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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024129993
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】ボルトの水素脆化感受性の評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 3/00 20060101AFI20240920BHJP
   G01N 17/00 20060101ALI20240920BHJP
   G01N 3/08 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
G01N3/00 T
G01N17/00
G01N3/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023039447
(22)【出願日】2023-03-14
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】390038069
【氏名又は名称】株式会社青山製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】崎山 裕嗣
(72)【発明者】
【氏名】松井 直樹
(72)【発明者】
【氏名】八木 雄大
(72)【発明者】
【氏名】西村 勇樹
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 伸吾
【テーマコード(参考)】
2G050
2G061
【Fターム(参考)】
2G050AA01
2G050BA04
2G050BA20
2G050DA01
2G050EA10
2G050EB07
2G050EB10
2G061AA17
2G061AB01
2G061AC10
2G061BA05
2G061CA01
2G061CB02
2G061CC05
2G061DA01
2G061DA14
2G061DA16
2G061EA03
2G061EA10
2G061EB02
(57)【要約】
【課題】塑性域締付けされるボルトの水素脆化感受性を、水素チャージ速度が緩やかな水素チャージ方法と組み合わせて評価可能な評価方法を提供する。
【解決手段】本発明の一態様に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法は、鋼製のボルト、及びナットによって、試験治具を締付ける工程と、水素をボルトにチャージする工程と、を備え、ボルトの締付け軸力を、ボルトの降伏締付け軸力Fyを超えてかつ極限締付け軸力Fu以下とし、ボルトの頭部に接する試験治具の第一面と、ナットに接する試験治具の第二面とがなす角度を、1.0度以上3.0度以下とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製のボルト、及びナットによって、試験治具を締付ける工程と、
水素を前記ボルトにチャージする工程と、
を備え、
前記ボルトの締付け軸力を、前記ボルトの降伏締付け軸力Fyを超えてかつ極限締付け軸力Fu以下とし、
前記ボルトの頭部に接する前記試験治具の第一面と、前記ナットに接する前記試験治具の第二面とがなす角度を、1.0度以上3.0度以下とする
ボルトの水素脆化感受性の評価方法。
【請求項2】
前記ボルトの前記降伏締付け軸力Fyを起点とした、前記ボルトの前記頭部と前記ナットとの締付け回転角を締付け指標として、前記締付け軸力を管理する
ことを特徴とする請求項1に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法。
【請求項3】
前記ボルトのスナグ点を起点とした、前記ボルトの前記頭部と前記ナットとの締付け回転角を締付け指標として、前記締付け軸力を管理する
ことを特徴とする請求項1に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法。
【請求項4】
前記ボルトを試験溶液に浸漬すること、又は前記ボルトを腐食環境に曝露することによって、前記水素を前記ボルトにチャージする
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法。
【請求項5】
前記ボルトの引張強さを800MPa以上1400MPa以下とする
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法。
【請求項6】
前記ボルトの炭素当量Ceqを0.3以上1.0以下とする
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法。
【請求項7】
前記試験治具が、前記ボルトの軸部を挿通させる通し穴を有し、
前記通し穴の中心軸に垂直な面である基準面と、前記第一面とがなす角度を、実質的に0度とし、
前記基準面と、前記第二面とがなす角度を1.0度以上3.0度以下とする
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法。
【請求項8】
前記試験治具が、前記ボルトの軸部を挿通させる通し穴を有し、
前記通し穴の中心軸に垂直な面である基準面と、前記第一面とがなす角度を0度超とし、
前記基準面と、前記第二面とがなす角度を0度超とし、
前記基準面に対する前記第一面の傾斜方向と、前記基準面に対する前記第二面の傾斜方向とがなす角度を3.0度以下とする
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボルトの水素脆化感受性の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ボルトは、被締結材を締付けるために用いられる。締付けによって、ボルトには軸力、即ちボルトの軸部に作用する引張力が加わる。従って、機械構造部品に組み込まれたボルトは、常に引張力を受ける。
