(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024012934
(43)【公開日】2024-01-31
(54)【発明の名称】転がり軸受の損傷診断装置、損傷診断方法、プログラム、および振動センサ
(51)【国際特許分類】
G01M 13/045 20190101AFI20240124BHJP
G01H 17/00 20060101ALI20240124BHJP
【FI】
G01M13/045
G01H17/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022114775
(22)【出願日】2022-07-19
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】柳野 浩志
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 佳宏朗
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 俊一
(72)【発明者】
【氏名】村上 賢吾
【テーマコード(参考)】
2G024
2G064
【Fターム(参考)】
2G024AC02
2G024AC05
2G024BA27
2G024CA13
2G024DA09
2G024FA04
2G024FA06
2G024FA14
2G024FA15
2G064AA17
2G064AB01
2G064AB02
2G064AB22
2G064BA02
2G064BA23
2G064CC02
2G064CC41
2G064DD08
2G064DD15
(57)【要約】
【課題】より簡易な構成にて、精度良く転がり軸受の損傷を診断可能とする。
【解決手段】転がり軸受の損傷診断装置であって、転がり軸受にて発生する振動を、所定の振動伝達特性を有する共振部材を介して振動情報として取得する取得手段と、前記振動情報を前記所定の振動伝達特性に対応する周波数帯域を通過させるバンドパスフィルタを用いてフィルタリングするフィルタリング手段と、前記フィルタリング手段にてフィルタリングされた振動情報を用いて、前記転がり軸受の損傷診断を行う診断手段と、を有する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受にて発生する振動を、所定の振動伝達特性を有する共振部材を介して振動情報として取得する取得手段と、
前記振動情報を前記所定の振動伝達特性に対応する周波数帯域を通過させるバンドパスフィルタを用いてフィルタリングするフィルタリング手段と、
前記フィルタリング手段にてフィルタリングされた振動情報を用いて、前記転がり軸受の損傷診断を行う診断手段と、
を有する転がり軸受の損傷診断装置。
【請求項2】
前記共振部材は、前記所定の振動伝達特性として、所定の振動周波数を共振によって増幅するように構成される、請求項1に記載の損傷診断装置。
【請求項3】
前記共振部材は、片持ち梁の形状を有する、請求項1に記載の損傷診断装置。
【請求項4】
前記共振部材は、梁部と、支持部材とから構成され、
前記梁部の一端が、前記振動情報を検出するための検出部に接続される自由端であり、
前記梁部の他端が、前記支持部材を介して前記転がり軸受に接続される、
請求項3に記載の損傷診断装置。
【請求項5】
前記共振部材は、前記振動情報を検出する検出部と一体にて構成される、請求項1に記載の損傷診断装置。
【請求項6】
前記振動情報を検出する検出部の構成要素が、前記所定の振動周波数に共振する共振部材として機能するように構成される、請求項1に記載の損傷診断装置。
【請求項7】
前記診断手段は、
前記フィルタリング手段にてフィルタリングされた振動情報に対してエンベロープ処理を行い、
前記エンベロープ処理された振動情報に対して、FFT処理を行い、
前記FFT処理された振動情報の波形に基づいて、前記転がり軸受の損傷診断を行う、
請求項1に記載の損傷診断装置。
【請求項8】
転がり軸受にて発生する振動を、所定の振動伝達特性を有する共振部材を介して振動情報として取得する取得工程と、
前記振動情報を前記所定の振動伝達特性に対応する周波数帯域を通過させるバンドパスフィルタを用いてフィルタリングするフィルタリング工程と、
前記フィルタリング工程にてフィルタリングされた振動情報を用いて、前記転がり軸受の損傷診断を行う診断工程と、
