(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024012890
(43)【公開日】2024-01-31
(54)【発明の名称】サイドスラスタ装置
(51)【国際特許分類】
B63H 25/42 20060101AFI20240124BHJP
【FI】
B63H25/42 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022114674
(22)【出願日】2022-07-19
(71)【出願人】
【識別番号】000000974
【氏名又は名称】川崎重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 慎之助
(72)【発明者】
【氏名】山口 真伍
(57)【要約】
【課題】 簡単な構造でキャビテーションの発生を抑制できるサイドスラスタ装置を提供する。
【解決手段】 船体1の幅方向に延伸した円筒状のトンネル2と、複数の平板翼を有し、回転軸がトンネル2の中心軸と一致するようにトンネル2内の配置されたプロペラ4と、プロペラ4より右舷寄りのトンネル2の壁にトンネル2の延伸方向に対して交差する方向に延びるように形成された開口部からなり、トンネル2の周方向に並んで配設された複数の第1のスリット孔S1と、プロペラ4より左舷寄りのトンネル2の壁にトンネル2の延伸方向に対して交差する方向に延びるように形成された開口部からなり、トンネル2の周方向に並んで配設された複数の第2のスリット孔S2と、トンネル2が内側を貫通するように配設された筒状の流路であって、複数の第1のスリット孔S1及び複数の第2のスリット孔S2を介してトンネル2の内部と連通する戻り流路7と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体の幅方向に延伸した円筒状のトンネルと、
複数の平板翼を有し、回転軸が前記トンネルの中心軸と一致するように前記トンネル内の所定位置に配置されたプロペラと、
前記プロペラより右舷寄りの前記トンネルの壁に、前記トンネルの延伸方向に対して交差する方向に延びるように形成された開口部からなり、前記トンネルの周方向に並んで配設された複数の第1のスリット孔と、
前記プロペラより左舷寄りの前記トンネルの壁に、前記トンネルの延伸方向に対して交差する方向に延びるように形成された開口部からなり、前記トンネルの周方向に並んで配設された複数の第2のスリット孔と、
前記トンネルが内側を貫通するように配設された筒状の流路であって、前記複数の第1のスリット孔及び前記複数の第2のスリット孔を介して前記トンネルの内部と連通する戻り流路と、
を備えたサイドスラスタ装置。
【請求項2】
前記第1のスリット孔と前記第2のスリット孔とは、前記トンネルの周方向に対して互いに逆方向に交差する方向に延びるように形成された、
請求項1に記載のサイドスラスタ装置。
【請求項3】
複数の前記第1のスリット孔は、前記トンネルの延伸方向から視て前記トンネルの全周に亘って連続するように配設され、
複数の前記第2のスリット孔は、前記トンネルの延伸方向から視て前記トンネルの全周に亘って連続するように配設された、
請求項2に記載のサイドスラスタ装置。
【請求項4】
前記第1及び第2のスリット孔は、前記トンネルの周方向に延びるように形成された、
請求項1に記載のサイドスラスタ装置。
【請求項5】
複数の前記第1のスリット孔は、前記トンネルの周方向における長さが互いに異なるように形成され、複数の前記第2のスリット孔は、前記トンネルの周方向における長さが互いに異なるように形成された、
請求項4に記載のサイドスラスタ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、船舶に船体幅方向への推進力を与えるサイドスラスタ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、船舶には、離接岸時の回頭や横移動、方位制御や定点保持などの多彩な操船を可能にするために、船体幅方向の推進力を与えるサイドスラスタが搭載されたものがある。このようなサイドスラスタでは、左舷方向と右舷方向とに同等なスラストを発生するために、可変ピッチプロペラの場合には平板翼のプロペラが用いられる。このような平板翼においては、翼断面に反りがある翼と比べて、翼前縁における流体の入射角が大きいことから前縁負荷が高まり、前縁剥離渦が生じやすい。また、翼にねじりをつけないことから翼先端に向かうほど負荷が高くなり、翼端の圧力面と負圧面との圧力差が大きくなり、大規模な翼端漏れ渦が生じやすい。このようなことから、平板翼を用いたサイドスラスタでは、翼周囲の低圧領域を起源としてキャビテーションが生じやすいという問題がある。
