(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024129435
(43)【公開日】2024-09-27
(54)【発明の名称】チタン材およびその製造方法ならびに部品
(51)【国際特許分類】
C22C 14/00 20060101AFI20240919BHJP
C22F 1/18 20060101ALI20240919BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240919BHJP
【FI】
C22C14/00 Z
C22F1/18 H
C22F1/00 624
C22F1/00 625
C22F1/00 673
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691B
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023038648
(22)【出願日】2023-03-13
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】橋本 翔太朗
(72)【発明者】
【氏名】森 健一
(57)【要約】
【課題】鏡面性が良好なチタン材を提供する。
【解決手段】隣接するα粒のc軸間の方位差が20°以下であるα粒の集合体で、円相当直径が50μm以上のものを、マイクロテクスチャとした場合、表層部の金属組織において、マイクロテクスチャの平均円相当直径が、300μm以下であり、一のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、一のマイクロテクスチャに隣接するα粒のc軸の平均方向とがなす角度を角度θとするとき、マイクロテクスチャの総面積に対し、前記角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率が15%以下であり、α粒の平均円相当直径が20μm以下である、チタン材。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
隣接するα粒のc軸間の方位差が20°以下であるα粒の集合体で、円相当直径が50μm以上のものを、マイクロテクスチャとした場合、
表層部の金属組織において、
マイクロテクスチャの平均円相当直径が、300μm以下であり、
一のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、前記一のマイクロテクスチャに隣接するα粒のc軸の平均方向とがなす角度を角度θとするとき、
マイクロテクスチャの総面積に対し、前記角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率が15%以下であり、
α粒の平均円相当直径が20μm以下である、チタン材。
【請求項2】
マイクロテクスチャの円相当直径の最大値が、300μm以下である、請求項1に記載のチタン材。
【請求項3】
前記チタン材の化学組成が、質量%で、
Al:4.4~6.75%、
Fe:0.05~2.5%、
O:0.05~0.25%、
V:0~4.5%、
Mo:0~5.5%、
残部:Tiおよび不純物である、α+β型チタン合金からなる、請求項1に記載のチタン材。
【請求項4】
前記チタン材の化学組成が、質量%で、
Al:4.4~6.75%、
Fe:0.05~2.5%、
O:0.05~0.25%、
V:0~4.5%、
Mo:0~5.5%、
残部:Tiおよび不純物である、α+β型チタン合金からなる、請求項2に記載のチタン材。
【請求項5】
棒材である、請求項1~4のいずれかに記載のチタン材。
【請求項6】
前記棒材は、長手方向に垂直な断面が円形状であり、
前記円の半径をrとしたときに、前記棒材の表面から径方向にr/2の深さ位置において、
マイクロテクスチャの平均円相当直径が、300μm以下であり、
一のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、前記一のマイクロテクスチャに隣接するα粒のc軸の平均方向とがなす角度を角度θとするとき、
マイクロテクスチャの総面積に対し、前記角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率が15%以下であり、
α粒の平均円相当直径が20μm以下である、請求項5に記載のチタン材。
【請求項7】
請求項1~4のいずれかに記載のチタン材を備える時計部品。
