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特開2024-132212石油重質留分の得率および物性値の推定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024132212
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】石油重質留分の得率および物性値の推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 25/20 20060101AFI20240920BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20240920BHJP
   G01N 33/22 20060101ALI20240920BHJP
   G01N 5/04 20060101ALI20240920BHJP
   C10G 99/00 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
G01N25/20 G
G01N27/62 V
G01N33/22 B
G01N5/04 A
C10G99/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023042901
(22)【出願日】2023-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】590000455
【氏名又は名称】一般財団法人カーボンニュートラル燃料技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】松本 幸太郎
(72)【発明者】
【氏名】橋本 益美
(72)【発明者】
【氏名】新井 宏昌
【テーマコード(参考)】
2G040
2G041
4H129
【Fターム(参考)】
2G040AA03
2G040AB11
2G040BA06
2G040BA24
2G040CA02
2G040CA08
2G040CA16
2G040CA22
2G040DA01
2G040EA01
2G040EC09
2G040HA05
2G040HA16
2G040ZA01
2G040ZA02
2G041CA01
2G041EA03
2G041FA07
2G041GA05
2G041HA05
4H129CA01
4H129EA01
4H129LA14
4H129NA45
(57)【要約】
【課題】石油の重質留分の得率および物性値情報を精度高く推定をする新たな技術的手段を提供すること。
【解決手段】原油の重質留分の得率および物性値情報をコンピュータにより推定する方法であって、
ステップ(1):減圧熱重量分析による測定結果を参照して作成される蒸留終点までの原油の重質留分の蒸留曲線を準備するステップ、および
ステップ(2):前記蒸留曲線に基づき、原油の重質留分の得率および物性値情報を推定するステップ
を含んでなる方法を提供する。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原油の重質留分の得率および物性値情報をコンピュータにより推定する方法であって、
ステップ(1):減圧熱重量分析による測定結果を参照して作成される蒸留終点までの原油の重質留分の蒸留曲線を準備するステップ、および
ステップ(2):前記蒸留曲線に基づき、原油の重質留分の得率および物性値情報を推定するステップ
を含んでなる、方法。
【請求項2】
ステップ(1)において、蒸留温度720℃または850℃から蒸留終点までの原油の重質留分の得率が、減圧熱重量分析により測定される原油の重質留分の得率と、前記原油の重質留分の蒸留による得率との相関モデルに基づき決定される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ステップ(1)において、蒸留温度720℃または850℃までの原油の重質留分の得率が、減圧蒸留、ガスクロマトグラフィーまたはフーリエ変換イオンサイクロトン共鳴型質量分析計(FT-ICR MS)を用いて決定される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
ステップ(2)において、原油留分の物性値情報が、FT-ICR MSを用いて推定される、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
