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特開2024-129803超音波ファントムおよび超音波ファントムの製造方法
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  • 特開-超音波ファントムおよび超音波ファントムの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024129803
(43)【公開日】2024-09-27
(54)【発明の名称】超音波ファントムおよび超音波ファントムの製造方法
(51)【国際特許分類】
   G09B 23/30 20060101AFI20240919BHJP
   C08L 5/00 20060101ALI20240919BHJP
【FI】
G09B23/30
C08L5/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024027845
(22)【出願日】2024-02-27
(31)【優先権主張番号】P 2023039061
(32)【優先日】2023-03-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】594164542
【氏名又は名称】キヤノンメディカルシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094112
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 讓
(74)【代理人】
【識別番号】100101498
【弁理士】
【氏名又は名称】越智 隆夫
(74)【代理人】
【識別番号】100106183
【弁理士】
【氏名又は名称】吉澤 弘司
(74)【代理人】
【識別番号】100136799
【弁理士】
【氏名又は名称】本田 亜希
(72)【発明者】
【氏名】和田 恭平
(72)【発明者】
【氏名】西浦 千晶
(72)【発明者】
【氏名】小川 涼
【テーマコード(参考)】
2C032
4J002
【Fターム(参考)】
2C032CA03
2C032CA06
4J002AB05W
4J002AB05X
4J002BB03Y
4J002BC03Y
4J002DA017
4J002DA027
4J002DE137
4J002DE147
4J002DJ017
4J002ET006
4J002ET016
4J002EV206
4J002FD140
4J002FD200
4J002FD206
4J002FD207
4J002FD330
4J002GB01
(57)【要約】
【課題】生体における音速との乖離を抑制しつつ、高い粘性を有することが可能な超音波ファントムを提供する。
【解決手段】水と、30℃以上95℃以下にゾルゲル相転移点を有する多糖類(A)と、室温における1質量%水溶液の粘度が300mPa・s以上である増粘多糖類(B)と、を含み、ゲル状態において1Hzにおける室温での動的粘弾性測定で得られるtanδが0.2以上を呈する、超音波ファントム。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水と、
30℃以上95℃以下にゾルゲル相転移点を有する多糖類(A)と、
室温における1質量%水溶液の粘度が300mPa・s以上である増粘多糖類(B)と、
を含み、
ゲル状態において1Hzにおける室温での動的粘弾性測定で得られるtanδが0.2以上を呈する、超音波ファントム。
【請求項2】
前記多糖類(A)が寒天である、請求項1に記載の超音波ファントム。
【請求項3】
前記増粘多糖類(B)は、主鎖にマンノース残基を有し、側鎖にガラクトース残基を有する増粘多糖類であり、
前記主鎖に有する前記マンノース残基の数に対する、前記側鎖に有する前記ガラクトース残基の数の比が、0.2以上0.4以下である、請求項1または2に記載の超音波ファントム。
【請求項4】
前記増粘多糖類(B)の数平均分子量が9万以上である、請求項1または2に記載の超音波ファントム。
【請求項5】
前記増粘多糖類(B)は、グアーガム、ローカストビーンガム、およびタマリンドシードガムから選ばれる増粘多糖類を含む、請求項1または2に記載の超音波ファントム。
【請求項6】
音速調整剤をさらに含む、請求項1または2に記載の超音波ファントム。
【請求項7】
超音波散乱剤をさらに含む、請求項1または2に記載の超音波ファントム。
【請求項8】
防腐剤をさらに含む、請求項1または2に記載の超音波ファントム。
【請求項9】
超音波ファントムの製造方法であって、
30℃以上95℃以下にゾルゲル相転移点を有する多糖類(A)を含む溶液Aを調製する工程と、
室温における1質量%水溶液の粘度が300mPa・s以上である増粘多糖類(B)を含む溶液Bを調製する工程と、
前記溶液Aと前記溶液Bとを混合して調製液Cを調製する工程と、
前記調製液Cをゲル化してハイドロゲルDを調製する工程と、
を有し、
ゲル状態にある前記ハイドロゲルDについて、1Hzにおける室温での動的粘弾性測定を行うことで得られるtanδが0.2以上を呈する、超音波ファントムの製造方法。
【請求項10】
