(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024130289
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】エポキシ樹脂の分解方法、および炭素繊維複合材料からの炭素繊維の回収方法
(51)【国際特許分類】
C08J 11/16 20060101AFI20240920BHJP
【FI】
C08J11/16 ZAB
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023039931
(22)【出願日】2023-03-14
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】八木 謙一
(72)【発明者】
【氏名】井川 泰爾
(72)【発明者】
【氏名】須藤 栄一
(72)【発明者】
【氏名】前山 未来
(72)【発明者】
【氏名】高見 昌宜
(72)【発明者】
【氏名】沼田 裕介
【テーマコード(参考)】
4F401
【Fターム(参考)】
4F401AA21
4F401AB06
4F401AD08
4F401CA75
4F401EA02
4F401EA07
4F401EA08
4F401EA09
4F401EA11
4F401EA12
4F401EA13
4F401EA14
4F401EA15
4F401EA24
4F401EA25
4F401EA26
4F401EA27
4F401EA30
4F401EA31
4F401EA40
(57)【要約】
【課題】低コストで、大気圧、室温下などの温和な条件でもエポキシ樹脂を分解することができ、環境負荷の高い化合物の生成がほとんどないエポキシ樹脂の分解方法を提供する。
【解決手段】酸性溶液で処理して、エポキシ樹脂に酸性官能基を導入する第1の工程と、金属イオンを含む溶液で処理して、前記酸性官能基の金属塩を形成する第2の工程と、過酸化水素で処理して、前記酸性官能基の金属塩が導入されたエポキシ樹脂の分解を行う第3の工程と、を含み、第1の工程で用いる酸性溶液として、硫酸、リン酸、硝酸、および塩酸のうちの少なくとも1つを用い、第2の工程で用いる金属イオンを含む溶液として、アルカリ金属、アルカリ土類金属、および遷移金属の金属塩のうちの少なくとも1つを含む溶液を用いる、エポキシ樹脂の分解方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性溶液で処理して、エポキシ樹脂に酸性官能基を導入する第1の工程と、
金属イオンを含む溶液で処理して、前記酸性官能基の金属塩を形成する第2の工程と、
過酸化水素で処理して、前記酸性官能基の金属塩が導入されたエポキシ樹脂の分解を行う第3の工程と、
を含み、
前記第1の工程で用いる前記酸性溶液として、硫酸、リン酸、硝酸、および塩酸のうちの少なくとも1つを用い、
前記第2の工程で用いる前記金属イオンを含む溶液として、アルカリ金属、アルカリ土類金属、および遷移金属の金属塩のうちの少なくとも1つを含む溶液を用いることを特徴とするエポキシ樹脂の分解方法。
【請求項2】
請求項1に記載のエポキシ樹脂の分解方法であって、
前記第1の工程で用いる前記酸性溶液として、硫酸を用いることを特徴とするエポキシ樹脂の分解方法。
【請求項3】
請求項1に記載のエポキシ樹脂の分解方法であって、
