(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024133048
(43)【公開日】2024-10-01
(54)【発明の名称】汚損物質量算出装置および汚損物質量算出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 5/02 20060101AFI20240920BHJP
G01N 17/04 20060101ALN20240920BHJP
【FI】
G01N5/02 A
G01N17/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024042904
(22)【出願日】2024-03-18
(31)【優先権主張番号】P 2023042652
(32)【優先日】2023-03-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(71)【出願人】
【識別番号】598076591
【氏名又は名称】東芝インフラシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】茶円 豊
(72)【発明者】
【氏名】長 広明
(72)【発明者】
【氏名】原口 智
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 広崇
(72)【発明者】
【氏名】水出 隆
【テーマコード(参考)】
2G050
【Fターム(参考)】
2G050AA07
2G050BA01
2G050CA04
2G050EA10
2G050EB02
(57)【要約】
【課題】本発明が解決しようとする課題は、汚損物質の付着量を精度よく測定することができる汚損物質量算出装置および汚損物質量算出方法を提供することである。
【解決手段】汚損物質量算出装置は、汚損物質検出センサを用いてイオン性物質である汚損物質の量を算出する。第1水晶振動子と第2水晶振動子とは、イオン化傾向が異なる電極対を持つ。汚損物質量算出装置は、第1水晶振動子と前記第2水晶振動子の周波数差分と汚損物質の量との関係を規定する第1検量線関数に基づいて、汚損物質の量を算出する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1水晶板と前記第1水晶板を挟む第1金属からなる第1電極対を備える第1水晶振動子と、
第2水晶板と前記第2水晶板を挟む、前記第1金属よりイオン化傾向が低い第2金属からなる第2電極対を備える第2水晶振動子と、
前記第1水晶振動子の共振周波数を出力する第1周波数計測回路と、
前記第2水晶振動子の共振周波数を出力する第2周波数計測回路と
を備える汚損物質検出センサを用いてイオン性物質である汚損物質の量を算出する汚損物質量算出装置であって、
前記第1水晶振動子の周波数変動と前記第2水晶振動子の周波数変動の差分と汚損物質の量との関係を規定する第1検量線関数、及び前記第1水晶振動子の周波数変動と汚損物質の量との関係を規定する第2検量線関数に基づいて、汚損物質の量を算出する汚損物質量演算部と
を備える汚損物質量算出装置。
【請求項2】
前記汚損物質量演算部は、前記第2水晶振動子の近傍の相対湿度履歴が所定の基準を満たす場合に前記第1検量線関数を用いて塩分量を推定し、
前記基準を満たさない場合に、基準を満たさない期間の開始時の時刻における前記第1水晶振動子の周波数と、現時刻における前記第1水晶振動子の周波数との差分と、前記第2検量線関数とから前記基準を満たさない期間における塩分量の増分を推定し、推定した前記増分を、前記基準を満たさない期間の開始時における塩分量に加算することで、前記現時刻における塩分量を推定する
請求項1に記載の汚損物質量算出装置。
【請求項3】
前記汚損物質の量に係る情報を通知する通知部
を備える請求項1または請求項2に記載の汚損物質量算出装置。
【請求項4】
前記汚損物質量演算部は、前記第2水晶振動子の近傍の相対湿度の履歴に基づいて、相対湿度の変動に起因する汚損物質の計測誤差の補正、もしくは低湿度における腐食遅れに起因する汚損物質の計測誤差を見積もる
請求項1または請求項2に記載の汚損物質量算出装置。
【請求項5】
第1水晶板と前記第1水晶板を挟む第1金属からなる第1電極対を備える第1水晶振動子と、
第2水晶板と前記第2水晶板を挟む、前記第1金属よりイオン化傾向が低い第2金属からなる第2電極対を備える第2水晶振動子と、
前記第1水晶振動子の共振周波数を出力する第1周波数計測回路と、
前記第2水晶振動子の共振周波数を出力する第2周波数計測回路と
を備える汚損物質検出センサを用いた汚損物質量算出方法であって、
前記第1水晶振動子と前記第2水晶振動子の周波数差分とイオン性物質である汚損物質の量との関係を規定する第1検量線関数に基づいて、汚損物質の量を算出するステップ
を有する汚損物質量算出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は汚損物質量算出装置および汚損物質量算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電力設備は社会インフラストラクチャを支える重要な設備であり、長期にわたり安定して稼動できることを求められる。安定稼動のためには、電力設備の劣化状態を把握し、保全・更新を計画的に実施する必要がある。電力設備の導体支持またはバリヤなどに用いられる絶縁材料は材料自体の経年劣化や、設置環境に浮遊する塵埃または水分の付着などで絶縁特性が低下する。絶縁特性が低下すると放電やトラッキングを生じて設備停止に至る虞もあることから、絶縁材料の状態は電力設備の劣化を診断するためのバロメータになる。
【0003】
設置環境が絶縁材料の劣化に及ぼす影響は、塵埃や水分の付着だけとは限らない。絶縁材料の成分と化学反応する環境因子が存在する環境では、通常の経年劣化を上回る速度で、絶縁材料が劣化する場合がある。例えば炭酸カルシウムは、絶縁材料の無機充填材として多く使用される。炭酸カルシウムが塩素系ガスや窒素酸化物ガスなどと反応すると、絶縁材料表面に塩化カルシウムまたは硝酸カルシウムが形成される。これらの物質は湿度40%RH以下の低湿度であっても大気中の水分を吸入して潮解するので、低湿度条件であっても絶縁材料の表面が結露し、絶縁材料の表面を漏れ電流が流れることがある。これが甚だしくなると絶縁が破壊され、最悪の場合には設備停止に至ることもある。
【0004】
電力設備に使われている絶縁材料の絶縁抵抗値を、フィールドで直接測定することは可能である。しかしながらその測定値は測定場所の雰囲気、具体的には湿度に大きく影響される。例えば乾燥した環境下では絶縁抵抗値は現状よりも高くなることが多く、絶縁材料の劣化が見逃されるケースがある。また、電力設備が絶縁不良で停止するのは、ほとんど梅雨時の高温多湿の時期である。このように抵抗値を直接測定することは実地の運用には向いているといえない。
【0005】
そこで、多変量解析などの数値的な演算により絶縁材料の絶縁抵抗を推定する方法が提案されている。つまり、絶縁抵抗と相関を持ち測定場所の雰囲気に影響されない項目を測定し、その項目の値に基づいて絶縁抵抗値を算出する方法である。この方法ではフィールドで使用されている絶縁材料、および強制劣化させた絶縁材料について、絶縁抵抗と相関のあるデータを取得し、多変量解析により診断指標である絶縁抵抗の推定式を策定する。絶縁診断では、推定式を策定した項目を測定し、絶縁抵抗推定式から、任意の温度や湿度の絶縁抵抗を推定するようにする。
【0006】
絶縁抵抗と相関のあるデータとして、大きく分類すると、材料そのものの特性、及び設置個所周囲の大気環境による因子が挙げられる。これらの項目の測定に関しては、従来は検査員が実際に対象機器そのものを測定し、対象機器からサンプリング作業を実施する必要がある。近年の計測技術の進歩により、材料特性、大気環境因子を連続的に測定することが可能となってきており、例えば材料特性を絶縁材料の分光反射率から推定する技術や、大気環境に含まれるイオン性の汚損物質を計測する技術を適用することで、連続的な絶縁性能の監視を実現可能となってきている。そこで、塵埃や水分などによる通常の経年劣化を上回る速度で絶縁材料を劣化させる汚損物質の量を精度よく測定することができる技術が要望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許5951299号公報
