IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ セイコーエプソン株式会社の特許一覧

特開2024-134717積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体
<>
  • 特開-積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体 図1
  • 特開-積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体 図2
  • 特開-積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体 図3
  • 特開-積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体 図4
  • 特開-積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体 図5
  • 特開-積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体 図6
  • 特開-積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体 図7
  • 特開-積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体 図8
  • 特開-積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体 図9
  • 特開-積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体 図10
  • 特開-積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体 図11
  • 特開-積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体 図12
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024134717
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/102 20220101AFI20240927BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240927BHJP
   B22F 1/105 20220101ALI20240927BHJP
   B22F 10/14 20210101ALI20240927BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20240927BHJP
   B33Y 40/00 20200101ALI20240927BHJP
   B33Y 80/00 20150101ALI20240927BHJP
【FI】
B22F1/102
B22F1/00 S
B22F1/105
B22F10/14
B33Y70/00
B33Y40/00
B33Y80/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023045060
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179475
【弁理士】
【氏名又は名称】仲井 智至
(74)【代理人】
【識別番号】100216253
【弁理士】
【氏名又は名称】松岡 宏紀
(74)【代理人】
【識別番号】100225901
【弁理士】
【氏名又は名称】今村 真之
(72)【発明者】
【氏名】松本 康享
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018BA13
4K018BC28
4K018BC29
(57)【要約】
【課題】繰り返し熱処理に供された場合でも、良好な耐熱性を有する積層造形用粉末およびその製造方法、ならびに、前記積層造形用粉末を有する積層造形体を提供すること。
【解決手段】焼結により金属焼結体となる積層造形体の製造に用いられる積層造形用粉末であって、金属材料を含有する造形用粒子と、前記造形用粒子の表面に設けられ、疎水性官能基を持つカップリング剤に由来する化合物を含む被膜と、を備え、前記造形用粒子の表面についてX線光電子分光法(XPS)による元素分析を行ったとき、Si含有率が15原子%以上40原子%以下であることを特徴とする積層造形用粉末。
【選択図】図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼結により金属焼結体となる積層造形体の製造に用いられる積層造形用粉末であって、
金属材料を含有する造形用粒子と、
