(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024129545
(43)【公開日】2024-09-27
(54)【発明の名称】リン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 25/237 20060101AFI20240919BHJP
C01B 25/234 20060101ALI20240919BHJP
B01D 9/02 20060101ALI20240919BHJP
【FI】
C01B25/237
C01B25/234 Z
B01D9/02 601C
B01D9/02 602B
B01D9/02 604
B01D9/02 608A
B01D9/02 611A
B01D9/02 615A
B01D9/02 618B
B01D9/02 619Z
B01D9/02 625A
B01D9/02 625F
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023038834
(22)【出願日】2023-03-13
(71)【出願人】
【識別番号】301012162
【氏名又は名称】下関三井化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001070
【氏名又は名称】弁理士法人エスエス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 英俊
(72)【発明者】
【氏名】諸隈 辰馬
(72)【発明者】
【氏名】大道 一輝
(57)【要約】
【課題】Si元素を含む廃リン酸水溶液から、高純度のリン酸を製造できる、リン酸の製造方法を提供する。
【解決手段】Si元素を含む廃リン酸水溶液(X)とフッ化水素とを混合して混合液(Y)を得る工程(A)、前記混合液(Y)を晶析して、リン酸の結晶を含む混合液(Z)を得る工程(B)、及び前記混合液(Z)からリン酸を固体として分離する工程(C)を含む、リン酸の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si元素を含む廃リン酸水溶液(X)とフッ化水素とを混合して混合液(Y)を得る工程(A)、
前記混合液(Y)を晶析して、リン酸の結晶を含む混合液(Z)を得る工程(B)、及び
前記混合液(Z)からリン酸を固体として分離する工程(C)
を含む、リン酸の製造方法。
【請求項2】
前記廃リン酸水溶液(X)のSi元素の含有率が2ppm以上である、請求項1に記載のリン酸の製造方法。
【請求項3】
前記フッ化水素の量が、前記混合液(Y)におけるSi元素に対するF元素のモル比(F/Si)が5~500となる量である、請求項1に記載のリン酸の製造方法。
【請求項4】
さらに、前記工程(C)を行った後に得られた液体を水蒸気蒸留する工程(D)を含む、請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のリン酸の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リン酸は、リン酸塩を含有するリン鉱石を原料として、リン鉱石を電気炉などで還元して得られる気体状のリンを酸化してP2O5とし、水に溶解して製造するいわゆる乾式法や、リン鉱石を硫酸で分解する湿式法などで製造されている。しかしながら、リン鉱石の需要が増大し、入手が困難になってきていることから、リン鉱石以外を原料としたリン酸の製造方法の開発が求められている。
【0003】
リン酸は、半導体の製造工程(特にエッチング工程)や液晶製造工程において、汎用されている。特に半導体製造用のリン酸は、電子工業用グレード(ELグレード)と言われ、工業用グレードよりもSi元素などの不純物量が少なく高純度である品質が求められる。半導体製造工程や液晶製造工程に用いられたリン酸は、繰り返し使用することで、Si元素の含有率が高くなり、やがて使用に適さなくなり、廃リン酸水溶液として廃棄されている。
【0004】
