(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024134234
(43)【公開日】2024-10-03
(54)【発明の名称】既設コンクリート構造物の補強方法
(51)【国際特許分類】
E04G 23/02 20060101AFI20240926BHJP
E02D 29/02 20060101ALI20240926BHJP
【FI】
E04G23/02 E
E02D29/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023044433
(22)【出願日】2023-03-20
(71)【出願人】
【識別番号】000001373
【氏名又は名称】鹿島建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100122781
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 寛
(74)【代理人】
【識別番号】100192511
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 晃史
(72)【発明者】
【氏名】井出 雄介
【テーマコード(参考)】
2D048
2E176
【Fターム(参考)】
2D048AA00
2E176AA01
2E176BB28
2E176DD26
(57)【要約】
【課題】補強として壁部の手前側に増厚することが難しい制約の下においても、背面地盤からの荷重を受ける壁部を補強することが可能となる既設コンクリート構造物の補強方法を提供する。
【解決手段】既設コンクリート構造物の補強方法は、背面地盤からの荷重を受ける壁部3を有する既設コンクリート構造物の補強方法であって、壁部3のうちの補強対象部分5を斫って補強筋10を露出させる空間6を形成する空間形成工程と、空間6を挟む一対の斫り面8に主鉄筋7に沿って一対の孔11を形成する孔形成工程と、一対の孔11のそれぞれに補強筋10を挿入すると共に、一対の斫り面8同士を結ぶように補強筋10を配置する補強筋配置工程と、主鉄筋7及び補強筋10を封止するように空間6にコンクリートを打設するコンクリート打設工程と、を備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
背面地盤からの荷重を受ける壁部を有する既設コンクリート構造物の補強方法であって、
前記壁部のうちの補強対象部分を斫って主鉄筋を露出させる空間を形成する空間形成工程と、
前記空間を挟む一対の斫り面に前記主鉄筋に沿って一対の孔を形成する孔形成工程と、
一対の前記孔のそれぞれに補強筋を挿入すると共に、一対の前記斫り面同士を結ぶように前記補強筋を配置する補強筋配置工程と、
前記主鉄筋及び前記補強筋を封止するように前記空間にコンクリートを打設するコンクリート打設工程と、を備える、既設コンクリート構造物の補強方法。
【請求項2】
前記補強筋は、追加主鉄筋であり、
前記補強筋配置工程において、一対の前記斫り面の間の距離よりも短い長さの複数の前記追加主鉄筋を互いに連結することにより、一対の前記斫り面同士を結ぶように前記補強筋を配置する、請求項1に記載の既設コンクリート構造物の補強方法。
【請求項3】
前記空間形成工程よりも前に、前記補強対象部分の前記壁部の背面に地盤改良薬液を注入する地盤改良工程を更に備える、請求項1又は2に記載の既設コンクリート構造物の補強方法。
【請求項4】
前記空間形成工程では、前記壁部のうちの補強対象となる全体範囲を複数の区画に分割することで、前記区画のそれぞれを前記補強対象部分として設定し、
一の前記補強対象部分を対象としての前記既設コンクリート構造物の補強方法による補強を行った後に、前記全体範囲の全ての前記補強対象部分を対象とする前記補強が完了していない場合には、他の前記補強対象部分を対象として前記補強を行う、請求項1又は2に記載の既設コンクリート構造物の補強方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既設コンクリート構造物の補強方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、既製の片持ばり式擁壁の地表付近より上方の竪壁下部の外側に沿って形成された鉄筋コンクリートからなる竪壁補強部を備える擁壁補強構造物が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