【0003】
鋼材に加わる応力は、鋼材の水素脆化の因子の一つである。鋼材の水素脆化の因子は、鋼材に侵入した水素、鋼材に加わる応力、及び鋼材の強度であると考えられている。屋外などの腐食環境で用いられるボルトには、水素が侵入しやすく、さらに引張力が常に加えられている。従って、腐食環境で用いられるボルトには、水素脆化による破壊が生じやすい。ボルトの材料を選定する際には、鋼材の水素脆化感受性が考慮される。
【0004】
非特許文献1には、締結用部品の締付け試験方法が開示されている。この試験は、ボルト及びナットから成る組立品に締付けトルクを着実に作用させて、締付け軸力を発生させ、トルク係数、総合摩擦係数、ねじ面の摩擦係数、座面の摩擦係数、降伏締付け軸力、降伏締付けトルク、締付け回転角及び極限締付け軸力を含む締付け特性値のうちの、一つ以上のものを測定及び/又は決定するものである。
【0005】
非特許文献2には、傾斜ウェッジ法による、雄ねじ成形品及びロッドの残留脆化試験方法が開示されている。この試験では、硬化された長方形の鋼製ウェッジのクリアランスホールに挿入されたねじ成形された物品又はロッドに、相手方のナットを用いた引張によって、応力が加えられる。ウェッジの上面は下面に対して斜めに研磨されている。指定された保持期間が終了した後で、亀裂、ヘッド分離、及び破断等の不具合に関して、各物品を調査する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】JIS B 1084:2007
【非特許文献2】ISO10587:2000
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来、ボルトは、被締結材に弾性域締付けされることが多かった。弾性域締付けとは、締付けによってボルトが降伏しない範囲の締付けである(図2参照)。従って、ボルトの水素脆化感受性の評価もまた、弾性域締付けによって行われることが通常であった。例えば非特許文献2に開示された試験方法では、物品の極限引張強さ(Ultimate tensile strength)の75±2%に等しい荷重が、ナットの締付けによって加えられる。即ち、非特許文献1の試験方法の評価対象は、弾性域締付けされたボルトである。
【0008】
しかしながら近年は、ボルトが被締結材に塑性域締付けされる機会が増大している。塑性域締付けとは、締付けによってボルトが降伏し、極限締付け軸力に達するまでの範囲の締付けである(図2参照)。極限締付け軸力とは、締付けにおいて、ボルトの破壊が起こるまでに、組合せ応力下で発生し得る最大の締付け軸力の値である(図2参照)。なお、締付けにおいて、組合せ応力下で、ボルトの円筒部又は遊びねじ部が降伏するときの締付け軸力の値は、降伏締付け軸力と称される(図2参照)。
【0009】
ボルトの締付け管理方法には主にトルク法と回転角法がある。トルク法とは、締付け軸力を管理するための特性である締付け指標を締付けトルクとする、締付け管理方法である。回転角法とは、締付け指標を締付け回転角とする締付け管理方法である。トルク法は非常に簡便な管理方法であり、弾性域締付けの際の締付け指標手段として工業的によく用いられる。しかしながら、トルク法は塑性域締付けには適さない。なぜなら、トルク法による締付け管理は、ボルトと被締結物における摩擦係数の影響を受けやすく、したがって軸力のばらつきを生じさせやすいからである。トルク法によって塑性域締付けをした場合、ボルトが塑性域締付けされていることが十分に保証されない。塑性域締付けのためには、締付け管理を回転角法で行うことが好適である。
【0010】
このように、好適な締付け指標が相違するので、弾性域締付けに適した評価方法を、塑性域評価方法に単に転用することは難しい。これらの相違点が、評価結果に誤りをもたらす可能性が排除できないからである。現時点で、塑性域締付けされたボルトの水素脆化感受性の評価方法は、ほとんど整備されていない。
【0011】
また、塑性域締付けは、水素脆化が問題とならない部位に配されたボルトに対して適用されることが多い。水素脆化が問題となりうる部位に配されるボルトに塑性域締付けを行う場合、そのボルトを構成する鋼材は、引張強さが低く、水素脆化感受性が低い鋼材である場合が多い。ボルトの水素脆化感受性の評価は、ボルトを脆性破断させることが可能な環境にボルトを晒すことによって行われる。従来の方法によって水素脆化感受性が低いボルトの水素脆化感受性を評価する場合は、多量の水素をボルトにチャージする必要がある。
【0012】
多量の水素をボルトにチャージする手段の一つは、陰極電解法である。陰極電解法は、電気分解反応を利用して水素をボルトにチャージする。陰極電解法は、短時間で多量の水素をボルトにチャージ可能である点で優れる。
【0013】
しかしながら、短時間で多量の水素をボルトにチャージした場合、ボルトの破断箇所における水素濃度が不明確となる。Fickの拡散法則によれば、短時間で多量の水素をボルトにチャージすることにより、図3に示されるように、ボルトの表層から内部にかけて大きな水素濃度勾配が生じる。しかしながら、ボルト中の水素濃度分布の評価は極めて難しい。例えば、元素濃度分布の評価手段として広く用いられているEPMAは、水素のような軽元素を検出することができない。水素脆化破断が生じたボルトに導入された水素の量は、ボルトを炉加熱して、ボルト内の水素を炉内に放出させ、炉内の水素ガスを検出することにより測定することが通常である。この測定法は、昇温脱離分析と呼ばれるものである。この測定法によれば、ボルト中の水素の平均濃度しか知ることができない。
【0014】
ボルトの水素脆化感受性の指標の一つとして、破断限界水素濃度、即ち水素脆化割れが発生しない水素濃度の上限値がある。図3のような、表層における水素濃度が高いボルトの表層に割れが発生した場合、ボルトの破断限界水素濃度は、ボルトの表層の水素濃度に基づいて求められるべきである。しかしながら、ボルトの表層の水素濃度を局所的に知ることはできない。一方、ボルトの平均的な水素濃度に基づいてボルトの破断限界水素濃度を求めた場合、ボルトの破断限界水素濃度は、実情よりはるかに低く評価されてしまうのである。
