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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024133850
(43)【公開日】2024-10-03
(54)【発明の名称】コンクリートの劣化の早期検知方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/38 20060101AFI20240926BHJP
【FI】
G01N33/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023043844
(22)【出願日】2023-03-20
(71)【出願人】
【識別番号】000000240
【氏名又は名称】太平洋セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141966
【弁理士】
【氏名又は名称】新井 範彦
(74)【代理人】
【識別番号】100103539
【弁理士】
【氏名又は名称】衡田 直行
(72)【発明者】
【氏名】小池耕太郎
(72)【発明者】
【氏名】星健太
(72)【発明者】
【氏名】住吉裕次郎
(72)【発明者】
【氏名】森寛晃
(57)【要約】      (修正有)
【課題】コンクリート構造物の将来ひび割れになり得るひずみの集中領域を、早期、迅速、かつ明瞭に検知できる方法を提供する。
【解決手段】(A)~(D)工程を経て得た最小主ひずみの分布の像を用いてコンクリートの劣化を早期に検知する。(A)コンクリートのデジタル画像を取得するための画像取得対象面において、デジタル画像を取得する、第1の画像取得工程。(B)画像取得対象面に対し加熱、乾燥、および冷却のいずれかの処置を行って、ひずみを顕在化させる、ひずみ顕在化処置工程。(C)処置を行った後、再度、前記画像取得対象面のデジタル画像を取得する、第2の画像取得工程。(D)処置の前と後のデジタル画像に基づき、デジタル画像相関法を用いてひずみを算出し、該ひずみに基づき最小主ひずみの変化の分布を得る、最小主ひずみ分布取得工程
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)~(D)工程を経て得た最小主ひずみの分布の像を用いてコンクリートの劣化を検知する、コンクリートの劣化の早期検知方法。
(A)コンクリートのデジタル画像を取得するための画像取得対象面において、デジタル画像を取得する、第1の画像取得工程
(B)前記画像取得対象面に対し加熱、乾燥、および冷却のいずれかの処置を行って、ひずみを顕在化させる、ひずみ顕在化処置工程
(C)前記処置を行った後、再度、前記画像取得対象面のデジタル画像を取得する、第2の画像取得工程
(D)前記処置の前と後のデジタル画像に基づき、デジタル画像相関法を用いてひずみを算出し、該ひずみに基づき最小主ひずみの変化の分布を得る、最小主ひずみ分布取得工程
【請求項2】
前記最小主ひずみの分布の像に現れた模様を用いて、下記(a)~(e)の基準に基づきコンクリートの劣化を検知する、請求項1に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法。
(a)亀甲状の模様が出現した部分は、アルカリシリカ反応として検知する。
(b)全体的に一様な模様が出現した部分は、エトリンガイトの遅延生成として検知する。
(c)斑点状の模様が出現した部分は、凍結融解として検知する。
(d)鉄筋が存在しない箇所に線状の模様、または、構造物の柱若しくは梁等の部材に対して斜め方向に線状の模様が出現した部分は、乾燥収縮として検知する。
(e)鉄筋の直上に線状の模様が出現した部分は、鉄筋の腐食として検知する。
【請求項3】
前記模様に加えて、ひずみの正負の分布に基づきコンクリートの劣化を検知する、請求項2に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法。
【請求項4】
前記最小主ひずみの分布の像にマイナス(収縮)の線が出現した部分を、ひび割れが発生し得る部分として検知する、請求項1に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法。
【請求項5】
前記模様とマイナスのひずみの分布を用いて、下記(f)~(j)の基準に基づきコンクリートの劣化を検知する、請求項4に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法。
