(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024132235
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20240920BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20240920BHJP
B23B 51/00 20060101ALI20240920BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20240920BHJP
C23C 14/32 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
B23B51/00 J
C23C14/06
C23C14/32
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023042941
(22)【出願日】2023-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】高山 新
【テーマコード(参考)】
3C037
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C037CC02
3C037CC04
3C037CC09
3C046FF03
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF21
3C046FF23
3C046FF25
4K029AA02
4K029BA02
4K029BA03
4K029BA07
4K029BA16
4K029BA17
4K029BA33
4K029BA35
4K029BB02
4K029BD05
4K029CA04
4K029DD06
4K029JA02
(57)【要約】 (修正有)
【課題】ステンレス鋼の切削でも長寿命の切削工具の提供。
【解決手段】基材1側の第1層5と表面側の第2層6を有し、第1層は、Al
a1Ti
1-a1N(0.60≦a1≦0.90)の第1a層とAl
b1Ti
1-b1N(0.10≦b1≦0.55)の第1b層との積層で、第1a層の厚さx1aが0.5~10.0nm、第1b層の厚さx1bが0.5~10.0nm、x1a/x1bが0.7~1.3、第1a層と第1b層の結晶粒が90~180nm、第2層は、Al
a2Ti
1-a2N(0.50≦a2≦0.80)の第2a層とAl
b2Ti
1-b2N(0.0<b2≦0.45)の第2b層(a1>a2、b1>b2)との積層で、第2a層の厚さx2aが1.0~15.0nm、第2b層の厚さx2bが1.4~20.0nm、x2a/x2bが0.7~1.3、第2a層と第2b層の結晶粒が10~85nmの表面被覆切削工具。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と該基体に設けられた被覆層を有し、
(a)前記被覆層は、前記基材側に第1層、工具表面側に第2層を有し、
(b)前記第1層は、第1a層であるAla1Ti1-a1N(0.60≦a1≦0.90)の平均組成を有する層と、第1b層であるAlb1Ti1-b1N(0.10≦b1≦0.55)の平均組成を有する層との交互積層であり、
(c)前記第1a層の平均厚さx1aが0.5nm以上、10.0nm以下であり、前記第1b層の平均厚さx1bが0.5nm以上、10.0nm以下であって、x1a/x1bが0.7以上、1.3以下であり、
(d)前記第1a層および前記第1b層の結晶粒の平均粒径が、共に、90nm以上、180nm以下であり、
(e)前記第2層は、第2a層であるAla2Ti1-a2N(0.50≦a2≦0.80)の平均組成を有する層と、第2b層であるAlb2Ti1-b2N(0.0<b2≦0.45)の平均組成を有する層(ただし、a1>a2、b1>b2)との交互積層であり、
(f)前記第2a層の平均厚さx2aが1.0nm以上、15.0nm以下であり、前記第2b層の平均厚さx2bが1.4nm以上、20.0nm以下であって、x2a/x2bが0.7以上、1.3以下であり、
(g)前記第2a層および前記第2b層の結晶粒の平均粒径が、共に、10nm以上、85nm以下である