背面地盤からの荷重を受ける壁部を有する既設コンクリート構造物においては、例えば耐震診断等の結果、壁部の基端付近等に補強が必要となることがある。補強として壁部の手前側(背面地盤とは反対側)に増厚することが考えられるが、制約によってはこの手法の採用が難しい場合がある。例えば、壁部の手前側のスペースで大型の作業機材を使用できないことがある。また、既設コンクリート構造物の供用上又は用地境界等の制約で、壁部の手前側への増厚自体が許容できないことがある。
【0005】
本発明は、補強として壁部の手前側に増厚することが難しい制約の下においても、背面地盤からの荷重を受ける壁部を補強することが可能となる既設コンクリート構造物の補強方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、背面地盤からの荷重を受ける壁部を有する既設コンクリート構造物の補強方法であって、壁部のうちの補強対象部分を斫って主鉄筋を露出させる空間を形成する空間形成工程と、空間を挟む一対の斫り面に主鉄筋に沿って一対の孔を形成する孔形成工程と、一対の孔のそれぞれに補強筋を挿入すると共に、一対の斫り面同士を結ぶように補強筋を配置する補強筋配置工程と、主鉄筋及び補強筋を封止するように空間にコンクリートを打設するコンクリート打設工程と、を備える。
【0007】
本発明の一態様に係る既設コンクリート構造物の補強方法によれば、空間形成工程により、壁部のうちの補強対象部分を斫って空間を形成することで主鉄筋が露出される。孔形成工程により、空間を挟む一対の斫り面に主鉄筋に沿って一対の孔が形成される。補強筋配置工程により、一対の孔のそれぞれに補強筋が挿入されると共に、一対の斫り面同士を結ぶように補強筋が配置される。コンクリート打設工程により、主鉄筋及び補強筋を封止するように空間にコンクリートが打設される。これにより、例えば隣り合う主鉄筋の間に補強筋を追加で配置することにより、補強対象部分における鉄筋の密度が高められ、背面地盤からの荷重に対して壁部を補強することができる。したがって、補強として壁部の手前側に増厚することが難しい制約の下においても、背面地盤からの荷重を受ける壁部を補強することが可能となる。
【0008】
一実施形態において、補強筋は、追加主鉄筋であり、補強筋配置工程において、一対の斫り面の間の距離よりも短い長さの複数の追加主鉄筋を互いに連結することにより、一対の斫り面同士を結ぶように補強筋を配置してもよい。この場合、複数の追加主鉄筋を互いに連結するため、全体として一対の斫り面の間の距離よりも長い部分に対して追加主鉄筋を配置することができ、斫って形成した空間から一対の孔のそれぞれに挿入した補強筋を既存コンクリート部分である壁部に定着させることができる。
【0009】
一実施形態において、既設コンクリート構造物の補強方法は、空間形成工程よりも前に、補強対象部分の壁部の背面に地盤改良薬液を注入する地盤改良工程を更に備えてもよい。この場合、貫通孔として空間を形成した際の背面地盤の崩壊又は漏水による吸い出し等を予防することができる。
【0010】
一実施形態において、空間形成工程では、壁部のうちの補強対象となる全体範囲を複数の区画に分割することで、区画のそれぞれを補強対象部分として設定し、一の補強対象部分を対象としての既設コンクリート構造物の補強方法による補強を行った後に、全体範囲の全ての補強対象部分を対象とする補強が完了していない場合には、他の補強対象部分を対象として補強を行ってもよい。この場合、壁部のうちの補強対象となる全体範囲の補強が補強対象部分ごとに段階的に施工されるため、補強対象部分を斫ったときに、既存の壁部の安定性に問題が生じることが抑制される。
【発明の効果】
【0011】
本発明の既設コンクリート構造物の補強方法によれば、補強として壁部の手前側に増厚することが難しい制約の下においても、背面地盤からの荷重を受ける壁部の補強対象部分を補強することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の対象となる既設コンクリート構造物を例示する斜視断面図である。
