(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024129203
(43)【公開日】2024-09-27
(54)【発明の名称】重ね溶接方法及び重ね溶接装置
(51)【国際特許分類】
B23K 11/24 20060101AFI20240919BHJP
B23K 11/06 20060101ALN20240919BHJP
【FI】
B23K11/24 338
B23K11/24 394
B23K11/06 320
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023038239
(22)【出願日】2023-03-13
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 謙
(72)【発明者】
【氏名】上原 壮一郎
(72)【発明者】
【氏名】田原 和憲
(57)【要約】
【課題】重ね溶接前の鋼板の硬度の変化を考慮し、溶接トラブルを防止する重ね溶接方法及び重ね溶接装置を提供する。
【解決手段】先行鋼板の後端部と後行鋼板の先端部の重ね溶接方法において、先行鋼板の硬度と後行鋼板の硬度を測定する硬度測定工程と、その硬度測定工程において測定した先行鋼板の測定硬度と後行鋼板の測定硬度との平均測定硬度に基づいて、重ね部に対する溶接電極の加圧力を決定する加圧力決定工程とを有することを特徴とする重ね溶接方法である。また、事前に推定した硬度による推定加圧力を、測定した硬度により補正して加圧力を決定する工程を有することを特徴とする重ね溶接方法である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
先行鋼板の後端部と後行鋼板の先端部の重ね溶接方法において、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を測定する硬度測定工程と、
前記硬度測定工程において測定した前記先行鋼板の測定硬度(HM1)と前記後行鋼板の測定硬度(HM2)との平均測定硬度(HMA)に基づいて、前記後端部と前記先端部の重ね部に対する溶接電極の加圧力(P)を決定する加圧力決定工程と、
を有することを特徴とする重ね溶接方法。
【請求項2】
先行鋼板の後端部と後行鋼板の先端部の重ね溶接方法において、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を推定する硬度推定工程と、
前記硬度推定工程において推定した前記先行鋼板の推定硬度(HE1)と前記後行鋼板の推定硬度(HE2)との平均推定硬度(HEA)に基づいて、前記後端部と前記先端部の重ね部に対する溶接電極の加圧力(P)を決定する加圧力決定工程と、
を有することを特徴とする重ね溶接方法。
【請求項3】
先行鋼板の後端部と後行鋼板の先端部の重ね溶接方法において、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を推定する硬度推定工程と、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を測定する硬度測定工程と、
前記硬度推定工程において推定した前記先行鋼板の推定硬度(HE1)と前記後行鋼板の推定硬度(HE2)との平均推定硬度(HEA)に基づいて推定した前記後端部と前記先端部の重ね部に対する溶接電極の推定加圧力(PE)を、前記硬度測定工程において測定した前記先行鋼板の測定硬度(HM1)と前記後行鋼板の測定硬度(HM2)との平均測定硬度(HMA)により補正して前記溶接電極の加圧力(P)を決定する加圧力決定工程と、
を有することを特徴とする重ね溶接方法。
【請求項4】
前記加圧力決定工程における補正が、下記の式(1)に基づいて前記加圧力(P)を決定することを特徴とする請求項3に記載の重ね溶接方法。
P=PE×(HMA/HEA) ・・・・・ (1)
【請求項5】