【特許文献2】特許5836904号公報
【特許文献3】特許5872643号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、汚損物質の付着量を精度よく測定することができる汚損物質量算出装置および汚損物質量算出方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
実施形態の汚損物質量算出装置は、汚損物質検出センサを用いて汚損物質量を算出する。汚損物質検出センサは、第1水晶振動子と第2水晶振動子と第1周波数計測回路と第2周波数計測回路とを持つ。第1水晶振動子は、第1水晶板と前記第1水晶板を挟む第1金属からなる第1電極対を持つ。第2水晶振動子は、第2水晶板と第2水晶板を挟む、第1金属よりイオン化傾向が低い第2金属からなる第2電極対を持つ。第1周波数計測回路は、第1水晶振動子の共振周波数を出力する。第2周波数計測回路は、第2水晶振動子の共振周波数を出力する。汚損物質量算出装置は、第1水晶振動子と第2水晶振動子の周波数変動差分と汚損物質量との関係を規定する第1検量線関数及び第1水晶振動子の周波数変動と汚損物質の量との関係を規定する第2検量線関数に基づいて、汚損物質量を算出する汚損物質量演算部を持つ。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施形態に係る汚損物質量算出装置の構成を示す概略図。
【
図2】実施形態に係る汚損物質検出センサの構造を示す分解斜視図。
【
図3】実施形態に係る汚損物質量算出装置の第1水晶振動子及び第2水晶振動子に汚損物質と非汚損物質が付着した直後の状態を示す断面図。
【
図4】実施形態に係る汚損物質量算出装置の第1水晶振動子及び第2水晶振動子に汚損物質と非汚損物質が付着してから時間が経過した後の状態を示す断面図。
【
図5】実施形態に係る銅電極に付着する塩分の量と銅電極の腐食生成物の増加速度との関係を示す図。
【
図6】実施形態に係る塩分噴霧試験において銅電極に付着した塩分量と時間当たりの銅電極の共振周波数の変動との関係を示す図。
【
図7】実施形態に係る塩分噴霧試験において環境の相対湿度別の塩分量と時間当たりの周波数差分の変化量との関係を示す図。
【
図8】実施形態に係る相対湿度70%の環境下における周波数差分の時間変化の例を示す図。
【
図9】フィールド試験において拭き取りにより計測した塩分量と銅電極と金電極振動子との周波数変動差分との関係を示す図(第1検量線関数)。
【
図10】フィールド試験において拭き取りにより計測した塩分量と金電極振動子との周波数変動との関係を示す図(第2検量線関数)。
【
図11】実施形態に係る汚損物質量算出装置の構成を示す概略ブロック図。
【
図12】実施形態における現時刻で基準を満たさない場合を示す一例。
【
図13】実施形態における現時刻で基準を満たすようになった場合を示す一例。
【
図14】実施形態に係る銅電極寿命の判定を示す一例。
【
図15】実施形態に係る汚損物質量算出装置による対象物の塩分量の計算方法を示すフローチャート。
【
図16】実施形態に係る汚損物質量算出装置による対象物の汚損状態の判定方法を示すフローチャート。
【
図17】実施形態に係る相対湿度の変化と腐食生成物との関係の例を示す図。
【
図18】実施形態に係る異なる湿度環境で飽和するまでの周波数差分の傾向を示す塩分噴霧試験結果を示す図。
【
図19】実施形態に係る振動子の温度特性の測定結果を示す図。
【
図20】実施形態に係る同一の温湿度環境下における塩分量毎の周波数変動差分(腐食量)の時間傾向の違いを示す図。
【
図21】実施形態に係る異なる温湿度環境下における周波数変動差分(腐食量)の時間傾向の違いを示す図。
【
図22】実施形態に係る温湿度条件に変化があった場合の周波数変動差分(腐食量)の時間傾向の変化を示す図。
【
図24】実施形態に係る
図23の周波数変動差分(腐食量)の時間傾向を線形関数で近似した例を示す図。
【
図25】実施形態に係る
図20の周波数変動差分(腐食量)の時間傾向を線形関数で近似した例を示す図。
【
図26】実施形態に係る塩分粒子が経時的に堆積する環境下における銅電極表面の腐食進行のイメージを示す図。
【
図27】実施形態に係る銅電極上に堆積した塩分粒子毎の腐食量を積算することで電極全体の腐食量を算出する工程を示す図。
【
図31】実施形態に係る
図30のフローチャートにより計算した基準腐食テーブルを示す図。
【
図32】実施形態に係るフィールド試験の湿度履歴を代入した計算例を示す図。
【
図33】実施形態に係る湿度履歴による腐食遅れの数値計算例を示す図。
【
図34】実施形態に係る基準湿度と実測の湿度履歴を代入した腐食量の数値計算例を示す図。
【
図35】実施形態に係る
図9の第一検量線関数に湿度履歴による補正を適用した結果を示す図。
【
図36】実施形態に係る大気中粒子の粒径分布を示す図。
【
図37】実施形態に係る粒子の慣性力と吸着力の関係を示す概念図。
【
図38】実施形態に係る振動子上の堆積粒子と湿度による周波数変動の関係を示す図。
【
図39】実施形態に係るコンピュータの構成を示す概略ブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、実施形態の汚損物質検出センサ、汚損物質量算出装置および汚損物質量算出方法を、図面を参照して説明する。
【0012】
(第1の実施形態)
図1は、第1の実施形態に係る汚損物質量計測装置10の構成を示す概略図である。
汚損物質量計測装置10は、汚損物質検出センサ20と、汚損物質量算出装置30とを有する。なお、第1の実施形態の汚損物質量計測装置10では、汚損物質検出センサ20と汚損物質量算出装置30が有線で接続している。なお、汚損物質検出センサ20と汚損物質量算出装置30とは無線で接続していてもよいし、インターネットなどのネットワークを介して接続していてもよい。汚損物質検出センサ20は、汚損状態を推定する対象物Oの近傍に設置される。汚損物質量算出装置30は、汚損物質検出センサ20に付着した塩分量を算出し、対象物Oの汚損状態を推定する。
【0013】
図2は、第1の実施形態に係る汚損物質検出センサ20の構造を示す分解斜視図である。汚損物質検出センサ20は、金電極振動子21と、銅電極振動子22と、温湿度センサ23と、筐体24とを備える。金電極振動子21と銅電極振動子22は互いに隣接していて、同一の環境に配置される。
【0014】
金電極振動子21は、第1金電極211と、第2金電極212と、水晶板213と、支持板214と、発振回路215と、周波数計測回路216とを備える。第1金電極211及び第2金電極212は、金で構成される電極である。水晶板213は、第1金電極211と第2金電極212とで挟まれる。第1金電極211の端子と第2金電極212の端子は、支持板214に差し込まれて支持される。支持板214は、第1金電極211が上面を向くように筐体24に固設される。発振回路215は、第1金電極211と第2金電極212との間に電圧を印加する。第1金電極211と第2金電極212との間に電圧が印加されることで、水晶板213が振動し、電気信号を出力する。周波数計測回路216は、金電極振動子21が出力する電気信号の周波数を計測する。
【0015】
銅電極振動子22は、第1銅電極221と、第2銅電極222と、水晶板223と、支持板224と、発振回路225と、周波数計測回路226とを備える。第1銅電極221及び第2銅電極222は、銅で構成される電極である。水晶板223は、第1銅電極221と第2銅電極222とで挟まれる。第1銅電極221の端子と第2銅電極222の端子は、支持板224に差し込まれて支持される。支持板224は、第1銅電極221が上面を向くように筐体24に固設される。発振回路225は、第1銅電極221と第2銅電極222との間に電圧を印加する。第1銅電極221と第2銅電極222との間に電圧が印加されることで、水晶板223が振動し、電気信号を出力する。周波数計測回路226は、銅電極振動子22が出力する電気信号の周波数を計測する。
【0016】
温湿度センサ23は、銅電極振動子22の近傍に設けられ、銅電極振動子22の周囲の温度及び相対湿度を計測する。
【0017】
