(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024133329
(43)【公開日】2024-10-01
(54)【発明の名称】太陽電池モジュールの故障診断方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
H02S 50/00 20140101AFI20240920BHJP
【FI】
H02S50/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024115857
(22)【出願日】2024-07-19
(62)【分割の表示】P 2023545616の分割
【原出願日】2022-08-30
(31)【優先権主張番号】P 2021141871
(32)【優先日】2021-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】300023899
【氏名又は名称】株式会社ラプラス・システム
(74)【代理人】
【識別番号】110002295
【氏名又は名称】弁理士法人M&Partners
(72)【発明者】
【氏名】堀井 雅行
(72)【発明者】
【氏名】生田 邦彦
(57)【要約】
【課題】太陽光発電システムの運転中に発電制御装置(PCS)から常時取得される各種の計測値からストリングのI-Vカーブを求め、I-Vカーブレベルでしか見つけることができない故障の診断を可能にする。
【解決手段】
1つ以上のストリングに接続された出力制御機能付きの発電制御装置と、前記発電制御装置に対して出力指令値を与えると共に前記発電制御装置の計測データを受信する制御端末とを含む太陽光発電システムにおいて、
前記制御端末が、前記制御指令値を100%と0%との間で連続的かつ段階的に変化させて前記発電制御装置に送出すると共に、その応答出力として得られる電圧値及び電流値を前記ストリングごとに順次取得し記録することで、I-Vカーブの一部分を描画することを特徴とする。さらに、部分的なI-Vカーブから完全なI-Vカーブを得る方法をも提供する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
出力制御機能付きの発電制御装置と、前記発電制御装置に対して出力指令値を与えると共に前記発電制御装置の計測データを受信する制御端末とを含む太陽光発電システムにおいて、
前記発電制御装置は1つ以上のストリングに接続され、前記発電制御装置は、前記ストリングの各々に対して独立した個別のMPPT回路によって発電電力を制御し、
前記制御端末が定格出力に対する発電出力の上限値の割合である出力指令値を100%と0%との間で連続的かつ段階的に変化させて前記発電制御装置に送出することにより前記発電制御装置が前記ストリングごとに出力指令値を100%と0%との間で連続的かつ段階的に変化させると共に、前記発電制御装置から前記制御端末への応答出力として得られる電圧値及び電流値を前記制御端末が前記ストリングごとに順次取得し記録することで、前記発電制御装置における最大出力点から開放電圧側までの部分的なI-Vカーブを描画することを特徴とするI-Vカーブの取得方法。
【請求項2】
前記部分的なI-Vカーブに基づいて、前記最大出力点から短絡電流側のI-Vカーブを推定することを特徴とする請求項1記載のI-Vカーブの取得方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載のI-Vカーブの取得方法を用いて描画した部分的なI-Vカーブ又は完全なI-Vカーブのいずれかを、正常な太陽電池モジュールについて描画されたI-Vカーブの一部又は全部、又は他のストリングについて計測及び描画されたI-Vカーブの一部又は全部と比較することにより、故障を診断する故障診断方法。
【請求項4】
請求項1記載のI-Vカーブの取得方法を実行するためのプログラムであって、
前記制御端末が前記発電制御装置に対して、定格出力に対する発電出力の上限値の割合である出力指令値を100%から0%まで連続的かつ段階的に変化させるステップと、
前記制御端末が各出力指令値における前記発電モジュールの電圧及び電流の値を前記ストリングごとに取得するステップと、
