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特開2024-129200眼鏡レンズの設計方法、眼鏡レンズの製造方法、眼鏡レンズの設計システム、及び眼鏡レンズの設計システム用のプログラム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024129200
(43)【公開日】2024-09-27
(54)【発明の名称】眼鏡レンズの設計方法、眼鏡レンズの製造方法、眼鏡レンズの設計システム、及び眼鏡レンズの設計システム用のプログラム
(51)【国際特許分類】
   G02C 7/02 20060101AFI20240919BHJP
   G02C 7/06 20060101ALI20240919BHJP
【FI】
G02C7/02
G02C7/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023038236
(22)【出願日】2023-03-13
(71)【出願人】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 知洋
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【弁理士】
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】加賀 唯之
【テーマコード(参考)】
2H006
【Fターム(参考)】
2H006BD03
(57)【要約】
【課題】眼鏡レンズに対して平滑化フィルタ処理する際に要する時間を軽減する。
【解決手段】物体側の面と眼球側の面とを備える眼鏡レンズの設計方法であって、設計面である面α上の各点に対する近似曲率Cのxy平面座標上の分布図を取得する近似曲率マップ取得工程と、分布図に対して平滑化フィルタ処理する平滑化処理工程と、平滑化処理工程により得られた新たな近似曲率C´の分布図に基づいて新たな面α´を設計する設計工程と、を有する、眼鏡レンズの設計方法及びその関連技術を提供する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体側の面と眼球側の面とを備える眼鏡レンズの設計方法であって、
眼鏡レンズの装用状態において、物体側から眼球側に向けてレンズ中心を通る軸をz軸、下方から上方に向かいz軸に直交する軸をy軸、左から右に向かいz軸に直交する軸をx軸としたとき、
設計面である面α上の各点に対する近似曲率Cのxy平面座標上の分布図を取得する近似曲率マップ取得工程と、
前記分布図に対して平滑化フィルタ処理する平滑化処理工程と、
前記平滑化処理工程により得られた新たな近似曲率C´の分布図に基づいて新たな面α´を設計する設計工程と、
を有する、眼鏡レンズの設計方法。
なお、前記平滑化処理工程にかける近似曲率Cは以下のように定義される。
前記面α上の任意の点p(x,y,z)の近似曲率Cは、z軸に垂直なxy平面において、点pと回転対称にある点p’(-x,-y,z)及び(0,0,0)の3点を通る円の半径の逆数を用いる。但し、点pが(0,0,0)の場合、近似曲率Cは前記面αにおける点pの2つの主曲率の平均を用いる。
【請求項2】
前記眼鏡レンズは、近方距離の物体を視認するための近用部と、該近方距離よりも離れた物体を視認可能な遠用部と、両部の間において屈折力を累進させる中間部とを備える累進屈折力レンズである、請求項1に記載の眼鏡レンズの設計方法。
【請求項3】
前記平滑化フィルタはガウシアンフィルタである、請求項1又は2に記載の眼鏡レンズの設計方法。
【請求項4】
前記ガウシアンフィルタはx軸方向に長尺である、請求項3に記載の眼鏡レンズの設計方法。
【請求項5】
前記平滑化フィルタは平均化フィルタである、請求項1又は2に記載の眼鏡レンズの設計方法。
【請求項6】
前記眼鏡レンズは、近方距離の物体を視認するための近用部と、該近方距離よりも離れた物体を視認するための遠用部と、両部の間において屈折力を累進させる中間部とを備える累進屈折力レンズであり、
前記近用部は、屈折力が(球面度数S+加入度数ADD-0.12D)以上の領域であり、
前記遠用部は、近方距離よりも離れた物体を視認するための部分であり且つ屈折力が(球面度数S±0.12D)の範囲内にある領域であり、
前記設計工程により設計される面α´における加入度数と、前記平滑化処理工程前の前記面αにおける加入度数との差が閾値を超えるか否か、及び、
前記設計工程により設計される面α´における遠用部の曲率と、前記平滑化処理工程前の前記面αにおける遠用部の曲率との差が閾値を超えるか否か、
の少なくともいずれかを判定する判定工程を有し、
前記判定工程において異なると判定された場合、以下の式により前記各点の新たなz座標値z(x,y)を取得し、前記各点が該z座標値zを備える面α´´を設計する再設計工程を行う、請求項1に記載の眼鏡レンズの設計方法。
【数1】
fbは前記平滑化処理工程前の遠用部の曲率であり、Cnbは前記平滑化処理工程前の近用部の曲率であり、Cfaは前記平滑化処理工程後の遠用部の曲率であり、Cnaは前記平滑化処理工程後の近用部の曲率である。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の眼鏡レンズの設計方法により設計された面を実現するようにレンズ基材を加工する、眼鏡レンズの製造方法。
【請求項8】
物体側の面と眼球側の面とを備える眼鏡レンズの設計システムであって、
設計面である面α上の各点に対する近似曲率Cのxy平面座標上の分布図を取得する近似曲率マップ取得部と、
前記分布図に対して平滑化フィルタ処理する平滑化処理部と、
前記平滑化処理部により得られた新たな近似曲率C´の分布図に基づいて新たな面α´を設計する設計部と、
を備える、眼鏡レンズの設計システム。
【請求項9】
前記設計部により設計される面α´における加入度数と、前記平滑化フィルタ処理前の前記面αにおける加入度数との差が閾値を超えるか否か、及び、
前記設計部により設計される面α´における遠用部の曲率と、前記平滑化フィルタ処理前の前記面αにおける遠用部の曲率との差が閾値を超えるか否か、
の少なくともいずれかを判定する判定部と、
前記判定部において閾値を超えると判定された場合、上記式により前記各点の新たなz座標値z(x,y)を取得し、前記各点が該z座標値zを備える面α´´を設計する再設計部と、
を更に備える、請求項8に記載の眼鏡レンズの設計システム。