ステップ(2)において、FT-ICR MSを用いる推定が、蒸留温度850℃以上の原油の重質留分中のダブルコア分子の構造および存在量を含む情報に基づいて実行される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
ステップ(2)において、前記ダブルコア分子が、硫黄原子、窒素原子および酸素原子から選択される少なくとも一つを含むヘテロ化合物を含んでなる、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記原油の重質留分の物性値情報が、構成成分の種類、臨界温度、沸点、融点、密度、組成、粘度、比熱、熱容量、表面張力、蒸気圧および比重ら選択される少なくとも一つのものである、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記原油の重質留分が、減圧残油(VR)、常圧残油(AR)またはその混合油から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
請求項1に記載の方法により得られる原油の重質留分の得率および物性値情報に基づいて運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法。
【請求項10】
前記石油に関する装置が常圧蒸留装置である、請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石油重質留分の得率および物性値の推定方法に関し、より詳細には、石油重質留分の性状や定量の予測を高精度で実施する石油重質留分の得率および物性値の推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油産業においては、一般に、原油を、所定のプロセス条件で分留して重質留分から軽質留分に至る各種留分をそれぞれ分離し、当該留分の特性に応じて、これらを工業的に利用している。しかしながら、原油は、その産地や採掘時期などにより、原油中に含まれる各種留分の組成が異なっているため、原油中の組成に応じたプロセス条件等の変更を行うことが望まれる。とりわけ、石油会社が実施する原油選定し、常圧蒸留装置をはじめとする石油精製に関する諸装置の運転条件を最適化するには、製品得率を精度高く把握しておくことが求められる。しかしながら、重質留分得率の実測技術はASTM(American Society for testing and materials) D7169に規定された720℃が最高であり、既存ソフトウェアで求める蒸留終点は実測値の裏付けがないまま推定されていた。そのため、720℃から蒸留終点までの領域を含む石油重質留分の得率を精度よく把握することは困難であった。
【0003】
また、石油精製に関する諸装置の運転においては、通常、比重や粘度、蒸留性状(沸点)などの全体の物性値情報に基づいて原料油を分析し、過去の類似のデータを有する油種の運転実績を参考にして運転条件を決めるという手法がとられている。そこで、近年、比重や粘度、蒸留性状というような石油全体を一括りにした観点で捉えるのではなく、石油を構成している炭化水素分子というレベルでその化学構造や存在割合を把握し、それにより得られた推定物性値等の知見に基づいて運転条件を設定することが検討されている。
【0004】
例えば、石油の物性値を推定する手法として、高分解能質量分析装置であるフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式による質量分析計(FT-ICR MS)による分析結果から求めた物質の構造から物性値情報を推定する手法(特許文献1、2等)が本出願人により報告されている。ここで、本出願人らは、FT-ICR MSを用いた石油の物性値の推定において、石油を構成する膨大数の分子の各々に関し、それらの構造情報について、「JACD(ジャックディー:Juxtaposed Attributes for Chemical-structure Description)」という表示方式を使用して精度の高い物性値予測ができることを報告している。しかしながら、「JACD」について、FT-ICR MSにおいては、360℃~850℃の蒸留温度範囲(不飽和度の指標となるDBE値が50以下の範囲)に含まれる成分については、検出された成分ほぼ全てに対して分子式を付与することができているが、850℃以上の蒸留温度範囲(DBE値51以上の範囲)に含まれる成分については本発明者らの知る限り検出されていない。石油の重質留分において分子構造情報を付与されてない領域があることは、物性値情報の推定値と実測値との誤差の一因となるものと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-165926号公報