を有する転がり軸受の損傷診断方法。
【請求項9】
コンピュータに、
転がり軸受にて発生する振動を、所定の振動伝達特性を有する共振部材を介して振動情報として取得する取得工程と、
前記振動情報を前記所定の振動伝達特性に対応する周波数帯域を通過させるバンドパスフィルタを用いてフィルタリングするフィルタリング工程と、
前記フィルタリング工程にてフィルタリングされた振動情報を用いて、前記転がり軸受の損傷診断を行う診断工程と、
を実行させるためのプログラム。
【請求項10】
振動を検出する検出部と、
所定の振動伝達特性を有する共振部材と、
を備え、
前記検出部は、前記共振部材の前記所定の振動伝達特性により、測定対象からの振動のうちの所定の振動周波数が共振によって増幅された振動を検出する、振動センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受の損傷診断装置、損傷診断方法、プログラム、および振動センサに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、様々な機械装置にて転がり軸受が用いられている。転がり軸受に対して、定期的に損傷診断を行うことで、転がり軸受の損傷を早期に検出して、故障などの発生を抑制することが行われている。例えば、損傷診断の際には、転がり軸受にて発生する振動や音を利用する手法がある。
【0003】
例えば、特許文献1では、振動計測対象に特定の共振周波数を有する接触体を設置して、特定の周波数の振動を増幅し、その増幅された振動を検出して対象の状態を診断する構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示の構成によると、振動を増幅して検出するための構造や、バネなどで振動絶縁するための構造などを要し、振動を検出するために複雑な構造が必要となる。また、診断のために接触体を設置する際には、回転体との位置関係を考慮する必要があり、診断の際の取り付けにおける制限があるという課題があった。
【0006】
また、診断を行う際に利用する振動のうち、着目すべき帯域は、診断対象の構成や振動センサの設置位置などに依存するため、機械的に決めることができないという問題もある。更には、振動を測定した際に混入したノイズの影響でS/N比が小さくなった場合には、診断の精度が低下してしまう。このような問題については、特許文献1では十分に考慮されていなかった。
【0007】
上記課題を鑑み、本発明は、より簡易な構成にて、精度良く転がり軸受の損傷を診断可能な損傷診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために本発明は以下の構成を有する。すなわち、転がり軸受の損傷診断装置であって、
転がり軸受にて発生する振動を、所定の振動伝達特性を有する共振部材を介して振動情報として取得する取得手段と、
前記振動情報を前記所定の振動伝達特性に対応する周波数帯域を通過させるバンドパスフィルタを用いてフィルタリングするフィルタリング手段と、
前記フィルタリング手段にてフィルタリングされた振動情報を用いて、前記転がり軸受の損傷診断を行う診断手段と、
を有する。
【0009】
また、本発明の別の形態は以下の構成を有する。すなわち、転がり軸受の損傷診断方法であって、
転がり軸受にて発生する振動を、所定の振動伝達特性を有する共振部材を介して振動情報として取得する取得工程と、
前記振動情報を前記所定の振動伝達特性に対応する周波数帯域を通過させるバンドパスフィルタを用いてフィルタリングするフィルタリング工程と、
前記フィルタリング工程にてフィルタリングされた振動情報を用いて、前記転がり軸受の損傷診断を行う診断工程と、
を有する。
【0010】
また、本発明の別の形態は以下の構成を有する。すなわち、プログラムであって、
コンピュータに、
転がり軸受にて発生する振動を、所定の振動伝達特性を有する共振部材を介して振動情報として取得する取得工程と、
前記振動情報を前記所定の振動伝達特性に対応する周波数帯域を通過させるバンドパスフィルタを用いてフィルタリングするフィルタリング工程と、
前記フィルタリング工程にてフィルタリングされた振動情報を用いて、前記転がり軸受の損傷診断を行う診断工程と、
を実行させる。
【0011】
