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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024132603
(43)【公開日】2024-10-01
(54)【発明の名称】車両
(51)【国際特許分類】
   B60L 15/20 20060101AFI20240920BHJP
   H02P 21/18 20160101ALI20240920BHJP
   H02P 21/20 20160101ALI20240920BHJP
【FI】
B60L15/20 J
H02P21/18
H02P21/20
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023043441
(22)【出願日】2023-03-17
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-07-18
(71)【出願人】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001081
【氏名又は名称】弁理士法人クシブチ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三宅川 徹
【テーマコード(参考)】
5H125
5H505
【Fターム(参考)】
5H125AA01
5H125AB03
5H125AC12
5H125BA01
5H125BB03
5H125CA15
5H125DD16
5H125EE02
5H125EE08
5H125EE42
5H505AA16
5H505CC04
5H505EE41
5H505GG04
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ04
5H505JJ17
5H505JJ24
5H505LL14
5H505LL38
5H505LL41
5H505LL60
5H505MM12
(57)【要約】
【課題】極低速領域でも車輪のスリップを判定することができる車両を提供する。
【解決手段】鞍乗り型車両1は、後輪40に駆動力を伝達可能なモータ20を流れるU相交流電流Iu、V相交流電流Iv及びW相交流電流Iwに基づいてモータ20の第一角加速度αiを算出する第一算出部11と、モータ20に供給するU相供給電流Isu、V相供給電流Isv及びW相供給電流Iswを設定するd軸電流指令値id及びq軸電流指令値iqに基づいて算出したモータ20のトルク算出値τと、車体100の慣性モーメント設計値Jとに基づいて第二角加速度ατを算出する第二算出部12と、第一角加速度αi及び第二角加速度ατに基づいて後輪40がスリップしているか否かを判定するスリップ判定部141とを備える。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪に駆動力を伝達可能なモータを流れる電流に基づいて前記モータの第一角加速度を算出する第一算出部と、
前記モータに供給する供給電流を設定する電流指令値に基づいて算出した前記モータのトルク算出値と、車体の慣性モーメントの設計値とに基づいて第二角加速度を算出する第二算出部と、
前記第一角加速度及び前記第二角加速度に基づいて前記車輪がスリップしているか否かを判定する判定部と
を備える車両。
【請求項2】
前記判定部は、前記第一角加速度と前記第二角加速度との差分が予め設定された閾値の範囲外である場合に前記車輪がスリップしていると判定する
請求項1に記載の車両。
【請求項3】
前記第一算出部は、前記モータから流れる電流に基づいて前記モータの回転速度を算出する速度算出部と、前記回転速度を時間微分して前記第一角加速度を算出する微分器とを有する
請求項1に記載の車両。
【請求項4】
前記第二算出部は、前記トルク算出値を算出するトルク算出部と、前記トルク算出値を前記設計値で除算して前記第二角加速度を算出する除算器とを有する
請求項1に記載の車両。
【請求項5】
前記判定部を有し、前記判定部での判定結果に基づいて前記供給電流の位相を修正する修正部を備え、
前記修正部は、前記モータを流れる電流が前記電流指令値に設定されるようにフィードバック制御される際に前記供給電流の位相を修正する
請求項1に記載の車両。
【請求項6】
前記判定部は、前記フィードバック制御の際に前記第一角加速度と前記第二角加速度に基づく前記車輪のスリップを判定する
請求項5に記載の車両。
【請求項7】
前記第一角加速度と前記第二角加速度との差分に基づく前記モータの位相と、前記モータの回転速度に基づく前記モータの位相とを加算して前記モータの位相を推定する位相推定部を備える
