(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024134606
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】セラミックス球形体およびセラミックス球形体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C04B 35/488 20060101AFI20240927BHJP
C04B 35/645 20060101ALI20240927BHJP
B02C 17/20 20060101ALI20240927BHJP
F16C 33/32 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
C04B35/488 500
C04B35/645 500
B02C17/20
F16C33/32
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023044878
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】神井 康宏
(72)【発明者】
【氏名】澤越 達哉
(72)【発明者】
【氏名】高瀬 皓平
【テーマコード(参考)】
3J701
4D063
【Fターム(参考)】
3J701AA02
3J701BA10
3J701EA42
3J701EA44
3J701FA60
4D063FF35
4D063FF37
4D063GB05
(57)【要約】
【課題】外部応力の印加による摩耗を抑制したセラミックス球形体を提供すること。
【解決手段】ジルコニアを50~73mol%、セリアを7~12mol%、アルミナを20~30mol%含有し、表面粗さSaが60~400nmであり、粉末X線回折により求められる結晶構造の内訳に占める単斜晶の割合が1容量%以下であるセラミックス球形体。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジルコニアを50~73mol%、セリアを7~12mol%、アルミナを20~30mol%含有し、表面粗さSaが60~400nmであり、粉末X線回折により求められる結晶構造の内訳に占める単斜晶の割合が1容量%以下であるセラミックス球形体。
【請求項2】
平均粒径が5~20mmである請求項1に記載のセラミックス球形体。
【請求項3】
粉砕用メディアまたはベアリング用ボールとして用いられる請求項1または2に記載のセラミックス球形体。
【請求項4】
ジルコニアを50~73mol%、セリアを7~12mol%、アルミナを20~30mol%含有するジルコニア粉末を成形する成形工程、成形体を焼結する焼結工程および炭化ケイ素を主成分とする研磨剤を用いて成形体を研磨する研磨工程をこの順に有する請求項1または2に記載のセラミックス球形体の製造方法。
【請求項5】
焼結工程の後に、焼結体を熱間等方圧加圧するHIP工程を有する請求項4に記載のセラミックス球形体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミックス球形体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子材料用途で使用される粉末の微粉砕や、インク用途における顔料の分散時に、粉砕用メディアを用いて粉砕するボールミル、振動ミル、サンドミル、ビーズミル等の粉砕機が広く使用されている。こうした粉砕機用に用いられる、ボール、ビーズ等の粉砕用メディア(以下、単に「メディア」という場合がある)や、半導体製造装置や工作機械用スピンドルモーター、車載モーターなどに用いられるベアリングボールとして、ジルコニアを主成分とするセラミックス球形体が使用されている。高硬度のジルコニア-アルミナ複合セラミックス材料の強度と靭性のバランスを維持する技術として、安定化剤としてセリアを含有するジルコニア相とアルミナ相とを含むジルコニア-アルミナ複合セラミック材料であって、微細ジルコニア粒子を内部に含有するアルミナ粒子をジルコニア粒子内に取り込んだコンポジット粒子が分散されてなることを特徴とするジルコニア-アルミナ複合セラミック材料が提案されている(例えば、特許文献1参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
