(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024131023
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】高強度機械式継手付き鋼管およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240920BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240920BHJP
B23K 9/23 20060101ALI20240920BHJP
E02D 5/24 20060101ALI20240920BHJP
B23K 9/00 20060101ALN20240920BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/58
B23K9/23 A
E02D5/24 101
B23K9/00 501B
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023041032
(22)【出願日】2023-03-15
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】藤山 直人
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 惟史
(72)【発明者】
【氏名】岡嵜 はるな
(72)【発明者】
【氏名】栗林 豊
【テーマコード(参考)】
2D041
4E001
4E081
【Fターム(参考)】
2D041AA02
2D041BA02
2D041BA19
2D041DB11
4E001AA03
4E001BB05
4E001BB09
4E001CA02
4E081YB08
(57)【要約】
【課題】本発明は、引張強度570MPa以上の高強度鋼管と、ガチカムジョイントなどの機械式継手の溶接に際し、継手HAZの割れや内部欠陥を抑止することを課題とする。
【解決手段】機械式継手となる鋼材のCeqが0.80以下、Pcmが0.45以下、であり、鋼管となる鋼材のCeqが0.50以下、Pcmが0.30以下であり、機械式継手の溶接HAZにおける最高硬さが400Hv以下であることにより、継手HAZの割れ発生を抑止することができる。
Ceq=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14
Pcm=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60+Mo/15+V/10+5B
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張強度570MPa以上の鋼材からなる鋼管に、前記鋼管よりも引張強度の高い鋼材からなる機械式継手が溶接接合された機械式継手付き鋼管であって、
式1から求められる炭素当量Ceqと、式2から求められる溶接割れ感受性組成Pcmについて、
前記機械式継手となる鋼材のCeqが0.80以下、Pcmが0.45以下、であり、
前記鋼管となる鋼材のCeqが0.50以下、Pcmが0.30以下であり、
前記機械式継手の溶接HAZにおける最高硬さが400Hv以下であることを特徴とする機械式継手付き鋼管。
Ceq=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14
・・・式1
Pcm=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60+Mo/15+V/10+5B
・・・式2
但し、式1および式2の各元素記号は、対象とする鋼材中の各元素の含有量(質量%)とし、含まれていない場合は0を代入する。
【請求項2】
前記機械式継手の溶接HAZにおける組織が、面積率で、マルテンサイトが40%以下、ベイナイトが50%以上、フェライトとパーライトを合わせたものが10%以下である請求項1に記載の機械式継手付き鋼管。
【請求項3】
前記鋼管となる鋼材の成分が、質量%で、
C : 0.050~0.200%、
Si: 0~0.55%、
Mn: 0.50~2.00%、
P : 0.035%以下、
S : 0.035%以下、
Al: 0~0.035%、
Nb: 0~0.080%、
Ti: 0~0.020%、
N : 0~0.0045%、
O : 0~0.0050%、
Cu: 0~0.05%、
Ni: 0~0.05%、
Cr: 0~0.05%、
Mo: 0~0.05%、
V : 0~0.060%、
Mg: 0~0.0100%、
Ca: 0~0.0050%、
B : 0~0.0020%を含み、
残部: Feおよび不純物
であることを特徴とする請求項1または2に記載の機械式継手付き鋼管。
【請求項4】
前記機械式継手となる鋼材の成分が、質量%で、
C : 0.10 ~0.48%、
Si: 0.15~0.35%、
Mn: 0.30~0.85%、
P : 0.030%以下、
S : 0.030%以下、
Cr: 0.90~1.50%、
Mo: 0.15~0.30%、
Cu: 0~0.30%を含み、
残部: Feおよび不純物であって、
引張強度が800MPa以上である請求項1または2に記載の機械式継手付き鋼管。
【請求項5】
前記機械式継手となる鋼材の成分が、質量%で、
C : 0.10 ~0.48%、
Si: 0.15~0.35%、
Mn: 0.30~0.85%、
P : 0.030%以下、
S : 0.030%以下、
Cr: 0.90~1.50%、
Mo: 0.15~0.30%、
Cu: 0~0.30%を含み、
残部: Feおよび不純物であって、
引張強度が800MPa以上である請求項3に記載の機械式継手付き鋼管。
【請求項6】
前記機械式継手の板厚が5mm以上、40mm以下である請求項1または2に記載の機械式継手付き鋼管。
【請求項7】
前記機械式継手の板厚が5mm以上、40mm以下である請求項5に記載の機械式継手付き鋼管。
【請求項8】
前記鋼管がスパイラル鋼管またはベンディングロール鋼管である請求項1または2に記載の機械式継手付き鋼管。
【請求項9】