【請求項10】
物体側の面と眼球側の面とを備える眼鏡レンズの設計システム用のプログラムであって、
設計面である面α上の各点に対する近似曲率Cのxy平面座標上の分布図を取得する近似曲率マップ取得部、
前記分布図に対して平滑化フィルタ処理する平滑化処理部、
前記平滑化処理部により得られた新たな近似曲率C´の分布図に基づいて新たな面α´を設計する設計部、
としてコンピュータを機能させる、眼鏡レンズの設計システム用のプログラム。
【請求項11】
前記設計部により設計される面α´における加入度数と、前記平滑化フィルタ処理前の前記面αにおける加入度数との差が閾値を超えるか否か、及び、
前記設計部により設計される面α´における遠用部の曲率と、前記平滑化フィルタ処理前の前記面αにおける遠用部の曲率との差が閾値を超えるか否か、
の少なくともいずれかを判定する判定部、及び、
前記判定部において閾値を超えると判定された場合、上記式により前記各点の新たなz座標値z(x,y)を取得し、前記各点が該z座標値zを備える面α´´を設計する再設計部、
としてもコンピュータを機能させる、請求項10に記載の眼鏡レンズの設計システム用のプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズの設計方法、眼鏡レンズの製造方法、眼鏡レンズの設計システム、及び眼鏡レンズの設計システム用のプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1の[0008]には、屈折力分布関数に対して不連続性を平滑化するためガウス関数により畳み込み演算することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】米国出願公開第2005/0254007号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の手法で平滑化するにしても、特許文献1の実施形態に記載のように、複雑且つ大量の計算が必要になる。特に、特許文献1において屈折力又は曲率を取り扱う場合、点ではなく面として取り扱う必要が出てくる。また、レンズ中心からの距離に応じて屈折力又は曲率が異なる。この場合を考慮すると、計算に費やす労力はより増大する。
【0005】
本発明の一実施例は、眼鏡レンズに対して平滑化フィルタ処理する際に要する時間を軽減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決すべく、本発明の一実施例では、後で詳述する近似曲率という概念を採用し、その近似曲率の分布図を平滑化フィルタにより平滑化することを、本発明者は知見した。この知見に基づき創出されたのが以下の態様である。
【0007】
本発明の第1の態様は、
物体側の面と眼球側の面とを備える眼鏡レンズの設計方法であって、
眼鏡レンズの装用状態において、物体側から眼球側に向けてレンズ中心を通る軸をz軸、下方から上方に向かいz軸に直交する軸をy軸、左から右に向かいz軸に直交する軸をx軸としたとき、
設計面である面α上の各点に対する近似曲率Cのxy平面座標上の分布図を取得する近似曲率マップ取得工程と、
前記分布図に対して平滑化フィルタ処理する平滑化処理工程と、
前記平滑化処理工程により得られた新たな近似曲率C´の分布図に基づいて新たな面α´を設計する設計工程と、
を有する、眼鏡レンズの設計方法である。
なお、前記フィルタ処理工程にかける近似曲率Cは以下のように定義される。
前記面α上の任意の点p(x,y,z)の近似曲率Cは、z軸に垂直なxy平面において、点pと回転対称にある点p’(-x,-y,z)及び(0,0,0)の3点を通る円の半径の逆数を用いる。但し、点pが(0,0,0)の場合、近似曲率Cは前記面αにおける点pの2つの主曲率の平均を用いる。
【0008】
本発明の第2の態様は、
前記眼鏡レンズは、近方距離の物体を視認するための近用部と、該近方距離よりも離れた物体を視認可能な遠用部と、両部の間において屈折力を累進させる中間部とを備える累進屈折力レンズである、第1の態様に記載の眼鏡レンズの設計方法である。
【0009】
本発明の第3の態様は、
前記平滑化フィルタはガウシアンフィルタである、第1又は第2の態様に記載の眼鏡レンズの設計方法である。
【0010】
本発明の第4の態様は、
前記ガウシアンフィルタはx軸方向に長尺である、第1~第3の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズの設計方法である。
【0011】
本発明の第5の態様は、
前記平滑化フィルタは平均化フィルタである、第1~第4の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズの設計方法である。
【0012】
本発明の第6の態様は、
前記眼鏡レンズは、近方距離の物体を視認するための近用部と、該近方距離よりも離れた物体を視認するための遠用部と、両部の間において屈折力を累進させる中間部とを備える累進屈折力レンズであり、
前記近用部は、屈折力が(球面度数S+加入度数ADD-0.12D)以上の領域であり、
前記遠用部は、近方距離よりも離れた物体を視認するための部分であり且つ屈折力が(球面度数S±0.12D)の範囲内にある領域であり、
前記設計工程により設計される面α´における加入度数と、前記平滑化処理工程前の前記面αにおける加入度数との差が閾値を超えるか否か、及び、
前記設計工程により設計される面α´における遠用部の曲率と、前記平滑化処理工程前の前記面αにおける遠用部の曲率との差が閾値を超えるか否か、
の少なくともいずれかを判定する判定工程を有し、
前記判定工程において異なると判定された場合、以下の式により前記各点の新たなz座標値z(x,y)を取得し、前記各点が該z座標値zを備える面α´´を設計する再設計工程を行う、第1~第5の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズの設計方法である。
【数1】
fbは前記平滑化処理工程前の遠用部の曲率であり、Cnbは前記平滑化処理工程前の近用部の曲率であり、Cfaは前記平滑化処理工程後の遠用部の曲率であり、Cnaは前記平滑化処理工程後の近用部の曲率である。
【0013】
本発明の第7の態様は、
第1~第6の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズの設計方法により設計された面を実現するようにレンズ基材を加工する、眼鏡レンズの製造方法である。
