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特開2024-131073高圧ガス容器、高圧ガス容器の製造方法、および高圧ガス容器の製造装置
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  • 特開-高圧ガス容器、高圧ガス容器の製造方法、および高圧ガス容器の製造装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024131073
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】高圧ガス容器、高圧ガス容器の製造方法、および高圧ガス容器の製造装置
(51)【国際特許分類】
   F17C 1/10 20060101AFI20240920BHJP
   C23C 16/27 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
F17C1/10
C23C16/27
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023041112
(22)【出願日】2023-03-15
(71)【出願人】
【識別番号】510078872
【氏名又は名称】大陽日酸JFP株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】河野 真弥
【テーマコード(参考)】
3E172
4K030
【Fターム(参考)】
3E172AA02
3E172AA05
3E172AB20
3E172BA01
3E172BB03
3E172BC06
3E172BC07
3E172BC08
3E172CA31
3E172DA80
3E172DA90
3E172EA02
4K030AA06
4K030AA09
4K030AA11
4K030BA28
4K030CA02
4K030DA03
4K030FA01
(57)【要約】
【課題】高圧ガス容器本体の内周面とガスとの接触を抑制し、内周面へのガスの物理吸着量を減少し、充填時にも剥離することがない被覆層を備える高圧ガス容器を提供する。
【解決手段】導電性を有する高圧ガス容器本体21と、高圧ガス容器本体21の内周面21aを被覆する被覆層22とを備え、被覆層22が、シリコン含有ダイヤモンドライクカーボンからなる下地層23と、ダイヤモンドライクカーボンからなる表面層24と、を含む、高圧ガス容器20を選択する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性を有する高圧ガス容器本体と、
前記高圧ガス容器本体の内周面を被覆する被覆層と、を備え、
前記被覆層が、シリコン含有ダイヤモンドライクカーボンからなる下地層と、ダイヤモンドライクカーボンからなる表面層と、を含む、高圧ガス容器。
【請求項2】
前記ダイヤモンドライクカーボンは、ラマン分光分析におけるラマンスペクトルのdisorder-peakの強度(ID)と、graphite-peakの強度(IG)との比(ID/IG)が、0.26~0.70の範囲であり、
前記ラマンスペクトルのバックグラウンドの傾き(m)と、前記graphite-peakの強度(IG)との比(m/IG)が、0.54~34.85の範囲である、請求項1に記載の高圧ガス容器。
【請求項3】
前記表面層の厚さが、2μm以下である、請求項1又は2に記載の高圧ガス容器。
【請求項4】
前記シリコン含有ダイヤモンドライクカーボンは、シリコン含有量が0.01~50原子%である、請求項1又は2に記載の高圧ガス容器。
【請求項5】
前記被覆層の厚さが、3μm以下である、請求項1又は2に記載の高圧ガス容器。
【請求項6】
高圧ガス容器本体の内側にArガスを供給し、前記高圧ガス容器本体の内側でArプラズマを生成し、Arイオンを前記高圧ガス容器本体の内周面にイオン衝突させて前記内周面をクリーニングする第1ステップと、
前記第1ステップ後に前記高圧ガス容器本体の内側に炭化水素及びシリコン含有化合物を含む第1原料ガスを供給し、プラズマCVD法により前記内周面にシリコン含有ダイヤモンドライクカーボンからなる下地層を形成する第2ステップと、
前記第2ステップ後に前記高圧ガス容器本体の内側に炭化水素を含む第2原料ガスを供給し、プラズマCVD法により前記下地層の上方にダイヤモンドライクカーボンからなる表面層を形成する第3ステップと、を含む、高圧ガス容器の製造方法。
【請求項7】
前記高圧ガス容器本体を第1電極とし、前記第1電極と前記高圧ガス容器本体の内側に挿入した第2電極との間で電圧を印加する、請求項6に記載の高圧ガス容器の製造方法。
【請求項8】
前記Arガス、前記第1原料ガス、及び前記第2原料ガスを、前記高圧ガス容器本体の内側にのみ供給する、請求項6又は7に記載の高圧ガス容器の製造方法。
【請求項9】
前記第1ステップにおいて、前記クリーニングにより前記内周面を加熱する、請求項6又は7に記載の高圧ガス容器の製造方法。
【請求項10】
前記第2ステップ及び前記第3ステップにおいて、電流値を維持するように印加する電圧を制御する、請求項6又は7に記載の高圧ガス容器の製造方法。
【請求項11】
高圧ガス容器本体の内周面に被覆層を有する高圧ガス容器の製造装置であって、
高圧ガス容器本体の開口部を気密に封止する、絶縁性の封止部材と、
基端寄りの部分が前記高圧ガス容器本体の外側に位置し、先端寄りの部分が前記高圧ガス容器本体の内側に位置する、導電性のガス供給配管と、を備え、
前記封止部材の少なくとも一部が筒状部分を有し、
前記筒状部分の軸方向と前記基端寄りの部分の軸方向とが同軸となるように、前記基端寄りの部分が前記封止部材を貫通し、
前記筒状部分と前記ガス供給配管とが重なる領域が二重管構造となる、高圧ガス容器の製造装置。
【請求項12】
前記ガス供給配管は、前記高圧ガス容器本体の外側で、アルゴンガス供給源、炭化水素供給源、及びシリコン含有化合物供給源のうち、少なくとも1つ以上と、それぞれ接続される、請求項11に記載の高圧ガス容器の製造装置。
【請求項13】
前記ガス供給配管の先端に、絶縁性の配管が位置する、請求項11又は12に記載の高圧ガス容器の製造装置。
