(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024129096
(43)【公開日】2024-09-26
(54)【発明の名称】植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤
(51)【国際特許分類】
A01N 37/02 20060101AFI20240918BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20240918BHJP
A01G 7/06 20060101ALI20240918BHJP
【FI】
A01N37/02
A01P21/00
A01G7/06 A
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024105638
(22)【出願日】2024-06-28
(62)【分割の表示】P 2020561550の分割
【原出願日】2019-12-20
(31)【優先権主張番号】P 2018240193
(32)【優先日】2018-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】518456306
【氏名又は名称】アクプランタ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100152331
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 拓
(72)【発明者】
【氏名】金 鍾明
(57)【要約】 (修正有)
【課題】植物に対して、耐熱性あるいは耐塩性を付与することのできる手段を提供する。
【解決手段】酢酸若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物を含有する、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤である。また、酢酸若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物を、植物、植物に施用するための資材、又は植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用することを含む、植物の耐熱性あるいは耐塩性を向上させる方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酢酸若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物を含有する、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤。
【請求項2】
少なくとも水を含む1種以上の溶媒をさらに含有する、請求項1に記載の耐熱性あるいは耐塩性向上剤。
【請求項3】
pHが3~9の範囲である、請求項2に記載の耐熱性あるいは耐塩性向上剤。
【請求項4】
0.01~0.5体積%の範囲の酢酸又はその塩を含有する、請求項2又は3に記載の耐熱性あるいは耐塩性向上剤。
【請求項5】
酢酸若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物を含有する、植物の耐熱性あるいは耐塩性を向上するための組成物。
【請求項6】
少なくとも水を含む1種以上の溶媒をさらに含有する、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
pHが3~9の範囲である、請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
0.01~0.5体積%の範囲の酢酸又はその塩を含有する、請求項6又は7に記載の組成物。
【請求項9】
酢酸若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物を、植物、植物に施用するための資材、又は植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用することを含む、植物の耐熱性あるいは耐塩性を向上させる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、人口が爆発的に増加していることもあり、食物となる植物を十分な供給量で生産していくことは世界的な課題となっている。また、緑地の減少等による土地の砂漠化等が問題となっている。加えて、世界的な温暖化現象に基づく地表の温度の上昇等も問題となっている。したがって、植物の生育に関する環境の問題点は増えつつある。
すなわち、植物における地球環境要因に基づく過度のストレスは、植物の生育上問題となることが多い。
【0003】
植物に対するストレスの一つとして、乾燥ストレスが挙げられる。
乾燥ストレスに対しては、乾燥ストレス応答性遺伝子を改変した遺伝子組み換え植物の作出や、乾燥ストレス耐性を向上させる化学的又は生物学的調節剤の施用が試みられている。
【0004】