また、本発明の別の形態は以下の構成を有する。すなわち、振動センサであって、
振動を検出する検出部と、
所定の振動伝達特性を有する共振部材と、
を備え、
前記検出部は、前記共振部材の前記所定の振動伝達特性により、測定対象からの振動のうちの所定の振動周波数が共振によって増幅された振動を検出する。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、より簡易な構成にて、精度良く転がり軸受の損傷の診断が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係る装置構成の例を示す概略図。
【
図2】本発明の一実施形態に係る共振部材のモデル化を説明するための図
【
図3】本発明の一実施形態に係る振動波形の変遷を説明するための図。
【
図4】本発明の一実施形態に係る損傷診断処理のフローチャート。
【
図5】従来の手法にて検出される振動情報の例を示すグラフ図。
【
図6】本発明の一実施形態に係る損傷診断処理にて検出される振動情報の例を示すグラフ図。
【
図7】本発明の一実施形態に係る損傷診断処理による診断結果を説明するためのグラフ図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態について図面などを参照して説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明を説明するための一実施形態であり、本発明を限定して解釈されることを意図するものではなく、また、各実施形態で説明されている全ての構成が本発明の課題を解決するために必須の構成であるとは限らない。また、各図面において、同じ構成要素については、同じ参照番号を付すことにより対応関係を示す。
【0015】
<第1の実施形態>
以下、本発明の第1の実施形態について説明を行う。なお、以下の説明においては、転がり軸受として玉軸受を例に挙げて説明するが、これに限定するものではなく、本発明は他の構成の転がり軸受にも適用可能である。例えば、本発明が適用可能な転がり軸受の種類としては、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、円錐ころ軸受、円筒ころ軸受、自動調心ころ軸受などが挙げられる。
【0016】
[装置構成]
図1は、本実施形態に係る装置の全体構成の一例を示す概略構成図である。
図1には、本実施形態に係る損傷診断方法が適用される軸受ユニット100と、損傷診断方法を実行する損傷診断装置200の構成が示されている。
図1では、説明を簡略化するために1の軸受ユニット100に1の転がり軸受101が備えられた構成を示しているが、1の軸受ユニット100に複数の転がり軸受101が設けられてもよい。また、軸受ユニット100は、転がり軸受101以外の部位を備えてよく、ここでは説明を簡略化するために、本実施形態に係る構成のみを示す。
【0017】
転がり軸受101は、回転軸(不図示)の軸端を回転自在に支持する。回転軸は、回転部品である転がり軸受101を介して、回転軸の外側を覆うハウジング(不図示)に支持される。転がり軸受101は、回転軸に外嵌される回転輪である内輪104、ハウジングに内嵌される固定輪である外輪102、内輪104及び外輪102との間に配置された複数の転動体103である複数の玉(ころ)、および転動体103を転動自在に保持する保持器105を備える。ここでは、外輪102を固定した構成を例に挙げて説明するが、内輪104を固定した構成であってもよい。また、保持器105の案内方式についても特に限定するものではなく、外輪案内、内輪案内、または転動体案内のいずれであってもよい。
【0018】
また、転がり軸受101において、所定の潤滑方式により、内輪104と転動体103の間、および、外輪102と転動体103の間の摩擦が軽減される。潤滑方式は特に限定するものではないが、例えば、グリース潤滑や油潤滑などが用いられる。また、潤滑剤の種類についても特に限定するものではない。
【0019】
軸受ユニット100のハウジングには、共振部材106が設置される。更に、振動センサ107が、共振部材106からの振動を検出可能なように設置される。共振部材106は、軸受ユニット100が動作することによって伝達されてくる振動のうち、所定の固有振動数を増幅するように構成される。共振部材106の詳細については後述する。振動センサ107は、共振部材106からの振動を検出し、振動情報として損傷診断装置200に出力する。