を含む部分的なI-Vカーブの取得プログラム。
【請求項5】
請求項4記載のプログラムにおいて、
前記部分的なI-Vカーブに基づいて、前記最大出力点から短絡電流側のI-Vカーブを推定するステップをさらに含むことを特徴とする、I-Vカーブの取得プログラム。
【請求項6】
請求項1記載のI-Vカーブの取得方法を用いて描画した部分的なI-Vカーブを、二次関数で近似するパラメータを用いて近似関数式を求めることにより、前記部分的なI-Vカーブを二次関数で規定することを特徴とするI-Vカーブの取得方法。
【請求項7】
請求項6記載の前記部分的なI-Vカーブを規定する近似関数式の個数が1つであるか2つ以上であるかを判別することにより、故障の有無を診断することを特徴とする故障診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、太陽電池モジュールの故障診断方法、より詳細には、太陽光発電制御装置の出力制御機能を利用したI-V特性の測定を利用した故障診断方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
太陽光発電システムにおける故障診断技術に関しては、故障の部位や原因等に応じて種々の手法が知られている。このうち、それぞれの太陽電池モジュールにつながる各ストリング(入力回路)の状態をもっとも正確かつ詳細に診断する方法は、各ストリングの電流-電圧特性(以下、「I-Vカーブ」という。)を計測することである。
【0003】
ストリングのI-Vカーブを測定する装置として、「太陽電池モジュール特性試験装置」と呼ばれる外部の計測機器が知られている(特許文献1)。I-Vカーブを計測することにより、太陽電池が所定の特性値で動作しているかどうかを正しく判別することができる。
【0004】
しかし、太陽電池モジュール特性試験装置はあくまで検査用の装置であり通常運転中に使用できる「モニタリング用のシステム」ではないため、この装置の使用に際しては、予め発電制御装置(パワーコンディショナ)を停止して装置を接続するためにストリングを解列して太陽電池モジュールを切り離す必要がある。或いは、日射強度の弱い早朝や夕方に計測することが必要となる(例えば、特許文献2第8段落~第21段落)。但し、一般的には、I-Vカーブを計測する場合、日射強度がある程度の強さであることが好ましい。
【0005】
また、接続する太陽電池モジュール特性試験装置によって計測できる容量の上限(例えば10kW程度、機種によってはそれ以下)が存在し、また高価な外部装置を準備しなければならないといった問題もある。さらに、これらの技術上の問題もさることながら、専門知識をもった技術者が現地で作業しなければならないことも、システム全体のメンテナンスコストを上げる要因となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2017-108586号公報
【特許文献2】特開2017-63591号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
太陽光発電システムの運転中に発電制御装置(PCS)から常時取得される各種の計測値からストリングのI-Vカーブを求めることは、技術的に極めて困難であると考えられている。現在の一般的な発電制御装置は常時太陽電池モジュールが最大電力で動作するMPPT(最大出力点追従)制御を行っており、サンプリング周期(例えば1分)ごとに最大出力点の電圧値及び電流値(最大出力動作電圧Vpmax、最大出力動作電流Ipmax)等のデータを取得している。そのデータ量は、1分毎のデータを取得しているシステムの場合、1データあたり1年間で525600点(60×24×365)に登る。
【0008】
一方、I-Vカーブのパラメータは5つ(n、Iph、I0、Rs、Rp)あり、未知数5つに対して取得可能なデータ4つであるから、解析的に解を導くことは不可能と考えられる。I-Vカーブを求めるために数値計算やビッグデータ解析、AI(人工知能)解析や機械学習を適用することも、少なくとも現時点では非現実的と考えられる。
【0009】