【請求項14】
排気経路をさらに備え、
前記二重管構造における前記封止部材と前記ガス供給配管との間の空間と、前記排気経路とが連通する、請求項11又は12に記載の高圧ガス容器の製造装置。
【請求項15】
電源をさらに備え、
前記電源の一方の端子が前記高圧ガス容器本体に接続され、前記電源の他方の端子が前記ガス供給配管に接続される、請求項11又は12に記載の高圧ガス容器の製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧ガス容器、高圧ガス容器の製造方法、および高圧ガス容器の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高圧ガス容器の内容物の一例として、分析計を校正する際に用いる標準ガスがある。標準ガスは、ベースガスと成分ガスとを目標濃度に合わせて精確に調整し、最大ゲージ圧力14.7MPaで高圧ガス容器に充填される。なお、成分ガスは1種類の場合もあれば2種類以上の場合もあり、1成分の容量濃度はppb,ppmレベルの低濃度から数十%である。また、成分ガスの性質も、毒性、可燃性、腐食性等様々である。
【0003】
標準ガスは、分析計を校正する際のものさしであるため、最大で1年間、充填時の濃度を一定の偏差以内で維持しなければならないが、物性上、その実現が困難なガスもある。例えば、高圧ガス容器の材質には、マンガン鋼やアルミ合金があるが、充填するガスの種類により、これらの金属面や錆、汚れに触れると化学反応や触媒反応を起こす場合や、物理吸着を起こす場合がある。その場合、高圧ガス容器中に含まれる成分ガスの濃度が低下する。
【0004】
その対策として、容器内側の錆や汚れを酸で除去する、容器内側にコーティングを施し、金属面とガスとの接触を防止する、容器の内周面を研磨し、表面積を減らして物理吸着量を低減する等の方法が挙げられる。
【0005】
例えば、特許文献1には、ウェットプロセスにより、金属製の高圧ガス容器の内周面に厚さ20μm程度のフッ素樹脂の薄膜(フッ素樹脂コーティング)を形成し、高純度ジボランと容器内側の金属面との接触を抑制する技術が開示されている。
【0006】
また、特許文献2には、ドライプロセスにより、ガス充填用容器(高圧ガス容器)の内周面に炭素または炭素を主成分とする被膜を形成し、ガス成分と容器内側の金属面との接触を抑制する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2579384号公報
【特許文献2】特開平2-66399号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に開示された高圧ガス容器によれば、PCTFE等の各種フッ素樹脂は、耐薬品性が高く、金属面とガスとの接触を抑制できるが、ガスの物理吸着量が金属よりも多いという課題があった。また、特許文献1に開示された高圧ガス容器の製造方法によれば、ウェットプロセスであり、環境の影響を受けやすく、工程管理が難しいため、容器内にフッ素樹脂コーティングが不十分な部位が生じる場合や、容器ごとにフッ素樹脂コーティングのばらつきが生じる場合があった。すなわち、ウェットプロセスでは、容器の部位ごと、あるいは容器単位で均一なフッ素樹脂コーティングが困難であった。フッ素樹脂コーティングが不十分な箇所がある容器では、成分ガスの濃度を維持することができないため、初めから工程をやり直す必要が生じてしまう。
【0009】
また、特許文献2に開示されたガス充填用容器によれば、炭素または炭素を主成分とする被膜は、ガスの物理吸着量が少ないが、高圧ガスの充填時に容器がわずかに膨張する際、それに追従できずに割れる場合や剥離する場合があるという課題がある。
また、特許文献2に開示された高圧ガス容器の製造方法によれば、成膜前に容器を200~400℃まで加熱するため、大型の加熱設備が必要となり、エネルギー負荷も高くなるという課題があった。また、高圧ガス容器の材質として一般的なマンガン鋼にとって、この温度域は焼き戻し温度に近く、容器の耐圧性能を損ねるおそれがあるという課題があった。
【0010】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、内周面とガスとの接触を抑制し、内周面へのガスの物理吸着量を減少し、充填時にも剥離することがない被覆層を備える高圧ガス容器を提供することを課題とする。
【0011】
また、本発明は、上述した被覆層を低い温度で成膜が可能な高圧ガス容器の製造方法を提供することを課題とする。
さらに、本発明は、簡易な構成であり、大型の設備が不要な高圧ガス容器の製造装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は以下の構成を採用する。
[1] 導電性を有する高圧ガス容器本体と、
前記高圧ガス容器本体の内周面を被覆する被覆層と、を備え、
前記被覆層が、シリコン含有ダイヤモンドライクカーボンからなる下地層と、ダイヤモンドライクカーボンからなる表面層と、を含む、高圧ガス容器。
[2] 前記ダイヤモンドライクカーボンは、ラマン分光分析におけるラマンスペクトルのdisorder-peakの強度(ID)と、graphite-peakの強度(IG)との比(ID/IG)が、0.26~0.70の範囲であり、
前記ラマンスペクトルのバックグラウンドの傾き(m)と、前記graphite-peakの強度(IG)との比(m/IG)が、0.54~34.85の範囲である、前記[1]に記載の高圧ガス容器。
[3] 前記表面層の厚さが、2μm以下である、前記[1]又は[2]に記載の高圧ガス容器。
[4] 前記シリコン含有ダイヤモンドライクカーボンは、シリコン含有量が0.01~50原子%である、前記[1]乃至[3]のいずれかに記載の高圧ガス容器。
[5] 前記被覆層の厚さが、3μm以下である、前記[1]乃至[4]のいずれかに記載の高圧ガス容器。
[6] 高圧ガス容器本体の内側にArガスを供給し、前記高圧ガス容器本体の内側でArプラズマを生成し、Arイオンを前記高圧ガス容器本体の内周面にイオン衝突させて前記内周面をクリーニングする第1ステップと、
