(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024130594
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20240920BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20240920BHJP
C23C 14/32 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 A
C23C14/32 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023040425
(22)【出願日】2023-03-15
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】近藤 佑宥
【テーマコード(参考)】
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C046FF02
3C046FF03
3C046FF04
3C046FF05
3C046FF11
3C046FF13
3C046FF17
3C046FF21
3C046FF23
3C046FF24
3C046FF25
4K029AA02
4K029BA58
4K029BA60
4K029BD05
4K029CA04
4K029DD06
4K029EA03
4K029EA08
(57)【要約】 (修正有)
【課題】Ti合金等の難削材の切削加工でも優れた耐久性を有する被覆工具の提供。
【解決手段】被覆層は、基材側の第1層で、基材からもっとも離れた層の第2層の交互積層を有し、第1層の平均組成は、(Al
aCr
bX
c)N(XはSi、Bの少なくとも一種。a、bおよびcは原子比。0.40≦a≦0.75、0.20≦b≦0.50、0.01≦c≦0.20、a+b+c=1)であり、第2層の平均組成は、(Al
dCr
eV
f)N(d、eおよびfは原子比。0.40≦d≦0.75、0.05≦e≦0.40、0.05≦f≦0.40、d+e+f=1)であって、0.05<|a/(a+b)-d/(d+e+f)|<0.30であり、交互積層の基材側の層からi番目(1≦i≦n、nは積層数)となる第1層の平均厚さをαi(nm)、i番目となる第2層の平均厚さをβi(nm)とするとき、αi/βiは、iの増加に従って減少する表面被覆切削工具。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と該基材上の被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
前記被覆層は、前記基材側の層が第1層で、前記基材からもっとも離れた層が第2層となる前記第1層と前記第2層の交互積層を有し、
前記第1層の平均組成は、(AlaCrbXc)N(XはSi、Bの少なくとも一種。a、bおよびcは原子比。0.40≦a≦0.75、0.20≦b≦0.50、0.10≦c≦0.20、a+b+c=1)であり、
前記第2層の平均組成は、(AldCreVf)N(d、eおよびfは原子比。0.40≦d≦0.75、0.50≦e≦0.40、0.50≦f≦0.40、d+e+f=1)であって、
0.05<|a/(a+b)-d/(d+e+f)|<0.30であり、
前記交互積層の前記基材側の層からi番目(1≦i≦n、nは積層数)となる前記第1層の平均厚さをαi(nm)、前記i番目となる前記第2層の平均厚さをβi(nm)とするとき、αi/βiは、iの増加に従って減少する
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、切削工具の寿命を向上させるために、炭化タングステン(以下、WCという)基超硬合金等の基材の表面に、被覆層を形成した被覆工具が知られている。
そして、被覆工具のより一層の切削性能を向上させるために、被覆層の組成や構造について、種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、基材表面にCrおよびAlと、C、N、O、Bから選択される少なくとも1種以上の元素とから構成される被覆層を1層以上被覆し、該被覆層の少なくとも1層はSiを含有し、該Siを含む被覆層は固溶体相で結晶構造はfccである被覆工具が記載され、前記被覆層はナノ粒子の分散強化により耐酸化性に優れ高温強度が高いため、前記被覆工具は耐アブレッシブ摩耗性に優れるとされている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、被覆層は第1層と第2層とを交互に各2層以上積層してなり、前記第1層は、Al(100-x-y-z)Cr(x)V(y)B(z)(20≦x≦40,2≦y≦15,5≦z≦15)であって、Nと不可避不純物を含み、前記第2層は、Al(100-u-v-w)Cr(u)V(v)B(w)(20≦u≦40,0≦v≦5,0≦w≦5)あって、Nと不可避不純物を含み、y≧v、z-5≧wである被覆工具が記載され、該被覆層は高い硬度と潤滑性を有するため、前記被覆工具は耐摩耗性に優れるとされている。