メディア同士の衝突エネルギーを利用したメカノケミカル合成に用いられるメディアや、車載モーター用などのベアリングボールとしては、直径5~20mm程度の大径セラミックス球形体が広く利用されている。大径セラミックス球形体は、小中径セラミックス球形体に比べて自重が格段に大きく、衝突エネルギーが高いため、割れや摩耗が生じやすい傾向にある。
【0005】
特許文献1に記載されるジルコニア-アルミナ複合セラミック材料は、安定化剤として特定量のセリアを含むことにより、クラックの要因となる単斜晶ジルコニアを抑制することができる。しかしながら、本発明者らの検討によれば、かかるジルコニア-アルミナ複合セラミック材料から一般的な方法により得られる大径セラミックス球形体は、メディアやベアリングボールとしての使用において、外部応力の印加によって摩耗しやすい課題があることが明らかになった。
【0006】
そこで、本発明は、外部応力の印加による摩耗を抑制したセラミックス球形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明は主として以下の構成を有する。
(1)ジルコニアを50~73mol%、セリアを7~12mol%、アルミナを20~30mol%含有し、表面粗さSaが60~400nmであり、粉末X線回折により求められる結晶構造の内訳に占める単斜晶の割合が1容量%以下であるセラミックス球形体。
(2)平均粒径が5~20mmである(1)に記載のセラミックス球形体。
(3)粉砕用メディアまたはベアリング用ボールとして用いられる(1)または(2)に記載のセラミックス球形体。
(4)ジルコニアを50~73mol%、セリアを7~12mol%、アルミナを20~30mol%含有するジルコニア粉末を成形する成形工程、成形体を焼結する焼結工程および炭化ケイ素を主成分とする研磨剤を用いて成形体を研磨する研磨工程をこの順に有する(1)~(3)のいずれかに記載のセラミックス球形体の製造方法。
(5)焼結工程の後に、焼結体を熱間等方圧加圧するHIP工程を有する(4)に記載のセラミックス球形体の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明のセラミックス球形体は、外部応力の印加による摩耗を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明のセラミックス球形体は、ジルコニアを50~73mol%、セリアを7~12mol%、アルミナを20~30mol%含有する。ジルコニアを主成分とするセラミックス球形体において、アルミナは、硬度を向上させる作用を有する。アルミナの含有量が20mol%未満であると、セラミックス球形体の硬度が低下することから、外部応力の印加による摩耗量が増大する。一方、アルミナの含有量が30mol%を超えると、ジルコニア由来の靭性が低下することから、外部応力の印加による割れや摩耗量が増大する。アルミナの含有量は、25mol%以下が好ましい。セリアはセラミックス球形体を安定化する作用を有する。セラミックス球形体の安定剤としては、イットリアも一般的に用いられているが、本発明のセラミックス球形体は、セリアを含有することにより、イットリアを安定化剤として用いた場合に比べて、外部応力の印加による局所的なジルコニアの正方晶から単斜晶への変態速度が速くなることから、変態に伴う体積膨張によって応力の伝播を抑制し、靭性を向上させることができる。セリア含有量が7mol%未満であると、靭性が低下することから、外部応力の印加による摩耗量が増大する。セリアの含有量は、9mol%以上が好ましい。一方、セリア含有量が12mol%を超えると、相対的にジルコニアやアルミナの含有量が少なくなることから、ジルコニア由来の靱性やアルミナ由来の硬度が低下し、外部応力の印加による割れや摩耗量が増大する。
【0010】
セラミックス球形体における各成分の含有量(mol%)は、次のようにして求めることができる。まず、セラミックス球形体を、万能試験機を用いて圧壊し、圧壊片約0.3gを白金るつぼに入れ、硫酸水素カリウムで融解する。これを希硝酸により溶解して定溶し、ICP発光分光分析法を用いて各金属元素を定量する。求めた金属元素量を酸化物に換算し、さらに各成分の分子量で除算することにより、mol%に換算する。ただし、セラミックス球形体の各成分の含有量は、原料粉末の無機成分の含有量と一致することから、原料粉末の無機成分の含有量が既知である場合は、それをセラミックス球形体における各成分の含有量としてもよい。
