(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024131736
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】ステンレス鋼材及びその製造方法、並びにステンレス鋼溶接構造体
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240920BHJP
C22C 38/20 20060101ALI20240920BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240920BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20240920BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/20
C22C38/58
C21D9/46 Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023042171
(22)【出願日】2023-03-16
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】河野 明訓
(72)【発明者】
【氏名】奥野 勉
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA06
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA15
4K037EA16
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA21
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA28
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB13
4K037EC04
4K037FA01
4K037FB00
4K037FF02
4K037FF03
4K037FJ06
4K037FJ07
4K037GA01
4K037HA05
(57)【要約】
【課題】抗菌性及び抗ウィルス性を有し、且つ意匠性に優れるステンレス鋼材を提供する。
【解決手段】質量基準で、C:0.50%以下、Cu:0.40~6.00%、Cr:11.00~30.00%を含む組成を有するステンレス鋼材である。このステンレス鋼材は、表面のCu量が0.05μg/cm2以上、算術平均高さSaが0.03μm以上、表面性状のアスペクト比Strが0.50以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量基準で、C:0.50%以下、Cu:0.40~6.00%、Cr:11.00~30.00%を含む組成を有し、
表面のCu量が0.05μg/cm2以上、算術平均高さSaが0.03μm以上、表面性状のアスペクト比Strが0.50以下であるステンレス鋼材。
【請求項2】
前記表面のスキューネスSskが0.00以上である、請求項1に記載のステンレス鋼材。
【請求項3】
前記表面から20nmの深さまでの領域におけるCrカチオン分率が10.0~70.0%である、請求項1又は2に記載のステンレス鋼材。
【請求項4】
前記組成は、質量基準で、Si:4.00%以下、Mn:6.00%以下、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Ni:20.00%以下を更に含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有する、請求項1又は2に記載のステンレス鋼材。
【請求項5】
前記組成は、質量基準で、Nb:1.00%以下、Ti:1.00%以下、V:1.00%以下、W:2.00%以下、Mo:6.00%以下、N:0.350%以下、Sn:0.50%以下、Al:5.00%以下、Zr:0.50%以下、Co:0.50%以下、B:0.020%以下、Ca:0.10%以下、REM:0.20%以下から選択される1種以上を更に含む、請求項4に記載のステンレス鋼材。
【請求項6】
フェライト系、オーステナイト系、マルテンサイト系又は析出硬化系である、請求項1又は2に記載のステンレス鋼材。
【請求項7】
請求項1又は2に記載のステンレス鋼材から構成される構造部材と、前記構造部材に溶接された被溶接部材とを備え、
前記構造部材は、全表面積に対する溶接金属部の面積の割合が20%以下であるステンレス鋼溶接構造体。
【請求項8】
質量基準で、C:0.50%以下、Cu:0.40~6.00%、Cr:11.00~30.00%を含む組成を有する熱延材を700~900℃で1時間以上加熱する析出熱処理工程と、
前記析出熱処理工程後の前記熱延材を冷間圧延して冷延材を得る冷間圧延工程と、
前記冷延材を1050℃以下で300秒以下加熱する仕上熱処理工程と、
前記仕上熱処理工程後の前記冷延材に対して表面温度が70℃以下となるようにして乾式研磨を行う乾式研磨工程と
を含むステンレス鋼材の製造方法。
【請求項9】
前記熱延材は、質量基準で、Si:4.00%以下、Mn:6.00%以下、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Ni:20.00%以下を更に含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有する、請求項8に記載のステンレス鋼材の製造方法。
【請求項10】
前記熱延材は、質量基準で、Nb:1.00%以下、Ti:1.00%以下、V:1.00%以下、W:2.00%以下、Mo:6.00%以下、N:0.350%以下、Sn:0.50%以下、Al:5.00%以下、Zr:0.50%以下、Co:0.50%以下、B:0.020%以下、Ca:0.10%以下、REM:0.20%以下から選択される1種以上を更に含む、請求項9に記載のステンレス鋼材の製造方法。
【請求項11】
フェライト系、オーステナイト系、マルテンサイト系又は析出硬化系である、請求項8又は9に記載のステンレス鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼材及びその製造方法、並びにステンレス鋼溶接構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼材は、耐食性に優れているため、厨房機器、家電機器、医療器具、内装建材、建築物、輸送機器などの広範な用途で使用されており、細菌の繁殖やウィルスの付着などが起こり易い環境下での使用も多くなっている。近年、このような細菌の繁殖やウィルスの付着などによる人体への悪影響を懸念する傾向が強まっており、とりわけ、清潔さが必須とされる医療器具や厨房機器に加え、多数の人が集まる建築物や輸送機器に用いられる各種部材にも抗菌性や抗ウィルス性が要求されている。
【0003】
抗菌性及び抗ウィルス性を有する金属元素としては、AgやCuなどが知られていることから、これらの金属元素を添加することで抗菌・抗ウィルス性を付与したステンレス鋼材が提案されている。
例えば、特許文献1には、C:0.1重量%以下、Si:2重量%以下、Mn:5重量%以下、Cr:10~30重量%、Ni:5~15重量%及びCu:1.0~5.0重量%を含み、残部が実質的にFeの組成をもち、時効処理で析出したCuリッチ相が0.2体積%以上の割合でマトリックスに分散している抗菌性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼が提案されている。
【0004】
