(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024130860
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】抗微生物性部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B32B 15/04 20060101AFI20240920BHJP
C08J 7/00 20060101ALI20240920BHJP
C22C 9/02 20060101ALI20240920BHJP
C22C 13/00 20060101ALI20240920BHJP
C23C 14/14 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
B32B15/04 Z
C08J7/00 301
C08J7/00 CER
C08J7/00 CEZ
C22C9/02
C22C13/00
C23C14/14 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023040795
(22)【出願日】2023-03-15
(71)【出願人】
【識別番号】000005887
【氏名又は名称】三井化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】弁理士法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】廣田 幸治
(72)【発明者】
【氏名】福本 晴彦
【テーマコード(参考)】
4F073
4F100
4K029
【Fターム(参考)】
4F073AA01
4F073AA28
4F073BA24
4F073GA03
4F100AA20C
4F100AB17B
4F100AB21B
4F100AB31B
4F100AK42A
4F100AT00A
4F100BA02
4F100BA03
4F100BA10A
4F100BA10B
4F100DA00A
4F100DD07B
4F100DE01C
4F100EH662
4F100EH66B
4F100JC00
4F100JK09
4F100YY00A
4K029AA11
4K029BA21
4K029CA01
4K029DB04
4K029DB21
4K029FA07
(57)【要約】 (修正有)
【課題】例えば人の手が頻繁に触れても、摩耗しにくく、耐擦性の良好な銅-錫合金層を有する抗微生物性部材を提供する。
【解決手段】三次元形状の基材と、前記基材上に配置され、銅と錫の合計100原子%に対して、銅を40~90原子%含み、かつ錫を10~60原子%含む銅-錫合金層とを含み、前記銅-錫合金層の表面のJIS B0601:2013で定義されるスキューネスRskが0.5以上である、抗微生物性部材。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
三次元形状の基材と、
前記基材上に配置され、銅と錫の合計100原子%に対して、銅を40~90原子%含み、かつ錫を10~60原子%含む銅-錫合金層と
を含み、
前記銅-錫合金層の表面のJIS B0601:2013で定義されるスキューネスRskが0.5以上である、
抗微生物性部材。
【請求項2】
前記基材と前記銅-錫合金層との間に配置され、シリカ微粒子を主成分とするシリカ含有層をさらに有する、
請求項1に記載の抗微生物性部材。
【請求項3】
前記銅-錫合金層の表面のJIS B0601:2013で定義される2乗平均高さRqが、0.008μm以上である、
請求項1又は2に記載の抗微生物性部材。
【請求項4】
前記銅-錫合金層の表面のJIS B0601:2013で定義される突出谷部深さRvkが、0.010μm以上である、
請求項1又は2に記載の抗微生物性部材。
【請求項5】
前記銅-錫合金層の表面のJIS B0601:2013で定義される平均高さRcが0.014μm以上である、
請求項1又は2に記載の抗微生物性部材。
【請求項6】
前記銅-錫合金層の厚みは、1~200nmである、
請求項1又は2に記載の抗微生物性部材。
【請求項7】
三次元形状の基材の表面を、有機ケイ素化合物を含む火炎を用いてフレーム処理して、シリカ含有層を形成する工程と、
前記基材の前記シリカ含有層が形成された面上に、蒸着法により、銅と錫の合計100原子%に対して銅を40~90原子%含み、かつ錫を10~60原子%含む銅-錫合金層を形成する工程と
を含む、
抗微生物性部材の製造方法。
【請求項8】
前記基材の前記シリカ含有層が形成された面の、JIS B0601:2013で定義されるスキューネスRskが0.5以上である、
請求項7に記載の抗微生物性部材の製造方法。
【請求項9】
前記基材の前記シリカ含有層が形成された面の、JIS B0601:2013で定義される2乗平均高さRqが、0.008μm以上である、
請求項7又は8に記載の抗微生物性部材の製造方法。
【請求項10】
前記基材の前記シリカ含有層が形成された面の、JIS B0601:2013で定義される突出谷部深さRvkが、0.010μm以上である、
請求項7又は8に記載の抗微生物性部材の製造方法。
【請求項11】
前記基材の前記シリカ含有層が形成された面の、JIS B0601:2013で定義される平均高さRcが0.014μm以上である、
請求項7又は8に記載の抗微生物性部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗微生物性部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