【0014】
本発明の第8の態様は、
物体側の面と眼球側の面とを備える眼鏡レンズの設計システムであって、
設計面である面α上の各点に対する近似曲率Cのxy平面座標上の分布図を取得する近似曲率マップ取得部と、
前記分布図に対して平滑化フィルタ処理する平滑化処理部と、
前記平滑化処理部により得られた新たな近似曲率C´の分布図に基づいて新たな面α´を設計する設計部と、
を備える、眼鏡レンズの設計システムである。
【0015】
本発明の第9の態様は、
前記設計部により設計される面α´における加入度数と、前記平滑化フィルタ処理前の前記面αにおける加入度数との差が閾値を超えるか否か、及び、
前記設計部により設計される面α´における遠用部の曲率と、前記平滑化フィルタ処理前の前記面αにおける遠用部の曲率との差が閾値を超えるか否か、
の少なくともいずれかを判定する判定部と、
前記判定部において閾値を超えると判定された場合、上記式により前記各点の新たなz座標値z(x,y)を取得し、前記各点が該z座標値zを備える面α´´を設計する再設計部と、
を更に備える、第8の態様に記載の眼鏡レンズの設計システムである。
【0016】
本発明の第10の態様は、
物体側の面と眼球側の面とを備える眼鏡レンズの設計システム用のプログラムであって、
設計面である面α上の各点に対する近似曲率Cのxy平面座標上の分布図を取得する近似曲率マップ取得部、
前記分布図に対して平滑化フィルタ処理する平滑化処理部、
前記平滑化処理部により得られた新たな近似曲率C´の分布図に基づいて新たな面α´を設計する設計部、
としてコンピュータを機能させる、眼鏡レンズの設計システム用のプログラムである。
【0017】
本発明の第11の態様は、
前記設計部により設計される面α´における加入度数と、前記平滑化フィルタ処理前の前記面αにおける加入度数との差が閾値を超えるか否か、及び、
前記設計部により設計される面α´における遠用部の曲率と、前記平滑化フィルタ処理前の前記面αにおける遠用部の曲率との差が閾値を超えるか否か、
の少なくともいずれかを判定する判定部、及び、
前記判定部において閾値を超えると判定された場合、上記式により前記各点の新たなz座標値z(x,y)を取得し、前記各点が該z座標値zを備える面α´´を設計する再設計部、
としてもコンピュータを機能させる、第10の態様に記載の眼鏡レンズの設計システム用のプログラムである。
【発明の効果】
【0018】
本発明の一実施例によれば、眼鏡レンズに対して平滑化フィルタ処理する際に要する時間を軽減できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、本発明の一態様である眼鏡レンズの設計方法のフロー概略図である。
図2図2は、本発明の一態様に係る近似曲率マップに対してかけられる平均化フィルタのパッチ(別の言い方としてはカーネル、オペレータ、マスク)の図であり、平均化フィルタを構成する各正方形の中心における近似曲率にかけられる重みづけの数値を示す図であり、中央の正方形の中心の点(注目点)に注目したときの図である。
図3図3は、本発明の一態様に係る近似曲率マップに対してかけられるガウシアンフィルタのパッチの図であり、ガウシアンフィルタを構成する各正方形の中心における近似曲率にかけられる重みづけの数値を示す図であり、中央の正方形の中心の点であって図中の中央の大きな点(注目点)に注目したときの図である。
図4図4は、本発明の一態様である眼鏡レンズの設計システムの構成ブロック概略図である。
図5A図5Aは、参照例1における累進屈折面の平均度数分布図である。
図5B図5Bは、参照例1における累進屈折面の非点収差分布図である。
図5C図5Cは、参照例1における累進屈折面の高次収差分布図である。
図6A図6Aは、実施例1における累進屈折面の平均度数分布図である。
図6B図6Bは、実施例1における累進屈折面の非点収差分布図である。
図6C図6Cは、実施例1における累進屈折面の高次収差分布図である。
図7A図7Aは、実施例1における再設計工程後の累進屈折面の平均度数分布図である。
図7B図7Bは、実施例1における再設計工程後の累進屈折面の非点収差分布図である。
図7C図7Cは、実施例1における再設計工程後の累進屈折面の高次収差分布図である。
図8A図8Aは、実施例2における累進屈折面の平均度数分布図である。
図8B図8Bは、実施例2における累進屈折面の非点収差分布図である。
図8C図8Cは、実施例2における累進屈折面の高次収差分布図である。
図9A図9Aは、実施例2における再設計工程後の累進屈折面の平均度数分布図である。
図9B図9Bは、実施例2における再設計工程後の累進屈折面の非点収差分布図である。
図9C図9Cは、実施例2における再設計工程後の累進屈折面の高次収差分布図である。
図10A図10Aは、実施例3における累進屈折面の平均度数分布図である。
図10B図10Bは、実施例3における累進屈折面の非点収差分布図である。
図10C図10Cは、実施例3における累進屈折面の高次収差分布図である。
図11A図11Aは、実施例3における再設計工程後の累進屈折面の平均度数分布図である。
図11B図11Bは、実施例3における再設計工程後の累進屈折面の非点収差分布図である。
図11C図11Cは、実施例3における再設計工程後の累進屈折面の高次収差分布図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について述べる。以下における図面に基づく説明は例示であって、本発明は例示された態様に限定されるものではない。本明細書において「~」は所定の値以上且つ所定の値以下を指す。
【0021】
<定義>
本明細書で挙げる眼鏡レンズは、物体側の面と眼球側の面とを有する。「物体側の面」とは、眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に物体側に位置する表面であり、「眼球側の面」とは、その反対、すなわち眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に眼球側に位置する表面である。物体側の面のことを外面、眼球側の面のことを内面と称しても差し支えない。
【0022】