本発明は、以上のような技術的課題を解決しようとするものであり、発電制御装置に対して発電量の上限を制御指令値として与える機能を備えた制御端末(計測制御システム)を利用して、I-Vカーブレベルでしか見つけることができない故障の診断を可能にすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るI-Vカーブの取得方法は、出力制御機能付きの発電制御装置と、前記発電制御装置に対して出力指令値を与えると共に前記発電制御装置の計測データを受信する制御端末とを含む太陽光発電システムにおいて、
前記発電制御装置は1つ以上のストリングに接続され、前記発電制御装置は、前記ストリングの各々に対して独立した個別のMPPT回路によって発電電力を制御し、
前記制御端末が定格出力に対する発電出力の上限値の割合である出力指令値を100%と0%との間で連続的かつ段階的に変化させて前記発電制御装置に送出することにより前記発電制御装置が前記ストリングごとに出力指令値を100%と0%との間で連続的かつ段階的に変化させると共に、前記発電制御装置から前記制御端末への応答出力として得られる電圧値及び電流値を前記制御端末が前記ストリングごとに順次取得し記録することで、前記発電制御装置における最大出力点から開放電圧側までの部分的なI-Vカーブを描画することを特徴とする。
【0011】
この描画作業は予め制御端末上で制御指令値を時間毎に変化するプログラムを準備し、実行することにより実現される。プログラムの実行は、太陽光発電システムの容量によらず、10分以下で完了する。また、制御端末が遠隔制御可能であれば遠隔地にある発電制御装置を制御できるため、通常運転中にストリング解列の必要もなく実施することが可能である。専門知識も専用の試験装置も不要となり、さらに技術者を現地に派遣する必要もなくなり、安全性も高い。
【0012】
また、上記I-Vカーブの取得方法を用いて描画したI-Vカーブの一部分を、正常な太陽電池モジュールについて描画されたI-Vカーブの一部又は全部、又は他のストリングについて計測及び描画されたI-Vカーブの一部又は全部と比較することにより、故障を診断する故障診断方法に適用可能である。
【0013】
本発明に係る部分的なI-Vカーブの取得プログラムは、前記I-Vカーブの取得方法を実行するためのプログラムであって、
前記制御端末が前記発電制御装置に対して、定格出力に対する発電出力の上限値の割合である出力指令値を100%から0%まで連続的かつ段階的に変化させるステップと、
前記制御端末が各出力指令値における前記発電モジュールの電圧及び電流の値を前記ストリングごとに取得するステップと、
を含むことを特徴とする。
この場合、前記制御端末が前記発電制御装置に対して、前記出力指令値を100%から0%まで連続的かつ段階的に変化させながら、その都度前記発電モジュールの電圧及び電流の値を計測することにより、前記発電制御装置の最大出力を低下させながら、最大出力点から開放電圧側(すなわちI-Vカーブにおける横軸Vとの交点)へのI-Vカーブを計測するステップを含むように構成する。このようにして描画されたI-Vカーブの形状に基づき、故障を診断することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、外部の計測機器が不要であり、ストリングの解列も必要がなく、さらには現地で作業する必要もないにも関わらず、太陽光発電システムを稼働して常時モニタリングしながらI-Vカーブレベルでしか見つけることができない故障の診断が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1(A)、(B)は、典型的な発電制御システムの構成を示すブロック図である。
【
図2】
図2(A)は、発電制御装置の出力電流と出力電圧の関係を示す理想的なI-Vカーブである。
図2(B)は、I-Vカーブに基づいて描かれた電力-電圧特性(以下、「P-Vカーブ」という。)である。
【
図3】
図3(A)~
図3(C)は、太陽電池モジュール特性試験装置を用いて測定した「I-Vカーブ」の一例を示すグラフである。
【
図4】
図4(D)~
図4(F)は、太陽電池モジュール特性試験装置を用いて測定した「I-Vカーブ」の一例を示すグラフである。
【