特許文献1には、10mM以上の酢酸を灌注によって植物の根に施用し、該植物を乾燥ストレス条件下で生育させる工程を含む、植物の乾燥ストレス耐性を向上させる方法が開示されている。
また、非特許文献1には、ジャスモン酸シグナル経路を刺激して、解糖系から酢酸合成へと動的に代謝フラックスを転換する引き金を引くことで、植物が乾燥耐性を獲得する、乾燥応答のネットワークが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第9,258,954号明細書
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Kim,J.M.ら,Nature Plants,Vol.3,17097(2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
植物の生育において、植物に対するストレスとして、乾燥ストレス以外のストレスも存在する。
そこで、高温環境下や、塩類土壌といった環境下での植物生育時のストレスに対して植物に耐性を付与することができるかを指標として研究を行った。
本発明が解決しようとする課題は、植物に対して、耐熱性あるいは耐塩性を付与することのできる手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、前記課題を解決するために鋭意検討した結果、酢酸等が、熱ストレスあるいは塩ストレスに対して、植物が良好に生育し得ることに寄与することを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)
酢酸若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物を含有する、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤。
(2)
少なくとも水を含む1種以上の溶媒をさらに含有する、(1)に記載の耐熱性あるいは耐塩性向上剤。
(3)
pHが3~9の範囲である、(2)に記載の耐熱性あるいは耐塩性向上剤。
(4)
0.01~0.5体積%の範囲の酢酸又はその塩を含有する、(2)又は(3)に記載の耐熱性あるいは耐塩性向上剤。
(5)
酢酸若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物を含有する、植物の耐熱性あるいは耐塩性を向上するための組成物。
(6)
少なくとも水を含む1種以上の溶媒をさらに含有する、(5)に記載の組成物。
(7)
pHが3~9の範囲である、(6)に記載の組成物。
(8)
0.01~0.5体積%の範囲の酢酸又はその塩を含有する、請求項6又は7に記載の組成物。
(9)
酢酸若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物を、植物、植物に施用するための資材、又は植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用することを含む、植物の耐熱性あるいは耐塩性を向上させる方法。
(10)
植物の生育に関する1個以上の情報を取得すること、
取得した1個以上の情報に基づき、(1)~(4)のいずれかに記載の耐熱性あるいは耐塩性向上剤又は(5)~(8)のいずれかに記載の組成物を、植物、植物に施用するための資材、又は植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用する条件を決定すること、
を含む、植物の生育を管理する方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、植物に対して、耐熱性あるいは耐塩性を付与することのできる手段を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施例におけるカキチシャ(サンチュ)を用いた耐熱性試験1の結果を示す図である。左側が、対称となる水給水群であり、右側が、0.1体積%酢酸水溶液給水群である。
【
図2】
図2は、実施例におけるカキチシャを用いた耐熱性試験2の結果を示す図である。
図2A及び
図2Bともに、左側が、対称となる水給水群であり、右側が、0.06体積%酢酸水溶液給水群である。
図2Aは、温度42℃条件での生育前のカキチシャであり、
図2Bは、温度42℃条件での生育後のカキチシャを示す。
図2Cは、生存率のグラフを示す。
【
図3】
図3は、実施例におけるトマトを用いた耐熱性試験3の結果を示す図である。
図3A及び
図3Bともに、左側が、対称となる水給水群であり、右側が、0.06体積%酢酸水溶液給水群である。
図3Aは、温度42℃条件での生育前のトマトであり、
図3Bは、温度42℃条件での生育後のトマトを示す。
【
図4】
図4は、実施例におけるカキチシャを用いた耐塩性試験の結果を示す図である。左側が、対称となる水給水群であり、中側が、0.1体積%酢酸水溶液給水群であり、右側が、0.2体積%酢酸水溶液給水群である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明するが、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、種々変更して実施することができる。
