(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024129436
(43)【公開日】2024-09-27
(54)【発明の名称】チタン材
(51)【国際特許分類】
C22C 14/00 20060101AFI20240919BHJP
C22F 1/18 20060101ALN20240919BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240919BHJP
【FI】
C22C14/00 Z
C22F1/18 H
C22F1/00 624
C22F1/00 630G
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 684C
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023038649
(22)【出願日】2023-03-13
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】橋本 翔太朗
(72)【発明者】
【氏名】森 健一
(72)【発明者】
【氏名】岳辺 秀徳
(57)【要約】
【課題】Dwell疲労特性を向上させたチタン材を提供する。
【解決手段】隣接するα粒のc軸間の方位差が20°以下であるα粒の集合体で、円相当直径が50μm以上のものを、マイクロテクスチャとした場合、表層部の金属組織において、二つのマイクロテクスチャ同士が隣接し、二つのマイクロテクスチャのうち一方のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、他方のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向とが70°以上であるときに、二つのマイクロテクスチャの合計円相当直径が、430μm以下であり、α粒の平均円相当直径が20μm以下である、チタン材。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
隣接するα粒のc軸間の方位差が20°以下であるα粒の集合体で、円相当直径が50μm以上のものを、マイクロテクスチャとした場合、
表層部の金属組織において、
二つのマイクロテクスチャ同士が隣接し、前記二つのマイクロテクスチャのうち一方のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、他方のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向とが70°以上であるときに、
前記二つのマイクロテクスチャの合計円相当直径が、430μm以下であり、
α粒の平均円相当直径が20μm以下である、チタン材。
【請求項2】
前記チタン材の化学組成が、質量%で、
Al:4.4~6.75%、
Fe:0.05~2.5%、
O:0.05~0.25%、
V:0~4.5%、
Mo:0~5.5%、
残部:Tiおよび不純物である、α+β型チタン合金からなる、請求項1に記載のチタン材。
【請求項3】
棒材である、請求項1または2に記載のチタン材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン材に関する。
【背景技術】
【0002】
チタン材は、軽量でかつ高強度の材料であり、航空機、自動車、ゴルフクラブ等の部品に使用されている。上述した部品の中でも、自動車用の高速回転部品、例えば、モータースリーブに使用される場合、Dwell疲労特性が要求される。
【0003】
Dwell疲労とは、降伏応力に近い高い応力負荷の状態が一定時間継続する疲労のことをいう。通常の疲労では、一般的な三角波あるいは正弦波の負荷サイクルで、評価がされる。一方、Dwell疲労の場合、台形波型の負荷サイクルで評価され、一般に、通常の疲労現象の場合と比較して高い応力が長く作用し、少ないサイクル数で破断が生じる。
【0004】
チタン材は、Dwell疲労が生じる環境下で、破壊が進展しやすくなる。そのため、Dwell疲労の向上が求められていた。そこで、例えば、特許文献1および2には、Dwell疲労特性を向上させたチタン材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-167448号公報