また、特許文献2には、質量%で、Cを0.04%以下、Nを0.04%以下、Siを0.28%以下、Mnを0.3%以下、Pを0.03%以下、Sを0.002%以下、Crを14~22%、Cuを1%超え5%以下およびNiを0.1%以上5%以下含有し、かつCu(%)≧Ni(%)≧0.1×Cu(%)の条件を満足し、Moを0~2.5%、Nbを0~0.8%、Tiを0~0.2%、Caを0~0.03%、Ceを0~0.03%、Laを0~0.03%、Yを0~0.03%、REMを0~0.03%含み、残部がFeおよび不可避不純物からなるフェライト系ステンレス鋼の表面に、Cuを6質量%以上含有するCuの富化層を備えることを特徴とする抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼材が提案されている。
【0005】
また、特許文献3には、鋼の成分組成が、C:0.01~0.10wt%、Si:2.0wt%以下、Mn:3.0wt%以下、Ni:6.0~12.0wt%、Cr:15.0~19.0wt%、Cu:1.0~4.0wt%、Al:0.2~2.5wt%およびN:0.08wt%以下を含み、かつ下記Ni当量が21.0~22.5の範囲内に収まるように調整され、
Ni当量(wt%)=12.6(C+N)+0.35Si+1.05Mn+Ni+0.65Cr+0.6Cu-0.41Al
残部鉄および不可避的不純物よりなり、かつこの鋼の表面には、3~60vol%のマルテンサイト相からなる加工誘起変態層である抗菌性加工層を有することを特徴とする抗菌性とプレス成形性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼が提案されている。
【0006】
さらに、特許文献4には、0.5重量%以上のCuを含むステンレス鋼を基材とし、研磨仕上げ後にFe/Crの原子比が0.4以下に調整された不動態皮膜が基材表面に形成されている抗菌性に優れたステンレス鋼製品が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3232532号公報
【特許文献2】特許第4038832号公報
【特許文献3】特許第3224210号公報
【特許文献4】特開平11-279744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、抗菌性及び抗ウィルス性を有するステンレス鋼材の利用拡大に伴い、ステンレス鋼材に意匠性が要求されてきた。特に、光沢を有するステンレス鋼材は、指紋などが目立ってしまうため、光沢を抑えることが必要とされている。
ステンレス鋼材に抗菌性及び抗ウィルス性を与えるためには、Cuを添加して熱処理を施すことによって水溶性のε-Cu(純銅)相を析出させ、ε-Cu相が表面に一定量以上露出した状態とする必要がある。
他方、光沢を抑えるために研磨を行う(研磨仕上とする)場合、熱処理後にベルト研磨のような乾式研磨を施すことになる。これは、湿式研磨を行うと、冷却用の流水に曝された際にε-Cu相が溶出し、抗菌性及び抗ウィルス性が低下するからである。
しかしながら、乾式研磨を行った場合でも、抗菌性及び抗ウィルス性が低下することがわかった。これは、乾式研磨では、研磨による入熱が大きく、最表面がε-Cu相が固溶する900℃以上まで瞬間的に加熱されて固溶してしまい、表面にε-Cu相が露出しないためであると考えられる。
【0009】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、抗菌性及び抗ウィルス性を有し、且つ意匠性に優れるステンレス鋼材及びその製造方法、並びにステンレス鋼溶接構造体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意研究を行った結果、ステンレス鋼材の組成、表面のCu量、算術平均高さSa及び表面性状のアスペクト比Strを制御することで、上記の課題を解決し得ることを見出した。また、このような特徴を有するステンレス鋼材が、所定の組成を有する熱延材を用い、所定の条件にて焼鈍、冷間圧延、焼鈍及び乾式研磨を順次行うことで得られることを見出した。本発明は、これらに基づいて完成するに至ったものである。
【0011】
すなわち、本発明は、質量基準で、C:0.50%以下、Cu:0.40~6.00%、Cr:11.00~30.00%を含む組成を有し、
表面のCu量が0.05μg/cm2以上、算術平均高さSaが0.03μm以上、表面性状のアスペクト比Strが0.50以下であるステンレス鋼材である。
【0012】
また、本発明は、前記ステンレス鋼材から構成される構造部材と、前記構造部材に溶接された被溶接部材とを備え、前記構造部材は、全表面積に対する溶接金属部の面積の割合が20%以下であるステンレス鋼溶接構造体である。
【0013】
さらに、本発明は、質量基準で、C:0.50%以下、Cu:0.40~6.00%、Cr:11.00~30.00%を含む組成を有する熱延材を700~900℃で1時間以上加熱する析出熱処理工程と、
前記析出熱処理工程後の前記熱延材を冷間圧延して冷延材を得る冷間圧延工程と、
前記冷延材を1050℃以下で300秒以下加熱する仕上熱処理工程と、
前記仕上熱処理工程後の前記冷延材に対して表面温度が70℃以下となるようにして乾式研磨を行う乾式研磨工程と
を含むステンレス鋼材の製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、抗菌性及び抗ウィルス性を有し、且つ意匠性に優れるステンレス鋼材及びその製造方法、並びにステンレス鋼溶接構造体を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
なお、本明細書において成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0016】
(1.ステンレス鋼材)
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、C:0.50%以下、Cu:0.40~6.00%、Cr:11.00~30.00%を含む組成を有する。
ここで、本明細書において「ステンレス鋼材」とは、ステンレス鋼から形成された材料のことを意味し、その材形は特に限定されない。材形の例としては、板状(帯状を含む)、棒状、管状などが挙げられる。
【0017】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、Si:4.00%以下、Mn:6.00%以下、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Ni:20.00%以下を更に含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有することが好ましい。
ここで、本明細書において「不純物」とは、ステンレス鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップなどの原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0018】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、Nb:1.00%以下、Ti:1.00%以下、V:1.00%以下、W:2.00%以下、Mo:6.00%以下、N:0.350%以下、Sn:0.50%以下、Al:5.00%以下、Zr:0.50%以下、Co:0.50%以下、B:0.020%以下、Ca:0.10%以下、REM:0.20%以下から選択される1種以上を更に含むことができる。
【0019】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材の金属組織は、特に限定されないが、フェライト系、オーステナイト系、マルテンサイト系又は析出硬化系であることが好ましい。