前記第2の工程で用いる前記金属イオンを含む溶液として、Fe(II)、Fe(III)、Cu(II)、およびLiのうちの少なくとも1つを含む溶液を用いることを特徴とするエポキシ樹脂の分解方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂の分解方法を用いて、炭素繊維複合材料から炭素繊維を回収することを特徴とする炭素繊維複合材料からの炭素繊維の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エポキシ樹脂の分解方法、およびその方法を用いた炭素繊維複合材料からの炭素繊維の回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エポキシ樹脂は、優れた電気絶縁性、耐熱性、機械的強度などを有する熱硬化性樹脂であり、各種の電気部品、電子部品、自動車部品などの材料として広く用いられている。エポキシ樹脂は、例えば、ビスフェノールAとエピクロロヒドリンとの共重合体などのプレポリマーと、ポリアミンや酸無水物などの硬化剤とを混合して熱硬化処理を行うことにより得られる。しかし、一度硬化したエポキシ樹脂は、熱による軟化、融解はされにくく、溶剤への溶解性も低いため、分解は困難である。このため、硬化したエポキシ樹脂の処分は、埋立てせざるを得ず、環境への負荷などの問題がある。また、溶剤への溶解性が低く、分解が困難であるため、硬化したエポキシ樹脂の構造解析などの分析も困難である。
【0003】
特に、炭素繊維とエポキシ樹脂などの樹脂材料とを含む炭素繊維複合材料は、航空機や自動車などの用途において用いられており、炭素繊維のリサイクルが求められている。炭素繊維をリサイクルするために、使用済みの炭素繊維複合材料に含まれるエポキシ樹脂を除去して、炭素繊維を回収する方法が検討されている。
【0004】
例えば、特許文献1では、濃度90wt%以上、温度120℃以上の硫酸中に炭素繊維とエポキシ樹脂とを含有する炭素繊維強化プラスチックを浸漬させることによって、エポキシ樹脂を溶解させることができると提案されている。この方法では、発生する硫黄酸化物や一酸化炭素を除去するため、アルカリスクラバや水スクラバなどを設けるとされている。
【0005】
特許文献2では、0.01~10M、温度10~100℃の有機酸、無機酸中にエポキシ樹脂を含む炭素繊維複合材料を浸漬させた後、アルカリ性水溶液に浸漬することによって、エポキシ樹脂を溶解させることができると提案されている。特許文献2の実施例では、60~70℃でエポキシ樹脂の分解を行っている。
【0006】
特許文献3では、pH2~4の弱酸で樹脂を膨潤させた後、過酸化水素水とイオン化液体の混合液に強化繊維がエポキシ樹脂に含浸された強化部品を浸漬することによって、エポキシ樹脂を溶解させることができると提案されている。
【0007】
特許文献4では、大気圧、室温下で、トリメチルシリルハロゲン、フェントン試薬などのエポキシ樹脂分解化合物と、有機溶媒と、少量の水との混合液に浸漬することによって、エポキシ樹脂を溶解させることができると提案されている。
【0008】
従来のエポキシ樹脂の分解方法では、エポキシ樹脂の分解に高温、高圧が必要であり、多くのエネルギーが必要となる。また、そのような高温、高圧に耐えうる専用の機器を用いる必要がある。さらに、硫酸や硝酸などの酸を高温で処理すると、SOxやNOxなどの環境負荷の高い化合物が生成する。硫酸を用いた分解の場合、エポキシ樹脂の一部が炭化して完全に分解することが困難である。特許文献3のような過酸化水素水とイオン化液体の混合液を用いる方法ではイオン化液体が高価であり、大量の炭素繊維複合材料を処理する場合には、コストがかかるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2022-102186号公報
【特許文献2】特開2019-136932号公報
【特許文献3】特開2017-104847号公報