【0013】
本発明は、酢酸若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物(以下、本明細書において、「酢酸等」という場合がある。)を含有する、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤である。
本発明においては、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤を植物に施用することにより、植物の耐熱性及び/又は耐塩性を向上することができる。本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤は、耐熱性向上剤であってもよく、耐塩性向上剤であってもよく、耐熱性向上剤かつ耐塩性向上剤であってもよい。
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤を農薬や農業化学製剤として用いることができる。
本発明においては、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤を植物に施用することにより、植物の生育における好ましくない影響となる、高温環境下や、塩類土壌といった環境下での植物生育時のストレスに対して植物に耐性を付与することができる。本明細書において、植物に植物生育時のストレスに対する耐性を付与するとは、完全な耐性であることを意味しているものではない。
【0014】
本発明において、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤は、酢酸等を含む。
ここで、酢酸等は、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤としての特性を発揮する限り、特に限定されないものの、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤は、有効成分として酢酸等を含有する。
有効成分とは、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤として、酢酸等がその特性を発揮する成分であることを意味する。
本発明において使用される酢酸等は、工業用途の酢酸等であってもよく、食品用途の酢酸等であってもよい。
酢酸としては、農業用途にも使用される木酢液や、発酵などにより製造される醸造酢といった安全且つ安価な酢酸を使用してもよい。
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤として、これらの酢酸等を用いることは、安全性が高く、また、低コストであるため好適である。
【0015】
本発明において使用される酢酸等として、酢酸自体だけでなく、酢酸の塩であってもよい。
酢酸の塩としては、酢酸イオンを供給し得る塩であれば特に限定されるものではないが、カチオンとの塩が挙げられ、具体的には、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸カルシウム、酢酸マグネシウム、酢酸亜鉛イオン、及び酢酸アンモニウム等が挙げられる。
酢酸アンモニウムにおいては、アンモニウムイオンに代えて、置換若しくは非置換のアンモニウムとの酢酸塩であってもよい。
中でも、酢酸の塩としては、酢酸カリウム、酢酸ナトリウム、酢酸アンモニウム、酢酸マグネシウム、酢酸カルシウムを好適に使用することができる。また、卵の殻を酢で溶かした液肥を酢酸等として使用することも可能である。
本発明においては、酢酸と酢酸塩を混合物として用いてもよい。酢酸と酢酸塩の混合物としては、酢酸自体と、酢酸塩とを混合したものであってもよく、酢酸に、酢酸イオンとの塩を形成するカチオン源を加えて、例えば、水溶液として中和反応により生成される酢酸と酢酸塩の混合液であってもよい。この場合、完全に酢酸は中和されていてもよく、酢酸の一部が中和されるような量でカチオン源が加えられていてもよい。
酢酸塩を含む水溶液としては、例えば、酢酸緩衝液等が挙げられる。
【0016】
本発明に使用される酢酸等として、酢酸の溶媒和物又は酢酸塩の溶媒和物であってもよい。
酢酸又はその塩の溶媒和物を形成し得る溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、水、並びにアルコール、ジメチルスルホキシド(DMSO)、エタノールアミン及び酢酸エチルのような有機溶媒等が挙げられる。
アルコールとしては、例えば、低級アルコールであってもよく、高級アルコールであってもよい。低級アルコールとしては、特に限定されるものではないが、例えば、メタノール、エタノール又は2-プロパノール(イソプロピルアルコール)のような炭素数が1~6の飽和又は不飽和の直鎖又は分岐状のアルキルアルコール等が挙げられ、高級アルコールとしては、特に限定されるものではないが、例えば、1-ヘプタノール又は1-オクタノールのような炭素数が7以上の飽和又は不飽和の直鎖又は分岐状のアルキルアルコール等が挙げられる。