前記造形用粒子の表面に設けられ、疎水性官能基を持つカップリング剤に由来する化合物を含む被膜と、
を備え、
前記造形用粒子の表面についてX線光電子分光法(XPS)による元素分析を行ったとき、Si含有率が15原子%以上40原子%以下であることを特徴とする積層造形用粉末。
【請求項2】
前記金属材料は、Siを含有するFe基金属材料である請求項1に記載の積層造形用粉末。
【請求項3】
前記造形用粒子は、
前記金属材料で構成されているコア部と、
前記コア部の表面を被覆し、Siを含有する被覆部と、
を有する請求項1に記載の積層造形用粉末。
【請求項4】
前記被覆部は、酸化ケイ素を含有する請求項3に記載の積層造形用粉末。
【請求項5】
前記疎水性官能基は、環状構造含有基、フルオロアルキル基またはフルオロアリール基である請求項1ないし4のいずれか1項に記載の積層造形用粉末。
【請求項6】
大気雰囲気下、200℃で72時間加熱する加熱処理に供された後、層状に敷き詰められた状態で、θ/2法により25℃で測定された水の接触角が、80°以上150°以下である請求項5に記載の積層造形用粉末。
【請求項7】
レーザー回折式粒度分布測定装置により体積基準での粒度分布を取得し、頻度の累積が小径側から10%であるときの粒径をD10とし、頻度の累積が小径側から50%であるときの粒径をD50とし、頻度の累積が小径側から90%であるときの粒径をD90とするとき、
粒径D50が、1.0μm以上15.0μm以下であり、
比(D90-D10)/D50が、0.8以上2.7以下である請求項1または2に記載の積層造形用粉末。
【請求項8】
焼結により金属焼結体となる積層造形体の製造に用いられる積層造形用粉末の製造方法であって、
金属材料を含有する造形用粒子の表面に、疎水性官能基を持つカップリング剤を反応させ、前記カップリング剤に由来する化合物を含む被膜を形成する工程を有し、
前記造形用粒子の表面についてX線光電子分光法(XPS)による元素分析を行ったとき、Si含有率が15原子%以上40原子%以下であることを特徴とする積層造形用粉末の製造方法。
【請求項9】
前記金属材料は、Siを含有しており、
前記金属材料で構成されている金属粒子に熱処理を施し、前記金属粒子の表面にSiを析出させ、前記造形用粒子を得る工程を有する請求項8に記載の積層造形用粉末の製造方法。
【請求項10】
前記造形用粒子は、前記金属材料で構成されているコア部と、
前記コア部の表面を被覆し、Siを含有する被覆部と、
を有し、
ALD法により、前記被覆部を形成する工程を有する請求項8に記載の積層造形用粉末の製造方法。
【請求項11】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載の積層造形用粉末と、
前記積層造形用粉末の粒子同士を結着するバインダーと、
を有することを特徴とする積層造形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
三次元の立体物を造形する技術として、近年、金属粉末を用いた積層造形法が普及しつつある。この技術は、立体物について積層方向と直交する面で薄くスライスしたときの断面形状を計算する工程と、金属粉末を層状にならして粉末層を形成する工程と、計算により求めた形状に基づいて粉末層の一部を結合させる工程と、を有し、粉末層を形成する工程と一部を結合させる工程とを繰り返すことにより、立体物を造形する技術である。
【0003】
積層造形法としては、結合させる原理に応じて、熱溶融積層法(FDM : Fused Deposition Modeling)、粉末焼結積層造形法(SLS : Selective Laser Sintering)、バインダージェット法等が知られている。
【0004】
特許文献1には、バインダージェッティング法(バインダージェット法)により、積層造形体を形成するのに用いられる積層造形用粉末であって、金属粉末と、金属粉末の粒子表面に設けられ、官能基を持つカップリング剤に由来する化合物を含む被膜と、を備える積層造形用粉末が開示されている。また、特許文献1には、積層造形用粉末の平均粒径が3.0μm以上30.0μm以下であること、および、官能基は、環状構造含有基、フルオロアルキル基またはフルオロアリール基を含有すること、が開示されている。
【0005】
そして、上記の構成によれば、金属粉が200℃、24時間という加熱条件で加熱された場合でも、再利用可能な積層造形用粉末が得られる旨、特許文献1に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2022-122503号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、バインダージェット法では、積層造形用粉末の再使用回数を厳密に管理することは困難である。具体的には、一度しか再使用されることなく、造形に使用される粒子もあれば、何回も再使用に供される粒子も含まれている。作製される積層造形体の大きさ、形状等によっては、再使用に供される粒子の量が多くなり、結果として、再使用の回数が多い粒子が生じることになる。再使用に供される回数が多くなると、粒子の表面に設けられた被膜が劣化し、積層造形用粉末の流動性が低下することが懸念される。特許文献1に記載の積層造形用粉末は、再使用の回数が多くなった場合の被膜の安定性、具体的には被膜の耐熱性において改善の余地がある。