(f)亀甲状の模様が出現した部分であって、亀甲状の模様の線部が、より大きいマイナス(収縮)のひずみを示し、基質部(模様以外の部分)も全体的にマイナス(収縮)のひずみを示す部分は、アルカリシリカ反応として検知する。
(g)全体的に一様な模様が出現した部分であって、ペーストまたはモルタルからなる部分が全体的にマイナス(収縮)のひずみを示す部分は、エトリンガイトの遅延生成として検知する。
(h)斑点状の模様が出現した部分であって、斑点の部分が大きいマイナス(収縮)のひずみを示す部分は、凍結融解として検知する。
(i)鉄筋が存在しない箇所に線状の模様、または、構造物の柱若しくは梁等の部材に対して斜め方向に線状の模様が出現した部分であって、該模様の線部がマイナス(収縮)のひずみを示し、基質部は全体的にマイナス(収縮)のひずみを示す部分は、乾燥収縮として検知する。
(j)鉄筋の直上に線状の模様が出現した部分であって、模様の線部がマイナス(収縮)のひずみを示す場合は、鉄筋の腐食として検知する。
【請求項6】
前記コンクリートがコンクリート構造物である、請求項1または4に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法。
【請求項7】
前記加熱処置は40~80℃で5~120分間である、請求項1または4に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート表面のデジタル画像を解析して、コンクリートの劣化を早期に検知する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
かつて、国土交通省がまとめた“RC造(コンクリート)の寿命に係る既往の研究例”では、「鉄筋コンクリート造建物の物理的寿命を117年と推定」していた(飯塚裕、1979、建築の維持管理、鹿島出版会)。また、“鉄筋コンクリート部材の効用持続年数”として、「一般建物(住宅も含む。)の耐用年数は120年、外装仕上げにより延命して、150年」とし(大蔵省主税局、1951、固定資産の耐用年数の算定方式)、コンクリートは100年を超える耐久性があると考えられていた(非特許文献1)。
しかし、現在に至るまでのコンクリートの耐久性の研究により、アルカリシリカ反応、エトリンガイトの遅延生成、凍結融解、乾燥収縮、および鉄筋の腐食等が、コンクリートの劣化の要因であり、コンクリートの劣化は、これらの要因に起因して生じるひび割れに、二酸化炭素や塩分等の劣化因子が侵入して起ることが広く知られるようになった。
【0003】
これらのコンクリートの劣化の要因のうち、アルカリシリカ反応は、反応性骨材中のシリカとコンクリート中のアルカリ金属イオンが、高いpH環境下で反応してアルカリシリカゲルが生成し、このゲルが吸水により膨張して、ひび割れが生じる現象である。
【0004】
また、エトリンガイトの遅延生成は、コンクリートを蒸気養生した数年後に、エトリンガイトが集中して生じる場合があり、このエトリンガイトによりコンクリートが膨張して崩壊する現象である。
【0005】
また、凍結融解は、コンクリート中の水分が、長年にわたり凍結と融解を繰り返し、凍結した水の体積膨張により、ひび割れが生じる現象である。
【0006】
また、乾燥収縮は、乾燥によりコンクリート中の水分が蒸発し、コンクリートが収縮して引張応力が発生し、ひび割れが生じる現象である。
【0007】
さらに、鉄筋の腐食は、中性化や塩害により鉄筋表面の不動態被膜が損傷し、鉄筋が発錆して膨張し、ひび割れが生じる現象である。
【0008】
これらのコンクリートの劣化では、ひび割れが顕在化してひび割れを視認できる時点では、劣化が進み過ぎている場合が多い。したがって、コンクリートのひび割れを防ぐには、ひび割れが顕在化する前にひび割れの予兆を検知し、それぞれのひび割れの態様に応じてコンクリートの劣化に対処する必要がある。
しかし、コンクリート表面は、傷、汚れ、および湿潤等の影響を受けるため、視認によるひび割れの検知方法では、ひび割れの予兆を検知するのが難しい。
【0009】
そこで、コンンクリートの劣化を検知する方法が、いくつか提案されている。例えば、
特許文献1に記載のコンクリート構造物の亀裂検査方法は、コンクリート構造物を構成する基体の上に、下塗層、剥落防止用シート層、および上塗層を順次積層したうえに、さらに上塗層の上に、励起光によって発光する蛍光色素を混入した高弾性塗膜層と、励起光の透過を阻止する遮蔽剤を混入した低弾性塗膜層を順次積層して、コンクリート構造物の供用を開始した後に、当該構造物に励起光を照射し、経時劣化により基体に発生した亀裂を検出する方法である。
【0010】