前記ハイドロゲルDを調製する工程は、前記調製液Cを冷却する工程を含む、請求項9に記載の超音波ファントムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波ファントムおよび超音波ファントムの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体組織などを模擬したファントムは、医療診断用装置の校正、および機能の実装に用いられている。ここで該医療診断用装置としては、音響波(例えば超音波)診断装置、磁気共鳴画像化診断装置(MRI)、コンピュータ断層撮影装置(CT)、X線診断装置、近赤外光イメージング装置(NIRI)などが挙げられる。これらの装置では、超音波、X線、光などの電磁波を利用し、その散乱、屈折、反射、吸収、回折、干渉などの物理現象をモニタリングして、患者の疾患の診断を行っている。
【0003】
近年、超音波診断装置の使用においては、シェアウェーブエラストグラフィー法(SWE法)による、臓器の硬さ(ヤング率)の定量評価が普及している。SWE法は、超音波により発生したせん断波の伝播速度を観測することで、臓器内のヤング率を算出する方法であり、硬さの定量評価が可能である。さらに、近年では臓器の硬さ(ヤング率)に加えて、粘性の測定の需要も高まっている。所定のヤング率および粘性を有する超音波ファントムは、超音波診断装置を用いて臓器の正確な粘弾性を算出するため、校正に用いられる。
【0004】
なお、粘性特性について本明細書では、組成物の成分として用いられる増粘多糖類の粘性特性を「粘度」と表記し、ゲル状態にあるファントムの粘性特性を「粘性」と表記して、互いを区別する。
【0005】
超音波ファントムの粘性を制御する手法として、特許文献1には、グリセリンを用いる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第6754112号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、グリセリンには、超音波ファントムの成分として用いた場合に、グリセリンを含まない超音波ファントムと比べて音速を大きくする効果がある。そのため、粘性を高くするために、超音波ファントムの成分としてグリセリンを大量に使用した場合には、超音波ファントムにおける音速と生体における音速との間に乖離が生じる可能性がある。また、生体の音響特性に合致するようにグリセリンの含有割合を調整してファントムを作製する場合には、得られる粘性の幅が小さく、所望の粘弾性に制御することが難しい。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものである。すなわち本発明は、生体における音速との乖離を抑制しつつ、高い粘性を有することが可能な超音波ファントムを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様に係る超音波ファントムは、水と、30℃以上95℃以下にゾルゲル相転移点を有する多糖類(A)と、室温における1質量%水溶液の粘度が300mPa・s以上である増粘多糖類(B)と、を含み、ゲル状態において1Hzにおける室温での動的粘弾性測定で得られるtanδが0.2以上を呈する。
【0010】
また、本発明の別の態様に係る超音波ファントムの製造方法は、30℃以上95℃以下にゾルゲル相転移点を有する多糖類(A)を含む溶液Aを調製する工程と、室温における1質量%水溶液の粘度が300mPa・s以上である増粘多糖類(B)を含む溶液Bを調製する工程と、前記溶液Aと前記溶液Bとを混合して調製液Cを調製する工程と、前記調製液Cをゲル化してハイドロゲルDを調製する工程と、を有し、ゲル状態にある前記ハイドロゲルDについて、1Hzにおける室温での動的粘弾性測定を行うことで得られるtanδが0.2以上を呈する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、生体における音速との乖離を抑制しつつ、高い粘性を有することが可能な超音波ファントムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】超音波ファントムの製造方法の概略を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る超音波ファントムは、水と、30℃以上95℃以下にゾルゲル相転移点を有する多糖類(A)と、室温における1質量%水溶液の粘度が300mPa・s以上である増粘多糖類(B)と、を含む。また、本発明に係る超音波ファントムは、ゲル状態において1Hzにおける室温での動的粘弾性測定で得られるtanδが0.2以上を呈する。
以下、超音波ファントムを単にファントムとも称する。
なお、本明細書において室温とは、24.9℃以上25.1℃以下の温度である。
【0014】
<30℃以上95℃以下にゾルゲル相転移点を有する多糖類(A)>
多糖類(A)は、30℃以上95℃以下にゾルゲル相転移点を有する多糖類であり、室温ではゲル状態の多糖類である。ゾルおよびゲルの状態は、動的粘弾性測定装置、例えばAnton-Paar社製、MCR302で測定される。
【0015】
なお、本発明において、ゲルは固形の状態を指し、ゾルは流動性を有する状態を指す。