【特許文献4】特開2021-155644号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、低コストで、大気圧、室温下などの温和な条件でもエポキシ樹脂を分解することができ、環境負荷の高い化合物の生成がほとんどないエポキシ樹脂の分解方法、およびその方法を用いた炭素繊維複合材料からの炭素繊維の回収方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、酸性溶液で処理して、エポキシ樹脂に酸性官能基を導入する第1の工程と、金属イオンを含む溶液で処理して、前記酸性官能基の金属塩を形成する第2の工程と、過酸化水素で処理して、前記酸性官能基の金属塩が導入されたエポキシ樹脂の分解を行う第3の工程と、を含み、前記第1の工程で用いる前記酸性溶液として、硫酸、リン酸、硝酸、および塩酸のうちの少なくとも1つを用い、前記第2の工程で用いる前記金属イオンを含む溶液として、アルカリ金属、アルカリ土類金属、および遷移金属の金属塩のうちの少なくとも1つを含む溶液を用いる、エポキシ樹脂の分解方法である。
【0012】
前記エポキシ樹脂の分解方法において、前記第1の工程で用いる前記酸性溶液として、硫酸を用いることが好ましい。
【0013】
前記エポキシ樹脂の分解方法において、前記第2の工程で用いる前記金属イオンを含む溶液として、Fe(II)、Fe(III)、Cu(II)、およびLiのうちの少なくとも1つを含む溶液を用いることが好ましい。
【0014】
本発明は、前記エポキシ樹脂の分解方法を用いて、炭素繊維複合材料から炭素繊維を回収する、炭素繊維複合材料からの炭素繊維の回収方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、低コストで、大気圧、室温下などの温和な条件でもエポキシ樹脂を分解することができ、環境負荷の高い化合物の生成がほとんどないエポキシ樹脂の分解方法、およびその方法を用いた炭素繊維複合材料からの炭素繊維の回収方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施形態に係る炭素繊維複合材料からの炭素繊維の回収方法の手順の一例を示す図である。
【
図2】実施例1におけるエポキシ樹脂のIRスペクトルを示す図である。
【
図3】実施例1における金属イオン含有溶液処理後のエポキシ樹脂のIRスペクトルを示す図である。
【
図4】実施例1における過酸化水素処理後のエポキシ樹脂のIRスペクトルを示す図である。
【
図5】実施例2における過酸化水素処理後のエポキシ樹脂のIRスペクトル(25℃過酸化水素分解の例)を示す図である。
【
図6】比較例1における過酸化水素処理後のエポキシ樹脂のIRスペクトルを示す図である。
【
図7】比較例2におけるフェントン試薬処理後のエポキシ樹脂のIRスペクトルを示す図である。
【
図8】実施例3における過酸化水素処理後のCFRPの熱重量分析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施の形態について以下説明する。本実施形態は本発明を実施する一例であって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
【0018】
<エポキシ樹脂の分解方法>
本実施形態に係るエポキシ樹脂の分解方法は、酸性溶液で処理して、エポキシ樹脂に酸性官能基を導入する第1の工程と、金属イオンを含む溶液で処理して、酸性官能基の金属塩を形成する第2の工程と、過酸化水素で処理して、酸性官能基の金属塩が導入されたエポキシ樹脂の分解を行う第3の工程と、を含み、第1の工程で用いる酸性溶液として、硫酸、リン酸、硝酸、および塩酸のうちの少なくとも1つを用い、第2の工程で用いる前記金属イオンを含む溶液として、アルカリ金属、アルカリ土類金属、および遷移金属の金属塩のうちの少なくとも1つを含む溶液を用いる方法である。
【0019】