物品の衛生を維持するために、抗微生物性を有する物質を物品表面に付与することがある。抗微生物性を付与する手段としては、物品の表面に抗菌剤を練りこんだり、抗菌剤を含む塗料を塗布したりすることが広く行われている。しかしながら、これらの方法では、表面における抗微生物剤の存在割合が少ないため、十分な抗微生物性が得られにくい。
【0003】
高い抗微生物性を付与する方法として、物品の表面に、銅、銀及びそれらを含む合金等の金属薄膜を設ける方法も知られている。例えば、特許文献1では、粗面化処理が施された樹脂基材層と、当該樹脂基材層の粗面化処理面上に配置された銅-錫系合金薄膜とを含み、銅-錫系合金薄膜の厚みが2~1500nmである抗微生物性材料が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、感染症予防等の観点から、様々な対象物に対して抗微生物性を付与できることが求められている。特に、マイクの持ち手やドアノブ、手術に用いるメス等のように、人の手が常時触れるような物に対しても抗微生物性を付与できることが求められる。
【0006】
これらの物に抗微生物性を付与するには、抗微生物性の金属薄膜が、摩擦によって摩耗したり、剥がれたりしにくいこと、即ち、耐擦性を有することが求められる。
【0007】
耐擦性を高める方法としては、例えば特許文献1に示されるように、対象物の表面を粗面化処理することにより、金属薄膜の密着性を高める方法が知られている。しかしながら、当該粗面化処理だけでは、上記のような物にも適用できるような高い耐擦性を得ることは難しかった。
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、例えば人の手が頻繁に触れても、摩耗しにくく、耐擦性の良好な銅-錫合金層を有する抗微生物性部材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の抗微生物部材及びその製造方法に関する。
【0010】
[1] 三次元形状の基材と、前記基材上に配置され、銅と錫の合計100原子%に対して、銅を40~90原子%含み、かつ錫を10~60原子%含む銅-錫合金層とを含み、前記銅-錫合金層の表面のJIS B0601:2013で定義されるスキューネスRskが0.5以上である、抗微生物性部材。
[2] 前記基材と前記銅-錫合金層との間に配置され、シリカ微粒子を主成分とするシリカ含有層をさらに有する、[1]に記載の抗微生物性部材。
[3] 前記銅-錫合金層の表面のJIS B0601:2013で定義される2乗平均高さRqが、0.008μm以上である、[1]又は[2]に記載の抗微生物性部材。
[4] 前記銅-錫合金層の表面のJIS B0601:2013で定義される突出谷部深さRvkが、0.010μm以上である、[1]~[3]のいずれかに記載の抗微生物性部材。
[5] 前記銅-錫合金層の表面のJIS B0601:2013で定義される平均高さRcが0.014μm以上である、[1]~[4]のいずれかに記載の抗微生物性部材。
[6] 前記銅-錫合金層の厚みは、1~200nmである、[1]~[5]のいずれかに記載の抗微生物性部材。
[7] 三次元形状の基材の表面を、有機ケイ素化合物を含む火炎を用いてフレーム処理して、シリカ含有層を形成する工程と、前記基材の前記シリカ含有層が形成された面上に、蒸着法により、銅と錫の合計100原子%に対して銅を40~90原子%含み、かつ錫を10~60原子%含む銅-錫合金層を形成する工程とを含む、抗微生物性部材の製造方法。
[8] 前記基材の前記シリカ含有層が形成された面の、JIS B0601:2013で定義されるスキューネスRskが0.5以上である、[7]に記載の抗微生物性部材の製造方法。
[9] 前記基材の前記シリカ含有層が形成された面の、JIS B0601:2013で定義される2乗平均高さRqが、0.008μm以上である、[7]又は[8]に記載の抗微生物性部材の製造方法。
[10] 前記基材の前記シリカ含有層が形成された面の、JIS B0601:2013で定義される突出谷部深さRvkが、0.010μm以上である、である、[7]~[9]のいずれかに記載の抗微生物性部材の製造方法。
[11] 前記基材の前記シリカ含有層が形成された面の、JIS B0601:2013で定義される平均高さRcが0.014μm以上である、[7]~[10]のいずれかに記載の抗微生物性部材の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、例えば人の手が頻繁に触れても、摩耗しにくく、耐擦性の良好な銅-錫合金層を有する抗微生物性部材及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、スキューネスRskを説明する説明図である。
【
図3】
図3は、実施例と比較例の湿潤堅牢度の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
耐擦性を高める方法としては、a)銅-錫合金層の表面を滑りやすくして、摩擦を受けにくくすること、b)基材と銅-錫合金層との界面剥離を抑制すること、が挙げられる。
【0014】
本発明者らは、特にa)の観点から、銅-錫合金層の表面の凹凸を調整して、表面を滑りやすくすることを検討した。そして、表面の凹凸に関する種々のパラメータ(凹凸の高さ、形状、周期)による耐擦性への影響を検討したところ、銅-錫合金層の表面の凹凸の形状を、摩擦材による損耗を受けにくい形状とすること、具体的には、凹凸の形状を表すスキューネスRskを0.5以上と大きくすることで、耐擦性を高めることができることを見出した。