前記第1ステップ後に前記高圧ガス容器本体の内側に炭化水素及びシリコン含有化合物を含む第1原料ガスを供給し、プラズマCVD法により前記内周面にシリコン含有ダイヤモンドライクカーボンからなる下地層を形成する第2ステップと、
前記第2ステップ後に前記高圧ガス容器本体の内側に炭化水素を含む第2原料ガスを供給し、プラズマCVD法により前記下地層の上方にダイヤモンドライクカーボンからなる表面層を形成する第3ステップと、を含む、高圧ガス容器の製造方法。
[7] 前記高圧ガス容器本体を第1電極とし、前記第1電極と前記高圧ガス容器本体の内側に挿入した第2電極との間で電圧を印加する、前記[6]に記載の高圧ガス容器の製造方法。
[8] 前記Arガス、前記第1原料ガス、及び前記第2原料ガスを、前記高圧ガス容器本体の内側にのみ供給する、前記[6]又は[7]に記載の高圧ガス容器の製造方法。
[9] 前記第1ステップにおいて、前記クリーニングにより前記内周面を加熱する、前記[6]乃至[8]のいずれかに記載の高圧ガス容器の製造方法。
[10] 前記第2ステップ及び前記第3ステップにおいて、電流値を維持するように印加する電圧を制御する、前記[6]乃至[9]のいずれかに記載の高圧ガス容器の製造方法。
[11] 高圧ガス容器本体の内周面に被覆層を有する高圧ガス容器の製造装置であって、
高圧ガス容器本体の開口部を気密に封止する、絶縁性の封止部材と、
基端寄りの部分が前記高圧ガス容器本体の外側に位置し、先端寄りの部分が前記高圧ガス容器本体の内側に位置する、導電性のガス供給配管と、を備え、
前記封止部材の少なくとも一部が筒状部分を有し、
前記筒状部分の軸方向と前記基端寄りの部分の軸方向とが同軸となるように、前記基端寄りの部分が前記封止部材を貫通し、
前記筒状部分と前記ガス供給配管とが重なる領域が二重管構造となる、高圧ガス容器の製造装置。
[12] 前記ガス供給配管は、前記高圧ガス容器本体の外側で、アルゴンガス供給源、炭化水素供給源、及びシリコン含有化合物供給源のうち、少なくとも1つ以上と、それぞれ接続される、前記[11]に記載の高圧ガス容器の製造装置。
[13] 前記ガス供給配管の先端に、絶縁性の配管が位置する、前記[11]又は[12]に記載の高圧ガス容器の製造装置。
[14] 排気経路をさらに備え、
前記二重管構造における前記封止部材と前記ガス供給配管との間の空間と、前記排気経路とが連通する、前記[11]乃至[13]のいずれかに記載の高圧ガス容器の製造装置。
[15] 電源をさらに備え、
前記電源の一方の端子が前記高圧ガス容器本体に接続され、前記電源の他方の端子が前記ガス供給配管に接続される、前記[11]乃至[14]のいずれかに記載の高圧ガス容器の製造装置。
【発明の効果】
【0013】
本発明の高圧ガス容器は、内周面とガスとの接触を抑制し、内周面へのガスの物理吸着量を減少し、充填時にも剥離することがない被覆層を備える。
【0014】
本発明の高圧ガス容器の製造方法は、上述した被覆層を低い温度で成膜が可能である。
また、本発明の高圧ガス容器の製造装置は、簡易な構成であり、大型の設備が不要である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一実施形態である高圧ガス容器の構成を示す断面図である。
図2】本発明の一実施形態である高圧ガス容器の製造装置の構成を示す系統図である。
図3】検証試験2の結果を示す図である。
図4】検証試験3の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
なお、以下の説明で用いる図面においては、各構成要素を見やすくするため、構成要素によって寸法の縮尺を異ならせて示すことがあり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに必ずしも限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
また、「~」で表される数値範囲は、「~」の前後の数値を下限値及び上限値とする数値範囲を示す。
【0017】
<高圧ガス容器>
先ず、本発明の一実施形態として、図1に示す高圧ガス容器20について説明する。
なお、図1は、高圧ガス容器の構成を示す断面図である。
【0018】
図1に示すように、本実施形態の高圧ガス容器20は、高圧ガス容器本体21と、高圧ガス容器本体21の内周面21aを被覆する被覆層22と、を備える。
本実施形態の高圧ガス容器20は、ダイヤモンドライクカーボン(以下、単に「DLC」と記載する場合がある)を含む被覆層22を高圧ガス容器本体21の内周面21aに設けることで、内周面21aとガスとの接触を抑制し、内周面21aへのガスの物理吸着量を減少させるものである。
また、本実施形態の高圧ガス容器20の被覆層22は、充填時にも剥離しない。
【0019】
高圧ガス容器本体21は、高圧ガスの充填に使用する容器である。
高圧ガス容器本体21の材質は、電気伝導率が10(S/m)と同等以上の導電性を有するものであれば、特に限定されない。このような材質としては、Mn鋼、アルミニウム合金、ステンレス鋼などが挙げられる。
また、高圧ガス容器本体21の大きさ(容量)は、特に限定されないが、例えば、3.4l容器、10l容器、47l容器等が挙げられる。
なお、高圧ガス容器本体21の材質や大きさとしては、高圧ガス保安法やJIS B 8241などの国内及び国際的な規格により、定められているものを用いることができる。
【0020】
被覆層(コーティング層ともいう)22は、下地層23と表面層24とを含み、高圧ガス容器本体21の内周面21aの保護膜として機能する。具体的には、被覆層22は、高圧ガス容器本体21の内周面21a上に、下地層23と表面層24とがこの順で積層された構造を有する。
【0021】
保護膜である下地層23は、シリコン含有DLC膜から構成される。下地層23は、高圧ガス容器本体21の内周面21aの表面全体を均一に覆うように、内周面21aの直上に位置する。すなわち、下地層23の一方の表面は、被覆層22において高圧ガス容器本体21の内周面21aとの密着面となる。
【0022】
本実施形態の高圧ガス容器20は、高圧ガス容器本体21の内周面21a(高圧ガス容器本体21が金属製の場合は金属表面)の直上に、Si含有DLC膜からなる下地層23を配置することで、内周面21aと被覆層22との密着性を向上し、被覆層22の内部応力を緩和できる。これにより、高圧ガス容器本体21の内周面21aからの被覆層22の剥離を防ぎつつ、被覆層22の厚膜化が可能となる。