前記機械式継手がガチカムジョイントである請求項1または2に記載の機械式継手付き鋼管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は機械式継手付き鋼管に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、橋梁、港湾、建物分野では労働者人口の減少、高齢化により労働者不足や、工事の制約条件(夜間限定、空間的制約等)などにより工期の長期化などが問題となっている。このような状況の中で、基礎(補強)として用いられる鋼管杭について、鋼管杭どうしを従来溶接で接続していたが、最近は機械式継手により接続する方法が採用されている。機械式継手付き鋼管は予め機械式継手(以下、単に「継手」と呼ぶ場合がある。)を鋼管端部に接合しておくことで、現地溶接が不要で省力・省人化を実現でき、工期も大幅短縮することが可能である。
【0003】
母管となる鋼管は特に限定されないが、スパイラル鋼管やベンディングロール鋼管などが用いられ、建築物の鋼管杭本数の削減や更なる工期短縮のために高強度化や高靭性化が求められている。例えば、SM570級の高強度鋼管の適用が要望されている。SM570級鋼管の主な仕様は、引張強度(TS)が570MPa以上、降伏強度(YS)が450MPa以上、-5℃でのシャルピー衝撃値(Cv)が47J以上である。
【0004】
例えば、特許文献1には、鋼管として、Nb、Ti、Vを0.08%以上含有し、炭化物による析出強化による高強度化と、窒化物による結晶粒微細化による靭性向上を狙ったスパイラル鋼管が提案されている。この鋼管の組織は、ベイニティックフェライトを主相としマルテンサイトを組み合わせた組織とすることで強度と靭性を確保している。
【0005】
機械式継手には、例えば多条ねじを有するネジ式継手(例えば特許文献3)や、一方にギアを有するピンを配置し、他方にピンのギアと噛み合うギアを有するボックスを配置し、ボックス側のギア溝にピン側のギアを挿入した後、ピン側を回転させて回転抑止部材に取り付けることで固定するガチカムジョイント(ガチカム継手とも呼ぶ。例えば特許文献2)がある。
【0006】
ガチカムジョイントの例として、特許文献2には、鋼管杭の回転作業の手間を低減するとともに、鋼管杭の必要以上の板厚増加を回避して、外嵌端部および内嵌端部に十分な引張耐力および圧縮耐力を付与することができるようなギア状の継手構造が示されている。
【0007】
ねじ式継手の例として、特許文献3には、円筒体の内周面または外周面に多条ねじを有する機械式ねじについて、成分組成を元素毎に規制することに加えて、所定の制約下で成分組成を設計することで高強度かつ高靭性を確保できることが示されている。
【0008】
ねじ式継手は、締結固定するまで鋼管を数回転しないといけないが、ガチカムジョイントは、鋼管を1/4回転から半回転させる程度で締結固定できるため、現場施工性が極めてよく工事工期の短縮につながることから、今後適用拡大が期待されている。その反面、ガチカムジョイントは、構造ピンとボックスの接触面積がネジ式よりも小さくなるため、構造上母管の強度よりも高い引張応力が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2014-5519号公報
【特許文献2】国際公開公報WO2016/013328
【特許文献3】特開2019-163538号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】鋼の溶接熱影響部硬さの予測と必要予熱温度の選定方法、糟谷他、新日鉄技報第355号(1995)P6~12
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
最近は大深度構造物や超高層建築物など基礎杭となる鋼管杭も長尺化しており、高強度鋼管杭の要求が高まってきている。特に現場での施工性に優れ工期短縮も可能となるガチカムジョイントの要求も高くなっている。
前述したように、ガチカムジョイント付き鋼管の場合、その構造的理由から継手の引張強度(TS)は鋼管のTSより高い引張強度が求められる。例えば母管となる鋼管をSM570級鋼管にした場合、ガチカムジョイントは鋼管よりも引張応力の高いSFCM880RのようなJIS規格品(JIS G 3221)を用いることが多い。
【0012】
しかし、鋼管強度の高強度化に伴い、ガチカムジョイントと鋼管の溶接時に割れ、特に継手側HAZを起点とする割れが発生することが確認されるようになってきた。割れに至らなくても継手付き鋼管の内部に欠陥(クラック(亀裂))が存在すると、現場施工時に鋼管杭の破損につながる。特に、地中深くに埋めた鋼管杭で破損が生じた場合、工事のやり直しを余儀なくされ、大幅な工期延長や工事費用の増大につながる。
【0013】
そこで本発明は、引張強度570MPa以上の高強度鋼管と、ガチカムジョイントなどの機械式継手の溶接に際し、継手側HAZでの割れや内部欠陥(以下、これらを総称して割れとよぶ。)を抑止することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
鋼管と継手の接合は、予めオフラインにてMAG溶接(CO2、あるいはAr-CO2混合ガス)あるいはサブマージアーク溶接(SAW)にて行われることが一般的である。溶接手法自体は従来からある溶接であるが、鋼管と継手は強度が異なる材料の溶接、いわゆる異種材料溶接となるため、溶接条件に注意しないと溶接起因の割れが発生する場合がある。本発明者らは、異種材料溶接において、割れ発生現象を観察し、割れ発生を抑止するために鋭意研究開発を進め以下の知見を得た。
【0015】
[a]
まず、引張強度570MPa以上の鋼管の端部に引張強度800MPa以上の機械式継手を溶接接合したことを想定し、同種材料の試験片を溶接して割れの原因を詳細に調査した。その結果、割れ(クラック)が発生した試験片の破面は、どれも継手側の溶接線近傍のHAZ(熱影響領域(熱影響部))が起点であることが確認できた。破面周囲の組織を観察したところ、マルテンサイトの粒界近傍が破壊起点になっていることも確認された。さらに、継手のHAZの硬さ分布を溶融線から測定したところ、破面近傍でビッカース硬さ(HV)が大きく上昇し400HVを超えている部分で割れが発生していることが観察された。
