(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024130205
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】車両の制動制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 21/26 20160101AFI20240920BHJP
【FI】
H02P21/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023039807
(22)【出願日】2023-03-14
(71)【出願人】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】加藤 英志
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505AA01
5H505AA16
5H505DD06
5H505EE08
5H505EE41
5H505GG02
5H505LL14
5H505LL22
5H505LL41
5H505LL54
5H505MM10
(57)【要約】
【課題】 回転角センサを持たないブラシレスモータを動力源に液圧を制御する制動制御装置において、ブラシレスモータの脱調が発生した場合に液圧を適切に制御すること。
【解決手段】 制動制御装置は、ホイールシリンダのホイール圧を制御する。制動制御装置は、回転角センサを持たないブラシレスモータと、ブラシレスモータによって駆動される流体ポンプと、流体ポンプの吐出圧を調整する調圧弁と、ブラシレスモータをセンサレスベクトル制御により駆動し、センサレスベクトル制御における推定速度に基づいて調圧弁を制御するコントローラと、を備える。コントローラは、ブラシレスモータの脱調を判定する場合には、脱調を判定する時点の推定速度から徐々に減少する特定速度を決定し、特定速度に基づいて調圧弁を制御する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホイールシリンダのホイール圧を制御する車両の制動制御装置であって、
回転角センサを持たないブラシレスモータと、
前記ブラシレスモータによって駆動される流体ポンプと、
前記流体ポンプの吐出圧を調整する調圧弁と、
前記ブラシレスモータをセンサレスベクトル制御により駆動し、前記センサレスベクトル制御における推定速度に基づいて前記調圧弁を制御するコントローラと、
を備え、
前記コントローラは、
前記ブラシレスモータの脱調を判定する場合には、該脱調を判定する時点の前記推定速度から徐々に減少する特定速度を決定し、前記特定速度に基づいて前記調圧弁を制御する、車両の制動制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載される車両の制動制御装置において、
前記コントローラは、
前記脱調を判定しない場合には前記推定速度に基づいて弁流量を演算し、
前記脱調を判定する場合には前記特定速度に基づいて前記弁流量を演算し、
前記弁流量が大きい場合には、前記弁流量が小さい場合に比較して、前記調圧弁の供給電流を小さくする、車両の制動制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、車両の制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、ポンプ4、ポンプ4を駆動するモータ9、及び、調圧弁Rに流す電流を目標液圧に応じて制御する制御部20を備える車両用ブレーキ液圧制御装置において、車輪ブレーキ側の液圧路の迅速な加圧を可能にし、実液圧を目標液圧に近づけることが記載されている。制動制御装置において、制御部20は、車輪ブレーキFR,FL,RR,RLの目標液圧を液量に換算し、この液量から必要流量を計算する手段と、計算した必要流量から、ポンプ4の能力に基づいてモータ9の必要回転数を計算する手段と、必要回転数が、検出または推定して得られたモータ9の実回転数を超えた場合には、調圧弁Rに流す電流を所定量高くする手段とを備える。
【0003】
特許文献2には、制動制御装置において、液圧制御精度を向上させるために、ブレーキコントロールユニットBCUが、ゲートアウトバルブ13を流通するブレーキ液の循環流量が所定の流量以上となるようにモータMの回転数を決定し、決定された回転数で吐出されたブレーキ液のゲートアウトバルブ13の流通により、目標となる差圧が得られる電流値を演算してゲートアウトバルブ13への印加電流を制御することが記載されている。
【0004】
ところで、流体ポンプを駆動する電気モータには、ブラシレスモータが用いられることがある。例えば、特許文献3に記載されるように、ブラシレスモータは、起動時や負荷の急変時に、脱調することがあり、脱調した場合には再起動が行われる。
【0005】
ブラシレスモータは、ブラシ(整流子)を持たないので、回転子の回転角に応じてコイルに流れる電流の向きを変え、磁束の方向を変化させることで駆動される。該回転角は、ホールセンサ等の回転角センサによって検出される。また、小型化、低コスト化を図るため、回転角センサを使用しないブラシレスモータが開発されている。該ブラシレスモータは、「センサレス型ブラシレスモータ」、或いは、「センサレスモータ」と称呼される。
【0006】
制動制御装置では、リニア弁である調圧弁UAによる液圧調整は、該電磁弁を通過する制動液の流量(「弁流量」ともいう)に依存する。例えば、弁流量は電気モータの回転速度(回転数)から求められる。電気モータとして、上記センサレスモータが採用される構成では、脱調が発生すると、適切な回転速度の情報が得られなくなる。このため、電気モータに脱調が発生すると、算出される弁流量に誤差が生じ、調圧弁による液圧調整に過不足が生じることがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009-012492号公報
【特許文献2】特開2014-097710号公報
【特許文献3】特開平6-253586号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記課題を鑑み、回転角センサを持たないブラシレスモータを動力源に液圧を制御する車両の制動制御装置において、脱調発生時に液圧が適切に制御され得るものを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る制動制御装置(SC)は、ホイールシリンダ(CW)のホイール圧(Pw)を制御するものであって、回転角センサを持たないブラシレスモータ(MT)と、前記ブラシレスモータ(MT)によって駆動される流体ポンプ(HP)と、前記流体ポンプ(HP)の吐出圧(Pp)を調整する調圧弁(UA)と、前記ブラシレスモータ(MT)をセンサレスベクトル制御により駆動し、前記センサレスベクトル制御における推定速度(Ne)に基づいて前記調圧弁(UA)を制御するコントローラ(ECU)と、を備える。そして、前記コントローラ(ECU)は、前記ブラシレスモータ(MT)の脱調を判定する場合(FL=1)には、該脱調を判定する時点(t0)の前記推定速度(Ne)から徐々に減少する特定速度(Nd)を決定し、前記特定速度(Nd)に基づいて前記調圧弁(UA)を制御する。
【0010】
本発明に係る制動制御装置(SC)では、前記コントローラ(ECU)は、前記脱調を判定しない場合(FL=0)には前記推定速度(Ne)に基づいて弁流量(Qu)を演算し、前記脱調を判定する場合(FL=1)には前記特定速度(Nd)に基づいて前記弁流量(Qu)を演算する。そして、前記コントローラ(ECU)は、前記弁流量(Qu)が大きい場合には、前記弁流量(Qu)が小さい場合に比較して、前記調圧弁(UA)の供給電流(Ia)を小さくする。
【0011】
上記構成によれば、脱調が判定される場合には、弁流量Quの演算に、推定速度Neに代えて、特定速度Ndが用いられる。特定速度Ndは、脱調によりブラシレスモータが再起動される際のモータ速度の変化を表すように設定されているため、液圧調整における過不足が抑制される。つまり、制動制御装置SCでは、電気モータの脱調発生時に液圧(調圧弁による差圧)が適切に制御され得る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】制動制御装置SCの全体構成を説明するための概略図である。
【
図2】電気モータMTの制御を説明するためのブロック図である。
【
図3】センサレスベクトル制御を説明するためのブロック図である。
【
図4】脱調判定を説明するためのブロック図である。
【
図5】調圧弁UAの制御を説明するためのブロック図である。
【0013】
<構成部材等の記号、及び、記号末尾の添字>
以下の説明において、「CW」等の如く、同一記号を付された構成部材、演算処理、信号、特性、及び、値は、同一機能のものである。各車輪に係る記号末尾に付された添字「f」、「r」は、それが前後輪の何れの系統に関するものであるかを示す包括記号である。例えば、各車輪に設けられたホイールシリンダCWにおいて、「前輪ホイールシリンダCWf」、「後輪ホイールシリンダCWr」と表記される。更に、記号末尾の添字「f」、「r」は省略され得る。添字「f」、「r」が省略された場合には、各記号は総称を表す。例えば、「CW」は、車両の前後車輪に設けられたホイールシリンダの総称である。総称としての「CW」は、「CW(=CWf、CWr)」とも表記される。