【0023】
表面層24は、DLC膜から構成される。表面層24は、下地層23の表面全体を均一に覆うように、下地層23の上方に位置する。すなわち、表面層24の一方の表面は、被覆層22において最表層となる。
【0024】
本実施形態の高圧ガス容器20は、被覆層22の最表層に、化学的安定性の高いDLC膜からなる表面層24を配置することで、高圧ガス容器本体21の内周面21aとガスとの接触を抑制し、内周面21aへのガスの物理吸着量を減少させることができる。
また、被覆層22の最表層に表面層24を配置することで、シリコン含有DLC膜からなる下地層23とガスとの接触を抑制することができる。
【0025】
下地層23を構成するシリコン含有DLC、及び表面層24を構成するDLCは、ラマン分光分析におけるラマンスペクトルにおいて、disorder-peak(以下、単に「D-peak」という場合がある)の強度(ID)と、graphite-peak(以下、単に「G-peak」という場合がある)の強度(IG)との比(ID/IG)が、それぞれ0.26~0.70の範囲であることが好ましく、0.30~0.70の範囲であることがより好ましく、0.36~0.55の範囲であることがさらに好ましい。強度比(ID/IG)が上記好ましい範囲であると、高圧ガス容器に高圧ガスを充填した際に容器が膨張した場合でも、DLCからなる膜及びシリコン含有DLCからなる膜の割れや剥離が起きない硬度とすることができる。
【0026】
また、下地層23を構成するシリコン含有DLC、及び表面層24を構成するDLCは、ラマン分光分析におけるラマンスペクトルにおいて、スペクトルのバックグラウンドの傾き(m)と、「G-peak」の強度(IG)との比(m/IG)が、それぞれ0.54~34.85の範囲であることが好ましく、1.08~8.71の範囲であることがより好ましく、1.89~7.58の範囲であることがさらに好ましい。比(m/IG)が上記好ましい範囲であると、DLCからなる膜及びシリコン含有DLCからなる膜の柔軟性を向上することができる。
【0027】
なお、上述した強度比(ID/IG)、及び比(m/IG)は、公知文献(“トライボロジスト”第58巻 第8号(2013)596~602、「ラマン分光法によるDLC膜の機械特性評価および予測(第1報)」)に記載の方法により、算出する。
具体的には、強度比(ID/IG)は、顕微レーザーラマン分光システム(日本分光株式会社製:「NRS-1000」等)を用い、DLCからなる膜及びシリコン含有DLCからなる膜のsp結合炭素に由来する「G-peak」の強度IGと、sp結合炭素クラスターの無秩序性に由来する「D-Peak」の強度IDとを測定し、それぞれの測定値から算出する。
また、比(m/IG)は、顕微レーザーラマン分光システム(日本分光株式会社製:「NRS-1000」等)を用い、ラマンスペクトルのバックグラウンドの傾き(m)と、「G-Peak」の強度IGとを測定し、それぞれの測定値から算出する。
【0028】
また、上述した公知文献に記載のように、強度比(ID/IG)は、下地層23を構成するシリコン含有DLC、及び表面層24を構成するDLCにおける「sp混成軌道の炭素」の割合に相当する。すなわち、下地層23及び表面層24のDLC中の「sp混成軌道の炭素」の割合は、45~70%が好ましく、45~65%がより好ましく、50%~60%がさらに好ましい。
【0029】
同様に、上述した公知文献に記載のように、比(m/IG)は、下地層23を構成するシリコン含有DLC、及び表面層24を構成するDLCにおける「水素含有量」に相当する。すなわち、下地層23及び表面層24のDLC中の「水素含有量」の割合は、20~50%が好ましく、25~40%がより好ましく、29%~39%がさらに好ましい。
【0030】
下地層23を構成するシリコン含有DLCは、DLC膜中のシリコン含有量が0.01~50原子%であることが好ましく、0.03~30原子%であることがより好ましく、0.05~20原子%であることがさらに好ましい。DLC膜中のシリコン含有量が上記好ましい範囲であると、上述したように高圧ガス容器本体21の内周面21aとの密着性の向上効果、及び被覆層22の内部応力の緩和の効果が得られる。
【0031】
なお、下地層23を構成するシリコン含有DLC膜中のシリコン含有量は、市販の走査型電子顕微鏡(例えば、株式会社日立ハイテクノロジーズ製;「S-4300」等)に付属するエネルギー分散型X線マイクロアナライザー(SEM-EDX)により測定できる。
【0032】
下地層23の厚さは、2μm以下が好ましく、1.5μm以下であることがより好ましく、1.3μm以下であることがさらに好ましい。下地層23の厚さが上記の上限以下であると、上述したように高圧ガス容器本体21の内周面21aとの密着性の向上効果、及び被覆層22の内部応力の緩和の効果が得られる。また、下地層23の厚さの下限としても、特に限定されないが、上記効果が得られる観点から、例えば、0.01μm以上であることが好ましい。
【0033】
表面層24の厚さは、2μm以下が好ましく、1.5μm以下であることがより好ましく、1.3μm以下であることがさらに好ましい。表面層24の厚さが上記好ましい範囲であると、上述したように高圧ガス容器本体21の内周面21aとガスとの接触を抑制し、内周面21aへのガスの物理吸着量を減少させることができる。また、表面層24の厚さの下限としても、特に限定されないが、上記効果が得られる観点から、例えば、0.01μm以上であることが好ましい。
【0034】
被覆層22の総厚は、3μm以下が好ましく、2.8μm以下であることがより好ましく、2.5μm以下であることがさらに好ましい。被覆層22の総厚が上記好ましい範囲であると、高圧ガス容器20に高圧ガスを充填する際であっても、高圧ガス容器20の内周面から被覆層22が剥離しない。また、被覆層22の厚さの下限としても、特に限定されないが、上記効果が得られる観点から、例えば、0.02μm以上であることが好ましい。
【0035】
