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特開2024-13277パラジウム錯体、それからなる水分子に対する還元触媒前駆体、及びそれを含む触媒システム
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  • 特開-パラジウム錯体、それからなる水分子に対する還元触媒前駆体、及びそれを含む触媒システム 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024013277
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】パラジウム錯体、それからなる水分子に対する還元触媒前駆体、及びそれを含む触媒システム
(51)【国際特許分類】
   B01J 31/22 20060101AFI20240125BHJP
   C01B 3/04 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
B01J31/22 M
C01B3/04 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022115229
(22)【出願日】2022-07-20
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載年月日:令和4年7月18日、掲載アドレス:https://chemistry-europe.onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/ejic.202200259
(71)【出願人】
【識別番号】592218300
【氏名又は名称】学校法人神奈川大学
(74)【代理人】
【識別番号】100151183
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 伸哉
(72)【発明者】
【氏名】川本 達也
(72)【発明者】
【氏名】山西 克典
(72)【発明者】
【氏名】井上 哲
【テーマコード(参考)】
4G169
【Fターム(参考)】
4G169AA06
4G169BA27B
4G169BA28A
4G169BA28B
4G169BA48A
4G169BC72A
4G169BC72B
4G169BC74B
4G169BE01A
4G169BE01B
4G169BE08A
4G169BE08B
4G169BE13A
4G169BE13B
4G169BE16B
4G169BE21A
4G169BE21B
4G169BE34B
4G169BE37A
4G169BE37B
4G169BE38A
4G169BE38B
4G169CB81
4G169CC33
(57)【要約】      (修正有)
【課題】光増感剤及び犠牲剤と組み合わせて用いたときに光照射により水から水素を生成させることができ、かつターンオーバー数の大きな触媒活性種を与えることのできる化学種、及びそれを用いた触媒システムを提供すること。
【解決手段】下記一般式(1)で表す二核パラジウム触媒を触媒前駆体として用いればよい。この化学種は、結晶状態において、略平面構造をとる2つの2-フェニルベンゾチアゾール配位子が互いに逆向きに対向したクラムシェル(二枚貝)型の構造をとり、これから生成した触媒活性種は、水から水素を発生させる触媒として高い活性を備える。下記一般式(1)にて、Lは、置換基を有してもよい芳香環が2-位に結合した、さらなる置換基を有してもよいベンゾチアゾールであり、Rは、1乃至複数の水素原子がハロゲン原子に置換されてもよい炭素数1~8のアルキル基である。
[Pd(L)(μ-RCOO)]・・・(1)
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表す二核パラジウム錯体。

[Pd(L)(μ-RCOO)] ・・・・(1)

(上記一般式(1)中、Lは、置換基を有してもよい芳香環が2-位に結合した、さらなる置換基を有してもよいベンゾチアゾールであり、Rは、1乃至複数の水素原子がハロゲン原子に置換されてもよい炭素数1~8のアルキル基である。)
【請求項2】
一般式(1)におけるLが、略平面構造をとることを特徴とする請求項1記載の二核パラジウム錯体。
【請求項3】
