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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024131958
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】炭素膜および炭素膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20240920BHJP
   C23C 14/24 20060101ALI20240920BHJP
   C01B 32/205 20170101ALI20240920BHJP
【FI】
C23C14/06 F
C23C14/24 R
C01B32/205
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023042554
(22)【出願日】2023-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(71)【出願人】
【識別番号】513099603
【氏名又は名称】兵庫県公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】110002239
【氏名又は名称】弁理士法人G-chemical
(72)【発明者】
【氏名】木本 訓弘
(72)【発明者】
【氏名】田中 一平
【テーマコード(参考)】
4G146
4K029
【Fターム(参考)】
4G146AA02
4G146AB07
4G146AC16A
4G146BA01
4G146BA43
4G146BA45
4G146BB05
4G146BC15
4G146BC32
4G146DA03
4G146DA31
4K029AA06
4K029AA24
4K029BA34
4K029BB10
4K029CA01
4K029DA03
4K029DB08
4K029DB13
4K029DB21
4K029FA04
(57)【要約】
【課題】形成が容易である新たな炭素膜を提供する。
【解決手段】本開示の炭素膜は、ラマン分光分析によって得られるラマンスペクトルにおけるGバンドのピークの半値幅が155cm-1以上である。前記炭素膜の、前記Gバンドのピーク波数は1555cm-1以下であることが好ましい。また、本開示は、ナノダイヤモンド粒子を主成分とする原料粉末の圧粉体に電子ビーム照射をして蒸着させる工程を備える炭素膜の製造方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラマン分光分析によって得られるラマンスペクトルにおけるGバンドのピークの半値幅が155cm-1以上である炭素膜。
【請求項2】
前記Gバンドのピーク波数は1555cm-1以下である請求項1に記載の炭素膜。
【請求項3】
ナノダイヤモンド粒子を主成分とする原料粉末の圧粉体に電子ビーム照射をして蒸着させる工程を備える炭素膜の製造方法。
【請求項4】
前記圧粉体のかさ密度は0.5g/cm3以上である請求項3に記載の炭素膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は炭素膜および炭素膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薄膜の形成方法としては、PVD法の一種である電子ビーム蒸着法が知られている。電子ビーム蒸着法は、昇華性材料から高融点材料まで様々な材料を効率よく加熱・蒸発できる技術として広く普及している。また、電子ビーム蒸着法は、スマートフォンを中心とした光学部品や各種電子部品の電極膜のコーティング技術として欠かせない技術である。
【0003】
例えば特許文献1には、蒸着原材料としてグラファイト板を用いた電子ビーム法によりダイヤモンドライクカーボン膜を形成することが開示されている(例えば特許文献1参照)。また、特許文献2には、真空中でカーボンを主成分とする円柱状の陰極の外周面にアークスポットを形成させ、アーク放電を生じさせることにより、アークスポットからカーボンを昇華させて、基材の表面に非晶質硬質炭素膜を成膜する非晶質硬質炭素膜の成膜方法が開示されている。
【0004】
