(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024129302
(43)【公開日】2024-09-27
(54)【発明の名称】血管留置カテーテル及び黄色ブドウ球菌のコロニー形成抑制方法
(51)【国際特許分類】
A61L 29/10 20060101AFI20240919BHJP
A61L 29/16 20060101ALI20240919BHJP
A61L 29/06 20060101ALI20240919BHJP
A61M 25/00 20060101ALN20240919BHJP
【FI】
A61L29/10
A61L29/16
A61L29/06
A61M25/00 610
A61M25/00 500
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023038414
(22)【出願日】2023-03-13
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年5月28日に第120回日本循環器学会中国・四国合同地方会のY-04にて発表。 令和4年5月28日に第120回日本循環器学会中国・四国合同地方会予稿集のY-04にて発表。
(71)【出願人】
【識別番号】597039984
【氏名又は名称】学校法人 川崎学園
(71)【出願人】
【識別番号】599035627
【氏名又は名称】学校法人加計学園
(71)【出願人】
【識別番号】310001067
【氏名又は名称】ストローブ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲桑▼田 憲明
(72)【発明者】
【氏名】種本 和雄
(72)【発明者】
【氏名】藤井 泰宏
(72)【発明者】
【氏名】辻 龍典
(72)【発明者】
【氏名】笠原 真悟
(72)【発明者】
【氏名】逢坂 大樹
(72)【発明者】
【氏名】中谷 達行
(72)【発明者】
【氏名】今井 裕一
【テーマコード(参考)】
4C081
4C267
【Fターム(参考)】
4C081AC08
4C081BA14
4C081CA211
4C081CF162
4C081DA03
4C081DB08
4C081DC03
4C081EA02
4C081EA15
4C267AA01
4C267BB03
4C267BB06
4C267CC08
4C267FF01
4C267GG16
4C267GG21
4C267HH10
(57)【要約】
【課題】黄色ブドウ球菌の繁殖が生じにくい血管留置カテーテルを実現できるようにする。
【解決手段】血管留置カテーテルは、ポリウレタンからなるカテーテルの基材111と、基材111の表面に形成された黄色ブドウ球菌コロニー形成の抑制層112とを備えている。黄色ブドウ球菌コロニー形成の抑制層112は、ダイヤモンドライクカーボン膜からなり、表面電位が0mVよりも大きい。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリウレタンからなるカテーテルの基材と、
前記基材の表面に形成された黄色ブドウ球菌コロニー形成の抑制層とを備え、
前記黄色ブドウ球菌コロニー形成の抑制層は、ダイヤモンドライクカーボン膜からなり、表面電位が-5mV以下である、血管留置カテーテル。
【請求項2】
以下の方法により測定した黄色ブドウ球菌のコロニー数が50個以下である、請求項1に記載の血管留置カテーテル。
前記方法:測定方法:白金耳1匙の凍結黄色ブドウ球菌を25mLのLB培地により37℃で24時間培養した細菌原液をM63培地により100倍に希釈した灌流液を、長さ10mmの血管留置カテーテルの試験片を入れたシリコーンチューブに37℃で流速60mL/hの条件で灌流循環し、24時間後の試験片表面について倍率2000倍の1視野内における黄色ブドウ球菌のコロニー数を計測する。
【請求項3】
