(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024133715
(43)【公開日】2024-10-02
(54)【発明の名称】鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240925BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240925BHJP
C21D 8/02 20060101ALN20240925BHJP
【FI】
C22C38/00 301B
C22C38/58
C21D8/02 B
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024112698
(22)【出願日】2024-07-12
(62)【分割の表示】P 2020086587の分割
【原出願日】2020-05-18
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100136777
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 純子
(72)【発明者】
【氏名】安岡 佑樹
(72)【発明者】
【氏名】宮田 亮太
(57)【要約】
【課題】高い降伏強度、低降伏比および低温靭性に優れた鋼板を、板厚が厚い場合であっても実現することのできる鋼板、および該鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】所定の成分組成を満たし、所定の式(1)で表されるPcmが0.30以下であり、所定の式(2)で表されるDhが21.7以上であり、ベイナイトおよび島状マルテンサイトMAのうちの1以上で構成される硬質組織の全鋼組織に占める分率が、23.3面積%~29.4面積%であり、かつその平均円相当直径が5.2μm以下である鋼板。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.040質量%~0.060質量%、
Si:0.20質量%~0.30質量%、
Mn:1.80質量%~2.00質量%、
P:0質量%超、0.010%質量%以下、
S:0質量%超、0.003質量%以下、
Al:0.040質量%~0.080質量%、
Cu:0.40質量%~0.50質量%、
Ni:1.40質量%~1.50質量%、
Cr:0.90質量%~1.10質量%、
Mo:0.17質量%~0.23質量%、
V :0質量%~0.005質量%、
Nb:0質量%~0.005質量%、
Ti:0.010質量%~0.020質量%、
B :0.0005質量%~0.0020質量%、
N :0.0030質量%~0.0065質量%、および
Ca:0.0005質量%~0.0035質量%を含有し、
残部が鉄および不可避不純物からなり、
下記式(1)で表されるPcmが0.30以下であり、下記式(2)で表されるDhが21.7以上であり、
ベイナイトおよび島状マルテンサイトMAのうちの1以上で構成される硬質組織の全鋼組織に占める分率が、23.3面積%~29.4面積%であり、かつその平均円相当直径が5.2μm以下である鋼板。
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B] ・・・(1)
Dh=DI×([C]+0.91×[Mn]+0.97×[Cr]+0.88×[Mo]) ・・・(2)
式(2)において、
DI=1.16×([C]/10)0.5×(0.7×[Si]+1)×(5.1×([Mn]-1.2)+5)×(0.35×[Cu]+1)×(0.36×[Ni]+1)×(2.16×[Cr]+1)×(3×[Mo]+1)×(1.75×[V]+1)×(200×[B]+1) ・・・(3)
式(1)~(3)において、[元素記号]は、それぞれ、質量%で示した鋼中の元素の含有量を示し、含まない元素はゼロとする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板およびその製造方法に関する。特には、高降伏強度および良好な低温靭性と共に、より低い降伏比を示す鋼板と、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建築用鋼板には、建築物の安全性を確保するための特性として、(i)高い降伏強度がまず求められる。昨今の建築物の高層化、大スパン化の流れから、鋼板にはより大きな荷重がかかるよう設計されることが増えると想定される。平常時における建築物の変形を防止するため、鋼板には高い降伏強度が求められている。
【0003】
また地震などによる非常時(降伏応力を超える荷重が付加される場合)、部材が塑性変形することにより、地震等のエネルギーを吸収し安全性を確保できると考えられる。建築物が倒壊するまでの塑性変形能が高いほど、すなわち降伏比(降伏強度/引張強度)が低いほど、エネルギー吸収量は多くなるため、鋼板には低降伏比が要求されている。
【0004】
更に、塑性設計された鋼板であっても、低温靭性に優れていない場合には塑性変形せずに脆性破壊することもありうる。そのため、安全性確保の観点から、亀裂の発生進展を防止するため所定の低温靭性が要求される。
【0005】
主に建築構造物等に使用される鋼板として、例えば特許文献1には、所定の成分組成を有し、所定の(1)式で規定される焼入れ性指数DIが8inch以上であると共に、下記(A)、(B)および(C)の要件を満足することを特徴とする引張強さ780MPa以上の低降伏比厚肉円形鋼管用鋼板が開示されている。
(A)板厚1/4部位におけるミクロ組織において、ベイナイトが90面積%以上である、
(B)板厚1/4部位におけるミクロ組織において、方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域の平均円相当直径dが4μm以下である、