【0005】
さらに、例えば、特許文献3には、被覆層が(Alb,[Cr1-αVα]c)(C1-dNd)(0.5≦b≦0.8、0.2≦c≦0.5、b+c=1、0.05≦α≦0.95、0.5≦d≦1)を有する被覆工具が記載され、前記被覆層がVの添加により乾式切削において潤滑性を与えるため、前記被覆工具は耐摩耗性が向上しているとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004-106183号公報
【特許文献2】特開2009-56549号公報
【特許文献3】特開2003-34859号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記事情や前記提案を鑑みてなされたものであって、オーステナイト系ステンレス鋼、析出硬化系ステンレス鋼、Ti合金、Ni合金等の難削材の切削加工であっても、優れた耐久性を有する被覆工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具は、
基材と該基材上の被覆層を有し、
前記被覆層は、前記基材側の層が第1層で、前記基材からもっとも離れた層が第2層となる前記第1層と前記第2層の交互積層を有し、
前記第1層の平均組成は、(AlaCrbXc)N(XはSi、Bの少なくとも一種。a、bおよびcは原子比。0.40≦a≦0.75、0.20≦b≦0.50、0.01≦c≦0.20、a+b+c=1)であり、
前記第2層の平均組成は、(AldCreVf)N(d、eおよびfは原子比。0.40≦d≦0.75、0.05≦e≦0.40、0.05≦f≦0.40、d+e+f=1)であって、
0.05<|a/(a+b)-d/(d+e+f)|<0.30であり、
前記交互積層の前記基材側の層からi番目(1≦i≦n、nは積層数)となる前記第1層の平均厚さをαi(nm)、前記i番目となる前記第2層の平均厚さをβi(nm)とするとき、αi/βiは、iの増加に従って減少する。
【発明の効果】
【0009】
前記表面被覆切削工具は、オーステナイト系ステンレス鋼、析出硬化系ステンレス鋼、Ti合金、Ni合金等の難削材の切削加工であっても、優れた耐久性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具の縦断面の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者は、ステンレス鋼、Ti合金、Ni合金等の難削材の切削加工であっても耐久性を有する表面被覆切削工具を得るために鋭意検討を行い、次の知見を得た。
1.公知の被覆層について検討したところ、以下の事項を認識した。
【0012】
(1)AlCrN単層の被覆層は、切削時の高温によって生じるAlとCrからなる酸化膜が非常に緻密であり、酸素の拡散を防止するため、耐酸化性に優れものの、AlNとCrNの格子定数の差が小さいため、被覆層内で歪みが生じ難く、硬度の向上があまり見込まれない。そのため、硬度向上が必要である。
【0013】
(2)AlCrSiN被覆層は、耐酸化性を有し、Si3N4が粒界に析出することにより結晶が微粒化し被覆層が高硬度化するものの、Si量が多いとh-AlNが析出する可能性があり、Si量が少ないとSi含有による耐酸化性向上が十分でない。さらに、Siの添加により基材との密着性の低下や被覆層の自己破壊を起こす可能性がある。そのため、基材との密着力の向上が必要である。
【0014】
(3)AlCrBN被覆層は、耐酸化性を有し、BNが粒界に析出して被覆層が高硬度化するものの、B添加によって密着性の低下や膜の自己破壊を起こす可能性がありB量が多いとh-AlNが析出する可能性があり、B量が少ないとB含有による耐酸化性向上が十分でない。そのため、基材との密着力の向上が必要である。
【0015】
(4)AlCrVN被覆層は、切削時の高温によって生じる酸化により生成されるV2O5の融点が625度と非常に低く、切削加工時には液相で存在するため、潤滑性の向上により切削加工時の刃先温度を低下させるものの、VNが軟質であり、AlCrVN被覆層自体も軟質となるため、硬度向上が必要である。
【0016】
2.そこで、これら被覆層を単独で使用するのではなく、これらの層の利点を組み合わせることを検討した。すなわち、以下の(a)~(e)の事項を想起し本発明を導出したのである。
【0017】
(a)AlCrXN(XはSi、Bの少なくとも一種)層とAlCrVN層を組み合わせて被覆層を構成することにより、被覆層にAlCrVN層を含んでいても硬度を確保できる。