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記第1a層、前記第1b層、前記第2a層、前記第2b層の少なくとも1層は、層種毎に選択されるM1(M1はV、Cr、Zr、Nb、Mо、Hf、Ta、W、Si元素の1種以上)を[M1]/([Al]+[Ti]+[M1])([X]は、元素Xの前記第1a層、前記第1b層、前記第2a層、前記第2b層中の原子数)が0.20以下となるように含むことを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記第2層の上部に、M2(M2はTi、V、Cr、Zr、Nb、Mо、Hf、Ta、W、Al、Siの1種以上)と窒素、炭素、ホウ素および酸素の少なくとも1種を含む上部層を有すること特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、被覆工具としては、例えば、炭化タングステン(以下、WCで表す)基超硬合金等の基体に被覆層を形成したものが知られている。
そして、この被覆層の組成、層構造を調整することによって、切削性能がより一層向上した被覆工具を得る提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、TixAl1-xNとTiyAl1-yN(0≦x<0.5、0.5<y≦1)の2層を、交互に繰り返して積層し、積層体の全体組成として化学量論的にアルミニウムリッチな被覆層を有する被覆工具が記載され、該被覆工具は優れた耐摩耗性、耐欠損性を有しているとされている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、基体上の被覆層は、Al1-x1Tix1の第1層と、Al1-x2Tix2の第2層とを有し、前記第1層および前記第2層が交互積層され、前記x1が前記x2よりも大きく、複数の前記第1層は、隣り合う2つの前記第1層において、前記基体の近くに位置するものより、前記基体から離れて位置するものの厚みが薄い第1領域を有している被覆工具が記載され、該被覆工具は耐久性を有するとされている。
【0005】
さらに、例えば、特許文献3には、被覆層がナノメートルオーダーの大きさの結晶粒径を有する少なくとも2つの異なるコーティング部分AおよびBを有するAlTiNコーティングであって、前記コーティング部分Aは、前記コーティング部分Bと比較して、より大きい結晶粒径を有し、かつより高い弾性係数を示すものである被覆工具が記載され、該被覆工具は耐摩耗性が向上しているとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7-97679号公報
【特許文献2】国際公開第2018/235747号
【特許文献3】国際公開第2014/045049号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記事情や前記提案を鑑みてなされたものであって、ステンレス鋼等の切削加工に供して優れた耐摩耗性および耐欠損性を有する切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具は、
基体と該基体に設けられた被覆層を有し、
(a)前記被覆層は、前記基材側に第1層、工具表面側に第2層を有し、
(b)前記第1層は、第1a層であるAla1Ti1-a1N(0.60≦a1≦0.90)の平均組成を有する層と、第1b層であるAlb1Ti1-b1N(0.10≦b1≦0.55)の平均組成を有する層との交互積層であり、
(c)前記第1a層の平均厚さx1aが0.5nm以上、10.0nm以下であり、前記第1b層の平均厚さx1bが0.5nm以上、10.0nm以下であって、x1a/x1bが0.7以上、1.3以下であり、
(d)前記第1a層および前記第1b層の結晶粒の平均粒径が、共に、90nm以上、180nm以下であり、
(e)前記第2層は、第2a層であるAla2Ti1-a2N(0.50≦a2≦0.80)の平均組成を有する層と、第2b層であるAlb2Ti1-b2N(0.02<b2≦0.45)の平均組成を有する層(ただし、a1>a2、b1>b2)との交互積層であり、
(f)前記第2a層の平均厚さx2aが1.0nm以上、15.0nm以下であり、前記第2b層の平均厚さx2bが1.4nm以上、20.0nm以下であって、x2a/x2bが0.7以上、1.3以下であり、
(g)前記第2a層および前記第2b層の結晶粒の平均粒径が、共に、10nm以上、85nm以下である。
【0009】
前記実施形態に係る表面被覆切削工具は、(1)、(2)の少なくとも一つを満足していてもよい。
【0010】
(1)前記第1a層、前記第1b層、前記第2a層、前記第2b層の少なくとも1層は、層種毎に選択されるM1(M1はV、Cr、Zr、Nb、Mо、Hf、Ta、W、Si元素の1種以上)を[M1]/([Al]+[Ti]+[M1])([X]は、元素Xの前記第1a層、前記第1b層、前記第2a層、前記第2b層中の原子数)が0.20以下となるように含むこと。