【0014】
マスタシリンダCMからホイールシリンダCWに至るまでの流体路において、マスタシリンダCMに近い側(ホイールシリンダCWから遠い側)が「上部」と称呼され、ホイールシリンダCWに近い側(マスタシリンダCMから遠い側)が「下部」と称呼される。また、制動液BF(「作動液」ともいう)の循環流KNにおいて、流体ポンプHPの吐出部に近い側(吸入部から離れた側)が「上流側」と称呼され、流体ポンプHPの吸入部に近い側(吐出部から離れた側)が「下流側」と称呼される。
【0015】
マスタシリンダCM、流体ユニットHU、及び、ホイールシリンダCWは、流体路(HM、HK、HW等)にて接続される。更に、流体ユニットHU内では、各種構成要素(HP、UA等)が流体路にて接続される。ここで、「流体路」は、制動液BFを移動するための経路であり、配管、アクチュエータ内の流路、ホース等が該当する。以下の説明で、マスタ路HM、還流路HK、ホイール路HW、減圧路HG等は流体路である。
【0016】
各種制御では、「目標値(Pt等)」に基づいて「実際値(Pw等)」が制御される。実際値には、「検出値」と「推定値」とが含まれる。実際値の1つである検出値は、センサによって検出された値、又は、検出された値から直接算出される値である。例えば、モータ回転角センサによって検出されるモータ回転角、該モータ回転角から算出されるモータ回転速度が検出値に相当する。実際値のもう1つである推定値は、異なる物理量として取得された値(各種の状態量等)から、或る関係を用いて算出される値である。例えば、モータ電流センサによって検出された値(モータ電流)から算出されるモータ回転角、モータ回転速度は推定値である。
【0017】
<制動制御装置SCの全体構成>
図1の概略図を参照して、本発明に係る制動制御装置SCの実施形態について説明する。先ず、制動制御装置SCを搭載した車両全体について説明する。ここで、制動制御装置SCを搭載した車両は、他の車両(例えば、先行車両)と区別するため、「自車両」とも称呼される。
【0018】
車両には、加速操作部材(非図示)、制動操作部材BP、及び、操舵操作部材(非図示)が備えられる。加速操作部材(例えば、アクセルペダル)は、運転者が車両を加速するとともに、車両の走行速度Vx(「車体速度」ともいう)を制御するために操作する部材である。制動操作部材BP(例えば、ブレーキペダル)は、運転者が車両を減速するために操作する部材である。操舵操作部材(例えば、ステアリングホイール)は、運転者が車両を旋回させるために操作する部材である。
【0019】
車両には、走行制御装置(非図示)が備えられる。走行制御装置は、原動機、動力伝達機構、及び、走行制御用のコントローラ(単に、「走行コントローラ」ともいう)にて構成される。走行制御装置の原動機からは、加速操作部材の操作量Aaに応じて駆動トルクが出力される。原動機により発生された駆動トルクは、動力伝達機構を介して車輪WHに伝達される。これにより、車輪WHに駆動トルクTdが付与され、車輪WHにて駆動力Fdが発生される。また、走行制御装置では、制動制御装置SC、及び、運転支援装置SJのうちの少なくとも1つと協調して、駆動力Fdが調整される。
【0020】
車両には、運転支援装置SJが備えられる。運転支援装置SJでは、アダプティブクルーズ制御、衝突回避・被害軽減制御等が実行される。運転支援装置SJは、物体検出センサDZ、及び、運転支援用のコントローラECJ(単に、「運転支援コントローラ」ともいう)にて構成される。物体検出センサDZによって、自車両の前方に存在する物体(自車両の前方を走行する先行車両を含む)までの距離Dz(「相対距離」と称呼し、物体が先行車両である場合には「車間距離」ともいう)が検出される。例えば、物体検出センサDZとして、レーダセンサ、ミリ波センサ、画像センサ等が採用される。運転支援コントローラECJにて、物体検出センサDZの検出結果Dz(相対距離)に基づいて、自車両の目標加速度Gs(自車両の前後方向における車体加速度の目標値)が演算される。運転支援装置SJは、走行制御装置、及び、制動制御装置SCと、通信バスBSを介して接続されている。目標加速度Gsは、通信バスBSを介して、走行制御装置、制動制御装置SCに伝達される。そして、目標加速度Gsに応じて、走行制御装置、制動制御装置SCにより、駆動力Fd、制動力Fbが調整される。
【0021】
車両には、以下に列挙する各種センサが備えられる。例えば、これらセンサの検出信号(Ba等)は、制動制御用のコントローラECU(単に、「制動コントローラ」ともいう)に入力される。
- 加速操作部材の操作量Aa(加速操作量)を検出する加速操作量センサ(非図示)、制動操作部材BPの操作量Ba(制動操作量)を検出する制動操作量センサBA、及び、操舵操作部材の操作量Ha(操舵操作量であって、例えば、操舵角)を検出する操舵操作量センサ(非図示)。例えば、制動操作量センサBAとして、制動操作部材BPの操作変位Spを検出する操作変位センサSP、制動操作部材BPの操作力Fpを検出する操作力センサFP、及び、マスタ圧Pmを検出するマスタ圧センサPM(後述)のうちの少なくとも1つが採用される。
- 車輪WHの回転速度Vw(「車輪速度」ともいう)を検出する車輪速度センサVW。
- 車両(特に、車体)において、ヨーレイトYrを検出するヨーレイトセンサ(非図示)、前後加速度Gxを検出する前後加速度センサ(非図示)、及び、横加速度Gyを検出する横加速度センサ(非図示)。
【0022】
車両には、各種の自動加圧制御の指示を行うための指示スイッチ(非図示)、制動装置SX、ブレーキブースタBB、マスタリザーバRV、及び、マスタシリンダCMが備えられる。
【0023】
指示スイッチによって、走行制御装置、運転支援装置SJ、制動制御装置SC等に、アダプティブクルーズ制御、クロール制御等の実行が指示される。指示スイッチからの信号(「指示信号」ともいう)には、自動加圧制御の作動指示に加え、指示速度が含まれている。自動加圧制御では、車体速度Vxが指示速度に近付き、一致するように制御が行われる。
【0024】
制動装置SX(=SXf、SXr)は、回転部材KT(例えば、ブレーキディスク)、及び、ブレーキキャリパ(非図示)にて構成される。回転部材KT(=KTf、KTr)は、車両の車輪WH(=WHf、WHr)に固定される。ブレーキキャリパは、回転部材KTを挟み込むように設けられる。ブレーキキャリパには、ホイールシリンダCW(=CWf、CWr)が設けられる。制動装置SXでは、ホイールシリンダCW内の制動液BFの圧力(「ホイール圧Pw」という)に応じて、車輪WHに制動トルクTbが付与され、車輪WHにて制動力Fbが発生される。具体的には、ホイール圧Pwによって、摩擦部材(非図示、例えば、ブレーキパッド)が、回転部材KTに押し付けられる。回転部材KTと車輪WHとは、一体で回転するように固定されているため、このときに生じる摩擦力によって、車輪WHに制動トルクTbが付与される。その結果、車輪WHは制動力Fbを発生する。
【0025】
ブレーキブースタBBによって、制動操作部材BPの操作力Fpが軽減される。ブレーキブースタBBとして、負圧型、或いは、電動型のものが採用される。
【0026】
マスタリザーバ(「大気圧リザーバ」ともいう)RVは、作動液体用のタンクである。マスタリザーバRVの内部に制動液BFが貯蔵されている。マスタシリンダCM内のプライマリマスタピストンPGは、制動操作部材BPに、ブレーキロッド等を介して、機械的に接続されている。マスタシリンダCMとして、タンデム型のものが採用される。マスタシリンダCMの内部は、プライマリ、セカンダリマスタピストンPG、PHによって、2つの液圧室Rm(=Rmf、Rmr)に区画されている。制動操作部材BPが操作されていない場合には、マスタシリンダCMの前輪、後輪液圧室Rmf、Rmr(「マスタ室」ともいう)とマスタリザーバRVとは連通している。マスタシリンダCMからホイールシリンダCWに至る制動系統BK内で制動液BFが不足している場合には、マスタリザーバRVからマスタ室Rmに、制動液BFが補給される。
【0027】
制動操作部材BPが操作されると、マスタシリンダCM内のマスタピストンPG、PHが、前進方向(マスタ室Rmの体積が減少する方向)に押され、マスタ室Rmは、マスタリザーバRVから遮断される。更に、制動操作部材BPの操作が増加されると、マスタピストンPG、PHは前進方向に移動され、制動液BF(作動流体)は、マスタシリンダCMから排出(圧送)される。制動操作部材BPの操作が減少されると、マスタピストンPG、PHは後退方向(マスタ室Rmの体積が増加する方向)に移動され、制動液BFはマスタシリンダCMに向けて戻される。
【0028】
≪制動制御装置SC≫
車両には、制動制御装置SCが備えられる。制動制御装置SCでは、2系統の制動系統BK(即ち、前輪、駆輪制動系統BKf、BKr)として、前後型(「II型」ともいう)のものが採用されている。制動制御装置SCは、流体ユニットHU、及び、制動コントローラECUにて構成される。
【0029】
流体ユニットHUは、マスタシリンダCMとホイールシリンダCWとの間に設けられる。マスタシリンダCM(特に、マスタ室Rm)と流体ユニットHUとは、前輪、後輪マスタ路HMf、HMr(=HM、流体路)にて接続される。また、流体ユニットHUとホイールシリンダCWとは、前輪、後輪ホイール路HWf、HWr(=HW、流体路)にて接続される。流体ユニットHUは、電気モータMT、流体ポンプHP、調圧弁UA、調圧リザーバRC、マスタ圧センサPM、インレット弁VI、及び、アウトレット弁VOにて構成される。
