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特開2024-129573ポリマー複合体、酵素活性測定基質、及び、それらの製造方法
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  • 特開-ポリマー複合体、酵素活性測定基質、及び、それらの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024129573
(43)【公開日】2024-09-27
(54)【発明の名称】ポリマー複合体、酵素活性測定基質、及び、それらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08F 265/10 20060101AFI20240919BHJP
   C08F 220/58 20060101ALI20240919BHJP
   C08F 220/60 20060101ALI20240919BHJP
   C08F 2/44 20060101ALI20240919BHJP
   C12Q 1/34 20060101ALI20240919BHJP
   G01N 33/545 20060101ALI20240919BHJP
   G01N 33/542 20060101ALI20240919BHJP
【FI】
C08F265/10
C08F220/58
C08F220/60
C08F2/44 C
C12Q1/34
G01N33/545 A
G01N33/542 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023038880
(22)【出願日】2023-03-13
(71)【出願人】
【識別番号】504190548
【氏名又は名称】国立大学法人埼玉大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000888
【氏名又は名称】弁理士法人山王坂特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松岡 浩司
(72)【発明者】
【氏名】宮入 航大
(72)【発明者】
【氏名】松下 隆彦
(72)【発明者】
【氏名】幡野 健
【テーマコード(参考)】
4B063
4J011
4J026
4J100
【Fターム(参考)】
4B063QR10
4J011PA69
4J011PC02
4J011PC08
4J026AA50
4J026BA32
4J026BA38
4J026BB03
4J026DB03
4J026DB08
4J026DB14
4J026DB32
4J026EA05
4J026FA07
4J026FA09
4J026GA06
4J026GA08
4J100AM15Q
4J100AM21P
4J100AM21R
4J100BA02P
4J100BA03P
4J100BA28R
4J100BA31R
4J100BA51P
4J100BA58R
4J100BC49P
4J100BC49R
4J100BC53P
4J100CA05
4J100DA01
(57)【要約】
【課題】水溶性のFRET感受性ポリマーを不溶化し、酵素活性測定を精度よく且つ簡便に行うことができる酵素活性測定基質を提供する。
【解決手段】本発明のポリマー複合体は、共鳴エネルギー移動を生じる一対の基の一方が鎖の一端に結合し、他方が前記鎖の他端に結合した水溶性FRET感受性ポリマーと、当該水溶性FRET感受性ポリマーを内包する架橋ポリマーとを含む。水溶性FRET感受性ポリマーは、鎖の一部に、酵素により開裂する基を含むことができ、それにより本発明のポリマー複合体は、酵素活性測定基質として機能する。酵素活性測定基質は、本発明のポリマー複合体をろ紙あるいはそれ以外の基材上に形成して製造してもよい。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
共鳴エネルギー移動を生じる一対の基の一方が鎖の一端に結合し、他方が前記鎖の他端に結合した水溶性FRET感受性ポリマーと、当該水溶性FRET感受性ポリマーを内包する架橋ポリマーとを含むポリマー複合体。
【請求項2】
前記水溶性FRET感受性ポリマーは、前記鎖の一部に、酵素により開裂する基を含む請求項1に記載のポリマー複合体。
【請求項3】
