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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024131809
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】制御装置及び制御方法
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/26 20160101AFI20240920BHJP
【FI】
H02P21/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023042281
(22)【出願日】2023-03-16
(71)【出願人】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003281
【氏名又は名称】弁理士法人大塚国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中山 陽介
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505DD08
5H505EE41
5H505EE60
5H505GG02
5H505GG04
5H505HB01
5H505JJ24
5H505LL14
5H505LL22
5H505LL41
(57)【要約】
【課題】位置センサレスベクトル制御において、目標回転速度に基づき回転子の位置を推定しつつ、制御の安定性を向上する。
【解決手段】同期電動機の回転子の位置を推定する推定手段と、前記推定手段の推定結果に基づき前記同期電動機をベクトル制御するベクトル制御手段とを備え、前記推定手段は、目標回転速度と誤差修正値とに基づいて推定し、前記誤差修正値は前記同期電動機の電圧方程式に基づく理論d軸電圧及び理論q軸電圧と制御d軸電圧及び制御q軸電圧との各差分から導出される値に、前記回転子の進角・遅角の調整方向を示す進角・遅角情報を付与した基本値から導出され、前記進角・遅角情報は、前記制御q軸電圧の増減と、今回の制御周期よりも前の少なくとも一つの制御周期で導出された前記基本値とに基づいて設定される。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
位置センサレスベクトル制御により同期電動機を制御する制御装置であって、
前記同期電動機の回転子の位置を推定する推定手段と、
前記推定手段の推定結果に基づき前記同期電動機をベクトル制御するベクトル制御手段と、を備え、
前記推定手段は、
前記同期電動機の目標回転速度と、誤差修正値とに基づいて前記回転子の位置を推定し、
前記誤差修正値は、
前記同期電動機の電圧方程式に前記目標回転速度、及び、d軸及びq軸の各目標電流を代入して得た理論d軸電圧及び理論q軸電圧と、前記ベクトル制御手段により導出された制御d軸電圧及び制御q軸電圧との各差分から導出される値に、前記回転子の進角・遅角の調整方向を示す進角・遅角情報を付与した基本値から導出され、
前記進角・遅角情報は、
前記制御q軸電圧の増減と、今回の制御周期よりも前の少なくとも一つの制御周期で導出された前記基本値とに基づいて設定される、
ことを特徴とする制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の制御装置であって、
前記進角・遅角情報は、前記制御q軸電圧の増減と、今回の制御周期よりも前の複数の制御周期で導出された前記基本値の積分値とに基づいて設定される、
ことを特徴とする制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載の制御装置であって、
前記誤差修正値は、前記基本値に対する比例・積分動作によって導出された値である、
ことを特徴とする制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載の制御装置であって、
前記進角・遅角情報は、前記制御q軸電圧の増減と、前記比例・積分動作における積分動作により導出された値とに基づいて設定される、
ことを特徴とする制御装置。
【請求項5】
請求項1に記載の制御装置であって、
