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特開2024-129206酸素発生触媒、金属空気二次電池、PEM型水電気分解装置及び酸素発生触媒の製造方法
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  • 特開-酸素発生触媒、金属空気二次電池、PEM型水電気分解装置及び酸素発生触媒の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024129206
(43)【公開日】2024-09-27
(54)【発明の名称】酸素発生触媒、金属空気二次電池、PEM型水電気分解装置及び酸素発生触媒の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 23/656 20060101AFI20240919BHJP
   C01G 55/00 20060101ALI20240919BHJP
   C01B 13/02 20060101ALI20240919BHJP
   C01B 3/02 20060101ALI20240919BHJP
   B01J 37/04 20060101ALI20240919BHJP
   B01J 37/08 20060101ALI20240919BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20240919BHJP
   C25B 11/052 20210101ALI20240919BHJP
   C25B 11/081 20210101ALI20240919BHJP
   H01M 12/06 20060101ALI20240919BHJP
【FI】
B01J23/656 M
C01G55/00
C01B13/02 B
C01B3/02 H
B01J37/04 101
B01J37/08
C25B9/00 A
C25B11/052
C25B11/081
H01M12/06 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023038242
(22)【出願日】2023-03-13
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 発行者名:一般社団法人日本材料科学会、刊行物名:一般社団法人日本材料科学会2022年度学術講演大会予稿集、発行日:2022年5月18日 集会名:一般社団法人日本材料科学会2022年度学術講演大会、開催日(発表日):2022年5月19日 発行者名:The Royal Society of Chemistry、刊行物名:RSC Advances 2022,Issue 37、発行日:2022年8月26日
(71)【出願人】
【識別番号】504300088
【氏名又は名称】国立大学法人北海道国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100202913
【弁理士】
【氏名又は名称】武山 敦史
(74)【代理人】
【識別番号】100222922
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 朋子
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(72)【発明者】
【氏名】平井 慈人
(72)【発明者】
【氏名】大野 智也
(72)【発明者】
【氏名】松田 剛
【テーマコード(参考)】
4G042
4G048
4G169
4K011
4K021
5H032
【Fターム(参考)】
4G042BA10
4G042BA11
4G042BB04
4G048AA05
4G048AB01
4G048AC08
4G048AD03
4G048AE05
4G169AA02
4G169AA03
4G169AA08
4G169AA09
4G169BB06A
4G169BB06B
4G169BC13A
4G169BC13B
4G169BC13C
4G169BC62A
4G169BC62B
4G169BC62C
4G169BC74A
4G169BC74B
4G169BC74C
4G169CB81
4G169DA06
4G169EA01X
4G169EA01Y
4G169EA02Y
4G169EB15Y
4G169EC25
4G169FA01
4G169FA02
4G169FB07
4G169FB30
4K011AA33
4K011BA07
4K011DA01
4K021AA01
4K021BA02
4K021DB43
4K021DC01
4K021DC03
