(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024130313
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに真空部品
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240920BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240920BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20240920BHJP
C21D 8/00 20060101ALN20240920BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D9/46 Z
C21D8/00 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023039969
(22)【出願日】2023-03-14
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】関向 晃太郎
(72)【発明者】
【氏名】河野 明訓
【テーマコード(参考)】
4K032
4K037
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA03
4K032AA04
4K032AA05
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4K037EB06
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4K037EB09
4K037FA03
(57)【要約】
【課題】真空性能及び耐食性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼材を提供する。
【解決手段】質量基準で、C:0.010~0.200%、Si:2.00%以下、Mn:0.01~3.00%、P:0.035%以下、S:0.030%以下、Ni:6.00~14.00%、Cr:20.0~26.0%、Mo:3.00%以下、Cu:0.01~3.00%、Al:0.200%以下、N:0.10~0.25%を含み、残部がFe及び不純物からなり、表面に形成された皮膜中のFe、Cr、Ni、Mo及びMnの合計濃度に対するCrの濃度が40.0質量%以上である、オーステナイト系ステンレス鋼材である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量基準で、C:0.010~0.200%、Si:2.00%以下、Mn:0.01~3.00%、P:0.035%以下、S:0.030%以下、Ni:6.00~14.00%、Cr:20.0~26.0%、Mo:3.00%以下、Cu:0.01~3.00%、Al:0.200%以下、N:0.10~0.25%を含み、残部がFe及び不純物からなり、
表面に形成された皮膜中のFe、Cr、Ni、Mo及びMnの合計濃度に対するCrの濃度が40.0質量%以上である、オーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項2】
質量基準で、B:0.0010~0.0100%、Ca:0.001~0.100%、Mg:0.001~0.100%、REM:0.001~0.100%、Ti:0.001~1.000%、Nb:0.001~1.000%、V:0.001~1.000%、Zr:0.001~1.000%、W:0.001~1.000%、Co:0.001~1.000%、Hf:0.001~1.000%、Ta:0.001~1.000%、Sn:0.001~0.100%から選択される1種以上を更に含む、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項3】
表面の算術平均粗さRaが0.15μm以下である、請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項4】
比透磁率が1.100以下である、請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項5】
孔食電位が0.70V vs.Ag/AgCl以上である、請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項6】
真空部品に用いられる、請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項7】
質量基準で、C:0.010~0.200%、Si:2.00%以下、Mn:0.01~3.00%、P:0.035%以下、S:0.030%以下、Ni:6.00~14.00%、Cr:20.0~26.0%、Mo:3.00%以下、Cu:0.01~3.00%、Al:0.200%以下、N:0.10~0.25%を含み、残部がFe及び不純物からなるステンレス鋼素材に対してCr濃化処理を行う、オーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項8】
前記ステンレス鋼素材は、質量基準で、B:0.0010~0.0100%、Ca:0.001~0.100%、Mg:0.001~0.100%、REM:0.001~0.100%、Ti:0.001~1.000%、Nb:0.001~1.000%、V:0.001~1.000%、Zr:0.001~1.000%、W:0.001~1.000%、Co:0.001~1.000%、Hf:0.001~1.000%、Ta:0.001~1.000%、Sn:0.001~0.100%から選択される1種以上を更に含む、請求項7に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項9】