【0015】
即ち、本発明の抗微生物性部材は、三次元形状の基材と、銅-錫合金層とを有し、銅-錫合金層の表面のスキューネスRskが0.5以上に調整されている。
【0016】
銅-錫合金層の表面のRskを0.5以上にするために、基材の表面の粗さが調整されていてもよいし、銅-錫合金層と基材との間に、粗さを調整するための層が配置されていてもよい。中でも、銅-錫合金層の耐擦性をより高めやすくする観点では、基材と銅-錫合金層との間に、フレーム処理によって形成されたシリカ含有層が配置されていることが好ましい。
【0017】
以下、本発明の一実施形態について、具体的に説明する。なお、「~」を用いて記載した数値範囲は、両端の数値(下限値及び上限値)も含む範囲を意味する。
【0018】
1.抗微生物性部材
本実施形態に係る抗微生物性部材は、三次元形状の基材と、銅-錫合金層と、シリカ含有層とを含む。
【0019】
1-1.基材
基材は、三次元形状を有するものであれば特に制限されない。基材を構成する材料は、特に制限されず、樹脂、ガラス、金属、セラミックス等のいずれであってもよいが、加工性や汎用性の観点から、樹脂や金属であることが好ましい。基材は、通常、三次元形状に成形された成形体でありうる。
【0020】
基材を構成する樹脂は、特に制限されないが、後述するフレーム処理の熱に耐える耐熱性を有するものであることが好ましい。具体的には、樹脂のASTM-D648-56に準拠して荷重1820kPaにて測定される荷重たわみ温度が、80℃以上であることが好ましい。荷重たわみ温度が80℃以上であると、フレーム処理の熱により耐えることができる。同様の観点から、基材を構成する樹脂の荷重たわみ温度は、100℃以上であることがより好ましい。樹脂の荷重たわみ温度の上限値は、特に制限されないが、加工性の観点では、140℃以下でありうる。
【0021】
荷重たわみ温度は、ASTM-D648-56に準拠した方法で測定される。具体的には、荷重たわみ温度は、基材を構成する樹脂の試験片をフラットワイズ用の装置にセットし、昇温速度2℃/分で昇温したときに、荷重1820kPaで曲げ歪が0.2%になるときの温度として測定することができる。試験片の大きさは、縦80mm、横10mm、厚み4mmとし、支点間距離は64mmとしうる。
【0022】
基材を構成する樹脂は、熱可塑性樹脂であってもよいし、熱硬化性樹脂であってもよい。加工性に優れる観点では、熱可塑性樹脂が好ましい。
【0023】
熱可塑性樹脂の例には、ポリエステル、ポリオレフィン、ポリカーボネート、ポリアミド及び(メタ)アクリル樹脂等が含まれる。ポリエステルの例には、ポリエチレンテレフタレートやポリエチレンナフタレート、ポリ乳酸が含まれる。ポリオレフィンは、α-オレフィンの単独重合体であっても、α-オレフィンと他の共重合モノマーとの共重合体であってもよい。α-オレフィンは、エチレンやプロピレン等でありうる。このようなポリオレフィン樹脂の例には、ポリエチレンやポリプロピレンが含まれる。ポリアミドの例には、ナイロン6やナイロン66が含まれる。(メタ)アクリル樹脂は、(メタ)アルキルアクリレートの単独重合体又はそれと他の共重合モノマーとの共重合体であり、その例には、ポリメチルメタクリレート等が含まれる。中でも、加工性に優れる観点から、ポリエステル、ポリオレフィン、ポリカーボネートが好ましく、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリエチレン、ポリプロピレンがより好ましい。このうち、後述するシリカ含有層との親和性が高く、銅-錫合金層の密着性を高める観点では、極性基を有する樹脂が好ましく、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等のポリエステルが特に好ましい。
【0024】
1-2.銅-錫合金層
銅-錫合金層は、基材上に配置され、抗微生物性を発現する。そのため、銅-錫合金層は、抗微生物性部材の最表面に配置されていることが好ましい。
【0025】
銅-錫合金層が高い抗微生物性を示すメカニズムは、以下のように推測される。銅-錫合金層は、水蒸気中又は微生物中の過酸化水素(H2O2)を分解して、ヒドロキシラジカル(・OH)を生成する触媒反応(Cu+→Cu2+)を生じる。そして、生成したヒドロキシラジカル(・OH)が微生物を攻撃することで、抗微生物性を発現しうる。
【0026】
銅-錫合金層は、銅と錫の合計100原子%に対して、銅を40~90原子%含み、かつ錫を10~60原子%含むことが好ましく;銅を50~85原子%含み、錫を15~50原子%含むことがより好ましい。銅の含有割合が高いほど、抗微生物性能が向上しやすく、錫の含有割合が高いほど、水や塩水、体液等との接触による腐食や変色などの外観変化を生じにくい。銅と錫の合計量は、銅-錫合金層に対して75原子%以上であることが好ましく、100原子%であってもよい。銅-錫合金層の平均組成は、走査型電子顕微鏡等で可能なエネルギー分散形X線分光法(EDS)により確認することができる。
【0027】
銅-錫合金層には、上述の銅及び錫の含有量を満たす限りにおいて、他の元素がさらに含まれていてもよい。例えば、銅-錫合金層には、溶融状態での蒸気圧が銅に近いアルミニウム、ゲルマニウム、ベリリウム、ニッケル、シリコン等が含有されていてもよい。また、耐食性を損なわない範囲で亜鉛、銀、ニッケル等の抗微生物性を有する他の金属が含有されていてもよい。
