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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024134664
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】肌状態推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20240927BHJP
【FI】
G01N33/50 Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023044976
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】591230619
【氏名又は名称】株式会社ナリス化粧品
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 広之
(72)【発明者】
【氏名】森田 美穂
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 健成
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045BB24
2G045CB01
2G045CB09
2G045FA16
2G045GC30
(57)【要約】      (修正有)
【課題】本発明の課題は、低侵襲的に採取・利用できる評価対象者の肌表面の角層細胞を利用して、評価対象領域内の肌状態を簡易的に推定し、該領域内の肌状態の分布や、肌年齢の推定をすることである。
【解決手段】評価対象者の肌表面からテープストリッピングすることにより簡易的に採取した角層細胞の輪郭特徴量を角層細胞の位置情報と併せて評価し、輪郭特徴量毎に有する肌状態との相関性と照らし合わせることや、理想的な輪郭特徴量との差異を比較することで本発明を完成した。
【効果】本発明により、評価対象者の肌表面から低侵襲で簡易的に採取可能な角層細胞を用い、角層細胞の輪郭特徴量を角層細胞の位置情報と併せて解析することで、簡易的に評価対象領域内の肌年齢の推定や、該領域内の肌状態の分布を推定する方法を提供できる。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価対象者の評価対象領域の肌から位置情報を把握できる状態で角層細胞を採取する工程と、
角層細胞の位置毎の輪郭特徴量を評価する工程と、
輪郭特徴量との関連が知られる肌状態を、輪郭特徴量の評価結果と対比する工程を含む、
肌状態の分布を推定する方法。
【請求項2】
評価対象者の評価対象領域の肌から位置情報を把握できる状態で角層細胞を採取する工程と、
角層細胞の位置毎の輪郭特徴量を評価する工程と、
輪郭特徴量との関連が知られる肌状態を、輪郭特徴量の評価結果と対比する工程と、
評価対象領域内の肌状態の分布をマップとして可視化する工程を含む、
肌状態の分布を推定して俯瞰する方法。
【請求項3】
評価対象者の評価対象領域の肌から位置情報を把握できる状態で角層細胞を採取する工程と、
角層細胞の位置毎の輪郭特徴量を評価する工程と、
あらかじめ明らかにした角層細胞の輪郭特徴量と年齢との関係に基づいて、全評価位置における角層細胞の輪郭特徴量の合計値または平均値が理想値から離れるほど評価対象領域の肌年齢が高いと判断する工程を含む、
評価対象者の肌年齢の推定方法。
【請求項4】
角層細胞の輪郭特徴量が、
角層細胞の径特徴量、外形特徴量、重なり特徴量、および径特徴量・外形特徴量・重なり特徴量それぞれの不揃い度特徴量から選ばれる特徴量の1種以上より得られる評価値である、請求項1~2のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
角層細胞の輪郭特徴量が、
角層細胞の長径、短径、円形率、真円率、正六角形率、重なり距離、重なり面積、重なり率、重心間距離、および、これらいずれかのばらつきから選ばれる特徴量の1種以上より得られる評価値である、請求項1~2のいずれか一項に記載の方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角層細胞を分析することで肌状態を推定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