前記理論d軸電圧と前記制御d軸電圧との差分が閾値以下の場合であり、かつ、前記理論q軸電圧と前記制御q軸電圧との差分が閾値以下の場合は、前記基本値を0とする、
ことを特徴とする制御装置。
【請求項6】
請求項1に記載の制御装置であって、
前記推定手段は、前記目標回転速度と前記誤差修正値との合算値の積分値を前記回転子の位置と推定する、
ことを特徴とする制御装置。
【請求項7】
請求項1に記載の制御装置であって、
d軸の目標電流は0に設定される、
ことを特徴とする制御装置。
【請求項8】
位置センサレスベクトル制御により同期電動機を制御する制御方法であって、
前記同期電動機の回転子の位置を推定する推定工程と、
前記推定工程の推定結果に基づき前記同期電動機をベクトル制御するベクトル制御工程と、を備え
前記推定工程では、
前記同期電動機の目標回転速度と、誤差修正値とに基づいて前記回転子の位置を推定し、
前記誤差修正値は、
前記同期電動機の電圧方程式に前記目標回転速度、及び、d軸及びq軸の各目標電流を代入して得た理論d軸電圧及び理論q軸電圧と、前記ベクトル制御工程により導出された制御d軸電圧及び制御q軸電圧との各差分から導出される値に、前記回転子の進角・遅角の調整方向を示す進角・遅角情報を付与した基本値から導出され、
前記進角・遅角情報は、
前記制御q軸電圧の増減と、今回の制御周期よりも前の少なくとも一つの制御周期で導出された前記基本値とに基づいて設定される、
ことを特徴とする制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は位置センサレスベクトル制御技術に関する。
【背景技術】
【0002】
同期電動機の位置センサレスベクトル制御において、回転子の位置(位相)を推定する様々な方法が提案されている。例えば、電動機に印加する電圧に高周波電圧をサーチ電圧として重畳し、電動機の電流挙動を観測して回転子の位置を推定する方法が提案されている。しかし、この方法はトルク振動や騒音の点で不利である。また、電動機の誘起電圧を演算して回転子の位置を推定する方法が提案されている。しかし、この方法では誘起電圧の低い低回転域で推定精度が低下する点で不利である。また、電動機の目標回転速度から回転子の位置を推定する方法が提案されている(例えば特許文献1)。この方法では、電動機が目標回転速度どおりに制御されていると仮定し、目標回転速度の積分値が回転子の位置と推定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3637897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電動機の目標回転速度から回転子の位置を推定する方法は、サーチ電圧を重畳する方法に対して、トルク振動や騒音の点で有利である。また、誘起電圧を演算する方法に対しては、低回転域での推定精度の点で有利である。しかし、電動機が目標回転速度どおりに制御されていると仮定しているため、回転子の推定位置と実位置とにずれがあると制御の安定性が低下する場合がある。
【0005】
本発明の目的は、電動機の目標回転速度に基づき回転子の位置を推定しつつ、制御の安定性を向上することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によれば、
位置センサレスベクトル制御により同期電動機を制御する制御装置であって、
前記同期電動機の回転子の位置を推定する推定手段と、
前記推定手段の推定結果に基づき前記同期電動機をベクトル制御するベクトル制御手段と、を備え、
前記推定手段は、
前記同期電動機の目標回転速度と、誤差修正値とに基づいて前記回転子の位置を推定し、
前記誤差修正値は、
前記同期電動機の電圧方程式に前記目標回転速度、及び、d軸及びq軸の各目標電流を代入して得た理論d軸電圧及び理論q軸電圧と、前記ベクトル制御手段により導出された制御d軸電圧及び制御q軸電圧との各差分から導出される値に、前記回転子の進角・遅角の調整方向を示す進角・遅角情報を付与した基本値から導出され、
前記進角・遅角情報は、
前記制御q軸電圧の増減と、今回の制御周期よりも前の少なくとも一つの制御周期で導出された前記基本値とに基づいて設定される、
ことを特徴とする制御装置が提供される。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、電動機の目標回転速度に基づき回転子の位置を推定しつつ、制御の安定性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の一実施形態に係る制御装置を用いた電動機の制御システムを示すブロック図。
