(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024133382
(43)【公開日】2024-10-01
(54)【発明の名称】多能性幹細胞の大量培養
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240920BHJP
C12N 5/0735 20100101ALI20240920BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N5/0735
C12N5/10
【審査請求】有
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024117976
(22)【出願日】2024-07-23
(62)【分割の表示】P 2021504978の分割
【原出願日】2020-03-04
(31)【優先権主張番号】P 2019042797
(32)【優先日】2019-03-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100178847
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 映美
(72)【発明者】
【氏名】松田 拡敏
(72)【発明者】
【氏名】上田 恭義
(57)【要約】
【課題】多能性幹細胞の増殖性を向上させるとともに、多能性幹細胞の未分化性を維持した状態で、大量に多能性幹細胞を生産する。
【解決手段】多能性幹細胞の製造方法であって、下記の(a)及び(b):(a)培養容器にFGF2を含む液体培地を充填した後、前記培養容器内で液体培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程、及び(b)前記培養容器内の液体培地に多能性幹細胞を播種し浮遊させながら培養する工程、を含み、使用する液体培地の容量は、1L/培養容器以上であり、前記(a)の工程において、温度を上昇させる前の前記培養容器における前記液体培地の温度が、-20℃以上、18℃以下であり、前記(a)の工程において、前記多能性幹細胞が増殖可能な温度は、30℃以上、40℃以下である、製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞の製造方法であって、下記の(a)及び(b):
(a)培養容器にFGF2を含む液体培地を充填した後、前記培養容器内で液体培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程、及び
(b)前記培養容器内の液体培地に多能性幹細胞を播種し浮遊させながら培養する工程、
を含み、
使用する液体培地の容量は、1L/培養容器以上であり、
前記(a)の工程において、温度を上昇させる前の前記培養容器における前記液体培地の温度が、-20℃以上、18℃以下であり、
前記(a)の工程において、前記多能性幹細胞が増殖可能な温度は、30℃以上、40℃以下である、
製造方法。
【請求項2】
前記(a)の工程において、前記液体培地の温度を少なくとも20℃上昇させる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記(a)の工程において、前記培養容器内の前記液体培地を撹拌しながら前記液体培地の温度を上昇させる、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記(a)の工程において、増殖因子を添加しない、請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記(b)の工程において、増殖因子を添加する、請求項1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記液体培地が、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムからなる群より少なくとも1つを含有する、請求項1~5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記多能性幹細胞が、胚性幹細胞又はiPS細胞(induced pluripotent stem cells)である、請求項1~6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記増殖因子が、FGF2及びTGF-β1からなる群より選択される少なくとも1つである、請求項4又は5に記載の製造方法。
【請求項9】
体細胞の製造方法であって、下記の(a)~(c):
(a)培養容器にFGF2を含む液体培地を充填した後、前記培養容器内で液体培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程、
(b)前記培養容器内の液体培地に多能性幹細胞を播種し浮遊させながら培養する工程、及び
(c)前記(b)の工程で得られた多能性幹細胞を分化誘導因子の存在下で培養し分化誘導する工程、
を含み、
使用する液体培地の容量は、1L/培養容器以上であり、
前記(a)の工程において、温度を上昇させる前の前記培養容器における前記液体培地の温度が、-20℃以上、18℃以下であり、
前記(a)の工程において、前記多能性幹細胞が増殖可能な温度は、30℃以上、40℃以下である、
製造方法。
【請求項10】
前記(a)の工程において、前記液体培地の温度を少なくとも20℃上昇させる、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
前記(a)の工程において、前記培養容器内の前記液体培地を撹拌しながら前記液体培地の温度を上昇させる、請求項9又は10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記(a)の工程において、増殖因子を添加しない、請求項9~11のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項13】
前記(b)の工程において、増殖因子を添加する、請求項9~12のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項14】
前記体細胞が、心筋細胞、骨格筋細胞、神経細胞、巨核球、造血幹細胞、気道上皮細胞、生殖細胞、樹状細胞、好酸球、肥満細胞、軟骨細胞、T細胞、エリスロポエチン産生細胞、腸管上皮、膵臓細胞、肝臓細胞、肺胞上皮細胞、及び腎臓細胞からなる群より選択される少なくとも1つである、請求項9~13のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、商業的規模による多能性幹細胞の大量培養方法、並びにその方法により得られた多能性幹細胞から体細胞を製造する方法に関する。
本願は、2019年3月8日に、日本に出願された特願2019-42797号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞は、無限に増殖できる能力と、様々な細胞に分化する多分化能を有している。多能性幹細胞の細胞性質を利用した難治性疾患や生活習慣病などに対する根本的治療は、近年の研究の成果によりその実用化の可能性が高まりつつある。
例えば、多能性幹細胞から心筋細胞、骨格筋細胞、神経細胞、巨核球、造血幹細胞、気道上皮細胞、生殖細胞、樹状細胞、好酸球、肥満細胞、軟骨細胞、T細胞、エリスロポエチン産生細胞、腸管上皮、膵臓細胞、肝臓細胞、及び肺胞上皮細胞等へ分化誘導できることが既に可能となっている。
一方で、多能性幹細胞を用いた再生医療は、実用化に向けて課題が残されており、その一つとして多能性幹細胞の生産性が挙げられる。一般的に、再生医療では大量の多能性幹細胞が必要となり、例えば、肝臓を治療するには、200億個の多能性幹細胞を要する。そのため、多能性幹細胞を効率的かつ大量に生産しなければならないが、一般的な平面培養では106cm2以上の培養面積が必要となり、これは一般的な培養容器である10cmディッシュの2万枚分に相当する。このように平面培養による培養はスケールアップが非常に困難であり、製造施設の面積も膨大に確保する必要があることから現実的ではない。
この課題を解決するために、近年では、細胞を培地中で浮遊させながら三次元的に培養する浮遊培養が報告されている。
例えば、特許文献1には、細胞を培地中で旋回培養しながら培養を行い、細胞の凝集塊を作製する技術が開示されている。
また、特許文献2には、細胞塊同士の接着を防ぐための手段として培地に水溶性高分子を添加して粘性を高め、細胞塊の平均直径が200μm以上、300μm以下になるように浮遊培養する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003-304866号公報
【特許文献2】国際公開第2013/077423号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは多能性幹細胞の大量培養を行うため、市販されている細胞培養用培地を加熱し、37℃付近に加熱した培地を37℃付近に加熱した培養容器に注入する作業を浮遊培養可能な容量になるまで繰り返し行った。次いで、前記培養容器に多能性幹細胞を播種し撹拌しながら浮遊培養を行った結果、多能性幹細胞の増殖性が平面培養時の多能性幹細胞の増殖性と比較して低下するという課題を見出した。また、前記浮遊培養により得られた多能性幹細胞の未分化性を解析すると、未分化性を逸脱した多能性幹細胞が増加するという課題もさらに見出した。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、加熱した培地を加熱した培養容器に注入する作業を繰り返すことで、培養容器に初期段階から中期段階に注入した培地中の成分が不安定化し、その影響により多能性幹細胞の増殖性が低下する現象が生じることを見出した。さらに、その現象が多能性幹細胞の未分化性の逸脱を誘発することも見出した。そこで、本発明者らは、培養容器内に浮遊培養可能な容量になるまで液体培地を注入した上で、培養容器内における培地温度を37℃付近に上昇させ、次いで、その培養容器に多能性幹細胞を播種し浮遊培養を行った。その結果、本発明者らは、前記のような培養方法を行うことにより、多能性幹細胞の増殖性が向上し、未分化性が維持されるという驚くべき知見を得て、本発明を完成するに至った。
具体的には本発明は以下に発明を包含する。
(1)多能性幹細胞の製造方法であって、下記の(a)及び(b):
(a)培養容器にFGF2を含む液体培地を充填した後、前記培養容器内で液体培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程、及び
(b)前記培養容器内の液体培地に多能性幹細胞を播種し浮遊させながら培養する工程、
を含み、
使用する液体培地の容量は、1L/培養容器以上であり、
前記(a)の工程において、温度を上昇させる前の前記培養容器における前記液体培地の温度が、-20℃以上、18℃以下であり、
前記(a)の工程において、前記多能性幹細胞が増殖可能な温度は、30℃以上、40℃以下である、
製造方法。
(2)前記(a)の工程において、前記液体培地の温度を少なくとも20℃上昇させる、(1)に記載の製造方法。
(3)前記(a)の工程において、前記培養容器内の前記液体培地を撹拌しながら前記液体培地の温度を上昇させる、(1)又は(2)に記載の製造方法。
(4)前記(a)の工程において、増殖因子を添加しない、(1)~(3)のいずれか一項に記載の製造方法。
(5)前記(b)の工程において、増殖因子を添加する、(1)~(4)のいずれか一項に記載の製造方法。
(6)前記液体培地が、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムからなる群より少なくとも1つを含有する、(1)~(5)のいずれか一項に記載の製造方法。
(7)前記多能性幹細胞が、胚性幹細胞又はiPS細胞(induced pluripotent stem cells)である、(1)~(6)のいずれか一項に記載の製造方法。