【0011】
(2)前記第2層の上部に、M2(M2はTi、V、Cr、Zr、Nb、Mо、Hf、Ta、W、Al、Siの1種以上)と窒素、炭素、ホウ素および酸素の少なくとも1種を含む上部層を有すること。
【発明の効果】
【0012】
前記表面被覆切削工具は、鋼だけでなくステンレス鋼の切削に供しても、優れた耐摩耗性および耐欠損性を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係る表面被覆切削工具における被覆層の縦断面の一例の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者は、鋼の切削加工での性能を担保しつつステンレス鋼等の切削加工に供しても優れた耐摩耗性を有する切削工具を得るために被覆層について鋭意検討を行った。その結果、以下の(1)~(5)の知見を得た。
【0015】
(1)AlTiN層はAl含有量を増加させることにより切削時の耐摩耗性が向上する。しかし、Al含有量を増加しすぎると格子歪によって結晶構造が変化し軟質な六方晶相が析出し、耐摩耗性が損なわれてしまう。そこで、Al含有量の低いAlTiN層とAl含有量の高いAlTiN層を所定の層厚で交互積層した層とすることにより六方晶相の析出の原因となっている格子歪みを緩和することができるため、従来の六方晶の存在するAl含有量の一部範囲で立方晶のAlTiN層を設けることができ、高い耐摩耗性を持たせることができる。
【0016】
(2)交互積層する層の平均厚さを所定の値とすれば、積層を構成するときに導入される格子歪みが緩和され、より確実にAl含有量の高い立方晶AlTiN層を積層することができる。
【0017】
(3)交互積層を構成する平均Al含有量の高い立方晶AlTiN層は耐摩耗性が向上するが、耐欠損性が低下し、切削条件によるものの断続加工では欠損により寿命が低下する。被覆層を構成する結晶粒が大きいほど鋼の切削加工時の耐摩耗性は向上するが、ステンレス鋼の切削加工時に生じる溶着チッピングや境界損傷には弱くなる。
【0018】
(4)そこで、平均Al含有量5~10%低下させた交互積層を構成する層としてAlTiN層を更に設け、このさらに設けたAlTiN層の結晶粒を微粒化すると、耐溶着チッピング性や耐境界損傷性が向上し、ステンレス切削加工時の被覆層の寿命も向上することができる。
【0019】
(5)また、AlTiNにM1(M1はV、Cr、Zr、Nb、Mо、Hf、Ta、W元素の1種以上)元素の添加によってAlTiN層の耐酸化性を向上させてステンレス鋼切削加工時の境界損傷を更に抑制し、ステンレス鋼切削加工時の寿命をより向上することができる場合がある。
本発明はこれら知見に基づいて導出されたものである。
【0020】
以下では、本発明の実施形態に係る被覆工具について、より詳細に説明する。なお、本明細書、特許請求の範囲の記載において、数値範囲を「L~M」を用いて表現する場合、「L以上、M以下」と同義であって、その範囲は上限値(M)および下限値(L)の数値を含むものである。また、上限値(M)のみに単位が記載されているとき、上限値(M)および下限値(L)は同じ単位である。
【0021】
以下、本発明の実施形態に係る被覆工具について説明する。
【0022】
1.被覆層
本発明の実施形態に係る被覆工具の被覆層の層構造は
図1に模式的に示すとおりである。被覆層(2)は、基体(1)上に第1層(5)、第1層(5)上に第2層(6)が積層されている。第1層(5)および第2層(6)は、共に、それぞれ、ナノメートルオーダーの平均厚さを有する薄い層の交互積層を有する。すなわち、第1層(5)は第1a層(7)と第1b層(8)との、第2層(6)は第2a層(9)と第2b層(10)との交互積層を有することが好ましい。なお、
図1において、第1層(5)および第2層(6)の白地の部分にも、それぞれ、第1a層(7)と第1b層(8)、第2a層(9)と第2b層(10)がそれぞれ交互積層されている。また、
図1では、第2層(6)の上に上部層(4)が設けられているが、上部層(4)は選択的に設けられるものであって必須の層ではない。換言すると、被覆層(2)のうち、前述の目的の達成のために不可欠な被覆層(3)は第1層(5)と第2層(6)である。
【0023】
(1)第1層の平均厚さと第2層の平均厚さの和
本実施形態における不可欠な被覆層(3)の全体の平均厚さ(すなわち、第1層の平均厚さと第2層の平均厚さの和)は、0.4μm以上、9.0μm以下であることが好ましい。その理由は、0.4μm未満であると、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性を発揮することができず、一方、9.0μmを超えると、結晶粒が粗大化しやすくなり、耐チッピング性の向上が得られなくなるからである。被覆層の全体の平均厚さは、0.8μm以上、6.0μm以下がより好ましい。
