(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024132595
(43)【公開日】2024-10-01
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
C23C 18/52 20060101AFI20240920BHJP
C23C 18/31 20060101ALI20240920BHJP
C23C 18/36 20060101ALI20240920BHJP
F04B 39/00 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
C23C18/52 B
C23C18/31 A
C23C18/36
C23C18/52 A
F04B39/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023043430
(22)【出願日】2023-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】000001845
【氏名又は名称】サンデン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002354
【氏名又は名称】弁理士法人平和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柿沼 昂希
(72)【発明者】
【氏名】藤井 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】宍戸 宏光
(72)【発明者】
【氏名】安藤 怜
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 秀昭
【テーマコード(参考)】
3H003
4K022
【Fターム(参考)】
3H003AA05
3H003AC03
3H003AD01
4K022AA02
4K022BA14
4K022BA34
4K022BA36
4K022DA01
4K022DB02
4K022DB26
4K022DB29
(57)【要約】
【課題】めっきによる耐摩耗性向上効果を保持しつつ、さらに自己潤滑性をも付与した、摺動部材を提供する。
【解決手段】第一の摺動体と、第一の摺動体表面と摺動する第二の摺動体と、を有し、第二の摺動体は、基材と、第一の被覆層と、第二の被覆層とを、この順に積層した構造を有し、第一の摺動体表面と第二の被覆層が摺動し、第一の被覆層が、第一の摺動体表面及び第二の被覆層よりも硬いことを特徴とする摺動部材。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一の摺動体と、
前記第一の摺動体表面と摺動する第二の摺動体と、を有し、
前記第二の摺動体は、基材と、第一の被覆層と、第二の被覆層とを、この順に積層した構造を有し、
前記第一の摺動体表面と前記第二の被覆層が摺動し、
前記第一の被覆層が、前記第一の摺動体表面及び前記第二の被覆層よりも硬いことを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記第一の被覆層の表面粗さRzが0.1μm以上7.0μm以下であり、
前記第二の被覆層の厚さが15μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記第一の摺動体表面の表面粗さRzが0.1μm以上5.0μm以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記第一の被覆層及び前記第二の被覆層が、ともに無電解ニッケル-リン(Ni-P)めっきであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の摺動部材。
【請求項5】
前記第一の被覆層のビッカース硬さが600HV以上であり、
前記第二の被覆層のビッカース硬さが150HV以上600HV以下であり、
前記第一の摺動体表面のビッカース硬さが150HV以上500HV以下であることを特徴とする請求項4に記載の摺動部材。
【請求項6】
前記第一の被覆層のリン濃度が1質量%以上4質量%以下であることを特徴とする請求項4に記載の摺動部材。
【請求項7】