【特許文献2】特開2021-167449号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1および2に開示されたチタン材は、マイクロテクスチャと呼ばれる局所的に結晶方位の近い結晶粒の集合体の大きさを制御し、Dwell疲労特性を向上させている。しかしながら、近年、自動車でも、エンジンの燃費性向上およびモータの高出力化が進行しており、さらに、高い応力負荷の状態が継続する環境下にあり、より優れたDwell疲労特性が求められている。
【0007】
以上を踏まえ、本発明は、Dwell疲労特性を向上させたチタン材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のチタン材および製造方法を要旨とする。
【0009】
(1)隣接するα粒のc軸間の方位差が20°以下であるα粒の集合体で、円相当直径が50μm以上のものを、マイクロテクスチャとした場合、
表層部の金属組織において、
二つのマイクロテクスチャ同士が隣接し、前記二つのマイクロテクスチャのうち一方のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、他方のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向とが70°以上であるときに、
前記二つのマイクロテクスチャの合計円相当直径が、430μm以下であり、
α粒の平均円相当直径が20μm以下である、チタン材。
【0010】
(2)前記チタン材の化学組成が、質量%で、
Al:4.4~6.75%、
Fe:0.05~2.5%、
O:0.05~0.25%、
V:0~4.5%、
Mo:0~5.5%、
残部:Tiおよび不純物である、α+β型チタン合金からなる、上記(1)に記載のチタン材。
【0011】
(3)棒材である、上記(1)または(2)に記載のチタン材。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、Dwell疲労特性を向上させたチタン材を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、チタン材のDwell疲労特性について検討を行い、以下の(a)~(d)の知見を得た。
【0014】
(a)上述したマイクロテクスチャは、隣接するα粒のc軸間の方位差が20°以下であるα粒の集合体であり、少なくともDwell疲労特性に関して、一つのα粒として振舞い、マイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向の影響を受ける。
【0015】
(b)α粒径とともに、上述したマイクロテクスチャの大きさを微細にすることで、Dwell疲労特性を向上させることができる。しかしながら、マイクロテクスチャが複数存在する場合、同程度の円相当直径からなるマイクロテクスチャでも短寿命となる場合があり、Dwell疲労特性をさらに向上させることが困難であった。そして、その原因が、特定の方位関係をなして、隣接する一対のマイクロテクスチャに起因し、早期の破壊に至ることを突き止めた。
【0016】
(c)すなわち、二つのマイクロテクスチャのうち一方のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、他方のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向とが70°以上の場合、早期の破壊に至る。なお、マイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と作用する応力方向のなす角度φと変形抵抗には相関があり、角度φが0°に近いほど変形が困難であり、90°に近いほど変形が容易である。c軸の平均方向の違いが70°以上であると、変形能の違いから生じる応力分配が大きくなり、早期の破壊に至ると考えられる。c軸の平均方向の違いの上限は90°であり、90°に近いほど早期に破壊すると考える。
【0017】
(d)このような二つのマイクロテクスチャの合計円相当直径が430μmを超える場合、早期の破壊に至る。このため、上記合計円相当直径は430μm以下とする。
【0018】
本発明の一実施形態は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本実施形態のチタン材の各要件について詳しく説明する。
【0019】
1.金属組織
マイクロテクスチャ
本実施形態のチタン材では、マイクロテクスチャの組織制御を行うことで、Dwell特性を向上させる。ここで、マイクロテクスチャとは、隣接するα粒(α相の結晶粒)のc軸間の方位差が20°以下であるα粒の集合体で、円相当直径が50μm以上のものをいう。
