(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024133889
(43)【公開日】2024-10-03
(54)【発明の名称】量子吸収分光システムおよび量子吸収分光方法
(51)【国際特許分類】
G01J 3/45 20060101AFI20240926BHJP
G01N 21/35 20140101ALI20240926BHJP
G01J 3/42 20060101ALI20240926BHJP
G01J 3/02 20060101ALI20240926BHJP
G02F 1/39 20060101ALN20240926BHJP
【FI】
G01J3/45
G01N21/35
G01J3/42 U
G01J3/02 C
G02F1/39
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023043893
(22)【出願日】2023-03-20
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】勝 秀昭
(72)【発明者】
【氏名】東條 公資
(72)【発明者】
【氏名】田窪 健二
(72)【発明者】
【氏名】長田 侑也
(72)【発明者】
【氏名】竹内 繁樹
(72)【発明者】
【氏名】岡本 亮
【テーマコード(参考)】
2G020
2G059
2K102
【Fターム(参考)】
2G020AA03
2G020CA02
2G020CA12
2G020CA17
2G020CB05
2G020CB08
2G020CB23
2G020CB42
2G020CB43
2G020CB54
2G020CC22
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2G020CD04
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2G020CD38
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2K102AA06
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2K102EB02
2K102EB06
2K102EB10
2K102EB20
2K102EB22
2K102EB26
(57)【要約】
【課題】量子吸収分光法の測定精度を向上させる。
【解決手段】量子光学系2は、シグナル光子とアイドラー光子との量子もつれ光子対が発生する複数の物理過程の間で起こる量子干渉の位相を変化させるように構成されている。光検出器3は、試料がアイドラー光子の光路に配置された状態において、各々がシグナル光子を検出し、その検出信号を出力する複数のピクセルを含む。プロセッサ401は、複数のピクセルの各々から取得される信号強度の、量子干渉の位相の変化に伴う変動を示すインターフェログラムに基づいて、試料の吸収分光特性を算出する。プロセッサ401は、複数のピクセルの間でインターフェログラムの位相差を低減させ、位相差が低減したインターフェログラムを複数のピクセルについて空間的に積算し、積算されたインターフェログラムに基づいて吸収分光特性を算出する。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シグナル光子とアイドラー光子との量子もつれ光子対が発生する複数の物理過程の間で起こる量子干渉の位相を変化させるように構成された量子光学系と、
試料が前記アイドラー光子の光路に配置された状態において、各々が前記シグナル光子を検出し、その検出信号を出力する複数のピクセルを含む光検出器と、
前記複数のピクセルの各々から取得される信号強度の、前記量子干渉の位相の変化に伴う変動を示すインターフェログラムに基づいて、前記試料の吸収分光特性を算出するプロセッサとを備え、
前記プロセッサは、
前記複数のピクセルの間で前記インターフェログラムの位相差を低減させ、
位相差が低減したインターフェログラムを前記複数のピクセルについて空間的に積算し、
積算されたインターフェログラムに基づいて前記吸収分光特性を算出する、量子吸収分光システム。
【請求項2】
前記プロセッサは、
前記複数のピクセルの各々について、前記インターフェログラムのフーリエ変換により前記インターフェログラムの位相スペクトルを算出し、
前記位相スペクトルによる前記インターフェログラムの畳み込み演算により、前記位相差を低減させる、請求項1に記載の量子吸収分光システム。
【請求項3】
前記複数のピクセルは、二次元アレイ状に配列され、
前記プロセッサは、前記位相スペクトルをフィルタとして用いて前記インターフェログラムの二次元畳み込み演算を行うことによって、前記位相差を低減させる、請求項2に記載の量子吸収分光システム。
【請求項4】
前記プロセッサは、
前記複数のピクセルのうち前記シグナル光子の信号強度が第1閾値よりも高いピクセルについて、前記位相差の低減および前記空間的な積算の対象とする一方で、
前記複数のピクセルのうち前記シグナル光子の信号強度が前記第1閾値よりも低いピクセルについては、前記位相差の低減および前記空間的な積算の対象としない、請求項1~3のいずれか1項に記載の量子吸収分光システム。
【請求項5】
前記プロセッサは、
前記位相スペクトルのスペクトル強度が第2閾値よりも高い波数を、前記位相スペクトルを用いた前記位相差の低減の対象とする一方で、
前記スペクトル強度が前記第2閾値よりも低い波数を、前記位相スペクトルを用いた前記位相差の低減の対象としない、請求項2または3に記載の量子吸収分光システム。
【請求項6】
前記プロセッサは、前記スペクトル強度が前記第2閾値よりも低い波数について、前記位相スペクトルの位相値をゼロに設定する、請求項5に記載の量子吸収分光システム。
【請求項7】
前記位相スペクトルを記憶するメモリをさらに備え、
前記プロセッサは、
第1の測定において算出された前記位相スペクトルを前記メモリに記憶させ、
前記第1の測定と第2の測定との間で前記位相スペクトルが変化しない場合、前記第2の測定では、前記メモリに記憶された位相スペクトルを用いて前記位相差を低減させる、請求項2または3に記載の量子吸収分光システム。
【請求項8】
シグナル光子とアイドラー光子との量子もつれ光子対が発生する複数の物理過程の間で起こる量子干渉の位相を変化させるステップと、
試料が前記アイドラー光子の光路に配置された状態において、光検出器に含まれる複数のピクセルの各々から前記シグナル光子の検出信号を取得するステップと、
前記複数のピクセルの各々から取得される信号強度の、前記量子干渉の位相の変化に伴う変動を示すインターフェログラムに基づいて、前記試料の吸収分光特性を算出するステップとを含み、
前記算出するステップは、
前記複数のピクセルの間で前記インターフェログラムの位相差を低減させるステップと、
位相差が低減したインターフェログラムを前記複数のピクセルについて空間的に積算するステップと、