前記酵素により開裂する基は、糖のオリゴマーを含むことを特徴とする請求項2に記載のポリマー複合体。
【請求項4】
前記水溶性FRET感受性ポリマーは、式Vで表されるポリマーであることを特徴とする請求項1に記載のポリマー複合体。
【化1】
(式中、nは1以上の整数、mは2以上の整数である。また、x、y、zは、大カッコ内の式であらわされる鎖(チェーン)に、各小カッコ内の基がいくつあるかを示す数であり、xは10以下の整数、yは1000以下の整数、zは10以下の整数である。カッコ内の基は、それぞれが連続して結合してブロック化したものである必要はなく、ランダムに配置されていてもよい。)
【請求項5】
前記ポリマー複合体は、前記水溶性FRET感受性ポリマーと前記架橋ポリマーとが相互侵入高分子網目(IPN)構造を有する請求項1に記載のポリマー複合体。
【請求項6】
前記架橋ポリマーは、モノマーとしてアクリルアミド及びビスアクリルアミドを含むコポリマーであることを特徴とする請求項1に記載のポリマー複合体。
【請求項7】
アクリルアミドとビスアクリルアミドとの比率が、モル比で1:9~9:1の範囲である請求項6に記載のポリマー複合体。
【請求項8】
前記水溶性FRET感受性ポリマーは、前記架橋ポリマーに対し、重量割合で2%以上含まれることを特徴とする請求項1に記載のポリマー複合体。
【請求項9】
請求項1に記載のポリマー複合体を製造する方法であって、
共鳴エネルギー移動を生じる一対の基の一方が鎖の一端に結合し、他方が前記鎖の他端に結合した水溶性FRET感受性ポリマーと、前記水溶性FRET感受性ポリマーと架橋しない第1の架橋性モノマー及び第2の架橋性モノマーとを、重合開始剤の存在下で反応させて、ゲル状のポリマー複合体を生成させることを特徴とするポリマー複合体の製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載のポリマー複合体の製造方法の前記反応を、基板上で行い、基板上に、前記ポリマー複合体からなる膜が形成された酵素活性測定基質を製造する方法。
【請求項11】
前記ゲル状のポリマー複合体を乾燥して固体状のポリマー複合体とするステップをさらに含む請求項10に記載の酵素活性測定基質を製造する方法。
【請求項12】
請求項9に記載のポリマー複合体の製造方法の前記反応を、ろ紙上で行い、ろ紙上にゲル状のポリマー複合体を生成した後、乾燥し、ポリマー複合体を担持するろ紙からなる酵素活性測定基質を製造する方法。
【請求項13】
請求項2又は請求項3に記載のポリマー複合体を用いた酵素活性測定基質。
【請求項14】
基板またはろ紙上に形成されていることを特徴とする請求項13に記載の酵素活性測定基質。
【請求項15】
アミラーゼ活性測定用の基質であることを特徴とする請求項14記載の酵素活性測定基質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素活性測定に有用なFRET感受性ポリマーに関し、特に水溶性FRET感受性ポリマーを不溶化する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
分子レベルの近距離にある2つの色素分子の間で励起エネルギーが電子の共鳴により直接移動する現象が知られている。この現象は、一方の分子で吸収された光のエネルギーが他方の分子に移動することで、他方の分子から蛍光が発せられることから蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)と呼ばれ、タンパク質間相互作用の検出や酵素活性の測定などに応用されている。
【0003】
例えば、酵素活性の測定では、FRET感受性のある一対の基を、酵素で開裂する化合物に導入し、酵素の作用により化合物内の結合が切れることにより、FRET効果が減じることを利用して酵素活性を測定する。このようなFRETを利用した酵素活性測定基質は、従来、低分子のものであったが、本発明者らは、FRET効率にとって重要な要素である2つの分子間の距離の調整が容易でFRET効率が高く且つ製造が容易なFRETポリマーを提案している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5697129号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
