IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日産自動車株式会社の特許一覧 ▶ ルノー エス.ア.エス.の特許一覧

<>
  • 特開-電動機制御方法及び電動機制御装置 図1
  • 特開-電動機制御方法及び電動機制御装置 図2
  • 特開-電動機制御方法及び電動機制御装置 図3A
  • 特開-電動機制御方法及び電動機制御装置 図3B
  • 特開-電動機制御方法及び電動機制御装置 図4
  • 特開-電動機制御方法及び電動機制御装置 図5
  • 特開-電動機制御方法及び電動機制御装置 図6
  • 特開-電動機制御方法及び電動機制御装置 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024129602
(43)【公開日】2024-09-27
(54)【発明の名称】電動機制御方法及び電動機制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/24 20160101AFI20240919BHJP
   H02P 27/08 20060101ALI20240919BHJP
【FI】
H02P21/24 ZHV
H02P27/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023038921
(22)【出願日】2023-03-13
(71)【出願人】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】507308902
【氏名又は名称】ルノー エス.ア.エス.
【氏名又は名称原語表記】RENAULT S.A.S.
【住所又は居所原語表記】122-122 bis, avenue du General Leclerc, 92100 Boulogne-Billancourt, France
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】弁理士法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡田 篤
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 健介
(72)【発明者】
【氏名】松浦 透
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505AA16
5H505BB06
5H505CC04
5H505DD03
5H505DD08
5H505EE41
5H505EE49
5H505GG03
5H505GG04
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ04
5H505JJ17
5H505JJ28
5H505LL22
5H505LL34
5H505LL38
5H505LL45
(57)【要約】
【課題】電動機の動作環境に依らずに磁石温度をより高精度に推定する。
【解決手段】
電動機Mの回転状態N、トルク目標値T、及び推定磁石温度Tmag_esに基づいて電圧振幅指令値V 及び電圧位相指令値δを設定する電圧位相制御を実行し、電圧位相制御の下で推定磁石温度Tmag_esを求める電動機制御方法を提供する。特に、この電動機制御方法では、電動機Mに流れる電流値(i,i)を計測し、計測された電流値(i,i)からd軸電流計測値id_me及びq軸電流計測値iq_meを演算し、d軸電流計測値id_me又はq軸電流計測値iq_me、電圧振幅指令値V 、及び電圧位相指令値δに基づいて、推定磁石温度Tmag_esを演算する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動機の回転状態、トルク目標値、及び推定磁石温度に基づいて電圧振幅指令値及び電圧位相指令値を設定する電圧位相制御を実行し、前記電圧位相制御の下で前記推定磁石温度を求める電動機制御方法であって、
前記電動機に流れる電流値を計測し、
計測された前記電流値からd軸電流計測値及びq軸電流計測値を演算し、
前記d軸電流計測値又は前記q軸電流計測値、前記電圧振幅指令値、及び前記電圧位相指令値に基づいて、前記推定磁石温度を演算する、
電動機制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の電動機制御方法であって、
予め定められた磁石温度と電圧位相上限との関係を参照して、前記推定磁石温度から位相上限値を演算し、