(C)板厚1/4部位におけるミクロ組織において、平均円相当直径が0.5~3μmで、ビッカース硬さHvが700以上の島状マルテンサイトを3~10面積%で含んでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
高降伏強度と良好な低温靭性と共に、より低い降伏比を実現することが求められているが、これまでの技術では困難であった。
【0008】
更に従来の技術では、上記の高降伏強度、良好な低温靭性およびより低い降伏比を、板厚がより厚い鋼板においても安定して得ることが困難であった。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、高い降伏強度、低降伏比および低温靭性に優れた鋼板、および該鋼板の製造方法を実現することにある。更には、板厚が厚い場合であっても上記特性を実現することのできる鋼板、および該鋼板の製造方法を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の態様1は、
C:0.040質量%~0.060質量%、
Si:0.20質量%~0.30質量%、
Mn:1.80質量%~2.00質量%、
P:0質量%超、0.010質量%以下、
S:0質量%超、0.003質量%以下、
Al:0.040質量%~0.080質量%、
Cu:0.40質量%~0.50質量%、
Ni:1.40質量%~1.50質量%、
Cr:0.90質量%~1.10質量%、
Mo:0.17質量%~0.23質量%、
V :0質量%~0.005質量%、
Nb:0質量%~0.005質量%、
Ti:0.010質量%~0.020質量%、
B :0.0005質量%~0.0020質量%、
N :0.0030質量%~0.0065質量%、および
Ca:0.0005質量%~0.0035質量%を含有し、
残部が鉄および不可避不純物からなり、
下記式(1)で表されるPcmが0.30以下であり、下記式(2)で表されるDhが21.7以上であり、
ベイナイトおよび島状マルテンサイトMAのうちの1以上で構成される硬質組織の全鋼組織に占める分率が、23.3面積%~29.4面積%であり、かつその平均円相当直径が5.2μm以下である鋼板である。
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B] ・・・(1)
Dh=DI×([C]+0.91×[Mn]+0.97×[Cr]+0.88×[Mo]) ・・・(2)
式(2)において、
DI=1.16×([C]/10)0.5×(0.7×[Si]+1)×(5.1×([Mn]-1.2)+5)×(0.35×[Cu]+1)×(0.36×[Ni]+1)×(2.16×[Cr]+1)×(3×[Mo]+1)×(1.75×[V]+1)×(200×[B]+1) ・・・(3)
式(1)~(3)において、[元素記号]は、それぞれ、質量%で示した鋼中の元素の含有量を示し、含まない元素はゼロとする。
【0011】
本発明の態様2は、
板厚が80mm以上である態様1に記載の鋼板である。
【0012】
本発明の態様3は、
態様1または2に記載の鋼板を製造する方法であって、
態様1に記載の成分組成を有する鋼片を、900~1250℃に加熱する工程と、
表面温度が800℃~970℃の仕上圧延温度で圧延を行い、その後、下記式(4)および(5)により求められるAr3点以上の冷却開始温度から、1.0℃/s以上の平均冷却速度で400℃以下の冷却停止温度まで冷却する工程と、
前記冷却後に、下記式(6)により求められるAc1点~下記式(7)により求められるAc3点の温度範囲内であって、かつ下記の算出方法により求められるパラメータPNの値が21.04~22.12の範囲内で、二相域焼きならしを行う工程と、
前記二相域焼きならし後に、300℃~600℃の温度範囲で、焼戻しを行う工程を含む鋼板の製造方法である。
Ar3点=910-310×[C]+25×[Si]-80×[Mneq] ・・・(4)
式(4)において、
[Mneq]=[Mn]+[Cr]+[Cu]+[Mo]+[Ni]/2+10([Nb]-0.02)+1 ・・・(5)
Ac1点=723-10.7×[Mn]-16.9×[Ni]+29.1×[Si]+16.9×[Cr]+290×[As]+6.38×[W] ・・・(6)
Ac3点=910-203×[C]0.5-15.2×[Ni]+44.7×[Si]+104×[V]+31.5×[Mo]+13.1×[W] ・・・(7)
式(4)~(7)において、[元素記号]は、それぞれ、質量%で示した鋼中の元素の含有量を示し、含まない元素はゼロとする。
[パラメータPNの算出方法]
温度Tx(℃)、時間Kx(秒)で等温保持したときの焼ならしの程度を示すパラメータPxを求める下記式(8)を用い、下記[1]~[5]に示す手順により、時間の経過に伴って鋼板が昇温するときの焼ならしの程度を表すパラメータPNを算出する。
Px=(Tx+273)×log(Kx/3600+20) ・・・(8)
[1]縦軸が鋼板中心温度(℃)、横軸が昇温開始からの経過時間(秒)である鋼板中心温度の昇温曲線を作成し、該曲線を1秒ごとに区切り、矩形近似する。
上記昇温曲線において、鋼板中心温度がAc1点のときを起点とし、この起点での、昇温開始からの経過時間をt0(=0)(秒)、鋼板中心温度をT0(=Ac1)(℃)とおく。
[2]起点から1秒経過後の焼きならしの程度P0を求める。該焼きならしの程度P0は、式(8)にX=0、すなわちTx=T0=Ac1(℃)、Kx=K0=1(秒)を代入して求める。
[3]上記[2]で求めた、起点から1秒経過後の焼きならしの程度P0を得るのに必要な、起点から1秒経過後の鋼板中心温度T1での所要保持時間k1を求める。該所要保持時間k1は、下記式(9)にX=0、すなわちPx=P0、Tx+1=T1(℃)を代入して求める。
kx+1=(exp(PX/(TX+1+273))-20)×3600 ・・・(9)
式(9)において、kx+1は、起点(Ac1)からTx+1(℃)に変化するまでに受けた連続焼きならしの程度Pxを得るのに必要な、鋼板中心温度Tx+1での所要保持時間を示す。