【0008】
そこで、繰り返し熱処理に供された場合でも、良好な耐熱性を有する積層造形用粉末の実現が課題となっている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の適用例に係る積層造形用粉末は、
焼結により金属焼結体となる積層造形体の製造に用いられる積層造形用粉末であって、
金属材料を含有する造形用粒子と、
前記造形用粒子の表面に設けられ、疎水性官能基を持つカップリング剤に由来する化合物を含む被膜と、
を備え、
前記造形用粒子の表面についてX線光電子分光法(XPS)による元素分析を行ったとき、Si含有率が15原子%以上40原子%以下である。
【0010】
本発明の適用例に係る積層造形用粉末の製造方法は、
焼結により金属焼結体となる積層造形体の製造に用いられる積層造形用粉末の製造方法であって、
金属材料を含有する造形用粒子の表面に、疎水性官能基を持つカップリング剤を反応させ、前記カップリング剤に由来する化合物を含む被膜を形成する工程を有し、
前記造形用粒子の表面についてX線光電子分光法(XPS)による元素分析を行ったとき、Si含有率が15原子%以上40原子%以下である。
【0011】
本発明の適用例に係る積層造形体は、
本発明の適用例に係る積層造形用粉末と、
前記積層造形用粉末の粒子同士を結着するバインダーと、
を有する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】積層造形体の製造方法を説明するための工程図である。
図2図1に示す積層造形体の製造方法を説明するための図である。
図3図1に示す積層造形体の製造方法を説明するための図である。
図4図1に示す積層造形体の製造方法を説明するための図である。
図5図1に示す積層造形体の製造方法を説明するための図である。
図6図1に示す積層造形体の製造方法を説明するための図である。
図7図1に示す積層造形体の製造方法を説明するための図である。
図8図1に示す積層造形体の製造方法を説明するための図である。
図9図1に示す積層造形体の製造方法を説明するための図である。
図10図1に示す積層造形体の製造方法を説明するための図である。
図11】実施形態に係る積層造形用粉末を模式的に示す断面図である。
図12】実施形態に係る積層造形用粉末の製造方法の構成を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体の好適な実施形態を添付図面に基づいて詳細に説明する。
【0014】
1.積層造形体の製造方法
まず、積層造形用粉末を用いた積層造形体の製造方法について説明する。
【0015】
図1は、積層造形体の製造方法を説明するための工程図である。図2ないし図10は、それぞれ図1に示す積層造形体の製造方法を説明するための図である。なお、図2ないし図10では、互いに直交する3つの軸として、X軸、Y軸およびZ軸を設定している。各軸は、矢印で表され、先端側を「プラス側」、基端側を「マイナス側」とする。以下の説明では、特に、Z軸のプラス側を「上」とし、Z軸のマイナス側を「下」とする。また、X軸と平行な両方向をX軸方向、Y軸と平行な両方向をY軸方向、Z軸と平行な両方向をZ軸方向という。
【0016】
図1ないし図10に示す積層造形体の製造方法は、積層造形法の一種であるバインダージェット法と呼ばれる方法であり、図1に示すように、粉末層形成工程S102と、バインダー溶液供給工程S104と、繰り返し工程S106と、を有する。バインダージェット法は、造形物を支持するサポート構造が不要であるため、複雑な形状の積層造形体を作製可能であるという利点を有する。
【0017】
粉末層形成工程S102では、図3に示すように、積層造形用粉末1を敷いて粉末層31を形成する。バインダー溶液供給工程S104では、粉末層31の所定領域にバインダー溶液4を供給し、粉末層31中の粒子同士を結着させ、結着層41を得る。繰り返し工程S106では、粉末層形成工程S102およびバインダー溶液供給工程S104を1回以上繰り返すことにより、図10に示す積層造形体6を得る。以下、各工程について順次説明する。
【0018】
作製した積層造形体6は、焼結処理に供されることにより、金属焼結体となる。得られる金属焼結体には、積層造形体の形状が反映されるため、これにより、複雑な形状の金属焼結体を効率よく製造することができる。
【0019】
1.1.積層造形装置
まず、粉末層形成工程S102の説明に先立ち、積層造形装置2について説明する。
【0020】