【0030】
電気モータMTによって、流体ポンプHPが駆動される。電気モータMTとして、回転角センサを持たない3相ブラシレスモータが採用される。該電気モータMTは、「センサレス型ブラシレスモータ」、或いは、「センサレスモータ」と称呼される。電気モータMTには、U相、V相、及び、W相の3相のコイルが設けられ、3相コイルへの通電が、回転子の位置(即ち、モータ回転角)に応じて同期される。センサレスモータMTには、回転角センサが備えられていないので、モータ回転角Keは、モータ電流Imに基づいて推定される。
【0031】
流体ポンプHPにおいて、吐出部と吸入部とが、前輪、後輪還流路HKf、HKr(=HK、流体路)にて接続される。還流路HKには、流体ポンプHPの吸入部の近傍に、前輪、後輪調圧リザーバRCf、RCr(=RC)が設けられる。更に、還流路HKには、前輪、後輪調圧弁UAf、UAr(=UA)が設けられる。調圧弁UA(電磁弁)は、常開型のリニア弁(「差圧弁」、「比例弁」ともいう)である。
【0032】
電気モータMTが回転駆動されると、流体ポンプHPは、調圧弁UAの上部(マスタシリンダCMに近い側)から制動液BFを吸い込み、調圧弁UAの下部(ホイールシリンダCWに近い側)に制動液BFを吐出する。これにより、還流路HKには、流体ポンプHP、調圧弁UA、及び、調圧リザーバRCを含む、制動液BFの循環流KN(即ち、循環する制動液BFの流れ)が発生する。調圧弁UAによって制動液BFの循環流KNが絞られると、オリフィス効果によって、調圧弁UAの下部の液圧Pp(流体ポンプHPの吐出部の液圧であるため「吐出圧」ともいう)が、調圧弁UAの上部の液圧Pm(マスタ圧、流体ポンプHPの吸入部の液圧であるため「吸入圧」ともいう)から増加される。つまり、流体ユニットHUは、ホイール圧Pw(=Pwf、Pwr)を、マスタ圧Pm(=Pmf、Pmr)から増加することが可能である。流体ユニットHUにおいて、電気モータMT、流体ポンプHP、及び、調圧弁UAは「液圧供給源CA」と称呼される。液圧供給源CAによって、制動操作部材BPの操作がない場合(即ち、「Ba=0」の場合)であっても、ホイールシリンダCWのホイール圧Pw(結果、制動トルクTb)を自動的に増加する自動加圧制御(後述)が実行される。
【0033】
調圧弁UAf、UArの上部には、マスタ室Rmf、Rmrの液圧Pmf、Pmr(「マスタ圧」ともいう)を検出するよう、マスタ圧センサPMf、PMr(=PM)が設けられる。マスタ圧センサPM(=PMf、PMr)は制動操作量センサBAに相当し、マスタ圧Pm(=Pmf、Pmr)は制動操作量Baに相当する。なお、前輪マスタ圧Pmfと後輪マスタ圧Pmrは実質的に等しいため、前輪、後輪マスタ液圧センサPMf、PMrのうちの何れか1つは省略することができる。
【0034】
還流路HK(=HKf、HKr)には、調圧弁UAの下部(流体ポンプHPの吐出部と調圧弁UAとの間)にて、2つに分岐されたホイール路HW(=HWf、HWr)が接続される。また、ホイール路HW(=HWf、HWr)は、ホイールシリンダCW(=CWf、CWr)に接続される。つまり、前輪系統BKfでは、2つの前輪ホイール路HWfの夫々にホイールシリンダCWfが接続される。同様に、後輪系統BKrでは、2つの後輪ホイール路HWrの夫々に後輪ホイールシリンダCWrが接続される。液圧供給源CAによって調整された吐出圧Ppは、ホイール圧Pwとして、ホイールシリンダCWの夫々に供給可能である。
【0035】
ホイール路HWには、常開型のオン・オフ弁(電磁弁)であるインレット弁VIが設けられる。つまり、インレット弁VIは、液圧供給源CAとホイールシリンダCWとの間に設けられる。ホイール路HWは、減圧路HGを介して、調圧リザーバRCに接続される。そして、減圧路HGには、常閉型のオン・オフ弁(電磁弁)であるアウトレット弁VOが設けられる。インレット弁VI、及び、アウトレット弁VOの個別制御によって、ホイール圧Pwが、ホイールシリンダCW毎に別々に調整され得る。
【0036】
ホイール圧Pwを減少するためには、インレット弁VIが閉弁され、アウトレット弁VOが開弁される。ホイールシリンダCWへの制動液BFの流入が阻止されるとともに、ホイールシリンダCW内の制動液BFが調圧リザーバRCに流出するので、ホイール圧Pwは減少される。ホイール圧Pwを増加するためには、インレット弁VIが開弁され、アウトレット弁VOが閉弁される。制動液BFの調圧リザーバRCへの流出が阻止され、吐出圧PpがホイールシリンダCWに供給されるので、ホイール圧Pwが増加される。ホイール圧Pwを保持するためには、インレット弁VI、及び、アウトレット弁VOが共に閉弁される。ホイールシリンダCWは流体的に封止されるので、ホイール圧Pwが一定に維持される。
【0037】
流体ユニットHUは、制動コントローラECUによって制御される。制動コントローラECUは、マイクロプロセッサMP、及び、駆動回路DRにて構成される。コントローラECUは、車載の通信バスBSを介して、信号(検出値、演算値等)を共有するよう、他のコントローラ(ECJ等)とネットワーク接続されている。例えば、制動コントローラECUから、運転支援コントローラECJには、車体速度Vxが送信される。一方、運転支援コントローラECJから、制動コントローラECUには、自動加圧制御を実行するための目標加速度Gsが送信される。
【0038】
制動コントローラECUには、加速操作量Aa、制動操作量Ba、操舵操作量Ha、車輪速度Vw、ヨーレイトYr、前後加速度Gx、横加速度Gy、目標加速度Gs、マスタ圧Pm等の信号が入力される。各種信号に応じて、制動コントローラECUにより、流体ユニットHUの電気モータMT、及び、電磁弁UA、VI、VOが制御される。駆動回路DRには、電気モータMTを駆動するよう、スイッチング素子(例えば、MOS-FET)にてHブリッジ回路(「インバータ回路」ともいう)が構成される。また、駆動回路DRには、各種電磁弁(UA等)を駆動するよう、スイッチング素子が備えられる。マイクロプロセッサMPにプログラムされた制御アルゴリズムに基づいて、電気モータMTの駆動信号Mt、調圧弁UAの駆動信号Ua、インレット弁VIの駆動信号Vi、及び、アウトレット弁VOの駆動信号Voが演算される。そして、駆動信号(Ua等)に応じて、電気モータMT、及び、電磁弁UA、VI、VOへの供給電流が、駆動回路DRによって制御される。
【0039】
<制動制御装置SCにて実行される自動加圧制御>
車両では、制動制御装置SCによって、各種の自動加圧制御が実行される。「自動加圧制御」は、運転者による制動操作部材BPの操作とは独立して(即ち、制動操作がない場合でも)、ホイール圧Pwを自動的に増加し、制動力Fb(及び/又は、駆動力Fd)を制御する。列挙される自動加圧制御は公知であるため、以下、簡単に説明する。なお、制動制御装置SCでは、列挙される全ての自動加圧制御が実行される必要はなく、これらのうちの少なくとも1つが実行される。
【0040】
≪横滑り防止制御≫
「横滑り防止制御(Electronic Stability Control)」は、車両が旋回する際に、車両の方向安定性を向上させる。横滑り防止制御は、「車両挙動安定化制御」とも称呼される。車両挙動安定化制御(単に、「安定化制御ともいう」)では、車輪速度Vw、ヨーレイトYr、横加速度Gy、操舵操作量Ha等に基づいて、車両横滑り等の不安定挙動(即ち、過度のオーバステア、アンダステア)が検出される。そして、不安定挙動が抑制されるように、発動機の出力が低減され、車両減速が行われる。また、制動操作部材BPの操作とは独立、且つ、各車輪WHにおいて個別に、ホイール圧Pwが発生され、調整される。安定化制御では、自動加圧の実行により、制動力Fbの発生及び調整が行われ、車両(特に、車体)にヨーイングモーメントが付与される。結果、車両挙動の安定化が図られる。
【0041】
≪トラクション制御≫
「トラクション制御」は、加速操作部材が操作される場合(例えば、車両の発進時、加速時)に、駆動車輪の空転を防止する。車両を発進する際、或いは、加速する際に、駆動車輪の駆動トルクTdが、該車輪と路面との間で発生可能な摩擦力より大きい場合には、車輪WHの空転(即ち、ホイールスピン)が発生する。トラクション制御では、車体速度Vxと車輪速度Vwとの比較に基づいて、車輪WHの空転が検出される。そして、該空転が抑制されるよう、発動機の出力が低減される。加えて、空転している車輪WHに対して、ホイール圧Pwが増加されて、空転が抑制される。トラクション制御では、自動加圧の実行により、車輪WHの空転が防止され、駆動力Fdの発生が促進される。結果、車両の発進性能、加速性能が向上される。
【0042】
≪クロール制御≫
「クロール制御」は、未舗装路(「オフロード」とも称呼され、例えば、砂地、ダート、岩石路、泥濘路)等で車体速度Vxを低速(一定速度)に維持する。クロール制御では、加速操作部材(アクセルペダル)、及び、制動操作部材BP(ブレーキペダル)が操作されなくても、車体速度Vxが設定車速vc(所定値)で維持されるよう、駆動力Fd、及び、制動力Fbが制御される。詳細には、クロール制御では、指示スイッチからの信号によって、その実行と設定車速vcが指示される。そして、車体速度Vxが一定の低速度vc(設定速度)に一致し、維持されるよう、走行制御装置により原動機の出力が調整される。加えて、制動制御装置SCにより各車輪WHのホイール圧Pwが個別に調整される。クロール制御では、自動加圧の実行により車輪WHの空転及びロックが防止される。なお、クロール制御には、降坂路を設定速度vcで降ることができるダウンヒルアシスト制御(「ヒルディセント制御」ともいう)が含まれる。ダウンヒルアシスト制御では、自動加圧の実行により車体速度Vxが設定車速vcに維持される。