図5】
図5(A)及び
図5(B)は、いずれも遠隔地であるX地点に設置された発電制御装置のI-Vカーブを上述した方法により、運転中に計測した実測データを示している。
【
図7】
図7(A)は、意図的に故障の状態にして測定した発電制御装置の出力電流と出力電圧の関係を示すグラフである。
図7(A)は、2つの二次関数の組み合わせとしてフィッティングされたことを表している。すなわち、近似関数式の個数は2ということが分かる。
図7(B)は、1つの二次関数としてフィッティングされたことを表している。そのため、異常な太陽電池モジュールは存在しないと推定される。
【
図8】
図8(G)~
図8(I)は、太陽電池モジュール特性試験装置を用いて測定した「I-Vカーブ」の一例を示すグラフである。
【
図9】
図9(J)~
図9(L)は、太陽電池モジュール特性試験装置を用いて測定した「I-Vカーブ」の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。但し、以下の実施形態は、いずれも本発明の要旨の認定において限定的な解釈を与えるものではない。また、同一又は同種の部材については同じ参照符号を付して、説明を省略することがある。
【0017】
(第1の実施形態)-課題の解決原理/部分的なI-Vカーブの取得方法について-
図1(A)、(B)は、典型的な発電制御システムの構成を示すブロック図である。太陽電池モジュール1は発電制御装置2に接続され、系統4と連系して負荷(不図示)に電力を供給する。制御端末6は、発電制御装置2と信号線で接続されており、発電制御装置から計測データを受け取り、記録する計測端末としての役割を担うと共に、必要に応じて制御指令値を送出する。
【0018】
発電制御装置2は、最大出力点追従制御(MPPT制御)を行う回路(MPPT回路)と、太陽電池モジュールで発電された直流電力を交流電力に変換するインバーター回路とが主要な構成要素となる。なお、
図1(A)に示すようなシングルストリングの発電制御装置は、太陽電池モジュール1と発電制御装置(PCS)との間に接続箱が設置され、そこに複数のストリングが集約され、1系統に束ねられて発電制御装置に入力される構成を含む。また、
図1(B)に示すようなマルチストリング(複数入力回路)の発電制御装置の場合、それぞれの太陽電池モジュールに対してMPPT回路とインバーターが独立して複数設けられストリングごとにMPPT回路が動作する。
【0019】
図2(A)は、発電制御装置の出力電流と出力電圧の関係を示す理想的なI-Vカーブである。I-Vカーブは、太陽電池モジュールに可変抵抗器を接続し、抵抗値を0Ωから∞Ωへ変化させた際の直流電圧と直流電流の推移をグラフ化したものである。但し、このようなI-Vカーブを描くためには、ストリングを解列して発電制御装置を切り離すことが必要となり、太陽光発電システムが稼働中に描かれるものではない。
【0020】
図2(B)は、I-Vカーブに基づいて描かれた電力-電圧特性(以下、「P-Vカーブ」という。)である。電力Pは電流と電圧の積であるから、I-Vカーブの縦軸をPとすれば計算によりP-Vカーブ(電力-電圧カーブ)を描くことができる。発電電力に着目する場合、P-VカーブにおいてPの最大値Pmaxが重要となる。
【0021】
ここで、発電制御装置側(パワーコンディショナ)の機能であるMPPT制御について簡単に説明する。一般に、発電制御装置では、I-Vカーブに基づいて電力-電圧(以下、「P-Vカーブ」という。)を計算し、その最大出力点の電力を交流に変換して出力を行っている。但し、実際の発電制御装置はI-Vカーブ又はP-Vカーブを描くことはなく、現在の電力Pの最大値Pmaxを探索するアルゴリズムを用いて、いわば「試行錯誤」で「最大出力点」を求める動作を繰り返している。従って、探索によって求められる最大出力点は、必ずしもP-Vカーブ上の最大出力点(真のPmax)と一致する訳ではない。
【0022】
一方、発電出力に上限値を設け、発電出力を制限する「出力制御機能」を有する発電制御装置の場合、出力制御時には抵抗値を変化させて、最大出力点からずらすことによって指示された電力での出力を行っている。
【0023】