筐体24は、汚損物質検出センサ20の外殻をなす。筐体24は、本体部241と蓋部242とを備える。本体部241は上面が開口し、底面を有する箱である。蓋部242は、本体部241の開口を覆うように設けられる。蓋部242のうち、第1金電極211に対向する部分と第1銅電極221に対向する部分とにはそれぞれ貫通孔242aが設けられる。これにより、対象物Oの近傍に浮遊する微粒子が貫通孔242aを介して筐体24内に侵入する。貫通孔242aの直下には第1金電極211及び第1銅電極221が設けられるため、微粒子は第1金電極211または第1銅電極221に付着する可能性が高い。貫通孔242aは、上面が広く下面が狭いテーパ状に構成される。貫通孔242aの下面は、対向する電極の円盤部分と同じ大きさに設計されてよい。または、貫通孔242aは、側壁の延長線上に電極の縁部が位置するように設計されてもよい。貫通孔242aがテーパ状に構成されることで、空気中を浮遊する微粒子を貫通孔242aの上縁でトラップせずに筐体24内部へ案内することができる。
【0018】
金電極振動子21および銅電極振動子22は、例えば、QCM(水晶振動子マイクロバランス)である。金電極振動子21および銅電極振動子22は、初期状態において、電極の質量変化が同じである場合、周波数の変動が等しくなるように予め校正されている。なお、金電極振動子21および銅電極振動子22は、周波数の変動が等しければよく、初期状態における共振周波数は、必ずしも一致していなくてもよい。
【0019】
銅は、金よりもイオン化傾向(標準電極電位)が低い。すなわち、銅は、金と比較して、塩などのイオン性の汚損物質によって腐食が起こりやすい金属である。そのため、金電極振動子21の第1金電極211と、銅電極振動子22の第1銅電極221の両者に塩分が付着したときは、第1銅電極221に腐食生成物が生成されやすい。そして、その腐食生成物の生成量による第1銅電極221の質量の変化に応じて銅電極振動子22の共振周波数が金電極振動子21の共振周波数に対して変化する。第1銅電極221は、イオン性の汚損物質が付着することで、銅電極振動子22の共振周波数を金電極振動子21の共振周波数に対して変化させる作用を有する。
【0020】
ここで、金電極振動子21と銅電極振動子22に、イオン性物質である汚損物質(塩分)及び非汚損物質(堆積物のうちイオン性を示さないもの)が付着したときの挙動を、
図3と
図4を用いて説明する。
図3は、第1の実施形態の汚損物質量計測装置10の金電極振動子21及び銅電極振動子22に汚損物質と非汚損物質が付着した直後の状態を示す断面図である。
図3の(a)は、金電極振動子21の第1金電極211に汚損物質Aと非汚損物質Bが付着した直後の状態である。
図3の(b)は、銅電極振動子22の第1銅電極221に汚損物質Aと非汚損物質Bが付着した直後の状態である。汚損物質Aは、イオン性物質である。イオン性物質は、例えば、塩分、塩素系ガスや窒素酸化物ガスである。
図3(a)と(b)に示すように、汚損物質Aと非汚損物質Bが付着することによって、第1金電極211と第1銅電極221の質量が変化する。このため、金電極振動子21の共振周波数と銅電極振動子22の共振周波数は、それぞれ変動する。ただし、汚損物質Aと非汚損物質Bが付着した直後の状態では、第1銅電極221は腐食しておらず、第1金電極211と第1銅電極221とに質量の差は生じない。このため、電極の質量増加による金電極振動子21の共振周波数の変動量と銅電極振動子22の共振周波数の変動量は同じである。よって、金電極振動子21の共振周波数の変動量と銅電極振動子22の共振周波数の変動量は同じである。つまり、金電極振動子21の共振周波数の変動と銅電極振動子22の共振周波数の変動の差分はゼロに近い値となる。以下、金電極振動子21の共振周波数の変動量と銅電極振動子22の共振周波数の変動量の差分を、単に「周波数変動差分」ともいう。
【0021】
図4は、本実施形態の汚損物質量計測装置10の金電極振動子21及び銅電極振動子22に汚損物質と非汚損物質が付着してから時間が経過した後の状態を示す断面図である。
図4の(a)は、金電極振動子21の第1金電極211に汚損物質Aと非汚損物質Bが付着してから時間が経過した状態を示す断面図である。
図4の(b)は、銅電極振動子22の第1銅電極221に汚損物質Aと非汚損物質Bが付着してから時間が経過した状態を示す断面図である。
【0022】
図4(a)に示すように、金電極振動子21の第1金電極211は、汚損物質Aと非汚損物質Bが付着してから時間が経過しても変化しない。一方、
図4(b)に示すように、銅電極振動子22の第1銅電極221は、非汚損物質Bが付着した部分は変化しないが、汚損物質Aが付着した部分は腐食して、腐食生成物Cが生成する。腐食生成物Cの生成量の変化に伴う第1銅電極221の質量の変化によって、銅電極振動子22の共振周波数の変動量は変化する。すなわち、金電極振動子21の共振周波数の変動量と銅電極振動子22の共振周波数の変動量とに差が生じる。よって、本実施形態の汚損物質量計測装置10は、非汚損物質Bの付着量の影響を受けずに、金電極振動子21と銅電極振動子22の周波数変動差分に基づいて、腐食生成物Cの生成量、すなわち汚損物質Aの付着量を測定することができる。
【0023】
第1銅電極221はイオン性物質である塩分の付着により腐食が促進される。
図5に示すように、銅電極振動子22に付着する塩分の量と腐食生成物の増加速度とは強い相関があることが銅電極振動子22への塩分噴霧試験により確認されており、
図6のように、塩分噴霧試験において銅電極振動子22に付着した塩分量と時間当たりの銅電極振動子22の共振周波数の変動との相関性も確認されている。
【0024】
しかしながら、第1銅電極221の腐食速度は環境の相対湿度の影響を受けるため、高湿度の環境での長期に及ぶ塩分推定には必ずしも向かない。環境の相対湿度が高いほど、第1銅電極221の腐食が早く進む。
図7は、塩分噴霧試験において環境の相対湿度別の塩分量と時間当たりの周波数差分の変化量との関係を示す図である。なお、
図7において、湿度A>湿度B>湿度Cである。つまり、
図7は、高湿度ほど腐食生成物の増加が速いことを示している。
【0025】
また、
図8のように、腐食生成物の量は、腐食の進行初期においては一次関数で近似可能な速度で増加するが、進行が進むにつれて一定値に漸近する。これは、塩分による腐食が飽和するためである。塩分の吸湿作用により、塩分の周辺には水膜が発生する。この水膜への溶存酸素によって金属の酸化が進行する。そのため、腐食は水膜が存在する範囲において進行する。水膜の厚さは、塩分量と相対湿度とに依存し、ある一定の厚さまでは水膜厚さが高くなるにつれて腐食速度が増大する。水膜が厚いほど腐食速度が速くなるため、高湿度環境下においては、増加速度を一次関数で近似できる期間が短い。
図8は、相対湿度70%の環境下における周波数変動差分の時間変化の例を示すグラフである。周波数変動差分は、銅電極振動子22に生成される腐食生成物の量に対応する。
図8に示す例によれば、一次関数で近似できる期間は数時間から数日程度であり、数日が経過すると腐食生成物の増加速度が低下することが分かる。腐食の進行に伴って腐食生成物の増加速度が低下すると、検量線関数によって求められる塩分量の精度が低下する。
【0026】
他方、第1銅電極221に付着する塩分の量と飽和後における腐食部分の面積とは強い相関がある。付着する塩分の量が少ないうちは、塩分の周囲に腐食生成物が生成されるため、塩分の量と腐食生成物の量との関係は一次関数で近似できる。なお、腐食が飽和した部分においては、それ以上の腐食が進行しないことから、一度飽和したところに再度新たに塩分が付着してもそれ以上腐食生成物は増加しない。そのため、塩分堆積量が増加するにつれて、腐食部分の面積増加量が低下する。つまり、電極全体が腐食生成物に覆われてしまい、塩分が付着してもさらに増加する余地がなくなる。詳細については後述する。腐食面積の割合が比較的小さく、前記の状態に至らない条件では、腐食生成物の質量増加は相関性を持つ。腐食生成物の質量増加は周波数変動差分として測定できるため、
図9に示すように、フィールド試験において、堆積塩分量と周波数変動差分が線形性を持つことが確認された。そこで、第1の実施形態では、
図9に示す関係式を第1検量線関数とする。
図9に示す第1検量線関数を用いることで、周波数変動差分が与えられれば塩分量を推定することができる。
【0027】