ポリウレタンからなる基材の表面にダイヤモンドライクカーボン膜を形成する、ポリウレタンにおける黄色ブドウ球菌のコロニー形成抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、血管留置カテーテル及び黄色ブドウ球菌コロニー形成抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薬剤や栄養を患者の体内に直接投与したり、体内の状態をモニタリングしたりするために、カテーテルを血管内に挿入し留置する場合がある。血管内に留置される血管留置カテーテルは、基本的には細い樹脂製のチューブであるが、用途により要求される特性が異なる。例えば、首や脇等の静脈から挿入する中心静脈カテーテルの場合、折れ曲がりの発生を抑える観点からポリウレタン製のチューブが用いられることが多い。
【0003】
血管留置カテーテルは、長い場合には数ヶ月に亘って留置されることがあり、抗菌性も要求される。血管留置カテーテルの場合、グラム陽性菌、中でも黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)の感染が大きな問題となる。このため、カテーテルの表面に抗菌性の薬剤を含むコーティング層を形成して、抗菌性を向上させることが試みられている(例えば、特許文献1を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、薬剤を含む溶液を塗布してコーティング層を形成する場合、溶液を扱うウエットな工程が生じるため、生産性の面で好ましくない。このため、ドライの工程でポリウレタンの表面に抗菌性のコーティング層を形成できることが望まれている。
【0006】
一方、薬剤等の抗菌性は、単独の薬剤として抗菌性が確認されているものであっても、材料の表面におけるコーティング層とした場合に確実に効果が得られるとは限らず、ほとんど効果が無い場合もある。また、特定の基材においては効果が得られるのに、他の基材では効果が得られないコーティング層も存在する。さらに、菌の種類によってもコーティング層の効果が発揮されたり、発揮されなかったりする。このため、カテーテルの表面にコーティング層を形成して黄色ブドウ球菌の繁殖を抑えようとすると、膨大なトライアンドエラーが必要となる。
【0007】
本願発明者らは、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜について、コーティングを行う基材及び対象とする細菌によって、抗菌性の効果に大きな違いがあることを見いだした。本開示は、この知見に基づくものであり、黄色ブドウ球菌の繁殖が生じにくい血管留置カテーテルを実現できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の血管留置カテーテルの一態様は、ポリウレタンからなるカテーテルの基材と、基材の少なくとも内面に形成された黄色ブドウ球菌コロニー形成の抑制層とを備えている。黄色ブドウ球菌コロニー形成の抑制層は、ダイヤモンドライクカーボン膜からなり、表面電位が-5mV以下である。
【発明の効果】
【0009】
本開示の血管留置カテーテルによれば、ポリウレタンからなるカテーテルにおける黄色ブドウ球菌の繁殖を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】一実施形態に係るカテーテルを示す斜視図である。
【
図2】一実施形態に係るカテーテルを示す断面図である。
【
図3】抑制層の形成装置の一例を示す模式図である。
【
図4】潅流試験後のカテーテルの表面のSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1に示すように、一実施形態に係る血管留置カテーテル100は、例えば中心静脈用カテーテル(CVC)であり、カテーテル本体101と、カテーテル本体101の基端部に取り付けられたカテーテルハブ102とを有している。なお、患者の体内に挿入される側を先端側、その反対側を基端側とする。
【0012】
カテーテル本体101は、ポリウレタン製のチューブである基材111と、少なくとも内表面に形成された黄色ブドウ球菌コロニー形成の抑制層112とを有している。なお、
図2には、基材111の外表面にも黄色ブドウ球菌コロニー形成の抑制層112が形成されている例を示しているが、基材111の外表面に抑制層112が形成されていない構成とすることもできる。また、血管内に挿入されないカテーテルハブ102の内表面及び外表面に抑制層112が形成されている必要は無いが、形成されている構成とすることができる。