図2図1の制御装置の機能ブロック図。
図3】位置推定部の機能ブロック図。
図4】(A)は電流位相θiの説明図、(B)は電流θiに対するq軸電圧Vq、d軸電圧Vd及びq軸電流Iqの振幅変化を示す図。
図5】(A)及び(B)は進角・遅角情報の設定規則を示す図。
図6】制御装置の処理例を示すフローチャート。
図7】制御装置の処理例を示すフローチャート。
図8】制御装置の処理例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、添付図面を参照して実施形態を詳しく説明する。尚、以下の実施形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではなく、また実施形態で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明に必須のものとは限らない。実施形態で説明されている複数の特徴のうち二つ以上の特徴が任意に組み合わされてもよい。また、同一若しくは同様の構成には同一の参照番号を付し、重複した説明は省略する。
【0010】
<システム>
図1は本発明の一実施形態に係る制御装置1を用いた電動機102の制御システムのブロック図である。電動機102は回転子に永久磁石を有する3相同期電動機であり、本実施形態の場合、特に同期電動機102として埋込磁石型モータ(IPMSM)の使用を想定している。
【0011】
上位コントローラ100は、制御指令を制御装置1に与え、制御装置1は制御指令にしたがって電動機102を制御する。制御指令は本実施形態の場合、電動機102の目標回転速度ω'を含む。電流検知回路103は電動機102の3相(u、v、w)の各電流を検知する。電流検知回路103は、例えば、各相の電流センサと、電流センサの出力値をAD変換するAD変換回路とを備える。電流センサは二相分とし、残り一相は二相分の電流検知結果から演算する形式であってもよい。電流検知回路103から制御装置1には、3相の実電流検知結果である、電流Iu、Iv、Iwが入力される。
【0012】
制御装置1は、目標回転速度ω'及び推定回転速度ωと、電流Iu、Iv、Iwとから、3相の制御信号Vu、Vv、Vwを導出し、インバータ101へ入力する。推定回転速度ωは後述する手法により推定される回転子の実回転速度である。制御信号Vu、Vv、Vwは例えばPWM信号である。インバータ101は制御信号Vu、Vv、Vwに応じた電圧を対応する相に印加して電動機102を駆動する。
【0013】
<制御装置>
本実施形態の制御装置1は、プロセッサ、メモリ及び入出力インタフェースを備える電気回路であり、プロセッサはメモリに記憶されたプログラムを実行することで電動機102の回転子の位置をセンサにより検知しない、位置センサレスベクトル制御を実行する。図2は制御装置1の機能ブロック図である。制御装置1は、ベクトル制御部2と位置推定部3とを備える。
【0014】
位置推定部3は電動機102の回転子の位置(位相)を推定し、推定結果として位置情報θを出力する。また、位置推定部3は電動機102の回転子の回転速度を推定し、推定回転速度ωを出力する。ベクトル制御部2は、目標電流演算部21、制御電圧演算部22、座標変換部23、2相-3相変換部24、座標変換部25及び3相-2相変換部26を含む。
【0015】
目標電流演算部21は、目標回転速度ω'と推定回転速度ωとの偏差から、電動機102の回転子のd軸方向(回転子の磁化方向)及びq軸方向(d軸から電気角で90°進んだ方向)の各目標電流Id'及びIq'を設定する。本実施形態の場合、位置推定部3における回転子の位置の誤差修正を適切に動作させ、q軸電流Iqが最大となるように、目標電流Id'を常に0アンペアに設定する。したがって、実質的に目標電流Iq'のみを演算して設定する。目標電流Iq'は、例えば、目標回転速度ω'と推定回転速度ωとの偏差に対してPI制御(比例-積分制御)を適用することで導出される。
【0016】