積算されたインターフェログラムに基づいて前記吸収分光特性を算出するステップとを含む、量子吸収分光方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、量子吸収分光システムおよび量子吸収分光方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、量子技術分野において、量子力学的な相関を持つ光子対は「量子もつれ光子対」を利用して新規機能を実現する試みがなされている。量子もつれ光子対を用いて試料の吸収分光特性を求める手法は「量子吸収分光法」(QAS:Quantum Absorption Spectroscopy)と呼ばれる。量子吸収分光法に関する技術が国際公開第2021/117632号(特許文献1)等に提案されている。
【0003】
古典的な光学系が用いられるフーリエ変換赤外分光法(FTIR:Fourier Transform Infrared Spectroscopy)に対し、特許文献1に開示された量子吸収分光法は、「量子フーリエ変換赤外分光法」(Q-FTIR:Quantum Fourier Transform InfraRed spectroscopy)と呼ばれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Chiara Lindner, Sebastian Wolf, Jens Kiessling and Frank Kuhnemann, "Fourier transform infrared spectroscopy with visible light", Optics Express Vol. 28, Issue 4, pp. 4426-4432 (2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の吸収分光法と同様に、量子吸収分光法においても測定精度を向上させるための要求が常に存在する。より具体的には、量子吸収分光法では、量子光学系を構成する光学素子(たとえば移動ミラー、固定ミラー、レンズ)の反射/透過波面のズレ、光学素子のアライメント(たとえば移動ミラーと固定ミラーとの相対的な傾き)のズレなどにより、ポンプ光、シグナル光および/またはアイドラー光の光路によって決定される光路長差(または遅延時間)が、光検出器により検出される光束内の位置ごとに異なり得る。また、当該光束内の同一位置においても、光学素子による波長分散の影響により、波長ごとに光路長差が異なり得る。さらに、測定対象とする試料がアイドラー光の経路に設置されるところ、アイドラー光は、試料による透過/反射の波面のズレ、試料による波長分散の影響を受け得る。このような様々な要因により、試料の吸収分光特性の測定精度が低下する可能性がある。
【0007】
本開示は上記課題を解決するためになされたものであり、本開示の目的の1つは、量子吸収分光法の測定精度を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の第1の態様に係る量子吸収分光システムは、量子光学系と、光検出器と、プロセッサとを備える。量子光学系は、シグナル光子とアイドラー光子との量子もつれ光子対が発生する複数の物理過程の間で起こる量子干渉の位相を変化させるように構成されている。光検出器は、試料がアイドラー光子の光路に配置された状態において、各々がシグナル光子を検出し、その検出信号を出力する複数のピクセルを含む。プロセッサは、複数のピクセルの各々から取得される信号強度の、量子干渉の位相の変化に伴う変動を示すインターフェログラムに基づいて、試料の吸収分光特性を算出する。プロセッサは、試料の吸収分光特性を算出する。プロセッサは、複数のピクセルの間でインターフェログラムの位相差を低減させ、位相差が低減したインターフェログラムを複数のピクセルについて空間的に積算し、積算されたインターフェログラムに基づいて吸収分光特性を算出する。
【0009】
本開示の第2の態様に係る量子吸収分光方法は、第1~第3のステップを含む。第1のステップは、シグナル光子とアイドラー光子との量子もつれ光子対が発生する複数の物理過程の間で起こる量子干渉の位相を変化させるステップである。第2のステップは、試料がアイドラー光子の光路に配置された状態において、光検出器に含まれる複数のピクセルの各々からシグナル光子の検出信号を取得するステップである。第3のステップは、複数のピクセルの各々から取得される信号強度の、量子干渉の位相の変化に伴う変動を示すインターフェログラムに基づいて、試料の吸収分光特性を算出するステップである。算出するステップ(第3のステップ)は、第4~第6のステップを含む。第4のステップは、複数のピクセルの間でインターフェログラムの位相差を低減させるステップである。第5のステップは、位相差が低減したインターフェログラムを複数のピクセルについて空間的に積算するステップである。第6のステップは、積算されたインターフェログラムに基づいて吸収分光特性を算出するステップである。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、量子フーリエ変換赤外分光の測定精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本開示の実施の形態に係る量子吸収分光システムの全体構成を示す図である。
【
図2】量子吸収分光の原理を説明するための概念図である。
【
図3】コントローラによる演算処理を概略的に説明するための機能ブロック図である。
【
図4】建設的積算処理部による演算処理を詳細に説明するための機能ブロック図である。
【
図5】ピクセル判定部による判定処理の概念図である。
【
図6】建設的積算処理部による演算処理の概念図である。
【
図7】波数域判定部による判定処理の概念図である。
【
図8】畳み込み演算部による畳み込み演算の概念図である。
【
図9】本実施の形態に係る量子吸収分光方法の処理手順を示すフローチャートである。
【
図10】積算処理の処理手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付して、その説明は繰り返さない。
【0013】
<用語の定義>
本開示およびその実施の形態において、紫外域とは、10nm~360nmの波長域を意味する。可視域とは、360nm~1050nmの波長域を意味する。近赤外域とは、1050nm~2μmの波長域を意味する。中赤外域とは、2μm~5μmの波長域を意味する。遠赤外域とは、5μm~20μmの波長域を意味する。超遠赤外域(テラヘルツ域)とは、20μm~1mmの波長域を意味する。赤外域とは、近赤外域、中赤外域、遠赤外域および超遠赤外域をすべて含み得る。
【0014】
[実施の形態]
本開示の実施の形態では、本開示に係る量子吸収分光システムにより赤外域における試料の吸収分光特性を測定する構成について説明する。しかし、本開示に係る量子吸収分光システムにより測定可能な波長域は、赤外域に限定されず、紫外域、可視域などの他の波長域であってもよい。
【0015】
<全体構成>