酵素活性測定では、通常、酵素の水溶液を用いるが、従来のFRETを利用した酵素活性測定基質は水溶性の化合物或いはゲル状のポリマーとして得られるため、酵素の水溶液に溶解してしまうために、精度の高い測定結果を得ることが難しく、また経時的な変化などを観察しにくいという課題があった。
【0006】
本発明は水溶性のFRET感受性ポリマーを不溶化する技術を提供すること、特に酵素活性測定を精度よく且つ簡便に行うことができる酵素活性測定基質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を達成するため、本発明は、FRET感受性ポリマーを取込み且つ水性の環境において容易にFRET感受性ポリマーが放出されることなくFRETを生じることができる材料を提供するものである。
【0008】
即ち本発明のポリマー複合体は、水溶性FRET感受性ポリマーと、当該水溶性FRET感受性ポリマーを内包するネットワークポリマーとからなり、水溶性FRET感受性ポリマーは、その主鎖の一端に、共鳴エネルギー移動を生じる一対の基の一方が結合し、主鎖の他端に他方が結合したものである。
【0009】
好適な実施形態では、水溶性FRET感受性ポリマーは、鎖の一部に、酵素により開裂する基を含む。酵素により開裂する基は、例えば、糖類のオリゴマーを含む。
【0010】
また好適な実施形態では、ネットワークポリマーは、相互に架橋しない複数の架橋ポリマーからなる相互侵入網目ポリマーである。複数の架橋ポリマーは、例えば、ポリアクリルアミド及びポリビスアクリルアミドを含む。アクリルアミドとビスアクリルアミドとの比率は、例えば、モル比で1:9~9:1の範囲である。
【0011】
本発明のポリマー複合体の好適な実施形態では、水溶性FRET感受性ポリマーを、ネットワークポリマーに対し、重量割合で2%以上含む。
【0012】
本発明は、また、上記ポリマー複合体を製造する方法を提供するものである。この製造方法は、共鳴エネルギー移動を生じる一対の基の一方が鎖の一端に結合し、他方が前記鎖の他端に結合した水溶性FRET感受性ポリマーと、第1の架橋性モノマーと、第1の架橋性モノマーと相互に架橋しない第2の架橋性モノマーとを、重合開始剤の存在下で反応させて、ゲル状のポリマー複合体を生成させるステップを含む。
【0013】
本発明のポリマー複合体の製造方法の一態様では、前記反応を、基板上で行い、基板上に、ポリマー複合体からなる膜が形成された酵素活性測定基質を製造する。酵素活性測定基質の製造方法は、ゲル状のポリマー複合体を乾燥して固体状のポリマー複合体とするステップをさらに含むことができる。
【0014】
本発明のポリマー複合体の製造方法の別の態様では、前記反応を、ろ紙上で行い、ろ紙上にゲル状のポリマー複合体を生成した後、乾燥し、ポリマー複合体を担持するろ紙からなる酵素活性測定基質を製造する。
【0015】
本発明は、さらに、本発明のポリマー複合体を用いた酵素活性測定基質を提供するものである。本発明の酵素活性測定基質は、例えば、基板またはろ紙上に形成されている。また本発明の酵素活性測定基質は、例えば、アミラーゼ活性測定用の基質である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、水溶性のFRET感受性ポリマーがネットワークポリマーに絡み合った構造を持つポリマー複合体とすることで、FRET感受性ポリマーを実質的に水に対し不溶化することができる。これによりFRETを利用した酵素活性測定などの水性溶媒中で行われる測定の精度を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明のポリマー複合体の構造を模式的に示す図。
図2】実施例1のG6ポリマーの1H NMRを示す図。
図3】アミラーゼ添加前のネットワークポリマーの蛍光計測結果を示す図。
図4】枯草菌由来アミラーゼを添加後のネットワークポリマーの蛍光計測結果を示す図。
図5】豚膵臓由来アミラーゼを添加後のネットワークポリマーの蛍光計測結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明のポリマー複合体及びそれを含む酵素活性測定基質について具体的に説明する。
【0019】
