(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024134622
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】モーター制御装置
(51)【国際特許分類】
B60L 15/20 20060101AFI20240927BHJP
【FI】
B60L15/20 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023044902
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100183689
【弁理士】
【氏名又は名称】諏訪 華子
(74)【代理人】
【識別番号】110003649
【氏名又は名称】弁理士法人真田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】河合 一憲
(72)【発明者】
【氏名】古賀 亮佑
【テーマコード(参考)】
5H125
【Fターム(参考)】
5H125AA01
5H125AC12
5H125BA00
5H125CA01
5H125DD15
5H125DD16
5H125EE08
5H125EE09
5H125EE52
(57)【要約】
【課題】モーター制御装置に関し、簡素な構成でモーターの制御性を改善する。
【解決手段】開示のモーター制御装置10は、モーターと車輪及び動力伝達機構との間のねじり共振が抑制されるようにモーターの作動状態を制御するものである。モーター制御装置10は、動力伝達機構の振動特性を表す伝達関数とモーターの要求トルクとに基づき、ねじり共振を抑制するための動力伝達機構への入力トルクである制振トルクT
ffを算出する算出部20と、制振トルクT
ffに基づき、モーターを制御する制御部40とを備える。算出部20は、少なくとも車輪のスリップ状態に応じて変化する負荷側イナーシャJ
loadが規定されたマップ23を有し、マップ23に基づき伝達関数に係る負荷側イナーシャJ
loadを設定する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力伝達機構を介して車輪を駆動するモーターが搭載された電動車両において、前記モーターと前記車輪及び前記動力伝達機構との間のねじり共振が抑制されるように前記モーターの作動状態を制御するモーター制御装置であって、
前記動力伝達機構の振動特性を表す伝達関数と前記モーターの要求トルクとに基づき、前記ねじり共振を抑制するための前記動力伝達機構への入力トルクである制振トルクを算出する算出部と、
前記制振トルクに基づき、前記モーターを制御する制御部とを備え、
前記算出部が、少なくとも前記車輪のスリップ状態に応じて変化する負荷側イナーシャが規定されたマップを有するとともに、当該マップに基づき前記伝達関数に係る前記負荷側イナーシャを設定する
ことを特徴とする、モーター制御装置。
【請求項2】
前記マップが、前記車輪のスリップ率とブレーキ力と前記負荷側イナーシャとの関係を規定する三次元マップである
ことを特徴とする、請求項1記載のモーター制御装置。
【請求項3】
前記スリップ率が、前記電動車両の車体速度及び車輪速度に基づいて算出される
ことを特徴とする、請求項2記載のモーター制御装置。
【請求項4】
前記車輪速度が、車輪速センサーで検出された値、又は、モーター角速度の検出値に基づいて算出された値である
ことを特徴とする、請求項3記載のモーター制御装置。
【請求項5】
前記車体速度及び前記電動車両のヨーレートに基づいて旋回動作の影響が補正された前記車輪の基準速度が算出されるとともに、前記車輪速度と前記基準速度とに基づいて前記スリップ率が算出される
ことを特徴とする、請求項3記載のモーター制御装置。
【請求項6】
前記算出部が、前記モーターに駆動される左右輪の各スリップ率の何れか、又は、前記各スリップ率の平均値に基づき前記負荷側イナーシャを設定する
ことを特徴とする、請求項2記載のモーター制御装置。
【請求項7】
前記ブレーキ力が、前記モーターに駆動される左右輪における各ブレーキ力の最大値、又は、前記各ブレーキ力の左右差に基づいて算出される
ことを特徴とする、請求項2記載のモーター制御装置。
【請求項8】
前記伝達関数が、以下に示す前記動力伝達機構の車軸側トルクとモーター側トルクとの関係を表す伝達関数である
ことを特徴とする、請求項1記載のモーター制御装置。