また、特許文献2に記載のコンクリート劣化因子検出方法は、コンクリート面を撮像して可視光画像を取得し、他方、そのコンクリート面に赤外線を照射すると共に、コンクリート面からの反射光をスキャニング装置を介して分光器に入力し、その分光器で特定の劣化因子を検出するための特定の波長の光強度に基づく吸光度を検出すると共に、その吸光度を劣化因子の濃度に換算してその濃度を量子化し、その量子化した値を基に前記測定するコンクリート面に対応させて濃淡または色に表して劣化因子画像を取得し、その劣化因子画像と前記可視光画像とを合成する方法である。
【0011】
また、特許文献3に記載のコンクリート劣化検知方法は、デジタル画像を経時的に取得し、デジタル画像相関法を用いてひずみの分布を得る方法である。
【0012】
さらに、特許文献4に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法は、特定の工程を経て得た最大主ひずみの分布の像に現れた模様を用いて、コンクリートの劣化を検知する方法である。ちなみに、図1に、アルカリシリカ反応(ASR)、エトリンガイトの遅延生成(DEF)、乾燥収縮、および鉄筋の腐食による平板試験体の最大主ひずみの分布を示す。
【0013】
しかし、特許文献1に記載の方法は、亀裂が生じた後に亀裂を検出する方法に過ぎず、また、下塗層、剥落防止用シート層、および上塗層を順次積層した上で、さらに高弾性塗膜層と低弾性塗膜層を順次積層しなければならず、作業が煩雑である。
【0014】
また、特許文献2に記載の方法は、コンクリート面の可視光画像を取得することに加え、赤外線を照射してコンクリート面からの反射光を分光器に入力し、劣化因子を検出するための特定の波長の光強度に基づく吸光度を検出しなければならず、同じく、作業が煩雑である。
【0015】
また、特許文献3に記載の方法は、ひずみの経時変化を長期間にわたり複数回にわたり計測する必要があり、劣化の検出に手間と時間を要する。
【0016】
さらに、特許文献4に記載の方法は、平板試験体では有用であるものの、コンクリート構造物の劣化の検知に最大主ひずみを用いると、劣化が明瞭に捉えられない場合がある(図5および図6)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】コンクリートメディカルセンター、“マンションの寿命に関わる4つの問題と寿命判断のチェックポイント”、インターネット<URL:https://concrete-mc.jp/mansion-lifespan>
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開2014-85200号公報
【特許文献2】特開2007-85850号公報
【特許文献3】特開2018-155023号公報
【特許文献4】特開2020-153784号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
したがって、本発明は、特許文献4に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法をさらに発展させたものであり、コンクリート構造物でも、将来、ひび割れになり得るひずみの集中領域を、早期、迅速、かつ明瞭に検知できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者は、前記目的にかなう検知方法を検討したところ、最小主ひずみの分布の像に現れた模様を用いれば、前記目的を解決できることを見い出し、本発明を完成させた。具体的には、本発明は下記の構成からなるコンクリートの劣化の早期検知方法である。
【0021】
[1]下記(A)~(D)工程を経て得た最小主ひずみの分布の像を用いてコンクリートの劣化を検知する、コンクリートの劣化の早期検知方法。
(A)コンクリートのデジタル画像を取得するための画像取得対象面において、デジタル画像を取得する、第1の画像取得工程
(B)前記画像取得対象面に対し加熱、乾燥、および冷却のいずれかの処置を行って、ひずみを顕在化させる、ひずみ顕在化処置工程
(C)前記処置を行った後、再度、前記画像取得対象面のデジタル画像を取得する、第2の画像取得工程
(D)前記処置の前と後のデジタル画像に基づき、デジタル画像相関法を用いてひずみを算出し、該ひずみに基づき最小主ひずみの変化の分布を得る、最小主ひずみ分布取得工程
[2]前記最小主ひずみの分布の像に現れた模様を用いて、下記(a)~(e)の基準に基づきコンクリートの劣化を検知する、前記[1]に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法。