溶媒和物を形成する溶媒としては、単独であってもよく、2種以上の溶媒であってもよい。
溶媒物については、例えば、溶媒和物の水溶液として用いる場合、水溶液中での酢酸等の形態としては、特に限定されず、溶媒和されていなくてもよい。
【0017】
本発明において、「耐熱性向上剤」や「耐熱性を向上する」とは、植物の集団に本発明の植物の耐熱性向上剤を適用することにより、生育不能(枯死)、生育不良(例えば、植物の全体若しくはその部分(例えば葉若しくは花)の白化若しくは黄化、根長の減少若しくは葉数の減少、又は倒伏)、生育速度の低下、又は植物体重量若しくは作物収量の減少のような、植物の生育における好ましくない影響である熱ストレスを実質的に軽減させることができることを意味する。
「耐熱性向上剤」であることや「耐熱性を向上する」ことの確認は、本発明の植物の耐熱性向上剤を適用しない対照の植物の集団と比較して確認することができ、また、通常は30%以上、好ましくは50%以上、60%以上、70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは85%以上、特に好ましくは90%以上、生存率が向上していることで確認することができる。
【0018】
本明細書で「熱ストレス」とは、温度60度以下の環境下に置かれることを意味し、温度は50℃以下の環境下であってもよく、45℃以下の環境下であってもよい。
また、通常、恒温を25℃程度と考えると、30℃以上の環境下であることが好ましく、35℃以上の環境下であることがより好ましい。
本明細書における「熱ストレス」は、温度30~60℃の範囲内の環境下に置かれていることであってもよく、当該温度範囲内で上限及び下限を設定してもよい。
本発明において、「耐熱性向上剤」であることや「耐熱性を向上する」ことの確認は、特に限定されるものではないが、以下の手段によって評価してもよく、より具体的には実施例に挙げる方法により評価してもよい。
例えば、対象となる植物を、一定量の試験溶液(水及び場合により通常の栄養成分を含む)中で、通常の生育条件下、すなわち非熱ストレス条件下で生育させる。一定期間生育させた後、耐熱性向上剤を施用した後に、熱ストレス条件下で生育させ、次いで、通常の生育条件下、すなわち非熱ストレス条件下で生育させて、対象となる植物の生存率を計測することにより評価することができる。
熱ストレス条件としては、上記「熱ストレス」の温度条件下で30分以上静置する条件であればよく、温度条件に応じて、静置する時間は設定してよい。
熱ストレス条件においては、恒湿度条件で、特に給水を行わずに静置する条件であることが好ましい。
【0019】
本発明において、「耐塩性向上剤」や「耐塩性を向上する」とは、植物の集団に本発明の植物の耐塩性向上剤を適用することにより、生育不能(枯死)、生育不良(例えば、植物の全体若しくはその部分(例えば葉若しくは花)の白化若しくは黄化、根長の減少若しくは葉数の減少、又は倒伏)、生育速度の低下、又は植物体重量若しくは作物収量の減少のような、植物の生育における好ましくない影響である塩ストレス、具体的には、高濃度の塩ストレスを実質的に軽減させることができることを意味する。
「耐塩性向上剤」であることや「耐塩性を向上する」ことの確認は、本発明の植物の耐塩性向上剤を適用しない対照の植物の集団と比較して確認することができ、また、通常は30%以上、好ましくは50%以上、60%以上、70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは85%以上、特に好ましくは90%以上、生存率が向上していることで確認することができる。
【0020】
本明細書で「塩ストレス」とは、高濃度の塩類の環境下に置かれることを意味する。
塩類の濃度としては、特に限定されるものではないが、塩類土壌として分類されるような土壌における塩類濃度であってよい。
塩ストレスの起因となる塩類としては、特に限定されるものではないが、リン酸塩、硝酸塩、塩酸塩等、塩類土壌に観測される塩類であってよい。
塩類としては、具体的には、塩化ナトリウムや塩化マグネシウム等のリン酸、硝酸、塩酸のアルカリ金属塩、アルカリ土塁金属塩、アンモニウム塩等が挙げられる。
本発明において、「耐塩性向上剤」であることや「耐塩性を向上する」ことの確認は、特に限定されるものではないが、以下の手段によって評価してもよく、より具体的には実施例に挙げる方法により評価してもよい。
例えば、対象となる植物を、一定量の試験溶液(水及び場合により通常の栄養成分を含む)中で、通常の生育条件下、すなわち非塩ストレス条件下で生育させる。一定期間生育させた後、耐塩性向上剤を施用した後に、塩ストレス条件下で生育させ、次いで、通常の生育条件下、すなわち非塩ストレス条件下で生育させて、対象となる植物の生存率を計測することにより評価することができる。
塩ストレス条件としては、上記「塩ストレス」の温度条件下で30分以上静置する条件であればよく、塩類の種類や濃度条件に応じて、静置する時間は設定してよい。