【数1】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件は、電動車両のモーター制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、モーターによる走行が可能な電気自動車やハイブリッド自動車等の電動車両において、モーター(駆動側の装置)と車輪及び動力伝達機構(負荷側の装置)との間のねじり共振を抑制できるようにしたモーター制御装置が開発されている。例えば、駆動系の近似モデルを用いてその運動状態を把握し、モーターに対する制御指令(トルク指令,駆動力指令)に含まれる所定の周波数成分を減少させることでねじり共振を抑制する技術が知られている(特許文献1,2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2022-058067号公報
【特許文献2】特開2020-058156号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ねじり共振の抑制に係る従来の近似モデルでは、駆動系における負荷側イナーシャ〔駆動側(モーター)によって駆動される動力伝達機構における負荷側の慣性モーメント〕が予め設定された固定値として扱われている。一方、実際の負荷側イナーシャの値は、駆動輪のスリップ状態に応じて変化するものと予想される。したがって、従来の技術ではスリップ状態での駆動系の運動状態を精度よく把握することが難しく、制御性の面で改善の余地がある。
【0005】
本件の目的の一つは、上記のような課題に照らして創案されたものであり、簡素な構成でモーターの制御性を改善できるようにしたモーター制御装置を提供することである。なお、この目的に限らず、後述する「発明を実施するための形態」に示す各構成から導き出される作用効果であって、従来の技術では得られない作用効果を奏することも、本件の他の目的として位置付けられる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
開示のモーター制御装置は、以下に開示する態様(適用例)として実現でき、上記の課題の少なくとも一部を解決する。態様2以降の各態様は、何れもが付加的に適宜選択されうる態様であって、何れもが省略可能な態様である。態様2以降の各態様は、何れもが本件にとって必要不可欠な態様や構成を開示するものではない。
【0007】
態様1.開示のモーター制御装置は、動力伝達機構を介して車輪を駆動するモーターが搭載された電動車両において、前記モーターと前記車輪及び前記動力伝達機構との間のねじり共振が抑制されるように前記モーターの作動状態を制御するものである。このモーター制御装置は、前記動力伝達機構の振動特性を表す伝達関数と前記モーターの要求トルクとに基づき、前記ねじり共振を抑制するための前記動力伝達機構への入力トルクである制振トルクを算出する算出部と、前記制振トルクに基づき、前記モーターを制御する制御部とを備える。また、前記算出部が、少なくとも前記車輪のスリップ状態に応じて変化する負荷側イナーシャが規定されたマップを有するとともに、当該マップに基づき前記伝達関数に係る前記負荷側イナーシャを設定する。
【0008】
態様2.上記の態様1において、前記マップが、前記車輪のスリップ率とブレーキ力と前記負荷側イナーシャとの関係を規定する三次元マップであることが好ましい。
態様3.上記の態様2において、前記スリップ率が、前記電動車両の車体速度及び車輪速度に基づいて算出されることが好ましい。なお、前記スリップ率は、例えば前記車輪速度及び前記車体速度の差を前記車体速度で除することで算出可能である。
【0009】
態様4.上記の態様3において、前記車輪速度が、車輪速センサーで検出された値、又は、モーター角速度の検出値に基づいて算出された値であることが好ましい。換言すれば、前記車輪速度は、前記車輪速センサーによる実測値(又は実測値由来の算出値)であってもよいし、前記モーター角速度の検出値に基づいて算出された推定値(理論上の値)であってもよい。
【0010】
態様5.上記の態様3又は4において、前記車体速度及び前記電動車両のヨーレートに基づいて旋回動作の影響が補正された前記車輪の基準速度が算出されるとともに、前記車輪速度と前記基準速度とに基づいて前記スリップ率が算出されることが好ましい。換言すれば、前記電動車両の重心移動速度としての前記車体速度を用いるよりも、各車輪の重心移動速度としての前記基準速度を用いることが好ましい。
【0011】
態様6.上記の態様2を含む態様において、前記算出部が、前記モーターに駆動される左右輪の各スリップ率の何れか、又は、前記各スリップ率の平均値に基づき前記負荷側イナーシャを設定することが好ましい。
態様7.上記の態様2を含む態様において、前記ブレーキ力が、前記モーターに駆動される左右輪における各ブレーキ力の最大値、又は、前記各ブレーキ力の左右差に基づいて算出されることが好ましい。
【0012】
態様8.上記の態様1を含む態様において、前記伝達関数が、以下に示す前記動力伝達機構の車軸側トルクとモーター側トルクとの関係を表す伝達関数であることが好ましい。