(a)亀甲状の模様が出現した部分は、アルカリシリカ反応として検知する。
(b)全体的に一様な模様が出現した部分は、エトリンガイトの遅延生成として検知する。
(c)斑点状の模様が出現した部分は、凍結融解として検知する。
(d)鉄筋が存在しない箇所に線状の模様、または、構造物の柱若しくは梁等の部材に対して斜め方向に線状の模様が出現した部分は、乾燥収縮として検知する。
(e)鉄筋の直上に線状の模様が出現した部分は、鉄筋の腐食として検知する。
[3]前記模様に加えて、ひずみの正負の分布に基づきコンクリートの劣化を検知する、前記[2]に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法。
[4]前記最小主ひずみの分布の像にマイナス(収縮)の線が出現した部分を、ひび割れが発生し得る部分として検知する、前記[1]に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法。
[5]前記模様とマイナスのひずみの分布を用いて、下記(f)~(j)の基準に基づきコンクリートの劣化を検知する、前記[4]に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法。
(f)亀甲状の模様が出現した部分であって、亀甲状の模様の線部が、より大きいマイナス(収縮)のひずみを示し、基質部(模様以外の部分)も全体的にマイナス(収縮)のひずみを示す部分は、アルカリシリカ反応として検知する。
(g)全体的に一様な模様が出現した部分であって、ペーストまたはモルタルからなる部分が全体的にマイナス(収縮)のひずみを示す部分は、エトリンガイトの遅延生成として検知する。
(h)斑点状の模様が出現した部分であって、斑点の部分が大きいマイナス(収縮)のひずみを示す部分は、凍結融解として検知する。
(i)鉄筋が存在しない箇所に線状の模様、または、構造物の柱若しくは梁等の部材に対して斜め方向に線状の模様が出現した部分であって、該模様の線部がマイナス(収縮)のひずみを示し、基質部は全体的にマイナス(収縮)のひずみを示す部分は、乾燥収縮として検知する。
(j)鉄筋の直上に線状の模様が出現した部分であって、模様の線部がマイナス(収縮)のひずみを示す場合は、鉄筋の腐食として検知する。
[6]前記コンクリートがコンクリート構造物である、前記[1]または[4]に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法。
[7]前記加熱処置は40~80℃で5~120分間である、前記[1]または[4]に記載のコンクリートの劣化の早期検知方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明のコンクリートの劣化の早期検知方法は、コンクリートの劣化を早期、迅速、かつ明瞭に検知できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】ASR、DEF、乾燥収縮、および鉄筋の腐食による平板試験体の最大主ひずみの分布を示す図である。
図2】デジタル画像取得用スキャナを固定するためのアンカープラグ(丸印)を取り付けて、ランダムパターン(黒点と白点)を刻印したデジタル画像を取得するための、コンクリートの画像取得対象面を示す写真である。
図3】デジタル画像取得用スキャナとして用いるラインセンサスキャナの1例を示す写真である。
図4】画像取得対象面を囲うように加熱する方法(左の写真)と、上下に間隔をあけて加熱する方法(右の写真)を示す。
図5】コンクリート構造物の画像取得対象面(上下で同じ)における、最大主ひずみ分布(上の写真)と、最小主ひずみ分布(下の写真)を示す。
図6】平板試験体およびコンクリート構造物(実構造物)の最大主ひずみ分布(左側の写真)と、平板試験体およびコンクリート構造物の最小主ひずみ分布(右側の写真)を示す図であり、上側の写真は平板試験体のひずみ分布を示し、下側の写真はコンクリート構造物のひずみ分布を示す。
図7】最大主ひずみεと最小主ひずみεの算出式を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明のコンクリートの劣化の早期検知方法は、前記のとおり、(A)第1の画像取得工程、(B)ひずみ顕在化処置工程、(C)第2の画像取得工程、および(D)最小主ひずみ分布取得工程を経て得た最小主ひずみの分布の像を用いて、コンクリートの劣化を早期に検知する方法等である。以下、本発明について詳細に説明する。
【0025】
(A)第1の画像取得工程および(C)第2の画像取得工程