図1は、本開示の実施の形態に係る量子吸収分光システムの全体構成を示す図である。量子吸収分光システム100は、量子もつれ光子対を用いて試料の赤外吸収分光特性を測定する。試料の赤外吸収分光特性は、たとえば、試料のフーリエスペクトル、複素透過率スペクトル、赤外吸収スペクトルを含む。量子吸収分光システム100は、たとえば、レーザ光源1と、量子光学系2と、光検出器3と、コントローラ4と、入力機器5と、出力機器6とを備える。
【0016】
レーザ光源1は、非線形光学結晶23(後述)を励起するためのポンプ光を発する。図中、ポンプ光をLpで示す。レーザ光源1は、この例では可視域に含まれる連続波(CW:Continuous wave)のレーザ光を発する。たとえば波長532nmの緑色のレーザ光を発する半導体レーザがレーザ光源1として採用され得る。
【0017】
量子光学系2は、シグナル光子とアイドラー光子との量子もつれ光子対を生成する複数の物理過程の間で量子干渉を起こすように構成されている。図中、シグナル光(シグナル光子からなる光)の光路をLsで示し、アイドラー光(アイドラー光子からなる光)の光路をLiで示す。また、以下ではシグナル光の光路を「シグナル光路」と略し、アイドラー光の光路を「アイドラー光路」と略す場合がある。
【0018】
量子光学系2は、たとえばマイケルソン(Michelson)干渉計に類似の構成を応用した光学系である。量子光学系2は、たとえば、レンズ211~214と、ダイクロイックミラー221,222と、非線形光学結晶23と、試料ホルダ24と、移動ミラー25と、固定ミラー26とを含む。
【0019】
レンズ211は、レーザ光源1とダイクロイックミラー221との間に配置されている。レンズ211は、レーザ光源1からのポンプ光を集光し、集光したポンプ光が非線形光学結晶23に焦点を結ぶように構成されている。
【0020】
ダイクロイックミラー221は、レンズ211と非線形光学結晶23との間に配置されている。ダイクロイックミラー221は、シグナル光の波長を含む波長域の光を透過する一方で、上記の波長域外の光を反射する。この例では、ポンプ光の波長は532nmである。シグナル光の波長は、たとえば、603nm以上かつ725nm以下の波長域内である。アイドラー光の波長は、たとえば、2μm以上かつ4.5μm以下の波長域内である。そのため、ダイクロイックミラー221は、シグナル光を透過する一方で、ポンプ光およびアイドラー光は反射する。ポンプ光は、ダイクロイックミラー221で反射して非線形光学結晶23に照射される。
【0021】
非線形光学結晶23は、レンズ211により集光されたポンプ光からシグナル光とアイドラー光とを発生させる。より詳細には、非線形光学結晶23は、ポンプ光の自発パラメトリック下方変換(SPDC:Spontaneous Parametric Down-Conversion)によりシグナル光子とアイドラー光子との光子対を生成する。非線形光学結晶23を用いた量子吸収分光の原理については
図2にて説明する。
【0022】
非線形光学結晶23は、たとえばニオブ酸リチウム(LiNbO3)結晶である。この場合、シグナル光は可視光であり、アイドラー光は赤外光(より詳細には近赤外光または中赤外光)である。ただし、非線形光学結晶23の種類は特に限定されるものでない。タンタル酸リチウム(LiTaO3)、銀チオガレート(AgGaS2)、リン化ガリウム(GaP)、ヒ化ガリウム(GaAs)、セレン化亜鉛(ZnSe)なども採用可能である。
【0023】
なお、本明細書において化合物が化学量論的組成式によって表現されている場合、その化学量論的組成式は代表例に過ぎない。組成比は非化学量論的であってもよい。たとえば、ニオブ酸リチウムが「LiNbO3」と表現されている場合、特に断りのない限り、ニオブ酸リチウムは「Li/Nb/O=1/1/3」の組成比に限定されず、任意の組成比でLi、NbおよびOを含み得る。他の化合物についても同様である。
【0024】
量子光学系2は、非線形光学結晶23に代えて擬似位相整合(QPM:Quasi-Phase-Matched)デバイス(図示せず)を含んでもよい。QPMデバイスは、チャープ型の素子であってもよいし、ファン型の素子であってもよい。適切な材料および適切な分極反転周期の非線形光学結晶を含むQPMデバイスを採用することによって、広い波長域の全域にわたってフラットな強度分布を有するアイドラー光を発生させることができる。その結果、赤外吸収分光が可能な波長域を広げることができる。あるいは、量子光学系2は、非線形光学結晶23に代えてリング共振器または光導波路(いずれも図示せず)を含んでもよい。
【0025】
ダイクロイックミラー222は、非線形光学結晶23と移動ミラー25との間、かつ、非線形光学結晶23と固定ミラー26との間に配置されている。ダイクロイックミラー222は、この例では可視光を透過し、赤外光を反射する。可視域のシグナル光は、ポンプ光とともにダイクロイックミラー222を透過して固定ミラー26に向かう。一方、赤外域のアイドラー光は、ダイクロイックミラー222で反射して移動ミラー25に向かう。ダイクロイックミラー222は、赤外光を透過し、可視光を反射するものであってもよい。
【0026】
レンズ212は、ダイクロイックミラー222と試料ホルダ24との間に配置されている。レンズ212は、ダイクロイックミラー222で反射したアイドラー光を平行光にする。レンズ213は、ダイクロイックミラー222と固定ミラー26との間に配置されている。レンズ213は、ダイクロイックミラー222を透過したポンプ光およびシグナル光を平行光にする。
【0027】
試料ホルダ24は、非線形光学結晶23と移動ミラー25との間に配置されている。試料ホルダ24は、試料(図中、SPで示す)を保持する。試料ホルダ24の材料には、アイドラー光(この例では赤外光)に対して透明な材料が用いられている。アイドラー光は、試料に照射され、その透過光が移動ミラー25に向かう。
【0028】
移動ミラー25は、アイドラー光の伝搬方向に沿って移動するように構成されている。具体的には、移動ミラー25には駆動装置250が設けられている。駆動装置250は、たとえば、コントローラ4からの制御指令に従って機械的に変位する電動アクチュエータ(サーボモータ、ステッピングモータなど)である。駆動装置250は、コントローラ4からの印加電圧に応じて変位する圧電デバイス(ピエゾ素子)であってもよい。駆動装置250を用いて移動ミラー25の位置を周期的に変化させる(移動ミラー25を往復運動させる)ことによってアイドラー光路が掃引される。
【0029】
移動ミラー25は、好ましくは平面ミラーであって、試料を透過したアイドラー光を反射する。反射したアイドラー光は、ダイクロイックミラー222でさらに反射して非線形光学結晶23に戻る。アイドラー光は、非線形光学結晶23を通過するが、ダイクロイックミラー221で反射するので、光検出器3には到達しない。
【0030】
なお、アイドラー光の伝搬方向に沿って移動する移動ミラー25に代えて、シグナル光の伝搬方向に沿って移動する移動ミラーが設けられていてもよい。すなわち、アイドラー光路およびシグナル光路のどちらが掃引されてもよい。
【0031】
