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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024132010
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240920BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20240920BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20240920BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C14/06 A
C23C14/34 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023042628
(22)【出願日】2023-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】000233066
【氏名又は名称】株式会社MOLDINO
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】那須 宣仁
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 智也
【テーマコード(参考)】
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C046FF10
3C046FF11
3C046FF13
3C046FF20
3C046FF25
4K029AA02
4K029BA58
4K029BD05
4K029CA06
4K029DC04
4K029DC12
4K029EA03
4K029EA04
4K029EA08
4K029EA09
4K029FA04
4K029FA06
(57)【要約】
【課題】耐久性に優れる被覆切削工具を提供する。
【解決手段】基材と、基材上に形成される硬質皮膜とを備える被覆切削工具。硬質皮膜はスパッタ皮膜であり、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alを55原子%以上、次いでCrが多く、Crを20原子%以上含有する窒化物または炭窒化物のc1層と、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alを55原子%以上、次いでTiが多く、Tiを20原子%以上含有する窒化物または炭窒化物のc2層と、がそれぞれ50nm以下の膜厚で交互に積層した積層皮膜を有する。積層皮膜は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、Ih×100/Is≦10の関係を満たす。積層皮膜は、金属(半金属を含む)元素と非金属元素の総量に対して、アルゴン(Ar)を0.20原子%以下で含有する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に形成される硬質皮膜とを備え、
前記硬質皮膜はスパッタ皮膜であり、
金属(半金属を含む)元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を55原子%以上、次いでクロム(Cr)が多く、クロム(Cr)を20原子%以上含有する窒化物または炭窒化物のc1層と、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を55原子%以上、次いでチタン(Ti)が多く、チタン(Ti)を20原子%以上含有する窒化物または炭窒化物のc2層と、がそれぞれ50nm以下の膜厚で交互に積層した積層皮膜を有し、
前記積層皮膜は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、六方最密充填構造のAlNの(010)面に起因するピーク強度をIhとし、面心立方格子構造の、AlNの(111)面、TiNの(111)面、CrNの(111)面、AlNの(200)面、TiNの(200)面、CrNの(200)面、AlNの(220)面、TiNの(220)面、およびCrNの(220)面に起因するピーク強度と、六方最密充填構造の、AlNの(010)面、AlNの(011)面、およびAlNの(110)面に起因するピーク強度と、の合計をIsとした場合、Ih×100/Is≦10の関係を満たし、
前記積層皮膜は、金属(半金属を含む)元素と非金属元素の総量に対して、アルゴン(Ar)を0.20原子%以下で含有していることを特徴とする被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