ゲルおよびゾルのいずれの状態にあるかの判断は、例えば、動的粘弾性測定を行うことで可能になる。具体的には、0.5Hzにおける室温での動的粘弾性測定により貯蔵弾性率および損失弾性率を決定し、貯蔵弾性率を損失弾性率で除して得られる比に該当するtanδの値を算出する。tanδの値が1より小さければゲル、tanδの値が1以上であればゾルとすることができる。
【0016】
多糖類(A)からなるゲルは、分子構造が剛直であるため、ファントムの貯蔵弾性率およびtanδの制御に重要である。即ち、ファントムが多糖類(A)を含むことでファントムは硬くなり、後述の増粘多糖類(B)の流動性を抑制する効果がある。そのため、ファントム中の多糖類(A)の含有割合が大きいほど、ファントムのtanδが小さくなる傾向にある。
【0017】
本発明においては、ファントムの均一性を担保するために、多糖類(A)として温度に感作してゲル状態となる多糖類を用いることができる。温度に感作してゲル状態となる多糖類として、例えば、寒天、カードラン、およびジェランガムが挙げられる。
【0018】
寒天は、天草やオゴノリなどの紅藻類から抽出される粘液質であり、少なくともアガロースとアガロペクチンとを含む多糖類である。多糖類(A)として用いる寒天としては、その産地、起源などは問わずいずれのものも使用可能である。寒天は、ゲルの強度を調整するために、酸処理して分子を切断させた、いわゆる低強度寒天(例えば、特開平5-317008号公報に開示されているもの)を用いても良い。
【0019】
寒天は、昇温によりゾル化する第1の相転移点と、降温によりゲル化する第2の相転移点とを有する。一般的に、第1の相転移点は、85℃以上99℃以下であり、第2の相転移点は、30℃以上45℃以下である。
【0020】
寒天は、一般に水中で85℃以上に熱することでゾルとなり、45℃以下に冷却することで構造が転移しゲルとなるハイドロゲル材料である。寒天は、ゾルの状態では寒天に含まれる高分子鎖の絡まりあいが解け、液化する。一方、寒天は、冷却時には寒天中の高分子鎖が2重らせん構造を形成し、冷却が進むにつれてさらに高次の絡まりを形成することで、ゲル化する。以上のゲル化のメカニズムから、ファントムのヤング率は、寒天の濃度と相関し、柔らかいゲルから硬いゲルまで調整することができる。ファントムは様々な臓器を模擬することが求められており、要求されるヤング率の幅が広い。寒天はこのヤング率の調整に好適に用いることができる。
【0021】
ファントムにおける寒天の配合量は、水と後述の音速調整剤とを合計した質量を100質量部とした場合、0.01質量部以上20質量部以下であることが好ましく、気泡などがない均一なファントムを得るためには0.01質量部以上10質量部以下がより好ましい。さらに好ましくは0.01質質量部以上0.5質量部以下である。この範囲内で寒天の配合量を調整することで様々な粘弾性を有するファントムを作製することができる。ファントムにおける寒天の配合量が、0.01質量部以上であれば、tanδの値を制御することができる。また、ファントムにおける寒天の配合量が、20質量部以下であれば、加熱溶解した寒天によりファントムを作製するための組成物の粘度が著しく高くなることを回避することができ、均一なファントムを得ることが容易となる。
【0022】
カードランについては、日本食品工業学会誌Vol.38,No.8,736-742(1991)などに記載されており、微生物(Alcaligenes faecalis var. myxogenesまたはAgrobacteriumの多くの菌株やRhizobium)が産生する多糖類の一種である。カードランの構成糖はD-グルコースのみであり、そのグルコシド結合の99%以上がβ-1,3結合である。カードランは水に不溶であるが、水酸化ナトリウムなどのアルカリ性水溶液には溶解する。
【0023】
カードランの均一な水分散液の調製法としては、カードラン粉末に水を加えて高速ホモジナイザーもしくはカッターミキサーなどで激しく撹拌する方法が知られている。また他に、カードランの均一な水分散液の調製法として、55℃程度の温水に手やプロペラ撹拌機などを用いて撹拌しながらカードランを加えた後、冷却する方法が知られている。これらの方法により調製したカードランの水分散液を加熱するとゲルを形成する。
【0024】
加熱によって得られるゲルは、その処理温度により2つの型に大別される。すなわち、80℃以上の加熱により得られる熱不可逆性のゲルと、約60℃で加熱した後、冷却して得られる熱可逆性のゲルであり、各々ハイセットゲルおよびローセットゲルと呼ばれる。
また加熱をしなくてもカードランをアルカリ性水溶液に溶解し、これを静置したまま炭酸ガスなどで中和するか、透析膜を用いて水酸化ナトリウムを除去することでもゲルを調製することができる。または、アルカリ性水溶液にカルシウム、マグネシウムイオンなどのカチオンを添加して解離した水酸基とカチオンによる架橋構造を形成することによってもゲルを調製することができる。
【0025】
ファントムにおけるカードランの配合量は、水と後述の音速調整剤とを合計した質量を100質量部とした場合、0.1質量部以上10質量部以下であることが好ましい。また、気泡などがない均一なファントムを得るためには0.1質量部以上5質量部以下であることがより好ましい。ファントムにおけるカードランの配合量が0.1質量部以上であれば、tanδの値を制御することができる。また、ファントムにおけるカードランの配合量が10質量部以下であれば、均一なファントムを得ることができる。