肌(皮膚)は人体が外気と接する表層から順に表皮、真皮、皮下組織の3層から構成されている。表皮は、ケラチノサイト(角化細胞)という細胞からなり、真皮に近い深部から基底層、有棘層、顆粒層、角層(角質層)にさらに分類される。表皮では分裂と分化によりケラチノサイトが基底層から角層に向けて押し上げられながら角層細胞になり、角層最表層ではいわゆる垢として剥がれ落ちる。
【0003】
角層は、肌の最表面に存在し、低侵襲的に測定が可能となることから、これまでも肌状態の推定において、利用が検討されてきた。特に、角層細胞の輪郭特徴量を利用することで、様々な肌状態を推定することが可能となっている(特許文献1)。また、角層細胞の採取に関しては、テープで部分的に採取することが一般的だが、大きなテープを使い、顔の広範囲から角層細胞を採取し、分析する手法も提案されている(特許文献2、特許文献3)。
【0004】
また、自分の肌状態を評価・推定し、把握することは、スキンケア手法の選択等において重要である。これまで肌状態を簡易的に評価・推定する上では、例えば全顔を評価対象領域とする場合、主に頬など、限られた領域の評価結果を代表値として評価対象領域の肌状態を評価していたが、実際には肌の位置毎に肌状態に違いがあり、限られた領域の評価結果に基づき広範囲の肌状態を推定することは難しい。例えば、全顔の画像を取得し、画像情報から肌状態を推定する手法もあるが、光があたる向きや強さなどによって推定結果が左右されるなど、課題もあり、特別な設備や機器なしに広範囲の肌状態を簡易的に推定するのはこれまで困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特願2022-143364号
【特許文献2】特開2021-71454号公報
【特許文献3】特開2021-71455号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、低侵襲的に採取・利用できる評価対象者の肌表面の角層細胞を利用して、評価対象領域内の肌状態を簡易的に推定し、該領域内の肌状態の分布や、肌年齢の推定をすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討した結果、評価対象者の肌表面からテープストリッピングすることにより採取した角層細胞の輪郭特徴量を角層細胞の位置情報と併せて評価し、輪郭特徴量毎に有する肌状態との相関性と照らし合わせることや、理想的な輪郭特徴量との差異を比較することで本発明を完成した。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、評価対象者の肌表面から低侵襲的に採取可能な角層細胞を用い、角層細胞の輪郭特徴量を角層細胞の位置情報と併せて解析することで、簡易的に評価対象領域内の肌年齢の推定や、該領域内の肌状態の分布を推定する方法を提供でき、例えば、評価対象者の手元に専用の機器がなくとも、自宅でテープを評価対象領域内に貼ることで採取した角層細胞を解析機関に送るだけで各種の肌状態の推定が可能になる。さらに、推定結果をマップとして可視化し、俯瞰することで、評価対象領域内の広範な結果を誰でも視覚的に容易に理解でき、評価対象領域内の実際の肌の状態や画像情報など、二次元情報と容易に対比することが可能となる。具体的には、評価対象者が結果を容易に理解し、自身の肌状態を把握できたり、評価対象者の肌の画像などの情報と、出力されたマップを見比べることで、どのような状態の肌がどのように推定されたかの確認や、推定結果と肌状態との新たな関連性の発見につながるといった利点が考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】角層細胞の長径と短径を算出する方法に関する図である。
図2】角層細胞の正六角形率を算出する方法に関する図である。
図3】角層細胞の重なり距離を算出する方法に関する図である。
図4】角層細胞の重なり面積と重なり率を算出する方法に関する図である。
図5】角層細胞の円形率のマッピング例に関する図である。
図6】経皮水分蒸散量のマッピング例に関する図である。
図7】残差平方和半顔平均が加齢に伴い増加することを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