【0020】
損傷診断装置200は、例えば、PC(Personal Computer)などの情報処理装置から構成されてよい。損傷診断装置200は、IF(Interface)部201、処理部202、記憶部203、UI(User Interface)部204、および通信部205を含んで構成される。IF部201は、振動センサ107に接続され、振動センサ107にて検出された振動情報を取得する取得手段として機能する。処理部202は、CPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processing Unit)、DSP(Digital Single Processor)、または専用回路などから構成されてよい。記憶部203は、HDD(Hard Disk Drive)、ROM(Read Only Memory)やRAM(Random Access Memory)等の揮発性および不揮発性の記憶媒体により構成され、処理部202からの指示により各種情報の入出力が可能である。処理部202は、例えば、記憶部203に格納されたプログラムや各種データを読み出して実行することで、本実施形態に係る損傷診断処理を実行させてよい。
【0021】
UI部204は、スピーカやライト、或いは液晶ディスプレイ等の表示デバイス等から構成され、処理部202からの指示により利用者への報知を行う。UI部204による報知方法は特に限定するものではないが、例えば、音声による聴覚的な報知であってもよいし、画面出力による視覚的な報知であってもよい。通信部205は、通信機能を備えたネットワークインターフェースであり、ネットワーク(不図示)を介した外部装置(不図示)へのデータ送信により通信処理を行う。
【0022】
[共振部材]
まず、本実施形態に係る損傷診断にて着目する周波数について説明する。転がり軸受101は、一定の周期にて回転することで動作する。このとき、転がり軸受101に何らかの損傷が発生している場合、転がり軸受101の動作以外を起因とする振動(ノイズなど)を除けば、一定の周期性を有する共振波形の振動を発生させる。したがって、その発生している振動の周期性を捉え、解析することで、転がり軸受101の損傷状態を診断することができる。
【0023】
しかし、損傷発生時に発生する振動の周期性(以下、「特徴周波数」とも称する)は、転がり軸受101の諸元、運転条件、損傷の内容(損傷箇所など)によって異なる。また、損傷が発生している場合でも、運転条件(例えば、回転数や負荷状態)や、ノイズの多寡などによっては、適切に特徴周波数を捉えることができず、正確な診断ができない場合がある。例えば、特徴周波数を捉えるためには、BPF(Band Pass Filter)を利用して着目する帯域を抽出することが行われるが、その帯域は、適用する転がり軸受の構成やセンサを設置する位置などに影響されて、機械的に決定することができない。また、ノイズの影響によりS/N比が小さくなった場合には、診断に必要な振動情報を十分に捉えることができず、正確な診断が困難となる。
【0024】
そこで、本実施形態では、損傷診断に用いる振動情報を精度良く捉えるために共振部材106を用いる。本実施形態に係る共振部材106は、軸受ユニット100、すなわち、転がり軸受101にて生じた振動のうち、所定の振動周波数を増幅させる機能を有する。ここで、共振部材106は、所定の振動伝達特性を有するように構成される。本実施形態において、振動伝達特性は、材料特性や形状、加振点と応答点の関係から決定されるばねマス系の周波数応答特性に相当する。したがって、振動伝達特性は、共振部材106を構成する素材の特性と、形状により規定される。本実施形態では、共振部材106の設計諸元を減らすため、単純で一様な形状を採用する。
【0025】
図2は、本実施形態に係る共振部材106の概略構成の例と、その構成に対応してモデル化したものを示す。本実施形態において共振部材106は、片持ち梁の形状を有し、軸受ユニット100に接触する支持部材106bと、一端が支持部材106bに接続され、他端が自由端となっている梁形状の梁部106aとから構成される。梁部106aの自由端側は、振動センサ107が振動を取得可能なように設置された質点とする。共振部材106を構成する素材は、特に限定するものでは無いが、例えば、SUS304などを用いてよい。