【特許文献2】特開2020-165928号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、石油の重質留分の得率および物性値情報を精度高く推定をする新たな技術的手段を提供することを一つの目的としている。
【0007】
本発明者らは、今般、鋭意検討した結果、減圧熱重量分析を利用して作成した原油の重質留分の蒸留曲線を参照してコンピュータ演算処理を実行すると、720℃から蒸留終点までの領域を含む広範囲の石油重質留分の得率と物性値を高い精度で推定しうることを見出した。さらに、本発明者らは、石油重質留分の850℃以上の沸点範囲(DBE値51以上)に含まれる成分についても特定の手法により推定構造情報を付与し、石油の重質留分の得率および物性値の精度の向上に利用しうることを見出した。本発明はかかる知見に基づくものである。
【0008】
本発明の一実施態様によれば、原油の重質留分の得率および物性値情報をコンピュータにより推定する方法であって、
ステップ(1):減圧熱重量分析による測定結果を参照して作成される蒸留終点までの原油の重質留分の蒸留曲線を準備するステップ、および
ステップ(2):前記蒸留曲線に基づき、原油の重質留分の得率および物性値情報を推定するステップ
を含んでなる方法が提供される。
【0009】
また、本発明の別の実施態様によれば、上記方法により得られる原油の重質留分の得率および物性値情報に基づいて運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法が提供される。
【0010】
また、本発明の別の実施態様によれば、上記方法により得られる原油の重質留分の得率および物性値情報に基づいて運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法が提供される。
【0011】
本発明によれば、減圧熱重量分析を利用して作成した原油の重質留分の蒸留曲線を参照してコンピュータ演算処理を実行することにより、従来は測定・推定の困難であった蒸留終点までの領域を含む石油重質留分の得率および物性値情報を高い精度で推定することができる。また、本発明においては、従来構造情報が知られていなかった850℃以上の沸点範囲に含まれる成分についても推定構造情報を付与しうることから、石油の重質留分の得率および物性値情報の精度の向上において有利に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一実施態様を示すフロー図である。
図2】中東系原油の常圧残油(MEAR)について、GC法(ASTM D7169)および減圧TG法で分析して得られた蒸留曲線を示す。蒸留終点(最終沸点:FBP)は約1200℃であること、蒸留温度850℃(DBE51)以上の留分が約5.0wt%存在していることが示されている。
図3】複数の常圧残油(AR)留分に関して、720℃におけるGC法と減圧熱重量分析(減圧TG)の得率の相関を示すグラフである。
図4】沸点850℃以下(DBE50以下)の領域に含まれる成分について、各構造(脂肪族、シングルコア、ダブルコア)とヘテロ化合物に分類して構造別に蒸留性状を確認し、沸点850℃以上(DBE51以上)の領域に存在し得る構造を検討した結果を示すグラフである。
図5】窒素原子および硫黄原子を含むダブルコア分子(N,S化合物)について、600~850℃の各温度における存在量を求めた結果を示すグラフである。
図6】沸点850℃を超える化合物(DBE51以上)の沸点別存在量と沸点850℃以下の化合物(DBE50以下)の沸点別存在量(FT-ICR MS分析に基づく実測値)を統合して得られた蒸留曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<原油の重質留分の得率および物性値情報を推定する方法>
本発明の一実施態様によれば、原油の重質留分の得率および物性値情報をコンピュータにより推定する方法は、
ステップ(1):減圧熱重量分析による測定結果を参照して作成される蒸留終点までの原油の重質留分の蒸留曲線を準備するステップ、および
ステップ(2):上記蒸留曲線に基づき、原油の重質留分の得率および物性値情報を推定するステップ
を含んでなる。
以下、本発明の一実施態様を、図1に従いステップ毎に具体的に説明する。
【0014】
[ステップ(1):蒸留曲線を準備するステップ]