塩ストレス条件においては、恒湿度条件で、給水を行いながら静置する条件であってもよく、給水を行わずに静置する条件であってもよい。
【0021】
本発明において、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤は、植物の耐熱性向上剤であってもよく、植物の耐塩性向上剤であってもよく、植物の耐熱性向上剤であると共に、植物の耐塩性向上剤であってよい。
本発明において、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤は、酢酸等を含有する組成物として、植物の耐熱性あるいは耐塩性を向上する組成物であってもよい。
すなわち、本明細書においては、「植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤」は、「植物の耐熱性あるいは耐塩性を向上する組成物」と同様の意味に理解することも可能である。
【0022】
本発明の各態様において、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤の効果は、植物の生育自体に対する効果、例えば、茎葉部若しくは根部の伸張、葉数の増加、開花若しくは結実の促進、花若しくは果実の数の増加、植物体重量若しくは作物収量の増加、緑化、又は分蘖の促進のような生育の促進効果を包含してもよい。
【0023】
本発明においては、酢酸等を植物に施用することにより、熱ストレスあるいは塩ストレスに対して、耐熱性あるいは耐塩性を向上させることができる。
本発明における植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤や植物の耐熱性あるいは耐塩性を向上する組成物は、農業化学製剤又は農薬として、植物の生育を促進するために使用することができる。
【0024】
本発明において、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤は、例えば、固体(例えば粉末若しくは粒状物)、液体(例えば溶液若しくは懸濁液)、又は気体のような任意の形態であってよい。
本発明において、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤は、溶液又は懸濁液のような液体の形態で使用することが好ましい。
本発明において、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤を溶液として用いる場合、液体の状態であってもよく、施用する際に、用事調整した液体として用いてもよい。
【0025】
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤において、酢酸等を、好適には、有効成分として単独で使用してもよく、1種以上の農業上許容される成分と組み合わせて使用してもよい。
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤は、農薬乃至農業化学製剤として、所望の施用方法に応じて、当該技術分野で通常使用される様々な剤形に製剤化させることができる。
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤は、酢酸等に加え、1種以上の農業上許容される成分をさらに含有していてもよい。
農業上許容される成分としては、溶媒若しくは担体、賦形剤、結合剤、溶解補助剤、安定剤、増粘剤、膨化剤、潤滑剤、界面活性剤、油性液、緩衝剤、殺菌剤、不凍剤、消泡剤、着色剤、酸化防止剤、添加剤、肥料、及びさらなる薬剤等が挙げられる。
農業上許容される溶媒若しくは担体としては、水、ケロセン若しくはディーゼル油のような鉱油画分、植物若しくは動物由来の油、環状若しくは芳香族炭化水素(例えばパラフィン、テトラヒドロナフタレン、アルキル化ナフタレン類若しくはそれらの誘導体、又はアルキル化ベンゼン類若しくはそれらの誘導体)、アルコール(例えばメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、エチレングリコール、グリセロール又はシクロヘキサノール)、ケトン(例えばシクロヘキサノン)、若しくはアミン(例えばN-メチルピロリドン)、又はこれらの混合物のような農業上許容される溶媒若しくは液体担体が好ましく、少なくとも水を含む1種以上の溶媒がより好ましい。
肥料としては、油粕若しくは牛糞のような有機肥料、又は硫安、石灰窒素若しくは熔成リンのような無機肥料が好ましい。
【0026】
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤が、少なくとも水を含む1種以上の溶媒をさらに含有する場合、本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤の溶液のpHは、好ましくは3~9の範囲であり、その範囲内でpHの下限値は、4以上、5以上、6以上であってもよく、pHの上限値は、8.5以下、8以下、7.5以下、7以下であってもよい。