【0020】
隣接するα粒(α相の結晶粒)のc軸間の方位差が20°を超える場合、集合体として一体で変形しにくくなる。また、円相当直径が50μm未満のものは、Dwell特性に大きな影響を及ぼさない。このため、マイクロテクスチャのテクスチャの定義を上述したものとした。なお、上記c軸とは、hcp構造における底面に対して、垂直な方向のことをいう。
【0021】
本実施形態のチタン材の金属組織は、表層部の金属組織のマイクロテクスチャを制御する。ここで、表層部とは、表面からの深さが100μm位置の組織のことをいう。なお、表面から100μmの深さ位置が、本実施形態の要件を満足すれば、表面から100μmの深さ位置より浅い位置でも、本実施形態の要件を満足していると言える。このため、本実施形態のチタン材では、表面から100μmの深さ位置で金属組織を観察する。また、Dwell疲労を含めた疲労特性に関しては、一般的に最大応力が作用することが多い表面を含めた表層部にて、疲労破壊の起点が発生すると考えられる。このため、表面を含めた表層部を対象とする。なお、上記の深さ位置については、±5%以内であれば、深さ方向の位置で誤差を含んでもよい。均一に平面的に研磨が難しい場合があるからである。
【0022】
そして、表層部の金属組織において、二つのマイクロテクスチャ同士が隣接し、二つのマイクロテクスチャのうち一方のマイクロテクスチャを構成する複数のα粒のc軸の平均方向と、他方のマイクロテクスチャを構成する複数のα粒のc軸の平均方向とが70°以上であるときに、上記二つのマイクロテクスチャの合計円相当直径が430μm以下とする。なお、合計円相当直径とは、上記二つのマイクロテクスチャの断面積を算出し、その断面積から、算出される円相当直径のことである。すなわち、上記二つのマイクロテクスチャを一つの集合体と考えたときに算出される円相当直径のことである。
【0023】
c軸の平均方向の差が大きい上述したような二つのマイクロテクスチャの合計円相当直径を、説明のため、ペア円相当直径として記載する。このペア円相当直径が430μmを超えると、二つのマイクロテクスチャ間での応力分配が大きくなり、Dwell疲労特性が低下する。このため、ペア円相当直径は、430μm以下とし、400μm以下とするのが好ましく、380μm以下とするのがより好ましい。なお、ペア円相当直径の下限は、特に、限定されないが、通常、50μm以上である。
【0024】
α粒の平均円相当直径
α粒の平均円相当直径は、20μm以下とする。α粒の平均円相当直径が20μmを超えると、必然的に、マイクロテクスチャの平均円相当直径も粗大になる。この結果、マイクロテクスチャとその周囲の結晶粒との方位の違いに起因し、応力分配が大きくなり、疲労き裂が発生しやすくなる。すなわち、Dwell疲労特性が低下する。このため、α粒の平均円相当直径は、20μm以下とする。α粒の平均円相当直径は、16μm以下とするのが好ましく、10μm以下とするのがより好ましい。
【0025】
なお、マイクロテクスチャの平均円相当直径は、300μm以下とするのが好ましく、250μm以下とするのがより好ましい。また、鏡面性を含めた研磨性等を考慮した場合、上記要件に加え、以下の要件を満足するのが好ましい。具体的には、一のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、一のマイクロテクスチャに隣接するα粒のc軸の平均方向とがなす角度を角度θとするとき、マイクロテクスチャの総面積に対し、角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率が15%以下であるのが好ましい。
【0026】
組織の観察
上述した金属組織の観察は、走査型電子顕微鏡(以下、「SEM」ともいう。)に付属するEBSD(電子線後方散乱回折;Electron Backscatter Diffraction)装置を用いて、以下の手順で測定すればよい。
【0027】
チタン材の表層部で、縦3mm×横3mmの矩形の領域を観察領域とする。表層部の観察では、表面から深さ100μm位置の平面が観察面となるように、試料を作製すればよい。なお、Dwell疲労を含めた疲労特性に関しては、作用する最大応力に対して垂直な面での測定が好ましい。その上で、作用する応力の方向は使用環境や試験方法に依存するため、最大応力が作用することが多い表面を含めた表層部にて疲労破壊の起点が発生すると考え、表層部に平行な観察面とした。