従来から、リン鉱石に変わる原料として、半導体工場の廃リン酸水溶液を用い、該廃リン酸水溶液に含まれるリン酸を再生して、リン酸を製造する試みがなれている。例えば、特許文献1には、「金属、リン酸およびリン酸以外の少なくとも1種の酸とを含む金属含有混酸水溶液からリン酸を回収する方法において、(1)前記混酸水溶液を蒸留することによりリン酸以外の酸と水を留出させ、(2)リン酸および水を含有する残液をリン酸が晶析する条件で溶融晶析させ、リン酸は固体として、金属は水溶液として、それぞれ分離することを特徴とする金属含有混酸水溶液からリン酸を回収する方法。」が記載されている。特許文献1には、該方法によれば、金属含有酸廃液のような金属含有混酸水溶液から、金属を分離できると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、本発明者は、特許文献1に記載された方法で得られたリン酸は、エッチング廃液に多く含まれているSi元素が充分には低減されていないことを見出した。すなわち、特許文献1に記載された方法により製造されたリン酸は、半導体製造には用いることができない品質であった。
そこで本発明では、Si元素を含む廃リン酸水溶液から高純度のリン酸を製造できるリン酸の製造方法を提供することを課題とする。
【0007】
以上のような背景技術を踏まえ、本発明は、Si元素を含む廃リン酸水溶液から、高純度のリン酸を製造できる、リン酸の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは前記課題を解決すべく鋭意検討した。その結果、以下の構成を有することにより前記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明は、例えば、以下の〔1〕~〔4〕に関する。
〔1〕 Si元素を含む廃リン酸水溶液(X)とフッ化水素とを混合して混合液(Y)を得る工程(A)、
前記混合液(Y)を晶析して、リン酸の結晶を含む混合液(Z)を得る工程(B)、及び
前記混合液(Z)からリン酸を固体として分離する工程(C)
を含む、リン酸の製造方法。
〔2〕 前記廃リン酸水溶液(X)のSi元素の含有率が2ppm以上である、〔1〕に記載のリン酸の製造方法。
〔3〕 前記フッ化水素の量が、前記混合液(Y)におけるSi元素に対するF元素のモル比(F/Si)が5~500となる量である、〔1〕又は〔2〕に記載のリン酸の製造方法。
〔4〕 さらに、前記工程(C)を行った後に得られた液体を水蒸気蒸留する工程(D)を含む、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載のリン酸の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、Si元素を含む廃リン酸水溶液から、高純度のリン酸を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、マントルヒーターを用いた水蒸気蒸留の様子を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
次に本発明について具体的に説明する。
数値範囲に関する「A~B」との記載は、特に断りがなければ、A以上B以下であることを意味する。また、%とは質量%を意味する。
【0012】
<リン酸の製造方法>
本発明の一態様は、Si元素を含む廃リン酸水溶液(X)とフッ化水素とを混合して混合液(Y)を得る工程(A)、前記混合液(Y)を晶析して、リン酸の結晶を含む混合液(Z)を得る工程(B)、及び前記混合液(Z)からリン酸を固体として分離する工程(C)を含む、リン酸の製造方法である。
該リン酸の製造方法は、高純度リン酸の製造方法、リン酸の精製方法、又はリン酸の回収方法と言い換えることができる。
【0013】
<工程(A)>
工程(A)は、Si元素を含む廃リン酸水溶液(廃リン酸水溶液(X)ともいう)とフッ化水素とを混合して混合液(混合液(Y)ともいう)を得る工程である。
【0014】
廃リン酸水溶液(X)は、リン酸及びSi元素が含まれていれば、それらの含有率は制限されない。
廃リン酸水溶液(X)としては、例えば、半導体製造工程又は液晶製造工程において生じるリン酸を含む廃液が挙げられ、半導体製造又は液晶製造のエッチング工程において生じるリン酸を含む廃液が好ましい。
【0015】