下地層23、表面層24、及び被覆層22の厚さは、市販の高分解能走査電子顕微鏡(FE-SEM)(日本電子株式会社製:「JSM-7800F Prime」等)を用いて測定できる。
【0036】
<高圧ガス容器の製造装置>
次に、本発明の一実施形態として、図2に示す高圧ガス容器の製造装置1について説明する。
なお、図2は、高圧ガス容器の製造装置1の構成を示す系統図である。
【0037】
図2に示すように、本実施形態の高圧ガス容器の製造装置(以下、単に「製造装置」という場合がある)1は、封止部材2、ガス供給配管3、ガス供給経路L1、排気経路L2、電源4、を備えて概略構成されている。本実施形態の製造装置1は、高圧ガス容器本体21の内周面に被覆層22が形成された、上述した高圧ガス容器20の製造装置である。
【0038】
成膜対象となる高圧ガス容器本体21は、絶縁性の材料から構成される支持台5の上に載置されている。これにより、後述するように高圧ガス容器本体21に負バイアスをかけた際に、地面への伝搬を防止する。
【0039】
封止部材2は、高圧ガス容器本体21の開口部(容器弁を取り付ける部分)に接続し、容器内側の空間を気密に封止する部材である。
【0040】
封止部材2は、少なくとも一部に中空の筒状部分を有する。封止部材2の筒状部分は、上面2aが閉塞し、底面2bが開口する。また、封止部材2の筒状部分の胴部には、筒状部分の軸方向に対して垂直方向に拡径するように、周方向に亘ってフランジ部2cが設けられている。
【0041】
封止部材2は、筒状部分の軸方向と高圧ガス容器本体21の軸方向とが一致するように、底面2bから高圧ガス容器本体21の内側に挿入され、フランジ部2cが高圧ガス容器本体21の開口部に接触する位置に取り付けられる。封止部材2は、高圧ガス容器本体21に取り付けられた状態で、上面2aが高圧ガス容器本体21の外側に位置し、底面2bが容器内側の空間に開口する。
【0042】
封止部材2は、高圧ガス容器本体21と、それ以外の装置の構成とを絶縁するために、絶縁性の材質から構成されている。このような材質としては、特に限定されないが、プラスチックやゴム等の有機材料、セラミック等の無機材料が挙げられる。
これらの中でも、耐熱性の観点からPTFE等のフッ素樹脂製の封止部材2を用いることが好ましい。
なお、封止部材2の全体が絶縁性の材料から構成されていてもよいし、高圧ガス容器本体21と接する部分に絶縁コーティングを施す等、一部のみ絶縁性の材料から構成されていてもよい。
【0043】
ガス供給配管3は、封止部材2を介して高圧ガス容器本体21の内側に挿入された状態で、ガス導入配管と陽極とを兼ねる、筒状の中空部材である。
【0044】
ガス供給配管3は、基端寄りの部分3Aと、上記基端寄りの部分3Aよりも拡径された先端寄りの部分3Bとを有する。基端寄りの部分3Aと先端寄りの部分3Bとは、それぞれの軸方向が同軸となるように接続されている。
【0045】
基端寄りの部分3Aの一部は、高圧ガス容器本体21の外側に位置する。また、基端寄りの部分3Aの残部は、封止部材2の筒状部分の軸方向と基端寄りの部分3Aの軸方向とが同軸となるように封止部材2の上面2aを貫通して、高圧ガス容器本体21の内側に位置する。これにより、封止部材2の筒状部分と、ガス供給配管3の基端寄りの部分3Aとが重なる領域が、ガス供給配管3の基端寄りの部分3Aを内管とし、封止部材2の筒状部分を外管とする二重管構造を構成する。また、ガス供給配管3と高圧ガス容器本体21とが接触することがなく、ガス供給配管3と高圧ガス容器本体21とを確実に絶縁できる。
なお、高圧ガス容器本体21のネジ部でのアーキングや放電集中を防ぎ、且つ、高圧ガス容器本体21とガス供給配管3との接触を確実に防ぐため、ガス供給配管3の周囲を覆うように、絶縁性の素材から構成される配管スリーブを設けてもよい。
【0046】
先端寄りの部分3Bは、高圧ガス容器本体21の内側に位置する。また、先端寄りの部分3Bの先端、すなわち、ガス供給配管3の先端は、高圧ガス容器本体21の内側に開口している。これにより、ガス供給配管3を介して、高圧ガス容器本体21の内側に各種ガスを供給できる。
【0047】
なお、ガス供給口は、先端寄りの部分3Bの先端に加えて、先端寄りの部分3Bの筒状部分の周方向に複数の孔を設け、これらの孔をガス供給孔とする構成であってもよい。先端寄りの部分3Bの軸方向にもガス供給孔を設ける構成とすることで、高圧ガス容器本体21の内側に、軸方向により均一に各種ガスを供給できる。
【0048】
ガス供給配管3は、少なくとも陽極として機能する部分が導電性を有する。ガス供給配管3の材質としては、電気伝導率が10(S/m)と同等以上の導体であれば限定されるものではなく、例えば、ステンレス、銅等が挙げられる。
【0049】
ガス供給配管3の先端には、絶縁性の配管6が位置する。導電性のガス供給配管3の先端に絶縁性の配管6を設けることで、プラズマ生成時の放電集中を防ぐことができる。配管6の材質は特に限定されるものではないが、例えば、セラミック、フッ素樹脂等の絶縁材料が挙げられる。
【0050】
ガス供給配管3の基端寄りの部分3Aには、ガス供給経路L1の先端が接続されている。
ガス供給経路L1は、基端側が経路L1A~L1Cに分岐し、経路L1Aがアルゴンガス供給源(図示略)と、経路L1Bが炭化水素供給源(図示略)と、経路L1Cがシリコン含有化合物供給源と、それぞれ接続されている。
すなわち、ガス供給配管3は、高圧ガス容器本体21の外側で、アルゴンガス供給源、炭化水素供給源、及びシリコン含有化合物供給源と、それぞれ接続されている。
また、経路L1A~L1Cには、流量調節器(MFC)7A~7Cがそれぞれ設けられている。
【0051】
炭化水素(炭素及び水素源)としては、特に限定されるものではなく、例えば、メタン、アセチレン、ベンゼン、トルエン等の炭化水素系ガスが挙げられる。
シリコン含有化合物(シリコン源)としては、特に限定されるものではなく、例えば、テトラメチルシラン(TMS)、ヘキサメチルジシロキサン(HMDSO)等が挙げられる。
【0052】
このような構成により、本実施形態の製造装置1は、クリーニングガスとなるアルゴンガス、炭素及び水素源となる炭化水素、及びシリコン源となるシリコン含有化合物をそれぞれ任意の流量に調整した後、高圧ガス容器本体21の内側に供給できる。