(8)前記増殖因子が、FGF2及びTGF-β1からなる群より選択される少なくとも1つである、(4)又は(5)に記載の製造方法。
(9)体細胞の製造方法であって、下記の(a)~(c):
(a)培養容器にFGF2を含む液体培地を充填した後、前記培養容器内で液体培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程、
(b)前記培養容器内の液体培地に多能性幹細胞を播種し浮遊させながら培養する工程、及び
(c)前記(b)の工程で得られた多能性幹細胞を分化誘導因子の存在下で培養し分化誘導する工程、
を含み、
使用する液体培地の容量は、1L/培養容器以上であり、
前記(a)の工程において、温度を上昇させる前の前記培養容器における前記液体培地の温度が、-20℃以上、18℃以下であり、
前記(a)の工程において、前記多能性幹細胞が増殖可能な温度は、30℃以上、40℃以下である、
製造方法。
(10)前記(a)の工程において、前記液体培地の温度を少なくとも20℃上昇させる、(9)に記載の製造方法。
(11)前記(a)の工程において、前記培養容器内の前記液体培地を撹拌しながら前記液体培地の温度を上昇させる、(9)又は(10)に記載の製造方法。
(12)前記(a)の工程において、増殖因子を添加しない、(9)~(11)のいずれか一項に記載の製造方法。
(13)前記(b)の工程において、増殖因子を添加する、(9)~(12)のいずれか一項に記載の製造方法。
(14)前記体細胞が、心筋細胞、骨格筋細胞、神経細胞、巨核球、造血幹細胞、気道上皮細胞、生殖細胞、樹状細胞、好酸球、肥満細胞、軟骨細胞、T細胞、エリスロポエチン産生細胞、腸管上皮、膵臓細胞、肝臓細胞、肺胞上皮細胞、及び腎臓細胞からなる群より選択される少なくとも1つである、(9)~(13)のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明の多能性幹細胞の製造方法によれば、多能性幹細胞の増殖性を向上させるとともに、多能性幹細胞の未分化性を維持した状態で、大量に多能性幹細胞を生産することができる。
本発明の体細胞の製造方法によれば、効率的かつ大量に体細胞を生産することができる。
本発明の医薬品組成物によれば、それを使用することで、難治性疾患や生活習慣病等の病気を治療することができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明するが、下記の説明は本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が下記の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も本発明の範囲に含まれる。
【0008】
本発明において「細胞」とは、接着性を有する細胞(接着性細胞)であることができる。接着性細胞は、動物由来細胞等であることができ、好ましくは哺乳類動物由来細胞等であることができ、より好ましくは生体組織由来細胞及び生体組織由来細胞から派生した細胞等であることができ、特に好ましくは上皮組織由来細胞及び上皮組織細胞から派生した細胞等、又は結合組織由来細胞及び結合組織由来細胞から派生した細胞等、又は筋組織由来細胞及び筋組織由来細胞から派生した細胞等、又は神経組織由来細胞及び神経組織由来細胞から派生した細胞等であることができ、さらに好ましくは動物由来幹細胞及び動物由来幹細胞から分化した細胞等であることができ、もっとも好ましくは動物由来多能性幹細胞及び動物由来多能性幹細胞から分化した細胞等であることができ、よりさらに好ましくは哺乳類動物由来多能性幹細胞及び哺乳類動物由来多能性幹細胞から分化した細胞等であることができ、もっとも好ましくはヒト由来多能性幹細胞及びヒト由来多能性幹細胞から分化した細胞等であることができる。
【0009】
本発明において「幹細胞」とは、別の細胞に分化することができ且つ自己複製能をもつ細胞である。「幹細胞」のなかでも特に、生体を構成する全ての種類の細胞に分化することができる多分化能(多能性)を有し、適切な条件下のインビトロ(in vitro)での培養において多能性を維持したまま無限に増殖を続けることができる細胞を「多能性幹細胞」という。多能性幹細胞の具体例としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、胎児の始原生殖細胞由来の多能性幹細胞であるEG細胞(Shamblott M.J. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA.(1998) 95, p.13726-13731)、精巣由来の多能性幹細胞であるGS細胞(Conrad S., Nature(2008) 456, p.344-349)、体細胞由来の人工多能性幹細胞であるiPS細胞(induced pluripotent stem cells)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0010】
本発明に用いる多能性幹細胞は、特に好ましくは、ES細胞又はiPS細胞である。ES細胞は、初期胚に由来する多能性幹細胞である。iPS細胞は、体細胞に初期化因子を導入することにより体細胞を未分化状態へと初期化し、多能性を付与した培養細胞である。初期化因子としては、例えばOCT3/4及びKLF4及びSOX2及びc-Mycを用いることができ(Takahashi K, et al. Cell. 2007;131:861-72.)、例えばOCT3/4及びSOX2及びLIN28及びNanogを用いることができる(Yu J, et al. Science. 2007;318:1917-20.)。これらの因子の細胞への導入形態は特に限定されないが、例えば、プラスミドを用いた遺伝子導入、合成RNAの導入、タンパク質として直接導入などが挙げられる。また、microRNAやRNA、低分子化合物等を用いた方法で作製されたiPS細胞を用いてもよい。ES細胞、iPS細胞を始めとする多能性幹細胞は、市販品又は分譲を受けた細胞を用いてもよいし、新たに作製したものを用いてもよい。iPS細胞として、例えば253G1株、201B6株、201B7株、409B2株、454E2株、HiPS-RIKEN-1A株、HiPS-RIKEN-2A株、HiPS-RIKEN-12A株、Nips-B2株、TkDN4-M株、TkDA3-1株、TkDA3-2株、TkDA3-4株、TkDA3-5株、TkDA3-9株、TkDA3-20株、hiPSC 38-2株、MSC-iPSC1株、BJ-iPSC1株等を使用することができる。ES細胞として、例えばKhES-1株、KhES-2株、KhES―3株、KhES-4株、KhES-5株、SEES-1株、SEES-2株、SEES-3株、SEES-4株、SEES-5株、SEES-6株、SEES-7株、HUES8株、CyT49株、H1株、H9株、HS-181株、RPChiPS771-2株等を使用することができる。新たに作製された臨床グレードのiPS細胞又はES細胞を用いてもよい。iPS細胞を作製する際の細胞の由来は特に限定されないが、例えば、繊維芽細胞又はリンパ球等を用いることができる。
【0011】
本発明により細胞凝集塊を得ることができる。細胞凝集塊とは、複数の細胞が三次元的に凝集して形成される塊状の細胞集団であって、スフェロイドとも呼ばれる。細胞凝集塊は、通常、略球状を呈する。細胞凝集塊を構成する細胞は1種類以上の前記細胞であれば特に限定されない。例えば、ヒト多能性幹細胞又はヒト胚性幹細胞等の多能性幹細胞で構成された細胞凝集塊は、多能性幹細胞マーカーを発現している及び/又は多能性幹細胞マーカーが陽性を呈する細胞を含む。多能性幹細胞マーカーとしては、例えば、Alkaline Phosphatase、NANOG、OCT4、SOX2、TRA-1-60、c-Myc、KLF4、LIN28、SSEA-4、SSEA-1等が例示できる。
【0012】
本発明における多能性幹細胞マーカーは、当該技術分野において任意の検出方法により検出することができる。発現マーカーを検出する方法としては、例えばフローサイトメトリーが挙げられるが、これらに限定されない。蛍光標識抗体を用いるフローサイトメトリーにおいて、ネガティブコントロール(アイソタイプコントロール)と比較してより強い蛍光を発する細胞が検出された場合、当該細胞は当該マーカーについて「陽性」と判定される。フローサイトメトリーによって解析した蛍光標識抗体について陽性を呈する細胞の比率は、陽性率と記載されることがある。また、蛍光標識抗体は、当該技術分野において公知の任意の抗体を使用することができ、例えば、イソチオシアン酸フルオレセイン(FITC)、フィコエリスリン(PE)、アロフィコシアニン(APC)等により標識された抗体が挙げられるが、これらに限定されない。
【0013】
細胞凝集塊又は細胞集団を構成する細胞が多能性幹細胞である場合、多能性幹細胞マーカーを発現する及び/又は多能性幹細胞マーカーが陽性を呈する細胞の割合(比率)は、例えば80%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上とすることができる。前記細胞の割合の上限は特に限定されず、100%以下とすることができ、100%であってもよい。多能性幹細胞マーカーを発現する及び/又は多能性幹細胞マーカーが陽性を呈する細胞の割合が前記範囲内である細胞凝集塊又は細胞集団は未分化性が高く、より均質な細胞集団である。なお、多能性幹細胞マーカーは未分化マーカーと同義であり、両者は互換的に使用することができる。
【0014】
本発明の一以上の実施形態により製造される細胞凝集塊の寸法は特に限定されないが、顕微鏡で観察したとき、観察像での最も幅の広い部分の寸法の上限は例えば1000μm以下、900μm以下、800μm以下、700μm以下、600μm以下、500μm以下、400μm以下であり、300μm以下、又は200μm以下である。下限は例えば50μm以上、60μm以上、70μm以上、80μm以上、90μm以上、又は100μm以上である。このような寸法範囲の細胞凝集塊は、内部の細胞にも酸素や栄養成分が供給され易く細胞の増殖環境として好ましい。
【0015】
本発明の一以上の実施形態により製造される細胞凝集塊の集団は、該集団を構成する細胞凝集塊のうち重量基準で、例えば10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上が上記の範囲の寸法を有することができる。上記の範囲の寸法の細胞凝集塊を20%以上含む細胞凝集塊の集団では、個々の細胞凝集塊において、内部の細胞にも酸素や栄養成分が供給され易く細胞の増殖環境として好ましい。本発明の一以上の実施形態により製造される細胞集団は、該集団を構成する細胞のうち生細胞の割合(生存率)が、例えば50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上であることが好ましい。上記の範囲の生存率の細胞集団は、細胞の増殖に好ましい状態である。
【0016】
本発明における体細胞は、多能性幹細胞から分化誘導することができ、生体内に存在し得る体細胞であれば特に限定されないが、例えば、体性幹細胞(骨髄、脂肪組織、歯髄、胎盤、卵膜、臍帯血、羊膜、絨毛膜等に由来する間葉系幹細胞、神経幹細胞等)、神経細胞、グリア細胞、オリゴデンドロサイト、シュワン細胞、心筋細胞、心筋前駆細胞、肝細胞、肝臓前駆細胞、α細胞、β細胞、繊維芽細胞、軟骨細胞、角膜細胞、血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞、周細胞、骨格筋細胞、巨核球、造血幹細胞、気道上皮細胞、生殖細胞、樹状細胞、好酸球、肥満細胞、T細胞、エリスロポエチン産生細胞、腸管上皮、肺胞上皮細胞、腎臓細胞、膵臓細胞、肝臓細胞等が例示でき、前記細胞は遺伝子導入された形態やゲノム上の対象遺伝子などをノックダウンされた形態でもよい。
【0017】