【0026】
ジェランガムは、水草から採取された微生物スフィンゴモナス・エロディア(Sphingomonas elodea)がブドウ糖などを栄養源として菌体外に蓄積した多糖類を、分離および精製して生産したものである。このジェランガムには、高アシル基含有のHAジェランガム、アシル基を除去したLAジェランガムの2種類があり、本発明においてはいずれのジェランガムも適宜使用することができる。
【0027】
高アシル基含有のHAジェランガムは溶解温度が85度でゼラチンのような柔らかく腰のある白濁したゲルを作製することができる。
【0028】
低アシル基含有のLAジェランガムは溶解温度が90度で、寒天のような硬くてもろい透明なゲルを作製することができる。
【0029】
ファントムにおけるジェランガムの配合量は、水と後述の音速調整剤とを合計した質量を100質量部とした場合、0.1質量部以上10質量部以下であることが好ましい。また、気泡などがない均一なファントムを得るためには0.1質量部以上5質量部以下であることがより好ましい。ファントムにおけるジェランガムの配合量が0.1質量部以上であれば、tanδの値を制御することができる。また、ファントムにおけるジェランガムの配合量が10質量部以下であれば、均一なファントムを得ることができる。
【0030】
多糖類(A)としては、硬化温度が低くハンドリング性に優れる寒天またはジェランガムを用いることが好ましく、寒天を用いることが特に好ましい。
【0031】
<増粘多糖類(B)>
本発明に用いられる増粘多糖類(B)は、35℃以下の上記多糖類(A)のゲルの中でゾル状態にあり、0.5Hzにおける室温での動的粘弾性測定においてtanδが1以上である。
【0032】
増粘多糖類(B)は、ファントムのゲルの中で強い粘りを発揮することで、ファントムの粘性に寄与する。
【0033】
本発明で使用できる増粘多糖類(B)は、水に対して1質量%の濃度となるように添加して得た溶液の室温における粘度が、300mPa・s以上である多糖類である。このような多糖類を増粘剤として用いることで、特異的にtanδの値が高いファントムが得られる。これにより、本発明においてゲルの状態にあるファントムのヤング率および粘性の制御を行うことが可能となる。
【0034】
増粘多糖類(B)を、水に対して1質量%の濃度となるように添加して得た溶液の室温における粘度は、回転式粘度計を用いて測定することができる。具体的には例えば、動的粘弾性測定装置MCR302(株式会社アントンパール・ジャパン社製)を用い、直径25mmのパラレルプレートを用いて回転速度を5(/s)として測定することができる。
【0035】
増粘多糖類(B)としては、主鎖にマンノース残基を有し、側鎖にガラクトース残基を有する増粘多糖類を用いることができる。主鎖のマンノース残基の数に対する側鎖のガラクトース残基の数の比は、好ましくは0.2以上0.4以下である。
【0036】
主鎖にマンノース残基を有し、側鎖にガラクトース残基を有する増粘多糖類は、さらに誘導基を有することができる。主鎖にマンノース残基を有し、側鎖にガラクトース残基を有する増粘多糖類が有する誘導基としては、ヒドロキシプロピル基、ヒドロキシプロピルトリモニウムクロリド基、カルボキシメチル基、リン酸基、ヒドロキシエチル基、およびヒドロキシプロピルメチル基などが挙げられる。
【0037】
主鎖にマンノース残基を有し、側鎖にガラクトース残基を有する増粘多糖類が、さらに誘導基を有することで、増粘多糖類(B)の主鎖の絡まりがほどけやすくなり、増粘多糖類(B)の溶解性が向上して増粘多糖類(B)の均一なゾル液を得ることができる。
増粘多糖類(B)の具体的な例としては、グアーガム、ローカストビーンガム、タマリンドシードガム、およびキサンタンガムが挙げられる。
【0038】
増粘多糖類(B)において、室温における1質量%水溶液の粘度を高くするためにはグレードによる分子量の選択が重要であり、例えば、グアーガムでは分子量が9万以上であることが好ましく、分子量が90万以上であることがより一層好ましい。高い分子量の増粘多糖類(B)を用いることで、多糖類同士の絡まりが増え、ファントムの粘性の上昇に寄与する。
増粘多糖類(B)の分子量はゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)を用いて測定することができる。GPCとしては例えばAgilent Technologies社製、1200シリーズを使用することができる。GPCの測定には、前処理として試料を溶離液にて0.1重量%となるように希釈後、0.45μm多層フィルターを用いてろ過したものを使用することができる。具体的な測定条件として、例えば、カラムはTSKgel GMPWXL×2、溶離液は200mM硝酸ナトリウム水溶液、流量1.0mL/min、検出器はRI検出器、カラム温度40℃として測定する。分子量の標準としては、例えばプルランおよびグルコースを使用することができる。なお、GPCによる分子量の計測は、分散系対象物に対する統計的な計測なので、得られた計測値は、数平均分子量と換言する場合がある。