【
図2】
図1の既設コンクリート構造物の補強対象部分に対する補強構造を例示する斜視図である。
【
図3】実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の流れを示すフローチャートである。
【
図4】実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の地盤改良工程を説明するための一部断面図である。
【
図5】実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の空間形成工程を説明するための一部断面図である。
【
図6】実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の孔形成工程を説明するための一部断面図である。
【
図7】実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の補強筋配置工程を説明するための一部断面図である。
【
図8】実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の補強筋配置工程を説明するための一部断面図である。
【
図9】実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法のコンクリート打設工程を説明するための一部断面図である。
【
図10】(a)は、変形例に係る既設コンクリート構造物の補強方法の対象となる既設コンクリート構造物を例示する正面図である。(b)は、(a)の既設コンクリート構造物において、主鉄筋を露出させると共に一対の斫り面同士を結ぶように複数の補強筋が配置された空間を例示する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。
図1は、実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の対象となる既設コンクリート構造物を例示する斜視断面図である。
図1には、一例として、既設コンクリート構造物1が示されている。本実施形態において、既設コンクリート構造物1は、背面地盤2の土を留める擁壁である。既設コンクリート構造物1は、壁部3とフーチング4とを備えている。壁部3は、上下方向に延び背面から背面地盤2の土圧(荷重)を受けて後方の地盤を支持する。フーチング4は、壁部3の下端に設けられ水平方向に延びている。既設コンクリート構造物1は、フーチング4の底面から適切な支持層まで下方に延びる複数の基礎杭(図示省略)を備えていてもよい。
【0014】
一例として、
図1の既設コンクリート構造物1は、例えば耐震診断等の結果、壁部3の基端付近において曲げ剛性及びせん断強度の少なくとも一方が不足しており、補強が必要となっているものとする。
図1に示されるように、本実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法では、壁部3のうちの補強対象となる部分(例えば基端付近)に複数の補強対象部分5を設定する。補強対象部分5は、既設コンクリート構造物1の壁部3のうちの補強対象となる全体範囲を複数の区画に分割したものである。
図1の例では、補強対象部分5は、壁部3のうち基端付近の壁部3とフーチング4との境界部分に沿って並ぶ複数の矩形領域である。補強対象部分5は、例えば壁部3の表面において約1m四方の矩形の領域とすることができる。補強対象部分5を対象とした補強作業は、一例として、所定距離(例えば3~5m)で互いに離間する補強対象部分5に対して行われ、当該補強対象部分5の補強が終わったら隣接する補強対象部分5に順次移動するようにして行われる。これにより、後述のように補強対象部分5を斫ったときに、既存の壁部3の安定性に問題が生じることが抑制される。なお、補強対象部分5の設定手法(壁部3のうちの補強対象となる全体範囲を複数の区画に分割する手法)は、上記の例に限定されない。
【0015】
まず、補強構造の概要について説明する。
図2は、
図1の既設コンクリート構造物の補強対象部分に対する補強構造を例示する斜視図である。