前記硬度(H)は、JIS Z 2244で規定されるビッカース硬さ(HV)であって、100HV~500HVの範囲であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか一項に記載の重ね溶接方法。
【請求項6】
前記加圧力(P)が、1.0ton~3.0tonの範囲であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか一項に記載の重ね溶接方法。
【請求項7】
前記加圧力(P)が、1.0ton~3.0tonの範囲であることを特徴とする請求項5に記載の重ね溶接方法。
【請求項8】
先行鋼板の後端部と後行鋼板の先端部の重ね溶接装置において、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を測定する硬度測定手段と、
前記硬度測定手段により測定した前記先行鋼板の測定硬度(HM1)と前記後行鋼板の測定硬度(HM2)との平均測定硬度(HMA)に基づいて、前記後端部と前記先端部の重ね部に対する溶接電極の加圧力(P)を決定する機能を有する加圧力決定手段と、
を備えることを特徴とする重ね溶接装置。
【請求項9】
先行鋼板の後端部と後行鋼板の先端部の重ね溶接装置において、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を推定する硬度推定手段と、
前記硬度推定手段により推定した前記先行鋼板の推定硬度(HE1)と前記後行鋼板の推定硬度(HE2)との平均推定硬度(HEA)に基づいて、前記後端部と前記先端部の重ね部に対する溶接電極の加圧力(P)を決定する機能を有する加圧力決定手段と、
を備えることを特徴とする重ね溶接装置。
【請求項10】
先行鋼板の後端部と後行鋼板の先端部の重ね溶接装置において、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を推定する硬度推定手段と、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を測定する硬度測定手段と、
前記硬度推定手段により推定した前記先行鋼板の推定硬度(HE1)と前記後行鋼板の推定硬度(HE2)との平均推定硬度(HEA)に基づいて推定した前記後端部と前記先端部の重ね部に対する溶接電極の推定加圧力(PE)を、前記硬度測定手段により測定した前記先行鋼板の測定硬度(HM1)と前記後行鋼板の測定硬度(HM2)との平均測定硬度(HMA)により補正して前記溶接電極の加圧力(P)を決定する機能を有する加圧力決定手段と、
を備えることを特徴とする重ね溶接装置。
【請求項11】
前記加圧力決定手段が、下記の式(1)に基づいて前記加圧力(P)を決定する補正機能を有することを特徴とする請求項10に記載の重ね溶接装置。
P=PE×(HMA/HEA) ・・・・・ (1)
【請求項12】
前記硬度(H)は、JIS Z 2244で規定されるビッカース硬さ(HV)であって、100HV~500HVの範囲であることを特徴とする請求項8ないし11のいずれか一項に記載の重ね溶接装置。
【請求項13】
前記加圧力(P)が、1.0ton~3.0tonの範囲であることを特徴とする請求項8ないし11のいずれか一項に記載の重ね溶接装置。
【請求項14】
前記加圧力(P)が、1.0ton~3.0tonの範囲であることを特徴とする請求項12に記載の重ね溶接装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、先行鋼板と後行鋼板の重ね溶接方法及び重ね溶接装置に関し、特に、母板となる鋼板の硬度が板幅方向に変動した場合でも、優れた溶接性を確保することができる重ね溶接方法及び重ね溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板の連続処理ラインでは、ライン入側で溶接により先行鋼板と後行鋼板をつなぎ合わせることで連続処理を可能としている。溶接方法としては、突き合わせ抵抗溶接、重ね合わせ抵抗溶接(「マッシュシーム溶接」ともいい、以下、単に「重ね溶接」ともいう。)、レーザー溶接など様々な溶接方法が挙げられるが、一般的に、板厚2mm以下の薄物鋼板には重ね溶接が使われている。