上記の通り、従来のエポキシ樹脂の分解方法ではエポキシ樹脂の分解に高温、高圧が必要であり、多くのエネルギーが必要となる。また、そのような高温、高圧に耐えうる専用の機器を用いる必要がある。さらに、硫酸や硝酸などの酸を高温で処理すると、SOxやNOxなどの環境負荷の高い化合物が生成する。一方、本実施形態に係るエポキシ樹脂の分解方法は温和な条件(例えば、大気圧、室温)下でのエポキシ樹脂の分解が可能であり、環境負荷の高い化合物の生成がほとんどない。また、高温、高圧に耐えうる専用の機器を用いなくてもよく、優位性がある。大量のエポキシ樹脂を処理する場合であっても、多大なエネルギーを用いなくてもよい。エポキシ樹脂に導入した酸性官能基の金属塩に過酸化水素を作用させることによって、通常のフェントン試薬よりも高速でエポキシ樹脂を分解することができる。硫酸を用いた分解の場合、エポキシ樹脂の一部が炭化して完全に分解することが困難であるが、本方法によって炭化した成分も分解可能である。
【0020】
本方法による分解物は水に可溶であり、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)などの炭素繊維複合材料に含まれるエポキシ樹脂を分解した後、水で洗浄することによって、炭素繊維複合材料から炭素繊維や充填剤などを回収するリサイクル法としても利用することができる。
【0021】
本方法では、酸性溶液によってエポキシ樹脂の少なくとも表面が酸化され、酸性官能基(例えば、スルホン酸基、カルボキシル基、リン酸基など)が導入される。金属イオンを含む溶液で酸性官能基が導入されたエポキシ樹脂を処理すると、酸性官能基の水素と金属イオンとの交換反応が起き、金属塩を形成する。酸性官能基の金属塩が導入されたエポキシ樹脂に過酸化水素を作用させることによって、フェントン反応が起こる。このようにして起こるフェントン反応は、通常のフェントン試薬を用いる場合よりも高速でエポキシ樹脂を分解することができると考えられる。
【0022】
分解対象であるエポキシ樹脂は、硬化剤とエポキシ基を有するエポキシ基含有化合物(プレポリマー)との熱硬化処理により得られる熱硬化性樹脂であればよく、特に制限はない。エポキシ樹脂としては、例えば、アミノ基を有するアミノ基含有化合物とエポキシ基を有するエポキシ基含有化合物との反応により得られるエポキシ樹脂、無水カルボン酸とエポキシ基を有するエポキシ基含有化合物との反応により得られるエポキシ樹脂、フェノール樹脂とエポキシ基を有するエポキシ基含有化合物との反応により得られるエポキシ樹脂などが挙げられる。エポキシ樹脂には、硬化を促進する触媒が含まれていてもよい。
【0023】
硬化剤であるアミノ基含有化合物としては、例えば、4,4-メチレンビス(2,6-ジエチルアニリン)、ジエチレントリアミン、イソホロンジアミン、ポリアミドアミン、脂肪族ポリアミン、ジシアンジアミドなどが挙げられる。
【0024】
硬化剤である無水カルボン酸としては、例えば、無水マレイン酸、無水フタル酸、メチルヘキサヒドロ無水フタル酸などが挙げられる。
【0025】
硬化を促進する触媒としては、3級アミン、イミダゾールなどが挙げられる。
【0026】
エポキシ基含有化合物(プレポリマー)としては、例えば、ビスフェノールA型エポキシ、ビスフェノールF型エポキシ、フェノールノボラック型エポキシなどが挙げられる。
【0027】
第1の工程では、酸性溶液で処理して、エポキシ樹脂の少なくとも表面に酸性官能基を導入すればよい。エポキシ樹脂をできるだけ完全に分解するためには、エポキシ樹脂の内部まで酸性官能基を導入してもよい。
【0028】
第1の工程では、エポキシ樹脂またはエポキシ樹脂を含む材料などを酸性溶液に所定の温度、圧力、時間で浸漬すればよい。必要に応じて、浸漬液を撹拌してもよい。浸漬の他に、噴霧、塗布などの方法でもよい。
【0029】
酸性溶液としては、硫酸、リン酸、硝酸、および塩酸のうちの少なくとも1つが挙げられ、これらのうち、樹脂への浸透性、酸性官能基の生成しやすさなどの点から、硫酸が好ましい。
【0030】
導入される酸性官能基は、スルホン酸基、カルボキシル基、リン酸基、水酸基などである。
【0031】