低湿度環境(特に40%RH以下)においては腐食速度が遅いため、銅電極振動子22に塩分が付着しても塩分周囲の腐食部分が飽和に到達するまでの時間が長く、リアルタイム計測で塩分量を推定することが難しいという課題がある。
【0028】
図10で示すように、金電極振動子21の周波数変動と塩分との間にも相関性があることが分かった。これは、金電極は腐食に関与しないので、付着物の総質量が周波数変動に反映されているためである。そこで、第1の実施形態では、
図10に示す関係式を第2検量線関数とする。
図10に示す第2検量線関数を用いることで、金電極振動子21の周波数変動から塩分量を推定することができる。
【0029】
また、金電極振動子21および銅電極振動子22の共振周波数は環境の温度の影響を受ける。これは、水晶振動子が温度特性を有するためである。そのため、予め水晶振動子の温度特性を特定しておき、汚損物質量計測装置10がこれを用いて金電極振動子21および銅電極振動子22の共振周波数を補正する。なお、銅電極振動子22の温度特性として、公知のATカット水晶の温度特性(温度と周波数偏差との関係)を用いてもよい。一般的なATカット水晶の温度特性は、25℃に変曲点を持つ三次関数で表される。
【0030】
第1の実施形態に係る汚損物質量計測装置10は、高湿度環境下においては、周波数変動差分と塩分量との関係を表す関数である第1検量線関数を用いて、金電極振動子21に対する銅電極振動子22の周波数差分から付着塩分量を導出する。なお、塩分などのイオン性物質の量と比較して、ほこりなどの非イオン性堆積物質の量が十分に小さい場合、第1検量線関数は、銅電極振動子22の共振周波数の変動量と塩分量との関係を表す関数であってもよい。
【0031】
図11は、第1の実施形態に係る汚損物質量算出装置30の構成を示す概略ブロック図である。
汚損物質量算出装置30は、データベース31、計測データ保存部32、代表データ保存部33、温度補正部34、代表値特定部35、差分演算部36、検量線決定部37、塩分量演算部38、対象物診断部39、センサ診断部40および報知部41を有する。
【0032】
データベース31には、金電極振動子21および銅電極振動子22の初期周波数、金電極振動子21および銅電極振動子22の温度特性関数と、第1検量線関数と、第2検量線関数とが記録される。
【0033】
計測データ保存部32は、汚損物質検出センサ20から計測データを一定の時間ステップで読み出し、記憶する。時間ステップは、特に制限はないが、例えば1分である。具体的には、計測データ保存部32は、周波数計測回路216が計測した金電極振動子21の共振周波数、周波数計測回路226が計測した銅電極振動子22の共振周波数、並びに温湿度センサ23が計測した温度および相対湿度を記憶する。
【0034】
代表データ保存部33は、計測データ保存部32が集計期間内に保存した計測データから演算された、集計期間を代表するデータを記憶する。集計期間は、特に制限はないが、例えば1日である。具体的には、代表データ保存部33は、日付に関連付けて、相対湿度の最大値、周波数変動差分、予測された塩分量を記憶する。
【0035】
温度補正部34は、計測データ保存部32に記録された温度と、データベース31に記録された温度特性関数とに基づいて、計測データ保存部32に記録された金電極振動子21および銅電極振動子22の共振周波数を補正する。具体的には、温度補正部34は、温度特性関数に温度を代入することで周波数偏差を求め、共振周波数を基準温度(例えば25℃)の共振周波数に補正する。以下、温度補正部34によって補正された共振周波数を補正周波数という。
【0036】
代表値特定部35は、金電極振動子21および銅電極振動子22の補正周波数の集計期間における平均値を求め、相対湿度の集計期間における最大値を求める。
【0037】
差分演算部36は、第1銅電極221の腐食に起因する、金電極振動子21と銅電極振動子22の周波数変動差分と、周波数変動差分の変化量とを求める。具体的には、差分演算部36は、銅電極振動子22の補正周波数の変動から金電極振動子21の補正周波数の変動を減算することで、金電極振動子21と銅電極振動子22との周波数変動差分を求める。また、差分演算部36は、得られた周波数変動差分と一定時間前(例えば、1時間前)の時刻に係る周波数変動差分との差を、一定時間で除算することで、周波数差分の変化量を求める。
【0038】
検量線決定部37は、代表値特定部35が算出した相対湿度に基づいて、塩分量の判定に第1検量線関数と第2検量線関数の何れを用いるかを決定する。例えば、検量線決定部37は、湿度条件が基準を満たす場合に第1検量線関数を用いることを決定し、基準を満たさない場合に第1検量線関数及び第2検量線関数を用いることを決定する。基準は、例えば、直近1か月のうち相対湿度60%RH以上となる期間の積算時間が直近1か月の積算時間の半分以上という条件であってよく、好ましくは直近1か月の相対湿度が常に60%RH以上であるという条件であってよい。検量線決定部37は、第1検量線関数を用いる場合、データベース31が記憶する第1検量線関数と、差分演算部36で算出した周波数変動差分を照合することで塩分量を推定する。
現時点で基準を満たさない場合、
図12で示すように、基準を満たす期間Aについては第一検量線関数に基づいて塩分量を推定し、基準を満たさない期間Bについては、現在時刻における金電極振動子21の周波数変動から、期間B開始時刻における金電極振動子21の周波数変動を差し引いた金電極振動子21の周波数変動差分と、データベース31が記憶する第2検量線関数とを照合することで、期間Bの間に付着した塩分量を推定する。期間Aの推定塩分量と期間Bの推定塩分量の和を取ることで現時刻における塩分量を推定する。
時間の進行により、現時刻で基準を満たすようになった場合、
図13で示すように測定開始時刻から現在までの周波数変動差分と第一検量線関数を照合することで塩分量を推定する。
【0039】
対象物診断部39は、塩分量演算部38が算出した塩分量に基づいて、対象物Oの汚損状況を診断する。具体的には、対象物診断部39は、塩分量演算部38が算出した塩分量が第1閾値未満である場合に対象物Oが清浄状態であると判定し、塩分量が第1閾値以上第2閾値未満である場合に対象物Oが軽汚損状態であると判定し、塩分量が第2閾値以上第3閾値未満である場合に対象物Oが中汚損状態であると判定し、塩分量が第3閾値以上第4閾値未満である場合に対象物Oが重汚損状態であると判定し、塩分量が第4閾値以上である場合に対象物Oが超重汚損状態であると判定する。また、対象物診断部39は、塩分量演算部38が算出した塩分量に基づいて、一定時間における塩分量の増加速度を算出し、当該増加速度が第5閾値を超える場合に、対象物Oの環境の急激な変化が生じたと判定する。つまり、対象物診断部39は、経時的に測定した塩分量からみられる汚損傾向から大きく外れた塩分量が計測された場合に、短期間で急激な汚損が発生したと判定する。
【0040】
センサ診断部40は、代表値特定部35が算出した金電極振動子21の補正周波数変動差分に基づいて、汚損物質検出センサ20の状態を診断する。センサ診断部40は、補正周波数変動差分が所定の閾値を超える場合に、汚損物質検出センサ20の交換時期であると診断する。これは第1銅電極221の腐食が進行することで、第1銅電極221の表面が腐食生成物に覆われることで新たに塩分が付着しても腐食反応が進行しにくくなるためである。閾値としては、例えば
図14のように5000Hz以上8000Hz以下の値を設定することができる。
【0041】
報知部41は、対象物診断部39およびセンサ診断部40の診断結果を出力する。具体的には、対象物Oが中汚損状態であると判定された場合、報知部41は、対象物Oの汚損が進行している旨を報知するメッセージを出力する。対象物Oが重汚損状態または超重汚損状態であると判定された場合、報知部41は、対象物Oの交換時期が近い旨を報知するアラームを出力する。また、塩分量の増加速度によって対象物Oの環境の急激な変化が生じたと判断された場合に、報知部41は対象物Oの状態を確認を推奨するアラームを出力する。また、汚損物質検出センサ20に非汚損物質が堆積していると判定された場合に、報知部41は、汚損物質検出センサ20の清掃を促すアラームを出力する。第1銅電極221の腐食が飽和状態に近づいていると判定された場合に、報知部41は、汚損物質検出センサ20の交換を促すアラームを出力する。アラームは、ディスプレイへの出力によってなされてもよいし、音声によって出力されてもよいし、他の端末への通信によってなされてもよい。