【0026】
ここで、梁部106aの延伸方向をx軸とし、x軸に直交である方向をy軸とする。本例においては、y軸は、支持部材106bの延伸方向であり、また、軸受ユニット100と支持部材106bとが接触する面に対して直交する。ここで、梁部106aの長さをLとする。
【0027】
図2(b)は、
図2(a)の構成をモデル化して示したものである。ラグランジュの運動方程式により、以下の式を立てることができる。なお、ラグランジュの運動方程式は公知であるため、その詳細については、ここでは省略する。
【0028】
【0029】
【0030】
【0031】
M:モデル化したばねマス系の質量
K:モデル化したばねマス系の剛性
y:位置(y軸座標)
y‥:加速度(yの2階微分)
m:共振部材の先端の質点の質量
ρ:梁形状の部材の密度
A:梁の断面積
L:梁の長さ
ω:固有振動数
E:ヤング率
I:断面二次モーメント
【0032】
上記式に基づいて、共振部材106は、所望の振動伝達特性を有するように設計される。つまり、共振部材106は、軸受ユニット100からの振動のうち、共振部材106の固有振動数付近の振幅を増大させるように機能する。振動センサ107は、共振部材106にて増幅された振動情報を検出して、損傷診断装置200へ出力する。
【0033】
より具体的に説明すると、転がり軸受101にて発生した振動(加振力)が、転がり軸受101周りの機構(例えば、軸受ユニット100のハウジングなど)の伝達特性の影響により変化し、その変化後の振動が軸受ユニット100の表面の加速度として現れる。更に、この軸受ユニット100の表面に現れる加速度が、共振部材106の振動伝達特性の影響により変化し、その変化後の振動が共振部材106の表面に現れる。振動センサ107は、共振部材106の表面に現れる加速度を振動情報として検出する。
【0034】
[処理フロー]
図4は、本実施形態に係る損傷診断処理のフローチャートである。本処理は、損傷診断装置200により実行され、例えば、損傷診断装置200が備える処理部202が、本処理フローを実現するためのプログラムを記憶部203から読み出して実行することにより実現されてよい。また、
図3は、本フローチャートの各処理にて変化する波形の例を示すグラフ図である。本処理フローが開始される前に、診断対象である軸受ユニット100に共振部材106、および振動センサ107が設置され、振動情報を取得可能となっている。また、診断の際には、転がり軸受101が制御装置(不図示)の制御の下、回転動作を行う。
【0035】
S401にて、損傷診断装置200は、振動センサ107を介して、振動情報を取得する。ここで取得する時間間隔は特に限定するものでは無いが、少なくとも転がり軸受101の損傷通過周期の複数倍以上の時間を計測することが望ましい。ここでの損傷通過周期とは、転がり軸受101にて損傷が発生している場合に、その損傷を通過する周期を示す。損傷通過周期は、転がり軸受101の諸元や運動条件などに依存する。
図3(a)は、振動センサ107にて取得される振動波形の例を示す。
【0036】
S402にて、損傷診断装置200は、S401にて取得した振動情報に対して、所定の周波数帯域を通過域とするBPFを適用し、振動波形を生成する。本実施形態では、BPFは、共振部材106の固有振動数近傍の帯域を通過域として設定する。
図3(b)は、BPF処理により成形された振動波形の例を示す。このような工程により、損傷診断装置は、フィルタリング手段としての機能を提供する。
【0037】
S403にて、損傷診断装置200は、S402にて得られた振動波形に対し、絶対値処理を行って波形密度を増加させる。絶対値処理により、全ての値を正の値とする。
図3(c)は、絶対値処理により成形された振動波形の例を示す。
【0038】
S404にて、損傷診断装置200は、S403にて得られた振動波形に対し、LPF(Low Pass Filter)を適用し、エンベロープ態様の波形を生成する。
図3(d)は、LPF処理により生成された振動波形の例を示す。
【0039】
S405にて、損傷診断装置200は、S404にて得られた振動波形に対し、FFT(Fast Fourier Transform)処理を適用し、各振動情報における周波数ごとのスペクトルを導出する。FFT処理は、公知の方法を用いてよく、ここでの詳細な説明は省略する。