請求項1に記載の車両。
【請求項8】
前記車体は、鞍乗り型の構造を有する
請求項1から7までのいずれか一項に記載の車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータによって駆動される車輪を備える車両に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、低炭素社会又は脱炭素社会の実現に向けた取り組みが活発化し、車両においてもCO排出量の削減やエネルギー効率の改善のために、電動化技術に関する研究開発が行われている。この電動化技術の1つとして、車両に設けられた車輪をモータによって駆動する技術が知られている。
【0003】
特許文献1は、車輪速センサにより得られた車輪速値に基づいて車両の車輪のスリップ状態を判定する技術を開示する。特許文献1に開示された技術により、より精度よく車体速を推定し、正確にスリップ判定を行うことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011-37338号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
電動化技術に関する技術の1つとしてモータの駆動技術では、車輪速センサで速度を検出できない極低速領域において、車輪のスリップを判定することが困難であるという課題がある。
【0006】
本願は上記課題解決のため、極低速領域でも車輪のスリップを判定することを目的としたものである。そして、延いてはエネルギー効率の改善に寄与するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するための一態様は、車輪に駆動力を伝達可能なモータを流れる電流に基づいて前記モータの第一角加速度を算出する第一算出部と、前記モータに供給する供給電流を設定する電流指令値に基づいて算出した前記モータのトルク算出値と、車体の慣性モーメントの設計値とに基づいて第二角加速度を算出する第二算出部と、前記第一角加速度及び前記第二角加速度に基づいて前記車輪がスリップしているか否かを判定する判定部とを備える車両である。
【発明の効果】
【0008】
上記態様によれば、極低速領域でも車輪のスリップを判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本開示の一実施形態による車両の外観構成の一例を示す模式図である。
図2】本開示の一実施形態による車両に備えられたモータ制御装置の概略構成の一例を示すブロック図である。
図3】本開示の一実施形態による車両の動作の流れの一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[1.車両の構成]
図1は、本開示の一実施形態による鞍乗り型車両(車両の一例)1の外観構成の一例を示す模式図である。図1では、鞍乗り型車両1の右側面側が図示されている。本実施形態による、鞍乗り型車両1は、シート60に着座した運転者が足を載せることが可能なステップフロア701を有するスクータ型を有している。
【0011】
図1に示すように、鞍乗り型車両1は、ハンドル50と、ハンドル50によって操向される前輪30(すなわち操向輪)と、モータ20と、モータ20によって駆動される後輪(車輪の一例)40(すなわち駆動輪)と、前輪30を回転可能に支持する左右一対のフロントフォーク711を有する車体フレーム(不図示)を含む本体部70とを備えている。
【0012】
本体部70は、本体フレームの周囲を覆って配置されたカバー部700を備えている。カバー部700の後部上方には、シート60が配置されている。カバー部700は、シート60に着座した運転者が足を載せるステップフロア701と、ステップフロア701の前方に連なるフロントボディ702と、ステップフロア701の後方に連なるリヤボディ703とを備えている。
【0013】
モータ20は、例えば後輪40のホイールの内側に設けられた、いわゆるインホイールモータである。鞍乗り型車両1は、モータ20を制御するモータ制御装置10と、モータ制御装置10に設けられたインバータ部18(図1では不図示、図2参照)に電力を供給するバッテリ80とを備えている。モータ制御装置10及びバッテリ80は例えば、シート60の下方であってカバー部700の内部に設けられている。本実施形態では、モータ制御装置10、モータ20、前輪30、後輪40、ハンドル50、シート60、本体部70及びバッテリ80によって車体100が構成される。車体100は、鞍乗り型の構造を有している。
【0014】