積層造形装置2は、粉末貯留部211および造形部212を有する装置本体21と、粉末貯留部211に設けられた粉末供給エレベーター22と、造形部212に設けられた造形ステージ23と、装置本体21上において移動可能に設けられたコーター24、ローラー25および液体供給部26と、を備えている。
【0021】
粉末貯留部211は、装置本体21に設けられ、上部が開口している凹部である。この粉末貯留部211には、積層造形用粉末1が貯留される。そして、粉末貯留部211に貯留されている積層造形用粉末1の適量が、コーター24によって造形部212へ供給されるようになっている。
【0022】
粉末貯留部211の底部には、粉末供給エレベーター22が配置されている。粉末供給エレベーター22は、積層造形用粉末1を載せた状態で、上下方向に移動可能になっている。粉末供給エレベーター22を上方に移動させることにより、この粉末供給エレベーター22に載置されている積層造形用粉末1を押し上げ、粉末貯留部211からはみ出させる。これにより、はみ出した分の積層造形用粉末1を造形部212側へ移動させることができる。
【0023】
造形部212は、装置本体21に設けられ、上部が開口している凹部である。造形部212の内部には、造形ステージ23が配置されている。造形ステージ23上には、コーター24によって積層造形用粉末1が層状に敷かれるようになっている。また、造形ステージ23は、積層造形用粉末1が敷かれた状態で、上下方向に移動可能になっている。造形ステージ23の高さを適宜設定することにより、造形ステージ23上に敷かれる積層造形用粉末1の量を調整することができる。
【0024】
コーター24およびローラー25は、粉末貯留部211から造形部212にかけて、X軸方向に移動可能になっている。コーター24は、積層造形用粉末1を引きずることにより、積層造形用粉末1を均して、層状に敷くことができる。ローラー25は、均された積層造形用粉末1を上から圧縮する。
【0025】
液体供給部26は、例えばインクジェットヘッドやディスペンサー等で構成され、造形部212において、X軸方向およびY軸方向に移動可能になっている。そして、液体供給部26は、目的とする量のバインダー溶液4を目的とする位置に供給することができる。なお、液体供給部26は、1つのヘッドに複数の吐出ノズルを備えていてもよい。そして、複数の吐出ノズルからバインダー溶液4を同時または時間差を伴って吐出するようになっていてもよい。
【0026】
1.2.粉末層形成工程
次に、上述した積層造形装置2を用いた粉末層形成工程S102について説明する。粉末層形成工程S102では、造形ステージ23上に積層造形用粉末1を敷いて粉末層31を形成する。具体的には、図2および図3に示すように、コーター24を用い、粉末貯留部211に貯留している積層造形用粉末1を造形ステージ23上に引きずり、均一な厚さに均す。これにより、図4に示す粉末層31を得る。この際、造形ステージ23の上面を、造形部212の上端よりも下げるとともに、下げる量を調整することにより、粉末層31の厚さを調整することができる。
【0027】
次に、粉末層31をローラー25で厚さ方向に圧縮しながら、図4に示すように、ローラー25をX軸方向に移動させる。これにより、粉末層31における積層造形用粉末1の充填率を高めることができる。なお、ローラー25による圧縮は、必要に応じて行えばよく、省略してもよい。また、ローラー25とは異なる手段、例えば押さえ板等により、粉末層31を圧縮するようにしてもよい。
【0028】
1.3.バインダー溶液供給工程
バインダー溶液供給工程S104では、図5に示すように、液体供給部26により、粉末層31のうち、造形しようとする積層造形体6に対応する形成領域60にバインダー溶液4を供給する。バインダー溶液4は、バインダーと、溶媒または分散媒と、を含有する液体である。バインダー溶液4が供給された形成領域60には、図6に示す結着層41が得られる。結着層41では、積層造形用粉末1の粒子同士がバインダーによって結着され、自重によって壊れない程度の保形性を有している。
【0029】
なお、バインダー溶液4の供給と同時または供給後に、結着層41を加熱するようにしてもよい。これにより、バインダー溶液4に含まれる溶媒や分散媒の揮発を促進するとともに、バインダーの固化または硬化による粒子同士の結着を促進する。なお、バインダーが光硬化性樹脂や紫外線硬化性樹脂を含む場合には、加熱に代えて、または、加熱とともに光照射や紫外線照射を行うようにすればよい。
【0030】
加熱する場合の加熱温度は、特に限定されないが、50℃以上250℃以下であるのが好ましく、70℃以上200℃以下であるのがより好ましい。これにより、結着層41に十分な熱量を与えることができ、溶媒や分散媒の揮発を十分に促進することができる。
【0031】