前記Cr濃化処理は、電解研磨処理、化学研磨処理、不働態化処理から選択される少なくとも1つである、請求項7又は8に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項10】
請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材を含む真空部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに真空部品に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体素子、液晶パネル、薄膜太陽電池などの製造には真空プロセスが必要とされ、その製造に用いられる真空容器や配管などの真空部品の素材として、SUS304やSUS316Lなどのオーステナイト系ステンレス鋼材が用いられている。
【0003】
例えば、特許文献1には、質量%で、C:0.02~0.12%、Si:0.2~2.0、Mn:8.0~15.0%、Cr:15~23%、Ni:5.5~7%未満、N:0.05~0.35%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなるオーステナイト系ステンレス鋼材が提案されている。
また、特許文献2には、二相ステンレス鋼材を真空部品の素材として用いることも提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003-13181号公報
【特許文献2】特開2011-168838号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、真空プロセスによる様々な製品の製造が拡大しており、真空部品に用いられる素材に対して真空性能だけでなく耐食性の向上も要求されてきた。しかしながら、特許文献1のオーステナイト系ステンレス鋼材は、耐食性が十分であるとはいえない。また、特許文献2の二相ステンレス鋼材は、磁性を有するため、真空部品に用いると汚染物質が付着する恐れがある。
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、真空性能及び耐食性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに真空部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼材について鋭意研究を行った結果、Crの含有量を高めつつ所定量のNを含有させることで耐食性を向上させるとともに、表面に形成された皮膜中のFe、Cr、Ni、Mo及びMnの合計濃度に対するCrの濃度を所定の範囲に制御することで真空特性も向上させ得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、質量基準で、C:0.010~0.200%、Si:2.00%以下、Mn:0.01~3.00%、P:0.035%以下、S:0.030%以下、Ni:6.00~14.00%、Cr:20.0~26.0%、Mo:3.00%以下、Cu:0.01~3.00%、Al:0.200%以下、N:0.10~0.25%を含み、残部がFe及び不純物からなり、
表面に形成された皮膜中のFe、Cr、Ni、Mo及びMnの合計濃度に対するCrの濃度が40.0質量%以上である、オーステナイト系ステンレス鋼材である。
【0009】
また、本発明は、質量基準で、C:0.010~0.200%、Si:2.00%以下、Mn:0.01~3.00%、P:0.035%以下、S:0.030%以下、Ni:6.00~14.00%、Cr:20.0~26.0%、Mo:3.00%以下、Cu:0.01~3.00%、Al:0.200%以下、N:0.10~0.25%を含み、残部がFe及び不純物からなるステンレス鋼素材に対してCr濃化処理を行う、オーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法である。
【0010】
さらに、本発明は、前記オーステナイト系ステンレス鋼材を含む真空部品である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、真空性能及び耐食性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに真空部品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
なお、本明細書において成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0013】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、C:0.010~0.200%、Si:2.00%以下、Mn:0.01~3.00%、P:0.035%以下、S:0.030%以下、Ni:6.00~14.00%、Cr:20.0~26.0%、Mo:3.00%以下、Cu:0.01~3.00%、Al:0.200%以下、N:0.10~0.25%を含み、残部がFe及び不純物からなる。
【0014】
