のプロットで例示される化成被膜を有する試験体の方が、P含有量が同じである場合と比べ、すべり係数が大きい。
【0059】
また、図示を省略するが、Ti/P比が0.6以下である他の試験体の場合も、Ti/P比が0.9である△印のプロットで例示される化成被膜の場合より、すべり係数が大きかった。すなわち、Ti/P比が小さい程、同じP含有量の状態において、すべり係数が大きくなる傾向が分かる。換言すると、P含有量が同じである場合、Ti含有量が少ない方が、すべり係数を向上できる。
【0060】
(作用効果)
本実施形態では、複数のめっき鋼材が重ね合わせられた部分において、1つ以上のめっき鋼材のめっき部の上に、Ti及びZrのうち少なくとも一方を含む化成被膜が配置される。Ti及びZrのうち少なくとも一方を含む化成被膜によって、TiとZrとのいずれをも含まない化成被膜が配置される場合に比べ、白錆の発生が抑制される。換言すると、めっき部からの亜鉛の流出を遅延させることができる。白錆の発生が抑制されるため、美観の低下を抑制できる。
【0061】
また、めっき鋼材のめっき部の上に配置される化成被膜は、接合部で重ね合わせられた複数のめっき鋼材同士の間に位置する。このため、化成被膜が配置されることなくめっき鋼材同士が直接重ね合わせられる場合に比べ、化成被膜の凝集破壊によって、すべり係数向上効果を得ることができる。
【0062】
この点、
図5中の◆印のデータ点で例示されているように、化成被膜が配置されない場合のすべり係数は、0.12程度である。一方、
図5中の×印のデータ点で例示されているように、Tiを含む化成被膜が配置された場合、すべり係数は、0.18程度に向上する。このため、本実施形態によれば、美観の低下の抑制とすべり係数の向上とを両立できる高力ボルト摩擦接合構造を提供できる。
【0063】
また、本実施形態では、化成被膜42,43,46におけるTiの含有量とZrの含有量との和が約40mg/m
2以上であることによって、
図3中に例示されているように、SST試験における240時間後の白錆発生率を約10%以下に抑制できる。
【0064】
また、本実施形態では、化成被膜がPを含むため、Pを含まない化成被膜よりもすべり係数を向上できる。この点、
図5中に例示されているように、×印のデータ点で示すPを含まない化成被膜の場合のすべり係数が0.18程度である一方、●印のデータ点と△印のデータ点とで示すようにPを含む化成被膜の場合、すべり係数は、0.18よりも更に大きくなる。
【0065】
また、本実施形態では、Pの含有量が約200mg/m
2以上であることによって、
図5中に例示されているように0.23以上のすべり係数を実現できる。なお、0.23のすべり係数は、板厚が6mm未満である場合の設計における標準すべり係数に相当する。
【0066】
本実施形態では、Pの含有量が約200mg/m2以上、約700mg/m2以下であると共に、Tiの含有量とZrの含有量との和は、約40mg/m2以上、約250mg/m2以下である。このため、化成被膜のめっき鋼材への密着性を確保しつつ、美観の低下の抑制とすべり係数の向上とを両立できる。また、耐食性向上効果を発揮することもできる。
【0067】
また、本実施形態では、Tiの含有量とZrの含有量との和のPの含有量に対する比が0.6以下であるため、
図5中に例示されているように比が0.6を超える場合に比べて、Pの含有量が同じである場合における高力ボルト摩擦接合のすべり係数を向上できる。
【0068】
また、本実施形態では、Tiの含有量とZrの含有量との和のPの含有量に対する比は、約0.06以上、約0.3以下であることが、美観の低下の抑制とすべり係数の向上との両立を一層実現できる観点から、さらに好ましい。
【0069】
<その他の実施形態>
本開示は、上記の実施形態によって説明されたが、この説明は、本開示を限定するものではない。本開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例及び運用技術が明らかになると考えられるべきである。本開示は、上記に記載していない様々な実施の形態等を含むと共に、本開示の技術的範囲は、上記の説明から妥当な特許請求の範囲の発明特定事項によってのみ定められるものである。
【0070】
≪付記≫
本明細書からは、以下の態様が概念化される。
【0071】
態様1は、
Znを含むめっき部を表面に有する複数のめっき鋼材を、高力ボルトによって摩擦接合させる高力ボルト接合構造であって、
前記複数のめっき鋼材が重ね合わせられた部分において、1つ以上の前記めっき鋼材の前記めっき部の上に配置され、Ti及びZrのうち少なくとも一方を含む化成被膜を備える、
高力ボルト摩擦接合構造。
【0072】
態様2は、
前記Tiの含有量と前記Zrの含有量との和は、40mg/m2以上、250mg/m2以下である、
態様1の高力ボルト摩擦接合構造。
【0073】
態様3は、
前記化成被膜は、Pを含む、
態様1又は2の高力ボルト摩擦接合構造。
【0074】
態様4は、
前記Pの含有量は、200mg/m2以上、700mg/m2以下である、
態様3の高力ボルト摩擦接合構造。
【0075】
態様5は、
前記Tiの含有量と前記Zrの含有量との和は、40mg/m2以上、250mg/m2以下であり、
前記和の前記Pの含有量に対する比は、0.06以上、0.6以下である、
態様3又は4の高力ボルト摩擦接合構造。