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  • 特開-細胞培養装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024132111
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】細胞培養装置
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20240920BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20240920BHJP
   C12M 1/38 20060101ALI20240920BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
C12M1/00 D
C12M1/34 D
C12M1/38 Z
C12N1/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023042772
(22)【出願日】2023-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】梶畠 秀一
(72)【発明者】
【氏名】藤村 友乃
(72)【発明者】
【氏名】武居 輝明
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 紀幸
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029AA07
4B029AA08
4B029BB01
4B029DA04
4B029DF01
4B029DF02
4B029DF03
4B029DF04
4B029DF05
4B029DG06
4B029FA12
4B065AA01X
4B065AA57X
4B065AA72X
4B065AA87X
4B065AA90X
4B065BC02
4B065BC03
4B065BC14
4B065BC20
(57)【要約】
【課題】本発明は、細胞の培養液の培養環境を局所的かつ速やかに修正およびモニターすることができる細胞培養装置、及び、当該細胞培養装置を使って細胞を効率的に培養するための方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る細胞培養装置は、培養槽と循環路を有し、前記循環路は、培養液を前記培養槽から抜出し且つ前記培養槽へ返送することにより前記培養液を循環させるものであり、前記循環路は、培養環境変更手段、及び複数の細胞代謝活性測定手段を備え、前記細胞代謝活性測定手段の内、同一の代謝活性指標の測定手段が前記培養環境変更手段の上流側と下流側に設置されていることを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養槽と循環路を有し、
前記循環路は、培養液を前記培養槽から抜出し且つ前記培養槽へ返送することにより前記培養液を循環させるものであり、
前記循環路は、培養環境変更手段、及び複数の細胞代謝活性測定手段を備え、
前記細胞代謝活性測定手段の内、同一の代謝活性指標の測定手段が前記培養環境変更手段の上流側と下流側に設置されていることを特徴とする細胞培養装置。
【請求項2】
更に、前記細胞代謝活性測定手段での測定結果に基づき、前記培養環境変更手段の動作を制御する制御手段を有する、請求項1に記載の細胞培養装置。
【請求項3】
前記細胞代謝活性測定手段が溶存酸素計である、請求項1に記載の細胞培養装置。
【請求項4】
前記培養環境変更手段が熱交換器および/またはpH調整器である、請求項3に記載の細胞培養装置。
【請求項5】
細胞を培養するための方法であって、
請求項1~4のいずれかに記載の細胞培養装置の培養液中、前記細胞を培養する工程、
前記培養槽から前記循環路へ前記培養液を抜出し且つ前記培養槽へ返送することにより前記培養液を循環させる工程、
前記培養環境変更手段の上流側の前記細胞代謝活性測定手段により、前記細胞の代謝活性を測定する工程、
代謝活性の測定結果に応じて、前記培養環境変更手段により培養条件を修正する工程、及び、
前記培養環境変更手段の下流側の前記細胞代謝活性測定手段により、培養条件の修正を確認する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項6】