【0015】
以上の事情により、水素をボルトにチャージする方法は、例えば浸漬法又は曝露法などの、水素チャージ速度が緩やかな方法が好ましい。浸漬法では、塩酸などの試験溶液に試験体を浸漬することにより、試験体に組み込まれたボルトに水素をチャージする。曝露法では、屋外などの腐食環境に試験体を曝露することにより、試験体に組み込まれたボルトに水素をチャージする。いずれの方法も、簡易的に実施可能であり、しかもボルトの内部に急峻な水素濃度勾配を生じさせない点で、陰極電解法よりも優れる。
【0016】
しかしながら、浸漬法又は曝露法は、チャージ可能な水素の量が少ない。そのため、浸漬法又は曝露法は、塑性域締付けの対象とされる、引張強さが低いボルトに水素脆化割れを生じさせることが困難である。
【0017】
以上の事情に鑑みて、本発明は、塑性域締付けされるボルトの水素脆化感受性を、水素チャージ速度が緩やかな水素チャージ方法と組み合わせて評価可能な評価方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0019】
(1)本発明の一態様に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法は、鋼製のボルト、及びナットによって、試験治具を締付ける工程と、水素を前記ボルトにチャージする工程と、を備え、前記ボルトの締付け軸力を、前記ボルトの降伏締付け軸力Fyを超えてかつ極限締付け軸力Fu以下とし、前記ボルトの頭部に接する前記試験治具の第一面と、前記ナットに接する前記試験治具の第二面とがなす角度を、1.0度以上3.0度以下とする。
(2)上記(1)に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法では、好ましくは、前記ボルトの前記降伏締付け軸力Fyを起点とした、前記ボルトの前記頭部と前記ナットとの締付け回転角を締付け指標として、前記締付け軸力を管理する。
(3)上記(1)に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法では、好ましくは、前記ボルトのスナグ点を起点とした、前記ボルトの前記頭部と前記ナットとの締付け回転角を締付け指標として、前記締付け軸力を管理する。
(4)上記(1)~(3)のいずれか一項に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法では、好ましくは、前記ボルトを試験溶液に浸漬すること、又は前記ボルトを腐食環境に曝露することによって、前記水素を前記ボルトにチャージする。
(5)上記(1)~(4)のいずれか一項に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法では、好ましくは、前記ボルトの引張強さを800MPa以上1400MPa以下とする。
(6)上記(1)~(5)のいずれか一項に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法では、好ましくは、前記ボルトの炭素当量Ceqを0.30以上1.00以下とする。
(7)上記(1)~(6)のいずれか一項に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法では、好ましくは、前記試験治具が、前記ボルトの軸部を挿通させる通し穴を有し、前記通し穴の中心軸に垂直な面である基準面と、前記第一面とがなす角度を、実質的に0度とし、前記基準面と、前記第二面とがなす角度を1.0度以上3.0度以下とする。
(8)上記(1)~(7)のいずれか一項に記載のボルトの水素脆化感受性の評価方法では、好ましくは、前記試験治具が、前記ボルトの軸部を挿通させる通し穴を有し、前記通し穴の中心軸に垂直な面である基準面と、前記第一面とがなす角度を0度超とし、前記基準面と、前記第二面とがなす角度を0度超とし、前記基準面に対する前記第一面の傾斜方向と、前記基準面に対する前記第二面の傾斜方向とがなす角度を3.0度以下とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、塑性域締付けされるボルトの水素脆化感受性を、水素チャージ速度が緩やかな水素チャージ方法と組み合わせて評価可能な評価方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法の概略図である。
図2】締付け回転角θと締付け軸力Fとの関係を示すグラフである。
図3】陰極電解法によって鋼材に生じた水素濃度勾配の概念図である。
図4】分離型治具を用いたボルトの水素脆化感受性の評価方法の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の一態様に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法は、鋼製のボルト11、及びナット12によって、試験治具13を締付ける工程と、水素をボルト11にチャージする工程と、を備え、ボルト11の締付け軸力Fを、ボルト11の降伏締付け軸力Fyを超えてかつ極限締付け軸力Fu以下とし、ボルト11の頭部111に接する試験治具13の第一面131と、ナット12に接する試験治具13の第二面132とがなす角度を、1.0度以上3.0度以下とする。以下、本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法を、図1等を参照しながら詳細に説明する。
【0023】
(1.締付け)
本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法では、図1に示されるように、評価対象である鋼製のボルト11、及びナット12によって、試験治具13を締付ける。ボルト11は、頭部111及び軸部112を有する。軸部112には、おねじが形成されている。試験治具13は例えば図1に示されるような、硬質材料から構成される略直方体形状の物体である。また、図4に示されるように、試験治具13を、本体部及び複数のくさび部から構成されるものとしてもよい。試験治具13には、例えば、ボルト11の軸部112を挿通させるための通し穴13Hが設けられる。