角層細胞の輪郭情報から得られる特徴量である輪郭特徴量と、肌状態特徴量(肌状態)との関連性を調査したところ、角層細胞の輪郭特徴量毎に、肌状態特徴量との特有の相関を示し、角層細胞の輪郭特徴量と肌状態特徴量には密接な関係があることが明らかとなった(特願2022-143364)。これらの見出した関係性を利用し、評価対象領域内の角層細胞の輪郭特徴量を解析することで、評価対象領域内の肌状態の分布を推定して俯瞰することが可能となる。
【0011】
角層細胞の輪郭特徴量と肌状態とに相関関係があれば、それはどちらか一方が変化すれば、他方も変化する関係が成り立っているといえるため、その相関関係に基づいて、角層細胞の輪郭特徴量を指標とすることで、肌状態を推定することができるようになる。例えば、角層細胞の輪郭特徴量としての円形率と、肌状態としての経皮水分蒸散量に負の相関がある場合、円形率が高い肌ほど、経皮水分蒸散量が低いと推定することができ、全顔の角層細胞を採取し、全顔の位置毎の円形率の違いを評価することで、全顔において、相対的に円形率が高い位置と低い位置を把握することができ、同時に円形率が高い位置は顔の中で経皮水分蒸散量が低い位置、円形率が低い位置は経皮水分蒸散量が高い位置と推定することができる。
【0012】
また、20代から60代までの全顔の角層細胞を採取し、その位置毎に、20代の角層細胞の各輪郭特徴量を理想値として把握すると、角層細胞の各輪郭特徴量の理想値との差の合計値の、全位置の平均値は、加齢に伴い増加することが分かった。この結果を利用することで、顔の一点だけではなく、顔全体の肌年齢を簡易的に推定することができる。
【0013】
本発明において輪郭特徴量(角層細胞の輪郭特徴量)とは、角層細胞の輪郭情報から読み取れる面積以外の特徴量を指し、径特徴量、外形特徴量、重なり特徴量、および径特徴量・外形特徴量・重なり特徴量それぞれの不揃い度特徴から選ばれる特徴量の1種以上より得られる評価値のことを指し、例えば、上記のうちの1種のみの特徴量を用いても良いし、2種以上の特徴量を選択し、合計値や平均値など、その2種より導出できる評価値を輪郭特徴量として把握してもよい。
【0014】
角層細胞の輪郭特徴量である径特徴量とは、角層細胞の中心(重心、もしくは内心、もしくは外心)を通り、両端が角層細胞の輪郭上にある線分、もしくは角層細胞を楕円近似した際に、楕円の中心を通り、両端が楕円輪郭上にある線分である径の長さの特徴量である。最長の径を長径、最短の径を短径とする。本発明で指標とする角層細胞の長径及び短径の測定方法は特に限定されないが、例えば、図1に示すように、2つの同心円で角層細胞を内側と外側から挟んだ場合に、2つの同心円の間隔が最小となる外接円及び内接円の直径を測定し、それぞれを長径、短径とすることで求められる。もしくは図1に示すように角層細胞を楕円近似して、楕円の長径と短径を角層細胞の長径と短径として把握することもできる。
【0015】
角層細胞の輪郭特徴量である外形特徴量とは、角層細胞の輪郭情報から読み取ることができる、面積を除く形状に関する特徴量であり、円形率、真円率、正六角形率が含まれる。円形率は角層細胞の輪郭形状の複雑さを表す数値であり測定方法は特に限定されないが、一般的には円形率は下記数1(Sは角層細胞の面積、Lは角層細胞の周囲長)で表され、値が高いほど形状が複雑ではない、すなわち円形率が高いと把握される。真円率は幾何学的に正しい円からの狂いの大きさを表す数値であり、測定方法は特に限定されないが、例えば段落0014で求めた角層細胞の長径と短径の比率や差が小さいほど真円率が高いと把握することができる。正六角形率は角層細胞を正六角形に近似した際の近似率を示し、測定方法は特に限定されないが、例えば、図2に示すように角層細胞と同じ面積を持つ正六角形の重心を揃えて重ね、最も重複面積が広くなるように回転させた際の、重複率を正六角形率として把握することができる。なお、重複率は図2において斜線範囲で示される共通部の面積を、太線で示される角層細胞輪郭もしくは破線で示される正六角形で囲まれる面積で除することで算出することができる。
【0016】
【数1】
【0017】