5H032AA02
5H032AS03
5H032BB05
5H032EE01
5H032EE15
(57)【要約】
【課題】酸性電解液中で高い初期活性と高い安定性とを兼ね備える酸素発生触媒、金属空気二次電池、PEM型水電気分解装置及び酸素発生触媒の製造方法を提供する。
【解決手段】酸素発生触媒は、BaIr1-xMn(xは0<x<1を満たす数値である)を含む。酸素発生触媒は、0<x<0.4の条件を満たしてもよい。金属空気二次電池は、酸素発生触媒が電極基材に担持された正極を備え、正極が筐体内で酸性電解液に浸され、PEM型水電気分解装置は、酸素発生触媒が電極基材に担持された陽極を備える。
【選択図】図7

【特許請求の範囲】
【請求項1】
BaIr1-xMn(xは0<x<1を満たす数値である)を含む酸素発生触媒。
【請求項2】
前記酸素発生触媒は、0<x<0.4の条件を満たしている、
請求項1に記載された酸素発生触媒。
【請求項3】
請求項1又は2に記載された酸素発生触媒が電極基材に担持された正極を備え、前記正極が筐体内で酸性電解液に浸されている金属空気二次電池。
【請求項4】
請求項1又は2に記載された酸素発生触媒が電極基材に担持された陽極を備えたPEM型水電気分解装置。
【請求項5】
請求項1又は2に記載された酸素発生触媒を製造する製造方法であって、
Baを含む粉末、Irを含む粉末及びMnを含む粉末を混合する工程と、
前記工程で混合された粉末を焼成する工程と、
を含む製造方法。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素発生触媒、金属空気二次電池、PEM型水電気分解装置及び酸素発生触媒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、金属空気二次電池や水の電気分解に用いることができる酸素発生反応に注目が集まっている。金属空気二次電池や水電気分解装置の性能を向上させるには、酸素発生触媒における酸素発生反応時の過電圧を継続して抑制することが必要であり、最適な金属材料の探索が行われている。例えば、特許文献1には、酸素発生触媒としてCuCoO、LiCoO、IrOを用いる点が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2022-26413号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の酸素発生触媒は、いずれも酸素発生反応における過電圧が依然として高く、酸素発生反応に対する触媒安定性も低い、という問題がある。また、酸素発生反応が特に強力な酸化反応であることから、酸素発生触媒にとって最も厳しい条件とは酸性電解液中に浸されることであり、このような酸性電解液中で高い初期活性と高い安定性とを兼ね備える酸素発生触媒の実用化が要望されている。
【0005】
本発明は、このような背景に基づいてなされたものであり、酸性電解液中で高い初期活性と高い安定性とを兼ね備える酸素発生触媒、金属空気二次電池、PEM型水電気分解装置及び酸素発生触媒の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明の第1の観点に係る酸素発生触媒は、
BaIr1-xMn(xは0<x<1を満たす数値である)を含む。
【0007】
前記酸素発生触媒は、0<x<0.4の条件を満たしてもよい。
【0008】
上記目的を達成するために、本発明の第2の観点に係る金属空気二次電池は、
前記酸素発生触媒が電極基材に担持された正極を備え、前記正極が筐体内で酸性電解液に浸されている。
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の第3の観点に係るPEM型水電気分解装置は、
前記酸素発生触媒が電極基材に担持された陽極を備える。
【0010】
上記目的を達成するために、本発明の第4の観点に係る製造方法は、
前記酸素発生触媒を製造する製造方法であって、
Baを含む粉末、Irを含む粉末及びMnを含む粉末を混合する工程と、
前記工程で混合された粉末を焼成する工程と、
を含む。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、酸性電解液中で高い初期活性と高い安定性とを兼ね備える酸素発生触媒、金属空気二次電池、PEM型水電気分解装置及び酸素発生触媒の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】BaIr1-xMnの結晶構造を示す図である。
図2】本発明の実施の形態に係る金属空気二次電池の構成の一例を示す図である。