pHの範囲は、より好ましくは4~8の範囲であり、さらに好ましくは5~7.5の範囲であり、よりさらに好ましくは5~7の範囲である。pHの範囲は、5~6としてもよく、6~7としてもよい。
植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤のpHは、対象の植物への施用時点で前記範囲内であることが好ましい。
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤のpHは、酸やアルカリで調整してもよく、例えば、塩酸、硝酸、硫酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア水又は酢酸アンモニウムのような、酸、アルカリ又は緩衝剤を用いて調整してもよい。
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤においては、そのpHが、対象の植物への施用時点で、前記範囲内であることが好ましいが、仮に、対象の植物への施用時点で、前記範囲内になくても、施用される土壌、培地又は培養液のpH緩衝作用を利用して、前記範囲内のpHに調整される場合であってもよい。
【0027】
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤が、少なくとも水を含む1種以上の溶媒をさらに含有する場合、本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤における酢酸等の総体積に対する割合は、好ましくは0.01~0.5体積%の範囲であり、その範囲内で割合の下限値は、0.05体積%以上、0.075体積%以上、0.09体積%以上、0.1体積%以上であってよく、割合の上限値は、0.25体積%以下、0.2体積%以下であってもよい。
酢酸等の割合の範囲は、より好ましくは0.05~0.5体積%の範囲であり、さらに好ましくは0.075~0.25体積%の範囲であり、よりさらに好ましくは0.09~0.2体積%の範囲であり、特に好ましくは0.1~0.2体積%の範囲である。
【0028】
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤が、少なくとも水を含む1種以上の溶媒をさらに含有する場合、本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤における酢酸等の濃度は、好ましくは1~100mMの範囲であり、その範囲内で濃度の下限値は、2mM以上、5mM以上、7.5mM以上、9mM以上、10mM以上であってよく、濃度の上限値は、50mM以下、40mM以下であってもよい。
酢酸等の割合の範囲は、より好ましくは1~50mMの範囲であり、さらに好ましくは7.5~50mMの範囲であり、よりさらに好ましくは9~40mMの範囲であり、特に好ましくは10~40mMの範囲である。
【0029】
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤が、少なくとも水を含む1種以上の溶媒をさらに含有する場合、前記範囲内のpHであり、かつ、前記範囲内の酢酸等の濃度であることが好適である。
pHと、濃度は、共に、あるいはそれぞれ独立して、前記する範囲内で適宜選択され得る。
【0030】
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤は、1種以上のさらなる薬剤を含有していてもよい。
当該薬剤としては、特に限定されるものではないが、例えば、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、2-クロロエチルホスホン酸(商品名:エスレル(登録商標))、カーバイド、ベンジルアデニン、ブラシノステロイド、ストリゴラクトン及びジャスモン酸等が挙げられる。また、当該薬剤としては、当該技術分野で通常使用される植物ホルモン、植物化学調節剤及び農薬等であってもよい。
【0031】
本発明において、対象となる植物は、特に限定されるものではなく、例えば、被子植物及び裸子植物から選択される。
対象となる植物としては、特に限定されるものではないが、例えば、キク及びガーベラのようなキク科植物、ジャガイモ、トマト及びナスのようなナス科植物、ナタネ及びアブラナのようなアブラナ科植物、イネ、トウモロコシ、コムギ、サトウキビ及びオオムギのようなイネ科植物、ダイズのようなマメ科植物、アサガオのようなヒルガオ科植物、ポプラのようなヤナギ科植物、トウゴマ、キャッサバ及びジャトロファのようなトウダイグサ科植物、サツマイモのようなヒルガオ科植物、オレンジ及びレモンのようなミカン科植物、サクラ及びバラのようなバラ科植物、コチョウランのようなラン科植物、トルコキキョウのようなリンドウ科植物、シクラメンのようなサクラソウ科植物、パンジーのようなスミレ科植物、ユリのようなユリ科植物、テンサイのようなヒユ科植物、ブドウのようなブドウ科植物、スギ及びヒノキなどのヒノキ科植物、オリーブ及びキンモクセイなどのモクセイ科植物、並びにアカマツのようなマツ科植物等が挙げられる。