【0011】
本発明のセラミックス球形体は、粉末X線回折により求められる単斜晶の割合が1容量%以下である。単斜晶が存在すると、外部応力の印加によるセラミックス球形体の摩耗量が増大する。摩耗を抑制する観点からは、単斜晶の割合は少なければ少ないほど好ましい。しかしながら、セラミックス球形体の製造工程において、表面を平滑にするためにバレル研磨に代表される湿式研磨を行うことが一般的であるが、湿式研磨時のセラミックス球形体同士や研磨剤との衝突により強い応力が印加されるため、実質的には完全に単斜晶がゼロにはならないことが一般的である。特に、本発明のセラミックス球形体は、前述の特定量のセリアを含有することにより、外部応力の印加による局所的なジルコニアの正方晶から単斜晶への変態が生じやすい傾向にある。後述のとおり、湿式研磨においては、特に研磨剤によるエネルギーが小さくなる条件下で研磨することにより、単斜晶の割合を1容量%以下とすることができる。
【0012】
本発明のセラミックス球形体の表面粗さSaは、60~400nmである。本発明のセラミックス球形体は、ジルコニアとアルミナのドメイン構造に由来する表面凹凸を有しており、表面粗さSaは60nm以上となる。一方、表面粗さSaが大きいと、外部応力の印加により凸部に応力が集中しやすいため、表面粗さSaが400nmを超えると、外部応力の印加による摩耗量が増大する。表面粗さSaは、200nm以下が好ましい。
【0013】
前述のとおり、セラミックス球形体の製造工程において、表面を平滑にするためにバレル研磨に代表される湿式研磨を行うことが一般的である。特定量のセリアを含有するセラミックス球形体は、外部応力の印加による局所的なジルコニアの正方晶から単斜晶への変態が生じやすい傾向にあるため、湿式研磨時のセラミックス球形体同士や研磨剤との衝突により強い応力が印加されると、単斜晶が生じやすい。このため、特許文献1に記載されるようなセリアを含有するジルコニア-アルミナ複合セラミック材料から一般的な方法により得られる大径セラミックス球形体は、表面粗さSaが小さいものは単斜晶の割合が多くなりやすく、単斜晶の割合の小さいものは表面粗さSaが大きくなりやすい傾向にあった。これに対して、後述のとおり、湿式研磨においては、特に研磨剤によるエネルギーが小さくなる条件下で研磨することにより、単斜晶の割合を1容量%以下に抑えたまま、Saを60~400nmにすることができる。
【0014】
セラミックス球形体の表面粗さSaは、レーザー顕微鏡を用いて、ISO 25178(測定方法はJIS0681-6:2014)に基づき測定することができる。ここで、本発明においては、無作為に選択した10個のセラミックス球形体を、20倍対物レンズを用いて球形体の中心1mm四方を拡大観察して算術平均高さを測定し、10個の平均値を算出して表面粗さSaとする。
【0015】
本発明のセラミックス球形体の平均粒径は、5~20mmが好ましい。前述のとおり、メカノケミカル合成に用いられるメディアや、車載用などのベアリングボールとしては、直径5~20mm程度の大径セラミックス球形体が求められる。かかるセラミックス球形体は、自重が格段に大きく、衝突エネルギーが高いため、例えば、メディアやベアリングボールなどとして使用される際に、外部応力の印加により摩耗が生じやすい傾向にあるが、本発明においては、かかる大径のセラミックス球形体であっても、外部応力の印加による摩耗を抑制することができる。
【0016】
ここで、セラミックス球形体の平均粒径は、セラミックス球形体を撮影した後、画像解析・計測ソフトを用いて測定することができる。具体的には、以下のようにして測定される値である。セラミックス球形体の集合体を、デジタルマイクロスコープを用いて、倍率5~10倍で撮影する。無作為に選択した30個のセラミックス球形体について、画像解析・計測ソフトを用いて、測定用画像の明度を基準として、撮影画像を2値化する。2値化画像を最小二乗平均により円型図形分離し、分離したそれぞれの円の直径を、個々のセラミックス球形体の直径とし、その数平均値を算出する。
【0017】
本発明のセラミックス球形体は、ビーズミル装置、ボールミル装置などの粉砕用メディアやメカノケミカル合成用メディア、ベアリング用ボールなどとして用いることができる。特に、大径セラミックス球形体においても外部応力の印加による摩耗が抑制されることから、高い衝突エネルギーが付与されるメカノケミカル合成用メディアやベアリング用ボールに好適に用いることができる。
