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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024012960
(43)【公開日】2024-01-31
(54)【発明の名称】ラップ工具
(51)【国際特許分類】
   B24B 37/12 20120101AFI20240124BHJP
【FI】
B24B37/12 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022114825
(22)【出願日】2022-07-19
(71)【出願人】
【識別番号】598031268
【氏名又は名称】株式会社クリスタル光学
(71)【出願人】
【識別番号】000003528
【氏名又は名称】東京製綱株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】弁理士法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】桐野 宙治
(72)【発明者】
【氏名】川波多 裕司
(72)【発明者】
【氏名】谷 泰弘
(72)【発明者】
【氏名】眞鍋 太輔
(72)【発明者】
【氏名】山本 幸仁
【テーマコード(参考)】
3C158
【Fターム(参考)】
3C158AA07
3C158AA09
3C158AA16
3C158CB01
3C158CB03
3C158DA03
3C158EA11
3C158ED00
(57)【要約】
【課題】鋳鉄定盤よりも研磨性能が高いラップ工具を提供する。
【解決手段】本発明に係るラップ工具1は、被加工物をラップ加工する際に使用されるものであって、主面2aを有する基部2と、主面2a上に設けられた樹脂層3と、主面2aから樹脂層3の表面へと延びるように該樹脂層3に埋まった複数の線材4とを備え、複数の線材4はいずれも、主面2aから樹脂層3の表面まで途切れることなく延び、樹脂層3の表面から露出している。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被加工物をラップ加工する際に使用されるラップ工具であって、
主面を有する基部と、
前記主面上に設けられた樹脂層と、
前記主面から前記樹脂層の表面へと延びるように該樹脂層に埋まった複数の線材と
を備え、
前記複数の線材はいずれも、前記主面から前記樹脂層の表面まで途切れることなく延び、前記樹脂層の表面から露出している
ことを特徴とするラップ工具。
【請求項2】
前記複数の線材はいずれも、伸線加工により形成されたものである
ことを特徴とする請求項1に記載のラップ工具。
【請求項3】
前記樹脂層は、使用する研磨液との親和性の低い樹脂材料で構成されている
ことを特徴とする請求項1に記載のラップ工具。
【請求項4】
前記線材の引張強さをA[MPa]、前記被加工物に作用する作用領域における前記樹脂層の前記表面の面積をB、前記作用領域において露出した前記複数の線材の端面の総面積をCとしたとき、式“A×C/(B+C)”で計算される値が850以上である
ことを特徴とする請求項1~請求項3のいずれか一項に記載のラップ工具。
【請求項5】
前記複数の線材は、円形状を有する複数の前記端面が密集して正六角形状のセグメントをなし、かつ複数の前記セグメントが規則的に並んでハニカム状をなすように前記樹脂層に埋まっている
ことを特徴とする請求項4に記載のラップ工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被加工物をラップ加工する際に使用されるラップ工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、被加工物とラップ工具との間に砥粒を含む研磨液を連続的に供給し、被加工物を所定の圧力でラップ工具に押し付けながら該ラップ工具および被加工物を回転あるいは揺動させて両者を擦り合わせるラップ加工が行われている。ラップ工具には種々のタイプが存在し、必要とされる加工精度等に応じてどのタイプのラップ工具を使用するのかが決定される。
【0003】