【0043】
≪アダプティブクルーズ制御≫
「アダプティブクルーズ制御(単に、「クルーズ制御」ともいう)」は、自車両の前方に先行車両が存在しない場合には、予め設定された速度va(設定速度)で自車両を定速で走行させる。一方、クルーズ制御は、先行車両が存在する場合には、予め設定された車間距離da(設定距離)を維持しながら先行車両に追従するように自車両を加速、又は、減速する。アダプティブクルーズ制御では、指示スイッチからの信号によって、その実行、設定車速va、及び、設定距離daが指示される。運転支援装置SJでは、アダプティブクルーズ制御用の目標加速度Gsが決定される。そして、制動制御装置SCでは、該目標加速度Gsに応じた自動加圧の実行により車間距離Dzが設定距離daに維持される。
【0044】
≪衝突回避・被害軽減制御≫
「衝突回避・被害軽減制御(「プリクラッシュ制動制御」、或いは、「緊急制動制御」ともいう)」は、自車両と衝突する可能性が高い障害物(先行車両等)が存在する場合に自動的に制動力Fbを発生させる。緊急制動制御によって、物体と自車両との衝突が回避され得る。或いは、該衝突が回避できない場合であっても、その被害が軽減される。運転支援装置SJでは、緊急制動制御用の目標加速度Gsが決定される。そして、制動制御装置SCでは、該目標加速度Gsに応じた自動加圧の実行により自車両が急減速される。結果、自車両と障害物との衝突が回避、又は、衝突時の被害が軽減される。
【0045】
なお、アンチロックブレーキ制御では、車輪ロックが防止されるよう、ホイール圧Pwが一旦減少され、車輪ロックが収まった後、ホイール圧Pwが元に戻るように増加される。また、アンチロックブレーキ制御は、制動操作部材BPの操作に伴って実行される。このため、自動加圧制御には、アンチロックブレーキ制御は含まれない。
【0046】
<電気モータMTの制御>
図2のブロック図を参照して、電気モータMT(センサレス型ブラシレスモータ)の駆動制御(特に、回転速度の制御)について説明する。電気モータMTは、ホイール圧Pwを、マスタ圧Pmから増加するための動力源である。電気モータMTは、上述した各種の自動加圧制御に必要な循環流KNの流量に基づいて制御される。なお、「流量」は、単位時間当りの液量(体積)の変化を表している。
【0047】
電気モータMTの駆動制御は、目標圧演算ブロックPT、系統圧演算ブロックPK、目標液量演算ブロックRT、目標流量演算ブロックQT、目標回転速度演算ブロックNT、及び、回転速度フィードバック制御ブロックNFにて構成される。これらの演算処理は、制動コントローラECUのマイクロプロセッサMPにて実行される。
【0048】
目標圧演算ブロックPTにて、加速操作量Aa、制動操作量Ba、操舵操作量Ha、車輪速度Vw、ヨーレイトYr、前後加速度Gx、横加速度Gy、目標加速度Gs、マスタ圧Pm等の各種信号に基づいて、自動加圧制御に必要とされる目標圧Ptが演算される。「目標圧Pt」は、ホイール圧Pw(実際値)に対応する目標値であり、ホイールシリンダCW毎に決定される。
【0049】
自動加圧制御として、安定化制御(横滑り防止制御)が実行される場合には、車両挙動を安定化できるよう、操舵操作量Ha、制動操作量Ba、車体速度Vx(車輪速度Vwから算出)、ヨーレイトYr、横加速度Gy等に基づいて、各車輪WHで個別に目標圧Ptが演算される。例えば、オーバステア挙動を抑制するためには、車両の旋回外側前輪に対応する目標圧Ptが他の車輪に対する目標圧Ptよりも相対的に大きく決定される。これにより、旋回方向に対して外向きに作用するヨーイングモーメントが形成され、安定化が図られる。一方、アンダステア挙動を抑制するためには、車両の後輪(特に、旋回内側)に対応する目標圧Ptが他の車輪に対する目標圧Ptよりも相対的に大きく決定される。これにより、旋回方向に対して内向きに作用するヨーイングモーメントが形成され、アンダステアが抑制される。
【0050】
自動加圧制御として、トラクション制御が実行される場合には、駆動車輪の空転を抑制するよう、車輪速度Vw等に基づいて、目標圧Ptが演算される。車両の左右に配置される駆動車輪は、差動装置(デファレンシャルギヤ)を介して接続されている。トラクション制御によって駆動車輪の空転が防止されることにより、走行制御装置から駆動車輪に確実に駆動力Fdが伝達される。なお、トラクション制御は、発進時を含む車両の加速中に作動されるので、該制御の実行時には、制動操作部材BPは操作されていない(即ち、「Ba=0」である)。
【0051】
トラクション制御と同様に、自動加圧制御として、クロール制御が実行される場合には、駆動車輪の空転を抑制するよう、車輪速度Vw等に基づいて、目標圧Ptが演算される。更に、クロール制御では、車体速度Vxが一定の低速度vc(設定速度)に維持されるように、駆動力Fd、及び、制動力Fbが調整される。このため、クロール制御では、状況に応じて、車輪ロックが抑制されるように目標圧Ptが決定される。なお、クロール制御は、制動操作部材BPが操作されると停止されるので、該制御の実行時には「Ba=0」である。
【0052】
自動加圧制御として、クルーズ制御が実行される場合には、設定された車間距離daが維持されるよう、目標加速度Gsに基づいて、目標圧Ptが演算される。クルーズ制御も、制動操作部材BPが操作されると停止されるので、該制御の実行時には「Ba=0」である。また、自動加圧制御として、緊急制動制御が実行される場合には、障害物との衝突回避等が行われるよう、制動操作量Ba、及び、目標加速度Gsに基づいて、目標圧Ptが演算される。なお、制動操作部材BPが操作されていても、緊急制動制御は実行される。ここで、安定化制御、トラクション制御、クロール制御では、目標圧Ptは車輪WH毎に異なるが、クルーズ制御、緊急制動制御では、目標圧Ptは全ての車輪WHで同じに決定され得る。
【0053】
系統圧演算ブロックPKにて、目標圧Pt(=Ptf、Ptr)に基づいて、系統圧Pk(=Pkf、Pkr)が演算される。「系統圧Pk」は、前輪、後輪制動系統BKf、BKrにおいて、自動加圧制御の実行に要求される吐出圧Pp(実際値)に対応する目標値である。従って、系統圧Pkは、制動系統BK(=BKf、BKr)で個別に決定される。具体的には、制動系統BKの夫々において、2つの目標圧Pt(即ち、左右車輪に対応する目標圧Pt)のうちで大きい方(即ち、最大値)が、系統圧Pkとして決定される(即ち、「Pk=MAX(Pt)」)。
【0054】
目標圧Ptが系統圧Pkに等しい車輪WH(特に、ホイールシリンダCW)では、ホイール圧Pwは、目標圧Ptに近付き、一致するよう、調圧弁UAのみによって調整される。一方、目標圧Ptが系統圧Pkよりも小さい車輪WH(特に、ホイールシリンダCW)では、ホイール圧Pwは、目標圧Ptに近付き、一致するよう、インレット弁VI、及び、アウトレット弁VOによって調整される。
【0055】
系統圧演算ブロックPKでは、2つの目標圧Ptのうちの最大値に所定圧peが加算されて、系統圧Pkが決定されてもよい(即ち、「Pk=MAX(Pt)+pe」)。ここで、「所定圧pe」は、予め設定された所定値(定数)である。何れにしても、系統圧Pkは、目標圧Ptの最大値に基づいて決定される。なお、所定圧peが加算される構成では、全ての車輪WH(特に、ホイールシリンダCW)において、目標圧Ptは系統圧Pkよりも小さくなるので、ホイール圧Pwは、目標圧Ptに近付き、一致するよう、インレット弁VI、及び、アウトレット弁VOによって調整される。
【0056】
目標液量演算ブロックRTにて、マスタ圧Pm(=Pmf、Pmr)、及び、系統圧Pk(=Pkf、Pkr)に基づいて、目標液量Rt(=Rtf、Rtr)が演算される。「目標液量Rt」は、制動系統BK(=BKf、BKr)の夫々において、系統圧Pkを達成するために、ホイールシリンダCWに供給されるべき制動液BFの量(体積)である。目標液量演算ブロックRTでは、マスタ圧Pm、及び、予め設定された演算マップZrtに基づいて、実液量Rmが演算される。「実液量Rm」は、液圧を「0(ゼロ)」からマスタ圧Pmにまで増加するために、既にホイールシリンダCWに供給された液量である。ここで、「演算マップZrt」は、制動装置SXによって費やされる液量(ブレーキキャリパ、摩擦部材等の剛性によって消費される液量であり、「消費液量」ともいう)とホイール圧Pwとの関係である。該関係(即ち、演算マップZrt)は、「消費液量特性」と称呼される。
【0057】
更に、目標液量演算ブロックRTでは、系統圧Pk、及び、予め設定された演算マップZrt(消費液量特性)に基づいて、要求液量Rwが演算される。「要求液量Rw」は、液圧を「0(ゼロ)」から系統圧Pkにまで増加するために必要な液量である。そして、要求液量Rw、及び、実液量Rmに基づいて、要求液量Rwと実液量Rmとの差が、目標液量Rtとして演算される。(即ち、「Rt=Rw-Rm」)。「目標液量Rt」は、液圧をマスタ圧Pmから系統圧Pkにまで増加するために必要な液量である。つまり、目標液量Rtに相当する分の液量がホイールシリンダCWに向けて移動されることで、吐出圧Ppは、マスタ圧Pmから系統圧Pkにまで増加される。