【0028】
上記の通り、銅-錫合金層の耐擦性を高める観点から、銅-錫合金層の凹凸の形状の指標であるスキューネスRskが、0.5以上に調整されている。
【0029】
(Rsk)
図1は、スキューネスRskを説明する説明図である。
図1に示すように、Rskは、二乗平均平方根高さRqの三乗によって無次元化した基準長さlにおいて、Z(x)の三乗平均を表す。Rskは、歪度を意味し、平均線を中心としたときの凹凸の山部と谷部の対称性(高さ分布の対称性)を表す。つまり、Rskが0に近いと、平均線に対して対称に分布していることを意味し;Rsk>0(正)であると、平均線に対して下側に偏っていることを意味し(
図1(a)参照);Rsk<0(負)であると、平均線に対して上側に偏っていることを意味する(
図1(b)参照)。Rskが0.5以上であることは、平均線に対して下側に偏った形状であることを示す(
図1(a)参照)。それにより、摩擦材との接触面積が小さくなるため、表面の滑り性がより高まりやすく、耐擦性を高めやすい。一方で、山部が摩擦材によって壊されたり、剥がされたりしにくくする観点では、Rskは一定以下であることが好ましい。従って、Rskは、0.7~2.5であることが好ましく、1.0~2.0であることがより好ましい。
【0030】
(Rq)
銅-錫合金層の表面の二乗平均平方根高さRqは、基準長さにおける二乗平均平方根を表す。つまり、Rqは、高さ分布の標準偏差を表す。銅-錫合金層の表面のRqが適度に大きいものは、基材のシリカ含有層が形成された面のRqも大きく、銅-錫合金層の基材に対する密着性がより高くなりやすい。具体的には、Rqは、0.008μm以上であることが好ましく、0.010μm以上であることがより好ましく、0.020~0.034μmであることがさらに好ましい。
【0031】
(Rvk)
銅-錫合金層の表面の突出谷部深さRvkは、基準長さにおいて、輪郭曲線のコア部の下にある突出谷部の平均深さを表す。コア部は、等価直線の負荷面積率0%から100%の高さの範囲に含まれる部分をいう。Rvkは、適度に大きいほうが、摩擦材との接触面積が小さくなり、耐擦性をより高めやすい。一方、山部が摩擦材によって壊されたり、剥がされたりしにくくする観点、又は、透明性を維持する観点では、Rvkは一定以下であることが好ましい。具体的には、Rvkは、0.010μm以上であることが好ましく、0.014~0.025μmであることがより好ましく、0.020~0.025μmであることがより好ましい。
【0032】
(Rc)
銅-錫合金層の表面の平均高さRcは、0.014μm以上であることが好ましい。Rcは、基準長さにおいて、輪郭曲線要素(一組の隣り合う山部と谷部)の高さの平均を表す。つまり、Rcは、凹凸の平均高さを表す。Rcが0.014μm以上であると、耐擦性をより高めやすい。一方で、山部が摩擦材によって壊されたり、剥がされたりしにくくする観点、又は、透明性を維持する観点では、Rcは一定以下であることが好ましい。そのような観点から、Rcは、0.015~0.5μmであることがより好ましく、0.02~0.4μmであることがより好ましく、0.03~0.4μmであることがさらに好ましい。
【0033】
(表面粗さに関するパラメータの測定方法)
銅-錫合金層の表面粗さに関するパラメータ(Rsk、Rq、Rvk、Rc)は、JIS B0601:2013(ISO4287)に準拠して触針段差計(接触針法)により測定することができる。測定条件は、以下の通りとしうる。
(測定条件)
測定装置:BRKER社製触針式段差計Dektak XT-S
測定長:1000μm
走査速度:40s/1000μm
触針段差計で測定したプロファイル(トータルプロファイル)から、以下の解析条件に従い、揺らぎ成分(ウェーブネス)を除去したラフネスプロファイルを抽出する。表面粗さに関する各種パラメータは、抽出したラフネスプロファイルから、JIS B 0601(ISO4287)の定義に基づいて算出する。n数は6とし、それらの平均値から求める。
(解析条件)
ラフネス/ウェーブネス分離:
Gaussian Regressionフィルタ処理
Cut-off波長(λc):0.08mm
【0034】
(表面粗さに関するパラメータの調整方法)
銅-錫合金層の表面の表面粗さに関するパラメータは、例えば基材の表面粗さや、基材と銅-錫合金層との間に配置される層(本実施形態ではシリカ含有層)の表面形状によって調整することができる。例えば、基材の、シリカ含有層が形成された面のRsk、Rq、Rc、Rvkを大きくすると、得られる銅-錫合金層のRsk、Rq、Rc、Rvkも大きくなりやすい。
【0035】
(厚み)
銅-錫合金層の厚みは、特に制限されないが、抗微生物性を高める観点では、例えば1~500nmである。銅-錫合金層の厚みが1nm以上であると、抗微生物性をより高めやすい。銅-錫合金層の厚みが500nm以下であると、銅-錫合金層の表面の凹凸の山部が摩擦材によって壊されたり、剥がされたりしにくくしうる。同様の観点から、銅-錫合金層の厚みは、1~300nmであることがより好ましく、1~200nmであることがさらに好ましく、5~200nmであることがさらに好ましい。
【0036】
銅-錫合金層の厚みは、透過型電子顕微鏡による断面観察により測定することができる。具体的には、断面観察において、1箇所当たりの測定領域100μm×100μm、任意の5箇所の銅-錫合金層の厚みを測定し、それらの平均値として測定することができる。
【0037】
1-3.シリカ含有層
シリカ含有層は、基材と銅-錫合金層との間に配置されている。
【0038】