リン酸とは、オルトリン酸(H3PO4)を意味する。リン酸は、廃リン酸水溶液(X)中において、水に溶解している。
廃リン酸水溶液(X)に含まれるリン酸は、縮合リン酸であってもよい。廃リン酸水溶液(X)に含まれるリン酸が縮合リン酸である場合、廃リン酸水溶液(X)におけるリン酸の含有率は、縮合リン酸をオルトリン酸(H3PO4)に換算して算出する。
廃リン酸水溶液(X)におけるリン酸の含有率は、好ましくは75~95質量%、より好ましくは80~90質量%である。廃リン酸水溶液(X)のリン酸の含有率が上記範囲内にない場合には、上記範囲内となるように減圧濃縮、常圧濃縮などの公知の方法にて濃縮又は希釈して用いることが好ましい。廃リン酸水溶液(X)におけるリン酸の含有率が上記範囲内にあると、本発明の効果がより発揮されやすい。
【0016】
Si元素は、その化学形及び結晶系は制限されず、例えば、Siの単結晶、若しくは多結晶、又はSiO2、Si3N4、H2SiF6、Si(OH)4等のSi含有化合物として廃リン酸水溶液(X)に含まれてもよい。Si元素は、好ましくはSiO2として廃リン酸水溶液(X)に含まれる。Si元素の化学形及び結晶系は、1種又は2種以上であってもよい。
【0017】
廃リン酸水溶液(X)におけるSi元素の含有率は、好ましくは2ppm以上、より好ましくは5ppm以上、さらに好ましくは10ppm以上である。
廃リン酸水溶液(X)におけるSi元素の含有率の上限は制限されないが、好ましくは1000ppm以下、より好ましくは200ppm以下、さらに好ましくは100ppm以下である。
従来技術では、Si元素の含有率が多いほどSi元素を廃リン酸水溶液から取り除くことが困難であるが、廃リン酸水溶液(X)におけるSi元素の含有率が上記範囲内にあると、本発明の効果がより発揮されやすい。
【0018】
廃リン酸水溶液(X)は、リン酸以外の酸、金属元素、及び/又はSi元素以外の半金属元素を含有していてもよい。
リン酸以外の酸として、例えば、酢酸、硝酸、塩酸、硫酸、フッ化水素酸などが挙げられる。金属元素としては、例えば、エッチングの対象となる金属元素(例:Cu、Al、Fe、Mo、Cr、Agなど)が挙げられる。Si元素以外の半金属元素としては、例えば、半導体に使用される半金属元素(例:B、As、Ge、Sb、Te、Se、Po、At)が挙げられる。これらは、1種又は2種以上であってもよい。
【0019】
廃リン酸水溶液(X)における、リン酸以外の酸、金属元素、及びSi元素以外の半金属元素の含有率は、本発明の効果を阻害しない範囲であり、例えば、リン酸以外の酸の廃リン酸水溶液(X)における含有率は、例えば、10質量%以下、また、例えば、1質量%以上である。金属元素の廃リン酸水溶液(X)における含有率は、例えば、1質量%以下、また、例えば、0.01質量%以上である。Si元素以外の半金属元素の廃リン酸水溶液(X)における含有率は、例えば、1質量%以下、また、例えば、0.01質量%以上である。
【0020】
廃リン酸水溶液(X)の温度は、特に制限されず、例えば、0℃以上、好ましくは10℃以上であり、また、例えば、40℃以下、好ましくは30℃以下である。
【0021】
フッ化水素は、常温で気体又は液体のフッ化水素であってもよく、フッ化水素の水溶液(フッ酸、フッ化水素酸)であってもよい。フッ化水素としては、46~53質量%程度のフッ化水素酸が好ましい。
【0022】
廃リン酸水溶液(X)とフッ化水素とを混合して、混合液(Y)を得る方法は特に制限されず、攪拌混合、ポンプ循環混合、管路混合などの公知の方法を用いることができる。
混合液(Y)は、廃リン酸水溶液(X)とフッ化水素とを混合した後、1~60分間攪拌することが好ましく、10~20分間攪拌することがより好ましい。
【0023】
混合する廃リン酸水溶液(X)とフッ化水素との量比は特に制限されず、任意の量比で廃リン酸水溶液(X)とフッ化水素とを混合すればよい。
混合するフッ化水素の量は、混合液(Y)におけるSi元素に対するF元素のモル比(F/Si)が5~500となる量であることが好ましく、10~100がより好ましく、15~50がさらに好ましい。