本発明の一実施態様によれば、原油の重質留分の得率および物性値情報をコンピュータにより推定する方法において、ステップ1として、減圧熱重量分析(「減圧TG」ともいう)による測定結果を参照して作成される蒸留終点までの原油の重質留分の蒸留曲線を準備する。減圧熱重量分析を利用することにより、蒸留温度(沸点温度)720℃または850℃~蒸留終点までの石油の重質留分の得率を精度高く決定することができることは意外な事実である。石油の重質留分については、沸点が高くなる傾向にあるため、熱分解が生じ、従来の方法では、本来の物理的特性や化学的特性を予測・測定することは困難であり、ASTMによれば蒸留温度720℃、FT-ICR MS分析によれば850℃以上の測定が行われていなかった。そして、蒸留温度720℃または850℃~蒸留終点までの得率については実測値の裏付けのない推定値が従来使用されてきた。しかしながら、本発明によれば、減圧熱重量分析により得られる実測値に基づき、蒸留温度720℃または850℃から蒸留終点までの得率を精度高く決定することが可能となる。
【0015】
ここで、「石油」とは、原油、ならびに原油を蒸留して得られる諸留分および諸留分に改質や分解等の二次装置による処理を加えて得られる留分等をも含む総称的な概念をいう。あるいは、原油を蒸留して得られたある留分について、さらに飽和炭化水素や芳香族炭化水素等の成分に分画した分画物をさすこともある。また、原油の「重質留分」とは、沸点が350℃以上の留分を含む原油留分をいい、例えば、常圧残油(AR)、脱硫残油(DSAR)、重質油流動接触分解残油(CLO)、ビチューメン、減圧軽油(VGO)、および減圧残油(VR)などが含まれる。したがって、本発明の好ましい実施態様によれば、原油の重質留分が、減圧残油(VR)、常圧残油(AR)、減圧軽油(VGO)またはその混合油から選択される。
【0016】
本発明の一実施態様によれば、ステップ(1)において、蒸留温度720℃または850℃から蒸留終点までの原油の重質留分の得率は、減圧熱重量分析を用いて決定される。減圧熱重量分析の方法は、K.Takaoka,K.Kobayashi,J.Am.Oil Chem.Soc.,63,1447(1986)等の公知文献の記載に準じ、例えば、公知の減圧熱重量示差熱分析装置(TG-DTA)等を用いて実施することができる。
【0017】
ステップ(1)においては、減圧熱重量分析の得率の実測値と、蒸留による得率とが相関を有することを利用して、高温領域の蒸留による原油の重質留分の得率を精度高く決定することができる。したがって、本発明の一実施態様によれば、ステップ(1)において、蒸留温度720℃または850℃から蒸留終点までの原油の重質留分の得率は、減圧熱重量分析により測定される原油の重質留分の得率と、原油の重質留分の蒸留による得率との相関モデルに基づき決定される。上記相関モデルは、例えば、減圧熱重量分析により測定される原油の重質留分の得率と、原油の重質留分の蒸留による得率とを参照して、公知のソフトウェアを用いて回帰直線を作成することにより作成することができる。
【0018】
一方で、ステップ(1)において、上述のような高温領域以外の蒸留温度では、公知手法により測定または推定することができる。例えば、蒸留温度720℃までの原油の重質留分の得率であれば、ASTMに準拠した減圧蒸留やガスクロマトグラフィー(JIS K 2254)で測定することが可能であり、850℃までの原油の重質留分の得率であれば、ガスクロマトグラフィーやFT-ICR MS等を用いて測定することができる。したがって、本発明の一実施態様によれば、ステップ(1)において、蒸留温度720℃または850℃までの原油の重質留分の得率は、減圧蒸留、ガスクロマトグラフィーまたはFT-ICR MSを用いて決定される。
【0019】
[ステップ(2):原油の重質留分の得率および物性値情報を推定するステップ]
本発明の一実施態様によれば、ステップ(2)において、ステップ(1)で準備された蒸留曲線に基づき、原油の重質留分の得率および物性値情報を推定する。
【0020】
本発明の一実施態様によれば、原油の各画分の物性値情報の取得は、質量分析により好適に実施することができる。質量分析により得られる各ピークを分子式に帰属させるにあたっては、質量分析の分野において、常用されている手法を適宜組み合わせて用いればよい。より具体的に説明すれば、質量分析において得られるピークの横軸は、多成分混合物を構成する各成分の分子イオン又は擬分子イオンについてのm/zである。このm/zが示す数値は、分子イオン又は擬分子イオンの質量に相当する数値であるため、概ね、そのピークに帰属させられる分子の分子量を表している。また、当該ピークの高さは、そのピークに帰属する分子の相対的な存在割合を示している。実際の質量分析法においては、イオン化に際して利用した具体的手法が各分子に与える影響や、混合物の分離方法も考慮の上、各ピークのm/zとその強度から、対象となる成分の分子式を決定するが、質量分析の対象となる試料が複数成分の混合物である場合、得られたピークのm/zとその強度の分布から、当該試料に関する一定の化学的特性を算出することも可能である。