【0018】
本発明のセラミックス球形体は、ジルコニアを主成分とするジルコニアを50~73mol%、セリアを7~12mol%、アルミナを20~30mol%含有するジルコニア原料粉末(以下、単に「原料粉末」という場合がある)を球状に成形して焼結することにより得ることができる。本発明のセラミックス球形体の製造方法は、前記の原料粉末を成形する成形工程、成形体を焼結する焼結工程および表面を研磨する研磨工程をこの順に有することが好ましく、さらに、焼結体を熱間等方圧加圧するHIP(Hot Isostatic Pressing)工程を有することが好ましい。成形体を研磨する予備研磨工程を有してもよく、成形時の金型由来のバリなどを除去することができる。この場合、予備研磨工程の前に、成形体を冷間等方圧加圧するCIP(Cold Isostatic Pressing)工程や、成形体を加熱する半焼成工程を有してもよく、予備研磨工程における球形体強度を向上させることができる。また、成形体に結着材などのバインダー樹脂を含有する場合は、焼結工程の前に、バインダー樹脂を加熱除去する脱脂工程を有してもよい。
【0019】
まず、成形工程において、原料粉末を用いて成形する。寸法精度の観点から、金型成形法を用いて球状に成形することが好ましい。より具体的には、半球状の金型内に原料粉末を充填し、同形状、同サイズのもう1つの半球状の金型を用いて、上下方向から加圧することにより、球状に成形することができる。圧力は100MPa以上が好ましい。なお、原料粉末には、結着材などのバインダー樹脂を0.1~10重量%程度含有することが好ましい。バインダー樹脂の含有量は、1~5重量%がより好ましい。成形工程において、概ね±5%の精度で成形することが好ましい。成形工程により、成形体の密度は、一般的に、原料粉末の1.2g/cm3程度から2.5g/cm3程度に緻密化される。
【0020】
次に、CIP工程において、前記成形体を真空包装してCIP装置に供し、加圧することが好ましい。圧力は50~200MPa程度が好ましく、加圧時間は1~10分間程度が好ましい。CIP工程により、成形体の密度は、一般的に2.8g/cm3程度に緻密化される。
【0021】
次に、脱脂工程において、成形体内部のバインダー樹脂を加熱除去することが好ましい。脱脂工程においては、最高到達温度400~600℃程度まで昇温することが好ましい。昇温速度は、クラック発生を抑制する観点から5~15℃/時間程度が好ましく、成形体内部のバインダー樹脂を徐々に除去することが好ましい。
【0022】
次に、半焼成工程において、成形体を加熱することが好ましい。半焼成工程においては、成形体を適度に硬化させる観点から、最高到達温度950~1,050℃程度まで昇温することが好ましい。昇温速度は、クラック発生を抑制する観点から、5~15℃/時間程度が好ましい。加熱時間は、1時間以上が好ましい。なお、半焼成工程は、脱脂工程に連続して実施してもよい。
【0023】
次に、予備研磨工程において、成形時の金型由来のバリなどを除去することが好ましい。予備研磨方法としては、例えば、水を用いたバレル研磨などの方法が挙げられる。必要に応じて、アルミナ粒子などの研磨剤を用いてもよい。
【0024】
次に、焼結工程において、成形工程および必要に応じてCIP工程、脱脂工程、半焼成工程、予備研磨工程を経た成形体をコウバチ等に入れて焼成炉で焼成することにより、原料粉末の結合がなされ、球状のセラミックスが得られる。なお、半焼成工程および予備研磨工程を有しない場合、焼結工程は、脱脂工程に連続して実施してもよい。焼成工程における最高到達温度は、1,400~1,500℃が好ましく、焼結時間は、1~5時間が好ましい。最高到達温度を1,400℃以上とすることにより、緻密化を進めて密度をより向上させることができる。
【0025】
次に、HIP工程において、高温と等方的な圧力を同時に加えることにより、球形をより緻密化することができる。HIP工程により、形状を変えることなく球状セラミックス内部に残存する空隙や割れなどの欠陥を除去し、靭性をより向上させ、粉砕・分散メディアとしての使用などによる外部応力の印加によるセラミックス球形体摩耗量をより低減することができる。なお、焼結工程の前にHIP工程を行うと、相対密度の低い造粒体の内部の気孔に圧力媒体であるガスが侵入し、造粒体を圧縮する力として作用しないため、本発明においては、焼結工程の後にHIP工程に供することが好ましい。