[4]鋼板中心温度T1での換算保持時間を、下記式(10)からk1+1=K1(秒)とおく。
Kx+1=kx+1+1 ・・・(10)
式(10)において、Kx+1は、鋼板中心温度Tx+1での換算保持時間を示し、kX+1は、起点(Ac1)からTx+1(℃)に変化するまでに受けた連続焼きならしの程度Pxを得るのに必要な、鋼板中心温度Tx+1での所要保持時間を示す。
[5]上記[2]~[4]に示したPx、kx+1、Kx+1の算出を、X=1、2、3、・・・二相域焼きならし完了時まで繰り返し順次行い、二相域焼きならし完了時のPX=Pfを求め、このPfをPNとする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高い降伏強度、低降伏比および低温靭性に優れた鋼板を、板厚が厚い場合であっても実現することのできる鋼板、および該鋼板の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、硬質組織の分率とvTrsの関係を示すグラフである。
【
図2】
図2は、硬質組織の分率と降伏強度の関係を示すグラフである。
【
図3】
図3は、硬質組織の平均円相当直径とvTrsの関係を示すグラフである。
【
図4】
図4は、Dhと、硬質組織の平均円相当直径との関係を示すグラフである。
【
図5】
図5は、パラメータP
Nの算出方法を説明する図である。
【
図6】
図6は、パラメータP
Nの算出方法を説明する別の図である。
【
図7】
図7は、パラメータP
Nの算出方法を説明する別の図である。
【
図8】
図8は、パラメータP
Nの算出方法を説明する別の図である。
【
図9】
図9は、P
Nと硬質組織の分率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、高い降伏強度、低降伏比および良好な低温靭性を満足する鋼板を得るべく鋭意検討を行った。その結果、これらの機械的特性(強度、降伏比、靭性)は、ベイナイトおよび島状マルテンサイトMAのうちの1以上で構成される「硬質組織」の分率とサイズに依存すること、またこの硬質組織の分率、サイズを制御するには、製造工程における二相域焼ならし時の逆変態組織分率、並びに成分因子を制御する必要があることを見出した。とりわけ鋼板が厚肉材の場合、製造工程時に、熱処理温度までの昇温に時間を要し、昇温時の熱履歴(鋼板の温度と在炉時間)の影響が大きくなり、上記特性を満足させるための組織に影響を及ぼしやすい。本発明では、上記特性を実現できる製造条件と成分組成、更には鋼板が厚肉材であっても上記特性を実現できる、製造条件と成分組成について見出した。以下では、まず機械的特性に影響を及ぼす硬質組織について説明する。
【0016】
[硬質組織の全鋼組織に占める分率が、23.3面積%~29.4面積%であり、かつその平均円相当直径が5.2μm以下]
高強度と低温靭性を共に実現するにあたり、硬質組織は、強度を確保するために必要であり、その分率の下限値を23.3面積%とする。一方、硬質組織は破壊の起点となるため、過剰に存在すると靭性が劣化する。したがって、硬質皮膜の分率の上限値を29.4面積%とする。また、靭性は硬質組織分率だけでなく、硬質組織サイズにも影響を受ける。硬質組織サイズが大きいと破壊の起点となりやすいため靭性が劣化する。したがって、硬質組織の平均円相当直径の上限を5.2μmとする。
【0017】
図1は、後記する実施例のデータを用いて得た、硬質組織の分率と、低温靭性評価の指標であるvTrsの関係を示すグラフである。この
図1から、良好な低温靭性として、-13℃以下のvTrsを達成するには、硬質組織の分率を29.4面積%以下とすればよいことがわかる。また、
図2は、後記する実施例のデータを用いて得た、硬質組織の分率と、降伏強度の関係を示すグラフである。この
図2から、600MPa以上の高い降伏強度を達成するには、硬質組織の分率を、23.3面積%以上とすればよいことがわかる。
【0018】
低温靭性をより高める観点からは、硬質組織の分率を28.9面積%以下とすることが好ましい。一方、降伏強度をより高める観点からは、硬質組織の分率を23.8面積%以上とすることが好ましい。
【0019】
前記硬質組織は、製造工程において、後述の通り、所定の条件で二相域焼きならしを行うことにより生成することができる。
【0020】
図3は、後記する実施例のデータを用いて得た、硬質組織の平均円相当直径と、低温靭性評価の指標であるvTrsとの関係を示すグラフである。この
図3から、良好な低温靭性として、-13℃以下のvTrsを達成するには、硬質組織の平均円相当直径を、5.2μm以下とすればよいことがわかる。
【0021】
低温靭性をより高める観点からは、硬質組織の平均円相当直径を、4.0μm以下とすることが好ましい。硬質組織の平均円相当直径は、小さければ小さいほど好ましいが、製造条件等を考慮すると、硬質組織の平均円相当直径の下限は2.0μm程度となる。
【0022】
さらに、上記平均円相当直径の硬質組織を得るには、下記式(2)で表される成分パラメータDhが21.7以上である必要がある。
Dh=DI×([C]+0.91×[Mn]+0.97×[Cr]+0.88×[Mo]) ・・・(2)
式(2)において、
DI=1.16×([C]/10)0.5×(0.7×[Si]+1)×(5.1×([Mn]-1.2)+5)×(0.35×[Cu]+1)×(0.36×[Ni]+1)×(2.16×[Cr]+1)×(3×[Mo]+1)×(1.75×[V]+1)×(200×[B]+1) ・・・(3)
式(2)、(3)において、[元素記号]は、それぞれ、質量%で示した鋼中の元素の含有量を示し、含まない元素はゼロとする。
【0023】
上記Dhは、硬質組織の平均円相当直径を記述する指標である。Dhの導出について、以下説明する。硬質組織は、二相域焼きならし前、すなわち熱間圧延し冷却した段階で得られるベイナイト(以下「圧延-冷却ままベイナイト」という)のラス間に生成したセメンタイトから生成すると考えられる。したがって、硬質組織のサイズは、圧延-冷却ままベイナイトにおけるセメンタイトの分散状況に強く依存する。また、セメンタイトの分散状況は、セメンタイトの核生成サイト数と核生成頻度によって決定されると考えられる。