【0013】
黄色ブドウ球菌コロニー形成の抑制層112は、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜であり、抑制層112が形成されたカテーテル本体101は、抑制層112を形成していないポリウレタンの表面よりも、表面電位が低い表面となる。具体的に、抑制層112を形成した場合、表面電位は-5mV以下、より好ましくは-8mV以下の負の値を示す。シリコーン等の場合には、抑制層112を形成することにより、形成していない場合よりも表面電位が上昇するのと対照的である。
【0014】
また、抑制層112が形成されたポリウレタンからなるカテーテルは、表面の水に対する接触角の値が、抑制層112を形成していない場合と比べて低下し、親水性の表面となる。具体的に、抑制層112を形成していないポリウレタンの表面の水に対する接触角が90°程度であるのに対し、抑制層112を形成した場合の水に対する接触角は、好ましくは85°以下、より好ましくは80°以下となる。シリコーン等の場合には、抑制層112を形成することにより、水に対する接触角が低下するが、100°以上の値を示す。
【0015】
表面電位の値は、ゼータ電位計により測定することができ、接触角の値は、接触角測定装置により測定することができる。より具体的には、実施例において示す測定方法により測定することができる。
【0016】
ポリウレタンの表面に抑制層112を形成することにより、ポリウレタンの表面における黄色ブドウ球菌の付着及びその後のコロニー形成を、大幅に低減することができる。
【0017】
例えば、静置試験により黄色ブドウ球菌のコロニー形成を評価すると、抑制層112を形成したポリウレタンチューブの場合、表面に付着する細菌数は、抑制層112を形成していないポリウレタンチューブの50%以下となる。一方、シリコーンチューブの場合、抑制層112を形成すると、形成していないポリウレタンチューブよりも細菌数が増加する。また、表面に付着した細菌により形成されるバイオフィルムの指標についても、ポリウレタンチューブの場合には、抑制層を形成することにより、抑制層を形成していない場合よりも低下する。一方、シリコーンチューブの場合には、抑制層を形成した場合のバイオフィルムの指標は、抑制層を形成していない場合とほとんど変わらない。
【0018】
静置試験は、以下のようにして行うことができる。白金耳1匙の凍結黄色ブドウ球菌を25mLのLB培地により37℃で24時間培養した細菌原液をM63培地により100倍に希釈して浸漬液を調製する。浸漬液1500μLに、長さ10mmのチューブ状の試験片の3/4を浸漬させて培養する。培養は、60回毎分の振とうを行いながら37℃で24時間行う。培養後の試験片について倍率2000倍の1視野内における黄色ブドウ球菌の細菌数を計測する。
【0019】
また、培養後の試験片を水洗、乾燥した後、2000μLの0.1%クリスタルバイオレット溶液に10分間浸漬する。浸漬後に試料を水洗し、2000μLの30%酢酸に30分間浸漬してクリスタルバイオレットを溶出させ、溶出液の吸光度を測定するクリスタルバイオレットは、ペプチドグリカンと結合するため、細菌の細胞壁だけでなく、表面に付着した細菌が細胞外に分泌する分泌物により形成されるいわゆるバイオフィルムとも結合する。このため、クリスタルバイオレット染色により得られる吸光度は、単なる細菌の付着数ではなく、付着した細菌の活動によるバイオフィルム形成の指標となる。
【0020】
また、灌流試験により黄色ブドウ球菌のコロニー形成を評価すると、抑制層112を形成したポリウレタンチューブの表面では、24時間灌流した場合に表面に付着する細菌数は、抑制層112を形成していないポリウレタンチューブの表面の20%以下となる。また、抑制層112を形成することにより、24時間灌流した場合に表面に付着する細菌数を50個以下に抑えることができる。
【0021】