3相-2相変換部は、電流検知回路103から出力される電流Iu、Iv、Iwを、互いに直交するα軸とβ軸のαβ座標系の電流Iα、Iβに変換する。座標変換部25は位置推定部3から出力される位置情報θに基づき、電流Iα、Iβを、電動機102の回転子のd軸方向及びq軸方向の各電流Id及びIqに変換して制御電圧演算部22に出力する。制御電圧演算部22は、目標電流Id'及びIq'と、電流Id及びIqと、から電流Id、Iqが目標電流Id'(=0)、Iq'を達成するように制御電圧Vd、Vqを導出する。制御電圧演算部22は、例えば、目標電流Id'(=0)と電流Idとの偏差、及び、目標電流Iq'と電流Iqとの偏差に対してPI制御(比例-積分制御)を適用して、制御の操作量である制御電圧Vd、Vqを導出する。制御電圧Vdは電動機102の回転子のd軸方向の制御電圧(制御d軸電圧)であり、制御電圧Vqは電動機102の回転子のq軸方向の制御電圧(制御q軸電圧)である。
【0017】
座標変換部23は、位置推定部3から出力される位置情報θに基づき、制御電圧Vd、Vqを、αβ座標系の制御電圧Vα、Vβに変換して2相-3相変換部24へ出力する。2相-3相変換部24は、制御電圧Vα、Vβを、3相の制御信号Vu、Vv、Vwに変換してインバータ101へ出力する。
【0018】
<位置推定部>
図2及び図3を参照して位置推定部3について説明する。図3は位置推定部3の機能ブロック図である。位置推定部3は、目標回転速度ω'、目標電流Id'(=0)及びIq'、制御電圧Vd及びVqに基づいて、回転子の回転角度を示す位置情報θと回転子の推定回転速度情報ωとを導出する。より具体的には、目標回転速度ω'と誤差修正値Eとの合算値により推定回転速度ωが演算され、推定回転速度ωを積分して位置情報θが演算される。位置情報θは、制御が理論的に動作した場合、目標回転速度ω'の積分値により演算できる。しかし、電動機102の個体差や、電動機102の運転状況に起因した誤差が発生し得る。誤差修正値Eによりこうした誤差を解消する。
【0019】
本実施形態の場合、誤差修正値Eは、基本値eにPI動作部33で比例動作(基本値e×ゲイン)331及び積分動作(基本値eの積分値×ゲイン)332を適用することで導出される。基本値eは、位置情報θの誤差の大きさの指標である誤差指標値Lに、位相の調整方向を示す進角・遅角情報Cを付与した値である。
【0020】
誤差指標値Lについて説明する。本実施形態では、図3の式1に示す、電動機102をモデル化した電圧方程式から、理論電圧Vd'、Vq'を演算する。理論電圧Vd'、Vq'は、制御電圧Vd、Vqの理論上の値に相当する。電圧方程式は、目標回転速度ω'、目標電流Id'、Iq'を変数とした行列式であり、Ld(d軸インダクタンス)、Lq(q軸インダクタンス)、Ke(誘起電圧係数)及びR(巻線抵抗)は電動機102の仕様から既知の値である。よって、電圧方程式に、目標回転速度ω'、目標電流Id'、Iq'を代入することで、理論電圧Vd'、Vq'を得ることができる。
【0021】
制御電圧Vd、Vqと理論電圧Vd'、Vq'との差分は、位置情報θの誤差の大きさを示す指標値として利用できる。そこで、誤差指標値演算部31は誤差指標値Lを図3の式2(各差分の二乗和の平方根)によって演算する。これは制御電圧と理論電圧とのd軸方向、q軸方向の各差分を成分とするベクトルの大きさに相当する。
【0022】
次に進角・遅角情報Cについて説明する。進角・遅角情報Cは、+1、-1又は0の値をとる係数であり、誤差の調整方向を進角方向とする場合に+1が設定され、遅角方向とする場合に-1が設定され、誤差調整を要しない場合に0が設定される。進角・遅角情報Cは、電動機102の回転子の位置情報θが実際の回転子の位置に対して遅れている場合にこれを進めるように、進んでいる場合にこれを遅らせるように、設定される。
【0023】
ここで、図4(A)及び図4(B)を参照する。図4(A)は電動機102のd軸電流Id及びq軸電流Iqを合成したベクトルである電流ベクトルIdqの電流位相θiの説明図である。図4(B)は電流位相θiを、電動機102の実際のd軸方向を基準として電気角で0度から360度まで推移させた場合のq軸電流Iq、d軸電圧Vd及びq軸電圧Vqを示す。q軸電流Iqは電動機102のトルクに影響する。q軸電流Iqが0のときの位相を0度、180度とし、q軸電流Iqがピークのときの位相を90度、270度として、位相を4つの象限に区別する。第1象限は0度~90度の位相エリア、第2象限は90度~180の位相エリア、第3象限は180度~270度の位相エリア、第4象限は270度~360度の位相エリア、にそれぞれ相当する。