ここで、本明細書において「フェライト系」とは、常温で金属組織が主にフェライト相であるものを意味する。したがって、「フェライト系」にはフェライト相以外の相(例えば、オーステナイト相やマルテンサイト相など)が僅かに含まれるものも包含される。同様に、本明細書において「オーステナイト系」及び「マルテンサイト系」とは、常温で金属組織が主にオーステナイト相及びマルテンサイト系であるものをそれぞれ意味する。また、本明細書において「析出硬化系」とは、析出硬化を行ったものを意味する。
【0020】
以下、ステンレス鋼材に含まれる各元素について詳細に説明する。
【0021】
<C:0.50%以下>
Cは、ステンレス鋼材の強度を向上させるとともに、Cr炭化物の生成によってε-Cu相を均一に分散析出させるのに有効な元素である。ただし、C含有量が多すぎると、硬質になって加工性が下がることに加え、溶接などの熱影響を受けた際に鋭敏化が生じ、フェライト系ステンレス鋼材の耐食性が低下してしまう。そのため、C含有量の上限値を0.50%以下とする。
ステンレス鋼材がフェライト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、C含有量の上限値は、好ましくは0.10%、より好ましくは0.06%、更に好ましくは0.04%である。
ステンレス鋼材がオーステナイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、C含有量の上限値は、好ましくは0.12%、より好ましくは0.10%、更に好ましくは0.08%である。
ステンレス鋼材がマルテンサイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、C含有量の上限値は、好ましくは0.47%、より好ましくは0.43%、更に好ましくは0.40%である。
ステンレス鋼材が析出硬化系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、C含有量の上限値は、好ましくは0.12%、より好ましくは0.10%、更に好ましくは0.08%である。
一方、いずれの金属組織においてもC含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.003%、更に好ましくは0.005%である。
【0022】
<Cu:0.40~6.00%>
Cuは、抗菌性及び抗ウィルス性を与えるε-Cu相を析出させるのに必要な元素である。また、Cuは、フェライト系ステンレス鋼材の加工性を改善する元素でもある。このような効果を得るために、Cu含有量を0.40%以上とする。一方、Cu含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の耐食性が低下してしまうとともに、鋳造時に低融点相を形成して熱間加工性の低下を招く。そのため、Cu含有量を6.00%以下とする。
ステンレス鋼材がフェライト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Cu含有量の下限値は、好ましくは0.70%、より好ましくは1.00%、更に好ましくは1.30%である。また、Cu含有量の上限値は、好ましくは4.00%、より好ましくは3.00%、更に好ましくは2.00%である。
ステンレス鋼材がオーステナイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Cu含有量の下限値は、好ましくは2.00%、より好ましくは2.50%、更に好ましくは3.00%である。また、Cu含有量の上限値は、好ましくは5.00%、より好ましくは4.80%、更に好ましくは4.50%である。
ステンレス鋼材がマルテンサイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Cu含有量の下限値は、好ましくは2.00%、より好ましくは2.30%、更に好ましくは2.50%である。また、Cu含有量の上限値は、好ましくは5.00%、より好ましくは4.80%、更に好ましくは4.50%である。
ステンレス鋼材が析出硬化系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Cu含有量の下限値は、好ましくは0.70%、より好ましくは1.00%、更に好ましくは1.30%である。また、Cu含有量の上限値は、好ましくは5.00%、より好ましくは4.50%、更に好ましくは4.00%である。
【0023】
<Cr:11.00~30.00%>
Crは、ステンレス鋼材の耐食性を維持するために重要な元素である。ただし、Cr含有量が多すぎると、精錬コストの上昇を招く上に、固溶強化によって硬質化し、ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、Cr含有量を30.00%以下とする。一方、Cr含有量が少なすぎると、耐食性が十分に得られないため、Cr含有量を11.00%以上とする。
ステンレス鋼材がフェライト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Cr含有量の上限値は、好ましくは29.50%、より好ましくは29.00%、更に好ましくは28.00%である。一方、Cr含有量の下限値は、好ましくは14.00%、より好ましくは15.00%、更に好ましくは16.00%である。
ステンレス鋼材がオーステナイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Cr含有量の上限値は、好ましくは25.00%、より好ましくは22.00%、更に好ましくは20.00%である。また、Cr含有量の下限値は、好ましくは14.00%、より好ましくは15.00%、更に好ましくは16.00%である。
ステンレス鋼材がマルテンサイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Cr含有量の上限値は、好ましくは20.00%、より好ましくは18.00%、更に好ましくは16.00%である。また、Cr含有量の下限値は、好ましくは11.50%、より好ましくは12.00%である。
ステンレス鋼材が析出硬化系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Cr含有量の上限値は、好ましくは25.00%、より好ましくは22.00%、更に好ましくは20.00%である。また、Cr含有量の下限値は、好ましくは11.50%、より好ましくは12.00%である。
【0024】
<Si:4.00%以下>
Siは、ステンレス鋼材の耐食性及び強度を向上させるのに有効な元素である。ただし、Si含有量が多すぎると、硬質化してオーステナイト系ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、Si含有量を4.00%以下とする。
ステンレス鋼材がフェライト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Si含有量の上限値は、好ましくは2.00%、より好ましくは1.50%、更に好ましくは1.00%である。
ステンレス鋼材がオーステナイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Si含有量の上限値は、好ましくは3.00%、より好ましくは2.00%、更に好ましくは1.50%である。
ステンレス鋼材がマルテンサイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Si含有量の上限値は、好ましくは3.00%、より好ましくは2.00%、更に好ましくは1.50%である。
ステンレス鋼材が析出硬化系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Si含有量の上限値は、好ましくは3.00%、より好ましくは2.00%、更に好ましくは1.50%である。
一方、いずれの金属組織においてもSi含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.01%、より好ましくは0.05%、更に好ましくは0.10%である。
