(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024132243
(43)【公開日】2024-09-30
(54)【発明の名称】鋳物用共晶Al-Si系合金及び共晶Al-Si系合金鋳物
(51)【国際特許分類】
C22C 21/02 20060101AFI20240920BHJP
【FI】
C22C21/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023042951
(22)【出願日】2023-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】船田 卓
(72)【発明者】
【氏名】織田 和宏
(57)【要約】
【課題】ダイカスト法と比較して鋳造速度が遅く、過冷却状態を起こしにくい重力鋳造等を用いた場合であっても、Al-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制される共晶Al-Si系合金及びAl-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制された共晶Al-Si系合金鋳物を提供する。
【解決手段】Si:11.0~13.0wt%、Fe:0.5wt%超1.0wt%以下、を含有し、Sr:0.005~0.05wt%、Ca:0.005~0.05wt%、のいずれか一種以上を含有し、SrとCaの合計量が0.05wt%以下であること、を特徴とする鋳物用共晶Al-Si系合金。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:11.0~13.0wt%、
Fe:0.5wt%超1.0wt%以下、を含有し、
Sr:0.005~0.05wt%、
Ca:0.005~0.05wt%、のいずれか一種以上を含有し、
前記Srと前記Caの合計量が0.05wt%以下であること、
を特徴とする鋳物用共晶Al-Si系合金。
【請求項2】
鉄系化合物の晶出温度が共晶点よりも低いこと、
を特徴とする請求項1に記載の鋳物用共晶Al-Si系合金。
【請求項3】
前記Feの含有量(MFe)と前記Siの含有量(MSi)が式(1)又は式(2)を満たすこと、
を特徴とする請求項1又は2に記載の鋳物用共晶Al-Si系合金。
MSiが11.0wt%以上12.6wt%未満の場合:
MFe≦0.07×MSi (1)
MSiが12.6wt%以上13.0wt%以下の場合:
MFe≦1.01-0.01×MSi (2)
【請求項4】
Mn:0.0wt%超0.3wt%以下を含み、
残部がAlと不可避不純物からなる組成を有すること、
を特徴とする請求項1又は2に記載の鋳物用共晶Al-Si系合金。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の鋳物用共晶Al-Si系合金からなり、
鉄系化合物の平均長径が50μm以下であること、
を特徴とする共晶Al-Si系合金鋳物。
【請求項6】
35.0%IACS以上の導電率を有すること、
を特徴とする請求項5に記載の共晶Al-Si系合金鋳物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳物用共晶Al-Si系合金及び共晶Al-Si系合金鋳物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Al-Si系合金は優れた鋳造性と機械的性質を有していることから、鋳物用合金として幅広く用いられている。しかしながら、Alには不可避不純物としてFeが混入しやすく、原料におけるスクラップ材の割合が高くなるとその影響が顕著になる。
【0003】
特に、環境保護の観点から、近年では再生地金から製造されるアルミニウム合金鋳物が増加しているところ、再生地金から製造されるAl-Si系合金鋳物には不純物としてFeが混入されやすく、Al-Si系合金鋳物の機械的性質に及ぼすFeの影響が問題となっている。
【0004】
FeはAl合金のヤング率等の機械的性質を向上させる作用や、金型の焼き付きを防止する作用を有しているが、Al-Si系合金中に含まれると粗大な針状のAl-Fe-Si系化合物を形成し、当該Al-Fe-Si系化合物が破壊の起点となる。
【0005】
これに対し、Al-Fe-Si系化合物を粗大化させない方法として、過冷却を利用することが知られており、Al-Si系合金の鋳造法としては、過冷却状態を起こしやすいダイカスト法等の冷却速度の速い鋳造方法が選択されていた。
【0006】