【0026】
また、HIP処理は、焼結工程における焼結温度に対して0℃~75℃低い温度で行うことが好ましい。HIP工程における最高到達温度を焼結工程における最高到達温度-75℃以上とすることにより、HIP処理中におけるジルコニア等のセラミックス粉末の拡散を十分に進め、靭性をより向上させ、外部応力の印加による摩耗量をより抑制することができる。一方、HIP工程における最高到達温度を焼結工程における最高到達温度以下とすることにより、後述のセリアの還元反応に伴う球形体のクラック発生を抑制することができる。HIP工程における最高到達温度が焼成工程における最高到達温度と同じであってもよい。
【0027】
HIP工程における圧力は、100MPa以上が好ましい。高圧状態にするためには、Arガス雰囲気中でHIP処理することが好ましい。一方、セリアの還元反応に伴う結晶構造変化やそれに起因するクラック発生を抑制する観点から、Arに5~15体積%程度の酸素を混合した雰囲気下でHIP処理することが好ましい。
【0028】
次に、研磨工程において、得られたセラミックス球形体を、表面研磨することにより、表面粗さSaを小さくして、摩耗量をより低減することができる。表面研磨装置としては、例えば、バレル研磨装置、ボールミル等の湿式研磨装置が挙げられる。
【0029】
本発明においては、研磨工程において、研磨剤として、これまで一般的に用いられているアルミナ粒子よりも硬度の高い炭化ケイ素(Green Silicon Carbide:GC)粒子を用いることが好ましい。本発明のセラミックス球形体は、前述のとおり、ジルコニアとアルミナのドメイン構造を有する。かかるドメイン構造は凹凸形状を形成することに加え、ジルコニアとアルミナの硬度差により、研磨レートが異なる傾向にある。前述のとおり、セラミックス球形体が凹凸形状を有すると、外部応力の印加により凸部に応力が集中しやすいため、摩耗量が増大する。本発明者らの検討により、研磨剤としてアルミナ粒子を用いた場合には、研磨工程において表面粗さSaは500nm程度まで低減できるに過ぎない一方、炭化ケイ素粒子を選択することにより、研磨工程において、表面粗さSaを400nm以下に平滑化できることが分かった。
【0030】
炭化ケイ素粒子は、その結晶構造に起因して鋭利な形状を有する。研磨剤としてかかる炭化ケイ素粒子をそのまま使用すると、高硬度の鋭利な形状により、セラミックス球形体の表面に擦過傷を生じやすい傾向にある。セラミックス球形体の擦過傷を抑制する観点からは、研磨剤として、鋭利端部を加工処理により丸めた炭化ケイ素粒子がより好ましい。
【0031】
炭化ケイ素粒子の平均粒径は、0.5~2μmが好ましい。前述のとおり、特定量のセリアを含有するセラミックス球形体は、外部応力の印加による局所的なジルコニアの正方晶から単斜晶への変態が生じやすい傾向にある。かかる変態は、応力の伝播を抑制するため、割れやクラックの抑制に効果的である反面、外部応力が印加された箇所に局所的に単斜晶が発生する。湿式研磨時の研磨剤との衝突によりセラミックス球形体に強い応力が印加されると、セラミックス球形体表面に単斜晶が発生し、その後の外部応力印加により摩耗しやすくなる傾向にある。本発明者らの検討により、炭化ケイ素粒子の粒径が、単斜晶の発生に影響し得ることが分かった。炭化ケイ素粒子の平均粒径を0.5μm以上とすることにより、より短時間で表面粗さSaを小さくすることができる。一方、炭化ケイ素粒子の平均粒径を2μm以下とすることにより、研磨工程における衝突/剪断に起因する応力誘起変態による単斜晶の発生をより抑制し、結晶構造の内訳に占める単斜晶の割合を1容量%以下にすることができ、外部応力の印加による摩耗量をより低減することができる。
【0032】
研磨時間は、表面粗さSaをより小さくして外部応力の印加による摩耗量をより低減する観点から、10時間以上が好ましく、20時間以上がより好ましい。
【0033】
研磨工程の後、研磨剤の残渣を除去する洗浄工程や、乾燥工程をさらに有してもよい。
【実施例0034】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定して解釈されるものではない。各実施例および比較例における評価方法は以下のとおりである。
【0035】
(原料粉末組成)
セラミックス球形体の各成分の含有量は、原料粉末の無機成分の含有量と一致することから、原料粉末の無機成分の組成を求めた。