この例では、移動ミラー25の移動によって量子干渉の位相が変調される。しかし、量子干渉の位相の変調は、電気光学変調器(EOM:Electro-Optic Modulator)などの位相変調器(図示せず)により実現されてもよい。量子光学系2は、移動ミラー25に代えてまたは加えて位相変調器を含んでもよい。たとえば、移動ミラー25を用いて位相を相対的に粗く変調させた上で、位相変調器を用いて位相を微細に変調させてもよい。
【0032】
固定ミラー26は、たとえば平面ミラーであって、各々ダイクロイックミラー222を透過したポンプ光およびシグナル光を反射する。ポンプ光の反射光およびシグナル光の反射光は、ダイクロイックミラー222を再び透過して非線形光学結晶23に戻る。ポンプ光は、非線形光学結晶23を通過するが、ダイクロイックミラー221で反射する。一方、シグナル光は、非線形光学結晶23を通過し、ダイクロイックミラー221も透過する。なお、固定ミラー26は凹型ミラーであってもよい。この場合、レンズ213を省略できる。
【0033】
レンズ214は、ダイクロイックミラー221と光検出器3との間に配置されている。レンズ214は、ダイクロイックミラー221を透過したシグナル光を集光し、集光したシグナル光を光検出器3に出力する。
【0034】
光検出器3は、マルチピクセル型であって、たとえば2次元アレイ状に配列した複数のピクセルを含む(
図6参照)。光検出器3は、シリコンベースであって、可視光(および近赤外光の一部)を分光可能な光学特性を有する。具体的には、光検出器3は、CCD(Charged-Coupled Device)イメージセンサまたはCMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)イメージセンサなどである。この例ではsCMOS(scientific CMOS)イメージセンサが用いられる。光検出器3は、コントローラ4からの制御指令に応答してシグナル光を検出する。そして、光検出器3は、複数のピクセルの各々によるシグナル光子の検出数を示す信号を出力する。以下、アイドラー光路の掃引(移動ミラー25の往復運動)に伴うシグナル光子の検出数の変化を示す信号波形を「インターフェログラム」(量子干渉波形)と称する。
【0035】
コントローラ4は、プロセッサ401と、メモリ402と、ストレージ403とを含む。プロセッサ401は、たとえばCPU(Central Processing Unit)またはMPU(Micro-Processing Unit)である。メモリ402は、RAM(Random Access Memory)などの揮発性メモリである。ストレージ403は、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)、フラッシュメモリなどの書き換え可能な不揮発性メモリである。ストレージ403には、OS(Operating System)を含むシステムプログラムと、制御演算に必要なコンピュータ読み取り可能なコードを含む制御プログラムとが格納されている。プロセッサ401は、ストレージ403に格納されたシステムプログラムおよび制御プログラムを読み出してメモリ402に展開して実行する。
【0036】
なお、本明細書において、「プロセッサ」は、ストアードプログラム方式で処理を実行する狭義のプロセッサに限られず、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)などのハードワイヤード回路を含み得る。そのため、「プロセッサ」との用語は、コンピュータ読み取り可能なコードおよび/またはハードワイヤード回路によって予め処理が定義されている、処理回路(processing circuitry)と読み替えることもできる。
【0037】
コントローラ4は、量子吸収分光システム100内の機器(レーザ光源1および駆動装置250)を制御する。また、コントローラ4は、量子吸収分光を実現するための各種演算処理を実行する。より具体的には、コントローラ4は、光検出器3からのシグナル光子の検出数を示す信号(検出信号)に基づいて試料の赤外吸収分光特性を算出する。
【0038】
入力機器5は、キーボード、マウスなどであって、後述する各種測定を実施する測定者の入力操作を受け付ける。出力機器6は、たとえばディスプレイであって、様々な情報(コントローラ4による演算処理の結果など)を表示する。これにより、試料のフーリエスペクトルなどの赤外吸収分光特性を測定者が確認できる。
【0039】
<測定原理>
図2は、量子吸収分光の原理を説明するための概念図である。
図1では、ポンプ光の光路中に非線形光学結晶23が1つだけ配置された構成を説明した。
図2では、測定原理の理解を容易にするため、ポンプ光の光路中に2つの非線形光学結晶が配置された構成を例に説明する。2つの非線形光学結晶を第1の結晶231および第2の結晶232と記載する。
【0040】
レーザ光源1からのポンプ光を第1の結晶231に照射すると、第1の結晶231におけるSPDCにより、エネルギーが相対的に大きい1つの光子が、エネルギー保存則を満たしつつ、エネルギーがより小さい2つの光子に分かれる。
図2に示す例では、1つの可視光子(ポンプ光子)から、1つの可視光子(シグナル光子)と1つ赤外光子(アイドラー光子)との量子もつれ光子対が発生する。第2の結晶232へのポンプ光の照射によって様に、1つの可視光子と1つ赤外光子との量子もつれ光子対が発生する。この例では、量子もつれ光子対のうちの可視光子の進行方向に光検出器3が配置されている。
【0041】
第1の結晶231により量子もつれ光子対が発生する事象(以下、「第1の物理過程」と呼ぶ)と、第2の結晶232により量子もつれ光子対が発生する事象(以下、「第2の物理過程」と呼ぶ)との間で量子干渉が起こる。より詳細には、第1の物理過程を表す確率振幅と第2の物理過程を表す確率振幅とを足し合わせた場合に、上記2つの確率振幅が同位相であれば第1の物理過程と第2の物理過程とが強め合う一方で、上記2つの確率振幅が逆位相であれば第1の物理過程と第2の物理過程とが打ち消し合う(量子干渉効果)。以下では、第1の物理過程と第2の物理過程とが打ち消し合う破壊的干渉を例に説明する。ただし、量子光学系2は、第1の物理過程と第2の物理過程とが強め合う建設的干渉を起こすように構成されていてもよい。
【0042】
赤外吸収体である試料がアイドラー光路に配置されていない場合、第1の物理過程と第2の物理過程との見分けが付かず、第1の物理過程と第2の物理過程とが量子干渉を起こす(この例では打ち消し合う)。この場合、第2の結晶232よりも後段では、量子もつれ光子対が発生していないように観測される。つまり、シグナル光(可視光子)が光検出器3により検出されることはない。これに対し、試料がアイドラー光路に配置されている場合には、アイドラー光が試料に吸収される。そうすると、第1の物理過程と第2の物理過程との見分けが付くことになり、第1の物理過程と第2の物理過程との間の量子干渉が不完全になる。その結果、シグナル光が光検出器3により検出される。
【0043】
このように、量子吸収分光においては、量子もつれ光子対のうちの一方の可視光子(シグナル光子)を光検出器3により検出することで、もう一方の赤外光子(アイドラー光子)が試料により吸収されたと判定することが可能である。
【0044】
<演算処理>