例えば、特許文献1(特開平8-134578号公報)においては、「Cu:1~7重量%,Si:10~16重量%,Mg:0.3~2重量%,Fe:0.5~2重量%,Mn:0.1~4重量%,Ti:0.01~0.3重量%,P:0.01重量%以下及びCa:0.001~0.02重量%を含み、P/Caが重量比で0.5以下の範囲に調整されている高温強度及び靭性に優れたダイカスト用アルミニウム合金。」が開示されている。
【0007】
上記特許文献1に記載のダイカスト用アルミニウム合金においては、「本発明に従ったダイカスト用アルミニウム合金は、前述した組成をもつアルミニウム合金溶湯を冷却速度20℃/秒以上で鋳造し、晶出物の平均長径を20μm以下及び共晶Siの平均長径を10μm以下に抑制している。」とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ダイカスト法は、冷却速度は速いものの、高圧を加えながら金型に溶湯を充填するため、空気の巻き込み等の鋳造欠陥が発生しやすいという問題が存在する。加えて、ダイカスト装置そのものが高額であるという問題も存在する。
【0010】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、ダイカスト法と比較して鋳造速度が遅く、過冷却状態を起こしにくい重力鋳造等を用いた場合であっても、Al-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制される共晶Al-Si系合金及びAl-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制された共晶Al-Si系合金鋳物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、共晶Al-Si系合金の組成について鋭意研究を重ねた結果、共晶Al-Si系合金に適量のSr及び/又はCaを添加することで過冷状態が生じ、凝固時間の短縮によってAl-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制されることを見出して、本発明に到達した。
【0012】
即ち、本発明は、
Si:11.0~13.0wt%、
Fe:0.5wt%超1.0wt%以下、を含有し、
Sr:0.005~0.05wt%、
Ca:0.005~0.05wt%、のいずれか一種以上を含有し、
前記Srと前記Caの合計量が0.05wt%以下であること、
を特徴とする鋳物用共晶Al-Si系合金、を提供する。
【0013】
本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金においては、0.005~0.05wt%のSr及び/又は0.005~0.05wt%のCaを添加し、SrとCaの合計量を0.05wt%以下とすることで、重力鋳造のように冷却速度が遅い場合であっても、過冷状態を起こすことができる。その結果、凝固時間が短縮し、Al-Fe-Si系化合物が粗大化する前に凝固を完了させることができる。
【0014】
本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金においては、鉄系化合物の晶出温度が共晶点よりも低いこと、が好ましい。本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金は、適量のSr及び/又はCaを添加することによって共晶凝固時の過冷を大きくし、凝固時間を短くすることで鉄系化合物(Al-Fe-Si系化合物)の粗大化を抑制するものである。当該機構に基づき、共晶凝固より高い温度で晶出する化合物の微細化効果は小さくなるが、鉄系化合物の晶出温度よりも高い温度で共晶凝固が生じることで、鉄系化合物を顕著に微細化することができる。
【0015】
また、本発目の鋳物用共晶Al-Si系合金においては、前記Feの含有量(MFe)と前記Siの含有量(MSi)が式(1)又は式(2)を満たすこと、が好ましい。
MSiが11.0wt%以上12.6wt%未満の場合:
MFe≦0.07×MSi (1)
MSiが12.6wt%以上13.0wt%以下の場合:
MFe≦1.01-0.01×MSi (2)
【0016】
MSiが11.0wt%以上12.6wt%未満の場合は、MFe≦0.07×MSiとすることで、鉄系化合物(Al-Fe-Si系化合物)の晶出温度を共晶温度未満とすることができる。一方で、MSiが12.6wt%以上13.0wt%以下の場合は、MFe≦1.01-0.01×MSiとすることで、鉄系化合物(Al-Fe-Si系化合物)の晶出温度を共晶温度未満とすることができる。
【0017】
更に、本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金においては、