【0024】
(2)第1層と第2層の平均厚さ
第1層の平均厚さ(A1t)は0.3μm以上、6.0μm以下、第2層の平均厚さ(A2t)は0.1μm以上、3.0μm以下であることが好ましい。その理由は、第1層および第2層の平均厚さがこの範囲の下限値未満では膜厚が薄くなりすぎるため耐摩耗性が低下し、上記範囲の上限値を超えると耐欠損性が低下してしまう。
第1層の平均厚さは0.6μm以上、4.0μm以下、第2層の平均厚さは0.2μm以上、2.0μm以下がより好ましい。
【0025】
(3)第1a層、第1b層の平均厚さ
第1層は、平均厚さがナノメートルオーダーの第1a層と第1b層との交互積層である。第1a層と第1b層のそれぞれの平均厚さであるx1a、x1bは、x1aが0.5nm以上、10.0nm以下であり、x1bが0.5nm以上、10.0nm以下であり、x1a/x2bが0.7以上、1.3以下を満足することが好ましい。
その理由は、平均厚さがこの範囲にあると、六方晶相の結晶粒の析出を抑制し耐摩耗性が向上して、前述の目的が確実に達成できるためである。
なお、x1aは0.6nm以上、10nm以下であり、x1bは0.5nm以上、9.0nm以下で、x1a/x2bは0.8以上、1.2以下であることがより好ましい。
【0026】
(4)第1a層、第1b層の積層数
第1a層と第1b層の積層数(第1a層と第1b層の合計層数)は特に制約はないが、50~2001がより好ましく、100~1001がより一層好ましい。その理由は、50未満では切削加工時に発生するクラック進展を十分に防止することができないために耐欠損性が低下することがあり、2001を超えると繰返し数が増えることより、第1層の結晶粒が微粒化しすぎてしまい耐摩耗性が低下してしまうことがあるためである。
なお、この積層数はM1を含む層が存在しても変わらない。
【0027】
また、第1a層と第1b層は、それぞれ、交互に積層されていればよく、基体側、工具表面側(第2層側)の層は、それぞれ、いずれであってもよい。
【0028】
(5)第1a層と第1b層の結晶粒の平均粒径
第1a層と第1b層の平均粒径(d1)は、共に、90nm以上、180nm以下が好ましい。第1a層と第1b層の平均粒径(d1)がこの範囲にあれば、六方晶相の結晶粒の析出を抑制し耐摩耗性向上する。第1a層と第1b層の平均粒径(d1)は、100nm以上、140nm以下がより好ましい。
【0029】
(6)第1a層と第1b層の組成
第1層を構成する第1a層と第1b層の平均組成は、
第1a層が、Ala1Ti1-a1N(0.60≦a1≦0.90)であり、
第1b層が、Alb1Ti1-b1N(0.10≦b1≦0.55)であることが好ましい。
【0030】
第1a層、第1b層の平均組成この範囲にあると、六方晶相の結晶粒の析出を抑制し耐摩耗性向上する。第1a層と第1b層の平均組成は、0.68≦a1≦0.78、0.25≦b1≦0.50であることがより好ましい。
【0031】
(7)M1成分を含有する層
第1a層、第1b層の少なくとも1種はその全てにおいて、M1を含有してもよく、含有するときは、M1(M1はV、Cr、Zr、Nb、Mо、Hf、Ta、W元素の1種以上)を[M1]/([Al]+[Ti]+[M1])([X]は、元素Xの前記第1a層、前記第1b層中の原子数)が0.0超え、0.20以下となるように含んでもよい。
M1をこの範囲で含有すると当該層の耐酸化性が向上し、切削中の酸化摩耗を抑制し性能が向上する場合がある。[M1]/([Al]+[Ti]+[M1])は0.01以上、0.15以下であるとより一層好ましい。
【0032】
このM1を含む層の平均厚さは0.1μm以上、6.0μm以下、層数は50から2001がより好ましい。また、M1を含む層が2以上あるとき、これらM1層の間隔(これらの層の間に存在するM1を含まない層の数)は特段の制約はない。
【0033】
なお、後述する製造法の一例に従えば、(AlTi)とNとの比は、1:1となるように製造されるが、意図せずに1:1とならないものが存在することがある。このことは、以下で述べる他の複合窒化物についても同様である。
【0034】
(8)第2a層と第2b層の平均厚さ
第2は、平均厚さがナノメートルオーダーの第2a層と第2b層との交互積層である。第2a層と第2b層のそれぞれの平均厚さであるx2a、x2bは、以下の関係、すなわち、1.0nm≦x2a≦15.0nm、3.0nm≦x2b≦20.0nm、0.7≦x2a/x2b≦1.3であることが好ましい。