【0003】
例えば、特許文献1には、可変ピッチプロペラを用いたサイドスラスタにおいて、翼周縁位置の水流の上流側から水流を増速させることができる噴射機構を備えた構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の構成では、噴射機構として、可変ピッチプロペラが配置されるトンネルの外側に圧力水路が配置されるとともに、この圧力水路につながる複数の噴射孔がトンネルの周面に沿って環状に配置されている。そして、加圧用インペラの駆動によって圧力水路内の海水を噴射孔から翼の上流側の面に噴射することによって、翼断面における水流に対する迎え角を減少させて翼先端における極端な過負荷を防止してキャビテーションの発生を抑制することができる。しかし、加圧用インペラおよびそれを駆動する駆動装置が必要であり、構造が複雑になり、製造コストも増大する。
【0006】
本開示は上記のような課題を解決するためになされたもので、簡単な構造でキャビテーションの発生を抑制することができるサイドスラスタ装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本開示のある態様に係るサイドスラスタ装置は、船体の幅方向に延伸した円筒状のトンネルと、複数の平板翼を有し、回転軸が前記トンネルの中心軸と一致するように前記トンネル内の所定位置に配置されたプロペラと、前記プロペラより右舷寄りの前記トンネルの壁に、前記トンネルの延伸方向に対して交差する方向に延びるように形成された開口部からなり、前記トンネルの周方向に並んで配設された複数の第1のスリット孔と、前記プロペラより左舷寄りの前記トンネルの壁に、前記トンネルの延伸方向に対して交差する方向に延びるように形成された開口部からなり、前記トンネルの周方向に並んで配設された複数の第2のスリット孔と、前記トンネルが内側を貫通するように配設された筒状の流路であって、前記複数の第1のスリット孔及び前記複数の第2のスリット孔を介して前記トンネルの内部と連通する戻り流路と、を備えている。
【発明の効果】
【0008】
本開示は、以上に説明した構成を有し、簡単な構造でキャビテーションの発生を抑制することができるサイドスラスタ装置を提供することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、本実施形態の一例のサイドスラスト装置が設置された部分の船体の模式断面図である。
【
図2】
図2は、本実施形態においてトンネルの壁に開口されたスリット孔の一例を示す模式図である。
【
図3】
図3は、比較例のサイドスラスタ装置が設置された部分の船体の模式断面図である。
【
図4】
図4は、比較例のサイドスラスタ装置におけるプロペラの平板翼に対する水流等を示す図である。
【
図5】
図5は、本実施形態の一例のサイドスラスタ装置におけるプロペラの平板翼に対する水流等を示す図である。
【
図6】
図6は、本実施形態においてトンネルの壁に開口されたスリット孔の他の例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示の好ましい実施の形態を、図面を参照しながら説明する。なお、以下では全ての図面を通じて同一又は相当する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。また、図面は理解しやすくするために、それぞれの構成要素を模式的に示したもので、形状及び寸法比等については正確な表示ではない場合がある。
【0011】
(実施形態)
図1は、本実施形態の一例のサイドスラスト装置が設置された部分の船体の模式断面図である。また、
図2は、トンネルの壁に開口されたスリット孔の一例を示す模式図であり、
図2では、トンネルの壁21の厚みを無視して図示している。
【0012】
図1に示すサイドスラスタ装置100は、例えば、船体1の船首側または船尾側に設置される。このサイドスラスタ装置100は、船体1の幅方向に延伸した円筒状のトンネル2と、サイドスラスタ3と、トンネル2の壁21が開口された開口部からなる複数の第1,第2のスリット孔S1,S2と、筒状の戻り流路7とを備えている。