【0003】
このような重ね溶接などの溶接方法により形成された溶接継手部の溶接品質向上のために、溶接品質の判定精度の向上を図る技術が種々検討されている。
【0004】
例えば、溶接部の脆性を測定するために、溶接後に硬さ試験を実施し溶接部の強度判定をすることが知られている。特許文献1には、突き合わせ溶接において、溶接後に溶接表面で硬度を測定し、硬度が高くなっていた場合の軟化部のひずみの集中を避けるために、化粧盛溶接を行い溶接の補強を行う方法が開示されている。
【0005】
次に、重ね溶接において、溶接開始前に鋼板を測定し、溶接条件を変える方法として、例えば、特許文献2には、先行と後行の鋼板の重ね部である重ね代を事前に測定し、重ね代の変位量が予め設定された許容範囲内に有るかを判定する方法が開示されている。また、特許文献3には、先行鋼板と後行鋼板の板厚を実測し、その板厚実績に合わせて溶接条件を設定する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012-210653号公報
【特許文献2】特開2002-160070号公報
【特許文献3】特開平5-111775号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の場合、溶接後に合否を判定するので、連続運転を行うラインにおいては、再溶接の必要性などが発生し、生産性も低下するという課題がある。また、特許文献2及び3の場合は、重ね代や板厚を事前に測定するが、重ね溶接において、入熱量に影響を及ぼす硬度に関しては、何ら考慮されておらず、溶接破断トラブルが生じるという課題がある。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、重ね溶接前の鋼板の硬度の変化を考慮し、溶接トラブルを防止する重ね溶接方法及び重ね溶接装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために、鋼板の硬度と溶接性との関係を鋭意検討した。
図4に硬度が異なる場合の溶接部の断面写真の一例を示す。
図4(a)は、通常の溶接条件で重ね溶接を行った場合である。この時の鋼板の硬度(ビッカース硬さ)が420HVで、溶接条件としては、溶接電流:12.0kA、溶接電極の加圧力:2.2ton、溶接速度:5mpmで行った。その結果、重ね溶接部(重ね部)の断面を観察すると、図中に丸印で示したナゲット(溶融部)が大きく発生しており、健全な溶融状態であり、溶接性には問題はなかった。しかしながら、
図4(b)に示すように、鋼板の硬度が330HVと低下した場合には、上記と同じ溶接条件で重ね溶接を行っても、その断面を観察すると、ナゲットが発生していなかった。これは、鋼板の硬度が低下することによって先行と後行の鋼板間の接触抵抗が低下し、その結果、入熱量不足となってナゲットが生じなかったためである。ナゲットが発生しないと、溶接部の破断トラブルが起こる原因となり、これらの検討結果から、先行及び後行の鋼板における硬度の違いが溶接性に大きな影響を与えることを知見した。
【0010】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成したものである。
【0011】
本発明の要旨は、次の通りである。
〔1〕先行鋼板の後端部と後行鋼板の先端部の重ね溶接方法において、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を測定する硬度測定工程と、
前記硬度測定工程において測定した前記先行鋼板の測定硬度(HM1)と前記後行鋼板の測定硬度(HM2)との平均測定硬度(HMA)に基づいて、前記後端部と前記先端部の重ね部に対する溶接電極の加圧力(P)を決定する加圧力決定工程と、
を有することを特徴とする重ね溶接方法。