前記培養条件の修正により、有機酸の副生を低減する請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記培養条件の修正により、有用物質の生産速度または生産収率を向上させる請求項5に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の培養液の培養環境を局所的かつ速やかに修正することができる細胞培養装置、及び、当該細胞培養装置を使って細胞を効率的に培養するための方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有用細胞の増殖や分化、また、細胞による有用物質の生産や化合物の変換反応のために、細胞の培養が行われている。細胞の培養が進行するにつれ、培養液の組成などの培養環境が変化したり、また、細胞の状態に合わせて培養環境を調整する必要が生じることもあり得る。例えば非特許文献1には、大腸菌にヒト成長ホルモン(hGH)を生産させる場合、副生成物として酢酸が生成し、酢酸濃度が2.4g/Lの条件で比生産速度が約38%低下し、6.1g/Lを超えると菌体の生育も低下することが記載されている。
【0003】
そこで、細胞の培養環境をセンサー等で測定し、その結果に応じて培養環境を調整することが行われている。例えば特許文献1には、培養槽の培養状態をモニタリング装置でモニタリングしたり、培養液サンプルを取得して分析し、それらの結果に応じて新しい培地の供給を制御する細胞培養装置が開示されている。
【0004】
特許文献2には、培養容器の培養液中の乳酸濃度とアンモニア濃度をセンサーにより測定し、その結果に基づいて培養液を物質交換器との間で循環させ、培養液と物質交換器中の成分調整液との間で物質交換する細胞培養装置が開示されている。
【0005】
特許文献3には、ハウジング、バイオリアクターまたは液体格納システムに連結されているセンサーにより、それらの機能を制御する自動的組織工学モジュールが開示されている。
【0006】
特許文献4には、ガス供給部から培養槽へ供給されるガスの二酸化炭素濃度を測定する二酸化炭素センサーで測定された二酸化炭素濃度と、槽内温度センサにより測定された温度測定値と、槽内pHセンサにより測定されたpH測定値とに基づいて培養槽中の培養液の炭酸水素イオン濃度を演算し、その結果に基づいて、培養槽に設けた循環路で温度とpHを調整することにより培養液中の二酸化炭素濃度を調整する微細藻の培養装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2018-117567号公報
【特許文献2】特開2020-28245号公報
【特許文献3】特開2022-137049号公報
【特許文献4】特開2022-157460号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】E.Bach Jensen,S.Carlsen,Biotechnology and Bioengineering, Vol.36,pp.1-11(1990)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、細胞の培養に際しては、培養環境の変化を測定し、その測定結果に基づいて培養環境を修正することが行われている。しかし一般的に、培養環境の変化を測定するためのセンサーは培養槽に取り付けられており、培養槽中の培養液自体の培養環境は直接修正される。そのため、特に大量培養では、培養液全体の培養環境を速やかに修正することは難しかった。一方、培養槽中の培養液の培養環境を速やかに修正しようとすれば、一部で培養環境が過剰に変化するなど培養環境が少なくとも一時的に不均一となり、細胞に悪影響がもたらされる可能性があり得る。
それに対して、特許文献4に記載の微細藻の培養装置では、培養液を外部に循環させ、その循環路で温度やpHを調整することにより培養液の炭酸水素イオン濃度を適切な範囲に維持している。しかしながら、特許文献4の培養装置では培養液の温度センサーとpHセンサーが培養槽に取り付けられているため、循環路において温度やpHを調整する操作の結果が培養槽のセンサーで検出されるまでにはタイムラグが生じる。その結果、培養槽内の培養環境を、上振れや下振れを最小限に抑制しつつ目標値まで速やかに修正することは難しい。