用いる酸性溶液の量は、エポキシ樹脂の質量に対して同質量以上とすることが好ましく、2倍以上とすることがより好ましい。用いる酸性溶液の量がエポキシ樹脂の質量に対して同質量未満であると、酸性官能基の導入反応が進行しにくい場合がある。用いる酸性溶液の量の上限は、必要以上に過剰でなければ特に制限はない。
【0032】
第1の工程における反応温度は、例えば、0~180℃の範囲であり、20~160℃の範囲が好ましい。反応温度が0℃未満であると、酸性官能基の導入反応が進行しにくい場合があり、180℃を超えると、三酸化硫黄が発生し、装置などの腐食が促進される場合がある。
【0033】
第1の工程における反応圧力は、例えば、大気圧(950~1030hPa)であり、加圧(例えば、1~2atm)を行ってもよい。
【0034】
第1の工程における反応時間は、反応温度、反応圧力などに応じて適宜決めればよい。反応温度が室温(20~25℃)、反応圧力が大気圧(950~1030hPa)の場合は、例えば、3~24時間の範囲とすればよい。
【0035】
第2の工程では、金属イオンを含む溶液で処理して、第1の工程で導入された酸性官能基の金属塩を形成する。
【0036】
第2の工程では、酸性官能基を導入したエポキシ樹脂またはエポキシ樹脂を含む材料などを、金属イオンを含む溶液に所定の温度、圧力、時間で浸漬すればよい。必要に応じて、浸漬液を撹拌してもよい。浸漬の他に、噴霧、塗布などの方法でもよい。
【0037】
金属イオンを含む溶液としては、アルカリ金属、アルカリ土類金属、および遷移金属の金属塩のうちの少なくとも1つを含む溶液が挙げられる。これらのうち、フェントン反応を効率的に触媒するなどの点から、Fe(II)、Fe(III)、Cu(II)、およびLiのうちの少なくとも1つを含む溶液が好ましい。
【0038】
用いる金属イオンの量は、エポキシ樹脂の質量に対して同質量以上とすることが好ましく、2倍以上とすることがより好ましい。用いる金属イオンの量がエポキシ樹脂の質量に対して同質量未満であると、金属塩の形成反応が進行しにくい場合がある。用いる金属イオンの量の上限は、必要以上に過剰でなければ特に制限はない。
【0039】
第2の工程における反応温度は、例えば、0~100℃の範囲であり、20~80℃の範囲が好ましい。反応温度が0℃未満であると、金属塩の形成反応が進行しにくい場合があり、100℃を超えると、溶媒が蒸発していく可能性がある。
【0040】
第2の工程における反応圧力は、例えば、大気圧(950~1030hPa)であり、加圧(例えば、1~2atm)を行ってもよい。
【0041】
第2の工程における反応時間は、反応温度、反応圧力などに応じて適宜決めればよい。反応温度が室温(20~25℃)、反応圧力が大気圧(950~1030hPa)の場合は、例えば、30秒~24時間の範囲とすればよい。
【0042】
第3の工程では、過酸化水素で処理して、第1の工程、第2の工程で酸性官能基の金属塩が導入されたエポキシ樹脂の分解を行う。
【0043】
第3の工程では、酸性官能基の金属塩を導入したエポキシ樹脂またはエポキシ樹脂を含む材料などを、過酸化水素水などの過酸化水素を含む溶液に所定の温度、圧力、時間で浸漬すればよい。必要に応じて、浸漬液を撹拌してもよい。浸漬の他に、噴霧、塗布などの方法でもよい。
【0044】
過酸化水素としては、例えば、過酸化水素水、過炭酸ナトリウムなどを用いればよい。
【0045】
用いる過酸化水素の量は、エポキシ樹脂の質量に対して同質量以上とすることが好ましく、2倍以上とすることがより好ましい。用いる過酸化水素の量がエポキシ樹脂の質量に対して同質量未満であると、エポキシ樹脂の分解反応が進行しにくい場合がある。用いる過酸化水素の量の上限は、必要以上に過剰でなければ特に制限はない。
【0046】
第3の工程における反応温度は、例えば、0~100℃の範囲であり、20~80℃の範囲が好ましい。反応温度が0℃未満であると、エポキシ樹脂の分解反応が進行しにくい場合があり、100℃を超えると、過酸化水素が蒸発していく可能性がある。