図2に示されるように、補強対象部分5では、上述の矩形の領域を入口として壁部3の奥行き方向に壁部3の厚さ分だけ削孔された空間6が形成される。空間6は、特に限定されないが、一例として直方体状又は立方体状の空間とされる。空間6は、壁部3を貫通するように形成されてもよい。空間6は、例えばコアドリルを用いたコア削孔により壁部3のうちの補強対象部分5を斫って形成することができる。
【0016】
空間6は、複数の主鉄筋7を露出させている。主鉄筋7は、既設コンクリート構造物1の壁部3を構築するときに配筋された既存鉄筋である。複数の主鉄筋7は、壁部3の内部において上下方向に沿って延在している。複数の主鉄筋7は、例えば、壁部3の表面に沿う方向及び奥行き方向において、所定の間隔で互いに離間するように配筋されている。
図2の例では、空間6の内部において、壁部3の表面に沿う方向に3本及び奥行き方向に2列の計6本の主鉄筋7が露出している。
【0017】
空間6は、一対の斫り面8によって挟まれている。一対の斫り面8は、空間6を画成する壁部3の面のうち複数の主鉄筋7が通過している面である。ここでの一対の斫り面8は、空間6の上側の斫り面8、及び、空間6の下側の斫り面8である。複数の主鉄筋7は、一対の斫り面8同士を結ぶように空間6の内部で上下に延在している。
【0018】
空間6には、複数の補強筋10が配置される。補強筋10は、既設コンクリート構造物1の壁部3を補強するために配筋される追加の部材である。複数の補強筋10は、空間6の内部において複数の主鉄筋7に沿って上下方向に延在するように配置される。補強筋10は、空間6の内部において隣り合う主鉄筋7の間に配置される。
図2の例では、補強筋10は、壁部3の表面に沿う方向及び奥行き方向において、主鉄筋7同士の間隔の半分の距離で隣り合う主鉄筋7に対して離間するように配置されている。例えば、主鉄筋7同士の間隔(ピッチ)が250mmである場合、補強筋10は、隣り合う主鉄筋7に対して125mmで離間するように配置される。
【0019】
補強筋10は、例えば、主鉄筋7と同様の鉄筋を用いた追加主鉄筋10aである。上下方向に延在する1本の補強筋10は、互いに連結された2以上の追加主鉄筋10aを有している。1本の追加主鉄筋10aの長さは、一対の斫り面8の間の距離よりも短い。
図2の例では、一対の斫り面8の間の距離は約1mであるため、1本の追加主鉄筋10aの長さは、1mよりも短い。1mよりも短い追加主鉄筋10aが2本連結されることで、一対の斫り面8同士を結ぶように補強筋10を配置することができる。
【0020】
一対の斫り面8には、複数の補強筋10を配置するための複数の孔11が、例えばコアドリルを用いたコア削孔により形成される。一方の斫り面8に対して形成される孔11の個数は、補強筋10の本数と等しい。
図2の例では、補強筋10が6本であるため、上下一対の斫り面8にそれぞれ6個の孔11が形成されている。上側の斫り面8の孔11は、下方を向く上側の斫り面8に開口すると共に主鉄筋7と略平行に上方に延びるように形成される。下側の斫り面8の孔11は、上方を向く下側の斫り面8に開口すると共に主鉄筋7と略平行に下方に延びるように形成される。孔11の深さは、例えば追加主鉄筋10aが2本連結される場合、それぞれ50cm以上1m以下であってもよい。孔11の深さは、追加主鉄筋10aの定着長さを補強計算により求めることで、定着長さよりも深い寸法として算出することができる。
【0021】
上側の斫り面8の孔11には、上側の1本の追加主鉄筋10aが挿入されて固定される。下側の斫り面8の孔11には、下側の1本の追加主鉄筋10aが挿入されて固定される。それぞれの孔11に挿入された状態で、上側の1本の追加主鉄筋10aの下端と、下側の1本の追加主鉄筋10aの上端と、が互いに連結部10bで連結される。この連結部10bとしては、例えば、内部にグラウトが注入されて固定されるカプラー等の機械式継手を用いてもよいし、追加主鉄筋10aの上端及び下端をガス圧接で接合してもよい。
【0022】
空間6には、せん断補強筋12が配置されてもよい。せん断補強筋12は、例えば、主鉄筋7同士、補強筋10同士、又は主鉄筋7と補強筋10とを結ぶように配置されたスターラップ筋を用いることができる。スターラップ筋は、両端がフック状に曲げられた鉄筋である。
図2の例では、奥行き方向に2列の主鉄筋7及び補強筋10が並ぶため、主鉄筋7同士を結ぶようにスターラップ筋が配置されている。