従来の一般的なラップ工具のひとつに、特許文献1等に記載の球状黒鉛を析出した鋳鉄定盤がある。このタイプのラップ工具によれば、球状黒鉛の脱落により生じた窪みに砥粒が保持されこの砥粒が後続の砥粒の動きを抑制することが起こり(図17参照)、被加工物を能率よく加工することができる。また、このタイプのラップ工具は、鋳物なので大型化が容易である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平4-80792号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来のラップ工具(鋳鉄定盤)は、特にサファイア、シリコンカーバイド等の硬質の難削材に対して、上記窪みでの砥粒の保持が十分に行えないことから、市場が要求する高い研磨性能を実現できていなかった。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、鋳鉄定盤よりも研磨性能が高いラップ工具を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明に係るラップ工具は、被加工物をラップ加工する際に使用されるものであって、主面を有する基部と、主面上に設けられた樹脂層と、主面から樹脂層の表面へと延びるように該樹脂層に埋まった複数の線材とを備え、複数の線材はいずれも、主面から樹脂層の表面まで途切れることなく延び、樹脂層の表面から露出している、との構成を有している。
【0008】
上記ラップ工具の複数の線材はいずれも、伸線加工により形成されたものであることが好ましい。
【0009】
上記ラップ工具の樹脂層は、使用する研磨液との親和性の低い樹脂材料で構成されていることが好ましい。
【0010】
上記ラップ工具は、線材の引張強さをA[MPa]、被加工物に作用する作用領域における樹脂層の表面の面積をB、作用領域において露出した複数の線材の端面の総面積をCとしたとき、式“A×C/(B+C)”で計算される値が850以上であることが好ましい。
【0011】
また、上記ラップ工具は、例えば、複数の線材が、円形状を有する複数の端面が密集して正六角形状のセグメントをなし、かつ複数のセグメントが規則的に並んでハニカム状をなすように樹脂層に埋まっている、との構成をとることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、鋳鉄定盤よりも研磨性能が高いラップ工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明に係るラップ工具の基本構成を示す図であって、(A)は平面図、(B)は(A)の線A-Aにおける片側断面図である。
図2】本発明に係るラップ工具の基本構成を示す図であって、(A)および(B)はいずれも図1(A)の線A-Aにおける別の片側断面図である。
図3】本発明の第1実施例に係るラップ工具における線材の配置パターンを示す模式図である。
図4】本発明の第2実施例に係るラップ工具における線材の配置パターンを示す模式図である。
図5】本発明の第3実施例に係るラップ工具における線材の配置パターンを示す模式図である。
図6】本発明の第4実施例に係るラップ工具における線材の配置パターンを示す模式図である。
図7】本発明の第5実施例に係るラップ工具における線材の配置パターンを示す模式図である。
図8】本発明の第1~第5実施例および従来例に係るラップ工具の評価結果を示すグラフである。
図9】本発明の第1~第5実施例および従来例に係るラップ工具の評価結果を示すグラフである。
図10】本発明の第1~第5実施例および従来例に係るラップ工具の評価結果を示すグラフである。
図11】本発明の第4,第5実施例および従来例に係るラップ工具の評価結果を示すグラフである。
図12】本発明の第4,第5実施例および従来例に係るラップ工具の評価結果を示すグラフである。
図13】本発明の第4,第5実施例および従来例に係るラップ工具の評価結果を示すグラフである。
図14】本発明の変形例に係るラップ工具における線材の配置パターンを示す模式図である。
図15】本発明の別の変形例に係るラップ工具を示す片側断面図である。
図16】本発明のさらに別の変形例に係るラップ工具を示す片側断面図である。
図17】従来のラップ工具(球状黒鉛を析出した鋳鉄定盤)によるラップ加工を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[基本構成]
まず、図1および図2を参照しながら、本発明に係るラップ工具の基本構成について説明する。
【0015】
図1に示すように、本発明に係るラップ工具1は、平坦な主面2aを有する円盤状の基部2と、基部2の主面2a上に設けられた樹脂層3と、基部2の主面2aから樹脂層3の表面へと延びるように該樹脂層3に埋まった、円形状の端面を有する複数の線材4とを備えている。
【0016】