本発明で用いられる細胞は、任意の動物由来のものであってよく、例えば、マウス、ラット、ハムスター等のげっ歯類;ヒト、ゴリラ、チンパンジー等の霊長類;及びイヌ、ネコ、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ等の家畜又は愛玩動物等の哺乳動物由来のものであってよいが、ヒト由来の細胞が特に好ましい。
【0018】
本発明の製造方法によれば、多能性幹細胞から、内胚葉系細胞、外胚葉系細胞、中胚葉系細胞などの三胚葉のいずれかの細胞集団並びにそこから得られる体細胞が製造される。三胚葉としては、内胚葉系細胞、中胚葉系細胞、及び外胚葉系細胞が挙げられる。体細胞としては、既述した例が挙げられる。
【0019】
本発明における内胚葉系細胞は、消化管、肺、甲状腺、膵臓、肝臓などの器官の組織、消化管に開口する分泌腺の細胞、腹膜、胸膜、喉頭、耳管、気管、気管支、尿路(膀胱、尿道の大部分、尿管の一部)などへと分化する能力を有し、一般的に、胚体内胚葉(DE)と言われることがある。多能性幹細胞から内胚葉系細胞への分化は、内胚葉系細胞に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。内胚葉系細胞に特異的な遺伝子としては、例えば、SOX17、FOXA2、CXCR4、AFP、GATA4、EOMES等を挙げることができる。なお、本明細書中において、内胚葉系細胞を胚体内胚葉と言い換えて使用することがある。
【0020】
本発明における中胚葉系細胞は、体腔及びそれを裏打ちする中皮、筋肉、骨格、皮膚真皮、結合組織、心臓、血管(血管内皮も含む)、血液(血液細胞も含む)、リンパ管、脾臓、腎臓、尿管、性腺(精巣、子宮、性腺上皮)などへと分化する。中胚葉系細胞に特異的な遺伝子としては、例えば、MESP1、MESP2、FOXF1、BRACHYURY、HAND1、EVX1、IRX3、CDX2、TBX6、MIXL1、ISL1、SNAI2、FOXC1及びPDGFRα等を挙げることができる。
【0021】
本発明における外胚葉系細胞は、皮膚の表皮や男性の尿道末端部の上皮、毛髪、爪、皮膚腺(乳腺、汗腺を含む)、感覚器(口腔、咽頭、鼻、直腸の末端部の上皮を含む、唾液腺)水晶体などを形成する。外胚葉系細胞の一部は発生過程で溝状に陥入して神経管を形成し、脳や脊髄などの中枢神経系のニューロンやメラノサイトなどの元にもなる。また末梢神経系も形成する。外胚葉系細胞に特異的な遺伝子としては、例えば、FGF5、OTX2、SOX1、PAX6等を挙げることができる。
【0022】
本発明の製造方法によれば、上記多能性幹細胞を分化誘導することで得られた三胚葉をさらに分化誘導することで体細胞を製造することができる。以下に内胚葉系細胞から得られる体細胞について説明する。
【0023】
本発明における原始腸管細胞(PGT)は、前腸、中腸、後腸を形成する。中腸は卵黄嚢とつながっており、後腸からは胚体外の尿膜が分岐している。また、前腸からは呼吸器系の咽頭も形成される。胃や腸のように腸管がそのまま分化するものと、肝臓、胆嚢、膵臓、(脾臓(リンパ性器官))などのように腸管から出芽するような形で形成されるものがある。内胚葉系細胞から原始腸管細胞への分化は、原始腸管細胞に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。原始腸管細胞に特異的な遺伝子としては、例えば、HNF-1β、HNF-4αなどを挙げることができる。
【0024】
本発明における後前腸細胞(PFG)は、原始腸管細胞から分化した細胞であり、後前腸細胞に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。後前腸細胞に特異的な遺伝子としてはPDX1、HNF6などを挙げることができる。
【0025】
本発明における膵臓前駆細胞(PP)は、後前腸細胞から分化した細胞であり、膵臓の外分泌系細胞および内分泌系細胞へと分化することができる細胞である。後前腸細胞から膵臓前駆細胞への分化は、膵臓前駆細胞に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。膵臓前駆細胞に特異的な遺伝子としてはPDX1、NKX6.1などを挙げることができる。
【0026】
本発明における膵内分泌前駆細胞(EP)は、膵臓前駆細胞から分化した細胞であり、膵臓の内分泌系細胞(α細胞、β細胞、δ細胞、ε細胞、PP細胞等)へと分化することができる細胞である。膵臓前駆細胞への分化は、膵臓前駆細胞に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。膵臓前駆細胞に特異的な遺伝子としてはPDX1、NKX6.1、NeuroG3、NeuroD1などを挙げることができる。
【0027】
本発明における膵臓β細胞は、膵内分泌前駆細胞から分化した細胞であり、インスリンを分泌する細胞である。膵内分泌前駆細胞から膵臓β細胞への分化は、膵臓β細胞に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。膵臓β細胞に特異的な遺伝子としては、インスリン、NKX6.1、MAFA、PDX1などを挙げることができる。
【0028】
本発明の製造方法によれば、多能性幹細胞から分化誘導された内胚葉系細胞集団を用いて、例えば、膵臓、肝臓、胃、腸などの消化器系の治療に用いることができる体細胞を得ることができる。以下に、各消化器系の治療における実施形態の一つを例示するが、これらに限定されるわけではない。
【0029】
腸系では、クリプト細胞などの腸前駆細胞を得た場合には、これをカテーテルなどで移植することにより、潰瘍性大腸炎、クローン病、短腸症などの治療へ利用できる。
【0030】
膵臓系では、膵臓β細胞(インスリン産生細胞と言い換える場合がある)を得た場合には、これをカテーテルなどであるいは免疫隔離デバイス等に封入して移植することにより、糖尿病の治療へ利用できる。
【0031】
肝臓系では、例えばアルブミン産生細胞を得た場合には、これをカテーテルなどであるいは免疫遮断デバイスに封入して移植することにより、大量出血を伴う外傷治療などへ利用できる。
【0032】
また、膵臓、肝臓、胃、腸などの消化器系における治療用組織を、高分子支持担体などを利用して培養することにより得ることもできる。例えば、肝臓組織を誘導して得た場合は、肝癌、肝硬変、急性肝不全や、ヘモクロマトーシスなどの肝代謝障害の治療へ利用できる。肺細胞組織を得た場合、これを患部へ移植することにより嚢胞性線維症や喘息などの肺呼吸器疾患治療へ利用できる。腎臓系では、メサンギウム細胞や尿細管上皮細胞、糸球体細胞など含む組織を得た場合、これを直接移植することにより、腎不全や腎炎の治療や透析治療などへ利用できる。肝臓系の、物質代謝が可能な細胞を得ることにより、アルブミン産生細胞、血液凝固因子産生細胞、α1アンチトリプシンなどの代謝酵素産生細胞を作製し、産生した代謝酵素を直接注射するか点滴投与することにより、これらのタンパク質の欠乏症の治療に用いることができる。例えば、膵臓β細胞などの物質代謝が可能な膵臓系の細胞を得ることにより、その膵臓β細胞が産生したインスリンを直接注射することにより、I型糖尿病の治療に用いることもできる。
【0033】
さらに、本発明の製造方法で得られる三胚葉の何れの細胞集団ならびにそこから得られる体細胞は、被検物質の薬効/毒性評価や作用メカニズムの解明、あるいは生物現象メカニズムの解析に用いることも可能である。
【0034】
本発明では、接着又は浮遊させながら培養した後に単離された細胞を用いることができる。ここで「単離された細胞」とは、複数の細胞が集団として接着している細胞を剥離、分散した状態の前記細胞である。単離とは、培養容器や培養担体等に接着していた状態の細胞又は細胞同士が接着している状態の細胞集団を剥離、分散して単一の細胞にする工程である。単離する細胞集団は液体培地中に浮遊した状態であってもよい。単離の方法は特に限定されないが、剥離剤(トリプシン又はコラゲナーゼ等の細胞剥離酵素)又はEDTA(エチレンジアミン四酢酸)等のキレート剤又は剥離剤とキレート剤の混合物等を好適に使用することができる。剥離剤は特に限定されないが、トリプシン、Accutase(商標登録)、TrypLETM Express Enzyme(ライフテクノロジーズ社)、TrypLETM Select Enzyme(ライフテクノロジーズ社)、ディスパーゼ(商標登録)、コラゲナーゼなどが挙げられる。単離後に凍結保存した前記細胞も本発明で好適に使用することができる。
【0035】
本発明において「浮遊させながら培養する」とは、液体培地中で細胞を浮遊状態で増殖させることをいい、略称として「浮遊培養」と言い換えて使用することができる。浮遊培養での細胞は、液体培地中で凝集した細胞塊で存在する。特に限定はしないが、本発明では、細胞を三次元的に培養して大量生産するための手法として使用される。なお、多能性幹細胞の維持培養で使用される培養の手法はこの限りではなく、接着又は浮遊させながら培養してよい。
【0036】
浮遊培養は静置培養であってもよいし、液体培地が流動する条件での培養であってもよいが、好ましくは液体培地が流動する条件での培養である。液体培地が流動する条件での培養としては、細胞の凝集を促進するように液体培地が流動する条件での培養が好ましい。細胞の凝集を促進するように液体培地が流動する条件での培養としては、例えば、旋回流、揺動流等の流れによる応力(遠心力、求心力)により細胞が一点に集まるように液体培地が流動する条件での培養や、直線的な往復運動により液体培地が流動する条件での培養が挙げられ、旋回流及び/又は揺動流を利用した培養が特に好ましい。
【0037】
本発明において「旋回培養法」(振盪培養法を含む)とは、旋回流による応力(遠心力、求心力)により細胞が一点に集まるように液体培地が流動する条件で培養する方法をいう。具体的には、細胞を含む液体培地を収容した培養容器を概ね水平面に沿って円、楕円、扁平した円、扁平した楕円等の閉じた軌道を描くように旋回させたり、培養容器は静置させたままでスターラ―バーや撹拌翼のような撹拌子を用いて容器内の液体培地を旋回させたりすることにより行う。後者は、例えば、撹拌翼の付いたスピナーフラスコ状の培養容器を用いることで達成し得る。そのような培養容器は市販又は受注生産されており、それらを利用することもできる。その場合、液体培地や培養液の量等は培養容器メーカー推奨の量や当業者が想到し得る範囲の量で使用すればよい。
【0038】
旋回培養法における旋回速度は特に限定されないが、上限は、例えば200rpm以下、150rpm以下、120rpm以下、115rpm以下、110rpm以下、105rpm以下、100rpm以下、95rpm以下、又は90rpm以下とすることができる。下限は例えば1rpm以上、10rpm以上、50rpm以上、60rpm以上、70rpm以上、80rpm以上又は90rpm以上とすることができる。旋回培養の際の旋回幅は特に限定されないが、下限は、例えば1mm以上、10mm以上、20mm以上、又は25mm以上とすることができる。旋回幅の上限は、例えば200mm以下、100mm以下、50mm以下、30mm以下、又は25mm以下とすることができる。旋回培養の際の回転半径もまた特に限定されないが、旋回幅が前記の範囲となるように設定される。回転半径の下限は例えば5mm以上、又は10mm以上であり、上限は例えば100mm以上、又は50mm以上とすることができる。
【0039】
本発明において「揺動培養法」とは、揺動(ロッキング)撹拌のような直線的な往復運動により液体培地に揺動流を付与する条件で培養する方法をいう。具体的には、細胞を含む液体培地を収容した培養容器を概ね水平面に垂直な平面内で揺動させることにより行う。揺動速度は特に限定されないが、例えば1往復を1回とした場合、下限は1分間に2回以上、4回以上、6回以上、8回以上、又は10回以上、一方、上限は1分間に15回以下、20回以下、25回以下、又は50回以下で揺動すればよい。揺動の際、垂直面に対して若干の角度、すなわち誘導角度を培養容器につけることが好ましい。揺動角度は特に限定されないが、例えば、下限は0°以上、1°以上、2°以上、4°以上、6°以上、又は8°以上とすることができ、一方、上限は10°以下、12°以下、15°以下、18°以下又は20°以下とすることができる。揺動培養の条件をこの範囲とすることで、適切な寸法の細胞凝集塊を製造することが可能となるため好ましい。