【0013】
【0014】
Tm:動力伝達機構のモーター側トルク
Tds:動力伝達機構の車軸側トルク
Ks:動力伝達機構の弾性係数
Ds:動力伝達機構の粘性係数
Jm:モーターイナーシャ
Jload:負荷側イナーシャ
【発明の効果】
【0015】
開示のモーター制御装置によれば、車輪のスリップ状態に応じて変化する動力伝達機構の負荷側イナーシャがマップに規定されることから、スリップ状態における駆動系の運動状態を精度よく把握でき、簡素な構成でモーターの制御性を改善できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明に係るモーター制御装置が適用された車両のブロック図である。
【
図2】モーター制御の流れを示すブロック図である。
【
図3】モータートルク及びモーター角速度の関係を示す模式図である。
【
図4】(A)はスリップ率と負荷側イナーシャとの関係を示すグラフ、(B)はブレーキ力と負荷側イナーシャとの関係を示すグラフである。
【
図5】(A)はスリップ率とフィードバックゲインとの関係を示すグラフ、(B)はブレーキ力とフィードバックゲインとの関係を示すグラフ、(C)は車体速度と補正係数との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
開示のモーター制御装置は、動力伝達機構を介して車輪を駆動するモーターが搭載された電動車両(電気自動車やハイブリッド自動車等)に適用される。このモーター制御装置は、モーター(駆動側の装置)と車輪及び動力伝達機構(負荷側の装置)との間のねじり共振が抑制されるようにモーターの作動状態を制御する機能を持つ。ここでいう動力伝達機構には、例えば車輪に接続される車軸,差動機構(ディファレンシャル),減速機構(ギヤトレーン),変速機構(トランスミッション)等が含まれる。電動車両に搭載されるモーターの数は不問である。
【0018】
開示のモーター制御装置は、左右輪の各々が個別のモーターで互いに独立して駆動されるインホイールモータ車両に適用されてもよいし、左右輪の各々が差動機構を介して連係動作しうるトルクベクタリング車両〔複数のモーターから入力されたトルク(駆動力)を左右輪の間で分配可能なトルク分配車両〕に適用されてもよい。
【0019】
なお、開示のモーター制御装置を適用可能な電動車両には、外部充電又は外部給電が可能なプラグインハイブリッド車両(PHEV,Plug-in Hybrid Electric Vehicle)が含まれる。プラグインハイブリッド車両とは、駆動源としてのエンジン及びモーターと発電装置としてのジェネレータと蓄電装置としてのバッテリーとが搭載されたハイブリッド車両において、バッテリーに対する外部充電又はバッテリーからの外部給電が可能であるものを意味する。
【0020】
前者のプラグインハイブリッド車両には、外部充電設備からの電力が送給される充電ケーブルを差し込むための充電口(インレット)や非接触受電装置等が設けられる。後者のプラグインハイブリッド車両には、外部給電用のコンセント(アウトレット)や非接触給電装置等が設けられる。一台のプラグインハイブリッド車両に、上記の充電口やコンセントを併設することも可能である。開示のモーター制御装置は、これらの外部充電又は外部給電が可能なプラグインハイブリッド車両に適用可能である。
【実施例0021】
[1.装置構成]
実施例としてのモーター制御装置10は、
図1に示す電動車両1に搭載される。電動車両1には、左右の車輪5(左右輪)を駆動する駆動源としてのモーター2が搭載される。モーター2の駆動力は、減速機構3及び車軸4を介して左右の車輪5に伝達される。減速機構3は、モーター2から出力される回転を減速するものである。減速機構3には、オープンデフ機構やLSD(Limited Slip Differential)機構等を有するディファレンシャル装置(差動装置)が含まれる。
【0022】
モーター2は、少なくとも電動車両1の前輪又は後輪を駆動する機能を持つ電動機であり、好ましくは力行機能と回生発電機能とを併せ持つ。モーター2は、バッテリー7に対しインバーター6を介して電気的に接続される。インバーター6は、バッテリー7側の直流回路の電力(直流電力)とモーター2側の交流回路の電力(交流電力)とを相互に変換する変換器(DC-ACインバータ)である。
【0023】
バッテリー7は、例えばリチウムイオン二次電池やニッケル水素二次電池等である。モーター2の力行時には、直流電力がインバーター6で交流電力に変換されてモーター2に供給される。モーター2の回生発電時には、発電電力がインバーター6で直流電力に変換されてバッテリー7に充電される。インバーター6及びモーター2の作動状態は、モーター制御装置10によって制御される。
【0024】