ここで、本明細書において「ステンレス鋼材」とは、ステンレス鋼から形成された材料のことを意味し、その材形は特に限定されない。材形の例としては、板状(帯状を含む)、棒状、管状などが挙げられる。また、断面形状がT形、I形などの各種形鋼であってもよい。
また、本明細書において「オーステナイト系」とは、常温で金属組織が主にオーステナイト相であるものを意味する。したがって、「オーステナイト系」には、オーステナイト相以外の相(例えば、フェライト相など)が僅かに含まれるものも包含される。この場合、オーステナイト相以外の相は、一般的に5体積%以下である。
さらに、本明細書において「不純物」とは、ステンレス鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップなどの原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。例えば、不純物には、不可避的不純物も含まれる。不純物としては、例えばOが挙げられる。
なお、各元素の含有量に関して、「xx%以下」を含むとは、xx%以下であるが、0%超(特に、不純物レベル超)の量を含むことを意味する。
【0015】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、必要に応じて、B:0.0010~0.0100%、Ca:0.001~0.100%、Mg:0.001~0.100%、REM:0.001~0.100%、Ti:0.001~1.000%、Nb:0.001~1.000%、V:0.001~1.000%、Zr:0.001~1.000%、W:0.001~1.000%、Co:0.001~1.000%、Hf:0.001~1.000%、Ta:0.001~1.000%、Sn:0.001~0.100%から選択される1種以上を更に含むことができる。
以下、各成分について詳細に説明する。
【0016】
<C:0.010~0.200%>
Cの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性や加工性が低下してしまう。そのため、Cの含有量の上限値は、0.200%、好ましくは0.180%、より好ましくは0.170%に制御される。一方、Cの含有量は少なすぎると、精練コストの上昇につながる。そのため、Cの含有量の下限値は、0.010%、好ましくは0.015%、より好ましくは0.020%に制御される。
【0017】
<Si:2.00%以下>
Siの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、Siの含有量の上限値は、2.00%、好ましくは1.95%、より好ましくは1.90%に制御される。一方、Siの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.01%、より好ましくは0.05%、更に好ましくは0.10%である。
【0018】
<Mn:0.01~3.00%>
Mnは、オーステナイト相(γ相)生成元素である。オーステナイト相の安定度を高める観点から、Mnの含有量の下限値は、0.01%、好ましくは0.10%、より好ましくは0.30%に制御される。ただし、Mnの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性が低下してしまう。そのため、Mnの含有量の上限値は、3.00%、好ましくは2.90%、より好ましくは2.80%に制御される。
【0019】
<P:0.035%以下>
Pの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の製造性が低下してしまう。そのため、Pの含有量の上限値は、0.035%、好ましくは0.034%、より好ましくは0.033%に制御される。一方、Pの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.005%、更に好ましくは0.010%である。
【0020】
<S:0.030%以下>
Sの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の製造性が低下してしまう。そのため、Sの含有量の上限値は、0.030%、好ましくは0.029%、より好ましくは0.028%に制御される。一方、Sの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0003%、更に好ましくは0.0005%である。
【0021】
<Ni:6.00~14.00%>
Niは、Mnと同様にオーステナイト相(γ相)生成元素である。Niは高価であるため、含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、Niの含有量の上限値は、14.00%、好ましくは13.80%、より好ましくは13.50%に制御される。一方、Niの含有量は少なすぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性が低下する。そのため、Niの含有量の下限値は、6.00%、好ましくは6.10%、より好ましくは6.20%に制御される。
【0022】
<Cr:20.0~26.0%>
Crの含有量は多すぎると、金属間化合物(σ相)の生成が促進されるため、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、Crの含有量の上限値は、26.0%、好ましくは25.8%、より好ましくは25.5%に制御される。一方、Crの含有量は少なすぎると、耐食性が十分に得られない。そのため、Crの含有量の下限値は、20.0%、好ましくは20.5%に制御される。