図2の例では、図の見やすさのためにスターラップ筋の図示を2本のみとしているが、他の主鉄筋7同士及び補強筋10同士を結ぶようにスターラップ筋が配置されていてもよい。なお、空間6の奥側のみに追加主鉄筋を配置した場合、空間6の手前側では、主鉄筋7のみにスターラップ筋が掛けられてもよい。
【0023】
空間6には、複数の補強筋10及びせん断補強筋12が配置された状態で、主鉄筋7、補強筋10及びせん断補強筋12を封止するようにコンクリート13が打設される(
図9参照)。これにより、隣り合う主鉄筋7の間に補強筋10が追加で配置されることとなり、補強前と比べて補強対象部分5における鉄筋の密度が高められ、背面地盤2からの荷重に対して壁部3が補強されることとなる。
【0024】
次に、既設コンクリート構造物の補強方法の手順について説明する。
図3は、実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の流れを示すフローチャートである。
図4は、実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の地盤改良工程を説明するための一部断面図である。本実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法では、まず、地盤改良工程が行われる(ステップS01)。地盤改良工程は、補強対象部分5の壁部3の背面に地盤改良薬液を注入する工程である。地盤改良工程は、既設コンクリート構造物1の補強の前処理工程である。地盤改良薬液は、背面地盤2の地盤改良するための薬液である。なお、地盤改良工程は、必須ではない。
【0025】
地盤改良工程では、
図4に示されるように、例えば注入孔14を壁部3を貫通するように形成する。注入孔14は、補強対象部分5の壁部3の背面の所定範囲(
図4の破線で囲まれる範囲)に地盤改良薬液が浸透する程度の深さで形成される。注入孔14は、コアドリルを用いたコア削孔により形成することができる。
【0026】
注入孔14を介して、補強対象部分5の壁部3の背面に地盤改良薬液を注入する。補強対象部分5の壁部3の背面の所定範囲において、背面地盤2が改良され、例えば貫通孔として空間6が形成されたとしても、背面地盤2の崩壊及び漏水による吸い出しが生じにくくなる。なお、注入孔14の形成は必須ではなく、背面地盤2の地表面から補強対象部分5の壁部3の背面に地盤改良薬液を注入してもよい。
【0027】
続いて、空間形成工程が行われる(ステップS02)。
図5は、実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の空間形成工程を説明するための一部断面図である。空間形成工程は、壁部3のうちの補強対象部分5を斫って主鉄筋7を露出させる空間6を形成する工程である。空間形成工程では、壁部3のうちの補強対象となる全体範囲を複数の区画に分割することで、区画のそれぞれを補強対象部分5として設定する(
図1参照)。
図5に示されるように、空間形成工程では、一例として、壁部3のうち基端付近の壁部3とフーチング4との境界部分の補強対象部分5(
図1の実線に対応)を斫る。
【0028】
空間形成工程では、例えば、壁部3の基部の表面に約1m四方の領域を想定し、この領域を、既設の主鉄筋7を痛めないようにコアドリルを用いたコア削孔により斫る。補強対象部分5を壁部3の奥行き方向に壁部3の厚さ分だけ斫って、空間6を形成する。空間6を貫通孔として形成し、背面地盤2を露出させてもよいし、既設の主鉄筋7は露出させても背面地盤2を露出させないように壁部3の背面側を薄く残してもよい。なお、背面地盤2を露出させる場合には、土留めのための平板(図示省略)を壁部3の背面側に設置してもよい。
【0029】
続いて、孔形成工程が行われる(ステップS03)。
図6は、実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の孔形成工程を説明するための一部断面図である。孔形成工程は、空間6を挟む一対の斫り面8に主鉄筋7に沿って一対の孔11を形成する工程である。孔形成工程では、複数の補強筋10を配置するための複数の孔11を、例えばコアドリルを用いたコア削孔により一対の斫り面8のそれぞれに形成する。
【0030】