[2.モータ制御装置の構成]
本実施形態による鞍乗り型車両1に備えられたモータ制御装置10について図1を参照しつつ図2を用いて説明する。図2は、鞍乗り型車両1に備えられたモータ制御装置10の概略構成の一例を示すブロック図である。図2では、理解を容易にするため、モータ制御装置10によって制御されるモータ20も併せて図示されている。
【0015】
図2に示すように、モータ制御装置10は、第一算出部11と、第二算出部12と、減算部13と、位相修正部14と、位相推定部15と、指令部16と、ベクトル制御駆動部17と、インバータ部18とを備えている。
【0016】
第一算出部11は、モータ20を流れるU相交流電流Iu、V相交流電流Iv及びW相交流電流Iw(いずれも電流の一例)に基づいてモータ20の第一角加速度αiを算出する。第一角加速度αiは、モータ20に実際に流れるU相交流電流Iu、V相交流電流Iv及びW相交流電流Iwに基づいて算出されるため、実測の角加速度に相当する。詳細は後述するが、第一算出部11は、第一角加速度αiを算出するために、速度演算部111及び微分器112を有している。第一算出部11が第一角加速度αiの算出に用いるd軸電流Id及びq軸電流Iqは、U相交流電流Iu、V相交流電流Iv及びW相交流電流Iwを座標変換などをすることよって得られる。このため、d軸電流Id及びq軸電流Iqもモータ20を流れる電流に相当する。
【0017】
第二算出部12は、モータ20に供給するU相供給電流Isu、V相供給電流Isv及びW相供給電流Isw(いずれも供給電流の一例)を設定するd軸電流指令値id及びq軸電流指令値iq(電流指令値の一例)に基づいて算出したモータ20のトルク算出値τと、車体100(図1参照)の慣性モーメントの設計値(以下、「慣性モーメント設計値」と称する場合がある)Jとに基づいて第二角加速度ατを算出する。慣性モーメント設計値Jは、モータ20によって駆動される後輪40(図1参照)の回転動作に基づく慣性モーメントの設計値と、後輪40の半径及び鞍乗り型車両1(図1参照)の重量に基づく慣性モーメントの設計値とを合算して得られる車体100(図1参照)の全体の慣性モーメントの設計値である。第二角加速度ατは、電流指令値及び慣性モーメントの設計値に基づいて算出されるため、後輪40がスリップしていない状態での計算上のモータ20の角加速度に相当する。詳細は後述するが、第二算出部12は、第二角加速度ατを算出するために、トルク算出部121及び除算器122を有している。
【0018】
減算部13の入力は、第一算出部11及び第二算出部12のそれぞれの出力に接続されている。減算部13は、第一角加速度αiから第二角加速度ατを減算した減算結果である差分Δαをスリップ判定部141に出力する。差分Δαは、実測の角加速度と計算上の角加速度との差分に相当する。
【0019】
スリップ判定部(判定部の一例)141は、第一角加速度αi及び第二角加速度ατに基づいて後輪40(図1参照)がスリップしているか否かを判定する。すなわち、スリップ判定部141は、実測の角加速度と計算上の角加速度との差分に基づいて後輪40がスリップしているか否かを判定する。
【0020】
位相修正部(修正部の一例)14は、スリップ判定部141を有し、スリップ判定部141での判定結果に基づいてU相供給電流Isu、V相供給電流Isv及びW相供給電流Iswの位相βを修正する。以下、「供給電流の位相」を「電流位相」と称する場合がある。詳細は後述するが、位相修正部14は、3相交流のU相供給電流Isu、V相供給電流Isv及びW相供給電流Iswを変換したd軸電流id及びq軸電流iqの位相βを推定するために、電流位相推定部142を有している。
【0021】
位相推定部15の入力は、第一算出部11と、減算部13の出力に接続されている。これにより、位相推定部15には、第一算出部11から出力されるモータ20の回転速度ωiと、減算部13から出力される差分Δαとが入力される。位相推定部15は、第一角加速度αiと第二角加速度ατとの差分Δαに基づくモータ20の位相θαと、モータ20の回転速度ωiに基づくモータ20の位相θiとを加算してモータ20の位相θを推定する。モータ20の位相θα,θi,θは、モータ20に設けられたロータ(不図示)の回転角(すなわち回転位置)に相当する。詳細は後述するが、位相推定部15は、位相θを推定するために、PI制御部151、積分器152,154、乗算器153及び加算部155を有している。
【0022】
指令部16の入力には、第一算出部11と、位相修正部14の出力とが接続されている。指令部16は、ベクトル制御駆動部17に対してd軸電流指令値id及びq軸電流指令値iqを指令する。詳細は後述するが、指令部16は、d軸電流指令値id及びq軸電流指令値iqを生成するために、トルク指令生成部161及び電流指令生成部162を有している。