図3】実施例1における酸素発生触媒の回折パターンを示すグラフである。
図4】実施例2における酸素発生触媒における酸素発生サイクルの安定性を検証した結果を示すグラフである。
図5】実施例3における酸素発生触媒を用いたポテンショメトリーの結果を示すグラフである。
図6】実施例4における酸素発生触媒の試験片の表面構造を撮像したTEM画像を示す図である。
図7】実施例5における金属空気二次電池の充放電性能を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態に係る酸素発生触媒、金属空気二次電池、PEM型水電気分解装置及び酸素発生触媒の製造方法を、図面を参照しながら詳細に説明する。各図面では、同一又は同等の部分に同一の符号を付す。
【0014】
実施の形態に係る酸素発生触媒は、母物質であるBaIrOのIrの一部をMnで置換したイリジウム酸化物であるBaIr1-xMnを含む。xは少なくとも0<x<1との条件を満たす数値である。実施の形態に係る酸素発生触媒は、酸性電解液中で水の酸化過程で生じる反応である酸素発生反応を促進する触媒であり、例えば、金属空気二次電池の正極や水電気分解装置の陽極を構成する電極基材の表面に担持される。また、これらの電極以外にも、例えば、金属の電解採取における陽極としても用いることができる。酸素発生反応は、以下の化学変化式に示すように水から酸素と水素イオンと電子を発生させる反応である。
2HO→O+4H+4e
【0015】
発明者らは酸素発生触媒として有望なイリジウム酸化物に着目し、Irの一部を他の金属元素で置き換える実験を繰り返した。その結果、BaIr1-xMnの初期活性がイリジウム酸化物の中でも最も高い部類に属すると共に、触媒安定性の点でも優れていることが判明した。Mnは、Irと同様に4価の陽イオンとなることができ、そのイオン半径もIrに近いため、BaIrOのIrの一部を置換するのに好適である。BaIr1-xMnは、Irの一部をMnで置換しているため、高価なIrの含有量を抑制でき、他のイリジウム酸化物よりも低コストで製造できる。
【0016】
通常、初期活性の高い触媒は化学的に不安定であるが、BaIr1-xMnが電極基材の表面に担持された電極では、低い過電圧でも長時間にわたって水から酸素を発生させることができる。例えば、酸性電解液中という最も耐久性が要求される条件で数千サイクル以上の酸素発生反応を発生させることができ、その後も高い触媒安定性を維持できる。また、当該電極を金属空気二次電池の正極に適用した場合には、充放電を数百サイクル以上繰り返しても安定性を維持できる。
【0017】
BaIr1-xMnが高い初期活性と触媒安定性とを兼ね備えるのは、酸性電解液中において他の触媒より遥かに構成元素の溶出を抑えた上で、バランスの取れたカチオンの溶出を実現することで安定した表面構造が得られるためである。具体的に説明すると、BaIr1-xMnは、母物質であるBaIrOと同様に、図1に示すようにIrO八面体が両共有した堅牢な結晶構造(六方晶型のペロブスカイト構造が単斜晶に歪んだ構造)を有するため、表面構造が極めて安定している。なお、図1におけるa、b、cは、いずれも格子並進ベクトルである。
【0018】
また、母物質であるBaIrOでは、Irが酸に強く、しかもペロブスカイト類似構造の内側に存在するため、六方晶型のペロブスカイト構造が単斜晶に歪んだ構造内のA-サイトに存在するBaが優先的に溶出し、B-サイトに存在するIrの溶出量が少ないため、表面構造の化学組成が変化してしまう。他方、BaIr1-xMnでは、BaIrOの時と比べると、Mnの影響によりIrも僅かに溶出しやすくなるため、3種類のカチオンが均等に溶出し、表面構造の化学組成が変化しにくい。これは、Mn及びIrがいずれも六方晶型のペロブスカイト構造が単斜晶に歪んだ構造内の同一の結晶サイトであるB-サイトに存在し、Mnが溶出する際に同一の酸素と結合しているIrも一緒に溶出するためであると考えられる。
【0019】
BaIr1-xMnは、IrO八面体が稜共有した堅牢な結晶構造を維持できる範囲でIrとMnとの比率が設定されることが好ましい。具体的には、0<x<0.4であることが好ましく、0.01<x<0.4であることがより好ましい。0.1≦x≦0.3であることがより一層好ましく、0.15≦x≦0.25であることが最も好ましい。xが0.4以上になると、隣接するIrO八面体が点共有となってしまうため、触媒の初期活性及び安定性のいずれも低下しやすい。また、xがゼロに近づくほど、BaIrOのようにBaがMn及びIrよりも優先的に溶出し、表面構造における化学組成が変化しやすくなる。
【0020】