前記電圧位相指令値を前記位相上限値以下に制限する、
電動機制御方法。
【請求項3】
請求項1に記載の電動機制御方法であって、
予め定めた磁石温度演算用マップに、前記d軸電流計測値又は前記q軸電流計測値、前記電圧振幅指令値の前回値、及び前記電圧位相指令値の前回値を適用して前記推定磁石温度を求め、
前記磁石温度演算用マップは、前記電動機における電圧振幅、電圧位相、d軸電流又はq軸電流、及び磁石温度の関係を規定する、
電動機制御方法。
【請求項4】
請求項3に記載の電動機制御方法であって、
前記磁石温度演算用マップは、前記電圧振幅及び前記電圧位相から成るモータ動作点に、前記磁石温度と前記d軸電流又は前記q軸電流との関係を定めるテーブルを関連付けて規定し、
前記電圧振幅指令値の前回値及び前記電圧位相指令値の前回値から該当する前記モータ動作点を特定し、
特定した前記モータ動作点に対して該当する前記テーブルを特定し、
特定した前記テーブルにおける前記d軸電流又は前記q軸電流と、前記d軸電流計測値又は前記q軸電流計測値と、の差から前記推定磁石温度を求める、
電動機制御方法。
【請求項5】
請求項1に記載の電動機制御方法であって、
予め定めたトルク演算マップに、前記電圧振幅指令値の前回値、前記電圧位相指令値の前回値、及び前記推定磁石温度の前回値を適用して前記電動機のトルク推定値を演算し、
前記トルク演算マップは、前記電動機における磁石温度、電圧振幅、電圧位相、及びトルクの関係を規定する、
電動機制御方法。
【請求項6】
請求項1に記載の電動機制御方法であって、
前記電動機における電圧振幅、電圧位相、及びd軸電流又はq軸電流を入力層に設定し、磁石温度を出力層に設定した機械学習を行うことで得られた学習済みモデルを参照して、前記電圧振幅指令値の前回値、前記電圧位相指令値の前回値、及び前記d軸電流計測値又は前記q軸電流計測値から前記推定磁石温度を演算する、
電動機制御方法。
【請求項7】
請求項1に記載の電動機制御方法であって、
前記電流値の計測タイミングを、電流を読み取る相の電圧半周期の中間に設定する、
電動機制御方法。
【請求項8】
請求項1に記載の電動機制御方法であって、
前記電流値の計測タイミングを、前記電動機の1電気角周期において均等な時間幅で複数設定し、
設定した各計測タイミングで得られる計測値の平均値を、最終的に計測された前記電流値とする、
電動機制御方法。
【請求項9】
請求項7に記載の電動機制御方法であって、
前記各計測タイミングを、電圧周期における0~180°と180°~360°の領域で対称となるように設定する、
電動機制御方法。
【請求項10】
電動機の回転状態、トルク目標値、及び推定磁石温度に基づいて電圧振幅指令値及び電圧位相指令値を設定する電圧位相制御を実行し、前記電圧位相制御の下で前記推定磁石温度を求める電動機制御装置であって、
前記電動機に流れる電流値を計測する計測部と、
計測された前記電流値からd軸電流計測値及びq軸電流計測値を演算する電流演算部と、
前記d軸電流計測値又は前記q軸電流計測値、前記電圧振幅指令値、及び前記電圧位相指令値に基づいて、前記推定磁石温度を演算する温度推定部と、を有する、
電動機制御装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機制御方法及び電動機制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、磁石温度を推定し、当該磁石温度が基準温度よりも高温になるとモータの出力を制限して永久磁石の減磁を防止する電動機制御方法が提案されている。この電動機制御方法では、ステータに温度センサを設置して温度センサ位置からロータ中の永久磁石までの熱勾配を参照して磁石温度を推定する。特に、この熱勾配(熱回路網)は、モータ動作環境を考慮して設定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2019-122188号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一方で、特許文献1の方法において、磁石温度の推定演算に用いる熱勾配が、モータ動作環境に応じて変化する。このため、推定を実行する際のモータ動作環境が、熱勾配を定める際に想定したモータ動作環境と類似している場合にしか推定精度を確保することができないという問題がある。すなわち、磁石温度の推定演算において、モータ動作環境に対するロバスト性を十分に確保できないという問題がある。