〔2〕先行鋼板の後端部と後行鋼板の先端部の重ね溶接方法において、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を推定する硬度推定工程と、
前記硬度推定工程において推定した前記先行鋼板の推定硬度(HE1)と前記後行鋼板の推定硬度(HE2)との平均推定硬度(HEA)に基づいて、前記後端部と前記先端部の重ね部に対する溶接電極の加圧力(P)を決定する加圧力決定工程と、
を有することを特徴とする重ね溶接方法。
〔3〕先行鋼板の後端部と後行鋼板の先端部の重ね溶接方法において、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を推定する硬度推定工程と、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を測定する硬度測定工程と、
前記硬度推定工程において推定した前記先行鋼板の推定硬度(HE1)と前記後行鋼板の推定硬度(HE2)との平均推定硬度(HEA)に基づいて推定した前記後端部と前記先端部の重ね部に対する溶接電極の推定加圧力(PE)を、前記硬度測定工程において測定した前記先行鋼板の測定硬度(HM1)と前記後行鋼板の測定硬度(HM2)との平均測定硬度(HMA)により補正して前記溶接電極の加圧力(P)を決定する加圧力決定工程と、
を有することを特徴とする重ね溶接方法。
〔4〕前記〔3〕において、前記加圧力決定工程における補正が、下記の式(1)に基づいて前記加圧力(P)を決定することを特徴とする重ね溶接方法。
P=PE×(HMA/HEA) ・・・・・ (1)
〔5〕前記〔1〕ないし〔4〕のいずれか一つにおいて、前記硬度(H)は、JIS Z 2244で規定されるビッカース硬さ(HV)であって、100HV~500HVの範囲であることを特徴とする重ね溶接方法。
〔6〕前記〔1〕ないし〔5〕のいずれか一つにおいて、前記加圧力(P)が、1.0ton~3.0tonの範囲であることを特徴とする重ね溶接方法。
【0012】
〔7〕先行鋼板の後端部と後行鋼板の先端部の重ね溶接装置において、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を測定する硬度測定手段と、
前記硬度測定手段により測定した前記先行鋼板の測定硬度(HM1)と前記後行鋼板の測定硬度(HM2)との平均測定硬度(HMA)に基づいて、前記後端部と前記先端部の重ね部に対する溶接電極の加圧力(P)を決定する機能を有する加圧力決定手段と、
を備えることを特徴とする重ね溶接装置。
〔8〕先行鋼板の後端部と後行鋼板の先端部の重ね溶接装置において、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を推定する硬度推定手段と、
前記硬度推定手段により推定した前記先行鋼板の推定硬度(HE1)と前記後行鋼板の推定硬度(HE2)との平均推定硬度(HEA)に基づいて、前記後端部と前記先端部の重ね部に対する溶接電極の加圧力(P)を決定する機能を有する加圧力決定手段と、
を備えることを特徴とする重ね溶接装置。
〔9〕先行鋼板の後端部と後行鋼板の先端部の重ね溶接装置において、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を推定する硬度推定手段と、
前記先行鋼板の硬度と前記後行鋼板の硬度を測定する硬度測定手段と、
前記硬度推定手段により推定した前記先行鋼板の推定硬度(HE1)と前記後行鋼板の推定硬度(HE2)との平均推定硬度(HEA)に基づいて推定した前記後端部と前記先端部の重ね部に対する溶接電極の推定加圧力(PE)を、前記硬度測定手段により測定した前記先行鋼板の測定硬度(HM1)と前記後行鋼板の測定硬度(HM2)との平均測定硬度(HMA)により補正して前記溶接電極の加圧力(P)を決定する機能を有する加圧力決定手段と、
を備えることを特徴とする重ね溶接装置。
〔10〕前記〔9〕において、前記加圧力決定手段が、下記の式(1)に基づいて前記加圧力(P)を決定する補正機能を有することを特徴とする重ね溶接装置。