なお、非特許文献1には、ナノダイヤモンド粉末の熱圧体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭61-219709号公報
【特許文献2】特開2021-21098号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Galina等,"HOT PRESSING OF NANODIAMOND POWDER",[令和5年3月17日検索],インターネット <URL:https://www.researchgate.net/publication/235764939_Hot_Pressing_of_Nanodiamond_Powder>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の方法では、蒸着原材料としてグラファイトを用いるため形成される膜はsp2炭素を主とする炭素膜であり、得られる炭素膜のバリエーションがない。また、特許文献2の方法では、アークイオンプレーティング法が用いられているが、成膜操作が煩雑である。なお、非特許文献1には、ナノダイヤモンド粉末の熱粉体を用いて蒸着膜を製造することの開示は無い。
【0008】
従って、本開示の目的は、形成が容易である新たな炭素膜を提供することにある。また、本開示の目的は、形成が容易である炭素膜の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示は、ラマン分光分析によって得られるラマンスペクトルにおけるGバンドのピークの半値幅が155cm-1以上である炭素膜を提供する。
【0010】
上記Gバンドのピーク波数は1555cm-1以下であることが好ましい。
【0011】
また、本開示は、ナノダイヤモンド粒子を主成分とする原料粉末の圧粉体に電子ビーム照射をして蒸着させる工程を備える炭素膜の製造方法を提供する。
【0012】
上記圧粉体のかさ密度は0.5g/cm3以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本開示の炭素膜によれば、形成が容易である新たな炭素膜を提供することができる。また、本開示の炭素膜の製造方法は、蒸着原材料としてグラファイトを使用した場合に比べて形成が容易である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例3で行った蒸着膜のX線回折による結晶構造解析により得られたスペクトルを示すグラフである。
図2】実施例4で行った蒸着膜のラマン分光分析により得られたスペクトルを示すグラフである。
図3】実施例4で行った蒸着膜のラマン分光分析により得られたスペクトルにおけるGバンドのピーク位置およびFWHM(G)をプロットしたグラフである。
図4】Choiらによる炭素膜の分類を示すグラフである。
図5】実施例5で行った摩擦試験後のボールを光学顕微鏡で観察した摩耗痕の写真である。
図6】実施例5で行った摩擦試験後の相手材の比摩耗量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本開示の炭素膜は、ラマン分光分析によって得られるラマンスペクトルにおけるG(Graphite)バンドのピークの半値幅(Full Width at Half Maximum:FWHM(G))は、155cm-1以上である。上記半値幅は、160cm-1以上が好ましい。上記半値幅は、例えば180cm-1以下であり、170cm-1以下であってもよい。
【0016】
上記Gバンドのピーク波数は、1555cm-1以下にあることが好ましく、1550cm-1以下にあることがより好ましい。上記Gバンドのピーク波数が1555cm-1以下であると、上記炭素膜はダイヤモンドライクカーボン(DLC)およびグラファイトライクカーボン(GLC)の中間の性質を有するものと推定される。上記Gバンドのピーク波数は、例えば1540cm-1以上である。
【0017】
上記炭素膜は、上記ラマンスペクトルにおいてD(Disorder)バンドのピークを有することが好ましい。上記Dバンドのピーク波数は、1300~1410cm-1にあることが好ましく、より好ましくは1360~1405cm-1である。
【0018】
