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特開2024-132695カチオン選択性イオノフォアを用いてγcサイトカインのシグナル伝達を阻害する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024132695
(43)【公開日】2024-10-01
(54)【発明の名称】カチオン選択性イオノフォアを用いてγcサイトカインのシグナル伝達を阻害する方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/00 20060101AFI20240920BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240920BHJP
   A61K 31/35 20060101ALI20240920BHJP
   A61P 37/02 20060101ALI20240920BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20240920BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P43/00 111
A61K31/35
A61P37/02
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023043568
(22)【出願日】2023-03-17
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 橋渡し研究プログラム「アカデミア発革新的技術を活かした先端医療開発拠点の構築」「イオノフォアのエンドソーム中和作用を利用した高選択性JAK3阻害薬の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】天野 勇治
【テーマコード(参考)】
2G045
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045CB01
2G045DA36
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZB07
4C084ZC41
4C086AA01
4C086AA02
4C086CA02
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB07
4C086ZC41
(57)【要約】
【課題】安全性が高く、JAK3阻害薬と比較して安価なγcサイトカインのシグナル伝達阻害剤及び医薬組成物を提供する。
【解決手段】カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを含有するγcサイトカインのシグナル伝達阻害剤。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを含有するγcサイトカインのシグナル伝達阻害剤。
【請求項2】
前記カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアが、γcサイトカインとγcサイトカイン受容体共通γc鎖とを含む複合体に対するJAK3の結合を阻害する作用を有する、請求項1に記載のγcサイトカインのシグナル伝達阻害剤。
【請求項3】
前記カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアが、モネンシン、ニゲリシン、又はサリノマイシンを含む請求項1に記載γcサイトカインのシグナル伝達阻害剤。
【請求項4】
酸性オルガネラの中和作用を生じせしめる化合物のスクリーニング法であって、
γcサイトカイン、γcサイトカイン受容体、及びJAK3を発現している免疫細胞に、被験物質を投与する工程、及び
γcサイトカインによる細胞増殖又はSTAT分子のリン酸化を抑制する被験物質を選択する工程
を含む方法。
【請求項5】
カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを用いて、JAK3異常活性化を引き起こす体細胞変異を有する造血器腫瘍患者をスクリーニングする方法であって、
造血器腫瘍患者から取得した検体を、前記イオノフォアの存在下で培養する工程、及び
前記検体中の造血器腫瘍細胞の増殖抑制及び/又はSTAT分子のリン酸化の抑制を指標とすることにより、前記検体のJAK3異常活性化の有無を確認する工程
を含む方法。
【請求項6】
カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを有効成分として含有する、γcサイトカインのシグナル伝達を阻害するための医薬組成物。
【請求項7】
カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを有効成分として含有する、自己免疫疾患の予防又は治療のための医薬組成物であって、前記カチオン選択性のキャリアイオノフォアが、γcサイトカインとサイトカイン受容体共通γc鎖の複合体に対するJAK3の結合を阻害する作用を有する、医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、γcサイトカインのシグナル伝達阻害剤、γcサイトカインによる細胞増殖又はSTAT分子のリン酸化の抑制を利用した化合物又は患者のスクリーニング方法、及びγcサイトカインのシグナル伝達を阻害するための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
自己免疫疾患は、リンパ球が自己の細胞又は組織を攻撃することにより発症し、根治療法は存在しない。例えば関節リウマチは人口の0.6~1.0%程度が罹患する自己免疫疾患であり、関節リウマチの治療にはJAK阻害剤が使用されている。既存の抗体医薬品及びJAK阻害薬などのリウマチ治療薬には、全身性の有害事象の発生という安全性の問題や、年150万円/人程度の高いコストがかかるという問題がある。
【0003】
非特許文献1は、強力な新規JAK3選択的阻害剤であるPF-06651600の発見と、酵素アッセイにおけるPF-06651600によるJAK3の不可逆的な阻害、リンパ球におけるPF-06651600によるSTAT3及びSTAT5のリン酸化の阻害、JAK3阻害によるTh1及びTh17 T細胞の分化と機能の阻害について開示している。
【0004】
非特許文献2は、Streptomyces hygroscopicus UFPEDA 3370を発酵し、その発酵バイオマスのメタノール抽出物から精製して得られたニゲリシンの遊離酸が、インビトロでJAK3キナーゼに結合し、選択的なキナーゼ阻害活性を有することについて開示している。
【0005】
特許文献1は、サリノマイシンを有効成分として含む関節炎の予防又は治療のための医薬組成物、及びサリノマイシンによるcyclooxygenase-2(COX-2)の発現阻害による関節軟骨細胞の増殖抑制について開示している。
【0006】
特許文献2は、クロロキン、モネンシン、及びバフィロマイシンが、CpG DNAによるNFkBの活性化と、その後のサイトカイン分泌の増殖並びに誘導とをブロックすることについて開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】韓国出願出願公開第2016009255号
【特許文献2】米国特許第6239116号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】ACS Chem. Biol. 2016, 11, 3442-3451、DOI: 10.1021/acschembio.6b00677
【非特許文献2】Chemico-Biological Interactions 333 (2021) 109316、DOI: 10.1016/j.cbi.2020.109316
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
安全性が高く、JAK3阻害薬と比較して安価なγcサイトカインのシグナル伝達阻害剤及び医薬組成物を提供する必要性が存在する。また、γcサイトカインによる細胞増殖又はSTAT分子のリン酸化の抑制を利用した化合物又は患者のスクリーニング方法を提供する必要性が存在する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下に記載の実施形態を包含する。
項1.
カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを含有するγcサイトカインのシグナル伝達阻害剤。
項2.