【0025】
<Mn:6.00%以下>
Mnは、ステンレス鋼材の耐熱性及び加工性に影響を与える元素である。ただし、Mn含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の耐食性が低下してしまう。そのため、Mn含有量を6.00%以下とする。
ステンレス鋼材がフェライト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Mn含有量の上限値は、好ましくは2.00%、より好ましくは1.50%、更に好ましくは1.20%である。
ステンレス鋼材がオーステナイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Mn含有量の上限値は、好ましくは4.00%、より好ましくは3.00%、更に好ましくは2.50%である。
ステンレス鋼材がマルテンサイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Mn含有量の上限値は、好ましくは2.00%、より好ましくは1.50%、更に好ましくは1.20%である。
ステンレス鋼材が析出硬化系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Mn含有量の上限値は、好ましくは2.00%、より好ましくは1.50%、更に好ましくは1.20%である。
一方、いずれの金属組織においてもMn含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.01%、より好ましくは0.05%、更に好ましくは0.10%である。
【0026】
<P:0.050%以下>
P含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の耐食性や加工性が低下してしまう。そのため、いずれの金属組織においてもP含有量を0.050%以下とする。P含有量の上限値は、好ましくは0.040%、より好ましくは0.030%である。一方、P含有量の下限値は、特に限定されないが、P含有量の低減には精錬コストが生じるため、好ましくは0.001%、より好ましくは0.005%、更に好ましくは0.010%である。
【0027】
<S:0.030%以下>
S含有量が多すぎると、熱間加工性が下がってステンレス鋼材の製造性が低下してしまうとともに耐食性にも悪影響を及ぼす。そのため、いずれの金属組織においてもS含有量を0.030%以下とする。S含有量の上限値は、好ましくは0.020%、より好ましくは0.010%である。一方、S含有量の下限値は、特に限定されないが、S含有量の低減には精錬コストが生じるため、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0002%、更に好ましくは0.0003%である。
【0028】
<Ni:20.00%以下>
Niは、ステンレス鋼材の耐食性及び加工性に影響を与える元素である。また、Niは、高価な元素であるため、製造コストの上昇にもつながる。そのため、Ni含有量を20.00%以下とする。
ステンレス鋼材がフェライト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Ni含有量の上限値は、好ましくは4.00%、より好ましくは2.00%、更に好ましくは1.00%である。一方、Ni含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.005%、より好ましくは0.01%、更に好ましくは0.03%である。
ステンレス鋼材がオーステナイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Ni含有量の上限値は、好ましくは15.00%、より好ましくは12.00%、更に好ましくは10.00%である。一方、Ni含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは4.00%、より好ましくは6.00%、更に好ましくは7.00%である。
ステンレス鋼材がマルテンサイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Ni含有量の上限値は、好ましくは3.00%、より好ましくは2.00%、更に好ましくは1.00%である。一方、Ni含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.005%、より好ましくは0.01%、更に好ましくは0.03%である。
ステンレス鋼材が析出硬化系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Ni含有量の上限値は、好ましくは15.00%、より好ましくは10.00%、更に好ましくは9.00%である。一方、Ni含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.50%、より好ましくは1.00%、更に好ましくは1.50%である。
【0029】
<Nb:1.00%以下>
Nbは、析出物(炭化物や窒化物)を形成し、その周囲にε-Cu相を均一に析出させる効果を有する元素である。また、Nbは、析出物の形成によってCやNの粒界偏析による鋭敏化を低減し、耐粒界腐食性を改善する効果も有する。ただし、Nb含有量が多すぎると、表面疵の原因となって品質低下を招くとともに、ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、いずれの金属組織においてもNb含有量を1.00%以下とする。Nb含有量の上限値は、好ましくは0.80%、より好ましくは0.60%、更に好ましくは0.55%である。一方、Nb含有量の下限値は、特に限定されないが、Nbによる効果を得る観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.05%、更に好ましくは0.10%である。
【0030】
<Ti:1.00%以下>
Tiは、Nbと同様に析出物を形成し、その周囲にε-Cu相を均一に析出させる効果を有する元素である。ただし、Ti含有量が多すぎると、表面疵の原因となって品質低下を招くとともに、ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、いずれの金属組織においてもTi含有量を1.00%以下とする。Ti含有量の上限値は、好ましくは0.60%、より好ましくは0.50%、更に好ましくは0.30%である。一方、Ti含有量の下限値は、特に限定されないが、Tiによる効果を得る観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.03%、更に好ましくは0.05%である。
【0031】
<V:1.00%以下>
Vは、Nb及びTiと同様に析出物を形成し、その周囲にε-Cu相を均一に析出させる効果を有する元素である。ただし、V含有量が多すぎると、表面疵の原因となって品質低下を招くとともに、ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、いずれの金属組織においてもV含有量を1.00%以下とする。V含有量の上限値は、好ましくは0.50%、より好ましくは0.40%、更に好ましくは0.30%である。一方、V含有量の下限値は、特に限定されないが、Vによる効果を得る観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.02%、更に好ましくは0.03%である。
【0032】
<W:2.00%以下>