前記第二の被覆層は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)含有の無電解Ni-Pめっきであることを特徴とする請求項4に記載の摺動部材。
【請求項8】
前記第二の被覆層のリン濃度が、前記第一の被覆層よりも高いことを特徴とする請求項4に記載の摺動部材。
【請求項9】
前記第一の摺動体及び前記第二の摺動体の基材のうち、少なくとも一方がアルミニウム、アルミニウム合金又は鉄であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の摺動部材。
【請求項10】
圧縮機用であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材に関する。さらに詳しくは、スクロール圧縮機等に使用され、初動時等の貧潤滑環境下における焼付き及びかじりの発生を抑制できる摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
スクロール圧縮機は、冷媒を圧縮するスクロールユニットを備えており、固定された渦巻体と可動する渦巻体が対面して設置されている。可動渦巻体が公転旋回運動することにより、冷媒は渦巻体の中心に向けて圧縮されながら移動する。
【0003】
可動渦巻体の動作による摩耗を防止する観点から、2つの渦巻体の一方又は両方の表面に無電解ニッケル-リン(Ni-P)めっき等のめっき層を形成することが検討されている(例えば、特許文献1、2参照。)。
【0004】
摺動面にめっき層を設けることは、耐摩耗性が要求される摺動部材において、アルミニウム合金のような母材同士が摺動することを回避する上で有効である。耐摩耗性を向上させるため、硬度や衝撃に対する靭性も要求されるため、一般的に、上述したようなNi-P系の硬質めっきが採用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001-304151号公報
【特許文献2】特開2019-60259号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
無電解Ni-Pめっきは比較的硬質であるため、摺動面の耐摩耗性の向上には有効であるものの、無電解Snめっき等とは異なり自己潤滑性を有していないため、例えば、初動時の貧潤滑環境下において、焼付きやかじりが発生するおそれがあった。
【0007】
本発明の目的は、めっきによる耐摩耗性向上効果を保持しつつ、さらに自己潤滑性をも付与した、摺動部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一実施形態に係る摺動部材は、第一の摺動体と、前記第一の摺動体表面と摺動する第二の摺動体と、を有し、前記第二の摺動体は、基材と、第一の被覆層と、第二の被覆層とを、この順に積層した構造を有し、前記第一の摺動体表面と前記第二の被覆層が摺動し、前記第一の被覆層が、前記第一の摺動体表面及び前記第二の被覆層よりも硬いことを特徴とする。
【0009】
第一の被覆層、第一の摺動体表面及び第二の被覆層の硬さを上述のように調整することにより、摺動時に第二の被覆層や第一の摺動体表面から構成成分の一部が他方の表面に移着しやすくなる。これにより、摺動面に潤滑性が発現し、なじみ性及び耐焼付き性が向上する。
【0010】
より好ましくは、前記第一の被覆層の表面粗さRzが0.1μm以上7.0μm以下であり、前記第二の被覆層の厚さが15μm以下である。これにより、第二の被覆層から第一の摺動体表面への摺動による移着の進行が容易となり、第二の被覆層の成分が両摺動体表面に存在することで、潤滑性能がより一層向上する。また、第二の被覆層の移着により、第一の被覆層の一部が露出した場合であっても、潤滑性能が維持される。
【0011】
より好ましくは、前記第一の摺動体表面の表面粗さRzが0.1μm以上5.0μm以下である。これにより、構成成分の移着と、第二の被覆層の耐久性を両立することができる。
【0012】
より好ましくは、前記第一の被覆層及び前記第二の被覆層が、ともに無電解ニッケル-リン(Ni-P)めっきである。第一の被覆層と第二の被覆層とが同系成分で構成されることで、第一の被覆層と第二の被覆層の密着性を向上することができる。
【0013】