前記カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアが、γcサイトカインとγcサイトカイン受容体共通γc鎖とを含む複合体に対するJAK3の結合を阻害する作用を有する、項1に記載のγcサイトカインのシグナル伝達阻害剤。
項3.
前記カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアが、モネンシン、ニゲリシン、又はサリノマイシンを含む項1に記載γcサイトカインのシグナル伝達阻害剤。
項4.
酸性オルガネラの中和作用を生じせしめる化合物のスクリーニング法であって、
γcサイトカイン、γcサイトカイン受容体、及びJAK3を発現している免疫細胞に、被験物質を投与する工程、及び
γcサイトカインによる細胞増殖又はSTAT分子のリン酸化を抑制する被験物質を選択する工程
を含む方法。
項5.
カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを用いて、JAK3異常活性化を引き起こす体細胞変異を有する造血器腫瘍患者をスクリーニングする方法であって、
造血器腫瘍患者から取得した検体を、前記イオノフォアの存在下で培養する工程、及び
前記検体中の造血器腫瘍細胞の増殖抑制及び/又はSTAT分子のリン酸化の抑制を指標とすることにより、前記検体のJAK3異常活性化の有無を確認する工程
を含む方法。
項6.
カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを有効成分として含有する、γcサイトカインのシグナル伝達を阻害するための医薬組成物。
項7.
カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを有効成分として含有する、自己免疫疾患の予防又は治療のための医薬組成物であって、前記カチオン選択性のキャリアイオノフォアが、γcサイトカインとγcサイトカイン受容体共通γc鎖の複合体に対するJAK3の結合を阻害する作用を有する、医薬組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、安全性が高く、JAK3阻害薬と比較して安価なγcサイトカインのシグナル伝達阻害剤及び医薬組成物を提供することができる。また、γcサイトカインによる細胞増殖又はSTAT分子のリン酸化の抑制を利用した化合物又は患者のスクリーニング方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】γcサイトカインを介したシグナル伝達の活性化の説明図。
図2】カチオン選択性のキャリアイオノフォアの作用の説明図。
図3】JAK3を介したγcサイトカインシグナル活性化制御の模式図。
図4】(A) JAK3を介するシグナルの阻害、(B)JAK3非依存性シグナルの阻害。CQ:クロロキン、Mon:モネンシン、AC:塩化アンモニウム。
図5】各種エンドソーム中和薬の添加による細胞増殖の阻害実験。(A)-(C)クロロキン。(D)-(F)塩化アンモニウム。(G)-(I)モネンシン。(J)-(L)ニゲリシン。(M)-(O)サリノマイシン。γcサイトカインはそれぞれIL-2(上段)、IL-4(中段)、及びIL-7(下段)。
図6】エンドソーム中和薬による濃度依存的なIL-2誘導性STAT5リン酸化の阻害。(A)クロロキン、(B) モネンシン、(C) 塩化アンモニウム、(D)ニゲリシン、(E)サリノマイシン。
図7】エンドソーム中和薬による受容体複合体へのJAK1及び/又はJAK3の結合の阻害。(上段)γcに結合するタンパク質の量、(下段)各タンパク質の細胞内総発現量。
図8】(A)pH7.4, pH6.0, pH5.5でそれぞれ分離した3つの細胞画分(各、細胞質、膜)における各種タンパク質の発現。(B)pH6.0で分離した膜画分を密度勾配で分画したゲル中の各タンパク質の発現。
図9】(A) JAK1欠損細胞におけるJAK3の受容体複合体への結合(B)JAK3欠損細胞におけるJAK1の受容体複合体への結合又はJAK1の受容体複合体への結合におけるJAK3要求性の検証。Control: TPA-MAT細胞、JAK1 KD:JAK1をノックダウンしたTPA-MAT細胞、JAK3 KD:JAK3をノックダウンしたTPA-MAT細胞、(上段)γcに結合するタンパク質の量、(下段)各タンパク質の細胞内総発現量。
図10】受容体複合体へのJAK1/3の動員を介したγcサイトカイン活性化制御機構を説明する模式図。
図11】(A)マウスへの投薬スケジュール、(B)関節炎の発症率(%)、(C)関節炎の重症度スコアの平均。
図12】組織染色写真(左上)健常マウス、(右上)CIAマウス、緩衝液投与、(左下)CIAマウス、トファシチニブ投与、(右下)CIAマウス、モネンシン投与。
図13】(A)各群の体重1g当たり脾臓重量。(B)各群のCD4陽性細胞中のIFNγ陽性細胞の数の割合(%)、(C)各群のCD4陽性細胞中のIL-4陽性細胞の数の割合(%)、(D)各群のCD4陽性細胞中のIL-17陽性細胞の数の割合(%)、(E)各群のCD4陽性細胞中のCD25陽性FOXP3陽性細胞の数の割合(%)*は、p<0.05、**は、p<0.01、ダネットの多重比較検定。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において、単数形は、本明細書で別途明示がある場合又は文脈上明らかに矛盾する場合を除き、単数と複数を含むものとする。
【0014】
本明細書において、「含有する(comprise)」は、「実質的にのみからなる(consist essentially of)」、及び「のみからなる(consist of)」も包含する概念である。
【0015】
本明細書において、「γcサイトカイン」とは、γc-JAK3-STATの共通の細胞内シグナル伝達系を活性化するサイトカインを指し、IL(インターロイキン、以下同様)-2、IL-4、IL-7、IL-9、IL-15及びIL-21が含まれる。
【0016】
本明細書において、「イオノフォア」とは、生体膜において、特定のイオンの透過性を増加させる能力を有する脂溶性分子を指す。
【0017】
本明細書において、ポリエーテル系のイオノフォアとは、一分子内にエーテル結合を2つ以上有するイオノフォアを指す。
【0018】