例えば、定格容量100kWの設備に対して、定格出力の50%が出力指令値として与えられた場合、100kW×50%=50kWが発電可能な最大電力となるような電流Iと電圧Vを定める。例えば、
図2(B)の例で、最大出力点Pmaxの50%となる電圧Vは2点(P1、P2)存在することになる。この場合、発電制御装置は、抵抗値をPmaxが得られる抵抗値よりも高抵抗側である点P2に設定することにより、最大出力点から「開放電圧側」(高電圧側)へ出力電圧をシフトさせる制御を行うことが一般的である。
【0024】
すなわち、通常運転中の太陽光発電システムでは、MPPT制御回路が動作し、出力指令値が与えられない場合(すなわち出力指令値が100%である場合)は最大出力点Pmaxを繰り返し探索しながら運転している。従って、運転中にストリングのI-Vカーブを知ることはできないが、少なくとも探索で求められた最大出力点Pmaxとそのときの電流値Imax、電圧値Vmaxは知ることができ、それによって、制御端末は、発電制御装置が取得した最大出力点Pmaxにおける直流電流Imax、直流電圧Vmaxを取得することができる。
【0025】
一方、制御端末が発電制御装置に出力指令値を与えた場合、発電制御装置は発電可能な出力電力の上限値を最大出力点Pmaxから所定の電力点Pxに設定し、点Pxにおける電流値Ixと電圧値Vxを求めることができる。それによって、制御端末は、発電制御装置が設定した電力点Pxにおける電流値Ixと電圧値Vxを取得することができる。
【0026】
この仕組みを応用し、発電制御装置の発電出力を段階的に(例えば1サイクルごとに)、100%から0%まで例えば1%刻みで連続的に低下させると、
図2(B)に示す点Pmaxから点P0までの「部分的なI-Vカーブ」が描けることになる。この場合、例えば、1%刻みで10秒間に100%→0%へ発電制御装置への制御と計測を行う(100msec通信計測×100回=10秒)。このような手法は、スロープ時間が短い発電制御装置に好適である。なお、100%→0%またはその逆の最終的な出力を%で与えるだけで、発電制御装置側でスロープを制御して変化する方式を採用するものもある。
【0027】
図1(B)はマルチストリング式の発電制御装置の構成を図示したものである。このように、ストリング(入力回路)ごとにMPPT回路とDC/ACインバーターを持つ構成の発電制御装置の場合、1ストリングずつ「部分的なI-Vカーブ」を描くことができる。ストリングごとにI-Vカーブを取得し、比較することで、ストリングの異常を発見しやすくなる。
【0028】
或いは、マルチストリング式でない場合、制御率を一括指示し計測を行う発電制御装置に対して制御無し(100%)から出力0%へ制御指示を行い、変化中の電流電圧の値を計測し、1つのI-Vカーブを取得する。
【0029】
(第2の実施形態)-完全なI-Vカーブの推定方法について-
上記の手法により得られた最大出力点の右側すなわち最大出力点Pmaxから開放電圧側までの部分的なI-Vカーブに基づいて、最大出力点の左側すなわち短絡電流側のI-Vカーブのモデル式を規定し、その近似式で表すことにより、完全なI-Vカーブを推定するという方法である。具体的な方法は、以下の通りである。
図6は、太陽電池の等価回路を示している。ここで、回路図中に示す記号の意味は以下の通りである。
電流:I、電圧V、I
ph:発生光起電流、R
s:直列抵抗、R
p:並列抵抗
この等価回路において、太陽電池を流れる電流Iと太陽電池によって発電される起電力Vの関係は、直列抵抗R
sと並列抵抗R
pを用いて以下の式1として表される。
[式1]
ここで、式1中の記号に含まれる定数の意味は以下の通りである。
I
0:ダイオード飽和電流、n:ダイオードファクタ、k:ボルツマン定数、q:素電荷、T:太陽電池の絶対温度
【0030】
短絡電流、開放電圧、最大出力、及びオームの法則に関する4つの方程式(式2~式5)から、標準試験環境すなわち日射1.0kW/m
2、モジュール温度25℃を想定し、パラメータ(ダイオードファクタn、発生光起電流I
ph、ダイオード飽和電流I
0、直列抵抗R
s、並列抵抗R
p)を求める。
[式2]
(但し、C=q/nkT)
[式3]
(但し、C=q/nkT)
[式4]
[式5]