少なくとも壁部3の厚さ方向の背面側に補強筋10(
図7参照)を配置できるように、壁部3の厚さ方向の背面側における一対の斫り面8に対して上下方向に孔11を形成する。
図6の例では、壁部3の厚さ方向の手前側及び背面側の両方に補強筋10を配置できるように、壁部3の厚さ方向の手前側及び背面側の両方に孔11を形成している。
【0031】
孔形成工程では、上側の斫り面8において隣り合う主鉄筋7の間(例えば隣り合う主鉄筋7の同士の中間点)に開口するように、上側の斫り面8の孔11を形成する。主鉄筋7と略平行に上方に延びるように、上側の斫り面8の孔11を形成する。下側の斫り面8において隣り合う主鉄筋7の間(例えば隣り合う主鉄筋7の同士の中間点)に開口するように、下側の斫り面8の孔11を形成する。主鉄筋7と略平行に下方に延びるように、下側の斫り面8の孔11を形成する。また、孔11を削孔した後、孔11の内壁面に下地処理として吸湿防止剤等のプライマーを塗布してもよい。
【0032】
続いて、補強筋配置工程が行われる(ステップS04)。
図7は、実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の補強筋配置工程を説明するための一部断面図である。補強筋配置工程は、一対の孔11のそれぞれに補強筋10を挿入すると共に、一対の斫り面8同士を結ぶように補強筋10を配置する工程である。補強筋配置工程では、補強筋10として追加主鉄筋10aを用いる場合、一対の斫り面8同士を結ぶように複数の追加主鉄筋10aを配置して連結する。追加主鉄筋10aは、一対の斫り面8の間の距離に応じた長さである。例えば、補強対象部分5が約1m四方の領域である場合、上側の孔11の底から下側の孔11の底までの距離が約2mであれば、追加主鉄筋10aは、1mのものを2本用いる。
【0033】
上側の斫り面8の孔11に、上側の1本の追加主鉄筋10aを挿入して固定する。上側の斫り面8の孔11の奥側に配置される追加主鉄筋10aの先端部には、例えば円盤状の先端定着体(図示省略)を取り付けてもよい。先端定着体は、例えば防錆性を有するセラミックス製であってもよい。上側の斫り面8の孔11の開口部に対して、グラウト材の落下を抑制するためのスライドシャッター部材(図示省略)を取り付けてもよい。
【0034】
上側の斫り面8の孔11内にグラウト材を充填する。上側の斫り面8の孔11には、例えば注入ホースを用いてグラウト材の注入を行う。グラウト材としては、粘性及び可塑性を有しスラリー状又は粘土状のセメント系グラウト材(例えばモルタル)を用いることができる。グラウト材は、上側の斫り面8の孔11に充填される直前に、可塑剤及び添加剤が混入されて練り混ぜられて生成される。上側の斫り面8の孔11には、グラウト材を先に充填した状態で追加主鉄筋10aを挿入する。
【0035】
下側の斫り面8の孔11は、下側の1本の追加主鉄筋10aを挿入して固定する。下側の斫り面8の孔11には、グラウト材を先に充填した状態で追加主鉄筋10aを挿入する。上側及び下側のそれぞれの孔11に追加主鉄筋10aが1本ずつ挿入された状態で、上側の1本の追加主鉄筋10aの下端と、下側の1本の追加主鉄筋10aの上端と、を互いに連結部10bで連結する。
【0036】
補強筋配置工程では、空間6へのせん断補強筋12の配置が行われてもよい。
図8は、実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法の補強筋配置工程を説明するための一部断面図である。
図8に示されるように、せん断補強筋12の配置として、例えば、補強筋10同士を結ぶようにスターラップ筋の両端のフック状の部分を補強筋10に引っ掛ける。補強筋10同士だけでなく、或いは補強筋10同士に代えて、主鉄筋7同士又は主鉄筋7と補強筋10とを結ぶようにせん断補強筋12を配置してもよい。
【0037】
続いて、コンクリート打設工程が行われる(ステップS05)。
図9は、実施形態に係る既設コンクリート構造物の補強方法のコンクリート打設工程を説明するための一部断面図である。コンクリート打設工程は、主鉄筋7及び補強筋10を封止するように空間6にコンクリート13を打設する工程である。コンクリート13は、例えば無収縮コンクリートを用いることができる。コンクリート打設工程では、
図8の例のように空間6に複数の補強筋10及びせん断補強筋12を配置した後に、