クロロキン及びヒドロキシクロロキンは約70年にわたり自己免疫疾患治療薬として使用され、関節リウマチの治療にも長年使用されている薬剤である。これらの薬剤は、免疫細胞を選択的に抑制し、全身性の副作用が少なく、感染症のリスクを増加させないという利点を有する。クロロキン及びヒドロキシクロロキンは、酸性オルガネラであるエンドソームやリソソームの内部のpHを上昇させるエンドソーム中和薬であり、オルガネラの内部に蓄積すること、オートファジーを介した炎症性サイトカインの産生を抑制することが知られている。(Nature Review Rheumatology Volume 16, March 2020, 155-166)。
【0019】
【化1】
ヤヌスキナーゼ(JAK)の中でも、JAK3は免疫細胞のみに発現し、リンパ球の機能に必須であり、リウマチ治療薬の標的分子として最有力である。従前のキナーゼ阻害薬は、キナーゼ間で高度に保存されたキナーゼドメインを作用標的としており、JAK3を特異的に阻害することは困難であった。
【0020】
図1は、γcサイトカインを介したシグナル伝達(JAK-STAT依存性サイトカインシグナル伝達、JAK-STAT経路とも言う)を説明する図である。γcサイトカイン 1としては、IL-2、IL-4、IL-7、IL-9、IL-15及びIL-21が挙げられる。γcサイトカイン受容体 2は、γcサイトカイン受容体サブユニット 2aとγcサイトカイン受容体共通サブユニットγc 2bとを有する。γcサイトカイン受容体サブユニット 2aとしてはIL-2Rβ、IL-4Rα、IL-7Rα、IL-9Rα、IL-21Rが挙げられる。γcサイトカイン受容体共通サブユニットγc 2bは、共通γc鎖とも言い、γcサイトカイン1の共通の受容体サブユニットである。JAK1 4はγサイトカイン受容体サブユニット 2aに結合し、JAK3 3はγcサイトカイン受容体共通サブユニットγc 2bに結合する。
【0021】
γcサイトカイン 1が細胞表面上の受容体であるγcサイトカイン受容体 2に結合すると、γcサイトカイン受容体 2に結合しているJAK(例えばJAK3 3、JAK1 4)が活性化し、γcサイトカイン受容体 2とJAKがリン酸化される(図の「P」はリン酸化を示す)。リン酸化されたサイトカイン受容体 2にはシグナル伝達兼転写活性化因子(STAT)に対応する結合部位が生じ、JAKによってリン酸化されたSTAT 5はダイマーを形成し、核内へ移行することでサイトカインに関連する標的遺伝子の転写制御を行う。γcサイトカインシグナルは免疫細胞に限定して作用し、リンパ球の分化、増殖、及び活性化等を引き起こす。このγcサイトカインを介したシグナル伝達は、炎症に関する複数の経路が経由する収束点であるため、γcサイトカインシグナルの活性化により、炎症が起こり得る。
【0022】
本発明者は、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアが、エンドソームの中和薬として作用し、γcサイトカインシグナル伝達(γc-JAK3-STATの共通の細胞内シグナル伝達系)を阻害することを見出した。
【0023】
図2は、カチオン選択性のポリエーテル系のイオノフォア 6を示す。本発明のイオノフォア6は特にはキャリアイオノフォアである。キャリアイオノフォアとは、特定のイオンと結合し、生体膜を通過することで該イオンを通過させるイオノフォアを指す。生体膜の内外へのカチオンの交換輸送を行うイオノフォア 6は、通常、エンドソーム 7の内外を移動可能である。
【0024】
カチオン選択性とは、プロトン及び/又はプロトン以外の陽イオンに選択的に結合することを指し、プロトン以外の陽イオンとしては、Na、Kなどの一価の金属陽イオン、Ca2+などの二価の金属陽イオンなどが挙げられる。
【0025】
カチオン選択性のポリエーテル系のイオノフォア 6としては、モネンシン、ニゲリシン、サリノマイシン、ラサロシド、マデュラマイシンなどが挙げられるが、これらに限定されない。これらの化合物は哺乳細胞中の酸性オルガネラを中和する作用を有する。これらの化合物は従来家畜の飼料添加物として使用されており、安全性が高い。また、これらの化合物は放線菌により産生することができる天然の化合物であるため、抗体医薬や、キナーゼ阻害薬であるJAK阻害剤と比較して生産コストも低い。カチオン選択性のポリエーテル系のイオノフォア6は、公知の方法により合成することもできるし、市販品を利用してもよい。
【0026】
【化2】
図3に示すように、(i)通常環境下では、エンドソーム内のpHは酸性(~6.0)に維持され、JAK3は酸性pH下で生体膜と結合しており、JAK3はエンドソームに局在する。この状態では、上記に説明したように、γcサイトカインがγcサイトカイン受容体に結合すると、JAK3、JAK1、及びSTATのリン酸化を始めとするγサイトカインシグナルの活性化が起こり、炎症が起こり得る。
【0027】
他方、(ii)カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアの投与下では、エンドソームの内外へのカチオン交換輸送が生じ、エンドソームの内部が中性化される。すると、JAK3は細胞質中へ遊離し、γcサイトカインシグナルが生じないか、又は抑制される。これにより、炎症が抑制される。
【0028】
発明者は、細胞アッセイにおいて、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアが、クロロキンよりも高選択的にγcサイトカイン依存性の細胞増殖を抑制することを見出した。JAK3のエンドソーム局在化阻害を介したγcサイトカインシグナル活性化の阻害は重要な新規作用メカニズムである。本発明のカチオン選択性のポリエーテル系のイオノフォアは、γcサイトカインのシグナル伝達阻害剤又は自己免疫疾患の治療薬として作用し得る。
【0029】
一態様において、本発明は、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを含有するγcサイトカインのシグナル伝達阻害剤を提供する。
【0030】
好ましくは、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアは、γcサイトカインとγcサイトカイン受容体共通γc鎖とを含む複合体に対するJAK3の結合を阻害するための有効成分であり、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアが、γcサイトカインとγcサイトカイン受容体共通γc鎖とを含む複合体に対するJAK3の結合を阻害する作用を有する。