【0047】
第3の工程における反応圧力は、例えば、大気圧(950~1030hPa)であり、加圧(例えば、1~2atm)を行ってもよい。
【0048】
第3の工程における反応時間は、反応温度、反応圧力などに応じて適宜決めればよい。反応温度が室温(20~25℃)、反応圧力が大気圧(950~1030hPa)の場合は、例えば、30秒~24時間の範囲とすればよい。
【0049】
本実施形態に係るエポキシ樹脂の分解方法によって、低コストで、大気圧、室温下などの温和な条件でもエポキシ樹脂を分解することができる。本方法では、環境負荷の高い化合物の生成がほとんどない。また、このエポキシ樹脂の分解方法を用いることによって、低コストで、大気圧、室温下などの温和な条件でもエポキシ樹脂を含む材料からエポキシ樹脂以外の成分を回収することができる。
【0050】
エポキシ樹脂を含む材料としては、特に制限はないが、例えば、電気部品、IC封止剤、プリント配線基板などの電子部品、炭素繊維複合材料、水素タンク、塗料などの自動車部品、航空機機体、接着剤などが挙げられる。
【0051】
<炭素繊維複合材料からの炭素繊維の回収方法>
本実施形態に係る炭素繊維複合材料からの炭素繊維の回収方法は、上記エポキシ樹脂の分解方法を用いて、炭素繊維複合材料から炭素繊維を回収する方法である。本方法では、炭素繊維複合材料を酸性溶液で処理して、炭素繊維複合材料に含まれるエポキシ樹脂に酸性官能基を導入する第1の工程と、金属イオンを含む溶液で処理して、酸性官能基の金属塩を形成する第2の工程と、過酸化水素で処理して、酸性官能基の金属塩が導入されたエポキシ樹脂の分解を行う第3の工程と、を含み、第1の工程で用いる酸性溶液として、硫酸、リン酸、硝酸、および塩酸のうちの少なくとも1つを用い、第2の工程で用いる金属イオンを含む溶液として、アルカリ金属、アルカリ土類金属、および遷移金属の金属塩のうちの少なくとも1つを含む溶液を用いる方法である。
【0052】
図1に本実施形態に係る炭素繊維複合材料からの炭素繊維の回収方法の手順の一例を示す。
【0053】
例えば、まず、炭素繊維複合材料(CFRP)を酸性溶液で処理して、炭素繊維複合材料に含まれるエポキシ樹脂に酸性官能基を導入する(第1の工程:酸性官能基導入)。第1の工程において、反応後に例えば、水、有機溶媒などを用いて浸漬、噴霧などの方法によって洗浄してもよい。
【0054】
次に、金属イオンを含む溶液で処理して、第1の工程でエポキシ樹脂に導入された酸性官能基の金属塩を形成する(第2の工程:金属置換)。第2の工程において、反応後に例えば、水、有機溶媒などを用いて浸漬、噴霧などの方法によって洗浄してもよい。
【0055】
次に、過酸化水素で処理して、第1の工程、第2の工程で酸性官能基の金属塩が導入されたエポキシ樹脂の分解を行う(第3の工程:過酸化水素分解)。第3の工程において、反応後に例えば、水、有機溶媒などを用いて浸漬、噴霧などの方法によって洗浄して、炭素繊維を回収することができる。
【0056】
炭素繊維複合材料としては、炭素繊維とエポキシ樹脂とを含む複合材料であればよく、特に制限はないが、例えば、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)、炭素繊維以外のガラス繊維やアラミド繊維などを含むハイブリッド繊維強化プラスチックなどが挙げられる。
【0057】
本実施形態に係る炭素繊維複合材料からの炭素繊維の回収方法によって、低コストで、大気圧、室温下などの温和な条件でも炭素繊維複合材料から炭素繊維を回収することができる。本方法では、環境負荷の高い化合物の生成がほとんどない。
【0058】
本明細書は、以下の実施形態を含む。
【0059】
(1)酸性溶液で処理して、エポキシ樹脂に酸性官能基を導入する第1の工程と、