BaIr1-xMnは、固相合成により簡単に製造でき、工業生産に適している。具体的には、Baを含む粉末、Irを含む粉末及びMnを含む粉末を混合し、混合された粉末をペレット化して焼成することで製造できる。Baを含む粉末は、例えば、BaCO粉末であり、Irを含む粉末は、例えば、IrO粉末であり、Mnを含む粉末は、例えば、Mn粉末である。粉末を混合する工程では、BaIr1-xMnのx値に合わせた化学量論比でBaを含む粉末、Irを含む粉末、Mnを含む粉末を混合すればよい。また、粉末を混合した混合物は、空気中で加圧せずに800℃~1200℃、好ましくは900℃~1100℃、より好ましくは1000℃の温度で焼成すればよい。ペレットの焼成には、例えば、電気炉のような加熱手段を用いればよい。また、ペレットの焼成前に混合した粉末をペレット化してもよく、粉末のまま焼成してもよい。
【0021】
なお、実施の形態に係る酸素発生触媒には、BaIr1-xMn以外の不純物を含んでいてもよく、例えば、原料粉末中に含まれる不純物や製造過程で生じ得る副生物が含まれてもよい。
【0022】
次に、実施の形態に係る金属空気二次電池の構成を説明する。
実施の形態に係る金属空気二次電池は、電極基材の表面に酸素発生触媒としてBaIr1-xMnが担持された正極を備え、正極が筐体内で酸性電解液に浸されている。金属空気二次電池は、燃料電池の一種であり、正極活物質として空気中の酸素を、負極活物質として金属材料、例えば、亜鉛を用いる電池である。金属空気二次電池は、正極で水から酸素を生成する酸化反応を引き起こすことにより充電を行い、酸素から水を生成する還元反応を引き起こすことにより放電を行う。
【0023】
金属空気二次電池は、理論上は正極活物質の重量をゼロにできるため、高いエネルギー密度を有しているが、充電時に正極で起きる酸素発生反応の過電圧が非常に高く、エネルギー損失が大きいだけでなく、アルカリ性の電解液では空気中の二酸化炭素が溶けて炭酸塩が沈殿することで電極が失活するため、酸性電解液において過電圧の低い酸素発生触媒が要望されており、電極基材に担持される酸素発生触媒としてBaIr1-xMnは好適である。以下、実施の形態に係る金属空気二次電池の構成の一例を説明するが、本発明の金属空気二次電池はこれに限られない。
【0024】
図2に示す金属空気二次電池1は、筐体2と、筐体2内のセル本体に保持された酸性電解液3と、筐体2内において一方の側に配置された正極4と、筐体2内において他方の側に配置された負極5と、正極4と負極5との間に配置されたセパレータ6と、正極4及び負極5に隣接し、セパレータ6とは反対側にそれぞれ配置された集電体7と、を備える。
【0025】
筐体2は、例えば、金属製である。筐体2には、空気の出入りのために通気孔2aが設けられている。酸性電解液3は、負極材料に対応する金属、例えば、亜鉛を含む酸性電解液である。
【0026】
正極4は、酸素発生触媒としてBaIr1-xMnを担持する正極である。正極4は、正極材料を含む分散液を電極基材に塗布し、乾燥又は熱処理を行うことで作製される。分散液は、例えば、正極材料を含む溶媒に導電助剤として導電性カーボンブラックを混ぜた溶液である。導電助剤としては、カーボンブラックの一種であるアセチレンブラックを用いればよいが、BaIr1-xMnO3の電気伝導性が高いため、導電助剤がなくても酸素発生触媒を機能させることができる。電極基材は、例えば、表面積を増やすために多孔質構造を有するガス拡散層(Gas Diffusion Layer:GDL)である。
【0027】
負極5は、例えば、亜鉛電極である。セパレータ6は、正極4と負極5とが互いに接触するのを防ぐ部材である。セパレータ6は、例えば、多孔質構造を有する樹脂フィルムである。集電体7は、筐体2外に電流を取り出す端子である。
【0028】
金属空気二次電池1は、電極基材にBaIr1-xMnを担持させた正極4を用いているため、従来の金属空気二次電池と比較して酸素発生反応の速度を増大でき、充電性能だけでなく、放電性能も向上させることができる。
以上が、金属空気二次電池1の構成である。
【0029】
実施の形態に係るPEM(Polymer Electrolyte Membrane)型水電気分解装置は、電極基材の表面にBaIr1-xMnが担持された陽極を備える。実施の形態に係るPEM型水電気分解装置では、陽極で酸化反応を引き起こして酸素を発生させ、陰極で還元反応を引き起こして水素を発生させるため、水素発生装置として用いることができる。従来の水電気分解装置では、陽極における酸素発生反応がボトルネックとなり、陰極における水素発生反応速度を向上させることが困難であったが、実施の形態に係るPEM型水電気分解装置では、酸素発生反応速度が向上しているため、合わせて水素発生反応速度も向上している。
【0030】