【0028】
測定間隔は2.0μm、加速電圧15kVで、EBSDを用いて方位を測定する。得られた測定結果を、OIM(株式会社 TSLソリューションズ製の結晶方位解析ソフト)を用いて解析する。この際、α相のみを対象とするPartitonを作成し、解析の対象とする。なお、通常、マイクロテクスチャの周囲全てがβ粒に隣接されることは考えにくいため、α粒のみを対象とすれば十分である。
【0029】
そして、隣り合うEBSD測定点の結晶方位の角度差(ミスオリエンテーション角)を15°以上としてα粒を決定し、そのα粒の測定点数から各α粒の円相当直径を算出し、α粒の平均円相当直径を算出する。また、得られた測定結果(オイラー角ph1,PH,ph2)から、隣り合うEBSD測定点のc軸方位差を求め、c軸方位差が20°以下で、かつその円相当直径が50μm以上である場合を、マイクロテクスチャと判定する。
【0030】
マイクロテクスチャと判定された組織の中で、二つのマイクロテクスチャが隣接し、かつ、それぞれのマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向の差を算出する。上記c軸の平均方向の差が、70°以上である場合を抽出して、マイクロテクスチャのペア円相当直径を算出する。なお、一のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、一のマイクロテクスチャに隣接するα粒のc軸の平均方向とがなす角度についても、同様に、抽出し、マイクロテクスチャの総面積に対し、角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率を算出すればよい。
【0031】
2.チタン材の種類
本実施形態のチタン材の種類は、特に、限定されない。例えば、工業用純チタン、またはチタン合金であればよい。
【0032】
工業用純チタンとは、意図的に添加した元素を含まず、不純物とTiとからなるチタン材であり、通常、Ti含有量は、98質量%以上となる。なお、工業用純チタンとは、JIS規格の1種~4種(JIS H4600、H4650、H4670)およびこれらに対応するASTM規格のGrade1~4で規定される工業用純チタンを含む。また、チタン合金とは、通常、Tiを70質量%以上含む合金である。
【0033】
チタン合金として、α型チタン合金、α+β型チタン合金またはβ型チタン合金がある。なお、α型チタン合金には、例えば、高耐食性合金(JIS規格の11種~13種、17種、19種~22種、およびASTM規格のGrade7、11~14、31、34で規定されるチタン合金等)がある。一般的には、強度が高い程、Dwell疲労特性が向上する。このため、引張強度で950MPa以上の材料が望ましい。なお、α+β型チタン合金は、強度が高く、自動車用の部品であるモータースリーブ等に使用されている。α+β型チタン合金は、例えば、常温(25℃)で、α相を主相とし、β相を第2相とするようなα+β型チタン合金であるのが好ましい。
【0034】
なお、α+β型合金の化学組成は、特に、限定されないが、例えば、質量%で、Al:4.4~6.75%、Fe:0.05~2.5%、O:0.05~0.25%、V:0~4.5%、Mo:0~5.5%、残部:Tiおよび不純物であるのが好ましい。
【0035】
より好ましくは、質量%で、Al:4.4~5.5%、Fe:1.4~2.5%、Mo:1.5~5.5%、O:0.05~0.25%、残部:Tiおよび不純物である(通常、「Ti-5Al-2Fe-3Mo」とも呼ばれる。)。より好ましくは、質量%で、Al:5.50~6.75%、V:3.5~4.5%、Fe:0.05~0.40%、O:0.05~0.25%を含有し、残部:Tiおよび不純物である(通常、「Ti-6Al-4V」とも呼ばれる。)。このTi-6Al-4VおよびTi-5Al-2Fe-3Moのチタン材は、950MPa以上の引張強さを有するため、本願の用途に好適である。他には、AMS4975などに規定される汎用合金でもよい。
【0036】
なお、上記チタン合金に含まれる一般的な不純物として、N、C、H等があり、その含有量は、N:0.08質量%以下、C:0.08質量%以下、H:0.015質量%以下であれば、含有してもよい。上記以外の元素として、例えば、Ni、Cr、Mn、Nb、Cuがある。これら元素の含有量は、それぞれ0.1%以下であるとともに、合計の含有量が0.3%未満であるのが好ましい。
【0037】
3.チタン材の形状