【請求項8】
請求項5に記載のチタン材を備える時計部品。
【請求項9】
請求項6に記載のチタン材を備える時計部品。
【請求項10】
請求項5に記載のチタン材の製造方法であって、
チタン鋳塊をβ単相域の温度に加熱し、総断面減少率が65%以上となる加工を行った後に300℃以下まで冷却し、チタン圧延素材とする第1の工程と、
前記チタン圧延素材を(Tβ-50)℃以上(Tβ+20)℃以下に加熱し、総断面減少率が75%以上となる孔型圧延を行い、その後、300℃以下まで冷却する第2の工程とを備え、
前記第2の工程は、複数のパスを含む圧延工程であり、各パスの断面減少率が25%以上45%以下であり、
前記孔型圧延は、1パス毎に断面を楕円形状と円形状とに交互にしながら圧下する加工であり、前記断面が楕円形状のとき、前記楕円の長軸と短軸の比が1.5以上であり、
楕円形状とするパスの際に、前記チタン圧延素材の長軸方向を軸として、30°以上90°以下で回転させて圧下する、チタン材の製造方法。
【請求項11】
請求項6に記載のチタン材の製造方法であって、
チタン鋳塊をβ単相域の温度に加熱し、総断面減少率が65%以上となる加工を行った後に300℃以下まで冷却し、チタン圧延素材とする第1の工程と、
前記チタン圧延素材を(Tβ-50)℃以上(Tβ+20)℃以下に加熱し、総断面減少率が75%以上となる孔型圧延を行い、その後、300℃以下まで冷却する第2の工程とを備え、
前記第2の工程は、複数のパスを含む圧延工程であり、各パスの断面減少率が25%以上45%以下であり、
前記孔型圧延は、1パス毎に断面を楕円形状と円形状とに交互にしながら圧下する加工であり、前記断面が楕円形状のとき、前記楕円の長軸と短軸の比が1.5以上であり、
楕円形状とするパスの際に、前記チタン圧延素材の長軸方向を軸として、30°以上90°以下で回転させて圧下する、チタン材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン材およびその製造方法ならびに部品に関する。
【背景技術】
【0002】
チタン材は、高い強度と優れた耐食性とを有するとともに、生体親和性に富んでいるため、時計、眼鏡といった装飾品の部品に採用されている。これらの部品は、線材、棒材や板材などの素材の形状に限定されるものではないが、一般的に棒材より切削、研磨することで製造される。例えば、チタン材の一つである、Ti-6Al-4V合金材は、時計の部品である、ベゼルに使用されている。
【0003】
ベゼルは、時計の文字盤にあるリング状の部品であり、デザインの観点から、鏡面状態に研磨される、いわゆる鏡面仕上げが行われることがある。このため、このような装飾品の用途のチタン材には、良好な鏡面状態に研磨できる、すなわち良好な鏡面性が、要求されることがある。例えば、特許文献1~4には、鏡面性を向上させたチタン材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012-112017号公報
【特許文献2】特開2013-7063号公報
【特許文献3】特開平2-258960号公報
【特許文献4】国際公開第99/37827号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、チタン材を構成する相の構造の違い、硬さの違い等に起因して、良好な鏡面性を得ることができない場合がある。そして、上記特許文献1~4に開示されたチタン材は、金属組織を微細組織に制御することで、鏡面性を改善しているが、鏡面性について、さらなる改善の余地がある。
【0006】
本発明は、上記課題を解決し、鏡面性が良好なチタン材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のチタン材およびその製造方法ならびに部品を要旨とする。
【0008】
(1)隣接するα粒のc軸間の方位差が20°以下であるα粒の集合体で、円相当直径が50μm以上のものを、マイクロテクスチャとした場合、
表層部の金属組織において、
マイクロテクスチャの平均円相当直径が、300μm以下であり、
一のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、前記一のマイクロテクスチャに隣接するα粒のc軸の平均方向とがなす角度を角度θとするとき、
マイクロテクスチャの総面積に対し、前記角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率が15%以下であり、