基部2は、ステンレス鋼等の高い剛性を有する金属材料からなっている。ラップ工具1は、使用時にこの基部2において研磨装置に取り付けられる。
【0017】
樹脂層3は、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、塩化ビニル樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、メラミン樹脂等の樹脂材料からなっている。樹脂層3を構成する樹脂材料は、線材4を構成する金属材料よりも線膨張係数が大きい。
【0018】
線材4は、普通鋼、特殊鋼等の鉄系の金属材料、またはタングステン、チタン、リン青銅等の非鉄系の金属材料からなっている。
【0019】
線材4は、基部2の主面2aから樹脂層3の表面まで途切れることなく真っすぐに延びている。このため、被加工物のラップ加工中に線材4の先端および樹脂層3の表面が摩耗しても、研磨性能に密接に関係する、樹脂層3の表面から露出する線材4の端面の総面積は変わることがない。なお、特許第6326737号公報に記載の研磨工具(以下、「繊維定盤」という)では、成型体に含まれる金属繊維の向きがランダムであり、その長さも一定ではないので、被加工物に作用する金属繊維の端面の総面積(研磨性能)はラップ加工中に刻一刻と変化する。本発明に係るラップ工具1は、この点において繊維定盤と明確に異なっている。
【0020】
なお、図1(B)では、線材4の根本が基部2の主面2aに接しているが、これは必須ではない。線材4は、容易には抜けない程度に樹脂層3に埋まっていればよい。
【0021】
線材4の先端は、樹脂層3の表面から僅かに突出している。言い換えると、線材4-線材4間には、樹脂層3の表面を底面とする窪み(溝)5が存在する。
【0022】
作製直後、すなわち使用開始前のラップ工具1は、線材4の先端と樹脂層3の表面とが面一であってもよいし(図2(A)参照)、樹脂層3が線材4の先端よりも盛り上がっていてもよい(図2(B)参照)。図1(B)、図2(A)および図2(B)に示した状態はいずれも、線材4の先端が樹脂層3の表面から露出した状態であると言える。
【0023】
樹脂層3は、金属材料からなる線材4よりも摩耗しやすい。このため、ラップ工具1は、被加工物のラップ加工中に図2(A)または図2(B)に示した状態から図1(B)に示した窪み5がある状態へと移行する。ここで、樹脂層3を構成する樹脂材料の線膨張係数が線材4を構成する金属材料の線膨張係数よりもかなり大きい場合は、ラップ加工中に生じた摩擦熱により樹脂層3が大きく盛り上がって砥粒に接する機会が多くなる。このため、この場合は、図2(A)または図2(B)に示した状態から図1(B)に示した状態への移行が促進され、窪み5が早期に形成されることとなる。窪み5は、研磨液中の砥粒のポンピングに寄与する。
【0024】
水ベースの水性研磨液を使用する場合は、疎水性を有する樹脂材料で樹脂層3を構成することが好ましく、油性研磨液を使用する場合は、親水性を有する樹脂材料で樹脂層3を構成することが好ましい。言い換えると、樹脂層3は、使用する研磨液との親和性の低い樹脂材料で構成されていることが好ましい。なお、本明細書において、疎水性とは、親水性砥粒のポンピングが困難になるほどの親水性を有していない性質をいい、親水性とは、これとは逆の性質をいう。疎水性は、接触角で評価することができるが、水性研磨液は、通常90質量%以上が水分であるため、水に対する接触角で評価する。接触角が小さい樹脂材料ほど親水性に優れた樹脂材料であると言え、反対に、接触角が大きい樹脂材料ほど疎水性に優れた樹脂材料であると言える。上で挙げた樹脂材料の中では、ポリエステル樹脂(79度)、ポリエチレン樹脂(94度)、ポリプロピレン樹脂(105度)、塩化ビニル樹脂(75度)、ウレタン樹脂(70度)、シリコーン樹脂(90度)等が疎水性を有している。また、上で挙げた樹脂材料の中では、エポキシ樹脂(60度)、ポリアミド樹脂(64度)、ポリイミド樹脂(52度)が親水性を有している。
【0025】
樹脂層3を構成する樹脂材料は、吸水率が1%以下であることが好ましい。吸水率がこれよりも高いと、ラップ加工中に樹脂層3が研磨液を吸収して膨張し、被加工物の加工精度が無視できないほど悪化すると考えられる。なお、上で挙げた樹脂材料の中では、ポリエステル樹脂(0.15~0.6%)、アクリル樹脂(0.5%)等が1%以下の条件を満たしている。
【0026】