これらの観察結果から、割れは溶接低温割れ(水素脆化割れ)と考えられる。溶接低温割れは、HAZの硬さがある一定値を超えると急激に発生することは知られている。そのため引張強度800MPa以上の機械式継手を溶接する場合、継手中の溶接線に隣接するHAZ(継手HAZ)での最高硬さを400HV以下にすれば割れ(き裂)発生を抑止できることを想起し、開発を進めた。
【0016】
[b]
割れ(き裂)は、マルテンサイトの界面を起点に発生しているので、マルテンサイトの生成を抑制することが割れの抑制につながる。即ち、マルテンサイト量が多いと組織の硬さが高くなることはよく知られているので、マルテンサイト生成を抑制することで組織の硬化を抑制することができる。
一方で、機械式継手付き鋼管の成分組成は、鋼管や継手の要求強度を優先して決定される。即ち、要求強度を満足する所定の成分範囲内において溶接による割れを低減する観点から、焼入れ性や硬さに影響するパラメータである炭素当量(Ceq)と溶接割れ感受性組成(Pcm)を一定の範囲になるように、成分を調整することが要求される。この観点から、鋼管と継手は、必要な強度を確保する成分組成を満たしつつ、CeqおよびPcmを以下のようにすればよいことを見出した。
機械式継手:
Ceq:0.80以下
Pcm:0.45以下
鋼管(母管):
Ceq:0.50以下
Pcm:0.30以下
溶接後の継手HAZにおけるマルテンサイトの生成状態を直接観察してもよいが、相対的に簡易に測定できる硬度(ビッカース硬さ(Hv))が総合的な指標として相応しい。
【0017】
[c]
以上のことから、鋼管と機械式継手が、求められる強度(引張強度)を確保しつつ所定の炭素当量(Ceq)および溶接割れ感受性組成(Pcm)を満足する成分組成を有し、溶接後の継手HAZにおいて、最大硬度がHv400以下であれば、継手HAZで溶接低温割れ(水素脆化割れ)を起こすことのない、信頼性の高い機械式継手付き鋼管が得られることを見出した。
【0018】
本発明はこれらの知見を基に成したものであり、その要旨は以下の通りである。
【0019】
[1]
引張強度570MPa以上の鋼材からなる鋼管に、前記鋼管よりも引張強度の高い鋼材からなる機械式継手が溶接接合された機械式継手付き鋼管であって、
式1から求められる炭素当量Ceqと、式2から求められる溶接割れ感受性組成Pcmについて、
前記機械式継手となる鋼材のCeqが0.80以下、Pcmが0.45以下、であり、
前記鋼管となる鋼材のCeqが0.50以下、Pcmが0.30以下であり、
前記機械式継手の溶接HAZにおける最高硬さが400Hv以下であることを特徴とする機械式継手付き鋼管。
Ceq=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14
・・・式1
Pcm=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60+Mo/15+V/10+5B
・・・式2
但し、式1および式2の各元素記号は、対象とする鋼材中の各元素の含有量(質量%)とし、含まれていない場合は0を代入する。
[2]
前記機械式継手の溶接HAZにおける組織が、面積率で、マルテンサイトが40%以下、ベイナイトが50%以上、フェライトとパーライトを合わせたものが10%以下である前記[1]に記載の機械式継手付き鋼管。
[3]
前記鋼管となる鋼材の成分が、質量%で、
C : 0.050~0.200%、
Si: 0~0.55%、
Mn: 0.50~2.00%、
P : 0.035%以下、
S : 0.035%以下、
Al: 0~0.035%、
Nb: 0~0.080%、
Ti: 0~0.020%、
N : 0~0.0045%、
O : 0~0.0050%、
Cu: 0~0.05%、
Ni: 0~0.05%、
Cr: 0~0.05%、
Mo: 0~0.05%、
V : 0~0.060%、
Mg: 0~0.0100%、
Ca: 0~0.0050%、
B : 0~0.0020%を含み、
残部: Feおよび不純物
であることを特徴とする[1]または[2]に記載の機械式継手付き鋼管。
[4]
前記機械式継手となる鋼材の成分が、質量%で、
C : 0.10~0.48%、
Si: 0.05~0.35%、
Mn: 0.30~0.85%、
P : 0.030%以下、
S : 0.030%以下、
Cr: 0.90~1.50%、
Mo: 0.15~0.30%、
Cu: 0~0.30%を含み、
残部: Feおよび不純物であって、
引張強度が800MPa以上である[1]~[3]のいずれか一項に記載の機械式継手付き鋼管。
[5]
前記機械式継手の板厚が5mm以上、40mm以下である[1]~[4]のいずれか一項に記載の機械式継手付き鋼管。
[6]
前記鋼管がスパイラル鋼管またはベンディングロール鋼管である[1]~[5]のいずれか一項に記載の機械式継手付き鋼管。
[7]
前記機械式継手がガチカムジョイントである[1]~[6]のいずれか一項に記載の機械式継手付き鋼管。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、引張強度570MPa以上の高強度鋼管と、ガチカムジョイントなどの機械式継手の溶接に際し、割れを生じない機械式継手付き鋼管を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施に形態の一例について説明する。なお、特に断りのない限り、元素の含有量に関する「%」は質量%を意味し、組織の含有量に関する「%」は面積%を示す。また、特に下限を規定していない場合は、含有しない場合(0%)を含んでよい。
鋼管母材とは、鋼管を構成する鋼材であって、溶接部以外(溶接による影響を受けていない部分)の鋼材を指す。
【0022】
[引張強度570MPa以上の鋼材からなる鋼管]
本発明は、引張強度(TS)が570MPa以上に高強度化した鋼管に、その鋼管よりも引張強度の高い鋼材からなる機械式継手が溶接接合された機械式継手付き鋼管により顕在化した、鋼管と機械式継手の溶接接合に起因する割れを抑止するものである。そのため、対象とする鋼管母材の強度は引張強度が570MPa以上であれば、本発明の効果を十分に得られる。もちろん、本発明は引張強度が570Mpa未満の鋼管にも適用してもよい。
【0023】
[機械式継手の引張強度]