【0031】
好ましくは、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアは、キャリアイオノフォアである。好ましくは、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアが、モネンシン、ニゲリシン、又はサリノマイシンを含む。
【0032】
別の態様において、本発明は、酸性オルガネラの中和作用を生じせしめる化合物のスクリーニング方法であって、
γcサイトカイン、γcサイトカイン受容体、及びJAK3を発現している免疫細胞に、被験物質を投与する工程、及び
γcサイトカインによる細胞増殖又はSTAT分子のリン酸化を抑制する被験物質を選択する工程
を含む方法を提供する。
【0033】
γcサイトカインによる免疫細胞の増殖を抑制するか、又は免疫細胞におけるSTAT分子のリン酸化を抑制する被験物質は、オルガネラの中和作用を生じせしめる化合物の候補であり、オルガネラの中和作用を生じせしめる化合物である可能性が高い。
【0034】
免疫細胞としては、単球、リンパ球、好酸球、好塩基球、好中球、マクロファージ、樹状細胞などが挙げられる。リンパ球としては、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー(NK)細胞などが挙げられる。
【0035】
一つの実施形態において、γcサイトカインによる細胞増殖又はSTAT分子のリン酸化を抑制するを選択する工程は、被験物質を投与しなかった場合と比較して、被験物質を投与した場合に、γcサイトカインによる免疫細胞の増殖又は免疫細胞におけるSTAT分子のリン酸化が抑制されている場合に、当該被験物質をγcサイトカインシグナルを選択的に阻害する化合物として選択することを含む。
【0036】
一つの実施形態において、上記スクリーニング方法は、TLR7及びTLR9などのToll様受容体に阻害効果を有する化合物の選別に使用することができる。
【0037】
別の実施形態において、上記スクリーニング方法はMHC(主要組織適合性複合体)抗原提示を阻害する化合物の選別に使用することができる。
【0038】
別の実施形態において、上記スクリーニング方法はオートファジー阻害効果を有する化合物の選別に使用することができる。オートファジー阻害効果を有する化合物は、抗がん剤であってよく、上記スクリーニング方法はオートファジー阻害を作用機序とした抗がん剤のスクリーニング方法となり得る。
【0039】
別の態様において、本発明は、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを用いて、JAK3異常活性化を引き起こす体細胞変異を有する造血器腫瘍患者をスクリーニングする方法であって、
造血器腫瘍患者から取得した検体を、前記イオノフォアの存在下で培養する工程、及び
前記検体中の造血器腫瘍細胞の増殖抑制及び/又はSTAT分子のリン酸化の抑制を指標とすることにより、前記検体のJAK3異常活性化の有無を確認する工程
を含む方法を提供する。
【0040】
JAK familyの異常活性化は様々な造血器腫瘍の発症に深く関与しており、新たな治療標的となっている(参考文献:https://doi.org/10.3390/cancers13040800)。T細胞急性リンパ性白血病において、癌性変異を持つJAK3の異常活性化にはγc鎖が必要であることが知られている(参考文献:https://doi.org/10.1182/blood-2014-04-566687、図3)。
【0041】
今回、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアはγc鎖とJAK3の結合を阻害することでγcサイトカインにより誘導されるSTAT分子のリン酸化及び細胞増殖を阻害することが明らかになった。γc鎖とJAK3の結合は、JAK3遺伝子の体細胞変異を有する造血器腫瘍で生じるJAK3の異常活性化、STAT分子の恒常的リン酸化、それに伴う細胞増殖においても必須な過程である。それ故、カチオン選択性のポリエーテルイオノフォア存在下で患者細胞を培養し、STAT分子のリン酸化量及び増殖抑制作用を評価することで、JAK3異常活性化を引き起こす体細胞変異を有する造血器腫瘍患者をスクリーニングすることができる。
【0042】
従って、現状では、治療薬の選択指標として用いられているがん遺伝子パネル検査には約1か月かかるにもかかわらず、今回の造血器腫瘍患者を探索する方法は、リン酸化の阻害であれば1日程度、造血器腫瘍細胞の増殖阻害であっても数日で結果が得られ、早期診断及び当該診断による適切な早期治療に資するものである。
【0043】
造血器腫瘍患者から取得した検体は、体液又は組織であってもよい。体液としては、血液(例えば全血)、血球、血清、血漿、リンパ液、骨髄液などが挙げられる。組織としては、骨髄、その他の臓器の血管などが挙げられる。
【0044】
一つの実施形態において、前記検体のJAK3異常活性化の有無を確認する工程は、造血器腫瘍患者から取得した検体をイオノフォアの存在下で培養した場合において、造血器腫瘍患者から取得した検体をイオノフォアの不存在下で培養した場合よりも検体中の造血器腫瘍細胞の増殖及び/又はSTAT分子のリン酸化が抑制されている場合に、検体のJAK3異常活性化が生じているか又は生じている可能性が高いと確認することを含む。検体をイオノフォアの存在下で培養した場合においてイオノフォアの不存在下で培養した場合よりも検体中の造血器腫瘍細胞の増殖及び/又はSTAT分子のリン酸化が抑制されている場合、造血器腫瘍患者が、JAK3異常活性化を引き起こす体細胞性変異を有する造血器腫瘍患者である可能性が高いことを示す。
【0045】
一つの実施形態において、前記検体のJAK3異常活性化の有無を確認する工程は、造血器腫瘍患者から取得した検体をイオノフォアの存在下で培養した場合において、基準値(例えば、(1)健常者から取得した検体をイオノフォアの存在下で培養した場合のイオノフォアの不在下で培養した場合に対する検体中の造血器腫瘍細胞の増殖及び/又はSTAT分子のリン酸化の抑制の程度又は(2)健常者から取得した検体における前記造血器腫瘍細胞の増殖及び/又はSTAT分子のリン酸化の抑制の程度と、JAK3異常活性化を引き起こす体細胞性変異を有する造血器腫瘍患者における前記造血器腫瘍細胞の増殖及び/又はSTAT分子のリン酸化の抑制の程度とを切り分けるカットオフ値)よりも、イオノフォアの不在下で培養した場合に対する検体中の造血器腫瘍細胞の増殖及び/又はSTAT分子のリン酸化が抑制されている場合に、検体のJAK3異常活性化が生じているか又は生じている可能性が高いと確認することを含む。造血器腫瘍患者から取得した検体をイオノフォアの存在下で培養した場合において基準値よりも造血器腫瘍細胞の増殖及び/又はSTAT分子のリン酸化が抑制されている場合、造血器腫瘍患者が、JAK3異常活性化を引き起こす体細胞性変異を有する造血器腫瘍患者である可能性が高いことを示す。