角層細胞の輪郭特徴量である重なり特徴量とは、隣り合った細胞同士の重なりの程度に関する特徴量を指す。この重なり特徴量は、肌表面側を上とした際に上下関係にある細胞間の剥離がうまくいかないことにより、テープストリッピングの際に複数層の角層細胞がまとめて剥がれてしまう重層度や重層剥離量(これまで利用されてきたほぼ単層で剥離してくる角層細胞に対する重層して剥離する角層細胞の程度)に関する特徴量とは異なるものである。3枚以上の細胞が重なりあう場合にも、重なりあう2細胞が複数組あると捉えて、それぞれの組み合わせ毎に重なりが存在すると判断できる。重なり特徴量には重なり距離、重なり面積、重なり率、重心間距離が含まれる。重なり距離は、ある角層細胞が隣り合った他の角層細胞と重なっている部分の幅を表す距離である。具体的には、例えば、図3に示すように、2つの角層細胞の輪郭が重なる2点(図中A、B)を結ぶ直線(図中で破線で示した線)を引いた場合に、当該直線と平行を成し、かつ、当該直線と垂直な方向に掛けて最遠な重なり部分の2点をそれぞれ通る、2本の平行直線(図中C、D)の間の距離である。なお、3点以上が重なる場合は、もっとも離れた2点を、輪郭が重なる2点とみなす。重なり面積は、角層細胞が隣り合った他の角層細胞と重なっている範囲の面積である。図4に重なり面積および重なり率について図示する。まず図4の角層細胞の重なり面積を算出する場合、例えば、重なりあう2細胞の輪郭から、斜線範囲で示す重なり部分の面積を重なり面積として把握できる。次に重なり率について、重なり率は、角層細胞の面積に対し、隣り合った他の角層細胞と重なっている部分の面積の割合である。図4をもとに角層細胞の重なり率を算出する場合、例えば、角層細胞面積に対する、斜線範囲で示す重なり部分の面積の割合を算出することができる。この際、重なり部分が一つであるのに対し、角層細胞は二つ(A、B)あるため、それぞれの角層細胞面積を基準とした重なり率として、一組の重なりの組み合わせ毎に二つの重なり率が得られる。もしくは、重なり部分の面積から、二つの角層細胞の面積の平均値を除することで、一組の重なりの組み合わせについて一つの重なり率として把握することもできる(図4参照)。重心間距離は重なり合う2細胞それぞれの重心の間の距離を指す。角層細胞の重心は、角層細胞が厚み一定の、二次元の平面図形であるとみなした際の重心(中心)を指す。
【0018】
角層細胞の輪郭特徴量である径特徴量・外形特徴量・重なり特徴量それぞれの不揃い度特徴量とは、角層細胞の径特徴量・外形特徴量・重なり特徴量を同一位置内から複数測定した際に生じるばらつきのことであり、変動係数や標準偏差、標準誤差などから選択できる。径特徴量・外形特徴量・重なり特徴量それぞれの不揃い度特徴量には、長径のばらつき、短径のばらつき、円形率のばらつき、真円率のばらつき、正六角形率のばらつき、重なり距離のばらつき、重なり率のばらつきが含まれる。径特徴量・外形特徴量・重なり特徴量それぞれの不揃い度特徴量を算出する際には、例えば同一位置で10個以上の角層細胞の径特徴量・外形特徴量・重なり特徴量を算出し、それぞれの変動係数や標準偏差、標準誤差を求めることで径特徴量・外形特徴量・重なり特徴量それぞれの不揃い度特徴量とすることができる。
【0019】
また、上述の角層細胞の各輪郭特徴量の2種以上を合計もしくは平均した値も角層細胞の輪郭特徴量としてみなせるし、それぞれの値を標準化するなどして加工して用いても良い。
【0020】
本発明において指標とする角層細胞の輪郭特徴量の把握・数値化の方法は特に限定されない。例えば、テープストリッピングで角層細胞を評価対象領域より採取して、染色することで輪郭を明瞭化し、顕微鏡で観察・撮影することで把握が可能となる。数値化に際しては、取得した角層画像中の各細胞の輪郭を手書きでなぞる、もしくは自動的に角層細胞の輪郭を抽出するアルゴリズムを使用し、角層細胞の輪郭特徴量の数値化を行うことができる。
【0021】
解析対象となる角層細胞は正確に輪郭を測定できるものが望ましく、ちぎれ、折れ曲がりなどがあることにより、ターンオーバーにより肌表面に現れた直後の輪郭を正確に把握できない角層細胞は解析対象外とすることが望ましい。また、テープストリッピングで角層細胞を採取した際に、深さ方向に複数枚の角層細胞が重なって、重層剥離の状態で採取される際など、最表面の角層細胞を選択的に測定できない場合は解析対象から除外することが望ましい。
【0022】