機械式継手の引張強度は、溶接接合される鋼管母材の引張強さより高いものである。継手付き鋼管杭は、継手を介して鋼管杭どうしを接続するものであるので、継手間の接触面積などの関係から鋼管の場合より力の伝播が少なくなる(この比率を継手効率という。)。そのため、継手の引張強度は、少なくとも継手効率分鋼管母材の引張強度より高くする必要がある。例えば、継手がガチカムジョイントで、鋼管母材の引張強度が570MPaの場合、継手を構成する鋼材の引張強度は800MPa以上にするとよい。
【0024】
[継手付き鋼管の低温割れ対策]
前述したように、継手付き鋼管の溶接部の割れは、継手側の溶接線近傍のHAZ(熱影響領域(熱影響部))が起点であり、マルテンサイトの粒界近傍が破壊起点になっていることから低温割れ(水素脆化割れ)と考えられる。低温割れ対策としては、組織硬化抑制、拡散性水素の低減、残留応力の低減が有効である。
拡散性水素の低減は、溶接時の持ち込み水素量を低減させることで、乾燥フラックスの使用や溶接雰囲気中の水素量低減などである程度抑制することはできる。しかし実際の溶接施工現場で、これらを精緻に制御することは難しい。
また、残留応力の低減は、鋼管や継手の板厚や継手構造が影響するので、溶接だけで対応することは難しい。
そこで、本発明者らは組織硬化抑制を中心に開発を進め、割れが発生する継手部HAZの最高硬さを総合指標として管理すればよいことを見出した。組織硬化抑制の管理指標として炭素当量Ceqと溶接割れ感受性組成Pcmがある。
【0025】
[炭素当量Ceq]
炭素当量Ceqは鋼材の焼入れ性や硬化能について、各合金元素の硬化能をそれぞれC量に換算して合計したものであり、式1で表される。Ceqが大きくなると、マルテンサイトが生成され易い成分系になり硬化し易くなる(硬化能が上がる)。溶接においては溶接熱影響部の硬化能を見る指標になる。高強度化や高硬度化に貢献するためにはCeqは大きい方がよいが、一方これはマルテンサイト生成能が高まることを意味しており、その分低温割れ(水素脆化)の可能性も高まることになる。
Ceq=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Ni+Cu)/15
・・・式1
なお、上記式1において各元素記号は、鋼材中の各元素の含有量(質量%)を示し、含まれていない場合は0(ゼロ)を代入する。
【0026】
[溶接割れ感受性組成Pcm]
溶接割れ感受性組成Pcmは低温割れに対する鋼材の化学成分の影響を定量的に評価したものであり、式2で表される。Pcmが大きくなると低温割れが発生し易くなり、また、溶接部の硬度が上昇して溶接部の低温靭性や耐サワー性が低下し易くなる。低温割れを抑制する観点からはPcmは小さい方が好ましい。
Pcm=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60+Mo/15+V/10+5B
・・・式2
【0027】
[機械式継手となる鋼材のCeqが0.80以下、Pcmが0.45以下]
機械式継手を構成する鋼材(継手母材)の引張強度は、鋼管母材の引張強度より高くなることは前述したとおりである。そのため、継手母材の方が、強度が高い分硬化能も高くなりやすく、そのため継手母材中のHAZにおいて低温割れ(水素脆化)し易い。その観点から継手母材の炭素当量Ceqは0.80以下にすることが好ましい。好ましくは0.78以下、0.76以下、0.74以下、0.72以下、または0.70以下であるとよい。
一方、継手母材のCeqの下限は、継手母材の強度を担保する成分組成から決定されるため、特に限定しない。例えば800MPa級の鋼材であればCeqは0.60以上が好ましい。
【0028】
継手母材の溶接割れ感受性組成Pcmは、低温割れ抑制の観点からできるだけ低い方が好ましく、0.45以下にするとよい。好ましくは0.43以下、0.41以下、0.39以下、0.37以下、または0.35以下にするとよい。
一方、継手母材のPcmの下限も、継手母材の強度を担保する成分組成から決定されるため、特に限定しない。例えば800MPa級の鋼材であればCeqは0.30以上が好ましい。
【0029】
[鋼管となる鋼材のCeqが0.50以下、Pcmが0.30以下]
鋼管を構成する鋼材(鋼管母材)の引張強度は、鋼管杭に対する要求が優先されるものであるが、一方で継手母材より靭性確保の観点から硬化能は継手母材より小さい方が好ましい。そのため鋼管母材の炭素当量Ceqは継手母材のCeqより小さく、0.50以下にすることが好ましい。好ましくは0.48以下、0.46以下、0.44以下、0.42以下、または0.40以下であるとよい。
一方、鋼管母材のCeqの下限は、鋼管母材の強度を担保する成分組成から決定されるため、特に限定しない。例えば570MPa級の鋼材であればCeqは0.30以上が好ましい。
【0030】
同様に、鋼管母材の溶接割れ感受性組成Pcmも、鋼管母材側での低温割れを回避する観点から、継手母材のPcmより小さい方が好ましく、0.30以下にするとよい。好ましくは0.28以下、0.26以下、0.24以下、0.22以下、または0.20以下にするとよい。
一方、鋼管母材のPcmの下限も、鋼管母材の強度を担保する成分組成から決定されるため、特に限定しない。例えば570MPa級の鋼材であればCeqは0.10以上が好ましい。
【0031】
[機械式継手の溶接HAZにおける最高硬さが400Hv以下]
前述したように、低温割れの対策として組織硬化抑制、拡散性水素の低減、残留応力の低減が有効である。しかし、拡散性水素の低減や残留応力の低減は、溶接環境や継手構造に影響されるため、簡単には制御できない。そこで、これら対策の総合的指標として、継手HAZの最高硬さで評価するとよいことを見出した。
【0032】
発明者らの実験により、低温割れ(水素脆化割れ)の場合、硬さ(ビッカース硬度)が400HVになるとクラックが発生し始め、420Hvを超えるとクラック発生率が一気に上昇することが分かった。これはマルテンサイトなどの硬質組織の粒界に水素が集中し易くなり、そこがクラックの起点になり易いためである。そこで、溶接熱影響部(HAZ)中に硬質組織を造らないことで割れの発生を抑止することができる。HAZ中の硬さで評価することは、溶接条件や継手構造を個別に制御することとは異なり、これらの要因を含めた総合的指標として溶接部の割れ防止に貢献できるものである。
【0033】