【0039】
上記で述べたような増粘多糖類(B)を用いることで、多糖類(A)のゲル中で増粘多糖類(B)がゾルとして存在し、粘りを発揮するため、本発明においてファントムの粘性の制御を行うことができる。
【0040】
ファントムにおける増粘多糖類(B)の配合量は、水と後述の音速調整剤とを合計した質量を100質量部とした場合、0.5質量部以上20質量部以下であることが好ましい。ファントムにおける増粘多糖類(B)の配合量が0.5質量部以上であれば、tanδが0.2以上を呈するファントムを作製することができる。ファントムにおける増粘多糖類(B)の配合量が20質量部以下であれば、多糖類の絡み合い過多となることを避けることができ、ファントム中における増粘多糖類(B)の流動性を維持することでファントムの粘性を確保することができる。
【0041】
<音速調整剤>
本発明ではファントムにおける音速を調整するために音速調整剤を用いることができる。音速調整剤としては、ファントムの保水性を向上させる化合物を選ぶことが好ましい。
【0042】
保水性を向上させる化合物としては、HSP(ハンセン溶解度パラメータ)において極性項dPが13MPa0.5以上である化合物が好ましい。ハンセン溶解度パラメータは、コンピュータソフトウェアの「Hansen Solubility Parameters in Practice(HSPiP)」により計算可能であり、公知の方法を用いて求めることができる。なお、本明細書に記載のハンセン溶解度パラメータは、HSPiPのバージョン5.3.05を利用して算出した値である。
【0043】
上記のような保水性を向上させる効果を有する化合物はカオトロピック剤と総称される場合がある。カオトロピック剤には、水溶液中の水分子同士の相互作用を変化させる効果がある。極性項dPが大きい分子を保水補助剤として水溶液に添加することで水分子の相互作用が変化し、保水補助剤が水分子を強力に引き付けることできる。この程度を極性項dPが表しており、この値が大きい分子を音速調整剤として用いることで、ハイドロゲルとしてのファントムの経時安定性の実現が可能となる。
【0044】
これらの条件を満たす音速調整剤として、例えばジメチルスルホキシド(DMSO)や尿素、グアニジンあるいはグアニジン塩を用いることができる。また、これらの誘導体として、例えば、メチル化、ジメチル化、エチル化、ジエチル化したものも用いることができる。
【0045】
ファントムにおける音速調整剤の配合量は、水と音速調整剤との質量の合計を100質量部とした場合に、1質量部以上であることが好ましい。音速調整剤の配合量が1質量部以上である場合、十分な音速調整効果が得られ、ファントムにおける音速と、生体における音速との乖離を抑制することができる。
【0046】
<その他の成分>
本発明に係るファントムには、その他の成分として必要に応じて各種の成分を用いることができる。例えば、ファントムにはその他の成分として、超音波散乱剤を含めることができる。超音波診断装置ではファントム内で散乱された超音波のうち、検出器に届いた信号を用いて撮像および測定を行っている。そのため、ファントム中の測定対象となる部分が超音波散乱剤を含有していることで、当該部分の撮像が可能になり、ヤング率の測定を行うことができる。
【0047】
また、超音波の散乱効率はその物質の音響インピーダンス(=密度×音速)によって算出される。物質界面において、散乱効率はこの値の差異が大きいほど高い。
【0048】
超音波散乱剤として用いることのできる固体粒子として、金属粒子、金属酸化物粒子、炭素粒子、球状高分子が挙げられるが、本発明において用いることができる超音波散乱剤は、水溶性の低い固体であればその素材に特に制限はない。超音波散乱剤としては、機械的安定性から、グラファイトやマイクロダイヤモンドなどの炭素結晶の粒子、ポリエチレン粒子、ポリエチレン中空球、ポリスチレン中空球などの樹脂製粒子、酸化チタン、酸化アルミナ、酸化シリコンなどの酸化物微粒子、タングステン、ニッケル、モリブデンなどの金属微粒子、などが好ましい。このなかでも特に、音響インピーダンスの大きさおよび水への分散性を考慮すると、炭素結晶の粒子が好ましい。
【0049】
超音波散乱剤の粒径は、入力される超音波の波長に応じて決定することができる。超音波診断装置のプローブから発せられる超音波の波長から計算すると、超音波散乱剤の粒径は5μm以上50μm以下であることが好ましい。
【0050】
しかし、一般的に粒径が5μm以上の密度が高い粒子は沈降速度が大きく、寒天がゾルからゲルに変化する途中で分離が起きてしまう。この程度は下記ストークスの式から算出することができる。
V=g(ρs-ρ0)d2/18η
(V:沈降速度、g:重力加速度、ρs:粒子密度、ρ0:溶媒密度、d:粒子直径、η:溶媒の粘度)
【0051】
本発明においては、ファントムが上記増粘多糖類(B)を含有することにより、ストークスの式中のηの値が大きくなり、超音波散乱剤の沈降を抑制することができる。
【0052】
また、その他の成分として防カビ剤を添加することもできる。
ハイドロゲルは一般的にカビが発生しやすく、校正用として用いる際、カビの存在は物性値に影響を及ぼす可能性がある。
用いることができる防カビ剤としては特に限定されないが、水溶性があり、抗菌スペクトルが広いものが好ましい。