【0024】
位置情報θに誤差が生じた場合,生じた誤差分だけ電流ベクトルIdqの電流位相θiは進角または遅角する。
【0025】
例えば,目標d軸電流Id'=0、目標q軸電流Iq'>0の条件、すなわち、電流位相θiを90度に設定した条件で理論的に駆動されている理想状態から、位置情報θが実際の回転子の位置から180°以内の範囲で遅角方向に変化した場合を想定する。図4(B)の例では、電圧値・電流値が、本来の位相よりも左側にずれた位相に対応する、波形上の電圧値・電流値に相当する値となる。この場合、電流ベクトルIdqは、電流位相θi=90°の位相から誤差分だけ遅角し,第1象限又は第4象限にあることになる。この際、位置情報θの位相を進めることで電流ベクトルIdqが、電流位相θi=90°に収束する。
【0026】
逆に、上記理想状態から、位置情報θが実際の回転子の位置から進み方向に180°以内の範囲で変化した場合を想定する。図4(B)の例では、電圧値・電流値が、本来の位相よりも右側にずれた位相に対応する、波形上の電圧値・電流値に相当する値となる。この場合、電流ベクトルIdqは、電流位相θi=90°の位相から誤差分だけ進角し、第2象限又は第3象限にあることになる。この際、位置情報θの位相を遅らせることで電流ベクトルIdqが、電流位相θi=90°に収束する。
【0027】
電流ベクトルIdqがどの象限に変化したかは、d軸電圧Vd及びq軸電圧Vqの増減関係から特定することができる。第1象限では電流位相θiが遅角方向に変化すると、d軸電圧Vdは増加傾向にあり、q軸電圧Vqは減少傾向にある。第2象限では電流位相θiが遅角方向に変化すると、d軸電圧Vdもq軸電圧Vqも増加傾向にある。第3象限では電流位相θiが遅角方向に変化すると、d軸電圧Vdは減少傾向にあり、q軸電圧Vqは増加傾向にある。第4象限では電流位相θiが遅角方向に変化すると、d軸電圧Vdもq軸電圧Vqも減少傾向にある。
【0028】
図3に戻る。進角・遅角情報設定部34には、制御電圧Vdの微分値ΔVdと、制御電圧Vqの微分値ΔVqとが入力される。本実施形態の場合、微分値ΔVdは、制御周期で今回の制御電圧Vdnと、前回の制御周期での制御電圧Vdn-1との差分としている。微分値ΔVdが正の値の場合、制御電圧Vdが増加し、微分値ΔVdが負の値の場合、制御電圧Vdが減少していることになる。同様に微分値ΔVqは、制御周期で今回の制御電圧Vqnと、前回の制御周期での制御電圧Vqn-1との差分としている。
【0029】
進角・遅角情報設定部34には、また、前サンプルにおける誤差修正値Eの低周波成分である位相変化情報Dが入力される。位相変化情報Dが正の値の場合、位置情報θの変化方向を進角とし、負の値の場合、遅角とする。誤差修正値Eから低周波成分のみを抽出して進角・遅角の判断を行うことにより、観測ノイズや非線形外乱等による進角、遅角の誤判定が防止される。
【0030】
本実施形態の場合,位相変化情報Dを取得する際に積分動作332に含まれるローパス特性を利用して誤差修正値Eから低周波成分を分離している。しかし、位相変化情報Dの導出方法はこれに限られない。他の実施形態として、例えばPI動作部33の出力をローパスフィルタに通過させた際の出力信号を位相変化情報Dとしてもよい。
【0031】
図5(A)及び図5(B)は、位相変化情報D及び微分値ΔVd、ΔVqと、設定される進角・遅角情報Cの値との関係を示す。
【0032】
図5(A)は位相変化情報Dが負の値の場合、つまり、電流ベクトルIdqの電流位相θiが遅角方向に変化する場合の関係を示している。
【0033】
制御電圧Vqが減少の場合に着目する。制御電圧Vdが減少している場合は電流ベクトルIdqが第4象限にあるとし、進角・遅角情報Cは進角調整を示す+1に設定される。制御電圧Vdが増加している場合は電流ベクトルIdqの電流位相θiが第1象限にあるとし、進角・遅角情報Cは進角調整を示す+1に設定される。
【0034】
制御電圧Vqが増加の場合に着目する。制御電圧Vdが減少している場合は電流ベクトルIdqが第3象限にあるとし、進角・遅角情報Cは遅角調整を示す-1に設定される。制御電圧Vdが増加している場合は電流ベクトルIdqが第2象限にあるとし、進角・遅角情報Cは遅角調整を示す-1に設定される。
【0035】
図4(B)は位相変化情報Dが正の値の場合、つまり、電流ベクトルIdqの位相の変化が進角方向にある場合の関係を示している。