【0023】
<Mo:3.00%以下>
Moは高価であるため、Moの含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、Moの含有量の上限値は、3.00%、好ましくは2.80%、より好ましくは2.50%に制御される。一方、Moの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.002%、更に好ましくは0.003%である。
【0024】
<Cu:0.01~3.00%>
Cuの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性が低下してしまう。そのため、Cuの含有量の上限値は、3.00%、好ましくは2.90%、より好ましくは2.80%に制御される。一方、Cuの含有量は少なすぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、Cuの含有量の下限値は、0.01%、好ましくは0.02%、より好ましくは0.05%に制御される。
【0025】
<Al:0.200%以下>
Alの含有量は多すぎると、介在物の生成量が増加して品質を低下させてしまう。そのため、Alの含有量の上限値は、0.200%、好ましくは0.190%、より好ましくは0.180%に制御される。一方、Alの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0005%、更に好ましくは0.001%である。
【0026】
<N:0.10~0.25%>
Nの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、Nの含有量の上限値は、0.25%、好ましくは0.24%、より好ましくは0.23%に制御される。一方、Nの含有量は少なすぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性が十分に得られない。そのため、Nの含有量の下限値は、0.10%、好ましくは0.11%、より好ましくは0.12%に制御される。
【0027】
<B:0.0010~0.0100%>
Bの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐食性が低下してしまう。そのため、Bの含有量の上限値は、0.0100%、好ましくは0.0060%、より好ましくは0.0040%に制御される。一方、Bの含有量は少なすぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の製造性(熱間加工性)が低下してしまう。そのため、Bの含有量の下限値は、0.0010%、好ましくは0.0015%に制御される。
【0028】
<Ca:0.001~0.100%>
Caは、製造性(熱間加工性)を向上させるための元素である。Caによる効果を得る観点から、Caの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Caの含有量は多すぎると、介在物の生成量が増加して品質を低下させてしまう。そのため、Caの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.050%に制御される。
【0029】
<Mg:0.001~0.100%>
Mgは、製造性(熱間加工性)を向上させるための元素である。Mgによる効果を得る観点から、Mgの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Mgの含有量は多すぎると、介在物の生成量が増加して品質を低下させてしまう。そのため、Mgの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.050%に制御される。
【0030】
<REM:0.001~0.100%>
REMは、製造性(熱間加工性)を向上させるための元素である。REMによる効果を得る観点から、REMの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、REMは高価であるため、REMの含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、REMの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.050%に制御される。
【0031】
<Ti:0.001~1.000%>
Tiは、鋼中のCを固定して耐粒界腐食性を向上させるための元素である。Tiによる効果を得る観点から、Tiの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Tiの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性が低下するとともに製造コストの上昇につながる。そのため、Tiの含有量の上限値は、1.000%、好ましくは0.800%、より好ましくは0.500%に制御される。
【0032】
<Nb:0.001~1.000%>
Nbは、鋼中のCを固定して耐粒界腐食性を向上させるための元素である。Nbによる効果を得る観点から、Nbの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Nbの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性が低下するとともに製造コストの上昇につながる。そのため、Nbの含有量の上限値は、1.000%、好ましくは0.800%、より好ましくは0.500%に制御される。