角層細胞の輪郭特徴量との関連が知られる肌状態とは、角層細胞の輪郭特徴量の測定値と連動して変化する、物理的な状態、光学的な状態、成分存在状態などに関する肌の状態を指し、例えば、特願2022-143364にて角層細胞の輪郭特徴量との相関が示された肌状態(肌状態特徴量)のことを指す。
【0023】
本発明では位置情報を把握できる状態で角層細胞を採取するが、位置情報とはその角層細胞が採取前に存在していた位置を指す。例えば、頬、額、顎からそれぞれ角層細胞を採取した際に、どの角層細胞を肌のどの部位から採取してきたのかを把握しておけば、位置情報を把握できる状態で角層細胞を採取したとみなせる。把握する位置情報の規模は特に問われず、個々の細胞の規模でありうる他、例えば、評価対象領域を頬の5cm四方の領域とした場合に、その中を1cm四方の領域に細分化することで生じる区画の規模や、評価対象領域を顔全体とした場合に、頬、額、顎など、肌状態の把握の目的に応じて意味を持つ範囲の規模でありうる。
【0024】
角層細胞の位置情報の把握方法は特に問われず、例えば、複数個所からテープストリッピングで角層細胞を採取し、採取したそれぞれの角層細胞がどの位置から採取したのかを把握しておき、それぞれの角層細胞の位置情報としても良いし、一枚のテープ中で、そのテープのどの位置が、肌のどの位置の角層細胞を採取したかを把握することで、角層細胞の位置情報とすることもできる。
【0025】
個々の細胞の規模より大きく、複数の細胞を含む規模で把握された位置毎の解析に必要な角層細胞数としては、同一人物同一位置でも角層細胞の輪郭特徴量には多少のばらつきが生じるため、同一位置で、複数の角層細胞を解析することが望ましく、10個以上、可能であれば50個以上、さらには100個以上の角層細胞を解析することがよりいっそう望ましい。
【0026】
本発明における評価対象領域は特に限定されず、顔の特定領域でもよいし、顔以外の肌の一定領域でもよい。また、評価対象領域の大きさについても特に限定されず、例えば、頬、額、顎を含む顔の全体を評価対象領域としても良いし、目尻など、全顔の一部分など、より狭い領域を評価対象領域としても良い。
【0027】
本発明におけるマップとは、評価対象領域の推定結果を理解しやすいように2次元的に展開したものであり、例えば、ヒートマップのように数値データを各位置情報に従って2次元表面に割り当てて、数値に依存して色分けをしたり、色の濃淡をつけることによって可視化する手法があげられる。また、位置情報依存的に数値を一列に並べることでマップとして把握してもよい。
【0028】
本発明において俯瞰するとは、一部ではなく、全体像を把握することを指し、例えば、「評価対象領域内の肌状態を俯瞰する」と表現する場合、評価対象領域内の一部の肌状態を把握するだけではなく、評価対象領域内全体の肌状態を把握すること指す。俯瞰的に肌状態を把握することで、一部の把握だけでは分からない、評価対象領域内における肌状態の分布や相対的な位置の差、経時変化、異なる評価対象者間の差などの理解が容易になる。より具体的には、俯瞰的に肌状態を把握することで、変化や差異がある位置の特定、外れ値やノイズのような本質的ではない評価値の特定、評価結果のクラスタリングなどが可能となる。
【0029】
本発明における肌年齢とは、実際の年齢ではなく、肌の老化の指標であり、肌年齢が高い人ほど肌の老化が進んでいるとみなす。肌年齢の目安としては、同年齢の平均的な老化度の肌をその年齢の肌年齢とし、例えば、40歳の複数の被験者の肌年齢を推定した際に、その群の中で平均的な老化度の肌の被験者の肌年齢を40歳とし、実際の年齢に関わらず、より肌の老化度が高ければ、肌年齢は高くなり、より肌の老化度が低ければ、肌年齢は低くなる。
【0030】
評価対象者の肌年齢の推定においては、評価対象者の評価対象領域の肌から位置情報を把握できる状態で角層細胞を採取する工程と、角層細胞の位置毎の輪郭特徴量を評価する工程と、あらかじめ明らかにした角層細胞の輪郭特徴量と年齢との関係に基づいて、全評価位置における角層細胞の輪郭特徴量の合計値または平均値が理想値から離れるほど評価対象領域の肌年齢が高いと判断する工程を含むが、これは、全評価位置における角層細胞の輪郭特徴量の合計値または平均値が理想値から離れるほど評価対象領域の肌年齢が理想値より高いことを明らかとした、段落0042から段落0052に示す実施例に基づく発明である。
【0031】