【0023】
ベクトル制御駆動部17の入力は、モータ20、位相推定部15の出力、及び指令部16の出力が接続されている。ベクトル制御駆動部17は、指令部16から入力されるd軸電流指令値id及びq軸電流指令値iqと、モータ20から入力されるU相交流電流Iu、V相交流電流Iv及びW相交流電流Iwと、位相推定部15から入力される位相θとに基づいて、パルス信号Pu,Pv,Pw,Px,Py,Pzを生成する。パルス信号Pu,Pv,Pw,Px,Py,Pzは、ベクトル制御駆動によってモータ20を駆動するための信号である。詳細は後述するが、ベクトル制御駆動部17は、パルス信号Pu,Pv,Pw,Px,Py,Pzを生成するために、3相2相変換部171と、回転座標変換部172と、減算部173,174と、PI制御部175と、座標・ベクトル変換部176とを有している。
【0024】
ベクトル制御駆動部17の出力には、インバータ部18の入力が接続されている。インバータ部18は、フルブリッジ接続して構成された6個のスイッチング素子(不図示)を有し、ベクトル制御駆動部17から入力されるパルス信号Pu,Pv,Pw,Px,Py,Pzによってこれらのスイッチング素子がパルス幅変調(PWM)制御され、バッテリ80(図1参照)から供給される直流電圧をU相交流電圧Vu,V相交流電圧Vv及びW相交流電圧Vwに変換する。インバータ部18の出力には、モータ20が接続されている。インバータ部18からモータ20に入力されるU相交流電圧Vu,V相交流電圧Vv及びW相交流電圧Vwは、正弦波の電圧波形を有している。モータ20は、U相巻線、V相巻線及びW相巻線(不図示)にU相交流電圧Vu,V相交流電圧Vv及びW相交流電圧Vwが印加されることによって、U相巻線、V相巻線及びW相巻線に流れる3相のU相交流電流Iu、V相交流電流Iv及びW相交流電流Iwの大きさ及び向きに応じて回転動作する。
【0025】
[3.車両の動作]
本実施形態による車両の動作として、鞍乗り型車両1に備えられたモータ制御装置10の動作について図1及び図2を参照しつつ図3を用いて説明する。図3は、モータ制御装置10の動作の流れの一例を示すフローチャートである。モータ制御装置10は、電源が投入される(すなわち電源の電圧値が所定値よりも大きくなる)と、図3に示す処理を開始する。
【0026】
図3に示すように、モータ制御装置10(図2参照)は、動作を開始すると、ステップS11において、最新の電流位相βを取得し、ステップS12の処理に移行する。
【0027】
ステップS12において、第一算出部11(図2参照)は、第一角加速度αiを算出し、ステップS13の処理に移行する。速度演算部111(図2参照)は、モータ20(図2参照)から流れるd軸電流id及びq軸電流iqに基づいてモータ20の回転速度ωiを算出する。より具体的には、速度演算部111は、ベクトル制御駆動部17(図2参照)から入力されるd軸電流id及びq軸電流iqと、インバータ部18(図2参照)から入力されるU相交流電圧Vu、V相交流電圧Vv及びW相交流電圧Vwとを電圧方程式に適用してモータ20の回転速度ωiを算出する。なお、速度演算部111は、U相交流電圧Vu、V相交流電圧Vv及びW相交流電圧Vwを電圧方程式に適用するに当たり、これらの電圧をd軸電圧及びq軸電圧に変換する。微分器112(図2参照)は、速度演算部111から入力される回転速度ωiを時間微分して第一角加速度αiを算出する。
【0028】
ステップS13において、第二算出部12(図2参照)は、第二角加速度ατを算出し、ステップS14の処理に移行する。トルク算出部121(図2参照)は、指令部16(図2参照)から入力されるd軸電流指令値id及びq軸電流指令値iqと、モータ20に設けられたU相巻線、V相巻線及びW相巻線のインダクタンスを変換したd軸巻き線及びq軸巻き線のインダクタンスと、モータ20の極対数とに基づくトルク発生モデルを用いてトルク算出値τを算出する。除算器122(図2参照)は、トルク算出部121から入力されるトルク算出値τを慣性モーメント設計値Jで除算して第二角加速度ατを算出する。
【0029】
ステップS14において、減算部13(図2参照)は、第一算出部11から入力される第一角加速度αiと、第二算出部12から入力される第二角加速度ατとの差分Δαを算出し、ステップS15の処理に移行する。減算部13は、算出した差分Δαを位相修正部14(図2参照)に出力する。
【0030】