【0013】
トンネル2は、例えば、船体1の船首側または船尾側において、喫水線より下方に、船体1を船体幅方向に貫くように設けられている。
【0014】
サイドスラスタ3は、トンネル2の一方の開口から海水等の水を引込んで、他方の開口から吐出することにより、船体1に船体幅方向の推進力を与える推進機である。サイドスラスタ3は、プロペラ4と、プロペラ4を駆動するモータ5と、モータ5の出力をプロペラ4へ伝達する動力伝達機構が収納されたギアケース6等を備えている。
【0015】
プロペラ4は、その回転軸がトンネル2の中心軸Aと一致するようにトンネル2内の所定位置に配置されている。プロペラ4は、複数の平板翼41を有する可変ピッチプロペラであり、翼角を変更することにより、プロペラ4の回転によって生じるトンネル4内の水流の向きを変えることができる。本例では、プロペラ4は、4枚の平板翼41を有している。
【0016】
第1,第2のスリット孔S1,S2の各々は、プロペラ4を挟んでその両側のトンネル2の壁21に、トンネル2の延伸方向に対して交差する方向に延びるように形成された開口部からなり、トンネル2の周方向に並んで複数配置されている。第1のスリット孔S1はプロペラ4より右舷寄りのトンネル2の壁21に形成され、第2のスリット孔S2はプロペラ4より左舷寄りのトンネル2の壁21に形成されている。
【0017】
戻り流路7は、その内側をトンネル2が貫通するように配設された筒状の流路であり、両側のスリット孔S1,S2を介してトンネル2の内部と連通している。戻り流路7は、本例では、トンネル2を形成する筒状の壁21とその外側に所定間隔をあけて配設された筒状の壁22との隙間によって形成される。
【0018】
本例では、第1のスリット孔S1と第2のスリット孔S2とは、
図2に示すように、トンネル2の周方向に対して互いに逆方向に交差する方向に延びて形成されている。また、複数の第1のスリット孔S1は、トンネル2の延伸方向から視てトンネル2の全周に亘って連続するように形成されている。同様に、複数の第2のスリット孔S2は、トンネル2の延伸方向から視てトンネル2の全周に亘って連続するように形成されている。換言すれば、トンネル2の延伸方向から視て、互いに隣接する第1のスリット孔S1の間には隙間がなく、同様に互いに隣接する第2のスリット孔S2の間には隙間がない。本例では、トンネル2の延伸方向から視て、互いに隣接する第1のスリット孔S1同士は、
図2の重なり範囲D1で示すように一部が重なっており、トンネル2の延伸方向から視て、互いに隣接する第2のスリット孔S2同士は、
図2の重なり範囲D2で示すように一部が重なっている。
【0019】
図1では、プロペラ4の回転によって、実線矢印で示すように水がトンネル2内を左舷側から右舷側へ流れる例を示しており、プロペラ4の下流側では水は旋回流となって流れる。そして、プロペラ4の回転によって生じるトンネル2内を流れる水流によって、プロペラ4より上流側のスリット孔S2に加わる水圧よりもプロペラ4より下流側のスリット孔S1に加わる水圧が大きくなる。これにより、
図1の破線矢印で示すように、トンネル2の壁面を流れる水は、プロペラ4より下流側のスリット孔S1から戻り流路7へ流入し、戻り流路7を通過した水は、プロペラ4より上流側のスリット孔S2からトンネル2内へ流出する。ここで、第1,第2のスリット孔S1,S2を、トンネル2の延伸方向に対して交差する方向に延びた開口部とすることにより、プロペラ4より下流側の旋回流がスリット孔S1から戻り流路7を通過し、スリット孔S2から旋回流としてトンネル2内へ流出する。
【0020】
図1の場合、スリット孔S1が戻り流路7への流入口となり、スリット孔S2が戻り流路7からの流出口となっている。なお、翼角を変更し、プロペラ4の回転によって、水がトンネル2内を右舷側から左舷側へ流れる場合には、スリット孔S2が戻り流路7への流入口となり、スリット孔S1が戻り流路7からの流出口となる。
【0021】
本例のサイドスラスタ装置100のように、第1,第2のスリット孔S1,S2を流入口及び流出口とする戻り流路7を配設したことによる効果について、次に述べる比較例と対比して説明する。
【0022】
図3は、比較例のサイドスラスタ装置が設置された部分の船体の模式断面図である。