【0024】
このうち上記核生成サイト数は、圧延-冷却ままベイナイトのラス間隔に依存するため、焼き入れ性指数DIが高いほど、ラス間隔は減少、すなわち核生成サイト数は増えると考えられる。よって焼き入れ性指数DIを核生成サイト数の指標として用いる。
【0025】
また、上記核生成頻度は、セメンタイト(Fe3C)を形成する元素Cの量と、セメンタイトとの親和性が高く、かつFeよりもCを引き寄せやすい元素Xの量とに依存すると考え、元素Xとして、セメンタイトとの親和性の指標としてセメンタイトへの固溶度、またCの引き寄せやすさの指標として炭化物形成能を考慮した結果、Mn、Cr、Moを抽出した。
【0026】
したがって、核生成サイト数の指標である焼き入れ性指数DIと、核生成頻度としてC、Mn、CrおよびMoの含有量で構成される(C+0.91Mn+0.97Cr+0.88Mo)を掛け合わせたパラメータDhで、硬質組織のサイズを推定できると考えた。
【0027】
図4は、後記する実施例のデータを用いて得た、Dhと、硬質組織の平均円相当直径との関係を示すグラフである。この
図4から、硬質組織の平均円相当直径:5.2μm以下を実現するにはDhを21.7以上とすればよいことがわかる。Dhは、好ましくは25.0以上である。Dhの上限は特に限定されないが、規定する成分組成の範囲を考慮すると、おおよそ34.0程度となる。
【0028】
次に、鋼板の成分組成における各元素およびPcmの範囲を規定した理由について説明する。
【0029】
[C:0.040質量%~0.060質量%]
Cは、母材および溶接部の強度を確保するために必要不可欠な元素であり、0.040質量%以上含有させる必要がある。C量は、好ましくは0.045質量%以上である。一方、C量が多すぎるとHAZ靭性と溶接性が劣化する。またC量が過剰であると、島状マルテンサイトが生成しやすくなる。よってC量は0.060質量%以下とする。C量は、好ましくは0.055質量%以下である。
【0030】
[Si:0.20質量%~0.30質量%]
Siは、脱酸作用を有すると共に、母材および溶接部の強度向上に有効な元素である。これらの効果を得るため、Si量を0.20質量%以上とする。Si量は、好ましくは0.22質量%以上である。しかし、Si量が多すぎると溶接性や靭性が劣化するため、0.30質量%以下とする。Si量は、好ましくは0.28質量%以下である。
【0031】
[Mn:1.80質量%~2.00質量%]
Mnは、焼き入れ性を高めて鋼板の強度と靭性を向上させる効果を有する元素である。その効果を発揮させるため、本発明ではMnを1.80質量%以上含有させる。Mn量は、好ましくは1.89質量%以上である。しかし、Mn量が多すぎると、HAZ靭性や溶接性が劣化する。よってMn量は2.00質量%以下である。Mn量は、好ましくは1.99質量%以下である。
【0032】
[P:0質量%超、0.010質量%以下]
Pは、鋼材中に不可避的に含まれる元素であり、P量が0.010質量%を超えると、母材やHAZ部の靭性劣化が著しく、耐水素誘起割れ性も劣化する。よって本発明ではP量を0.010質量%以下に抑える。尚、工業上、P量を0質量%にすることは困難であり、下限は0質量%超である。
【0033】
[S:0質量%超、0.003質量%以下]
Sは、多すぎるとMnSを多量に生成し、耐溶接割れ性を劣化させる元素である。よって、本発明ではS量を0.003質量%以下とする。尚、工業上、S量を0質量%にすることは困難であり、S量の下限は0質量%超である。
【0034】
[Al:0.040質量%~0.080質量%]
Alは脱酸、およびフリー窒素の固定によりBの焼き入れ性を高める元素である。これらの効果を発揮させるため、本発明ではAl量を、0.040質量%以上、好ましくは0.045質量%以上とする。一方、Al量が多すぎると、アルミナ系の粗大な介在物を形成し、母材の靭性が低下する。よってAl量は、0.080質量%以下、好ましくは0.075質量%以下とする。
【0035】
[Cu:0.40質量%~0.50質量%]
Cuは、焼入れ性を向上させて強度を高めるのに有効な元素である。この効果を得るには、Cu量を0.40質量%以上とする必要がある。しかし、Cu量が0.50質量%を超えると靭性が劣化するため、0.50質量%以下とする。
【0036】
[Ni:1.40質量%~1.50質量%]
Niは、母材および溶接部の強度と靭性の向上に有効な元素である。この効果を得るには、Ni量を1.40質量%以上とする必要がある。しかし、Niが多量に含まれると、圧延時にスケール疵が発生しやすくなるため、1.50質量%以下とする。
【0037】
[Cr:0.90質量%~1.10質量%]
Crは、焼き入れ性を高めて強度を向上させるのに必要な元素である。この効果を得るためには、Cr量を0.90質量%以上とする。Cr量は、好ましくは0.95質量%以上である。一方、Crが多量に含まれると、耐溶接割れ性が劣化するためCr量を1.10質量%以下とする。Cr量は好ましくは1.05質量%以下である。
【0038】
[Mo:0.17質量%~0.23質量%]
Moは、焼き入れ性を高めて強度を向上させる元素である。この効果を発揮させるため、Mo量を0.17質量%以上とする。しかし、Mo量が0.23質量%を超えると耐溶接割れ性が劣化する。よってMo量は0.23質量%以下とする。
【0039】
[V:0質量%~0.005質量%]
Vは不可避的に含まれうる元素である。Vは再結晶を抑制する効果があり、鋼板の音響異方性の増大を招く。よってV量は0.005質量%以下に抑える。V量は好ましくは0.003質量%以下である。
【0040】
[Nb:0質量%~0.005質量%]
NbもVと同様に不可避的に含まれうる元素である。NbもVと同様に再結晶を抑制する効果があり、鋼板の音響異方性の増大を招く。よってNb量は0.005質量%以下に抑える。Nb量は好ましくは0.003質量%以下である。