継手付き鋼管の場合、継手母材の方が引張強度が高く、硬化能が高くなることは前述したとおりである。従って、継手側のHAZにおいて最高硬さが400Hv以下にすればよい。好ましくは390Hv以下、380Hv以下、370Hv以下、360Hv以下、または350Hv以下にするとよい。
【0034】
HAZ硬さの測定方法は次のとおりである。鋼管と継手の溶接部から、溶接線に垂直な断面で、継手側溶融線を含み継手HAZが観察できる観察用試料を切り出し、試料表面に平行な方向(厚さ方向に垂直方向)に溶融線からHAZ方向に0.5mm間隔でビッカース硬度を測定する。板厚方向では、外面表面から深さ1mm、外面表面から板厚の半分の位置、内面表面から1mmの位置で測定するとよい。溶接が複数パスの場合は、外面表面から板厚の1/4位置、3/4位置も測定するとよい。それぞれの測定において、最高硬さが400Hv以下であるとよい。
【0035】
実際の鋼管と継手の溶接部から試料を切り出すことは、現実的には困難であるので、事前に鋼管母材と継手母材に相当する鋼板を溶接して確認するとよい。事前に確認することにより溶接条件を決定し、実際の鋼管と継手の溶接にその溶接条件を適用するとよい。
【0036】
[機械式継手の溶接HAZ中の組織]
継手HAZの組織はマルテンサイトの生成をできるだけ抑制するとよい。マルテンサイトは低温割れを誘発するからである。しかし、高強度が要求される継手母材であるのでマルテンサイトをなくすことは難しい。そのため、継手HAZにおいてマルテンサイトは面積率で40%以下にするとよく、好ましくは35%以下、または30%以下であるとよい。マルテンサイトの生成を抑制する反面ベイナイトが生成し易くなる。基本的にマルテンサイトとベイナイトで構成されるとよいが、フェライトやパーライトが合計で10%以下であれば含まれてもよい。従って、マルテンサイトが40%以下、フェライトとパーライトが合計で10%以下、残部がベイナイト(50%以上)であるとよい。組織の面積率は、HAZ硬さの測定と同じように、鋼管と継手の溶接部から溶接線に垂直な断面で、継手側溶融線を含み継手HAZが観察できる観察用試料を切り出し、1000μm×1000μmの範囲をSEMにて合計10視野観察し、その平均値を面積率として算出する。
【0037】
[鋼管母材]
鋼管を構成する鋼材(鋼管母材)は、引張強度が570MPa以上であれば、その成分組成は特に限定しない。引張強度570MPa以上の鋼材としては、例えば以下の成分構成のものがある。
C : 0.050~0.200%、
Si: 0~0.55%、
Mn: 0.50~2.00%、
P : 0.035%以下、
S : 0.035%以下、
Al: 0~0.035%、
Nb: 0~0.080%、
Ti: 0~0.020%、
N : 0~0.0045%、
O : 0~0.0050%、
Cu: 0~0.5%、
Ni: 0~0.5%、
Cr: 0~0.5%、
Mo: 0~0.5%、
V : 0~0.060%、
Mg: 0~0.0100%、
Ca: 0~0.0050%、
B : 0~0.0020%を含み、
残部: Feおよび不純物
鋼管母材としては、これらの成分を有する鋼材から所定の炭素当量Ceq,溶接割れ感受性組成Pcmを満足する成分構成の鋼材を選択すればよい。
【0038】
<鋼管母材の化学成分>
C:0.050~0.200%
Cは鋼の強度向上に有効であり、所望の強度を得るために0.050%以上含有させるとよく、好ましくは0.055%以上、0.060%以上または0.065%以上であるとよい。C量が多すぎると焼入れ性が向上しマルテンサイトが生成し易くなり母材の靭性が低下するため、C量は0.200%以下とするのが好ましい。好ましくは0.190%以下、0.180%以下、0.170%以下、0.160%以下、0.150%以下、0.140%以下、0.130%以下、0.120%以下、0.110%以下、または0.100%以下であるとよい。
【0039】
Si:0.55%以下
Siは脱酸に必要な元素である。Si量が多いと島状マルテンサイトを形成しやすくなり、低温靱性を著しく劣化させるので、Si量は0.55%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.50%以下、0.45%以下0.40%以下、0.35%以下、0.33%以下、または0.30%以下にするとよい。脱酸は、Al、Tiでも行えるのでSiの含有は必須ではない。従ってSiは含まなくてもよく下限は0%が好ましいが、Siの削減には高額な費用がかかるため、その下限を0.01%に設定してもよい。
【0040】
Mn:0.50~2.00%
Mnは焼入れ性向上元素として作用し、その効果を得るために0.50%以上含有させるのが好ましい。より好ましくは0.60%以上、0.70%以上、0.80%以上、0.90%以上、または1.00%以上にするとよい。Mn量が多いと鋼の焼入れ性が増して、HAZ靱性、溶接性を劣化し、さらに、連続鋳造鋼片の中心偏析を助長し、母材の低温靱性が劣化するので、Mn量は2.00%以下とするのが好ましい。より好ましくは、1.90%以下、1.80%以下、1.75%以下、1.70%以下、1.65%以下、または1.60%以下にするとよい。
【0041】
Al:0.035%以下
Alは通常脱酸剤として用いられ、鋼材中に含まれる元素である。Al量が多くなると、Al系非金属介在物が増加し、鋼材の清浄度が低下し、靭性が劣化するので、0.035%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.033%以下、0.031%以下、0.030%以下、0.028%以下、または0.026%以下にするとよい。脱酸は、SiやTiでも行えるのでAlの含有は必須ではない。従ってAlは含まなくてもよく下限は0%が好ましいが、Alの削減には高額な費用がかかるため、その下限を0.001%に設定してもよい。
【0042】
Nb:0.080%以下
Nbは炭化物、窒化物を生成し、析出強化により鋼鈑強度を向上させる元素である。一方、Nb量が多くなると、炭窒化物が形成しやすくなり、靭性が低下する。強度と靭性の観点から、0.080%以下にするとよく、好ましくは0.075%以下、0.070%以下、0.065%以下、または0.060%以下にするとよい。Nbは含まなくてもよいが、Nbの効果を確実に得るため、Nbは0.010%以上、好ましくは0.015%以上、または0.020%以上含有してもよい。