【0040】
浮遊培養における細胞の液体培地中での播種密度(浮遊培養の開始時の細胞密度)は適宜調整することができるが、播種密度の下限として、例えば0.01×105個細胞/mL以上、0.1×105個細胞/mL以上、又は1×105個細胞/mL以上である。播種密度の上限としては、例えば10×106個細胞/mL以下、20×105個細胞/mL以下、又は10×105個細胞/mL以下である。播種密度がこの範囲であるとき、適切な大きさの細胞凝集塊が形成され易い。播種密度は、例えば、0.1×105個細胞/mL、0.2×105個細胞/mL、0.3×105個細胞/mL、0.4×105個細胞/mL、0.5×105個細胞/mL、0.6×105個細胞/mL、0.7×105個細胞/mL、0.8×105個細胞/mL、0.9×105個細胞/mL、1×105個細胞/mL、1.5×105個細胞/mL、2×105個細胞/mL、3×105個細胞/mL、4×105個細胞/mL、5×105個細胞/mL、6×105個細胞/mL、7×105個細胞/mL、8×105個細胞/mL、9×105個細胞/mL、又は10×106個細胞/mLでも良い。
【0041】
浮遊培養において細胞をどの程度増殖させるのか、または細胞の形態、状態をどのように調製するかについては、培養する細胞の種類と性質、培養の目的、液体培地の種類や培養条件に応じて適宜定めればよい。浮遊培養に用いる細胞は、予め維持培養工程により培養され、回収工程により回収され、必要に応じて単細胞化された細胞であることが好ましい。浮遊培養後は、常法により培養液を廃棄し、細胞を回収する。この時、細胞は剥離又は分散処理によって単一の細胞として回収することが好ましい。回収した細胞は、そのまま若しくは必要に応じてバッファ、生理食塩水又は液体培地で洗浄後、次の工程に供すればよい。
【0042】
本発明で用いる液体培地は、細胞を培養するために調整された液状の物質である。原則として、細胞の増殖及び/又は維持に不可欠の成分を必要最小限以上包含する。例えば、任意の動物細胞培養用培地を基礎培地とし、必要に応じて培養添加物等の他の成分を適宜添加することにより調製することができる。本発明で用いる液体培地は細胞の浮遊培養に適したものであることが好ましい。なお、一部またはすべてがゲル化している固形状の培地は送液する際に送液管に滞留し、また、培地の温度変化により形態変化や主成分の濃度変化を誘発することから、本発明で用いる培地は液状の物質である。なお、本明細書において、液体培地を単に培地と称して使用することがある。
【0043】
本発明における液体培地の粘性は、当業者が液体であると認識可能な範囲であれば特に限定されないが、具体的には、液体培地の温度が25℃の場合に、100mPa・s以下、90mPa・s以下、80mPa・s以下、70mPa・s以下、60mPa・s以下、50mPa・s以下、40mPa・s以下、又は30mPa・s以下であることが好ましく、0mPa・sより大きい、1mPa・s以上、2mPa・s以上、3mPa・s以上、4mPa・s以上、又は5mPa・s以上であることが好ましい。
【0044】
液体培地の粘度は、液体培地の粘度が測定可能な粘度計であれば特に限定されないが、例えば、B型粘度計(トキメック社)により測定することができる。具体的には、内径60mmのガラス製容器に測定サンプルを投入し、液温度25℃、ロータNo.2、回転数60回転/分、保持時間30秒の条件で3回測定し、その平均値を測定値(粘度)とすることができる。
【0045】
本発明において、「を添加しない」という用語は、培養物又は馴化培地において添加していないと特定されたタンパク質、ペプチド及び化合物等の因子を外因的に加えないことを指す。なお、培養物又は馴化培地において添加していないと特定されたタンパク質、ペプチド及び化合物等の因子を培養の連続的な操作により持ち込んでいる場合は、1%未満(体積/体積)、0.5%(体積/体積)未満、0.1%(体積/体積)未満、0.05%(体積/体積)未満、0.01%(体積/体積)未満、又は0.001%(体積/体積)未満になるように調整する。
【0046】
基礎培地としては、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)、ハムF10培地、ハムF12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、及びこれらの混合培地(例えば、DMEM/F12培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium/Nutrient Mixture F-12 Ham))等の培地を使用することができるが、特に限定されない。DMEM/F12培地としては特に、DMEM培地とハムF12培地とを例えば60/40以上40/60以下の重量比、55/45以上45/55以下の重量比、又は等量(50/50の重量比)で混合した培地を用いることができる。
【0047】
本発明において「培養添加物」とは、培養目的で培地に添加される血清以外の物質である。培養添加物の具体例として特に限定はしないが、例えば、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、炭酸水素ナトリウム、増殖因子、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、抗生剤等が挙げられる。インスリン、トランスフェリン、及びサイトカインは、動物(好ましくは、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ヤギ等)の組織又は血清等から分離した天然由来のものであってもよいし、遺伝子工学的に作製した組換えタンパク質であってもよい。また、増殖因子は、限定するものではないが、例えば、FGF2(Basic fibroblast growth factor-2)、TGF-β1(Transforming growth factor-β1)、Activin A、IGF-1、MCP-1、IL-6、PAI、PEDF、IGFBP-2、LIF及びIGFBP-7を使用することができる。抗生剤は、限定するものではないが、例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン、アンホテリシンB等を使用することができる。
【0048】
本発明で用いる液体培地は、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムから選択される少なくとも1つを含むことが好ましく、より好ましくはこれらの全部を含む。また、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムは、溶液、誘導体、塩又は混合試薬等の形態で培地に添加することができる。例えば、L-アスコルビン酸は、2-リン酸アスコルビン酸マグネシウムなどの誘導体の形態で培地に添加してもよい。セレンは亜セレン酸塩(亜セレン酸ナトリウムなど)の形態で培地に添加してもよい。インスリン及びトランスフェリンは、動物(好ましくは、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ヤギ等)の組織又は血清等から分離した天然由来のものであってもよいし、遺伝子工学的に作製した組換えタンパク質であってもよい。インスリン、トランスフェリン、及びセレンは、試薬ITS(インスリン-トランスフェリン-セレン)の形態で培地に添加してもよい。ITSは、インスリン、トランスフェリン、及び亜セレン酸ナトリウムを含む、細胞増殖促進用の添加剤である。L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムから選択される少なくとも1つを含む市販の培地を使用することができる。インスリン及びトランスフェリンを添加した市販の培地としては、CHO-S-SFM II(ライフテクノロジーズ社)、Hybridoma-SFM(ライフテクノロジーズ社)、eRDF Dry Powdered Media(ライフテクノロジーズ社)、UltraCULTURETM(BioWhittaker社)、UltraDOMATM(BioWhittaker社)、UltraCHOTM(BioWhittaker社)、UltraMDCKTM(BioWhittaker社)等を用いることができる。STEMPRO(登録商標) hESC SFM(ライフテクノロジーズ社)、mTeSR1(Veritas社)、TeSR2(Veritas社)なども好適に用いることができる。その他、ヒトiPS細胞やヒトES細胞の培養に使用されている培地も好適に使用することができる。
【0049】
本発明において「培養容器」は、多能性幹細胞が浮遊で培養可能な形状、大きさ、構造、及び構成であれば特に限定されないが、容器内面への細胞の接着性が低くなるような形状、容量、構造、及び構成であることが好ましい。なお、本明細書中において培養容器を培養タンクと言い換えて使用することがある。
【0050】
培養容器の形状は特に限定されないが、例えば、タンク状、フローリアクター状、ディッシュ状、フラスコ状、ウェル状、バッグ状等の形状の培養容器が挙げられる。本発明において使用する培養容器の容量は適宜選択することができ特に限定されないが、培地を収容する部分の底面を平面視したときの面積が、例えば25cm2以上、50cm2以上、100cm2以上、200cm2以上、300cm2以上、400cm2以上、500cm2以上、600cm2以上、700cm2以上、800cm2以上、900cm2以上、1000cm2以上、2000cm2以上、3000cm2以上、4000cm2以上、5000cm2以上、6000cm2以上、7000cm2以上、8000cm2以上、9000cm2以上、又は10000cm2以上であることが好ましく、また1000000cm2以下、500000cm2以下、100000cm2以下、90000cm2以下、80000cm2以下、70000cm2以下、60000cm2以下、50000cm2以下、40000cm2以下、30000cm2以下、20000cm2以下、10000cm2以下、9000cm2以下、8000cm2以下、7000cm2以下、6000cm2以下、5000cm2以下、4000cm2以下、3000cm2以下、2000cm2以下、又は1000cm2以下であることが好ましい。
【0051】
本発明において使用する液体培地の容量(L/培養容器)としては、多能性幹細胞が浮遊培養でき、細胞凝集塊が形成可能な容量であれば特に限定されないが、例えば0.1L/培養容器以上、0.5L/培養容器以上、1L/培養容器以上、2L/培養容器以上、3L/培養容器以上、4L/培養容器以上、5L/培養容器以上、6L/培養容器以上、7L/培養容器以上、8L/培養容器以上、9L/培養容器以上、10L/培養容器以上、20L/培養容器以上、30L/培養容器以上、40L/培養容器以上、50L/培養容器以上、60L/培養容器以上、70L/培養容器以上、80L/培養容器以上、90L/培養容器以上、又は100L/培養容器以上であることが好ましく、また100000L/培養容器以下、50000L/培養容器以下、10000L/培養容器以下、9000L/培養容器以下、8000L/培養容器以下、7000L/培養容器以下、6000L/培養容器以下、5000L/培養容器以下、4000L/培養容器以下、3000L/培養容器以下、2000L/培養容器以下、1000L/培養容器以下、900L/培養容器以下、800L/培養容器以下、700L/培養容器以下、600L/培養容器以下、500L/培養容器以下、400L/培養容器以下、300L/培養容器以下、200L/培養容器以下、150L/培養容器以下、100L/培養容器以下、90L/培養容器以下、80L/培養容器以下、70L/培養容器以下、60L/培養容器以下、又は50L/培養容器以下であることが好ましい。