AlCr系の窒化物とAlTi系の窒化物とがナノレベルで交互に積層した積層皮膜を設けた被覆切削工具が適用されている。
【0003】
例えば、本願出願人は、AlCr系の窒化物とAlTi系の窒化物とがナノレベルで交互に積層したAlリッチで、かつミクロレベルでhcp構造のAlNが少ない積層皮膜を設けた被覆切削工具を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2019/098363号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者の検討によると、従来のAlリッチの積層皮膜はアークイオンプレーティング法で被覆しているため皮膜表面のドロップレットが多く、小径工具に適用した場合に耐久性に改善の余地がある場合があることを確認した。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、
基材と、前記基材上に形成される硬質皮膜とを備え、
前記硬質皮膜はスパッタ皮膜であり、
金属(半金属を含む)元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を55原子%以上、次いでクロム(Cr)が多く、クロム(Cr)を20原子%以上含有する窒化物または炭窒化物のc1層と、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を55原子%以上、次いでチタン(Ti)が多く、チタン(Ti)を20原子%以上含有する窒化物または炭窒化物のc2層と、がそれぞれ50nm以下の膜厚で交互に積層した積層皮膜を有し、
前記積層皮膜は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、六方最密充填構造のAlNの(010)面に起因するピーク強度をIhとし、面心立方格子構造の、AlNの(111)面、TiNの(111)面、CrNの(111)面、AlNの(200)面、TiNの(200)面、CrNの(200)面、AlNの(220)面、TiNの(220)面、およびCrNの(220)面に起因するピーク強度と、六方最密充填構造の、AlNの(010)面、AlNの(011)面、およびAlNの(110)面に起因するピーク強度と、の合計をIsとした場合、Ih×100/Is≦10の関係を満たし、
前記積層皮膜は、金属(半金属を含む)元素と非金属元素の総量に対して、アルゴン(Ar)を0.20原子%以下で含有している被覆切削工具である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、耐久性に優れる被覆切削工具を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
≪基材≫
本実施形態の被覆切削工具においては、基材は特段限定されないが、強度と靭性に優れるWC-Co基超硬合金を基材とすることが好ましい。
【0009】
本実施形態に係る硬質皮膜はスパッタ皮膜である。すなわち、本実施形態の硬質皮膜は、スパッタリング装置を用いて成膜される層のみからなる硬質皮膜である。
スパッタ皮膜は硬質皮膜に圧縮残留応力を付与することができる。また、スパッタ皮膜はアークイオンプレーティング法で被覆した硬質皮膜に比べてドロップレットが少なく、皮膜内部の欠陥が少なく平滑な皮膜を得ることができる。スパッタ皮膜は不可避的にアルゴン(Ar)を含有するが、Arの含有量が多くなり過ぎると被覆切削工具の耐久性が低下する。そのため、本実施形態に係る積層皮膜は、金属(半金属を含む)元素と非金属元素の総量に対して、Arを0.20原子%以下で含有させる。Arの下限は0.01原子%以上であることが好ましい。
【0010】
≪積層皮膜≫
本実施形態に係る積層皮膜は、金属元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を55原子%以上、次いでクロム(Cr)が多く、クロム(Cr)を20原子%以上含有する窒化物または炭窒化物のc1層と、金属部分の総量に対して、アルミニウム(Al)を55原子%以上、次いでチタン(Ti)が多く、チタン(Ti)を20原子%以上含有する窒化物または炭窒化物のc2層とが50nm以下の膜厚で交互に積層した積層皮膜である。組成系が異なるAlリッチなAlCrN系の硬質皮膜とAlリッチなAlTiN系の硬質皮膜とがナノレベルで交互に積層することで、皮膜破壊の進展が抑制され易くなる。また、積層皮膜中にhcp構造のAlNを含有し難くなり、硬質皮膜の全体で耐熱性が高まり被覆切削工具の耐久性が向上する。
更には、積層皮膜はミクロ組織に含有されるhcp構造のAlNが少ないことが必要である。そして、本発明者は、積層皮膜のミクロ組織に含まれる脆弱なhcp構造のAlNを低減することで、被覆切削工具の耐久性が向上することを確認した。