【0043】
Ti:0.020%以下
TiもNbと同様に炭化物、窒化物を形成し析出強化により鋼鈑強度を向上させる元素である。一方、Ti含有量が多くなると、Ti酸化物が凝集・粗大化し、靭性が低下する。そのため好ましくは、0.020%以下、0.018%以下、または0.016%以下にするとよい。Tiは含まなくてもよく、その下限は0%が好ましい。しかし、敢えてTiを除去する必要もなく、その下限を0.001%、0.003%、または0.005%に設定してもよい。
【0044】
Nb+Ti:0.080%以下
上述したようにNbもTiも炭化物、窒化物を形成し鋼鈑強度を向上させるが、多すぎると粗大な炭窒化物などの硬質相を形成し靭性低下をもたらす。そのため、NbとTiの総量を0.080%以下、好ましくは0.078%以下、0.076%以下、0.074%以下、0.072%以下、0.070%以下、0.068%以下、0.066%以下、0.064%以下、0.062%以下、0.060%以下、0.058%以下、0.056%以下、0.054%以下、0.052%以下、または0.050%以下にするとよい。Nb+Tiの総量の下限は特に限定しなくてもよいが、敢えてNbとTiを除去する必要もないことから、その下限を0.001%、0.003%、0.005%、0.007%、0.008%、0.009%、または0.010%にしてもよい。
【0045】
P :0.035%以下
S :0.035%以下
P、Sは、いずれも不純物であり、鋼管母材の靭性を悪化させるだけでなく、溶接部分の靭性も悪化させる元素である。これらの含有量はなるべく低い方が好ましく、PもSも0.035%以下にするとよい。好ましくは、どちらもそれぞれ0.030%以下、0.025%以下、0.020%以下、0.015%以下、または0.010%以下とするのが好ましい。PもSも含まないこと(0%)が好ましいが、PやSの削減には多大な設備費用を要するため、その下限をそれぞれ0.001%に設定してもよい。
【0046】
本発明の一実施態様は、上記元素の他、残部としてFeと不純物である。上記元素を規定量含有することにより、強度と靭性のバランスがとれた570MPa級スパイラル鋼管を得ることができる。さらに、これらの元素に加えて、Feの一部に代えて、N、O、Ca、B、V、Mg、Cu、Ni、Cr、Moから選ばれる群の中から1種または2種以上を含んでもよい。これらの元素は含有しなくてもよいが、含有することによりさらなる効果を得ることができる。以下、これら元素について説明する。
【0047】
N :0.0045%以下
NはTiやNb、Alと結合して窒化物を形成する元素である。N量が多いと、固溶Nが靭性を低下させるので、N量は0.0045%以下とするのが好ましい。より好ましくは、0.0040%以下、0.0038%以下、0.0036%以下、または0.0035%以下にするとよい。Nは必須の元素ではなく含まなくてもよく、その下限は0%であってもよい。しかし、TiNなどの窒化物がピニング粒子として作用し、一定の靭性向上効果を奏するため、Nの含有量を0.0001%以上、好ましくは0.0005%以上にするとよい。
【0048】
O :0.0050%以下
Oはピニング粒子を形成する元素である。しかしながら、Oを含有すると鋼の清浄度が低下するので少ない方が好ましく、0.0050%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.0030%以下である。
【0049】
V :0.060%以下
Vは母材強度を向上させる元素である。V量が大きくなると、析出硬化によって降伏比が上昇することがある。Vは鋼管母材には必ずしも含有される必要はなく、好適なV量は0.060%以下である。
【0050】
Nb+Ti+V:0.080%以下
Vは、NbもTiと同様に炭化物、窒化物を形成し鋼鈑強度を向上させるが、多すぎると粗大な炭窒化物などの硬質相を形成し靭性低下をもたらす。そのため、Vを含有する場合は、NbとTiとVの総量を0.080%以下、好ましくは0.078%以下、0.076%以下、0.074%以下、0.072%以下、0.070%以下、0.068%以下、0.066%以下、0.064%以下、0.062%以下、0.060%以下、0.058%以下、0.056%以下、0.054%以下、0.052%以下、または0.050%以下にするとよい。Nb+Ti+Vの総量の下限は特に限定しなくてもよいが、敢えてNb、Ti、Vを除去する必要もないことから、その下限を0.001%、0.003%、0.005%、0.007%、0.008%、0.009%、または0.010%にしてもよい。
【0051】
Mg:0.0100%以下
MgはMgAl2O4、MgSのような介在物を形成する元素である。MgAl2O4はTiN上に析出する。これらの介在物はピニング粒子として作用し、HAZのオーステナイト粒の粗大化を抑制してミクロ組織を微細化し、低温靱性を改善する。Mg量が多くなると、効果は飽和する。Mgは鋼管母材には必ずしも含有される必要はなく、好適なMg量は0.0100%以下であり、好ましくは0.0050%以下または0.0010%以下にするとよい。
【0052】
Ca:0.0050%以下
Caは、硫化物系介在物の形態を制御し、低温靱性を向上させる元素である。Ca量が多いと、CaO-CaSが大型のクラスターや介在物となり、靱性に悪影響を及ぼすおそれがある。Caは鋼管母材には必ずしも含有される必要はなく、好適なCa量は0.0050%以下、0.0045%以下、または0.0040%以下である。一方、Caは必ずしも含有される必要はないが、一定の効果を得るために0.0001%以上、0.0002%以上、0.0003%以上、0.0005%以上、または0.0007%以上含有してもよい。
【0053】
B :0.0020%以下
Bは母材の焼入れ性向上、粒界フェライト形成抑制に有効な元素である。B量が多くなると、効果は飽和する。Bは鋼管母材には必ずしも含有される必要はなく、好適なB量は0.0020%以下であり、好ましくは0.0010%以下である。
【0054】
Ni:0.05%以下
Niは靭性を低下させることなく、母材の強度を向上することのできる元素である。Ni量が多くなると、効果は飽和する。Niは鋼管母材には必ずしも含有される必要はなく、含有してもNi量は0.05%以下、好ましくは0.03%以下にするとよい。