【0021】
通常、質量分析装置は、イオン化部と分析部を備えており、測定対象の特性に応じ、これらを適宜組み合わせて使用している。例えば、質量分析に必要なイオン化部としては、従来公知のイオン化部を適宜採用することができ、電子イオン化(EI)法、化学イオン化(CI)法、電界脱離(FD)法、高速原子衝撃(FAB)法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法等を採用したイオン化部を挙げることができる。また、質量分析法の分析部の構成としては、従来公知の分析部を適宜採用すればよく、磁場セクター型質量分析計、二重収束型質量分析計、四重極型質量分析計、イオントラップ型質量分析計、飛行時間型質量分析計、磁場セクター型質量分析計、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型質量分析計(Fourier-Transform Ion Cyclotron Resonance,FT-ICR MS)、加速器質量分析、及びこれらを複数組み合わせたタンデム型質量分析計(MS/MS)を挙げることができるが、FT-ICR MSを用いることが好ましい。
【0022】
FT-ICR MSによれば、試料をソフトイオン化して分子イオンまたは擬分子イオンを形成することにより、高精度な計測を行うことができる。重質留分をはじめとする原油の各画分に対しFT-ICR MSを行う場合、得られたピークの各々について、表示方式「JACD」を用いて、そのピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子の存在割合を特定し、さらにコンピュータを用いて既存のモデル系解析(Comcat等)によりコンピュータにより広範な特性情報を特定または推定することが可能である。かかる手法は、例えば、特許文献1および特許文献2を参照して実施することができる。かかる文献は引用することにより本明細書の一部とされる。
【0023】
FT-ICR MSによる推定に用いられる「JACD」とは、分子構造に関する新規な表示方式であって、分子の構造を、アトリビュートの種類およびアトリビュートの数により表示するものである。アトリビュートが他のアトリビュートのいずれの位置において結合しているかについては表示しない。上記において、「アトリビュート」とは、分子を構成している化学構造上の部品(パーツ)を指す概念である。芳香族化合物においては、具体的には、前述の「コア」、「架橋」および「側鎖」を指す。この表示方式によると、石油を構成する膨大数の分子の各々に関し、それらの構造を、必要かつ十分な程度に特定することができる。
【0024】
「JACD」は、分子の不飽和度の指標となる「DBE値」に応じて変動し、原油の重質留分の物性値の精度に影響を与える場合がある。
ここで、「DBE値」とは、分子式が、「CcHhNnOoSs」である場合、以下の式にて算出される値である。
【数1】
(式中、cは炭素原子の数、hは水素原子の数、nは窒素原子の数、oは酸素原子の数、sは硫黄原子の数を示す。)
この値は、概ね、分子における不飽和性、とりわけ、二重結合及び環の存在の程度を示すものである。
【0025】
また、本発明の好ましい実施態様によれば、FT-ICR MSを用いる原油の重質留分の得率および物性値情報の推定は、蒸留温度850℃以上(DBE値51以上に相当)の原油の重質留分中の分子の構造および存在量を含む情報を参照して実行される。
【0026】
後述する実施例に示される通り、蒸留温度850℃以上の原油の重質留分には、高比率でダブルコア分子、ヘテロクラス(以下、「ヘテロ化合物」ともいう)が含まれていることが推定される。したがって、本発明の好ましい実施態様によれば、蒸留温度850℃以上の原油の重質留分の物性値情報が、前記重質留分中のダブルコア分子の種類および存在量を参照して推定される。
【0027】
ここで、「ダブルコア」とは、炭素原子として芳香族炭素原子のみからなる原子団に対応する「コア」(より具体的には、芳香環、ナフテン環等そのもの、芳香環やナフテン環が架橋構造を介さずに直接結合しているもの、芳香環またはナフテン環にヘテロ環が架橋構造を介さずに直接結合しているもの)が、脂肪族鎖を介して合計2つ連結している化合物をいう。また、「ヘテロクラス」とは、芳香族性の原子団にヘテロ原子が結合している化合物をいう。ダブルコア量およびヘテロクラスの量は、原油全体や各画分の特性に大きく影響を与えうることから、ダブルコア量およびヘテロクラスの量を考慮することは、精度の高い物性値推定のうえで好ましい。