モーター制御装置10は、電動車両1に搭載される電子制御装置(M-ECU,Motor Electronic Control Unit)の一つである。モーター制御装置10は、モーター2と動力伝達機構(減速機構3及び車軸4)及び車輪5との間のねじり共振が抑制されるように、モーター2の作動状態を制御する機能を持つ。モーター制御装置10には、図示しないプロセッサー(中央処理装置),メモリー(メインメモリー),記憶装置(ストレージ),インターフェース装置等が内蔵され、内部バスを介してこれらが互いに通信可能に接続される。モーター制御装置10で実施される判定や制御の内容は、ファームウェアやアプリケーションプログラムとしてメモリーに記録,保存され、プログラムの実行時にはプログラムの内容がメモリー空間内に展開され、プロセッサーによって実行される。
【0025】
モーター制御装置10には、車体姿勢制御装置11(車体姿勢ECU),アクセルセンサー12,ブレーキセンサー13,操舵角センサー14,車速センサー15,ヨーレートセンサー16,モーター角速度センサー17,車輪速センサー18が接続される。これらのモーター制御装置10,車体姿勢制御装置11,センサー類は、車載通信網を介して互いに通信可能とされる。
【0026】
車体姿勢制御装置11は、車速,前後加速度,横加速度,角速度,アクセル操作量,ブレーキ操作量,操舵角などに応じて、モーター2に要求される要求トルクを設定する電子制御装置である。モーター制御装置10は、車体姿勢制御装置11で設定された要求トルクやブレーキ力に基づいて、モーター2の作動状態を制御するようになっている。なお、電動車両1に複数のモーター2が搭載される場合には、公知のトルク分配手法に基づいて、各モーター2の作動状態を制御すればよい。また、本実施例の車体姿勢制御装置11は、車両に設けられる各々の車輪5についてのスリップ率や、各車輪5に要求されるブレーキ力を算出する機能を併せ持つ。ここで算出されたスリップ率やブレーキ力の情報は、モーター制御装置10に伝達される。
【0027】
アクセルセンサー12は、アクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度)やその踏み込み速度を検出するセンサーである。ブレーキセンサー13は、ブレーキペダルの踏み込み量(ブレーキペダルストローク)やその踏み込み速度を検出するセンサーである。操舵角センサー14は、車輪5の実舵角やステアリングの操舵角を検出するセンサーである。車速センサー15は、電動車両1の車速である車体速度V(車両重心の移動速度)を検出するセンサーである。
【0028】
ヨーレートセンサー16は、電動車両1の重心に作用するヨーレート(ヨー方向の角速度)を検出するセンサーである。モーター角速度センサー17は、モーター2の回転角速度(モーター角速度ωM)を検出するセンサーである。車輪速センサー18は、車輪5(又は車軸4)の回転角速度を検出するセンサーであり、左右各々の車輪5の近傍に個別に設けられる。
【0029】
[2.制御構成]
(A)全体構成
図2は、モーター制御装置10でのモーター制御の流れを示すブロック図である。モーター制御装置10には、FF算出部20(フィードフォワード算出部,算出部)とFB算出部30(フィードバック算出部)と制御部40とが設けられる。これらの要素は、モーター制御装置10の機能を便宜的に分類して示したものである。これらの要素は独立したプログラムとして記述することができ、複数の要素を合体させた複合プログラムとして記述することもできる。各要素に相当するプログラムは、モーター制御装置10のメモリーや記憶装置に記憶されており、プロセッサーで実行されるようになっている。
【0030】
FF算出部20は、動力伝達機構の振動特性を表す伝達関数とモーター2の要求トルクとに基づき、ねじり共振を抑制するための動力伝達機構への入力トルクであるFF制振トルクTff(フィードフォワード制振トルク,制振トルク)を算出するものである。FF算出部20は、少なくとも車輪5のスリップ状態に応じて変化する負荷側イナーシャJloadが規定されたイナーシャマップ23を有する。伝達関数に係る負荷側イナーシャJloadは、イナーシャマップ23に基づいて設定される。FF算出部20の具体的な構成については後述する。
【0031】
FB算出部30は、モーター角速度ωMに相当する角速度に基づき、ねじれ共振を抑制するためのフィードバック補正トルクであるFB制振トルクTfb(フィードバック制振トルク)を算出するものである。本実施例では、モーター角速度ωMに対応する動力伝達機構のモーター側角速度ωmに基づいて、FB制振トルクTfbが算出される。FB算出部30は、少なくとも車輪5のスリップ状態に応じて変化するフィードバックゲインが規定されたゲインマップ35を有する。FB制振トルクTfbの算出に係るフィードバックゲインは、ゲインマップ35に基づいて設定される。FB算出部30の具体的な構成については後述する。なお、本実施例のFB算出部30は省略可能である。