図3は、コントローラ4による演算処理を概略的に説明するための機能ブロック図である。コントローラ4は、制御部41と、インターフェログラム生成部42と、建設的積算処理部43と、フーリエ変換部44と、第1記憶部45と、第2記憶部46と、透過率算出部47と、吸収スペクトル算出部48と、出力部49とを含む。
【0045】
マルチピクセル型の光検出器3では、典型的には複数のピクセルが2次元アレイ状に配列している。以下、行方向にm番目に配列され、かつ列方向にn番目に配列されたピクセルをピクセル(m,n)と記載する(ただし、1≦m≦M,1≦n≦N)。シグナル光路とアイドラー光路との間の光路長差をxと記載する。
【0046】
制御部41は、量子吸収分光システム100内の機器を制御する。より具体的には、制御部41は、レーザ光の出力(レーザパワー)が設定値になるようにレーザ光源1を制御する。測定中のレーザパワーは基本的に一定に維持される。また、制御部41は、移動ミラー25が移動(往復運動)するように駆動装置250を制御する。
【0047】
インターフェログラム生成部42は、光検出器3に含まれる複数のピクセルの各々からのシグナル光の検出信号に基づいて、各ピクセルのインターフェログラムを生成する。より詳細には、移動ミラー25の往復運動により、シグナル光路とアイドラー光路との間の光路長差xが周期的に変化する。各ピクセルからのシグナル光の検出信号は光路長差xの関数である。ピクセル(m,n)の検出信号から生成されるインターフェログラムをi(x,m,n)と記載する。インターフェログラム生成部42は、複数のピクセルの各々について、当該ピクセルのインターフェログラムi(x,m,n)を建設的積算処理部43に出力する。
【0048】
単に、複数のピクセルの各々から生成されたインターフェログラムi(x,m,n)を全てのピクセル(1≦m≦M,1≦n≦N)について空間的に積算することによって、光検出器3全体のインターフェログラムI(x)を算出することも考えられる。しかしながら、前述のように、Q-FTIRでは量子光学系2における様々な誤差要因(ピクセル間での光路長差xの差異、波数間での光路長差xの差異、光学素子および試料による波長分散の影響など)が存在する。そのため、ピクセル間でインターフェログラムi(x,m,n)が打ち消し合い、インターフェログラムI(x)の強度(パワースペクトルに対応する量子干渉の振幅)が減少し得る。そこで、本実施の形態において、建設的積算処理部43は、ピクセル間でのインターフェログラムi(x,m,n)の打ち消し合いを避けるための演算処理を実行する。
【0049】
図4は、建設的積算処理部43による演算処理を詳細に説明するための機能ブロック図である。建設的積算処理部43は、たとえば、ピクセル判定部431と、位相合わせ部432と、空間積算処理部433と、記憶部434とを含む。
【0050】
ピクセル判定部431は、ピクセル(m,n)ごとに、インターフェログラム生成部42から受けたインターフェログラムi(x,m,n)を位相合わせ部432による後述の処理(以下、「位相合わせ処理」とも称する)の対象とするかどうかを判定する。量子光学系2内の迷光、光検出器3のダークノイズなどにより、シグナル光子が検出されていないピクセルからも一定レベルを超える検出信号が発生し得る。ピクセル判定部431は、そのようなピクセルからのインターフェログラムを位相合わせ処理の対象から外すための判定処理を実行する。ピクセル判定部431は、たとえば、ピクセル(m,n)ごとに、インターフェログラムi(x,m,n)の最大信号強度(シグナル光子の最大検出数)が閾値i
th(本開示に係る「第1閾値」に相当)よりも大きいかどうかを判定する(下記式(1)参照)。
【数1】
【0051】
図5は、ピクセル判定部431による判定処理の概念図である。横軸は光路長差xを表し、縦軸は信号強度を表す。ピクセル判定部431は、最大信号強度が閾値i
thよりも大きいピクセルからのインターフェログラムを位相合わせ処理の対象とする一方で、最大信号強度が閾値i
th以下のピクセルからのインターフェログラムについては位相合わせ処理の対象から外す。
【0052】
以下、インターフェログラムが位相合わせ処理の対象と判定されたピクセルを「対象ピクセル」と称する。対象ピクセルは、この例では、行方向にmminからmmaxまでの範囲内に配列され、かつ、列方向にnminからnmaxまでの範囲内に配列されたピクセルである。ピクセル判定部431は、複数の対象ピクセルの各々のインターフェログラムi(x,m,n)(ただし、mmin≦m≦max,nmin≦n≦nmax)を位相合わせ部432に出力する。
【0053】
図6は、建設的積算処理部43による演算処理の概念図である。波形Aには、列方向に並んだ3つの対象ピクセル(m,n),(m,n+1),(m,n+2)から生成される3つのインターフェログラムが示されている。これらのインターフェログラムの間では位相がずれていることが分かる。
【0054】
図4に戻り、位相合わせ部432は、複数の対象ピクセルからのインターフェログラムの間で互いにずれた位相を低減して理想的には位相を合わせる(揃える、一致させる)。位相合わせ部432は、たとえば、位相スペクトル算出部432aと、波数域判定部432bと、畳み込み演算部432cとを含む。
【0055】
位相スペクトル算出部432aは、対象ピクセルごとに、インターフェログラムi(x,m,n)のフーリエ変換を実施することによってインターフェログラムの位相スペクトルφ(ν,m,n)(ν:波数)を算出する。具体的には、下記式(2)に示すように、複素平面での角度(位相角)を算出するアングル関数が用いられる。位相スペクトル算出部432aは、複数の対象ピクセル(m,n)の各々のインターフェログラムの位相スペクトルφ(ν,m,n)をインターフェログラムi(x,m,n)とともに波数域判定部432bに出力する。
【数2】
【0056】
波数域判定部432bは、波数νごとに(または所定幅の波数域ごとに)、当該波数を位相合わせ処理の対象とするかどうかを判定する。波数域判定部432bは、たとえば、波数νごとに、フーリエ変換されたインターフェログラムの絶対値(スペクトル強度)が閾値s
th(本開示に係る「第2閾値」に相当)よりも大きいかどうかを判定する(下記式(3)参照)。
【数3】
【0057】
図7は、波数域判定部432bによる判定処理の概念図である。横軸は波数νを表し、縦軸はスペクトル強度を表す。
【0058】
波数域判定部432bは、スペクトル強度が閾値sthよりも大きい波数域(式(3)を満たす波数域)を位相合わせ処理の対象と判定する一方で、スペクトル強度が閾値sth以下の波数域(下記式(3)を満たさない波数域)については位相合わせ処理の対象でないと判定する。以下、位相合わせ処理の対象と判定された波数域を「対象波数域」と称する。
【0059】
この例では、波数域判定部432bは、対象波数域に関する情報を位相スペクトルφ’(ν,m,n)に持たせる。位相スペクトルφ’(ν,m,n)とは、下記式(4)のように位相スペクトルφを再定義することで得られるパラメータである。
【数4】
【0060】