ここで、上記式中の記号V
oc、I
sc、I
Pmax、V
Pmaxの意味は以下の通りである。
V
oc:開放電圧、I
sc:短絡電流I
Pmax:最大出力点Pmaxにおける電流値、
V
Pmax:最大出力点Pmaxにおける電圧値
【0031】
求めるべきパラメータが5つ(n、Iph、I0、Rs、Rp)であるのに対して、方程式が4つであり、1つ不足するため、一意の解を特定することができない。しかし、5つのパラメータ全体を任意に変更することにより、4つの方程式を満たす最適解となるパラメータを推定する手法が考えられる。或いは、第1の実施形態で説明した部分的なI-Vカーブにフィッティングするパラメータの最適解を見つけることにより、完全なI-Vカーブを得ることができる。
【0032】
このようなパラメータの推定は、いわゆる最適解の探索問題に帰着するため、人工知能(AI)を用いた機械学習の得意とするところである。現在利用可能なAI(人工知能)には、例えばディープニューラルネットワーク(DNN)、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)、再起型ニューラルネットワーク(RNN)など種々の方式が存在するが、最適解の探索には全ての方式を利用することができる。
そして、機械学習を用いたパラメータの推定により、5つのパラメータを求め、式1に代入することにより、
図2(A)のようなI-Vカーブ或いは
図2(B)のようなP-Vカーブを完全な形で再現することができる。
【0033】
すなわち、第1の実施形態では、最大出力点Pmaxから開放電圧点までの部分的なI-Vカーブしか得られないため、短絡電流から最大出力点までのI-Vカーブに現れる異常を検出することはできないが、第2の実施形態では、予め実測値として取得した最大出力点の右側部分と、最大出力点から短絡電流側までのI-Vカーブまで部分(最大出力点の左側部分)とを含めた、完全なI-Vカーブを推定することが可能となる。
このようにI-Vカーブ全体を推定することで、部分的なI-Vカーブでは検出することが不可能な異常を検出できるようになる。この点については第5の実施形態において説明する。
【0034】
(第3の実施形態)-フィッティングによらないI-Vカーブの取得方法-
なお、フィッティングによらない完全なI-Vカーブの取得方法として、発電制御装置において、抵抗値が0[Ω]側(短絡電流側)であるP1方向にシフトさせる機能を設ける方法が考えられる。この方法によれば、Pmaxの左側すなわち短絡電流側のグラフを描くことができるため、第1の実施形態による方法と本実施形態による方法を実施することにより、完全なI-Vカーブを取得できる。但し、これを実現するためには、発電制御装置側の設計変更等が必要となる。
【0035】
(第4の実施形態)-部分的なI-Vカーブによる故障診断について-
(i)グラフの形状に基づく診断
図3~
図4は、いずれも、太陽電池モジュール特性試験装置を用いて測定した「I-Vカーブ」の一例を示すものである。上述の通り、太陽電池モジュール特性試験装置を用いてI-Vカーブを測定する場合、ストリングを解列して太陽電池モジュールを切り離す必要があるが、完全なI-Vカーブを取得できる。これに対して、部分的なI-Vカーブは、破線で示した領域のみを太陽光発電システムを運転中に取得する。
【0036】
図3(A)は、太陽電池モジュールが正常に機能している状態のI-Vカーブである。「部分的な」とした理由は、直流電圧を表すグラフの横軸V[V]は、最大出力点Pmaxにおける電圧Vmax又はそれ以上の電圧であり、Vmaxよりも小さい電圧は描かれないからである。しかし、このような部分的なI-Vカーブでも太陽電池モジュールの状態をよく表すことができる。
【0037】
図3(A)は、グラフの形状がほぼ水平に横に伸びており、その後ほぼ垂直に降下している。ここで、IscとVocの値がモジュールの仕様に近い値であれば、この太陽電池モジュールにつながるストリングは正常に発電していると判断することができる。
このような「理想的なI-Vカーブ」を部分的なI-Vカーブで観察すると破線で囲った部分のI-Vカーブのみを取得することになる。この場合、部分的なI-Vカーブは理想的なI-Vカーブの一部と完全に一致する。