混合液(Y)におけるF/Siが上記の範囲内にあると、Si元素及びF元素の含有率が低いリン酸を得ることが出来る。特に、混合液(Y)におけるF/Siが上記下限値以上であると、後述するリン酸(α)に含まれるSi元素が少なくなりやすい。また、混合液(Y)におけるF/SiがFが上記上限値以下であると、後述するリン酸(α)に含まれるF元素が少なくなりやすい。
なお、廃リン酸水溶液(X)がフッ化水素を含む場合、F/SiのF元素のモル数は、廃リン酸水溶液(X)が含むフッ化水素のF元素と、混合液(Y)を得るために添加するフッ化水素のF元素との合計値である。
【0024】
<工程(B)>
工程(B)は、混合液(Y)を晶析して、リン酸の結晶を含む混合液(Z)を得る工程であり、言い換えると、混合液(Y)においてリン酸を結晶として析出させる工程である。混合液(Z)は、リン酸の結晶と液体とを含む、結晶スラリー(懸濁液)である。
【0025】
工程(B)における晶析は、効率良く純度の高いリン酸が得られることから、通常、冷却によりリン酸の溶解度を下げて結晶を析出させる方法(冷却法)により行う。
【0026】
冷却法の場合、工程(B)において、混合液(Y)を室温からリン酸が結晶化する温度に到達するまで冷却し、その温度を保持する。
冷却方法は特に制限されず、公知の方法により冷却すればよい。例えば、混合液(Y)が入った容器を0℃~15℃に保持した冷媒に接触させることで冷却することができる。
【0027】
冷却の到達温度は、リン酸が結晶化する温度であれば特に制限されない。収率及び精製効率の観点から、冷却の到達温度は、好ましくは0℃~20℃、より好ましくは5℃~15℃である。なお、冷却の到達温度は、混合液(Y)の液温である。
【0028】
冷却速度は、特に制限されない。
リン酸が結晶化する温度での保持時間は、リン酸が結晶化するために充分な時間であれば特に制限されない。リン酸が結晶化する温度での保持時間は、温度条件や装置のスケールによって適宜調節することができ、例えば、60分~600分である。
【0029】
工程(B)においては、混合液(Y)又は混合液(Z)に種結晶を添加してもよい。種結晶を添加すると、リン酸の結晶化を促進させることができる。
種結晶は、リン酸の結晶であればよく、大きさ、形状、純度等は制限されない。
種結晶の添加量は特に制限されないが、得られるリン酸の純度に与える種結晶の純度の影響が小さいことから、好ましくは混合液(Y)又は混合液(Z)に対して0.0001質量%~1.0質量%、より好ましくは0.001質量%~0.1質量%、さらに好ましくは0.01質量%~0.1質量%である。
冷却法において種結晶を添加する場合、種結晶は、混合液(Y)又は混合液(Z)の温度がリン酸の結晶化に適した温度以下になった後に混合液(Y)又は混合液(Z)に添加することが好ましく、種結晶の添加温度は、好ましくは15℃以下、より好ましくは10℃以下である。
【0030】
<工程(C)>
工程(C)は、混合液(Z)からリン酸を固体として分離する工程である。工程(C)により、リン酸の結晶と液体とを含む結晶スラリー(懸濁液)から、リン酸の結晶を固体として得ることができる。工程(C)により得られた固体をリン酸(α)ともいう。
分離方法は、混合液(Z)からリン酸を固体として分離させることができれば、特に制限されず、遠心分離、濾過などの公知の方法を用いることができる。
【0031】
工程(C)を行った後には、液体(以下、液体(α)ともいう)が得られる。
液体(α)は、混合液(Z)からリン酸を固体として分離した後に得られる液体であり、混合液(Z)の液体成分、すなわち、リン酸の結晶を含む混合液(結晶スラリー)の液体成分である。
【0032】
工程(B)及び工程(C)は、繰り返し行ってもよい。すなわち、工程(B)において、混合液(Y)の代わりに、融解させたリン酸(α)又はリン酸(α)の水溶液を晶析して、リン酸の結晶を含む混合液(Z)を得てもよい。ハンドリングが良いことから、工程(B)において、混合液(Y)の代わりに、リン酸(α)の水溶液を晶析して、リン酸の結晶を含む混合液(Z)を得ることが好ましい。リン酸(α)の水溶液におけるリン酸の含有率は、好ましくは75~95質量%、より好ましくは80~90質量%である。
工程(B)及び工程(C)を繰り返し行って得られたリン酸を、以下、リン酸(β)ともいう。リン酸(β)は、リン酸を再晶析しているので、フッ化水素に由来するF元素の量が低減される傾向にある。工程(B)及び工程(C)の繰り返し回数は特に制限されない。