本明細書では、眼鏡レンズで言うところの外面に対向したときの向き(以降、平面視)において左右方向をx方向、上下方向をy方向、眼鏡レンズの厚さ方向であってx方向及びy方向に垂直な方向をz方向とする。z方向は眼鏡レンズの光軸方向でもある。原点はレンズ中心とする。なお、レンズ中心は、眼鏡レンズの光学中心又は幾何中心を指す。本明細書では光学中心と幾何中心とが略一致する場合を例示する。
右方(3時方向)を+x方向、左方(9時方向)を-x方向、上方(0時方向)を+y方向、下方(6時方向)を-y方向、物体側方向を+z方向、その逆方向(奥側方向)を-z方向とする。
x方向のことをx軸、y方向のことをy軸、z方向のことをz軸とも言う。本段落の内容を以下のように言い換え可能である。
「眼鏡レンズの装用状態において、物体側から眼球側に向けてレンズ中心を通る軸をz軸、下方から上方に向かいz軸に直交する軸をy軸、左から右に向かいz軸に直交する軸をx軸とする。」
【0023】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズとして、近方距離の物体を視認するための近用部と、該近方距離よりも離れた物体を視認するための遠用部と、両部の間において屈折力を累進させる中間部とを備える累進屈折力レンズを例示する。以降、累進屈折力レンズである眼鏡レンズのことを単に「レンズ」とも言う。
【0024】
本発明の一態様に係る近用部では、近方距離にある物体を見るための屈折力を備える。該屈折力は近用度数であり、球面度数S(遠用度数)と加入度数ADDとを足した値である。少なくとも近用部測定基準点Nにおいて度数を測定したときには近用度数以上となる。累進開始点から近用部測定基準点Nに向かう方向において近用部測定基準点Nを超えた後でも屈折力を増加させ、近用部の屈折力が近用度数を一時的に超えても(いわゆるオーバーシュートさせても)構わない。本発明の一態様では、屈折力が(近用度数-0.12D)以上の領域を近用部とみなす。
【0025】
本発明の一態様に係る遠用部では、近方距離よりも離れた物体を見るための屈折力を備える。該屈折力は球面度数S(遠用度数)である。少なくとも遠用部測定基準点Fにおいて度数を測定したときには球面度数S以下となる。本発明の一態様に係る遠用部では、屈折力が略一定である。本発明の一態様では、屈折力が(球面度数S±0.12D)の範囲内にある領域を遠用部とみなす。
【0026】
中間部では、徐々に屈折力が変化している。遠方の物体を見る屈折力と近方にある物体を見る屈折力との差を加入度数ADD(単位はD[ディオプター]、以降、本明細書に記載の屈折力及び度数に関しては同様。)という。本明細書では、一般的にレンズの屈折の程度を示す文言として、いわゆる度数、パワーの代わりに屈折力を用いることもある。
【0027】
中間部では、屈折力が連続的に変化する。中間部のことを累進帯と呼んでも差し支えない。累進帯長は、屈折力の変化が始まる累進開始点と終了する累進終了点との間の距離として定義される。
【0028】
遠用部は、累進屈折力レンズの、上記累進開始点及び累進開始点の上方の領域である。近用部は、一般的には累進終了点及びその下方を含む、累進屈折力レンズの領域である。中間部は、遠用部と近用部との間の領域であり、屈折力が累進的に変化する領域である。
【0029】
本発明の一態様においては説明をわかりやすくするために、外面が球面又はトーリック面、かつ、内面が累進面である場合(いわゆる内面累進レンズ)を例示する。もちろんこれは一例であり、外面が累進面であっても構わない。本発明の一態様における累進面は以下の構成を有する。
【0030】
本発明の一態様に係るレンズの内面においては、近くの距離(例えば40cm~60cm)を見るための近用領域が、レンズを装用した際のレンズにおける下方(-y方向)に配される。
【0031】
その一方、本発明の一態様においては、近方距離よりも遠くの距離にある物を視認するための遠用部が近用部の上方(+y方向)に配置される。本発明の一態様における遠用部には特に制限はなく、遠距離(例えば2m~無限遠)用であっても構わないし、中距離(例えば60cm~200cm)用であっても構わない。
【0032】
つまり、本発明の一態様に係るレンズは、中間距離(1m~40cm)ないし近方距離(40cm~10cm)の物体距離に対応する中近(intermediate-near)レンズ、該近方距離内にて対応する近近(near-near)レンズであってもよい。
【0033】
本発明の一態様においては、説明の便宜上、遠用部が遠距離用領域である場合を例示する。
【0034】
なお、近用部には基準となる度数を測定するための近用部測定基準点が設定されている。同様に、遠用部にも基準となる度数を測定するための遠用部測定基準点が設定されている。ここでの度数がいわゆる球面度数Sとなる。近用部測定基準点での度数は(S+ADD(加入度数))となる。
【0035】
「遠用部測定基準点」は、装用者情報の処方データに記載される球面屈折力及び円柱屈折力を累進屈折力レンズに与える点をいう。球面屈折力はいわゆる球面度数S(遠用度数S)を指し、円柱屈折力はいわゆる乱視度数Cを指す。遠用部測定基準点(以降、単に測定基準点F、点Fともいう。)は、例えば、子午線上に位置し、2つの隠しマークの位置を結ぶ水平線から遠用部の側に、8.0mm離間した位置にある点である。
【0036】
「アイポイント(EP)」は、累進屈折力レンズを装用した際に、真正面に向いたときに視線が通る位置である。一般的には、測定基準点Fよりも数mm下方の位置に配置される。屈折力の変化は、このEPから下方にて発生させる。累進力の変化が開始する点を累進開始点とも呼ぶ。実施形態においてはEPの更に下方の幾何中心GCと累進開始点とを一致させており、プリズム参照点とも一致させている。
【0037】
「近用部測定基準点」は、装用者情報の処方データに記載される球面屈折力に対して加入度数ADDが付加された状態の点をいい、レンズ上方から下方に向かって見たときに最初に球面度数S+ADDが実現される点をいう。近用部測定基準点(以降、単に測定基準点N、点Nともいう。)も、子午線上に位置する。
【0038】
ちなみに、装用者情報の処方データは、累進屈折力レンズのレンズ袋に記載されている。つまり、レンズ袋があれば、装用者情報の処方データに基づいた累進屈折力レンズの物としての特定が可能である。そして、累進屈折力レンズはレンズ袋とセットになっていることが通常である。そのため、レンズ袋が付属した累進屈折力レンズも本発明の技術的思想が反映されているし、レンズ袋と累進屈折力レンズとのセットについても同様である。
【0039】