シリカ含有層は、基材の表面を、有機ケイ素化合物を導入した火炎を用いてフレーム処理すること(イトロ処理すること)によって形成されたものであり、シリカ(SiO2)を主成分とするナノレベルの微粒子が基材表面に点在状に付着したものである。そのため、シリカ含有層は、イトロ処理層とも称される。シリカ含有層は、連続的な層でなくてもよく、不連続に形成されたものであってもよい。
【0039】
このようなシリカ含有層は、基材の表面に適度な凹凸を形成し、銅-錫合金層の表面のRskを大きくしうる。また、シリカ含有層は、上記処理によって生成する官能基やシリカに由来する親水性基を有するため、基材や銅-錫合金層とも良好に密着しうる。それにより、銅-錫合金層の界面剥離も低減しうる。
【0040】
シリカ含有層は、シリカ微粒子を主成分して含む。主成分とは、例えばシリカ含有層に対して50質量%以上、好ましくは60~80質量%含まれることをいう。シリカ含有層は、シリカ以外の他の成分をさらに含んでもよい。他の成分の例には、シリカ以外のケイ素化合物や有機ケイ素等が含まれる。但し、シリカ含有層は、樹脂成分を実質的に含まない。
【0041】
基材のシリカ含有層が形成された面は、銅-錫合金層の表面のRskが0.5以上となるように調整されていることが好ましい。具体的には、基材のシリカ含有層が形成された面のRskが、銅-錫合金層の表面のRskと同等であるか、又は、それよりも大きくなるように調整されていることが好ましい。基材の、シリカ含有層が形成された面のRskは、上述した銅-錫合金層の表面のRskと同様の方法で測定することができる。
【0042】
基材のシリカ含有層が形成された面のRskは、後述するフレーム処理の条件によって調整されうる。例えば、フレーム処理の火炎温度を高くしたり、フレーム吹き出し口と基材との間の距離を小さくしたりすると、基材のシリカ含有層が形成された面のRskは大きくなりやすい。
【0043】
抗微生物性部材におけるシリカ含有層の有無は、例えば抗微生物性部材のXPS分析によって確認することができる。
具体的には、銅-錫合金層の表面をXPSにより元素分析し、表面元素量(原子%)を測定する。例えば、ケイ素(Si)の表面元素量が、表面に含まれる全元素(本実施形態では、炭素C、酸素O及びケイ素Siの合計量)に対して2原子%以上であれば、シリカ含有層があると判断することができる。ケイ素の表面元素量は、表面の全元素に対して3~5原子%であることが好ましい。
また、XPSスペクトルにおいて、ケイ素に起因するピーク99.2eV、酸化ケイ素に由来する103.8eVでのピークの有無を確認してもよい。XPSスペクトルにおいてピーク分解を行い、ナロースペクトルを測定したとき、99.2eVのピークと103.8eVのピークの総和に対する103.8eVのピークの割合は、30~80%程度であることが好ましい。XPS分析は、XPS分析装置(例えばKRATOS社製AXIS-NOVA)を用いて、X線源:単色化Al Kα(1486.6eV)、分析領域:300μm×700μmの条件で行うことができる。
【0044】
1-4.他の層
上記実施形態に係る抗微生物性部材は、必要に応じて他の層をさらに含んでもよい。例えば、基材層とシリカ含有層との間に、アンダーコート層や易接着層等がさらに配置されていてもよい。
【0045】
1-5.作用
上記実施形態に係る抗微生物性部材は、基材と、銅-錫合金層とを有し、銅-錫合金層のスキューネスRskが所定の範囲に調整されている。それにより、銅-錫合金層は、摩擦を受けにくい表面形状を有する。
さらに、本実施形態では、銅-錫合金層のスキューネスRskは、基材と銅-錫合金層との間に配置されたシリカ含有層によって調整されている。シリカ含有層は、フレーム処理により生成する官能基やシリカに由来する親水性基を有するため、基材や銅-錫合金層とも良好に密着しうる。それにより、基材と銅-錫合金層との界面剥離も抑制しうるため、銅-錫合金層が摩擦により剥がれにくく、より高い耐擦性を有しうる。
従って、本実施形態に係る抗微生物性部材は、例えば人の手が頻繁に触れるような用途に用いても摩耗しにくく、抗微生物性を長期間にわたって維持することができる。
【0046】
2.抗微生物性部材の製造方法
本実施形態に係る抗微生物性部材は、1)三次元形状の基材上に、有機ケイ素化合物の存在下でフレーム処理して、シリカ含有層を形成する工程と、2)基材のシリカ含有層が形成された面上に、薄膜形成プロセスにより銅-錫合金層を形成する工程と、を経て製造することができる。薄膜形成プロセスは特に限定されず、蒸着法やスパッタリング法が含まれる。このうち、銅層と錫層の合金化させるためのアニール処理が不要である等の観点から、蒸着法(真空蒸着法)が好ましい。
【0047】
1)の工程について
上記基材の表面を、有機ケイ素化合物を含む火炎を用いてフレーム処理して、シリカ含有層を形成する。当該フレーム処理は、例えば、基材表面をフレーム下に所定の速度で通過させることによって行うことができる。フレーム処理では、長い火炎が基材の凹凸をカバーしうるため、三次元形状の基材でも比較的均一に処理できる。
【0048】
フレーム処理条件は、得られる銅-錫合金層の表面のRskが所定以上となるように調整されればよい。そのためには、基材のシリカ含有層が形成された面のRskが、銅-錫合金層の表面のRskと同じか、それよりも大きくなるように調整されることが好ましい。同様に、基材のシリカ含有層が形成された面のRqやRc、Rvkも、銅-錫合金層の表面のRqやRc、Rvkと同じか、それよりも大きくなるように調整されることが好ましい。なお、基材のシリカ含有層が形成された面のRsk、RqやRc、Rvkの具体的な範囲は、上記した銅-錫合金層の表面のRsk、Rq、Rc、Rvkの範囲とそれぞれ同様としうる。