【0046】
別の態様において、本発明は、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを有効成分として含有する、γcサイトカインのシグナル伝達を阻害するための医薬組成物を提供する。
【0047】
上記医薬組成物は、哺乳動物、哺乳動物の組織、又は哺乳動物の細胞に投与することができる。哺乳動物としては、ヒト、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、サル、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ヒツジ、ウマなどが挙げられる。
【0048】
好ましくは、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアは、キャリアイオノフォアである。好ましくは、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアが、モネンシン、ニゲリシン、又はサリノマイシンを含む。
【0049】
一つの実施形態において、上記医薬組成物は、免疫細胞におけるγcサイトカインのシグナル伝達を阻害するための医薬組成物である。免疫細胞としては、単球、リンパ球、好酸球、好塩基球、好中球、マクロファージ、樹状細胞などが挙げられる。リンパ球としては、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー(NK)細胞などが挙げられる。
【0050】
上記医薬組成物は、任意選択で、薬学的担体を含有し、各種の投与形態を取り得る。
【0051】
薬学的担体は、製剤素材として慣用の各種有機或いは無機担体物質が用いられ、固形製剤における賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤;液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤等として配合される。また、任意選択で防腐剤、抗酸化剤、甘味剤、安定化剤等の製剤添加物を用いることもできる。
【0052】
医薬組成物の投与形態としては、例えば、経口剤(例えば錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、トローチ剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤など)、注射剤(例えば皮下注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤、点滴剤など)、外用剤(例えば経皮吸収製剤(軟膏剤、貼付剤など)、点眼剤、点鼻剤、坐剤など)等が挙げられる。これらの投与形態は、各々当業者に公知慣用の製剤方法により製造できる。
【0053】
経口用固形製剤を調製する場合は、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアに、賦形剤、任意選択で、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味又は矯臭剤等を加えた後、常法により錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等を製造することができる。
【0054】
賦形剤としては、炭酸カルシウム、カオリン、炭酸水素ナトリウム、乳糖、D - マンニトール、澱粉類、結晶セルロース、タルク、グラニュー糖、多孔性物質等が挙げられる。
【0055】
結合剤としては、水、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、ブドウ糖、デキストリン、α-デンプン、ゼラチン、D-マンニトール、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。
【0056】
崩壊剤としては、乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、クロスポビドン、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、部分アルファ化澱粉等が挙げられる。
【0057】
滑沢剤としては、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、澱粉、安息香酸ナトリウム等が挙げられる。
【0058】
着色剤としては、タール色素、カラメル、三二酸化鉄、酸化チタン、リボフラビン類等が挙げられる。
【0059】
矯味又は矯臭剤としては白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等が挙げられる。
【0060】
経口用液体製剤を調製する場合は、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアに矯味剤、緩衝剤、安定化剤、矯臭剤等を加えて常法により内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤等を製造することができる。この場合矯味又は矯臭剤としては、前記に挙げられたものでよく、緩衝剤としては、クエン酸ナトリウム等が、安定化剤としては、トラガント、アラビアゴム、ゼラチン等が挙げられる。
【0061】
注射剤を調製する場合は、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアにpH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤等を添加し、常法により皮下、筋肉内及び静脈内用注射剤を製造することができる。この場合のpH調節剤及び緩衝剤としては、クエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等が挙げられる。安定化剤としては、ピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA、チオグリコール酸、チオ乳酸等が挙げられる。局所麻酔剤としては、塩酸プロカイン、塩酸リドカイン等が挙げられる。等張化剤としては、塩化ナトリウム、ブドウ糖、D-マンニトール、グリセリン等が挙げられる。