P=PE×(HMA/HEA) ・・・・・ (1)
〔11〕前記〔7〕ないし〔10〕のいずれか一つにおいて、前記硬度(H)は、JIS Z 2244で規定されるビッカース硬さ(HV)であって、100HV~500HVの範囲であることを特徴とする重ね溶接装置。
〔12〕前記〔7〕ないし〔11〕のいずれか一つにおいて、前記加圧力(P)が、1.0ton~3.0tonの範囲であることを特徴とする重ね溶接装置。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、先行及び後行の鋼板の硬度に基づいて溶接電極の加圧力を変更することにより、入熱不足による溶接部強度不足を回避し、溶接部の破断トラブルを削減することができ、コイル(鋼帯)の生産性向上に寄与するという産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明に係る硬度計を配した重ね溶接装置の一例を示す側面模式図である。
【
図2】本発明に係る重ね溶接装置における硬度測定点の一例を示す平面模式図である。
【
図3】(a)推定硬度の値と各測定点における測定硬度を示す模式図である。(b)推定加圧力の値と各測定点における測定硬度に基づいて補正した加圧力を示す模式図である。
【
図4】重ね溶接の検討を行った結果の溶接部の断面写真である。(a)は通常の鋼板を溶接した場合であり、(b)は硬度が低下した鋼板を溶接した場合である。
【
図5】従来の重ね溶接装置の一例を示す模式図である。(a)は装置全体の正面断面図であり、(b)は溶接電極輪の側面から見た断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず、本発明に係る重ね溶接方法及び重ね溶接装置について説明する前に、従来の重ね溶接装置の概要を説明する。
【0016】
[従来の重ね溶接装置]
図5は、従来の重ね溶接装置の概略構成を示した模式図である。
図5(a)が装置の正面断面図であり、
図5(b)が側面断面図である。
【0017】
重ね溶接装置は、クランプ(図示せず)により把持した先行鋼板1の後端部1eと後行鋼板2の先端部2fを、せん断機(「シャー」ともいう、図示せず)で同時に切断した後、平行に重ね合わせる。その重なった部分(「重ね部」6ともいう)を上下一対の電極輪3(上電極輪3aと下電極輪3b)で挟持し、電源装置(図示せず)からの通電により溶接する装置である。
【0018】
電極輪3は、重ね部6を板幅方向の一方の端から他方の端まで全幅にわたって溶接していくために、板幅方向に移動する走行装置7に載置されている。上電極輪3aの上方には、電極輪3aを押して重ね部6を加圧するための加圧装置5が設けられている。下電極輪3bは、走行装置7に取り付けられており、上方からの加圧を支える構造となっている。上下一対の電極輪3は、例えば、油圧又は空圧のシリンダー装置(図示せず)によりそれぞれ上下方向に駆動することができ、また、電極輪3を回転させるための電極輪駆動用モータ(図示せず)が設けられている。
【0019】
電極輪3の後方(下流側)には、溶接部をさらに加圧して重ね部を平坦化するプラニッシュロール4(上プラニッシュロール4a及び下プラニッシュロール4b)が設けられており、その上部にも加圧装置5が備えられている。上下一対のプラニッシュロール4も同様に、例えば、油圧又は空圧のシリンダー装置(図示せず)によりそれぞれ上下方向に駆動することができ、また、プラニッシュロール4を回転させるためのプラニッシュロール駆動用モータ(図示せず)が設けられている。
【0020】
電極輪3、プラニッシュロール4及び加圧装置5などは、これらを一体となって搬送するための走行装置7に装着されている。重ね溶接を実施する際に、先行鋼板1及び後行鋼板2を重ね合わせた状態で、走行装置7が矢印の方向に移動する。
【0021】