この比較例のサイドスラスタ装置200は、本例のサイドスラスタ装置100において、第1,第2のスリット孔S1,S2及び戻り流路7が無い構成であり、これ以外の構成は
図1のサイドスラスタ装置100と同様である。
【0023】
図4は、比較例のサイドスラスタ装置200におけるプロペラ4の平板翼41に対する水流等を示す図である。
図4に示す座標系(r,θ,z)は、トンネル2の中心軸A(プロペラ4の回転軸)からの半径方向(r軸)、周方向(θ軸)およびトンネル2の中心軸方向(z軸)を示す。
【0024】
図4に示された平板翼41(以下、単に「翼41」ともいう)は、プロペラ4の回転軸中心から一定距離離れた部分の翼41の断面を示し、LEは翼前縁、TEは翼後縁である。破線矢印は翼41に対する水の流れを示す。矢印aは翼41の回転方向、矢印bはトンネル2内の水の流れ方向である。また、
図4に示されたベクトル図において、Vは翼41の回転速度、C1はトンネル2内の中心軸方向の水流速度成分、W1は翼41への水流の相対速度、α1は翼41に対する水流の迎え角である。翼41の回転方向前面側が圧力面41aとなり、その反対側が負圧面41bとなる。
【0025】
このサイドスラスタ装置200の場合、迎え角α1が大きいため、翼前縁LEの負圧面41b側の領域Rに前縁剥離渦が形成され、キャビテーションが発生しやすい。
【0026】
次に、
図5は、本例のサイドスラスタ装置100におけるプロペラ4の平板翼41に対する水流等を示す図であり、
図4と同様の表現方法で示されている。
【0027】
このサイドスラスタ装置100の場合、比較例のサイドスラスタ装置200の場合の迎え角α1よりも小さい迎え角α2となる。これについて説明する。
【0028】
サイドスラスタ装置100の場合、戻り流路7を通過してプロペラ4の上流側へ流出する水流によって翼前縁LEへ流れ込む流量が大きくなるので、トンネル2内の中心軸方向の水流速度成分C2が比較例の場合の速度成分C1よりも大きくなる。これにより、翼41への水流の相対速度が暫定的にW12になるとすれば、比較例の場合の迎え角α1よりも、小さい迎え角α12になる。
【0029】
さらに、スリットS1から流入した旋回流が戻り流路7を通過し、その旋回流がスリットS2からプロペラ4の上流側に戻される。ここで、プロペラ4の上流側に戻された旋回流の旋回速度をθfとすると、水流に対する翼41の回転速度はV-θfとなり、翼41への水流の相対速度がW2となり、さらに小さい迎え角α2となる。
【0030】
上記のように、本例のサイドスラスタ装置100の場合、戻り流路7を通ってプロペラ4の下流側の水流が上流側へ戻されることによって、プロペラ4に流入する圧力が高まり、キャビテーションが発生しにくくなる。また、プロペラ4の下流側の水流が上流側へ戻され、かつ、その際にプロペラ4の回転により生じた旋回流がプロペラ4の上流側へ戻されることにより、特に翼端部において、小さい迎え角α2となり、翼前縁LEの負圧面41b側の前縁剥離渦の発生を抑制できる。また、小さい迎え角α2となることで、翼41の翼端部における圧力面と負圧面との圧力差が小さくなり、翼端漏れ渦の発生を抑制できる。このように、前縁剥離渦および翼端漏れ渦の発生を抑制できるので、キャビテーションの発生を抑制することができる。つまり、本例のサイドスラスタ装置100では、戻り流路7及びその流出入口となるスリットS1,S2を備えるという簡単な構造で、キャビテーションの発生を抑制し、推進力の減少を抑えエネルギー損失の低減を図ることができる。
【0031】
なお、本例において、プロペラ4には、可変ピッチプロペラを用いたが、固定ピッチプロペラを用いてもよい。
【0032】
図6は、本実施形態においてトンネルの壁に開口されたスリット孔の他の例を示す模式図である。
図6では、左側にスリット孔が配設された部分のトンネル2及び戻り流路7の断面図を示し、右側にスリット孔が配設された部分のトンネル2の側面図を示す。
【0033】
図6の例では、
図1において、プロペラ4より右舷寄りのトンネル2の壁21に形成された第1のスリット孔S1と、プロペラ4より左舷寄りのトンネル2の壁21に形成された第2のスリット孔S2とは、同じ形状であり、いずれもスリット孔Saとして示す。
【0034】