【0036】
各実施例および比較例に用いた原料粉末約0.3gを白金るつぼに入れ、硫酸水素カリウムで融解した。これを希硝酸により溶解して定溶し、ICP発光分光分析法を用いて各金属元素を定量した。求めた金属元素量を酸化物に換算し、さらに各成分の分子量で除算することにより、mol%に換算した。
【0037】
(平均粒径)
各実施例および比較例により得られたセラミックス球形体を、デジタルマイクロスコープVHX-2000((株)キーエンス製)を用いて、倍率10倍で撮影した。無作為に選択した30個のセラミックス球形体について、画像解析・計測ソフトウェアWinROOF(三谷商事(株)製)を用いて、得られた画像について、明度を基準として背景の画像と球形体の画像とを2値化して分離した。2値化画像を最小二乗平均により円型図形分離し、分離したそれぞれの円の直径を、個々のセラミックス球形体の直径として算出した。30個の平均値を算出し、平均粒径とした。
【0038】
(表面粗さSa)
各実施例および比較例により得られたセラミックス球形体から無作為に選択した10個のセラミックス球形体について、レーザー顕微鏡(Keyence製VK-X-150)を用いて、20倍対物レンズで、測定範囲が測定対象となるセラミックス球形体の中心1mm四方となるようデジタルズームを調整し、算術平均高さを測定した。10個の平均値を算出し、表面粗さSaとした。
【0039】
(靭性)
JIS R1607:2015のIF法に従い、各実施例および比較例により得られたセラミックス球形体から無作為に選択した5個のセラミックス球形体を、治具を用いて固定し、微小硬度計((株)フィッシャー・インストルメンツ製HM2000XYp)を用いて、表面にダイヤモンド圧子を押し込んで生じるクラック長さを測定し、下記式により靭性を算出して評価した。
靭性K=0.018×(E/H)0.5×(P/c1.5)
K:靭性(単位:MPa・m0.5)
E:ヤング率(単位:GPa):原料メーカー公表値の245GPaを適用。
H:ビッカース硬さ(単位:HV)=0.1891×P/(2a)2
c:クラック長さの平均の半分(単位:m)
a:圧痕の長さの平均の半分(単位:m)
P:圧子圧入荷重(単位:N)。490Nを適用。
【0040】
(表面擦過傷個数)
前記の(表面粗さSa)の測定において、観察視野内に視認される研磨起因とみなされる直線状の傷個数を計数した。求めた個数を視野面積で割り、単位面積当たりの表面擦過傷個数を算出した。10個の平均値を算出し、表面擦過傷個数とした。
【0041】
(単斜晶率)
各実施例および比較例1~7により得られたセラミックス球形体を、研削機を用いて球形体の表面を含む厚さ0.5mm程度の小片に切り出し、球形体の表面側を測定面側にして試料ホルダーに貼り付け、広角X線回折法(微小部X線回折)により各結晶相の回折強度の測定を行った。測定条件は以下のとおりである。
測定装置:MiniFlex600((株)リガク製)
X線源:CuK線(多層膜ミラー使用)
出力:50kV、22mA
スリット系:100μmφピンホール
測定範囲:2θ=23°~33°、70°~77°
積算時間:3600秒/フレーム。
【0042】
測定結果より、以下の式を用いてジルコニアの単斜晶率を算出した。
単斜晶率(%)=[{Im(111)+Im(1-1-1)}/{Im(111)+Im(1-1-1)+It+c(111)}]×100
ここに、Iは回折強度を示す。添え字のm、t、cはそれぞれ単斜晶、正方晶、立方晶を示す。回折強度の( )内は各結晶の指数を示す。
【0043】
(摩耗量)
ロッキングミル装置((株)セイワ技研製、RM-01)に、各実施例および比較例により得られたセラミックス球形体10個と純水50ccを充填した試験ボトルをセットし、振動数600rpmの条件で24時間の撹拌試験を行った。
【0044】
試験後、セラミックス球形体を取り出し、残った純水中に含まれるジルコニア(比較例8はアルミナ)の量を、ICP発光分析により定量評価した。
【0045】
[実施例1]
(成形工程)
前述の方法により測定した無機成分組成がジルコニア67mol%、セリア11mol%、アルミナ22mol%であり、バインダー樹脂としてアクリル系高分子樹脂を約3重量%含有する第一稀元素化学工業(株)製「TRZ-0172」を原料粉末として、焼結後のセラミックス球形体の平均粒径が10mm前後となる半球状の金型2個(直径15mm)に計4g充填し、圧力400MPaで5秒間加圧することにより、球形状の成形体を得た。