【0024】
試験治具13の通し穴13Hの径は、ボルト11の軸部112の径より大きく、かつ、ボルト11の頭部111の径及びナット12の外径より小さい値とする。ボルト11の軸部112を通し穴13Hに挿通させ、次いで、軸部112の先端にナット12を組み付けて回転させることにより、試験治具13が締付けられる。以下、便宜的に、試験治具13におけるボルト11の頭部111に接する面を第一面131と称し、試験治具13におけるナット12に接する面を第二面132と称する。
【0025】
(締付け軸力F)
締付けによって、ボルト11の軸部112には引張力が与えられ、且つ、試験治具13には圧縮力が与えられる。軸部112に作用する引張力、及び試験治具13に作用する圧縮応力は、締付け力と称される。また、軸部112に作用する引張力は、締付け軸力Fと称される。本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法では、ボルト11の締付け軸力Fを、ボルト11の降伏締付け軸力Fyを超えてかつ極限締付け軸力Fu以下とする。
【0026】
ボルト11の降伏締付け軸力Fyとは、締付けにおいて、組合せ応力下で、ボルト11の円筒部又は遊びねじ部が降伏するときの締付け軸力Fの値である。降伏締付け軸力Fyを超える締付け軸力Fは、ボルト11を塑性変形させる。従って、締付け軸力Fを降伏締付け軸力Fy超とすることにより、塑性域締付けされたボルト11の水素脆化感受性を評価することができる。
【0027】
極限締付け軸力Fuとは、締付けにおいて、ボルト11の破壊が起こるまでに、組合せ応力下で発生し得る最大の締付け軸力Fの値である。極限締付け軸力Fuを生じさせる回転角θuを越えてボルト11を回転させると、ボルト11が延性破断する。この場合、ボルト11の水素脆化感受性の評価を実施することができない。締付け軸力Fを極限締付け軸力Fu以下とすることにより、ボルト11の回転角がθuを超過することを回避して、ボルト11の延性破断を回避することができる。締付け回転角θを、極限締付け軸力Fuを生じさせる回転角θu以下に設定してもよい。また、締付け軸力Fを、極限締付け軸力Fu未満としてもよい。
【0028】
ボルト11の締付け軸力Fは、上述の範囲内で自由に設定することができる。ボルト11の破断を一層促進する観点からは、締付け軸力Fを可能な限り極限締付け軸力Fuに近づけることが好ましい。一方、ボルト11の延性破壊を確実に回避する観点からは、締付け軸力Fを降伏締付け軸力Fyに近づけることが好ましい。また、ボルト11が用いられる製品において、ボルト11に適用される締付け軸力が明らかであれば、その締付け軸力を試験力として採用すればよい。
【0029】
ボルト11の降伏締付け軸力Fy、及び極限締付け軸力Fuは、非特許文献1に開示された締付け試験によって特定することができる。ボルト11の締付け軸力Fは、締付けトルク、締付け回転角、及びトルク勾配等の締付け指標を用いて管理することができる。図2に、締付け回転角を締付け指標とした場合の、締付け回転角θと締付け軸力Fとの関係を示すグラフ、即ちθ-F曲線を示す。例えば、ボルト11のθ-F曲線に基づいて、ボルト11の締付け軸力Fをボルト11の降伏締付け軸力Fyを超えてかつ極限締付け軸力Fu以下とするために適切な締付け回転角θを特定することができる。
【0030】
(試験治具13の第一面131及び第二面132がなす角度)
本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法では、試験治具13の第一面131と第二面132とがなす角度を、1.0度以上3.0度以下とする。図1に例示された試験治具13において、第一面131と第二面132とがなす角度とは、一点鎖線X及び一点鎖線Yがなす角度である。これにより、試験治具13に締付けられたボルト11の頭部111及びナット12は若干の角度をなし、ボルト11には曲げ応力が加えられる。曲げ応力は、ボルト11の水素脆化を促進する。
【0031】
塑性域締付け用のボルト11の材料は、例えば引張強さ1300MPa以下の、水素脆化感受性が低い鋼材とされることが多い。塑性域締付け用のボルト11に水素脆化割れを生じさせて、その水素脆化感受性を評価するためには、通常は陰極電解法などの、多量の水素を短時間でチャージする方法が用いられる。しかしながら、第一面131と第二面132とがなす角度を1.0度以上とすることにより、浸漬法及び曝露法などの、水素チャージ速度が緩やかな方法によって水素脆化割れを生じさせることができる。第一面131と第二面132とがなす角度を1.1度以上、1.2度以上、1.5度以上、又は1.8度以上としてもよい。
【0032】
ボルト11の水素脆化を促進する観点からは、第一面131と第二面132とがなす角度は大きいほど好ましい。しかしながら、第一面131と第二面132とがなす角度が大きいほど、塑性域締付けにおける締付け軸力Fの管理が難しくなる。なぜなら、第一面131と第二面132とがなす角度を拡大すると、スナグ点及び降伏締付け軸力Fyの特定が難しくなるからである。以下、その理由について、締付け指標を締付け回転角とした場合を例に挙げながら説明する。
【0033】
スナグ点とは、θ-F曲線において、スナグトルクを作用させる点のことである。スナグトルクとは、座面を試験治具13の第一面131及び第二面132に密着させるために必要な締付けトルクのことである。締付け回転角がスナグ点に至るまでは、θ-F曲線の傾きは緩やかである。締付け回転角がスナグ点を超えると、ボルト11の弾性域締付けが開始し、θ-F曲線の傾きが増大する。
【0034】
