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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024013079
(43)【公開日】2024-01-31
(54)【発明の名称】浸炭窒化用鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240124BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240124BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20240124BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/60
C21D8/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022115004
(22)【出願日】2022-07-19
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】江頭 誠
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032BA02
4K032CA02
4K032CA03
4K032CB01
4K032CB02
4K032CC04
4K032CD01
4K032CD02
4K032CD03
(57)【要約】
【課題】浸炭窒化処理後において高い強度および優れた靭性を有する浸炭窒化用鋼材の提供。
【解決手段】化学組成が、質量%で、C:0.10~0.30%、Si:0.50%以下、Mn:1.15~2.00%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Al:0.005~0.080%、Cr:0.20~0.64%、N:0.001~0.020%、Mo:0.32~0.60%、およびO:0.0030%以下を含有し、且つ、下記式(1)を満たし、セメンタイト中のMn濃度が1.70質量%以上であることを特徴とする浸炭窒化用鋼材を採用する。
0.12×Mn-0.62×Cr+3.15×Mo≧0.80質量% (1)
ただし、上記式(1)中のMn、CrおよびMoは当該元素の質量%での含有量を示す。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.10~0.30%、
Si:0.50%以下、
Mn:1.15~2.00%、
P :0.050%以下、
S :0.050%以下、
Al:0.005~0.080%、
Cr:0.20~0.64%、
N :0.001~0.020%、
Mo:0.32~0.60%、および
O :0.0030%以下を含有し、
残部がFeおよび不純物からなり、
下記式(1)を満たし、セメンタイト中のMn濃度が1.70質量%以上であることを特徴とする浸炭窒化用鋼材。
0.12×Mn-0.62×Cr+3.15×Mo≧0.80質量% (1)
ただし、上記式(1)中のMn、CrおよびMoは当該元素の質量%での含有量を示す。
【請求項2】
化学組成が、質量%で、
C :0.10~0.30%、
Si:0.50%以下、
Mn:1.15~2.00%、
P :0.050%以下、
S :0.050%以下、
Al:0.005~0.080%、
Cr:0.20~0.64%、
N :0.001~0.020%、
Mo:0.32~0.60%、および
O :0.0030%以下を含有し、
さらに下記A群、B群、およびC群からなる群から選択される1種または2種以上を含有し、
残部がFeおよび不純物からなり、
下記式(1)を満たし、セメンタイト中のMn濃度が1.70質量%以上であることを特徴とする浸炭窒化用鋼材。
0.12×Mn-0.62×Cr+3.15×Mo≧0.80質量% (1)
ただし、上記式(1)中のMn、CrおよびMoは当該元素の質量%での含有量を示す。
[A群]
Ti:0.005%以下、
V :0.010%以下、
Nb:0.010%以下、および
B :0.0015%以下
からなる群から選択される1種または2種以上
[B群]
Cu:0.30%以下、
Ni:0.30%以下、および
Sn:0.100%以下
からなる群から選択される1種または2種
[C群]
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下
からなる群から選択される1種または2種
【請求項3】
質量%で、前記A群を含有する化学組成を有する請求項2に記載の浸炭窒化用鋼材。
【請求項4】