両工程は、コンクリート表面のデジタル画像を取得するための画像取得対象面において、コンクリート表面の加熱、乾燥、および冷却のいずれかの処置を行う前(第1の画像取得工程)と後(第2の画像取得工程)で、デジタル画像を取得する工程である。これらの工程の操作は同じであるから、以下に両工程をまとめて説明する。
【0026】
まず、良好なデジタル画像を取得するために、コンクリートの画像取得対象面は、研磨することが好ましい。また、画像を取得する時期は、ひび割れが発生すると蓄積されたひずみが開放されるため、好ましくは、コンクリートが硬化した後から、少なくともひび割れが視認できるより前までに取得する。
【0027】
ここで、デジタル画像の取得時に、取得面に水分が付着していると、色のコントラストが小さくなり、また色むらが生じて、加熱、乾燥、および冷却のいずれかの処置の前と後で取得した画像の相関性が低下する場合がある。この相関性の低下を避けるため、画像取得前に、コンクリートの画像取得面の水分を布などに吸水して除去するか、または、水分がなくなるまで風乾するなどの処理を行う。なお、当該処理は、画像取得面に水分が付着している場合に行う任意の処理である。
【0028】
次に、図2に示すように、コンクリート表面にデジタル画像取得用スキャナを固定するためのアンカープラグ(丸印)を設置するとともに、コンクリート表面にランダムパターン(黒点と白点)を記して第1の画像取得の前準備を行う。なお、第1の画像取得工程の前準備は、必ずしも画像取得の直前である必要はない。
前記前準備を終えたら、コンクリートの画像取得対象面にデジタル画像取得用スキャナを接触させて、画像を取得する。該スキャナは特に制限されないが、照明やレンズの収差の調整が不要で、精細な画像が取得できるため、ラインセンサスキャナが好適である。ここで、図3に、ラインセンサスキャナの1例を示す。
【0029】
本発明が対象とするコンクリートは、特に制限されず、普通コンクリート、水密コンクリート、暑中コンクリート、寒中コンクリート、マスコンクリート、流動化コンクリート、高流動コンクリート、高強度コンクリート、低発熱コンクリート、膨張コンクリート、プレストレストコンクリート、低収縮コンクリート、繊維補強コンクリート、軽量コンクリート 、およびポリマーコンクリートが挙げられる。
また、本発明が対象とするコンクリートは、従来の方法ではコンクリートの劣化の早期検知が難しかったコンクリート構造物が好ましい。さらに、コンクリート構造物の中でも、マスコンクリート、および鉄筋コンクリートが好ましい。
【0030】
(B)ひずみ顕在化処置工程
該工程は、前記画像取得対象面に対し加熱、乾燥、および冷却のいずれかの処置を行って、ひずみを顕在化させる工程である。長期間にわたり画像を取得することなく、短時間で加熱等の処置を行うことにより、温度ひずみによる長さ変化が生じて、ひずみ分布をより明確にできる。
加熱処置は、例えば、図4に示すように、画像取得対象面を囲うように加熱する方法(左の写真)と、上下に一定の間隔をあけて加熱する方法(右の写真)が挙げられる。上下に間隔をあけて加熱する方法では、ひずみをより顕在化させるため、想定されるひび割れと直交する方向に加熱するとよい。
また、加熱処置は、ひずみの顕在化とコンクリートの劣化を防ぐため、好ましくは40~80℃で5~120分間である。40~80℃で5~120分間であれば、ひずみは顕在化する。なお、加熱温度は、より好ましくは50~70℃、さらに好ましくは60~70℃であり、加熱時間は、より好ましくは10~100分間、さらに好ましくは20~80分間である。
加熱装置は、シートヒータ、ジェットヒーター、バーナー、ハロゲンヒーター、および太陽光等が挙げられる。
【0031】
また、乾燥処置は、扇風機、圧縮空気、ジェットヒーター、およびバーナー等を用いて温風を当てるほか、ハロゲンヒーターや太陽光等で表面を加熱して乾燥してもよい。乾燥温度は、特に制限されないが、乾燥の速さを考慮すると 、コンクリートの表面温度は、好ましくは30℃以上、より好ましくは40℃以上である。また、コンクリートの劣化を防ぐためには、コンクリートの表面温度は、好ましくは80℃以下、より好ましくは60℃以下である。
乾燥時間の下限は、乾燥方法にもよるが、ひずみ分布がより明確になるよう、好ましくは10分、より好ましくは1時間、さらに好ましくは3時間である。また、乾燥時間の上限は、検知方法の迅速性を担保するためと、コンクリートの劣化を防ぐため、好ましくは1週間、より好ましくは3日間、さらに好ましくは1日間である。
【0032】