【0028】
なお、「シングルコア」とは、上記で説明した「コア」を1個だけ有する分子を指す概念である。上記コアの2個以上が架橋してなる分子を「マルチコア」という。定義の明確化のため、実例を示すと、例えば、フタレン分子は、1個の芳香環からなるものであるため「シングルコア」であり、ベンゼン環2個からなるダブルコアとは呼称しない。
【0029】
本発明の一実施態様によれば、蒸留温度850℃以上の原油の重質留分に含まれるダブルコア分子は、硫黄原子、窒素原子および酸素原子から選択される少なくとも一つを含むヘテロ化合物を含んでなる。より具体的には、上記ダブルコア分子は、硫黄原子を含んでなるダブルコア分子(単に「S化合物」ともいう)、窒素原子を含んでなるダブルコア分子(単に「N化合物」ともいう)、または窒素原子および硫黄原子を含んでなるダブルコア分子(単に「N,S化合物」ともいう)から選択される少なくとも一つであり、硫黄原子を含んでなるダブルコア分子、ならびに窒素原子および硫黄原子を含んでなるダブルコア分子を含むことが好ましい。
【0030】
上記ダブルコア分子に含まれる窒素原子の数は、通常0~4個、好ましくは0~2個、より好ましくは1~2個とされる。また、上記ダブルコア分子に含まれる硫黄原子の数は、通常0~4個、好ましくは1~4個とされる。また、上記ダブルコア分子に含まれる酸素原子の数は、通常0~4個、好ましくは0~2個、より好ましくは1~2個とされる。より具体的には、上記ダブルコア分子は、窒素原子1~4個を含むダブルコア分子(単に「N1~4」ともいう)、硫黄原子1~4個を含むダブルコア分子(単に「S1~4」ともいう)、ならびに窒素原子1~2個および硫黄原子1~4個を含むダブルコア分子(単に「N1~2S1~4」ともいう)から選択される少なくとも一つであり、硫黄原子1~4個を含むダブルコア分子、ならびに窒素原子1~2個および硫黄原子1~4個を含むダブルコア分子を含むことが好ましい。
【0031】
蒸留温度850℃以上の原油の重質留分に含まれるダブルコア分子の存在量は、蒸留終点の情報と、ダブルコア分子の構造情報を参照してJACDおよびComcatを用いて当業者は推定することができる。
【0032】
本発明における原油の重質留分の物性値情報としては、上述のような情報に基づいてFT-ICR MSで取得可能な物性値情報が挙げられ、物理的情報であっても化学的情報であってもよい。具体的な物性値情報としては、組成、構成成分の種類、沸点、融点、蒸気圧、蒸留性状、生成ギブス自由エネルギー、イオン化ポテンシャル、分極率、誘電率、密度、比重、API度、粘度、表面張力、臨界温度、臨界圧力、臨界体積、生成熱、比熱、熱熱容量、双極子モーメント、エンタルピー、エントロピー等が挙げられるが、好ましくは構成成分の種類、臨界温度、沸点、融点、密度、組成、粘度、比熱、熱容量、表面張力、蒸気圧および比重から選択される少なくとも1種の情報である。
【0033】
本発明における原油の重質留分の得率は、ステップ(1)で取得される蒸留曲線に基づき、蒸留温度に応じて当業者は推定することができる。
【0034】
本発明において、ステップ(2)におけるJACD を用いた分子構造の推定、推定された分子構造情報と物性値との紐付け、及び凝集モデルを用いた多成分混合物の性状の推定の一連の処理は、ハードウェア又はソフトウェア、またはこれらを複合した構成によって実行することができる。ソフトウェアによる処理を実行する場合には、処理シーケンスを記録したプログラムを、専用のハードウェアに組み込まれたコンピュータ内のメモリにインストールして実行させるか、各種処理が実行可能な汎用コンピュータにプログラムをインストールして実行させることができる。
【0035】
例えば、プログラムは、記録媒体としてのハードディスクやROM に予め記録しておくことができる。また、プログラムは、フレキシブルディスク、CD-ROM、MOディスク、DVD 、磁気ディスク、半導体メモリなどのリムーバブル記録媒体に、一時的又は永続的に格納(記録)しておくことができる。
【0036】
なお、プログラムは、上述したようなリムーバブル記録媒体からコンピュータにインストールする他に、ダウンロードサイトから、コンピュータに無線転送したり、LAN 、インターネットといったネットワークを介して、コンピュータに有線で転送したりでき、コンピュータでは、そのようにして転送されてくるプログラムを受信し、内蔵するハードディスクなどの記録媒体にインストールすることができる。