結晶状態において、2つのLがシェルとなるクラムシェル構造をとることを特徴とする請求項2記載の二核パラジウム錯体。
【請求項4】
Lが、2-フェニルベンゾチアゾールである請求項2記載の二核パラジウム錯体。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項記載の二核パラジウム錯体からなることを特徴とする、水分子に対する還元触媒前駆体。
【請求項6】
請求項5記載の還元触媒前駆体、光増感剤、犠牲剤及び親水溶媒を含むことを特徴とする、光照射によって水から水素を生成するための触媒システム。
【請求項7】
前記触媒システムに含まれる親水溶媒の比誘電率がテトラヒドロフラン以下であることを特徴とする請求項6記載の触媒システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パラジウム錯体、それからなる水分子に対する還元触媒前駆体、及びそれを含む触媒システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
これまでの化石エネルギーに依存した、環境負荷の大きな社会構造を転換すべく、水素エネルギー社会の実現に向けた検討が盛んに進められている。周知のように、水素は、自動車等の移動体のための燃料としての用途や、電気エネルギーを取り出す燃料電池のための燃料としての用途等が知られている。これらの用途における化学反応は、水素分子と酸素分子とを反応させて水を生成しながら各種のエネルギーを取り出すものであり、二酸化炭素を排出しないことから、その化学反応を生じさせる水素は、環境負荷の小さなクリーンエネルギーであるとされる。
【0003】
このように、クリーンエネルギーとされる水素だが、その生産プロセスは必ずしもクリーンではないことも多い。現状、大規模生産される水素は、例えば化石燃料の改質の際に副生するものを回収したり、火力発電によって得た電気エネルギーを用いて水を電気分解したりして得たものであることが多い。これらの生産プロセスでは二酸化炭素の排出を伴うので、こうした生産プロセスで得た水素をグレー水素と呼ぶこともある。一方で、再生可能エネルギーを電気エネルギーに変換し、これを水の電気分解に利用した場合等のように、二酸化炭素を排出しない又は排出しないものと見なせる生産プロセスで得た水素はグリーン水素と呼ばれ、グレー水素と区別されている。これらのうち、環境面でより好ましいのはいうまでもなくグリーン水素である。
【0004】
グリーン水素を安定して供給するための検討は、未だ初期段階ということもできる。これらの中で有望なものとしては、無限に得られる太陽光のエネルギーを用いるものを挙げることができる。その例としては、ソーラーパネルにより太陽光の光エネルギーを電気エネルギーに変換してこれを水の電気分解に用いるものや、半導体等からなる光触媒を用いて太陽光の光エネルギーにより直接水の分解を行うものや、可視光を吸収して励起する化学種を用いてこれに電子伝達剤や水素生成触媒等を組み合わせた反応系を用いて光照射により水の還元を行うもの等を挙げられる。前二者は、水素とともに酸素を発生させるためこれらを分離する過程が必要になる一方で、最後に挙げたものは水素のみを発生させるので都合がよい。
【0005】
このような反応系として、例えば非特許文献1~3等に挙げたものが知られている。しかしながら、これらの系では触媒1分子が行う物質変換量(TON;ターンオーバー数)が、非特許文献1の系で46、非特許文献2の系で63、非特許文献3の系で~5000程度等であり改善の余地があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】K.Sakai et al.,Chem.Eur.J.,2011,17,1148.
【非特許文献2】S.Bernhard et al.,Chem.Eur.J.,2007,13,8726.