本実施形態のチタン材の形状は、線材、棒材、板材などに限定されるものではない。ここでは、線材を含め、棒状のチタン材を棒材と呼称する。棒材の(長手方向の垂直断面での)断面積は7900mm2以下が好ましく、5200mm2以下が更に好ましい。下限は0.78mm2以上が好ましい。例えば、モータースリーブに使用するチタン材の場合、断面が円形状で、直径が30~75mmの棒材であるのが好ましい。
【0038】
4.製造方法
本実施形態のチタン材は、例えば、以下のような製造方法により、安定して製造することができる。なお、説明を簡略化する観点から、以下では、棒材の場合を例にとり、説明する。
【0039】
なお、本実施形態の製造方法と異なり、一般的な棒材の製造方法、例えば、鍛造から一方向圧延を行うことで製造しようとすると、α粒のc軸が棒材長手方向に対して垂直方向となる方向に回転して、組織微細化および集合組織の発達が進行する。α粒のc軸が棒材長手方向に対して垂直方向となると、その方位で変形が収束し、長手方向に延伸した粗大なマイクロテクスチャとなる。この結果、マイクロテクスチャは、圧延でもc軸の方位変化が生じにくくなり、本実施形態の要件を満足することは、難しい。
【0040】
4-1.第一工程
所望する化学組成に調整したチタン素材の鋳塊(以下、単に、「チタン鋳塊」と記載する。)を製造する。なお、チタン鋳塊の製造方法は、特に、限定されないが、例えば、真空アーク溶解法(VAR:Vacuum Arc Remelting)または電子ビーム溶解法(EBR:Electron Beam Remelting)により製造すればよく、この際、所望する大きさとすればよい。
【0041】
得られたチタン鋳塊を、(Tβ+20)℃以上(Tβ+270)℃未満に加熱し、Tβ℃以上での総断面減少率が40%以上となる鍛造を行った後に冷却する。この工程を第一工程と呼び、第一工程を経た後のチタン鋳塊を、チタン鍛造素材とする。
【0042】
第一工程において、加工の際の加熱温度が、(Tβ+20)℃未満であると、加熱炉内の温度が不均一な部分が生じる、またはチタン鋳塊が大きいものである場合に、鋳塊全体がTβ℃未満になる。この結果、β相がある合金の場合、十分な量のβ相を形成させることができにくくなる。一方、加熱温度が(Tβ+270)℃超であると、チタン圧延素材の表層が酸化されやすくなったり、金属組織の粗大化が生じる。従って、第一工程におけるチタン鋳塊の加熱温度は、(Tβ+20)℃以上(Tβ+270)℃未満とする。
【0043】
また、第一工程の鍛造において、Tβ℃以上での総断面減少率が40%未満であると、その後の冷却中に生じるβ相の再結晶を活用して、結晶粒を細粒化しにくくなる。この結果、粗大なマイクロテクスチャが形成しやすくなる。このため、第一工程の鍛造において、Tβ℃以上での総断面減少率が40%以上とする。なお、上記総断面減少率とは、後述する据込み鍛造を含む断面減少率のことである。
【0044】
第一工程の鍛造では、最初に据込み鍛造を行う。据込み鍛造とは、チタン鋳塊の上下方向、すなわち長手方向の両側から圧下する鍛造のことである。据込み鍛造を行うことで、内部まで均一にひずみを導入できる。この結果、マイクロテクスチャのペア円相当直径が小さくなる。なお、据込み鍛造における圧下率は、特に限定されないが、15%以上とするのが好ましい。
【0045】
据込み鍛造の後、チタン鋳塊の長手方向と垂直な方向から圧下する鍛造を行う。この際、チタン鋳塊の長手方向周りに30~45°回転させ、圧下方向を変更するのが好ましく、圧下方向を変更する回数を6回以上とする。長手方向と垂直な方向から圧下する鍛造では、1回当たり(各回)の圧下量ΔHが、圧下方向におけるチタン鋳塊の対辺距離に対して15%以上であるのが好ましい。均一にひずみを導入し、マイクロテクスチャを微細化するためである。
【0046】
なお、チタン鋳塊の長手方向と垂直な方向から圧下する鍛造では、圧下面の長手方向の幅が100mm以上である、一対の金敷を用いる。上述したような幅の広い金敷を使用することで、広い範囲に均一にひずみを導入できるからである。
【0047】
このような鍛造を経て、冷却する。冷却は、急冷で行うことが好ましい。急冷は、十分な冷却速度で行う必要があり、十分な量の水にチタン鍛造素材を浸漬することで行う水冷が一般的である。水冷相当以上の冷却速度が得られる場合、その手段を用いてもよい。急冷はチタン鍛造素材の表面温度が300℃以下になるまで続けることが好ましい。
【0048】
4-2.第二工程