【0049】
フレーム処理に用いるガスの種類は、有機珪素化合物を含むガスであればよく、必要に応じて酸素ガス、二酸化炭素ガス、又は窒素ガスをさらに含むことが好ましい。有機珪素化合物の濃度は、例えば20質量%以上、好ましくは25~50質量%としうる。
【0050】
有機ケイ素化合物の例には、ヘキサメチルジシロキサン、ヘキサメチルジシラン、ヘキサメチルジシラザン、アルコキシシラン(メチルトリメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、n-プロピルトリメトキシシラン、n-プロピルトリエトキシシラン、ヘキシルトリメトキシシラン、ヘキシルトリエトキシシラン、オクチルトリエトキシシラン、デシルトリメトキシシラン、1,6-ビス(トリメトキシシリル)ヘキサン、トリフルオロプロピルトリメトキシシラン)等が挙げられる。中でも、ヘキサメチルジシラン、ヘキサメチルジシロキサンやヘキサメチルジシラザンが好ましい。
【0051】
フレーム吹き出し口と基材との間隔は、基材がフレームの熱に耐える範囲で小さいことが好ましい。例えば、フレーム吹き出し口と基材との間隔は、30~40mmとしうる。
【0052】
フレーム処理の回数は、得られる銅-錫合金層のRskが所定以上となるように調整されればよく、例えば2回以上が好ましく、4~8回がより好ましい。また、処理速度(基材の移動速度)は、例えば300~500mm/秒としうる。
【0053】
基材のシリカ含有層が形成された面のRskは、例えばフレーム処理に用いるガスの種類、火炎温度、フレーム吹き出し口と基材との間隔、フレーム処理の回数等によって調整することができる。例えば、火炎温度を高くしたり、フレーム吹き出し口と基材との間隔を小さくしたりすると、シリカ含有層が形成された面のRskは大きくなりやすい。また、ガス中の有機ケイ素化合物の濃度を高くすると、基材のシリカ含有層が形成された面のRskは大きくなりやすい。また、フレーム処理の回数を多くすると、基材のシリカ含有層が形成された面のRskは大きくなりやすい。
また、基材のシリカ含有層が形成された面のRcやRq、Rvkも、上記と同様の方法で調整することができる。例えば、フレーム処理の回数を増やすと、基材の、シリカ含有層が形成された面のRcやRq、Rvkは、いずれも大きくなりやすい。
【0054】
2)の工程について
次いで、基材のシリカ含有層が形成された面上に、蒸着法により銅-錫合金層を形成する。具体的には、蒸着源から気化させた金属蒸気を基材に接触させて、銅-錫合金層を形成する。
【0055】
蒸着源は、所望の銅-錫合金層が得られるように調整されたものであればよく、銅と錫の合計100原子%に対して、銅を40~90原子%含有し、かつ錫を10~60原子%含有することが好ましい。蒸着源が上記組成を有していれば、蒸着源の組成とのずれが少ない銅-錫合金層が得られやすい。銅と錫の合計量は、上記と同様、蒸着源を構成する全原子に対して75原子%以上であることが好ましく、100原子%であってもよい。
【0056】
蒸着源を気化させる方法は、蒸着による成膜が可能な方法であればよく、抵抗加熱、高周波誘導加熱、電子ビーム加熱のいずれであってもよく、銅-錫合金層を良好に形成しやすい観点から、電子ビーム加熱が好ましい。
【0057】
成膜速度は、成膜厚みの調整が可能な範囲に設定されればよく、例えばバッチ式の製膜装置であれば、0.1~100nm/秒であることが好ましい。成膜時間は、成膜速度や成膜厚み(銅-錫合金層の厚み)に応じて設定できる。銅-錫合金層の厚みは、マスク付きシリコンウェハを基材と同時蒸着させ、マスクを除去したシリコンウェハを触針式粗さ計(例えばBRKER社製Dektak XT-ST)により、測定領域500μm(n数=5)として測定することができる。
【0058】
3.抗微生物性部材の用途
本実施形態に係る抗微生物性部材は、抗微生物性が求められる種々の用途に広く使用することができる。
【0059】
そのような用途の例には、
マイク、電気ノコギリ等の電子・電気製品のハウジング部材、
ドアノブ、ハンドル等の自動車用の内外装部材、
ドアノブ、手すり、電気スイッチ又はボタン、通気路等の建築用部材、
手術用のメス、カテーテル等の医療器具、
調理台、流し台、水栓等の台所用品、
各種容器、ペット用品等が挙げられる。
【0060】
中でも、上記抗微生物性部材は、銅-錫合金層が耐擦性を有するため、摩擦によって摩耗したり、剥がれたりしにくい。そのため、上記抗微生物性部材は、特にマイクの持ち手やドアノブ、手術用メス等のように、人の手が頻繁に接触する用途に好ましく用いることができる。
【0061】
4.変形例
上記実施形態では、基材の表面に、フレーム処理によるシリカ含有層を形成して、銅-錫合金層Rskを一定以上にしているが、これに限らない。例えば、基材の表面に、上記以外の表面処理又は粗面化処理を施したり、シリカ含有層以外の凹凸付与層を形成したりすることによって、銅-錫合金層Rskを一定以上としてもよい。
【0062】
基材の表面を粗面化処理する方法としては、レーザーエッチング加工やサンドブラスト加工等が挙げられる。他の表面処理方法としては、コロナ処理やプラズマ処理が挙げられる。なお、コロナ処理やプラズマ処理が施されているかどうかは、例えばX線高電子分光法(XPS)や飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)を用いた深さ方向分析によっても確認することができる。