【0033】
<V:0.001~1.000%>
Vは、耐食性を向上させるための元素である。Vによる効果を得る観点から、Vの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Vの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下するとともに製造コストの上昇につながる。そのため、Vの含有量の上限値は、1.000%、好ましくは0.800%、より好ましくは0.500%に制御される。
【0034】
<Zr:0.001~1.000%>
Zrは、耐食性を向上させるための元素である。Zrによる効果を得る観点から、Zrの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Zrの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下するとともに製造コストの上昇につながる。そのため、Zrの含有量の上限値は、1.000%、好ましくは0.800%、より好ましくは0.500%に制御される。
【0035】
<W:0.001~1.000%>
Wは、耐食性を向上させるための元素である。Wによる効果を得る観点から、Wの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Wの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下するとともに製造コストの上昇につながる。そのため、Wの含有量の上限値は、1.000%、好ましくは0.800%、より好ましくは0.500%に制御される。
【0036】
<Co:0.001~1.000%>
Coは、耐食性を向上させるための元素である。Coによる効果を得る観点から、Coの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Coの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下するとともに製造コストの上昇につながる。そのため、Coの含有量の上限値は、1.000%、好ましくは0.800%、より好ましくは0.500%に制御される。
【0037】
<Hf:0.001~1.000%>
Hfは、耐食性を向上させるための元素である。Hfによる効果を得る観点から、Hfの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Hfの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下するとともに製造コストの上昇につながる。そのため、Hfの含有量の上限値は、1.000%、好ましくは0.800%、より好ましくは0.500%に制御される。
【0038】
<Ta:0.001~1.000%>
Taは、耐食性を向上させるための元素である。Taによる効果を得る観点から、Taの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Taの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下するとともに製造コストの上昇につながる。そのため、Taの含有量の上限値は、1.000%、好ましくは0.800%、より好ましくは0.500%に制御される。
【0039】
<Sn:0.001~0.100%>
Snは、耐食性を向上させるための元素である。Snによる効果を得る観点から、Snの含有量の下限値は、0.001%、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%に制御される。また、Snの含有量は多すぎると、オーステナイト系ステンレス鋼材の製造性が低下してしまう。そのため、Snの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.050%、より好ましくは0.030%に制御される。
【0040】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、表面に形成された皮膜中のFe、Cr、Ni、Mo及びMnの合計濃度に対するCrの濃度[Cr/(Fe+Cr+Ni+Mo+Mn)×100]が40.0%以上である。
オーステナイト系ステンレス鋼材の表面に形成された皮膜は、Crが濃化した酸化皮膜(不働態皮膜)である。この皮膜は、電解研磨などのCr濃化処理によって形成される。この皮膜において、Fe、Cr、Ni、Mo及びMnの合計濃度に対するCrの濃度を40.0%以上に制御することにより、真空性能を向上させることができる。また、この皮膜の耐食性も向上する。この効果を安定して確保する観点から、このCr濃度は41.0%以上が好ましく、41.5%以上がより好ましい。なお、このCr濃度の上限値は、特に限定されないが、一般的に70.0%、好ましくは60.0%である。
ここで、皮膜中のFe、Cr、Ni、Mo及びMnの合計濃度に対するCr濃度は、オージェ電子分光法(AES)を用いて皮膜の深さ方向の分析を行い、Cr濃度が最大となる深さ位置で算出する。
【0041】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、表面の算術平均粗さRaが0.15μm以下であることが好ましく、0.12μm以下であることがより好ましい。このような範囲に表面の算術平均粗さRaを制御することにより、水などが捕捉され難くなるため、真空性能を向上させることができる。なお、表面の算術平均粗さRaの下限値は、低いほど真空性能が向上するため、特に限定されない。