図9の例のように、主鉄筋7、補強筋10及びせん断補強筋12を封止するようにコンクリート13を打設することで、当該補強対象部分5を対象とする補強は完了する。コンクリート打設工程を行った後、全ての補強対象部分5を対象とする補強が完了していない場合には、例えば隣接する補強対象部分5に移動し、当該隣接する補強対象部分5を対象として上述の
図5の空間形成工程からの既設コンクリート構造物の補強方法による補強作業を繰り返し行う(ステップS06:NO)。このように補強の対象となる補強対象部分5を変えながら、全ての補強対象部分5を対象とする補強が完了するまで、既設コンクリート構造物の補強方法による補強を繰り返し行う。一方、全ての補強対象部分5を対象とする補強が完了した場合には、
図3の既設コンクリート構造物の補強方法による補強は終了となる(ステップS06:YES)。
【0038】
以上説明したような既設コンクリート構造物の補強方法によれば、空間形成工程により、壁部3のうちの補強対象部分5を斫って空間6を形成することで主鉄筋7が露出される。孔形成工程により、空間6を挟む一対の斫り面8に主鉄筋7に沿って一対の孔11が形成される。補強筋配置工程により、一対の孔11のそれぞれに補強筋10が挿入されると共に、一対の斫り面8同士を結ぶように補強筋10が配置される。コンクリート打設工程により、主鉄筋7及び補強筋10を封止するように空間6にコンクリート13が打設される。これにより、例えば隣り合う主鉄筋7の間に補強筋10を追加で配置することにより、補強対象部分5における鉄筋の密度が高められ、背面地盤2からの荷重に対して壁部3を補強することができる。したがって、補強として壁部3の手前側に増厚することが難しい制約の下においても、背面地盤2からの荷重を受ける壁部3を補強することが可能となる。
【0039】
補強筋10は、追加主鉄筋10aであり、補強筋配置工程において、一対の斫り面8の間の距離よりも短い長さの複数の追加主鉄筋10aを互いに連結することにより、一対の斫り面8同士を結ぶように補強筋10を配置する。これにより、複数の追加主鉄筋10aを互いに連結するため、全体として一対の斫り面8の間の距離よりも長い部分に対して追加主鉄筋10aを配置することができ、斫って形成した空間6から一対の孔11のそれぞれに挿入した補強筋10を既存コンクリート部分である壁部3に定着させることができる。
【0040】
既設コンクリート構造物の補強方法は、空間形成工程よりも前に、補強対象部分5の壁部3の背面に地盤改良薬液を注入する地盤改良工程を更に備える。これにより、貫通孔として空間6を形成した際の背面地盤2の崩壊又は漏水による吸い出し等を予防することができる。
【0041】
空間形成工程では、壁部3のうちの補強対象となる全体範囲を複数の区画に分割することで、区画のそれぞれを補強対象部分5として設定し、一の補強対象部分5を対象としての既設コンクリート構造物の補強方法による補強を行った後に、全体範囲の全ての補強対象部分5を対象とする補強が完了していない場合には、他の補強対象部分5を対象として補強を行う。これにより、壁部3のうちの補強対象となる全体範囲の補強が補強対象部分5ごとに段階的に施工されるため、補強対象部分5を斫ったときに、既存の壁部3の安定性に問題が生じることが抑制される。
【0042】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されることなく様々な形態で実施される。
【0043】
上記実施形態では、既設コンクリート構造物1として背面地盤2の土を留める擁壁を例示したが、この例に限定されない。例えば、既設コンクリート構造物の補強方法の対象は、ボックスカルバート又はU字擁壁であってもよい。
図10(a)は、変形例に係る既設コンクリート構造物の補強方法の対象となる既設コンクリート構造物を例示する正面図である。
図10(b)は、
図10(a)の既設コンクリート構造物において、主鉄筋を露出させると共に一対の斫り面同士を結ぶように複数の補強筋が配置された空間を例示する模式図である。
【0044】
図10(a)には、地中に埋設された既設コンクリート構造物1Aとしてボックスカルバートが例示されている。既設コンクリート構造物1Aは、周囲の地盤(背面地盤)2Aからの荷重を受ける壁部3Aを有する。既設コンクリート構造物1Aにおいては、例えば耐震診断等の結果、壁部3Aの角部付近の補強対象部分5A(例えば