【0058】
目標流量演算ブロックQTにて、目標液量Rt(=Rtf、Rtr)に基づいて、目標流量Qt(=Qtf、Qtr)が演算される。具体的には、目標液量Rtが時間微分されて、目標流量Qtが決定される(即ち、「Qt=d(Rt)/dt」)。「目標流量Qt」は、制動系統BK(=BKf、BKr)の夫々において、系統圧Pk(目標値)を達成するために必要な流量である。
【0059】
目標回転速度演算ブロックNTにて、目標流量Qt(=Qtf、Qtr)に基づいて、目標回転速度Ntが演算される。「目標回転速度Nt」は、電気モータMTの回転速度Ne(実際値であり、推定値)に対応する目標値である。具体的には、流体ポンプHP(=HPf、HPr)の吐出量(1回転毎に排出される制動液BFの体積)に基づいて、制動系統BK(=BKf、BKr)の夫々についての要求回転速度Ns(=Nsf、Nsr)が演算される。要求回転速度Nsには、平滑化の処理(即ち、フィルタ処理)が施される。平準化処理により、要求回転速度Nsから高周波ノイズが除去されるとともに、時間的な変動が低減される。そして、平滑化処理後の2つの要求回転速度Nsのうちの大きい方(即ち、最大値)が、目標回転速度Ntとして演算される。ここで、目標回転速度Ntは、目標流量Qtが大きいほど、大きくなるように決定される。
【0060】
目標回転速度Ntには、調圧弁UAの最低流量、及び、電気モータMTの最低回転速度が考慮される。「最低流量」は、調圧弁UAが機能するために最低限必要な流量である。また、「最低回転速度」は、電気モータMTが安定して回転できる速度の最小値である。最低流量、及び、最低回転速度が考慮されて、目標回転速度Ntには、下限回転速度nt(予め設定された所定値)が設けられる。つまり、目標回転速度Ntが下限回転速度nt以上の場合には、下限回転速度ntによる制限は行われず、演算された目標回転速度Ntがそのまま用いられる。一方、目標回転速度Ntが下限回転速度nt未満である場合には、目標回転速度Ntは下限回転速度ntに決定される。
【0061】
回転速度フィードバック制御ブロックNFにて、目標回転速度Nt(目標値)、及び、モータ回転速度Ne(推定値)に基づいて、モータ回転速度Neが、目標回転速度Ntに近付き、一致するようにベクトル制御が実行される。「ベクトル制御」では、モータ電流が、トルクを発生する電流成分(q軸電流)と回転子に磁束を発生させる電流成分(d軸電流)とに分離され、夫々が独立に制御される。更に、電気モータMTはセンサレス型ブラシレスモータであるため、回転速度フィードバック制御ブロックNFでは、センサレスベクトル制御(単に、「センサレス制御」ともいう)が実行される。センサレス制御では、上記のベクトル制御において、回転角センサの信号(回転角の検出値)が利用されない。即ち、センサレス制御では、回転角センサの信号が用いられることなく、d軸電流とq軸電流とが個別に制御され、電気モータの同期が行われる。なお、センサレス制御は、公知のモータ駆動制御である(例えば、特開2008-011616号公報、特開2019-208329号公報、特開2022-110307号公報を参照)。
【0062】
回転速度フィードバック制御ブロックNFでは、モータ推定回転角Ke、及び、モータ電流Im(U相、V相、W相電流Imu、Imv、Imwの総称)に基づいて、d軸、q軸に係る目標電圧Vdc、Vqcが演算される。そして、目標電圧Vdc、Vqcに基づいて、駆動回路DRのスイッチング素子を駆動するためのモータ駆動信号Mt(U相、V相、W相の駆動信号Mtu、Mtv、Mtwの総称)が演算される。
【0063】
加えて、回転速度フィードバック制御ブロックNFでは、電気モータMTの脱調の有無が判定される。脱調が発生している場合には、判定結果として、判定フラグFLが「1」にされる。一方、脱調が発生していない場合には、判定フラグFLは「0」にされる。
【0064】
<センサレスベクトル制御>
図3のブロック図を参照して、回転速度フィードバック制御ブロックNFにおけるセンサレスベクトル制御の詳細について説明する。センサレスベクトル制御では、モータ電流Imに基づいて、モータ回転角Ke(実際値)、及び、モータ回転速度Ne(実際値)が推定演算される。
【0065】
センサレス型ブラシレスモータMTには、回転角センサが備えられないため、d軸、q軸が推定されて、ベクトル制御(即ち、センサレスベクトル制御)が実行される。センサレスベクトル制御において、回転座標のd軸、q軸として推定される制御軸が、「推定d軸、q軸」と称呼される。実際の(真の)d軸、q軸と、推定d軸、q軸との誤差が、「軸誤差eK(角度誤差)」と称呼される。
【0066】
回転速度フィードバック制御ブロックNFは、指示電流演算ブロックIC、指示電圧演算ブロックVC、第1座標変換ブロックZC、第2座標変換ブロックZS、回転速度推定ブロックNE、駆動信号演算ブロックME、及び、脱調判定ブロックBHにて構成される。
【0067】
指示電流演算ブロックICにて、目標回転速度Nt(目標値)、及び、推定回転速度Ne(実際値であり、推定値)に基づいて、推定d軸、q軸指示電流Idc、Iqcが演算される。「推定d軸、q軸指示電流Idc、Iqc」は、推定d軸、q軸における電流の指示値である。
【0068】
指示電流演算ブロックICには、初期位置決定ブロックKOが含まれている。指示電流演算ブロックICでは、電気モータMTが停止されている場合には、先ず、初期位置決定ブロックKOによって、電気モータMTの初期位置Koが決定される。「初期位置Ko」は、電気モータMTが始動される時点の回転子の位置である。例えば、初期位置Koの決定処理では、外乱を重畳することにより、軸誤差eKを、0°(d軸とN極とが重なる位置)、又は、180°(d軸とS極とが重なる位置)になるように収束させる。次に、q軸と予測される方向に電流を供給し、電気モータMTを回転させ、その後、再度、軸誤差eKを、0°、又は、180°に収束させる。この動作での回転方向に基づいて、初期位置Koが決定される。具体的には、電気モータMTの回転方向が、予測方向に一致する場合には、「eK=0°(N極)」の位置が初期位置Koとして決定される。これに対して、電気モータMTの回転方向が、予測方向とは逆である場合には、「eK=180°(S極)」の位置に180°が加算された位置が、初期位置Koとして決定される。
【0069】
電気モータMTの初期位置Koが決定されると、指示電流演算ブロックICでは、推定d軸、q軸指示電流Idc、Iqcが演算される。「推定d軸、q軸指示電流Idc、Iqc」は、推定d軸、q軸における電流の目標値である。具体的には、先ず、目標回転速度Ntから、回転速度推定ブロックNE(後述)にて算出される推定回転速度Neが減算される。そして、演算結果「Nt-Ne」(「回転速度誤差eN」ともいう)に基づいて、推定d軸出力電流Ids(後述)が追従すべき推定d軸指示電流Idcが決定される。また、指示電流演算ブロックICでは、推定d軸指示電流Idc等に基づいて推定q軸出力電流Iqs(後述)が追従すべき推定q軸指示電流Iqcが演算される。つまり、指示電流演算ブロックICでは、回転速度誤差eNが「0」になり、推定回転速度Neが目標回転速度Ntに一致するように、推定d軸、q軸における指示電流Idc、Iqcが演算される。
【0070】
指示電圧演算ブロックVCにて、推定d軸、q軸指示電流Idc、Iqc(目標値)、及び、推定d軸、q軸出力電流Ids、Iqs(実際値)に基づいて、推定d軸、q軸指示電圧Vdc、Vqc(目標値)が演算される。指示電圧演算ブロックVCでは、推定d軸、q軸における電流誤差「Idc-Ids」、「Iqc-Iqs」が共に「0」になり、推定d軸、q軸出力電流Ids、Iqsが、推定d軸、q軸指示電流Idc、Iqcに一致するように、推定d軸、q軸における指示電圧Vdc、Vqcが演算される。
【0071】
第1座標変換ブロックZCにて、推定d軸、q軸指示電圧Vdc、Vqc(目標値)に基づいて、U相、V相、W相の指示電圧Vcu、Vcv、Vcw(目標値)が演算される。具体的には、推定d軸、q軸指示電圧Vdc、Vqcが、回転速度推定ブロックNEにて演算される推定回転角Keに基づいて、2相から3相に座標変換されることで、U相、V相、W相の指示電圧Vcu、Vcv、Vcwが決定される。
【0072】
駆動信号演算ブロックMEにて、U相、V相、W相指示電圧Vcu、Vcv、Vcwに基づいて、電気モータMTの駆動信号Mtu、Mtv、Mtwが演算される。3相(U相、V相、W相)の駆動信号Mtu、Mtv、Mtwは、総称して「モータ駆動信号Mt」とも称呼される。
【0073】
駆動回路DRでは、モータ駆動信号Mtu、Mtv、Mtwに基づいて、PWM制御(パルス幅変調制御)が実行される。PWM制御に応じて、電気モータMTに給電が行われ、電気モータMTが駆動される。具体的には、モータ駆動信号Mt(=Mtu、Mtv、Mtw)に応じて、スイッチング素子(MOS-FET、IGBT等)が制御されて、電気モータMTへのU相、V相、W相の供給電流Imu、Imu、Imw(「モータ電流」ともいう)が調整される。
【0074】
駆動回路DRには、電気モータMTに供給されるモータ電流Imu、Imu、Imwを検出するよう、モータ電流センサIMが設けられる。U相、V相、W相の供給電流Imu、Imu、Imwの位相差は既知であるため、モータ電流センサIMによって、3相のうちの2相のモータ電流が検出され、残りの1相のモータ電流が推定されてもよい。つまり、モータ電流センサIMによって、3相のうちの少なくとも2相のモータ電流が検出されることによって、3相に実際に供給される電流が検出される。3相のモータ電流Imu、Imu、Imwは、総称して、「モータ電流Im」とも称呼される。