灌流試験は、以下のようにして行うことができる。静置試験と同様の細菌原液をM63培地により100倍に希釈して灌流液を調製する。調製した灌流液を、長さ10mmのチューブ状の試験片を入れたシリコーンチューブに37℃で流速60mL/hの条件で灌流循環する。24時間後の試験片について、静置試験と同様に細菌数を測定する。
【0022】
なお、緑膿菌の場合には、ポリウレタンチューブに抑制層を形成すると、抑制層を形成していない場合と比べて灌流試験における細菌数が若干増加する。一方、シリコーンチューブに抑制層を形成すると、抑制層を形成していない場合と比べて細菌数が70%程度に減少する。
【0023】
抑制層112の厚さは、特に限定されないが、好ましくは10nm以上、より好ましくは30nm以上で、好ましくは300nm以下、より好ましくは100nm以下である。
【0024】
本実施形態において、抑制層112が形成されたカテーテルとしてシングルルーメンのカテーテルを示したが、ダブルルーメン等のマルチルーメンカテーテルとすることもできる。また、中心静脈カテーテルに限らず、カテーテル本体がポリウレタン製のチューブである他の血管内に留置されるカテーテルとすることもできる。さらに、カテーテルに限らず、黄色ブドウ球菌の感染が問題となるポリウレタン製の医療機器に抑制層を形成することができる。
【0025】
DLC膜である抑制層112を有するカテーテルは、例えば、
図3に示す成膜装置200により形成することができる。成膜装置200は、内部に成膜対象である、カテーテル組立体100Aを収用するチャンバ201を有している。チャンバ201は、チャンバ内を減圧する真空排気部202と、プラズマ発生部203と、ガスを供給するガス供給部205とを有している。
【0026】
本実施形態において、真空排気部202は、真空ポンプ222とバルブ223とを有している。真空排気部202は、チャンバ内の圧力を所定の値に制御することができればどのような構成であってもよい。本実施形態において、ガス供給部205は、複数のボンベ251と、ボンベ251の切り替えを行う流路切り替え部252と、マスフローコントローラ253とを有している。ガス供給部205は、プラズマ発生部203に必要なガスを供給できればどのような構成であってもよい。
【0027】
プラズマ発生部203は、筒状の発生部本体235と、放電電極231及び対向電極と、電源部233とを有している。放電電極231は、筒状の発生部本体235の第1の端部側に挿入されている。発生部本体235の第1の端部側には、ガス供給部205に接続されたガスノズル236が接続されている。電源部233は、電圧発生器237と増幅器238を有しており、放電電極231と対向電極との間に交流電圧を印加する。対向電極は、接地電極であり、チャンバ201の内壁となっている。
【0028】
プラズマ発生部203の発生部本体235の長さは、特に限定されないが、放電電極231を挿入して内部にプラズマを発生させる観点から、30mm~150mm程度とすることが好ましい。発生部本体235の内径は、特に限定されないが、プラズマを効率良く発生させる観点から4mm~12mm程度が好ましい。発生部本体235の材質は、特に限定されないが、シリコーン樹脂、フッ素樹脂又はポリイミド樹脂等の耐熱温度が高い樹脂が好ましい。
【0029】
放電電極231の外径は、発生部本体235に挿入できるものであればよいが、第1の端部側からのガス供給を可能にするために、発生部本体235の内径よりも外径が1mm~5mm程度小さいものが好ましい。発生部本体235内部においてプラズマを効率良く発生させる観点から、放電電極231は発生部本体235内に5mm~50mm程度挿入されていることが好ましい。放電電極231は、導電性であればよく、例えば金属とすることができる。金属の場合、耐食性等の観点からステンレス鋼が好ましい。放電電極231を金属としても、放電電極から5cm程度以上離れた位置においては、金属汚染はほとんど生じない。金属の影響をさらに避ける観点から、放電電極231を炭素電極とすることもできる。本実施形態の成膜装置の場合、炭素電極も容易に形成することができる。
【0030】