角層細胞の輪郭特徴量の理想値は、理想とする肌の角層細胞の輪郭特徴量を指し、例えば、20歳の特定の被験者の角層細胞の輪郭特徴量、10代の複数の被験者の角層細胞の輪郭特徴量の平均などが理想値になりうる。本推定方法では理想値とのギャップを把握することで肌年齢を推定するため、例えば40代の被験者の角層細胞の輪郭特徴量を理想値として設定し、理想値より肌年齢が若い評価対象者の肌年齢を推定した場合、40代より若い年齢として推定されることはなく、正確な推定ができない。すなわち、理想値は評価対象者より肌年齢が低いと考えられる被験者の角層細胞の輪郭特徴量により決定されるべきである。
【0032】
肌年齢の推定においては、例えば複数の評価対象者を比較して、どちらの方が肌年齢が高いと推定することもできるし、あらかじめ明らかにした角層細胞の輪郭特徴量と年齢との相関関係等に基づき、肌年齢を直接的に推定しても良いし、20代、30代、40代など、肌の年代として推定しても良く、様々な推定方法が可能となる。
【0033】
本発明の方法は、人体より角層細胞を取り出す方法を含むが、肌美容を目的とした方法であり、医療行為を含まない概念、すなわち人間を手術、治療又は診断する方法を含まない概念、より具体的には医師又は医師の指示を受けた者が人間に対して手術、治療又は診断を実施する方法を含まない概念である。
【実施例0034】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。
【0035】
〔肌状態分布の推定と俯瞰〕
30代の評価対象者について、まず、洗顔を行い、その後22℃50%の恒温恒湿室内にて15分間馴化した。154区画に分割された、皮膚成分採取シート(特開2021-71455参照)を、左半顔全体に、位置情報が分かるように、具体的には鼻の位置を定めて貼付し、はがすことで、左半顔全体の角層細胞を採取した。採取した角層細胞が付着した皮膚成分採取シートを染色液(アミドブラック0.1%、酢酸9%、酢酸ナトリウム0.9%、水90%)に24時間浸したのち、水道水で洗浄した。顕微鏡(BZ-X700、KEYENCE)を用いて、皮膚成分採取シートの一区画につき48枚の画像を取得、100個以上の角層細胞を選択し、得られた角層細胞画像より、選択された各角層細胞の輪郭を抽出し、輪郭情報から角層細胞の円形率を求めた。輪郭抽出の対象となる角層細胞の選択から輪郭特徴量の測定までの一連の流れは、特開2023-13783に記載の情報処理方法を用いて実施した。円形率は、数1に当てはめることで算出した。
【0036】
区画毎に算出された円形率を、それぞれの位置情報に基づき、顔の位置毎の測定値として図5のように顔上のマップとして把握した。図5では円形率が高い領域を黒、低い領域を白で示している。例えば、肌において、円形率と経皮水分蒸散量は負の相関があり(特願2022-143364参照)、円形率が高い領域は経皮水分蒸散量が低く、円形率が低い領域は経皮水分蒸散量が高いと推定することが可能であることから、図5において領域が黒いほど経皮水分蒸散量が高く、領域が白いほど経皮水分蒸散量が低いと推定できる(図6)。この推定結果を俯瞰することで、例えば、図6のマップから、本評価対象者は、額など顔の上部で相対的に経皮水分蒸散量が低く、バリア機能が高いと考察することが可能となる。このように、本発明によれば、評価対象者の評価対象領域の肌から位置情報を把握できる状態で採取した角層細胞の位置毎の輪郭特徴量と、角層細胞の輪郭特徴量との関連が知られる肌状態を対比した結果をマップとして可視化することにより、評価対象領域内の肌状態の分布を推定して俯瞰することが可能となる。
【0037】
本実施例はあくまで例示として、円形率と経皮水分蒸散量の相関を利用することで、経皮水分蒸散量の分布を推定して俯瞰する流れを示したが、角層細胞の輪郭特徴量との関連が知られる肌状態を、角層細胞の輪郭特徴量の評価結果と対比することができれば、異なる角層細胞の輪郭特徴量と肌状態の組み合わせでも実施することが可能である。例えば、特願2022-143364で関連が示された以下の角層細胞の輪郭特徴量と肌状態の相関関係を利用することができる。
【0038】
〔1〕角層細胞の輪郭特徴量である長径と肌状態である経皮水分蒸散量の負の相関。
〔2〕角層細胞の輪郭特徴量である短径と肌状態である経皮水分蒸散量の負の相関。
〔3〕角層細胞の輪郭特徴量である円形率と肌状態である経皮水分蒸散量の負の相関。