上記ラマンスペクトルにおけるDバンドのピークの半値幅(Full Width at Half Maximum:FWHM(D))は、300~400cm-1であることが好ましく、より好ましくは320~380cm-1、より好ましくは354~370cm-1である。
【0019】
Gバンドのピーク値に対するDバンドのピーク値の比率[ID/IG]が0.7以上であることが好ましく、より好ましくは0.8以上である。上記比率[ID/IG]は、例えば2.0以下であってもよく、1.5以下であってもよい。
【0020】
Gバンドのピーク面積に対するDバンドのピーク面積の比率[Area ratio(D/G)]が1.2以上であることが好ましく、より好ましくは1.5以上である。上記比率[Area ratio(D/G)]は、例えば3.5以下であってもよく、3.0以下であってもよい。
【0021】
Dバンドのピーク値は、一般的に1300~1400cm-1の範囲に観測される。Dバンドのピークを確認することができない場合、1390cm-1の強度をDバンドのピークとして用いる。
【0022】
上記炭素膜の硬度は、崩れにくい20GPa超であることが好ましい。上記炭素膜の硬度の測定方法は、特に限定されず、例えば、ナノインデンテーション法などによって測定することが可能である。
【0023】
上記炭素膜の厚さは、用途に応じて適宜設定でき、特に限定されないが、例えば10~500nmであり、好ましくは20~200nmである。
【0024】
上記炭素膜は、公知乃至慣用の炭素膜の代替物として使用することができる。上記炭素膜の用途としては、例えば、摺動部材、熱伝導材、工具のコーティング、金型のコーティング、装飾(ブラックコーティング)などが挙げられる。
【0025】
上記炭素膜は蒸着膜であることが好ましい。すなわち、上記炭素膜は、炭素材料を蒸着原材料として蒸着法により形成される炭素膜であることが好ましい。上記炭素材料は、好ましくは後述のナノダイヤモンド粒子を主成分とする原料粉末の圧粉体である。
【0026】
[炭素膜の製造方法]
上記炭素膜は、ナノダイヤモンド粒子を主成分とする原料粉末の圧粉体に電子ビーム照射をして蒸着させる工程(蒸着工程)を備える方法により製造することができる。この製造方法によれば、上記圧粉体を蒸着原材料として用いて、電子ビーム法により上記炭素膜を蒸着膜として製造することができる。上記電子ビーム法では、上記圧粉体に電子ビームを照射して炭素を昇華させ、蒸着用基板に蒸着させて蒸着膜(炭素膜)を形成する。上記電子ビーム法による炭素膜の形成は、電子ビーム照射器を備える公知乃至慣用の蒸着装置を用いて行うことができる。
【0027】
なお、グラファイトを蒸着原材料として用いて得られる蒸着膜は、上記FWHM(G)は小さくなる傾向にあるが、上記圧粉体を蒸着原材料として用いた場合の上記炭素膜では上記FWHM(G)が大きくなる傾向にある。また、上記圧粉体を蒸着原材料として使用した場合、比較的低温(例えば100℃程度以下)の基板温度で形成可能であるため、上記半値幅を有する炭素膜が得られやすい。一方、グラファイトを蒸着原材料として使用した場合、実用的な蒸着膜を形成するためには基板温度を160℃以下とすることは現実的ではなく、半値幅は155cm-1程度未満となる。
【0028】
(圧粉体)
上記圧粉体は、ナノダイヤモンド粒子を主成分とする原料粉末の圧粉体である。すなわち、上記圧粉体は、ナノダイヤモンド粒子を主成分とする原料粉末を圧縮成形に付すことにより得られる物体である。
【0029】
上記原料粉末はナノダイヤモンド粒子を主成分とする。上記原料粉末中のナノダイヤモンド粒子の割合は、上記原料粉末の総量100質量%に対して、50質量%以上が好ましく、より好ましくは60質量%以上、さらに好ましくは70質量%以上、さらに好ましくは80質量%以上、さらに好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上、特に好ましくは99質量%以上である。上記割合は100質量%であってもよい。
【0030】
上記原料粉末中の水分量は、上記原料粉末の総量100質量%に対して、4.0質量%以下が好ましく、より好ましくは2.0質量%以下である。上記水分量が2.0質量%以下であると、上記圧粉体中の水分量がより低くなり、電子ビーム法の蒸着原材料として上記圧粉体を用いた際により安定的に蒸着膜を形成することができる。