【0052】
本発明において「維持培養工程」とは、浮遊培養前の細胞集団、又は浮遊培養後、若しくはその後の回収工程後に得られる細胞凝集塊を、未分化性を維持した状態で細胞を増殖させるために培養する工程である。維持培養は、細胞を容器、担体等培養基材に接着させながら培養する接着培養であってもよいし、細胞を液体培地中で浮遊させながら培養する浮遊培養であってもよい。
【0053】
維持培養工程では、当該分野で既知の動物細胞培養法により、対象となる細胞を培養すればよい。接着培養又は浮遊培養を問わない。
【0054】
維持培養工程で使用する液体培地、細胞、細胞の播種密度、培養容器、培養容器の形状、及び培養条件の具体的な実施形態は既述の通りである。
【0055】
維持培養工程における、液体培地の流動状態は特に限定されないが、静置培養でもよいし、流動培養でもよい。
【0056】
「静置培養」とは、培養容器内で液体培地を静置した状態で培養することをいう。接着培養では、通常、この静置培養が採用される。
【0057】
「流動培養」とは、液体培地を流動させる条件下で培養することをいう。流動培養の具体的な実施形態は既述の通りである。
【0058】
維持培養工程において細胞をどの程度増殖させるのか、または細胞の形態、状態をどのように調製するかについては、培養する細胞の種類と性質、培養の目的、液体培地の種類や培養条件に応じて適宜定めればよい。
【0059】
維持培養工程では、適当な頻度で液体培地交換を行うことが好ましい。液体培地交換の頻度は細胞種により異なるが、例えば5日に一回以上、4日に一回以上、3日に一回以上、2日に一回以上、又は1日に一回以上の頻度で液体培地交換作業を含むことができる。この頻度の液体培地交換は、幹細胞の細胞凝集塊を培養する際に特に好適である。液体培地交換の方法は特に限定されないが、好ましくは細胞凝集塊を含む細胞培養組成物を遠沈管に全量回収し、遠心分離又は静置状態5分程度置き、沈降した細胞凝集塊を残して上清を除去し、その後、新鮮な液体培地を添加し、穏やかに細胞凝集塊を分散させた後、再度プレート等の培養容器に細胞凝集塊分散培地を戻すことで細胞凝集塊を継続して培養することができる。この態様の維持培養工程の培養期間は特に限定されないが、3日以上7日以下が好ましい。
【0060】
維持培養工程後は、常法により培養液を廃棄し、細胞を回収する。この時、細胞は、剥離又は分散処理によって単一の細胞として回収することが好ましい。回収した細胞は、そのまま、又は必要に応じてバッファ(PBSバッファを含む)、生理食塩水、又は液体培地(次の工程で使用する液体培地か基礎培地が好ましい)で洗浄後、次の工程に供すればよい。
【0061】
「回収工程」は、浮遊培養後及び/又は維持培養工程後の培養液から培養した細胞を回収する工程で、本発明の方法における選択工程である。
【0062】
本発明において「(細胞の)回収」とは、培養液と細胞とを分離して細胞を取得することをいう。細胞の回収方法は、当該分野の細胞培養法で使用される常法に従えばよく、特に限定はしない。細胞培養方法は、一般に浮遊培養法と接着培養法に大別できる。以下、それぞれの培養方法後の細胞の回収方法について説明をする。
【0063】
(浮遊培養方法後の回収方法)
浮遊培養法で培養した場合、細胞は培養液中に浮遊した状態で存在する。したがって、細胞の回収は、静置状態又は遠心分離により上清の液体成分を除去することで達成できる。また、細胞の回収方法としてはフィルターや中空糸分離膜等を選択することもできる。静置状態で液体成分を除去する場合、培養液の入った容器を静置状態5分程度置き、沈降した細胞や細胞凝集塊を残して上清を除去すればよい。また遠心分離は、遠心力によって細胞がダメージを受けない回転速度と処理時間で行えばよい。例えば、回転速度の下限は、細胞を沈降できれば特に限定はされないが、例えば500rpm以上、800rpm以上、又は1000rpm以上であればよい。一方、上限は細胞が遠心力によるダメージを受けない、又は受けにくい速度であればよく、例えば1400rpm以下、1500rpm以下、又は1600rpm以下であればよい。また処理時間の下限は、上記回転速度により細胞を沈降できる時間であれば特に限定はされないが、例えば30秒、1分、3分、又は5分であればよい。また、上限は、上記回転により細胞がダメージを受けない、又は受けにくい時間であればよく、例えば30秒、6分、8分、又は10分であればよい。回収した細胞は、必要に応じて洗浄することができる。洗浄方法は、限定しない。例えば前述の維持培養工程における「工程後処理」に記載の洗浄方法と同様に行えばよい。洗浄液には、バッファ(PBSバッファを含む)、生理食塩水、又は液体培地(基礎培地が好ましい)を使用すればよい。
【0064】
(接着培養方法後の回収方法)
接着培養法で培養した場合、培養後、多くの細胞は培養容器や培養担体等の外部マトリクスに接着した状態で存在する。したがって、培養容器から培養液を除去するには、培養後の容器を静かに傾けて液体成分を流し出せばよい。外部マトリクスに接着した細胞が培養容器内に残るため、培養液と細胞を容易に分離することができる。
【0065】
その後、必要に応じて外部マトリクスに接着した細胞表面を洗浄することもできる。洗浄液には、バッファ(PBSバッファを含む)、生理食塩水、又は液体培地(基礎培地が好ましい)を使用すればよい。ただし、これらに限定はされない。洗浄後の洗浄液は、培養液と同様の操作で除去すればよい。この洗浄ステップは、複数回繰り返してもよい。
【0066】
続いて、外部マトリクスに接着した細胞集団を外部マトリクスから剥離する。剥離方法は、当該分野で公知の方法で行えばよい。通常は、スクレーピング、タンパク質分解酵素を有効成分とする剥離剤、EDTA等のキレート剤、又は剥離剤とキレート剤の混合物等が使用される。
【0067】
スクレーピングは、スクレーパー等を用いて外部マトリクスに付着した細胞を機械的手段によって剥ぎ取る方法である。ただし、機械的操作により細胞が損傷を受けやすいため、回収後の細胞をさらなる培養に供する場合には、外部マトリクスに固着している細胞の足場部分を化学的に破壊又は分解し、外部マトリクスとの接着を解除する剥離方法が好ましい。
【0068】
剥離方法では、剥離剤及び/又はキレート剤を使用する。剥離剤は限定しないが、例えば、トリプシン、コラゲナーゼ、プロナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼの他、市販のAccutase(商標登録)、TrypLETMExpress Enzyme(ライフテクノロジーズ株式会社)、TrypLETM Select Enzyme(ライフテクノロジーズ株式会社)、ディスパーゼ(商標登録)等を利用することができる。各剥離剤の濃度及び処理時間は、細胞の剥離又は分散で用いられる常法の範囲で使用すればよい。例えば、トリプシンの場合、溶液中の濃度の下限は、細胞を剥離できる濃度であれば特に限定はされないが、例えば0.01%以上、0.02%以上、0.03%以上、0.04%以上、0.05%以上、0.08%以上、又は0.10%以上であればよい。
【0069】
一方、溶液中の濃度の上限は、トリプシンの作用によって細胞そのものが溶解される等の影響を受けない濃度であれば特に限定はされないが、例えば0.15%以下、0.20%以下、0.25%以下、又は0.30%以下であればよい。また処理時間は、トリプシンの濃度によって左右されるものの、その下限はトリプシンの作用によって外部マトリクスから細胞が十分に剥離される時間であれば特に限定はされず、例えば1分以上、2分以上、3分以上、4分又は5分以上であればよい。一方、処理時間の上限は、トリプシンの作用によって細胞そのものが溶解される等の影響を受けない時間であれば特に限定はされず、例えば8分以下、10分以下、12分以下、15分以下、18分以下、又は20分以下であればよい。他の剥離剤又はキレート剤の場合も、概ね同様に行えばよい。なお、市販の剥離剤を使用する場合には、添付のプロトコルに記載の濃度及び処理時間で行うことができる。本回収工程後に回収した細胞は、必要に応じて単一細胞化することもできる。
【0070】
本発明において「単一細胞化」とは、単層細胞片や細胞凝集塊等のように複数の細胞が互いに接着又は凝集した細胞集合体を分散させて、単一の遊離した細胞状態にすることをいう。
【0071】
単一細胞化は、上記の剥離方法で使用する剥離剤及び/又はキレート剤の濃度を高めにする、及び/又は剥離剤及び/又はキレート剤での処理時間を長くすればよい。例えば、トリプシンの場合、溶液中の濃度の下限は、細胞集合体を分散できる濃度であれば特に限定はされないが、例えば0.15%以上、0.18%以上、0.20%以上、又は0.24%以上であればよい。一方、溶液中の濃度の上限は、細胞そのものが溶解される等の影響を受けない濃度であれば特に限定はされないが、0.25%以下、0.28%以下、又は0.30%以下であればよい。また処理時間は、トリプシンの濃度によって左右されるものの、その下限は、トリプシンの作用によって細胞集合体が十分に分散される時間であれば特に限定はされず、例えば5分以上、8分以上、10分以上、12分以上、又は15分以上であればよい。一方、処理時間の上限は、トリプシンの作用によって細胞そのものが溶解される等の影響を受けない時間であれば特に限定はされず、例えば18分以下、20分以下、22分以下、25分以下、28分以下、又は30分以下であればよい。
【0072】
なお、市販の剥離剤を使用する場合には、添付のプロトコルに記載内で細胞を分散させて単一状態にできる濃度で使用すればよい。前記剥離剤及び/又はキレート剤による処理後に物理的に軽く処理することで、単一細胞化を促進できる。この物理的処理は限定しないが、例えば、細胞を溶液ごと複数回ピペッティングする方法が挙げられる。さらに、必要に応じて、細胞をストレーナーやメッシュに通過させてもよい。
【0073】
単一細胞化した細胞は、静置又は遠心分離により剥離剤を含む上清を除去して回収することができる。回収した細胞は、必要に応じて洗浄してもよい。遠心分離の条件や洗浄方法については既述の通りに行えばよい。
【0074】
以下に本発明の具体的な実施態様を説明するが、これに限定されるものではない。また、既述した説明については省略する。
【0075】
本発明の製造方法は、下記の(a)及び(b):
(a)培養容器に液体培地を充填した後、前記培養容器内で液体培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程、及び
(b)前記培養容器内の液体培地に多能性幹細胞を播種し浮遊させながら培養する工程、
を含む製造方法である。
【0076】
(a)工程:培養容器に液体培地を充填した後、前記培養容器内で液体培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程は、多能性幹細胞を浮遊培養する工程の前段階に相当し、本工程と(b)工程は連続して行うことが好ましい。
【0077】
(a)工程においては、加熱していない液体培地(保存した時の温度に保持されている液体培地)を培養容器に充填する際は、直接、培養容器に作業者が液体培地を充填してもよいし、培養容器と液体培地が保存されている容器がパイプなどの送液管により連結されている場合は、空気圧などを用いて容器から容器に無菌環境下で送液して充填もよい。なお、培養容器に充填する際の液体培地を温度は、液体培地中に含まれる成分が少なくとも6カ月間安定に存在可能な温度であれば特に限定されないが、例えば、-80℃以上、-70℃以上、-60℃以上、-50℃以上、-40℃以上、-30℃以上、-20℃以上、-10以上、-5℃以上、0℃以上、又は4℃以上であることが好ましく、また、18℃以下、15℃以下、10℃以下、9℃以下、8℃以下、7℃以下、6℃以下、又は5℃以下であることが好ましい。また、他の実施態様として、充填の作業を効率化し液体培地の組成を安定化させるために、例えば4℃の液体培地を充填した後に、培養容器内の温度を-20℃に下げ、液体培地の温度を-20℃にしてもよい。つまり、上述した液体培地中に含まれる成分が安定化する温度の範囲で、充填時の液体培地と加熱前の液体培地の温度を適宜調整することが好ましい。