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤の対象となる植物は、酢酸合成を含む酢酸代謝に係る共通メカニズムを有している。よって、種を問わずに植物に共通して保存される機能遺伝子群の働きにより、酢酸等による耐熱性あるいは耐塩性が植物に共通して発揮され得ると考えられる。
対象となる植物としては、植物の全体(すなわち完全な植物体)だけでなく、植物の組織若しくは器官(例えば、切り花、又は根茎、塊根、球茎若しくはランナー等の栄養繁殖器官)、培養細胞及び/又はカルス等の植物の部分であってもよい。
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤は、植物の発芽前又は発芽後を含む任意の生育段階にある植物の全体又はその部分(例えば、種子、幼苗又は成熟植物の全体又はその部分)に施用することができる。
【0032】
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤は、植物自体だけでなく、植物に施用するための資材、又は植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用してもよい。
本発明は、酢酸等を、好ましくは農業上有効な量の酢酸等を、植物、植物に施用するための資材、又は植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用することを含む、植物の耐熱性あるいは耐塩性を向上させる方法にも関する。
本発明の方法において、施用される酢酸等及びその他の態様は、植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤として本明細書において説明したとおりである。
植物に施用するための資材としては、特に限定されるものではないが、例えば、水、肥料のような、当該技術分野で通常使用される各種の資材が挙げられる。
【0033】
本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤の剤形は、特に限定されるものではなく、当該技術分野で通常使用される、乳剤、水和剤、液剤、水溶剤、粉剤、粉末剤、ペースト剤又は粒剤等の剤形であってよい。
本発明の各態様において、酢酸等は、農業上有効な量で含有又は施用される。本発明の各態様において、酢酸等の農業上有効な量は、例えば、施用時の総質量に対して、0.01~0.5質量%の範囲であり、通常は、施用時の総質量に対して、0.05~0.5質量%の範囲であり、典型的には、施用時の総質量に対して、0.075~0.25質量%の範囲であり、さらに典型的には、施用時の総質量に対して、0.09~0.2質量%の範囲であり、特に、施用時の総質量に対して、0.1~0.2質量%の範囲である。例えば、本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤が液体形態の剤形である場合、酢酸等の農業上有効な量は、例えば、施用時の総体積に対して、0.01~0.5体積%の範囲であり、通常は、施用時の総体積に対して、0.05~0.5体積%の範囲であり、典型的には、施用時の総体積に対して、0.075~0.25体積%の範囲であり、さらに典型的には、施用時の総質量に対して、0.09~0.2体積%の範囲であり、特に、施用時の総質量に対して、0.1~0.2体積%の範囲である。
【0034】
植物の栽培において、植物の生育の状態に基づき、本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤を、植物、植物に施用するための資材、又は植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用する条件を適切に設定することにより、植物における耐熱性あるいは耐塩性を向上させつつ、植物の生育を安定的に管理することができる。
本発明は、
植物の生育に関する1個以上の情報を取得すること(以下、「情報取得工程」とも記載する)、
取得した1個以上の情報に基づき、本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤を、植物、植物に施用するための資材、又は植物が生育する土壌、培地若しくは培養液に施用する条件を決定すること(以下、「施用条件決定工程」とも記載する)、
を含む、植物の生育を管理する方法にも関する。
【0035】
情報取得工程において取得する、植物の生育に関する1個以上の情報としては、特に限定されるものではないが、例えば、熱ストレスあるいは塩ストレス条件下での、茎葉部若しくは根部の伸張、葉数の増加、開花若しくは結実の促進、花若しくは果実の数の増加、植物体重量若しくは作物収量の増加、緑化、又は分蘖の促進のような生育の促進効果に関する種々の情報、並びに、生育不能(枯死)、生育不良(例えば、植物の全体若しくはその部分(例えば葉若しくは花)の白化若しくは黄化、根長の減少若しくは葉数の減少、又は倒伏)、生育速度の低下、又は植物体重量若しくは作物収量の減少のような植物の生育における好ましくない影響に関する種々の情報を挙げることができる。