そこで本発明は、細胞の培養液の培養環境を局所的かつ速やかに修正およびモニターすることができる細胞培養装置、及び、当該細胞培養装置を使って細胞を効率的に培養するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、培養液を培養槽から外部に循環させ、その循環路に培養環境変更手段を設け、その上流側と下流側に同一の代謝活性指標の測定手段を設置することにより、循環路において培養環境を局所的かつ速やかに修正およびモニターできることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0011】
[1] 培養槽と循環路を有し、
前記循環路は、培養液を前記培養槽から抜出し且つ前記培養槽へ返送することにより前記培養液を循環させるものであり、
前記循環路は、培養環境変更手段、及び複数の細胞代謝活性測定手段を備え、
前記細胞代謝活性測定手段の内、同一の代謝活性指標の測定手段が前記培養環境変更手段の上流側と下流側に設置されていることを特徴とする細胞培養装置。
[2] 更に、前記細胞代謝活性測定手段での測定結果に基づき、前記培養環境変更手段の動作を制御する制御手段を有する、前記[1]に記載の細胞培養装置。
[3] 前記細胞代謝活性測定手段が溶存酸素計である、前記[1]または[2]に記載の細胞培養装置。
[4] 前記培養環境変更手段が熱交換器および/またはpH調整器である、前記[3]に記載の細胞培養装置。
【0012】
[5] 細胞を培養するための方法であって、
前記[1]~[4]のいずれかに記載の細胞培養装置の培養液中、前記細胞を培養する工程、
前記培養槽から前記循環路へ前記培養液を抜出し且つ前記培養槽へ返送することにより前記培養液を循環させる工程、
前記培養環境変更手段の上流側の前記細胞代謝活性測定手段により、前記細胞の代謝活性を測定する工程、
代謝活性の測定結果に応じて、前記培養環境変更手段により培養条件を修正する工程、及び、
前記培養環境変更手段の下流側の前記細胞代謝活性測定手段により、培養条件の修正を確認する工程を含むことを特徴とする方法。
[6] 前記培養条件の修正により、有機酸の副生を低減する前記[5]に記載の方法。
[7] 前記培養条件の修正により、有用物質の生産速度または生産収率を向上させる前記[5]に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、細胞の培養の進行に伴って培養条件が至適範囲外になったような場合に、少なくとも培養液の循環路において局所的に培養環境を変更し且つかかる培養環境の変更が細胞の代謝に及ぼす影響をモニターすることで、培養条件を至適範囲内に速やかに修正することができる。その結果、培養槽内の培養条件についても、細胞に害を与えるほど不均一になることはなく、また、センサーが培養槽に設置されている従来の培養装置における培養条件の調整とその結果の検出とのタイムラグの問題を解消して、速やか且つスムーズに至適範囲内に修正することができる。よって、本発明に係る細胞培養装置および細胞の培養方法は、細胞を効率的に培養できるものとして、産業上非常に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本発明に係る細胞培養装置の一態様を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る細胞培養装置と培養方法を説明するが、本発明は以下の具体例に限定されるものではない。本発明に係る細胞培養装置は、培養槽と循環路を有する。
【0016】
培養槽は、培養対象細胞に適する培養液を保持できるものであれば、その形状、大きさ、材質など、特に制限されない。例えば、円柱状のもので、容量としては、0.1m3以上、1000m3以下が挙げられる。培養槽の断面直径に対する高さのアスペクト比は、通気や伝熱などを考慮して適宜調整すればよいが、例えば、0.5以上、10以下とすることができる。材質としては、例えば、ステンレス等の金属などを用いることができ、接合部のパッキン等には、エチレンプロピレンゴム(EPDM)やポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等の樹脂を用いることができる。また、培養槽は、攪拌翼やエアリフトシステム等、培養液の攪拌手段を有していてもよい。シングルユースバイオリアクターを利用する場合では、培養槽の形状は円柱状に制限されず、直方体形でもよく、その材質にはポリオレフィン等の樹脂を用いることができる。