【0053】
排気経路L2は、高圧ガス容器本体21の外側に位置する。排気経路L2は、高圧ガス容器本体21の内側の雰囲気を当該高圧ガス容器本体21の外側に排出するための経路である。
【0054】
排気経路L2の一端は、高圧ガス容器本体21の外側で封止部材2と接続されている。そして、排気経路L2は、二重管構造を構成する封止部材2の筒状部分とガス供給配管3の基端寄りの部分3Aとの間の空間と連通している。これにより、高圧ガス容器本体21の内側の雰囲気を、封止部材2の二重管構造の部分を介して、排気経路L2へ排出できる。
【0055】
排気経路L2は、途中で経路L2A,L2Bに分岐した後、再び合流する。
分岐前の排気経路L2には、バルブV1と真空計8とが位置する。
また、経路L2Aには、ターボ分子ポンプ9が位置し、その前後にバルブV2,V3がそれぞれ配置されている。
また、バイパス経路となる経路L2Bには、バルブV4が配置されている。
さらに、合流後の排気経路L2には、ロータリーポンプ10が配置されている。
【0056】
本実施形態の製造装置1は、バルブV1~V3を開放し、バルブV4を閉止して、ターボ分子ポンプ9及びロータリーポンプ10を運転することで、高圧ガス容器本体21の内側を、1×10-3~9×10-1(Pa)の真空度とすることが好ましく、1×10-3~1×10-1(Pa)の真空度とすることがより好ましい。
なお、排気経路L2の他端は、図示略の除害装置等に接続されている。
【0057】
電源4は、高圧ガス容器本体21の外側に位置する。電源4としては、直流パルス電源を適用できる。電源4には、正極側の配線4Aと負極側の配線4Bとが接続されている。
正極側の配線4Aの先端には、図示略の端子(正極端子)が設けられており、この端子が高圧ガス容器本体21の外側においてガス供給配管3の基端寄りの部分3Aと接続されている。
負極側の配線4Bの先端には、図示略の端子(負極端子)が設けられており、この端子が高圧ガス容器本体21と接続されている。
【0058】
電源4の印加電圧は、特に限定されるものではなく、例えば、-500~-700(V)の印加電圧とすることが好ましく、-500~-650(V)の印加電圧とすることがより好ましい。
【0059】
本実施形態の製造装置1は、高圧ガス容器本体21の内側に各種ガスを供給した状態で、電源4により高圧ガス容器本体21の内側で、高圧ガス容器本体21とガス供給配管3との間に任意の電圧を印加することができる。これにより、本実施形態の製造装置1は、高圧ガス容器本体21の内側に、各種ガスのプラズマを生成できる。
【0060】
<高圧ガス容器の製造方法>
次に、本発明の一実施形態として、高圧ガス容器20の製造方法について説明する。なお、本実施形態の高圧ガス容器20の製造方法(以下、単に「製造方法」ともいう)は、上述した製造装置1を用いて行うことができる。
本実施形態の製造方法は、高圧ガス容器本体21の内周面21aをクリーニングする第1ステップと、高圧ガス容器本体21の内周面21aにシリコン含有DLCからなる下地層23を形成する第2ステップと、下地層23の上方にDLCからなる表面層24を形成する第3ステップと、を含んで、概略構成される。
以下、各ステップについて、詳細に説明する。
【0061】
(第1ステップ)
第1ステップでは、高圧ガス容器本体21の内側にArガスを供給し、高圧ガス容器本体21の内側でArプラズマを生成し、Arイオンを高圧ガス容器本体21の内周面にイオン衝突させて内周面をクリーニングする。
【0062】
具体的には、図2に示すように、先ず、被覆層(図示略)を形成する高圧ガス容器本体21を支持台5上に載置して固定する。次いで、高圧ガス容器本体21の開口部に封止部材2及びガス供給配管3を取り付ける。
【0063】
次に、ロータリーポンプ10を運転し、V1、V4を開放して高圧ガス容器本体21の内側を100Pa以下の真空度となるまで真空引きする。その後、V3、V2を開放し、V4を閉止した後、ターボ分子ポンプ9を運転して、高圧ガス容器本体21の内側を、例えば、1~9×10-2(Pa)の真空度となるまで真空引きする。次いで、経路L1A及びガス供給経路L1を介してアルゴンガスを所要の流量、例えば、10~100(ml/min)で高圧ガス容器本体21の内側に供給し、容器内を所要の真空度、例えば、5~20(Pa)に維持する。
【0064】
次に、電源4の負極側の配線4Bをガス容器本体21と接続して第1電極とし、正極側の配線4Aをガス供給配管3と接続して第2電極とした後、電源4を操作して、高圧ガス容器本体21に所要の負バイアス、例えば、-500~-700(V)を印加する。これにより、高圧ガス容器本体21の内側に、Arプラズマを生成する。次いで、生成したArプラズマを高圧ガス容器本体21の内周面にイオン衝突させて内周面をクリーニングする。これにより、高圧ガス容器本体21の内周面の自然酸化膜や、僅かな錆、塵を除去する。
【0065】
Arプラズマによる処理時間は、特に限定されないが、例えば、5~60分とすることができ、10~45分とすることが好ましく、15~30分とすることがより好ましい。処理時間を上記好ましい範囲とすることで、高圧ガス容器本体21の内周面を確実にクリーニングできるとともに、当該クリーニングにより高圧ガス容器本体21の内周面の温度を所要の温度範囲となるように加熱できる。
【0066】
第1ステップのArプラズマクリーニングは、Arイオンを高圧ガス容器本体21の内周面にイオン衝突させて行うが、その際の発熱を利用し、高圧ガス容器本体21の内周面を加熱する。内周面の温度としては、50~160℃とすることができ、60~150℃とすることが好ましく、70~140℃とすることがより好ましい。上記温度範囲に幅内周面の温度を上記好ましい範囲とすることで、高圧ガス容器本体21を外側から加熱することなく、皮膜の成膜に必要な温度まで高圧ガス容器本体21の内周面を加熱できる。また、本実施形態の製造方法によれば、高圧ガス容器本体21の外側から加熱する加熱装置が不要となるため、製造装置1を簡易な構成とすることができる。
【0067】