図3(e)は、FFT処理の結果として得られる周波数特性を示す。
図3(e)において、横軸は周波数を示し、縦軸はスペクトルを示す。ここでは、周波数f
0とその倍数の周波数を示している。
【0040】
S406にて、損傷診断装置200は、S405までの処理にて得られた波形と、予め規定された閾値とを比較し、損傷診断を行う。損傷診断装置200は、例えば、得られた波形の中からピーク値を特定し、そのピーク値が閾値を超えているか否か、および、対応する周波数成分に応じて、損傷の有無を診断してよい。このような工程により、損傷診断装置は、診断手段としての機能を提供する。
【0041】
S407にて、損傷診断装置200は、S406にて行った診断結果を通知する。ここでの通知方法は、例えば、損傷診断装置200のUI部204を介して画面上にて行われてよい。また、損傷診断装置200は、損傷の有無のみならず、例えば、検出した波形形状や成形した波形形状(FFT処理の結果など)を併せて表示させてもよい。また、損傷診断装置200の通信部205を介して、所定の通知先に通知してもよい。通知方法は、損傷診断装置200の利用者が任意に選択可能な構成であってよい。そして、本処理フローを終了する。
【0042】
[波形例]
以下、本実施形態の損傷診断装置200において扱う波形の例について説明する。ここでは、共振部材106は、1.8kHz付近の固有振動数を用いるものとして計算した例を示す。
【0043】
図5は、本実施形態に係る共振部材106を用いずに、振動センサ107にて軸受ユニット100から直接検出した振動の例を説明するための図である。
図5(a)は、振動センサ107にて軸受ユニット100から直接検出した振動の例を示す。
図5(a)において、横軸は時間[s]を示し、縦軸は加速度を示す。また、
図5(b)は、
図5(a)に示す振動情報に基づいて、
図4のS405までの処理結果の例を示す。
図5(b)において、横軸は周波数[Hz]を示し、縦軸は振幅[dB]を示す。
【0044】
一方、
図6は、本実施形態に係る共振部材106を用い、振動センサ107にて共振部材106から検出した振動の例を説明するための図である。
図6(a)は、振動センサ107に共振部材106から検出した振動の例を示す。
図6(a)において、横軸は時間[s]を示し、縦軸は加速度を示す。また、
図6(b)は、
図6(a)に示す振動情報に基づいて、
図4のS405までの処理結果の例を示す。
図6(b)において、横軸は周波数[Hz]を示し、縦軸は振幅[dB]を示す。
図5(a)と
図6(a)の横軸の時間間隔は一致している。
【0045】
図5(b)と、
図6(b)とを比較すると、
図6(b)に示すように、共振部材106の固有振動数である1.8kHz付近を示す範囲601では、共振部材106の増幅機能により、顕著なピークを出現させることができる。
【0046】
更に、
図7に、振動情報の別の例を示す。ここでは、転がり軸受101にて損傷が発生した状態にて測定を行って得られた振動情報の例である。
図7において、横軸は周波数[Hz]を示し、縦軸は振幅[dB]を示す。
図7(a)は、共振部材106を用いずに得られた振動情報の別例を用いて、
図4の処理フローを行うことで得られた周波数成分を示すグラフ図である。
図7(b)は、共振部材106を用いて得られた振動情報の別例を用いて、
図4の処理フローを行うことで得られた周波数成分を示すグラフ図である。
図7(a)と
図7(b)の横軸のタイミングは一致している。
【0047】
図7(a)の波形と
図7(b)の波形を比較すると、
図7(b)の帯域701、702に示すように、共振部材106を用いて得られた振動情報に基づく検出結果ではピークが現れる。これは、共振部材106が無い状態の振動情報では、ノイズの影響により、ピークを導出することができていないことを意味すると考えられる。そのため、損傷がある場合でも、適切な損傷検出ができない。また、帯域701は20Hz周辺であり、帯域702は40Hz周辺であることから、整数倍の周期にてピークが現れると考えられる。つまり、これらの2つの振動情報に基づいて、診断を行うことで、ノイズの影響を抑制しつつ、精度良く損傷診断を行うことが可能となる。
【0048】