ここで、本明細書において「算術平均粗さRa」とは、JIS B0601:2013に準拠して測定される算術平均粗さRaを意味する。
【0042】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、比透磁率が1.100以下であることが好ましく、1.050以下であることがより好ましく、1.010以下であることが更に好ましい。このような範囲の比透磁率であれば、汚染物質が付着し難くなるため、真空性能を向上させることができる。なお、比透磁率の下限値は、低いほど真空性能が向上するため、特に限定されない。
ここで、比透磁率は、透磁率を真空の透磁率で除することによって算出される。透磁率は、市販の磁力計を用いて測定される磁場-磁化曲線の傾きを求めることによって得ることができる。
【0043】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、孔食電位が0.70V vs.Ag/AgCl以上であることが好ましく、0.80V vs.Ag/AgCl以上であることがより好ましく、0.85V vs.Ag/AgCl以上であることが更に好ましい。このような範囲の孔食電位であれば耐食性に優れていると評価できる。なお、孔食電位の上限値は、特に限定されないが、例えば2.00V vs.Ag/AgClである。
ここで、孔食電位は、JIS G0577:2014に準拠して測定することができる。具体的には、以下のようにして求めることができる。まず、オーステナイト系ステンレス鋼材から測定用試験片を作製する。次に、Ar脱気を十分に行った3.5%のNaCl溶液(温度30℃)中に測定用試験片を浸漬し、自然電位から20mV/分で動電位アノード分極を行い、孔食電位を測定する。孔食電位は、電流が100μA/cm2流れたときの電位とする。この測定は試験数を5とし、それらの平均値を孔食電位の結果とする。
【0044】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材の種類は、特に限定されない。例えば、本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、熱延材、冷延材などの圧延材であってもよいし、鋳造材などであってもよいが、圧延材(特に、冷延材)であることが好ましい。
【0045】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、真空性能及び耐食性に優れているため、当該特性が要求される各種用途で用いることができる。特に、本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、半導体素子、液晶パネル、薄膜太陽電池などの製造に用いられる真空容器や配管などの真空部品に使用するのに好適である。
【0046】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法は、上記の特徴を有するオーステナイト系ステンレス鋼材を製造可能な方法であれば特に限定されない。以下、本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法の一例について説明する。
【0047】
本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法は、上記の組成を有するステンレス鋼素材に対してCr濃化処理を行うことによって製造することができる。Cr濃化処理を行うことにより、Crが富化した皮膜(不働態皮膜)が表面に形成される。この皮膜は、Cr濃度が40.0%以上であるため、真空性能を向上させることができる。また、この皮膜の耐食性も向上する。
【0048】
Cr濃化処理が行われるステンレス鋼素材としては、特に限定されず、熱延材、冷延材などの圧延材であってもよいし、鋳造材などであってもよい。また、圧延材には、焼鈍や酸洗などが行われていてもよい。ステンレス鋼素材の製造方法は、特に限定されず、公知の方法に準じて行うことができる。
【0049】
Cr濃化処理としては、特に限定されず、公知の方法を用いることができる。Cr濃化処理の例としては、電解研磨処理、化学研磨処理、不働態化(パッシベーション)処理などが挙げられる。これらの処理は、1つ又は複数を組み合わせて行うことができる。
Cr濃化処理の条件としては、特に限定されず、使用する処理方法に応じて適宜設定すればよい。また、Cr濃化処理の前には、機械研磨などの前処理を行ってもよい。
【0050】
本発明の実施形態に係る真空部品は、オーステナイト系ステンレス鋼材を含む。
本発明の実施形態に係る真空部品において、オーステナイト系ステンレス鋼材は、適切な形状に加工されていてよく、溶接などが行われていてもよい。
また、本発明の実施形態に係る真空部品は、オーステナイト系ステンレス鋼材に加えて、オーステナイト系ステンレス鋼材以外の部材を含むことができる。
真空部品としては、特に限定されないが、半導体素子、液晶パネル、薄膜太陽電池などの製造に用いられる真空容器や配管などの各種部品が挙げられる。
【実施例0051】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0052】
表1に示す組成(残部はFe及び不純物である)を有するステンレス鋼30kgを真空溶解で溶製し、厚さ30mmの板に鍛造した後、1230℃で2時間加熱し、厚さ4mmに熱間圧延して熱延板を得た。次に、熱延板を焼鈍して酸洗することによって熱延焼鈍板を得た。次に、熱延焼鈍板を厚さ1.5mmに冷間圧延して冷延板を得た。次に、冷延板を焼鈍して酸洗することによって冷延焼鈍板を得た。