(b)AlCrVN層を被覆層の表面に設けることにより、切削加工時の温度を低減させ、さらに、被覆層の表面側でAlCrVN層の厚くすることにより、切削加工の初期から切削温度の低減ができる。
【0018】
(c)被覆層の基材側でAlCrXN(XはSi、Bの少なくとも一種)層を厚くすることにより、切削加工の終期で耐酸化性の向上ができる。
(d)異なるAl含有量の層を積層することにより、格子定数の違いに起因する高硬度化が可能である。
(e)基材上にAlCrN層を設けることにより、被覆層と基材との密着性がより向上する。
【0019】
以下では、本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具について説明する。
なお、本明細書および特許請求の範囲において、数値範囲を「L~M」(L、Mは共に数値)で表現するときは、「L以上、M以下」と同義であり、その範囲は上限値(M)および下限値(L)を含んでおり、上限値のみに単位が記載されているとき、上限値(M)と下限値(L)の単位は同じである。
【0020】
また、本明細書、特許請求の範囲でいう基材の表面とは、被覆層の最も基材の表面に近い層と基材との界面の粗さ曲線について、平均線(直線)を算術的に求めたものである。この平均線を求める方法によれば、基材が曲面の表面を有する場合であっても、被覆層の厚さに対して工具径(基材の径)が十分に大きければ、被覆層と基材の界面は平面と扱うことできるため、同様に基材の表面を求めることができる。
さらに、縦断面とは、工具基材表面の微小な凹凸をないものとして平面と扱ったとき、この面に垂直な断面をいう。
【0021】
図1に、本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具の縦断面の一例を示す模式図を示す。この図によれば、基材(1)に最も近い層が第1層(2)であるAlCrXN(XはSi、Bの少なくとも一種)と基材(1)からもっとも離れた層が第2層(3)AlCrVN
となる第1層(2)と第2層(3)の交互積層(4)を有している。また、基材(1)と交互積層(4)との間には密着層(5)を選択的に設けてもよい(密着層(5)はなくてもよい。また、最表面に上部層(図示省略)を有してもよい)。そして、交互積層(4)、密着層(5)および上部層は被覆層(6)を構成する。
以下、順に説明する。
【0022】
1.被覆層
被覆層に含まれる交互積層は、第1層と第2層が交互に積層したものである。
【0023】
(1)第1層の平均組成
第1層の平均組成は、(AlaCrbXc)N(XはSi、Bの少なくとも一種。a、bおよびcは原子比。0.40≦a≦0.75、0.20≦b≦0.50、0.01≦c≦0.20、a+b+c=1)であることが好ましい。
平均組成として、この範囲が好ましい理由は、以下のとおりである。なお、a、b、cは原子比である。
【0024】
・aについて
aが0.40未満の場合には、第1層の硬さが十分でなく耐摩耗性に劣り、一方で、0.75を超える場合には、六方晶構造の結晶粒が形成されやすくなって、硬度が低下し十分な耐摩耗性を得ることができなくためである。
【0025】
・bについて
bが0.20未満の場合には、第1層の結晶構造が立方晶とはならず、硬度の低下により耐摩耗性が低下し、一方、0.50を超えると、軟質なCrNの割合が増加するため、硬度が低下し、耐摩耗性が低下するためである。
【0026】
・cについて
cが0.01未満であると耐酸化性向上効果を十分に得られず、一方で、0.20を超えると、結晶粒径が極端に微粒化することにより硬度の低下を招くため十分な耐摩耗性を得ることができないためである。
【0027】
(2)第2層の平均組成
第2層の平均組成は、(AldCreVf)N(d、eおよびfは原子比。0.40≦d≦0.75、0.05≦e≦0.40、0.05≦f≦0.40、d+e+f=1)であることが好ましい。
平均組成として、この範囲が好ましい理由は、以下のとおりである。なお、d、e、fは原子比である。
【0028】
・dについて
dが0.40未満の場合には、第2層の硬さが低下し、一方で、dが0.75を超える場合には、六方晶構造の結晶粒が形成されやすくなり、硬度が低下し十分な耐摩耗性を得ることができなくなるためである。
【0029】
・eについて
eが0.05未満であると、軟質なVNの割合が増えてしまうため、十分な耐摩耗性が得られず、一方で、0.40を上回ると、AlもしくはVの含有量が減るため、十分な耐酸化性、潤滑性を得ることができないためである。
【0030】
・fについて
fが0.05未満であると、十分な潤滑性向上効果を得られず、一方で、fが0.40を超えると軟質なVNの割合が増加してしまうことにより、膜全体の硬度が低下するためである。