より好ましくは、前記第一の被覆層のビッカース硬さが600HV以上であり、前記第二の被覆層のビッカース硬さが150HV以上600HV以下であり、前記第一の摺動体表面のビッカース硬さが150HV以上500HV以下である。
【0014】
より好ましくは、前記第一の被覆層のリン濃度が1質量%以上4質量%以下である。これにより、摺動部材の耐摩耗性、耐熱性を向上させることができる。
【0015】
より好ましくは、前記第二の被覆層は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)含有の無電解Ni-Pめっきである。潤滑性の高い第二の被覆層が、第二の摺動体の表面に存在することで、摺動体同士の摺動面において、高い潤滑性能を実現することができる。
【0016】
より好ましくは、前記第二の被覆層のリン濃度が、前記第一の被覆層よりも高い。これにより、第二の被覆層と第一の被覆層の硬さの相違を実現しつつ、両層の密着性を向上させることができる。
【0017】
より好ましくは、前記第一の摺動体及び前記第二の摺動体の基材のうち、少なくとも一方がアルミニウム、アルミニウム合金又は鉄である。強度を確保しつつ、軽量化を実現することができるため、圧縮機用に好適である
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、耐摩耗性及び自己潤滑性を有する、摺動部材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の一実施形態に係る摺動部材の概略断面図である。
【
図3A】実施例1の第二の摺動体の摺動面の顕微鏡写真である。
【
図3B】実施例1の第一の摺動体の摺動面の顕微鏡写真である。
【
図4A】比較例1の第二の摺動体の摺動面の顕微鏡写真である。
【
図4B】比較例1の第一の摺動体の摺動面の顕微鏡写真である。
【
図5】フッ素原子の成分マッピングであり、(a)は実施例1の第一の摺動体の摺動面の成分マッピングであり、(b)は比較例1の第一の摺動体の摺動面の成分マッピングである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1は本発明の一実施形態に係る摺動部材の概略断面図である。摺動部材1は、互いに対向する第一の摺動体10及び第二の摺動体20を有する。第二の摺動体20は、基材21と、当該基材21の表面に形成された第一の被覆層22と、当該第一の被覆層22の表面に形成された第二の被覆層23とを備える。これにより、第二の摺動体20は、基材21と、第一の被覆層22と、第二の被覆層23とが、この順に積層した構造とする。
【0021】
上述した構成により、第一の摺動体表面11は、第二の摺動体20の第二の被覆層23の表面と摺動する。例えば、本実施形態の摺動部材1をスクロール圧縮機に適用する場合、スクロールユニットを形成する固定された渦巻体が第一の摺動体10であり、可動する渦巻体が第二の摺動体20である。なお、固定された渦巻体が第二の摺動体20であり、可動する渦巻体が第一の摺動体10であってもよい。可動渦巻体が公転旋回運動することにより、冷媒は渦巻体の中心に向けて圧縮されながら移動する。
【0022】
第一の摺動体10の構成材料としては、アルミニウム、アルミニウム合金、鉄等が挙げられる。アルミニウム合金は軽量であるため、例えば、自動車部品のように軽量化が要求される用途に好適に使用されている。
【0023】
第一の摺動体表面11は、製造コストの観点から被覆層を有さないことが好ましいが、これに限定されるものではなく、めっき等で被覆されていてもよい。
【0024】
第一の摺動体表面11の具体的な硬さとしては、ビッカース硬さで150HV以上500HV以下であることが好ましい。上述した構成部材を使用することで、適度な硬さを有する表面が得られる。
【0025】
第二の摺動体20の基材21は、摺動体の構成材料であり、第一の摺動体10と同様に、アルミニウム、アルミニウム合金、鉄等が挙げられる。
【0026】