【0078】
次に、(a)工程は、培養容器内で液体培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる。温度を上昇させる前の培養容器内における液体培地の温度は、上記充填する際の液体培地の温度と同じであってもよいし、液体培地中に含まれる成分が安定化する温度の範囲で変更してもよい。具体的には、-80℃以上、-70℃以上、-60℃以上、-50℃以上、-40℃以上、-30℃以上、-20℃以上、-10以上、-5℃以上、0℃以上、又は4℃以上であることが好ましく、また、18℃以下、15℃以下、10℃以下、9℃以下、8℃以下、7℃以下、6℃以下、又は5℃以下であることが好ましい。特に、温度を上昇させる前の培養容器内における液体培地の温度が-20℃以上、10℃以下であると多能性幹細胞の増殖性が著しく向上するため好ましい。
【0079】
(a)工程における液体培地の温度の上昇(液体培地の温度を上昇させる範囲)は適宜選択することができ特に限定されないが、例えば15℃上昇させる、16℃上昇させる、17℃上昇させる、18℃上昇させる。19℃上昇させる、20℃上昇させる、21℃上昇させる、22℃上昇させる、23℃上昇させる、24℃上昇させる、25℃上昇させる、26℃上昇させる、27℃上昇させる、28℃上昇させる、29℃上昇させる、30℃上昇させる、31℃上昇させる、32℃上昇させる、33℃上昇させる、34℃上昇させる、35℃上昇させる、36℃上昇させる、37℃上昇させる、38℃上昇させる、39℃上昇させる、40℃上昇させる、41℃上昇させる、42℃上昇させる、43℃上昇させる、44℃上昇させる、45℃上昇させる、46℃上昇させる、47℃上昇させる、48℃上昇させる、49℃上昇させる、50℃上昇させる、51℃上昇させる、52℃上昇させる、53℃上昇させる、54℃上昇させる、55℃上昇させる、56℃上昇させる、57℃上昇させる、58℃上昇させる、59℃上昇させる、又は60℃上昇させることが好ましい。特に液体培地の温度を上昇させる範囲としては、20℃以上、57℃以下の範囲で液体培地を上昇させることが好ましく、22℃以上、57℃以下の範囲で液体培地を上昇させることがさらに好ましく、37℃より大きく、57℃以下の範囲で液体培地を上昇させることが特に好ましい。
【0080】
(a)工程における多能性幹細胞が増殖可能な温度は、多能性幹細胞が生存し且つ増殖可能な温度であれば特に限定されないが、例えば、30℃以上、31℃以上、32℃以上、33℃以上、34℃以上、又は35℃以上であることが好ましく、42℃以下、41℃以下、40℃以下、39℃以下、38℃以下、又は37℃以下であることが好ましい。
【0081】
(a)工程において、培養容器内の液体培地を撹拌しながら液体培地の温度を上昇させることが好ましい。培養容器内の液体培地を撹拌するための実施態様としては、例えば旋回流、揺動流等の流れによる応力(遠心力、求心力)により液体培地が流動する条件での撹拌や、直線的な往復運動により液体培地が流動する条件での撹拌が挙げられ、旋回流及び/又は揺動流を利用した撹拌が好ましい。より具体的には、撹拌翼のような撹拌子を用いて容器内の液体培地を旋回させたりすることにより行うことで、効率よく培養容器内の液体培地の温度が上昇させることができる。
【0082】
(a)工程において、増殖因子を添加しないことが好ましい。本工程における液体培地の温度変化が増殖因子の不安定化を誘発することが本発明により見出されている。増殖因子としては、FGF2、TGF-β1、Activin A、IGF-1、MCP-1、IL-6、PAI、PEDF、IGFBP-2、LIF及びIGFBP-7が挙げられるが、FGF2及び/又はTGF-β1が特に好ましい。
【0083】
(b)工程:前記培養容器内の液体培地に多能性幹細胞を播種し浮遊させながら培養する工程は、培養容器内の液体培地の温度を上昇させる工程の後段階に相当し、(a)工程と本工程は連続して行うことが好ましい。
【0084】
(b)工程における多能性幹細胞を浮遊させながら培養する方法としては、既述した浮遊培養方法などを用いることができるし、特許6238265号公報に記載されている方法を使用することができる。
【0085】
(b)工程において、増殖因子を添加することが好ましい。本工程において増殖因子を添加することにより効率的に多能性幹細胞が増殖することが本発明により見出されている。増殖因子としては、FGF2、TGF-β1、Activin A、IGF-1、MCP-1、IL-6、PAI、PEDF、IGFBP-2、LIF及びIGFBP-7が挙げられるが、FGF2及び/又はTGF-β1が特に好ましい。増殖因子の添加濃度としては、多能性幹細胞が増殖可能な濃度範囲であれば特に限定されないが、1μg/L以上、3μg/L以上、5μg/L以上、7μg/L以上、10μg/L以上が好ましく、また、500μg/L以下、400μg/L以下、300μg/L以下、200μg/L以下、又は100μg/L以下が好ましい。
【0086】
また、本発明の製造方法は、上述した(a)工程及び(b)工程の後に得られた多能性幹細胞を用いて、以下の(c)工程を行うことによって体細胞を得ることができる。
本発明の体細胞の製造方法は、下記の(a)~(c):
(a)培養容器に液体培地を充填した後、前記培養容器内で液体培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程、
(b)前記培養容器内の液体培地に多能性幹細胞を播種し浮遊させながら培養する工程、及び
(c)前記(b)の工程で得られた多能性幹細胞を分化誘導因子の存在下で培養し分化誘導する工程、
を含む製造方法である。
(c)工程:前記(b)の工程で得られた多能性幹細胞を分化誘導因子の存在下で培養し分化誘導する工程は、多能性幹細胞を浮遊培養する工程の後段階に相当し、(b)工程と本工程を連続して行うことが好ましい。
【0087】
(c)工程における分化誘導因子としては、例えば、TGFβシグナルに作用する物質、Wntシグナルに作用する物質、ヘッジホッグシグナルに作用する物質、BMPシグナルに作用する物質、並びにNodal/アクチビンシグナルに作用する物質が挙げられ、具体的には国際公開第2016/063986号、国際公開第2012/020845号、並びに国際公開第2016/060260号に記載されている分化誘導因子を用いることができる。
【0088】
本発明による体細胞を含む細胞集団は、医薬品組成物として使用することができる。即ち、本発明によれば、本発明による体細胞並びにその体細胞を含む細胞集団と、製薬上許容し得る媒体とを含む、医薬組成物が提供される。本発明によればさらに、本発明による体細胞並びにその体細胞を含む細胞集団と、投与可能な他の細胞とを含む、医薬組成物が提供される。
【0089】
本発明の医薬組成物は、細胞治療剤、例えば、難治性疾患治療剤として使用することができる。本発明によれば、患者又は被験者に、本発明による体細胞を含む細胞集団の治療有効量を投与する工程を含む、患者又は被験者に細胞を移植する方法、並びに患者又は被験者の疾患の治療方法が提供される。
【0090】
本発明によれば、医薬組成物の製造のための、本発明による体細胞を含む細胞集団の使用が提供される。
【0091】
本発明によれば、細胞治療剤の製造のための、本発明による体細胞を含む細胞集団の使用が提供される。
【0092】
本発明の医薬組成物は、体細胞を含む細胞集団を、製薬上許容し得る媒体により希釈したものでもよい。上記の製薬上許容し得る媒体は、患者又は被験者に投与し得る溶液であれば特に限定されない。製薬上許容し得る媒体は、輸液製剤であってもよく、例えば、注射用水、生理食塩液、5%ブドウ糖液、リンゲル液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液、アミノ酸液、開始液(1号液)、脱水補給液(2号液)、維持輸液(3号液)、術後回復液(4号液)、Plasma-Lyte A(登録商標)等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0093】
本発明において「患者又は被験者」とは、典型的にはヒトであるが、他の動物であってもよい。他の動物としては、例えば、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、サル(カニクイザル、アカゲザル、コモンマーモセット、ニホンザル)、フェレット、ウサギ、げっ歯類(マウス、ラット、スナネズミ、モルモット、ハムスター)等の哺乳動物;及びニワトリ、ウズラ等の鳥類が挙げられるが、これらに限定されない。
【0094】
本発明における「治療」は、例えば、患者又は被験者の生命予後、機能予後、生存率、体重減少、貧血、下痢、下血、腹痛、発熱、食欲低下、栄養失調、嘔吐、疲労、発疹、炎症、潰瘍、びらん、瘻孔、狭窄、腸閉塞、内出血、直腸出血、痙攣、疼痛、肝機能低下、又は血液検査項目のうち、少なくとも1つを有意に改善することが挙げられるが、これらに限定されない。
【0095】
発明の医薬組成物は、患者又は被験者の治療の際に用いられる任意の成分を含んでもよい。上記の成分としては、例えば、塩類(例えば、生理食塩水、リンゲル液、ビカネイト輸液)、多糖類(例えば、ヒドロキシルエチルデンプン(HES)、デキストランなど)、タンパク質(例えば、アルブミンなど)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、アミノ酸、培地成分(例えば、RPMI1640培地に含まれる成分など)などを挙げることができるが、これらに限定されない。
【0096】
本発明の医薬組成物は、保存安定性、等張性、吸収性、及び/又は粘性を増加するための種々の添加剤、例えば、乳化剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、湿潤剤、抗酸化剤、キレート剤、増粘剤、ゲル化剤、pH調整剤等を含んでもよい。前記増粘剤としては、例えば、HES、デキストラン、メチルセルロース、キサンタンガム、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等が挙げられるが、これらに限定されない。増粘剤の濃度は、選択される増粘剤によるが、患者又は被験者に投与した場合に安全であり、かつ所望の粘性を達成する濃度の範囲で、任意に設定することができる。
【0097】
本発明の医薬組成物は、体細胞以外に、1つ又は複数の他の医薬を含んでもよい。上記の他の医薬としては、例えば、抗生物質、アルブミン製剤、ビタミン製剤、抗炎症剤等が挙げることができるが、これらに限定されない。上記の抗炎症剤としては、5-アミノサリチル酸製剤、ステロイド製剤、免疫抑制剤、生物学的製剤等が挙げられるが、これらに限定されない。上記の5-アミノサリチル酸製剤としては、例えば、サラゾスルファピリジン、メサラジンなどを挙げることができるが、これらに限定されない。上記のステロイド製剤としては、例えば、コルチゾン、プレドニゾロン、メチルプレドニゾロンなどを挙げることができるが、これらに限定されない。上記の免疫抑制剤としては、例えば、タクロリムス、シクロスポリン、メトトレキサート、アザチプリン、6-メルカプトプリンなどを挙げることができるが、上記の生物学的製剤としては、例えば、インフリキシマブ、アダリムマブ、ウステキヌマブ、セクキヌマブ、イキセキズマブ、ブロダルマブ、トシリズマブ、ベドリズマブ、フィルゴチニブ、ゴリムマブ、セルトリズマブペゴル、アバタセプト、エタネルセプトなどを挙げることができるが、これらに限定されない。また、上記の他の医薬は、他の型の細胞であってもよい。
【0098】