〔4〕角層細胞の輪郭特徴量である真円率と肌状態である経皮水分蒸散量の負の相関。
〔5〕角層細胞の輪郭特徴量である正六角形率と肌状態である経皮水分蒸散量の負の相関。
〔6〕角層細胞の輪郭特徴量である重なり面積と肌状態である経皮水分蒸散量の負の相関。
〔7〕角層細胞の輪郭特徴量である円形率のばらつきと肌状態である経皮水分蒸散量の正の相関。
〔8〕角層細胞の輪郭特徴量である真円率のばらつきと肌状態である経皮水分蒸散量の正の相関。
〔9〕角層細胞の輪郭特徴量である正六角形率のばらつきと肌状態である経皮水分蒸散量の正の相関。
〔10〕角層細胞の輪郭特徴量である円形率と肌状態である角層水分量の負の相関。
〔11〕角層細胞の輪郭特徴量である真円率と肌状態である角層水分量の負の相関。
〔12〕角層細胞の輪郭特徴量である正六角形率と肌状態である角層水分量の負の相関。
〔13〕角層細胞の輪郭特徴量である重なり距離と肌状態であるコラーゲン量の負の相関。
〔14〕角層細胞の輪郭特徴量である長径のばらつきと肌状態であるコラーゲン量の正の相関。
〔15〕角層細胞の輪郭特徴量である円形率と肌状態であるポルフィリン量の負の相関。
〔16〕角層細胞の輪郭特徴量である正六角形率と肌状態であるポルフィリン量の負の相関。
〔17〕角層細胞の輪郭特徴量である円形率のばらつきと肌状態であるポルフィリン量の正の相関。
〔18〕角層細胞の輪郭特徴量である重なり距離のばらつきと肌状態であるシミ量の正の相関。
〔19〕角層細胞の輪郭特徴量である重なり率のばらつきと肌状態であるシミ量の正の相関。
〔20〕角層細胞の輪郭特徴量である円形率と肌状態である彩度の負の相関。
〔21〕角層細胞の輪郭特徴量である真円率と肌状態である彩度の負の相関。
〔22〕角層細胞の輪郭特徴量である正六角形率と肌状態である彩度の負の相関。
〔23〕角層細胞の輪郭特徴量である円形率と肌状態である赤みの負の相関。
〔24〕角層細胞の輪郭特徴量である真円率と肌状態である赤みの負の相関。
〔25〕角層細胞の輪郭特徴量である正六角形率と肌状態である赤みの負の相関。
〔26〕角層細胞の輪郭特徴量である円形率のばらつきと肌状態である赤みの正の相関。
〔27〕角層細胞の輪郭特徴量である真円率のばらつきと肌状態である赤みの正の相関。
〔28〕角層細胞の輪郭特徴量である正六角形率のばらつきと肌状態である赤みの正の相関。
〔29〕角層細胞の輪郭特徴量である重なり率のばらつきと肌状態である弾力の負の相関。
〔30〕角層細胞の輪郭特徴量である長径のばらつきと肌状態である経皮水分蒸散量の正の相関。
〔31〕角層細胞の輪郭特徴量である短径のばらつきと肌状態である経皮水分蒸散量の正の相関。
〔32〕角層細胞の輪郭特徴量である円形率と肌状態である角層厚の正の相関。
〔33〕角層細胞の輪郭特徴量である真円率と肌状態であるシミ量の負の相関。
〔34〕角層細胞の輪郭特徴量である短径のばらつきと肌状態である赤みの正の相関。
〔35〕角層細胞の輪郭特徴量である短径のばらつきと肌状態である赤みの正の相関。
〔36〕角層細胞の輪郭特徴量である真円度と肌状態であるたるみの外向性度の正の相関。
【0039】
上記の例示は、特願2022-143364において、79人の肌状態との測定および、角層細胞の輪郭特徴量の評価により算出された、以下表1および表2に示す相関係数に基づくものである。
【0040】
【表1】
【0041】
【表2】
【0042】
〔肌年齢の推定〕
76人(年代:20代 ~ 60代、性別:女性・男性)の被験者について、まず、洗顔を行い、その後22℃50%の恒温恒湿室内にて15分間馴化した。154区画に分割された、皮膚成分採取シート(特開2021-71455参照)を、左半顔全体に、位置情報が分かるように、具体的には鼻の位置を定めて貼付し、はがすことで、左半顔全体の角層細胞を採取した。採取した角層細胞が付着した皮膚成分採取シートを染色液(アミドブラック0.1%、酢酸9%、酢酸ナトリウム0.9%、水90%)に24時間浸したのち、水道水で洗浄した。顕微鏡(BZ-X700、KEYENCE)を用いて、皮膚成分採取シートの一区画につき48枚の画像を取得、100個以上の角層細胞を選択し、得られた角層細胞画像より、選択された各角層細胞の輪郭を抽出し、輪郭情報から角層細胞の輪郭特徴量を測定し、被験者の角層細胞の各指標の平均値を求めた。