バインダー溶液4は、積層造形用粉末1の粒子同士を結着可能な成分を有する液体であれば、特に限定されない。一例として、バインダー溶液4が含む溶媒または分散媒としては、例えば、水、アルコール類、ケトン類、カルボン酸エステル類等が挙げられ、これらのうちの少なくとも1種を含む混合液であってもよい。また、バインダー溶液4が含むバインダーとしては、例えば、脂肪酸、パラフィンワックス、マイクロワックス、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリル系樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル、ステアリン酸、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレングリコール(PEG)、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ビニル系樹脂、不飽和ポリエステル系樹脂、フェノール系樹脂等が挙げられる。
【0032】
1.4.繰り返し工程
繰り返し工程S106では、結着層41を複数積層してなる積層体が、所定の形状になるまで、粉末層形成工程S102およびバインダー溶液供給工程S104を1回以上繰り返す。つまり、これらの工程を合計で2回以上行う。これにより、図10に示す、立体的な積層造形体6を得る。
【0033】
具体的には、まず、図6に示す結着層41の上に、図7に示すように、新たな粉末層31を形成する。次に、図8に示すように、新たに形成した粉末層31のうち、形成領域60にバインダー溶液4を供給する。これにより、図9に示す2層目の結着層41が得られる。これらの操作を繰り返すことにより、図10に示す積層造形体6が得られる。
【0034】
なお、粉末層31のうち、結着層41を構成しなかった積層造形用粉末1は回収され、必要に応じて再使用、すなわち再び積層造形体6の製造に供される。
以上のようにして得られた積層造形体6は、後述する焼結処理に供される。
【0035】
1.5.金属焼結体の製造方法
積層造形体6に焼結処理を施すことにより、金属焼結体が得られる。焼結処理では、積層造形体6を加熱し、焼結反応を生じさせる。
【0036】
焼結温度は、積層造形用粉末1の構成材料や粒径等によって異なるが、一例として、980℃以上1330℃以下であるのが好ましく、1050℃以上1260℃以下であるのがより好ましい。また、焼結時間は、0.2時間以上7時間以下であるのが好ましく、1時間以上6時間以下であるのがより好ましい。
【0037】
焼結処理の雰囲気は、例えば、水素等の還元性雰囲気、窒素、アルゴンのような不活性雰囲気、またはこれらの雰囲気を減圧した減圧雰囲気等が挙げられる。減圧雰囲気の圧力は、常圧(100kPa)未満であれば、特に限定されないが、10kPa以下であるのが好ましく、1kPa以下であるのがより好ましい。
【0038】
なお、上記のような条件で行う焼結処理を「本焼結」とするとき、必要に応じて積層造形体6に対し、本焼結の前処理に相当する「仮焼結」または「脱脂」を行うようにしてもよい。これにより、積層造形体6に含まれるバインダーの少なくとも一部を除去したり、一部に焼結反応を生じさせたりすることができる。これにより、本焼結を行うとき、意図しない変形等を抑制することができる。
【0039】
仮焼結や脱脂の温度は、金属粉末が焼結を完了させない程度の温度であれば、特に限定されないが、100℃以上500℃以下であるのが好ましく、150℃以上300℃以下であるのがより好ましい。また、仮焼結や脱脂の時間は、前記温度範囲で、5分以上であるのが好ましく、10分以上120分以下であるのがより好ましく、20分以上60分以下であるのがさらに好ましい。仮焼結や脱脂の雰囲気は、例えば、大気雰囲気、窒素、アルゴンのような不活性雰囲気、またはこれらの雰囲気を減圧した減圧雰囲気等が挙げられる。
【0040】
以上のようにして得られる金属焼結体は、例えば、自動車用部品、自転車用部品、鉄道車両用部品、船舶用部品、航空機用部品、宇宙輸送機用部品のような輸送機器用部品、パソコン用部品、携帯電話端末用部品、タブレット端末用部品、ウェアラブル端末用部品のような電子機器用部品、冷蔵庫、洗濯機、冷暖房機のような電気機器用部品、工作機械、半導体製造装置のような機械用部品、原子力発電所、火力発電所、水力発電所、製油所、化学コンビナートのようなプラント用部品、時計用部品、金属食器、宝飾品、眼鏡フレームのような装飾品の全体または一部を構成する材料として用いることができる。
【0041】
2.積層造形用粉末
次に、実施形態に係る積層造形用粉末について説明する。
図11は、実施形態に係る積層造形用粉末を模式的に示す断面図である。
【0042】
本実施形態に係る積層造形用粉末1は、前述したバインダージェット法のような各種の積層造形法に用いられる粉末である。
【0043】
図11に示す積層造形用粉末1は、金属材料を含有する造形用粒子11と、造形用粒子11の表面を覆う被膜12と、を含む表面被覆粒子13を複数有する。被膜12は、疎水性官能基を持つカップリング剤に由来する化合物を含む。このような表面被覆粒子13を有する積層造形用粉末1は、造形用粒子11の表面についてX線光電子分光法(XPS)による元素分析を行ったとき、Si含有率が15原子%以上40原子%以下である。XPSによる元素分析で測定されたSi含有率が前記範囲内である表面被覆粒子13は、カップリング剤に由来する化合物との結合性に優れるため、造形用粒子11と被膜12との密着性に優れる。したがって、このような表面被覆粒子13で構成された積層造形用粉末1は、繰り返し熱処理に供された後でも、良好な耐熱性を有する。つまり、再利用に適する積層造形用粉末1を実現することができる。