第一の被覆層22は、第二の被覆層23よりも硬質な層であり、基材21の耐摩耗性を向上するために形成される。なお、第一の被覆層22は基材21よりも硬質である。第一の被覆層22としては、例えば、硬質無電解Ni-Pめっき層が挙げられる。具体的には、リン含有率が1質量%以上4質量%以下である、いわゆる低リンの無電解Ni-Pめっき層が好ましい。また、無電解ニッケル-ボロン(Ni-B)めっきでもよい。なお、第一の被覆層22は、第二の被覆層23よりも硬質な層であれば、上述に限定されるものではなく、溶射皮膜、炭素系の硬質皮膜、樹脂系の皮膜、酸化皮膜、上述以外のめっき、浸炭焼き入れ等の表面改質によって、硬化させたものであってよい。
【0027】
第一の被覆層22の具体的な硬さとしては、Ni-Pめっきで形成した場合、ビッカース硬さで600HV以上であることが好ましい。なお、第一の被覆層を低リンの無電解Ni-Pめっき層や無電解Ni-Bめっき層で構成した場合、ビッカース硬さは800HV以下となる。
【0028】
第二の被覆層23は、第一の被覆層22よりも軟らかい被覆層であり、第一の被覆層22に自己潤滑性を付与する層である。なお、第二の被覆層23は、第一の被覆層22よりも軟らかい層であれば、特に限定されるものではなく、溶射皮膜、炭素系の硬質皮膜、樹脂系の皮膜、酸化皮膜、上述以外のめっき、浸炭焼き入れ等の表面改質によって、硬化させたものであってよい。
【0029】
第二の被覆層23としては、例えば、リン含有率が8質量%以上12質量%以下である、いわゆる中リン又は高リンの無電解Ni-Pめっきが好ましい。第二の被覆層23のリン濃度は第一の被覆層22よりも高いことが好ましい。これにより、第二の被覆層23と第一の被覆層22の硬さの相違を実現しつつ、両層の密着性を向上させることができる。
【0030】
Ni-Pめっきで構成した場合、第二の被覆層23のビッカース硬さは150HV以上600HV以下であることが好ましい。
【0031】
また、第二の被覆層23としてフッ素樹脂を含有する無電解Ni-Pめっきも好ましい。フッ素樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等が挙げられる。第二の被覆層23に含まれるPTFE等の潤滑成分が第一の摺動体表面11に移着することで、摺動面に潤滑成分が存在することになるため、さらに摺動性が向上する。
【0032】
本実施形態の摺動部材1では、第二の摺動体20の第一の被覆層22の硬さが、第一の摺動体表面11及び第二の摺動体20の第二の被覆層の硬さよりも硬い。貧潤滑環境下において、相対的に柔らかい第二の被覆層23の下地に硬質な第一の被覆層22が存在することにより、第二の被覆層23から、第一の摺動体表面11への移着が生じやすくなる。第二の被覆層23の一部が第一の摺動体表面11に移着することにより、摺動部に潤滑性を付与できる。この際、第一の摺動体表面11と第二の被覆層23の硬さの関係によっては、第一の摺動体表面11の一部が第二の被覆層23の表面に移着してもよい。
【0033】
上述したとおり、本実施形態では、より硬質な第一の被覆層22の表面に、当該第一の被覆層22よりも軟質な第二の被覆層23が形成されているため、第二の被覆層23から、第一の摺動体表面11への移着が生じやすくなる。これにより、初動時等の貧潤滑環境下における摺動面の静摩擦係数を下げることができる。また、第一の摺動体10との摺動により、第二の被覆層23の一部が移着し、摺動面の摩擦係数を下げる効果を発揮する。また、第二の被覆層23の移着により、第一の被覆層22が部分的に露出したとしても、自己潤滑性能が維持できる。
【0034】
一実施形態において、第一の被覆層22の表面粗さRzが0.1μm以上7.0μm以下であり、かつ第二の被覆層23の厚さが15μm以下であることが好ましい。第二の被覆層23の厚さには、第二の被覆層23が形成される第一の被覆層22の表面粗さ(凹凸)が関係する。初期の状態では、第一の被覆層22の表面全体が第二の被覆層23により被覆されていることが好ましい。一方、第二の被覆層23は、摺動により摩耗することにより、第一の摺動体表面22に移着するが、摩耗物が多すぎると摺動面間を浮遊し、例えば、摺動部材を圧縮機に使用した際、冷凍機油及び冷媒中に異物として混入することになる。冷凍機油及び冷媒中の異物量は最小限にする必要があるため、第二の被覆層23は最小限であることが好ましい。本実施の形態において採用する第一の被覆層22の表面粗さRzを考慮すると、第二の被覆層23の厚さは15μm以下であることが好ましく、10μm以下であってもよい。通常0.1μm以上であり、5μm以上が好ましい。なお、ここで使用する第二の被覆層23の厚さは、複数個所の平均値とする。測定個所は任意に選択された10点以上が好ましい。