Mn:0.0wt%超0.3wt%以下を含み、
残部がAlと不可避不純物からなる組成を有すること、が好ましい。
Mnを適量添加することで、共晶Al-Si系合金鋳物の機械的性質を向上させることができる。
【0018】
また、本発明は、本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金からなり、鉄系化合物の平均長径が50μm以下であること、を特徴とする共晶Al-Si系合金鋳物、も提供する。
【0019】
本発明の共晶Al-Si系合金鋳物は本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金からなり、適量のSr及び/又はCaの添加によって鉄系化合物(Al-Fe-Si系化合物)の粗大化が抑制されることから、鉄系化合物の平均長径が50μm以下となっている。鉄系化合物の平均長径は30μm以下であることが好ましく、20μm以下であることがより好ましい。
【0020】
また、本発明の共晶Al-Si系合金鋳物は、35.0%IACS以上の導電率を有すること、が好ましい。本発明の共晶Al-Si系合金鋳物はSr及び/又はCaの添加によって導電率が高くなっている。導電率は38.0%IACS以上であることがより好ましい。共晶Al-Si系合金鋳物が高い導電率を有していることで、導電材料としても好適に使用することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、ダイカスト法と比較して鋳造速度が遅く、過冷却状態を起こしにくい重力鋳造等を用いた場合であっても、Al-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制される共晶Al-Si系合金及びAl-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制された共晶Al-Si系合金鋳物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】Sr及び/又はCaの添加により鉄系化合物を微細化できる組成範囲を示すグラフである。
【
図2】舟型を用いて得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織である(低倍率)。
【
図3】舟型を用いて得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織である(高倍率)。
【
図4】シェルカップを用いて得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織である(低倍率)。
【
図5】シェルカップを用いて得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織である(高倍率)。
【
図6】舟型を用いて得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物2のミクロ組織である(低倍率)。
【
図7】舟型を用いて得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物2のミクロ組織である(高倍率)。
【
図8】舟型を用いて得られた比較共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織である(低倍率)。
【
図9】舟型を用いて得られた比較共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織である(高倍率)。
【
図10】シェルカップを用いて得られた比較共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織である(低倍率)。
【
図11】シェルカップを用いて得られた比較共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織である(高倍率)。
【
図12】舟型を用いて得られた比較共晶Al-Si系合金鋳物2のミクロ写真である(低倍率)。
【
図13】舟型を用いて得られた比較共晶Al-Si系合金鋳物2のミクロ写真である(高倍率)。
【
図14】舟型を用いて得られた比較共晶Al-Si系合金鋳物3のミクロ写真である(低倍率)。
【
図15】舟型を用いて得られた比較共晶Al-Si系合金鋳物3のミクロ写真である(高倍率)。
【
図17】シェルカップを使用した場合の冷却曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金及び共晶Al-Si系合金鋳物について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0024】