【0017】
培養対象である細胞は、特に制限されない。例えば、HepG2細胞、HuH-7細胞、HeLa細胞、iPS細胞、ES細胞などのヒト細胞;CHO細胞、BHK細胞、SP2/O細胞、NSO細胞など、ヒト細胞以外の動物細胞;動物細胞のハイブリドーマ;Sf9細胞などの昆虫細胞;大腸菌、枯草菌などの細菌;酵母などの真菌細胞が挙げられる。
【0018】
培養液は、溶媒として水を含み、培養対象細胞の培養に適した成分を含む、流動性を有するものである。培養液が含んでもよい成分としては、例えば、グルコース、スクロース、マルトース等の炭素源;硝酸塩、亜硝酸塩、アンモニウム塩、尿素などの窒素源;リン酸塩などのリン源;ナトリウム塩、マグネシウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩などの金属塩;アスコルビン酸などのビタミン類;K2HPO4やNa2HPO4等のpH調整剤が挙げられる。
【0019】
本発明に係る細胞培養装置は循環路を有し、循環路は、培養液を培養槽から抜出し且つ培養槽へ返送することにより培養液を循環させる。培養液は、培養槽の下側から循環路へ抜き出して、培養槽の上側から返送することが好ましい。培養液を培養槽の上側から抜き出して下側から返送するよりも、循環路への空気の混入が抑制されて循環路が培養液により充填される傾向がある。
【0020】
循環路の材質や大きさも、適宜調整すればよい。例えば、循環路の材質としては、ステンレス等の金属や、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)等の樹脂が挙げられる。また、循環路の総容積は、培養槽に対して1/150倍以上、1/10倍以下とすることができる。培養槽に対する循環路の総容積比が1/150倍以上であれば、培養槽に対する循環路の大きさが十分に大きく、循環路において培養環境を十分効率的に修正することが可能になる。培養液と共に細胞も循環させる場合には、代謝を一度に変化させられる菌体量が十分に多いといえる。また、前記総容積比が1/10倍以下であれば、循環路内における不均一性を十分に抑制することができ、培養槽ではなく循環路で制御を行う本発明装置の利点がより一層大きくなる。前記総容積比としては、1/30倍以下が好ましい。
【0021】
前記総容積比と同様の理由により、循環路中における培養液の滞留時間としては、10秒以上、3分以下とすることができる。当該滞留時間としては、2分以下または1分以下が好ましく、30秒以下がより好ましい。循環路中の培養液の流量は、本発明装置のサイズや滞留時間などに応じて調整することができる。
【0022】
循環路は、その上流側から下流側に向かって、少なくとも、細胞代謝活性測定手段、培養環境変更手段、前記細胞代謝活性測定手段が測定すべき代謝活性指標と同一の代謝活性指標を測定する細胞代謝活性測定手段を有する(例えば、図1)。
【0023】
培養槽と循環路の入口との境界には、細胞の流出を阻止するためのフィルターを設けてもよいが、かかるフィルターを設けることなく、細胞を培養液と共に循環させてもよい。本発明では循環路において培養環境を修正するため、細胞を培養液と共に循環させることにより、修正された培養環境に細胞をいち早く暴露することが可能になる。
培養液を循環させるために、循環路には、培養液を循環させるためのポンプを設けることが好ましい。かかるポンプとしては、例えば、遠心ポンプやダイヤフラムポンプ等の公知のポンプを用いることができる。
【0024】
細胞代謝活性測定手段は、培養対象である細胞の生活、発育、増殖、分化、目的化合物の生産、化合物の変換など、細胞の培養の目的を達成できるように、細胞の培養の目的に応じた細胞代謝活性を測定するものである。
【0025】
細胞代謝活性測定手段で測定すべき指標としては、例えば、培養液の溶存酸素濃度、溶存二酸化炭素濃度、温度、pH、濁度、導電率、目的化合物、基質化合物、副生物、培地成分などが挙げられる。よって、細胞代謝活性測定手段としては、溶存酸素計、温度計、pHメーター、近赤外分光計、クロマトグラフシステム等が挙げられる。
【0026】
培養環境変更手段の上流側の細胞代謝活性測定手段の数は、1であってもよいし、2以上であってもよい。即ち、2以上の代謝活性指標を2以上の細胞代謝活性測定手段で測定してもよい。当該数の上限は特に制限されないが、例えば、当該数を5以下とすることができる。また、2以上の代謝活性指標を測定可能な細胞代謝活性測定手段を使うことも可能である。