金属イオンを含む溶液で処理して、前記酸性官能基の金属塩を形成する第2の工程と、
過酸化水素で処理して、前記酸性官能基の金属塩が導入されたエポキシ樹脂の分解を行う第3の工程と、
を含み、
前記第1の工程で用いる前記酸性溶液として、硫酸、リン酸、硝酸、および塩酸のうちの少なくとも1つを用い、
前記第2の工程で用いる前記金属イオンを含む溶液として、アルカリ金属、アルカリ土類金属、および遷移金属の金属塩のうちの少なくとも1つを含む溶液を用いる、エポキシ樹脂の分解方法。
【0060】
(2)(1)に記載のエポキシ樹脂の分解方法であって、
前記第1の工程で用いる前記酸性溶液として、硫酸を用いる、エポキシ樹脂の分解方法。
【0061】
(3)(1)または(2)に記載のエポキシ樹脂の分解方法であって、
前記第2の工程で用いる前記金属イオンを含む溶液として、Fe(II)、Fe(III)、Cu(II)、およびLiのうちの少なくとも1つを含む溶液を用いる、エポキシ樹脂の分解方法。
【0062】
(4)(1)~(3)のいずれか1つに記載のエポキシ樹脂の分解方法を用いて、炭素繊維複合材料から炭素繊維を回収する、炭素繊維複合材料からの炭素繊維の回収方法。
【実施例0063】
以下、実施例および比較例を挙げ、本発明をより具体的に詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0064】
[エポキシ樹脂の作製]
エポキシ基含有化合物(プレポリマー)としてビスフェノールF型エポキシ(三菱ケミカル製、エポキシ当量176g/eq)と、硬化剤として4,4-methylenebis(2,6-diethylaniline)(東京化成)と、を2:1(モル比)の割合で混合し、160℃の恒温槽内で2時間加熱して、直径約5mmの円板形状(おはじき状)のエポキシ樹脂を作製した。
【0065】
<実施例1>
[エポキシ樹脂の酸性溶液処理]
98質量%濃硫酸1mLにエポキシ樹脂約50mgを浸漬し、室温(25℃)で12時間経過後、取り出して超純水で洗浄した。浸漬後のエポキシ樹脂の表面を赤外分光(IR)測定装置(サーモフィッシャーサイエンティフィック製、iS20)で分析した。結果を
図2に示す。
図2の上段は、酸性溶液処理前、中段は、酸性溶液処理後、下段は、金属イオン含有溶液処理(金属塩処理)後のエポキシ樹脂のIRスペクトルを示す。
【0066】
その結果、
図2(中段)に示すように、1200cm
-1、1100cm
-1と1030cm
-1付近にスルホン酸に特徴的なピークが検出されており、エポキシ樹脂の表面がスルホン酸化されていることがわかった。
【0067】
[エポキシ樹脂の金属イオン含有溶液処理]
10mg/mLの濃度で金属塩を溶解させた超純水1mLに酸性溶液処理したエポキシ樹脂を約50mg浸漬し、室温(25℃)で12時間経過後、取り出して超純水で洗浄した。金属塩として、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、フッ化セシウム、酢酸アンモニウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化リチウム、硫酸鉄(II)、硫酸鉄(III)、硫酸銅(II)、硫酸アルミニウム、トリフルオロ酢酸銀、硝酸亜鉛をそれぞれ用いた。結果を
図3に示す。
【0068】
浸漬後のエポキシ樹脂表面をIR法で分析した結果、
図3に示すように、いずれの試料もスルホン酸塩に変換されていることがわかった。スルホン酸とスルホン酸塩の判別は、IRスペクトルの3500~1500cm
-1のベースラインの上昇の有無で行った。スルホン酸はベースラインの上昇が見られ、スルホン酸塩はベースラインの上昇は見られない(
図2の中段と下段参照)。
【0069】
[過酸化水素処理]