【0037】
<石油に関する装置を運転する方法>
本発明の実施態様において、上記原油の重質留分の得率および物性値情報を推定する上記方法は、製油所の収益向上を図る観点から、石油に関する装置の運転条件の調整において利用することが可能である。したがって、好ましい態様によれば、本発明の上記方法により得られる原油の重質留分の得率および物性値情報に基づいて運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法が提供される。
【0038】
また、石油に関する装置とは、蒸留装置や抽出装置をはじめ、改質装置、水素添加反応装置、脱硫装置等の化学反応を伴う装置等、石油の処理に関する装置をすべて含む。石油に関する装置を総じて、「石油精製装置」ともいい、常圧蒸留装置、減圧蒸留装置等が含まれ、好ましくは常圧蒸留装置である。
【0039】
また、本発明の別の実施態様によれば、以下が提供される。
[1]原油の重質留分の得率および物性値情報をコンピュータにより推定する方法であって、
ステップ(1):減圧熱重量分析による測定結果を参照して作成される蒸留終点までの原油の重質留分の蒸留曲線を準備するステップ、および
ステップ(2):上記蒸留曲線に基づき、原油の重質留分の得率および物性値情報を推定するステップ
を含んでなる、方法。
[2]ステップ(1)において、蒸留温度720℃または850℃から蒸留終点までの原油の重質留分の得率が、減圧熱重量分析により測定される原油の重質留分の得率と、上記原油の重質留分の蒸留による得率との相関モデルに基づき決定される、[1]に記載の方法。
[3]ステップ(1)において、蒸留温度720℃または850℃までの原油の重質留分の得率が、減圧蒸留、ガスクロマトグラフィーまたはフーリエ変換イオンサイクロトン共鳴型質量分析計(FT-ICR MS)を用いて決定される、[1]または[2]に記載の方法。
[4]ステップ(2)において、原油留分の物性値情報が、FT-ICR MSを用いて推定される、[1]に記載の方法。
[5]ステップ(2)において、FT-ICR MSを用いる推定が、蒸留温度850℃以上の原油の重質留分中のダブルコア分子の構造および存在量を含む情報に基づいて実行される、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]ステップ(2)において、上記ダブルコア分子が、硫黄原子、窒素原子および酸素原子から選択される少なくとも一つを含むヘテロ化合物を含んでなる、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]上記原油の重質留分の物性値情報が、構成成分の種類、臨界温度、沸点、融点、密度、組成、粘度、比熱、熱容量、表面張力、蒸気圧および比重ら選択される少なくとも一つのものである、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]上記原油の重質留分が、減圧残油(VR)、常圧残油(AR)またはその混合油から選択される、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9][1]~[8]のいずれかに記載の方法により得られる原油の重質留分の得率および物性値情報に基づいて運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法。
[10]上記石油に関する装置が常圧蒸留装置である、[9]に記載の方法。
【実施例0040】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明は実施例により限定されるものではない。なお、特段の規定のない限り、本発明の単位および測定方法は、ASTMの規定に準じるものとする。
【0041】
試験例1:720℃~蒸留終点(最終沸点:FBP)までのAR留分の蒸留性状の確認法の検討
GC法を用いてAR留分の蒸留性状を720℃まで求めることができることはASTMD1160減圧蒸留法との比較実験に基づき本発明者らにより確認されているが、720℃~FBP(1000~1200℃)については、蒸留性状を求める手法自体が確立されていない。そこで、以下の検討を実施した。
【0042】
13種類のAR留分について、減圧熱重量分析(減圧TG)を行い、FBPの測定が可能か確認するとともに、得られた蒸留性状をGC法(ASTM D7169)による蒸留性状と比較することにより、減圧熱重量分析(減圧TG)の結果からAR留分全体(IBP(蒸留初留点)~FBP)の蒸留性状を求めることができるか検討した。減圧TG法の試験条件を表1に示す。