【0031】
本明細書において、「ナノダイヤモンド粒子」とは、一次粒子の大きさ(平均一次粒子径)が1000nm未満であるダイヤモンド粒子をいう。上記ナノダイヤモンド粒子の平均一次粒子径は、例えば100nm以下であり、好ましくは60nm以下、より好ましくは50nm以下、さらに好ましくは30nm以下である。上記ナノダイヤモンド粒子の平均一次粒子径の下限は、例えば1nmである。
【0032】
上記ナノダイヤモンド粒子としては、例えば、爆轟法ナノダイヤモンド(すなわち、爆轟法によって生成したナノダイヤモンド)や、高温高圧法ナノダイヤモンド(すなわち、高温高圧法によって生成したナノダイヤモンド)を使用することができる。中でも、一次粒子の粒子径が一桁ナノメートルである点で、爆轟法ナノダイヤモンドが好ましい。
【0033】
上記爆轟法ナノダイヤモンドには、空冷式爆轟法ナノダイヤモンド(すなわち、空冷式爆轟法によって生成したナノダイヤモンド)と水冷式爆轟法ナノダイヤモンド(すなわち、水冷式爆轟法によって生成したナノダイヤモンド)が含まれる。中でも、空冷式爆轟法ナノダイヤモンドが水冷式爆轟法ナノダイヤモンドよりも一次粒子が小さい点で好ましい。
【0034】
上記ナノダイヤモンド粒子は、特に限定されず、公知乃至慣用のナノダイヤモンド粒子を用いることができる。上記ナノダイヤモンド粒子は、表面修飾されたナノダイヤモンド(表面修飾ナノダイヤモンド)粒子であっていてもよいし、表面修飾されていないナノダイヤモンド粒子であってもよい。なお、表面修飾されていないナノダイヤモンド粒子は、表面にヒドロキシ基(-OH)やカルボキシ基(-COOH)を有する。ナノダイヤモンド粒子は、一種のみを用いてもよいし二種以上を用いてもよい。
【0035】
上記表面修飾ナノダイヤモンドにおいてナノダイヤモンド粒子を表面修飾する化合物または官能基としては、例えば、シラン化合物、ホスホン酸イオン若しくはホスホン酸残基、末端にビニル基を有する表面修飾基、アミド基、カチオン界面活性剤のカチオン、ポリグリセリン鎖を含む基、ポリエチレングリコール鎖を含む基等の有機基などが挙げられる。
【0036】
上記圧粉体のかさ密度は、0.5g/cm3以上であることが好ましく、より好ましくは0.6g/cm3以上、さらに好ましくは0.7g/cm3以上、特に好ましくは0.8g/cm3以上である。上記かさ密度が0.5g/cm3以上であると、電子ビーム照射等の高エネルギーを受けた場合でも崩れにくい。上記かさ密度は、例えば0.9g/cm3以下である。
【0037】
蒸着法により炭素膜を形成するための蒸着原材料としてグラファイト以外の炭素材料としてはダイヤモンド結晶が考えられるが、製造コストや高価な観点で入手が困難であり、また結合力が強いため電子ビーム法による蒸着膜形成に懸念がある。一方、上記圧粉体は、ナノダイヤモンド粒子由来であり結合力が強すぎず、蒸着原材料のダイヤモンド原材料として有効に使用することができる。このため、上記炭素膜は電子ビーム法により容易に形成することができる。
【0038】
上記圧粉体は、ナノダイヤモンド粒子を主成分とする原料粉末を圧縮成形する工程(圧縮成形工程)を備える方法により製造することができる。上記圧縮成形は、公知乃至慣用の圧粉体成形の方法により行うことができる。
【0039】
上記圧縮成形は、例えば、公知乃至慣用の圧縮成形機を用い、蒸着原材料を充填して加圧し、加圧状態を一定時間維持し、その後冷却して行うことができる。圧縮成形時の圧力は、20~300MPaが好ましく、より好ましくは50~280MPa、さらに好ましくは100~260MPaであり、硬く取扱性に優れる。上記圧力が高いほど得られる圧粉体のかさ密度は高くなる。上記圧力の範囲で圧縮成形を行うことで適度な硬度の圧粉体を得ることができる。
【0040】
上記圧縮成形では、加熱状態で加圧を行ってもよい。上記圧縮成形時の温度は、20~600℃が好ましく、より好ましくは100~500℃、さらに好ましくは200~400℃である。上記温度が高いほど得られる圧粉体のかさ密度は低くなる。また、加熱によりナノダイヤモンド粒子に付着した水が揮発しやすく、得られる圧粉体の水分量を低くすることができ、電子ビームの照射による系内の圧力上昇が緩和され、より容易に蒸着膜を形成することができる。上記温度が600℃以下であると、ナノダイヤモンド等の炭素材料粒子におけるsp3炭素が圧縮成形時にsp2炭素に変換されにくく、sp3構造を有する炭素を主成分とする圧粉体が得られやすい。