【0042】
図15は、第1の実施形態に係る汚損物質量算出装置30による対象物Oの塩分量の計算方法を示すフローチャートである。作業者が、対象物Oの近傍に汚損物質検出センサ20を設置し、汚損物質量算出装置30を起動すると、汚損物質量算出装置30は対象物Oの汚損状況の監視を開始する。
【0043】
まず、計測データ保存部32は、集計期間の間、一定の時間ステップごとに、汚損物質検出センサ20から金電極振動子21の共振周波数、銅電極振動子22の共振周波数、温度および相対湿度を読み出し、読み出し時刻に関連付けて記憶する(ステップS1)。温度補正部34は、ステップS1で記録された温度と、データベース31に記録された温度特性関数とに基づいて、計測データ保存部32に記録された金電極振動子21および銅電極振動子22の共振周波数を補正した補正周波数(以後は単に周波数ともよぶ)を、ステップS1の計測データに関連付けて計測データ保存部32に記録する(ステップS2)。
【0044】
集計期間における計測データが記録されると、代表値特定部35は、計測データ保存部32に記録された金電極振動子21および銅電極振動子22の周波数、並びに相対湿度の履歴を、日付に関連付けて代表データ保存部33に記録する(ステップS3)。
【0045】
検量線決定部37は、ステップS3で求めた相対湿度の履歴が、基準を満たすか否かを判定する(ステップS4)。相対湿度の履歴が基準を満たす場合(ステップS4:YES)、検量線決定部37は、第1検量線関数を用いて塩分量を求めることを決定する。差分演算部36は、データベース31から、金電極振動子21の初期周波数と銅電極振動子22の初期周波数を読み出し(ステップS5)。また差分演算部36は、代表データ保存部33から現在の金電極振動子21の周波数と銅電極振動子22の周波数を読み出す(ステップS6)。差分演算部36は、金電極振動子21と銅電極振動子22の周波数変動差分を算出し、塩分量演算部38は、データベース31が記憶する第1検量線関数と照合することで塩分量を求める(ステップS7)。
他方、相対湿度の履歴が基準を満たさない場合(ステップS4:NO)、検量線決定部37は、第2検量線関数を用いて塩分量を求めることを決定する。差分演算部36は、代表データ保存部33から、基準を満たさなくなった直近の時刻における金電極振動子21の周波数とその時の塩分量(推定量)を読み出す(ステップS8)。次に差分演算部36は、代表データ保存部33から現時刻における金電極振動子21の周波数を読み出し(ステップS9)、ステップS8で読みだした金電極振動子21の周波数との差分を求め、塩分量演算部38は、この差分周波数と第2検量線関数を照合することで基準を満たさなくなった時刻から現在までの間に堆積した塩分量を求める。塩分量演算部38は、この塩分量とステップS8で読みだした基準を満たさなくなった直近の塩分量に加算することで、現在の塩分量を求める(ステップS10)。
【0046】
図16は、第1の実施形態に係る汚損物質量算出装置30による対象物Oの汚損状態の判定方法を示すフローチャートである。
図15の処理によって塩分量演算部38が塩分量を算出すると、対象物診断部39は、塩分量演算部38が算出した塩分量と閾値とを比較することで、対象物Oの汚損状態を推定する(ステップS21)。対象物診断部39は、対象物Oの汚損状態が重汚損状態以上であるか否かを判定する(ステップS22)。対象物Oの汚損状態が重汚損状態以上である場合(ステップS22:YES)、報知部41は、対象物Oの汚損の進行を報知するアラームを出力する(ステップS23)。例えば、報知部41は、「対象機器の交換時期が近づいています。」などのアラームを出力する。
【0047】
また、対象物診断部39は、ステップS7で算出した塩分量の増加速度が第5閾値を超えるか否かを判定する(ステップS24)。塩分量の増加速度が第5閾値を超える場合(ステップS24:YES)、報知部41は、対象物Oの状態の確認を推奨するアラームを出力する(ステップS25)。例えば、報知部41は、「急激な汚損が確認されました。異常の有無を確認してください。」などのアラームを出力する。
【0048】
センサ診断部40は、計測データ保存部32に記録された最も古い時刻に係る金電極振動子21の補正周波数と、ステップS3で算出した最新の金電極振動子21の補正周波数の差が第6閾値を超えるか否かを判定する(ステップS26)。補正周波数の差が第6閾値を超える場合(ステップS26:YES)、報知部41は、汚損物質検出センサ20の清掃を促すアラームを出力する(ステップS27)。例えば、報知部41は、「盤内清掃を推奨します。」などのアラームを出力する。
【0049】
センサ診断部40は、ステップS4で算出した周波数差分が第7閾値を超えるか否かを判定する(ステップS28)。周波数差分が第7閾値を超える場合(ステップS28:YES)、報知部41は、汚損物質検出センサ20の交換を促すアラームを出力する(ステップS29)。例えば、報知部41は、「電極交換(銅)の時期が近づいています」などのアラームを出力する。そして、汚損物質量算出装置30は処理をステップS1に戻し、対象物Oの監視を継続する。
【0050】
このように、第1の実施形態に係る汚損物質検出センサ20は、2つの水晶振動子を備え、その電極を構成する金属のイオン化傾向が異なる。具体的には、汚損物質検出センサ20は、金電極を有する金電極振動子21と銅電極を有する銅電極振動子22とを備える。これにより、汚損物質検出センサ20に付着する微粒子のうち、汚損物質の付着量が金電極振動子21と銅電極振動子22との振動数差分として現れる。これにより、汚損物質検出センサ20を用いることで、汚損物質の付着量を精度よく測定することができる。
【0051】
第1の実施形態に係る汚損物質量算出装置30は、金電極振動子21と銅電極振動子22の周波数差分と汚損物質の量との関係を規定する第1検量線関数に基づいて汚損物質の量を算出する。これにより、汚損物質量算出装置30は、汚損物質による腐食が飽和した後にも、汚損物質の付着量を精度よく測定することができる。
【0052】
また、第1の実施形態に係る汚損物質量算出装置30は、相対湿度が低い期間(
図15の基準を満たさないと判定された期間)についても、その間における金電極振動子21の周波数変動より求めた第2検量線関数を用いることで塩分付着量を求めることができる。これにより、汚損物質量算出装置30は、相対湿度が低く、汚損物質による腐食の進行が遅い場合にも、汚損物質の付着量を精度よく測定することができる。
【0053】
ここで、ステップS5からステップS9において、例えば
図13のように途中で基準を満たさない期間を挟んでも、現時点で基準を満たしていれば、第1検量線関数と周波数変動差分の照合から塩分量を推定することができる理由について説明する。
図17は、相対湿度の変化と腐食生成物との関係の例を示す図である。集計期間は、腐食の進行が飽和する程度に長いものとする。
【0054】
図17の第1期間における最大の相対湿度は60%である。第1期間に第1銅電極221に付着した塩分の近傍には、相対湿度に応じた広さの水膜が生じる。第1銅電極221のうち水膜に接触する領域において腐食が進行し、飽和する。これにより、第1期間に付着した塩分の周囲には、相対湿度60%相当の広さの腐食生成物が生じる。
【0055】
その後、第2期間において、最大の相対湿度は80%まで増加する。相対湿度が増加したため、第1期間において付着した塩分の近傍には、より広い範囲にわたって水膜が生じる。また、第2期間において第1銅電極221に付着した塩分の近傍には、相対湿度に応じた広さの水膜が生じる。第2期間では、水膜に接触する領域のうち第1期間において腐食が飽和していない領域について、腐食が進行し、飽和する。これにより、第1期間に付着した塩分の周囲および第2期間に付着した塩分の周囲には、それぞれ相対湿度80%相当の広さの腐食生成物が生じる。
【0056】