α粒の平均円相当直径が20μm以下である、チタン材。
【0009】
(2)マイクロテクスチャの円相当直径の最大値が、300μm以下である、上記(1)に記載のチタン材。
【0010】
(3)前記チタン材の化学組成が、質量%で、
Al:4.4~6.75%、
Fe:0.05~2.5%、
O:0.05~0.25%、
V:0~4.5%、
Mo:0~5.5%、
残部:Tiおよび不純物である、α+β型チタン合金からなる、上記(1)または(2)に記載のチタン材。
【0011】
(4)棒材である、上記(1)~(3)のいずれかに記載のチタン材。
【0012】
(5)前記棒材は、長手方向に垂直な断面が円形状であり、
前記円の半径をrとしたときに、前記棒材の表面から径方向にr/2の深さ位置において、
マイクロテクスチャの平均円相当直径が、300μm以下であり、
一のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、前記一のマイクロテクスチャに隣接するα粒のc軸の平均方向とがなす角度を角度θとするとき、
マイクロテクスチャの総面積に対し、前記角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率が15%以下であり、
α粒の平均円相当直径が20μm以下である、上記(4)に記載のチタン材。
【0013】
(6)上記(1)~(5)のいずれかに記載のチタン材を備える時計部品。
【0014】
(7)上記(4)または(5)に記載のチタン材の製造方法であって、
チタン鋳塊をβ単相域の温度に加熱し、総断面減少率が65%以上となる加工を行った後に300℃以下まで冷却し、チタン圧延素材とする第1の工程と、
前記チタン圧延素材を(Tβ-50)℃以上(Tβ+20)℃以下に加熱し、総断面減少率が75%以上となる孔型圧延を行い、その後、300℃以下まで冷却する第2の工程とを備え、
前記第2の工程は、複数のパスを含む圧延工程であり、各パスの断面減少率が25%以上45%以下であり、
前記孔型圧延は、1パス毎に断面を楕円形状と円形状とに交互にしながら圧下する加工であり、前記断面が楕円形状のとき、前記楕円の長軸と短軸の比が1.5以上であり、
楕円形状とするパスの際に、前記チタン圧延素材の長軸方向を軸として、30°以上90°以下で回転させて圧下する、チタン材の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、鏡面性が良好なチタン材を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、チタン材の鏡面性を向上させるべく検討を行い、以下の(a)および(b)の知見を得た。
【0017】
(a)微細な金属組織を有する場合であっても、鏡面性が低下することがある。この要因の一つとして、本発明者らは、局所的に結晶方位の近い結晶粒の集合体であるマイクロテクスチャが形成することに着目した。粗大なマイクロテクスチャが形成すると、マイクロテクスチャの周囲に形成した結晶粒との方位の違いに起因して、研磨の際、凹凸が生じ、粗大かつ平滑に研磨されたマイクロテクスチャ内部との差が顕在化する。この結果、鏡面性が低下する。従って、鏡面性を向上させるためには、粗大なマイクロテクスチャを低減する、すなわち、粗大なマイクロテクスチャ自体を低減することが有効である。
【0018】
(b)加えて、マイクロテクスチャと、その周囲に形成した結晶粒との間の方位差を低減することも有効である。上記方位差が大きな場合、研磨の際、凹凸の差が生じるからである。このように、チタン材の金属組織、特に、マイクロテクスチャを上述したような微細でかつ、周囲の粒との方位差が小さい組織とすることで、鏡面性を向上できる。
【0019】
本発明のチタン材の一実施形態は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本実施形態のチタン材の各要件について詳しく説明する。
【0020】
1.金属組織
マイクロテクスチャ
表層部の金属組織において、局所的に結晶方位の近い結晶粒の集合体であるマイクロテクスチャが粗大になると、周囲に形成した結晶粒との方位の違いに起因して、研磨の際、凹凸が生じ、平滑に研磨されたマイクロテクスチャ内部との差が顕在化する。この結果、鏡面性が低下する。このため、本実施形態のチタン材は、表層部の粗大なマイクロテクスチャの形成を抑制する。
【0021】