1.鋳物用共晶Al-Si系合金
本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金は、適量のSr及び/又はCaを含有することを特徴としている。以下、各成分について詳細に説明する。
【0025】
(1)添加元素
(1-1)必須の添加元素
Si:11.0~13.0wt%
Siは鋳造性を向上させる元素であると共に、初晶Siや共晶Siとして晶出し、共晶Al-Si系合金鋳物の機械的性質を向上させる作用を有する。下限値に満たない場合は、鋳造性が十分でなくなり、上限値を超えて含有する際には、破壊の起点となる粗大な晶出物の形成により、伸びに悪影響をもたらすため、上記範囲で制限する必要がある。また、13.0wt%を超えてSiを含有する場合、適量のSr及び/又はCaを添加しても初晶Siの晶出を抑制することができず、粗大な初晶Siが晶出してしまう。
【0026】
Fe:0.5wt%超1.0wt%以下
Feは不純物としても混入しやすい元素であるが、共晶Al-Si系合金鋳物のヤング率を向上させる作用を有すると共に、金型への焼き付きを防止する作用を有する。Feの含有量が多くなり過ぎるとSr及び/又はCaを添加してもAl-Fe-Si系化合物の粗大化を抑制し難くなるため、Feの含有量は1.0wt%以下とする必要がある。一方で、Feの含有量が0.5wt%以下の場合はAl-Fe-Si系化合物の形成量が少なくなり、粗大化は生じ難くなるが、共晶Al-Si系合金鋳物のヤング率を向上させる作用や金型への焼き付きを防止する作用が得られない。
【0027】
本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金においては、鉄系化合物の晶出温度が共晶点よりも低いことが好ましい。鉄系化合物の晶出温度及び共晶点(共晶凝固の温度)は鋳造時の冷却曲線を取得して判断してもよく、適当な熱力学計算ソフトウェアを用いて算出してもよい。
【0028】
Al、Si及びFeの三元系状態図から導出される、共晶Siよりも後にAl-Fe-Si系化合物が晶出するFe量の範囲を
図1に示す。
図1より、Siの含有量が12.6wt%を境として、境界条件が異なることが分かる。
【0029】
ここで、Siの含有量(MSi)が12.6wt%未満の場合、Feの含有量(MFe)とSiの含有量(MSi)はMFe≦0.07×MSiの関係を満たすことが好ましい。Feの含有量(MFe)とSiの含有量(MSi)が当該関係を満たすことで、Al-Fe-Si系化合物の晶出温度が共晶凝固温度よりも低くなり、Al-Fe-Si系化合物の粗大化抑制効果が顕著になる。
【0030】
一方で、Siの含有量(MSi)が12.6wt%以上13.0wt%以下の場合、Feの含有量(MFe)とSiの含有量(MSi)はMFe≦1.01-0.01×MSiを満たすことが好ましい。Feの含有量(MFe)とSiの含有量(MSi)が当該関係を満たすことで、Al-Fe-Si系化合物の晶出温度が共晶凝固温度よりも低くなり、Al-Fe-Si系化合物の粗大化抑制効果が顕著になる。
【0031】
Sr:0.005~0.05wt%及び/又はCa:0.005~0.05wt%
SrとCaは、Al-Si系合金の鋳造の際に過冷却を起こす作用がある。Sr及び/又はCaの添加により、初晶Si及び共晶Siの凝固核が分解される結果、共晶凝固時の過冷度が増大すると考えられる。過冷却が生じることにより、凝固時間が短くなり、Al-Fe-Si系化合物が粗大化する前に凝固が完了するため、Al-Fe-Si系化合物の粗大化を抑制することができる。当該作用はSr及び/又はCaを0.005wt%以上添加することで顕著となるが。一方で、0.05wt%を超えて添加しても、それ以上の効果は見込めないことから、Sr及び/又はCaの添加量は0.05wt%以下とすることが好ましい。SrとCaの両方を添加する場合は、その合計量を0.05wt%以下とする必要がある。また、SrとCaには共晶Siを微細にする作用もある。
【0032】
(1-2)任意の添加元素
本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金には、Mnを添加してもよい。
【0033】
Mn:0.0wt%超0.3wt%以下
Mnは、Feと同様にヤング率を向上させる作用や金型への焼き付き防止の作用を有すると共に、Al-Fe-Si系化合物の形状を針状から塊状に変化させる作用を有する。Al-Fe-Si系化合物の形状を針状から塊状とすることで、当該Al-Fe-Si系化合物への応力集中が緩和され、共晶Al-Si系合金鋳物の強度や信頼性を向上させることができる。一方で、0.3wt%を超えて添加されると粗大なAl-Mn系化合物が形成されやすくなり、共晶Al-Si系合金鋳物の機械的性質を低下させる可能性がある。