その後、第3期間において、最大の相対湿度は70%まで低下する。相対湿度が低下したため、第1期間において付着した塩分および第2期間において付着した塩分の近傍に生じる水膜は小さくなる。このとき、当該水膜に接触する領域は全て飽和している。また、第3期間において第1銅電極221に付着した塩分の近傍には、相対湿度に応じた広さの水膜が生じる。そして、水膜に接触する領域のうち第2期間において腐食が飽和していない領域について、腐食が進行し、飽和する。これにより、第1期間に付着した塩分の周囲および第2期間に付着した塩分の周囲には、それぞれ相対湿度80%相当の広さの腐食生成物が生じ、第3期間に付着した塩分の周囲には、相対湿度70%相当の広さの腐食生成物が生じる。
【0057】
このように、相対湿度の最大値が上昇した場合には、その最大値に到達していなかった期間の腐食範囲は、相対湿度の最大値の腐食範囲まで広がる。そのため、基準を満たさない低湿度期間において付着した塩分に係る腐食範囲も、時間経過により基準を満たすようになったときに相対湿度の最大値の腐食範囲まで広がることが想定される。言い換えれば途中で相対湿度が低く腐食が進まない期間があったとしても、基準を満たすようになるとおよそ1か月以内程度で腐食が飽和するために、腐食生成物による質量増加に起因した周波数変動差分と塩分付着量との関係は第1検量線関数を再現する。
【0058】
図18は、異なる湿度環境で飽和するまでの周波数差分の傾向を示す塩分噴霧試験結果を示す図である。
図1618に示すように、相対湿度が60%未満である湿度D40%のときには腐食がほとんど進まないことが分かる。他方、相対湿度が60%以上である湿度A、湿度C、湿度Cのとき、70%のとき、および80%のときには、時間経過に応じて腐食が進行することがわかる。また腐食の進行速度は相対湿度が高いほど早いことが分かる。また、飽和までの時間を十分にとれば、例えば1か月ほどかけるのであれば、相対湿度が60%以上から80%までの環境においては周波数差分が近い値に至ることが予想される。そのため、第1の実施形態に係る汚損物質量算出装置30は、相対湿度によらずに一定の傾きを有する第1検量線関数を用いて塩分量を計測する。他方、他の実施形態においては、相対湿度に基づいて第1検量線関数の勾配を変化させてもよい。
【0059】
(第2の実施形態)
上述した通り、金電極振動子21と銅電極振動子22は温度および相対湿度の影響を受ける。
温度による影響は、水晶振動子の温度依存性によるところが大きい。そのため、水晶片の温度特性を用いて温度による影響を補正することが可能である。
水晶振動子の周波数温度特性は、切断方位によって異なる。例えば、水晶振動子としてATカットの水晶板を用いることで温度特性を抑えることができる。一方で、各水晶振動子の温度特性は個体差があるため、高精度の測定が求められる時は個体ごとに予め温度特性を取得しておき、特性に基づいて計測値を補正することが好ましい。例えば
図19のように、対象とする銅電極振動子22について温度変化させ温度特性測定を測定する。
図19に示す例では、銅電極振動子22のは、30℃でおよそ10~60Hz、40℃でおよそ40~80Hz、50℃で60~100Hz、それぞれマイナス側に周波数変動していることが分かる。したがって、汚損物質量計測装置10はこの特性を打ち消すように周波数変動を加算させることで、温度による影響を補正することができる。
図19に示す例では、25℃~55℃の温度範囲において銅電極振動子22の周波数変動を測定しているが、これに限らない。
【0060】
相対湿度による影響は、電極に水分が物理的に吸着することによる重量変化と、電極(銅電極)に水分(水膜)が広がることによる腐食傾向の変化が影響として挙げられる。物理的な吸着による重量変化については、金電極振動子21と銅電極振動子22とで水分の吸着量が同じ程度であることが予想される。そのため、原理的には前述の周波数変動差分により、物理的な吸着による重量変化をキャンセルすることができる。
【0061】
第1銅電極221の腐食傾向は、塩分量および相対湿度によって変化する。具体的には、塩分量が多いほど、また相対湿度が高いほど、第1銅電極221の腐食量が大きくなることが想定される。これに鑑みて、発明者は、銅電極の腐食傾向について評価する第1の試験を実施した。銅電極振動子が同じ温湿度条件下にある場合、銅電極振動子に付着する塩分量と銅電極振動子の腐食量とは相関関係を持つといえる。第1の試験では、
図20に示すように、2組の銅電極振動子および金電極振動子に対し、それぞれ塩分粒子(NaCl)を散布した。第1の組に係る銅電極振動子A1および金電極振動子B1と、第2の組に係る銅電極振動子A2および金電極振動子B2とには、それぞれ異なる量の塩分粒子が付着するようにそれぞれの散布条件を設定した。つまり、銅電極振動子A1と金電極振動子B1に付着する塩分粒子量はほぼ等しく、銅電極振動子A1と銅電極振動子A2に付着する塩分粒子量は異なる。その後、2組の振動子を同じ温湿度環境において腐食傾向を観測し、塩分量に対する腐食量の関数を求めた。なお、塩分の付着による質量の増加分と腐食による質量の増加分との差は、各組の金電極振動子と銅電極振動子の周波数変動差分から求められる。
【0062】
図20に示す第1の試験の結果では、第1の組に係る銅電極振動子A1の銅電極上に堆積した塩分量と、第2の組に係る銅電極振動子A2の銅電極上に堆積した塩分粒子の量の比は、それぞれの周波数変動差分の比におおよそ一致することが観測された。これは塩分量が多いほど銅電極上の水膜が広くなることに起因すると考えられる。このことは、第1の組に係る銅電極振動子A1の銅電極上の腐食領域と、第2の組に係る銅電極振動子A2の銅電極上の腐食領域の比も、おおよそ塩分量の比に近い値が得られていることとも整合している。したがって、同じ湿度条件であれば、塩分量によって腐食量(周波数変動差分)の時間傾向が定まると仮定できる。
【0063】
また、発明者らは、相対湿度が変化したときの腐食の傾向を再現する第2の試験を実施した。第1の試験と同様に、発明者らは、2組の銅電極振動子と金電極振動子に対し、それぞれ塩分粒子(NaCl)を散布した。今回は、第1の組の銅電極振動子A1および金電極振動子B1と、第2の組の銅電極振動子A2と金電極振動子B2とに、同じ量の塩分粒子が付着するように条件を調整した。その後、発明者らは、第1の組に係る振動子を25℃70%RH、第2の組を25℃80%RHで制御された環境に置いてそれぞれの腐食量の変化を観測した。発明者は、第2の試験において、各組の周波数変動差分、及び各組の銅電極上の腐食領域の大きさにより腐食量を評価した。
【0064】
なお、各振動子に散布する塩分粒子の量は同量となるように散布してもそれぞれの電極上に付着した粒子数や粒子体積には多少ばらつきが生じ得る。そのため、第2の評価では、第1の組に係る銅電極振動子A1の電極上に堆積した塩分粒子の量を画像解析で評価し、この量を基準としてほかの振動子の周波数変動や腐食領域を規格化した。
【0065】
図21に環境再現試験(第2の試験)の結果を示す。湿度80%RHの環境に置いた第2の組の振動子の周波数変動差分は、湿度70%RHの環境に置いた第1の組の振動子の周波数変動差分より6倍程度大きいことが観測された。また、それぞれの銅電極振動子の表面画像を観測しても、腐食領域の広がりに明らかな差が観測された。常温における塩分の潮解湿度が75%RH程度であることを考慮すると、塩分潮解による水膜の広がりにより腐食領域が拡大し、腐食量が増大したと考えられる。
【0066】
また、第1の組の銅電極振動子は、25℃70%RHの条件で腐食が安定化した後、25℃80%RHまで相対湿度を上げることで、腐食領域が再び増大する傾向が観測された(
図22)。このことから、発明者は、腐食が安定化した後も水膜内に塩分が残っており、相対湿度が上昇し水膜が広がることで、塩分を含む水が未反応部分に触れ、腐食がさらに拡大したものと考察した(
図23)。以上のことより、発明者は、腐食量は湿度履歴に影響を受けており、その時々の相対湿度によって水膜が広がる領域の大きさが腐食量の大きさを決める大きな要因となるとの知見を得た。
【0067】
以上の結果より、発明者は、温湿度履歴を活用できれば、相対湿度変化が大きい環境等における塩分推定の精度向上につながると考えた。そこで、第1の実施形態に係る汚損物質量計測装置10は、相対湿度変化が大きい環境においては、湿度履歴を参照し腐食量を概算することで塩分量の推定精度向上を図る。
【0068】
まず、
図21に示す第2の試験により、単位塩分量の塩分が付着したときの各相対湿度に対応する銅電極の腐食量の関数を求める。腐食量の関数は、計算を簡単にするため、