【非特許文献3】S.Bernhard et al.,Inorg.Chem.,2008,47,10378.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上の状況に鑑みてなされたものであり、光増感剤及び犠牲剤と組み合わせて用いたときに光照射により水から水素を生成させることができ、かつターンオーバー数の大きな触媒活性種を与えることのできる化学種、及びそれを用いた触媒システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記の課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、2核のパラジウム錯体であって、2つのパラジウム原子間をカルボキシラート架橋配位子が配位するとともに、2-位に芳香環が結合したベンゾチアゾールがそれぞれのパラジウム原子に配位した錯体化合物が、水分子を還元して水素を発生させる反応における優れた触媒活性種を与えることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0009】
(1)本発明は、下記一般式(1)で表す二核パラジウム錯体である。

[Pd(L)(μ-RCOO)] ・・・・(1)

(上記一般式(1)中、Lは、置換基を有してもよい芳香環が2-位に結合した、さらなる置換基を有してもよいベンゾチアゾールであり、Rは、1乃至複数の水素原子がハロゲン原子に置換されてもよい炭素数1~8のアルキル基である。)
【0010】
(2)また本発明は、一般式(1)におけるLが、略平面構造をとることを特徴とする(1)項記載の二核パラジウム錯体である。
【0011】
(3)また本発明は、結晶状態において、2つのLがシェルとなるクラムシェル構造をとることを特徴とする(1)項又は(2)項記載の二核パラジウム錯体である。
【0012】
(4)また本発明は、Lが、2-フェニルベンゾチアゾールである(1)項~(3)項のいずれか1項記載の二核パラジウム錯体である。
【0013】
(5)本発明は、(1)項~(4)項のいずれか1項記載の二核パラジウム錯体からなることを特徴とする、水分子に対する還元触媒前駆体でもある。
【0014】
(6)本発明は、(5)項記載の還元触媒前駆体、光増感剤、犠牲剤及び親水溶媒を含むことを特徴とする、光照射によって水から水素を生成するための触媒システムでもある。
【0015】
(7)また本発明は、上記触媒システムに含まれる親水溶媒の比誘電率がテトラヒドロフラン以下であることを特徴とする請求項6記載の触媒システムでもある。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、光増感剤及び犠牲剤と組み合わせて用いたときに光照射により水から水素を生成させることができ、かつターンオーバー数の大きな触媒活性種を与えることのできる化学種、及びそれを用いた触媒システムが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1(a)は、本発明の二核パラジウム錯体の一例を表すORTEP図であり、上側がこの錯体を側面から観察した画像であり、下側がこの錯体に含まれる2つのPdが重なるように垂直に観察した画像である。図1(b)は、図1(a)と同じ化合物について、図1(a)とは異なる結晶形態をとったときのORTEP図である。
図2図2は、化合物1~4のそれぞれについて、水素生成試験を行った際の時間経過に伴う水素生成量を表すプロットであり、左軸は、水素生成量(μmol)を表し、右軸は、触媒回転数(ターンオーバー数;TON)を表す。
図3図3は、溶媒としてテトラヒドロフラン(THF)、アセトニトリル(CHCN)又はジメチルホルムアミド(DMF)を用いて、化合物4について水素生成試験を行った際の時間経過に伴う水素生成量を表すプロットであり、左軸は、水素生成量(μmol)を表し、右軸は、触媒回転数(ターンオーバー数;TON)を表す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の二核パラジウム錯体の一実施形態、水分子に対する還元触媒前駆体の一実施形態、及びそれを用いた触媒システムの一実施形態について説明する。なお、本発明は以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の範囲において適宜変更を加えて実施することができる。
【0019】
<二核パラジウム錯体>
まずは、本発明の二核パラジウム錯体について説明する。本発明の二核パラジウム錯体は、下記一般式(1)で表す化合物である。

[Pd(L)(μ-RCOO)] ・・・・(1)
【0020】