質量%で、前記B群を含有する化学組成を有する請求項2に記載の浸炭窒化用鋼材。
【請求項5】
質量%で、前記C群を含有する化学組成を有する請求項2に記載の浸炭窒化用鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭窒化用鋼材、より具体的には浸炭窒化処理して使用される鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用部品、産業機械用部品および建設機械用部品などの機械構造部品は、例えば疲労強度の向上のために表面硬化処理が施される場合がある。
【0003】
種々の表面硬化処理のうち、上記のような機械構造部品には、浸炭処理が施される場合が多い。浸炭処理された部品の表面には硬化層が形成される。この硬化層により、高い疲労強度が得られるばかりか、部品の芯部も熱処理されるため、高い靭性が得られる。
【0004】
近年では、浸炭処理のみを行うことに代わり、浸炭処理後に窒化を行う浸炭窒化処理が行われる場合がある。浸炭処理により硬化層が形成され、窒化により窒素が硬化層に導入されることによって軟化抵抗が上昇する。これにより、部品使用時に発熱した場合の硬化層の軟化を抑制でき、使用時においても高い疲労強度を維持することができる。
【0005】
一方、硬化層に窒素を導入することにより、窒化物が形成されることによる靭性の低下が懸念される。浸炭処理に一般的に用いられる鋼にはSi、CrやTiが含まれており、これらの元素は窒素と結合することで窒化物を形成しやすいためである。特に、鋼がTi、V、NbやBを含有する場合には、窒化物が粗大になるため、より靭性が低下する場合がある。
【0006】
そこで、浸炭窒化処理を行っても、高い強度および優れた靭性を有する鋼が求められている。
【0007】
例えば、特許文献1には、鋼成分が、質量%でC:0.10~0.30%、Si:0.30%以下、P:0.03%未満、S:0.03%未満、Cr:0.7%以下、Mo:0.01~0.60%、Al:0.0010~0.0800%、N:0.0010~0.0150%、Ti:0.010~0.0800%、B:0.0005~0.0030%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、かつ式(1)、式(2)を満たすことを特徴とする浸炭窒化用鋼に関する技術が開示されている。
F1>-1.95・・式(1)
F2<10.0・・式(2)
ただし、
F1=-1.71[C]+0.52[Si]-0.59[Mn]-0.50[Cu]-0.23[Ni]-0.18[Cr]-1.71[Mo]
F2=236.61[Si]2-31.04[Si]+33.92[Cr]2-18.48[Cr]+23.92[Si][Mn]
(F1、F2の式中[ ]は、[ ]内元素の含有質量%を示す。)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2020-29608号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献1には、Si、Cr、Mn等の量を規定することにより、浸炭窒化処理における窒化物の析出を少なくすることができる、と開示されている。しかし、特許文献1では、焼入れ性を高めるためにBを含有させ、B窒化物を避けるためにTiを過剰に含有しており、Ti窒化物による靭性の低下については検討されていない。
【0010】
本発明は上記現状に鑑みてなされたもので、浸炭窒化処理後において高い強度および優れた靭性を有する浸炭窒化用鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0012】
(1)本発明の一態様に係る浸炭窒化用鋼材は、化学組成が、質量%で、
C :0.10~0.30%、
Si:0.50%以下、
Mn:1.15~2.00%、
P :0.050%以下、
S :0.050%以下、
Al:0.005~0.080%、
Cr:0.20~0.64%、
N :0.001~0.020%、
Mo:0.32~0.60%、および
O :0.0030%以下を含有し、
残部がFeおよび不純物からなり、
下記式(1)を満たし、セメンタイト中のMn濃度が1.70質量%以上である。
0.12×Mn-0.62×Cr+3.15×Mo≧0.80質量% (1)
ただし、上記式(1)中のMn、CrおよびMoは当該元素の質量%での含有量を示す。
(2)本発明の別の態様に係る浸炭窒化用鋼材は、化学組成が、質量%で、
C :0.10~0.30%、
Si:0.50%以下、
Mn:1.15~2.00%、
P :0.050%以下、
S :0.050%以下、
Al:0.005~0.080%、