【0005】
したがって、本発明の目的は、電動機の動作環境に依らずに磁石温度をより高精度に推定することのできる電動機制御方法及び電動機制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のある態様によれば、電動機の回転状態、トルク目標値、及び推定磁石温度に基づいて電圧振幅指令値及び電圧位相指令値を設定する電圧位相制御を実行し、電圧位相制御の下で推定磁石温度を求める電動機制御方法が提供される。
【0007】
特に、この電動機制御方法では、電動機に流れる電流値を計測し、計測された電流値からd軸電流計測値及びq軸電流計測値を演算し、d軸電流計測値又はq軸電流計測値、電圧振幅指令値、及び電圧位相指令値に基づいて、推定磁石温度を演算する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、電動機の動作環境に依らずに磁石温度をより高精度に推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本発明の第1実施形態による電動機制御システムの概略構成を示す図である。
図2図2は、推定磁石温度及び最終電圧位相の演算の詳細を示すフローチャートである。
図3A図3Aは、磁石温度演算用マップの一例を示す図である。
図3B図3Bは、位相上限値テーブルの一例を示す図である。
図4図4は、設定される電流計測タイミングの一例を説明する図である。
図5図5は、第2実施形態による電動機制御システムの概略構成を示す図である。
図6図6は、第3実施形態による推定磁石温度の演算ロジックを説明する図である。
図7図7は、第4実施形態において設定される電流計測タイミングの一例を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0011】
[第1実施形態]
図1は、本実施形態による電動機制御システム10の概略構成図である。電動機制御システム10には、主として、制御対象であるモータM、モータMを制御する電動機制御装置12、図示しない直流電源とモータMとの間で授受される電力を調節するインバータ14が含まれる。特に、電動機制御システム10は、例えば、モータMを走行駆動源又は発電源として用いる電動車両またはハイブリッド車両等の車両に搭載される。
【0012】
モータMは、例えば、永久磁石式の三相同期電動機により構成される。特に、モータMは、図示しない出力軸、ギア、及びドライブシャフト等の車両の駆動力伝達系を介して駆動輪に接続される。
【0013】
電動機制御装置12は、モータMにおける回転数N及びトルク目標値Tを入力とし、モータMに供給すべき電圧の指令値(三相電圧指令値(v ,v ,v ))を定めて、インバータ14に出力する。特に、電動機制御装置12は、モータMのロータが備える永久磁石の磁石温度Tmagの推定値(以下、「推定磁石温度Tmag_es」と称する)を演算する。さらに、電動機制御装置12は、演算した推定磁石温度Tmag_esを参照してモータMの三相電圧指令値(v,v,v)を演算する。
【0014】
より具体的に、電動機制御装置12は、電圧振幅位相制御器21と、出力制限設定器22と、uvw座標変換器23と、磁石温度推定器24と、dq座標変換器25と、トルク推定器26と、電流検出器27と、を有している。
【0015】
電圧振幅位相制御器21は、モータMで生じるトルクTの推定値(以下、「トルク推定値T_es」と称する)がトルク目標値Tに収束するように、モータMの各相に供給される電圧の位相(以下、「電圧位相δ」と称する)を調節する制御(以下、「電圧位相制御」と称する)を実行する。特に、電圧振幅位相制御器21は、モータMの回転数Nに応じて、トルク推定値T_esがトルク目標値Tに近づくように、電圧振幅Vの指令値(以下、「指令電圧振幅V 」と称する)、及び電圧位相δの基本指令値(以下、「基本指令電圧位相δ calc」)を演算する。
【0016】
出力制限設定器22は、基本指令電圧位相δ calcに対して、その上限値を制限する処理を施して最終指令電圧位相δを演算する。なお、出力制限設定器22における処理の詳細は後述する。
【0017】
uvw座標変換器23は、指令電圧振幅V 及び基本指令電圧位相δ calcを入力とし、dq軸座標系で表された指令電圧Vを、モータMの電気角θを用いて三相電圧指令値(v ,v ,v )に変換する。
【0018】