本発明者らは、第一面131と第二面132とがなす角度と、ボルト11のθ-F曲線の形状との関係を調査した。その結果、第一面131と第二面132とがなす角度が大きくなるほど、座面を試験治具13の第一面131及び第二面132に密着させるために必要な締付け回転角が増大し、θ-F曲線においてスナグ点が右に移動することを知見した。その一方で、第一面131と第二面132とがなす角度は、降伏締付け軸力Fyが生じる点にはほとんど影響しないことも本発明者らは知見した。第一面131と第二面132とがなす角度を大きくすると、図2に破線で示されているように、スナグ点に対応する締付け回転角θと、降伏締付け軸力Fyに対応する締付け回転角θyとの差が小さくなった。
【0035】
締付け回転角θがθ~θyの範囲内にあるとき、ボルト11は弾性域締付けされている。そのため、締付け回転角θがθ~θyの範囲内にあるとき、締付け軸力Fは締付け回転力θに比例し、図2に示される締付け回転角θ-締付け軸力Fの関係を示すグラフは略直線形状となる。換言すると、締付け回転角θ-締付け軸力Fの関係を示すグラフに含まれる直線部分が弾性域締付けに対応し、直線部分の両端が、θ及びθyである。そのため、スナグ点及び降伏締付け軸力Fyを特定する際には、まずグラフに含まれる直線部分に沿って補助線を引き、次いでその補助線とグラフとの交点を特定することが一般的である。
【0036】
ボルト11のθ-F曲線に含まれる直線部分が短くなると、上述の補助線を引くことが難しくなる。その結果、スナグ点及び降伏締付け軸力Fyの測定値の信頼性が低下する。この問題は、締付け軸力を締付け回転力によって管理する場合のみならず、締付け軸力を締付けトルクによって管理する場合にも生じる。本発明者らの実験結果によれば、第一面131と第二面132とがなす角度が3.0度を超過すると、スナグ点及び降伏締付け軸力Fyの測定結果のばらつきが著しくなった。従って、第一面131と第二面132とがなす角度を3.0度とする。第一面131と第二面132とがなす角度を2.8度以下、2.5度以下、又は2.0度以下としてもよい。
【0037】
(2.水素チャージ)
本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法では、水素をボルト11にチャージする。これにより、ボルト11に水素脆化割れを生じさせることができる。これにより、ボルト11に水素脆化割れを生じさせる条件を特定することができる。ボルト11に水素脆化割れを生じさせる条件とは、例えば締付け軸力F、第一面131及び第二面132の角度、水素チャージ条件、侵入水素量、及び水素脆化割れが生じるまでの時間等である。そして、これらの条件に基づいて、ボルト11の水素脆化感受性を評価することができる。
【0038】
もっとも、本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法において、ボルト11を破断させることは必須ではない。例えば、後述する破断限界水素量によってボルト11の水素脆化感受性を評価する場合、複数の試験片のうち一部を破断させればよい。また、ボルト11の使用環境を模擬した条件下で水素脆化割れが生じなかったボルト11を、水素脆化感受性に優れたボルト11とみなしてもよい。
【0039】
(作用効果)
本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法では、ボルト11を塑性域締付けする。従って、塑性域締付けされたボルト11の水素脆化感受性を評価することができる。
【0040】
本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法では、試験治具13の第一面131と第二面132とがなす角度を1.0度以上とする。これにより、ボルト11に曲げ応力を導入して、ボルト11に水素脆化割れが生じやすくすることができる。この場合、ボルト11に水素脆化割れを生じさせるのに必要な水素量を減少させることができることに加え、ねじ部の塑性変形量を増加させることによって、同じ水素チャージ条件でも侵入する水素量を増加させることができる。従って、ボルト11の内部の水素濃度勾配を減少させて、破断限界水素濃度を正確に知ることができる。加えて、水素脆化感受性が低いボルト11にも、水素脆化割れを生じさせることができる。
【0041】
本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法では、試験治具13の第一面131と第二面132とがなす角度を3.0度以下とする。これにより、ボルト11の降伏締付け軸力Fyの測定値の信頼性を向上させて、ボルト11の締付け軸力Fの管理を容易にし、また、試験結果のばらつきを抑制することができる。
【0042】
以上、本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法の最も基本的な態様について説明した。次に、ボルトの水素脆化感受性の評価方法の一層好ましい態様について、以下に説明する。
【0043】
(締付け指標)
締付け軸力Fを管理するための特性は、締付け指標と呼ばれる。締付け指標の例は、締付けトルク、締付け回転角θ、及びトルク勾配などである。締付けトルクとは、締付けにおいて、ナット12又は頭部111に作用させるトルクのことである。締付け回転角θとは、締付け力を生じさせるための、ボルト11の頭部111とナット12との相対回転角のことである。トルク勾配とは、締付け回転角θに対する締付けトルクの勾配のことである。締付けトルク、締付け回転角θ、及びトルク勾配を締付け指標として締付け管理を行う方法は、それぞれトルク法、回転角法、及びトルク勾配法と称される。
【0044】
本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法では、締付け指標は特に限定されないが、これを締付け回転角θとすることが好適である。図2に示されるように、塑性域ではθ-F勾配が小さい。従って、締付け軸力Fを精度よく管理する観点からは、締付け回転角θを利用することが好ましい。
【0045】