Cr:0.20~0.64%、
N :0.001~0.020%、
Mo:0.32~0.60%、および
O :0.0030%以下を含有し、
さらに下記A群、B群、およびC群からなる群から選択される1種または2種以上を含有し、
残部がFeおよび不純物からなり、
下記式(1)を満たし、セメンタイト中のMn濃度が1.70質量%以上である。
0.12×Mn-0.62×Cr+3.15×Mo≧0.80質量% (1)
ただし、上記式(1)中のMn、CrおよびMoは当該元素の質量%での含有量を示す。
[A群]
Ti:0.005%以下、
V :0.010%以下、
Nb:0.010%以下、および
B :0.0015%以下
からなる群から選択される1種または2種以上
[B群]
Cu:0.30%以下、
Ni:0.30%以下、および
Sn:0.100%以下
からなる群から選択される1種または2種
[C群]
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下
からなる群から選択される1種または2種
(3)上記(2)に記載の浸炭窒化用鋼材は、質量%で、前記A群を含有する化学組成を有してもよい。
(4)上記(2)に記載の浸炭窒化用鋼材は、質量%で、前記B群を含有する化学組成を有してもよい。
(5)上記(2)に記載の浸炭窒化用鋼材は、質量%で、前記C群を含有する化学組成を有してもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る上記一態様によれば、浸炭窒化処理後において高い強度および優れた靭性を有する浸炭窒化用鋼材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本実施形態に係る浸炭窒化用鋼材の各要件について詳しく説明する。なお、本実施形態において浸炭窒化用鋼材とは、必要に応じて部品形状に加工された後、浸炭窒化処理されてから使用される(例えば機械構造部品として使用される)鋼材のことをいう。
【0015】
<化学組成について>
まず、本実施形態に係る浸炭窒化用鋼材の化学組成について説明する。以下に記載する「~」を挟んで記載される数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。「未満」、「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。化学組成についての「%」は全て「質量%」を意味する。
【0016】
本実施形態に係る浸炭窒化用鋼材の化学組成は、質量%で、C:0.10~0.30%、Si:0.50%以下、Mn:1.15~2.00%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Al:0.005~0.080%、Cr:0.20~0.64%、N:0.001~0.020%、Mo:0.32~0.60%、O:0.0030%以下、並びに、残部:Feおよび不純物を含む。以下、各元素について説明する。
【0017】
C:0.10~0.30%
炭素(C)は、浸炭窒化処理後の機械構造部品(以下、単に「部品」と記載する場合がある)の強度を高める。部品において所望の強度を得るために、C含有量は0.10%以上とする。好ましくは0.12%以上である。
しかしながら、C含有量が高すぎると、部品の芯部の強度が高くなりすぎて、靭性が低下する。したがって、C含有量は0.30%以下とする。好ましくは0.28%以下である。
【0018】
Si:0.50%以下
珪素(Si)は、鋼を脱酸する効果を有する。一方、Siは、浸炭窒化処理時に窒化物を形成することで、部品の強度を低下させる。したがって、Si含有量は0.50%以下とする。好ましくは0.45%以下であり、より好ましくは0.40%以下、0.40%未満または0.35%以下である。
Si含有量の下限は特に限定しないが、0.01%以上または0.05%以上としてもよい。
【0019】
Mn:1.15~2.00%
マンガン(Mn)は、浸炭窒化処理後の部品の強度を高める。また、Mnは、セメンタイト中に固溶することで部品の靭性を高める。Mn含有量が1.15%未満であると、これらの効果を得ることができない。そのため、Mn含有量は1.15%以上とする。好ましくは1.20%以上である。
一方、Mn含有量が2.00%超であると、浸炭窒化処理時に窒化物を形成することで、部品の強度を低下させる。したがって、Mn含有量は2.00%以下とする。好ましくは1.80%以下である。
【0020】
P:0.050%以下
燐(P)は、鋼中に不可避的に含有される。Pは鋼中で偏析しやすく、局所的な延性低下の原因となる。特に、P含有量が0.050%を超えると、局所的な延性低下が著しくなる。したがって、P含有量は0.050%以下とする。好ましくは0.030%以下である。