上記第一工程の後、チタン鍛造素材を(Tβ-150)℃以上(Tβ-50)℃未満に加熱し、総断面減少率が20%以上となる鍛造を行った後に冷却する。この工程を第二工程と呼び、第二工程を経た後のチタン鋳塊を、チタン圧延素材とする。
【0049】
第二工程における加熱温度が、(Tβ-150)℃未満であると、加工性が低下して割れが発生する場合がある。このため、上記加熱温度は、(Tβ-150)℃以上とする。一方、上記加熱温度が(Tβ-50)℃以上であると、β相比が大きくなりα粒にひずみを有効に付与できず、目的とする組織が得られない。このため、上記加熱温度は、(Tβ-50)℃未満とする。
【0050】
また、第二工程の鍛造における総断面減少率が20%未満であると、α粒を微細にできない。また、結晶方位のランダム化ができず、マイクロテクスチャが微細化しない。このため、上記総断面減少率は、20%以上とする。このような鍛造を経て、冷却する。冷却は、第一工程と同様に行うのが好ましい。
【0051】
なお、第一工程、または第二工程の後に、必要に応じて、所望する形状を整えるために、切削加工を行ってもよい。例えば、熱間加工の際に生じた欠陥を除去する等の目的で行われる。
【0052】
4-3.第三工程
第二工程の後、チタン圧延素材を(Tβ-100)℃以上(Tβ-20)℃未満に加熱し、総断面減少率が75%以上となる圧延を行った後に冷却する。この工程を第三工程と呼ぶ。
【0053】
第三工程における加熱温度が、(Tβ-100)℃未満であると、α粒の微細かつ等軸になりにくくなる。この結果、マイクロテクスチャも粗大になる。このため、上記加熱温度は、(Tβ-100)℃以上とする。一方、上記加熱温度が、(Tβ-20)℃以上であっても、α粒が微細かつ等軸になりにくくなる。この結果、マイクロテクスチャも粗大になる。このため、上記加熱温度は、(Tβ-20)℃未満とする。
【0054】
また、第三工程における総断面減少率が75%未満であっても、マイクロテクスチャが粗大になる。このため、総断面減少率は、75%以上とする。このような鍛造を経て、冷却する。冷却は、第一工程および第二工程と同様に行うのが好ましい。
【0055】
また、上述したように、マイクロテクスチャの平均円相当直径が、300μm以下で、一のマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向と、一のマイクロテクスチャに隣接するα粒のc軸の平均方向とがなす角度を角度θとするとき、マイクロテクスチャの総面積に対し、角度θが45°以上であるマイクロテクスチャの面積率が15%以下となるような組織にするためには、以下の条件で、第三工程を行うのがよい。
【0056】
圧延は、孔型圧延とし、1パス毎に断面を楕円形状(オーバル)と円形状(ラウンド)とに交互にしながら圧下するのが好ましい。また、圧延の際、チタン圧延素材の断面が楕円形状として加工する際、楕円の長軸と短軸の比が1.5以上であるのが好ましい。また、楕円形状とするパスの際に、チタン圧延素材の長軸方向を軸として、30°以上90°以下で回転させて圧下するのが好ましい。
【0057】
上記第三工程の後に、必要に応じて、ひずみ除去、組織安定化等を目的とした熱処理(焼鈍)を行ってもよい。例えば、材質制御を目的とする場合は、900℃で1h保持後水冷し、次いで600℃で4h保持後に空冷し、ひずみ除去、組織安定化を目的とする場合は、750℃で1h保持後空冷するのが好ましい。なお、第一工程~第三工程における加熱温度は、炉内の温度のことを示している。
【0058】
以下、実施例によって本発明に係るチタン材をより具体的に説明するが、本実施形態のチタン材はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0059】
表1に成真空アーク溶解法(VAR)にて、表1に示す化学組成を有するチタン鋳塊(直径400mm)を製造した。
【0060】
【0061】
得られたチタン鋳塊に対し、表2に示す条件で、第一工程を行った後、300℃以下まで冷却し、第二工程を行った後、300℃以下まで冷却し、さらに、第三工程を行った後、300℃以下まで冷却し、必要に応じて、750℃、1hの熱処理を行った後、冷却した。表2に記載する直径のチタン材(断面形状が円の棒材)とした。その他の記載していない条件については、好ましい製造条件の範囲内である。なお、1回当たりのΔH/圧下方向の対辺距離は、各回同一の値とし、その値を表中に示した。また、第一工程の総断面減少率は、Tβ以上の温度での総断面減少率のことである。
【0062】
【0063】