その理由は、これらの平均厚さの関係を満足すると、六方晶相の結晶粒の析出を抑制し耐摩耗性が向上して、前述の目的が確実に達成できるためである。
なお、1.5nm≦x2a≦10.0nm、3.5nm≦x2b≦14.0nm、0.8≦x2a/x2b≦1.2であることがより好ましい。
【0035】
(9)第2a層、第2b層の積層数
第2a層と第2b層の積層数(第2a層と第2b層の合計層数)は特に制約はないが、50~2001がより好ましく、100~1001がより一層好ましい。その理由は、50未満では切削加工時に発生するクラック進展を十分に防止することができないために耐欠損性が低下することがあり、2001を超えると繰返し数が増えることより、第2層の結晶粒が微粒化しすぎてしまい耐摩耗性が低下してしまうことがあるためである。
なお、この積層数はM1を含む層が存在しても変わらない。
【0036】
また、第2a層と第2b層は、それぞれ、交互に積層されていればよく、基体側(第1層側)、工具表面側の層は、それぞれ、いずれであってもよい。
【0037】
(10)第2a層と第2b層の結晶粒の平均粒径
第2a層と第2b層の平均粒径(d2)は、共に、10nm以上、85nm以下が好ましい。第1a層と第1b層の平均粒径(d2)がこの範囲の上限値よりも大きいと耐欠損性が低下し、この範囲の下限値よりも小さい場合は耐摩耗性が低下してしまい、この範囲であれば耐欠損性と耐摩耗性を両立することができる。第2a層と第2b層の平均粒径(d2)は、20nm以上、75nm以下がより好ましい。
【0038】
(11)第2a層と第2b層の組成
第2層を構成する第2a層と第2b層の平均組成は、
第2a層が、Ala2Ti1-a2N(0.50≦a2≦0.80)であり、
第2b層が、Alb2Ti1-b2N(0.0<b2≦0.45)であり、a1>a2、b1>b2であることが好ましい。
【0039】
第2a層、第2b層の平均組成この範囲にあると、六方晶相の結晶粒の析出を抑制し耐摩耗性向上する。第2a層と第2b層の平均組成は、0.58≦a1≦0.73、0.15≦b1≦0.40であることがより好ましい。
【0040】
(12)M1成分を含有する層
第2a層、第2b層の少なくとも1種はその全てにおいて、M1を更に含有してもよく、含有するときは、M1(M1はV、Cr、Zr、Nb、Mо、Hf、Ta、W元素の1種以上)を[M1]/([Al]+[Ti]+[M1])([X]は、元素Xの前記第2a層、前記第2b層中の原子数)が0.0超え、0.20以下となるように含んでもよい。ここで、M1は第1a層、第1b層に含まれるものと同じであっても、異なっていてもよい。
M1をこの範囲で含有すると膜の耐酸化性が向上し、切削中の酸化摩耗を抑制し性能が向上する場合がある。[M1]/([Al]+[Ti]+[M1])は0.01以上、0.15以下であるとより一層好ましい。
【0041】
このM1を含む層の平均厚さは0.1μm以上、6.0μm以下層数は50から2001が好ましい。また、M1を含む層が2以上あるとき、これら層の間隔(これらの層の間に存在する第2a層と第2b層の合計数)は特段の制約はない。
【0042】
(13)その他の層
(13-1)上部層
第1層、第2層だけでも、前述の目的は十分に達成できるが、これらの層の他に、第2層の上部に上部層を設けてもよい(上部層はなくてもよい)。
【0043】
上部層は、M2(M2はTi、V、Cr、Zr、Nb、Mо、Hf、Ta、W、Al、Siの1種以上)と窒素、炭素および酸素の少なくとも1種を含む層であってもよい。この上部層の平均厚さは0.1~1.5μmでよい。
【0044】
(13-2)意図せずに生じる可能性のある層
本実施形態では、第1層、第2層および上部層以外の層は存在しないように成膜される。しかし、成膜すべき層を変更する際に、成膜装置内の圧力や温度の変化が意図せずに発生し、これらの層とは異なる意図しない層が形成されることがある。
【0045】
2.基体
(1)材質
本実施形態に使用する基体は、従来公知の基体の材質であれば、前述の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。一例をあげるならば、WC基超硬合金(WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Ta、Nb等の炭化物または炭窒化物を添加したものも含むもの)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム)、cBN焼結体、またはダイヤモンド焼結体である。
【0046】
(2)形状
基体の形状は、切削工具として用いられる形状であれば特段の制約はなく、インサートの形状、ドリルの形状が例示できる。