【0075】
第2座標変換ブロックZSにて、モータ電流Imに基づいて、推定d軸、q軸出力電流Ids、Iqsが演算される。「推定d軸、q軸出力電流Ids、Iqs」は、推定d軸、q軸に実際に供給(出力)された電流である。具体的には、モータ電流センサIMによって検出された3相のモータ電流Imが、回転速度推定ブロックNEにて演算される推定回転角Keに基づいて、3相から2相に座標変換されることで、推定d軸、q軸出力電流Ids、Iqsが決定される。「推定d軸、q軸出力電流Ids、Iqs」は、推定d軸、q軸に実際に出力された電流値である。従って、推定d軸、q軸出力電流Ids、Iqs(実際値)は、推定d軸、q軸指示電流Idc、Iqc(目標値)に対応している。
【0076】
回転速度推定ブロックNEにて、推定d軸、q軸出力電流Ids、Iqsに基づいて、推定回転速度Ne、及び、推定回転角Keが演算される。回転速度推定ブロックNEでは、先ず、推定回転速度Neが演算される。そして、推定回転速度Neが積分されて、推定回転角Keが決定される。推定回転速度Neの演算には、電流引き込み方式、高調波重畳方式、磁束オブザーバ方式、拡張誘起電圧方式等、公知の方法が採用される。
【0077】
例えば、回転速度推定ブロックNEでは、吹出部XNに示すように、軸誤差eKが「0(目標値)」に追従するように制御される際のPLL制御の制御量が推定回転速度Neとして決定される。ここで、PLL制御(Phase Locked Loop)では、入力される周期的な信号を元にフィードバック制御が加えられ、別の発振器から位相が同期した信号が出力される。
【0078】
軸誤差eKの目標値は「0」であるため、軸誤差eKが、PLL制御ブロックに入力される。PLL制御ブロックでは、軸誤差eKに比例ゲインKpが乗算されて、比例項が演算される。また、軸誤差eKが時間積分され、積分ゲインKiが乗算されて、積分項が演算される。そして、比例項と積分項との和が、推定回転速度Neとして決定される(即ち、「Ne=Kp・eK+Ki・∫eK・dt」)。更に、回転速度推定ブロックNEでは、推定回転速度Neが時間積分されて、推定回転角Keが決定される(即ち、「Ke=∫Ne・dt」)。
【0079】
例えば、回転速度推定ブロックNEでは、モータ回転速度に基づいて、軸誤差eK(実q軸と推定q軸との角度誤差)の演算方法が使い分けられる。ここで、モータ回転速度には、目標回転速度Nt、及び、推定回転速度Neのうちの少なくとも1つが用いられる。モータ回転速度が小さい場合(低速時)には、高調波重畳方式に基づいて軸誤差eKが決定される。高調波重畳方式(「外乱重畳方式」ともいう)では、パルス(又は、正弦波)の高周波電圧が推定d軸指示電圧Vdcに重畳(印加)される。そして、このときの推定q軸出力電圧Iqsの高周波成分の振幅変化に基づいて、軸誤差eKが推定される。
【0080】
これに対して、モータ回転速度が大きい場合(高速時)には、拡張誘起電圧方式に基づいて軸誤差eKが演算される。拡張誘起電圧方式では、電圧と電流から誘起電圧が推定されることによって、軸誤差eK(角度誤差)が演算される。具体的には、推定回転速度Ne(演算周期における前回値)、推定d軸、q軸出力電流Ids、Iqs、及び、推定d軸、q軸指示電圧Vdc、Vqcに基づいて、軸誤差eKが推定される。
【0081】
回転速度推定ブロックNEにて演算された推定回転速度Neは、指示電流演算ブロックIC、及び、判定部BHに入力される。また、回転速度推定ブロックNEにて演算された推定回転角Keは、第1、第2座標変換ブロックZC、ZSに入力される。
【0082】
脱調判定ブロックBHにて、電気モータMTにおける脱調の有無が判定される。回転角センサを有しないセンサレス型ブラシレスモータでは、回転磁界と回転子との同期が推定によって行われるため、高負荷時、負荷の急変時等で、脱調が発生することがある。脱調判定ブロックBHでは、推定回転速度Ne、推定q軸指示電圧Vqc、及び、推定d軸、q軸出力電流Ids、Iqsに基づいて、脱調発生の有無が判定される。そして、脱調の発生が判定されると、判定信号FL(脱調の有無を表す信号)が、指示電流演算ブロックICに向けて出力される。例えば、判定信号FLは、制御フラグ(「判定フラグ」ともいう)として送信される。具体的には、判定フラグFLでは、「0」によって脱調が発生していないことが表され、「1」によって脱調が発生したことが表される。従って、「FL=0」から「FL=1」に遷移する時点(対応する演算周期)が、脱調の発生時点である。
【0083】
センサレス制御によるモータ駆動では、判定フラグFLに基づいて、脱調状態を回復する処理が実行される。例えば、「FL=1」が受信された時点で、電気モータMTの駆動処理(即ち、センサレス制御)が再起動される。具体的には、判定フラグFLが指示電流演算ブロックICに送信され、電気モータMTの初期位置決定の処理が再度実行される。そして、電気モータMTが再起動されると、脱調状態が解消され、判定フラグFLは、「1」から「0」に戻される。
【0084】
<電気モータMTの脱調判定>
図4のブロック図を参照して、脱調判定ブロックBHにおける電気モータMTの脱調の判定例について説明する。脱調判定ブロックBHには、推定回転速度Ne、推定q軸指示電圧Vqc、及び、推定d軸、q軸出力電流Ids、Iqsが入力される。判定部BHでは、推定回転速度Ne、及び、推定d軸、q軸出力電流Ids、Iqsから算出される判定電圧Vqjと推定q軸指示電圧Vqcとの偏差hV(電圧偏差)が演算される。そして、該電圧偏差hVが、判定しきい値Hsと比較されることによって、電気モータMT(センサレスモータ)の脱調の有無が判定される。脱調判定ブロックBHは、判定電圧演算ブロックVJ、電圧偏差演算ブロックHV、判定しきい値演算ブロックHS、及び、判定処理ブロックHNにて構成される。
【0085】
判定電圧演算ブロックVJにて、推定回転速度Ne、及び、推定d軸、q軸出力電流Ids、Iqsに基づいて、判定電圧Vqjが演算される。「判定電圧Vqj」は、電気モータMTが脱調しておらず、推定回転速度Neにて回転していると仮定される場合に、推定q軸に対して付与されるべき電圧である。具体的には、判定電圧Vqjは、式(1)に基づいて決定される。
Vqj=R・Iqs+Ne・(φ+Ld・Ids) …式(1)
ここで、「R」は電気モータMTの抵抗値(ノミナル値)を、「φ」は電気モータMTの鎖交磁束(ノミナル値)を、「Ld」は電気モータMTのd軸インダクタンス(ノミナル値)を、夫々表す。
【0086】
式(1)の第1項Sv1(=「R・Iqs」)は、推定q軸出力電流Iqsが通電された場合の電気モータMTにおける電圧降下に相当する。また、式(1)の第2項Sv2(=「Ne・(φ+Ld・Ids)」)は、推定回転速度Neで回転している場合の電気モータMTにおける逆起電圧に相当する。従って、判定電圧Vqjの演算では、推定q軸出力電流Iqsに基づいて、電気モータMTでの電圧降下に相当する第1項Sv1が演算される。また、推定回転速度Ne、及び、推定d軸出力電流Idsに基づいて、電気モータMTでの逆起電圧に相当する第2項Sv2が演算される。そして、第1項Sv1と第2項Sv2との和が、判定電圧Vqjとして決定される。
【0087】
電圧偏差演算ブロックHVにて、判定電圧Vqj、及び、推定q軸指示電圧Vqcに基づいて、判定電圧Vqjと推定q軸指示電圧Vqcとの差である電圧偏差hVが演算される。例えば、電圧偏差hVは、式(2)に基づいて決定される。
hV=Vqj-Vqc …式(2)
【0088】
判定電圧Vqjは、脱調が非発生で、電気モータMTが推定回転速度Neにて適切に作動している状態での、推定q軸指示電圧Vqcに対応する電圧である。判定電圧Vqjと推定q軸指示電圧Vqcとの差分である電圧偏差hVは、脱調の程度(度合い)を表す状態量である。電気モータMTの脱調の程度が大きいほど、電圧偏差hVは大きく演算される。
【0089】
例えば、電気モータMTが脱調せずに、センサレス制御にて適切に駆動されている状態(即ち、推定回転速度Neがモータ回転速度の真値に略一致している状態)では、推定q軸指示電圧Vqcと判定電圧Vqjとは等しくなり、電圧偏差hVは「0」である。これに対し、電気モータMTが脱調し、完全にその回転が停止した状態(即ち、推定回転速度Neは生じているが、実際には回転速度が「0」である状態)では、推定q軸指示電圧Vqcには、逆起電圧に相当する第2項Sv2が含まれず、電圧偏差hVは第2項Sv2に一致する。従って、電気モータMTが完全に脱調している場合には、「hV=Ne・(φ+Ld・Ids)=Sv2」が演算される。つまり、電圧偏差hVは、「0」から第2項Sv2(逆起電圧)の範囲で変化する。
【0090】
判定しきい値演算ブロックHSにて、推定回転速度Ne、及び、演算マップZhsに基づいて、判定しきい値Hsが演算される。「判定しきい値Hs」は、脱調の有無を判定するためのしきい値である。判定しきい値Hsは、予め設定された演算マップZhsに従って、推定回転速度Neが大きいほど、大きくなるように決定される。
【0091】