P含有量の下限値は特に限定しないが、0%超または0.002%以上としてもよい。
【0021】
S:0.050%以下
硫黄(S)は、鋼中に不可避的に含有される。Sは鋼中でMnと結合してMnSを形成し、熱間圧延時の割れ発生の原因となる。したがって、S含有量は0.050%以下とする。好ましくは、0.040%以下である。
S含有量の下限値は特に限定しないが、0%超または0.005%以上としてもよい。
【0022】
Al:0.005~0.080%
アルミニウム(Al)は脱酸剤として有効な元素である。Al含有量が0.005%未満であると、その効果が得られない。そのため、Al含有量は0.005%以上とする。好ましくは0.010%以上である。
一方、Al含有量が0.080%超であると、浸炭窒化処理時に窒化物を形成することで、部品の強度を低下させる。したがって、Al含有量は0.080%以下とする。好ましくは、0.060%以下である。
【0023】
Cr:0.20~0.64%
クロム(Cr)は、鋼の焼入れ性を高め、浸炭窒化処理後の部品の強度を高める。Cr含有量が0.20%未満であると、この効果が得られない。そのため、Cr含有量は0.20%以上とする。好ましくは0.25%以上である。
一方、本実施形態に係る浸炭窒化用鋼材の化学組成において、Cr含有量が0.64%超であると、セメンタイト中のMn固溶量を低下させることで、部品の靭性が低下する。したがって、本実施形態においては、Cr含有量は0.64%以下とする。好ましくは0.60%未満である。
【0024】
N:0.001~0.020%
窒素(N)は、鋼中のTiと結合してTiNを形成することにより、固溶Ti量を低減する。固溶Ti量が低減されると、浸炭窒化処理時に粗大なTiNが生成しなくなり、靭性低下を抑制することができる。この効果を得るため、N含有量は0.001%以上とする。好ましくは0.005%以上である。
一方、N含有量が0.020%超であると、浸炭窒化処理を行わずともTiNが過剰に析出してしまう。浸炭窒化処理前にTiNが過剰に析出すると、浸炭窒化処理後においてもTiNが多量に残存することで、部品の靭性が劣化する。したがって、N含有量は0.020%以下とする。好ましくは0.018%以下である。
【0025】
Mo:0.32~0.60%
モリブデン(Mo)は、鋼の焼入れ性を高め、浸炭窒化処理後の部品の強度を高める。また、Moは、セメンタイト中のMn固溶量を高め、部品の靭性を向上させる。Mo含有量が0.32%未満であると、この効果が得られない。そのため、Mo含有量は0.32%以上とする。好ましくは0.35%以上である。
一方、Mo含有量が0.60%超であると、浸炭窒化用鋼材の強度が高くなりすぎて加工性が劣化する。したがって、Mo含有量は0.60%以下とする。好ましくは0.55%以下である。
【0026】
O:0.0030%以下
Oは、鋼中に多く含まれると破壊の起点となる粗大な酸化物を形成し、部品の靭性を劣化させる。そのため、O含有量は0.0030%以下とする。O含有量は、好ましくは0.0020%以下、より好ましくは0.0015%以下である。
O含有量の下限値は特に限定しないが、0%以上としてもよく、0%超または0.0005%以上としてもよい。
【0027】
0.12×Mn-0.62×Cr+3.15×Mo≧0.80質量% (1)
本実施形態の浸炭窒化用鋼材では、セメンタイト中のMn濃度を好ましく制御するため、合金元素の含有量を制御することが重要である。特に、Mn含有量と、セメンタイトへの固溶度が高く、セメンタイト中のMn濃度を低下させるCr含有量と、セメンタイトを安定化するMo含有量とを制御することが重量である。上記式(1)の左辺が0.80質量%未満の場合、セメンタイト中のMn濃度を好ましく制御できない場合がある。そのため、上記式(1)の左辺は0.80質量%以上とする。
なお、上記式(1)の左辺の上限は特に規定されないが、合金コストの観点から2.00質量%以下とすることが好ましい。また、上記式(1)の左辺は、1.70質量%以下、1.65質量%以下、1.40質量%以下または1.30質量%以下としてもよい。
【0028】
本実施形態に係る浸炭窒化用鋼材の化学組成の残部はFeおよび不純物であってもよい。本実施形態において不純物とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入し、本実施形態に係る浸炭窒化用鋼材の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。
【0029】