本発明のポリマー複合体は、水溶性FRET感受性ポリマーと、当該水溶性FRET感受性ポリマーを内包するネットワークポリマーとからなる。水溶性FRET感受性ポリマーは、共鳴エネルギー移動を生じる一対の基が、互いに所定の距離を持って位置するように結合された水溶性ポリマーであり、一般式Iで表すことができる。
【0020】
【化1】
式中、x、y、zは式であらわされるチェーンにA,B,Cがいくつあるかを示す数であり、A,B,Cは、それぞれが連続して結合してブロック化したものである必要はなく、ランダムに配置されていてもよい。xは10以下の整数、yは1000以下の整数、zは10以下の整数であり、A及びCに、共鳴エネルギー移動を生じる一対の基(R11、R12)の一方及び他方が結合されている。共鳴エネルギー移動を生じる一対の基とは、FRET効果を生じる基を意味し、特定波長の光を吸収して第1の波長の蛍光を発する基を蛍光ドナー、蛍光ドナーが発する第1の波長の蛍光を受けて、第1の波長とは異なる第2の波長の蛍光を発する基を蛍光アクセプターともいう。これら蛍光ドナーと蛍光アクセプターとがFRET効果を発揮するためには、蛍光ドナーが発する蛍光で蛍光アクセプターが励起される物質であること、及び両者が効果を発することができる距離にあることが必要である。
【0021】
蛍光ドナー及び蛍光アクセプターとしては、種々のものが知られており(Analytical Biochemistry 218, 1-13(1994))、例えばフルオレセイン系基(FITC、FAM、HEX、TET、Texas red、)、ローダミン系(TAMRA)、シアニン系(Cy3、Cy5)、ナフチル或いはナフタレン系(EDANS、DANCYL)、ダブシル(DABCYL)の基などが挙げられる。特に好ましい組み合わせとして、ナフチル基とダンシル基、EDANS基とDABCYL基などを挙げることができる。
【0022】
本発明の水溶性FRET感受性ポリマーは、このような蛍光ドナーと蛍光アクセプターを水溶性ポリマー(式IのB)の鎖の一端と他端に連結部A、Cを介して連結したものである。式IのBは、水溶性モノマーを結合した重合性化合物からなる。水溶性モノマーとして、例えば、アクリルアミドなどのアクリル系モノマー、メタクリル系モノマー、アクリロニトリル、酢酸ビニルなどが挙げられ、特にアクリル系モノマーを好適に用いることができる。
【0023】
連結部A及びCは、Bと結合し且つ上記蛍光ドナー及び蛍光アクセプターと結合可能な基であれば特に限定されないが、例えば、水溶性FRET感受性ポリマーの合成において、式IIで表されるビニル化合物を用いて導入することができる。
【化2】
(式II中、R1、R2及びR3は同一又は異なる、水素、塩素、フッ素、メチル基、アセチル基、カルボキシ基、カルボキメチル基、シアノ基であり、R4は、蛍光ドナー又は蛍光アクセプター、あるいはカルボキシアミド基である。
【0024】
なおR4は式IのR11、R12(蛍光ドナー又は蛍光アクセプター)であり、酵素認識部分を介して結合されていてもよい。酵素認識部分とは、酵素によって式Iの化合物がFRET効果を消失するように変化し、それによって酵素の存在を確認可能な部分を意味し、具体的には酵素により開裂する基である。そのような基は酵素の種類により異なるが、例えば酵素が加水分解酵素の場合、エステル基、ペプチド結合をもつ基、単糖、オリゴ糖或いは多糖類が挙げられる。
【0025】
式IにおけるA、B,Cの組成割合x、y、z、特にyは、蛍光ドナー/蛍光アクセプター間距離を決定するものであり、蛍光ドナー/蛍光アクセプターが所定の距離を保ち且つFRET効果を発することができる範囲とする。具体的には、zを基準として、xは1~10、yは0~100の範囲であることが好ましい。
【0026】
本発明の水溶性FRET感受性ポリマーの代表的な例(特許文献1に記載のポリマー化合物)を、次式に示す。
【化3】
(式中、nは1以上の整数、mは2以上の整数である。また、x、y、zは、大カッコ内の式で表される鎖に、各小カッコ内の基がいくつあるかを示す数であり、xは10以下の整数、yは1000以下の整数、zは10以下の整数である。カッコ内の基は、それぞれが連続して結合してブロック化したものである必要はなく、ランダムに配置されていてもよい。以下、同じ。)
【0027】