ステップS15において、スリップ判定部141(図2参照)は、減算部13から入力される差分Δαが予め設定された閾値の範囲外であるか否かを判定する。
【0031】
実測に基づく第一角加速度αiと計算上の第二角加速度ατとが一致している場合、後輪40はスリップしていない。また、両者が一致していなくても、両者の差が所定範囲内であれば、後輪40がスリップしていないと看做すことができる。閾値αthは、後輪40がスリップしていないと看做すことができる範囲に対応する値に設定され、例えば実験やシミュレーションによって決定される。スリップ判定部141は、後輪40がスリップしていると判定した場合にはスリップ判定信号Ssを電流位相推定部142(図2参照)に出力し、後輪40がスリップしていないと判定した場合にはスリップ判定信号Ssを電流位相推定部142に出力しない。
【0032】
後輪40がスリップする状態では、後輪40が1回転しても、鞍乗り型車両1が後輪40の1周分の距離を進まない。
以下の式(1)は、鞍乗り型車両1の定常走行時の並進運動方程式である。
(Jω+m×r)×dω/dt=τ0 ・・・(1)
式(1)において、「Jω」は後輪40の慣性モーメント、「m」は鞍乗り型車両1の重量、「r」は後輪40の半径、「τ0」はモータ20のトルク、「ω」は後輪40の回転速度である。鞍乗り型車両1の重量mと後輪40の半径rの二乗との積「m×r」によって車軸換算の慣性モーメントが表され、後輪40の慣性モーメントJωと、車軸換算の慣性モーメントとの和によって、鞍乗り型車両1全体の慣性モーメントが表されている。
【0033】
以下の式(2)は、スリップ時の並進運動方程式である。
(Jω+ms×r)×dω/dt=τ0 ・・・(2)
式(2)において、「Jω」は後輪40の慣性モーメント、「ms」はスリップ時の鞍乗り型車両1の見かけ上の重量、「r」は後輪40の半径、「τ0」はモータ20のトルク、「ω」は後輪40の回転速度である。
【0034】
スリップ時の鞍乗り型車両1の見かけ上の重量msは、スリップ率に依存してスリップ前の重量mから変化し、スリップ率が高いほど重量mよりも減少する。このため、式(2)における車軸換算の慣性モーメントは、式(1)における車軸換算の慣性モーメントに対して減少する。これに対し、モータ20のトルクτ0は、スリップの前後で変化しない。このため、後輪40がスリップすると後輪40の角加速度(すなわち、第一角加速度αi)が増加し、後輪40がスリップしていない状態での計算上の第二角加速度ατとの間に差分Δαが生まれる。
【0035】
スリップ判定部141は、第一角加速度αiと第二角加速度ατとの差分Δαが予め設定された閾値の範囲外である場合に後輪40(図1参照)がスリップしていると判定し(ステップS15:YES)、ステップS16の処理に移行する。一方、スリップ判定部141は、差分Δαが予め設定された閾値の範囲外でない場合に後輪40がスリップしていないと判定し(ステップS15:NO)、ステップS17の処理に移行する。閾値をαthとすると、スリップ判定部141は、以下の式(3)を満たさない場合に差分Δαが閾値の範囲外であると判定し、式(3)を満たす場合に差分Δαが閾値の範囲内であると判定する。
-αth<Δα≦αth ・・・(3)
【0036】
ステップS16において、電流位相推定部142は、スリップ判定部141からスリップ判定信号Ssが入力されると、後輪40がスリップしていない状態(以下、「定常状態」と称する場合がある)に戻すために、電圧制限曲線と定電流円との関係からd軸電流id及びq軸電流iqの位相を変化させる。電流位相推定部142は、後輪40を定常状態に戻すことが可能な値にd軸電流id及びq軸電流iqの位相を変化させたら、ステップS17の処理に移行する。
【0037】
ステップS17において、電流位相推定部142は、電圧制限曲線と定電流円との関係から電流位相βを算出し、ステップS18の処理に移行する。ステップS16の次のステップS17の処理では、電流位相推定部142は、ステップS16において修正した位相を電流位相βとして算出する。一方、ステップS15の次のステップS17の処理では、電流位相推定部142は、d軸電流id及びq軸電流iqの位相を変化させずに電圧制限曲線と定電流円との関係から電流位相βを算出する。
【0038】
ステップS18において、モータ制御装置10は、ステップS18において算出された電流位相βを最新の電流位相に設定し、ステップS19の処理に移行する。
【0039】