締付け回転角θを締付け指標として締付け管理を行う場合、締付け回転角θの起点を、例えばボルト11のスナグ点とすることができる。この場合、ボルト11のスナグ点における締付け回転角θを0度と定義すればよい。締付けの際には、まずボルト11をスナグ点まで締付けて、次いで、目標締付け回転角θまでボルト11を締付ければよい。
【0046】
一方、締付け回転角θの起点を、ボルト11の降伏締付け軸力Fyとしてもよい。この場合、ボルト11の降伏締付け軸力Fyにおける締付け回転角θを0度と定義すればよい。締付けの際には、まずボルト11を降伏締付け軸力Fyまで締付けて、次いで、目標締付け回転角θまでボルト11を締付ければよい。
【0047】
弾性域においては、トルク法によっても良好な精度で締付け軸力Fを管理可能である。また、トルク法は、回転角法よりも迅速かつ簡易的にボルト11を締付けることができる。降伏締付け軸力Fy未満の弾性域ではトルク法を採用し、降伏締付け軸力Fy以上の塑性域では回転角法を採用することにより、締付け軸力Fの管理の精度、及び締付け効率の両方を高めることができる。
【0048】
(水素チャージ手段)
水素をボルト11にチャージする手段は、好ましくは浸漬法、又は曝露法である。浸漬法及び曝露法によれば、ボルト11に水素をチャージする速度が緩やかとなる。そのため、浸漬法及び曝露法は、ボルト11内に急峻な水素濃度勾配を生じさせない。破断限界水素濃度を求める際に、浸漬法及び曝露法は特に好ましい。また、浸漬法及び曝露法は、陰極電解法よりも実施手順が簡便であるという利点も有する。加えて、陰極電解法では、水素の気泡が試験片に付着して、試験片への水素チャージが妨げられるという問題がある。浸漬法及び暴露法では、このような問題が生じにくい。
【0049】
水素チャージ手段を浸漬法とする場合、試験治具13にボルト11及びナット12を締付けることによって得られる試験体1を、試験溶液に浸漬すればよい。試験溶液は、例えば塩酸やチオシアン酸アンモニウム溶液である。試験溶液の濃度、及び試験溶液の温度は特に限定されない。例えば試験溶液のチオシアン酸アンモニウムの濃度を30%としてもよい。例えば試験溶液の温度を50℃としてもよい。
【0050】
水素チャージ手段を曝露法とする場合、試験体1を腐食環境に曝露すればよい。腐食環境とは、例えば低緯度の海浜地帯等である。また、乾湿繰り返しサイクル試験(CCT)等によって試験片に水素をチャージしてもよい。ボルト11の使用場所が既知である場合、ボルト11の使用場所に試験体1を曝露してもよい。
【0051】
一方、水素をボルト11にチャージする手段を、浸漬法、又は曝露法以外の手段としてもよい。例えば、試験片の優劣の評価基準として、試験片の破断までの時間を用いることがある。この場合、試験期間を短縮するために、陰極電解法によって水素をボルト11にチャージしてもよい。陰極電解法によれば、短時間で多量の水素をボルト11にチャージすることができる。水素脆化割れが生じた時点での鋼材中の水素量が水素脆化感受性の評価指標とされない場合は、陰極電解法を用いることができる。
【0052】
なお、ボルト11及びナット12を試験治具13に締付けてから水素チャージを行う場合、試験治具13を、例えば図4に例示されるようなものとしてもよい。図4に例示される試験治具13は、その側面に開口部133を有する。開口部133は、ボルト11の軸部112が挿入される通し穴13Hと、試験治具13の外部とを連通している。開口部133を介して、ボルト11の軸部112は水素チャージ環境に曝露される。図4に例示される試験治具13によれば、締付け後のボルト11に容易に水素をチャージすることができる。当然のことながら、図1に例示される一体型の試験治具に、開口部133を設けてもよい。
【0053】
(ボルト11の引張強さ)
鋼製のボルト11の強度は特に限定されない。あらゆる種類の鋼製のボルト11に対して本実施形態に係る水素脆化感受性の評価方法を適用することができる。一方、引張強さ800MPa未満のボルト11においては、水素脆化割れが生じるおそれが小さい。また、引張強さ1400MPa超のボルト11は、水素脆化が懸念される適用部位において、塑性域締付けに供される機会が少ない。従って、本実施形態に係る水素脆化感受性の評価方法は、引張強さ800MPa以上1400MPa以下のボルト11に適用されることが好適である。ボルト11の引張強さを820MPa以上、850MPa以上、又は900MPa以上としてもよい。ボルト11の引張強さを1350MPa以下、1300MPa以下、又は1250MPa以下としてもよい。
【0054】
(ボルト11の炭素当量Ceq)
鋼製のボルト11の炭素当量Ceqは特に限定されない。炭素当量Ceqとは、鋼の焼入れ性の指標であり、JIS G 3136:2022に開示された以下の式によって算出可能である。
Ceq=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14
上記式において、元素記号は、ボルト11の化学成分に含まれる元素の単位質量%での含有量である。一般に、炭素当量が高いほど、水素脆化感受性が高い。
【0055】
あらゆる種類の鋼製のボルト11に対して本実施形態に係る水素脆化感受性の評価方法を適用することができる。一方、Ceqが0.30未満のボルト11においては、水素脆化割れが生じることがほとんどない。また、Ceqが1.00超のボルト11は、水素脆化が懸念される環境において塑性域締付けに供される機会が少ない。従って、本実施形態に係る水素脆化感受性の評価方法は、Ceqが0.30以上1.00以下のボルト11に適用されることが好適である。ボルト11のCeqを0.35以上、0.40以上、又は0.45以上としてもよい。ボルト11のCeqを0.95以下、0.90以下、又は0.85以下としてもよい。
【0056】
(第一面131及び/又は第二面132と、基準面Sとがなす角度)
本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法では、第一面131と第二面132とがなす角度を上述の範囲内とする必要がある。この要件が満たされる限り、当該角度を、第一面131及び第二面132に自由に配分することができる。以下、ボルト11の軸部112を挿通させる通し穴の中心軸Aに垂直な任意の面を、基準面Sと定義する。そして、基準面Sを用いて、第一面131及び第二面132の好ましい角度について説明する。