本実施形態に係る浸炭窒化用鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、任意元素として、さらに下記A群、B群およびC群からなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。以下の任意元素を含有しない場合の含有量は0%である。
[A群]
Ti:0.005%以下、
V :0.010%以下、
Nb:0.010%以下、および
B :0.0015%以下
からなる群から選択される1種または2種以上
[B群]
Cu:0.30%以下、
Ni:0.30%以下、および
Sn:0.100%以下
からなる群から選択される1種または2種
[C群]
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下
からなる群から選択される1種または2種
【0030】
Ti:0.005%以下
V :0.010%以下
Nb:0.010%以下
B :0.0015%以下
チタン(Ti)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)およびボロン(B)は、浸炭窒化処理時に鋼中のNと結合して窒化物を形成する。これらの元素の含有量が多すぎると、粗大な窒化物を形成することで部品の芯部の靭性を低下させる。従って、Ti含有量は0.005%以下、V含有量は0.010%以下、Nb含有量は0.010%以下、B含有量は0.0015%以下とする。好ましくは、Ti含有量は0.004%以下または0.003%以下であり、V含有量は0.005%以下または0.003%以下であり、Nb含有量は0.005%以下または0.003%以下であり、B含有量は0.0010%以下または0.0005%以下である。
これらの元素は含有されないことが好ましいため、Ti、V、NbおよびBの含有量は0%であってもよい。
【0031】
Cu:0.30%以下
銅(Cu)は部品の強度を高める。この効果を得るためにCuを含有させてもよい。この効果を確実に得るためには、Cu含有量は0.02%以上とすることが好ましい。
しかしながら、Cu含有量が0.30%超であると、部品の靭性が低下する。したがって、Cu含有量は0.30%以下とする。好ましくは0.25%以下である。
【0032】
Ni:0.30%以下
ニッケル(Ni)は部品の強度を高める。この効果を得るためにNiを含有させてもよい。この効果を確実に得るためには、Ni含有量は0.02%以上とすることが好ましい。
しかしながら、Ni含有量が0.30%超であると、部品の強度が高くなり靭性が低下する。したがって、Ni含有量は0.30%以下とすることが好ましい。好ましくは0.25%以下である。
【0033】
Sn:0.100%以下
錫(Sn)は部品の強度を高める。この効果を得るためにSnを含有させてもよい。この効果を確実に得るためには、Sn含有量は0.020%以上とすることが好ましい。
しかしながら、Sn含有量が0.100%超であると、部品の靭性が低下する。したがって、Sn含有量は0.100%以下とすることが好ましい。好ましくは0.050%以下である。
【0034】
Ca:0.0050%以下
カルシウム(Ca)は部品の製造時における被削性を高めるために添加しても良い。この効果を得るためには0.0005%以上とすることが好ましい。
しかしながら、Ca含有量が0.0050%超であると、粗大な酸化物を形成して部品の靭性が劣化する場合がある。したがって、Caを含有させる場合、Ca含有量は0.0050%以下とする。Ca含有量は、好ましくは0.0025%以下である。
【0035】
Mg:0.0050%以下
マグネシウム(Mg)は部品の製造時における被削性を高めるために添加しても良い。この効果を得るためには0.0005%以上とすることが好ましい。
しかしながら、Mg含有量が0.0050%超であると、粗大な酸化物を形成して部品の靭性が劣化する場合がある。したがって、Mgを含有させる場合、Mg含有量は0.0050%以下とする。Mg含有量は、好ましくは0.0025%以下である。
【0036】
上述した浸炭窒化用鋼材の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。
なお、各元素含有量は、本実施形態で規定された有効数字に基づいて、測定された数値の端数を四捨五入して、本実施形態で規定された各元素含有量の最小桁までの数値とする。
【0037】
セメンタイト中のMn濃度:1.70質量%以上