【0041】
上記圧縮成形における加圧状態の維持時間は、1分~5時間が好ましい。上記維持時間が長いほどかさ密度は高くなる。また圧力上昇の時間は長いほど圧粉体中の水分が除去されやすく、炭素膜を形成した際に炭素膜中の酸素量が少なく良い膜質の炭素膜が得られやすい。
【0042】
(蒸着工程)
上記蒸着工程の一実施形態を説明する。まず、上記圧粉体をるつぼに載置した状態で蒸着装置にセットする。上記圧粉体への電子ビーム照射前に、上記圧粉体を加熱することが好ましい。上記加熱により、圧粉体中の水分を揮発させることができ(ガス抜き)、電子ビーム照射中の装置内の圧力上昇の速度を緩和することができる。上記加熱は上記水分をより多く除去するために、真空排気(減圧吸引)しながら行うことが好ましい。
【0043】
上記加熱時の温度は、特に限定されないが、50~300℃が好ましい。上記加熱手段は、特に限定されず、公知乃至慣用の加熱手段を用いることができ、例えば電流を印加することによって加熱してもよい。上記加熱時の圧力は1×10-3Pa以下が好ましい。
【0044】
上記蒸着用基板としては、公知乃至慣用の蒸着用基板が使用でき、例えば金属板等の無機板や樹脂板等の有機板などが挙げられる。上記圧粉体を蒸着原材料として用いた場合、上記蒸着用基板の温度が比較的低温であっても蒸着膜を形成することができるので、上記蒸着用基板として、耐熱性のない樹脂板(例えばポリアセタール板など)を用いることができる。
【0045】
また、蒸着用基板は、表面に酸化皮膜等の不純物が付着していることが多い。このため、真空排気(減圧吸引)しながら蒸着用基板表面をスパッタクリーニング等により洗浄することが好ましい。上記真空排気時の圧力は1×10-4Pa以下が好ましい。
【0046】
上記電子ビーム照射時の蒸着速度(蒸着レート)は、例えば0.001~0.1nm/sであり、好ましくは0.007~0.05nm/sである。上記蒸着速度は、形成される炭素膜の厚さを経時的に観察することで測定することができる。上記炭素膜の厚さは、例えば水晶振動式膜厚モニターにより測定することができる。
【0047】
上記電子ビームの放出電流は、5~120mAが好ましく、より好ましくは5~100mAである。上記放出電流が5mA以上であると、圧粉体を蒸発させやすい。上記圧粉体はナノダイヤモンド粒子を原料とするため、比較的低温で蒸着原材料を蒸発させることができる。また、上記放出電流が120mA以下であると、圧粉体の温度が上がりすぎず、形成される炭素膜の構造を安定化させることができる。
【0048】
炭素膜形成時の温度(蒸着用基板の温度)は、50~350℃が好ましく、より好ましくは80~300℃、さらに好ましくは100~200℃、さらに好ましくは100~160℃、特に好ましくは100~150℃である。上記圧粉体はナノダイヤモンド粒子を原料とするため、比較的低温でも蒸着用基板に炭素が付着し、効率的に炭素膜を形成することができる。
【0049】
電子ビーム照射時間(蒸着時間)は、特に限定されず、得られる炭素膜の厚さに応じて適宜設定することができ、例えば10分~6時間、好ましくは30分~3時間である。
【0050】
以上のようにして、上記圧粉体を蒸着原材料とする電子ビーム法により炭素膜を形成することができる。
【0051】
本明細書に開示された各々の態様は、本明細書に開示された他のいかなる特徴とも組み合わせることができる。各実施形態における各構成およびそれらの組み合わせ等は、一例であって、本開示の趣旨から逸脱しない範囲内で、適宜、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。また、本開示に係る各発明は、実施形態や以下の実施例によって限定されることはなく、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例0052】
以下に、実施例に基づいて本開示の一実施形態をより詳細に説明する。
【0053】
実施例1
(ペレットの作製)