【0011】
硬質皮膜にミクロ組織に存在するhcp構造のAlNの量を定量的に評価するには、硬質皮膜の加工断面について、透過型電子顕微鏡を用いて制限視野回折パターンを求め、制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルを用いる。具体的には、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンの強度プロファイルにおいて、Ih×100/Isの関係を評価する。IhおよびIsは以下のように定義される。
【0012】
Ih:hcp構造のAlNの(010)面に起因するピーク強度。
Is:fcc構造の、AlNの(111)面、TiNの(111)面、CrNの(111)面、AlNの(200)面、TiNの(200)面、CrNの(200)面、AlNの(220)面、TiNの(220)面、およびCrNの(220)面に起因するピーク強度と、hcp構造の、AlNの(010)面、AlNの(011)面、およびAlNの(110)面に起因するピーク強度と、の合計。
【0013】
上記IhとIsの関係を評価することで、X線回折によりhcp構造のAlNに起因するピーク強度が確認されない硬質皮膜において、ミクロ組織に含まれるhcp構造のAlNを定量的に評価することができる。Ih×100/Isの値がより小さいことは、積層皮膜のミクロ組織に存在する脆弱なhcp構造のAlNがより少ないことを意味する。積層皮膜におけるIh×100/Isの値が10よりも大きい場合、過酷な使用環境下においては被覆切削工具の耐久性が低下し易くなる。本実施形態においては、積層皮膜がIh×100/Is≦10を満たす構成とすることで、良好な耐久性を有する被覆切削工具を実現した。更には、本実施形態の被覆切削工具は、積層皮膜がIh×100/Is≦5を満たす構成であることが好ましい。更には、本実施形態の被覆切削工具は、積層皮膜においてhcp構造のAlNの(010)面に起因するピーク強度が確認されない構成、すなわち、積層皮膜がIh×100/Is=0を満たす構成であることが好ましい。なお、制限視野回折パターンにおいて、hcp構造のAlNの回折パターンが確認される場合でも、その量が微量であれば、強度プロファイルにはピークが現れずIh×100/Isの値は0になる場合がある。積層皮膜の制限視野回折パターンにおいて、hcp構造のAlNが確認されないことが、被覆切削工具の耐久性をより高めるために好ましい。
【0014】
≪c1層≫
c1層は金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alを55原子%以上、次いでCrが多く、Crを20原子%以上含有する窒化物または炭窒化物である。AlCr系の窒化物または炭窒化物は耐熱性に優れる膜種である。特にAlの含有比率が大きくなると硬質皮膜の耐熱性が向上する傾向にあり被覆切削工具の耐久性が向上する。更には、c1層は耐熱性と耐摩耗性に優れる窒化物であることが好ましい。硬質皮膜に高い耐熱性を付与するために、c1層はAlを55原子%以上で含有する。更にはc1層のAlは60原子%以上が好ましい。但し、Alの含有比率が大きくなり過ぎると、hcp構造のAlNが多くなるため、硬質皮膜の耐久性が低下する。そのため、c1層のAl含有比率は70原子%以下、更には65原子%以下が好ましい。
【0015】
c1層はAlCr系の窒化物または炭窒化物とするために、Alに次いでCrを多く含有する。c1層はCrの含有比率が小さくなり過ぎると耐摩耗性が低下する。そのため、c1層はCrを20原子%以上とする。但し、Crの含有比率が大きくなり過ぎると、相対的にAlの含有比率が低下するため耐熱性が低下する。そのため、c1層のCr含有比率は45原子%以下、更には40原子%以下が好ましい。
【0016】
c1層とc2層はナノレベルで交互に積層しているため、被覆時に互いの組成が混ざる。また、互いの組成が拡散し得る。そのため、c1層にはc2層に必須で含まれるTiを含有し得る。
【0017】
c1層はAlとCr以外の金属元素を含有することができる。例えば、硬質皮膜の耐摩耗性や耐熱性や潤滑性などの向上を目的として、c1層は周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびSi、B、Y、Cuから選択される1種または2種以上の元素を含有することができる。これらの元素は、硬質皮膜の特性を改善するために、AlTiN系やAlCrN系の硬質皮膜には一般的に添加されている元素であり、含有比率が過多にならなければ被覆切削工具の耐久性を著しく低下させることはない。
但し、c1層がAlとCr以外の金属元素の合計が、金属(半金属を含む)元素の総量に対して25原子%以下であることが好ましい。
【0018】
≪c2層≫