【0063】
基材の表面にシリカ含有層以外の凹凸付与層を形成する方法としては、粒子を含有する樹脂層や、海島構造等の相分離構造を有する樹脂層を形成する方法でありうる。これらの樹脂層は、アンダーコート層や易接着層であってもよい。
【0064】
これらの場合、基材の粗面化処理又は表面処理された面又は凹凸付与層の表面のRskが、銅-錫合金層の表面のRskが0.5以上となるように調整されていることが好ましく、銅-錫合金層の表面のRskと同等であるか、又は、それよりも大きくなるように調整されていることが好ましい。
【0065】
基材の粗面化処理又は表面処理された表面のRskは、基材の表面処理条件によって調整することができる。また、凹凸付与層の表面のRskは、凹凸付与層に含まれる粒子の大きさや量等によって調整することができる。
【実施例0066】
以下、実施例及び比較例を参照してさらに本発明を説明する。本発明の技術的範囲は、これらによって限定されるものではない。
【0067】
1.基材の作製と測定
1-1.基材の作製
原料基材として、PETフィルム(東洋紡社製コスモシャインA4160、厚み50μm、片面アンダーコート層(UC層)、荷重たわみ温度(荷重1820kPa時)100℃)を準備した。このPETフィルムのUC層が形成されていないフラット面に、以下の条件でフレーム処理を行った。
(処理条件)
装置:(株)ソフト99コーポレーション・フレームボンドFB-4
ガス:有機液体金属(有機ケイ素化合物30質量%含有)
処理速度:400mm/s
火炎吹き出し口とサンプル間の距離:40mm
圧力:0.4MPa
火炎温度:1300℃
基材表面温度:60℃
往復回数:最大4往復
そして、フレーム処理の回数(一方向で1回としたときの回数)を表1に示すように変えて、基材A2~A5を作製した。
【0068】
1-2.測定
得られた基材A1~A5の表面粗さに関するパラメータ(Rsk、Rq、Rvk、Rc)を、以下の方法で測定した。
【0069】
(表面粗さに関するパラメータ(Rsk、Rq、Rvk、Rc))
基材の表面粗さに関するパラメータを、JIS B0601:2013(ISO4287)に準拠して触針段差計(接触針法)により測定した。測定条件は、以下の通りとした。
(測定条件)
測定装置:BRKER社製触針式段差計Dektak XT-S
測定長:1000μm
走査速度:40s/1000μm
触針段差計で測定したプロファイルから、以下の解析条件に従い、揺らぎ成分(ウェーブネス)を除去したラフネスプロファイルを抽出した。この意味で、測定したプロファイルをウェーブネスプロファイルとラフネスプロファイルを足し合わせたトータルプロファイルと称した。表面粗さに関する各種パラメータは、抽出したラフネスプロファイルから、JIS B 0601(ISO4287)の定義に基づいて算出した。n数は6とし、それらの平均値から求めた。
(解析条件)
ラフネス/ウェーブネス分離:
Gaussian Regressionフィルタ処理
Cut-off波長(λc):0.08mm
【0070】
【0071】
2.サンプルの作製と評価1(フィルム状サンプルでの検討)
2-1.サンプルの作製
<サンプル1の作製>
大きさ1~2mmの粒状の純銅(純度99.9%)を60.0gと、大きさ1~2mmの粒状の純錫(純度99.9%)を40.0gとを、合計で100g秤量し、これらを金属容器内に入れてよく混合して、銅74原子%、錫26原子%(銅60重量%、錫40重量%)の蒸着源とした。この蒸着源を、蒸着装置のルツボに入れて、真空度(圧力)10-3Pa以下となるまで真空排気した。次いで、蒸着源が大きく飛散しないようにゆっくりと電子ビームでルツボ中の蒸着源を加熱し、ルツボ中の蒸着源を完全に融解させた後、真空中で冷却し、合金蒸着源を作製した。
【0072】
上記準備した基材A1を、このフィルムのUC層が形成されていないフラット面を、蒸着装置の蒸着源から400mm上方に合金蒸着源と対向するようにセットした。
蒸着装置を、4*10-3Pa以下まで真空排気した後、再度電子ビームにより加熱し、蒸着源から約400mm上方に設置された基材上に、厚み20nmの銅-錫合金層を形成し、抗微生物性のサンプルを作製した。なお、成膜速度は4nm/秒とした。
【0073】
得られた銅-錫合金層の平均組成を、走査型電子顕微鏡等で可能なエネルギー分散形X線分光法(EDS)で分析したところ、銅74原子%、錫26原子%であった。
また、銅-錫合金層の厚みは、蒸着装置の基板ホルダに、基材フィルムとその近傍にマスクを施したシリコンウェハを設置し、基材フィルムとシリコンウェハ上に同時に蒸着した。蒸着したシリコンウェハよりマスクを取り除き、シリコンウェハ上の未蒸着部と蒸着部の段差をBRUKER社製触針式段差計Dektak XT-STにより5箇所測定し、平均して求めた。
【0074】
<サンプル2~5の作製>
基材の種類を表2に示すように変更し、基材のフレーム処理面上に、銅-錫合金層を形成した以外は、サンプル1と同様にしてサンプル2~5を作製した。
【0075】
2-2.評価
作製したサンプル1~5の銅-錫合金層の表面粗さに関するパラメータ(Rsk、Rq、Rvk、Rc)及び耐擦性を、以下の方法で測定した。
【0076】
(1)表面粗さに関するパラメータ(Rsk、Rq、Rvk、Rc)
上記と同様の方法で、銅-錫合金層の表面粗さに関するパラメータを測定した。
【0077】
(2)耐擦性
(試験片の作製)
図2A及び
図2Bに示すように、抗微生物性のサンプルを、幅5cm、長さ13cmの大きさに切り出して試験片2とした。この試験片2を、ガラス板1上に固定した。