【0044】
また、前述したSi含有率は、17原子%以上35原子%以下であるのが好ましく、20原子%以上30原子%以下であるのがより好ましい。
【0045】
なお、Si含有率が前記下限値を下回ると、造形用粒子11と被膜12との密着性が低下する。このため、積層造形用粉末1が熱処理に繰り返し曝された場合、疎水性官能基によって被膜12に与えられる疎水性が損なわれる。その結果、積層造形用粉末1の流動性が低下し、良好な粉末層31を形成することができなくなる。一方、Si含有率が前記上限値を上回る場合、積層造形用粉末1の表面近傍におけるSi含有率が過剰になる。その結果、作製した積層造形体6に焼結処理を施したとき、過剰なSiが焼結を阻害する等して、金属焼結体の機械的特性や密度等が低下する。
【0046】
XPSによる元素分析は、以下の条件で行うことができる。
・X線光電子分光装置:サーモフィッシャーサイエンティフィック社製 ESCALAB250
・X線源 :AlKα線
・試料へのX線入射角:45°
【0047】
なお、前述したXPSによる元素分析では、表面被覆粒子13に向けて照射されたX線によって、造形用粒子11の表面近傍から光電子が放出される。X線光電子分光装置では、この光電子の運動エネルギーを測定して、表面近傍の元素分析を行う。被膜12は、非常に薄いため、XPSによる元素分析結果には、ほとんど影響を及ぼさない。このため、表面被覆粒子13についての分析結果は、造形用粒子11の表面の分析結果とみなすことができる。なお、被膜12やその他の付着物の影響をより確実に排除するため、XPSによる元素分析に先立って、表面被覆粒子13に対し、スパッタリング処理を施すようにしてもよい。スパッタリング処理には、アルゴンイオンが好ましく用いられ、処理時間は30秒間とする。
【0048】
2.1.造形用粒子
造形用粒子11が含有する金属材料は、特に限定されず、焼結性を有している材料であれば、いかなる材料であってもよい。一例としては、Fe、Ni、Co、Ti等の単体、またはこれらを主成分とする合金、金属間化合物等が挙げられる。
【0049】
造形用粒子11が含有する金属材料には、Fe基金属材料が好ましく用いられる。Fe基金属材料は、原子数比でFeの含有率が50%超である金属材料を指す。Fe基金属材料は、入手が容易であるとともに、機械的特性に優れる金属焼結体の製造が可能である。
【0050】
また、Fe基金属材料は、Siを含有することが好ましい。Fe基金属材料がSiを含む場合、Siが表面に析出して酸化物を形成する傾向がある。このため、Fe基金属材料がSiを含有する場合、造形用粒子11の表面に意図的にSiを添加しなくても、表面にSiが偏析した造形用粒子11を容易に得ることができる。
【0051】
図11に示す造形用粒子11は、一例として、コア部112と、コア部112の表面を被覆し、Siを含有する被覆部114と、を有する。コア部112は、例えば、Siを含有するFe基金属材料、つまり、Siを構成成分として含むFe基合金等である。一方、被覆部114は、Fe基金属材料中のSiが表面に偏析してなるSi偏析部である。
【0052】
このような被覆部114が存在することにより、前述したSi含有率を粒子表面全体で満足する造形用粒子11を実現することができる。その結果、造形用粒子11と被膜12との密着性が特に良好な表面被覆粒子13が得られる。
【0053】
なお、被覆部114は、上記のようなSiの偏析によって形成されたものであってもよいが、外部からの供給によって形成されたものであってもよい。外部からの供給とは、例えば、気相成膜法、液相成膜法等による成膜が挙げられる。これにより、前述したSi含有率を満足する被覆部114を容易に形成することができる。この場合、被覆部114は、例えば、ケイ素、酸化ケイ素、窒化ケイ素、炭化ケイ素等を含有しているのが好ましく、酸化ケイ素を含有しているのがより好ましい。このような被覆部114は、Siが偏析するのに伴って金属材料の組成が意図せず変化してしまうのを抑制できる。また、酸化ケイ素は、化学的に安定しているため、加熱処理や吸湿等に伴う金属材料の変性を抑制できる。
【0054】
Fe基金属材料としては、例えば、フェライト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、析出硬化系ステンレス鋼、オーステナイト・フェライト系(二相系)ステンレス鋼のようなステンレス鋼、低炭素鋼、炭素鋼、耐熱鋼、ダイス鋼、高速度工具鋼、Fe-Ni合金、Fe-Ni-Co合金等が挙げられる。
【0055】