【0057】
図1に例示される試験治具13においては、頭部111側の面である第一面131のみが基準面Sに対して傾斜しており、第二面132と基準面Sとがなす角度は実質的に0度とされている。ボルト11に曲げ応力を作用させる役目は、全て第一面131が担っている。
【0058】
一方、図4に例示される試験治具13のように、ナット12側の面である第二面132のみが基準面Sに対して傾斜していてもよい。即ち、第一面131と基準面Sとがなす角度を0度とし、第二面132と基準面Sとがなす角度を上述の範囲内としてもよい。この場合、ボルト11に曲げ応力を作用させる役目は、全て第二面132が担っている。
【0059】
本発明者らの調査によれば、角度の配分は、破断位置に影響を及ぼす。ボルト11の頭部111の側の面である第一面131を傾斜させた場合、ボルト11の水素脆化割れは、ボルト11の首下部で生じた。ボルトの首下部とは、ボルト11の軸部112における頭部111付近の領域のことである。一方、ナット12の側の面である第二面132を傾斜させた場合、ボルト11の水素脆化割れは、首下部以外の部分、例えば軸部112に設けられたねじ部で生じた。
【0060】
機械部品に組付けられたボルト11に、実使用環境で水素脆化割れが生じる場合、破断箇所はボルト11の軸部112の首下部以外の部分であることが多い。従って、ナット12の側の面である第二面132を傾斜させることにより、ボルト11の水素脆化感受性の評価条件を、実使用環境に一層近づけることができる。
【0061】
第一面131及び第二面132の両方を、基準面Sに対して傾斜させてもよい。例えば、基準面Sと第一面131とがなす角度を0度超、0.3度以上、0.5度以上、又は1.0度以上とし、且つ、基準面Sと第二面132とがなす角度を0度超、0.3度以上、0.5度以上、又は1.0度以上としてもよい。
【0062】
なお、第一面131及び第二面132の両方を基準面Sに対して傾斜させる場合、基準面Sに対する第一面131の方向と、基準面Sに対する第二面132の傾斜方向とを可能な限り一致させることが好ましい。基準面Sに対する第一面131の傾斜方向とは、第一面131と基準面Sとの交線に垂直な方向のことである。基準面Sに対する第二面132の傾斜方向とは、第二面132と基準面Sとの交線に垂直な方向のことである。
【0063】
第一面131及び第二面132の傾斜方向が一致している場合、第一面131及び第二面132がなす角度は、第一面131及び基準面Sがなす角度、及び第二面132及び基準面Sがなす角度の和と一致する。この場合、第一面131及び第二面132がなす角度の管理が容易となる。
【0064】
例えば、図4に例示される試験治具13は、本体部13Cと、第一くさび部13Aと、第二くさび部13Bとを有する。本体部13Cの上面及び下面は、基準面Sと平行である。第一くさび部13Aの上面は第一面131として機能する。第一くさび部13Aの上面は、第一くさび部13Aの下面と若干の角度をなしてもよい。第二くさび部13Bの下面は第二面132として機能する。第二くさび部13Bの下面は、第二くさび部13Bの上面と若干の角度をなしてもよい。このような試験治具13において、第一面131及び第二面132の傾斜方向が一致している場合、第一くさび部13Aの上面及び下面が角度と、第二くさび部13Bの上面及び下面がなす角度との和が、第一面131及び第二面132がなす角度と一致する。従って、第一面131及び第二面132の傾斜方向を一致させることにより、試験条件の管理が容易となる。
【0065】
ただし、図4に例示されるような分離型の試験治具13にボルト11及びナット12を締付ける際に、第一面131及び第二面132の傾斜方向が若干ずれる場合がある。例えば、基準面Sに対する前記第一面131の傾斜方向と、前記基準面Sに対する前記第二面132の傾斜方向とがなす角度を約3.0度以下の範囲内とすることは許容される。
【0066】
以上、本発明の実施の形態ついて説明したが、本発明はこれに限定されることなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。以下に、本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法の一層好適な例について説明する。
【0067】
(ナット12の材質)
本実施形態に係るボルトの水素脆化感受性の評価方法において、ナット12は水素脆化感受性の評価対象ではない。ナット12は、ボルト11に締付け軸力Fを作用させるための手段である。従って、ボルト11とは異なり、ナット12の材質は鋼材に限定されない。チタンなどの任意の材料を、ナット12に適用することができる。
【0068】
(水素脆化感受性を評価する値)
水素脆化感受性を評価するための値の種類は特に限定されない。水素脆化感受性を評価するための値の一例として、破断限界水素量が挙げられる。鋼材の破断限界水素量とは、当該鋼材が遅れ破壊を起こさない水素濃度の上限値である。鋼材に侵入した水素量が破断限界水素量を下回っている間は、鋼材には水素脆化に起因する破断が生じない。従って、鋼材の破断限界水素量が大きいほど、鋼材の水素脆化感受性は低い。
【0069】
破断限界水素量は、複数の試験片それぞれに対して、様々な水素チャージ条件を適用して評価試験することによって特定可能である。この評価試験によって、一部の試験片に脆性破断を生じさせる。そして、脆性破断が生じなかった試験片に侵入した水素量を特定する。水素侵入量の最大値を、試験片の破断限界水素量とみなす。
【0070】
また、破断限界応力を、水素脆化感受性を評価する値として採用してもよい。鋼材の破断限界応力とは、当該鋼材が遅れ破壊を起こさない応力の上限値である。破断限界応力は、複数の試験片それぞれに対して、様々な締付け軸力を適用して評価試験をすることによって特定可能である。脆性破断が生じなかった試験片に加えられた締付け軸力の最大値を、試験片の破断限界応力とみなす。あるいは、ボルト11が破断するまでの時間を、水素脆化感受性を評価する値として採用してもよい。