上記一般式(1)中、Lは、置換基を有してもよい芳香環が2-位に結合した、さらなる置換基を有してもよいベンゾチアゾールであり、Rは、1乃至複数の水素原子がハロゲン原子に置換されてもよい炭素数1~8のアルキル基である。まずは、この二核錯体の概要を説明するために、Lとして2-フェニルベンゾチアゾールが選択され、Rとしてメチル基が選択された場合を例に挙げて、下記にその立体的な化学式を示す。なお、この化学式は、上記一般式(1)を理解するために挙げた一例であり、本発明は何らこれに限定されるものではない。
【0021】
【化1】
【0022】
上記化学式に示すように、この二核パラジウム錯体は、2個のPd(II)が2つのカルボキシラート配位子で互いに架橋配位され、かつそれぞれのPd(II)に2-フェニルベンゾチアゾールが配位した構造を備える。2つの2-フェニルベンゾチアゾール配位子は、いずれも略平面構造を備え、ベンゾチアゾール環の窒素原子とフェニル基の炭素原子により、1つのPd(II)へそれぞれ配位している。このため、各Pd(II)は、平面四配位構造をとることになる。また、この二核パラジウム錯体の結晶構造解析の結果、2つのPd(II)間の距離は、ファンデルワールス半径よりも小さく、ゆえに2つのPd(II)は、やや共有結合に近い結合をしていると考えられる。
【0023】
この二核パラジウム錯体の結晶構造解析により得られたORTEP(Oak Ridge Thermal Ellipsoid Program)図を図1に示す。図1(a)は、本発明の二核パラジウム錯体の一例を表すORTEP図であり、上側がこの錯体を側面から観察した画像であり、下側がこの錯体に含まれる2つのPdが重なるように垂直に観察した画像である。図1(b)は、図1(a)と同じ化合物について、図1(a)とは異なる結晶形態をとったときのORTEP図である。
【0024】
図1及び上記化学式に示すように、この二核パラジウム錯体は、結晶状態において、略平面構造をとる2つの2-フェニルベンゾチアゾール配位子が互いに逆向きに対向したクラムシェル(二枚貝)型の構造をとる。このクラムシェル型の構造において、2つの2-フェニルベンゾチアゾール配位子がそれぞれシェルとなる。
【0025】
上記の例で示すように、本発明の二核パラジウム錯体は、結晶状態において、2つのPd原子が2つのμ-RCOO架橋配位子により架橋配位され、また一般式(1)における2つのLがシェルとなるクラムシェル型構造をとる。この二核パラジウム錯体は、後述するように、光照射により水分子を分解して水素を取り出す触媒システムにおいて、水分子を還元する触媒活性種の前駆体となる。この二核パラジウム錯体は、他の同様の反応系と同じく、上記触媒システムにおいてPd(0)に還元されて触媒活性種であるPdナノ粒子となり、触媒システムに含まれる他の化学種から電子を受け取ることで水分子を還元する。このように本発明の二核パラジウム錯体は、触媒活性種に変換されるとその錯体構造が壊れてPd(0)ナノ粒子になるが、興味深いことに、この触媒活性種の活性は、もとの錯体の構造に依存する。この点、本発明の二核パラジウム錯体から生成した触媒活性種は、他の錯体から生成した触媒活性種よりも高いターンオーバー数(TON)を示す点で優れたものとなる。
【0026】
上記一般式(1)におけるLは、置換基を有してもよい芳香環が2-位に結合した、さらなる置換基を有してもよいベンゾチアゾールである。「さらなる置換基を有してもよい」とは、このベンゾチアゾール環が、2-位に存在する置換基(すなわち置換基を有してもよい芳香環)に加えてさらに置換基を有してもよいとの意味である。このLは、Pd(II)に配位する配位子となり、略平面構造をとる。このベンゾチアゾールは、下記一般式(2)で表すことができる。
【0027】
【化2】
【0028】
一般式(2)において、Arで表す環構造は、置換基を有してもよい芳香環である。このような置換基としては、炭素数1~6のアルキル基若しくはアルケニル基、炭素数1~6のアルコキシ基、アリール基、アミノ基、アミド基、ハロゲン原子等が挙げられる。これらの中でも電子供与性基が好ましく挙げられ、そのような観点からは、炭素数1~6のアルキル基若しくはアルケニル基、炭素数1~6のアルコキシ基、アミノ基等が挙げられる。
【0029】
上記一般式(2)において、nは、0~4の整数であり、各Rは、それぞれ独立に一価の有機基であり、このような有機基としては、炭素数1~6のアルキル基若しくはアルケニル基、炭素数1~6のアルコキシ基、アリール基、アミノ基、アミド基、ハロゲン原子等が挙げられる。これらの有機基の中でも、電子供与性基が好ましく挙げられ、そのような観点からは、炭素数1~6のアルキル基若しくはアルケニル基、炭素数1~6のアルコキシ基、アミノ基等が挙げられる。