樹脂層3の温度はラップ加工中に60℃に達すると予想されるため、樹脂層3を構成する樹脂材料は、60℃以上の耐熱性を有していることが好ましい。耐熱性が60℃未満だと、ラップ加工中に樹脂層3と線材4との間に隙間が生じて線材4の揺れが生じ、被加工物に傷やスクラッチが生じ易くなると考えられる。なお、上で挙げた樹脂材料の中では、アクリル樹脂(60~87℃)、ポリエステル樹脂(130℃)、ウレタン樹脂(80℃)、メラミン樹脂(100℃)、フェノール樹脂(150℃)等が60℃以上の条件を満たしている。なお、熱可塑性樹脂は、60℃以上の耐熱性を有していたとしても、それ以下の温度で軟化し、樹脂層3と線材4との間に隙間を生じさせてしまうと考えられる。このため、樹脂層3を構成する樹脂材料は、熱硬化性樹脂であることが好ましい。
【0027】
まとめると、本発明では、樹脂層3を構成する樹脂材料が、疎水性(親水性)、吸水率、耐熱性等を考慮して選定される。
【0028】
線材4を構成する金属材料は、比較的低コストで、かつ防錆性を有するステンレス鋼であることが好ましい。
【0029】
線材4は、伸線加工により形成されたものであることが好ましい。伸線加工により形成された線材4は、外周の硬度(引張強さ)が中心部よりも高いため、ラップ加工中に先端が丸まりにくく、その結果、初期の研磨性能を維持することが可能となる。
【0030】
線材4の径は、0.3mmφ~30mmφであることが好ましい。30mmφを上回ると、線材4の端面の中央まで砥粒が供給されにくくなり、研磨性能が低下すると考えられる。また、0.3mmφを下回ると、摩耗により線材4の端面がほとんど平坦ではなくなり、やはり研磨性能が低下すると考えられる。ただし、線材4が伸線加工により形成されたものである場合は、先端の丸まりが起こりにくいため、径を0.2mmφ程度としても所望の研磨性能が得られる可能性がある。
【0031】
[実施例および従来例に係るラップ工具の構成]
次に、図3図7を参照しながら、評価試験のために作製した本発明の第1~第5実施例および従来例に係るラップ工具の構成について説明する。
【0032】
(第1実施例)
第1実施例として、200mmφの円盤状の基部2と、ポリエステル樹脂からなる厚さ(=基部2の主面2aから樹脂層3の表面までの距離)約10mmの樹脂層3と、ステンレス鋼からなる0.86mmφの複数の線材4とを備えたラップ工具を作製した。線材4の引張強さは1500MPaである。また、使用したステンレス鋼の線膨張係数は1.73×10-5m/℃であり、使用したポリエステル樹脂の線膨張係数は6.50×10-5m/℃である。
【0033】
図3に、本実施例における線材4(より厳密には、線材4の端面)の配置パターンを示す。同図に示すように、37本の線材4の端面は、密集して子セグメントを構成している。そして、7つの子セグメントは、ハニカム状をなすように規則的に並べられて親セグメントを構成している。親セグメントにおける子セグメント-子セグメント間の隙間は0.1mmであり、親セグメント-親セグメント間の隙間は3mmである。これらの隙間には、当然ながら樹脂層3が存在する。
【0034】
(第2実施例)
第2実施例として、第1実施例と同じ基部2および樹脂層3と、ステンレス鋼からなる1.5mmφの複数の線材4とを備えたラップ工具を作製した。線材4の引張強さは1770MPaである。また、使用したステンレス鋼の線膨張係数は1.73×10-5m/℃である。
【0035】
図4に、本実施例における線材4の配置パターンを示す。同図に示すように、37本の線材4の端面は、密集して子セグメントを構成している。そして、7つの子セグメントは、ハニカム状をなすように規則的に並べられて親セグメントを構成している。親セグメントにおける子セグメント-子セグメント間の隙間は0.1mmであり、親セグメント-親セグメント間の隙間は1mmである。これらの隙間には、当然ながら樹脂層3が存在する。
【0036】
(第3実施例)
第3実施例として、第1実施例と同じ基部2と、アクリル樹脂からなる厚さ約10mmの樹脂層3と、炭素鋼からなる7mmφの複数の線材4とを備えたラップ工具を作製した。線材4の引張強さは1570MPaである。また、使用した炭素鋼の線膨張係数は1.20×10-5m/℃であり、使用したアクリル樹脂の線膨張係数は7.00×10-5m/℃である。
【0037】
図5に、本実施例における線材4の配置パターンを示す。同図に示すように、線材4の端面は、碁盤目状に並んでいる。隣接する線材4-線材4間の隙間は1.2mmである。この隙間には、当然ながら樹脂層3が存在する。
【0038】
(第4実施例)
第4実施例として、第1実施例と同じ基部2および樹脂層3と、炭素含有量が0.6%以上である高炭素鋼からなる7mmφの複数の線材4とを備えたラップ工具を作製した。線材4の引張強さは1960MPaである。また、使用した特殊鋼の線膨張係数は1.20×10-5m/℃である。