c2層は金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alを55原子%以上、次いでTiが多く、Tiを20原子%以上含有する窒化物または炭窒化物である。AlTi系の窒化物または炭窒化物は、耐摩耗性および耐熱性に優れる膜種である。特にAlの含有比率が大きくなると硬質皮膜の耐熱性が向上する傾向にあり、被覆切削工具の耐久性が向上する。更には、c2層は耐熱性と耐摩耗性に優れる窒化物であることが好ましい。更にはc2層のAlは60原子%以上が好ましい。但し、Alの含有比率が大きくなり過ぎると、hcp構造のAlNが多くなるため、硬質皮膜の耐久性が低下する。そのため、c2層のAlの含有比率は75原子%以下、更には70原子%以下が好ましい。
【0019】
c2層はAlTi系の窒化物または炭窒化物とするために、Alに次いでTiを多く含有する。c2層のTiの含有比率が小さくなり過ぎると耐摩耗性が低下する。そのため、c2層はTiを20原子%以上とする。但し、Tiの含有比率が大きくなり過ぎると、相対的にAlの含有比率が低下するため耐熱性が低下する。そのため、c2層のTiの含有比率は40原子%以下、更には35原子%以下が好ましい。
【0020】
c1層とc2層はナノレベルで交互に積層しているため、被覆時に互いの組成が混ざる。また、互いの組成が拡散し得る。そのため、c2層はc1層に必須で含まれるCrを含有し得る。
【0021】
c2層はAlとTiと以外の金属元素を含有することができる。例えば、硬質皮膜の耐摩耗性や耐熱性や潤滑性などの向上を目的として、c2層は周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびSi、B、Yから選択される1種または2種以上の元素を含有することができる。これらの元素は、硬質皮膜の特性を改善するために、AlTiN系やAlCrN系の硬質皮膜には一般的に添加されている元素であり、含有比率が過多にならなければ被覆切削工具の耐久性を著しく低下させることはない。特にAlTiN系の硬質皮膜がW(タングステン)元素を含有することで、より過酷な使用環境下において耐久性が優れる傾向にあり好ましい。
但し、c2層がAlとTi以外の金属元素を多く含有すると、AlTiN系の硬質皮膜としての基礎特性が損なわれ被覆切削工具の耐久性が低下する。そのため、c2層はAlとTi以外の金属元素の合計が金属(半金属を含む)元素の総量に対して25原子%以下であることが好ましい。
【0022】
本実施形態では硬質皮膜の総膜厚に対して、積層皮膜を最も厚い膜とすることが好ましい。積層皮膜が硬質皮膜の主層であることで、密着性および耐摩耗性が高いレベルで両立されて被覆切削工具の耐久性が向上する。
【0023】
積層皮膜の密着性を高めるためには、c1層とc2層のそれぞれの膜厚は20nm以下が好ましい。また、c1層およびc2層の個々の膜厚が小さ過ぎると、組成系が異なる積層皮膜を形成することが困難になるため、c1層とc2層のそれぞれの膜厚は2nm以上が好ましい。更にはc1層とc2層のそれぞれの膜厚は5nm以上が好ましい。c1層およびc2層の膜厚の上限値および下限値は適宜組合せ可能である。
【0024】
本実施形態では必要に応じて基材と積層皮膜の間に中間皮膜を設けてもよい。例えば、AlCr系やAlTi系の窒化物または炭窒化物を設けても良い。また、その他の組成系の窒化物や炭窒化物を設けても良い。また、窒化物や炭窒化物以外の金属、炭化物あるいはホウ化物等を設けても良い。中間皮膜は、積層皮膜よりも薄い膜であることが好ましい。
【0025】
本実施形態では必要に応じて積層皮膜である積層皮膜の上層に保護皮膜を設けてもよい。例えば、耐摩耗性に優れる膜種であるTiとSiを含有する窒化物または炭窒化物を設けても良い。また、AlCr系やAlTi系の窒化物または炭窒化物を設けても良い。また、その他の組成系の窒化物や炭窒化物を設けても良い。また、窒化物や炭窒化物以外の金属、炭化物あるいはホウ化物等を設けても良い。保護皮膜は、積層皮膜よりも薄い膜であることが好ましい。
【実施例0026】
<工具>
工具として、組成がWC(bal.)-Co(8.0質量%)-Cr(0.5質量%)-Ta(0.3質量%)、WC平均粒度0.5μm、硬度93.6HRA(ロックウェル硬さ、JIS G 0202に準じて測定した値)からなる超硬合金製の2枚刃ボールエンドミル(工具径1.8mm、株式会社MOLDINO製)を準備した。
【0027】
本実施例はスパッタ蒸発源を12機搭載できるスパッタリング装置を使用した。これらの蒸着源のうち、AlCr系合金ターゲット(Al58%Cr40%Si2% 数字は原子比率、以下同様。)6個およびAlTi系合金ターゲット(Al66%Ti29%W5%)6個を蒸着源として装置内に設置した。なお、寸法が直径16cm、厚み12mmのターゲットを用いた。