本発明の医薬組成物のpHは、中性付近のpH、例えば、pH5.5以上、pH6.0以上、pH6.5以上又はpH7.0以上とすることができ、またpH10.5以下、pH9.5以下、pH8.5以下又はpH8.0以下とすることができるが、これらに限定されない。
【0099】
本発明の医薬組成物の細胞濃度としては、患者又は被験者に投与した場合に、投与していない患者又は被験者と比較して疾患に対して治療効果を得ることができるような細胞の濃度である。具体的な細胞濃度は、投与形態、投与方法、使用目的、及び患者又は被験者の年齢、体重及び症状等によって適宜決定することができる。本発明の医薬組成物の細胞濃度の下限は、特に限定されないが、例えば、1.0×105個/mL以上、1.0×106個/mL以上、1.2×106個/mL以上、1.4×106個/mL以上、1.6×106個/mL以上、1.8×106個/mL以上、2.0×106個/mL以上、3.0×106個/mL以上、4.0×106個/mL以上、5.0×106個/mL以上、6.0×106個/mL以上、7.0×106個/mL以上、8.0×106個/mL以上、9.0×106個/mL以上、9.5×106個/mL以上、又は1.0×107個/mL以上である。本発明の医薬組成物の細胞濃度の上限は、特に限定されないが、例えば、1.0×1010個/mL以下、1.0×109個/mL以下、8.0×108個/mL以下、6.0×108個/mL以下、4.0×108個/mL以下、2.0×108個/mL以下、又は1.0×108個/mL以下である。
【0100】
本発明の医薬組成物の実施態様の一つとして、液剤であり、好ましくは注射用液剤である。注射用液剤としては、例えば、国際公開WO2011/043136号公報、特開2013-256510号公報などにおいて、注射に適した液体調製物が知られている。
【0101】
本発明の医薬組成物も、上記文献に記載されている注射用液剤とすることができる。また、上記液剤は細胞の懸濁液でもよく、細胞が液剤中に分散した液体調製物でもよい。さらに前記液剤に含まれる細胞の形態は特に限定されないが、例えばシングルセルでもよいし、細胞凝集塊でもよい。
【0102】
本発明の医薬組成物が注射用液剤である場合、注射用液剤の細胞濃度の下限は、疾患に対する治療効果を高める観点から、1.0×106個/mL以上、1.2×106個/mL以上、1.4×106個/mL以上、1.6×106個/mL以上、1.8×106個/mL以上、2.0×106個/mL以上、3.0×106個/mL以上、4.0×106個/mL以上、5.0×106個/mL以上、6.0×106個/mL以上、7.0×106個/mL以上、8.0×106個/mL以上、9.0×106個/mL以上、9.5×106個/mL以上、又は1.0×107個/mL以上であることが好ましい。また、注射用液剤の細胞濃度の上限は、注射用液剤の調製と投与を容易にする観点から、1.0×109個/mL以下、8.0×108個/mL以下、6.0×108個/mL以下、4.0×108個/mL以下、2.0×108個/mL以下、又は1.0×108個/mL以下であることが好ましい。
【0103】
また、本発明の他の実施態様によれば、本発明の医薬組成物は、細胞塊又はシート状構造の移植用製剤であってもよい。細胞塊状構造の移植用製剤としては、例えば、国際公開WO2017/126549号公報において、分離された細胞を接着剤(例えば、フィブリノーゲン)により接着させることにより得られる細胞集塊を含む移植用製剤が知られている。また、シート状構造の移植用製剤としては、例えば、国際公開WO2006/080434号公報、特開2016-52272号公報などにおいて、温度応答性培養皿(例えば、UpCell(登録商標)(セルシード社製))を用いて培養することにより得られる細胞シートや、シート状細胞培養物とフィブリンゲルとの積層体、細胞懸濁液をシート状の基材に塗布した細胞塗布シートなどが知られている。本発明の医薬組成物も、例えば上記文献に記載されている方法を用いることにより、各種の細胞塊又はシート状構造の移植用製剤とすることができる。
【0104】
また、本発明の他の実施態様によれば、本発明の医薬組成物は、細胞と任意のゲルと混合したゲル製剤であってもよい。ゲル製剤としては、例えば、特表2017-529362号公報において、細胞-ヒドロゲル組成物を有効成分として含有する細胞治療剤が知られている。本発明の医薬組成物も、上記文献に記載されているゲル製剤とすることができる。
【0105】
本発明の医薬組成物の投与方法は、特に限定されないが、例えば、皮下注射、皮内注射、筋肉内注射、リンパ節内注射、静脈内注射、動脈内注射、腹腔内注射、胸腔内注射、局所への直接注射、直接貼付、又は局所に直接移植することなどが挙げられる。本発明の一態様によれば、注射用液剤を注射器に充填して、注射針やカテーテルを通じて静脈内、動脈内、心筋内、間節腔内、肝動脈内、筋肉内、硬膜外、歯肉、脳室内、皮下、皮内、腹腔内、門脈内に投与することができるが、これらに限定されない。医薬組成物の投与方法については、例えば、特開2015-61520号公報、Onken JE,t al.American College of Gastroenterology Conference 2006Las Vegas,NV, Abstract 121.、Garcia-Olmo D,et al.Dis Colon Rectum 2005;48:1416-23.などにおいて、静脈内注射、点滴静脈注射、局所への直接注射、局所への直接移植などが知られている。本発明の医薬組成物も、上記文献に記載されている各種方法により投与することができる。
【0106】
本発明の医薬組成物の投与頻度は、患者又は被験者に投与した場合に、疾患に対して治療効果を得ることができるような頻度である。具体的な投与頻度は、投与形態、投与方法、使用目的、及び患者又は被験者の年齢、体重、及び症状等によって適宜決定することができるが、例えば、4週間に1回、3週間に1回、2週間に1回、1週間に1回、1週間に2回、1週間に3回、1週間に4回、1週間に5回、1週間に6回、又は1週間に7回である。
【0107】
本発明の医薬組成物の投与期間は、患者又は被験者に投与した場合に、疾患に対して治療効果を得ることができるような期間である。具体的な投与期間は、投与形態、投与方法、使用目的、及び患者又は被験者の年齢、体重、及び症状等によって適宜決定することができるが、例えば、1週間、2週間、3週間、4週間、5週間、6週間、7週間、又は8週間である。
【0108】
本発明の医薬組成物を患者又は被験者に投与するタイミングは、特に限定されないが、例えば、発症直後、発症からn日以内(nは1以上の整数を示す)、診断直後、診断からn日以内(nは1以上の整数を示す)、寛解の前、寛解の間、寛解の後、再燃の前、再燃の間、再燃の後などが挙げられる。
【実施例0109】
以下の実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、これらは単なる例示であって、本発明を何ら限定するものではない。
【0110】
(実施例1)
<多能性幹細胞の維持培養>
iPS細胞株RPChiPS771(リプロセル社)はMitomycin-C(WAKO社)で処理をしたSNL Feeder細胞上でiPS細胞培地(20% Knockout Serum Replacement(KSR;GIBCO社)、1X Non-Essential Amino Acids(NEAA;WAKO社)、55μmoL/L 2-Mercaptethanol(2-ME;GIBCO社)、7.5ng/mL recombinant human Fibroblast Growth Factor(FGF2;PEPROTECH社)、0.5X Penicillin and Streptomycin(PS;WAKO社)を含むDMEM/HAM‘S F12(WAKO社))で未分化維持培養を行った。または、Vitronectin(GIBCO)でコーティングしたプレート上で、1XPenicillin and Streptomycin and Amphotericin B(WAKO社)を含むESSENTIAL8TM培地(E8;GIBCO社)で未分化維持培養した。なお、播種時のみ最終濃度10μMとなるようにY27632(WAKO社)を添加して培養した。
【0111】
<培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程>
培地温度が4℃で保存されている500mL入りのESSENTIAL8TM培地を、5Lの培養タンクに培地量が3.5Lに達するまで注入した。次いで、5Lの培養タンク内における培地温度が37℃付近となるようタンクに付属している温度センサーにて温度管理しながら、培地の温度を上昇させた。
【0112】
<多能性幹細胞の浮遊培養>
前記維持培養で培養したiPS細胞をAccutase(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を5分ほど処理して剥離し、単細胞まで分散させた。前記分散させた細胞を最終濃度5mg/mLのBSA(WAKO社)を含むESSENTIAL8TM培地に懸濁した後、その一部を採取してトリパンブルー染色し、細胞数を測定した。前記細胞数の測定値に基づき、1mL当たり2×105個の細胞を含むように細胞懸濁液をESSENTIAL8TM培地にて調製した。前記5Lの培養タンク内の培地の温度が37℃付近に到達していることを確認した後、前記細胞懸濁液を前記培養タンク内に播種し、5%CO2、37℃の環境下を維持しながら撹拌培養を5日間行った。培養後、TrypLETM select(ライフテクノロジーズ社)に細胞凝集塊を懸濁し、5%CO2、37℃の環境下で10分間処理した。処理後、マイクロピペットを用いて細胞凝集塊を単細胞に分散させ、トリパンブルー染色により培養後に得られた細胞数を測定した。前記細胞数の測定の結果、7×109個の多能性幹細胞(cells/lot)を得ることができた。
【0113】
(比較例1)
<培地の温度を上昇させた培地を繰り返し培養タンクに注入する工程>
培地温度が4℃で保存されている500mL入りのESSENTIAL8TM培地を42℃の温水に浸からせ、培地容器内の培地の温度が37℃付近になるまで上昇させた後、別途、37℃付近に上昇させた5Lの培養タンク内に前記500mLの培地を注入した。前記注入する作業を5Lの培養タンク内の培地量が3.5Lに到達するまで6回繰り返し作業を行った。
【0114】
<多能性幹細胞の浮遊培養>
実施例1と同様に細胞懸濁液(2×105cells/mL)を調製し、前記5Lの培養タンク内の培地の温度が37℃付近に維持されていることを確認した後、前記細胞懸濁液を前記培養タンク内に播種し、5%CO2、37℃の環境下を維持しながら撹拌培養を5日間行った。培養後の細胞数は実施例1と同様に測定した結果、1×109個の多能性幹細胞(cells/lot)を得ることができたが、実施例1と比較すると多能性幹細胞の増殖性が大幅に低下していることが明らかとなった。
【0115】
<培地成分の分析>
前記多能性幹細胞の増殖性が低下した原因を調べるために、実施例1と比較例1の前記5Lの培養タンク内の培地の一部を採取し、プロテインアッセイビシンコニン酸キット(ナカライテスク社)にて各培地中の総タンパク質量を測定した。その結果、比較例1は実施例1よりも培地中に含まれる総タンパク質量が減少していることが判明した。さらに、比較例1にて減少しているタンパク質を特定するために、実施例1と比較例1の前記5Lの培養タンク内の培地の一部を採取し、FGF2 ELISA kits(Biolegend社)を用いて各培地中のFGF2の含量を測定した。その結果、実施例1の培地中からFGF2を検出できたものの、比較例1の培地中からはFGF2は検出感度以下であることが判明した。このことから、比較例1において多能性幹細胞の増殖性が低下している原因は、培地成分の不安定化であり、具体的には増殖因子(特にFGF2)が有意に減少していることであることが判明した。従って、実施例1の記載のようにiPS細胞を浮遊培養する前に、培養タンク内の培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程を設けることで、多能性幹細胞を大量に培養できることが確認された。