【0032】
制御部40は、FF制振トルクTff及びFB制振トルクTfbに基づき、モーター2を制御するものである。FB算出部30が省略された場合、制御部40はFF制振トルクTffに基づいてモーター2を制御する。ここでは、例えば制御部40のプラント41において、FF制振トルクTff(又は、FF制振トルクTffからFB制振トルクTfbを減じた大きさのトルク)が動力伝達機構に入力される状態における動力伝達機構のモーター側角速度ωmが算出される。プラント41には、駆動系の動作を把握するための近似モデルが保存されている。その後、動力伝達機構に入力される角速度がモーター側角速度ωmと一致するようにインバーター6の作動状態が制御され、所望のモーター角速度ωMが実現される。
【0033】
図3は、動力伝達機構におけるモータートルクT
M及びモーター角速度ω
Mの関係を示す模式図である。本実施例の動力伝達機構は、タイヤ線形領域における二慣性バネマスダンパーでモデル化される。
図3中のT
mは動力伝達機構におけるモーター側トルク(バネ及びダンパーで接続された二つのマスのうちモーター側マスのトルク)であり、T
dsは動力伝達機構における車軸側トルク(二つのマスのうち車軸側マスのトルク)である。Gは減速機構3の減速比であり、K
sはバネの弾性係数であり、D
sはダンパーの粘性係数である。また、J
mはモーターイナーシャ,J
loadは負荷側イナーシャ,J
wは車輪イナーシャ,θ
sはねじれ角,ω
mは動力伝達機構におけるモーター側角速度,ω
wは車輪角速度である。
【0034】
モーター側トルクTmは、モータートルクTMに減速比Gを乗じることで算出される。また、モーター側角速度ωmは、モーター側トルクTmから車軸側トルクTdsを減じた値に「1/(Jm・s)」を乗じることで算出され、モーター角速度ωMは、モーター側角速度ωmに「1/G」を乗じることで算出される。車軸側トルクTdsは、モーター側角速度ωmから車輪角速度ωwを減じた値A(A=ωm-ωw)に基づいて算出される弾性寄与トルクと粘性寄与トルクとを加算することで算出される。
【0035】
弾性寄与トルクは、値Aに「1/s」を乗じて得られるねじれ角θsと弾性係数Ksとの積として算出され、粘性寄与トルクは、値Aと粘性係数Dsとの積として算出される。また、車輪角速度ωwは車軸側トルクTdsに「1/(Jload・s)」を乗じることで算出される。このような動力伝達機構のモデルは、制御部40のプラント41に保存される。また、この動力伝達機構において、車軸側トルクTdsとモーター側トルクTmとの関係を表す伝達関数は、以下の式1のように表現される。このような伝達関数は、後述するFF算出部20のモーター角速度算出部21に保存される。
【0036】
【0037】
Tm:動力伝達機構のモーター側トルク
Tds:動力伝達機構の車軸側トルク
Ks:動力伝達機構の弾性係数
Ds:動力伝達機構の粘性係数
Jm:モーターイナーシャ
Jload:負荷側イナーシャ
【0038】
(B)FF算出部
FF算出部20の具体的な構成について説明する。
図2に示すように、FF算出部20は、モーター角速度算出部21と周波数フィルター部22とイナーシャマップ23とを有する。モーター角速度算出部21は、前述の伝達関数と車体姿勢制御装置11で設定されたモーター2の要求トルクとに基づき、動力伝達機構のトルク振動状態を表す値(T
ds/T
m)を算出するものである。また、周波数フィルター部22は、モーター角速度算出部21で算出された値(T
ds/T
m)に含まれる所定の周波数成分をフィルタリングすることで、ねじり共振を抑制するものである。周波数フィルター部22から出力される値が、FF制振トルクT
ff(ねじり共振を抑制するための動力伝達機構への入力トルクの一つ)となる。
【0039】
イナーシャマップ23は、前述の伝達関数に係る負荷側イナーシャJ
loadを設定するための特性が規定されたマップである。イナーシャマップ23には、少なくとも車輪5のスリップ率と負荷側イナーシャJ
loadとの関係が規定される。ここで、スリップ率と負荷側イナーシャJ
loadとの関係を、
図4(A)に例示する。負荷側イナーシャJ
loadは、スリップ率が小さいほど大きく設定され、スリップ率が大きいほど小さく設定される。
【0040】
本実施例のイナーシャマップ23には、車輪5のスリップ率とブレーキ力と負荷側イナーシャJ
loadとの三者関係が規定される。換言すれば、本実施例のイナーシャマップ23は、車輪5のスリップ率とブレーキ力と負荷側イナーシャJ