【0053】
防カビ剤としては、防腐剤、殺菌剤または抗菌剤などを用いることができる。防カビ剤としては、具体的には例えば、塩酸アルキルジアミノエチルグリシン、安息香酸ナトリウム、エタノール、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、グルコン酸クロルヘキシジン、クロロブタノール、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸ブチル、硫酸オキシキノリン、フェネチルアルコール、ベンジルアルコールがあげられる。
【0054】
このなかでも水溶性があり、抗菌スペクトルが広く、特に、人体に影響が少ないことの観点から、パラオキシ安息香酸エステル系化合物が好ましい。また、水溶性の観点からパラオキシ安息香酸メチルが特に好ましい。
【0055】
ファントムにおける防カビ剤の配合量は、それぞれの化合物によって効果が異なるため、適宜調整して用いることが好ましい。例えば、防カビ剤としてパラオキシ安息香酸メチルを用いる場合、その配合量は、水と音速調整剤との質量の合計を100質量部とした場合、0.25質量部であることが好ましい。パラオキシ安息香酸メチルの配合量が0.25質量部であれば、防カビ剤としての効果を高く得ることができる。パラオキシ安息香酸メチルの配合量が0.25質量部を超える場合は、ファントム中での溶解が難しくなる。
【0056】
また、その他の成分として、本発明に係るファントムはホウ砂を含むことができる。ホウ砂は、増粘多糖類(B)を化学架橋することができ、ファントムがホウ砂を含有することで増粘多糖類(B)の粘度や弾性率の継時変化を抑制することができる。
【0057】
ファントムにおけるホウ砂の配合量は、水と、音速調整剤との質量の合計を100質量部とした場合、0.001質量部以上0.2質量部以下であることが好ましい。また、ホウ砂の配合量は、0.05質量部以上0.1質量部以下であることがより好ましい。ホウ砂の配合量が0.2質量部以下であれば、化学架橋点が過多となることによるtanδの値の極度な低下を軽減することができ、ファントムが所望の粘性を呈することができる。また、ホウ砂の配合量が0.001質量部以上であれば、化学架橋を形成することで、増粘多糖類(B)の継時変化を軽減する効果を高く得ることができる。
【0058】
また、その他の成分として、本発明に係るファントムは消泡剤を含有することができる。ハイドロゲルを作製する時に気泡が入り込むと、水と空気との界面における音響インピーダンスの差によって、超音波が過度に散乱する。そのため、ハイドロゲルへの気泡の混入を抑制するために、消泡剤を用いること好ましい。
【0059】
本発明に係るファントムに用いることができる消泡剤としては、例えば、鉱物油や油脂などのオイル類、脂肪酸や脂肪酸エステル、リン酸エステル、金属石鹸などの界面活性剤、シリコーンオイルやジメチルシロキサンなどのシリコーン化合物などが挙げられる。中でも消泡剤としては、少ない配合量で消泡効果が高いシリコーン化合物が特に好ましい。
【0060】
ファントムにおける消泡剤の配合量は、消泡剤として用いるそれぞれの化合物によって効果が異なるため、適宜調整することが好ましい。例えば、消泡剤としてシリコーン化合物を用いる場合、水の質量を94.000質量部とした場合、0.001質量部以上0.100質量部以下の割合で配合すればよく、これにより消泡剤としての効果を十分に得ることができる。
【0061】
本発明の超音波ファントムは、その他の成分としてさらに、水性染料などの着色剤、リン酸緩衝溶液などのpH調整剤などを含んでいてもよい。
【0062】
<ファントムの製造方法>
図1に、本発明に係る超音波ファントムの製造方法の概略を示すフローチャートを示す。
【0063】
本発明に係る超音波ファントムの製造方法は、上記多糖類(A)を含む溶液Aを調製する工程と、上記増粘多糖類(B)を含む溶液Bを調製する工程と、前記溶液Aと前記溶液Bとを混合して調製液Cを調製する工程と、前記調製液Cをゲル化してハイドロゲルDを調製する工程と、を有する。
【0064】
まず、ステップS101において、上記多糖類(A)を含む溶液Aを調製する。溶液の調製方法は、先に述べた多糖類(A)の種類に応じた特性に応じて適宜設定すればよく、例えば、多糖類(A)として寒天を用いる場合には、水に寒天を添加した後、加熱溶解させることで、溶液Aを調製することができる。
【0065】
続いて、ステップS102において、上記増粘多糖類(B)を含む溶液Bを調製する。
溶液Bの調製方法についても、溶液Aの調製方法と同様に、用いる増粘多糖類(B)の特性に応じて適宜設定することができる。例えば、増粘多糖類(B)としてグアーガムを用いる場合には、水にグアーガムを添加して攪拌した後、加熱することで、溶液Bを調製することができる。
【0066】
続いて、ステップS103において、溶液Aと溶液Bとを、多糖類(A)および増粘多糖類(B)がそれぞれ所望の配合量となるように混合して十分に攪拌することで調製液Cを得る。調製液Cにおける各成分の均一な分散は、ファントムの一様性を確保するために重要である。ステップS103における溶液Aと溶液Bとの混合および攪拌が、ファントムの一様性を確保するのに十分であったか否かは、例えば、次のようにして検証することができる。すなわち得られたファントムについて、超音波診断装置で内部を可視化した際に、顕著なダマやモヤなどが無いかを確認すればよい。