なお、Arプラズマによるクリーニングでは、Arプラズマ密度分布の偏りの影響により、高圧ガス容器本体21の首部、胴部(中央部)、及び底部に温度分布が生じる場合がある。この場合、内周面の温度としては、最も温度が低い部分が70℃以上とすることが好ましい。
【0068】
(第2ステップ)
次に、第2ステップでは、第1ステップ後に高圧ガス容器本体21の内側に炭化水素及びシリコン含有化合物を含む第1原料ガスを供給し、プラズマCVD法によって高圧ガス容器本体21の内周面にシリコン含有DLCからなる下地層を形成する。
【0069】
具体的には、先ず、第1ステップで使用したArプラズマ雰囲気を高圧ガス容器本体21の内側から排気経路L2に排気して、高圧ガス容器本体21の内側を、例えば、1~9×10-2(Pa)の真空度となるまで真空引きする。次いで、経路L1Aからキャリアガスとしてアルゴンガスを所要の流量、例えば、5~50(ml/min)でガス供給経路L1に供給し、経路L1Bから炭素源として炭化水素ガスを所要の流量、例えば、10~100(ml/min)でガス供給経路L1に供給し、経路L1Cからシリコン源としてシリコン含有化合物ガスを所要の流量、例えば、0.1~5(ml/min)でガス供給経路L1に供給し、これらの混合ガスを第1原料ガスとして、ガス供給経路L1及びガス供給配管3を介して高圧ガス容器本体21の内側に供給する。その際、容器内を所要の真空度、例えば、5~30(Pa)に維持する。
【0070】
次に、電源4を操作し、高圧ガス容器本体21に所要の負バイアス、例えば、-500~-700(V)を印加して、プラズマCVD法により、高圧ガス容器本体21の内周面に、シリコン含有DLCからなる被膜を成膜する。
【0071】
成膜時間は、特に限定されるものではなく、シリコン含有DLC膜の膜厚に応じて、適宜選択できる。具体的には、成膜時間としては、例えば、2~60分とすることができ、2~50分とすることが好ましく、2~40分とすることがより好ましい。成膜時間を上記好ましい範囲とすることで、高圧ガス容器本体21の内周面に、シリコン含有DLCからなる下地層を所要の厚さで形成できる。
【0072】
(第3ステップ)
次に、第3ステップでは、第2ステップに続いて、高圧ガス容器本体21の内側に炭化水素を含む第2原料ガスを供給し、プラズマCVD法により下地層の上方にDLCからなる表面層を形成する。
【0073】
具体的には、先ず、経路L1A、L1B、L1Cからのガスの供給を停止し、1~9×10-2(Pa)の真空度となるまで真空引きする。次に、アルゴンガスと炭化水素ガスとの混合ガスを第2原料ガスとして、ガス供給経路L1及びガス供給配管3を介して高圧ガス容器本体21の内側に供給する。その際、容器内の真空度、及び印加電圧は、第2ステップと同様の範囲に維持し、プラズマCVD法により、シリコン含有DLCからなる下地層上に、DLCからなる被膜を成膜する。
【0074】
成膜時間は、特に限定されるものではなく、DLC膜の膜厚に応じて、適宜選択できる。具体的には、成膜時間としては、例えば、2~60分とすることができ、2~50分とすることが好ましく、2~40分とすることがより好ましい。成膜時間を上記好ましい範囲とすることで、高圧ガス容器本体21の内周面において、シリコン含有DLCからなる下地層の上方に、DLCからなる表面層を所要の厚さで形成できる。
以上のステップにより、図1に示すように、高圧ガス容器本体21の内周面21aに被覆層22が設けられた高圧ガス容器20を製造できる。
【0075】
本実施形態の製造方法では、Arガス、第1原料ガス、及び第2原料ガスを、高圧ガス容器本体21の内側にのみ供給する。したがって、本実施形態の製造方法に用いる製造装置1において、高圧ガス容器本体21の全体を覆うための大型のチャンバーが不要となるため、製造装置1を小型化できる。
【0076】
なお、本実施形態の製造方法は、第2ステップ及び第3ステップにおいて、電流値を維持するように印加する電圧を制御することが好ましい。これにより、シリコン含有DLCからなる下地層23、及びDLCからなる表面層24の厚さを制御するとともに、常に同じ膜質とすることができる。
【0077】
以上説明したように、本実施形態の高圧ガス容器20によれば、DLCを含む被覆層22を高圧ガス容器本体21の内周面21aに備えるため、内周面21aとガスとの接触を抑制し、内周面21aへのガスの物理吸着量を減少させることができる。
【0078】
また、本実施形態の高圧ガス容器20によれば、高圧ガス容器本体21の内周面21aの直上に、Si含有DLC膜からなる下地層23が位置するため、内周面21aと被覆層22との密着性が向上し、被覆層22の内部応力が緩和される。したがって、高圧ガス容器20へのガス充填時にも、高圧ガス容器本体21の内周面21aから被覆層22が剥離することがない。
【0079】
本実施形態の製造方法によれば、Arプラズマによるクリーニング時に、Arイオン衝突による発熱を利用して、被覆層22の成膜に必要な温度まで高圧ガス容器本体21の内周面を加熱できる。
【0080】
また、本実施形態の製造方法によれば、プラズマCVDによるドライ処理によって被覆層22を成膜するため、ガス流量、容器内の真空度、電流値(負バイアス電圧)、及び成膜時間を毎回に一定に維持することで、高圧ガス容器に設ける被覆層22の個体差を極小化できる。
【0081】
本実施形態の製造装置1によれば、高圧ガス容器本体21の外側から加熱する加熱装置が不要となるため、製造装置1を簡易な構成とすることができる。
【0082】
本実施形態の製造方法、及び製造装置1では、Arガス、第1原料ガス、及び第2原料ガスを、高圧ガス容器本体21の内側にのみ供給するため、高圧ガス容器本体21の全体を覆うための大型のチャンバーが不要となる。したがって、本実施形態の製造装置1を小型化できる。
【0083】
なお、本発明は、上記実施形態のものに必ずしも限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【実施例0084】
以下、実施例によって本発明の効果を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0085】
<検証試験1>
図2に示す製造装置1を用い、以下の手順で高圧ガス容器本体に被覆層を形成して、高圧ガス容器を製造した。
【0086】
(製造方法)