その他の乾燥の方法は、アルコールやアセトン等の有機溶剤の浸漬、および該有機溶剤の噴霧等を行い、コンクリート中の水分を脱水(吸水)することが挙げられる。脱水時間は、好ましくは30分以上である。有機溶剤に浸漬した後は、結露する場合があるため、有機溶剤を迅速に拭き取るなどして除去するか、乾燥条件下に静置するとよい。
乾燥の前に浸漬、噴霧、または濡れた布で覆って、コンクリート表面が十分に吸水した後に乾燥すると、ひずみ分布がより明確になる。この吸水時間は、好ましくは30分以上である。
【0033】
冷却処置は、コンクリート表面への、冷風発生装置等を用いた冷気の送風、および冷却スプレーの噴霧等が挙げられる。また、保冷材や冷水でコンクリート表面を覆って冷却してもよい。冷却効率を高め、冷却のバラツキを低減するため、コンクリート表面に設置した金属等の伝熱板の上から保冷材で覆うとよりよい。
冷却温度は、ひずみ分布をより明確にするため、コンクリートの表面温度で元の温度よりも好ましくは 20℃以上低く、より好ましくは40℃以上低くする。また、冷却温度の下限は、コンクリートの劣化を防ぐため、コンクリートの表面温度で、好ましくはマイナス10℃、より好ましくは0℃である。また、加熱によりコンクリートの表面温度を高めて第1の画像を取得し、冷却したのち第2の画像を取得してもよい。
また、冷却時間は、コンクリート表面を十分に冷却するため、好ましく10分以上、より好ましくは30分以上、さらに好ましくは1時間以上である。また、冷却時間の上限は、ひずみの顕在化の効率を高めるとともにコンクリートの劣化を防ぐため、好ましくは1日以内、より好ましくは6時間以内、さらに好ましくは3時間以内である。
なお、前記加熱の方法を用いて加熱した後、大気に曝して大気の温度まで冷却してもよい。
【0034】
(D)最小主ひずみ分布取得工程
該工程は、前記処置の前と後のデジタル画像に基づき、デジタル画像相関法を用いてひずみを算出し、該ひずみに基づき最小主ひずみの分布を得る工程である。
そして、前記デジタル画像相関法は、前記処置の前後に取得したデジタル画像の輝度値の分布に基づき、コンクリート表面上の移動量を算出し最小主ひずみに変換する方法である。
【0035】
具体的には、以下の計算過程を経てひずみを算出する。
(i)前記処置前のデジタル画像において、任意の位置を中心とするサブセット内の輝度値分布を求める。
(ii)前記処置後のデジタル画像の輝度値分布と最も相関が高い輝度値分布を有する、前記処置前のデジタル画像のサブセットを探索し、その中心点を着目点が変位した後の位置として捉えて、着目点から該中心点へ変位した量を算出し、さらに該変位した量を最小主ひずみに変換する。
例えば、基質部(最小主ひずみが0μ以上の箇所)に比べ、最小主ひずみの分布の集中領域(最小主ひずみが-200μ以下)が確認された場合、ひび割れ(将来、生じる得るひび割れも含む。)として検知する。
なお、前記処置前後のサブセットの相関は、下記(1)式の相関係数Rを用いて表す。
実際は、矩形に設定した処置前のサブセットに対し、処置後のデジタル画像そのものが変形しているため、サブセットが矩形にならない場合がある。この場合は、これを補正するため、サブセット内部において変位勾配が一定と仮定して、処置前後の座標(x,y)および(x* ,y*)には下記(2)式を用いる。
以上の計算は、市販の画像解析用ソフトウエア(例えば、digital:Correlated soluti ons社製)を用いて行なうことができる。
【0036】
比較のため、図5に、同じ画像取得対象面における最大ひずみ分布と最小ひずみ分布を示す。また、比較のため、図6に、平板試験体およびコンクリート構造物(実構造物)の最大主ひずみ分布(左側の写真)と、平板試験体およびコンクリート構造物の最小主ひずみ分布(右側の写真)を示す。
また、図7に、最大主ひずみと最小主ひずみの算出式を示す。
【0037】
さらに、本発明のコンクリートの劣化の早期検知方法は、前記最小主ひずみの分布の像にマイナス(収縮)の線が出現した部分を、ひび割れが発生し得る部分として検知する方法である。
具体的には、本発明で用いる、コンクリートの劣化の要因を検知するための基準を以下に記す。
(a)亀甲状の模様が出現した部分は、アルカリシリカ反応として検知する。また、模様の線部はより大きいマイナス(収縮)のひずみを示し、基質部(模様以外の部分)も全体的にマイナス(収縮)のひずみを示す部分は、アルカリシリカ反応として検知する。
(b)全体的に一様な模様が出現した部分であって、ペーストまたはモルタルからなる部分が全体的にマイナス(収縮)のひずみを示す部分は、エトリンガイトの遅延生成として検知する。また、表層に骨材が位置する部分は低いひずみ値を示すが、その他のペースト部分またはモルタル部分は全体的にマイナス(収縮)のひずみを示す。