【0034】
その他の元素
Cuは、Al-Fe-Si系化合物、初晶Siおよび共晶Siの粗大化に影響を与える元素ではなく、固溶強化や析出強化(時効処理)により、共晶Al-Si系合金鋳物の機械的性質を向上させる作用を有しているため、鋳物用、ダイカスト用アルミニウム合金JIS規格の添加元素としての上限5.0wt%までは、含有を許容される。Cuの含有量が5.0wt%を超えると粗大なAl-Cu系化合物が形成されやすくなることに加え、共晶Al-Si系合金鋳物の耐食性が低下する。機械的性質を向上させるためには、Cuの含有量は0.05~5.0wt%とすることが好ましい。更に好ましい含有量は、0.1~3.5wt%である。
【0035】
MgはAl-Fe-Si系化合物、初晶Siおよび共晶Siの粗大化に影響を与える元素ではなく、固溶強化や析出強化(時効処理)により、共晶Al-Si系合金鋳物の機械的性質を向上させる作用を有しているため、鋳物用、ダイカスト用アルミニウム合金JIS規格の添加元素としての上限1.5wt%までは、含有を許容される。Mgの含有量が1.5wt%を超えると粗大なAl-Mg系化合物が形成されやすくなる。機械的性質を向上させるためには、Mgの含有量は0.4~1.5wt%とすることが好ましい。更に好ましい含有量は、0.4~1.0wt%である。
【0036】
Zn:0.0wt%超1.0wt%以下
Znは共晶Al-Si系合金鋳物の機械的性質を向上させる作用を有するが、1.0wt%を超えて添加されると共晶Al-Si系合金の耐食性が低下しやすくなる。
【0037】
TiとBは、単体あるいは複合添加すると共晶Al-Si系合金鋳物の鋳造組織の微細化を促進する作用を有しており、それぞれ0.5wt%以下まで添加してもよい。
【0038】
(1-3)不可避不純物
本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金には再生原料が使用されることが多いため、本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金及び共晶Al-Si系合金鋳物の特性を阻害しない範囲での不可避不純物の含有が許容される。不可避不純物としては、例えば、Pを挙げることができる。
【0039】
2.共晶Al-Si系合金鋳物
本発明の共晶Al-Si系合金鋳物は、本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金からなるものである。
【0040】
本発明の共晶Al-Si系合金鋳物は適量のSr及び/又はCaの添加によってAl-Fe-Si系化合物の粗大化が抑制されることから、当該Al-Fe-Si系化合物の平均長径が50μm以下となっている。Al-Fe-Si系化合物の平均長径は30μm以下であることが好ましく、20μm以下であることがより好ましい。
【0041】
加えて、本発明の共晶Al-Si系合金鋳物は適量のSr及び/又はCaの添加によって共晶Siの粗大化も抑制されている。共晶Siの径は1μm以下であることが好ましく、0.9μm以下であることがより好ましく、0.8μm以下であることが最も好ましい。
【0042】
Al-Fe-Si系化合物及び共晶Siの粒径を測定する方法は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の組織観察手法を用いることができ、例えば、光学顕微鏡観察やSEM観察を用いればよい。
【0043】
また、本発明の共晶Al-Si系合金鋳物は、適量のSr及び/又はCaの添加によって導電率が高くなっている。導電率は35.0%IACS以上であることが好ましく、38.0%IACS以上であることがより好ましい。導電率の測定方法は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の測定方法を用いればよい。
【0044】
本発明の共晶Al-Si系合金鋳物は、本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金からなるアルミニウム合金溶湯を鋳造することによって得ることができる。ここで、適量のSr及び/又はCaが添加された本発明の鋳物用共晶Al-Si系合金を用いることで、Al-Fe-Si系化合物を微細化するために冷却速度が大きなダイカスト法を用いる必要がなく、冷却速度が小さい重力鋳造等を好適に用いることができる。
【0045】