【0036】
制御電圧Vqが減少の場合に着目する。制御電圧Vdが減少している場合は電流ベクトルIdqが第2象限にあるとし、進角・遅角情報Cは遅角調整を示す-1に設定される。制御電圧Vdが増加している場合は電流ベクトルIdqが第3象限にあるとし、進角・遅角情報Cは遅角調整を示す-1に設定される。
【0037】
制御電圧Vqが減少の場合に着目する。制御電圧Vdが減少している場合は電流ベクトルIdqが第1象限にあるとし、進角・遅角情報Cは進角調整を示す+1に設定される。制御電圧Vdが増加している場合は電流ベクトルIdqが第4象限にあるとし、進角・遅角情報Cは進角調整を示す+1に設定される。
【0038】
以上の関係性から、進角・遅角情報Cが設定される。なお、上記の例では、進角・遅角情報Cの値は、実質的に、位相変化情報Dと微分値ΔVqとから設定され、制御装置1の処理上は微分値ΔVdは参照の必要はない。
【0039】
図3に戻る。乗算部32では、e=C×Lの演算を行って基本値eが演算される。PI動作部33では、基本値eに対する比例動作331の値と、積分動作332の値とが合算されることで、誤差修正値Eが導出される。なお、積分動作332の値は上記のとおり位相変化情報Dとして用いられる。
【0040】
そして、推定回転速度ωは、今回の制御周期での目標回転速度ω'と誤差修正値Eとの合算値として演算される。位置情報θは、今回及びこれまでの制御周期で得た推定回転速度ωを積分動作35によって積分して導出される(θ=∫(ω))。
【0041】
以上のように誤差修正値Eを演算することで、位置情報θを電動機102の実際の回転子の位置に収束させることができ、制御の安定性を向上できる。
【0042】
<制御装置での処理例>
制御装置1のプロセッサが実行する処理の例について説明する。図6は電動機102を停止状態から位置センサレスベクトル制御によって駆動する場合の処理例を示すフローチャートであり、図2の機能ブロックを実現するプログラムの例を示している。なお、各制御周期で演算した結果のうち、後の制御周期で必要となる演算結果は制御装置1のメモリに格納される。
【0043】
S1では電動機102の回転子の初期位置を推定し、位置情報θの初期値として設定する。初期位置の推定方法は公知の手法(例えば、突極比、磁気飽和を活用した位置推定方法や、磁極引きつけによる方法)を利用すればよい。
【0044】
S2では上位コントローラ100から制御指示(目標回転速度ω')を取得する。S3ではS2で取得した制御指示に基づき、目標電流Id'(=0)及びIq'を設定する。S4では電流検知回路103から検知結果である電流Iu、Iv、Iwを取得する。S5では3相-2相変換を行い、S4で取得した電流Iu、Iv、Iwから電流Iα、Iβを演算する。S6では現在の位置情報θに基づき座標変換を行い、電流Iα、Iβから電流Id、Iqを演算する。S6ではS3で演算した目標電流Id'及びIq'と、S5で演算した電流Iα、Iβとから制御電圧Vd、Vqを演算する。
【0045】
S8では電動機102の回転子の位置推定処理を行い、位置情報θを更新する。S9ではS8で更新した位置情報θに基づき座標変換を行い、S7で演算した制御電圧Vd、Vqから制御電圧Vα、Vβを演算する。S10では2相-3相変換を行い、S9で演算した制御電圧Vα、Vβから制御信号Vu、Vv、Vwを演算し、S11でインバータ101へ出力する。以降、S2~S11の処理を所定の制御周期で繰り返す。
【0046】
図7はS8の位置推定処理の内容を示すフローチャートである。S11では、S2で取得した目標回転数ω'と、S3で設定した目標電流Id'(=0)、Iq'とを図3の式1に示す電圧方程式に代入して、理論電圧Vd'、Vq'を演算する。S12では、前回の制御周期のS7で演算された制御電圧Vdn-1、Vqn-1をメモリから取得し、これらと、今回の制御周期のS7で演算された制御電圧Vdn、VqnとからΔVd、ΔVqを演算する。S13では前回の制御周期で実行された積分動作332の値を位相変化情報Dとしてメモリから取得する。S14では、S7で演算された制御電圧Vd、Vqと、S11で演算された理論電圧Vd'、Vq'とから、図3の式2によって誤差指標値Lを演算する。
【0047】