工具をスパッタリング装置内のサンプルホルダーに固定し、工具にバイアス電源を接続した。なお、バイアス電源は、ターゲットとは独立して工具に負のバイアス電圧を印加する構造となっている。工具は、毎分3回転で自転し、かつ、固定治具とサンプルホルダーを介して公転する。工具とターゲット表面との間の距離を100mmとした。
導入ガスは、ArおよびNを用い、スパッタリング装置に設けられたガス供給ポートから導入した。
【0028】
<ボンバード処理>
まず、工具に硬質皮膜を被覆する前に、以下の手順で工具にボンバード処理を行った。スパッタリング装置内のヒーターにより炉内温度が430℃になった状態で30分間の加熱を行った。その後、スパッタリング装置の炉内を真空排気し、炉内圧力を5.0×10-3Pa以下とした。そして、Arガスをスパッタリング装置の炉内に導入し、炉内圧力を0.8Paに調整した。そして、工具に-200Vの直流バイアス電圧を印加して、Arイオンによる工具のクリーニング(ボンバード処理)を実施した。
【0029】
<硬質皮膜の被覆>
次いで、炉内温度を430℃に保持したまま、スパッタリング装置の炉内にArガスを400sccmで導入し、その後、Nガスを200sccmで導入して炉内圧力を0.54Paとした。工具に-60Vの直流バイアス電圧を印加して、AlTi系合金ターゲットに1.2kW/cmの最大電力密度を印加して、電力の1周期当りの放電時間を4.0ミリ秒、AlTi系合金ターゲットに同時に電力が印加されている時間を10マイクロ秒とした。また、AlCr系合金ターゲットに1.2kW/cmの最大電力密度を印加して、電力の1周期当りの放電時間を0.8ミリ秒、AlCr系合金ターゲットに同時に電力が印加されている時間を10マイクロ秒とした。そして、それぞれの合金ターゲットに連続的に電力を印加して、個々の膜厚が約4nmで総膜厚が約2μmの積層皮膜を被覆した。
【0030】
比較例はアークイオンプレーティング法で被覆した。
成膜には、AlCr系合金ターゲット(Al58%Cr40%Si2%)1個およびAlTi系合金ターゲット(Al66%Ti29%W5%)1個を蒸着源に設けたアークイオンプレーティング装置を用いた。なお、寸法がφ10.5cm、厚み16mmのターゲットを用いた。本実施例と同様にArイオンにより工具のクリーニングを実施した。アークイオンプレーティング装置の炉内圧力を5.0×10-3Pa以下に真空排気して、炉内温度を480℃とし、炉内圧力が3.2PaになるようにNガスを導入した。工具に-120Vの直流バイアス電圧を印加し、AlCr系合金ターゲットとAlTi系合金ターゲットにそれぞれ150Aの電流を供給して、個々の膜厚が約4nmで総膜厚が約2μmの積層皮膜を被覆した。
【0031】
本実施例と比較例についてTEM解析を行った。
TEMによる積層皮膜の制限視野回折パターンを、加速電圧120kV、制限視野領域φ750nm、カメラ長100cm、入射電子量5.0pA/cm(蛍光板上)の条件にて求めた。求めた制限視野回折パターンの輝度を変換し、強度プロファイルを求めた。分析箇所は、膜厚方向における中間部分とした。本実施例と比較例ともに制限視野回折パターンの強度プロファイルにおいてhcp構造のAlNのピークは無く、Ih×100/Isの値は0であった。
【0032】
電子プローブマイクロアナライザー装置(株式会社日本電子製JXA-8500F)に付属の波長分散型電子プローブ微小分析(WDS-EPMA)で本実施例のArの含有比率を測定した。測定条件は、加速電圧10kV、照射電流5×10-8A、取り込み時間10秒とし、分析領域が直径1μmの範囲を5点測定してその平均値から金属成分と非金属成分の合計におけるArの含有比率を求めた。本実施例はArを0.038原子%含有していた。
【0033】
≪切削条件≫
作製した被覆切削工具について、以下に示す切削条件にて切削試験を行った。表1に切削試験結果を示す。切削条件の詳細は、以下の通りである。
<加工条件>
・切削方法:底面切削
・被削材:STAVAX(52HRC)
・使用工具:2枚刃ボールエンドミル(工具径1.0mm首下長6mm)
・切り込み:軸方向、0.04mm、径方向、0.04mm・切削速度:71.3m/min
・一刃送り量:0.018mm/刃
・クーラント:ドライ加工
・切削距離:60m
【0034】
<評価条件>
逃げ面最大摩耗幅(VBMax)を測定した。光学顕微鏡により切刃および逃げ面を観察し、切刃から平行に摩耗幅が最大となる箇所で測定した値を、逃げ面最大摩耗幅とした。
【0035】
【表1】
【0036】
スパッタ皮膜である本実施例はアークイオンプレーティング法で被覆した比較例よりも耐久性に優れた。本実施例はAlリッチな積層皮膜はhcp構造のAlNが少なく、かつスパッタ皮膜であるためアークイオンプレーティング法で形成した皮膜に比べて表面が平滑であることから、耐久性が優れたと考えられる。