ここで、マイクロテクスチャとは、隣接するα粒(α相の結晶粒)のc軸間の方位差が20°以下であるα粒の集合体で、円相当直径が50μm以上のものをいう。なお、隣接するα粒(α相の結晶粒)のc軸間の方位差が20°を超える場合、集合体として一体で変形しにくくなる。また、円相当直径が50μm未満のものは、鏡面性に大きな影響を及ぼさない。このため、マイクロテクスチャの定義を上述したものとした。
【0022】
マイクロテクスチャの平均円相当直径および円相当直径の最大値
表層部の金属組織において、マイクロテクスチャの平均円相当直径は、300μm以下とする。マイクロテクスチャの平均円相当直径が、300μmを超えていると、マイクロテクスチャが粗大に成長しすぎており、鏡面性が低下する。このため、上記マイクロテクスチャの平均円相当直径は、300μm以下とし、250μm以下とするのが好ましく、200μm以下とするのがより好ましい。
【0023】
なお、マイクロテクスチャの円相当直径の最大値も、300μm以下とするのが好ましい。マイクロテクスチャの円相当直径の最大値が300μmを超えると、マイクロテクスチャが粗大に成長しすぎており、鏡面性が低下しやすくなるからである。マイクロテクスチャの円相当直径の最大値は、280μm以下とするのがより好ましく、230μm以下とするのがさらに好ましい。
【0024】
マイクロテクスチャの方位
鏡面性を向上させる上で、粗大なマイクロテクスチャを抑制するだけでなく、マイクロテクスチャと、その周囲に形成した結晶粒との間の方位差を低減することも有効である。このような組織制御により、研磨の際、凹凸の発生を抑制できるからである。
【0025】
そこで、表層部の金属組織において、一のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、そのマイクロテクスチャに隣接するα粒のc軸の平均方向とがなす角度を角度θとするとき、マイクロテクスチャの総面積に対し、角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率を15%以下とする。なお、角度θが45°未満である場合、マイクロテクスチャと、その周囲に形成した結晶粒との間の方位差が十分小さく、凹凸の差は小さい。つまり、その面積率が15%以下であれば、凹凸の差が顕在化せず、鏡面性への影響を無視できる。
【0026】
角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率が15%を超えると、鏡面性が低下する。このため、上記面積率は、15%以下とする。上記面積率は、10%以下とするのが好ましく、8%以下とするのがより好ましい。上記面積率は、極力低減するのが好ましく、最も好ましくは、0%である。なお、上述した角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率とは、観察される全てのマイクロテクスチャの面積を100%とした場合の面積率である。
【0027】
α粒の平均円相当直径
表層部の金属組織において、α粒の平均円相当直径は、20μm以下とする。α粒の平均円相当直径が20μmを超えると、必然的に、マイクロテクスチャの平均円相当直径も粗大になり、鏡面性が低下するからである。α粒の平均円相当直径は、16μm以下とするのが好ましく、10μm以下とするのがより好ましい。
【0028】
なお、鏡面性は、表面付近、すなわち、表層部の金属組織に影響を受ける。このため、表層部の金属組織、特に、マイクロテクスチャおよびα粒が、上記の要件を満足する必要がある。ここで、表層部とは、表面からの深さが100μm位置の組織のことをいう。なお、表面からの深さ位置が、本実施形態の要件を満足すれば、表面から100μmの深さ位置より浅い位置でも、本実施形態の要件を満足していると言える。なお、上記の深さ位置については、±5%以内であれば、深さ方向の位置で誤差を含んでもよい。均一に平面的に研磨することが難しい場合があるからである。
【0029】