図6において対向電極はチャンバ201の内壁であるが、このような構成に限らず、放電電極231との間に電圧を印加して放電によりプラズマを発生させることができればどのようなものであってもよい。例えば、対向電極は、放電電極231と離間して配置された平板又はメッシュ状の電極とすることができる。
【0031】
チャンバ201内を減圧した状態で、電極に電圧を印加することにより、発生部本体235内において、ガスノズル236から供給されたガスをプラズマ化することができる。プラズマ発生部203において発生させたプラズマは、ガス流に乗ってカテーテル組立体100A内を通過する。これにより、カテーテル組立体100Aの内表面にDLC膜が形成される。カテーテル組立体100A内を通過したプラズマ化された原料ガスは、先端部から外へ流出し、チャンバ201内に拡散する。これにより、カテーテル組立体100Aの外表面にもDLC膜が形成される。なお、プラズマ発生部203を設けずに、カテーテル組立体100Aの基端部に放電電極231を挿入してプラズマを発生させることもできる。
【0032】
DLC膜を形成する際には、まずカテーテル組立体100Aに対してアルゴンガスプラズマによるボンバードクリーニングを行うことが好ましい。ボンバードクリーニングにおいては、ガス供給部205によりプラズマ発生部203にアルゴンガスを供給して、アルゴンプラズマを発生させる。ボンバードクリーニングにおいて、アルゴンガスの流量は、50sccm~200sccm程度に調整し、チャンバ201内の圧力は5Pa~200Pa程度とする。ボンバードクリーニングは、1秒~5分程度行うことが好ましい。ボンバードクリーニングを行うことにより、カテーテル組立体100Aの表面に、より均一にDLC膜を成膜することができる。なお、ボンバードクリーニングは必要に応じて行えばよく、行わなくてもよい。
【0033】
ボンバードクリーニングを行った後、ガス供給部205により供給するガスを炭化水素を含む原料ガスに切り換えて炭素のプラズマを発生させて、DLC膜を堆積させる。ガスを切り換える際には、チャンバ201内を一旦1×10-3Pa~5×10-3Pa程度まで減圧することが好ましい。
【0034】
原料ガスは、例えば、通常のCVD法において用いられる、メタン、エタン、プロパン、ブタン、エチレン、アセチレン及びベンゼン等の炭化水素ガスを用いることができ、取り扱いの観点からメタンが好ましい。また、原料ガスには、テトラメチルシラン等の有機ケイ素化合物や、ヘキサメチルジシロキサン等の酸素含有有機ケイ素系化合物を気化させて用いることもできる。原料ガスは、必要に応じてアルゴン、ネオン及びヘリウム等の不活性ガスにより希釈して供給することができ、取り扱いの観点からアルゴンにより希釈することが好ましい。希釈する場合、炭化水素と不活性ガスとの比率は、10:1~10:5程度とすることが好ましい。
【0035】
DLC膜である抑制層112を形成する際には、原料ガスの供給量を50sccm~200sccm程度に調整し、チャンバ201内の圧力を5Pa~200Pa程度とすることが好ましい。放電電極231の損傷や温度上昇を避ける観点から電極への印過電圧は10kV以下とすることが好ましい。電極に印加する電圧は、周波数が1kHz~50kHz程度の交流電圧とすることが好ましい。交流電圧は、温度上昇を抑える観点から、断続的に加えるパルス電圧とすることがより好ましい。交流をバースト波とする場合には、パルス繰り返し周波数を3pps~50pps程度とすることが好ましい。成膜速度を高くしたい場合には、パルス繰り返し周波数を高くし、温度上昇を抑えたい場合はパルス繰り返し周波数を低くすればよい。
【0036】
放電を安定させ、抑制層112の密着性を得るために、放電電極231にオフセット負電圧を印加することが好ましい。オフセット電圧は0kV~3kV程度とすることができる。
【0037】
カテーテル組立体100Aの表面を抑制層112により被覆するために、トータルの成膜時間を5分~60分程度とすることが好ましい。温度上昇を抑える観点から、パルス繰り返し周波数の設定とは別に、間欠成膜をすることが好ましい。その際、10分程度成膜を行い、5分程度休止するサイクルを繰り返し、トータルの成膜時間を調整することが好ましい。
【0038】