ステップS19において、位相推定部15(図2参照)は、モータ20の位相θを推定し、ステップS20の処理に移行する。PI制御部151(図2参照)は、減算部13から入力される差分ΔαをPI制御して差分Δαに基づくモータ20の回転速度を算出する。積分器152(図2参照)は、PI制御部151から入力される回転速度を時間積分してモータ20の位相を算出する。乗算器153(図2参照)は、積分器152から入力される位相にモータ20の極対数Npを乗算する。これにより、差分Δαに基づくモータ20の位相θαが算出される。積分器154(図2参照)は、速度演算部111から入力されるモータ20の回転速度ωiを時間積分する。これにより、モータ20の回転速度ωiに基づくモータ20の位相θiが算出される。加算部155(図2参照)は、乗算器153から入力される位相θαと、積分器154から入力される位相θiとを加算して、モータ20の位相の推定値として位相θを算出する。
【0040】
ステップS20において、指令部16は、d軸電流指令値id及びq軸電流指令値iqを生成し、ステップS21の処理に移行する。トルク指令生成部161(図2参照)は、予め設定されているトルク指令マップを参照し、ハンドル50(図1参照)の操作に基づいて入力されるスロットル開度Toと、速度演算部111から入力されるモータ20の回転速度ωiとに基づいて、トルク指令値τを決定する。電流指令生成部162(図2参照)は、トルク指令生成部161から入力されるトルク指令値τと、位相修正部14から入力される電流位相βとに基づいて、d軸電流指令値id及びq軸電流指令値iqを生成する。
【0041】
ステップS21において、ベクトル制御駆動部17は、インバータ部18を制御してベクトル制御駆動によってモータ20を駆動し、ステップS22に移行する。3相2相変換部171(図2参照)は、モータ20から入力される3相のU相交流電流Iu、V相交流電流Iv及びW相交流電流Iwを2相の電流Ia,Ibに変換する。回転座標変換部172(図2参照)は、加算部155から入力されるモータ20の位相θに基づいて、3相2相変換部171から入力される2相の電流Ia,Ibをd軸電流id及びq軸電流iqに変換する。これにより、固定座標における電流Ia,Ibが回転座標におけるd軸電流id及びq軸電流iqに変換される。
【0042】
減算部173(図2参照)は、電流指令生成部162から入力されるd軸電流指令値idから、回転座標変換部172から入力されるd軸電流idを減算する。減算部174(図2参照)は、電流指令生成部162から入力されるq軸電流指令値iqから、回転座標変換部172から入力されるq軸電流iqを減算する。PI制御部175(図2参照)は、減算部173,174のそれぞれから入力される減算結果をPI制御してd軸電圧vd及びq軸電圧vqを生成する。座標・ベクトル変換部176(図2参照)は、加算部155から入力されるモータ20の位相θに基づいて、PI制御部175から入力されて回転座標におけるd軸電圧vd及びq軸電圧vqを、固定座標における電圧に変換した後に空間ベクトル変換し、パルス信号Pu,Pv,Pw,Px,Py,Pzを生成する。
【0043】
インバータ部18は、ベクトル制御駆動部17から入力されるパルス信号Pu,Pv,Pw,Px,Py,Pzによって、6個のスイッチング素子(不図示)を所定の順序及び組合せでスイッチングする。これにより、インバータ部18は、バッテリ80(図1参照)から供給される直流電圧を正弦波のU相交流電圧Vu、V相交流電圧Vv及びW相交流電圧Vwに変換し、モータ20に出力する。モータ20は、インバータ部18から入力されるU相交流電圧Vu、V相交流電圧Vv及びW相交流電圧Vwに基づいて回転動作する。
【0044】
ステップS22において、モータ制御装置10を動作させるための電源がオフ状態であるか否かを判定する。モータ制御装置10に入力される電源の電圧値が所定値よりも低い場合(ステップS22:YES)には、モータ制御装置10は、電源がオフ状態であると判定して動作を終了する。一方、モータ制御装置10に入力される電源の電圧値が所定値以上の場合(ステップS22:NO)には、モータ制御装置10は、電源がオフ状態でないと判定し、ステップS11の処理に戻る。
【0045】
モータ制御装置10は、ステップS11からステップS22の処理を繰り返し実行し、モータ20を流れる電流がd軸電流指令値id及びq軸電流指令値iqに設定されるように(すなわち追従するように)フィードバック制御する。これにより、モータ20の回転速度が所望の速度に近づいていく。位相修正部14は、モータ20を流れる電流がフィードバック制御される際にU相供給電流Isu、V相供給電流Isv及びW相供給電流Iswの位相βを修正する。スリップ判定部141は、このフィードバック制御の際に、車輪速センサを用いずに、第一角加速度αiと第二角加速度ατに基づく後輪40のスリップを判定する。このため、鞍乗り型車両1は、車輪速センサで速度を検出できない極低速領域(例えば5km/h以下の速度領域)でも後輪40のスリップを判定できる。