加えて、表層部だけでなく、内部の金属組織も、上記の要件を満足するのが好ましい。これにより、チタン材のどの位置から部品を製造したとしても、鏡面性に優れる部品を歩留りよく製造できるからである。従って、例えば、断面が円形状の棒材の場合、円の半径をrとしたときに、棒材の表面から径方向にr/2の深さ位置において、マイクロテクスチャの平均円相当直径が、300μm以下であるのが好ましい。また、上記位置において、一のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、一のマイクロテクスチャに隣接するα粒のc軸の平均方向とがなす角度を角度θとするとき、マイクロテクスチャの総面積に対し、角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率が15%以下であるのが好ましい。さらに、上記位置において、α粒の平均円相当直径が20μm以下であるのが好ましい。なお、歩留りという面より、棒材の表面から径方向にr/2以下の深さが上記組織を満足すれば、棒材は、どの位置から部品を製造したとしても、鏡面性に優れる部品を製造できる均質な材料と判断する。さらに、内部から切削により部品を製造する場合、棒材の半分以上となる多くの部分を使用せず、歩留りが大幅に低下する。その場合、より適切な形状かつ断面積の棒材を製造することとなる。
【0030】
上記の棒材の表面から径方向にr/2の深さ位置の結晶組織は等軸組織であることが一般的である。それ以外の位置の結晶組織は、針状組織、等軸組織、針状αと等軸αの混合した組織のいずれかの結晶組織であり、等軸組織である場合が多い。
【0031】
組織の観察
上述した金属組織の観察は、走査型電子顕微鏡(以下、「SEM」ともいう。)に付属するEBSD(電子線後方散乱回折;Electron Backscatter Diffraction)装置を用いて、以下の手順で測定すればよい。
【0032】
チタン材の表層部または内部で、縦3mm×横3mmの矩形の領域を観察領域とする。例えば、表層部であれば、表面から深さ100μm位置の平面が観察面となるように、試料を作製すればよい。棒材の内部組織、例えば、表面から径方向にr/2の深さ位置の組織を観察する場合、この位置の長手方向に平行な断面を観察面とするような試料を作製すればいい。
【0033】
測定間隔は2.0μm、加速電圧15kVで、EBSDを用いて方位を測定する。得られた測定結果を、OIM(株式会社 TSLソリューションズ製の結晶方位解析ソフト)を用いて解析する。この際、α相のみを対象とするPartitonを作成し、解析の対象とする。なお、通常、マイクロテクスチャの周囲全てがβ粒に隣接されることは考えにくいため、α粒のみを対象とすれば十分である。
【0034】
そして、隣り合うEBSD測定点の結晶方位の角度差(ミスオリエンテーション角)を15°以上としてα粒を決定し、そのα粒の測定点数から各α粒の円相当直径を算出し、α粒の平均円相当直径を算出する。また、得られた測定結果(オイラー角ph1,PH,ph2)から、隣り合うEBSD測定点のc軸方位差を求め、c軸方位差が20°以下で、かつその円相当直径が50μm以上である場合を、マイクロテクスチャとする。マイクロテクスチャと判断された集合体について、平均円相当直径および円相当直径の最大値を算出する。
【0035】
さらに、一つのマイクロテクスチャを構成する複数のα粒のc軸の平均方向と、当該マイクロテクスチャを取り囲むように隣接するα粒のc軸の平均方向とがなす角度(角度θ)を算出する。そして、観察領域における全てのマイクロテクスチャに対して、同様の処理を行い、角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率を算出する。
【0036】
2.チタン材の種類
本実施形態のチタン材の種類は、特に、限定されない。例えば、工業用純チタン、またはチタン合金であればよい。
【0037】
工業用純チタンとは、意図的に添加した元素を含まず、不純物とTiとからなるチタン材であり、通常、Ti含有量は、98質量%以上となる。なお、工業用純チタンとは、JIS規格の1種~4種(JIS H4600、H4650、H4670)およびこれらに対応するASTM規格のGrade1~4で規定される工業用純チタンを含む。また、チタン合金とは、通常、Tiを70質量%以上含む合金である。
【0038】
チタン合金として、α型チタン合金、α+β型チタン合金またはβ型チタン合金がある。なお、α型チタン合金には、例えば、高耐食性合金(JIS規格の11種~13種、17種、19種~22種、およびASTM規格のGrade7、11~14、31、34で規定されるチタン合金等)がある。一般的には、強度が高い程、鏡面性は、向上するが、例えば、複数の相が混在する組織の場合、相ごとで研磨の仕上がりが異なるため、鏡面性が低下しやすくなる。α+β型チタン合金は、強度と延性とのバランスが良好で時計等の装飾品に、よく用いられている一方、hcp構造のα相と、bcc構造のβ相とを含むため、鏡面性は、低下しやすい。このため、通常、鏡面性が低下しやすいα+β型合金の化学組成で、本実施形態のチタン材を製造するのが、より効果的である。