このうち、Fe基金属材料には、ステンレス鋼が好ましく用いられる。ステンレス鋼は、機械的強度および耐食性に優れる鋼種である。このため、ステンレス鋼で構成された積層造形用粉末1を用いることにより、機械的強度および耐食性に優れ、形状精度の高い金属焼結体を効率よく製造することができる。
【0056】
オーステナイト系ステンレス鋼としては、例えば、SUS301、SUS301L、SUS301J1、SUS302B、SUS303、SUS304、SUS304Cu、SUS304L、SUS304N1、SUS304N2、SUS304LN、SUS304J1、SUS304J2、SUS305、SUS309S、SUS310S、SUS312L、SUS315J1、SUS315J2、SUS316、SUS316L、SUS316N、SUS316LN、SUS316Ti、SUS316J1、SUS316J1L、SUS317、SUS317L、SUS317LN、SUS317J1、SUS317J2、SUS836L、SUS890L、SUS321、SUS347、SUSXM7、SUSXM15J1等が挙げられる。
【0057】
フェライト系ステンレス鋼としては、例えば、SUS405、SUS410L、SUS429、SUS430、SUS430LX、SUS430J1L、SUS434、SUS436L、SUS436J1L、SUS445J1、SUS445J2、SUS444、SUS447J1、SUSXM27等が挙げられる。
【0058】
マルテンサイト系ステンレス鋼としては、例えば、SUS403、SUS410、SUS410S、SUS420J1、SUS420J2、SUS440A等が挙げられる。
【0059】
析出硬化系ステンレス鋼としては、例えば、SUS630、SUS631等が挙げられる。
【0060】
オーステナイト・フェライト系(二相系)ステンレス鋼としては、例えば、SUS329J1、SUS329J3L、SUS329J4L等が挙げられる。
【0061】
なお、上記の記号は、JIS規格に基づく材料記号である。本明細書におけるステンレス鋼の種類は、上記材料記号で区別される。
【0062】
積層造形体6は、種類の異なるステンレス鋼を含有する積層造形用粉末1を用いて製造されてもよい。積層造形体6を2つの部位に分け、一方の部位を第1のステンレス鋼を含有する積層造形用粉末1を用いて作製し、他方の部位を第2のステンレス鋼を含有する積層造形用粉末1を用いて作製するようにしてもよい。
【0063】
2.2.被膜
被膜12は、疎水性官能基を持つカップリング剤を造形用粒子11の表面に反応させることによって造膜されたものである。したがって、被膜12は、疎水性官能基を持つカップリング剤に由来する化合物を含み、疎水性官能基に由来する性質を示す。なお、被膜12は、造形用粒子11の表面全体を覆っているのが好ましいが、覆っていない部分があってもよい。
【0064】
疎水性官能基としては、例えば、環状構造含有基、フルオロアルキル基、フルオロアリール基、ニトロ基、アシル基、シアノ基等を含有するものが挙げられる。このうち、疎水性官能基は、環状構造含有基、フルオロアルキル基またはフルオロアリール基であるのが好ましい。これらは、被膜12に対して特に高い耐熱性も付与する。これにより、熱処理に繰り返し曝された後でも、疎水性を維持し、吸湿を抑制できるため、良好な流動性を維持し得る積層造形用粉末1を実現することができる。
【0065】
環状構造含有基は、環状構造を持つ官能基である。環状構造含有基としては、例えば、芳香族炭化水素基、脂環式炭化水素基、環状エーテル基等が挙げられる。
【0066】
芳香族炭化水素基は、芳香族炭化水素から水素を除いた残基であり、炭素数は、6以上20以下であるのが好ましい。芳香族炭化水素基としては、例えば、アリール基、アルキルアリール基、アミノアリール基、ハロゲン化アリール基等が挙げられる。アリール基としては、例えば、フェニル基、トリル基、キシリル基、ナフチル基、インデニル基等が挙げられる。アルキルアリール基としては、例えば、ベンジル基、メチルベンジル基、フェネチル基、メチルフェネチル基、フェニルベンジル基等が挙げられる。
【0067】
脂環式炭化水素基は、脂環式炭化水素から水素を除いた残基であり、炭素数は、3以上20以下であるのが好ましい。脂環式炭化水素基としては、例えば、シクロアルキル基、シクロアルキルアルキル基等が挙げられる。シクロアルキル基としては、例えば、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等が挙げられる。シクロアルキルアルキル基としては、例えば、シクロペンチルメチル基、シクロヘキシルメチル基等が挙げられる。
【0068】
環状エーテル基としては、例えば、エポキシ基、3,4-エポキシシクロヘキシル基、オキセタニル基等が挙げられる。
【0069】
フルオロアルキル基は、1つ以上のフッ素原子で置換されている炭素数1以上16以下のアルキル基または炭素数3以上16以下のシクロアルキル基である。特にフルオロアルキル基は、パーフルオロアルキル基であるのが好ましい。