【0030】
一般式(2)においてArで表す芳香環としては、フェニル基、ナフチル基、シクロペンタジエニド基、チエニル基等が挙げられる。これらの中でもフェニル基が好ましく挙げられる。
【0031】
上記一般式(2)の好ましい例として、下記一般式(2a)で表すものを挙げることができる。
【0032】
【化3】
【0033】
上記一般式(2a)中、n及び各Rは上記一般式(2)におけるものと同様であり、mは0~5の整数であり、各Rは、それぞれ独立にRと同様である。なお、mは、0~4の整数であることが好ましい。
【0034】
上記一般式(2a)のさらに好ましい例として、下記化学式(2b)で表す2-フェニルベンゾチアゾールを挙げることができる。
【0035】
【化4】
【0036】
上記一般式(1)におけるRは、1乃至複数の水素原子がハロゲン原子に置換されてもよい炭素数1~8のアルキル基である。このようなRとしては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、オクチル基、トリフルオロメチル基、パーフルオロエチル基、パーフルオロプロピル基等を挙げることができる。これらの中でも、触媒活性種の活性を高めることができる点からメチル基が好ましく挙げられる。
【0037】
上記一般式(1)で表す二核パラジウム錯体を調製する方法としては、酢酸パラジウム(II)のようなパラジウム化合物を酢酸やプロピオン酸等のカルボン酸中で、上記一般式(2)で表す化合物と反応させることを挙げられる。例えば、上記一般式(2)で表す化合物が2-フェニルベンゾチアゾールである場合、これと酢酸パラジウム(II)とを酢酸中で60℃程度に加温して6時間程度反応させればよい。得られた反応混合物を1晩程度静置すると二核パラジウム錯体の固体が析出するので、これを回収し、ヘキサン等の溶媒で洗浄すれば本発明の二核パラジウム錯体を得ることができる。
【0038】
<水分子に対する還元触媒前駆体>
上記本発明の二核パラジウム錯体からなることを特徴とする、水分子に対する還元触媒前駆体(以下、単に還元触媒前駆体とも呼ぶ。)もまた本発明の一つである。本発明の還元触媒前駆体は、光照射により水分子を分解して水素を取り出す触媒システムにおいて、水分子を還元する触媒活性種の前駆体となる。この二核パラジウム錯体は、他の同様の反応系と同じく、上記触媒システムにおいてPd(0)に還元されて触媒活性種であるPdナノ粒子となり、触媒システムに含まれる他の化学種から電子を受け取ることで水分子を還元する。
【0039】
本発明の還元触媒前駆体が与える触媒活性種は、他のパラジウム錯体から生成した触媒活性種よりも高いターンオーバー数(TON)を示す点で優れたものとなる。
【0040】
<触媒システム>
次に、本発明の触媒システムについて説明する。本発明の触媒システムは、上記本発明の二核パラジウム錯体である還元触媒前駆体と、光増感剤と、犠牲剤と、親水溶媒とを含むことを特徴とする。本発明の触媒システムは、水が供給されて光照射を受けることにより、その水を還元して水素を生成する。水を還元するための電子は、犠牲剤より供給されるため、本発明の触媒システムでは酸素を副生しない。このため、本発明の触媒システムによれば、他の水素製造プロセスで生じがちな、水素と酸素を分離する工程が不要になる。
【0041】
まずは、本発明の触媒システムの概要を説明するために、一実施形態を例に挙げて下記に図示する。下記の図では、光増感剤としてイリジウムのビスフェニルピリジン・ビピリジン錯体[Ir(ppy)(bpy)]を用い、犠牲剤としてトリエチルアミン(TEA)を用いた例を挙げているが、本発明はこの例に何ら限定されるものではない。
【0042】
【化5】
【0043】
本発明の触媒システムでは、まず、光照射を受けた光増感剤が励起し、励起した光増感剤が犠牲剤であるトリエチルアミンから電子を奪う。この電子が触媒活性種である還元触媒に受け渡され、還元触媒は、水を還元して水素を発生させると考えられる。この一連の反応が生じる前に、上記本発明の二核パラジウム錯体は、還元されてPd(0)のナノ粒子に変換され、触媒活性種となる。したがって、本発明の触媒システムは、Pd(0)のナノ粒子がコロイドとして存在する懸濁液中で水を還元して水素を生成する。なお、この反応を生じるための触媒活性種は、上記の通りPd(0)のナノ粒子(コロイド粒子)だが、これが上記本発明の二核パラジウム錯体(すなわち還元触媒前駆体)より生じることにより、より活性の高いものになることは既に述べた通りである。以下、本発明の触媒システムの各構成要素について説明する。