loadとの関係を規定する三次元マップである。ここで、スリップ率を一定値に固定した場合におけるブレーキ力と負荷側イナーシャJ
loadとの関係を、
図4(B)に例示する。負荷側イナーシャJ
loadは、ブレーキ力が小さいほど小さく設定され、ブレーキ力が大きいほど大きく設定される。なお、
図4(A),(B)に示すグラフ形状に特段の意味はない。
【0041】
負荷側イナーシャJloadの設定に係るスリップ率の算出手法としては、公知の手法を採用してもよい。例えば、電動車両1の車体速度V及び各車輪5の車輪速度Vwに基づき、各車輪5のスリップ率を算出してもよい。車輪速センサー18で検出された車輪速度Vwと車速センサー15で検出された車体速度Vとの差(Vw-V)を車体速度Vで除したものをスリップ率と定義し、左右の車輪5のスリップ率に基づいて負荷側イナーシャJloadを設定してもよい。あるいは、モーター角速度センサー17で検出されたモーター角速度ωMに基づいて各車輪5の車輪速度Vwを推定し、推定された車輪速度Vw及び車体速度Vに基づいてスリップ率を算出してもよい。
【0042】
また、車体速度V及び電動車両1のヨーレートに基づいて旋回動作の影響が補正された各車輪5の基準速度Vn(すなわち、各車輪5の重心移動速度)を算出し、車輪速度Vwと基準速度Vnとに基づいてスリップ率を算出してもよい。なお、イナーシャマップ23に入力されるスリップ率の値としては、左右の各車輪5におけるスリップ率の何れか(例えば最小値や最大値)を用いてもよいし、平均値を用いてもよく、あるいは複数のスリップ率(左右二輪のスリップ率や四輪のスリップ率)に基づいて算出される値を用いてもよい。
【0043】
負荷側イナーシャJloadの設定に係るブレーキ力の算出手法としては、公知の手法を採用してもよい。例えば、モーター2に駆動される左右の各車輪5におけるブレーキ力の何れか(例えば最小値や最大値)を用いてもよいし、平均値を用いてもよく、あるいは複数のブレーキ力(左右二輪のブレーキ力や四輪のブレーキ力)に基づいて算出される値を用いてもよい。また、左右の各車輪5におけるブレーキ力の左右差に基づいて算出される値を用いてもよい。
【0044】
(C)FB算出部
FB算出部30の具体的な構成について説明する。
図2に示すように、FB算出部30は、PID制御量算出部31,速度制限部32,周波数フィルター部33,サチュレーター部34,ゲインマップ35,補正係数マップ36,乗算部37を有する。PID制御量算出部31は、モーター側角速度ω
mに基づいて、PID制御に係るフィードバック補正量を算出するものである。ここでは、モーター側角速度ω
mに基づき、比例項補正量,積分項補正量,微分項補正量の三種類のフィードバック補正量が算出される。ここで算出された三種類のフィードバック補正量は、合算された上で速度制限部32に伝達される。
【0045】
速度制限部32は、合算されたフィードバック補正量の時間変化勾配である微分値を所定範囲内に制限するリミッターである。周波数フィルター部33は、速度制限部32の出力値に含まれる所定の周波数成分をフィルタリングすることで、ねじり共振を抑制するものである。サチュレーター部34は、周波数フィルター部33の出力値の上限及び下限を制限するものである。サチュレーター部34から出力される値が、FB制振トルクTfb(ねじり共振を抑制するための動力伝達機構への入力トルクの一つ)となる。
【0046】
ゲインマップ35は、PID制御量算出部31で算出される各フィードバック補正量のゲイン(フィードバックゲイン)を設定するための特性が規定されたマップである。ゲインマップ35には、少なくとも車輪5のスリップ率とフィードバックゲインとの関係が規定される。ここで、スリップ率とフィードバックゲインとの関係を、
図5(A)に例示する。フィードバックゲインは、スリップ率が小さいほど大きく設定され、スリップ率が大きいほど小さく設定される。
【0047】
本実施例のゲインマップ35には、車輪5のスリップ率とブレーキ力とフィードバックゲイン(比例項ゲインkp,積分項ゲインki,微分項ゲインkd)との三者関係が規定される。ここでは、三種類のフィードバックゲインの各々について、スリップ率及びブレーキ力との関係が規定される。換言すれば、本実施例のゲインマップ35は、車輪5のスリップ率とブレーキ力と各フィードバックゲインとの関係を規定する三次元マップであり、フィードバックゲインの種類数に応じた個数(本実施例では三個)のマップが用意されている。
【0048】
ここで、スリップ率を一定値に固定した場合におけるブレーキ力と何れかのフィードバックゲインとの関係を、
図5(B)に例示する。フィードバックゲインは、ブレーキ力が小さいほど小さく設定され、ブレーキ力が大きいほど大きく設定される。なお、
図5(A),(B)に示す各フィードバックゲイン(比例項ゲインk
p,積分項ゲインk