スルホン酸塩に変換されたエポキシ樹脂約50mgを30質量%過酸化水素水溶液5mL中に浸漬し、80℃で20分間加熱した。加熱後のエポキシ樹脂の表面をIR法で分析し、エポキシ樹脂の分解の有無を調べた。分解可否の判別は、IRスペクトルの1500cm
-1と750cm
-1付近のピークの有無で行った。スルホン酸化されたエポキシ樹脂の分解が起きていれば、内部の正常なエポキシ樹脂由来の1500cm
-1と750cm
-1付近のピークが出現するはずである。結果を
図4に示す。
【0070】
図4に示すように、特に金属としてLi、Fe(II)、Fe(III)、Cuを用いた場合にエポキシ樹脂由来のピークが出現し、それぞれ、2.4mass%、3.6mass%、4.0mass%、2.0mass%の重量減少が見られたことから、エポキシ樹脂が分解されていることがわかった。
【0071】
<実施例2>
[分解条件の短時間化の検討]
最も分解効果が高かった硫酸鉄(II)を金属イオン含有溶液として用いて、水溶液の濃度と温度、浸漬時間を変えて「金属イオン含有溶液処理」を行った。その後、温度を変えて「過酸化水素処理」を行った。検討した条件と結果を表1、表2に、エポキシ樹脂のIRスペクトルの一例として、25℃の条件で過酸化水素処理を行った結果を
図5に示す。表1、表2において、「〇」は「分解」、「×」は「分解せず」を示す。
【0072】
【0073】
【0074】
80mg/mLの硫酸鉄(II)水溶液に30秒間浸漬し、25℃の30%過酸化水素で30秒間分解することによって、最も早く、低温で分解できることがわかった。
【0075】
<比較例1,2>
[先行技術との比較実験]
同じ条件で「酸性溶液処理」したエポキシ樹脂を過酸化水素水溶液(比較例1)およびフェントン試薬(過酸化水素水溶液+硫酸鉄水溶液)(比較例2)で分解する実験を行った(いずれの実験も30質量%過酸化水素水溶液を用いて、室温(25℃)で実験を行った)。処理後のエポキシ樹脂の表面をIR法で分析し、分解の有無を調べた。過酸化水素水溶液での実験結果を
図6に、フェントン試薬での実験結果を
図7に示す。
【0076】
いずれの試薬を用いた場合でも、1時間経過後の試料においてもエポキシ樹脂の分解は確認されなかった。
【0077】
この結果から、エポキシ樹脂の分解には、過酸化水素と金属イオンの共存が必要であることがわかった。また、酸性溶液処理によってエポキシ樹脂に形成された酸性官能基と金属が金属塩の状態で存在することによって、エポキシ樹脂の分解が速く、低温で達成されることがわかった。
【0078】
<実施例3>
[CFRPの作製]
炭素繊維束にビスフェノール型エポキシ基含有化合物とアミン系硬化剤とを含むエポキシ樹脂未硬化物を含浸させた。170℃の恒温槽内で2時間加熱して、エポキシ樹脂分率25質量%のCFRPを作製した。
【0079】
[CFRPの分解]
98質量%濃硫酸100mLに上記で得られたCFRP約600mgを浸漬し、140℃で30秒経過後、取り出して超純水で洗浄した。
【0080】
80mg/mLの濃度で金属塩を溶解させた超純水5mLに酸性溶液処理したCFRPを約25mg浸漬し、室温(25℃)で1分間経過後、取り出して超純水で洗浄した。
【0081】
スルホン酸塩に変換されたCFRP約25mgを30質量%過酸化水素水溶液5mL中に浸漬し、室温(25℃)で1分間経過後、取り出して超純水で洗浄した。分解後のCFRPを熱重量示差熱分析装置(リガク製、TG8120)を用いて熱重量分析を行い、600℃まで加熱した際の重量減少分からエポキシ樹脂の分解の有無を調べた結果を
図8に示す。
【0082】
600℃まで加熱した際の分解後のCFRPの重量減少量は1.2重量%であり、分解前の25重量%よりも小さかった。この結果より、CFRP中のエポキシ樹脂の分解が確認できた。
【0083】
以上の通り、実施例では、低コストで、大気圧、室温下などの温和な条件でもエポキシ樹脂を分解することができた。また、環境負荷の高い化合物の生成はほとんどなかった。