【0043】
【表1】
【0044】
各蒸留法により得られた中東系原油のAR(MEAR:0.9766g/cm)の蒸留曲線を図2に示す。ここで、減圧TGとGC法の結果は、測定範囲内で同様の傾向を示し、720℃における得率はほぼ一致していた。この結果より、減圧TGによりVR留分のFBPが測定できることが確認された。また、MEARのFBPに相当する温度は約1200℃であることが分かった。また、蒸留温度850℃(DBE51)以上が約5.0wt%存在していることが確認された。
【0045】
さらに複数のAR留分を用いてGC法と減圧TG法による分析を行い、AR留分についてGC法の上限である720℃における得率の比較を行った結果、図3に示される通り、両者はよく一致していることが分かった。
以上より、各原油に対してFBPまでの蒸留性状をこれまでの推算ではなく減圧TGを用いた実測データから求める手法を確立することができた。すなわち、580~720℃はGC法、720℃~FBPは減圧TGの結果を用いることによりAR留分の蒸留性状を実測データから求めることができることが確認された。
【0046】
試験例2:蒸留温度850℃からFBPまで(DBE51以上)の物性値推定法の検討(DBE51以上の化合物に対してJACDを付与する方法について検討)
FT-ICR MSによる重質油成分の同定は、現状、360℃~850℃の沸点範囲(DBE50以下)に含まれる成分については、検出された成分のほぼ全てに対して分子式を付与することができている。一方で、850℃以上の留分(DBE51以上)については、FT-ICR MS分析において検出することができていない。そこで、VR留分の物性値を高精度で推算するため、蒸留温度850℃からFBPまで(DBE51以上)について、以下の検討を行った。
【0047】
DBE50以下(沸点850℃以下)を各構造(脂肪族、シングルコア、ダブルコア)とヘテロ化合物に分類し、構造別に蒸留性状を確認し、DBE51以上に存在し得る構造を確認できるか検討した。結果は、図4に示される通りであった。DBE51以上に存在する可能性がある構造(=外挿可能な構造)は、硫黄原子を含むダブルコア分子1種(S化合物;S3)と、窒素原子および硫黄原子を含むダブルコア分子2種(N,S化合物;N1S2およびN1S3)の合計3種のダブルコア分子であった。
【0048】
次に、3種のダブルコア分子について、約600~850℃まで各温度における存在量を求めた。窒素原子および硫黄原子を含むダブルコア分子(N,S化合物)に関する結果は、図5に示される通りであった。ここで、図2の結果から、約850~約1240℃におけるこれら3種の化合物の合計存在量が約850℃における存在量と同じと仮定すると、約850~約1240℃における存在量は約0.135mol%となり、減圧TG法から求められた実測値5.0wt%=0.15mol%とほぼ一致していることが確認された。
【0049】
このようにして求めた沸点850℃を超える化合物(DBE51以上)の沸点別存在量と沸点850℃以下の化合物(DBE50以下)の沸点別存在量(FT-ICR MS分析に基づく実測値)を統合し、作成した蒸留曲線を図6に示す。
【0050】
本法で求めた蒸留曲線と減圧TG法より求めた蒸留曲線はおおむね一致していることから、FT-ICR MSによる分析結果からDBE51以上の蒸留性状を推定できることが示唆された。すなわち、JACDを用いて、DBE51以上の分子式構造(コア、側鎖、3種のヘテロ化合物構造)と存在量を付与し、DBE51以上の化合物に対してもCompatにより物性値を推定し得ることが確認された。
【0051】
試験例3:実測値と推定値との比較
原油A-AR留分について、720℃~最終沸点(FBP)までのAR留分の蒸留曲線と、2-2で得られたJACDを用いて、物性値情報を算出し、密度(kg/m)、比熱(J/kg/K)、粘度(mPas)、熱伝導(W/m/K)、表面張力(mN/m)の推算データを取得した。その結果、密度は、実測値1020(kg/m)に対し、推算データ1014(kg/m)と近い値であった。この推算値は従来の推算方法(DBE51以上の化合物のJACDを考慮しない)よりも10(kg/m)以上精度が高かった。
また、比熱(J/kg/K)、粘度(mPas)、熱伝導(W/m/K)、表面張力(mN/m)についても、実測値と、推算データは近い値を示していた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6