【0046】
[4.他の実施形態]
上記実施形態では、車両としてスクータ型の鞍乗り型車両1を例にとって説明したが、本開示は、他の形状の鞍乗り型車両や四輪車にも適用できる。
【0047】
上記実施形態では、鞍乗り型車両1は、インバータ部18から出力されるU相交流電圧Vu、V相交流電圧Vv及びW相交流電圧Vwを速度演算部111に入力するように構成されているが、これに限られない。鞍乗り型車両1は、PI制御部175から出力されるd軸電圧vd及びq軸電圧vqを速度演算部111に入力するように構成されていてもよい。
【0048】
上記実施形態では、第二算出部12は、トルク算出部121で算出されたトルク算出値τを慣性モーメント設計値Jで除算するように構成されているが、これに限られない。第二算出部12は、トルク算出部121で算出されたトルク算出値τに外乱トルクの推定値を加算した加算値を慣性モーメント設計値Jで除算するように構成されていてもよい。これにより、差分Δαの算出に当たって外乱トルクの推定値を加味することができる。
【0049】
[5.上記実施形態によりサポートされる構成]
上記実施形態は、以下の構成の具体例である。
【0050】
(構成1)車輪に駆動力を伝達可能なモータを流れる電流に基づいて前記モータの第一角加速度を算出する第一算出部と、前記モータに供給する供給電流を設定する電流指令値に基づいて算出した前記モータのトルク算出値と、車体の慣性モーメントの設計値とに基づいて第二角加速度を算出する第二算出部と、前記第一角加速度及び前記第二角加速度に基づいて前記車輪がスリップしているか否かを判定する判定部とを備える車両。
車両の慣性モーメント(すなわち、車体全体の慣性モーメント)は、車輪の回転速度に依らずスリップ率に依存して変化する。したがって、構成1の車両によれば、車両の慣性モーメントに基づいて算出したモータの角加速度を用いることで、車輪の回転速度の検出値に依らず車輪のスリップ状態を判定できる。したがって、車輪速センサを使用してモータの回転速度を検出できない車両の極低速領域においても、車両のスリップを精度よく判定でき、エネルギー効率の改善に寄与することができる。
【0051】
(構成2)前記判定部は、前記第一角加速度と前記第二角加速度との差分が予め設定された閾値の範囲外である場合に前記車輪がスリップしていると判定する構成1に記載の車両。
構成2の車両によれば、比較的単純な演算でスリップ判定を行うことができるため、車両に備えられたモータ制御装置の演算負荷を低減することができる。
【0052】
(構成3)前記第一算出部は、前記モータから流れる電流に基づいて前記モータの回転速度を算出する速度算出部と、前記回転速度を時間微分して前記第一角加速度を算出する微分器とを有する構成1又は2に記載の車両。
構成3の車両によれば、極低速領域においても車両に設けられた車輪のスリップを精度よく判定できる。
【0053】
(構成4)前記第二算出部は、前記トルク算出値を算出するトルク算出部と、前記トルク算出値を前記設計値で除算して前記第二角加速度を算出する除算器とを有する構成1から3までのいずれか一項に記載の車両。
構成4の車両によれば、電流指令値及び慣性モーメントの設計値に基づいて、車輪のスリップが発生していない状態での計算上のモータの角加速度を算出できる。
【0054】
(構成5)前記判定部を有し、前記判定部での判定結果に基づいて前記供給電流の位相を修正する修正部を備え、前記修正部は、前記モータを流れる電流が前記電流指令値に設定されるようにフィードバック制御される際に前記供給電流の位相を修正する構成1から4までのいずれか一項に記載の車両。
構成5の車両によれば、判定部での判定結果に基づいて、モータへの供給電流の位相を必要に応じて修正できる。
【0055】
(構成6)前記判定部は、前記フィードバック制御の際に前記第一角加速度と前記第二角加速度に基づく前記車輪のスリップを判定する構成5に記載の車両。
構成6の車両によれば、フィードバック制御を繰り返すたびに、車輪のスリップを判定することができる。
【0056】
(構成7)前記第一角加速度と前記第二角加速度との差分に基づく前記モータの位相と、前記モータの回転速度に基づく前記モータの位相とを加算して前記モータの位相を推定する位相推定部を備える構成1から6までのいずれか一項に記載の車両。
構成7の車両によれば、極低速領域においてもモータの位相を推定することができる。
【0057】
(構成8)前記車体は、鞍乗り型の構造を有する構成1から7までのいずれか一項に記載の車両。