【0041】
[Ti:0.010質量%~0.020質量%]
Tiは、鋼中にTiNとして析出することで、溶接時のHAZ部でのオーステナイト粒の粗大化を防止し、HAZ部の靭性を向上させるのに有効な元素である。この効果を得るには、Ti量を0.010質量%以上、好ましくは0.012質量%以上とする。一方、Ti量が過剰になるとTiNが粗大化して母材靭性が劣化するため、0.020質量%以下、好ましくは0.018質量%以下とする。
【0042】
[B:0.0005質量%~0.0020質量%]
Bは、焼入れ性を高め、母材強度を高めるために有効な元素である。この効果を得るため、B量を0.0005質量%以上含有させる。B量は好ましくは0.0008質量%以上である。しかし、B量が過多になると、介在物を形成し母材靭性が劣化するため、B量は0.0020質量%以下とする。B量は好ましくは0.0018質量%以下である。
【0043】
[N:0.0030質量%~0.0065質量%]
Nは、鋼組織中にTiNとして析出し、HAZ部のオーステナイト粒の粗大化を抑制し、HAZ部の靭性を向上させる元素である。この効果を得るにはNを0.0030質量%以上含有させる必要がある。しかしN量が多すぎると、固溶Nの存在によりHAZ靭性がかえって劣化するため、N量は、0.0065質量%以下とする。N量は好ましくは0.0050質量%以下である。
【0044】
[Ca:0.0005質量%~0.0035質量%]
Caは、MnSの球状化による耐溶接割れ性に対する無害化に有効な元素である。この効果を得るため、Ca量は0.0005質量%以上とする。しかしCa量が多すぎると介在物を粗大化させ、母材靭性が劣化するため、0.0035質量%以下とする。Ca量は、好ましくは0.0030質量%以下、より好ましくは0.0025質量%以下である。
【0045】
上記元素を含み、残部は、鉄および不可避不純物からなる。不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる微量元素の混入が許容される。なお、例えば、PおよびSのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、残部を構成する「不可避不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
【0046】
[下記式(1)で表されるPcmが0.30以下
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B] ・・・(1)
式(1)において、[元素記号]は、それぞれ、質量%で示した鋼中の元素の含有量を示し、含まない元素はゼロとする。]
Pcmは溶接割れの感受性を示す指標である。Pcmが大きいと溶接割れ感受性が大きくなり、耐割れ性が低下するため、その上限を0.30とする。
【0047】
上述のように本発明の鋼板は、高降伏強度と良好な低温靭性と共に、より低い降伏比を示す。以下、各特性について示す。
【0048】
(1)降伏強さ(YS)
600MPa以上の降伏強さ(YS)を有する。これにより前述の通り、鋼板により大きな荷重がかかるよう設計された場合であっても、平常時における建築物の変形を防止できる十分な強度を確保できる。前記降伏強さは、好ましくは620MPa以上、より好ましくは660MPa以上である。なお、降伏強さの上限は、例えば建築材料の規格をもとに750MPaとすることができる。
【0049】
(2)低温靭性
後述する実施例に記載の方法で測定された延性-脆性破面遷移温度が-13℃以下をいう。前記延性-脆性破面遷移温度は、好ましくは-20℃以下、より好ましくは-25℃以下である。
【0050】
(3)低降伏比
本発明の鋼板は降伏比が85%以下の低降伏比を示す。前記降伏比は、好ましくは80%以下である。
【0051】
本発明の鋼板は、上記特性を、板厚が80mm以上、好ましくは80mm超の場合であっても発揮する。
【0052】
[製造方法]
次に本発明に係る鋼板の製造方法について説明する。該製造方法は、上述の成分組成を有する鋼片を、900~1250℃に加熱する工程と、
表面温度が800℃~970℃の仕上圧延温度で圧延を行い、その後、Ar3点以上の冷却開始温度から、1.0℃/s以上の平均冷却速度で400℃以下の冷却停止温度まで冷却する工程と、
前記冷却後に、Ac1点~Ac3点の温度範囲内、かつ下記方法で求められるパラメータPNの値が21.04~22.12の範囲内で、二相域焼きならしを行う工程と、
前記焼きならし後に、300℃~600℃の温度範囲で、焼戻しを行う工程を含む。
【0053】
ただし、上記Ar3点は、下記式(4)および(5)により求められる。また、上記Ac1点は下記式(6)により求められ、上記Ac3点は下記式(7)により求められる。
Ar3点=910-310×[C]+25×[Si]-80×[Mneq] ・・・(4)
式(4)において、
[Mneq]=[Mn]+[Cr]+[Cu]+[Mo]+[Ni]/2+10([Nb]-0.02)+1 ・・・(5)
Ac1点=723-10.7×[Mn]-16.9×[Ni]+29.1×[Si]+16.9×[Cr]+290×[As]+6.38×[W] ・・・(6)
Ac3点=910-203×[C]0.5-15.2×[Ni]+44.7×[Si]+104×[V]+31.5×[Mo]+13.1×[W] ・・・(7)
式(4)~(7)において、[元素記号]は、それぞれ、質量%で示した鋼中の元素の含有量を示し、含まない元素はゼロとする。
【0054】
[パラメータPNの算出方法]
温度Tx(℃)、時間Kx(秒)で等温保持したときの焼ならしの程度を示すパラメータPxを求める下記式(8)を用い、下記[1]~[5]に示す手順により、時間の経過に伴って鋼板が昇温するときの焼ならしの程度を表すパラメータPNを算出する。
Px=(Tx+273)×log(Kx/3600+20) ・・・(8)