以上説明したように、実施の形態に係る酸素発生触媒は、BaIr1-xMnを含む。このため、酸性電解液中で高い初期活性と高い安定性とを両立させることができる。また、実施の形態に係る金属空気二次電池1は、酸素発生触媒が電極基材に担持された正極を備え、正極が筐体内で酸性電解液に浸され、実施の形態に係るPEM型水電気分解装置は、酸素発生触媒が電極基材に担持された陽極を備える。このため、金属空気二次電池1では、出力を増大できると共に少なくとも数百回もの放充電を繰り返すことができ、PEM型水電気分解装置では、大量の水素及び酸素を持続的に発生させることができる。
【0031】
上記実施の形態は例示であり、本発明はこれらに限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した発明の趣旨を逸脱しない範囲でさまざまな実施の形態が可能である。実施の形態で記載した構成要素は自由に組み合わせることが可能である。また、特許請求の範囲に記載した発明と均等な発明も本発明に含まれる。
【0032】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0033】
(実施例1)
実施例1では、固相合成によりBaIr1-xMnを作成できるかどうかを検証した。具体的には、物質量の比がBa:Ir:Mn=1:0.8:0.2となるようにBaCO粉末、IrO粉末、Mn粉末を取り分け、乳鉢を用いて混合した。次に、混合した粉末をペレット状に形成し、電気炉を用いて空気中で900℃の温度で12時間焼成し、その後、粉砕した焼成体をさらに1000℃の温度で73時間焼成した。次に、この粉砕物に対するX線回折パターンを用いてX線構造解析を実施した。
【0034】
その結果、図3に示すようにBaIr0.8Mn0.2に対応する実測値との差を最小化した理論値の回折パターンが得られた。図中における記号○は、実測値のプロファイルを示し、上側の線は、BaIr1-xMnにおける理論値のプロファイルを示す。また、下側の線は、実測値と理論値のプロファイルとの差分を示している。両者の間の小さなマークは、BaIr0.8Mn0.2におけるブラッグ反射が発生する位置を示す。これらを比較すると、実測値のプロファイルと理論値のプロファイルとがほぼ一致していることが見て取れる。以上から、固相合成により所望の化学組成のBaIr1-xMnを作成できることが確認できた。
【0035】
(実施例2)
次に、BaIr1-xMnを用いて酸素発生触媒における酸素発生反応のサイクル安定性を検証した。まず、BaIr0.9Mn0.1、BaIr0.8Mn0.2、BaIr0.7Mn0.3を電極基材に担持させた陽極を作製した。具体的には、電極基材に触媒インクを滴下し、乾燥させることで、触媒を担持した陽極を作製した。触媒インクは、触媒粉末と、電極基材からの触媒の剥離を防止するバインダーと、触媒における導電性を確保する導電助剤と、触媒粉末を分散させる分散液と、を混合したものである。導電助剤としては、カーボンブラックの一種であるアセチレンブラックを使用した。このような手法により作成された電極は、触媒粉末が均一に分散した状態で表面上に担持されるため、触媒を正常に機能させることができる。
【0036】
次に、電極基材にBaIr0.9Mn0.1、BaIr0.8Mn0.2、BaIr0.7Mn0.3を担持させた陽極を水電気分解装置にセットし、酸性条件下で繰り返し酸素を発生させ、電位と電流密度とを計測した。また、酸素発生反応を1000サイクル繰り返した時点の触媒能を1サイクル時点の触媒能と比較することで、酸素発生反応に対する耐久性を評価した。比較例としてBaIrO、IrO、SrIrOを用いて同様の実験を行った。
【0037】
その結果を図4のグラフに示す。図4の縦軸は、触媒単位表面積あたりの電流密度である。また、図4の横軸は、可逆水素電極(Reversible Hydrogen Electrode:RHE)を基準とした過電圧であり、その単位はVvs.RHEである。過電圧は、予め電解液由来の抵抗値R(電極の形状と面積に依存する)を求め、流れた電流値Iと抵抗値Rとの積を差し引いた値としている。このような演算をするのは、電気化学反応が急激に進行する場合、電解液の抵抗によるIRドロップ(オーミックドロップ)が問題になるためである。このグラフでは、同じ電流密度で比較して過電圧が小さい方が、エネルギー損失が小さいと判断できる。なお、図4のect-は、1000サイクルの酸素発生反応を繰り返した時点を意味し、ect-がないものは、1サイクルの酸素発生反応を行った時点を意味する。
【0038】