波数域判定部432bは、式(3)を満たす波数について、位相スペクトルφ’として位相スペクトルφを使用する。つまり、式(3)を満たす波数については位相がφだけ変化させられる。これに対し、波数域判定部432bは、式(3)を満たさない波数については位相スペクトルφ’(位相スペクトルの位相値)に0[rad]を設定する。これは、式(3)を満たさない波数については位相が維持されることを意味する。
【0061】
図4に戻り、波数域判定部432bは、インターフェログラムi(x,m,n)とともに位相スペクトルφ’を畳み込み演算部432cに出力する。波数域判定部432bは、位相スペクトルφ’を記憶部434に記憶させてもよい。複数の測定が行なわれ、位相スペクトルφ’が変化しない場合(同一条件下で繰り返し測定する場合、バックグラウンドを測定する場合など)には、波数域判定部432bは以下のようにしてもよい。波数域判定部432bは、第1の測定において位相スペクトルφ’を記憶部434に記憶させる。そして、波数域判定部432bは、第2の測定以降では式(3)および式(4)の演算処理を省略し、記憶部434に記憶された位相スペクトルφ’を畳み込み演算部432cに出力する。これにより、コントローラ4の演算負荷を低減できる。なお、記憶部434はストレージ403(
図1参照)により実装される。
【0062】
図8は、畳み込み演算部432cによる畳み込み演算の概念図である。
図8に示すように、畳み込み演算部432cは、位相スペクトルφ’をフィルタ(カーネル)として用いてインターフェログラムi(x,m,n)の二次元畳み込み演算を行う(下記式(5)参照)。*は畳み込み演算を意味する。F[]は、引数となっている関数の逆フーリエ変換関数である。iは虚数単位である。real()は、複素数の実部を取得することを意味する。この例ではストライドは1である。
【数5】
【0063】
式(5)を下記式(6)のように表現してもよい。
【数6】
【0064】
量子光学系2における様々な誤差要因に起因してインターフェログラムの位相に進みまたは遅れが生じる。このような位相の進み/遅れが位相スペクトルφ’(ν,m,n)による畳み込み演算により補償される。より具体的には、位相スペクトルφ’(ν,m,n)では、位相の進み/遅れが大きいピクセルほど、その値(重み付け)が大きい。位相の進み/遅れに応じた重み係数が与えられた平滑化フィルタとして位相スペクトルφ’(ν,m,n)が機能することにより、
図6の波形Bに示すように、対象ピクセル間でインターフェログラムi(x,m,n)の位相差が低減され、好ましくは位相が合う。畳み込み演算部432cは、位相合わせが行われたインターフェログラムi’(x,m,n)を空間積算処理部433に出力する。
【0065】
空間積算処理部433は、位相合わせが行われたインターフェログラムi’(x,m,n)を全ての対象ピクセルについて足し合わせる(空間積算する)ことによってインターフェログラムI(x)を算出する(下記式(7)参照)。
【数7】
【0066】
空間積算の結果、
図6の波形Cに示されるようなインターフェログラムI(x)が得られる。空間積算処理部433は、インターフェログラムI(x)をフーリエ変換部44に出力する。
【0067】
図3を再び参照して、フーリエ変換部44は、インターフェログラムI(x)をフーリエ変換する。試料が試料ホルダ24に配置された状態と、試料が試料ホルダ24に配置されていない状態との両方でインターフェログラムI(x)が取得される。試料が試料ホルダ24に配置された状態で取得されるインターフェログラムI(x)のフーリエ変換により得られるフーリエスペクトルを「A
s(ω)」(ω:角周波数)と記載する。一方、試料が試料ホルダ24に配置されていない状態で取得されるインターフェログラムI(x)のフーリエ変換により得られるフーリエスペクトルを「A
s
0(ω)」と記載する。フーリエ変換部44は、フーリエスペクトルA
s(ω)を第1記憶部45および出力部49に出力し、フーリエスペクトルA
s
0(ω)を第2記憶部46に出力する。
【0068】
第1記憶部45は、試料が試料ホルダ24に配置された状態でのフーリエスペクトルA
s(ω)を不揮発的に記憶する。第2記憶部46は、試料が試料ホルダ24に配置されていない状態でのフーリエスペクトルA
s0(ω)を不揮発的に記憶する。記憶されたフーリエスペクトル(A
s(ω)またはA
s0(ω))は、透過率算出部47により適宜読出される。なお、第1記憶部45および第2記憶部46はストレージ403(
図1参照)により実装される。
【0069】
透過率算出部47は、フーリエスペクトルAs(ω)およびフーリエスペクトルAs
0(ω)に基づいて、試料の複素透過率スペクトルτ(ω)を算出する。なお、位相合わせ処理により試料自体の位相情報は失われる。そのため、複素透過率スペクトルτ(ω)は、本来の、試料の波長分散が含むものではなく、試料の振幅透過率またはエネルギー透過率を示すものである。透過率算出部47は、複素透過率スペクトルτ(ω)の算出結果を吸収スペクトル算出部48および出力部49に出力する。
【0070】
吸収スペクトル算出部48は、試料の複素透過率スペクトルτ(ω)に基づいて試料の赤外吸収スペクトルD(ω)を算出する。吸収スペクトル算出部48は、赤外吸収スペクトルD(ω)の算出結果を出力部49に出力する。
【0071】
出力部49は、コントローラ4による演算結果、すなわち、試料のフーリエスペクトルAs(ω)、複素透過率スペクトルτ(ω)および赤外吸収スペクトルD(ω)を出力機器6に表示させる。これらの算出手法の詳細については特許文献1を参照できる。
【0072】
<処理フロー>
図9は、本実施の形態に係る量子吸収分光方法の処理手順を示すフローチャートである。このフローチャートに示される処理は、予め定められた条件の成立時(たとえば入力機器5が測定者の操作を受け付けた場合)に実行される。各ステップは、基本的にはコントローラ4によるソフトウェア処理により実現されるが、コントローラ4内に配置されたハードウェア(電気回路)により実現されてもよい。以下、ステップをSと略す。なお、アイドラー光路に配置された試料ホルダ24に試料が設置されている状況を想定する。
【0073】
S1において、コントローラ4は、ポンプ光の出力を開始するようにレーザ光源1を制御する。
【0074】
S2において、コントローラ4は、移動ミラー25が高速での往復運動を開始(または継続)するように、移動ミラー25に設けられた駆動装置250を制御する。
【0075】
S3において、コントローラ4は、光検出器3に含まれる複数のピクセルの各々からシグナル光子の検出信号を取得する。
【0076】
S4において、コントローラ4は、移動ミラー25の往復運動を終了する条件が成立したかどうかを判定する。コントローラ4は、たとえば、規定回数または規定時間の間、移動ミラー25を往復させた場合に終了条件が成立したと判定する。終了条件が成立していない場合(S4においてNO)、コントローラ4は処理をS3に戻す。これにより、規定回数または規定時間のデータが取得されるまでS2,S3の処理が繰り返される。終了条件が成立すると(S4においてYES)、コントローラ4は処理をS5に進める。