【0031】
(3)第1層の平均組成と第2層の平均組成との関係
第1層の平均組成を規定するa、b、cと、第2層の平均組成を規定するd、e、fとの間には、次の関係が成り立つことが好ましい。
0.05<|a/(a+b)-d/(d+e+f)|<0.30
すなわち、0.05以下であると、第1層と第2との間で格子歪みの付与が小さく、被覆層の硬度が十分に向上せず、一方、0.30以上となると、この格子歪みが大きくなりすぎて、交互積層において層間剥離を起こす可能性がある。
【0032】
なお、(AlaCrbXc)NにおけるAlaCrbXcとNとの比、および、(AldCreVf)NにおけるAldCreVfとNとの比は、共に、1:1となるように成膜するが、成膜中の温度や圧力の意図しない変動のために、1:1とならないものが存在することがある。このことは他の窒化物においても同様である。
【0033】
(4)第1層と第2層の平均厚さの変化
交互積層の基材側の層からi番目(1≦i≦n、nは積層数)となる第1層の平均厚さをαi(nm)、前記i番目となる第2層の平均厚さをβi(nm)とするとき、αi/βiは、iの増加に従って減少することが好ましい。
ここで、減少するとは、iをX軸、αi/βiをY軸としてプロットした点に対して最小二乗法を用いて近似したとき、その傾きが負であることをいう。そして、この傾きは-0.010~-0.800であることがより好ましい。
【0034】
第1層と第2層の平均厚さの変化がこのようであると、切削加工の初期から潤滑性の向上による切削温度の抑制ができ、切削終期で重要となる被覆層の耐酸化性および耐熱性が向上する。
【0035】
(5)その他の層
(5-1)存在がより好ましい層
第1層と第2層の交互積層だけでも、前述の課題は十分に解決できるが、この交互積層の他に、基材とこの交互積層との間に密着層、および/または、この交互積層の工具表面側に上部層を、選択的に設けてもよい。
【0036】
ア 密着層
密着層は、基材と第1層と第2層の交互積層をより強固に結合させるために設けてもよい。密着層としては、AlとTiとの複合窒化物層、AlとTiとSiの複合窒化物層(これらの層の組成は化学量論的組成に限定されない)、AlとCrとの複合窒化物層(AlgCr100-gN(gは原子比としたとき0.50≦g≦0.70が好ましい。gが0.50未満の場合には、第1層の硬さが十分でなく耐摩耗性に劣り、一方で、0.70を超える場合には、六方晶構造の結晶粒が形成されやすくなり、それにより密着力の低下につながる虞れがある)が例示できるが、これらに限られるものではない。なお、この密着層の平均厚さは、例えば、0.3~5.0μmでよい。
【0037】
イ 上部層
上部層は、TiN層が例示できる。TiN層が黄金色の色調を有することから、例えば、被覆工具が未使用であるか使用されたものであるかを被覆工具表面の色調変化によって、判別する識別層とすることができる。
なお、この識別層としてのTiN層の平均厚みは、例えば、0.1~1.0μmでよい。
【0038】
(5-2)偶発的に生じる可能性のある層
本実施形態では、第1層、第2層、密着層および上部層以外は存在しないように成膜される。しかし、成膜すべき層の種類を変更する際に、成膜装置内の圧力変化や温度の変動が意図せずに発生することがあり、これら層とは組成の異なった層がこれらの層の間に(意図せずに)偶発的に形成されることがある。この層のことを偶発的に生じる可能性のある層という。
【0039】
3.基材
(1)材質
本実施形態に使用する基材は、従来公知の基材の材質であれば、前述の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。例えば、WC基超硬合金(WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Ta、Nb等の炭化物または炭窒化物を添加したものも含むもの)、サーメット(例えば、TiC、TiN、TiCNを主成分とするもの)、セラミックス(例えば、炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム)、cBN焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0040】
(2)形状
基材の形状は、切削工具として用いられる形状であれば特段の制約はなく、インサートの形状、エンドミルの形状、ドリルの形状が例示できる。
【0041】
4.測定方法
(1)平均厚さ
収束イオンビーム(Focused Ion Beam:FIB)装置を用いて縦断面(基材表面の微小な凹凸をないものとみなして、この基材表面に垂直な面)を切り出し、走査型電子顕微鏡(SEM)または透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、全ての種類の層に対して、それぞれ、5箇所で測定し(観察倍率は、厚さの測定が可能な倍率であればよく、第1層と第2層の厚さ測定では50,000~500,000倍である)、その平均値を各層の平均厚さとする。