【0062】
外用剤を調製する場合は、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアに、基剤原料を添加し、必要に応じて、乳化剤、安定化剤、pH調整剤、防腐剤、抗酸化剤、着色剤等を加えて、常法により、経皮吸収製剤、点眼剤、点鼻剤、坐剤等を製造することができる。使用する基剤原料としては、例えば医薬品、医薬部外品等に通常使用される各種原料を用いることが可能である。具体的には、例えば動植物油、鉱物油、エステル油、ワックス類、高級アルコール類、脂肪酸類、シリコン油、界面活性剤、リン脂質類、アルコール類、多価アルコール類、水溶性高分子類、粘土鉱物類、精製水等の原料を挙げることができる。
【0063】
また、上記投与形態を有する医薬組成物中のカチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアの1日あたりの投与量は、対象の症状、体重、年齢、性別等によって異なり一概には決定できないが、通常成人(体重50kg)1日あたり約1mg~5000mg程度であり、これを1日1回又は2~3回程度に分けて投与するのが好ましい。
【0064】
別の態様において、本発明は、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを有効成分として含有する、自己免疫疾患の予防又は治療のための医薬組成物であって、前記カチオン選択性のキャリアイオノフォアが、γcサイトカインとγcサイトカイン受容体共通γc鎖の複合体に対するJAK3の結合を阻害する作用を有する、医薬組成物を提供する。
【0065】
自己免疫疾患としては、例えば、全身性エリテマトーデス、皮膚筋炎、尋常性乾癬、多発性筋炎、バセドウ病、関節リウマチ、橋本甲状腺炎、血管炎、アジソン病、乾癬、シェーグレン症候群、ベーチェット病、全身性強皮症、糸球体腎炎、自己免疫性肝炎、自己免疫性膵炎等が挙げられる。
【0066】
上記医薬組成物は、哺乳動物、哺乳動物由来の組織、又は哺乳動物由来の細胞に投与することができる。哺乳動物としては、ヒト、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、サル、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ヒツジ、ウマ等が挙げられる。一つの実施形態では、哺乳動物は、自己免疫疾患に罹患している哺乳動物である。哺乳動物由来の組織は、哺乳動物より採取した組織であり得る。哺乳動物由来の細胞は、哺乳動物より採取した単離細胞又は哺乳動物の培養細胞であり得る。細胞は好ましくは免疫細胞である。
【0067】
好ましくは、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアは、キャリアイオノフォアである。好ましくは、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアが、モネンシン、ニゲリシン、又はサリノマイシンを含む。
【0068】
一つの実施形態において、上記医薬組成物は、免疫細胞におけるγcサイトカインのシグナル伝達を阻害するための医薬組成物である。免疫細胞としては、単球、リンパ球、好酸球、好塩基球、好中球、マクロファージ、樹状細胞などが挙げられる。リンパ球としては、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー(NK)細胞などが挙げられる。
【0069】
上記医薬組成物は、任意選択で、薬学的担体を含有し、各種の投与形態を取り得る。薬学的担体及び投与形態については上記に説明した通りである。
【0070】
また、上記投与形態を有する医薬組成物中のカチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアの1日あたりの投与量は、対象の症状、体重、年齢、性別等によって異なり一概には決定できないが、通常成人(体重50kg)1日あたり約1mg~5000mg程度であり、これを1日1回又は2~3回程度に分けて投与するのが好ましい。
【0071】
別の態様において、本発明は、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを哺乳動物、哺乳動物由来の組織、又は哺乳動物由来の細胞に投与することを含む、γcサイトカインのシグナル伝達を阻害する方法を提供する。
【0072】
哺乳動物としては、ヒト、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、サル、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ヒツジ、ウマ等が挙げられる。一つの実施形態では、哺乳動物は、自己免疫疾患に罹患している哺乳動物である。一つの実施形態では、哺乳動物はヒトである。別の実施形態では、哺乳動物は非ヒト哺乳動物である。哺乳動物由来の組織は、哺乳動物より採取した組織であり得る。哺乳動物由来の細胞は、哺乳動物より採取した単離細胞又は哺乳動物の培養細胞であり得る。細胞は好ましくは免疫細胞である。
【0073】
好ましくは、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアは、キャリアイオノフォアである。好ましくは、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアが、モネンシン、ニゲリシン、又はサリノマイシンを含む。
【0074】
別の態様において、本発明は、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアを哺乳動物に投与し、それによりγcサイトカインのシグナル伝達を阻害することを含む、自己免疫疾患を予防又は治療する方法を提供する。
【0075】