重力鋳造等を用いることで、空気の巻き込み等の鋳造欠陥を抑制しつつ、Al-Fe-Si系化合物が微細化された共晶Al-Si系合金鋳物を簡便かつ効率的に得ることができる。また、重力鋳造はダイカストのように高価な装置が不要であり、製造装置の導入コストを低減することができる。
【0046】
その他の鋳造条件については本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の鋳造方法及び鋳造条件を用いることができる。
【0047】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0048】
≪実施例≫
表1の実施例1及び実施例2として示す組成となるように配合した原料を黒鉛坩堝に挿入し、表2に示す溶湯処理条件及び表3に示す鋳造条件を用いて、本発明の実施共晶Al-Si系合金鋳物1及び実施共晶Al-Si系合金鋳物2を得た。具体的には、大気溶解した後に脱滓し、回転式脱ガス装置による脱ガス処理を施した。次に、重力鋳造法を用いて本発明の実施共晶Al-Si系合金鋳物を得た。実施例1の重力鋳造には舟型(JIS4号金型)又はシェルカップ(砂型)を用い、舟型の場合は鋳造温度を750℃、鋳型温度を156℃とし、シェルカップの場合は鋳造温度を758℃、鋳型温度を室温とした。実施例2の重力鋳造には舟型(JIS4号金型)を用い、鋳造温度を757℃、鋳型温度を155℃とした。
【0049】
表1には実施例として示す組成における初晶Si、共晶Si及び鉄系化合物(Al-Fe-Si系化合物)の晶出温度も示しているが、鉄系化合物の晶出温度は共晶凝固の温度よりも低くなっている。ここで、各晶出温度は市販の統合型熱力学計算ソフトウェアであるThermo-Calcを用いて算出した。
【0050】
【0051】
【0052】
【0053】
≪比較例≫
表1の比較例1~3として示す組成とし、表2及び表3に示す溶湯処理条件及び鋳造条件を用いたこと以外は実施例と同様にして、比較共晶Al-Si系合金鋳物1~3を得た。ここで、比較例1及び比較例2においては意図的にPを添加しており、Pの含有量が多くなっている。また、表1には、実施例と同様にして求めた各組成における初晶Si、共晶Si及び鉄系化合物(Al-Fe-Si系化合物)の晶出温度も示しているが、比較例2及び比較例3については、鉄系化合物の晶出温度が共晶凝固の温度よりも高くなっている。
【0054】
[評価試験]
(1)微細組織
得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物及び比較共晶Al-Si系合金鋳物の底面から13mmの位置を中心として、1cm角の立方体を切り出し、断面にバフ研磨を施して、光学顕微鏡による組織観察用の試料とした。
【0055】
舟型を用いて得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織を
図2及び
図3に示す。
図2及び
図3より、舟型を用いて得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物1には初晶Siが殆ど晶出しておらず、微細な共晶Si組織が観察される。また、鉄系化合物(
図3の実線で囲まれた領域)は顕著に微細化されており、平均長径は20μm程度になっている。
【0056】
シェルカップを用いて得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織を
図4及び
図5に示す。
図4及び
図5より、舟型よりも冷却速度が遅くなるシェルカップを用いた場合においても、得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物1には初晶Siが殆ど晶出しておらず、微細な共晶Si組織が観察される。また、鉄系化合物(
図5の実線で囲まれた領域)も粗大化が抑制されており、平均長径は30μm程度になっている。
【0057】
舟型を用いて得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物2のミクロ組織を
図6及び
図7に示す。
図6及び
図7より、舟型を用いて得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物1には初晶Siが殆ど晶出しておらず、微細な共晶Si組織が観察される。また、鉄系化合物(
図7の実線で囲まれた領域)は顕著に微細化されており、平均長径は20μm程度になっている。
【0058】
舟型を用いて得られた比較共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織を
図8及び