【0027】
培養環境変更手段は、その上流側に設置された細胞代謝活性測定手段により測定された代謝活性指標が、細胞の培養の目的に適した所定範囲に含まれていない場合に、代謝活性指標を所定範囲に含まれるよう修正するための手段である。例えば、代謝活性指標が培養液の溶存酸素濃度、溶存二酸化炭素濃度、pH、目的化合物、基質化合物、培地成分などの濃度である場合、培養環境変更手段としては、気体注入装置、熱交換器、液体注入装置などが挙げられる。
【0028】
培養環境変更手段としての気体注入装置としては、例えば、酸素、二酸化炭素、空気などを注入し、培養液の溶存酸素濃度や溶存二酸化炭素濃度を調整するものが挙げられる。液体注入装置としては、例えば、酸性溶液、塩基性溶液、基質化合物や培地成分の溶液などを注入し、培養液のpHや、基質化合物、副生物、培地成分などの濃度を調整するものが挙げられる。
【0029】
例えば、酢酸や乳酸などの有機酸副生物は、目的化合物の収量に悪影響を及ぼすことがある。それに対して、細胞の増殖活性を少なくとも一時的に抑制することで、有機酸の副生を予防したり、或いは副生量を抑制することができる。よって、細胞代謝活性測定手段により培養液中の有機酸副生物の濃度が所定値を超えていることが検出されたり、細胞の増殖活性の指標となる溶存酸素やpHなどが所定範囲外であることが検出された場合には、細胞の増殖活性に影響を与える培養液の温度やpHを培養環境変更手段で調整することにより、細胞の増殖活性を調整することが考えられる。
【0030】
本発明に係る細胞培養装置の循環路には、培養環境変更手段の上流側のみでなく、下流側にも、上流側の細胞代謝活性測定手段と同一の代謝活性指標を測定する細胞代謝活性測定手段が設置されている。
【0031】
従来の一般的な細胞培養装置では、培養槽に細胞代謝活性測定手段が設置されており、異常値が測定されると、培養槽で培養条件が修正されていた。そのため、特に工業的な細胞培養では、培養槽中の培養液全体にわたって培養条件が修正されるのに長時間を要していた。また、培養条件の修正に要する時間を短縮しようとすると、例えば低pHを修正するために塩基性溶液を一度に添加することにより、一部でpHが過剰に上昇するなど、培養液が一時的に不均一になったり、激しい撹拌のために細胞に悪影響が及ぶ可能性があった。それに対して本発明の細胞培養装置では、培養槽に比べれば顕著に少ない量の培養液が流動している循環路で培養環境を修正するため、不均一を抑制しつつ速やかに培養環境を修正することが可能である。
【0032】
本発明に係る細胞培養装置は、培養環境変更手段の上流側の細胞代謝活性測定手段と同一の代謝活性指標を測定する細胞代謝活性測定手段を下流側にも有するため、培養環境変更手段による培養環境の変化を速やかに検出することができる。その結果、下流側の細胞代謝活性測定手段により培養環境の所望の修正が達成されたことが検出されれば、培養環境変更手段の作動を停止させればよい。
【0033】
本発明の好ましい実施態様では、培養環境変更手段の上流側及び下流側に配置された細胞代謝活性測定手段は、培養環境変更手段により直接変更される指標とは異なる指標を測定する。例えば、培養環境変更手段が熱交換器で培地の温度を変更する場合、細胞代謝活性測定手段では、溶存酸素やpHなど温度以外の細胞代謝活性指標を測定することが考えられる。また、培養環境変更手段が酸・アルカリの注入装置でpHを変更する場合、細胞代謝活性測定手段では、溶存酸素や近赤外分光などpH以外の細胞代謝活性指標を測定することが考えられる。その結果、培養環境変更手段による指標変更の設定値が、細胞の代謝状態を考慮した至適範囲にあることを確認でき、精度の高い培養制御を行うことができる。
【0034】
本発明に係る細胞培養装置は、更に、前記細胞代謝活性測定手段での測定結果に基づいて培養環境変更手段の動作を制御する制御手段を有していてもよい。制御手段は、上流側の細胞代謝活性測定手段から特定の細胞代謝活性の指標の測定結果の信号を受け取り、その信号に基づいて、培養環境変更手段へ培養環境を修正する指示信号を送る。その指示信号に基づいて、培養環境変更手段は培養液の培養環境を修正する。また、制御手段は、下流側の細胞代謝活性測定手段から同一の細胞代謝活性の指標の測定結果の信号を受け取り、培養環境変更手段の働きを制御する。具体的には、下流側の細胞代謝活性測定手段からの信号で細胞代謝活性の指標が所定範囲外である場合には、培養環境変更手段に動作を継続するよう信号を出し、指標が所定範囲内に調整された場合には、培養環境変更手段に動作を停止するよう信号を出す。