【0044】
既に述べたように、本発明の触媒システムは、還元触媒前駆体、光増感剤、犠牲剤及び親水溶媒を含むことを特徴とする
【0045】
還元触媒前駆体は、上記本発明の二核パラジウム錯体である。還元触媒前駆体は、上記の通り、触媒システム中において還元を受けてPd(0)に変換されることで触媒活性種となる。本発明の二核パラジウム触媒については既に説明した通りなので、ここでの説明を省略する。
【0046】
光増感剤は、光照射を受けることで励起し、犠牲剤から電子を奪うとともに、その電子を触媒活性種に受け渡すことで水の分解反応を進行させる。光増感剤としては、紫外光を受けて励起するものであってもよいし、可視光を受けて励起するものであってもよい。これらのうち、可視光を受けて励起するものであることを好ましく挙げることができる。
【0047】
光増感剤は、イリジウムやルテニウムの錯体化合物であることを好ましく挙げることができる。この場合の配位子としては、ビピリジンや2-フェニルピリジンが好ましく挙げられる。これらの中でも、イリジウムに2分子の2-フェニルピリジンと1分子のビピリジンが配位した[Ir(ppy)(bpy)]、すなわち上記の図で示したものを好ましく挙げることができる。
【0048】
犠牲剤は、励起した光増感剤に電子を与えて酸化される化合物である。このため、犠牲剤としては容易に酸化を受ける化合物が選択される。このような化合物としては、トリエタノールアミン、トリエチルアミン等のようなアミン化合物や、アスコルビン酸のような抗酸化剤等を挙げることができる。
【0049】
親水溶媒は、本発明の触媒システムを構成する上記の各化合物を溶解させ、かつ水と混和することでこれらの各化合物の近傍へ水を供給する役割を持つ。親水溶媒は、水と混和可能な非プロトン性の溶媒が好ましく挙げられる。このような親水溶媒としては、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドン等を好ましく挙げることができる。これらの親水溶媒の中でも、還元触媒(触媒活性種)の活性をより高めることが可能であるとの点から、その比誘電率がテトラヒドロフラン以下であるものを好ましく挙げることができる。例えば、上記で挙げた各溶媒の中では、テトラヒドロフランが最も好ましい。
【0050】
本発明の触媒システムでは、上記の還元触媒前駆体、光増感剤、犠牲剤及び親水溶媒を溶解させ、これに水を供給して光照射することで、還元触媒前駆体が触媒活性種に変換され、水の還元反応に伴う水素の発生が開始される。本発明の触媒システムによれば、触媒のターンオーバー数(TON)を18時間で18000程度まで到達させることも可能であり、高い効率で水から水素を生成することが可能になる。
【実施例0051】
以下、実施例を示すことにより本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0052】
・[PdII(2-フェニルベンゾチアゾール)(μ-CHCOO)](化合物1)の合成
【化6】
【0053】
2-フェニルベンゾチアゾールの酢酸溶液(20mL)に、1当量の酢酸パラジウム(II)を添加し、室温で15分間撹拌した。得られた褐色の懸濁液を60℃で6時間反応させた後、この反応溶液を一晩静置することで固体が析出した。この固体を濾別し、ヘキサンで洗浄することで、2種類の結晶が得られた。一方は黄色結晶として得られ(収率21.6%)、他方は橙色結晶として得られた(収率18.8%)。両者は、結晶状態が異なるものの、化合物としては同一のものである。これらの結晶構造解析の結果、前者は、結晶中で図1(a)のORTEP図で示す構造を示し、後者は、結晶中で図1(b)のORTEP図で示す構造を示した。化合物1の各物性データは次の通りである。
【0054】
H NMR(400MHz,CDCl):δ 2.33(s,3H),6.19(t,1H),6.45(t,1H),6.58(d,1H),6.90(d,1H),7.24(CDCl溶媒のピークと重なっていた),7.33(t,1H),7.51(d,1H),7.93(d,1H).