Wは、Nb、Ti及びVと同様に析出物を形成し、その周囲にε-Cu相を均一に析出させる効果を有する元素である。ただし、W含有量が多すぎると、表面疵の原因となって品質低下を招くとともに、ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、いずれの金属組織においてもW含有量を2.00%以下とする。W含有量の上限値は、好ましくは1.50%、より好ましくは1.30%、更に好ましくは1.00%である。一方、W含有量の下限値は、特に限定されないが、Wによる効果を得る観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.02%、更に好ましくは0.03%である。
【0033】
<Mo:6.00%以下>
Moは、ステンレス鋼材の耐食性を改善する元素である。ただし、Mo含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながるため、Mo含有量を6.00%以下とする。
ステンレス鋼材がフェライト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Mo含有量の上限値は、好ましくは4.00%、より好ましくは2.00%、更に好ましくは1.00%である。
ステンレス鋼材がフェライト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Mo含有量の上限値は、好ましくは5.00%、より好ましくは3.00%、更に好ましくは2.00%である。
ステンレス鋼材がマルテンサイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Mo含有量の上限値は、好ましくは5.00%、より好ましくは3.00%、更に好ましくは2.00%である。
ステンレス鋼材が析出硬化系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、Mn含有量の上限値は、好ましくは5.00%、より好ましくは3.00%、更に好ましくは2.00%である。
一方、いずれの金属組織においてもMo含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.01%、より好ましくは0.03%、更に好ましくは0.10%である。
【0034】
<N:0.350%以下>
Nは、Moと同様にステンレス鋼材の耐食性を改善する元素である。ただし、N含有量が多すぎると、硬質化してステンレス鋼材の加工性が低下してしまうため、N含有量を0.350%以下とする。
ステンレス鋼材がフェライト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、N含有量の上限値は、好ましくは0.050%以下、より好ましくは0.030%、更に好ましくは0.025%である。
ステンレス鋼材がオーステナイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、N含有量の上限値は、好ましくは0.200%、より好ましくは0.150%、更に好ましくは0.050%である。
ステンレス鋼材がマルテンサイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、N含有量の上限値は、好ましくは0.200%、より好ましくは0.150%、更に好ましくは0.050%である。
ステンレス鋼材が析出硬化系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、N含有量の上限値は、好ましくは0.200%、より好ましくは0.150%、更に好ましくは0.050%である。
一方、いずれの金属組織においてもN含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.002%、更に好ましくは0.003%である。
【0035】
<Sn:0.50%以下>
Snは、Mo及びNと同様にステンレス鋼材の耐食性を改善する元素である。ただし、Sn含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、いずれの金属組織においてもSn含有量を0.50%以下とする。Sn含有量の上限値は、好ましくは0.40%、より好ましくは0.35%、更に好ましくは0.30%である。一方、Sn含有量の下限値は、特に限定されないが、Snによる効果を得る観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.02%、更に好ましくは0.03%である。
【0036】
<Al:5.00%以下>
Alは、精錬工程において脱酸のために用いられる元素である。また、Alは、ステンレス鋼材の耐食性や耐酸化性を改善する元素でもある。ただし、Al含有量が多すぎると、介在物の生成量が増加して品質を低下させてしまう。そのため、いずれの金属組織においてもAl含有量を5.00%以下とする。Al含有量の上限値は、好ましくは3.00%、より好ましくは2.00%、更に好ましくは1.00%である。一方、Al含有量の下限値は、特に限定されないが、Alによる効果を得る観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.03%、更に好ましくは0.05%である。
【0037】
<Zr:0.50%以下>
Zrは、Alと同様にステンレス鋼材の耐酸化性を改善する元素である。ただし、Zr含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、いずれの金属組織においてもZr含有量を0.50%以下とする。Zr含有量の上限値は、好ましくは0.40%、より好ましくは0.35%、更に好ましくは0.30%である。一方、Zr含有量の下限値は、特に限定されないが、Zrによる効果を得る観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.02%、更に好ましくは0.03%である。
【0038】
<Co:0.50%以下>
Coは、Al及びZrと同様にステンレス鋼材の耐酸化性を改善する元素である。ただし、Co含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、いずれの金属組織においてもCo含有量を0.50%以下とする。Co含有量の上限値は、好ましくは0.40%、より好ましくは0.35%、更に好ましくは0.30%である。一方、Co含有量の下限値は、特に限定されないが、Coによる効果を得る観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.02%、更に好ましくは0.03%である。
【0039】
<B:0.020%以下>
Bは、ステンレス鋼材の熱間加工性を改善する元素である。また、Bは、粒界強化によりステンレス鋼材の二次加工性を改善する元素でもある。ただし、B含有量が多すぎると、溶接性や疲労強度の低下を招くため、B含有量を0.020%以下とする。
ステンレス鋼材がフェライト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、B含有量の上限値は、好ましくは0.010%、より好ましくは0.007%、更に好ましくは0.005%である。
ステンレス鋼材がオーステナイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、B含有量の上限値は、好ましくは0.015%、より好ましくは0.010%、更に好ましくは0.005%である。
ステンレス鋼材がマルテンサイト系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、B含有量の上限値は、好ましくは0.015%、より好ましくは0.010%、更に好ましくは0.005%である。
ステンレス鋼材が析出硬化系である場合、上記の効果を安定して確保する観点から、B含有量の上限値は、好ましくは0.015%、より好ましくは0.010%、更に好ましくは0.005%である。