前記で例示した1個以上の情報を取得することにより、植物の生育の状態を評価することができる。
【0036】
施用条件決定工程において決定される、本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤を施用するための条件は、当該施用を実施することによって植物の耐熱性あるいは耐塩性を向上することができるように、適宜設定される。本工程において決定される条件は、特に限定されるものではないが、例えば、本発明の植物の耐熱性あるいは耐塩性向上剤の組成、pH、施用量及び施用時期、並びに有効成分として含有される酢酸等の含有量からなる群より選択される1種以上の条件が挙げられる。
これらの条件の具体的な値は、本明細書において例示した範囲から適宜設定してよい。
【0037】
本発明において、植物の生育を管理する方法において、情報取得工程及び施用条件決定工程の回数及び順序は特に限定されない。例えば、情報取得工程及び施用条件決定工程をこの順序で1回ずつ実施してもよく、情報取得工程、施用条件決定工程、次いでさらなる情報取得工程をこの順序で実施してもよく、1回目の情報取得工程、1回目の施用条件決定工程、2回目の情報取得工程、及び2回目の施用条件決定工程のように、情報取得工程及び施用条件決定工程の組み合わせを複数回繰り返し実施してもしてもよい。
【実施例0038】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲は
これら実施例に限定されるものではない。
【0039】
<耐熱性試験1>
簡易に作成したインキュベーター内で、ビニールポットを用いて、カキチシャ(サンチュ,キク科アキノノゲシ属 Lactuca sativa L.)を発芽後、温度22℃、湿度40~50%の条件で、2週間育てた。栽培期間中、給水は、給水トレーを用いて、ビニールポットの底面が水に浸漬するように底面給水を行った。
続いて、乾いた給水トレー上で、自然落下により底面給水時の余分な水分を除去した。
水又は0.1体積%酢酸水溶液を用いて、給水トレーにより底面給水を24時間行った。当該底面給水処理により、ビニールポット底面から水又は酢酸水溶液がカキチシャに給水されることとなる。
その後、別トレーにビニールポットを移し、給水をせず、連続光、温度35℃の条件で、インキュベーター内で、4日間静置した。
4日間の静置後インキュベーターからビニールポットを取り出し、温度22℃の条件で、底面給水し、24時間後のカキチシャの状態を観察した。
結果を
図1に示す。
なお、以下の試験においても、連続光下で、カキチシャ及びトマトの生育を行ったが、温度42℃の条件のインキュベーターでの照度を、約3300ルクスとした以外は、約5000ルクスの条件とした。
【0040】
<耐熱性試験2>
耐熱性試験1と同様にして生育させたカキチシャに対して、1株あたり50mLの水又は0.1体積%酢酸水溶液を株元に灌注し、24時間静置した。当該灌注処理により、ビニールポット内の土面から水又は酢酸水溶液がカキチシャに給水されることとなる。
その後、給水をせず、連続光、温度42℃の条件で、インキュベーター内で、3日間静置した。
3日間の静置後インキュベーターからビニールポットを取り出し、温度22℃の条件で、底面給水し、2日後のカキチシャの生存率を計測した。
結果を
図2に示す。
【0041】
<耐熱性試験3>
簡易に作成したインキュベーター内で、ビニールポットを用いて、トマト(品種:桃太郎,ナス科ナス属 Solanum lycopersicum)を発芽後、温度22℃、湿度40~50%の条件で、3週間育てた。栽培期間中、給水は、給水トレーを用いて、ビニールポットの底面が水に浸漬するように底面給水を行った。
続いて、乾いた給水トレー上で、自然落下により底面給水時の余分な水分を除去した。
1株あたり50mLの水又は0.06体積%酢酸水溶液を株元に灌注し、24時間静置した。当該灌注処理により、ビニールポット内の土面から水又は酢酸水溶液がトマトに給水されることとなる。
その後、給水をせず、連続光、温度42℃の条件で、インキュベーター内で、3日間静置した。
3日間の静置後インキュベーターからビニールポットを取り出し、温度22℃の条件で、底面給水し、2日後のトマトの生存率を計測した。酢酸水溶液給水群のトマトの生存率は100%であり、水給水群のトマトの生存率は0%であった。
結果を
図3に示す。
【0042】
<耐塩性試験>
耐熱性試験1と同様に生育させたカキチシャに対して、1株あたり100mLの水、0.1体積%酢酸水溶液又は0.2体積%酢酸水溶液を灌注し、24時間静置した。当該灌注処理により、ビニールポット内の土面から水又は酢酸水溶液がカキチシャに給水されることとなる。
1株あたり100mLの3.5%の塩化ナトリウム水溶液を株元に灌注して3日間静置し、続いて、100mLの3.5%の塩化ナトリウム水溶液を株元に灌注した。
最初に塩化ナトリウム水溶液を灌注してから7日後のカキチシャの状態を観察した。
結果を
図4に示す。