[1]縦軸が鋼板中心温度(℃)、横軸が昇温開始からの経過時間(秒)である鋼板中心温度の昇温曲線を作成し、該曲線を1秒ごとに区切り、矩形近似する。
上記昇温曲線において、鋼板中心温度がAc1点のときを起点とし、この起点での、昇温開始からの経過時間をt0(=0)(秒)、鋼板中心温度をT0(=Ac1)(℃)とおく。
[2]起点から1秒経過後の焼きならしの程度P0を求める。該焼きならしの程度P0は、式(8)にx=0、すなわちTx=T0=Ac1(℃)、Kx=K0=1(秒)を代入して求める。
[3]上記[2]で求めた、起点から1秒経過後の焼きならしの程度P0を得るのに必要な、起点から1秒経過後の鋼板中心温度T1での所要保持時間k1を求める。該所要保持時間k1は、下記式(9)にx=0、すなわちPx=P0、Tx+1=T1(℃)を代入して求める。
kx+1=(exp(PX/(TX+1+273))-20)×3600 ・・・(9)
式(9)において、kx+1は、起点(Ac1)からTx+1(℃)に変化するまでに受けた連続焼きならしの程度Pxを得るのに必要な、鋼板中心温度Tx+1での所要保持時間を示す。
[4]鋼板中心温度T1での換算保持時間を、下記式(10)からk1+1=K1(秒)とおく。
Kx+1=kx+1+1 ・・・(10)
式(10)において、Kx+1は、鋼板中心温度Tx+1での換算保持時間を示し、kX+1は、起点(Ac1)からTx+1(℃)に変化するまでに受けた連続焼きならしの程度Pxを得るのに必要な、鋼板中心温度Tx+1での所要保持時間を示す。
[5]上記[2]~[4]に示したPx、kx+1、Kx+1の算出を、X=1、2、3、・・・二相域焼きならし完了時まで繰り返し順次行い、二相域焼きならし完了時のPX=Pfを求め、このPfをPNとする。
【0055】
以下に、各工程についてその詳細を説明する。
【0056】
[上述の成分組成を有する鋼片を、900~1250℃に加熱する工程]
上述の成分組成を有する鋼片を、熱間圧延が可能な900~1250℃に加熱する。加熱温度が低いとオーステナイト粒径が小さいため、焼き入れ性が低下し、強度が低下する。よって加熱温度は900℃以上とする。加熱温度は、好ましくは1000℃以上、より好ましくは1050℃以上である。一方、加熱温度が高すぎると、オーステナイト粒径が大きくなるため、ベイナイトブロック径が増大し、靭性が劣化する。よって加熱温度は1250℃以下とする。加熱温度は、好ましくは1200℃以下、より好ましくは1150℃以下である。
【0057】
[表面温度が800℃~970℃の仕上圧延温度で圧延を行い、その後、Ar3点以上の冷却開始温度から、1.0℃/s以上の平均冷却速度で400℃以下の冷却停止温度まで冷却する工程]
仕上圧延温度が800℃を下回ると、オーステナイト粒の扁平化が著しく、音響異方性が増大する。よって、仕上圧延温度は800℃以上とする。仕上圧延温度は、好ましくは810℃以上、より好ましくは820℃以上とする。一方、仕上圧延温度が970℃を上回ると、オーステナイト粒の微細化効果が小さくなるため、靭性が劣化する。よって、仕上圧延温度は970℃以下とする。仕上圧延温度は、好ましくは960℃以下、より好ましくは950℃以下とする。
【0058】
上記仕上圧延温度で圧延後、Ar3点以上の冷却開始温度から、平均冷却速度1.0℃/s以上で400℃以下の冷却停止温度まで冷却する。なお、Ar3点は、連続冷却中に変態が開始する温度であり、上記式(4)および(5)により求められる。
【0059】
圧延後の冷却条件によって、ベイナイトの形態が変化し、また、ベイナイトの組織サイズが変わる。よって、圧延後の冷却条件を制御することで、ベイナイトの形態を制御し、所望のベイナイトの組織サイズを得る。所定の平均冷却速度での冷却の、冷却開始温度がAr3点を下回るか、または冷却停止温度が400℃を上回ると、ラス間隔の広いベイナイトが形成し、続く二相域焼きならしにて粗大な硬質組織が形成するため、靭性が劣化する。よって、所定の平均冷却速度での冷却開始温度はAr3点以上とする。該冷却開始温度は、好ましくはAr3点+20℃以上、より好ましくはAr3点+40℃以上である。冷却開始温度の上限は、例えば仕上圧延温度とすることができる。また、所定の平均冷却速度での冷却停止温度は400℃以下、好ましくは390℃以下、より好ましくは380℃以下である。上記冷却停止温度の下限は、特に限定されず、例えば20℃とすることができる。
【0060】
上記平均冷却速度が、1.0℃/secを下回ると、生成するベイナイトの組織サイズが粗大になるため、靭性が劣化する。上記平均冷却速度は、好ましくは1.3℃/sec以上、より好ましくは1.5℃/sec以上である。なお、上記平均冷却速度の上限は特に限定されない。
【0061】
前記平均冷却速度で冷却停止温度まで冷却後、一旦、該冷却停止温度よりも低い温度、例えば室温まで冷却させた後に、二相域焼きならしを行ってもよいし、または室温まで冷却させずに、前記冷却停止温度から引き続き、二相域焼きならしの加熱温度まで昇温させてもよい。
【0062】
[前記冷却後に、Ac1点~Ac3点の温度範囲内、かつ下記方法で求められるパラメータPNの値が21.04~22.12の範囲内で、二相域焼きならしを行う工程]
【0063】
低降伏比を実現するには、二相域熱処理を実施して硬質相と軟質相の二相組織とすることが有効だが、従来の方法では硬質相と軟質相の硬さ比が大きくなく、例えばD/t(D:鋼管直径、t:鋼板の板厚)=10~20のような強曲げ加工時において、鋼管加工後に低降伏比を安定して得ることは難しかった。そこで本発明者らが検討したところ、二相域焼きならしを下記に示す条件で実施し、逆変態部に極めて硬質なMAを生成させ、硬質組織と軟質組織の硬さ比をより大きくすることにより、強曲げ加工後においても十分な低降伏比を満足する鋼板が得られることを見出した。以下、二相域焼きならしの条件について説明する。
【0064】