【0035】
本発明における第二の被覆層23は、第一の被覆層22上の全面に存在していなければ、本発明が所望する効果を奏しないわけではない。第一摺動体11との摺動が繰り返し行われることによって、第二の被覆層23を構成する成分の当該第一摺動体11への移着が進行し、第二の被覆層23の下側に形成された第一の被覆層22が部分的に露出した場合であっても、本願発明の所望する効果を奏する。
【0036】
第一の摺動体表面11の表面粗さRzは0.1μm以上5.0μm以下であることが好ましい。第一の摺動体表面11が滑らかすぎる場合、第二の被覆層23及び第一の摺動体表面11からの移着が生じにくくなる。一方、表面が粗すぎる場合、第二の被覆層23の耐久性が著しく低下する。第一の摺動体表面11の表面粗さRzを上記の範囲に調整することにより、構成成分の移着と、第二の被覆層23の耐久性を両立することができる。
【0037】
第一の被覆層22の厚さは10μm以上であることが好ましい。第一の被覆層22は、基材21を保護し耐摩耗性を向上するため、及び、第二の被覆層23を支持する硬質な下地として設けられるので、十分な厚さが必要である。なお、第一の被覆層22の厚さは特に制限しないが、製造コストを考慮すると20μm以下が好ましい。
【0038】
一実施形態において、第一の被覆層22及び第二の被覆層23が、ともに無電解Ni-Pめっきであることが好ましい。第一の被覆層22と第二の被覆層23とが同系成分で構成されることで、第一の被覆層22と第二の被覆層23の密着性を向上することができる。
【0039】
第一の被覆層22及び第二の被覆層23の形成方法は特に限定はなく、公知の無電解めっきの形成法及び条件を採用できる。硬質なめっき層としては、日本カニゼン株式会社製のSEK-797等、市販のめっき液を使用することができる。PTFE含有の無電解Ni-Pめっき液としては、日本カニゼン株式会社製のカニフロン4S等を使用することができる。
【0040】
めっきの条件も公知であり、例えば、めっき浴を88℃以上94℃以下に保ち、被めっき対象物を所定時間浸漬し、水洗、乾燥することにより、無電解Ni-Pめっき層を得ることができる。なお、被めっき対象物は前処理として、公知の方法で脱脂、洗浄、デスマット、ジンケート処理等を行うことが好ましい。
【0041】
本実施形態の摺動部材は、例えば、スクロール圧縮機等の圧縮機、ピストン型の圧縮機等、摺動部材を備えた圧縮機において、好適である。本実施形態の摺動部材をスクロール圧縮機に採用する場合、冷媒を圧縮するスクロールユニットの固定渦巻体及び可動渦巻体のいずれか一方に使用することができる。本実施形態の摺動部材をスクロールユニットに使用することにより、かじりや焼付きを防止できる。また、本実施形態の摺動部材は、固定渦巻体及び可動渦巻体のいずれか一方に第二の被覆層を形成することで効果が得られるため、一方の部材はめっき層が不要となる。さらにフッ素樹脂製のチップシールが不要となる。したがって、スクロール圧縮機の製造コストを低減することができる。
【0042】
なお、スクロール圧縮機の例としては、特開2013-170516、特開2020-33987等を参照できる。
【実施例0043】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。なお、評価方法は以下のとおりである。
(1)めっき厚
蛍光X線膜厚計(フィッシャー・インストルメンツ社製 XDLM―C4―PCD)を使用した。なお、必要に応じて断面切断、樹脂埋め、研磨、断面観察(例えば、キーエンス社製VHX-7000等)を実施した。任意に選択した10箇所について厚さを測定し、平均値をめっき厚とした。
【0044】
(2)表面粗さRz(十点平均粗さ)
形状測定機(ミツトヨ社製 SV-3000S CNC)を使用し、JIS B 0633:2001(ISO4288:1996)に準拠した測定条件(基準長さ0.8mm、評価長さ4mm)で実施した。
【0045】
(3)ビッカース硬さ