i,微分項ゲインk
d)の大小関係やグラフ形状に特段の意味はない。
【0049】
補正係数マップ36は、フィードバックゲインに乗算される補正係数Cと電動車両1の車体速度V(または車輪速度V
w)との関係が規定されたマップである。補正係数マップ36には、例えば車体速度Vと補正係数Cとの関係が規定される。ここで、車体速度Vと補正係数Cとの関係を
図5(C)に例示する。補正係数Cは、車体速度Vが大きいほど小さく、車体速度Vが小さいほど大きく設定される。なお、
図5(C)に示すグラフ形状に特段の意味はない。
【0050】
乗算部37は、ゲインマップ35で得られた各フィードバックゲインと補正係数マップ36で得られた補正係数Cとの積を最終的な制御用フィードバックゲイン(制御用比例項ゲインKp,制御用積分項ゲインKi,制御用微分項ゲインKd)として、PID制御量算出部31に入力するものである。PID制御量算出部31は、前述のモーター側角速度ωmと制御用フィードバックゲインとに基づいて三種類のフィードバック補正量(比例項補正量,積分項補正量,微分項補正量)を算出し、これらの合計値を速度制限部32に伝達する。このように、本実施例のFB算出部30は、補正係数マップ36に基づいて得られる補正係数Cとゲインマップ35で得られた各フィードバックゲインとの乗算値を用いてFB制振トルクTfbを算出する。
【0051】
フィードバックゲイン(比例項ゲインkp,積分項ゲインki,微分項ゲインkd)の設定に係るスリップ率の算出手法としては、公知の手法を採用してもよいし、負荷側イナーシャJloadの設定に係るスリップ率と同一値を使用してもよく、負荷側イナーシャJloadの設定に係るスリップ率とは異なる値を使用してもよい。また、車体速度V及び電動車両1のヨーレートに基づいて旋回動作の影響が補正された各車輪5の基準速度Vn(すなわち、各車輪5の重心移動速度)を算出し、車輪速度Vwと基準速度Vnとに基づいてスリップ率を算出してもよい。ゲインマップ35に入力されるスリップ率の値としては、左右の各車輪5におけるスリップ率の何れか(例えば最小値や最大値)を用いてもよいし、平均値を用いてもよく、あるいは複数のスリップ率(左右二輪のスリップ率や四輪のスリップ率)に基づいて算出される値を用いてもよい。
【0052】
同様に、フィードバックゲイン(比例項ゲインkp,積分項ゲインki,微分項ゲインkd)の設定に係るブレーキ力の算出手法としては、公知の手法を採用してもよいし、負荷側イナーシャJloadの設定に係るブレーキ力と同一値を使用してもよく、負荷側イナーシャJloadの設定に係るブレーキ力とは異なる値を使用してもよい。例えば、左右の各車輪5におけるブレーキ力の何れか(例えば最小値や最大値)を用いてもよいし、平均値を用いてもよく、あるいは複数のブレーキ力(左右二輪のブレーキ力や四輪のブレーキ力)に基づいて算出される値を用いてもよい。また、左右の各車輪5におけるブレーキ力の左右差に基づいて算出される値を用いてもよい。
【0053】
また、補正係数Cの設定に際し、車体速度Vの代わりに車輪速センサー18で検出された何れかの車輪速度Vw(例えば最小値や最大値)を使用してもよいし、それらの平均値を用いてもよく、あるいは複数の車輪速度Vw及び車体速度Vに基づいて算出される値を用いてもよい。
【0054】
[3.効果]
(1)本実施例のモーター制御装置10は、動力伝達機構(減速機構3,車軸4)を介して車輪5を駆動するモーター2が搭載された電動車両1において、モーター2と車輪5及び動力伝達機構との間のねじり共振が抑制されるようにモーター2の作動状態を制御するモーター制御装置10である。このモーター制御装置10は、動力伝達機構の振動特性を表す伝達関数とモーター2の要求トルクとに基づき、ねじり共振を抑制するための動力伝達機構への入力トルクであるFF制振トルクTffを算出するFF算出部20と、FF制振トルクTffに基づきモーター2を制御する制御部40とを備える。FF算出部20は、少なくとも車輪5のスリップ状態に応じて変化する負荷側イナーシャJloadが規定されたイナーシャマップ23を有するとともに、イナーシャマップ23に基づき伝達関数に係る負荷側イナーシャJloadを設定する。
【0055】
このように、車輪5のスリップ状態に応じて変化する動力伝達機構の負荷側イナーシャJloadをイナーシャマップ23に規定しておくことで、スリップ状態における駆動系の運動状態を精度よく把握できるようになり、例えば車輪5のスリップ状態が高い場合であっても、ねじり共振が抑制されるFF制振トルクTffを精度よく算出することができる。したがって、簡素な構成でモーター2の制御性を改善できる。
【0056】