【0038】
図3(B)は、わずかに段になったI-Vカーブである。考えられる要因としては、
・モジュール間の電流仕様が合っていない(又はモジュール間で個体差がある)こと
・小さな部分影や汚れや太陽電池モジュール表面の劣化
・モジュールの破損(例えば、マイクロクラック等)
などが挙げられる。
このような「わずかに段になったI-Vカーブ」を部分的なI-Vカーブで観察するとPmaxにおける最大電流Imaxよりも低い電流値の点Aからスタートして直後に急峻に折れ曲がる特徴的なグラフが描かれる。開放電圧は理想的なI-Vカーブと等しい。
【0039】
図3(C)は、深く段になったI-Vカーブである。考えられる要因としては、
・いくつかのモジュールに大きな(または複数の)影や汚れがあること
・モジュールの(比較的大きな)破損(例えば、クラック等)
などが挙げられる。
このような「深く段になったI-Vカーブ」については、点Aよりも左(短絡電流側)から開放電圧点までが描画領域となる。
【0040】
図4(D)は、いくつか段になったI-Vカーブである。考えられる要因としては、
・いくつかのモジュールに小~中程度の影や汚れがあること
・モジュールの(比較的大きな)破損(例えば、クラック等)
・バイパスダイオードのショート故障
などが挙げられる。
このような「いくつか段になったI-Vカーブ」については、点Aよりも左(短絡電流側)から開放電圧点までが描画領域となる。
【0041】
図4(E)は、Vocの低いI-Vカーブである。これは、仕様よりもVocが低いという意味であり、考えられる要因としては、
・構造上の問題
・計測上の問題
・モジュールに大きな影があること
・モジュールに地絡があること
・バイパスダイオードのショート故障
などが挙げられる。
このような「Vocの低いI-Vカーブ」については、点Aよりも左(短絡電流側)から開放電圧点までが描画領域となる。
【0042】
図4(F)は、Iscが低いI-Vカーブである。これは、仕様よりもIocが低いという意味で有り、考えられる要因としては、
・構造上の問題
・計測上の問題
・ストリングに均等な影や汚れがあること
・モジュールの劣化
・影の掛かったセルやクラスタにバイパスダイオードのオープン故障
などが挙げられる。
このような「短絡電流Iscの低いI-Vカーブ」については、点Aよりも左(短絡電流側)から開放電圧点までが描画領域となる。
開放電圧Vocは理想的なI-Vカーブの開放電圧と等しいが短絡電流Iscが理想的なPmaxにおける電流値(Imax)よりも低いことから、異常を診断することができる。
【0043】
以上のように、I-Vカーブでしか見つけられない様々な故障原因の可能性を、「部分的なI-Vカーブ」しか得られない場合であっても異常を見つけられる場合があると共に、本実施形態の手法によれば、その異常を通常運転中に、発見することが可能となる。
【0044】
図5(A)及び
図5(B)は、いずれも遠隔地であるX地点に設置された発電制御装置のI-Vカーブを上述した方法により、運転中に計測した実測データを示している。これらのデータの計測時間はいずれも10分間(指令値送信が6秒間隔×100点:100%→0%)であり、故障は見られなかった。
なお、10分間の日射量は一定ではないため、多少のゆらぎが観測された。将来的には1秒、長くとも10秒以内で取得できることが理想的であるが、現状は発電制御装置側の制約により、より長い時間を要することがある(概ね1分~10分程度)。両者は時間帯、日射量、気温以外はすべて同じ条件で計測したものである。
意図的に影のかかった状態を作り、異常時のI-Vカーブ取得を実施することで、故障診断に役立てることも可能である。
【0045】
(ii)二次関数を用いたフィッティングに基づく診断
本件発明者の詳細な検討により、実測データに基づいて作成された部分的なI-Vカーブは、比較的単純な二次関数でよく近似できることが判明した。部分的なI-VカーブをI-Vカーブの一般式でフィッティングするためには、十分な教師データに基づく長期間の繰り返し学習が必要となる。しかし、二次関数で近似する手法であれば、2次係数、1次係数及び0次係数という3つのパラメーターだけで表されるため、比較的容易に実現可能である。