本実施形態に係る浸炭窒化用鋼材では、セメンタイト中のMn濃度を1.70質量%以上とする。セメンタイト中のMn濃度を1.70質量%以上とすることで、浸炭窒化処理後の部品の芯部において高い靭性を発揮させることができる。セメンタイト中のMn濃度を高めることで、浸炭窒化処理後の靭性が向上するメカニズムの詳細は不明であるが、焼入れ時の加熱におけるオーステナイト中の固溶Mn分布などが影響していると本発明者は推測する。
なお、セメンタイト中のMn濃度が高すぎても上記効果は飽和するため、上限は3.00質量%以下としてもよい。
【0038】
浸炭窒化用鋼の製造方法
次に、本実施形態に係る浸炭窒化用鋼材の好適な製造方法について説明する。下記製造方法によれば、本実施形態に係る浸炭窒化用鋼材を安定的に製造することができる。
【0039】
まず、上述の化学組成を有する鋼を溶製し、鋳片を製造する。製造された鋳片を分塊圧延し、鋼片を製造する。得られた鋼片を熱間圧延することで、浸炭窒化用鋼材を得る。このとき、オーステナイト中にMnを十分に固溶させるため、鋼片の加熱温度は1050℃以上、加熱時間は1時間以上とすることが好ましい。また、セメンタイト中へMnが濃化する時間を十分に確保するため、セメンタイト変態温度は高いことが好ましい。そのため、熱間圧延の仕上げ加工温度を850℃以上とし、仕上げ加工での減面率を30%以上とし、かつ、仕上げ加工後の平均冷却速度を0.5℃/s以上とすることが好ましい。
【実施例0040】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0041】
一次精錬及び二次精錬を実施して溶鋼を製造し、連続鋳造により表1に示す化学組成の鋳片を得た。製造された鋳片を分塊圧延し、鋼片を製造した。得られた鋼片を1150℃に1.5時間加熱し、熱間圧延の仕上げ加工温度を900℃とし、仕上げ加工での減面率を40%とし、仕上げ加工後から300℃までの平均冷却速度を1.0℃/sとして、60mm径の丸棒鋼を得た。
【0042】
得られた丸棒鋼の中心線を含む長手方向に平行な断面上の、棒鋼横断面半径の1/2深さ部(周面から15mm深さ部)が観察できるように、ミクロ組織観察用の試験片を採取した。この試験片の組織をナイタール腐食により光学顕微鏡で観察したところ、すべてフェライトパーライト組織であった。さらに、走査型電子顕微鏡(SEM)でミクロ組織を観察し、SEMに付属したエネルギー分散型X線分光装置(EDS)を用いてセメンタイト中のMn量を定量分析した。SEMによる観察は、倍率2000倍で、5視野を観察し、二次電子像観察視野におけるパーライト組織(フェライトとセメンタイトの層状組織)中に白色で観察される部分をセメンタイトと判別し、そのセメンタイトについてEDS分析を行うことで、セメンタイト中のMn濃度を得た。EDS分析時の加速電圧は20kVとし、各視野1点の測定を行い、計5点の測定で得られたセメンタイト中のMn濃度の平均値を測定値とした。
得られた測定値を表1に示す。
【0043】
また、丸棒鋼を直径30mmの試験片に加工したものを800℃で60分間加熱する、オーステナイト化処理を行った。その後、室温の油中に浸漬することで焼入れを行った。その後、150℃で60分間加熱する焼戻しを行うことで、丸棒試験片を得た。この丸棒試験片は、鋼に対して浸炭窒化処理を行った場合の部品の芯部を模擬したものである。得られた丸棒鋼の半径1/2位置を中心とした引張試験片および衝撃試験片を採取した。引張試験片は、JIS Z 2241:2011に準拠した、平行部長さ35mm、平行部直径5mm、つかみ部直径10mmの14A号の棒状試験片とした。この棒状試験片5本を用いて、JIS Z 2241:2011に準拠した引張試験を行うことで、平均の引張強さTS(GPa)を求めた。
また、衝撃試験片は、JIS Z 2242:2018に準拠して、長さ55mm、断面10mm角、ノッチ深さ2mm、ノッチ底半径1mmのUノッチ試験片とした。ノッチは丸棒の表面側に近い面に加工した。このUノッチ試験片5本を用い、JIS Z 2242:2018に準拠して室温にてシャルピー衝撃試験を行うことで、平均の吸収エネルギー(J/cm)を求めた。
表2に試験結果を示す。
【0044】
得られた吸収エネルギーが100J/cm以上であり、且つ、吸収エネルギーと引張強さTSとの積が115J/cm・GPa以上であった場合、浸炭窒化処理後において高い強度および優れた靭性が得られたと判断した。
いずれか一方でも満たさなかった場合、浸炭窒化処理後において高い強度および優れた靭性が得られなかったと判断した。
【0045】
【表1】
【0046】
【表2】
【0047】
表1および表2を見ると、本発明例に係る浸炭窒化用鋼材では、浸炭窒化処理後において高い強度および優れた靭性が得られたことが分かる。一方、比較例に係る浸炭窒化用鋼材では、高い強度および優れた靭性が得られなかったことが分かる。