前述した所定分率の硬質組織を確保して、より低い降伏比を実現するため、二相域焼きならしを行う。二相域焼きならしは、Ac1点~Ac3点の温度範囲内であって、下記方法で求められるパラメータPNの値が21.04~22.12の範囲内で行う。なお、上記Ac1点とは連続加熱中に逆変態が開始する温度であり、上記式(6)により求められ、上記Ac3点は連続加熱中に逆変態が終了する温度であり、上記式(7)により求められる。
【0065】
上記PNは、逆変態組織の分率、すなわち硬質組織の分率と相関するパラメータである。板厚が80mm未満の鋼板を二相域焼きならしする場合、鋼板中心温度が均熱温度となるまでの加熱時間が短いため、昇温時の温度と時間が二相域焼きならしの程度に与える影響が軽微である。この場合、均熱温度と均熱時間を制御すれば、所望の分率の硬質組織を得ることができる。これに対して、板厚が80mm以上の厚物の場合、鋼板中心温度が均熱温度となるまでの加熱時間が長く、加熱中の温度影響が大きいため、均熱温度と均熱時間だけでは、逆変態組織分率を見積もることは難しい。
【0066】
そこで本発明では、上記厚物の二相域焼きならしを行うことを想定し、昇温時の温度と時間が二相域焼きならしの程度に与える影響を加味した二相域焼きならし条件を設定した。
【0067】
[パラメータPNの算出方法]
PNの算出方法は次の通りである。
下記式(8)は、温度Tx(℃)、時間Kx(秒)で等温保持したときの焼ならしの程度を示すパラメータPxを求める式である。すなわち下記式(8)は等温保持のときに用いる式であるため、時間経過に伴って鋼板が昇温するときの焼ならしの程度は、下記式(8)をそのまま用いて求めることができない。そこで、下記式(8)を用いて下記[1]~[5]に示す手順により、連続昇温時、つまり時間経過に伴って鋼板が昇温するときの焼ならしの程度を表すパラメータPNを算出する。
Px=(Tx+273)×log(Kx/3600+20) ・・・(8)
【0068】
[1]
図5に示す通り、縦軸が鋼板中心温度(℃)、横軸が昇温開始からの経過時間(秒)である鋼板中心温度の昇温曲線を作成し、該曲線を1秒ごとに区切り、矩形近似する。
上記昇温曲線において、鋼板中心温度がAc1点のときを起点とし、この起点での、昇温開始からの経過時間をt
0(=0)(秒)、鋼板中心温度をT
0(=Ac1)(℃)とおく。
また
図5に示す通り、上記起点から1秒後の時間と鋼板中心温度はそれぞれt
1(秒)、T
1(℃)と表され、起点からのX秒後の時間と鋼板中心温度はそれぞれt
X(秒)、T
X(℃)と表され、t
Xから1秒後の時間と鋼板中心温度はそれぞれt
X+1(秒)、T
X+1(℃)と表される。また、二相域焼きならし完了時の時間と鋼板中心温度を、それぞれt
f(秒)、T
f(℃)と表す。
【0069】
[2]起点から1秒経過後の焼きならしの程度P0を求める。該焼きならしの程度P0は、式(8)にX=0、すなわちTx=T0=Ac1(℃)、Kx=K0=1(秒)を代入して求める。
【0070】
[3]上記[2]で求めた、起点から1秒経過後の焼きならしの程度P0を得るのに必要な、起点から1秒経過後の鋼板中心温度T1での所要保持時間k1を求める。
【0071】
上記所要保持時間k1は、下記式(9)を用いて求める。下記式(9)は、「鋼板中心温度が、起点(Ac1)からTx+1(℃)に変化するまでに受けた連続焼きならしの程度Pxを得るのに必要な、TX+1温度における換算保持時間(秒)」であるkx+1を求める式である。
kx+1=(exp(PX/(TX+1+273))-20)×3600 ・・・(9)
【0072】
上記所要保持時間k
1は、上記式(9)にX=0、すなわちP
x=P
0、T
x+1=T
1(℃)を代入して求める。
図6は、X=0の場合を示した図であり、
図6において、起点から1秒経過後の焼きならしの程度P
0を示す太枠部分の面積と、鋼板中心温度T
1×所要保持時間k
1を示す塗りつぶし部の面積(P値)は等しい。
【0073】
[4]鋼板中心温度T1での換算保持時間を、下記式(10)からk1+1=K1(秒)とおく。
Kx+1=kx+1+1 ・・・(10)
式(10)において、Kx+1は、鋼板中心温度Tx+1での換算保持時間を示し、kX+1は、起点(Ac1)からTx+1(℃)に変化するまでに受けた連続焼きならしの程度Pxを得るのに必要な、鋼板中心温度Tx+1での所要保持時間を示す。
【0074】
[5]上記[2]~[4]に示したPx、kx+1、Kx+1の算出を、X=1、2、3、・・・二相域焼きならし完了時まで繰り返し順次行い、二相域焼きならし完了時のPX=Pfを求め、このPfをPNとする。
【0075】
上記と同様にしてP
1、k
2、K
2を求める方法を、
図7を用いて以下に説明する。この
図7はX=1の場合を示している。
【0076】
上記式(8)にT
1(℃)、K
1=k
1+1(秒)を代入して、T
1(℃)でK
1(秒)保持した際のP
1(
図7における太枠部分の面積)を求める。そして上記式(9)に、上記P
1、T
2(℃)を代入して、P
1に相当するT
2(℃)での所要保持時間k
2(秒)を求める。
図7において、起点から2秒経過後の焼きならしの程度P
1を示す太枠部分の面積と、鋼板中心温度T
2×所要保持時間k
2を示す塗りつぶし部の面積(P値)は等しい。上記式(10)から、
図3に示す通りK
2=k
2+1(秒)とする。
【0077】
上記
図6および
図7に示す通り、算出を繰り返してP
x、k
x+1、K
x+1(X=2,3,4…)を順次求めていく。そして、
図8に示す通り、T
Xが二相域焼きならし完了時の温度Tf(℃)の時のP
X(=P
f)をP
Nとする。
【0078】
本発明者らは上記P
Nと得られる硬質組織の分率との関係について、別途検討を行った。
図9は、後記する実施例のデータを用いて得た、P
Nと硬質組織の分率との関係を示すグラフである。このグラフから、上記P
Nと、硬質組織の分率との間には相関があり、硬質組織の分率を前述の通り、23.3面積%以上確保し、高降伏強度を達成するには、P
Nを21.04以上とする必要がある。一方、硬質組織の分率を、前述の通り29.4面積%以下に抑えてより優れた低温靭性を確保するには、P
Nを22.12以下とする必要がある。