【0055】
Mo:0.05%以下
Moは母材の強度を向上することのできる元素である。Mo量が多くなると、効果は飽和し、さらに、靭性が低下する。Moは鋼管母材には必ずしも含有される必要はなく、含有してもMo量は0.05%以下、好ましくは0.03%以下にするとよい。
【0056】
Cr:0.05%以下
Crは母材の強度を向上することのできる元素である。Cr量が多くなると、効果は飽和する。Crは鋼管母材には必ずしも含有される必要はなく、含有してもCr量は0.05%以下、好ましくは0.03%以下にするとよい。
【0057】
Cu:0.05%以下
Cuは母材の強度を向上することのできる元素である。Cu量が多くなると、効果は飽和する。Cuは鋼管母材には必ずしも含有される必要はなく、含有してもCu量は0.05%以下、好ましくは0.03%以下にするとよい。
【0058】
上記の含有し得る元素の他は残部としてのFeと不純物である。ここで不純物とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料をはじめとして、製造過程において不可避的に意図せず混入する元素であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。具体的には、P、S、O、Sb、Sn、W、Co、As、Pb、Bi、及びHがあげられる。このうち、P、Sは、上述の好適な範囲となるように制御されることが好ましい。
【0059】
[継手母材]
継手を構成する鋼材(継手母材)も、鋼管母材よりも引張強度が高いものであれば特に成分組成は限定しない。例えば引張強度800MPa以上の鋼材としては、以下の成分構成のものがある。
C : 0.10~0.48%、
Si: 0.05~0.35%、
Mn: 0.30~0.85%、
P : 0.030%以下、
S : 0.030%以下、
Cr: 0.90~1.50%、
Mo: 0~0.30%、
Cu: 0~0.30%を含み、
残部: Feおよび不純物であって、
継手母材としては、これらの成分を有する鋼材から所定の炭素当量Ceq,溶接割れ感受性組成Pcmを満足する成分構成の鋼材を選択すればよい。
【0060】
<継手母材の化学成分>
C:0.10~0.48%
Cは、強度を向上させる元素であり、0.10%以上とするとよく、好ましくは0.15%以上、0.20%以上または0.25%以上であるとよい。一方、Cの含有量が多くなり過ぎると、母材が硬くなって加工性の低下をきたし、さらには高周波焼入れ部の靭性低下の原因となる可能性があるため0.48%以下にするとよく、好ましくは0.45%以下、0.43%以下、または0.40%以下にするとよい。
【0061】
Si:0.05~0.35%
Siは、焼戻し軟化抵抗を高める効果があるので0.05%以上含有するとよく、好ましくは0.08%以上、0.10%以上または0.15%以上であるとよい。一方、Siの含有量が多くなり過ぎると、マルテンサイトを生成し易く母材の硬さが高くなる上、工具と鋼の凝着が起こりやすくなり加工性が著しく悪化するため、Si含有量を0.35%以下にするとよく、好ましくは0.33%以下、0.31%以下、または0.30%以下にするとよい。
【0062】
Mn:0.30~0.85%
Mnは、鋼の焼入性を高めるとともに強度向上に寄与するため、0.30%以上含有するとよく、好ましくは0.35%以上、0.40%以上または0.45%以上であるとよい。一方、Mn含有量が多くなり過ぎると、焼入れ性が高くなり、HAZ中のマルテンサイトが生成し易く低温割れを誘発するためMn含有量は0.85%以下にするとよく、好ましくは0.83%以下、0.81%以下、または0.80%以下にするとよい。
【0063】
P:0.030%以下
S:0.030%以下
P、Sは、いずれも不純物であり、継手母材の靭性を悪化させるだけでなく、溶接部分の靭性も悪化させる元素である。これらの含有量はなるべく低い方が好ましく、PもSも0.030%以下にするとよく、好ましくは、どちらもそれぞれ0.025%以下、0.020%以下、0.015%以下、または0.010%以下とするのが好ましい。PもSも含まないこと(0%)が好ましいが、PやSの削減には多大な設備費用を要するため、その下限をそれぞれ0.001%に設定してもよい。
【0064】
Cr:0.90~1.50%
Crは、鋼の焼入性を高めるとともに強度向上に寄与するため、0.90%以上含有するとよく、好ましくは0.95%以上、1.00%以上または1.05%以上であるとよい。一方、Cr含有量が多くなり過ぎると、焼入れ性が飽和するだけでなく、高周波熱処理の場合には却って焼入れ性が低下することから、Si含有量は1.50%以下にするとよく、好ましくは1.45%以下、1.40%以下、または1.35%以下にするとよい。
【0065】
Cu:0.30%以下
Cuは、CやMnと同様に、焼入れ性を高め強度向上に寄与するため含有させてもよいが、必ずしも含有される必要はない。一方、Cu含有量が多くなり過ぎると、熱間加工性が低下する場合があるので、Cu含有量は0.30%以下、好ましくは0.25%以下にするとよい。
【0066】
Mo:0.30%以下
Moも、CやMnと同様に、焼入れ性を高め強度向上に寄与するため含有させてもよいが、必ずしも含有される必要はない。一方、Mo含有量が多くなり過ぎると、熱間加工性が低下する場合があるので、Mo含有量は0.30%以下、好ましくは0.25%以下にするとよい。
【0067】
上記の含有し得る元素の他は残部としてのFeと不純物である。ここで不純物とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料をはじめとして、製造過程において不可避的に意図せず混入する元素であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。具体的には、P、S、O、Sb、Sn、W、Co、As、Pb、Bi、及びHがあげられる。このうち、P、Sは、上述の好適な範囲となるように制御されることが好ましい。
【0068】
[板厚]