なお、上述したBPFは、LPFとHPF(High Pass Filter)を組み合わせて任意の周波数帯域を通過させるように実現されてよい。更に、AD変換器(不図示)において、折り返し信号の発生を防ぐために、所定の高周波成分を除去するアンチエイリアスフィルタを用いるような構成であってもよい。
【0049】
共振部材106が有する固有振動数は、上述の例のように1.8GHz付近に限定されるものでは無く、転がり軸受101の諸元や、想定する故障個所などに応じて設定されてよい。従って、転がり軸受101を構成する外輪、内輪、転動体、保持器など故障に着目する箇所に応じて、共振部材106の構成が変更されてよい。このとき、共振部材106の構成は、片持ち梁のように単純な形状とすることが望ましい。
【0050】
以上、本実施形態により、より簡易な構成にて、精度良く転がり軸受の損傷の診断が可能となる。また、共振部材106や振動センサ107の設置位置は特に制限されるものではなく、任意の位置に設置した上で、損傷診断を行うことが可能となる。そのため、診断の際の利便性や簡便性を向上させることが可能である。
【0051】
一般にアクセラレンス、すなわち、加振力と加速度にて示される周波数特性は、低周波側では低い値となり、ノイズの影響を抑えて検出することが難しい。一方、高周波側の測定を行う場合には、高性能なセンサにて高周波成分を測定する必要があり、このようなセンサは一般的には高価であったり、大型であったりする。一方、本実施形態では、低周波帯域にて目的とする振動に共振する固有振動数を有する共振部材を用いることで、ノイズに影響されないように振動を増幅させることが可能となり、検出精度を向上させることができる。そのため、高周波側の測定が不要になり、高価なセンサを用いる必要が無くなる。また、共振を検出するためには高サンプリング周期である必要はなくなる。その結果、本実施形態の構成により、安価なセンサ(例えば、MEMSセンサ)を用いることができ、低コスト化、小型化を実現することができる。更には、データ量を抑制することができ、通信負荷を抑制したり、診断に要する時間を抑制したりして、処理の高速化を図ることができる。
【0052】
<その他の実施形態>
上記の実施形態では、共振部材106と振動センサ107を別個に備える構成の例を示した。しかし、これらの構成を一体化してセンサデバイスとして構成してもよい。つまり、共振部材と検出部との一体型センサを用いて状態診断を行ってよい。
【0053】
また、通常、振動センサは、測定対象となる周波数帯域について、同程度の強度になるように構成されている。ここで、振動センサ自体の構成を所定の周波数帯域に対して共振するように構成してもよい。つまり、上記のような一体型のセンサを構成する場合において、振動センサを構成する構造の一部が、第1の実施形態の共振部材106を同様に機能するように構成することで、本発明を実現してもよい。
【0054】
また、本発明において、上述した1以上の実施形態の機能を実現するためのプログラムやアプリケーションを、ネットワーク又は記憶媒体等を用いてシステム又は装置に供給し、そのシステム又は装置のコンピュータにおける1つ以上のプロセッサがプログラムを読出し実行する処理でも実現可能である。
【0055】
また、1以上の機能を実現する回路(例えば、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やFPGA(Field Programmable Gate Array))によって実現してもよい。
【0056】
このように、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、実施形態の各構成を相互に組み合わせることや、明細書の記載、並びに周知の技術に基づいて、当業者が変更、応用することも本発明の予定するところであり、保護を求める範囲に含まれる。
【0057】
以上の通り、本明細書には次の事項が開示されている。
(1) 転がり軸受にて発生する振動を、所定の振動伝達特性を有する共振部材(例えば、106)を介して振動情報として取得する取得手段(例えば、107、201)と、
前記振動情報を前記所定の振動伝達特性に対応する周波数帯域を通過させるバンドパスフィルタを用いてフィルタリングするフィルタリング手段(例えば、202)と、
前記フィルタリング手段にてフィルタリングされた振動情報を用いて、前記転がり軸受の損傷診断を行う診断手段(例えば、202)と、