カテーテル組立体100Aの先端は開放状態であり、カテーテル組立体100Aの内腔を通過したプラズマ化された原料ガスは、チャンバ201内に流出し、拡散する。このため、カテーテル組立体100Aの内表面だけでなく外表面にもDLC膜が堆積する。原料ガスがチャンバ201内に拡散しないように排気することにより、カテーテル組立体100Aの内表面だけに抑制層を堆積させることもできる。
【0039】
カテーテルの種類によっては、先端部に側孔が形成されている場合がある。側孔において、プラズマ化された原料ガスの分岐分配が生じるが、流量調整等を行うことにより、プラズマ化された原料ガスを先端部まで行き渡らせることができる。
【0040】
本実施形態においては、ルーメンが1つである、シングルルーメンカテーテルについて例示した。プラズマ発生部203とカテーテル組立体100Aとの間に分岐管を接続し、プラズマ発生部203において発生させたプラズマをマルチルーメンカテーテルの各ルーメンに分配すれば、ルーメンを2つ以上有するマルチルーメンカテーテルにおいても、同様の方法により抑制層112を形成することができる。
【0041】
また、カテーテル本体であるチューブとハブとが一体化されたカテーテル組立体に抑制層を形成する例を示したが、カテーテル本体となるチューブに抑制層を形成した後、チューブにカテーテルハブ等を組み付けることもできる。
【0042】
抑制層112を形成するカテーテルは、カテーテル本体の基材がポリウレタンからなる種々のカテーテルとすることができる。例えば、中心静脈カテーテル、末梢挿入型中心静脈カテーテル、及びバスキュラーカテーテル等の種々のカテーテルに抑制層112を形成することができ、中でも中心静脈カテーテルが好ましい。
【0043】
ポリウレタンからなるチューブの表面にDLC膜からなる抑制層を形成して、黄色ブドウ球菌のコロニー形成を抑制する方法は、血管に留置するカテーテルに限らず、黄色ブドウ球菌のコロニー形成が問題となる種々の医療器具等に適用することができる。また、医療分野に限らず、食品分野等においても有用である。
【実施例0044】
<静置試験>
白金耳1匙の凍結黄色ブドウ球菌を25mLのLB培地に入れ、37℃で24時間培養して細菌培養液を得た。細菌培養液を栄養液により100倍希釈したものを浸漬液とし、浸漬液1500μLに試料を浸漬して培養した。試料は、内径5mm、外径8mm、長さが10mmのチューブとし、試料の下側半分の部分が浸漬液に浸漬されるようにした。栄養液は、0.246gのMgSO4、0.2gのグルコース、0.4gのカザミノ酸を100mLの生理食塩水に溶解させて形成した含むM63培地とした。培養は、60回毎分の振とうを行いながら37℃で24時間行った。培養後、試料を取り出し、水洗、乾燥した後、2000μLの0.1%クリスタルバイオレット溶液に10分間浸漬した。浸漬後に試料を水洗し、2000μLの30%酢酸に30分間浸漬してクリスタルバイオレットを溶出させ、溶出液の波長595nmにおける吸光度を測定した。測定は4つの試料について行い、その平均値をバイオフィルム形成指標とした。
【0045】
また、培養後の試料を2%グルタルアルデヒドを用いて4℃でオーバーナイト固定を行った後、1%酸化オスミウムにより染色し、エタノールにより脱水して顕微鏡観察試料を作成した。顕微鏡観察試料について、走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、S-4800)により付着した細菌数を測定した。拡大倍率は2000倍とし、連続した10視野について測定を行いその平均値を細菌数とした。なお、チューブの場合、切り開いて露出させた内面について観察を行った。
【0046】
<灌流試験>
静置試験と同じ細菌培養液を栄養液により100倍希釈したものを灌流液とした。試料を入れたシリコーンチューブ内に、ペリスタポンプを用いて60mL/hの流速で、灌流液を24時間循環させた。試料は、内径5mm、外径8mm、長さが10mmのチューブとした。灌流中の温度は37℃とした。
【0047】
灌流後に試料を取り出し、静置試験の場合と同様にしてバイオフィルム形成指標及び付着した細菌数を測定した。また、拡大倍率を400倍とし、複数の細菌が集合したコロニーの数を計測した。
【0048】