13C NMR(151MHz,CDCl):δ 181.7,175.8,149.7,147.8,138.9,131.3,130.2,128.2,126.8,125.1,123.6,123.5,121.7,121.5,25.0.
IR(KBr,cm-1):3096,3052,3001,2920,2879,1563,1413,1344,1298,1275,1157,1078,1018,991,747,713,687,439.
UV-vis(THF):λmax[nm](ε[M-1cm-1]):325(21600),376(9640),412(5820),462(1640).
元素分析(%):calcd. for C3022Pd(751.48):C47.95;H2.95;N3.73;Found:C47.91;H2.73;N3.74.
【0055】
・[PdII(2-フェニルベンゾチアゾール)(μ-CCOO)](化合物2)の合成
【化7】
【0056】
2-フェニルベンゾチアゾール(0.191g、0.903mmol)のプロピオン酸溶液(20mL)に酢酸パラジウム(0.201g、0.896mmol)を添加し、室温で5分間撹拌した。得られた褐色の懸濁液を60℃で6時間反応させた後、この反応溶液を8日間静置することで赤褐色の固体が析出した。この固体を濾別し、ヘキサンで洗浄後、減圧乾燥することで化合物2を得た(収量0.300g、0.385mmol、収率85.7%)。化合物2の各物性データは次の通りである。
【0057】
H NMR(400MHz,CDCl):δ 1.32(t,3H),2.57(q,2H),6.19(t,1H),6.43(t,1H),6.57(d,1H),6.89(d,1H),7.24,7.30(CDCl溶媒のピークと重なっていた),7.51(d,1H),7.94(d,1H).
13C NMR(151MHz,CDCl):δ 184.6,175.7,149.7,147.9,138.9,131.1,130.2,128.1,126.6,125.0,123.54,123.45,126.61,121.57,31.6,10.9.
IR(KBr,cm-1):3056,2971,2933,2877,1563,1412,1370,1299,1276,1076,993,751,713,680,460.
UV-vis (THF):λmax[nm](ε[M-1cm-1]):313(30400),370(11000),396(6680),456(1090).
元素分析(%):calcd. for C3226Pd(779.53):C49.31;H3.36;N3.59;Found:C49.29;H2.99;N3.64.
【0058】
・[PdII(2-フェニルベンゾチアゾール)(μ-CCOO)](化合物3)の合成
【化8】
【0059】
化合物1(0.101g、0.134mmol)の酪酸溶液(5mL)を75℃で1時間撹拌した。これを室温まで冷却した後、橙色の析出物を濾別してヘキサンで洗浄し、減圧乾燥することで化合物3を得た(収量0.0594g、73.6μmol、収率54.9%)。化合物3の各物性データは次の通りである。
【0060】
H NMR(400MHz,CDCl):δ 1.07(m,3H),1.84(m,2H),2.53(t,2H),6.19(t,1H),6.43(t,1H),6.58(d,1H),6.89(d,1H),7.23(CDCl溶媒のピークと重なっていた),7.29(CDCl溶媒のピークと重なっていた),7.51(d,1H),7.93(d,1H).
13C NMR(151MHz,CDCl):δ 183.9,175.69,149.7,147.9,138.8,131.3,130.2,128.1,126.7,124.9,123.5,123.4,121.6,121.5,40.3,19.9,14.1.
IR (KBr,cm-1):3058,2960,2870,1564,1437,1409,1310,1276,1019,992,752,715,671,440.
UV-vis(THF):λmax[nm](ε[M-1cm-1]):319(18300),371(8070),400(5320),453(1370).
元素分析(%):calcd for C3430Pd(807.58):C50.57;H3.74;N3.74;Found:C50.64;H3.63;N3.47.