また、測定基準点F、フィッティングポイント又はアイポイントEP、測定基準点Nは、レンズ製造業者が発行するリマークチャート(Remark chart)又はセントレーションチャート(Centration chart)を参照することにより、位置の特定は可能となる。また、累進開始点も、度数測定用のレンズメータを使用すれば特定可能である。
【0040】
「主注視線」とは、累進屈折力レンズにおける近用部、遠用部及び中間部において、物体を正面視したとき、視線が移動するレンズ表面上の軌跡線である。主注視線は、中間部及び近用部において鼻寄りに移動する。この鼻寄りの移動距離を内寄せ量という。
【0041】
「子午線」とは、累進屈折力レンズに設けられる2つの隠しマークの位置を結ぶ水平線に対して直交し、2つの隠しマークの位置の中点を通る垂直方向の線をいう。子午線は、本願各図に示す分布図のy軸に相当する。
【0042】
<本発明の一態様に係る眼鏡レンズの設計方法>
図1は、本発明の一態様である眼鏡レンズの設計方法のフロー概略図である。
【0043】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズの設計方法は、少なくとも以下の各工程を有する。
・設計面である面α(例えば二つの前記面のうち少なくとも一つの面、本発明の一態様では内面)上の各点に対する近似曲率Cのxy平面座標上の分布図を取得する近似曲率マップ取得工程S1
・前記分布図に対して平滑化フィルタ処理する平滑化処理工程S2
・前記平滑化処理工程により得られた新たな近似曲率C´の分布図に基づいて新たな面α´を設計する設計工程S3
【0044】
フィルタ処理工程にかける近似曲率Cは以下のように定義される。
前記面α上の任意の点p(x,y,z)の近似曲率Cは、z軸に垂直なxy平面において、点pと回転対称にある点p’(-x,-y,z)及び(0,0,0)の3点を通る円の半径の逆数を用いる。但し、点pが(0,0,0)の場合、近似曲率Cは前記面αにおける点pの2つの主曲率の平均を用いる。「2つの主曲率」とは、曲率のうち最も大きい曲率と最も小さい曲率を指す。
【0045】
近似曲率Cのxy平面座標上の分布図のことを「近似曲率マップ」と称してもよい。この近似曲率マップは、xy平面座標上においてCの値を第3の軸とした分布図である。<定義>にて記載したz軸と区別するために、該第3の軸をs軸と称する。本発明の一態様では、s軸は、z軸と同様、xy平面の法線であり原点はレンズ中心とする。
【0046】
近似曲率マップは、分布図として具体的に視認可能に得てもよいし、データ上の分布図として得てもよい。
【0047】
近似曲率マップは、既に用意してあるものを取得しても構わない。既に得てある近似曲率マップを取得する近似曲率マップ取得工程S1を行ってもよい。或いは、本発明の一態様を実施するに際して既にある面形状の各点のxyz座標値から近似曲率を算出してもよい。平滑前の面αの各点のxyz座標値から近似曲率を算出する近似曲率マップ取得工程S1を行ってもよい。
【0048】
本発明の一態様では、この近似曲率マップを平滑化フィルタ処理する(平滑化処理工程S2)。平滑化フィルタ処理の具体的な手法としては、近似曲率マップを平滑化できれば限定は無い。特に、画像のシャープさを低減させるような画像処理技術を本発明の一態様として採用可能である。以下、具体的な例を挙げる。
【0049】
前記平滑化フィルタは平均化フィルタであってもよい。平均化フィルタは上記画像処理技術の一例として知られている。そのため、詳細な説明は省略するが、以下、簡単に説明する。
【0050】
図2は、本発明の一態様に係る近似曲率マップに対してかけられる平均化フィルタのパッチ(別の言い方としてはカーネル、オペレータ、マスク)の図であり、平均化フィルタを構成する各正方形の中心における近似曲率にかけられる重みづけの数値を示す図であり、中央の正方形の中心の点(注目点)に注目したときの図である。本発明の一態様では、この「点」は、レンズの内面のxy平面上の座標位置を指す。
【0051】
平均化フィルタは移動平均フィルタとも呼ばれる。本発明の一態様では、平均化フィルタは、注目点及びその周辺の正方形の中心の点の近似曲率を、平均化フィルタにかける点の数に応じて平均し、各点の近似曲率としてもよい。
【0052】
ちなみにこの手法は、近似曲率を使用するからこそ適用可能であり、例えばレンズの高さを示すz座標値では適用できない。なぜなら、レンズの高さに対して平均化フィルタにかけると各座標値が同一の値となり、最終的に平坦な面が得られるだけである。特に原点で平均化フィルタを用いると、z≠0となってしまい、原点から移動してしまう。その一方、本発明の一態様では近似曲率を使用している。xy座標における各点の近似曲率が平均化により近い値になったとしても、曲率を有する即ち曲面であり、原点で平均化フィルタ処理をしても、z=0となるのでその後の計算に支障がない。
【0053】
本発明の一態様では、平均化フィルタだけではなく後掲のガウシアンフィルタも採用可能である。本発明の一態様は、平滑化フィルタの汎用性が高いという点でも顕著な効果がある。
【0054】
前記平滑化フィルタはガウシアンフィルタであってもよい。ガウシアンフィルタは上記画像処理技術の一例として知られている。そのため、詳細な説明は省略するが、以下、簡単に説明する。
【0055】
図3は、本発明の一態様に係る近似曲率マップに対してかけられるガウシアンフィルタのパッチの図であり、ガウシアンフィルタを構成する各正方形の中心における近似曲率にかけられる重みづけの数値を示す図であり、中央の正方形の中心の点であって図中の中央の大きな点(注目点)に注目したときの図である。
【0056】
累進屈折力レンズでは、面の連続性(段差が無い状態)を維持する。そのため、注目点の近似曲率とその直近の点における近似曲率とは近い値となる。その一方、注目点から離れた点における近似曲率は、注目点の近似曲率から離れた値となる。この傾向は、点が注目点から離れれば離れるほど顕著になる。
【0057】
そのため、注目点に近い点ほど、平均値を計算するときの重み(ウエイト)を大きくしつつ、注目点から離れた点ほど、該重みを小さくするようにガウス分布の関数を用いて計算するのがガウシアンフィルタである。
【0058】
なお、図3において正方形の配列数が多いほど平滑化の効果が大きくなる。また、ガウシアンフィルタの寸法が大きくなるほど平滑化の効果が大きくなる。
【0059】