【0042】
(2)平均組成
SEMまたはTEMを用いたエネルギー分散型X線分析法(EDS)、オージェ電子分光法(Auger Electron Spectroscopy:AES)や電子線マイクロアナライザー(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)を用いた縦断面の測定により、第1層、第2層、密着層および上部層の成分組成を全ての層に対して、各層ごとに5箇所測定し、その平均値から平均組成を算出する。
【0043】
5.製造方法
第1および第2実施形態の被覆層は、例えば、次のようなPVD法により製造できる。
すなわち、アークイオンプレーティング(Arc Ion Plating:AIP)装置内を窒素雰囲気とし、
第1層の形成のために、Ala’Crb’M1Xc’(XはB、Siの少なくとも1種、40≦a’≦75、20≦b’≦50、1≦c’≦20、a’+b’+c’=100)のターゲット(AlCrX合金のターゲット)、
第2層の形成のために、Ald’Cre’Vf’(40≦d’≦75、5≦e’≦40、5≦f’≦40、d’+e’+f’=100)のターゲット(AlCrV合金のターゲット)、
さらに、必要により、
密着層の形成のために、所望の複合窒化物層に応じた、例えばAlTi、AlTiSi、AlCrの各合金のターゲット、
上部層の形成のために、例えばTiのターゲット、
を用意し、
これらターゲットとアノード電極との間にアーク放電を順次発生させて所定の平均厚さの密着層、第1層、第2層、上部層を成膜する。なお、各ターゲットの組成は、原子の整数比で表している。
【実施例0044】
以下、実施例をあげて本発明を説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0045】
(1)基体の製造
原料粉末として、WC粉末、TiC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示されるように配合した。その後、ワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形した。
【0046】
この圧粉体を真空焼結し、直径が6mmの基体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに前記丸棒焼結体から、研削加工にて、切刃部の直径×長さが6mm×13mmの寸法で4枚刃スクエア形状をもったWC基超硬合金製のエンドミル基体1~4を製造した。
そして、この基体1~4のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥させた。
【0047】
(2)被覆層の製造
AIP装置の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に、基体を外周部にそって装着し、AIP装置に所定組成のAlCrX合金のターゲット(カソード電極)を、所定組成のAlCrV合金のターゲット、さらに、密着層形成のための、AlTi、AlTiSi、AlCrの各合金のターゲット、上部層の形成のための、Tiのターゲットを配置した。
【0048】
前記基体1~4のそれぞれをボンバード処理の後に、以下の手順で被覆層を成膜した。
【0049】
1)密着層の成膜
いくつかの実施例では、次の手順により密着層を成膜した。
AIP装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して、表4に示すように、密着層成膜用に3.5Paの窒素雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転する前記基体の温度を480℃に維持すると共に、-45Vの直流バイアス電圧を印加し、成膜する密着層の組成に対応したAlCr、AlTi、AlTiSi各合金のターゲット(表4を参照)とアノード電極との間にアーク放電を発生させ、もって前記基体の表面に、密着層を成膜した。
【0050】
2)第1層の成膜
AIP装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入してAlCrX合金のターゲットとアノード電極との間にアーク放電を発生させて、第1層の成膜を行った。窒素雰囲気圧力、基体温度、バイアス電圧は、表2に示されるものであった。
【0051】
3)第2層の成膜
AlCrV合金ターゲットとアノード電極との間にてアーク放電を発生させて、第2層の成膜を行った。窒素雰囲気圧力、基体温度、バイアス電圧は、表2に示されるものであった。