なお、凍結黄色ブドウ球菌を凍結緑膿菌に換えて同様の手法により調製した細菌原液を用いて、同様の評価を行った。
【0049】
<抑制層の形成>
内径が5mm、外形8mmで長さが5cmのチューブに、
図3に示す装置を用いて抑制層を形成した。原料ガスにはメタン(CH
4)を用い、CH
4ガスの流量は96.2ccm(室温)とし、チャンバ内の圧力は39.06Paとした。成膜の際のバイアス電圧は5kVとし、周波数は10kHzとした。交流電圧の印加は、パルス繰り返し周波数が10pps又は30ppsとなるように断続的に行った。なお、成膜の際には増幅器により2kVのオフセットを印加した。成膜時間は10分とした。抑制層を形成したチューブを所定の長さに切断して、それぞれの試験に用いた。
【0050】
<表面電位の測定>
表面電位は、フラットセルを備えたゼータ電子測定装置(大塚電子製、ELSZ10000)により測定した。25mm×7mmのサイズの試料をセットしたフラットセル内を10mMのNaCl溶液で満たし、モニタリング粒子(大塚電子製)を懸濁させた。この粒子を電気泳動し、セル内の見かけの移動度を測定して得られた電気浸透プロファイルをMori-Okamotoの式で解析することにより試料の表面電位を求めた。電気泳動条件は、平均電界強度を17.33V/cm、平均電流を1.02mAとした。
【0051】
<接触角の測定>
水に対する接触角は、接触角測定装置(DropMaster500、協和界面科学株式会社)を用いて測定した。チューブを切断して内表面を露出させ、治具を用いて平坦に伸ばした状態で測定を行った。測定は10点について行い、平均値を求めた。
【0052】
(実施例1)
市販のポリウレタンチューブを基材として上記の方法により抑制層を形成した。抑制層を形成した後のラマン分光分析装置(ナノフォトン製)を用いた測定では、ID/IG比が0.80であり、DLC膜からなる抑制層の形成が確認できた。また、表面電位は、-10.39mVであり、接触角は74.5°であった。
【0053】
抑制層を形成したポリウレタンチューブから切り出した試験片について静置試験を行ったところ、バイオフィルム形成指標である吸光度は0.392であり、細菌数は118個であった。灌流試験を行ったところ、細菌数は24.8個であった。緑膿菌について灌流試験を行ったところ、細菌数は318個であった。
【0054】
(比較例1)
抑制層を形成していないポリウレタンチューブは、表面電位が-3.87mVであり、接触角は90°であった。
【0055】
静置試験を行ったところ、バイオフィルム形成指標は0.475であり細菌数は250個であった。灌流試験を行ったところ、細菌数は169個であった。緑膿菌について灌流試験を行ったところ、細菌数は133個であった。
【0056】
(比較例2)
市販のシリコーン樹脂チューブに上記の方法により抑制層を形成した。抑制層を形成した後のラマン分光測定では、ID/IG比が0.53であり、DLC膜からなる抑制層の形成が確認できた。また、表面電位は、2.17mVであり、接触角は104.4°であった。
【0057】
抑制層を形成したシリコーンチューブから切り出した試験片について黄色ブドウ球菌を用いて静置試験を行ったところ、バイオフィルム形成指標は、0.089であり、細菌数は64.1個であった。灌流試験を行ったところ、細菌数は46.3個であった。緑膿菌について灌流試験を行ったところ、細菌数は562個であった。
【0058】
(比較例3)
抑制層を形成していないシリコーン樹脂チューブは、表面電位が-9.64mVであり、接触角は119.5°であった。
【0059】
抑制層を形成していないシリコーン樹脂チューブについて黄色ブドウ球菌を用いて静置試験を行ったところ、バイオフィルム形成指標は、0.088であり、細菌数は20.2個であった。灌流試験を行ったところ、細菌数は33.1個であった。緑膿菌について灌流試験を行ったところ、細菌数は37.1個であった。
【0060】
【0061】