ガウシアンフィルタの寸法には限定は無いが、平滑化フィルタの幅は、平滑化する前の累進屈折力レンズにおいて、主子午線上の左右方向両側にある三次収差のピーク間の幅のうち、最も狭い幅よりも大きいのがよい。
【0060】
ガウシアンフィルタの寸法としては、例えば、図3ではパッチを構成する図形に正方形を採用したが長方形を採用しても構わないし、それ以外の形状を採用しても構わない。そもそも、面積を有する形状でなくとも、図3の破線で示す線状によりパッチを構成してもよい。その際、ガウシアンフィルタはx軸方向に長尺であるのが好ましい。なぜなら、累進屈折力レンズはy軸方向に屈折力が変化するためである。
【0061】
つまり、ガウシアンフィルタはx軸方向に長尺であるということは、x軸方向に比べてy軸方向のパッチが小さいことを意味する。y軸方向のパッチが小さいということは、y軸方向には近似曲率は平均化されない又は平均化されてもわずかであることを意味する。そしてこれは、ガウシアンフィルタ処理しても、y軸方向に変化する屈折力が変化せずに済むことを意味する。
【0062】
その結果、綿密に制御した加入プロファイルを維持でき且つ累進帯長も維持できる。ここで言う「加入プロファイル」とは、主注視線上の距離と加入度数との関係のことである。
【0063】
ガウシアンパッチの幅をx軸方向とy軸方向とで相違させることがもたらす効果は、後掲の実施例の項目でも示すが、累進屈折力レンズにおける高次収差分布図でも理解できる。
【0064】
例えば、ガウシアンフィルタがx軸方向に長尺である場合(更に具体的に言うとx軸方向の線状ガウシアンパッチである場合)、近用部の高次収差が大幅に減少する。ちなみに、ガウシアンフィルタがy軸方向に長尺である場合(更に具体的に言うとy軸方向の線状ガウシアンパッチである場合)、遠用部の側方の高次収差が減少する。
【0065】
平滑化フィルタの寸法の一具体例は以下の通りである。平滑化フィルタの一方向の寸法の下限は例えば3mm、4mm、5mm、6mmが挙げられる。上限は例えば30mm、20mm、15mm、10mmが挙げられる。また、平滑化フィルタを構成するパッチの点数にも限定は無いが、一具体例としては、x軸方向に3~10個、y軸方向にも3~10個であってもよいし、x軸方向の点の個数とy軸方向の点の個数は同数であってもよいし異なってもよい。
【0066】
本発明の一態様では、平滑化処理工程により得られた新たな近似曲率C´の分布図に基づいて新たな面α´を設計する設計工程S3を行う。近似曲率C´の分布図から面α´を設計する具体的な手法には限定は無く、先に述べた近似曲率の定義に基づき、xy座標及びその座標における近似曲率C´からz座標値を逆算し、そのz座標値を有する面α´を構築すればよい。各座標値(各点)の間は、公知の手法(例えばスプライン補間(spline interpolation))により曲面を補間すればよい。そして、レンズ基材として使用する素材の屈折率が既知であれば、該面α´の所定の箇所における屈折力も把握可能である。
【0067】
本発明の一態様では、設計面αが内面の累進面である場合を例示したが、本発明はこの例に限定されない。例えば、設計面αは特定の一つの面ではなく、物体側の面と眼球側の面とを合わせたときの度数分布及び非点収差分布を備える仮想の面を設計面αとしてもよい(後掲の実施例の項目ではこの内容を採用)。そして、設計工程により新たな面α´を設計した後、その面α´の度数分布及び非点収差分布への寄与を、物体側の面と眼球側の面とで分配させてもよい。
【0068】
以下、本発明の一態様が更に有用であることを示す事例を挙げる。本発明の一態様に係る眼鏡レンズの設計方法は、更に以下の工程を有するのが好ましい。
【0069】
・前記設計工程により設計される面α´における加入度数と、前記平滑化処理工程前の前記面αにおける加入度数とが閾値を超えて異なるか否か(判定1)、及び、
前記設計工程により設計される面α´における遠用部の曲率と、前記平滑化処理工程前の前記面αにおける遠用部の曲率とが閾値を超えて異なるか否か(判定2)、
の少なくともいずれか(好ましくは判定1と判定2の両方)を判定する判定工程S4
・前記判定工程において異なると判定された場合、以下の式により前記各点の新たなz座標値z(x,y)を取得し、前記各点が該z座標値zを備える面α´´を設計する再設計工程S5
【数2】
fbは前記平滑化処理工程前の遠用部の曲率であり、Cnbは前記平滑化処理工程前の近用部の曲率であり、Cfaは前記平滑化処理工程後の遠用部の曲率であり、Cnaは前記平滑化処理工程後の近用部の曲率である。
遠用部の曲率は、遠用部測定基準点Fで測定される遠用度数即ち球面度数Sと言いかえてもよい。
【0070】
平滑化フィルタ処理を行う関係上、前記設計工程により設計される面α´における加入度数と、前記平滑化処理工程前の前記面αにおける加入度数とが相違することがままある。また、遠用部の曲率についても同様である。面αと面α´における相違が大きいか否かを判定するのが上記判定工程S4である。
【0071】
この相違が大きいか否かを、閾値を超えて異なるか否かにより判定してもよい。この閾値としては、判定1及び判定2共に、例えば0.25D(好適には、0.12D、0.10D、0.08D、0.05D、0.03D、0.01D)が挙げられる。
【0072】
面αと面α´における相違が大きい場合、その相違を低減させるのが好ましい。この具体的な手法を規定したのが上記再設計工程S5である。
【0073】
本発明の一態様では、上記再設計工程を行うだけで、面αと面α´における加入度数及び/又は遠用部の曲率の相違を閾値以下に低減(場合によっては解消)できる。これは、本発明の一態様では近似曲率Cという概念を採用したうえで、通常は画像処理に使用されるような平滑化フィルタ処理をこの近似曲率Cの分布図(近似曲率マップ)に適用したからこそである。この好適例も、本発明の効果であるところの、眼鏡レンズに対して平滑化フィルタ処理する際に要する時間の軽減に大きく貢献する。
【0074】
本発明の一実施例によれば、眼鏡レンズに対して平滑化フィルタ処理する際に要する時間を軽減できる。
【0075】
<変形例等>
以上、本発明の一態様を説明したが、上述した開示内容は、本発明の例示的な一態様を示すものである。すなわち、本発明の技術的範囲は、上述の例示的な一態様に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。また、以下の変形例に対し、上述した開示内容を任意に選択して組み合わせることも可能である。
【0076】