(c)斑点状の模様が出現した部分であって、斑点の部分が大きいマイナス(収縮)のひずみを示す部分は、凍結融解として検知する。斑点以外の部分は、コンクリートの配合条件や設置条件により、ひずみはプラス(膨張)やマイナス(収縮)になるため、劣化の検知には使えない。
(d)鉄筋が存在しない箇所に線状の模様、または、構造物の柱若しくは梁等の部材に対して斜め方向の線状の模様が出現した部分であって、該模様の線部がマイナス(収縮)ののひずみを示し、基質部は全体的にマイナス(収縮)のひずみを示す部分は、乾燥収縮として検知する。なお、構造物において鉄筋の存在しない箇所は、図面や電磁波レーダー等の既存の方法を用いて事前に確認できる。
さらに、柱または梁等の部材に対する斜め方向の模様は、各部材に対する角度を限定するものではない。また、模様の線部はプラス(膨張)のひずみを示し、基質部は全体的にマイナス(収縮)のひずみを示す。
(e)鉄筋の直上(鉄筋のかぶりの部分)に線状の模様が出現した部分であって、模様の線部がマイナス(収縮)のひずみを示す部分は、鉄筋の腐食として検知する。なお、鉄筋の位置は、構造物の図面や電磁波レーダー等の既存の方法を用いて事前に確認できる。また、模様の線部はプラス(膨張)のひずみを示し、その他の部分は、コンクリートの配合条件や設置条件により、ひずみはプラス(膨張)やマイナス(収縮)になる。
また、各種の劣化の要因を検出するにあたり、コンクリートのデジタル画像を取得する対象として、表1に示す画像取得場所や具体例を選択すれば、劣化現象をより効率よく検知できる。
【0038】
【表1】
【0039】
以上のように、本発明のコンクリートの劣化の早期検知方法は、コンクリートの各種の劣化の要因を早期、迅速、かつ明瞭に検知できるため、早期に劣化の対策をとることができ、コンクリートの維持管理や延命に寄与できる。
【実施例0040】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
1.画像取得対象
画像取得対象は、竣工後、数十年が経過したプレストレストコンクリート構造物の橋脚(幅3m、奥行1m)である。
【0041】
2.画像取得対象面の前処理
デジタル画像相関法を用いて解析するため、図2に示すように、前記橋脚の表面に市販のスプレー塗料(商品名:ラッカースプレー、モノタロウ社製)を用いてランダムパターン(黒点と白点)を施した。
【0042】
3.デジタル画像の取得
図3に示すデジタル画像取得用スキャナ(ラインセンサタイプの全視野ひずみ計測装置、解像度:1200dpi、装置名:歪み計測スキャナFS-2、ニューリー社製)を用いて、四角枠内のランダムパターンを施した前記橋脚の表面を走査して、デジタル画像を取得した(第1の画像取得工程)。その後、外気温が4℃の下、前記構造物表面に60℃で30分間、加熱処理を行い、再度、デジタル画像を取得した(第2の画像取得工程)。ここで、前記ランダムパターンは、測定対象面の輝度値に変化をもたせるために、白と黒のスプレーを用いて描かれた斑模様である。
【0043】
4.最大主ひずみの算出
前記取得したデジタル画像を、画像解析用ソフトウェアdigital(Correlated solutions社製)を用いて解析し、前記橋脚の表面の最小主ひずみ(収縮ひずみと圧縮ひずみ)の分布をデジタル画像相関法により算出した。具体的には、下記(i)および(ii)の計算過程を経て最小主ひずみの分布を得た。
(i)前記構造物の表面の加熱の前と後のデジタル画像において、任意の位置を中心とするサブセット内の輝度値の分布を求めた。
(ii)前記構造物の表面の加熱後のデジタル画像の輝度値分布と、最も相関が高い輝度値分布を有するデジタル画像のサブセットを探索し、その中心点を着目点が移動(変位)した後の位置として捉えて、着目点から該中心点へ移動した距離(変位量)を算出し、さらに該移動した距離を最小主ひずみに変換した。
なお、構造物の表面のデジタル画像におけるサブセットの相関性は、前記(1)式の相関係数Rを用いた。また、座標(x,y)および(x*,y*)は前記(2)式を用いた。
得られた最小主ひずみの分布を図5および図6に示す。
図5は、前記構造物(橋脚)における210mm×375mmの像を示す。図5から分かるように、線状物は、最大主ひずみを用いた像では現れないが、最小主ひずみを用いた像では明瞭に表れ、ひずみの集中領域(ひび割れが発生する場所、またはひび割れの発生が予想される場所)が認識できるため、本発明によれば、コンクリート構造物の劣化を早期に検知できる。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7