【0033】
リン酸(α)は、工程(A)~工程(C)を経ることで、廃リン酸水溶液(X)に比べて、Si元素含有率が顕著に低減されている。リン酸(α)は、好ましくはSi含有率が2ppm以下、より好ましくは1ppm以下、さらに好ましくは1ppm未満である。
リン酸(α)は、Si元素含有率が非常に低いので、半導体製造用などに用いられる電子工業用グレード(ELグレード)のリン酸として用いることができる。
【0034】
理論に拘泥するものではないが、リン酸(α)においてSi元素含有率が顕著に低減されるメカニズムについて、以下のように推測される。例えば、廃リン酸水溶液(X)が二酸化ケイ素(SiO2)を多く含む場合、廃リン酸水溶液(X)とフッ化水素を混合することで、フッ化水素のフッ素と二酸化ケイ素とが、ヘキサフルオロケイ酸イオン([SiF6](2-))を形成し、二酸化ケイ素粒子が溶解、イオン化することで水溶液中にとどまりやすくなる。そのため、Si元素は、晶析後のリン酸(α)にはほとんど含まれず、液体(α)に残存すると推測される。
【0035】
<その他の工程>
本発明のリン酸の製造方法は、工程(A)、工程(B)、及び工程(C)に加えて、後述する任意の工程(D)、工程(E)、及び/又は工程(F)を含んでもよい。
【0036】
(工程(D))
工程(D)は、工程(C)で得られた固体を水に溶解させて水溶液とし、該水溶液を濾過する工程である。
濾過の方法は特に制限されず、公知の方法を用いることができる。
工程(C)で得られた固体、すなわち、リン酸の結晶には、製造工程に用いる容器や大気などから混入する固体状の不純物(パーティクル、例:SiO2、金属微粒子)が残存していることがあるが、工程(D)により、該不純物を除去しやすくなる。そのため、本発明のリン酸の製造方法は、好ましくは、工程(A)、工程(B)、工程(C)、及び工程(D)を含む。該製造方法によれば、リン酸(α)よりもSi元素含有率が低減された高純度なリン酸を得やすい。
【0037】
(工程(E))
工程(E)は、工程(C)を行った後に得られた液体を水蒸気蒸留する工程であり、言い換えると、液体(α)を水蒸気蒸留する工程である。
水蒸気蒸留の方法は特に制限されず、公知の方法を用いることができる。水蒸気蒸留は、例えば、液体(α)に水蒸気を所定の時間吹き込み、その後に液体成分を解消することで行ってもよく、液体(α)を噴霧してその下方から水蒸気を吹き込む、いわゆるストリッピングで行ってもよい。
【0038】
水蒸気蒸留を行う時間は特に制限されないが、水蒸気を吹き込む時間は、好ましくは1時間以上、より好ましくは4時間以上である。水蒸気を吹き込む時間が長いほど、後述するリン酸(γ)におけるF元素及び/又はSi元素の含有率をさらに低減しやすくなる。水蒸気を吹き込む時間は、製造コストを低減する観点から、例えば8時間以下とすることができる。
【0039】
液体(α)には、廃リン酸水溶液(X)よりも含有率は低いものの、リン酸が含まれているので、液体(α)を水蒸気蒸留することで、廃リン酸水溶液(X)よりもSi元素含有率が顕著に低減されたリン酸を得ることができる。
そのため、本発明のリン酸の製造方法は、好ましくは、工程(A)、工程(B)、工程(C)、及び工程(E)を含む。該製造方法により製造されたリン酸を、以下、リン酸(γ)ともいう。リン酸(γ)は、リン酸(α)よりもSi元素含有率は高いものの、充分にSi元素含有率が低減されているので、工業用グレードのリン酸として用いることができる。また、該製造方法によれば、晶析後の固体と液体の両方から、リン酸(α)及びリン酸(γ)を回収できるので、廃リン酸水溶液(X)に含まれるリン酸の大部分を高いグレードのリン酸として再製造することができる。
【0040】
本発明のリン酸の製造方法が、工程(A)、工程(B)、工程(C)、及び工程(E)を含む場合、工程(C)と工程(E)の間に、工程(C)を行った後に得られた液体とフッ化水素とを混合する工程を含んでもよい。
該工程により、リン酸(γ)におけるSi元素の含有率をさらに低減しやすくなる。