例えば、単焦点レンズに対しても本発明を適用可能である。物体側の面も眼球側の面も完全に球面形状である場合、後掲の近似曲率のような近似値でなくとも曲率を採用可能となる。その一方、単焦点レンズであっても、レンズ中心から外れた周辺部の屈折力誤差又は非点収差を減少させるための非球面設計が該周辺部に採用される場合がある。このような場合、累進屈折力レンズの場合と同様に、本発明の一態様の効果が顕著になる。
【0077】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズとして、近方距離よりも離れた物体を視認するための遠用部を挙げた。その一方、近方距離よりも離れた物体を安定して視認することを目的とした部分ではなく、近方距離よりも離れた物体を単に視認“可能”とする遠用部であってもよい。
【0078】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズにおける遠用部は狭い部分であっても構わない。例えば、累進開始点から下方のみならず上方にも屈折力が累進する(大抵の場合は上方に向けて屈折力が減少する)構成の累進屈折力レンズであってもよい。その際、累進屈折力レンズには遠用部測定基準点が用意されるが、それはあくまで所定距離に対する屈折力が確保できているかの確認のための基準点であり、広い遠用部は必要無い。そのような態様の眼鏡レンズとしては製品名レクチュール(登録商標)TFが挙げられる。
【0079】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズの設計方法により設計された面を実現するようにレンズ基材を加工する、眼鏡レンズの製造方法にも本発明の技術的思想が反映されている。
【0080】
図4は、本発明の一態様である眼鏡レンズの設計システムの構成ブロック概略図である。
【0081】
本発明は、眼鏡レンズの設計システムに対しても技術的思想を適用できる。その構成の一例は以下の通りである。
「物体側の面と眼球側の面とを備える眼鏡レンズの設計システム10であって、
設計面である面α上の各点に対する近似曲率Cのxy平面座標上の分布図を取得する近似曲率マップ取得部1と、
前記分布図に対して平滑化フィルタ処理する平滑化処理部2と、
前記平滑化処理部2により得られた新たな近似曲率C´の分布図に基づいて新たな面α´を設計する設計部3と、
を有する、眼鏡レンズの設計システム。」
【0082】
平滑化処理部2が行う内容は上記平滑化処理工程と同内容であるため記載を省略する。設計部3が行う内容は上記設計工程と同内容であるため記載を省略する。平滑化処理部2及び設計部3(並びに後掲の判定部4及び再設計部5)は、コンピュータ内の演算部がそれらの役割を担ってもよいし、その演算部を含めて制御コンピュータ部がそれらの役割を担ってもよい。
【0083】
制御コンピュータ部は、所定プログラムで指示された情報処理を行うコンピュータ装置としての機能を有するものであり、具体的にはCPU(Central Processing Unit)、HDD(Hard disk drive)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、外部インタフェース(I/F)等の組み合わせによって構成されたものである。
【0084】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズの設計システムは、好適には、以下の構成も備える。
・前記設計部3により設計される面α´における加入度数と、前記平滑化フィルタ処理前の前記面αにおける加入度数との差が閾値を超えるか否か、及び、
前記設計部3により設計される面α´における遠用部の曲率と、前記平滑化フィルタ処理前の前記面αにおける遠用部の曲率との差が閾値を超えるか否か、
の少なくともいずれかを判定する判定部4
・前記判定部4において閾値を超えると判定された場合、上記式により前記各点の新たなz座標値z(x,y)を取得し、前記各点が該z座標値zを備える面α´´を設計する再設計部5
【0085】
本発明は、眼鏡レンズの設計システム10用のプログラムに対しても技術的思想を適用できる。その構成の一例は以下の通りである。
「物体側の面と眼球側の面とを備える眼鏡レンズの設計システム10用のプログラムであって、
設計面である面α上の各点に対する近似曲率Cのxy平面座標上の分布図を取得する近似曲率マップ取得部1、
前記分布図に対して平滑化フィルタ処理する平滑化処理部2、及び
前記平滑化処理部2により得られた新たな近似曲率C´の分布図に基づいて新たな面α´を設計する設計部3、
としてコンピュータを機能させる、眼鏡レンズの設計システム10用のプログラム。」
【0086】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズの設計システム10用のプログラムは、好適には、上記判定部4及び再設計部5としてコンピュータを機能させる。
【実施例0087】
以下、本発明の実施例を用いて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0088】
<参照例1>
本発明の一態様に係る平滑化処理工程をかける対象として、具体的な外面又は内面ではなく設計面として累進屈折面を用意した。この累進屈折面はWO97/019382号公報におけるオリジナル累進屈折面に対応する面である。このオリジナル累進屈折面をレンズの面に落とし込む具体的な方法は該公報に記載の手法を採用すればよい。
【0089】
図5Aは、参照例1における累進屈折面の平均度数分布図である。
図5Bは、参照例1における累進屈折面の非点収差分布図である。
図5Cは、参照例1における累進屈折面の高次収差分布図である。
以降に記載の平均度数分布図及び非点収差分布図のピッチは0.25Dであり、高次収差分布図のピッチは0.03Dである。
【0090】
参照例1に係る累進屈折面では、球面度数Sは0Dとし、乱視度数Cは0Dとし、加入度数ADDは2.00Dとした。累進屈折面の近似曲率マップも得た。
【0091】
<実施例1>
本発明の一態様として記載した眼鏡レンズの設計方法に基づき、参照例1の累進屈折面の近似曲率マップを累進屈折面のxyz座標値から得る近似曲率マップ取得工程S1を行った。そして、その近似曲率マップに対してガウシアンフィルタ処理する平滑化処理工程S2を行った。ガウシアンフィルタは、x軸方向に5点、y軸方向に5点整列させた構造のパッチを採用した。このパッチの中央の点を注目点(算出ポイント)とした。ガウシアンパッチの寸法は6mm四方とした。そして、平滑化処理された近似曲率マップから上記設計工程S3を行った。