【0071】
(試験治具13の構成)
試験治具13の構成は、その第一面131及び第二面132がなす角度が上述の範囲内とされている限り、特に限定されない。最も単純な試験治具13は、図1に例示されるような、1つの硬質材料から構成される治具である。このような一体型治具には、ボルト11の軸部112を挿通させるための通し穴13H、及びボルト11の軸部112を水素チャージ環境に露出させるための開口部133が設けられていてもよい。このような一体型治具は、取り扱いが簡便である点で好ましい。
【0072】
試験治具13の別の好適な例は、図4に例示される、複数の硬質材料から構成される分離型治具である。図4に例示される試験治具13は、
板状の第一くさび部13Aと、
板状の第二くさび部13Bと、
略直線状の本体通し穴13CHが設けられた本体部13Cと、
を有し、
第一くさび部13Aには、その厚さ方向に沿って形成された第一通し穴13AHが設けられ、
第二くさび部13Bには、その厚さ方向に沿って形成された第二通し穴13BHが設けられ、
本体部13Cの、本体通し穴13CHの第一端に位置する表面に、第一くさび部13Aが重ねられ、
本体部13Cの、本体通し穴13CHの第二端に位置する表面に、第二くさび部13Bが重ねられ、
第一通し穴13AH、第二通し穴13BH、及び本体通し穴13CHは、1つの略直線状の通し穴13Hを形成し、
本体部13Cにおいて、本体通し穴13CHの第一端及び第二端それぞれに位置する2つの表面は、本体通し穴13CHの中心軸Aに垂直であり、
第一くさび部13Aにおいて、第一通し穴13AHの両端に位置する2つの表面が、0度以上3度以下の角度をなし、
第二くさび部13Bにおいて、第二通し穴13BHの両端に位置する2つの表面が、0度以上3度以下の角度をなし、
第一くさび部13Aの2つの表面がなす角度と、第二くさび部13Bの2つの表面がなす角度の和は、1.0度以上3.0度以下である。
【0073】
図4に例示される試験治具13は、重ねられた第一くさび部13A、第二くさび部13B、および本体部13Cを有する。第一通し穴13AH、第二通し穴13BH、及び本体通し穴13CHは、試験治具13を貫通する直線状の通し穴13Hを形成する。板状の第一くさび部13Aの2つの表面は0度以上3度以下の角度をなし、板状の第二くさび部13Bの2つの表面も0度以上3度以下の角度をなす。これにより、試験治具13の通し穴13Hの第一端に位置する第一くさび部13Aの表面と、試験治具13の通し穴13Hの第二端に位置する第二くさび部13Bの表面とがなす角度を、1.0度以上3.0度以下とすることができる。なお、試験治具13の通し穴13Hの第一端に位置する第一くさび部13Aの表面が、上述した試験治具13の第一面131であり、試験治具13の通し穴13Hの第二端に位置する第二くさび部13Bの表面が、上述した試験治具13の第二面132である。第一くさび部13A及び第二くさび部13Bを交換することにより、試験治具13の第一面131及び第二面132がなす角度を様々に調整することができる。
【0074】
図4に例示される試験治具13において、本体部13Cに、本体通し穴13CHと本体部13Cの外部とを連通する開口部133がさらに設けられていてもよい。開口部133は、ボルト11の軸部112を水素チャージ環境に露出させて、ボルト11への水素チャージを促進する。
【0075】
図4に例示される試験治具13において、第一くさび部13Aにおいて、第一通し穴13AHの両端に位置する2つの表面が、0度超3.0度以下の角度をなし、第二くさび部13Bにおいて、第二通し穴13BHの両端に位置する2つの表面が、0度超3.0度以下の角度をなし、試験治具13が、第一くさび部13Aの2つの表面の傾斜方向と、第二くさび部13Bの2つの表面の傾斜方向とがなす角度を1.0度超3.0度以下とするように、第一くさび部13A、第二くさび部13B、及び本体部13Cの相対位置を固定する位置決め手段をさらに有してもよい。これにより、第一面131及び第二面132がなす角度の管理が容易となる。
【実施例0076】
実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明する。ただし、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例に過ぎない。本発明は、この一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0077】
以下に示す条件で、ボルトを試験治具に締付け、浸漬試験を行い、破断の有無を判定した。
【0078】
・試験片の形状及び材質:全長75mmのM12ボルト、SCM435(HV360)
・試験軸力:極限締付軸力(100kN)
・水素チャージ方法:40%チオシアン酸水溶液に96hの浸漬
・水素チャージ温度:50℃
【0079】
〔評価結果〕
評価結果を表1に示す。
【0080】
【表1】
【0081】
試験番号1と2では、ボルトの頭部に接する前記試験治具の第一面と、ナットに接する試験治具の第二面とがなす角度が1.0°以上3.0°以下であったため、ボルトを破断させることができた。
【0082】
試験番号3と4では、ボルトの頭部に接する前記試験治具の第一面と、ナットに接する試験治具の第二面とがなす角度が1.0°未満であったため、ボルトを破断させることができなかった。
【符号の説明】
【0083】
1 試験体
11 ボルト
111 頭部
112 軸部
12 ナット
13 試験治具
13H 通し穴
131 第一面
132 第二面
133 開口部
13A 第一くさび部
13AH 第一通し穴
13B 第二くさび部
13BH 第二通し穴
13C 本体部
13CH 本体通し穴
A 通し穴の中心軸
S 基準面
F 締付け軸力
Fy 降伏締付け軸力
Fu 極限締付け軸力
θ 締付け回転角
図1
図2
図3
図4