磁石温度推定器24は、d軸電流iの計測値(以下、「d軸電流計測値id_me」と称する)、q軸電流iの計測値(以下、「q軸電流計測値iq_me」と称する)、指令電圧振幅V の前回値(以下、「前回指令電圧振幅V _z-1」と称する)、及び最終指令電圧位相δの前回値(以下、「前回指令電圧位相δ_z-1」と称する)に基づいて、推定磁石温度Tmag_esを演算する。なお、磁石温度推定器24における処理の詳細は後述する。
【0019】
dq座標変換器25は、三相電流i,i,iの検出値に対して、電気角θを用いたuvw-dq変換を行い、d軸電流計測値id_me及びq軸電流計測値iq_meを演算する。なお、本実施形態のdq座標変換器25は、三相電流i,i,iの内のU相電流iの検出値及びV相電流iの検出値のみを入力とし、i+i+i=180°の関係を利用してuvw-dq変換を実行することで、d軸電流計測値id_me及びq軸電流計測値iq_meを求める。
【0020】
トルク推定器26は、回転数N、前回指令電圧振幅V _z-1、及び前回指令電圧位相δ_z-1に基づいて、トルク推定値T_esを演算する。
【0021】
電流検出器27は、モータMに流れる電流(三相電流i,i,i)を検出する。なお、本実施形態の電流検出器27は、三相電流i,i,iの内のU相電流i及びV相電流iを検出する。
【0022】
そして、インバータ14は、三相電圧指令値(v ,v ,v )に基づいて、PWM(Pulse Width Modulation)制御の下、直流電源からモータMに供給する電力を調節する。これにより、三相電圧指令値(v ,v ,v )に応じてモータMに供給される電力が調節されることになり、所望のトルク目標値Tに応じたモータトルク出力を実現することができる。
【0023】
次に、磁石温度推定器24における推定磁石温度Tmag_esの演算、及び出力制限設定器22における最終指令電圧位相δの演算の詳細を説明する。
【0024】
図2は、推定磁石温度Tmag_es及び最終指令電圧位相δの演算の詳細を示すフローチャートである。
【0025】
当該演算では、先ず、電流検出器27がU相電流i及びV相電流iを検出し(S100)、dq座標変換器25が電気角θを用いてU相電流i及びV相電流iからd軸電流計測値id_meを演算する(S110)。
【0026】
そして、磁石温度推定器24が、前回指令電圧振幅V _z-1、前回指令電圧位相δ_z-1、及びd軸電流計測値id_meから、磁石温度演算用マップM1を参照して推定磁石温度Tmag_esを演算する(S120)。
【0027】
ここで、磁石温度演算用マップM1は、予め調査された電圧振幅V、電圧位相δ、磁石温度Tmag、及びd軸電流iの相互関係を記述するデータセットにより構成され、予め所定の記憶領域に記憶される。なお、磁石温度演算用マップM1を規定するデータセットは、実験的に定められても良いし、有限要素法などの所定の解析アルゴリズムに基づくシミュレーションに基づいて定めても良い。
【0028】
図3Aには、磁石温度演算用マップM1の一例を示す。本実施形態の磁石温度演算用マップM1は、電圧振幅V及び電圧位相δから成るモータ動作点(V,δ)ごとに、該当する磁石温度Tmag及びd軸電流iのテーブル(Tmag,i)を紐づけて規定している。そして、本実施形態の演算では、先ず、前回指令電圧振幅V _z-1及び前回指令電圧位相δ_z-1から該当するモータ動作点(V _z-1,δ_z-1)を特定する。そして、特定したモータ動作点(V _z-1,δ_z-1)に対して該当するテーブル(Tmag1,id1)、(Tmag2,id2)、(Tmag3,id3)を特定する。さらに、特定したテーブル(Tmag1,id1)、(Tmag2,id2)、(Tmag3,id3)におけるd軸電流テーブル値id1,id2,id3と、d軸電流計測値id_meと、の差から推定磁石温度Tmag_esを求める。例えば、d軸電流計測値id_meとの差が最も小さくなるテーブル値(図3Aではd軸電流テーブル値id2)に紐づいた磁石温度テーブル値Tmag2を推定磁石温度Tmag_esとして求める。このとき、d軸電流計測値id_meとd軸電流テーブル値id2の差が一定以上乖離している場合には、当該乖離量に応じて磁石温度テーブル値Tmag2を補正した値を最終的な推定磁石温度Tmag_esとしても良い。
【0029】
なお、上記の磁石温度演算用マップM1では、入力される電流計測値としてd軸電流計測値id_meを用いる例を説明したが、d軸電流計測値id_meに代えて又はd軸電流計測値id_meとともにq軸電流計測値iq_meを用いるマップを構成しても良い。