酸素発生反応1サイクル時点では、BaIr0.8Mn0.2が最も反応速度が速く、以下、BaIr0.9Mn0.1、BaIr0.7Mn0.3、BaIrO、IrO、の順で反応速度が速く、SrIrOはIrOと同等であった(図4では、両者の曲線が重なっている)。また、BaIr0.8Mn0.2、BaIr0.9Mn0.1、BaIr0.7Mn0.3、BaIrOについては、酸素発生反応を1000サイクルが繰り返した時点で1サイクル行った時点よりも反応速度が増大していた。以上から、BaIr0.8Mn0.2、BaIr0.9Mn0.1、BaIr0.7Mn0.3は、いずれもBaIrO、IrO、SrIrOよりも初期活性が高く、触媒安定性に優れていることが確認できた。
【0039】
(実施例3)
次に、酸素発生触媒としてBaIr0.8Mn0.2を電極基材に担持させた陽極を用いてポテンショメトリー(電位差計測法)を実施し、水の電気分解における耐久性を検証した。ポテンショメトリーは、陽極と陰極との間に一定の電流密度の電流を印加し、両者の電位差を経時変化を計測する手法である。電流密度は10mAcm-2で一定とした。比較例として、酸素発生触媒としてBaIrOを担持させた陽極を用いて同様の実験を行った。
【0040】
その結果を図5に示す。図5の縦軸は、RHEを基準にした過電圧であり、横軸は、電流印加開始時点からの経過時間である。BaIr0.8Mn0.2を用いた場合には、時間が経過しても過電圧がほとんど一定であり、その電圧値もBaIrOを用いた場合よりも低かった。以上から、酸素発生触媒としてBaIr0.8Mn0.2を担持させた陽極は、水の電気分解において十分な耐久性を有していることが確認できた。
【0041】
(実施例4)
次に、試料内部の微細構造を透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)を用いて撮像し、その表面構造を観察した。TEMは、試料に電子線を照射して当該試料を透過した電子を結像させることにより試料内部の微細構造を撮像する装置である。撮像対象の試料は、BaIr0.9Mn0.1、BaIr0.8Mn0.2、BaIr0.7Mn0.3、BaIrOの4種類である。それぞれについて、酸素発生反応前の時点、1サイクルが経過した時点、1000サイクルが経過した時点で内部の微細構造を撮像した。
【0042】
その結果を図6に示す。各画像に図示された点線は非晶質部分と結晶部分とを区別するものであり、表側にあたる左側が非晶質部分であり、内側にあたる右側が結晶部分である。BaIrOでは、酸素発生反応の回数が増えるにつれて表面構造が変化し、非晶質部分の厚みが5nm程度まで増加した。他方、BaIr0.9Mn0.1、BaIr0.8Mn0.2、BaIr0.7Mn0.3では、いずれも非晶質部分の厚みが減少するか、反応前の時点からほとんど変化しなかった。以上から、BaIr0.9Mn0.1、BaIr0.8Mn0.2、BaIr0.7Mn0.3では、表面構造が変化しにくいことが確認できた。
【0043】
なお、BaIr0.8Mn0.2、BaIr0.7Mn0.3において、酸素発生反応前の時点で表面に非晶質部分が存在しているのは、TEMの電子ビームによって触媒表面が非晶質化するためである。すなわち、この非晶質層は、触媒の本質ではなく、TEM観察によるものである。
【0044】
(実施例5)
次に、酸素発生触媒としてBaIr0.8Mn0.2を電極基材に担持させた正極を用いて亜鉛空気二次電池の充放電性能を検証した。亜鉛空気二次電池は、セル本体に亜鉛を含む酸性電解液を担持させ、負極を亜鉛で形成した金属空気二次電池である。この実施例では、電流密度を4mAcm-2一定にして繰り返し放充電を行わせ、正極及び負極間の電位差変化を計測した。
【0045】
その結果を図7に示す。図7の縦軸は計測した正極と負極との電位差であり、横軸は放充電開始時点からの経過時間である。図7における左側の波形は、酸素発生反応1~10サイクルにおける電位差の変化を示し、右側の波形は、酸素発生反応190~200サイクルでの電位差の変化を示す。従来の酸素発生触媒では、酸素発生反応の回数が増加すると、一定の電流密度を維持するために放電時と充電時との電位差が大きくなるが、BaIr0.8Mn0.2では、図7に示すように酸素発生反応の回数が増加しても放電時と充電時との電位差がほとんど変化していない。以上から、酸素発生触媒としてBaIr0.8Mn0.2を担持させた正極は、金属空気二次電池においても十分な耐久性を有していることが確認できた。
【符号の説明】
【0046】
1 金属空気二次電池
2 筐体
2a 通気孔
3 酸性電解液
4 正極
5 負極
6 セパレータ
7 集電体
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7