【0046】
(CIP工程)
得られた成形体を1個ずつ真空包装し、CIP装置を用いて圧力100MPaで5分間加圧し、成形体の緻密化を行った。
【0047】
(脱脂工程)
その後、電気炉において昇温速度10℃/時間、到達温度500℃の条件で2時間保持し、成形体内部のバインダー樹脂(結着材)を除去した。
【0048】
(半焼成工程)
続いて、電気炉において昇温速度10℃/時間、到達温度1,000℃の条件で2時間し、半焼成した。
【0049】
(予備研磨工程)
得られたセラミックス球形体60kgと水(研磨装置容量の半分程度)を、バレル研磨装置(山科精器(株)製 可傾式バレル研磨機120HD)に充填し、回転速度100rpmの条件で14時間共摺りを行い、金型成形時に上下金型接合境界面に発生した帯状のバリが目視で見えなくなるレベルまで研磨した。
【0050】
(焼結工程)
その後、電気炉において昇温速度70℃/時間、到達温度1,450℃の条件で2時間保持し、緻密なセラミックス焼結体を得た。
【0051】
(HIP工程)
さらに、Ar90体積%/酸素10体積%の雰囲気下、120MPa、1,400℃の条件で、1.5時間HIP処理を行った。
【0052】
(研磨工程)
以上の工程により得られたセラミックス焼結体と水、界面活性剤(中京油脂(株)製、セルナD-305)0.5重量%、研磨剤として炭化ケイ素粒子((株)チップトン製、GC-8000(F)、平均粒径1μm、端部処理あり)3重量%を、予備研磨時と同じバレル研磨装置に投入し、回転速度100rpmの条件で24時間研磨した。ここで、界面活性剤および研磨剤の添加量は、水、界面活性剤および研磨剤からなる研磨スラリーその後、装置内の研磨スラリーを水に入れ替えて、再度回転速度100rpmの条件で2時間共摺りして研磨剤残渣を除去した後、洗浄、乾燥してセラミックス球形体を得た。
【0053】
[実施例2~4]
研磨工程における研磨時間を表1に記載のとおりに変更したこと以外は、実施例1と同様にセラミックス球形体を作製した。
【0054】
[実施例5]
HIP処理を実施しなかったこと以外は、実施例1と同様にセラミックス球形体を作製した。
【0055】
[実施例6]
研磨工程における研磨剤を炭化ケイ素粒子((株)チップトン製、GC-8000、平均粒径1μm、端部処理なし)に変更したこと以外は、実施例1と同様にセラミックス球形体を作製した。
【0056】
[比較例1]
研磨工程における研磨剤をアルミナ粒子((株)チップトン製、ライト1A、平均粒径3μm)に変更したこと以外は、実施例1と同様にセラミックス球形体を作製した。
【0057】
[比較例2]
研磨工程における研磨剤をアルミナ粒子((株)チップトン製、ライト1A、平均粒径3μm)に変更したこと以外は、実施例4と同様にセラミックス球形体を作製した。
【0058】
[比較例3]
研磨工程における研磨剤を炭化ケイ素粒子((株)チップトン製、GC-4000、平均粒径3μm、端部処理なし)に変更したこと以外は、実施例1と同様にセラミックス球形体を作製した。
【0059】
[比較例4]
研磨工程における回転速度を50rpmに変更したこと以外は、比較例3と同様にセラミックス球形体を作製した。
【0060】
[比較例5]
研磨工程における研磨剤を炭化ケイ素粒子((株)チップトン製、GC-4000(F)、粒径3μm、端部処理あり)に変更したこと以外は、実施例1と同様にセラミックス球形体を作製した。
【0061】
[比較例6]
研磨工程における回転速度を50rpmに変更したこと以外は、比較例5と同様にセラミックス球形体を作製した。
【0062】
[比較例7]
成形工程における原料粉末を、無機成分組成がジルコニア97.5mol%、イットリア3.2%、アルミナ0.3mol%であり、バインダー樹脂としてアクリル系高分子樹脂を約3重量%含有する第一稀元素化学工業(株)製「HSY-3FSD-J」に変更したこと以外は、実施例1と同様にセラミックス球形体を作製した。
【0063】
[比較例8]
成形工程における原料粉末を、バインダー樹脂としてアクリル系高分子樹脂を約3重量%含有するアルミナ粉末(共立マテリアル(株)製A-12-10M)に変更した以外は、実施例1と同様にセラミックス球形体を作製した。
【0064】
各実施例および評価結果を表1に示す。
【0065】