【0030】
図2に戻り、出力制限設定器22は、S120で演算された推定磁石温度Tmag_esから、位相上限テーブルM2を参照して位相上限値δ maxを演算する(S130)。ここで、位相上限テーブルM2は、磁石温度Tmagごとに減磁を抑制する観点から適切な位相上限δmaxを規定するテーブルとして構成され、予め所定の記憶領域に記憶される。なお、磁石温度Tmagと適切な位相上限δmaxの関係は、実験的に或いはシミュレーションにより定められる。
【0031】
図3Bには、位相上限テーブルM2の一例を示す。本実施形態では、当該位相上限テーブルM2に推定磁石温度Tmag_esを適用することで、該当するδmaxの値を位相上限値δ maxとして求める。
【0032】
図2に戻り、さらに、電圧振幅位相制御器21が演算した基本指令電圧位相δ calcと、S130で演算された位相上限値δ maxと、のミニマムセレクトにより、最終指令電圧位相δを求める(S140)。より詳細には、基本指令電圧位相δ calcと位相上限値δ maxを比較し、基本指令電圧位相δ calcが位相上限値δ maxを上回る場合には当該位相上限値δ maxを最終指令電圧位相δとする。一方、基本指令電圧位相δ calcが位相上限値δ max以下である場合には、基本指令電圧位相δ calcをそのまま最終指令電圧位相δとする。
【0033】
さらに、本実施形態では、上記のように演算される推定磁石温度Tmag_esの精度をより向上させるために、電流検出器27が電流i,iを検出する(読み取る)タイミング(以下、「電流計測タイミングti」と称する)を規定する。
【0034】
図4は、本実施形態において設定される電流計測タイミングtiを示す図である。なお、図4では、U相電圧vの矩形波信号を基準とした電流計測タイミングtiを示している。図示のように、電流計測タイミングtiは、U相電圧vの半周期(交流位相が0°~180°をとる範囲)における中間に設定される。これにより、電流i,iの検出タイミングが、各相のスイッチングタイミング(電圧信号が変化するタイミング)を避けて設定されることとなる。したがって、スイッチングの際に流れる過渡的な電流の影響によるノイズの低減された電流計測値を得ることができる。
【0035】
次に、上述した本実施形態の方法による磁石温度推定における技術的意義を、適宜公知技術と対比しつつ説明する。
【0036】
先ず、一般的に、永久磁石式モータにおいてロータ(回転子)の回転速度(モータ角速度ω)、コイルに鎖交する磁束(鎖交磁束λ)、ステータコイルに生じる電圧(dq軸電圧v,v)、及び電流(dq軸電流i,i)の関係は、次式1の電圧方程式により表される。
【0037】
【数1】

なお、式中の「R」はコイルの抵抗を表す。
【0038】
ここで、一般に磁石温度Tmagが上昇すると磁石の磁化が低下して、コイルの鎖交磁束λが減少する。そして、式1により、この磁石温度Tmagによる鎖交磁束λの変化は観測可能な電圧変化を引き起こす。これを利用して、電流及び電圧の計測値から磁石温度Tmagを推定する方法が知られている。例えば、特開2015-211569号公報には電圧及び電流から鎖交磁束λを推定し、予め準備した各磁石温度Tmagに対する磁束のマップ、及び各磁石温度Tmagに対する磁束変化のマップを参照することで現在の磁石温度Tmagを推定する方法が開示されている。
【0039】
また、式1をインダクタンスL(dq軸インダクタンスL,L)を用いて表現した電圧方程式として、次式2が知られている。
【0040】
【数2】

なお、式中の「Ψ」は誘起電圧定数を表し、「d/dt」は時間微分演算子を表す。
【0041】
そして、特開2021-132503号公報では、電圧及び電流から式2で用いる各パラメータ(Ψ、R、L、及びL)を推定し、予め準備した磁石温度Tmagに対する各パラメータの依存特性と比較することで磁石温度Tmagを推定する方法が開示されている。
【0042】
ここで、上述した公知の方法は、磁石温度Tmagの変化により電圧が変動することを前提として実行されるものである。一方で、電圧位相制御では、電圧(より詳細には電圧振幅V)が固定値であり、実質的に磁石温度Tmagの変化による影響を受けない。このため、電圧位相制御下における磁石温度Tmagの推定には、上述した推定方法を適用することはできない。
【0043】