【0078】
(摩擦器具の作製)
30mm径、30cm幅のシリコーンゴムローラー4を回転しないように固定して使用した。このゴムローラ4の中央に幅10cm、長さ11cmの綿布5を巻き付けて固定した。その綿布5の上に重り6を載せて固定し、重り6を含めた摩擦器具3の自重を800gとし、その大部分が、綿布5を介して荷重として試験片2にかかるようにした。なお、綿布5(カナキン3号)には、染色堅牢度試験(JIS L 0849)でも使われているものを使用した。
【0079】
(摩擦試験)
摩擦試験は、上記摩擦器具3を、手動で試験片2の長さ方向に往復移動させ、試験片2の全面に摩擦をかけた。試験片2に対する荷重は、摩擦器具3の自重で調整した。但し、摩擦試験の際は、帯電による影響があるため、除電FAN等により除電しながら実施した。これにより、帯電による実質的な荷重の変動を抑制することができる。摩擦回数は、往復で1回とし、0回、100回、300回、1000回の4条件で実施した。
そして、試験片の長さ方向にn回往復移動させた後の試験片(摩擦試験後)の全光線透過率を測定した。全光線透過率が高いほど、銅-錫合金層が剥がれて、原料基材であるPETフィルムが露出していることを意味する。
【0080】
(全光線透過率の測定)
JIS K 7375:2008に準じた積分球方式を採用した東京電色社製全自動ヘイズメータTC-HIIIDPKを用いて、サンプルの全光線透過率(Tt)を測定した。光源はハロゲンランプ、受光素子はシリコンフォトセルを用い、試料の照射面積は、10mmφとした。測定の際、銅-錫合金層が配置される側を入射面とした。そして、全光線透過率の値に基づき、耐擦性を評価した。全光線透過率が低いほど、銅-錫合金層の剥がれが少なく、耐擦性が良好であると判断した。
【0081】
サンプル1~5の測定結果を表2及び表3に示す。
【0082】
【0083】
【0084】
表2及び3に示されるように、銅-錫合金層のRskが0.5よりも低いサンプル1は、耐擦後の全光線透過率が顕著に高くなることがわかる。これは、下地のPET基材が露出していることを意味しており、銅-錫合金層が剥がれてしまい、耐擦性が低いことを示している。
【0085】
これに対し、銅-錫合金層のRskが0.5以上であるサンプル2~5は、耐擦後でも全光線透過率が変化が少なく、低いままであることがわかる。これは、銅-錫合金層の剥がれが少なく、下地のPET基材があまり露出しないことを意味しており、耐擦性が高いことを示している。
【0086】
これらのことから、銅-錫合金層のRskが0.5以上とすることで、耐擦性を高めることができることがわかる。
【0087】
特に、フレーム処理の回数を増やすことで、Rskがより大きくなることがわかる。それにより、耐擦性がより高くなることがわかる。
【0088】
(3)シリカの存在分析
サンプル1(未処理)及び5(フレーム処理8回)について、銅-錫合金層の表面を、AXIS-NOVA(KRATOS社製)を用いて、X線源:単色化Al Kα(1486.6eV)、分析領域:300μm×700μmの条件でXPS分析し、表面元素量(原子%)を測定した。
また、XPSスペクトルにおいて、ケイ素に起因するピーク99.2eV、シリカに起因する103.8eVでのピークの有無を確認した。その結果を表4に示す。
【0089】
【0090】
表4に示すように、サンプル1では、ケイ素(Si)は検出されなかったのに対し、サンプル5では、ケイ素(Si)が検出された。
また、XPSスペクトルでは、サンプル1では、ケイ素(Si)に起因する99.2eVのピークや、シリカ(SiO2)に起因する103.8eVのピークはいずれも確認されなかったのに対し;サンプル5では、これらのピークが確認された。
また、サンプル5についてピーク分解を行い、ナロースペクトルを確認したところ、99.2eVのピークが22.7%、103.8eVのピーク77.3%であった。これらのことから、フレーム処理により、シリカ含有層が形成されることを確認できた。
【0091】
3.サンプルの作製と評価2(三次元形状サンプルでの検討)
3-1.サンプルの作製
<サンプル6-1~6-3の作製>
三次元形状を有する基材として、ドアノブ、マイク(持ち手)、メスを準備した。これらの対象物の表面上に銅-錫合金層を形成して、サンプル6-1(ドアノブ)、6-2(マイク)、6-3(メス)を作製した。
【0092】
<サンプル7-1~7-3の作製>
対象物に、サンプル5と同様の条件でフレーム処理を行った以外はサンプル6-1~6-3と同様にして、サンプル7-1(ドアノブ)、7-2(マイク)、7-3(メス)を作製した。
【0093】
3-2.湿潤堅牢度の評価
JIS L 0849に準拠して、以下の条件でサンプル1及び5の湿潤堅牢度を測定した。
(条件)
装置:学振摩耗試験機 I型
荷重:200gf
ストローク:30mm
摩擦速度:30往復/分
摩擦布:カナキン3号、生理食塩水で24時間湿潤
摩擦子:20mm幅SUS R45
摩擦回数:100回
【0094】
【0095】
図3に示すように、フレーム処理を行わなかったサンプル6-1~6-3は、いずれも合格基準である3.0の等級を満たさず、堅牢度が低いことがわかる。これに対し、フレーム処理を行ったサンプル7-1~7-3は、いずれも合格基準である3.0の等級を満たし、良好な堅牢度を有することがわかる。
本発明によれば、摩擦により摩耗しにくく、耐擦性の良好な銅-錫合金層を有する抗微生物性部材及びその製造方法を提供することができる。そのため、抗微生物性部材は、例えば人の手が頻繁に触れるような用途にも好適に用いることができる。