判定処理ブロックHNにて、電圧偏差hVと判定しきい値Hsとの比較に基づいて、脱調の有無が判定される。該判定が、「脱調判定」と称呼される。判定処理ブロックHNでは、「電圧偏差hVが判定しきい値Hsに達しているか、否か」に基づいて脱調判定が行われる。具体的には、電圧偏差hVが判定しきい値Hs未満である場合には、脱調の発生は否定される。一方、電圧偏差hVが判定しきい値Hs以上である場合には、このことが初めて満足された時点(対応する演算周期)から、該状態(即ち、電圧偏差hVが判定しきい値Hsに達した状態)が継続されている時間Tx(「継続時間」という)がカウントされる。そして、「hV≧Hs」である状態の継続時間Txが判定時間txに達した場合に、脱調の発生が肯定される。ここで、「判定時間tx」は予め設定された所定値(定数)である。判定処理ブロックHNでは、脱調発生が否定される場合には「FL=0」が出力され、脱調発生が肯定される場合には「FL=1」が出力される。
【0092】
<調圧弁UAの制御>
図5のブロック図を参照して、調圧弁UAの駆動制御について説明する。調圧弁UAによって、流体ポンプHPの吐出流(即ち、還流路HKにて発生する循環流KN)が絞られることで、流体ポンプHPの吐出圧Ppが調整される。これにより、制動制御装置SCでは、ホイール圧Pwが、マスタ圧Pm(流体ポンプHPの吸入圧)から増加される。調圧弁UAによる調圧は、調圧弁UAを流れる制動液BFの流量Qu(調圧弁流量)に依存する。制動制御装置SCでは、電気モータMTが脱調していない場合には、推定回転速度Neに基づいて、調圧弁流量Qu(後述)が決定される。しかし、電気モータMTが脱調すると、推定回転速度Neは出力されない、又は、推定回転速度Neの精度が著しく低下する。このため、制動制御装置SCでは、調圧弁流量Quの決定は、推定回転速度Neに代えて、特定回転速度Nd(後述)に基づいて行われる。
【0093】
調圧弁UAの駆動制御は、目標差圧演算ブロックST、弁流量演算ブロックQU、目標電流演算ブロックIT、及び、電流フィードバック制御ブロックIFにて構成される。これらの演算処理は、制動コントローラECUのマイクロプロセッサMPにて実行される。
【0094】
目標差圧演算ブロックSTにて、系統圧Pk(=Pkf、Pkr)、及び、マスタ圧Pm(=Pmf、Pmr)に基づいて、目標差圧St(=Stf、Str)が演算される。「目標差圧St」は、調圧弁UAにより発生されるべきマスタ圧Pm(実際値)と吐出圧Pp(実際値)との差圧(液圧差の実際値)に対応する目標値である。換言すれば、調圧弁UAにより吸入圧Pm(マスタ圧)と吐出圧Ppとの間で液圧差が発生されるが、目標差圧Stは該液圧差の目標値である。目標差圧Stは、制動系統BK(=BKf、BKr)の夫々で、系統圧Pk(吐出圧Ppの目標値)からマスタ圧Pm(実際値)が減算されて決定される。
【0095】
弁流量演算ブロックQUにて、推定回転速度Ne、及び、判定フラグFLに基づいて、調圧弁流量Qu(単に、「弁流量」ともいう)が演算される。「調圧弁流量Qu」は、調圧弁UAを通過する制動液BFの流量(実際値)である。弁流量演算ブロックQUでは、電気モータMTの脱調が発生していない場合(即ち、「FL=0」の場合)には、推定回転速度Ne(実際値)に基づいて、弁流量Quが演算される。具体的には、流体ポンプHP(=HPf、HPr)の1回転当りの吐出量に、推定回転速度Neが乗算されることにより、流体ポンプHPの吐出流量Qpが決定される。そして、吐出流量Qpに基づいて、弁流量Qu(=Quf、Qur)が決定される。例えば、弁流量Quは、吐出流量Qpに等しく決定される(即ち、「Qu=Qp」)。或いは、インレット弁VIを通してホイールシリンダCWに流れ込む流量Qi(「インレット弁流量」という)が演算されて、吐出流量Qpからインレット弁流量Qiが差し引かれることにより、調圧弁流量Quが決定されてもよい(即ち、「Qu=Qp-Qi」)。
【0096】
弁流量演算ブロックQUでは、電気モータMTの脱調が発生した場合(即ち、「FL=1」の場合)には、特定回転速度Ndに基づいて、吐出流量Qp(最終的には、調圧弁流量Qu)が演算される。電気モータMTが脱調すると、上記センサレス制御は再起動されるが、脱調が生じている際の推定回転速度Neは疑わしい。このため、弁流量演算ブロックQUでは、脱調が初めて判定された時点(即ち、判定フラグFLが「0」から「1」に遷移する演算周期)の推定回転速度Neに基づいて、特定回転速度Ndが決定される。
【0097】
弁流量演算ブロックQUの吹出部XQに表示される時系列線図(時間Tの経過に対する状態量の遷移図)を参照して、特定回転速度Ndの決定方法について説明する。線図では、時点t0にて、脱調の発生が判定され、判定フラグFLが、「0」から「1」に切り替えられる。これにより、電気モータMTは再起動され、初期位置Koが再度決定される。時点t1にて、初期位置決定の処理が完了され、電気モータMTは脱調状態から回復する。従って、時点t1にて、判定フラグFLが、「1」から「0」に切り替えられる。
【0098】
時点t0までは、脱調が発生していないので、推定回転速度Neは、目標回転速度Ntと重なっている(図の状況(A)を参照)。また、吐出流量Qpは、推定回転速度Ne、及び、流体ポンプHPの1回転当りの吐出量に基づいて決定される。
【0099】
時点t0にて脱調発生が判定される。脱調の判定時点t0における推定回転速度Ne(線図では、値ne)を基準にして、それ以降、時間Tの経過とともに徐々に減少するよう、特定回転速度Ndが演算される。「特定回転速度Nd」は、脱調判定時に推定回転速度Neに代えて採用される電気モータMTの回転速度に係る状態量(状態変数)である。例えば、特定回転速度Ndは、脱調判定時の推定回転速度Ne(値ne)から「0(モータ停止)」に向けて、所定勾配dnにて減少するような時系列パターンとして決定される(図の状況(B)を参照)。所定勾配dnは、予め設定された所定値(定数)である。
【0100】
脱調が判定されている間(即ち、時点t0から時点t1までの期間)は、特定回転速度Nd、及び、流体ポンプHPの1回転当りの吐出量に基づいて、吐出流量Qpが決定される。詳細には、推定回転速度Neの場合と同様に、流体ポンプHPの1回転当りの吐出量に、特定回転速度Ndが乗算されることにより、吐出流量Qpが決定される。そして、吐出流量Qpに基づいて、調圧弁流量Qu(=Quf、Qur)が決定される。例えば、弁流量Quは、吐出流量Qpに等しく決定される(即ち、「Qu=Qp」)。或いは、インレット弁VIを通してホイールシリンダCWに流れ込むインレット弁流量Qiが演算されて、吐出流量Qpからインレット弁流量Qiが差し引かれることにより、調圧弁流量Quが決定されてもよい(即ち、「Qu=Qp-Qi」)。
【0101】
特定回転速度Ndは、脱調判定時の推定回転速度Ne(値ne)から段階的に減少されてもよい(線図の状況(C)を参照)。何れにしても、特定回転速度Ndは、脱調判定時の推定回転速度Neを基準に、該推定回転速度Neから徐々に減少するように決定される。なお、特定回転速度Ndは、「0(回転運動の停止)」にまで減少される必要はなく、所定回転速度noまで減少されるように決定されてもよい。所定回転速度noは、予め設定された所定値(定数)である。
【0102】
時点t1にて、電気モータMTの再起動が完了され、脱調状態が解消される。これにより、判定フラグFLは、「1」から「0」にリセットされる。また、推定回転速度Neは目標回転速度Nt(線図では値ng)に向けて増加される(線図の状況(D)を参照)。時点t1以降は、吐出流量Qpの演算には、特定回転速度Ndは用いられず、吐出流量Qpは推定回転速度Neに基づいて演算される。
【0103】
目標電流演算ブロックITにて、目標差圧St(=Stf、Str)、調圧弁流量Qu(=Quf、Qur)、及び、予め設定された演算マップZitに基づいて、目標電流It(=Itf、Itr)が演算される。「目標電流It」は、調圧弁UAに供給される電流Ia(実際値)に対応する目標値である。具体的には、演算マップZitに応じて、目標差圧Stの増加に伴って目標電流Itが増加し、目標差圧Stの減少に伴って目標電流Itが減少するように決定される。また、演算マップZitに応じて、弁流量Quの増加に伴って目標電流Itが減少し、弁流量Quの減少に伴って目標電流Itが増加するように決定される。
【0104】
換言すれば、目標電流演算ブロックITでは、目標差圧Stが大きい場合には、目標差圧Stが小さい場合に比較して、目標電流Itは大きくなるように演算される。逆に、目標差圧Stが小さい場合には、目標差圧Stが大きい場合に比較して、目標電流Itは小さくなるように演算される。また、調圧弁流量Quが大きい場合には、調圧弁流量Quが小さい場合に比較して、目標電流Itは小さくなるように演算される。逆に、調圧弁流量Quが小さい場合には、調圧弁流量Quが大きい場合に比較して、目標電流Itは大きくなるように演算される。
【0105】
電流フィードバック制御ブロックIFにて、目標電流It(目標値)、及び、供給電流Ia(実際値)に基づいて、供給電流Ia(=Iaf、Iar)が、目標電流It(=Itf、Itr)に近付き、一致するように調圧弁駆動信号Ua(=Uaf、Uar)が決定される。そして、駆動信号Uaに基づいて、調圧弁UA用のスイッチング素子が制御されることにより、調圧弁UA(=UAf、UAr)が駆動される。供給電流Iaは、駆動回路DRに設けられた調圧弁電流センサIA(=IAf、IAr)によって検出される。電流フィードバック制御ブロックIFでは、「It>Ia」であれば、供給電流Iaが増加するように駆動信号Uaが決定される。一方、「It<Ia」であれば、供給電流Iaが減少するように駆動信号Uaが決定される。