工程(C)を行った後に得られた液体とフッ化水素との量比は特に制限されない。工程(C)を行った後に得られた液体とフッ化水素とを混合した後の液体における、Si元素に対するF元素のモル比(F/Si)としては、6.0以上が好ましく、6.0~100.0がより好ましく、8.0~50.0がさらに好ましい。
【0041】
(工程(F))
工程(F)は、工程(E)で得られた液体を精製及び/又は濃縮する工程である。
精製の方法は特に制限されず、公知の方法を用いることができる。精製方法としては、例えば、活性炭に有機物を吸着させる方法が挙げられる。
濃縮の方法は特に制限されず、公知の方法を用いることができる。濃縮方法としては、例えば、常圧濃縮、減圧濃縮、多重効用蒸発による方法などが挙げられる。これらの中でも減圧濃縮が好ましい。
減圧濃縮の条件は、リン酸が濃縮できれば制限されず、例えば、50℃~180℃の温度条件にて1kPa~100kPaに減圧して行うことができる。より具体的な条件としては、例えば、93℃、9kPaが例示できる。
【0042】
工程(F)により、工程(E)で得られた液体中のリン酸含有率を高めることができる。そのため、本発明のリン酸の製造方法は、好ましくは、工程(A)、工程(B)、工程(C)、工程(E)、及び工程(F)を含む。該製造方法によれば、リン酸(γ)よりもリン酸含有率が高い高純度なリン酸を得ることができる。該リン酸も、リン酸(γ)と同様に、リン酸(α)よりもSi元素含有率は高いものの、充分にSi元素含有率が低減されているので、工業用グレードのリン酸として用いることができる。
【実施例0043】
次に本発明について実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0044】
<実施例1>
85%リン酸水溶液(下関三井化学株式会社、85%精製リン酸)2,700gに、活性シリカ(SiO2)(富士フィルム和光純薬株式会社製ICN 活性シリカ、品番:590-31265)4.2gを入れ、180℃の乾燥器内で加熱溶解させた。超純水を加えてリン酸含有率が約85%になるように希釈調製後、カートリッジフィルタで不溶解分を取り除き、Si元素の含有率が28ppmであり、F元素を含まないSi含有リン酸液を得た。これを廃リン酸水溶液を模したSi高含有リン酸水溶液Aとした。
Si高含有リン酸水溶液A 400.0gを容器に入れ、さらにフッ化水素酸(HF、フッ酸)(富士フィルム和光純薬株式会社製、品番:082-03525)を添加して混合液を得た。なお、フッ化水素酸の添加量は、混合液におけるSi元素に対するF元素のモル比F/Siが30程度になる重量を予め計算して決定した。また、実際に添加したフッ化水素酸の重量を測定し、その値をもとに、F/Siを算出した。混合液は、攪拌子を用いた攪拌混合を15分間行った。
次いで、混合液を5℃の恒温槽内で冷却し、液温が7℃程度になったときに種結晶を0.3g(縦2cm、横0.5cmで0.1g程度のものを2~4つ)添加し、5℃の恒温槽内で4時間冷却して晶析し、リン酸の結晶を含む混合液(結晶スラリー)αを得た。
【0045】
結晶スラリーα400gを2分間遠心して分離し、結晶を含む固体αと液体αとをそれぞれ回収した。
得られた固体αの一部を、40℃で加熱して融解させ、超純水にてリン酸含有率が85質量%になるように希釈後、カートリッジフィルターでろ過し、リン酸水溶液αを得た。
得られた固体αの一部は、40℃で加熱して融解させ、リン酸、Si元素、F元素のそれぞれの含有率を分析した。
【0046】
リン酸の含有率は比色法(バナドモリブデン酸アンモニウム法:メタバナジン酸アンモニウムに硝酸及びモリブデン酸アンモニウムを加えた発色液による比色定量法)、Si元素の含有率はICP質量分析法(Agilent社:Agilent 7900 ICP-MS)、F元素の含有率はイオン電極法(HORIBA社 LAQUAフッ化イオン電極)により分析した。
【0047】
<比較例1>
Si高含有リン酸水溶液Aにフッ化水素酸を加えないこと以外は、実施例1と同様の実験を行った。
<比較例2>
Si高含有リン酸水溶液Aにフッ化水素酸の代わりに硫酸(関東化学株式会社製、硫酸(1+1)品番:37928-02)を、混合液におけるSi元素に対するS元素のモル比S/Siが30程度になるように添加した以外は、実施例1と同様の実験を行った。