この場合、複数のスリット孔Saは、トンネル2の周方向に延びて形成され、かつ、トンネル2の周方向に1列に並んで配設されている。互いに隣接するスリット孔Sa同士は、これらの間のトンネル2の壁21からなるスリット間支持部21aによって分離されている。つまり、スリット孔Saは、トンネル2の延伸方向と直交する方向に延びて形成されたトンネル2の壁21の開口部である。
【0035】
このようなスリット孔Saを第1,第2のスリット孔S1,S2としても、前述の例のように、戻り流路7を通ってプロペラ4の下流側の水流が上流側へ戻され、かつ、その際にプロペラ4の回転により生じた旋回流がプロペラ4の上流側へ戻される。よって、特に翼端部において、小さい迎え角α2(
図5)となり、翼前縁LEの負圧面41b側の前縁剥離渦の発生を抑制できるとともに、翼端漏れ渦の発生を抑制できる。
【0036】
また、
図6の例では、トンネル2内のキャビテーションが生じやすい領域において優先的に戻り流路7による効果を発揮させ、その他の部位でスリット間支持部21aの面積割合を高めてトンネル2の強度を高められるように、複数のスリット孔Saのトンネル2の周方向における長さを異ならせている。
【0037】
例えば、縦断面におけるトンネル2内の領域を上から順番に上部領域、中間領域、下部領域と区分した場合に、戻り流路7が無い場合において、トンネル2内においてキャビテーションが生じやすい領域は、トンネル2内の上部領域及び下部領域である。トンネル2内の上部領域においては、ギアケース6が邪魔してプロペラ4へ流入する流速が遅くなるため、負荷が高まり、キャビテーションが生じやすくなる。また、水面に近く水圧が小さいため、キャビテーションが生じやすくなる。一方、トンネル2内の下部領域においては、トンネル2の入口下部で流れの剥離が生じやすく、プロペラ4へ流入する流速が遅くなるため、負荷が高まり、キャビテーションが生じやすくなる。
【0038】
そこで、
図6の例においては、戻り流路7を通過してプロペラ4の上流側に戻される旋回流が、トンネル2内の上部領域及び下部領域へより効果的に戻るようにスリット孔Saの周方向における長さを設定する。
【0039】
例えば、プロペラ4が矢印cの方向に回転する場合、プロペラ4の上流側のスリット孔Sa(S2)からトンネル2内へ戻り流路7を通過した旋回流が流出する。そこで、この旋回流の旋回方向および旋回速度に応じて、換言すればプロペラ4の回転方向および回転速度ならびに翼の変節角度の使用範囲に応じて、トンネル2の中心軸方向から視て、矢印dで示す上下方向からプロペラ4の回転方向とは逆方向に所定角度ずれた方向(矢印eの方向)を設定する。そして矢印eの方向におけるトンネル2の部位を中心にした周方向における第1の所定範囲を設定し、この第1の所定範囲におけるスリット孔Saの長さが長くなるようにしてスリット孔Saの面積割合を高める。これにより、プロペラ4へ流入する流速を増加させ、キャビテーションの発生をより抑制することができる。一方、矢印eと交差(例えば直交)する方向におけるトンネル2の部位を中心にした周方向における第2の所定範囲を設定し、この第2の所定範囲におけるスリット孔Saの長さが短くなるようにしてスリット間支持部21aの面積割合を高め、トンネル2の強度を確保することができる。ここで、
図6に示すように、スリット孔Saの長さは、トンネル2の周方向において徐々に異なるようにしてもよい。
【0040】
上記の第1の所定範囲は、トンネル2の中心軸方向から視て、トンネル2の中心軸を通り鉛直方向に延びる鉛直線から、プロペラ4の回転方向とは逆方向に所定角度ずらした直線と交差するトンネル2の部位を中心にしたトンネル2の周方向における所定範囲であると言える。上記の所定角度は、プロペラ4の回転速度等に応じて設定される。また、第2の所定範囲は、第1の所定範囲以外のトンネル2の周方向における所定範囲としてもよい。
【0041】
なお、ここでは、プロペラ4を可変ピッチプロペラとしているので、船体に対して左右逆方向の推進力を得るときもプロペラ4の回転方向は同一である。一方、プロペラ4を固定ピッチプロペラとした場合には、船体に対して左右逆方向の推進力を得るときにはプロペラ4の回転方向を逆にする。このように、プロペラ4が固定ピッチプロペラである場合には、プロペラ4の回転方向を逆にする場合もあるので、トンネル2の上部の所定範囲及び下部の所定範囲におけるスリット孔Saの長さが、上部の所定範囲と下部の所定範囲と間の範囲におけるスリット孔Saよりも長くなるようにしてスリット孔Saの面積割合を高めるようにしてもよい。この場合も、スリット孔Saの長さは、トンネル2の周方向において徐々に異なるようにしてもよい。