【0039】
図6に、本実施例における線材4の配置パターンを示す。同図に示すように、線材4の端面は、碁盤目状に並んでいる。隣接する線材4-線材4間の隙間は0.5mmである。この隙間には、当然ながら樹脂層3が存在する。
【0040】
(第5実施例)
第5実施例として、第4実施例と同じ基部2、樹脂層3および複数の線材4を備えたラップ工具を作製した。
【0041】
図7に、本実施例における線材4の配置パターンを示す。同図に示すように、19本の線材4の端面は、密集して正六角形状のセグメントを構成している。そして、複数のセグメントは、ハニカム状をなすように規則的に並んでいる。セグメント-セグメント間の隙間は1mmである。この隙間には、当然ながら樹脂層3が存在する。
【0042】
(従来例)
従来例として、球状黒鉛を含む引張強さ450MPaの円盤状(200mmφ)の鋳鉄定盤を作製した。
【0043】
表1は、第1~第5実施例に係るラップ工具の構成をまとめたものである。
【表1】
【0044】
[評価試験]
次に、図8図13を参照しながら、本発明の第1~第5実施例および従来例に係るラップ工具の評価試験について説明する。
【0045】
(第1評価試験)
第1評価試験では、第1~第5実施例に係るラップ工具および従来例に係るラップ工具(鋳鉄定盤)を用いて、表2に示す試験条件で被加工物としての円盤状ソーダガラスの片面ラップ加工を行い、研磨能率、摩耗速度および仕上げ面粗さを測定した。
【表2】
【0046】
図8は、第1~第5実施例および従来例に係るラップ工具の研磨能率P、摩耗速度Wおよび仕上げ面粗さRに関するグラフである。このグラフは、ソーダガラスのラップ加工において、第1~第5実施例に係るラップ工具が従来例に係るラップ工具よりも研磨能率Pに関して優れていることを示している。
【0047】
図9は、第1~第5実施例および従来例に係るラップ工具のP/R(式“研磨能率P/仕上げ面粗さR”で計算される評価指標)およびP/W(式“研磨能率P/摩耗速度W”で計算される評価指標)に関するグラフである。このグラフは、ソーダガラスのラップ加工において、第1~第3実施例に係るラップ工具が従来例に係るラップ工具よりもP/Rに関して優れていること、および第4,第5実施例に係るラップ工具が従来例に係るラップ工具よりも特にP/Wに関して優れていることを示している。
【0048】
図10は、“引張強さ×面積率”を横軸として、第1~第5実施例および従来例に係るラップ工具のP/RおよびP/Wをプロットしたものである。ここで、“引張強さ”は、ラップ工具の表面を構成する金属部分の引張強さを意味する。例えば第1実施例における引張強さは、線材4を構成するステンレス鋼の引張強さである1500MPaであり、従来例における引張強さは、表面全体を構成する鋳鉄の引張強さである450MPaである。また、“面積率”は、被加工物に作用する金属部分の面積率を意味する。ラップ工具の表面のうち被加工物に作用する領域を“作用領域”としたとき、第1実施例における面積率は、式“作用領域において露出した複数の線材4の端面の総面積/(作用領域において露出した複数の線材4の端面の総面積+作用領域における樹脂層3の表面の面積)”で計算することができ、従来例における面積率は1である。このグラフは、P/Rに関して優れたラップ工具を得たい場合は、第1~第3実施例のように“引張強さ×面積率”を1000未満に設定すればよく、P/Wに関して優れたラップ工具を得たい場合は、第4,第5実施例のように“引張強さ×面積率”を1000以上に設定すればよいことを示している。
【0049】
なお、第1,第3実施例に係るラップ工具は、P/Rに関しては従来例に係るラップ工具よりも優れているが、P/Wに関しては従来例に係るラップ工具よりも劣っている。一方、第2,第4,第5実施例に係るラップ工具は、P/RおよびP/Wの両方に関して従来例に係るラップ工具よりも優れている。このため、P/RおよびP/Wの両方に関して従来の鋳鉄定盤よりも優れたラップ工具を得たい場合は、“引張強さ×面積率”を850以上に設定すればよい。
【0050】
(第2評価試験)
第2評価試験では、第4,第5実施例に係るラップ工具および従来例に係るラップ工具(鋳鉄定盤)を用いて、表3に示す試験条件で被加工物としての円盤状のサファイアの片面ラップ加工を行い、研磨能率、摩耗速度および仕上げ面粗さを測定した。
【表3】
【0051】