粉末状のナノダイヤモンドをプレス機および粉末成形用金型(商品名「AH-4015」、アズワン株式会社製)を用い、ペレット状に成形し、ナノダイヤモンドの圧粉体を作製した。上記粉末状のナノダイヤモンドとしてクラスターナノダイヤ(商品名「DINNOVARE」、株式会社ダイセル製)を使用した。具体的には、まず、粉末状のナノダイヤモンドを粉末成形用金型の中に充填し、粉末成形用金型のダイス部分に熱電対を接触させ、成形時の粉末成形金型の温度測定を行いつつ、プレス成形によりペレット化し、円柱形状の圧粉体を作製した。プレス成形の条件は、圧力238MPa、温度300℃、時間60分とした。また、得られた圧粉体について、電磁式はかり(研精工業株式会社製)により上記圧粉体の質量を測定し、またノギスを用いて上記圧粉体の形状測定を行い、質量および算出された体積からかさ密度を算出した。圧粉体のかさ密度は0.87g/cm3であった。上記圧粉体のサイズは、底面直径:14.5mm、高さ:10mmであった。
【0054】
実施例2
(炭素薄膜の形性)
ダイヤモンドペンにより10mm角の大きさに割断した(110)単結晶のシリコンウエハを蒸着用基板として使用した。蒸着用基板表面に付着した油脂や汚れが密着性の低下の原因となるため、蒸着用基板表面に対して純度99.9%のアセトンで10分間の超音波洗浄を行った。基板ホルダに洗浄した蒸着用基板を設置し、他方、蒸着原材料を窒化ホウ素製るつぼ内に設置し、成膜室内の圧力が4×10-4Paに到達するまで真空排気した。蒸着原材料として、実施例1で作製したダイヤモンド圧粉体およびグラファイトを用いた。真空排気後、エミッション電流を60分間印加することで蒸着原材料から水分を蒸発させた(ガス抜き)。ガス抜きにおけるエミッション電流は、ナノダイヤモンド粒子の圧粉体を0~25mA、グラファイトを50mAとした。ガス抜き後、再度成膜室内の圧力(背圧)を5×10-3Paに到達するまで真空排気し、表1に示す条件でアルゴンイオンビームによる蒸着用基板のスパッタクリーニングを10分間行い、蒸着用基板表面の酸化被膜や不純物を除去した。
【0055】
窒化ホウ素製るつぼ内に入れた蒸着原材料に電子ビームを照射し、表2に示す条件で上記蒸着用基板上に炭素材料を蒸着させ成膜を行い、炭素薄膜を形性した。水晶振動式膜厚モニターにおいて、ナノダイヤモンドとグラファイトの密度を2.700g/cm3、Z-ratioを1.080として設定した。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
実施例3
(結晶構造解析)
X線回折装置(商品名「SmartLab X-ray diffratometer」、株式会社リガク製)を用いて、実施例2で作製した蒸着膜の結晶構造解析を行った。X線回折装置の管球にCuターゲットを用い、管電流50mA、管電圧40kVとした。走査軸を2θとし、開始角度を10°、終了角度を100°、サンプリング幅を0.020°とした。スキャンスピード5.0°/min、受光スリットを0.15mとして測定した。A1、A2、B3、およびB4について得られたスペクトルを図1(a)に示した。なお、参照としてナノダイヤモンド粉末についても同様にして結晶構造解析を行い、得られたスペクトルを図1(b)に示した。
【0059】
図1(a)に示すスペクトルには、SiおよびSiO2由来と思われるピークのみが確認された。SiおよびSiO2由来のピークは基板によるものであると考えられる。また、図1(b)にて確認されるようなダイヤモンド由来のピークは観察されず、得られた蒸着膜はアモルファス構造を有するa-C膜であると考えられる。
【0060】
実施例4
(ラマン分光分析)
実施例2で得られた蒸着膜表面について、ラマン分光装置(商品名「NRS-4500」、日本分光株式会社製)を用いて次の測定条件で照射した。ラマンスペクトルを定量的に評価するために測定結果のピークを波形分離する必要があり、波形分離はデータ解析ソフトウェアのFitykを使用し、Gaussian関数を用いて行った。A1~A4およびB1~B4について得られたスペクトルのピークに関する情報を表3に示し、A1、A2、B3、およびB4について得られたスペクトルを図2(a)に示した。なお、参照としてナノダイヤモンド粉末についても同様にしてラマン分光分析を行い、得られたスペクトルを図2(b)に示した。また、分析を行ったサンプルの各種測定結果について表4に示した。