【0106】
制動制御装置SCでは、流体ポンプHPが吐出する吐出流量Qpに基づいて、調圧弁UAを通過する弁流量Quが演算される。そして、弁流量Quが大きいほど、目標電流It(結果、供給電流Ia)が小さくなるように決定され、弁流量Quが小さいほど、目標電流It(結果、供給電流Ia)が大きくなるように決定される。これにより、弁流量Quが大きいほど、調圧弁UAの開弁量は大きく(広く)され、弁流量Quが小さいほど、調圧弁UAの開弁量は小さく(狭く)される。
【0107】
脱調時の推定回転速度Neの精度には問題があり、推定回転速度Neに応じて弁流量Quが決定されると、以下のことが生じる。例えば、推定回転速度Neが実際よりも大きく算出されると、弁流量Quは過大に演算される。従って、調圧弁UAの開弁量は広過ぎとなり、実際の差圧Saは、目標差圧Stに対して不足する。逆に、推定回転速度Neが実際よりも小さく算出されると、弁流量Quは過少に演算される。従って、調圧弁UAの開弁量は狭過ぎとなり、実際の差圧Saは、目標差圧Stに対して余分になる。つまり、脱調発生時には、調圧弁UAによる調圧精度が低下した結果、差圧Sa(マスタ圧Pmと吐出圧Ppとの差)に過不足が発生する。
【0108】
制動制御装置SCでは、脱調が判定される場合には、吐出流量Qpの演算に、特定回転速度Ndが用いられる。特定回転速度Ndは、脱調判定時点の推定回転速度Neから徐々に減少するように演算される。脱調が判定されると、センサレス制御がリセットされるよう、電気モータMTへの給電が一旦停止される。このとき、電気モータMTの回転速度(真値)は、電気モータMT、流体ポンプHP等の慣性により、徐々に減少する。該状況が考慮され、特定回転速度Ndの時系列パターンを形成する所定勾配dnが決定される。換言すれば、特定回転速度Ndは、脱調によりブラシレスモータが再起動される際のモータ回転速度の変化を表すように設定されている。特に、所定勾配dnは、電気モータMT、流体ポンプHPの慣性に応じて、実験的、解析的に予め設定される。特定回転速度Ndにより、電気モータMTが再起動される際のモータ回転速度が正しく表現されるため、差圧調整における過不足が抑制される。
【0109】
<他の実施形態>
以下、制動制御装置SCの他の実施形態について説明する。他の実施形態でも、上記同様の効果(脱調発生時の液圧過不足の抑制等)を奏する。
【0110】
上記の実施形態では、2つの制動系統として、前後型の構成が採用された。これに代えて、ダイアゴナル型(「X型」ともいう)の制動系統が採用され得る。該構成では、マスタシリンダCM内に形成された2つの液圧室のうちで、一方が右前輪ホイールシリンダ、左後輪ホイールシリンダに接続され、他方が左前輪ホイールシリンダ、右後輪ホイールシリンダに接続される。
【0111】
上記の実施形態では、制動装置SXとして、ディスク型のものが採用された。これに代えて、制動装置SXとして、ドラム型のものが採用される。ドラム型制動装置SXでは、車輪WHに固定される回転部材KTはブレーキドラムであり、摩擦部材はブレーキシューに張り付けられたブレーキライニングである。
【0112】
上記の実施形態では、電気モータMTを備える流体ユニットHUが、マスタシリンダCMとホイールシリンダCWとの間に設けられた。これに代えて、特開2020-032833号公報に示されるように、流体ユニットHUが、マスタピストンPGを押圧するように構成されてもよい(該公報の調圧ユニットYAを参照)。具体的には、ブレーキブースタBBが省略され、マスタピストンPGの制動操作部材BPの側に液圧室が設けられる。そして、該液圧室に吐出圧Ppが供給される。
【0113】
上記の実施形態では、目標圧Ptに基づいて、目標回転速度Ntが決定された。これに代えて、目標回転速度Ntは、一定回転速度naとして決定されてもよい。また、目標回転速度Ntは、2つの異なる第1、第2回転速度nb、nc(一定値)を用いて、2段階で決定され得る。具体的には、自動加圧制御の実行開始から所定時間taの期間は、目標回転速度Ntが一定の第1回転速度nbに決定される。自動加圧制御の実行開始から所定時間taを経過した後、目標回転速度Ntは、第1回転速度nbよりも小さい第2回転速度ncに決定される(即ち、「nc<nb」の関係)。ここで、回転速度na、nb、nc、及び、所定時間taは、予め設定された所定値(定数)である。該構成でも、モータ回転速度Ne(推定値)が、目標回転速度Ntに近付き、一致するように、電気モータMTは制御される。
【0114】
上記の実施形態では、目標回転速度Nt(結果、実際のモータ回転速度)が滑らかになるよう、要求回転速度Nsに平滑化処理が行われた。平滑化処理は、電気モータMTの回転速度を制御するための状態変数Mj(「制御変数」ともいう)の何れかにおいて実行され得る。「制御変数Mj」は、モータ回転速度Naを制御するための変数である。つまり、制御変数Mj(「制御パラメータ」ともいう)は、目標圧Ptから目標回転速度Ntに至るまでの各種演算に用いられる状態量(変数)である。例えば、制御変数Mjには、目標圧Pt、系統圧Pk、目標液量Rt、目標流量Qt、及び、目標回転速度Ntのうちの少なくとも1つが採用される。制動制御装置SCでは、制御変数Mjが平滑化処理(即ち、フィルタ処理)により平滑化される。ここで、平滑化処理には、ローパスフィルタ、及び、移動平均フィルタの少なくとも1つが用いられる。平滑化処理により、モータ回転速度(実際値)が円滑化されるので、吐出流量Qpの変動が抑制される。結果、吐出圧Ppの不必要な変化が防止される。
【0115】
<制動制御装置SCの実施形態のまとめ>
制動制御装置SCの実施形態についてまとめる。制動制御装置SCは、ホイールシリンダCWのホイール圧Pwを制御する。制動制御装置SCは、回転角センサを持たないブラシレスモータMT(センサレス型ブラシレスモータ)と、ブラシレスモータMTによって駆動される流体ポンプHPと、流体ポンプHPの吐出圧Ppを調整する調圧弁UAと、ブラシレスモータMTをセンサレス制御により駆動するコントローラECUと、を備える。コントローラECUでは、モータ電流Imから推定される推定速度Ne(推定回転速度)によりセンサレスモータMTの同期が行われ、ベクトル制御(即ち、センサレス制御)が実行される。また、調圧弁UAは、センサレス制御における推定速度Neに基づいて制御される。
【0116】
制動制御装置SCでは、コントローラECUにより、ブラシレスモータMTの脱調(ブラシレスモータMTが同期しているか、否か)が判定される。ブラシレスモータMTの脱調が判定されない場合(即ち、判定フラグFLが「0」である場合)には、推定速度Neに基づいて、調圧弁UAが制御される。これに対して、ブラシレスモータMTの脱調が判定される場合(即ち、判定フラグFLが「1」である場合)には、調圧弁UAは、特定速度Ndに基づいて制御される。特定速度Nd(特定回転速度)は、脱調が判定された時点t0の推定速度Neから徐々に減少するように決定される。例えば、特定速度Ndは、時間Tの経過に伴い、予め設定された所定勾配dnで減少するように決定される。ここで、所定勾配dnは、ブラシレスモータMT、及び、流体ポンプHPの慣性に応じて定まる定数である。
【0117】
詳細には、脱調が判定されていない場合には、推定速度Neから算出される吐出流量Qpに基づいて弁流量Quが演算される。一方、脱調が判定されている場合には、特定速度Ndから算出される吐出流量Qpに基づいて弁流量Quが演算される。脱調発生の有無に係らず、調圧弁UAの供給電流Iaは、弁流量Quが大きいほど、小さくなるように調整される。つまり、弁流量Quが大きい場合には、弁流量Quが小さい場合に比較して、調圧弁UAの供給電流Iaは小さくされる。
【0118】
ブラシレスモータMTの脱調発生時には、推定速度Neの精度に問題がある。このため、不確かな推定速度Neに基づいて弁流量Quが演算されると、実際に発生される差圧Saに過不足が生じ得る。制動制御装置SCでは、脱調発生時には、推定速度Neに代えて、特定速度Ndに基づいて弁流量Quが演算される。ここで、特定速度Ndは、所定勾配dnで減少するように規定され、ブラシレスモータMTの再起動におけるモータ回転速度(真値)の変化を適切に表現している。これにより、脱調発生時における液圧調整(調圧弁UAによる差圧発生)の過不足が抑制される。
【符号の説明】
【0119】
SC…制動制御装置、BP…制動操作部材、CM…マスタシリンダ、CW…ホイールシリンダ、HU…流体ユニット、ECU…制動コントローラ、MT…電気モータ(センサレス型ブラシレスモータ)、HP…流体ポンプ、UA…調圧弁、Pm…マスタ圧(実際値)、Pw…ホイール圧(実際値)、Pp…吐出圧(実際値)、Pt…目標圧(Pwに対応する目標値)、Pk…系統圧(Ppに対応する目標値)、Sa…差圧(PpとPmとの差圧の実際値)、St…目標差圧(Saに対応する目標値)、Im…モータ電流(検出値)、IM…モータ電流センサ、Ne…推定回転速度(Imに基づく推定値)、Nt…目標回転速度(Neに対応する目標値)、Nd…特定回転速度、dn…所定勾配(Ndにおける単位時間当りの減少量)、Rt…目標液量(Ptを達成するためにCWに向けて移動すべきBFの体積)、Qt…目標流量(単位時間当りのRt)、Ia…供給電流(実際値)、It…目標電流(Iaに対する目標値)、Qu…弁流量(UAを通過する流量の実際値)、Qp…吐出流量(HPから吐出される流量の実際値)、FL…判定フラグ(脱調発生の判定結果)。