一方、いずれの金属組織においてもB含有量の下限値は、特に限定されないが、Bによる効果を得る観点から、0.0001%、好ましくは0.0003%、より好ましくは0.0005%である。
【0040】
<Ca:0.10%以下>
Caは、Bと同様にステンレス鋼材の熱間加工性を改善する元素であり、また、Caは、硫化物を形成してSの粒界偏析を抑制することで耐粒界酸化性を改善する元素でもある。ただし、Ca含有量が多すぎると、加工性の低下を招く。そのため、いずれの金属組織においてもCa含有量を0.10%以下とする。Ca含有量の上限値は、好ましくは0.08%、より好ましくは0.07%、更に好ましくは0.05%である。一方、Ca含有量の下限値は、特に限定されないが、Caによる効果を得る観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.003%である。
【0041】
<REM:0.20%以下>
REM(希土類元素)は、B及びCaと同様にステンレス鋼材の熱間加工性を改善する元素である。また、REMは、溶出し難い硫化物を形成し、腐食起点となるMnSの生成を抑制することで耐食性を改善する元素でもある。ただし、REM含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、いずれの金属組織においてもREM含有量を0.20%以下とする。REM含有量の上限値は、好ましくは0.18%、より好ましくは0.15%、更に好ましくは0.10%である。一方、REM含有量の下限値は、特に限定されないが、REMによる効果を得る観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.01%である。
なお、本明細書において「REM」は、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。これらは単独で用いてもよいし、2種以上の混合物として用いてもよい。
【0042】
次に、本発明の実施形態に係るステンレス鋼材の表面の特徴について詳細に説明する。
【0043】
<表面のCu量:0.05μg/cm2以上>
表面のCu量は、Cuイオンの溶出量と関係しているため、多くなるほど抗菌性及び抗ウィルス性を高めることができる。所望の抗菌性及び抗ウィルス性を確保する観点から、表面のCu量を0.05μg/cm2以上、好ましくは0.08μg/cm2以上、より好ましくは0.10μg/cm2以上とする。一方、表面のCu量の上限値は、特に限定されないが、一般的に0.60μg/cm2、好ましくは0.50μg/cm2である。
【0044】
ここで、本明細書における「表面のCu量」は、ステンレス鋼材の表面を硝酸水溶液などの酸性水溶液で溶解し、表面を溶解した酸性水溶液のCu量をICP(高周波誘導結合プラズマ)分析することによって算出することができる。具体的には、表面を溶解した酸性水溶液をICP発光分光分析装置により測定し、得られたスペクトルの発光強度からCu量を求める。そして、Cu量をステンレス鋼材の表面積で除することにより、表面のCu量(μg/cm2)を算出することができる。
【0045】
<表面の算術平均高さSa:0.03μm以上>
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、指紋などを目立たないようにするために、光沢を抑えた意匠性を有する。このような意匠性を確保するために、本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は研磨仕上げとしている。
上記のような意匠性を確保する観点から、表面の算術平均高さSaを0.03μm以上、好ましくは0.05μm以上、より好ましくは0.08μm以上、更に好ましくは0.10μm以上とする。一方、表面の算術平均高さSaの上限値は、特に限定されないが、好ましくは1.00μm、より好ましくは0.80μm、更に好ましくは0.50μmである。
ここで、本明細書における「表面の算術平均高さSa」は、ISO 25178-2:2012に準拠し、表面形状の測定及び解析を行うことによって得ることができる。
【0046】
<表面性状のアスペクト比Str:0.50以下>
表面性状のアスペクト比Strは、表面性状の等方性、異方性を表す指標である。表面性状のアスペクト比Strの値が0に近いほど異方性があり(例えば、研磨目などが存在する)、1に近いほど等方性であるということができる。上記のように、本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は研磨仕上げとしているため、研磨目が存在している。
研磨仕上による光沢を抑えた意匠性を確保する観点から、表面性状のアスペクト比Strを0.50以下、好ましくは0.45以下、より好ましくは0.40以下、更に好ましくは0.35以下とする。一方、表面性状のアスペクト比Strの下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.00、より好ましくは0.01、更に好ましくは0.05である。
ここで、本明細書における「表面性状のアスペクト比Str」は、ISO 25178-2:2012に準拠し、表面形状の測定及び解析を行うことによって得ることができる。
【0047】
<表面のスキューネスSsk:0.00以上>
表面のスキューネスSskは、高さ分布の対称性を表す指標である。表面のスキューネスSskが0.00の場合、高低差が均等に分布している状態を表す。また、表面のスキューネスSskが0.00よりも大きくなると、高い方向に偏って分布している状態(山が多い表面であること)を表し、表面のスキューネスSskが0.00よりも小さくなると、低い方向に偏って分布している状態(谷が多い表面であること)を表す。上記のように、本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は研磨仕上げとしているため、研磨目によって高い方向に偏っていることが多い。
研磨仕上による光沢を抑えた意匠性を確保する観点から、表面のスキューネスSskは、0.00以上であることが好ましく、0.03以上であることがより好ましく、0.05以上であることがより好ましく、0.10以上であることが更に好ましい。一方、表面のスキューネスSskの上限値は、特に限定されないが、好ましくは1.00、より好ましくは0.80、更に好ましくは0.50である。
ここで、本明細書における「表面のスキューネスSsk」は、ISO 25178-2:2012に準拠し、表面形状の測定及び解析を行うことによって得ることができる。
【0048】
<表面から20nmの深さまでの領域におけるCrカチオン分率:10.0~70.0%>
表面から20nmの深さまでの領域におけるCrカチオン分率は、表面のCr量と関係しており、多くなるほど抗菌性及び抗ウィルス性を高めることができる。所望の抗菌性及び抗ウィルス性を確保する観点から、当該領域におけるCrカチオン分率は、好ましくは10.0~70.0%、より好ましくは15.0~68.0%、更に好ましくは20.0~65.0%である。Crカチオン分率が10.0%未満であると、所望の抗菌性及び抗ウィルス性が得られないことがある。また、Crカチオン分率が70.0%を超えると、ステンレス鋼材として十分な強度が得られないことがある。
ここで、表面から20nmの深さまでの領域におけるCrカチオン分率は、グロー放電発光分光法(GDS)により測定することができる。具体的には、この領域におけるCrカチオン分率は、JIS K0144:2018に準拠するグロー放電発光分光分析法(GD-OES)により測定することができる。この測定は、1nm以下の測定間隔で深さプロファイルを作成し、深さ20nmまでの位置におけるCrカチオン濃度/(Crカチオン濃度+Feカチオン濃度+Alカチオン濃度+Siカチオン濃度)×100をそれぞれの位置のCrカチオン分率とし、各位置のCrカチオン分率の平均値を表面から20nmの深さまでの領域におけるCrカチオン分率とする。なお、GD-OESでの測定深さは、TEMなどで厚さが判明している酸洗仕上のステンレス鋼材の不働態皮膜を用いて校正することが好ましいが、困難な場合はSiO2をスパッタリング深さで換算して算出しても構わない。