図24に示すように区分線形関数で近似したものであっても良い。例えば、腐食量の関数は、傾きaと最大値Mとによって表され、傾きaの一次関数を最大値Mでホールドする関数であってよい。この場合、腐食量は相対湿度に依存した増加速度(傾き)aと腐食量の最大値Mで表すことができる。
【0069】
また、
図21に示す第2の試験のように、相対湿度が同じであれば塩分量と腐食量の最大値Mは比例する傾向が観測されている。そのため、
図25に示すように、単位塩分量に対する日に応じて先述の傾きaと最大値Mを決定することができる。例えば、一定期間ごとに一定量の塩分粒子が堆積すると仮定し、さらに電極は塩分粒子の大きさに対し十分広いと仮定すると、
図26に示すように銅電極の腐食量が経時的に増加すると予想できる。
【0070】
第2の実施形態に係る汚損物質量計測装置10は、
図27に示すように、計測データ保存部32に記録された温度および相対湿度の履歴と後述する腐食モデルとを用いて電極上に堆積する各塩分粒子による腐食量を経時的に計算する。そして、各塩分粒子による腐食量を求めることで銅電極の腐食量を見積もる。
【0071】
以下に、第2の実施形態に係る腐食モデルについて説明する。
一例として、
図28に示すように汚損物質量計測装置10が電極上に堆積した単位量の一つの塩分粒子を追跡する場合を考える。周囲環境の相対湿度が70%RHのタイミング(時刻t
0)に塩分が堆積したとき、湿度70%RHの時間関数(傾きa
70%RH、最大値M
70%RH)に従って腐食量は増大する。その後、時刻t
1で相対湿度が80%RHまで上昇した場合、湿度80%RHの時間関数に従って腐食量は増加し、最大値M
80%RHに到達するまで傾きa
80%RHで腐食量は増大する。
【0072】
もう一つの例として、
図29に示すように、時刻t
1で80%RHまで相対湿度が上昇した後、時刻t
2で70%RHまで相対湿度が下降した場合、既にM
70%RHを越えているため腐食量は増加せず一定値となる。その後、湿度80%RHまで上昇したときにM
80%RHに到達するまでで傾きa
80%RHで腐食量が増大する。
【0073】
以上の作用をモデルとして表現したものが、腐食モデルである。腐食モデルに係る工程を
図30のフローチャートに示す。第2の実施形態では簡単のため、腐食モデルは、一日の決まった時刻(
図30に示す例では午前零時)に単位塩分量の塩分粒子が一個堆積するモデルとしている。
図30に示す腐食モデルでは、変数iが塩分の通し番号を表し、変数jが開始からの経過時間(時刻)を表す。
【0074】
塩分量演算部38は、腐食モデルを用いて、開始時刻から1時間ごとの腐食量の変化の基準を表す基準腐食テーブルを生成する。基準腐食テーブルは、時刻と塩分粒子の通し番号とをキーとし、腐食量を値とする二次元表として表される。
塩分量演算部38は、計算対象とする塩分粒子を1つずつ選択し(ステップS101)、以下のステップS102以降の処理を実行する。塩分量演算部38は、経過時間の変数jの初期値をゼロにリセットする。塩分量演算部38は、選択した塩分粒子の通し番号iと経過時間jとに基づいて、変数jが示す時刻が塩分粒子が堆積する時刻であるか否かを判定する(ステップS102)。例えば、午前零時に塩分粒子が堆積するモデルの場合、塩分量演算部38は、24×(i-1)≦jを満たす場合に、時刻jが塩分粒子iの堆積する時刻であると判定する。時刻jが塩分粒子iの堆積する時刻でない場合(ステップS102:NO)、塩分量演算部38は、基準腐食テーブルのうち、塩分粒子i時刻jに関連付けられた腐食量fi,jの値をゼロまたは空白(ヌル)とする(ステップS103)。
【0075】
時刻jが塩分粒子iの堆積する時刻である場合(ステップS102:YES)、塩分量演算部38は、基準腐食テーブルにおける塩分粒子i時刻j-1に係る腐食量fi,j-1が、時刻jの相対湿度Hjにおける腐食量の最大値Mj(Hj)以下であるか否かを判定する(ステップS104)。時刻jの相対湿度Hjは、計測データ保存部32に記録された相対湿度の履歴から特定される。時刻jの相対湿度における腐食量の最大値Mj(Hj)以下である場合(ステップS104:YES)、塩分量演算部38は、腐食量の関数の傾きaに基づいて1時間での腐食量を求め、腐食量fi,j-1に加算することで、塩分粒子iの時刻jに係る腐食量fi,jを求める(ステップS105)。時刻jの相対湿度における腐食量の最大値Mj(Hj)以下でない場合(ステップS104:NO)、塩分量演算部38は、腐食が安定化しており、塩分粒子iの時刻jに係る腐食量fi,jが直前の腐食量fi,j-1と同じ量であると判定する(ステップS106)。
そして塩分量演算部38は、ステップS105またはステップS106で求めた腐食量fi,jの値により、基準腐食テーブルの塩分粒子i時刻jに関連付けられた腐食量fi,jの値を更新する(ステップS107)。
【0076】
ステップS103またはステップS107で基準腐食テーブルを更新すると、塩分量演算部38は経過時間jに1時間を加算し(ステップS108)、経過時間jが表す時刻が計算の終了時刻であるか否かを判定する(ステップS109)。経過時間jが表す時刻が計算の終了時刻でない場合(ステップS109:NO)、処理をステップS102に戻す。経過時間jが表す時刻が計算の終了時刻である場合(ステップS109:YES)、塩分量演算部38は次の塩分粒子についての計算を行う。すべての塩分粒子についての計算を実行することで、塩分量演算部38は、基準腐食テーブルを作成することができる。
【0077】
上述の処理により
図31に示す基準腐食テーブルが得られる。
図31に示す基準腐食テーブルは測定開始から現在までに、午前零時に塩分粒子が1つ堆積する場合における各塩分粒子による腐食量の推移を示しており、各行の総和を取ることで、その時々の電極の腐食量を算出できる。実際の屋内電気設備の湿度履歴を代入した例を
図32に示す。縦軸はフィールド試験における周波数変動差分を基準としている。
【0078】
第2の実施形態に係る汚損物質量計測装置10によれば、腐食モデルを用いることで、腐食遅れによる計測誤差を見積もることができる。報知部41は、例えば
図33に示す図を出力する。
図33は塩分粒子付着後の腐食速度を考慮した場合(実線)と塩分粒子堆積後に直ちに腐食が最大値まで到達した場合(破線)を比較した図である。つまり、実線は塩分粒子付着から腐食が安定化するまでの過渡期間を無視したときの腐食量を表す。また、破線は塩分粒子付着から腐食が安定化するまでの過渡期間を無視したときの腐食量を表す。実線が表す腐食量と破線が表す腐食量の乖離が大きいほど、湿度が低いことによって腐食が遅くなっていることを示している。したがって、利用者は、
図33に示す図を以て、低湿度に起因する腐食遅れによる誤差を評価する基準として用いることができる。
【0079】
また、第2の実施形態に係る汚損物質量計測装置10によれば、常に一定値を示す基準湿度を設定することで、基準となる腐食量を求めることができる。基準湿度は例えば環境の相対湿度履歴の平均値を用いてもよい。報知部41は、例えば
図34に示す図を出力する。
図34を見ることで、利用者は実際の湿度履歴を代入した腐食量(実線)と、基準湿度を代入した腐食量(破線)を比較することができる。実線が表す腐食量が破線が表す腐食量を下回る場合は、基準となる腐食量よりも湿度履歴による腐食量の計算値が少なく、実際の塩分量よりも塩分の推定値が小さい可能性が高い。逆に実線が表す腐食量が破線が表す腐食量を上回る場合は実際の塩分よりも多い推定値を計算している可能性が高い。そのため、差分演算部36は、各時刻における
図34の実線と破線の計算値の比、もしくはこの比を実数倍した係数を周波数変動差分に乗算することで、補正演算として活用することができる。例えば第1検量線関数は、ついては、
図35に示すように相対湿度に基づいて補正される。つまり、第2の実施形態に係る塩分量演算部38は、相対湿度の変動に起因する計測誤差を補正することができる。
【0080】
図10に示すように、発明者らは、金電極振動子21の周波数変動と塩分との間に相関性があるという知見を得た。これは、金電極は腐食に関与しないので、付着物の総質量が周波数変動に反映されているためである。ただし、金電極の周波数変動は塩分以外の非イオン性の付着物の質量の影響も受ける。そのため、塩分量の推定精度は、金電極の周波数変動と塩分量との関係を表す関数より、第1検量線関数の方が高い。金電極の周波数変動と塩分量とに相関性がある理由としては、大気中の海塩粒子が非イオン性塵埃よりも吸湿性が高く粒径分布小さいことが考えられる(