ここで、先行鋼板1及び後行鋼板2の板厚tは、0.4mm~2.3mmであり、その板幅wは、800mm~1800mmである。重ね部6の幅kは、2mm~3mmである。電極輪3の直径Rは、160mmφ~180mmφであり、その厚さmは、10mm~12mmである。電極輪3の厚さmの方が重ね部の幅kよりも大きく設定することが好ましい。
【0022】
[本発明に係る重ね溶接方法及び重ね溶接装置]
本発明に係る重ね溶接方法及び重ね溶接装置は、溶接部の溶接性向上を目的とし、その基本は、先行鋼板及び後行鋼板の硬度に基づいて溶接電極の加圧力を制御する方法及び装置である。具体的な重ね溶接方法及び装置として、本発明者らは、以下に説明する3つの方法及び装置を発明した。なお、以下の説明においては、溶接方法の発明内容を記載しているが、溶接装置の発明内容は、該当する溶接方法の「工程」を溶接装置の「手段」に置き換えた発明であって、括弧書きで示した。溶接装置としての具体例については、その都度説明する。
【0023】
「第1の発明」は、鋼板の硬度を測定し、その測定硬度に基づいて溶接電極の加圧力を決定する方法(装置)である。具体的には、次の2つの工程(手段)から構成される。
〔A1〕先行鋼板の硬度と後行鋼板の硬度を測定する硬度測定工程(手段)
〔B1〕〔A1〕硬度測定工程(手段)において測定した先行鋼板の測定硬度(HM1)と後行鋼板の測定硬度(HM2)との平均測定硬度(HMA)に基づいて、重ね部に対する溶接電極の加圧力(P)を決定する加圧力決定工程(手段)
ここで、硬度としては、ビッカース硬さ(HV)の他に、ブリネル硬さ、ヌーブ硬さなどがあり、特に限定するものではないが、本発明においては、広く普及しているビッカース硬さを用いるのが好ましい。このビッカース硬さ試験方法は、JIS Z 2244で規定されている。ビッカース硬さ(HV)の範囲は、100HV~500HVであることが好ましい。
【0024】
なお、装置発明における硬度測定手段とは、硬度計(硬さ試験機)のことをいう。前述の各種硬度に対応した硬度計があるが、ビッカース硬さ用の硬度計を用いるのが好ましい。
【0025】
図1は、本発明に係る重ね溶接装置の概要を示す模式図である。前述した
図5(b)の溶接装置に、重ね部6の前後に硬度計8(先行鋼板の硬度測定用の硬度計8aと後行鋼板の硬度測定用の硬度計8b)を設けている。なお、
図1では、硬度計8aは、先行鋼板1の裏側(下側)に配置されているが、特にその位置に限定されるものではない。硬度計8a、8bともに鋼板の両側のどちらであっても構わない。この硬度計8a、8bで測定された硬度、すなわち、先行鋼板の測定硬度(H
M1)及び後行鋼板の測定硬度(H
M2)の値を制御装置9に送信し、そこで、平均測定硬度(H
MA)を求める。その平均測定硬度(H
MA)に基づいて加圧力(P)を求め、そのデータを加圧装置5へ伝達して電極輪3aの加圧力を修正する。なお、加圧力(P)は、1.0ton~3.0tonの範囲であることが好ましい。
【0026】
図2は、硬度測定の測定点を示す模式図である。測定点の数は、1点以上であればいくつでも良いが、板幅方向の硬度のバラツキの影響を考慮して、複数点測定するのが好ましい。より好ましくは、
図2に示すように、板幅方向の中央、両端、それぞれの間の計5点である。すなわち、鋼板の板幅方向に等間隔に5点(先行鋼板では、11a、11b~11eの5点で、後行鋼板では、12a、12b~12eの5点)の測定点を設定している。測定点の位置は、鋼板の端部(先行鋼板の後端部1e)からの距離dが50mm以上離れた位置とすることが好ましい。50mm未満では、硬度測定位置がその後の溶接で溶融部となる可能性があり、溶接品質に影響を与えるためである。そのため、50mm未満で硬度を測定した場合、硬度測定後に50mm以上端部を切り落とす装置が別途必要となる。
【0027】
また、測定のタイミングとしては、溶接開始前の測定や溶接中(電極輪による加圧前)の測定であっても良い。リードタイム(測定に要する時間)の影響を最小限にするためには、後行鋼板の硬度測定は、先行鋼板通板中に実施するのが好ましい。一方、先行鋼板の硬度測定は、溶接部(重ね部)の近傍で実施することが好ましいが、停止時間が発生することになるので、その停止時間をなくすために、先行鋼板の先端部の硬度を測定し、その値を先行鋼板の後端部の値とみなしても良い。