実施例1及び比較例1~3について、表1にまとめて示す。ポリウレタンの表面にDLC膜からなる抑制層を形成することにより、-3mV程度であった表面電位がさらに低下し、-10mV以下となった。また、90°であった水に対する接触角が74.5°まで低下し、より親水性の表面となった。一方、シリコーンの場合には、抑制層を形成することにより、表面電位が正の値となった。水に対する接触角は抑制層の形成により低下するものの100°を越えており、十分な親水化の効果は認められなかった。
【0062】
ポリウレタンの表面にDLC膜からなる抑制層を形成した場合の黄色ブドウ球菌の付着数は、静置試験においては抑制層を形成していない場合の0.47倍となり、灌流試験においては抑制層を形成していない場合の0.15倍となり、付着数を大幅に抑制することができた。バイオフィルム形成指標も、抑制層を形成した場合には形成していない場合の0.83倍となった。また、
図4に示すように、倍率2000倍のSEMによる観察において、抑制層を形成した場合には、バイオフィルムの形成はほとんど認められなかったが、抑制層を形成していない場合には、細菌同士がつながり合ったバイオフィルムの形成が認められた。
【0063】
一方、シリコーン樹脂の場合には、静置試験において抑制層を形成した場合の黄色ブドウ球菌の付着数は、抑制層を形成していない場合の3.2倍となり、灌流試験においては抑制層を形成していない場合の1.4倍となり、付着数が逆に増加した。バイオフィルム形成指標も、1.0倍となり、大きな抑制効果は認められなかった。
【0064】
また、緑膿菌の場合には、ポリウレタンは、抑制層を形成していない場合の2.4倍となり、シリコーン樹脂は、抑制層を形成していない場合の15.1倍となりいずれも抑制効果は認められなかった。
【0065】
(実施例2)
実施例1と同様にして、ポリウレタンチューブの表面にDLCからなる抑制層を形成した。抑制層を形成したポリウレタンチューブについて、実施例1と同様にして、黄色ブドウ球菌の潅流試験を行い、バイオフィルム形成指標を測定した。バイオフィルム形成指標は、0.269であった。抑制層を形成していないポリウレタンチューブのバイオフィルム形成指標は0.344であり、抑制比(抑制層有/抑制層無)は0.78倍であった。コロニー数は、抑制層を形成した場合には1.0個(10視野の平均)であり、抑制層を形成していない場合には6.3個(10視野の平均)であった。
【0066】
(実施例3)
実施例2とは異なるメーカーのポリウレタンチューブについて、実施例2と同様に評価を行った。バイオフィルム形成指標は、0.215であった。抑制層を形成していないポリウレタンチューブのバイオフィルム形成指標は0.436であり、抑制比は0.49倍であった。
【0067】
(比較例4)
ポリウレタンチューブをシリコーンチューブに変えて実施例2と同様に評価を行った。バイオフィルム形成指標は、0.233であった。抑制層を形成していないシリコーンチューブのバイオフィルム形成指標は0.189であり、抑制比は1.2倍であった。
【0068】
(比較例5)
ポリウレタンチューブを延伸ポリテトラフルオロエチレン(ePTFE)チューブに変えて実施例2と同様に評価を行った。バイオフィルム形成指標は、0.256であった。抑制層を形成していないePTFEチューブのバイオフィルム形成指標は0.256であり、抑制比は1.0倍であった。
【0069】
(比較例6)
ポリウレタンチューブを塩化ビニル(PVC、メドライン社製、気管チューブ)チューブに変えて実施例2と同様に評価を行った。バイオフィルム形成指標は、0.193であった。抑制層を形成していないPVCチューブのバイオフィルム形成指標は0.204であり、抑制比は0.93倍であった。
【0070】
(比較例7)
ポリウレタンチューブをポリエチレン(PE)チューブに変えて実施例2と同様に評価を行った。バイオフィルム形成指標は、0.174であった。抑制層を形成していないPVCチューブのバイオフィルム形成指標は0.194であり、抑制比は0.90倍であった。
【0071】
実施例2、3、比較例4~6の結果について表2にまとめて示す。潅流試験における黄色ブドウ球菌のバイオフィルム形成指標は、ポリウレタンの場合にはDLC膜からなる抑制層を形成することにより低下したが、シリコーンの場合には逆に上昇し、ePTFE、PVC及びPEの場合にはほぼ同じであった。
【0072】