一方で、上述の特許文献1に開示された推定方法では、ステータ(固定子)に温度センサを取り付けて、予めステータからロータ中に存在する磁石までの熱回路網(熱勾配)を構築し、当該熱回路網を用いて温度センサにより検出された温度から磁石温度Tmagを推定する。この推定手法では、磁石温度Tmagの推定演算にあたり電圧変化を直接参照しないので、電圧位相制御下においても、磁石温度Tmagの推定が可能となる。しかしながら、既に述べたように、特許文献1の推定方法は、熱回路網を設定する際に想定したものと類似のモータ動作環境でのみ適切な温度推定が可能となるものであり、モータ動作環境に対するロバスト性が十分ではない。また、ステータに温度センサを追加する必要があるため、部品点数の増大に伴うコストの増加にもつながる。
【0044】
このような背景に対して、本実施形態では、電圧位相制御下においても、磁石温度Tmagを高精度に推定し得る演算ロジックが提供される。
【0045】
より具体的に説明すると、本実施形態における推定ロジックは、電圧が磁石温度Tmagに依存しない独立変数となる電圧位相制御下においては、式1や式2の電圧方程式における左辺の電圧(v,v)を固定値とみなすことができ、磁石温度Tmagの変化に起因する鎖交磁束λの変化は当該電圧に影響を与えない。このため、式1及び式2が成立することを前提とするならば、当該鎖交磁束λの変化は、コイル抵抗R×電流の項(式1では右辺第2項)の変化として現れることおなる。したがって、コイル抵抗Rの変化を無視すれば、鎖交磁束λの変化(磁石温度Tmagの変化)を電流変化として検出することができる。特に、コイル抵抗Rが十分に小さく設計される用途(電気自動車用など)においては、僅かな磁石温度Tmagの変化であっても、十分に検出可能なレベルの電流変化を生じる。したがって、電流計測値(d軸電流計測値id_me又はq軸電流計測値iq_me)を含む各入力パラメータを用いる本実施形態の演算ロジックであれば、電圧位相制御下において磁石温度Tmagを高精度に推定することができる。
【0046】
次に、本実施形態の電動機制御方法の構成及び当該構成による作用効果をまとめて説明する。
【0047】
本実施形態では、電動機(モータM)の回転状態(回転数N)、トルク目標値T、及び推定磁石温度Tmag_esに基づいて電圧振幅指令値(指令電圧振幅V )及び電圧位相指令値(最終指令電圧位相δ)を設定する電圧位相制御を実行し、当該電圧位相制御の下で推定磁石温度Tmag_esを求める電動機制御方法が提供される。
【0048】
この電動機制御方法では、モータMに流れる電流値(i,i)を計測し、計測された電流値(i,i)からd軸電流計測値id_me及びq軸電流計測値iq_meを演算し、d軸電流計測値id_me、指令電圧振幅V 、及び最終指令電圧位相δに基づいて、推定磁石温度Tmag_esを演算する。
【0049】
これにより、電圧位相制御下において、モータ動作環境に依存することなく(ロバスト性を確保して)、高精度に磁石温度Tmagを推定することができる。また、追加の温度センサも要しないため、部品点数を削減して構成をより簡素化することができる。
【0050】
また、本実施形態では、予め定められた磁石温度Tmagと電圧位相上限(位相上限δmax)との関係(位相上限テーブルM2)を参照して、推定磁石温度Tmag_esから位相上限値δ maxを演算する。そして、最終指令電圧位相δを位相上限値δ max以下に制限する。
【0051】
これにより、磁石温度Tmagが一定以上に高くなるシーンでは、電圧位相δに対する制限を介してモータMの出力制限(トルク制限)を課すことができるので、磁石温度Tmagが過剰に高まることによる減磁(特に不可逆的な減磁)を抑制することができる。一方、磁石温度Tmagが低いシーンでは、電圧位相δに対する制限はかからず電圧位相制御で定められる基本指令電圧位相δ calcが、そのまま最終指令電圧位相δとして出力されるので、所望のモータMの出力を維持することができる。特に、磁石温度Tmagが高いシーンにおいて不可逆的な減磁が抑制されることで、その後に磁石温度Tmagが低下したシーンにおいても高い出力を維持することができる。
【0052】
さらに、本実施形態では、予め定めた磁石温度演算用マップM1に、d軸電流計測値id_me、指令電圧振幅V の前回値(前回指令電圧振幅V _z-1)、及び最終指令電圧位相δの前回値(前回指令電圧位相δ_z-1)を適用して推定磁石温度Tmag_esを求める。特に、磁石温度演算用マップM1は、モータMにおける電圧振幅V、電圧位相δ、d軸電流i、及び磁石温度Tmagの関係を規定する。
【0053】