【0052】
4)第1層と第2層が交互に積層した交互積層の成膜
前記2)と3)の成膜を所定数繰り返して、表6に示す層数の第1層と第2層が交互に積層した層を成膜した(交互積層になるように成膜したから、第1層と第2層の積層数は同数であった。)。
【0053】
5)上部層の成膜
いくつかの実施例では、次の手順により上部層を成膜した。
AIP装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して、表4に示すように、上部層成膜用に窒素雰囲気の圧力を4.0Paとすると共に、前記回転テーブル上で自転する前記基体の温度を500℃に維持すると共に、-75Vのバイアス電圧を印加し、成膜する上部層の組成に対応したTiターゲットとアノード電極との間にアーク放電を発生させ上部層を成膜した。
【0054】
以上の手順により、表5、6に記載した実施例の表面被覆インサート1~9(実施例1~9という)をそれぞれ製造した。
【0055】
(3)比較例
比較のために、前記基体1~4のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、AIP装置の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着し、実施例1~9と同様にボンバード処理を行い表3に示す成膜条件1’~9’に従って、表7、8に示される比較例の表面被覆インサート1’~9’(以下、比較例1’~9’という)をそれぞれ製造した(交互積層になるように成膜したから、第1層と第2層の積層数は同数であった。)。
【0056】
前記で製造した実施例1~9および比較例1’~9’について、前述の方法を用いて、平均組成および平均厚さを算出した。表6、8でいう「傾き」とは、αi/βiの傾きである。
【0057】
【0058】
【0059】
【0060】
【0061】
表2~4のターゲット組成は、各原子の原子比の和が100となるように表記している。
【0062】
【0063】
表5において、第1層および第2層の組成は、各金属原子の原子比の和が1となるように表記している。
【0064】
【0065】
【0066】
表7において、第1層および第2層の組成は、各金属原子の原子比の和が1となるように表記している。
【0067】
【0068】
次に、前記実施例1~9および比較例1’~9’について、いずれもミーリングチャックに固定治具にて固定した状態で、下記の切削条件1~3によるTi基合金、ステンレス鋼、Ni基合金の3種類の湿式連続切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
【0069】
<切削条件1>
被削材:平面寸法250mm×100mm、厚さ60mmのTi-6Al-4Vの板材
切削速度:100 m/min.
回転速度:5500 min-1.
切り込み:ae 0.3 mm、ap 6 mm
送り速度(1刃当り):0.08 mm/tooth
切削長:200 m、
切削油:水溶性クーラント
【0070】
<切削条件2>
被削材:平面寸法250mm×150mm、厚さ60mmのSUS304の板材
切削速度:100 m/min.
回転速度:5500 min-1.
切り込み:ae 0.3 mm、ap 6 mm
送り速度(1刃当り):0.08 mm/tooth
切削長:300 m、
切削油:水溶性クーラント
【0071】
<切削条件3>
被削材:平面寸法50mm×150mm、厚さ250mmのNi基耐熱合金(Cr18質量%-Fe18質量%-Nb5質量%-Mo3質量%-Ti1質量%-Al0.5質量%-Ni残部)の板材、
切削速度:100m/min.
切込み量:ap 2.4mm、ae 0.3mm
切削長:50m
送り量:0.05mm/tooth
切削油剤:水溶性クーラント
【0072】
表9~11にこれら3種の切削試験の結果を示す。
【0073】
【0074】
表9において、比較例の欄の(※)は、剥離、溶着、チッピングや摩耗等が原因で使用寿命に至るまでの切削距離(m)を示している。
【0075】
【0076】
【0077】
表9~11に示される結果から、実施例1~9は、いずれも、Ti基合金、ステンレス鋼およびNi基合金の高速切削加工であっても、被覆層の剥離、溶着、チッピングや摩耗がなく、優れた耐久性を有することがわかる。
これに対して、比較例1’~9’は、いずれも、Ti基合金、ステンレス鋼およびNi基合金のいずれの高速切削加工であっても切削加工時の熱的負荷、機械的負荷により被覆層の剥離、溶着、チッピングや摩耗が発生し、短い工具寿命であった。
【0078】
本発明に係る被覆工具は、Ti基合金に加え、Ni基耐熱合金、ステンレス鋼のような同じく溶着性が高く、切刃に大きな熱的、機械的付加が作用する材料を切削加工に供した場合であっても、優れた耐久性を発揮する。