【0077】
S5において、コントローラ4は、移動ミラー25の往復運動を停止するように、移動ミラー25の駆動装置250を制御する。
【0078】
S6において、コントローラ4は、ポンプ光の出力を停止するようにレーザ光源1を制御する。
【0079】
S7において、コントローラ4は、ピクセルごとに、シグナル光子の検出信号に基づいてインターフェログラムi(x,m,n)を生成する。
【0080】
S8において、コントローラ4は、ピクセルごとに生成されたインターフェログラムi(x,m,n)に対する積算処理を実行する。
【0081】
図10は、積算処理の処理手順を示すフローチャートである。S801において、コントローラ4は、ピクセル(m,n)ごとに、インターフェログラムi(x,m,n)の最大信号強度が閾値i
thよりも大きいかどうかを判定する(式(1)参照)。閾値i
thは、たとえば、量子光学系2の構成に応じて予め定められた固定値であるが、測定条件(レーザ光源1のレーザパワー、光検出器3のゲインなど)に応じて調整される可変値であってもよい。
【0082】
インターフェログラムi(x,m,n)の最大信号強度が閾値ithよりも大きい場合(S801においてYES)、コントローラ4は、当該ピクセルを対象ピクセルと判定する(S802)。一方、インターフェログラムi(x,m,n)の最大信号強度が閾値ith以下である場合(S801においてNO)、コントローラ4は、当該ピクセルを対象ピクセルでないと判定する(S803)。全てのピクセルに対する判定処理が終了すると、コントローラ4は処理をS804に進める。
【0083】
なお、ここでは、複数のピクセルの各々から取得されるインターフェログラムの最大信号強度に基づいて判定される例を説明した。最大信号強度は、本開示に係る「信号強度」の一例に過ぎず、他のパラメータが用いられてもよい。たとえば、2以上の規定数のインターフェログラムの平均信号強度(規定数のピクセルによるシグナル光子の検出数の平均値)が用いられ得る。あるいは、各ピクセルのインターフェログラムから算出される量子干渉の明瞭度(visibility)V=(imax-imin)/(imax+imin)を「信号強度」として用いてもよい(ただし、imax:検出光子数の最大値、imin:検出光子数の最小値)。また、最大信号強度、平均信号強度、明瞭度のうちのいずれか2つまたは3つ全部を併用してもよい。
【0084】
S804において、コントローラ4は、対象ピクセルごとに、インターフェログラムi(x,m,n)のフーリエ変換により位相スペクトルφ(ν,m,n)を算出する(式(2)参照)。フーリエ変換では窓関数をかけてもよい。窓間数としては、たとえば、ハップ・ゲンゼル(Happ-Genzel)窓または三角窓を用いてもよい。
【0085】
S805において、コントローラ4は、波数νごとに、スペクトル強度が閾値sthよりも大きいかどうかを判定する(式(3)参照)。なお、閾値sthに関しても、量子光学系2の機器構成に応じて予め定められた固定値であってもよいし、測定条件に応じて調整される可変値であってもよい。
【0086】
スペクトル強度が閾値sthよりも大きい場合(S805においてYES)、コントローラ4は、当該波数を対象波数域内であると判定する(S806)。一方、スペクトル強度が閾値sth以下である場合(S805においてNO)、コントローラ4は、当該波数を対象波数域外であると判定する(S807)。全ての波数νに対する判定処理が終了すると、コントローラ4は、式(4)に従って再定義される位相スペクトルφ’を算出する(S808)。
【0087】
S809において、コントローラ4は、対象ピクセルごとに、位相スペクトルφ’を用いてインターフェログラムi(x,m,n)の畳み込み演算を行う(式(5)または式(6)参照)。これにより、対象ピクセル間での位相合わせが実現される。
【0088】
S810において、コントローラ4は、位相合わせが行われたインターフェログラムi’(x,m,n)を全ての対象ピクセルについて空間積算する(式(7)参照)。これにより、全ての対象ピクセルに関するインターフェログラムI(x)が得られる。
【0089】
図9に戻り、コントローラ4は、続くS9~S11の処理において、試料の赤外吸収分光特性を示す各種スペクトルを算出する。これらの処理については概略的に説明する。各処理の詳細については特許文献1が参照される。
【0090】
S9において、コントローラ4は、試料がアイドラー光路に配置された状態でのインターフェログラムI(x)をフーリエ変換することによってフーリエスペクトルAs(ω)を算出する。
【0091】
S10において、コントローラ4は、試料がアイドラー光路に配置されていない状態でのフーリエスペクトルAs
0(ω)と、試料がアイドラー光路に配置された状態でのフーリエスペクトルAs(ω)との比を算出することで、試料の複素透過率スペクトルτ(ω)を算出する。なお、フーリエスペクトルAs
0(ω)は、事前のバックグラウンド測定により取得されている。
【0092】
S11において、コントローラ4は、試料の複素透過率スペクトルτ(ω)の絶対値の2乗を算出することで、試料の赤外吸収スペクトルD(ω)を算出する。
【0093】
S12において、コントローラ4は、S9~S11の処理による赤外吸収分光特性の算出結果を表示するように出力機器6を制御する。
【0094】
以上のように、本実施の形態では、建設的積算処理において、空間的積算処理に先立って位相合わせ処理が実行される。複数の対象ピクセルのインターフェログラムi(x,m,n)の位相を合わせることによって、対象ピクセル間でのインターフェログラムi(x,m,n)の打ち消し合いが抑制される。その結果、空間積算により得られるインターフェログラムI(x)の強度が十分に増大する。量子吸収分光システム100における主要なノイズはショットノイズである。たとえば(M×N)個全てのピクセルからの検出信号が等しいと仮定すると、建設的積算処理の結果、空間積算後のインターフェログラムI(x)の強度が(M×N)倍に増大するのに対し、ショットノイズの大きさは√(M×N)倍にしか増大しない。したがって、量子吸収分光システム100のSN比は√(M×N)倍だけ改善される。よって、本実施の形態によれば、Q-FTIRの測定精度を向上させることができる。
【0095】
別の見方をすると、同程度の測定精度を実現すればよいのであれば、インターフェログラムの打ち消し合いを生じさせ得る量子光学系2の構成部品に対する要求精度を低くすることが可能になる。たとえば、光学素子(移動ミラー25、固定ミラー26、レンズ211~214など)の反射/透過波面の加工精度を低くすることが許容され得る。また、光学素子のアライメント(移動ミラー25と固定ミラー26との相対的な傾きなど)の制御精度を低くすることも許容され得る。よって、量子光学系2の実装が容易になるとともに部材コストを低減できる。
【0096】
[態様]
上記の例示的な実施形態は以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0097】
<第1項>