【0092】
図6Aは、実施例1における累進屈折面の平均度数分布図である。
図6Bは、実施例1における累進屈折面の非点収差分布図である。
図6Cは、実施例1における累進屈折面の高次収差分布図である。
【0093】
平均度数分布図及び非点収差分布図に関し、参照例1から本実施例へと、等高線が平滑化されていることがわかる。これは、高次収差分布図においてはより顕著である。この効果は以降に記載の実施例でも同様である。
【0094】
特許文献1に記載の手法だと、どれだけ時間を少なく見積もっても分レベルの時間がかかる。その一方、本実施例の手法だと、秒レベルの時間しかかからない。つまり、本実施例を採用することにより、単純計算でも1/60の時間短縮になる。この効果は以降に記載の実施例でも同様である。
【0095】
上記のように平滑化処理工程と設計工程を行った後、本発明の一態様で記載した判定工程S4を行った。
【0096】
その結果、面α´における加入度数と、前記平滑化処理工程前の前記面αにおける加入度数との差が閾値(0.01D、以降同様)を超え、且つ、面α´における遠用部の曲率と、前記平滑化処理工程前の前記面αにおける遠用部の曲率との差が閾値(0.01D、以降同様)を超えていた。
【0097】
そのため、本発明の一態様で挙げた上記式により前記各点の新たなz座標値z(x,y)を取得し、前記各点が該z座標値zを備える面α´´を設計する再設計工程S5を行った。
【0098】
図7Aは、実施例1における再設計工程後の累進屈折面の平均度数分布図である。
図7Bは、実施例1における再設計工程後の累進屈折面の非点収差分布図である。
図7Cは、実施例1における再設計工程後の累進屈折面の高次収差分布図である。
【0099】
平均度数分布図、非点収差分布図及び高次収差分布図に関し、再設計工程後であっても、等高線の平滑化状態は維持され且つ累進面としての設計も破綻せず維持されていることがわかる。これは、近似曲率を使用しているためである。言い換えると、これは、近似曲率というパラメータにより、眼鏡レンズの設計の破綻を恐れることなく再設計工程を行えることを意味する。この効果は以降に記載の実施例でも同様である。
【0100】
<実施例2>
本実施例では、実施例1のガウシアンパッチの寸法を6mm四方から10mm四方に変更した。それ以外は実施例1と同様に本実施例を行った。
【0101】
図8Aは、実施例2における累進屈折面の平均度数分布図である。
図8Bは、実施例2における累進屈折面の非点収差分布図である。
図8Cは、実施例2における累進屈折面の高次収差分布図である。
【0102】
平均度数分布図、非点収差分布図及び高次収差分布図に関し、実施例1に比べて本実施例だと、等高線がより平滑化されていることがわかる。
【0103】
上記のように平滑化処理工程と設計工程を行った後、本発明の一態様で記載した判定工程を行った。
【0104】
その結果、面α´における加入度数と、前記平滑化処理工程前の前記面αにおける加入度数との差が閾値を超え、且つ、面α´における遠用部の曲率と、前記平滑化処理工程前の前記面αにおける遠用部の曲率との差が閾値を超えていた。
【0105】
そのため、本発明の一態様で挙げた上記式により前記各点の新たなz座標値z(x,y)を取得し、前記各点が該z座標値zを備える面α´´を設計する再設計工程を行った。
【0106】
図9Aは、実施例2における再設計工程後の累進屈折面の平均度数分布図である。
図9Bは、実施例2における再設計工程後の累進屈折面の非点収差分布図である。
図9Cは、実施例2における再設計工程後の累進屈折面の高次収差分布図である。
【0107】
平均度数分布図、非点収差分布図及び高次収差分布図に関し、再設計工程後であっても、等高線の平滑化状態は維持され且つ累進面としての設計も破綻せず維持されていることがわかる。
【0108】
<実施例3>
本実施例では、実施例1のガウシアンパッチを面状パッチから線状パッチに変更した。具体的には、ガウシアンパッチの寸法を6mm四方から、x軸方向に長尺な10mmの線(注目点を中央にて通過)に変更した。それ以外は実施例1と同様に本実施例を行った。
【0109】
図10Aは、実施例3における累進屈折面の平均度数分布図である。
図10Bは、実施例3における累進屈折面の非点収差分布図である。
図10Cは、実施例3における累進屈折面の高次収差分布図である。
【0110】
平均度数分布図、非点収差分布図及び高次収差分布図に関し、参照例1よりも平滑化されていることがわかる。また、実施例1に比べても、本実施例だと、少なくとも平均度数分布図及び非点収差分布図では、そん色なく平滑化されていることがわかる。高次収差分布図に関しても、少なくとも下方の近用部では、実施例1に比べてもそん色なく平滑化されていることがわかる。
【0111】
上記のように平滑化処理工程と設計工程を行った後、本発明の一態様で記載した判定工程を行った。
【0112】
その結果、面α´における加入度数と、前記平滑化処理工程前の前記面αにおける加入度数との差が閾値を超え、且つ、面α´における遠用部の曲率と、前記平滑化処理工程前の前記面αにおける遠用部の曲率との差が閾値を超えていた。
【0113】
そのため、本発明の一態様で挙げた上記式により前記各点の新たなz座標値z(x,y)を取得し、前記各点が該z座標値zを備える面α´´を設計する再設計工程を行った。
【0114】
図11Aは、実施例3における再設計工程後の累進屈折面の平均度数分布図である。
図11Bは、実施例3における再設計工程後の累進屈折面の非点収差分布図である。
図11Cは、実施例3における再設計工程後の累進屈折面の高次収差分布図である。
【0115】
平均度数分布図、非点収差分布図及び高次収差分布図に関し、再設計工程後であっても、等高線の平滑化状態は維持され且つ累進面としての設計も破綻せず維持されていることがわかる。
【符号の説明】
【0116】
10…眼鏡レンズの設計システム
1…近似曲率マップ取得部
2…平滑化処理部
3…設計部
4…判定部
5…再設計部
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6A
図6B
図6C
図7A
図7B
図7C
図8A
図8B
図8C
図9A
図9B
図9C
図10A
図10B
図10C
図11A
図11B
図11C