光源:アルゴンレーザー
中心波数:1619.10cm-1
レーザー波長:532nm
レーザー強度:1.9mW
グレーティング:900line/mm
スリット:100μm
ホール径:1mm
露光時間:5s
積算回数:10回
スポット径:1μm
【0061】
【表3】
【0062】
蒸着原材料としてナノダイヤモンド圧粉体を用いた場合、蒸着膜を形成する際に炭素材料が飛散すること無く容易に且つ効率的に蒸着膜を形成することができた。また、表3および図2(a)に示すように、ナノダイヤモンドの圧粉体から得られた蒸着膜からはいずれも1550cm-1付近にsp2の結晶構造に起因するGバンドのピーク、および、1350cm-1付近にグラファイト構造の欠陥に起因するDバンドのピークが確認された。一方、図2(b)に示すように、ナノダイヤモンド粉末からは1333cm-1付近にダイヤモンドのピークが確認された。中でも、A1およびA2の条件では、FWHM(G)が155cm-1以上である炭素膜が得られた。一方、このようなFWHM(G)を有する炭素膜は、蒸着源材料としてグラファイトを用いた場合では得られなかった。
【0063】
表3に示すように、グラファイトを蒸着原材料として用いた蒸着膜は、ナノダイヤモンド圧粉体を蒸着原材料として用いた蒸着膜と比較してGバンドのピークが高波数側にシフトする傾向があった。また、表3に示すようにピーク高さの比率[ID/IG]は、ラマンスペクトルのバックグラウンドを取り除いた後フィッティングをかけて算出した。
【0064】
また、グラファイトを蒸着原材料として用いた蒸着膜はナノダイヤモンド圧粉体を用いた蒸着膜と比較してGバンドのピーク位置が高波数側にシフトする傾向があった。このことから、ナノダイヤモンド圧粉体を蒸着原材料として用いることで、グラファイトを蒸着原材料として用いた場合に対して膜構造が変化したことが示唆された。
【0065】
図3に実施例2で得られた蒸着膜のGバンドのピーク位置およびFWHM(G)をプロットした図を、図4にChoiら(トライボロジスト, Vol. 58, No.8 (2013), pp596-602)による炭素膜の分類をそれぞれ示す。ChoiらはGバンドのピーク位置とFWHM(G)の関係から炭素膜をポリマーライクカーボン、ダイヤモンドライクカーボン、グラファイトライクカーボンに分類している。この報告に基づきナノダイヤモンド圧粉体を用いた蒸着膜を分類すると、DLC構造を持つ炭素膜であると考えられる。
【0066】
実施例5
(摩擦試験)
A2およびB3を蒸着原材料として用いて得られた蒸着膜について摩擦試験を行った。ロードセル、ロードセルアンプ(商品名「CSA-522B」、ミネベアミツミ株式会社製)、データロガー(商品名「GL7000」、GRAPHTEC社製)、おもり、ボール、およびディスクを備えるボールオンディスク型すべり摩擦試験機を用いた。摩擦試験では、ボールとして直径8mmのSUJ2製のボールを用いた。そして、ディスク上に、作製した蒸着膜を摺動面となるように固定し、ボールとディスクの蒸着膜とを摺動させた。摺動条件は、回転半径3mm、すべり速度0.16m/s、荷重0.3N、加熱ステージ設定温度25±5℃、すべり距離560mとした。
【0067】
図5に光学顕微鏡で観察したボールの摩耗痕の写真を示す。A2の摩耗痕はB3の摩耗痕に比べ摩耗痕が小さくなることが確認された。図6に摩擦試験を行った後の相手材の比摩耗量を示す。A2はB3に比べ摩耗量が低減していることが確認された。このことからナノダイヤモンド圧粉体を蒸着原材料として得られた蒸着膜は、グラファイトを蒸着原材料として得られた蒸着膜に比べ、相手材への攻撃性が低いことが示唆された。
【0068】
実施例6
(硬度)
実施例2で作製したA1~A5の蒸着膜について、走査型プローブ顕微鏡(SPM)で硬度測定を試みた。その結果、シリコン製プローブの先端が摩耗してしまい、正確な硬度を測定することができなかった。このため、蒸着膜の硬度は、上記シリコン製プローブを用いた際の測定限界である(20GPa)よりも高いと判断した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6