【0043】
輪郭抽出の対象となる角層細胞の選択から輪郭特徴量の測定までの一連の流れは、特開2023-13783に記載の情報処理方法を用いて実施した。本情報処理における、角層細胞の輪郭情報からの、輪郭特徴量の算出方法は以下のとおりである。
【0044】
長径及び短径は、角層細胞を楕円近似して、楕円の長径と短径を角層細胞の長径と短径として把握した。
【0045】
円形率は、上記数式1に当てはめることで算出した。真円率は短径の値を長径の値で除することで求めた。正六角形率は、角層細胞と同じ面積を持つ正六角形の重心を揃えて重ね、最も重複面積が広くなるように正六角形を回転させた際の、重複率を正六角形率として把握した。
【0046】
重なり特徴量の測定においては、3枚以上の細胞が重なりあう場合にも、重なりあう2細胞が複数組あると捉えて、それぞれの組み合わせ毎に重なりが存在すると判断し、重なりあう2細胞の組み合わせ毎に測定を行った。重なり距離は、図3に示すように、2つの角層細胞が重なり始める2点(図中A、B)を結ぶ直線を引いた場合に、当該直線と平行を成し、かつ、当該直線と垂直な方向に掛けて最遠な重なり部分の2点をそれぞれ通る、2本の平行直線の間の距離を測定することで把握した。重なり面積は、重なりあう2細胞の輪郭から、重なっている部分の面積を重なり面積として把握した。重なり率は、角層細胞の面積に対する重なり面積の割合として求めた。重心間距離は重心間の距離から求めた。
【0047】
このようにして、角層細胞の輪郭特徴量として、長径、短径、円形率、真円率、正六角形率、重なり距離、重なり率、重なり面積、重心間距離を求めた。
【0048】
角層細胞の輪郭特徴量毎に、全被験者の全位置の平均値と標準偏差を計算し、各測定値から平均値を減じ、標準偏差で除した値を、標準化値とした。このように標準化値に変換することで、それぞれの輪郭特徴量のもともとの大きさに関わらず、平均値0、標準偏差1の標準正規分布にのっとるように、すべての輪郭特徴量のスケールを揃えた。
【0049】
20代の全被験者の、角層細胞の位置毎の各輪郭特徴量の標準化値の平均値を、位置毎の各輪郭特徴量の理想値とした。また、30代、40代、50代のそれぞれの年代の全被験者の位置毎の各輪郭特徴量の標準化値の平均値を求めた。
【0050】
それぞれの角層細胞の輪郭特徴量について、各年代の標準化値の平均値と理想値との差を残差とする。この時、各輪郭特徴量の残差の二乗の合計値は残差平方和となる。左半顔で採取した、全154点の残差平方和の平均値を残差平方和半顔平均とする。この時、残差平方和半顔平均は30代で7.22、40代で8.18、50代で8.69となり、加齢に伴い増加することが分かった。この結果は、角層細胞の輪郭特徴量の標準化値を顔全体で見ると、加齢に伴い理想値からより離れた値となることを示す。
【0051】
この結果を利用すると、例えば、評価対象者の残差平方和半顔平均を求めることで、評価対象者の肌年齢がどの年代に近いかや、検量線を作成して、肌年齢を推定することも可能となる。例えば、残差平方和半顔平均が7.5の評価対象者の場合、30代の肌年齢に最も近いが、30代の中では高めの肌年齢であると推定することもできるし、図7より検量線を作成することで、38歳の肌年齢であると推定することもできる。

【0052】
同様の年齢依存的な残差平方和半顔平均は、角層細胞の輪郭特徴量として、長径、円形率、正六角形率の組み合わせや、円形率、重心間距離、重なり距離の組み合わせなどでも見られることなどから、角層細胞の任意の輪郭特徴量指標の組み合わせは年齢依存的に理想値から離れていくことが分かる。また、角層細胞の各輪郭特徴量指標単一でも、同様の年齢依存的な傾向が見られ、単一の輪郭特徴量の評価からも同様の評価は可能であるが、組み合わせることで、より高い相関係数が得られ、正確な肌年齢の推定が可能となる。このことより、評価対象者の評価対象領域の肌から位置情報を把握できる状態で採取した角層細胞の位置毎の輪郭特徴量と、あらかじめ明らかにしておいた評価対象領域の皮膚から位置情報を把握できる状態で採取した角層細胞の位置毎の輪郭特徴量と年齢との関係を対比することで評価対象者の評価対象領域の肌年齢を推定することが可能となった。










図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7