このポリマーは、蛍光ドナーとしてナフタレン系化合物、蛍光アクセプターとしてDANSYLが、それぞれ、アクリルアミドを介して(式IのA、Cとして)ポリアクリルアミドの鎖の端部に結合した構造を持ち、蛍光ドナーとアクリルアミドとの間には、酵素認識部分として、2以上の糖(グルコース)がつらなったオリゴ糖あるいは多糖体が挿入されている。この構造によりこの水溶性FRET感受性ポリマーは、後述する酵素活性測定基質として機能する。
【0028】
上述した水溶性FRET感受性ポリマーは、蛍光ドナーが結合した化合物、蛍光アクセプターが結合した化合物、及び蛍光ドナーと蛍光アクセプターのいずれもが結合していないモノマーとを所定の割合で共重合することにより製造することができる。水溶性FRET感受性ポリマーの重合については、特許文献1に詳述されているので、ここでは説明を省略する。
【0029】
次に本発明のポリマー複合体(ネットワークポリマー)を構成するもう一方のポリマーである架橋ポリマーついて説明する。
【0030】
この架橋ポリマーは、水に不溶なポリマーからなり、前述した水溶性FRET感受性ポリマー(以下、単に水溶性ポリマーという)とは基本的に非相溶性である。また水溶性ポリマーとは化学結合はしていないが、架橋構造が絡み合うことで物理的に結合し、水溶性ポリマーを内包し、水溶性ポリマーを水に対し実質的に不溶化する。
【0031】
架橋ポリマーとして、具体的には、スチレン等の芳香族ビニル系モノマー、アクリルアミドやビスアクリルアミドなどのアクリル系モノマー、メタクリル系モノマー、アクロトニトリル、酢酸ビニルなどのモノマーの重合体或いは共重合体が挙げられ、モノマーの少なくとも1種として非水溶性のモノマーを用いることが好ましい。例えば、アクリルアミドとビスアクリルアミドとの共重合体とすることが好ましい。この例において、アクリルアミドとビスアクリルアミドとの割合は、限定されるものではないが、モル比で好ましくは100:2~100:20、より好ましくは100:2.5~100:10とする。
【0032】
水溶性ポリマーと架橋ポリマーとの割合は、モル比で水溶性ポリマー:架橋ポリマー=30:1~100:1が好ましい。このような範囲とすることで、架橋ポリマーと水溶性ポリマーとが絡み合い、物理的に結合し、水溶性ポリマーを不溶化することができる。
【0033】
本発明のポリマー複合体は、上述した架橋ポリマーを構成するモノマーを重合する際に、反応系に水溶性FRET感受性ポリマーを加えて重合反応を進めることによりネットワークポリマーとして生成させることができる。重合方法は公知の重合方法、例えば、過硫酸アンモニウム(APS)やN,N,N’,N’-テトラメチルエチレンジアミン(TEMED)などの重合開始剤や重合促進剤を用いたラジカル重合などで行うことができる。
【0034】
重合反応は、窒素、アルゴン等の不活性雰囲気で行うことが好ましく、上述した水溶性FRET感受性ポリマー、モノマー及び水などの溶媒を反応容器に導入し、常温、常圧で、反応時間15分~1時間で行う。これによりゲル状のネットワークポリマーが生成する。ゲル状のポリマーは、乾燥することで粉末化することができる。
【0035】
このようにして製造される本発明のネットワークポリマーは、相互侵入網目(IPN)ポリマーであり、図1に示すような、構造を有している。このIPN構造では、図中模式的にベンゼン基で示す蛍光ドナー及び蛍光アクセプターが結合したFRET感受性ポリマーと、架橋ポリマーとは、相互に架橋しないため、化学結合はしていないが、ポリマー鎖が絡み合うことで物理的に結合した構造となっており、水性溶媒中でも可溶性のFRET感受性ポリマーが溶媒中に溶け出すことがなく、蛍光ドナーと蛍光アクセプターとの距離がFRET効果を生じる適切な距離に保たれる。一方、蛍光ドナー或いは蛍光アクセプターとポリマー鎖とを連結する部分が、酵素などの結合を切る物質によって結合を切られた場合には、蛍光ドナー或いは蛍光アクセプターはポリマー鎖から切断され、小分子量となり、架橋ポリマーが形成するネットワークポリマーのIPN構造から離れやすくなり、水性溶媒等に溶け出すようになる。それにより、FRET効果は喪失する。
【0036】
本発明のポリマー複合体は、このようなFRET感受性ポリマーとネットワークポリマーの構造によるFRET感受性の消失を利用して、連結部を切断する物質、特に酵素の活性効果を測定する用途に適用することができる。特にFRET感受性ポリマーに含まれる、酵素による開裂可能な基の開裂を利用して酵素活性を測定する用途に好適であり、FRET感受性ポリマーが水に対し不溶化されていることから、水性環境で行われる酵素活性測定を高精度で行うことができる。