哺乳動物としては、ヒト、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、サル、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ヒツジ、ウマ等が挙げられる。一つの実施形態では、哺乳動物は、自己免疫疾患に罹患している哺乳動物である。一つの実施形態では、哺乳動物はヒトである。別の実施形態では、哺乳動物は非ヒト哺乳動物である。γcサイトカインのシグナル伝達を阻害は、好ましくは免疫細胞におけるγcサイトカインのシグナル伝達の阻害である。
【0076】
好ましくは、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアは、キャリアイオノフォアである。好ましくは、カチオン選択性のポリエーテル系イオノフォアが、モネンシン、ニゲリシン、又はサリノマイシンを含む。
【0077】
本明細書中に引用されているすべての特許出願及び文献の開示は、それらの全体が参照により本明細書に組み込まれるものとする。
【0078】
以下の実施例は、例示のみを意図したものであり、何ら本発明の技術的範囲を限定することを意図するものではない。特に断らない限り、試薬は、市販されているか、又は当技術分野で慣用の手法、公知文献の手順に従って入手又は調製する。
【実施例0079】
実施例1
ヒト末梢血単核球を0.02%メタノール(Vehicle)、 80μMクロロキン(CQ)、1nMモネンシン(Mon)、50mM塩化アンモニウム(AC)の各々の存在下で1時間前培養を行った後、それぞれのサイトカインで30分間刺激し、下流のSTAT分子のリン酸化を確認した。
図4(A)に示す通り、γcサイトカインであるIL-2、IL-7、IL-15刺激によって誘導されるSTAT分子のリン酸化は、エンドソーム中和薬により一貫して阻害された。一方、図4(B)に示す通り、エンドソーム中和薬はシグナル活性化にJAK3を必要としないIL-6、IL-10、IFNα、IFNγ刺激によって誘導されるSTAT分子のリン酸化に影響しなかった。 このように、エンドソーム中和薬はγcサイトカインシグナルを選択的に阻害することが示された。
【0080】
実施例2
BaF-B03_IL2Rβ、BA/F3_IL4Rα、BA/F3_IL7Rαは、それぞれhuman IL-2、IL-4、IL-7応答能を獲得したmouse IL-3依存性増殖を示す細胞株BaF-B03、BA/F3に由来する形質導入細胞株である。これら細胞を図5(A)-(O)に示した濃度のエンドソーム中和薬 (クロロキン: 5-160μM (A-C)、モネンシン: 1.6nM-5μM (D-F)、塩化アンモニウム: 1.56-50mM(G-I)、ニゲリシン: 100pM-10μM (J-L)、 サリノマイシン: 1.6nM-5μM (M-O))存在下で、IL-3(上段、中段、下段)あるいはIL-2 (上段)、IL-4 (中段)、IL-7 (下段) を用いて24時間刺激した。
図5(A)-(O)は、各エンドソーム中和薬がサイトカイン依存性の細胞増殖に及ぼす影響を、ミトコンドリア脱水素酵素活性を指標に数値化し、得られた用量反応曲線を示している。全てのエンドソーム中和薬は、γcサイトカイン依存性の細胞増殖をIL-3依存性の細胞増殖と比較して、低濃度で抑制した。つまり、エンドソーム中和薬はγcサイトカインシグナル依存的な細胞増殖を、選択的に抑制した。
【0081】
実施例3
IL-2応答性の細胞株であるTPA-MATを図6(A)-(E)に示した濃度のエンドソーム中和薬 (クロロキン: 5-80μM、モネンシン: 5nM-1μM、塩化アンモニウム: 3.13-50mM、ニゲリシン: 5nM-5μM 又はサリノマイシン: 5nM-5μM)存在下で1時間前培養を行った後、IL-2で10分間刺激しSTAT5のリン酸化を確認した。
図6(A)-(E)に示すように、いずれのエンドソーム中和薬も、濃度が高いほどSTAT5のリン酸化を強く抑制した。このように、エンドソーム中和薬は濃度依存的にγcサイトカインシグナルを抑制することが示された。
【0082】
実施例4
IL-2応答性の細胞株であるTPA-MATを0.02%メタノール(Vehicle)、80μMクロロキン(CQ)、1μMモネンシン(Mon)、50mM塩化アンモニウム(AC) の各々の存在下で1時間前培養を行った後、IL-2で10分間刺激した。細胞は1%NP-40を含む細胞溶解液で溶解した後、抗γc抗体及びProtein-G磁気ビーズと共に4℃で一晩培養し、免疫共沈降法によってγc鎖及びそれに結合するタンパク質の分離を行った。分離したタンパク質の存在量を、イムノブロット法によりそれぞれの分子に親和性を持つ抗体を用いて検出した。
図7はイムノブロットのメンブレンの写真である。上段はγc鎖の共沈物を示している。IL-2刺激によってJAK1、JAK3、IL2Rβのγc鎖との結合が確認される(vehicle)。一方、エンドソーム中和薬存在下ではγc鎖のIL2Rβとの結合は確認されるが、JAK1、JAK3との結合は見られない(CQ,Mon,AC)。下段は細胞内全体でのそれぞれの分子存在量を示している。エンドソーム中和薬はJAK1、JAK3、IL-2Rβの存在量に影響しないことが確認出来る。これら結果から、エンドソーム中和薬はγc鎖とIL2Rβからなる受容体コンプレックス(複合体)へのJAK1、JAK3の結合を阻害することが明らかとなった。
【0083】
実施例5
IL-2依存性の細胞増殖を示すTPA-MATを各pH(pH7.4(左), pH6.0(中), pH5.5(右))に調整した細胞破砕バッファーに懸濁し、26ゲージの注射針を数回通過させて細胞を破砕した。細胞破砕液は400g遠心分離により非破砕細胞を除去した後、1,000g遠心分離による沈殿物(Nuclei)、100,000g遠心分離による沈殿物(Membrane)、100,000g遠心後の上清(Cytosol)に分離した(図8 (A))。さらにpH6.0で得られた膜画分を密度勾配遠心分離によって分離した(図8 (B))。
図8(A)は各画分でのそれぞれの分子の存在量を示している。TfR, GAPDH, LaminB1はそれぞれ膜画分、細胞質画分、核画分のマーカーである。JAK1、JAK2、TYK2はpHに関わらずほとんどが膜画分に見られるのに対し、JAK3は酸性pH依存的にエンドソーム膜に局在することが知られるHrs及びEEA1と同様に、中性pH下では細胞質中に見られ(pH7.4)、酸性 pH下では膜画分に確認された(pH6.0, pH5.5)。この結果から、JAK3が酸性pH依存的に細胞膜に結合することが明らかとなった。