【0035】
制御手段としては、例えば、カスケード制御、モデル予想制御、又はファジィ制御により培養条件を制御する手段が挙げられる。カスケード制御は、細胞代謝活性測定手段と培養環境変更手段との位置が離れている場合により有効である。しかし、モデル予測制御やファジィ制御により、より目的に即した制御も可能である。
【0036】
本発明に係る細胞培養方法は、本発明に係る前記細胞培養装置の培養液中、前記細胞を培養する工程;前記培養環境変更手段の上流側の前記細胞代謝活性測定手段により、前記細胞の代謝活性を測定する工程;代謝活性の測定に応じて、前記培養環境変更手段により培養条件を修正する工程;及び、前記培養環境変更手段の下流側の前記細胞代謝活性測定手段により、培養条件の修正を確認する工程を含む。以下、本発明方法を説明するが、本発明は以下の具体例に限定されるものではない。
【0037】
1.培養工程
本工程では、本発明に係る細胞培養装置の培養液中、前記細胞を培養する。一般的には、細胞培養装置の培養槽に、培養対象細胞に適する組成の培養液を、培養槽の最大容量の40vol%以上、80vol%以下程度添加し、また、培養液のpH、温度、培養槽の気相組成を培養対象細胞に応じて調整する。次いで、増殖、分化、化合物の生産、細胞変換反応など、培養の目的に応じた濃度で培養対象細胞を添加して、培養と、培養液の循環を開始する。
【0038】
上述した通り、循環路における培養液の送液速度は適宜調整すればよいが、例えば、使用する細胞培養装置のサイズ等に応じて、循環路における培養液の滞留時間が10秒以上、3分以下程度になるよう送液速度を調整すればよい。滞留時間が当該範囲内にあれば、不均一性を十分に抑制しつつ培養環境の効率的な修正が可能になる。当該滞留時間としては、2分以下または1分以下が好ましく、30秒以下がより好ましい。
【0039】
培養槽中の培養液は、細胞に障害が生じない程度であれば、培養液の均一化のために攪拌してもよい。
【0040】
2.代謝活性測定工程
本工程では、培養液の循環路において、培養環境変更手段の上流側の前記細胞代謝活性測定手段により、細胞の代謝活性を測定する。測定対象である指標は、細胞の培養の目的を達成できるように、細胞の培養の目的に応じたものであれば特に制限されないが、例えば、培養液の溶存酸素濃度、温度、pH、また、目的化合物、基質化合物、副生物、培地成分などの濃度が挙げられる。測定結果は、制御手段に送られることが好ましい。
【0041】
特に、副生物としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸などの有機酸、エタノールや2,3-ブタンジオール等のアルコール、アンモニア、硫化水素などが挙げられる。これらは細胞の増殖や、細胞による生産や細胞変換反応を阻害することがあるため、培養液中濃度を抑制することが好ましい。
【0042】
3.培養条件修正工程
本工程では、上流側の細胞代謝活性測定手段による細胞の代謝活性の測定結果に応じて、培養環境の指標を所定範囲内に調整すべく、培養環境変更手段により培養条件を修正する。培養環境の修正は手動で行ってもよいが、好ましくは測定結果の信号を制御手段へ自動的に送り、培養環境変更手段を制御することにより、培養条件の修正を自動的に行うことが好ましい。
【0043】
4.培養条件確認工程
本工程では、培養環境変更手段により培養条件を修正した後、下流側の細胞代謝活性測定手段により、培養条件の変化を確認する。細胞代謝活性測定手段により、培養条件の指標が所定値まで修正できたことが確認された場合には、培養環境変更手段の動作を停止させ、培養条件の指標が所定値まで修正できていないことが確認された場合には、培養環境変更手段の動作を継続させればよい。下流側の細胞代謝活性測定手段による培養条件の指標の測定結果は、制御手段に送り、培養環境変更手段の動作の停止または継続を制御手段により自動的に決定および制御することが好ましい。
【0044】
また、例えば、細胞により目的化合物を生産させたり、基質化合物から目的化合物に変換させたりする場合には、培養液中の目的化合物の濃度を、別途、細胞代謝活性測定手段で測定し、目的化合物の生産速度や生産収率が向上するように培養環境変更手段により培養条件を修正してもよい。
図1