【0037】
即ち、本発明の酵素活性測定基質として用いられるポリマー複合体は、式IのR11、R12と、A或いはCとの間に、酵素により開裂する基(酵素認識部分)を含むものである。酵素と酵素認識部分との組み合わせは、特に限定されないが、例えば、カルボン酸エステル加水分解酵素(カルボキシルエステラーズ、コリンエステラーゼ、ホスホリパーゼなど)、リン酸エステル分解酵素(ホスフォターゼ、ヌクレアーゼなど)などのエステル加水分解酵素、糖分解酵素((α―、β―)アミラーゼ、セルラーゼ、グルコアミラーゼ、グルカナーゼ、グリコシダーゼ、マンノシダーゼ、N-アセチルヘキソミニダーゼなど)、ペプチド結合加水分解酵素(ペプチターゼ、プロテアーゼなど)、エーテル・チオエーテル加水分解酵素、ペプチド以外のCN結合加水分解酵素などが挙げられる。
【0038】
酵素認識部分は、これら加水分素酵素により切断される結合を有する基であればよい。式Iの化合物に、このような酵素認識部分を導入するためには、例えば、特許文献1の実施例に記載されているように、オリゴ糖の位置選択的な保護、さらに段階的なアセチル化と脱アセチル化を行うことにより、一端に蛍光ドナー或いは蛍光アクセプターが結合し、他端をアクリロイル化した式Iの部分化合物(R11-Ax)の前駆体を製造することができる。
【0039】
なお上述した本発明のポリマー複合体を製造するための重合反応を、反応容器内ではなく、紙、ガラス等の基材の上で行うことも可能であり、それにより基材上にネットワークポリマー(ゲル)の層が積層されたポリマー複合体を製造することができる。この場合、ポリマー複合体を構成する水溶性FRET感受性ポリマーが酵素により開裂する基(酵素認識部分)を含んでいる場合には、そのまま酵素活性測定基質キットとして利用することができる。
【実施例0040】
以下、本発明のポリマー複合体の実施例を説明する。
【0041】
<実施例>
1.ポリマー複合体の合成
最初に、下記の反応式に示すように、式Vで表されるFRET感受性ポリマー(以下、G6ポリマー)を合成した。具体的には、10 mLサンプル瓶に、式IIIで表されるモノマー化合物(以下、G6モノマーという)(24.95 mg)、アクリルアミド(13.75 mg, 10 eq)、超純水(330 μL)加え、室温で攪拌し溶解させた後、30分脱気し、アルゴン置換した。続いて、メタノール(30.6 μL)に溶解させた式IVのダンシルモノマー (0.653 mg, 0.1 eq)を加え、再び5分間脱気し、アルゴン置換した。テトラメチルエチレンジアミン(TEMED)(0.564 μL, 0.2 eq)と超純水(44 μL)に溶解したペルオキソ二硫酸アンモニウム(0.429 mg, 0.1 eq)を加え、速やかにアルゴン置換を行い攪拌した。24時間後、0.1 M酢酸-ピリジン緩衝液を加え反応を停止させた後、透析により精製し、凍結乾燥を行い、ポリマーを白色スポンジ状(31 mg, 79%)で得た。
【0042】
【化4】
【0043】
このポリマーは、励起光λex290 nmで励起するとλem520 nm付近に蛍光が観察され、ナフチル基に起因する蛍光エネルギーがDANSYL基の励起光へ共鳴移動するFRET感受性が確認された。また乾燥状態(粉末化後)のポリマーを水につけると、ゼリー状(ゲル化)になるが、この状態でも同様の蛍光が観察され、いずれの状態でもFRET感受性が認められた。さらに、得られたポリマーの1H NMR(500 MHz、DMSO-d6)を測定した。1H NMRの結果を図2に示す。この結果から、ポリマーは、式Vのポリマー(G6ポリマー)で、x : y : z = 1 : 12 : 0.1と推定した。
【0044】
またGPC(測定溶媒:DMSO : H2O = 1 : 1)にて、生成したG6ポリマーの分子量を測定したところ、重量平均分子量はMw=693,399であった。この重量平均分子量と繰り返し単位の分子量(2218.06)から、重合度n(式(V)のn)の平均値は312.6、排除限界を考慮するとn>135.3であることが確認された。
【0045】