【0067】
その後、ステップS104において、ステップS103で得られた調製液Cを所望の形状の型に入れてゲル化してハイドロゲルDを調製することで、超音波ファントムを製造することができる。調製液Cをゲル化する方法に特に制限は無いが、例えば、溶液Aおよび溶液Bをそれぞれ加熱して調製した場合には、ステップS103において高温に維持した状態で調製液Cを調製し、得られた調製液CをステップS104で冷却することでゲル化してもよい。
【0068】
ゲル状態にあるステップS104で調製した前記ハイドロゲルDは、1Hzにおける室温での動的粘弾性測定を行うことで得られるtanδが0.2以上を呈するものである。
このようなハイドロゲルDは、溶液Aにおける多糖類(A)の配合量および溶液Bにおける増粘多糖類(B)の配合量を、用いる各材料の種類に合わせて適宜調整することで得ることができる。
【0069】
なお、ステップS101の溶液Aを調製する工程と、ステップS102の溶液Bを調製する工程とは順不同であり、いずれの工程を先に行ってもよい。
【0070】
本発明に係る超音波ファントムの製造方法は、さらにその他の成分を含む溶液Eを調製する工程を有してもよい。このとき、ステップS103において、溶液A、溶液Bおよび溶液Eを、それぞれ各成分が所望の配合量となるように混合すればよい。
【0071】
なお、調製する溶液の種類数は、上記で記載した例に限られず、用いる成分の種類や、作製するファントムの種類に合わせて、適宜組み合わせを最適化することができる。
【実施例0072】
以下、実施例により本説明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0073】
<材料>
以下、実施例および比較例にて使用した材料を列記する。なお、増粘多糖類(B)の材料についての粘度は、室温における1質量%水溶液について測定して決定した値である。
【0074】
[多糖類(A)]
A-1:寒天;「Agar, powder (キシダ化学株式会社)」
【0075】
[増粘多糖類(B)]
B-1:グアーガム;「CG-10 (伊那食品工業社製)」、マンノース残基:ガラクトース残基=2:1、粘度213Pa・s、数平均分子量90万
B-2:グアーガム;「CG-100 (伊那食品工業社製)」、マンノース残基:ガラクトース残基=2:1、粘度1877Pa・s、数平均分子量120万
B-3:グアーガム;「CG-500 (伊那食品工業社製)」、マンノース残基:ガラクトース残基=2:1、粘度4118Pa・s、数平均分子量150万
B-4:ヒドロキシプロピルグアー;「ESAFLOR4W (三晶株式会社製)」マンノース残基:ガラクトース残基=2:1、粘度4734Pa・s
【0076】
[音速調整剤]
C-1:尿素 (キシダ化学株式会社製)
【0077】
[その他の成分]
D-1(超音波散乱剤):グラファイト;「ニカビーズ(R) ICB1020 (日本カーボン株式会社製)」
D-2(防腐剤):パラオキシ安息香酸メチル (キシダ化学株式会社製)
D-3(架橋剤):ホウ砂 (キシダ化学株式会社製)
D-4(粘度調整剤):グリセリン
【0078】
<評価方法>
[ヤング率および粘性]
粘弾性測定装置(MCR302 株式会社アントンパール・ジャパン製)を用いて測定を行い、貯蔵弾性率G’およびtanδの値を求めた。貯蔵弾性率G’は、直径30mm、厚さ5mmで作製した円柱形のファントムを用いて測定を行った。ファントムを上部から直径25mmのパラレルプレートに接触させ、動的歪みを与えることで、貯蔵弾性率G’を測定した。
ファントムのヤング率Eはポアソン比νを用いて、貯蔵弾性率G’から、下記式にて算出される。
E=G’・2(1+ν)
ファントムは測定時の体積変化が小さいため、ポアソン比ν=0.5と仮定できる。このことから、E=3・G’となり、貯蔵弾性率G’の値を3倍することでヤング率Eの値を得た。
tanδは貯蔵弾性率G’と、損失弾性率G’’との比率であり、下記式で算出される。
tanδ=G’’/G’
tanδの値が1に近いほど粘性が高いゲルであり、1を超えるとゾルであることを示す。
【0079】
[音速]
超音波の透過時間を測定することで音速の測定を行った。測定周波数3.5MHz(V328-SU オリンパス株式会社製)のトランスデューサーとニードル型ハイドロフォン(東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製)との間に、治具を用いてファントムを水中に固定した。ファントムは、超音波信号の入射角が0°となるように固定した。
長さ100mm×幅100mm、厚さ5mmおよび10mmの試験片を先述の通り設置した状態で、波形発生装置で発生した3サイクルのサイン波を超音波発振機から発振し、超音波受振機で受振した波形データをオシロスコープにより計測した。
【0080】
<ファントムの作製方法>
[製造例]
ファントムの製造手順の例として実施例1の作製手順を記載する。その他の実施例や製造例ではこの手順は変えずに、表1に示す配合に従い、材料の種類および量のみ変化させてファントムを作製した。