これにより、予め準備した磁石温度演算用マップM1を利用して簡素な演算ロジックで、推定磁石温度Tmag_esを求めることができる。
【0054】
特に、磁石温度演算用マップM1は、電圧振幅V及び電圧位相δから成るモータ動作点(V,δ)に、該当する磁石温度Tmagとd軸電流iとの関係を定めるテーブル(Tmag,i)を関連付けて規定する。そして、前回指令電圧振幅V _z-1及び前回指令電圧位相δ_z-1から該当するモータ動作点(V _z-1,δ_z-1)を特定する。さらに、特定したモータ動作点(V _z-1,δ_z-1)に対して該当するテーブル(Tmag1,id1)、(Tmag2,id2)、(Tmag3,id3)を特定し、特定したテーブルにおけるd軸電流i(d軸電流テーブル値id1,id2,id3)と、d軸電流計測値id_meと、の差から推定磁石温度Tmag_esを求める。
【0055】
これにより、多変数の入力値から推定磁石温度Tmag_esを演算するために適した、磁石温度演算用マップM1のデータ構造及びこれを用いた演算アルゴリズムの一態様を実現することができる。
【0056】
また、本実施形態では、電流値(i,i)の計測タイミング(電流計測タイミングti)を、電流を読み取る相(本実施形態ではU相)の電圧半周期の中間に設定する。
【0057】
これにより、電流計測タイミングtiが、各相のスイッチングタイミングを避けて設定されることとなる。したがって、計測される電流値(i,i)に、スイッチングの際に流れる過渡的な電流の影響が含まれること事態を抑制し、最終的に得られる推定磁石温度Tmag_esの精度をより向上させることができる。
【0058】
さらに、本実施形態では、上記電動機制御方法の実行に適した電動機制御装置12が提供される。
【0059】
この電動機制御装置12は、モータMに流れる電流値(i,i)を計測する計測部(電流検出器27)と、計測された電流値(i,i)からd軸電流計測値id_me及びq軸電流計測値iq_meを演算する電流演算部(dq座標変換器25)と、d軸電流計測値id_me、電圧振幅指令値(指令電圧振幅V )、及び電圧位相指令値(最終指令電圧位相δ)に基づいて、推定磁石温度Tmag_esを演算する温度推定部(磁石温度推定器24)と、を有する。
【0060】
[第2実施形態]
以下、第2実施形態について説明する。なお、第1実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。
【0061】
図5は、本実施形態による電動機制御システム10の概略構成を示す図である。図示のように、本実施形態の電動機制御システム10は、トルク推定器26が、トルク推定値T_esを演算するにあたり、回転数N、前回指令電圧振幅V _z-1、及び前回指令電圧位相δ_z-1に加えて推定磁石温度Tmag_esの前回値(以下、「前回推定磁石温度Tmag_es_z-1」とも称する)を参照する点において第1実施形態と異なる。
【0062】
より具体的に、トルク推定器26は、予め定めたトルク演算マップM3を参照して、回転数N、前回指令電圧振幅V _z-1、前回指令電圧位相δ_z-1、及び前回推定磁石温度Tmag_es_z-1から、トルク推定値T_esを演算する。特に、トルク演算マップM3は、モータMにおける磁石温度Tmag、電圧振幅V、電圧位相δ、及びトルクTの関係を規定するマップとして構成され、予め所定の記憶領域に記憶される。また、トルク演算マップM3で規定される各パラメータの相互関係は、実験的に或いはシミュレーションにより定められる。
【0063】
これにより、電圧位相制御下におけるモータ動作中に磁石温度Tmagが変化した場合であっても、当該変化の影響を加味してより高精度にトルク推定値T_esを定めることができる。結果として、トルクフィードバック制御の収束性を改善してトルクTの制御性をより高めることができる。
【0064】
[第3実施形態]
以下、第3実施形態について説明する。なお、第1又は第2実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。特に、本実施形態では、推定磁石温度Tmag_esを、先の実施形態とは異なる演算ロジックで定める例について説明する。
【0065】
図6は、本実施形態における磁石温度推定器24の構成を示す図である。本実施形態の磁石温度推定器24は、前回指令電圧振幅V _z-1、前回指令電圧位相δ_z-1、d軸電流計測値id_me、及びq軸電流計測値iq_meを予め準備された学習済みモデルMDに入力して、出力となる推定磁石温度Tmag_esを求める。