【0028】
制御装置9内で、得られたそれぞれの相対する位置ごとの測定硬度から平均測定硬度を求める。例えば、鋼板の板幅方向の一番手前側(
図2では一番下側)の11aの測定硬度と12aの測定硬度から、一番手前側での平均測定硬度(H
MA)を算出し、その硬度に対応する加圧力(P)を決定する。電極輪がその地点(一番手前側)を溶接する時に、決定した加圧力(P)の信号を加圧装置に伝達して、重ね部を加圧するというものである。
【0029】
算出した硬度に対応した加圧力の求め方は、特に限定するものではないが、例えば、事前に鋼板の板厚や鋼種、溶接条件などのデータから最適となる加圧力との関係を求めておき、それらのデータを整理した図表等を用意しておく。得られた測定硬度のデータからその図表等を利用して加圧力を決定する方法などが挙げられる。
【0030】
「第2の発明」は、鋼板の硬度を推定し、その推定硬度に基づいて溶接電極の加圧力を決定する方法(装置)である。具体的には、次の2つの工程(手段)から構成される。
〔A2〕先行鋼板の硬度と後行鋼板の硬度を推定する硬度推定工程(手段)
〔B2〕〔A2〕硬度推定工程(手段)において推定した先行鋼板の推定硬度(HE1)と後行鋼板の推定硬度(HE2)との平均推定硬度(HEA)に基づいて、重ね部に対する溶接電極の加圧力(P)を決定する加圧力決定工程(手段)
ここで、硬度を推定する方法(手段)とは、特に限定するものではないが、例えば、事前に鋼板の板厚や鋼種、溶接条件などのデータから鋼板の硬度との関係を求めておき、それらのデータを整理した図表等を用意しておく。使用する鋼板に関するデータからその図表等を利用して鋼板の硬度を推定する方法などが挙げられる。
【0031】
上記〔B2〕の加圧力決定工程(手段)は、前述の〔B1〕の加圧力決定工程(手段)と同じであり、前述の〔A1〕の測定硬度の代わりに、〔A2〕の推定硬度を用いて加圧力を決定する工程(手段)である。つまり、推定硬度から加圧力を求める方法は、前述の測定硬度から加圧力を求める方法と同様である。
【0032】
「第3の発明」は、鋼板の硬度を推定し、その推定硬度に基づいて溶接電極の加圧力を推定した後、実際の鋼板の硬度を測定し、その測定硬度に基づいて溶接電極の加圧力を補正して実際の加圧力を決定する方法(装置)である。具体的には、次の3つの工程(手段)から構成される。
〔A2〕先行鋼板の硬度と後行鋼板の硬度を推定する硬度推定工程(手段)
〔A1〕先行鋼板の硬度と後行鋼板の硬度を測定する硬度測定工程(手段)
〔B3〕〔A2〕硬度推定工程(手段)において推定した先行鋼板の推定硬度(HE1)と後行鋼板の推定硬度(HE2)との平均推定硬度(HEA)に基づいて、重ね部に対する溶接電極の推定加圧力(PE)を求め、その推定加圧力(PE)を、〔A1〕硬度測定工程(手段)において測定した先行鋼板の測定硬度(HM1)と後行鋼板の測定硬度(HM2)との平均測定硬度(HMA)により補正して実際の溶接電極の加圧力(P)を決定する加圧力決定工程(手段)
ここで、〔A2〕硬度推定工程(手段)は、前述の第2の発明において説明した〔A2〕の工程(手段)と同じであり、〔A1〕硬度測定工程(手段)は、前述の第1の発明において説明した〔A1〕の工程(手段)と同じである。
【0033】
〔B3〕の加圧力決定工程(手段)は、前述した〔B2〕と〔B1〕との合作であって、第2の発明の〔B2〕の平均推定硬度(HEA)により、推定加圧力(PE)を求める。その(PE)を第1の発明の〔B1〕の平均測定硬度(HMA)により補正して加圧力(P)を決定するものである。
【0034】
[加圧力の補正方法]
ここで、上述の第3の発明の〔B3〕の工程(手段)では、平均推定硬度(HEA)から推定加圧力(PE)を求め、それを平均測定硬度(HMA)により補正しているが、その補正して加圧力(P)を決定するための好ましい補正方法について説明する。
【0035】