図8 (B)は、pH6.0で得られた膜画分をさらに密度勾配遠心分離によって分離した結果である。JAK3はHrs及びEEA1が存在する分画に確認されること、さらにその分離パターンがHrsと酷似することが確認された。この結果から、JAK3が結合している細胞膜がエンドソーム膜であることが明らかとなった。これら図8(A),(B)の結果から、JAK3は酸性pH依存的にエンドソーム膜に結合することが明らかとなった。
【0084】
実施例6
TPA-MAT細胞(control)及びJAK1, JAK3をそれぞれノックダウンしたTPA-MAT細胞 (JAK1 KD (A), JAK3 KD(B))を10分間IL-2で刺激した。細胞は1%NP-40を含む細胞溶解液で溶解した後、抗γc抗体及びProtein-G磁気ビーズと共に4℃で一晩培養し、免疫共沈降法によってγc鎖及びそれに結合するタンパク質の分離を行った。分離したタンパク質の存在量を、イムノブロット法によりそれぞれの分子に親和性を持つ抗体を用いて検出した。
イムノブロット法のメンブレンの写真を図9(A)及び(B)に示す。それぞれの図の上段はγc鎖の共沈物を示している。JAK1の欠失はJAK3と受容体コンプレックスの結合に影響しない(図9(A))。一方、JAK3の欠失によってJAK1の受容体コンプレックスへの結合は阻害される(図9(B))。それぞれの図の下段は細胞内全体でのそれぞれの分子存在量を示している。JAK1の欠失はJAK3の発現量に影響を及ぼさない(図9(A))。同様にJAK3の欠失もまたJAK1の発現量に影響しない(図9(B))。これらの結果から、JAK1の受容体コンプレックスへの結合にはJAK3が必要であることが明らかとなった。
【0085】
図10は、受容体複合体へのJAK1/3の動員を介したγcサイトカイン活性化制御機構の模式図である。まず、γcサイトカインは細胞膜上で受容体コンプレックスを形成する(1)。この段階でJAKは受容体コンプレックスと結合しない。次に、受容体コンプレックスはエンドサイトーシスでエンドソームに運ばれた後、エンドソーム膜に局在するJAK3と結合する(2)。本実施例で実証されたように、エンドソーム中和薬により、JAK3がエンドソーム膜から解離すると、このステップが阻害される。次に、JAK3が結合した受容体コンプレックスにJAK1が結合する(3)。それにより、活性型のシグナルコンプレックスが形成され、シグナルの活性化が生じる。
【0086】
実施例7
コラーゲン誘導性関節炎(CIA)マウスを用いてモネンシンによる抗炎症効果を検証した。関節炎は8週齢のマウスに、牛II型コラーゲンを含むエマルジョンを0日目及び19日目に皮下注射することで誘導した(図11(A))。19日目より週に3度生理食塩水(vehicle)、25mg/kg トファシチニブ(Tofacitinib)、及び1mg/kg モネンシン(Monensin)の各々を各マウス群(健常コントロールはn=5、他の各群はn=8)に腹腔内投与し、関節炎の抑制効果を確認した。関節炎の抑制効果の評価は、四肢に対して、以下の基準で関節炎の重症度を週に3回確認しスコア化することにより行った。
1) 0ポイント: 紅斑及び腫脹の徴候なし、
2) 1ポイント: 足根骨又は足首関節に限定された紅斑及び軽度の腫脹、
3) 2ポイント: 足首から足根骨まで広がる紅斑及び軽度の腫脹、
4) 3ポイント: 足首から中足骨関節まで広がる紅斑及び中等度の腫脹、
5) 4ポイント: 紅斑及び重度な腫脹が足全体に及ぶ、又は強直が見られる。(最大16ポイント)。
【0087】
全てのマウスは40日目に安楽死させた。図11(B)に、薬剤投与による関節炎の発症抑制効果を示す。モネンシン投与群ではvehicle群と比較して関節炎誘導後の関節炎の発症が遅く、モネンシン投与は関節炎治療薬であるトファシチニブと同様にコラーゲン誘導性の関節炎の発症を遅らせた。図11(C)は、薬剤投与による関節炎の重症化抑制効果を示す。モネンシンはトファシチニブと同程度に、コラーゲン誘導性関節炎の亢進を抑制した。
【0088】
図12は、40日目に安楽死させたマウス足首関節のHE染色像を示す。無治療のマウス(vehicle)は、重度の関節腔への炎症細胞浸潤、骨破壊が認められる(右上)。トファシチニブ(左下)及びモネンシン(右下)を投与したマウス(Tofacitinib, Monensin)は関節腔への炎症細胞の浸潤は見られるものの軽度であり、骨破壊も見られない。これら結果は、モネンシンがトファシチニブ同様にコラーゲン誘導性関節炎の亢進を抑制することを示している。
【0089】
図13(A)は、40日目に安楽死させたマウスの脾臓重量を計測し、各治療群の体重当たりの脾臓重量を示す。トファシチニブ及びモネンシン投与は、コラーゲン誘導性関節炎によって生じる脾肥大を抑制した。この結果はモネンシンがトファシチニブ同様に免疫抑制作用を有することを示す。図13(B-E)は、脾細胞のT細胞サブセットをフローサイトメトリーにより解析した結果を示す。図13(B)、(C)、及び(D)は、各群の脾細胞をin vitroで刺激しサイトカイン産生を誘導した後、CD4陽性細胞中のサイトカイン IFNγ(Th1)、IL-4 (Th2)、及びIL-17 (Th17)の産生細胞の割合をフローサイトメトリーによって検出した結果を示す。トファシチニブ投与群はTh1細胞及びTh17細胞の割合が、無治療群(vehicle)と比較して少ないのに対し、モネンシン投与群はTh17細胞のみが顕著に少ないことが明らかとなった。この結果から、モネンシンはTh17細胞を強力に抑制することが明らかとなった。図13(E)は、各群の脾細胞をフローサイトメトリーによって解析した、CD4陽性細胞中のCD25陽性Foxp3陽性細胞(Treg)の割合を示す。各治療によって各群のTreg細胞の割合に違いは見られなかった。
【0090】
以上の結果から、モネンシンがTh17細胞を強力かつ選択に抑制することでコラーゲン誘導性関節炎の発症及び重症化を抑えることが明らかとなった。これはクロロキンでの報告と一致しており、モネンシンがクロロキン同様、感染症発生リスクを増加させない自己免疫疾患治療薬となる可能性が見出された。
図1
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図7
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図10
図11
図12
図13