構成8の車両によれば、極低速領域においても鞍乗り型車両に設けられた車輪のスリップを精度よく判定できる。
【符号の説明】
【0058】
1…鞍乗り型車両、10…モータ制御装置、11…第一算出部、12…第二算出部、13,173,174…減算部、14…位相修正部、15…位相推定部、16…指令部、17…ベクトル制御駆動部、18…インバータ部、20…モータ、30…前輪、40…後輪、50…ハンドル、60…シート、70…本体部、80…バッテリ、100…車体、111…速度演算部、112…微分器、121…トルク算出部、122…除算器、141…スリップ判定部、142…電流位相推定部、151,175…PI制御部、152,154…積分器、153…乗算器、155…加算部、161…トルク指令生成部、162…電流指令生成部、171…3相2相変換部、172…回転座標変換部、176…座標・ベクトル変換部、700…カバー部、701…ステップフロア、702…フロントボディ、703…リヤボディ、711…フロントフォーク、Ia,Ib…電流、id…d軸電流、iq…q軸電流、Isu…U相供給電流、Isv…V相供給電流、Isw…W相供給電流、Iu…U相交流電流、Iv…V相交流電流、Iw…W相交流電流、J…慣性モーメント設計値、Pu~Pz…パルス信号、Ss…スリップ判定信号、To…スロットル開度、Vu…U相交流電圧、Vv…V相交流電圧、Vw…W相交流電圧、id…d軸電流、id…d軸電流指令値、iq…q軸電流、iq…q軸電流指令値、vd…d軸電圧、vq…q軸電圧、Δα…差分、αi…第一角加速度、αth…閾値、ατ…第二角加速度、β…電流位相、θ,θi,θα…位相、τ…トルク算出値、τ…トルク指令値、ωi…回転速度
図1
図2
図3
【手続補正書】
【提出日】2024-05-23
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪に駆動力を伝達可能なモータを流れる電流に基づいて前記モータの第一角加速度を算出する第一算出部と、
前記モータに供給する供給電流を設定する電流指令値に基づいて算出した前記モータのトルク算出値と、車体の慣性モーメントの設計値とに基づいて第二角加速度を算出する第二算出部と、
前記第一角加速度及び前記第二角加速度に基づいて前記車輪がスリップしているか否かを判定する判定部と
を備え
前記判定部は、前記第一角加速度と前記第二角加速度との差分が予め設定された閾値の範囲外である場合に前記車輪がスリップしていると判定する
車両。
【請求項2】
前記第一算出部は、前記モータから流れる電流に基づいて前記モータの回転速度を算出する速度算出部と、前記回転速度を時間微分して前記第一角加速度を算出する微分器とを有する
請求項1に記載の車両。
【請求項3】
前記第二算出部は、前記トルク算出値を算出するトルク算出部と、前記トルク算出値を前記設計値で除算して前記第二角加速度を算出する除算器とを有する
請求項1に記載の車両。
【請求項4】
前記判定部を有し、前記判定部での判定結果に基づいて前記供給電流の位相を修正する 修正部を備え、
前記修正部は、前記モータを流れる電流が前記電流指令値に設定されるようにフィードバック制御される際に前記供給電流の位相を修正する
請求項1に記載の車両。
【請求項5】
前記判定部は、前記フィードバック制御の際に前記第一角加速度と前記第二角加速度に基づく前記車輪のスリップを判定する
請求項に記載の車両。
【請求項6】
前記第一角加速度と前記第二角加速度との差分に基づく前記モータの位相と、前記モータの回転速度に基づく前記モータの位相とを加算して前記モータの位相を推定する位相推定部を備える
請求項1に記載の車両。
【請求項7】
前記車体は、鞍乗り型の構造を有する
請求項1からまでのいずれか一項に記載の車両。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0007
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0007】
上記目的を達成するための一態様は、車輪に駆動力を伝達可能なモータを流れる電流に基づいて前記モータの第一角加速度を算出する第一算出部と、前記モータに供給する供給電流を設定する電流指令値に基づいて算出した前記モータのトルク算出値と、車体の慣性モーメントの設計値とに基づいて第二角加速度を算出する第二算出部と、前記第一角加速度及び前記第二角加速度に基づいて前記車輪がスリップしているか否かを判定する判定部とを備え、前記判定部は、前記第一角加速度と前記第二角加速度との差分が予め設定された閾値の範囲外である場合に前記車輪がスリップしていると判定する。