【0047】
3.測定方法
(1)第1層、第2層、および、その他の層の平均厚さ
被覆層を構成する第1層、第2層、および、その他の層の平均厚さについては、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)に付属するエネルギー分散型X線分光器(Energy Dispersive X-ray Spectrometer:EDS)を用いた縦断面(基体の表面の微小な凹凸がないものと扱ったこの基体表面に垂直な断面)の観察により求めることができる。
【0048】
ここで、基体の表面は、この縦断面を観察して、基体と第1層との界面を、元素マッピングにより定め、こうして得られた界面の粗さ曲線について、平均直線を算術的に求め、これを基体の表面とする。
【0049】
(2)第1a層、第1b層、第2a層、および、第2b層の平均厚さ
被覆層の厚さ方向(基体の表面に垂直な方向)に、これら層が少なくとも10層、好ましくは50層以上含まれる長さのラインスキャンを行い、隣り合うTiのEDSスペクトルの強度の極大値と極小値の平均値をそれぞれ算出する。算出した隣り合う強度の極大値と極小値の平均値を与えるラインスキャンを行った線分上の位置を求める。そして、一つの極大値を含み隣り合う平均値を与える位置間の距離および一つの極小値を含み隣り合う平均値を与える位置間の距離が各層の厚みとなり、これを5箇所で測定し平均して平均厚さを得ることができる。
【0050】
(3)結晶粒の平均粒径
ここで、結晶粒の平均粒径は以下のようにして求める。
まず、縦断面を電界放出型電子顕微鏡で観察を行い、EsB検出器を用いた組成像によりTiAlN結晶粒の粒界を判別する。次に、基体表面から層厚方向(前記垂直な方向)に工具表面に平行に3nm間隔で、基体に平行な直線を層厚方向全体にわたっても引く。各直線の長さ(Li)は、それぞれ、TiAlN結晶粒子を68個以上貫通する長さとし、Liを貫通する68個以上のTiAlN結晶粒子の粒界数で除したものを平均粒径とする。
すなわち、各直線における平均粒径Di=Li/(TiAlN結晶粒子の粒界数)である。
【0051】
ここで、各直線の長さを、TiAlN結晶粒子を68個以上貫通する長さとした理由は、68個以上であれば、平均粒径の値が収束することが実験事実から判明しているためである。そして、各層のぞれぞれの平均粒径は、各直線が与える平均粒径Diの平均値である。
【0052】
(3)各層の組成
a1、b1、a2、b2、[M1]/([Al]+[Ti]+[M1])の各層の平均組成についてはSEM、TEM、EDSを用いた断面観察により求める。具体的には、厚さ方向に5本
のTEM-EDS線分析を行い、その平均値を求める。
【0053】
4.製造方法
本実施形態の被覆工具の被覆層は、例えば、AIP装置(アークイオンプレーティング装置)を用いて製造することができる。第1層の成膜用ターゲットとして、第1a層および第1b層の組成にそれぞれ対応した組成のAiTiターゲットを、第2層の成膜用ターゲットとして、第2a層および第2b層の組成にそれぞれ対応した組成のAiTiターゲットを、さらに、必要に応じてM1成分を添加するための1以上のM1成分をするターゲットを、加えて、上部層の成膜用ターゲットとして、上部層の組成に対応した1以上のM2を含むターゲットをそれぞれ用いることにより成膜することができる。
【実施例0054】
次に、実施例について説明する。
ここでは、本発明の被覆工具の実施例として、基体としてWC基超硬合金を用いたインサート形状の被覆工具に適用したものについて述べるが、基体は前述の材質のものがいずれも使用でき、また、前述のとおり形状としてドリル、エンドミル等に適用した場合も同様である。
【0055】
まず、原料粉末として、Co粉末、TiC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末、WC粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてボールミルで72時間湿式混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力でプレス成形した。これらの圧粉成形体を6Paの真空雰囲気下、1400℃で1時間保持して焼結し、所定寸法となるように加工して、ANSI規格・SEEN42AFTN1のインサート形状をもったWC基超硬合金製の基体1~3を作製した。
【0056】
次に、基体1~3をアセトン中で超音波洗浄し乾燥させた後に、AIP装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着した。また、カソード電極(蒸発源)として所定組成のターゲットを配置した。