得られたチタン材について、マイクロテクスチャのペアの円相当直径とα粒の平均円相当直径を、以下の方法で、算出した。また、チタン材のDwell疲労特性についても、以下の手順で評価した。
【0064】
(組織観察)
金属組織の観察は、走査型電子顕微鏡(以下、「SEM」ともいう。)に付属するEBSD(電子線後方散乱回折;Electron Backscatter Diffraction)装置を用いて行った。
【0065】
チタン材の表層部で、縦3mm×横3mmの矩形の領域を観察領域とした。表層部の観察では、表面から深さ100μm位置、かつ、表面と平行な面が観察面となるように、試料を作製した。
【0066】
測定間隔は2.0μm、加速電圧15kVで、EBSDを用いて方位を測定した。得られた測定結果を、OIM(株式会社 TSLソリューションズ製の結晶方位解析ソフト)を用いて解析した。この際、α相のみを対象とするPartitonを作成し、解析の対象とした。なお、通常、マイクロテクスチャの周囲全てがβ粒に隣接されることは考えにくいため、α粒のみを対象とした。
【0067】
そして、隣り合うEBSD測定点の結晶方位の角度差(ミスオリエンテーション角)を15°以上としてα粒を決定し、そのα粒の測定点数から各α粒の円相当直径を算出し、α粒の平均円相当直径を算出した。また、得られた測定結果(オイラー角ph1,PH,ph2)から、隣り合うEBSD測定点のc軸方位差を求め、c軸方位差が20°以下で、かつその円相当直径が50μm以上である場合を、マイクロテクスチャと判定した。
【0068】
マイクロテクスチャと判定された組織の中で、二つのマイクロテクスチャが隣接し、かつ、それぞれのマイクロテクスチャを構成するα粒のc軸の平均方向の差を算出した。上記c軸の平均方向の差が、70°以上である場合を抽出して、マイクロテクスチャのペア円相当直径を算出した。
【0069】
(Dwell疲労特性)
Dwell疲労特性は、引張試験および疲労試験を行うことで評価した。試験片として、チタン材の長手方向が、試験片の長手方向となるように、引張試験片および疲労試験片を採取した。引張試験では、平行部φ5×30mmの引張試験片を用いて、標点間距離を25mmとし、ひずみ速度を8.3×10-5s-1とした。
【0070】
また、疲労試験では、平行部φ5.08mm×15.24mmの疲労試験片を用いて、標点間距離を12mmとした。また、試験方法は、軸力、片振り、応力比0.05とし、最大応力を同材料(同方向)の0.2%耐力の95%とした。なお、疲労試験では、通常の疲労寿命とDwell疲労寿命とを測定した。通常の疲労寿命の場合、応力波形を負荷1s、除荷1sの三角波型の負荷サイクルとし、Dwell疲労寿命の場合、応力波形を負荷1s、保持120s、除荷1sの台形波型の負荷サイクルとした。
【0071】
測定の結果、Dwell疲労寿命が15000回以上であり、かつ、通常疲労寿命をDwell疲労寿命で除した値をDwell debitが2.0以下の場合を、Dwell疲労特性が良好とした。以下、結果を纏めて、表3に示す。なお、表3中の合計円相当直径とは、ペア円相当直径のことを意味する。
【0072】
【0073】
本実施形態の要件を満足するNo.1~7は、Dwell疲労特性が良好であった。No.2~4については、上述した合計円相当直径が110~140μmの範囲と小さく、Dwell疲労寿命が25000回以上で、かつ、Dwell debitも1.5以下と本発明例の中でも特性が良好であった。
【0074】
一方、本実施形態の要件を満足しないNo.8~12は、Dwell疲労特性が不良であった。No.8は、第一工程の総断面減少率が低かったため、α粒の平均円相当直径および上記合計円相当直径が低下し、Dwell疲労特性が低下した。No.9は、第一工程において、据込み鍛造を行わなかったため、α粒の平均円相当直径および上記合計円相当直径が低下し、Dwell疲労特性が低下した。
【0075】
No.10は、第一工程において、1回当たりの圧下量ΔHが圧下方向におけるチタン鋳塊の対辺距離に対して小さかったため、α粒の平均円相当直径および上記合計円相当直径が低下し、Dwell疲労特性が低下した。No.11は、第一工程において、金敷のサイズが小さかったため、α粒の平均円相当直径および上記合計円相当直径が低下し、Dwell疲労特性が低下した。No.12および13は、第一工程において、圧下方向の変更回数が少なかったため、α粒の平均円相当直径および上記合計円相当直径が低下し、Dwell疲労特性が低下した。