【0039】
なお、α+β型合金において、β相は延性に優れるが、α相との加工性の差により研磨後の表面に凹凸が発生してしまう。このため、表面凹凸の発生を抑制する観点から、β相は少ないほうが好ましい。一方で、β相が少量存在する場合、加工熱処理時に均一かつ微細な結晶粒径を得ることができる。このような観点から、チタン材のβ相の割合(金属組織全体に対する)は、面積率で、50%未満であるのが好ましく、30%以下であるのがより好ましく、20%以下であるのがさらに好ましい。なお、β相の面積率の下限は、特に限定されないが、延性等の観点から例えば、3%以上であるのがよい。すなわち、例えば、常温(25℃)で、α相を主相とし、β相を第2相とするようなα+β型チタン合金であるのが好ましい。
【0040】
なお、α+β型合金の化学組成は、特に、限定されないが、例えば、質量%で、Al:4.4~6.75%、Fe:0.05~2.5%、O:0.05~0.25%、V:0~4.5%、Mo:0~5.5%、残部:Tiおよび不純物であるのが好ましい。
【0041】
より好ましくは、質量%で、Al:5.50~6.75%、V:3.5~4.5%、Fe:0.05~0.40%、O:0.05~0.25%を含有し、残部:Tiおよび不純物である(通常、「Ti-6Al-4V」とも呼ばれる。)。また、より好ましくは、質量%で、Al:4.4~5.5%、Fe:1.4~2.5%、Mo:1.5~5.5%、O:0.05~0.25%、残部:Tiおよび不純物である(通常、「Ti-5Al-2Fe-3Mo」とも呼ばれる。)。このTi-6Al-4VおよびTi-5Al-2Fe-3Moのチタン材は、950MPa以上の引張強さを有するため、例えば、疲労特性を向上させたいときに好適である。
【0042】
なお、上記チタン合金に含まれる一般的な不純物として、N、C、H等があり、その含有量は、N:0.08質量%以下、C:0.08質量%以下、H:0.015質量%以下であれば、含有してもよい。上記以外の元素として、例えば、Ni、Cr、Mn、Nb、Cuがある。これら元素の含有量は、それぞれ0.1%以下であるとともに、合計の含有量が0.3%未満であるのが好ましい。
【0043】
3.チタン材の形状
本実施形態のチタン材の形状は、線材、棒材や板材などの素材の形状に限定されるものではないが、一般的に棒材より切削、研磨により製造される。ここでは、線材を含めて、棒材と呼称する。棒材の(長手方向の垂直断面での)断面積は7900mm2以下が好ましく、5200mm2以下が更に好ましい。下限は0.78mm2以上が好ましい。
【0044】
4.部品
本実施形態のチタン材は、装飾品の部品等、鏡面性が要求される部品に好適である。例えば、時計部品である、ベゼル等の素材として、好適である。例えば、ベゼルの一部または全部に、本実施形態のチタン材を用いてもよい。
【0045】
5.製造方法
本実施形態のチタン材は、例えば、以下のような製造方法により、安定して製造することができる。なお、説明を簡略化する観点から、以下では、棒材の場合を例にとり、説明する。
【0046】
5-1.第1の工程
所望する化学組成に調整したチタン素材の鋳塊(以下、単に、「チタン鋳塊」と記載する。)を製造する。なお、チタン鋳塊の製造方法は、特に、限定されないが、例えば、真空アーク溶解法(VAR:Vacuum Arc Remelting)または電子ビーム溶解法(EBR:Electron Beam Remelting)により製造すればよく、この際、所望する大きさとすればよい。
【0047】
得られたチタン鋳塊を、金属組織がβ単相域となるような温度に加熱し、総断面減少率が65%以上となる加工を行った後に300℃以下まで冷却する。この工程を第1の工程と呼び、第1の工程を経た後のチタン鋳塊を、チタン圧延素材とする。第1の工程において、加工の際の加熱温度がβ単相域となる温度より低い温度であると、例えば、β粒(β相の結晶粒)等を微細化できない。このため、上記加熱温度は、β単相域となるような温度とする。
【0048】
また、第1の工程における加工方法は、特に、限定されないが、例えば、圧延、または鍛造が一般的である。加えて、加工の際の総断面減少率は、65%未満であると、粗大な組織が残存してしまい、次工程で割れの原因となる。このため、上記総断面減少率は、65%以上とする。上述した加工の後、300℃以下まで冷却する。冷却は、急冷で行うことが好ましい。急冷は、十分な冷却速度で行う必要があり、十分な量の水にチタン圧延素材を浸漬することで行う水冷が一般的である。水冷相当以上の冷却速度が得られる場合、その手段を用いてもよい。この冷却により、金属組織を微細にできる。なお、上述した冷却の後に、必要に応じて、所望する形状を整えるために、切削加工を行ってもよい。