多糖類(A)を含有する溶液Aと、増粘多糖類(B)を含有する溶液Bと、その他成分を含有する溶液Eとをそれぞれ調製した後、これらを混合することでファントムを作製した。
【0081】
(溶液A)
密閉容器にイオン交換水50g(10質量部)、寒天1.75g(0.35質量部)、およびパラオキシ安息香酸メチル1.25g(0.25質量部)を入れ、90℃の加熱オーブンで4時間加熱して溶液Aを得た。
実施例6および7、並びに比較例3では、それぞれ加熱前の溶液にさらにホウ砂を0.25g(0.05質量部)、0.5g(0.1質量部)、1g(0.2質量部)入れた。
【0082】
(溶液B)
密閉容器にイオン交換水300g(60質量部)およびグアーガム(B-2)15.2g(3.04質量部)を添加し、十分に攪拌したのち、90℃の加熱オーブンで24時間加熱して溶液Bを得た。
【0083】
(溶液E)
密閉容器にイオン交換水120g(24質量部)および尿素30g(6質量部)を溶解し、20質量%尿素溶液を調製した。得られた尿素溶液に、グアーガム(B-2)2.5g(0.5質量部)を加えて溶解させた。続いて、上記尿素溶液にさらにグラファイトを20g(4質量部)加え、十分に攪拌したのち、90℃の加熱オーブンで2時間加熱して溶液Eを得た。
溶液A、溶液Bおよび溶液Eが90℃で熱せられている状態でそれぞれの構成成分の比に応じた割合で混合し、2分間攪拌処理して調製液Cを得た。その後、得られた調製液Cを型に注いで冷却し、ファントムを得た。
【0084】
【表1】
【0085】
1質量%水溶液の室温での粘度が213mPa・sである増粘多糖類B-1:グアーガムCG―10を用いた際には、tanδ≧0.2を満たさず、粘性条件を満足するファントムが得られなかった。一方、1質量%水溶液の室温での粘度が300を超える増粘多糖類B-2~B-4を用いた場合には、tanδ≧0.2となり、粘性条件を満足するファントムを得ることができた。また、実施例に係るファントムにおける音速は、生体における音速(1535m/s)に近い値であり、生体における音速との乖離を抑制しつつ、高い粘性を有するファントムを得ることができた。また、ホウ砂による化学架橋を行った場合もtanδ≧0.2となり、粘性条件を満足するファントムを得ることができた。
【0086】
実施例1および2、比較例1で得られた結果について、増粘多糖類(B)の、1質量%水溶液の室温での粘度を横軸にプロットし、粘性:tanδを縦軸にプロットして散布図を得る。続いて、散布図中の3点について最小二乗法により近似して直線を得る。これにより得られた直線から、1質量%水溶液の室温での粘度が300以上であれば、ゲル状態においてtanδが0.2以上を呈する超音波ファントムが得られることがわかる。かかるハイドロゲルのtanδは、室温下で1Hzおける動的粘弾性測定で得られる。
【0087】
以上より、30℃以上95℃以下にゾルゲル相転移点を有する多糖類(A)と、室温における1質量%水溶液の粘度が300mPa・s以上である増粘多糖類(B)とを用いることで、従来のファントムの課題を大幅に改善したファントムを得ることができた。
【0088】
本発明の実施形態に係る開示は、以下の構成および方法を含む。
(構成1)
水と、
30℃以上95℃以下にゾルゲル相転移点を有する多糖類(A)と、
室温における1質量%水溶液の粘度が300mPa・s以上である増粘多糖類(B)と、
を含み、
ゲル状態において1Hzにおける室温での動的粘弾性測定で得られるtanδが0.2以上を呈する、超音波ファントム。
(構成2)
前記多糖類(A)が寒天である、構成1に記載の超音波ファントム。
(構成3)
前記増粘多糖類(B)は、主鎖にマンノース残基を有し、側鎖にガラクトース残基を有する増粘多糖類であり、
前記主鎖に有する前記マンノース残基の数に対する、前記側鎖に有する前記ガラクトース残基の数の比が、0.2以上0.4以下である、構成1または2に記載の超音波ファントム。
(構成4)
前記増粘多糖類(B)の数平均分子量が9万以上である、構成1~3のいずれかに記載の超音波ファントム。
(構成5)
前記増粘多糖類(B)は、グアーガム、ローカストビーンガム、およびタマリンドシードガムから選ばれる増粘多糖類を含む、構成1~4のいずれかに記載の超音波ファントム。
(構成6)
音速調整剤をさらに含む、構成1~5のいずれかに記載の超音波ファントム。
(構成7)
超音波散乱剤をさらに含む、構成1~6のいずれかに記載の超音波ファントム。
(構成8)
防腐剤をさらに含む、構成1~7のいずれかに記載の超音波ファントム。
(方法1)
超音波ファントムの製造方法であって、
30℃以上95℃以下にゾルゲル相転移点を有する多糖類(A)を含む溶液Aを調製する工程と、
室温における1質量%水溶液の粘度が300mPa・s以上である増粘多糖類(B)を含む溶液Bを調製する工程と、
前記溶液Aと前記溶液Bとを混合して調製液Cを調製する工程と、
前記調製液Cをゲル化してハイドロゲルDを調製する工程と、
を有し、
ゲル状態にある前記ハイドロゲルDについて、1Hzにおける室温での動的粘弾性測定を行うことで得られるtanδが0.2以上を呈する、超音波ファントムの製造方法。
(方法2)
前記ハイドロゲルDを調製する工程は、前記調製液Cを冷却する工程を含む、方法1に記載の超音波ファントムの製造方法。
図1