図10(a)の破線で囲まれた部分)等に補強が必要となることがある。しかしながら、既設コンクリート構造物1Aが地中に埋設されているため、既設コンクリート構造物1Aの壁部3Aの外側に増厚したり、繊維接着又は鋼板接着等をすることで補強することが困難である。また、壁部3Aの内側への増厚も、既設コンクリート構造物1Aの供用上の制限により困難である。
【0045】
そこで、
図10(b)に示されるように、空間形成工程により、壁部3Aのうちの補強対象部分5Aを斫って空間6Aを形成することで主鉄筋7Aを露出してもよい。孔形成工程により、空間6Aを挟む一対の斫り面8Aに主鉄筋7Aに沿って一対の孔11Aを形成してもよい。補強筋配置工程により、一対の孔11Aのそれぞれに補強筋10Aを挿入すると共に、一対の斫り面8A同士を結ぶように補強筋10Aを配置してもよい。コンクリート打設工程により、主鉄筋7A及び補強筋10Aを封止するように空間6Aにコンクリートを打設してもよい。なお、角部分において補強筋10Aの定着長さを十分に取ることが難しい場合、例えば円盤状の先端定着体を用いてもよいし、補強筋10AがJ字状となるように補強筋10Aの先端を曲げてもよい。
【0046】
これにより、補強として既設コンクリート構造物1Aの壁部3Aの外側に増厚したり、繊維接着又は鋼板接着等をすることで補強することが難しい制約の下においても、地盤2Aからの荷重を受けて壁部3Aの角部付近に生じる外曲げ(負曲げ))の向きの曲げモーメントに対抗するように、壁部3を補強することが可能となる。
【0047】
上記実施形態では、補強筋10は、例えば、主鉄筋7と同様の鉄筋を用いた追加主鉄筋10aであったが、ストランドであってもよい。ストランドを用いる場合、追加主鉄筋10aと比べて柔軟性があるため、複数の追加主鉄筋10aを連結する手法を取らなくてもよい。例えば、上側の斫り面8の孔11の深さを余分に深くし、一本のストランドを曲げながら、ストランドの一端部を上側の斫り面8の孔11に挿入し、他端部を下側の斫り面8の孔11に挿入することで、複数の追加主鉄筋10aを連結することなく、一対の斫り面8同士を結ぶように補強筋10を配置することができる。
【0048】
なお、以下、本発明の種々の態様の構成要件を記載する。
<発明1>
背面地盤からの荷重を受ける壁部を有する既設コンクリート構造物の補強方法であって、
前記壁部のうちの補強対象部分を斫って主鉄筋を露出させる空間を形成する空間形成工程と、
前記空間を挟む一対の斫り面に前記主鉄筋に沿って一対の孔を形成する孔形成工程と、
一対の前記孔のそれぞれに補強筋を挿入すると共に、一対の前記斫り面同士を結ぶように前記補強筋を配置する補強筋配置工程と、
前記主鉄筋及び前記補強筋を封止するように前記空間にコンクリートを打設するコンクリート打設工程と、を備える、既設コンクリート構造物の補強方法。
<発明2>
前記補強筋は、追加主鉄筋であり、
前記補強筋配置工程において、一対の前記斫り面の間の距離よりも短い長さの複数の前記追加主鉄筋を互いに連結することにより、一対の前記斫り面同士を結ぶように前記補強筋を配置する、発明1に記載の既設コンクリート構造物の補強方法。
<発明3>
前記空間形成工程よりも前に、前記補強対象部分の前記壁部の背面に地盤改良薬液を注入する地盤改良工程を更に備える、発明1又は2に記載の既設コンクリート構造物の補強方法。
<発明4>
前記空間形成工程では、前記壁部のうちの補強対象となる全体範囲を複数の区画に分割することで、前記区画のそれぞれを前記補強対象部分として設定し、
一の前記補強対象部分を対象としての前記既設コンクリート構造物の補強方法による補強を行った後に、前記全体範囲の全ての前記補強対象部分を対象とする前記補強が完了していない場合には、他の前記補強対象部分を対象として前記補強を行う、発明1~3の何れか一項に記載の既設コンクリート構造物の補強方法。
【符号の説明】
【0049】
1,1A…コンクリート構造物、2…背面地盤、2A…地盤(背面地盤)、3,3A…壁部、5,5A…補強対象部分、6,6A…空間、7,7A…主鉄筋、8,8A…斫り面、10,10A…補強筋、10a…追加主鉄筋、11,11A…孔、13…コンクリート。