本発明の課題である溶接トラブルの発生は、溶接入熱量の不足がその一因であり、鋼板の硬度の変動により、この入熱量不足が発生する。
【0036】
この溶接入熱量は、次の式(2)により求められる。
Q=I2×R×t ・・・ (2)
ここで、Q:発生熱量(kJ)、I:電流値(A)、R:接触抵抗(Ω)、t:時間(min)である。
【0037】
この式(2)中のR:接触抵抗は、その接触面が塑性変形する場合には、次の式(3)により求められる。
R=ρ×√(πH)/2√P ・・・ (3)
ここで、ρ:材料の固有抵抗(Ω)、H:硬さ、P:加圧力(単位)である。
【0038】
この式(3)から、接触抵抗Rは、H/Pに比例していることが分かる。
したがって、H(推定)/P(推定)は、H(測定)/P(決定)に比例していることから、P(決定)=P(推定)×{H(測定)/H(推定)}、すなわち、次の式(1)が導出される。
P=PE×(HMA/HEA) ・・・ (1)
ここで、P:補正された決定加圧力、PE:推定加圧力、HEA:平均推定硬度、HMA:平均測定硬度である。
【0039】
つまり、推定加圧力を測定した平均測定硬度の変動に合わせて、板幅方向に移動して溶接する際に、上記補正で求めた加圧力に変動させながら、溶接することにより、溶接入熱量不足を十分に解消することができ、溶接トラブルの発生を抑えることができる。
【実施例0040】
以下、実施例に基づき、さらに本発明について説明する。ただし、下記の実施例は、本発明を例示してより詳細に説明するためのものにすぎず、本発明の権利範囲を限定するものではない。
【0041】
[実施例1]
まず、前述の第3の発明を実施した例、鋼板硬度を測定し、その硬度値から電極輪の加圧力を補正しながら溶接した一例について、
図3に基づいて説明する。
図3(a)は、推定硬度の値と各測定点における測定硬度を示す模式図である。また、
図3(b)は、推定加圧力の値と各測定点における測定硬度に基づいて補正した加圧力を示す模式図である。
【0042】
最初に、使用する鋼板の鋼種及び板厚などのデータから鋼板の硬度(例えば、ビッカース硬さ:HV)を推定し、その硬度に対応する電極輪の加圧力(ton)を推定しておく。それらが、
図3(a)と(b)の点線で示した値である。
【0043】
次に、
図2で示した硬度の測定点11a~11eと12a~12e(先行鋼板1の後端部1eからの距離と後行鋼板2の先端部2fからの距離d=100mmで板幅方向に各5点の位置)を決め、各測定点のビッカース硬さを測定した。この測定には、
図1に示した硬度計8aと8bを用いた。得られた測定硬度のデータを
図1の制御装置9に送信する。その制御装置9内で、先行鋼板と後行鋼板の対向する測定点の平均値を求める処理を行う。具体的には、11aと12aの平均値、11bと12bの平均値、以下同様に11eと12eの平均値までを求める。それらの平均値の値が、
図3(a)に示した測定点a~eの測定硬度の値である。この例のように、通常の鋼板(冷延鋼板)では、鋼板の中央部(c点付近)よりも鋼板の板幅方向の端部(a点やe点付近)の方が、早く冷えることから一般的に硬度が高くなっている。
【0044】
この平均測定硬度のデータを基に前述の式(1)により推定加圧力を補正する演算処理を行う。得られた補正加圧力の値が、
図3(b)に示す実線の通りとなった。この加圧力のデータを電極輪3aの加圧装置5に送信し、電極輪の加圧力を調整する。このような制御を行うことにより、溶接入熱量が安定し、溶接トラブルの発生が大幅に減少した。
【0045】
[実施例2]
実際の操業例について説明する。
従来は、鋼板の硬度測定を行っていなかったため、冷間圧下率の変更や熱延巻取温度、冷間圧延前の焼鈍条件の変更により硬度が変動した場合、重ね溶接時の溶接入熱量の不足やスパッタの発生により、溶接トラブルが発生していた。従来の操業例では、1/100コイルの頻度で溶接トラブルが発生し、再溶接を実施していたが、本発明に係る重ね溶接方法及び重ね溶接装置の導入により、再溶接の頻度が1/1000コイルまで低減した。