先ず、Mn鋼製の高圧ガス容器本体(容量:10L)の容器内を10-2(Pa)程度まで真空引きした後、Arガスを40(ml/min)の流量で容器内に供給した。この際、容器内を9~11(Pa)の真空度に維持した。
次に、高圧ガス容器本体に-500V~-560V程度の負バイアスを印加(電流値を4Aに維持)して、容器の内側にArプラズマを生成し、Arイオンを容器の内周面にイオン衝突させた。この処理を20分間行って、容器の内周面の自然酸化膜や僅かな錆、塵を除去した。また、イオン衝突によって容器の内周面が加熱され、容器温度は約70℃~140℃となった。
【0087】
次に、再び容器内を10-2(Pa)程度まで真空引きした後、Arガスの流量:10(ml/min)、メタン(CH)ガスの流量:30(ml/min)、トリメチルシラン(TMS)の流量:0.5(ml/min)として容器内に供給し、容器内を14~17(Pa)の真空度に維持した。
次に、高圧ガス容器本体に-500V~-540V程度の負バイアスを印加(電流値を1.7Aに維持)し、25分間成膜して、Si含有DLC膜(下地層)を形成した。
次いで、Arガスの流量:10(ml/min)、メタン(CH)ガスの流量:30(ml/min)、トリメチルシラン(TMS)の流量:0(ml/min)に変更した後、5分間成膜して、DLC膜(表面層)を形成した。
【0088】
(試験片の準備)
DLC膜を成膜した容器について、以下の方法により、試験片を作成した後、膜厚評価、及び膜組成評価に用いた。
(1)容器の軸方向において、底部からの高さ:40~50mmの位置(底部)、425~435mmの位置(中部)、735~745mmの位置(上部)で容器を輪切りにし、それぞれ10mm幅のリングを切り出す。
(2)それぞれのリングから、10mm角の試験片を1つずつ切り出す。
【0089】
(膜厚評価)
膜厚測定装置(日本電子株式会社製:「JSM-7800F Prime」等)を用い、それぞれの高さの試験片について、形成したDLC膜(表面層)の膜厚を5回測定し、最大値および最小値を除いた3点の平均値を求めた。
3つの試験片の平均値は、1.2μmであった。
【0090】
(膜組成評価)
顕微レーザーラマン分光システム(日本分光株式会社製:NRS-1000)を用い、3つの試験片について、ラマンスペクトルの強度比(ID/IG)、及び比(m/IG)をそれぞれ5回測定し、最大値および最小値を除いた3点の平均値を求めた。結果を以下の表1に示す。
【0091】
【表1】
【0092】
表1に示すように、容器の軸方向において、膜組成がいずれも好ましい範囲内であることから、容器の部位ごと、及び容器単位で均一なDLC膜(表面層)が形成されたことを確認できた。
【0093】
(剥離評価)
先ず、DLC膜からなる被覆層を形成した高圧ガス容器に、ゲージ圧力24.5(MPa)の圧力をかけて容器を膨張させた。その後、大気圧に戻し、走査型電子顕微鏡(SEM)による被覆層の表面観察を行った結果、剥離は認められなかった。
【0094】
<検証試験2>
(試験例1~3)
検証例1と同様にして、試験例1~3の高圧ガス容器を製造した。
試験例1~3の高圧ガス容器に、二酸化窒素(NO)を500ppmの濃度で含む窒素(N)ガスをゲージ圧力14.7(MPa)でそれぞれ充填した後、高圧ガス容器内の二酸化窒素の濃度安定性を検証した。
【0095】
図3は、試験例1~3の濃度安定性の検証結果を示す図である。図3中、X軸は経過日数(日)を示し、Y軸は充填日翌日の二酸化窒素濃度との偏差(%)を示す。
図3に示すように、試験例1~3の高圧ガス容器では、充填日の翌日の二酸化窒素濃度からの偏差がいずれも±5%以内に収まっていた。
【0096】
さらに、充填日から365日経過時点で、圧力低下によるガスの脱離を確認するためにゲージ圧力0.5MPaまで減圧後した。減圧後であっても、充填日翌日の二酸化窒素濃度からの偏差がいずれも±5%以内に収まっており、大きな吸着や脱離がなく良好な結果であることを確認した。
【0097】
<検証試験3>
(試験例4~6)
検証例1と同様にして、試験例4~6の高圧ガス容器を製造した。
試験例4~6の高圧ガス容器に、一酸化窒素(NO)を50ppmの濃度で含む窒素(N)ガスをゲージ圧力14.7(MPa)でそれぞれ充填した後、高圧ガス容器内の一酸化窒素の濃度安定性を検証した。
【0098】
図4は、検証例4~6の濃度安定性の検証結果を示す図である。図4中、X軸は経過日数(日)を示し、Y軸は充填日翌日の一酸化窒素濃度との偏差(%)を示す。
図4に示すように、試験例4~6の高圧ガス容器では、充填日の翌日の一酸化窒素濃度からの偏差がいずれも±5%以内に収まっていた。
【0099】
さらに、充填日から365日経過時点で、圧力低下によるガスの脱離を確認するためにゲージ圧力0.5MPaまで減圧後した。減圧後であっても、充填日の翌日の一酸化窒素濃度からの偏差がいずれも±5%以内に収まっており、大きな吸着や脱離がなく良好な結果であることを確認した。
【0100】
高圧ガス容器の内周面に、ラマン分光分析におけるラマンスペクトルの強度比(ID/IG)が0.36~0.55の範囲であり、かつ比(m/IG)が1.89~7.58の範囲であるDLC膜からなる被覆層を形成することで、1年間は充填日の翌日の濃度からの偏差が±5%以内にガスの濃度を維持できることを確認できた。また、形成されたDLC膜からなる被覆層は、ゲージ圧力24.5MPaにおける容器膨張にも追従することができ、剥離しないことを確認できた。
このような濃度安定性を備える本発明の高圧ガス容器は、長期間にわたって成分ガスの濃度が低下することがないため、標準ガス等の高圧ガス充填用に適用可能である。
【符号の説明】
【0101】
1・・・高圧ガス容器の製造装置(製造装置)
2・・・封止部材
3・・・ガス供給配管
4・・・電源
5・・・支持台
6・・・絶縁性配管(配管)
7A~7C・・・流量調節器(MFC)
8・・・真空計
9・・・ターボ分子ポンプ
10・・・ロータリーポンプ
20・・・高圧ガス容器
21・・・高圧ガス容器本体
21a・・・内周面
22・・・被覆層
23・・・下地層
24・・・表面層
L1・・・ガス供給経路
L2・・・排気経路
V1~V4・・・バルブ
図1
図2
図3
図4