【0049】
5-2.第2の工程
第1の工程の後、チタン圧延素材を、(Tβ-50)℃以上(Tβ+20)℃以下に加熱し、総断面減少率が75%以上となる孔型圧延を行い、その後、300℃以下まで冷却する。この工程を第2の工程と呼ぶ。第2の工程における加熱温度が、(Tβ-50)℃未満であると、加工性が低下して割れが発生する場合がある。このため、上記加熱温度は、(Tβ-50)℃以上とする。一方、上記加熱温度が(Tβ+20)℃超であると、α粒自体が粗大になる結果、マイクロテクスチャも粗大になる。このため、上記加熱温度は、(Tβ+20)℃以下とする。
【0050】
上記加熱温度の範囲に加熱し、孔型圧延を行う。この際の総断面減少率は、75%以上とする。孔型圧延の際の総断面減少率が、75%未満であると、圧延時に導入されるひずみ量が少なく、マイクロテクスチャを微細にできない。この結果、粗大なマイクロテクスチャが残存する組織となる。このため、上記総断面減少率は、75%以上とする。なお、孔型圧延後には、熱延後の直径に対して10%以下であれば、外周部を切削してもよい。この場合、総断面減少率は、切削後の直径から算出すればよい。
【0051】
また、通常の圧延と同様、孔型圧延でも、上下一対の圧延ロールを有する圧延機が、連続的に複数設置され、圧延がされる。ここで、一つの圧延機のロール対の間をチタン圧延素材が通過し圧延されることを1パスと呼ぶ。従って、孔型圧延は複数のパスを含む圧延工程である。
【0052】
各パス(1パス当たり)の断面減少率が、25%未満であると、導入されるひずみ量が少なく、マイクロテクスチャを微細にできない。一方、各パスの断面減少率が、45%を超えると、割れ、ボイド等が発生しやすくなる。このため、各パスの断面減少率が、25%以上45%以下とする。
【0053】
ここで、上述した上下の圧延ロール対には、それぞれ、溝が設けられている。圧延方向に垂直な面から、一対の圧延ロールを見ると、上下圧延ロールの溝が合わさり、孔型の形状が形成される。この溝を、チタン圧延素材が通過することで、断面が所望する形状にされる。
【0054】
そして、孔型圧延は、1パス毎に断面を楕円形状(オーバル)と円形状(ラウンド)とに交互にしながら、圧下する加工である。そして、楕円形状に圧下するすべてのパスにおいて、楕円の長軸と短軸の比が、1.5以上とする。上述した長軸と短軸との比が、1.5以上とすることで、長手方向のみならず、周方向または径方向にもひずみを導入でき、パス毎に安定となる結晶方位を適宜変化させることができる。この結果、マイクロテクスチャを微細化できる。なお、孔型圧延以外の方法で、上述した長軸と短軸との比を1.5以上とすることは難しい。円形状の場合、長軸と短軸との比が、1.1以下となる。
【0055】
さらに、楕円形状とするパスの際に、チタン圧延素材の長軸方向(長手方向)を軸として、30°以上90°以下で回転させて圧下する。このように回転させて圧下することで、チタン圧延素材のマイクロテクスチャを微細化できる。このような孔型圧延の後、300℃以下まで冷却し、微細な組織を得る。冷却は、第1の工程と同様に行うのが好ましい。なお、上記第2の工程の後に、必要に応じて、ひずみ除去、組織安定化等を目的とした熱処理(焼鈍)を行ってもよい。また、第1の工程および第2の工程における加熱温度は、炉内の温度のことを示している。なお、上述したように、第1の工程および第2の工程の後に、表面を切削してもよい。
【0056】
以下、実施例によって本発明に係るチタン材をより具体的に説明するが、本実施形態のチタン材はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0057】
真空アーク溶解法(VAR)にて、表1に示す化学組成を有する直径400mmの円柱状のチタン鋳塊を製造した。
【0058】
【0059】
得られたチタン鋳塊に対し、表2に示す条件で、第1の工程を行った後、300℃以下まで冷却し、さらに第2の工程を行った後、300℃以下まで冷却した。なお、オーバルの際の長軸と短軸との比および各パスの断面減少率は、全てのパスで同一とした。次いで、熱延後の直径に対して1~5%の外周部を切削し、表2に記載する直径の断面が円形状のチタン棒材とした。
【0060】
【0061】