図36)。振動子上で検出されるには、電極上に吸着している必要があり、粒子の動こうとする力(慣性力)よりも吸着力(液架橋力やファンデルワールス力等)が大きい必要がある(
図37)。振動子への粒子噴霧試験の結果、非イオン性塵埃の粒径分布では感度が低く、海塩粒子の粒径分布では比較的感度良く検出できることが、金電極振動子でもある程度塩分との相関性を示すことの理由と考えられる。
【0081】
以上のことから、第2の実施形態では、第1の実施形態と同様に、
図10に示す関係式を第2検量線関数とする。
図10に示す第2検量線関数を用いることで、金電極振動子21の周波数変動から塩分量を推定することができる。このとき、第2の実施形態に係る検量線決定部37は、
図31で示した腐食遅れによる誤差が第2検量線関数の誤差幅を上回る場合に第2検量線関数を用い、腐食遅れによる誤差が第2検量線関数の誤差幅を上回らない場合に第1検量線関数を用いると決定してよい。
【0082】
なお、振動子上に堆積した塩分量の吸湿性により、塩分量が多いほど湿度変化に対し吸湿による質量変動が大きくなる。このことから、振動子上に堆積した塩分量が多いほど湿度変化に対し周波数変動の傾きが大きい(
図38)。この効果によって有意に塩分量を推定するにはある程度以上(例えば、
図38では20℃程度)の湿度変化が求められる。このような湿度変化があった期間については、汚損物質量計測装置10は、湿度変化と周波数変動の傾きとの関係を表す第3検量線関数を用いることでも塩分量を推定することが出来る。第3検量線関数を用いることで、第1検量線関数、および第2検量線関数により計算された塩分推定結果を確認することができ、精度向上に関する補助的な項目として活用できる。なお、第1検量線関数の周波数変動差分ではこの項目は原理的に相殺されるため、第1検量線関数には影響しない。
【0083】
なお、上述した実施形態においては、相対湿度の条件に応じて第1検量線関数を用いるか第2検量線関数を用いるかを判断するが、これに限られない。例えば、他の実施形態において対象物Oが相対湿度の比較的高い環境において使用される場合には、汚損物質量算出装置30は、第2検量線関数を用意せず、第1検量線関数のみを用いて塩分量を計算してもよい。
【0084】
以上説明した少なくともひとつの実施形態によれば、汚損物質量算出装置は以下の特徴を有する。汚損物質量算出装置は、汚損物質検出センサを用いてイオン性物質である汚損物質の量を算出する。汚損物質検出センサは、筐体と、第1水晶振動子と、第2水晶振動子と、第1周波数計測回路と、第2周波数計測回路とを持つ。筐体は、上面に開口を有する。第1水晶振動子は、第1水晶板と、第1水晶板を挟む第1金属からなる第1電極対を持つ。第1水晶振動子は、筐体の内部に、第1電極対の一方が開口に対向するように設けられる。第2水晶振動子は、第2水晶板と、第2水晶板を挟む第1金属よりイオン化傾向が低い第2金属からなる第2電極対を持つ。第2水晶振動子は、筐体の内部に、第2電極対の一方が開口に対向するように設けられる。第1周波数計測回路は、第1水晶振動子の共振周波数を出力する。第2周波数計測回路は、第2水晶振動子の共振周波数を出力する。汚損物質量算出装置は、第1水晶振動子と前記第2水晶振動子の周波数差分と汚損物質の量との関係を規定する第1検量線関数に基づいて、汚損物質の量を算出する汚損物質量演算部を持つ。
汚損物質量算出装置は、上記の構成を持つことにより、汚損物質の付着量を精度よく測定することができる。
【0085】
〈コンピュータ構成〉
図39は、少なくとも1つの実施形態に係るコンピュータの構成を示す概略ブロック図である。
コンピュータ50は、プロセッサ51、メインメモリ53、ストレージ55、インタフェース57を備える。
上述の汚損物質量算出装置は、コンピュータ50に実装される。そして、上述した各処理部の動作は、プログラムの形式でストレージ55に記憶されている。プロセッサ51は、プログラムをストレージ55から読み出してメインメモリ53に展開し、当該プログラムに従って上記処理を実行する。また、プロセッサ51は、プログラムに従って、上述した各記憶部に対応する記憶領域をメインメモリ53に確保する。プロセッサ51の例としては、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphic Processing Unit)、マイクロプロセッサなどが挙げられる。
【0086】
プログラムは、コンピュータ50に発揮させる機能の一部を実現するためのものであってもよい。例えば、プログラムは、ストレージに既に記憶されている他のプログラムとの組み合わせ、または他の装置に実装された他のプログラムとの組み合わせによって機能を発揮させるものであってもよい。なお、他の実施形態においては、コンピュータ50は、上記構成に加えて、または上記構成に代えてPLD(Programmable Logic Device)などのカスタムLSI(Large Scale Integrated Circuit)を備えてもよい。PLDの例としては、PAL(Programmable Array Logic)、GAL(Generic Array Logic)、CPLD(Complex Programmable Logic Device)、FPGA(Field Programmable Gate Array)が挙げられる。この場合、プロセッサ51によって実現される機能の一部または全部が当該集積回路によって実現されてよい。このような集積回路も、プロセッサの一例に含まれる。
【0087】
ストレージ55の例としては、磁気ディスク、光磁気ディスク、光ディスク、半導体メモリ等が挙げられる。ストレージ55は、コンピュータ50のバスに直接接続された内部メディアであってもよいし、インタフェース57または通信回線を介してコンピュータ50に接続される外部メディアであってもよい。また、このプログラムが通信回線によってコンピュータ50に配信される場合、配信を受けたコンピュータ50が当該プログラムをメインメモリ53に展開し、上記処理を実行してもよい。少なくとも1つの実施形態において、ストレージ55は、一時的でない有形の記憶媒体である。
【0088】
また、当該プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであってもよい。さらに、当該プログラムは、前述した機能をストレージ55に既に記憶されている他のプログラムとの組み合わせで実現するもの、いわゆる差分ファイル(差分プログラム)であってもよい。
【0089】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【0090】
例えば、第1水晶振動子である金電極振動子21の電極は金であり、第2水晶振動子である銅電極振動子22の電極は銅であるが、これに限られない。第2水晶振動子の電極は、第1水晶振動子の電極よりもイオン化傾向(標準電極電位)が低い金属であればよい。すなわち、第2水晶振動子の電極は、第1水晶振動子の電極と比較して、イオン性の汚損物質によって腐食が起こりやすい金属であることが好ましい。
【0091】
例えば、第1水晶振動子の電極は、銀(標準電極電位:+0.799V)又は白金(標準電極電位:+1.188V)であってよい。第2水晶振動子の電極は、アルミニウム(標準電極電位:-1.68V)であってもよい。
【符号の説明】
【0092】
10…汚損物質量計測装置 20…汚損物質検出センサ 21…第1水晶振動子 215…発振回路 216…周波数計測回路 22…第2水晶振動子 225…発振回路 226…周波数計測回路 23…温湿度センサ 24…筐体 30…汚損物質量算出装置 31…データベース 32…計測データ保存部 33…代表データ保存部 34…温度補正部 35…代表値特定部 36…差分演算部 37…検量線決定部 38…塩分量演算部 39…対象物診断部 40…センサ診断部 41…報知部 50…コンピュータ 51…プロセッサ 53…メインメモリ 55…ストレージ 57…インタフェース A…汚損物質 B…非汚損物質 C…腐食生成物 O…対象物