S15では進角・遅角情報Cを設定する。図8はそのフローチャートである。S21では、S7で演算された制御電圧Vdと、S11で演算された理論電圧Vd'との差分が閾値以下であるか否かを判定する。差分が閾値以下である場合は、S22へ進み、差分が閾値を超える場合はS24へ進む。S22では、S7で演算された制御電圧Vqと、S11で演算された理論電圧Vq'との差分が閾値以下であるか否かを判定する。差分が閾値以下である場合は、S23へ進み、差分が閾値を超える場合はS24へ進む。
【0048】
S21、S22で共に、各差分が各閾値以下であると判定された場合、位相情報θの誤差が無視できるほど小さいとみなして、S23へ進み進角・遅角情報Cを0に設定する。この場合、誤差修正値Eは0となる。なお、S21、S22の各閾値は同じ値であってもよいし、異なる値であってもよい。
【0049】
S24では、S13で取得した位相変化情報Dが正の値か否か(処理の便宜により0以上か否か)を判定する。位相変化情報Dが正の値の場合はS25へ進み、負の値の場合はS28へ進む。S25ではS12で演算したΔVdが正の値か否か(処理の便宜により0以上か否か)を判定し、正の値であればS26へ進み、負の値であればS27へ進む。S28ではS12で演算したΔVdが正の値か否か(処理の便宜により0以上か否か)を判定し、正の値であればS29へ進み、負の値であればS30へ進む。S26、S30では進角・遅角情報Cを+1に設定する。これは図5(B)の第1象限又は第4象限の判定、図5(A)の第4象限、第1象限の判定に相当する。S27、S28では進角・遅角情報Cを-1に設定する。これは図5(B)の第2象限又は第3象限の判定、図5(A)の第3象限、第2象限の判定に相当する。
【0050】
図7に戻る。S16ではS14で導出した誤差指標値LにS15で設定した進角・遅角情報Cを乗算して基本値eを演算する。S17ではS16で導出した基本値eにPI動作(図3のPI動作部33)を適用して誤差修正値Eを演算する。S18ではS17で導出した誤差修正値Eと目標回転速度ω'とを合算して推定回転速度ωを演算する。そして、S18で導出した推定回転速度ωを、過去の制御周期の推定回転速度ωと積分することで位置情報θを演算して更新する。
【0051】
<他の実施形態>
上記実施形態では、位相変化情報Dとして基本値eの積分値に相当する積分動作332の出力値を用いた。すなわち、今回の制御周期よりも前の複数の制御周期で導出された基本値の積分値を用いている。しかし、位相変化情報Dは今回の制御周期よりも前の少なくとも一つの制御周期で導出された基本値eに基づいた値であればよく、例えば、今回の制御周期よりも一つ前の制御周期で導出された基本値eであってもよい。但し、上記実施形態のように、位相変化情報Dとして基本値eの積分値を用いることで、制御の安定性を向上できる。
【0052】
また、上記実施形態では、基本値eにPI動作を適用して誤差修正値Eを導出したが、基本値eに適用される動作はPI動作に限られるわけではない。
【0053】
<実施形態のまとめ>
上記実施形態は、以下の制御装置及び制御方法を開示している。
【0054】
項目1.
位置センサレスベクトル制御により同期電動機(102)を制御する制御装置(1)であって、
前記同期電動機の回転子の位置を推定する推定手段(3)と、
前記推定手段の推定結果に基づき前記同期電動機をベクトル制御するベクトル制御手段(2)と、を備え、
前記推定手段(3)は、
前記同期電動機の目標回転速度(ω')と、誤差修正値(E)とに基づいて前記回転子の位置を推定し、
前記誤差修正値(E)は、
前記同期電動機の電圧方程式(式1)に前記目標回転速度(ω')、及び、d軸及びq軸の各目標電流(Id',Iq')を代入して得た理論d軸電圧(Vd')及び理論q軸電圧(Vq')と、前記ベクトル制御手段により導出された制御d軸電圧(Vd)及び制御q軸電圧(Vq)との各差分から導出される値(L)に、前記回転子の進角・遅角の調整方向を示す進角・遅角情報(C)を付与した基本値(e)から導出され、
前記進角・遅角情報(C)は、
前記制御q軸電圧(Vq)の増減と、今回の制御周期よりも前の少なくとも一つの制御周期で導出された前記基本値(e,D)とに基づいて設定される、
ことを特徴とする制御装置。
この制御装置によれば、電動機の目標回転速度に基づき回転子の位置を推定しつつ、前記誤差修正値により推定結果を調整することで制御の安定性を向上することができる。
【0055】
項目2.