得られたチタン棒材について、表層部および1/2r位置の金属組織を観察し、マイクロテクスチャの平均円相当直径および円相当直径の最大値、角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率、α粒の平均円相当直径を、以下の方法で、算出した。また、チタン棒材の鏡面性についても、以下の手順で評価した。
【0062】
(組織観察)
金属組織の観察は、走査型電子顕微鏡(以下、「SEM」ともいう。)に付属するEBSD(電子線後方散乱回折;Electron Backscatter Diffraction)装置を用いて行った。
【0063】
チタン棒材の表層部または内部で、長手方向の平行断面にて縦3mm×横3mmの矩形の領域を観察領域とする試料を研磨して作製した。表層部を観察する試料では、表面から100μm位置の平面が観察面となるように、試料を作製した。また、表面から径方向にr/2の深さ位置の組織を観察する試料では、上記位置の断面が観察面となるような試料を作製した。
【0064】
この試料について、測定間隔は2.0μm、加速電圧15kVで、EBSDで、方位を測定した。得られた測定結果を、OIM(株式会社 TSLソリューションズ製の結晶方位解析ソフト)を用いて解析した。この際、α相のみを対象とするPartitonを作成し、解析の対象とした。
【0065】
そして、隣り合うEBSD測定点の結晶方位の角度差(ミスオリエンテーション角)を15°以上としてα粒を決定し、そのα粒の測定点数から各α粒の円相当直径を算出し、α粒の平均円相当直径を算出した。また、得られた測定結果(オイラー角ph1,PH,ph2)から、隣り合うEBSD測定点のc軸方位差を求め、c軸方位差が20°以下で、かつその円相当直径が50μm以上である場合を、マイクロテクスチャとした。マイクロテクスチャと判断された集合体について、平均円相当直径および円相当直径の最大値を算出した。なお、マイクロテクスチャは、その円相当直径が最大になるように、決定した。
【0066】
さらに、一つのマイクロテクスチャを構成する複数のα粒のc軸の平均方向と、当該マイクロテクスチャを取り囲むように隣接するα粒のc軸の平均方向とがなす角度(角度θ)を算出した。そして、観察領域における全てのマイクロテクスチャに対して、同様の処理を行い、角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率を算出した。
【0067】
(鏡面性)
チタン棒材をエポキシ樹脂に埋込み、表面から研磨を行い、研磨紙の粗い番手から細かい番手へと順に湿式研磨を行った。続いて、乾式でのバフ研磨仕上げし、鏡面仕上げとした。鏡面仕上げとしたチタン棒材について、DOI(「Distinctness of Image」ともいう。)を測定した。DOIは、写像性を表すパラメータであり、鏡面性を示す指標となる。鏡面性はDOIが高いほど、鏡面性が良好であり、本願では、DOIが60以上であれば鏡面性に優れると判断した。なお、径方向にr/2深さ位置についても、当該位置の面を出した後、研磨を行い、同様に、DOIを測定した。
【0068】
DOI測定はASTM D 5767に準拠し、入射光の角度は20°で行った。また、Rhopoint Instruments社製アピアランスアナライザーRhopoint IQ Flex20を用いて測定した。以下、結果を纏めて、表3に示す。
【0069】
【0070】
本実施形態の要件を満足するNo.1~7は、鏡面性が良好であった。一方、本実施形態の要件を満足しないNo.8~13は、鏡面性が不良であった。
【0071】
No.8は、第2の工程の総断面減少率が低かったため、所望するマイクロテクスチャおよびα粒が形成せず、鏡面性が低下した。No.9は、第2の工程の各パスの断面減少率が低かったため、所望するマイクロテクスチャおよびα粒が形成せず、鏡面性が低下した。No.10および14は、第2の工程において、オーバルで、圧下する際の長軸と短軸の比が小さかったため、所望するマイクロテクスチャおよびα粒が形成せず、鏡面性が低下した。
【0072】
No.11および15は、第2の工程において、長軸方向の回転を行わなかったため、所望するマイクロテクスチャおよびα粒が形成せず、鏡面性が低下した。No.12は、断面形状が、ラウンドのみの圧延を行ったため、所望するマイクロテクスチャおよびα粒が形成せず、鏡面性が低下した。No.13は、断面形状が、オーバルのみの圧延を行ったため、所望するマイクロテクスチャおよびα粒が形成せず、鏡面性が低下した。