【0042】
また、例えば、全てのスリット孔Saの長さを同一にした場合、回転する翼41による水流とスリット孔Saとの干渉により、ある決まった周波数の騒音や振動が発生する場合がある。そこで、複数のスリット孔Saの長さを異ならせることにより上記の騒音や振動の発生を抑制することができる。なお、全てのスリット孔Saの長さを同一にしても上記のある決まった周波数の騒音や振動が小さく、スリット間支持部21aによるトンネル2の強度が確保できれば、全てのスリット孔Saの周方向における長さを、比較的長い同一の長さにしてもよい。
【0043】
上記説明から、当業者にとっては、本開示の多くの改良や他の実施形態が明らかである。従って、上記説明は、例示としてのみ解釈されるべきであり、本開示を実行する最良の態様を当業者に教示する目的で提供されたものである。本開示の精神を逸脱することなく、その構造及び/又は機能の詳細を実質的に変更できる。
【0044】
(まとめ)
本開示の第1態様に係るサイドスラスタ装置は、船体の幅方向に延伸した円筒状のトンネルと、複数の平板翼を有し、回転軸が前記トンネルの中心軸と一致するように前記トンネル内の所定位置に配置されたプロペラと、前記プロペラより右舷寄りの前記トンネルの壁に、前記トンネルの延伸方向に対して交差する方向に延びるように形成された開口部からなり、前記トンネルの周方向に並んで配設された複数の第1のスリット孔と、前記プロペラより左舷寄りの前記トンネルの壁に、前記トンネルの延伸方向に対して交差する方向に延びるように形成された開口部からなり、前記トンネルの周方向に並んで配設された複数の第2のスリット孔と、前記トンネルが内側を貫通するように配設された筒状の流路であって、前記複数の第1のスリット孔及び前記複数の第2のスリット孔を介して前記トンネルの内部と連通する戻り流路と、を備えている。
【0045】
この構成によれば、戻り流路を通ってプロペラの下流側の水流が上流側へ戻される。この際、戻り流路の流出入口となる第1,第2のスリット孔が、トンネルの延伸方向に対して交差する方向に延びるようにトンネルの壁に形成された開口部からなり、トンネルの周方向に並んで配設されていることにより、プロペラの回転により生じた旋回流がプロペラの上流側へ戻される。これにより、平板翼の特に翼端部における迎え角を小さくでき、前縁剥離渦および翼端漏れ渦の発生を抑制し、キャビテーションの発生を抑制することができる。つまり、戻り流路及びその流出入口となる第1,第2のスリットを備えるという簡単な構造で、キャビテーションの発生を抑制することができ、推進力の減少を抑えエネルギー損失の低減を図ることができる。
【0046】
本開示の第2態様に係るサイドスラスタ装置は、第1態様に係るサイドスラスタ装置において、前記第1のスリット孔と前記第2のスリット孔とは、前記トンネルの周方向に対して互いに逆方向に交差する方向に延びるように形成されている。
【0047】
本開示の第3態様に係るサイドスラスタ装置は、第2態様に係るサイドスラスタ装置において、複数の前記第1のスリット孔は、前記トンネルの延伸方向から視て前記トンネルの全周に亘って連続するように配設され、複数の前記第2のスリット孔は、前記トンネルの延伸方向から視て前記トンネルの全周に亘って連続するように配設されている。これにより、戻り流路を介してプロペラの下流側の旋回流を上流側へ良好に戻すことができる。
【0048】
本開示の第4態様に係るサイドスラスタ装置は、第1態様に係るサイドスラスタ装置において、前記第1及び第2のスリット孔は、前記トンネルの周方向に延びるように形成されている。
【0049】
本開示の第5態様に係るサイドスラスタ装置は、第4態様に係るサイドスラスタ装置において、複数の前記第1のスリット孔は、前記トンネルの周方向における長さが互いに異なるように形成され、複数の前記第2のスリット孔は、前記トンネルの周方向における長さが互いに異なるように形成されている。これにより、全ての第1のスリット孔の長さを同一にした場合や全ての第2のスリット孔の長さを同一にした場合に、水流とスリット孔との干渉によって発生する、ある決まった周波数の騒音や振動を抑制することができる。
【符号の説明】
【0050】
1 船体
2 トンネル
4 プロペラ
7 戻り流路
S1 第1のスリット孔
S2 第2のスリット孔