次いで、以下の反応式に示すように、10 mLサンプル瓶に30w/v%アクリルアミド/ビスアクリルアミド混合液(アクリルアミド:ビスアクリルアミド=37.5 : 1)(251.2 μL)、超純水(200 μL)、上記G6ポリマー(7.39 mg)を加え、室温で攪拌し溶解させ、15分間脱気し、アルゴン置換した。溶液にテトラメチルエチレンジアミン(0.444 μL)と超純水(20 μL)に溶解したペルオキソ二硫酸アンモニウム(0.293 mg)を加え、速やかにアルゴン置換を行い、ボルテックスで15分ほど攪拌することで無色円盤状のゲルを得た。得られたゲルを透析膜に入れ、24時間透析を行い精製し、これを真空下で乾燥して、G6ポリマーとアクリルアミド/ポリアクリルアミド共重合体との混合ポリマー(以下、BisAAm-G6ネットワークポリマーという)である無色の固体を得た。
【0046】
【化5】
【0047】
2.蛍光測定
<酵素添加前測定>
上記合成により得た固体(乾燥重量:3.13 mg)、10 mM HEPES緩衝液(50 mM NaCl, 10 mM KCl, 0.02% NaN3含有, pH 7.0)(3000 μL)を4 mL石英セルに加え、37℃で30分静置し、次の条件で蛍光測定(プログラム測定)を行った。
励起波長:290 nm、測定波長範囲:300~600 nm、10毎に100回測定
【0048】
結果を図2に示す。図示するように、320 nm付近に水のラマン散乱光に起因する発光及び580 nm付近に励起光の二次光に起因する発光が観察され、FRET感受性ポリマーからの蛍光発光は全く観測されなかった。
【0049】
<酵素添加後測定:その1>
次いで、乾燥したBisAAm-G6ネットワークポリマー(3.13 mg)、10 mM HEPES緩衝液(50 mM NaCl, 10 mM KCl, 0.02% NaN3含有, pH 7.0)(2997 μL)を4 mL石英セルに加え、37℃で30分静置し、バックグラウンドを測定した。バックグランドの測定結果を図3に示す。
また、バックグラウンド測定後、セルに枯草菌由来アミラーゼ溶液(0.567 U/μL, 2.65 μL)(アミラーゼ濃度 0.5 U/mL)を加え、セルを上下に5回振とうした後、速やかにプログラム測定を開始した。
【0050】
一方、ネットワークポリマーを加えることなく、上記と同様の10 mM HEPES緩衝液及び枯草菌由来アミラーゼ溶液を4 mL石英セルに加え、セルを上下に5回振とうした後、蛍光測定を行い、補正用データを得た。
【0051】
枯草菌由来アミラーゼ溶液を加えてプログラム測定で得たスペクトルを、上記補正用データで補正した後のスペクトルを図4に示す。図示するように、アミラーゼ添加前は、図3に示すスペクトル(バックグラウンドのスペクトル)には見られなかった340 nm付近に、蛍光ドナーに起因する発光が観察されて、時間の経過とともに、340 nm付近の発光は大幅に増加した。この結果から、アミラーゼの酵素反応によって式Vの化合物のグルコース部分が開裂し、蛍光ドナーと蛍光アクセプターとの距離が離れることによってFRETが解消していること、即ち蛍光ドナーから蛍光アクセプターへのエネルギー転移が消失していくことがわかる。
【0052】
<酵素添加後測定:その2>
乾燥したBisAAm-G6ネットワークポリマー(2.90 mg)、10 mM HEPES緩衝液(50 mM NaCl, 10 mM KCl, 0.02% NaN3含有, pH 7.0)(2997 μL)を4 mL石英セルに加え、37℃で30分静置し、バックグラウンドを測定した。セルに豚膵臓由来アミラーゼ溶液(0.525 U/μL, 2.86 μL)を加え、セルを上下に5回振とうした後、速やかにプログラム測定を開始した。
【0053】
豚膵臓由来アミラーゼについても、枯草菌由来アミラーゼの蛍光測定と同様に、アミラーゼ単独の蛍光スペクトルを補正データとして、プログラム測定で得たスペックトルを補正した。結果を図5に示す。
【0054】
図5に示すように、蛍光ドナーに起因する340nm付近の発光は、アミラーゼ添加後時間の経過とともに増加した。これによりFRETが解消していることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明によれば、水溶性のFRETポリマーを不溶化することができ、当該FRETポリマーのFRET効果を利用する測定を水溶性溶媒中で行う場合の測定精度を向上することができる。これにより本発明により酵素活性測定基質として有用な材料が提供される。
図1
図2
図3
図4
図5