項目1に記載の制御装置であって、
前記進角・遅角情報は、前記制御q軸電圧(Vq)の増減と、今回の制御周期よりも前の複数の制御周期で導出された前記基本値の積分値(D)とに基づいて設定される、
ことを特徴とする制御装置。
この制御装置によれば、前記基本値の積分値を用いて前記進角・遅角情報を設定することで制御の安定性を向上することができる。
【0056】
項目3.
項目1に記載の制御装置であって、
前記誤差修正値(E)は、前記基本値に対する比例・積分動作(33)によって導出された値である、
ことを特徴とする制御装置。
この制御装置によれば、PI動作を適用することで、前記回転子の位置の推定精度を向上することができる。
【0057】
項目4.
項目3に記載の制御装置であって、
前記進角・遅角情報(C)は、前記制御q軸電圧(Vq)の増減と、前記比例・積分動作(33)における積分動作(332)により導出された値(D)とに基づいて設定される、
ことを特徴とする制御装置。
この制御装置によれば、PI動作における積分動作の結果を転用して、前記進角・遅角情報を設定することで、固有の演算を行う場合よりも処理数を削減できる。
【0058】
項目5.
項目1~項目4のいずれか一項に記載の制御装置であって、
前記理論d軸電圧(Vd')と前記制御d軸電圧(Vd)との差分(ΔVd)が閾値以下の場合であり、かつ、前記理論q軸電圧(Vq')と前記制御q軸電圧(Vq)との差分(ΔVq)が閾値以下の場合は、前記基本値を0とする(S23)、
ことを特徴とする制御装置。
この制御装置によれば、前記回転子の位置の推定結果が、不必要に修正されて制御を不安定することを防止することができる。
【0059】
項目6.
項目1~項目5のいずれか一項に記載の制御装置であって、
前記推定手段は、前記目標回転速度(ω')と前記誤差修正値(E)との合算値(ω)の積分値を前記回転子の位置と推定する、
ことを特徴とする制御装置。
この制御装置によれば、前記回転子の位置推定のために、トルク振動や騒音を発生することなく、また、低回転域でも前記回転子の位置推定を行うことができる。
【0060】
項目7.
項目1~項目6のいずれか一項に記載の制御装置であって、
d軸の目標電流は0に設定される、
ことを特徴とする制御装置。
この制御装置によれば、回転子の位置の誤差修正を適切に動作させ、q軸電流Iqが最大となるように制御することができる。
【0061】
項目8.
位置センサレスベクトル制御により同期電動機(102)を制御する制御方法であって、
前記同期電動機の回転子の位置を推定する推定工程(S8)と、
前記推定工程の推定結果に基づき前記同期電動機をベクトル制御するベクトル制御工程(S2-S7,S9-S11)と、を備え
前記推定工程では、
前記同期電動機の目標回転速度(ω')と、誤差修正値(E)とに基づいて前記回転子の位置を推定し、
前記誤差修正値(E)は、
前記同期電動機の電圧方程式(式1)に前記目標回転速度(ω')、及び、d軸及びq軸の各目標電流(Id',Iq')を代入して得た理論d軸電圧(Vd')及び理論q軸電圧(Vq')と、前記ベクトル制御手段により導出された制御d軸電圧(Vd)及び制御q軸電圧(Vq)との各差分から導出される値(L)に、前記回転子の進角・遅角の調整方向を示す進角・遅角情報(C)を付与した基本値(e)から導出され、
前記進角・遅角情報(C)は、
前記制御q軸電圧(Vq)の増減と、今回の制御周期よりも前の少なくとも一つの制御周期で導出された前記基本値(e,D)とに基づいて設定される、
ことを特徴とする制御方法。
この制御装置によれば、電動機の目標回転速度に基づき回転子の位置を推定しつつ、前記誤差修正値により推定結果を調整することで制御の安定性を向上することができる。
【0062】
以上、発明の実施形態について説明したが、発明は上記の実施形態に制限されるものではなく、発明の要旨の範囲内で、種々の変形・変更が可能である。
【符号の説明】
【0063】
1 制御装置、2 ベクトル制御部、3 位置推定部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8