図9に示す。比較共晶Al-Si系合金鋳物1は適量のSr及び/又はCaを含有していないことから、鉄系化合物は顕著に粗大化しており、平均長径は100μm以上になっている。また、多数の初晶Siが晶出しており、共晶Si組織は粗大化していることが分かる。
【0059】
シェルカップを用いて得られた比較共晶Al-Si系合金鋳物1のミクロ組織を
図10及び
図11に示す。比較共晶Al-Si系合金鋳物1は適量のSr及び/又はCaを含有していないことに加え、舟型よりも冷却速度が遅くなるシェルカップを用いていることから、鉄系化合物はより顕著に粗大化している。また、多数の初晶Siが晶出しており、共晶Si組織は粗大化していることが分かる。
【0060】
舟型を用いて得られた比較共晶Al-Si系合金鋳物2のミクロ組織を
図12及び
図13に示す。比較共晶Al-Si系合金鋳物2は適量のSr及び/又はCaを含有していないことに加え、1.0wt%を超えるFeと13.0wt%を超えるSiを含有し、P量も多くなっていることから、鉄系化合物は極めて顕著に粗大化しており、平均長径は200μm以上になっている。また、多数の初晶Siが晶出しており、共晶Si組織は粗大化していることが分かる。
【0061】
舟型を用いて得られた比較共晶Al-Si系合金鋳物3のミクロ組織を
図14及び
図15に示す。比較共晶Al-Si系合金鋳物3は適量のSr及び/又はCaを含有しているが、1.0wt%を超えるFeと13.0wt%を超えるSiを含有することから、鉄系化合物の微細化効果が十分に得られておらず、鉄系化合物の平均長径は100μm程度になっている。また、共晶Si組織は微細化されているものの、粗大な初晶Siが晶出している。
【0062】
舟型を用いて得られた実施共晶Al-Si系合金鋳物1、実施共晶Al-Si系合金鋳物2及び比較共晶Al-Si系合金鋳物1における共晶Siの平均粒径を測定したところ、それぞれ0.74μm、0.84μm及び3.08μmであった。実施共晶Al-Si系合金鋳物1及び実施共晶Al-Si系合金鋳物2においては、共晶Siが顕著に微細化していることが分かる。なお、共晶Siの平均粒径の測定に用いた観察面積は0.035mm2である。
【0063】
(2)冷却曲線の測定
鋳型の底面から13mmの位置に熱電対の測温接点が来るように熱電対を固定し、鋳造時に熱電対を鋳ぐるみながら、冷却曲線を測定した。
【0064】
実施例1及び比較例1について、舟型を使用した場合の冷却曲線を
図16に示す。適量のSrを含有する実施例1においては過冷却が生じていることが分かる。また、冷却曲線における変曲点(晶出に伴い冷却速度が遅くなる点)から晶出温度を求めると、実施例1の場合は初晶Siの晶出温度が574℃、共晶凝固の温度が568℃であり、比較例1の場合は初晶Siの初出温度が578℃、共晶凝固の温度が577℃となっている。なお、鉄系化合物の晶出温度は冷却曲線から判断することが困難であった。
【0065】
実施例1及び比較例1について、シェルカップを使用した場合の冷却曲線を
図17に示す。適量のSrを含有する実施例1においては、冷却速度が遅いシェルカップを用いた場合においても過冷却が生じていることが分かる。また、冷却曲線における変曲点(晶出に伴い冷却速度が遅くなる点)から晶出温度を求めると、実施例1の場合は共晶凝固の温度が563℃であり、比較例1の場合は初晶Siの初出温度が578℃、共晶凝固の温度が577℃となっている。なお、鉄系化合物の晶出温度及び実施例における初晶Siの晶出温度は、冷却曲線から判断することが困難であった。
【0066】
(3)導電率の測定
舟型を用いて得られた各組成を有する共晶Al-Si系合金鋳物について、15mmの厚さに切り出し、測定面を研磨した後、室温で、GEセンシング&インスペクションテクノロジー社のAuto Sigma 3000を用いて、導電率を測定した。実施共晶Al-Si系合金鋳物1、実施共晶Al-Si系合金鋳物2、比較共晶Al-Si系合金鋳物1、比較共晶Al-Si系合金鋳物2及び比較共晶Al-Si系合金鋳物3の導電率は、それぞれ39.7%IACS、37.3%IACS、31.2%IACS、28.2%IACS及び34.9%IACSであった。実施共晶Al-Si系合金鋳物は35.0%IACS以上の高い導電率を有していることが確認できる。
【0067】
以上の結果より、比較的大量のFeを含有する共晶Al-Si系合金であっても、適量のSr及び/又はCaを添加することで、冷却速度が大きなダイカスト法を用いることなく、Al-Fe-Si系化合物を顕著に微細化できることが分かる。加えて、適量のSr及び/又はCaを添加することで、初晶Si及び共晶Siも微細化されることが確認できる。更に、適量のSr及び/又はCaを添加することで、共晶Al-Si系合金鋳物に高い導電率を付与できることが分かる。