【0066】
ここで、学習済みモデルMDは、モータMにおける電圧振幅V、電圧位相δ、d軸電流i、及びq軸電流iを入力層に設定し、これに応じて定まる磁石温度Tmagを出力層に設定した機械学習を実行することで得られる。特に、この機械学習は、実験的に或いはシミュレーションによって各入力パラメータと磁石温度Tmagの関係を予め取得し、所定の機械学習アルゴリズムにしたがい当該関係を再現するよう行われる。
【0067】
なお、図6では、上記機械学習アルゴリズムとしてニューラルネットワークを用いた場合における学習済みモデルMDを示している。しかしながら、サポートベクター回帰や一般化線形回帰などの他の機械学習アルゴリズムを用いた学習により学習済みモデルMDを構築しても良い。また、本実施形態では、学習済みモデルMDにおける入力パラメータとして、電圧振幅V、電圧位相δ、d軸電流i、及びq軸電流iを用いる例を説明した。しかしながら、入力パラメータは厳密にこれらに限定されるものではなく、これらパラメータの一部又は全部を一定以上の相関を示す他のパラメータに置き換えても良い。また、例えば、d軸電流i又はq軸電流iを入力パラメータから省くなど、実用上の精度が保たれる範囲において入力パラメータの数(次元)を削減しても良い。
【0068】
以上説明した本実施形態によれば、電動機制御装置12に予め構築した学習済みモデルMDを保有させておくことで、各入力パラメータを学習済みモデルMDに適用して推定磁石温度Tmag_esを求めることができる。このため、電圧振幅V、電圧位相δ、及びd軸電流iと磁石温度Tmagとの関係を規定した多変量の磁石温度演算用マップM1を保存しておく場合に比べてデータ量を圧縮でき、電動機制御装置12における記憶容量を削減することができる。
【0069】
[第4実施形態]
以下、第4実施形態について説明する。なお、第1~第3実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。本実施形態では、電流計測タイミングtiの設定について、第1実施形態とは異なる態様を提供する。
【0070】
図7は、本実施形態において設定される電流計測タイミングtiの一例を説明する図である。なお、図7では、図面の簡略化のため、U相電圧vの矩形波信号における着目すべき要部(1電圧周期)を示す。
【0071】
図示のように、本実施形態では、電流計測タイミングtiを、モータMの1電気角周期(0°~360°)において均等な時間幅で複数(図7では、ti、ti・・・ti14)設定する。そして、設定した各電流計測タイミングti、ti・・・ti14で得られる計測値の平均値を、最終的に計測された電流値(i,i)とする。
【0072】
このように、均等な時間幅で複数回電流を計測し平均をとることで、電流計測誤差を低減して、最終的に得られる推定磁石温度Tmag_esの精度を向上させることができる。
【0073】
特に、本実施形態では、各電流計測タイミングti、ti・・・ti14を、電圧周期における0~180°と180°~360°の領域で対称となるように設定する。より具体的には、図7に示す例では、電圧周期における0~180°の領域に電流計測タイミングti、ti・・・tiを設定し、180°~360°の領域に電流計測タイミングti、ti・・・ti14を設定する。これにより、計測におけるエリアシングを除去して計測精度をより高めることができる。
【0074】
なお、各電流計測タイミングti、ti・・・ti14は、磁石温度演算用マップM1又は学習済みモデルMDを構築するための比較用データ(d軸電流i及び/又はq軸電流iと磁石温度Tmagの関係)を作成する際のサンプリングタイミングと一致させることが好ましい。これにより、各電流計測タイミングti、ti・・・ti14と比較用データのサンプリングタイミングとのによる誤差を抑制することができ、磁石温度Tmagの推定精度をより向上させることができる。
【0075】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【符号の説明】
【0076】
10 電動機制御システム
12 電動機制御装置
14 インバータ
21 電圧振幅位相制御器
22 出力制限設定器
23 uvw座標変換器
24 磁石温度推定器
25 dq座標変換器
26 トルク推定器
27 電流検出器

図1
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7