シグナル光子とアイドラー光子との量子もつれ光子対が発生する複数の物理過程の間で起こる量子干渉の位相を変化させるように構成された量子光学系(2)と、
試料が前記アイドラー光子の光路に配置された状態において、各々が前記シグナル光子を検出し、その検出信号を出力する複数のピクセルを含む光検出器(3)と、
前記複数のピクセルの各々から取得される信号強度の、前記量子干渉の位相の変化に伴う変動を示すインターフェログラムに基づいて、前記試料の吸収分光特性を算出するプロセッサ(401)とを備え、
前記プロセッサ(401)は、
前記複数のピクセルの間で前記インターフェログラムの位相差を低減させ、
位相差が低減したインターフェログラムを前記複数のピクセルについて空間的に積算し、
積算されたインターフェログラムに基づいて前記吸収分光特性を算出する、量子吸収分光システム(100)。
【0098】
<第2項>
前記プロセッサ(401)は、
前記複数のピクセルの各々について、前記インターフェログラムのフーリエ変換により前記インターフェログラムの位相スペクトルを算出し、
前記位相スペクトルによる前記インターフェログラムの畳み込み演算により、前記複数のピクセルの間で前記位相差を低減させる、第1項に記載の量子吸収分光システム(100)。
【0099】
<第3項>
前記複数のピクセルは、二次元アレイ状に配列され、
前記プロセッサ(401)は、前記位相スペクトルをフィルタとして用いて前記インターフェログラムの二次元畳み込み演算を行うことによって、前記複数のピクセルの間で前記位相差を低減させる、第2項に記載の量子吸収分光システム(100)。
【0100】
第1項~第3項によれば、量子光学系における様々な誤差要因に起因して生じるインターフェログラムの位相の進み/遅れが位相差の低減(より具体的には位相スペクトルによる畳み込み演算)により補償される。これにより、インターフェログラムを複数のピクセルについて空間的に積算する際にピクセル間でのインターフェログラムの打ち消し合いが抑制される。したがって、積算されたインターフェログラムの強度が十分に大きくなる。よって、量子吸収分光システムの測定精度を向上させることができる。
【0101】
<第4項>
前記プロセッサ(401)は、
前記複数のピクセルのうち前記シグナル光子の信号強度が第1閾値よりも高いピクセルについて、前記位相差の低減および前記空間的な積算の対象とする一方で、
前記複数のピクセルのうち前記シグナル光子の信号強度が前記第1閾値よりも低いピクセルについては、前記位相差の低減および前記空間的な積算の対象としない、第1項~第3項のいずれか1項に記載の量子吸収分光システム(100)。
【0102】
第4項によれば、シグナル光子の信号強度が第1閾値よりも高いピクセルのみが後に続く処理(位相差の低減、空間的な積算など)の対象とされる。これにより、量子光学系内の迷光に起因するノイズ、光検出器のダークノイズなどしか検出していないピクセルから出力されたインターフェログラムが処理に使用されなくなる。よって、量子吸収分光システムの測定精度を一層向上させることができる。
【0103】
<第5項>
前記プロセッサ(401)は、
前記位相スペクトルのスペクトル強度が第2閾値よりも高い波数を、前記位相スペクトルを用いた前記位相差の低減の対象とする一方で、
前記スペクトル強度が前記第2閾値よりも低い波数を、前記位相スペクトルを用いた前記位相差の低減の対象としない、第2項~第4項のいずれか1項に記載の量子吸収分光システム(100)。
【0104】
<第6項>
前記プロセッサ(401)は、前記スペクトル強度が前記第2閾値よりも低い波数について、前記位相スペクトルの位相値をゼロに設定する、第5項に記載の量子吸収分光システム(100)。
【0105】
第5項および第6項によれば、スペクトル強度が第2閾値よりも高い波数のみが後に続く処理(位相スペクトルを用いた位相差の低減など)の対象とされる。これにより、量子光学系における誤差要因(光学素子のズレ、波長分散などに起因するノイズ)が低減されるため、量子吸収分光システムの測定精度を一層向上させることができる。
【0106】
<第7項>
前記位相スペクトルを記憶するメモリ(403)をさらに備え、
前記プロセッサ(401)は、
第1の測定において算出された前記位相スペクトルを前記メモリ(403)に記憶させ、
前記第1の測定と第2の測定との間で前記位相スペクトルが変化しない場合、前記第2の測定では、前記メモリ(403)に記憶された位相スペクトルを用いて前記位相差を低減させる、第2項~第6項のいずれか1項に記載の量子吸収分光システム(100)。
【0107】
第7項によれば、第1の測定(試料が設置されていない状態でのバックグラウンド測定であってもよいし、試料が設置された状態での複数回の測定のうちの先の測定であってもよい)と第2の測定(上記バックグラウンド測定に続く試料が設置された状態での測定であってもよいし、上記複数回の測定のうちの後の測定であってもよい)との間で位相スペクトルが変化しない場合には、第2の測定において位相スペクトルを算出することが不要になる。これにより、プロセッサの演算負荷を低減できる。
【0108】
<第8項>
シグナル光子とアイドラー光子との量子もつれ光子対が発生する複数の物理過程の間で起こる量子干渉の位相を変化させるステップ(S2)と、
試料が前記アイドラー光子の光路に配置された状態において、光検出器(3)に含まれる複数のピクセルの各々から前記シグナル光子の検出信号を取得するステップ(S3)と、
前記複数のピクセルの各々から取得される信号強度の、前記量子干渉の位相の変化に伴う変動を示すインターフェログラムに基づいて、前記試料の吸収分光特性を算出するステップ(S8~S11)とを含み、
前記算出するステップは、
前記複数のピクセルの間で前記インターフェログラムの位相差を低減させるステップ(S804~S809)と、
位相差が低減したインターフェログラムを前記複数のピクセルについて空間的に積算するステップ(S810)と、
積算されたインターフェログラムに基づいて前記吸収分光特性を算出するステップ(S9~S11)とを含む、量子吸収分光方法。
【0109】
第8項によれば、第1項と同様に、量子吸収分光方法の測定精度を向上させることができる。
【0110】
今回開示された実施の形態は、全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0111】
100 量子吸収分光システム、1 レーザ光源、2 量子光学系、211~214 レンズ、221,222 ダイクロイックミラー、23 非線形光学結晶、231 第1の結晶、232 第2の結晶、24 試料ホルダ、25 移動ミラー、250 駆動装置、26 固定ミラー、3 光検出器、4 コントローラ、401 プロセッサ、402 メモリ、403 ストレージ、41 制御部、42 インターフェログラム生成部、43 建設的積算処理部、431 ピクセル判定部、432 位相合わせ部、432a 位相スペクトル算出部、432b 波数域判定部、432c 積分部、433 空間積算処理部、434 記憶部、44 フーリエ変換部、45 第1記憶部、46 第2記憶部、47 透過率算出部、48 吸収スペクトル算出部、49 出力部、5 入力機器、6 出力機器。