【0049】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、JIS Z2801:2010に準拠した抗菌試験において、抗菌活性値が2.0以上であることが好ましい。このような抗菌活性値であれば、抗菌性が高いことを客観的に担保することができる。
ここで、本明細書における「抗菌試験」は、JIS Z2801:2010に準拠し、細菌として黄色ぶどう球菌を用いて行う。
【0050】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、ISO 21702:2019に準拠した抗ウィルス試験において、抗ウィルス活性値が2.0以上であることが好ましい。このような抗ウィルス活性値であれば、抗ウィルス性が高いことを客観的に担保することができる。
ここで、本明細書における「抗ウィルス試験」は、ISO 21702:2019に準拠し、ウィルスとしてA型インフルエンザウィルスを用いて行う。
【0051】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材の種類は、特に限定されないが、冷延材であることが好ましい。冷延材の厚みは、一般的に3mm未満である。
【0052】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、抗菌性及び抗ウィルス性を有し、且つ意匠性に優れているため、これらの特性が要求される各種用途で用いることができる。具体的には、本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、厨房機器、家電機器、医療器具、内装建材、建築物、輸送機器などの様々な用途で用いることができる。その中でも建築物又は輸送機器に用いられる手摺りなどに用いるのに特に有用である。
【0053】
(2.ステンレス鋼材の製造方法)
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材の製造方法は、上記の特徴を有するステンレス鋼材を製造可能な方法であれば特に限定されない。以下、本発明の実施形態に係るステンレス鋼材の製造方法の一例を説明する。
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材の製造方法は、析出熱処理工程と、冷間圧延工程と、仕上熱処理工程と、乾式研磨工程とを含む。
【0054】
析出熱処理工程は、C:0.50%以下、Cu:0.40~6.00%、Cr:11.00~30.00%を含む組成を有する熱延材を700~900℃で1時間以上加熱する工程である。
析出熱処理工程に用いられる熱延材は、Si:4.00%以下、Mn:6.00%以下、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Ni:20.00%以下を更に含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有することができる。また、熱延材は、Nb:1.00%以下、Ti:1.00%以下、V:1.00%以下、W:2.00%以下、Mo:6.00%以下、N:0.350%以下、Sn:0.50%以下、Al:5.00%以下、Zr:0.50%以下、Co:0.50%以下、B:0.020%以下、Ca:0.10%以下、REM:0.20%以下から選択される1種以上を更に含むことができる。熱延材の組成については、上記で既に説明したステンレス鋼材の組成と同じであるため、説明を省略する。
熱延材は、上記の組成を有するスラブを熱間圧延することによって得ることができる。熱間圧延の条件は、特に限定されず、スラブの組成などに応じて適宜調整すればよい。熱延材は、コイル状に巻取ってもよい。また、スラブは、特に限定されないが、例えば、上記の組成を有するステンレス鋼を溶製し、鍛造又は鋳造によって得ることができる。
【0055】
析出熱処理工程における加熱条件を700~900℃で1時間以上とすることにより、ε-Cu相を析出させることができるため、表面のCu量を上記の範囲に制御することができる。このような効果を安定して得る観点から、加熱時間は2~48時間であることが好ましく、3~36時間であることがより好ましい。また、加熱温度は720~880℃であることが好ましく、750~850℃であることがより好ましい。なお、加熱温度が700℃未満であったり、加熱時間が1時間未満であったりすると、表面のCu量を上記の範囲に制御することができない。また、加熱温度が900℃を超えると、ε-Cu相が母相に固溶してしまう。
【0056】
冷間圧延工程は、析出熱処理工程後の熱延材を冷間圧延して冷延材を得る工程である。
冷間圧延の条件は、特に限定されず、要求される製品に応じて適宜調整すればよい。
【0057】
仕上熱処理工程は、1050℃以下で300秒以下加熱する工程である。
このような条件で加熱することにより、析出したε-Cu相の固溶を抑えることができるため、表面のCu量を上記の範囲に制御することができる。また、冷間圧延で生じた歪を除去することができる。このような効果を安定して得る観点から、加熱時間は、3~280秒であることが好ましく、5~250秒であることがより好ましい。加熱温度は、950~1000℃が好ましい。
【0058】
乾式研磨工程は、仕上熱処理工程後の冷延材に対して表面温度が70℃以下となるようにして乾式研磨を行う工程である。
このような条件で乾式研磨を行うことにより、ε-Cu相の固溶を抑制しつつ、意匠性を向上させることができる。
ここで、本明細書において「仕上熱処理工程後の冷延材に対して表面温度が70℃以下となるようにして乾式研磨を行う」とは、乾式研磨中の冷延材の表面温度を直接測定することが難しいため、乾式研磨直後(乾式研磨終了後10~30秒)の冷延材の表面温度のことを指す。これは、乾式研磨直後の冷延材の表面温度が最も高いことから、乾式研磨中の冷延材の表面温度が、乾式研磨直後の冷延材の表面温度よりも低くなるためである。
【0059】
乾式研磨の方法としては、上記の条件を満たせば特に限定されない。例えば、乾式研磨としてベルト研磨を用いる場合、番手を徐々に大きくしながらベルト研磨を行うが、表面温度は一般に番手が小さい(粗い)ほど高くなるため、#1000~#2000の番手で仕上げることが好ましい。他方、乾式研磨としてのバフ研磨は、番手が大きくてもバフと冷延材とが密着するため、熱が逃げ難く、冷延材の表面温度が高くなり易い。そのため、乾式研磨としてバフ研磨の使用を控えることが好ましい。冷延材の表面温度を調整する手段としては、番手を調整する他に、押付圧やラインスピードを制御する方法が挙げられるが、上記表面温度の範囲を満たす限り特に限定されない。例えば、ラインスピードは10m/分以下が好ましい。
【0060】
(3.ステンレス鋼溶接構造体)
本発明の実施形態に係るステンレス鋼溶接構造体は、上記のステンレス鋼材から構成される構造部材と、構造部材に溶接された被溶接部材とを備える。被溶接部材は、特に限定されないが、上記のステンレス鋼材から構成されていることが好ましい。
溶接方法としては、特に限定されず、アーク溶接(TIG溶接など)、電子ビーム溶接、レーザー溶接、プラズマアーク溶接、スポット溶接などの当該技術分野において公知の方法を用いることができる。また、溶接には、溶加材を用いてもよいし、用いなくてもよい。
【0061】
構造部材は、全表面積に対する溶接金属部の面積の割合が20%以下である。溶接金属部は、溶接時の加熱によってε-Cu相が固溶してしまうため、抗菌性及び抗ウィルス性が失われてしまう。しかしながら、全表面積に対する溶接金属部の面積の割合が20%以下であれば、構造部材の抗菌性及び抗ウィルス性を確保することができる。