【0057】
続いて、AIP装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、装置内を600℃に加熱した後、回転テーブル上で自転する基体に-1000Vの直流バイアス電圧を印加し、カソード電極とアノード電極との間に100Aの電流を流して基体表面をボンバード処理した。
【0058】
AIP装置内に反応ガスとして、表2に示す分圧が2.6~7.5Paの窒素雰囲気とし、同じく表2に示す炉内温度に維持した。そして、前記回転テーブル上で自転する基体に、表2に示す-50~-125Vの直流電圧を印加し、第1層(第1a層、第1b層)形成用のAlTi合金電極とアノード電極との間に125~210Aの電流を流してアーク放電を発生させて所定厚さの第1a層、第1b層を形成した。
【0059】
そして、第1a層と第1b層の成膜をそれぞれ所定回数繰り返すことにより、所定の第1層の積層数とした。
【0060】
次に、表2に示す分圧が1.9~6.4Paの窒素雰囲気で、基体に、表2に示す-40~-120Vの直流電圧を印加し、第2層(第2a層、第2b層)形成用のAlTi合金電極とアノード電極との間に120~220Aの電流を流してアーク放電を発生させて所定厚さの第2a層、第2b層を形成し、第2a層と第2b層の成膜をそれぞれ所定回数繰り返すことにより、所定の第2層の積層数とした。これにより、実施例の被覆工具(以下、実施例という)1~9を得た。
【0061】
ここで、いくつかの実施例では表4に示す成膜条件に従って、所定厚さのM2を含有する上部層を成膜した。結果を表6、7に示す。
【0062】
なお、M1元素を有する第1a層、第1b層、第2a層と第2b層を成膜するために、Ti、V、Cr、Zr、Ta、Al、Siを所望量添加したターゲットを別途準備し成膜に用いた。
【0063】
一方、比較のため、前記基体1~3に対して、前記と同じ成膜装置を用いて、表3に示す条件により被覆層を蒸着形成し、表6、7に示す比較例の被覆工具(以下、「比較例」という)1~9を作製した。
なお、M1、M2元素を有する第1a層、第1b層、第2a層と第2b層を成膜するために、Ti、V、W、Mo、Ta、Hfを所望量添加したターゲットを別途準備し成膜に用いた。
また、いくつかの比較例では、表5に示す成膜条件によりM2を含有する上部層を成膜した。
【0064】
被覆層の平均厚さ、被覆層の平均組成は、前記で作製した実施例1~9、および比較例1~9の基体の表面に垂直な被覆層の縦断面について、基体の表面に平行な方向の幅が10μmであり、被覆層の厚み領域が全て含まれるよう設定された視野について、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)、エネルギー分散型X線分光器(EDS)を用いた断面観察により求めた。
【0065】
具体的には、第1層と第2層、上部層の平均厚さは観察断面(縦断面)を5000倍に拡大して、5点の膜厚を求めて平均厚さを算出した。また、交互積層を構成する各層の平均厚さ、前記各層の各成分の平均含有量は、前述の方法により測定した。
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
表3において、「-」は該当するものがないことを示している。
【0070】
【0071】
【0072】
【0073】
【0074】
表6、7において、「-」は該当するものがないことを示している。
【0075】
次いで、実施例1~9および比較例1~9について、次の切削条件1、2で切削試験1~2を行った。
【0076】
切削条件1:
被削材:幅60mm×長さ200mmのブロック材(SUS304製)
切削速度: 160 m/min.
切り込み: 1.5 mm
送り: 0.10 mm/tooth.
切削長2.0mまで切削し、逃げ面摩耗幅を測定し、刃先の損耗状態を観察した。
切削試験の結果を表8に示す。
【0077】
切削条件2:
被削材:幅60mm×長さ200mmのブロック材(SNCM435製)
切削速度: 200 m/min.
切り込み: 1.2 mm
送り: 0.10 mm/tooth.
切削長10.0mまで切削し、逃げ面摩耗幅を測定し、刃先の損耗状態を観察した。
切削試験の結果を表8に示す。
【0078】
【0079】
【0080】
表8、9の結果によれば、実施例1~9は、いずれも、チッピング、剥離等の異常損傷の発生はなく、耐摩耗性、耐チッピング性のいずれにも優れていることがわかる。
これに対して、比較例1~9、はチッピングの発生、あるいは、逃げ面摩耗の進行により、短時間で寿命に至っていることは明らかである。