を有する転がり軸受の損傷診断装置(例えば、200)。
この構成によれば、より簡易な構成にて、精度良く転がり軸受の損傷の診断が可能となる。
【0058】
(2) 前記共振部材は、前記所定の振動伝達特性として、所定の振動周波数を共振によって増幅するように構成される、(1)に記載の損傷診断装置。
この構成によれば、所望の振動伝達特性を有する共振部材を用いて、目的とする周波数を増幅して診断に利用することが可能となる。
【0059】
(3) 前記共振部材は、片持ち梁の形状を有する、(1)または(2)に記載の損傷診断装置。
この構成によれば、簡易な構成の共振部材を用いて、容易に損傷診断を行うことが可能となる。
【0060】
(4) 前記共振部材は、梁部と、支持部材とから構成され、
前記梁部の一端が、前記振動情報を検出するための検出部に接続される自由端であり、
前記梁部の他端が、前記支持部材を介して前記転がり軸受に接続される、
(3)に記載の損傷診断装置。
この構成によれば、所望の振動伝達特性を有する共振部材を用いて、目的とする周波数を増幅して診断に利用することが可能となる。
【0061】
(5) 前記共振部材は、前記振動情報を検出する検出部と一体にて構成される、(1)に記載の損傷診断装置。
この構成によれば、共振部材と一体となった振動センサを用いて、目的とする周波数を増幅した振動情報を容易に取得することが可能となる。
【0062】
(6) 前記振動情報を検出する検出部の構成要素が、前記所定の振動周波数に共振する共振部材として機能するように構成される、(1)に記載の損傷診断装置。
この構成によれば、共振部材と一体となった振動センサを用いて、目的とする周波数を増幅した振動情報を容易に取得することが可能となる。
【0063】
(7) 前記診断手段は、
前記フィルタリング手段にてフィルタリングされた振動情報に対してエンベロープ処理を行い、
前記エンベロープ処理された振動情報に対して、FFT処理を行い、
前記FFT処理された振動情報の波形に基づいて、前記転がり軸受の損傷診断を行う、
(1)~(6)のいずれかに記載の損傷診断装置。
この構成によれば、本発明に係る構成にて取得された振動情報を、従来の解析方法に適用して診断に用いることが可能となる。
【0064】
(8) 転がり軸受にて発生する振動を、所定の振動伝達特性を有する共振部材を介して振動情報として取得する取得工程(例えば、S401)と、
前記振動情報を前記所定の振動伝達特性に対応する周波数帯域を通過させるバンドパスフィルタを用いてフィルタリングするフィルタリング工程(例えば、S402)と、
前記フィルタリング工程にてフィルタリングされた振動情報を用いて、前記転がり軸受の損傷診断を行う診断工程(例えば、S406)と、
を有する転がり軸受の損傷診断方法。
この構成によれば、より簡易な構成にて、精度良く転がり軸受の損傷の診断が可能となる。
【0065】
(9) コンピュータに、
転がり軸受にて発生する振動を、所定の振動伝達特性を有する共振部材を介して振動情報として取得する取得工程(例えば、S401)と、
前記振動情報を前記所定の振動伝達特性に対応する周波数帯域を通過させるバンドパスフィルタを用いてフィルタリングするフィルタリング工程(例えば、S402)と、
前記フィルタリング工程にてフィルタリングされた振動情報を用いて、前記転がり軸受の損傷診断を行う診断工程(例えば、S406)と、
を実行させるためのプログラム。
この構成によれば、より簡易な構成にて、精度良く転がり軸受の損傷の診断が可能となる。
【0066】
(10) 振動を検出する検出部(例えば、107)と、
所定の振動伝達特性を有する共振部材(例えば、106)と、
を備え、
前記検出部は、前記共振部材の前記所定の振動伝達特性により、測定対象からの振動のうちの所定の振動周波数が共振によって増幅された振動を検出する、振動センサ。
この構成によれば、所望の振動伝達特性を有する共振部材を用いて、目的とする周波数を増幅して診断に利用することが可能となる。
【符号の説明】
【0067】
100 軸受ユニット
101 転がり軸受
102 外輪
103 転動体(玉)
104 内輪
105 保持器
106 共振部材
106a 梁部
106b 支持部材
107 振動センサ
200 損傷診断装置
201 IF部
202 処理部
203 記憶部
204 UI部
205 通信部