ここで、本明細書において「溶接金属部」とは、溶接の影響によって溶融して再凝固する部分のことを意味する。
【実施例0062】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
表1に示す鋼種A~Mの組成(残部はFe及び不純物である)を有するステンレス鋼を溶製し、鍛造してスラブとした後、1230℃で抽出して熱間圧延し、厚さ3mmの熱延板を得た。なお、試験No.16は、熱延時に割れてしまったため、製造不可として以降の工程及び評価は行わなかった。
次に、熱延板を表2に示す加熱温度及び加熱時間で加熱する析出熱処理を行った(試験No.17は不実施)。
次に、析出熱処理後の熱延板に対して冷間圧延し、厚さ1mmの冷延板を得た。次に、冷延板を表2に示す加熱温度及び加熱時間で加熱する仕上熱処理を行った。
【0063】
次に、仕上熱処理後の冷延板に対し、ベルト研磨によって乾式研磨を行った(試験No.16及び23は不実施)。ベルト研磨は、#240の番手から目標番手まで順に実施した。ベルト研磨終了後10~30秒の間に冷延板の表面温度をサーモグラフィ(SIGHTRON社製HIKMICRO E1L)を用いて測定し、その平均温度をベルト研磨時の表面温度とした。表2において、ベルト研磨時の表面温度が60℃の場合は、#240、#400、#600、#1000の順に番手を変化させてベルト研磨を行った。また、ベルト研磨時の表面温度が70℃の場合は、#240、#400、#600、#1000、#2000の順に番手を変化させてベルト研磨を行った。さらに、ベルト研磨時の表面温度が90℃の場合は、#240、#400、#600、#1000、#2000、#3000の順に番手を変化させてベルト研磨を行った。
なお、表1において、鋼種A~C、I及びJはフェライト系、鋼種F~H、L及びMはオーステナイト系、鋼種D及びEはマルテンサイト系、鋼種Kは析出硬化系である。
【0064】
【0065】
【0066】
上記で得られたステンレス鋼板(冷延板)に対して以下の評価を行った。
【0067】
<表面のCu量>
ステンレス鋼板から、50mm(圧延方向)×50mm(幅方向)の試験片を切り出した後、この試験片を30質量%の硝酸を含む水溶液25mLに2時間浸漬させた。次に、この水溶液から試験片を除去し、水溶液中のCu量をICP発光分光分析装置(株式会社島津製作所製ICPE-9800)により測定し、得られたスペクトルの発光強度からCu量を求めた。そして、得られたCu量を試験片の表面積で除することにより、表面のCu量(μg/cm2)を算出した。
【0068】
<表面から20nmの深さまでの領域におけるCrカチオン分率>
ステンレス鋼板から、50mm(圧延方向)×50mm(幅方向)の試験片を切り出した後、JIS K0144:2018に準拠し、グロー放電発光分光分析装置(株式会社リガク製GDA750)を用いて測定間隔0.3nmで深さプロファイルを測定した。得られた深さプロファイルにおいて、深さ20nmまでの位置におけるCrカチオン濃度/(Crカチオン濃度+Feカチオン濃度+Alカチオン濃度+Siカチオン濃度)×100をそれぞれの位置のCrカチオン分率とし、各位置のCrカチオン分率の平均値を表面から20nmの深さまでの領域におけるCrカチオン分率とした。なお、スパッタリング深さの換算にはSiO2を用いた。
【0069】
<表面粗さSa、Str及びSsk>
ステンレス鋼板の表面粗さSa、Str及びSskは、ISO 25178-2:2012に準拠して測定を行った。具体的には、オリンパス株式会社製のレーザー顕微鏡(LEXT OLS4000)を用いて画像撮影を行った。撮影時の倍率は200倍とし、温度を23~25℃とした。撮影した画像の解析は、オリンパス株式会社製のレーザー顕微鏡(LEXT OLS4100)の解析ソフトを用いて行った。これらの測定結果は、任意の5か所で測定した値の平均値を測定結果とした。
【0070】
<意匠性(外観の光沢性)>
ステンレス鋼板の表面を目視観察し、表面の光沢を評価した。この評価において、光沢が抑えられていたものを○、光沢が抑えられていなかったものを×と表す。
【0071】
(抗菌試験:抗菌活性値)
ステンレス鋼板から50mm(圧延方向)×50mm(幅方向)の試験片を切り出した後、JIS Z2801:2010に準拠して抗菌試験を行い、抗菌活性値を求めた。抗菌試験では、細菌として黄色ぶどう球菌を用い、密着フィルムとして40mm×40mmのポリエチレンフィルムを用いた。また、菌液の接種量は0.4mLとし、試験開始の直前に試験片の全面を純度99%以上のエタノールを吸収させた局法ガーゼで軽く拭き、十分に乾燥させた後に試験を実施した。この評価において、抗菌活性値が2.0以上であれば、抗菌性に優れるといえる。
【0072】
(抗ウィルス試験:抗ウィルス活性値)
ステンレス鋼板から50mm(圧延方向)×50mm(幅方向)の試験片を切り出した後、ISO 21702:2019に準拠して抗ウィルス試験を行い、抗ウィルス活性値を求めた。抗ウィルス試験では、ウィルスとしてA型インフルエンザウィルスを用い、密着フィルムとして40mm×40mmのポリエチレンフィルムを用いた。また、ウィルス懸濁液(試験液)の接種量は0.4mLとし、試験開始の直前に試験片の全面を純度99%以上のエタノールを吸収させた局法ガーゼで軽く拭き、十分に乾燥させた後に試験を実施した。この評価において、抗ウィルス活性値が2.0以上であれば、抗ウィルス性に優れるといえる。
【0073】
上記の評価結果を表3に示す。
【0074】
【0075】
表3に示されるように、試験No.1~14のステンレス鋼板(本発明例)は、所定の組成、表面のCu量、表面粗さSa及びStrが適切な範囲であったため、意匠性が良好であるとともに、抗菌活性値及び抗ウィルス活性値も高かった。
これに対して試験No.15のステンレス鋼板(比較例)は、Cu含有量が少なすぎたため、表面のCu量も少なくなり、抗菌活性値及び抗ウィルス活性値が低くなった。
試験No.16のステンレス鋼板(比較例)は、Cu含有量が多すぎたため、熱間圧延時に割れてしまった。
試験No.17のステンレス鋼板(比較例)は、析出熱処理を行わなかったため、表面のCu量が少なくなり、抗菌活性値及び抗ウィルス活性値が低くなった。
試験No.18のステンレス鋼板(比較例)は、析出熱処理時の加熱温度が高すぎたため、ε-Cu相が母相に固溶してしまった。その結果、表面のCu量も少なくなり、抗菌活性値及び抗ウィルス活性値が低くなった。
【0076】
試験No.19のステンレス鋼板(比較例)は、析出熱処理時の加熱温度が低すぎたため、ε-Cu相が十分に析出しなかった。その結果、表面のCu量も少なくなり、抗菌活性値及び抗ウィルス活性値が低くなった。
試験No.20のステンレス鋼板(比較例)は、仕上熱処理時の加熱温度が高すぎたため、析出熱処理で析出したε-Cu相が母相に固溶してしまった。その結果、表面のCu量も少なくなり、抗菌活性値及び抗ウィルス活性値が低くなった。
試験No.21のステンレス鋼板(比較例)は、仕上熱処理時の加熱時間が長すぎたため、析出熱処理で析出したε-Cu相が母相に固溶してしまった。その結果、表面のCu量も少なくなり、抗菌活性値及び抗ウィルス活性値が低くなった。
試験No.22のステンレス鋼板(比較例)は、ベルト研磨(乾式研磨)時のステンレス鋼板の表面温度が高くなったため、ε-Cu相が母相に固溶してしまった。その結果、表面のCu量も少なくなり、抗菌活性値及び抗ウィルス活性値が低くなった。
試験No.23のステンレス鋼板(比較例)は、ベルト研磨(乾式研磨)を行わなかったため、光沢がある表面となってしまった。
【0077】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、抗菌性及び抗ウィルス性を有し、且つ意匠性に優れるステンレス鋼材及びその製造方法、並びにステンレス鋼溶接構造体を提供することができる。