【0061】
・[PdII(2-フェニルベンゾチアゾール)(μ-CFCOO)](化合物4)の合成
【化9】
【0062】
化合物1(0.362g、0.420mmol)のテトラヒドロフラン溶液(20mL)を60℃で5分間撹拌した後、この溶液にトリフルオロ酢酸(10mL)を加え、さらに60℃で30分間撹拌した。これを室温まで冷却した後、褐色の析出物を濾別してヘキサンで洗浄し、減圧乾燥することで化合物4を得た(収量0.211g、0.245mmol、収率58.3%)。化合物4の各物性データは次の通りである。
【0063】
H NMR(400MHz,CDCl):δ 6.20(t,1H),6.42(d,1H),6.50(t,1H),6.93(d,1H),7.30(CDCl溶媒のピークと重なっていた),7.37(t,1H),7.55(d,1H),7.70(d,1H).
13C NMR(151MHz,CDCl):δ 175.8,166.5,140.0,145.2,138.5,130.1,129.8,128.7,127.4,125.6,124.5,123.9,122.0,120.7.
13C NMR(151MHz,CDCN):δ 178.3,160.7,149.6,145.9,140.0,133.8,130.64,130.55,127.8,126.2,126.0,125.6,123.0,120.2.
IR(KBr,cm-1):3018,3065,3005,2873,1162,1575,1442,1202,1150,993,851,790,750,715,455.
UV-vis(THF):λmax[nm](ε[M-1cm-1]):315(24800),371(10400),395(6880).
元素分析(%):calcd for C3016Pd(859.43):C41.93;H1.88;N3.26;Found:C41.91;H4.90;N3.23.
【0064】
[水素生成試験1]
オートガスサンプラーを装着した閉鎖循環系内にて水素生成試験を行った。水素生成試験において、光照射は、波長400nm超のロングパスフィルターを備えたキセノンランプ(Ushio Optical ModuleX 500W)により行った。また、生成した水素の定量は、モレキュラーシーブス5Aを充填したステンレスカラムと熱伝導検出器を備えたガスクロマトグラフ(株式会社島津製作所製、GC-8A)により行った。試験溶液は、化合物1~4のいずれかの2核パラジウム錯体(5.0μM)及び0.50mMの光増感剤([Ir(ppy](bpy))PF)をテトラヒドロフラン/水/トリエチルアミン混合溶媒(8.5:1.0:0.5、v/v/v)に溶解したものとした。この溶液をシュレンク管内で凍結脱気した後、グローブボックス中で光反応セルに収容し、このセルを閉鎖循環系にセットした。系内をアルゴンガスでパージし、500Torrのアルゴンガスを充填した。反応溶液を撹拌しながら、25℃にて18時間、上記キセノンランプを照射した。反応中は、1時間毎に上記ガスクロマトグラフを用いて生成した水素の定量を行った。その結果を図2に示す。図2は、化合物1~4のそれぞれについて、水素生成試験を行った際の時間経過に伴う水素生成量を表すプロットであり、左軸は、水素生成量(μmol)を表し、右軸は、触媒回転数(ターンオーバー数;TON)を表す。
【0065】
図2に示すように、化合物1~4のいずれも、16時間で14000TON以上の触媒回転数を示し、本発明の2核パラジウム錯体が優れた触媒活性種を与えることがわかる。
【0066】
[水素生成試験2]
上記反応系に含まれる溶媒の影響を調べるために、化合物4の二核パラジウム錯体を用いて、溶媒をテトラヒドロフラン、アセトニトリル又はジメチルホルムアミドに変更して上記と同様の手順で試験を行った。その結果を図3に示す。図3は、溶媒としてテトラヒドロフラン(THF)、アセトニトリル(CHCN)又はジメチルホルムアミド(DMF)を用いて、化合物4について水素生成試験を行った際の時間経過に伴う水素生成量を表すプロットであり、左軸は、水素生成量(μmol)を表し、右軸は、触媒回転数(ターンオーバー数;TON)を表す。
【0067】
図3に示すように、テトラヒドロフランが最も水素発生量が多かった一方で、アセトニトリルやジメチルホルムアミドでは水素発生量がそれよりも劣る結果となった。このことから、反応系に含まれる溶媒の極性が低いほど水素発生量が多くなると考えられ、比誘電率がテトラヒドロフラン以下の溶媒を用いることが好ましいと理解される。
図1
図2
図3