鋼管および継手とも、板厚は、強度的要求、構造的要求を優先して決められるものであるので特に限定しない。しかし、溶接による継手HAZの遅れ破壊(水素脆化割れ)対策として残留応力を低減させる観点から、板厚は薄い方が好ましい。従って、継手母材の板厚は、好ましくは40mm以下にするとよい。板厚の下限も特に限定しないが、溶接可能性の観点から板厚は5mm以上にしてもよい。
【0069】
[鋼管の種類]
鋼管種類も特に限定されない。口径や板厚等の構造的要求、現地施工性などの工事上の要求に従い決定すればよい。通常の鋼管杭と使用される場合、具体的にはスパイラル鋼管やベンディングロール鋼管が使用される場合が多い。口径によっては電縫鋼管を用いてもよい。
【0070】
[機械式継手]
機械式継手の形式も特に限定しない。前述したようにガチカムジョイントやねじ式継手が代表的であるが、これら以外の継手でも構わない。ガチカムジョイントは、現場施工性が極めてよく工事工期の短縮につながる反面、構造ピンとボックスの接触面積がネジ式よりも小さくなるため、継手母材の強度は、構造上鋼管母材の強度よりも高い引張応力が求められる。よって、ガチカムジョイントに、本発明を適用すれば、その効果は大きい。
【0071】
[製造方法]
本発明に係る機械式継手付き鋼管は継手と鋼管を溶接して製造する。鋼管および継手は、所定の強度、Ceq、Pcmを満足する鋼管母材、継手母材から製造されたものを準備する。準備した鋼管と継手を溶接するに際し、もちろん現地溶接してもよいが、溶接条件を安定して確保する観点から工場内など現場ではなくオフラインで溶接するとよい。鋼管と継手の溶接方法は特に限定されない。一般的にはMAG溶接(CO2、あるいはAr-CO2混合ガス)あるいはサブマージアーク溶接(SAW)にて行われる場合が多い。
【0072】
溶接手法自体は従来からある溶接であるが、鋼管と継手は強度が異なる材料の溶接、いわゆる異種材料溶接となる。本発明に係る機械式継手付き鋼管は、引張強度が高くなる継手の溶接HAZにおける最高硬さが400Hv以下であることが特徴である。HAZの硬さは、溶接条件により変化する。溶接条件とは、鋼管母材や継手母材の材質、形状はもとより、溶接方法、溶接環境(溶接雰囲気、シールドガスなど)、フラックス、溶接ワイヤなど種々の条件が影響してくる。HAZ硬さは、これら溶接施工時の条件の総合指標となる。
【0073】
そこで、事前に鋼管母材と同じ鋼材の試料(鋼管試料)と、継手母材と同じ鋼材の試料(継手試料)を準備し、これら試料どうしを実際の溶接施工条件にて溶接し、その時にできた溶接HAZの硬さを測定する。硬さの測定方法は前記説明したとおりである。事前の試料での溶接試験により、継手HAZの最高硬さが400Hv以下になる溶接施工条件を見出し、この溶接施工条件を継手と鋼管の溶接に適用するとよい。
【0074】
以上説明したように、溶接施工条件は特に限定されないが、溶接HAZの硬さをHv400以下にするには、溶接後冷却速度を遅くするとよい。溶接後の冷却速度が速いとマルテンサイト等の硬質組織が生成され、溶接HAZの硬さが高くなるからである。溶接後の冷却速度を遅くするには、例えば、溶接前の予熱が効果的である。多段パス溶接の場合は、溶接パスごとに溶接前予熱すること、例えば溶接パス間の保熱することが有効である。以下、溶接前予熱と溶接パス間保熱を総称して「予熱」と呼ぶ。
【0075】
予熱温度は、鋼管母材や継手母材、溶接条件により適宜決定すればよい。例えば、非特許文献1には式3に示すCENに応じて予熱温度を決定する方法が開示されている。例えば、入熱量=1.7KJ/mmでCEN=0.6、板厚70mmの場合、予熱温度は230℃以上にするとよいことが分かる。
CEN=C+A(C){Si/30+Mn/6+Cu/15+Ni/20+(Cr+Mo+Nb+V)/5+5B}
・・・式3
A(C)=0.75+0.25tanh{20(C-0.12)}
・・・式4
但し、式3と式4における各元素記号は各元素の含有量(質量%)とし、含まれていない場合は0を代入する。
【0076】
その他、HAZ硬さ予測モデルにより予熱温度を推定してもよい。HAZ硬さ予測モデルは、例えば一般社団法人日本溶接協会溶接情報センターのホームページに開示されており、これらを参考にすることができる。
【0077】
このように、事前に予熱温度を想定し、試料による事前試験にて、溶接HAZ部の最高硬度が400Hv以下になる条件を選定し、実際の溶接施工に適用することにより、継手溶接HAZの最高硬さをHv400以下にすることができる。
【実施例0078】
本発明の一実施形態に基づき、実施例により本発明について説明する。
表1に示す鋼管母材となる鋼材と、表2に示す継手母材となる鋼材を準備し、それぞれから50cm×25cmの試料を切り出し、長辺(50cmの辺)を突合せMAG溶接(CO2ガス)を行った。なお、突合せ面は40°のV型開先を設けた。各試料を溶接する際の溶接前予熱温度およびパス間保熱温度は同じとした。溶接後、溶接した試料の中央部を溶接線に垂直な面が観察面になるよう切断し、継手試料側の溶接HAZ硬さを測定し、その最高硬さを求めた。なお、HAZ硬さは、試料の両表面から1mm深さの位置、および試料表面から継手母材板厚の1/4、1/2(=2/4)、3/4位置において、溶接線から試料表面に平行に0.5mm間隔で10mmでのビッカース硬さを測定した。
また、同じ観察面での試料表面から継手母材板厚の1/4位置での継手側HAZの組織を観察し、それぞれの組織の面積率を求めた。さらに、継手側HAZ中のクラックの有無を目視で評価した。これら観察結果、割れ評価結果を表2に示す。
比較例となる、継手N,P,Q,S,Tについて考察する。
継手Nは、鋼管母材のCeqとPcmがともに高いため、鋼管母材側のHAZにおいて割れが発生したものと思われる。
継手P,Qはともに、予熱温度が低かったため溶接後の冷却速度が速く継手母材側HAZの最高硬度が400Hvを超えた部分が生じ、そこで微小クラックが確認された。
継手S、Tは、それぞれ継手母材側のCeq、Pcmが高く、溶接後の継手母材側HAZの最高硬度が400Hvを超えた部分が生じ、そこで微小クラックが確認された。
【0079】
これらの結果からも分かるように、継手側溶接HAZでの最高硬さがHv400を超えると、割れ(クラック)が観察された。割れ発生位置はどれも溶接線から少しHAZに入ったところであり、遅れ破壊(溶接低温割れ、水素脆化割れ)と判断できるものであった。
【0080】
【0081】