マイクロビッカース硬度計(ミツトヨ社製 HM-220D)を使用し、JIS Z 2244-1に一部準拠した測定条件で実施した。なお、めっき膜厚に応じて、測定条件を変更し、一例として試験力(試験荷重)は0.2943N(30gf)、負荷時間は5[s]、保持時間は15[s]、除荷時間は4[s]、圧子接近速度は60.0[μm/s]とした。
【0046】
実施例1
(1)第一の摺動体
摺動部材の基材には、アルミニウム合金(A4032)を使用した。第一の摺動体の表面には被覆層は設けず、エンドミル加工により表面を整えた。第一の摺動体の表面粗さRzは1.0μmであった。第一の摺動体表面のビッカース硬さは170HVであった。
【0047】
(2)第二の摺動体
(A)第一の被覆層の形成
第一の摺動体と同様の加工を施した基材(アルミニウム合金)の表面に、無電解Ni-Pめっき層を形成した。めっき液には、日本カニゼン株式会社製のSEK-797を使用して無電解めっきを形成した。めっき液のターンオーバーによって変化するが、めっき液の温度を85℃以上95℃以下の範囲とし、1時間以上2時間以内でめっきを形成した。
【0048】
第一の被覆層の厚さは11.0μm、表面粗さRzは3.0μm、ビッカース硬さは680HVであった。第一の被覆層のリン濃度は、2.0質量%であった。
【0049】
(B)第二の被覆層の形成
上記第一の被覆層の表面に、PTFE含有無電解Ni-Pめっき層を形成し、第二の被覆層とした。めっき液には日本カニゼン株式会社製のカニフロン4Sを使用した。めっき液のターンオーバーによって変化するが、めっき液の温度を85℃以上95℃以下の範囲とし、30分以上1時間以内でめっきを形成した。
【0050】
第二の被覆層の厚さは5.6μm、表面粗さRzは、3.0μm、ビッカース硬さは200HVであった。第二の被覆層のリン濃度は、6.7質量%であった。この値はPTFEを含んで算出したものとする。
【0051】
実施例2
第二の摺動体の第二の被覆層を、リン濃度が9.3質量%である無電解Ni-Pめっき層に代えた他は、実施例1と同様にして摺動部材を作製した。第二の被覆層の形成では、めっき液に日本カニゼン株式会社製のSE-200を使用した。
【0052】
第二の被覆層の厚さは5.9μm、表面粗さRzは、2.8μm、ビッカース硬さは500HVであった。
【0053】
比較例1
第二の摺動体の第二の被覆層を形成しなかった他は、実施例1と同様にして摺動部材を作製した。
【0054】
[摩擦係数の評価]
第二の摺動体の表面に第二の被覆層を形成した場合の第一の摺動体と第二の摺動体の摩擦係数の変化を確認するため、以下の実験を行った。採用したサンプルは、第一の摺動体をピン形状とし、第二の摺動体を板形状とした。
【0055】
第一の摺動体及び第二の摺動体を摺動させて、摩擦係数の変化を観測した。具体的に、荷重変動型摩擦摩耗試験機(新東科学社製HHS-2000S)を使用して、両摺動体表面が大きく損傷しない荷重及び速度にて、繰り返し摺動させ、摩擦係数の変化を測定した。
図2に測定結果を示す。実施例1及び2は比較例1と比べて、初動時(静摩擦係数)及び摺動回数が少ない領域の動摩擦係数が小さいことが確認できた。
【0056】
[表面観察]
第二の摺動体にピン形状の第一の摺動体(アルミニウム合金:A4032)を押し付け、荷重変動型摩擦摩耗試験機にて往復摺動させた後、第一の摺動体及び第二の摺動体の摺動面を倍率500倍にて顕微鏡観察した。
【0057】
図3Aは実施例1の第二の摺動体の摺動面の顕微鏡写真であり、
図3Bは実施例1の第一の摺動体の摺動面の顕微鏡写真である。
図4Aは比較例1の第二の摺動体の摺動面の顕微鏡写真であり、
図4Bは比較例1の第一の摺動体の摺動面の顕微鏡写真である。顕微鏡写真から、比較例1の摺動部材では摺動面が深く、広範囲に摩耗していることが確認できる。一方、実施例1の摺動部材では、第二の被覆層の潤滑効果により摩耗範囲が縮小されていることが確認できる。
【0058】
[第二の被覆層の移着]
上述した荷重変動型摩擦摩耗試験機による繰り返し摺動後の、第一の摺動体の摺動面にフッ素原子が存在するか、成分マッピングで観察した。
図5は、フッ素原子の成分マッピングであり、(a)は実施例1の第一の摺動体の摺動面の成分マッピングであり、(b)は比較例1の第一の摺動体の摺動面の成分マッピングである。実施例1の成分マッピングでは、フッ素原子の存在(白点)が確認されたことから、第二の被覆層の成分であるPTFEが移着し点在していることが確認できた。