【0053】
【0054】
上記で得られた冷延焼鈍板に対して、#600の研磨材による湿式研磨を行った後、リン酸系電解研磨液(リン酸及び硫酸の混酸)を用い、0.1~3A/cm2の電流密度で20~30μmの電解研磨を行った。なお、比較例1については、湿式研磨及び電解研磨を行わず、比較例2については湿式研磨のみを行った。
上記で得られたオーステナイト系ステンレス鋼板(鋼種Iは、フェライト・オーステナイト二相系ステンレス鋼板)に対して以下の評価を行った。
【0055】
<皮膜中のFe、Cr、Ni、Mo及びMnの合計濃度に対するCrの濃度(皮膜中のCr濃度)>
オーステナイト系ステンレス鋼板から10mm角の板状の試験片を切り出した。この試験片について、オージェ電子分光法(AES)を用いて皮膜の深さ方向の分析を行った。この分析では、Cr濃度が最大となる深さ位置において、Fe、Cr、Ni、Mo及びMnの合計濃度に対するCrの濃度を算出した。Crの濃度は、Cr/(Fe+Cr+Ni+Mo+Mn)×100によって算出した。
【0056】
<表面の算術平均粗さRa>
オーステナイト系ステンレス鋼板の表面について、JIS B0601:2013に準拠し、接触式の表面粗さ計(株式会社東京精密製サーフコム2800)を用いて算術平均粗さRaを測定した。この測定では、試験数を5とし、それらの平均値を算術平均粗さRaの結果とした。また、この評価において、算術平均粗さRaが0.15μm以下であれば、水などが捕捉され難くなるため、真空性能が良好であると判断できる。
【0057】
<比透磁率>
オーステナイト系ステンレス鋼板から直径5mmの円盤状の試験片を切り出した。この試験片について、試料振動型磁力計(理研電子株式会社製、BHV525)を用い、掃引速度1000エルステッド/分で1000エルステッドの磁場を加えて磁化させ、そこで得られた磁場-磁化曲線の傾きより透磁率を求めた。透磁率は、真空の透磁率(4π×10-7H/m)で除して比透磁率とした。透磁率の測定は、試験数を5とし、それらの平均値を比透磁率の結果とした。この評価において、比透磁率が1.100以下であれば、汚染物質が付着し難くなるため、真空性能が良好であると判断できる。
【0058】
<ガス放出特性(真空性能)>
オーステナイト系ステンレス鋼板から20mm角の板状の試験片を切り出し、昇温脱離ガス分析計を用いてガス放出特性を評価した。具体的には、試料ステージ上に試験片を置き、ステージ昇温速度10℃/分で200℃まで昇温する過程で脱離する水及び水素を定量した。常温における真空排気特性(ガス放出特性)は、昇温脱離ガス分析での100~130℃で脱離するイオン電流強度に対応することが報告されている。この報告に基き、SUS304鋼(比較例6)の当該温度における水及び水素のイオン電流強度の和に対する評価試料のイオン電流強度の相対比の数値を求めた。この評価において、相対比の数値が0.80以下であれば、放出ガスが少なくなるため真空性能が良好であると判断できる。
【0059】
<孔食電位(耐食性)>
JIS G0577:2014に準拠し、孔食電位を測定した。まず、オーステナイト系ステンレス鋼板の幅方向中央部から15mm×20mmの試験片を切り出した。次に、この試験片の電極面(露出部分)が10mm×10mmとなるように、電極面以外の部分をシリコーン樹脂で絶縁被覆して測定用試験片を得た。次に、Ar脱気を十分に行った3.5%のNaCl溶液(温度30℃)中に測定用試験片を浸漬し、自然電位から20mV/分で動電位アノード分極を行い、孔食電位を測定した。孔食電位は、電流が100μA/cm2流れたときの電位とした。この測定は試験数を5とし、それらの平均値を孔食電位の結果とした。この評価において、孔食電位が0.70V vs.Ag/AgCl以上であれば耐食性が良好であると判断できる。
【0060】
上記の各評価結果を表2に示す。
【0061】
【0062】
表2に示されるように、実施例1~6のオーステナイト系ステンレス鋼板は、所定の組成及び皮膜中のCrの濃度を満たしているため、算術平均粗さRa、比透磁率、ガス放出特性及び孔食電位の結果が全て良好であり、真空性能及び耐食性に優れていた。
これに対して比較例1及び2のオーステナイト系ステンレス鋼板は、皮膜中のCrの濃度が所定の範囲外であったため、ガス放出特性(真空性能)が十分でなかった。また、比較例1は、算術平均粗さRaも高くなった。
比較例3のオーステナイト系ステンレス鋼板は、Crの含有量が少なく、また、皮膜中のCrの濃度も所定の範囲外であったため、ガス放出特性(真空性能)及び孔食電位(耐食性)が十分でなかった。
比較例4のオーステナイト系ステンレス鋼板は、Mn及びNの含有量が多すぎたため、ガス放出特性(真空性能)及び孔食電位(耐食性)が十分でなかった。
比較例5は、Niの含有量が少なすぎるため、フェライト・オーステナイト二相系ステンレス鋼板となってしまった。そのため、比透磁率及びガス放出特性の結果が不良となり、真空性能が十分でなかった。
比較例6のオーステナイト系ステンレス鋼板は、Cr及びNの含有量が少なく、また、皮膜中のCrの濃度も所定の範囲外であったため、ガス放出特性(真空性能)及び孔食電位(耐食性)が十分でなかった。
【0063】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、真空性能及び耐食性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに真空部品を提供することができる。