(2)本実施例のイナーシャマップ23は、車輪5のスリップ率とブレーキ力と負荷側イナーシャJloadとの関係を規定する三次元マップである。このように、負荷側イナーシャJloadを車輪5のスリップ率だけでなくその車輪5に対するブレーキ力を考慮して設定することで、負荷側イナーシャJloadの近似精度を高めることができる。したがって、FF制振トルクTffの算出精度をさらに改善でき、モーター2の制御性をさらに改善できる。
【0057】
(3)上記のスリップ率は、電動車両1の車体速度V及び車輪速度Vwに基づいて算出されうる。例えば、車輪速センサー18で検出された車輪速度Vwと車速センサー15で検出された車体速度Vとの差(Vw-V)を車体速度Vで除算することで、スリップ率が算出されうる。これにより、個々の車輪5のスリップ状態を素早くかつ精度よく把握できるようになる。したがって、モーター2の制御性をさらに改善できる。
【0058】
(4)上記の車輪速度Vwは、車輪速センサー18で検出された値であってもよいし、モーター角速度センサー17で検出されたモーター角速度ωMに基づいて算出された値であってもよい。前者の場合には、車輪5のスリップ状態を重視してモーター2の制御性を改善できる。また、後者の場合には、モーター2の現在の作動状態を重視してその制御性を改善できる。
【0059】
(5)上記の車輪速度Vwは、車体速度V及び電動車両1のヨーレートに基づいて算出された値であってもよい。すなわち、車体速度V及びヨーレートに基づいて旋回動作の影響が補正された車輪の基準速度Vnを算出し、車輪速度Vwと基準速度Vnとに基づいてスリップ率を算出してもよい。これにより、旋回中のスリップ状態における駆動系の運動状態を精度よく把握できるようになり、モーター2の制御性をさらに改善できる。
【0060】
(6)上記のFF算出部20は、モーター2に駆動される左右の車輪5(左右輪)の各スリップ率の何れか(例えば最小値や最大値)、又は、各スリップ率の平均値に基づき負荷側イナーシャJloadを設定しうる。前者の場合には、モーター2に駆動される左右輪の何れかの運動状態を重視してモーター2の制御性を改善できる。例えば、左右輪の各スリップ率の最小値に基づく負荷側イナーシャJloadの設定によれば、車輪5が実際よりもスリップしていないものと見なして駆動系の運動状態を把握できる。一方、左右輪の各スリップ率の最大値に基づく負荷側イナーシャJloadの設定によれば、車輪5が実際よりもスリップしているものと見なして駆動系の運動状態を把握できる。また、後者の場合には、モーター2に駆動される左右輪の平均的な運動状態を重視してモーター2の制御性を改善できる。
【0061】
(7)上記のブレーキ力は、モーター2に駆動される左右の車輪5(左右輪)における各ブレーキ力の最大値、又は、各ブレーキ力の左右差に基づいて算出される。これにより、車輪5に実際に作用するブレーキ力に基づいて負荷側イナーシャJloadを設定することができ、ねじり共振が抑制されるFF制振トルクTffを精度よく算出することができる。したがって、簡素な構成でモーター2の制御性をさらに改善できる。
【0062】
(8)本実施例において動力伝達機構の振動特性を表す伝達関数は、式1に示すような動力伝達機構の車軸側トルクTdsとモーター側トルクTmとの関係を表す伝達関数である。このように、動力伝達機構をタイヤ線形領域における二慣性バネマスダンパーでモデル化することで、動力伝達機構(減速機構3及び車軸4)のトルク振動状態を精度よく把握することができる。したがって、モーター2の制御性をさらに改善できる。
【0063】
[4.その他]
上記の実施例はあくまでも例示に過ぎず、本実施例で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施例の各構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施できる。また、本実施例の各構成は必要に応じて取捨選択でき、あるいは、適宜組み合わせることができる。
【0064】
上記の実施例では、単一のモーター2を備えた電動車両1を例示したが、本件のモーター制御は左右一対のモーター2と動力分配機構としての機能を併せ持つ減速機構3とを備えた電動車両1にも適用可能である。少なくとも、ねじり共振が抑制されるようにモーター2の作動状態を制御する際に、負荷側イナーシャJloadを車輪5のスリップ状態に応じて変化させることで、上記の実施例と同様の制御を実施することができ、上記の実施例と同様の作用,効果を獲得できる。
【0065】
上記の実施例では、要求トルクを設定する車体姿勢制御装置11を例示したが、他の電子制御装置に要求トルクを設定させてもよいし、モーター制御装置10の内部で要求トルクを設定するような制御構成にしてもよい。スリップ率及びブレーキ力の算出についても同様であり、他の電子制御装置に算出させてもよいし、モーター制御装置10に算出させてもよい。