具体的には、得られた部分的なI-Vカーブを表現する近似関数式の個数を推定することで異常の有無を判別することができる。この推定は、近似関数式の個数と、各関係式の係数、定数項を対象とした最適化問題を解くことに帰着する。
【0046】
図7(A)は、意図的に故障の状態にして測定した発電制御装置の出力電流と出力電圧の関係を示すグラフである。グラフ中に記入した計算式は、計測値を二次関数でフィッティングした式を表す。
図7(A)は、2つの二次関数の組み合わせとしてフィッティングされたことを表している。すなわち、近似関数式の個数は2ということが分かる。これに対して、
図7(B)は、1つの二次関数としてフィッティングされたことを表している。そのため、異常な太陽電池モジュールは存在しないと推定される。
【0047】
(第5の実施形態)-完全なI-Vカーブによる故障診断について-
第2の実施形態又は第3の実施形態において説明した手法によれば、部分的に取得したI-Vカーブを含む「完全なI-Vカーブ」を取得できることになる。
【0048】
このように、I-Vカーブ全体を推定することで、部分的なI-Vカーブでは検出することが難しい異常を検出できることが期待される。
【0049】
図8(G)~
図9(L)は、いずれも、太陽電池モジュール特性試験装置を用いて測定した「I-Vカーブ」の一例を示すグラフである。このうち、第1の実施形態で説明する手法により「部分的なI-Vカーブが得られた範囲で認められた所見」に限定すれば、その異常を反映した完全なI-Vカーブを推定することができる。例えば、
図8(G)、(H)の場合は、点Aの電流値がPmaxの電流値(Imax)よりも低い電流値として現れることから、Pmaxの左側に現れるI-Vカーブを正常な(理想的な)I-Vカーブと比較することにより、異常を検出することが可能となる。
また、
図8(I)のような場合、開放電圧点から、電力が最大電力Pmaxに等しいか、可能な限り近くなるような電流・電圧点が得られないこと、すなわちVoc点Bの電圧が開放電圧Vocよりも大幅に小さいため、部分的なI-Vカーブが得られないことから、異常を検出することが可能となる。
図9(J)のような場合、完全なI-Vカーブを推定することが難しいため、異常を見つけることが難しいと考えられる。しかし、
図9(K)のような場合、最大出力点Pmaxを与える電圧における電流値が理想的な電流値よりも小さいことから、異常を検出することができる。
図9(L)のような場合、実際には最大出力点Pmaxに近い値で出力している状態を100%としてそこから開放電圧側に変化させると急激に出力電流が0になることが分かるため、逆に0%から100%に出力に制限指令値を変化させることにより、出力が得られる点を含めた部分についてのI-Vカーブを取得することができる。このとき、出力が得られ始めた際の出力電圧が開放電圧Vocよりも大幅に小さいことが明らかとなるため、異常を検出することが可能となる
【0050】
発電制御装置の発電出力を100%から0%まで一定の段階的に落としていく操作に要する時間はシステムの稼働時間と比べれば非常に短くできる。そのため、このような操作を行っても太陽光発電システムの稼働中への影響は極めて小さい。
【0051】
発電制御装置の出力指令値を100%から0%まで変化させるにあたり、日射強度及びパネル温度変化の影響を避けるためにも、制御率の送信や出力制御の応答は速い方が良い。日射強度及びパネル温度の計測を同時に行うことができるとデータの精度向上にもつながる。
【0052】
また、制御端末をインターネット等のネットワークを介して遠隔操作し、取得したI-Vカーブのデータを収集することにより、全国各地に設置された太陽光発電システムにおける発電モジュールに対して計測データに基づく故障診断を短時間に行うことが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、出力指令値に従い発電電力を制御する機能を有する全ての発電制御装置(パワーコンディショナ)に適用でき、産業上の利用可能性は極めて大きい。
【符号の説明】
【0054】
1 太陽電池モジュール
2 発電制御装置(パワーコンディショナ)
4 系統
6 制御端末