【0116】
<多能性幹細胞の未分化性>
多能性幹細胞の未分化性を調べるために、実施例1と比較例1の前記5Lの培養タンク内の培地の一部を採取し、それぞれの細胞懸濁液を300gで5分間遠心分離後、上清を取り除き、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)で細胞を洗浄した。その後、4%PFA(パラホルムアルデヒド)により室温で20分間固定後、PBSで3回洗浄し、冷メタノールにより-20℃で一晩透過処理を行った。PBSで3回洗浄後、3%FBS(ウシ胎仔血清)/PBSによりブロッキングし、蛍光標識抗OCT4(Cat.No.653703、Biolegend社)により4℃で1時間染色した。3%FBS/PBSで1回洗浄後、セルストレーナーに通過させた多能性幹細胞をFACSVerseにて解析した。解析した結果、実施例1の方法で得られた多能性幹細胞のOCT4の陽性率は99%であった。一方、比較例1の方法で得られた多能性幹細胞のOCT4の陽性率は55%であった。このことから、実施例1の記載のようにiPS細胞を浮遊培養する前に、培養タンク内の培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程を設けることで、多能性幹細胞の未分化性を効率的に維持できることが確認された。
【0117】
(比較例2)
実施例1に記載の培養タンク内の培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程を行わない場合、多能性幹細胞の浮遊培養における増殖性に対してどのような影響を及ぼすのか解析した。
【0118】
<多能性幹細胞の浮遊培養>
実施例1に記載の培養タンク内の培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程を行わない以外は、実施例1と同様に多能性幹細胞の維持培養と浮遊培養を行った。具体的には、培地温度が4℃で保存されている500mL入りのESSENTIAL8TM培地を、5Lの培養タンクに培地量が3.5Lに達するまで注入した。次いで、iPS細胞の細胞懸濁液を前記培養タンク内に播種し後に、培養タンク内の培地の温度を37℃付近にまで加熱しながら、5%CO2の環境下で撹拌培養を5日間行った。その結果、9×108個の多能性幹細胞(cells/lot)しか得ることが出来なかった。
【0119】
(実施例2)
<培養スケールの検討>
培養タンク内の培養量を5L、10L、20L、30L、40L、50Lに変更した以外は、実施例1と同様にiPS細胞の浮遊培養を行い、それぞれにおける培養終了後のiPS細胞の細胞数について調べた結果を、表1に記載する。なお、コントロール試験として、比較例1に記載の製造条件下における培養スケールの影響についても試験を行った。
【0120】
【0121】
表1の結果の通り、iPS細胞を浮遊培養する前に、培養タンク内の培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程を設けることで、多能性幹細胞を大量に培養できることが確認された。特に、培地量が増加するにしたがって効率的に培養できており、コントロール試験と比較して多能性幹細胞の増殖性が5~20倍に向上していた。また、本発明を用いることで培地量と多能性幹細胞の増殖性に相関性があることが判明した。
【0122】
(実施例3)
<加熱前の培地温度の影響>
培養タンク内の初発の培地温度を、-20℃、-15℃、-10℃、0℃、10℃、15℃に変更し、培養タンク内の培地量を10Lと変更した以外は、実施例1と同様にiPS細胞の浮遊培養を行い、それぞれにおける培養終了後のiPS細胞の細胞数について調べた結果を、表2に記載する。
【0123】
なお、コントロール試験として、比較例2に記載の製造条件下における初発の培地温度の影響についても試験を行った。
【0124】
【0125】
表2の結果の通り、iPS細胞を浮遊培養する前に、培養タンク内の培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程を設けることで、多能性幹細胞を大量に培養できることが確認された。特に、液体培地の温度を上昇させる温度が増加するにしたがって効率的に培養できており、コントロール試験と比較して多能性幹細胞の増殖性が2~20倍に向上していた。また、本発明を用いることで液体培地の温度変化と多能性幹細胞の増殖性に相関性があることが判明した。
【0126】
(実施例4)
<増殖因子の添加条件の検討>
培地温度が4℃で保存されているDMEM/F12培地に、64mg/L 2-リン酸アスコルビン酸マグネシウム、543mg/L 炭酸水素ナトリウムを添加し、5L培養タンクに前記培地量が3.5Lに達するまで注入した。次いで、5Lの培養タンク内における培地温度が37℃付近となるようタンクに付属している温度センサーにて温度管理しながら、培地の温度を上昇させた。次いで、5Lのタンク内における培地温度が37℃付近であることを確認した後、1% ITS(インスリン-トランスフェリンーセレン;ライフテクノロジーズ社)、100μg/L FGF2、2μg/L TGF-β1となるように前記タンク内の培地中に増殖因子を添加した。実施例1に記載の未分化維持と同様に培養したiPS細胞を1mL当たり2×105個の細胞を含むように前記タンク内の培地中に播種し、5%CO2、37℃の環境下を維持しながら撹拌培養を5日間行った。培養後、TrypLE selectに細胞凝集塊を懸濁し、5%CO2、37℃の環境下で10分間処理した。処理後、マイクロピペットを用いて細胞凝集塊を単細胞に分散させ、トリパンブルー染色により培養後に得られた細胞数を測定した。前記細胞数の測定の結果、1.4×1010個の多能性幹細胞(cells/lot)を得ることができた。本結果により、培養タンク内の培地の温度を多能性幹細胞が増殖可能な温度にまで上昇させる工程時に増殖因子を添加せず、多能性幹細胞の浮遊培養工程時に増殖因子を添加することで、多能性幹細胞の増殖性が著しく向上し、実施例1の増殖性と比較して2倍近く向上することが判明した。
【0127】
(実施例5)
<体細胞(膵臓β細胞)への分化誘導>
iPS細胞株RPChiPS771(リプロセル社)はMitomycin-C(WAKO社)で処理をしたSNL Feeder細胞上でiPS細胞培地(20% Knockout Serum Replacement(KSR;GIBCO社)、1X Non-Essential Amino Acids(NEAA;WAKO社)、55μmoL/L 2-Mercaptethanol(2-ME;GIBCO社)、7.5ng/mL FGF2、0.5X Penicillin and Streptomycin(PS;WAKO社)を含むDMEM/HAM‘S F12(WAKO社))で未分化維持培養を行う。培地温度が4℃で保存されている500mL入りのESSENTIAL8TM培地を、5Lの培養タンクに培地量が3.5Lに達するまで注入し、5Lの培養タンク内における培地温度が37℃付近となるようタンクに付属している温度センサーにて温度管理しながら、培地の温度を上昇させる。前記維持培養で培養したiPS細胞をAccutase(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を5分ほど処理して剥離し、単細胞まで分散させる。前記分散させた細胞を最終濃度5mg/mLのBSA(WAKO社)を含むESSENTIAL8TM培地に懸濁した後、その一部を採取してトリパンブルー染色し、細胞数を測定する。前記細胞数の測定値に基づき、1mL当たり2×105個の細胞を含むように細胞懸濁液をESSENTIAL8TM培地にて調製する。前記5Lの培養タンク内の培地の温度が37℃付近に到達していることを確認した後、前記細胞懸濁液を前記培養タンク内に播種し、5%CO2、37℃の環境下を維持しながら撹拌培養を5日間行う。前記培養にて得られたiPS細胞の細胞集団を、最初の2日間は、0.5%Bovine Serum Albumin、0.4×PS、1mmol/L sodium pyruvate、1×NEAA、80ng/mL recombinant humanアクチビンA、50ng/mL FGF2、20ng/mL recombinant bone morphogenetic protein 4、3μmol/L CHIR99021を含むRPMI1640でディッシュ上に接着させた状態で培養する。3日目はこの培地からCHIR99021を除いてディッシュ上に接着させた状態で培養を行い、4日目はさらに1%(体積/体積)KSRを加えた培地でディッシュ上に接着させた状態で培養を1日間行い、多能性幹細胞から内胚葉細胞への分化誘導を行う。次いで、0.5%BSA、1mmol/L sodium pyruvate、1×NEAA、0.4×PS、50ng/mL FGF2、50ng/mL recombinant human FGF7(PEPROTECH社)、2% B27supplement(GIBCO社)、0.67μmol/L EC23(SANTA CRUZ社)、1μmol/L dorsomorphin(WAKO社)、10μmol/L SB431542(WAKO社)、0.25mol/L SANT1(WAKO社)を含むRPMI1640で2日間培養を行い、内胚葉細胞から原始腸管細胞(PGT:Primitive Gut Tube)への分化誘導を行う。次いで、0.4×PS、1×NEAA、50ng/mL FGF2、2% B27、0.67μmol/L EC23、1μmol/L dorsomorphin、10μmol/L SB431542、0.25μmol/L SANT1を含むDMEM-high glucose(WAKO社)で4日間培養を行い、原始腸管細胞(PGT)から後前腸細胞(PFG:Pancreatic Progenitor)への分化誘導を行う。次いで、0.4×PS、1×NEAA、50ng/mL recombinant human FGF10(Peprotech社)、2% B27、0.5μmol/L EC23、1μmol/L dorsomorphin、0.25μmol/L SANT1、5μmol/L Alk5 inhibitor II(Biovision社)、0.3μmol/L indolactam V(ILV;Cayman社)を含むDMEM-high glucoseで3日間培養を行い、後前腸細胞(PFG)から膵臓前駆細胞(PP:Pancreatic Progenitor)への分化誘導を行う。次いで、0.4×PS、2mmol/L L-glutamine、2% B27、0.2μmol/L EC23、1μmol/L dorsomorphin、0.25μmol/L SANT1、5μmol/L Alk5 inhibitor II、50ng/mL Exendin4(SIGMA社)を含むAdvanced-DMEM(GIBCO社)で3日間培養を行い、膵臓前駆細胞(PP)から膵内分泌前駆細胞(EP:Endocrine Progenitor)への分化誘導を行う。次いで、0.4×PS、2mmol/L L-glutamine、2% B27、10ng/mL BMP4、10ng/mL FGF2、50ng/mL recombinant human hepatocyte growth factor (HGF;PEPROTECH社)、50ng/mL insulin-like growth factor 1(IGF1;PEPROTECH社)、5μmol/L Alk5 inhibitor II、50ng/mL Exendin4、5mmol/L nicotinamide(SIGMA社)、5μmol/L forskolin(WAKO社)を含むAdvanced-DMEMで6日間培養を行い、膵内分泌前駆細胞(EP)から膵臓β細胞への分化誘導を行う。上述の分化誘導方法は一つの実施態様ではあるが、多能性幹細胞から膵臓β細胞を分化誘導でき、強いては、体細胞を製造することが可能となる。