<比較例3>
Si高含有リン酸水溶液Aにフッ化水素酸の代わりに硝酸(関東化学株式会社製、硝酸Ultrapur品番:28163-1B)を、混合液におけるSi元素に対するN元素のモル比N/Siが30程度になるように添加した以外は、実施例1と同様の実験を行った。
【0048】
<実施例2>
85%リン酸水溶液に加えるSi源を活性シリカ(SiO2)から窒化ケイ素(Si3N4)(株式会社 高純度化学研究所製、窒化珪素 品番:SII09PB)に変更したものをSi高含有リン酸水溶液Bとした。
Si高含有リン酸水溶液Aの代わりにSi高含有リン酸水溶液Bを用いた以外は、実施例1と同様の実験を行った。
【0049】
<比較例4~6>
Si高含有リン酸水溶液Aの代わりにSi高含有リン酸水溶液Bを用いた以外は、比較例1~3と同様の実験を行い、それぞれ比較例4~6とした。
【0050】
<実施例3~5、比較例7~9>
85%リン酸水溶液に加える活性シリカ(SiO2)の量、及び加熱溶解時間を変更して、Si含有率がそれぞれ33、36、59ppmであるSi高含有リン酸水溶液C、D、Eを得た。
Si高含有リン酸水溶液Aの代わりにSi高含有リン酸水溶液C、D、Eを用いた以外は、実施例1と同様の実験を行い、それぞれ実施例3~5とした。
Si高含有リン酸水溶液Aの代わりにSi高含有リン酸水溶液C、D、Eを用いた以外は、比較例1と同様の実験を行い、それぞれ比較例7~9とした。
【0051】
<実施例6、7>
フッ化水素酸(HF)の添加量を変更して、F/Siをそれぞれ10.9、22.1とした以外は実施例1と同様の実験を行い、実施例6、7とした。
【0052】
<実施例8>
実施例1と同様にして得られた固体α164gを40℃に加熱して融解させ、5℃の恒温槽で冷却した。液温が7℃程度になったときに種結晶0.3g(縦2cm、横0.5cmで0.1g程度のものを2~4つ)を添加し、5℃の恒温槽内で冷却及び晶析し、リン酸を再度結晶化させて、リン酸の結晶を含む混合液(結晶スラリー)βを得た。結晶スラリーβ164gを2分間遠心して分離し、固体βと液体βとをそれぞれ回収した。実施例1と同様にして、固体βのリン酸、Si元素、F元素のそれぞれの含有率を分析した。
【0053】
実施例1~8、比較例1~9について、実験条件と、固体α又は固体βのリン酸、Si元素、F元素の含有率を表1に示す。なお、表1中、リン酸の収率とは、得られた固体α又は固体β中のリン酸量を晶析工程前のリン酸量で除して得られる値である。
【0054】
【0055】
表1より、実施例1~8で得られた固体α又は固体βは、Si高含有リン酸水溶液に比べて、リン酸を高含有率で含み、Si元素の含有率は顕著に低減されていた。実施例1~8では、高純度のリン酸が得られた。
【0056】
<実施例9>
実施例1と同様にして得られた液体α約50gを、容器に入れた後、精密にその重量を測った。その後、
図1に示すように、マントルヒーターで純水を加熱し、沸騰により発生させた水蒸気を、容器内の液体αへ吹き込み、ストリッピングを行った。加熱温度、水蒸気吹込み量、吹込み時間は表2に記載のとおりとした。その後、容器内に残った液体γを回収し、リン酸、Si元素、F元素のそれぞれの含有率を分析した。
【0057】
<実施例10>
ストリッピングの条件を表2に記載の通りに変更したこと以外は、実施例9と同様にして、液体αに対するストリッピングを行い、実施例9と同様に各含有率を測定した。
【0058】
<実施例11>
実施例1で得られた液体αにフッ化水素酸を添加してF元素の含有率を表2に記載の量に変更し、ストリッピング条件を表2に記載の通りに変更したこと以外は実施例9と同様にして、液体αに対するストリッピングを行い、実施例9と同様に各含有率を測定した。
【0059】
実施例9~11について、ストリッピング前の容器内の液体αの重量、リン酸、Si、Fの含有率、F/Si、ストリッピング後の容器内の液体γの重量、リン酸、Si元素、F元素の含有率、及びストリッピング条件を表2に示す。
【0060】
【0061】
表2より、実施例9~11で得られた液体γは、液体αに比べて、リン酸を高含有率で含み、Si元素及びF元素の含有率は顕著に低減されていた。実施例9~11では、高純度のリン酸が得られた。