【0079】
本発明の実施態様によれば、逆変態組織である硬質組織の分率と相関のある上記パラメータPNが所定範囲内の値となるよう二相域焼きならしを行うことにより、特性に影響を与える硬質組織の分率を、厚鋼板であっても精度よく制御することができる。
【0080】
前記焼きならし後は、例えば100℃以下まで冷却してから、次の焼戻しを行えばよい。
【0081】
[前記焼きならし後に、300℃~600℃の温度範囲で、焼戻しを行う工程]
焼き戻しを行うことによって、二相域焼ならし後の冷却時に生成した可動転位を消滅させることができ、降伏強度を向上することができる。特に、焼戻し温度を300℃~600℃の温度範囲とすることによって、適正な強度を得ることができる。焼戻し温度がAc1点を超えると、二相域焼きならしとなるため、冷却時に可動転位が再度導入され、強度が確保できない。また、焼き戻し温度が600℃を超えると硬質相の強度が低下するため、強度が確保できない。したがって、焼き戻し温度の上限は600℃、好ましい上限は560℃とする。一方、焼き戻し温度が300℃未満の場合、可動転位の消滅が十分でないため、適正な強度を確保できない。したがって、焼き戻し温度は300℃以上、好ましくは400℃以上とする。上記焼き戻し後は、室温まで例えば放冷とすることができる。
【実施例0082】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0083】
(鋼板の製造)
転炉または150kg真空溶製にて、表1に示す成分組成の鋼材を溶製した。表1において、線(-)を記載したものは、その化学成分が検出されなかったことを意味する。また、表1におけるPcm、Ac1、Ac3、Ar3、DI、Dhは、前述の式(1)~(7)から求めたものである。
【0084】
溶製完了後、連続鋳造または鍛造してスラブを得た。該スラブを、表2に示す加熱温度まで加熱して熱間圧延を行った。熱間圧延の仕上げ温度は表2のとおりである。熱間圧延後は、表2に示す条件で冷却した。表2に示す冷却停止温度まで冷却後は室温まで放冷し、表2に示す板厚の鋼板を得た。
【0085】
次いで、表2に示す熱処理条件で、二相域焼きならしと焼き戻しを行った。二相域焼きならしは、表2に示す加熱温度、かつ表2に示すPNを満たすような加熱保持時間で行った。前記PNは、前述した方法で求めた。二相域焼きならし後は、表2に示す加熱温度で約15分間保持する焼戻しを行った。
【0086】
なお、上記鋼板の製造において、表2に示す仕上圧延温度は、鋼板の表面温度を測定したものである。また、加熱温度は、加熱炉の雰囲気温度、圧延後の冷却開始温度と冷却終了温度は、鋼板の表面の温度、二相域焼きならしの加熱温度は、鋼板の板厚中心の温度、焼き戻しの加熱温度は、鋼板の板厚中心の温度を示す。二相域焼ならし、焼戻し時の板厚中心温度は、熱電対を差し込み測定した。
【0087】
得られた鋼板の鋼組織の評価として硬質組織の分率とサイズの測定、引張試験、シャルピー衝撃試験を、以下に示す通り行った。
【0088】
〔硬質組織の分率とサイズの測定〕
圧延方向に平行でかつ鋼板表面に垂直な、鋼板表裏面を含む板厚断面が観察面となるように、上記鋼板からサンプルを採取した。次いで、観察面を鏡面研磨したのち、ナイタール液を用いて腐食し、硬質組織を現出させた。該処理を施した硬質組織は、走査電子顕微鏡(SEM)観察では、白色組織として観察される。
【0089】
板厚t/4部位において、現出させた組織を1000倍の視野で写真撮影した。撮影した写真を画像解析装置に取り込んだ。なお、前記写真の領域は128μm×95μmに相当する。画像解析装置において、白色組織として観察される硬質組織の面積分率と平均円相当直径を算出した。
【0090】
〔引張試験〕
各厚鋼板から、JIS Z2241の4号試験片を作製した。4号試験片は、厚鋼板の表面から深さが板厚t/4の位置から、試験片の長手方向が圧延方向と垂直の方向となるように切り出した。この試験片を用いて、JIS Z2241に従って引張試験を行い、降伏強度YSおよび引張強度TSを測定した。降伏比YRはYSをTSで割った値に100を掛けることにより求めた。そして、降伏強度YSが600MPa以上の場合を高強度であると評価した。また、YRが85%以下の場合を低降伏比であると評価した。
【0091】
〔シャルピー衝撃試験〕
各厚鋼板からJIS Z2242のVノッチシャルピー衝撃試験片を採取した。該試験片は、厚鋼板の表面から深さが板厚t/4の位置から、試験片の長手方向が圧延方向となるように、12本切り出した。採取した12本の試験片を用いて試験温度4条件(試験温度1条件につき3本の試験片を使用)にて吸収エネルギー、および脆性破面率を求めた。そして試験温度と得られた脆性破面率の関係からvTrsを算出した。そして、vTrsが-13℃以下の場合を、低温靭性に優れていると評価した。
【0092】
これらの測定結果を表3に示す。
【0093】
【0094】
【0095】
【0096】
表1~3から次のことがわかる。K1、K4~K11、およびK15~K20は、規定の成分組成と製造条件を満たしており、得られた鋼板は所望の組織を有し、高強度、かつより低い降伏比を示し、更に優れた低温靭性を示した。これに対して、K2、K3、K12~K14、K21およびK22は、下記に説明する通り、成分組成と製造条件の少なくともいずれかを満たさなかったため、所望の組織が得られず、降伏強度、降伏比、低温靭性の少なくともいずれかが劣る結果となった。
【0097】
K2およびK3は、二相域焼きならしを、PNの所定範囲を下回る条件で行ったため、硬質組織が過剰に形成され、低温靭性に劣った。
【0098】
K12~K14は、二相域焼きならしを、PNの所定範囲を上回る条件で行ったため、硬質組織が不足し、高強度を達成できなかった。
【0099】
K21は、焼き戻しを実施しなかったため、高強度を達成できなかった。
【0100】
K22は、Dhが規定範囲を下回ったため、硬質組織の平均円相当直径が規定範囲を超えて大きくなり、低温靭性に劣る結果となった。