図11は、第4,第5実施例および従来例に係るラップ工具の研磨能率P、摩耗速度Wおよび仕上げ面粗さRに関するグラフである。このグラフは、難削材であるサファイアのラップ加工においても、第4,第5実施例に係るラップ工具が従来例に係るラップ工具よりも研磨能率Pに関して優れていることを示している。
【0052】
図12は、第4,第5実施例および従来例に係るラップ工具のP/RおよびP/Wに関するグラフである。このグラフは、難削材であるサファイアのラップ加工においても、第4,第5実施例に係るラップ工具が従来例に係るラップ工具よりもP/RおよびP/Wの両方に関して優れていることを示している。
【0053】
図13は、“引張強さ×面積率”を横軸として、第4,第5実施例および従来例に係るラップ工具のP/RおよびP/Wをプロットしたものである。このグラフは、難削材であるサファイアのラップ加工においても、“引張強さ×面積率”が850以上である第4,第5実施例に係るラップ工具がP/RおよびP/Wの両方に関して従来例に係るラップ工具よりも優れていることを示している。
【0054】
[変形例]
以上、本発明に係るラップ工具の第1~第5実施例について説明してきたが、本発明の構成はこれらに限定されるものではない。
【0055】
例えば、線材4の配置パターン、断面形状および径は、図3図7に示したものに限定されない。他の配置パターンの例としては、15本の線材(断面形状は円形)からなる正三角形状のセグメントを規則的に並べたようなものを挙げることができる(図14(A)参照)。また、他の断面形状の例としては、正方形や正三角形を挙げることができる(図14(B)参照)。異なる断面形状および/または径の線材を組み合わせて使用してもよい(図14(B)参照)。線材4の径は、前述した通り、0.3mmφ(0.2mmφ)~30mmφの範囲内で変更することができる。
【0056】
なお、配置パターンを変更する場合は、隣接する線材4-線材4間の隙間(窪み5の幅)は0.3mm~3mmが好ましい点に留意すべきである。0.3mm未満とすると線材4-線材4間に砥粒や切り屑が詰まり易くなって研磨性能が低下し、反対に3mm以上にするとラップ工具の表面における金属部分の面積率が低下して高いP/Rと高いP/Wの両立が難しくなると考えられる。
【0057】
また、本発明に係るラップ工具1は、図15に示すような、平面ではなく曲面に対してラップ加工を行うタイプであってもよい。同図(A)に示すラップ工具1は、被加工物に対して凸の主面2aを有する基部2と、主面2aから樹脂層3の表面へと真っすぐに延びるように該樹脂層3に埋まった複数の線材4とを備えている。また、同図(B)に示すラップ工具1は、被加工物に対して凹の主面2aを有する基部2と、主面2aから樹脂層3の表面へと真っすぐに延びるように該樹脂層3に埋まった複数の線材4とを備えている。
【0058】
また、本発明に係るラップ工具1は、図16に示すように、リング状の外側補強部材6および内側補強部材7をさらに備えていてもよい。内側補強部材7は、ラップ工具1が貫通孔8を有する場合に使用することができる。補強部材6,7は、適当な金属または樹脂材料から構成されている。この補強部座6,7によれば、樹脂層3と線材4との間に隙間が生じて線材4が抜け易くなるのを防ぐことができる。
【0059】
また、本発明に係るラップ工具1は、基部2と樹脂層3との間に別の樹脂層をさらに備えていてもよい。つまり、線材4を支持する樹脂層3は、基部2の主面2a上に別の樹脂層を介して設けられてもよい。この別の樹脂層は、接着強度が高いエポキシ樹脂で構成されていることが好ましい。
【0060】
また、線材4を支持する樹脂層3の厚みは、10mmに限定されず、5~100mmの範囲内の任意の厚みであってもよい。樹脂層3の厚みは、ラップ工具全体の厚みが使用する研磨装置にとって好適な厚みとなるように、基部2の厚みに応じて決定すればよい。
【0061】
また、図1(B)、図2および図15では、線材4が基部2の主面2aに対して垂直な方向に延びているように描かれているが、必ずしもそうでなくてもよい。
【0062】
また、線材4の外周面は、樹脂層3との密着性を高めるために、プライマー処理が施されていてもよい。好適なプライマー処理としては、例えば、シランカップリング剤の塗布を挙げることができる。
【符号の説明】
【0063】
1 ラップ工具
2 基部
3 樹脂層
4 線材
5 窪み(溝)
6 外側補強部材
7 内側補強部材
8 貫通孔
図1
図2
図3
図4
図5
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