【0070】
フルオロアリール基は、1つ以上のフッ素原子で置換されている炭素数6以上20以下のアリール基である。特にフルオロアリール基は、パーフルオロアリール基であるのが好ましい。
【0071】
これらの疎水性官能基は、比較的良好な耐熱性を有している。したがって、これらの疎水性官能基を持つカップリング剤に由来する化合物を含む被膜12は、高温環境下でも変性しにくい。このため、表面被覆粒子13は、高温環境を経ても疎水性を維持し、吸湿しにくいため、流動性が低下しにくい。その結果、再使用された場合でも、良好に積層可能であって、緻密で機械的強度および寸法精度の高い積層造形体6を製造可能な積層造形用粉末1が得られる。
【0072】
また、これらの疎水性官能基は、良好な疎水性を有している。したがって、これらの疎水性官能基を持つカップリング剤に由来する化合物を含む被膜12は、積層造形用粉末1に対し、多湿環境下でも優れた流動性をもたらす。
【0073】
被膜12の平均厚さは、特に限定されないが、100nm以下であるのが好ましく、0.5nm以上50nm以下であるのがより好ましく、1nm以上10nm以下であるのがさらに好ましい。これにより、被膜12を維持するのに必要な膜厚を確保することができる。なお、被膜12の平均厚さは、例えば、積層造形用粉末1の粒子断面を透過電子顕微鏡で観察したとき、観察像から取得した被膜12の膜厚を5点以上で平均した値である。
【0074】
また、被膜12は、前述した化合物の分子が複数層、例えば2層以上10層以下の層数で重なった多層膜であってもよいが、前述した化合物による単分子膜であるのが好ましい。単分子膜である被膜12では、その厚さを最小限に抑えることができる。その結果、被膜12の占有率が低く、造形用粒子11の占有率が高い積層造形体6を得ることができる。このような積層造形体6は、焼結処理時の収縮率を抑えられるため、寸法精度の高い金属焼結体を得られる点で有用である。
【0075】
なお、単分子膜は、カップリング剤の自己組織化により形成された膜である。すなわち、カップリング剤によれば、造形用粒子11の表面に親和性を有する分子が表面上に緻密に並ぶことで、分子1つ分の厚さの膜を効率よく形成することができる。
【0076】
被膜12が単分子膜であるか否かは、例えば、X線光電子分光法とイオンスパッタリングとを併用した、深さ方向の定性定量分析によって特定することができる。具体的には、カップリング剤に由来する成分の濃度を深さ方向に沿って調べる。そして、カップリング剤に由来する成分の濃度が高くなっている領域が、カップリング剤の分子サイズ以下であれば、被膜12が単分子膜であると評価することができる。
【0077】
なお、被膜12には、上記化合物以外の任意の成分が含まれていてもよいが、その場合、上述した効果を確実に得るという観点において、上記化合物の質量比率が50%超であることが好ましく、70%以上であることがより好ましく、90%以上であることがさらに好ましい。
【0078】
2.2.積層造形用粉末の各種特性
次に、積層造形用粉末1の各種特性について説明する。
【0079】
2.2.1.粒度分布
本実施形態に係る積層造形用粉末1について、レーザー回折式粒度分布測定装置により体積基準で粒度分布を得たとき、頻度の累積が小径側から10%であるときの粒径をD10とする。同様に、頻度の累積が小径側から50%、90%であるときの粒径をD50、D90とする。粒度分布の測定装置としては、例えば、日機装株式会社製マイクロトラック、HRA9320-X100が挙げられる。
【0080】
積層造形用粉末1の粒径D50は、好ましくは1.0μm以上15.0μm以下とされ、より好ましくは3.0μm以上12.0μm以下とされ、さらに好ましくは4.0μm以上10.0μm以下とされる。これにより、積層造形用粉末1の焼結性と流動性の双方を両立させることができる。その結果、緻密で機械的強度および造形精度の高い積層造形体6を得ることができ、それを用いて最終的に高密度で表面精度の高い金属焼結体を製造することができる。
【0081】
なお、粒径D50が前記下限値を下回ると、積層造形用粉末1の粒子同士が凝集しやすくなるおそれがある。凝集が発生すると、積層造形用粉末1の流動性が低下し、金属焼結体の密度が低下するおそれがある。一方、粒径D50が前記上限値を上回ると、積層造形用粉末1の焼結性が低下し、金属焼結体の密度が低下するおそれがある。
【0082】
粒径D50に対する粒径D90とD10との差の比(D90-D10)/D50は、0.8以上2.7以下であるのが好ましく、1.0以上2.4以下であるのがより好ましく、1.2以上2.2以下であるのがさらに好ましい。これにより、積層造形用粉末1の粒径が比較的揃った状態となり、流動性を高めやすくなるとともに、焼結性も確保することができる。なお、比(D90-D10)/D50が前記下限値を下回ると、粒度分布が広がることになり、流動性が低下するおそれがある。一方、比(D90-D10)/D50が前記上限値を上回った場合、逆に粒度分布が狭すぎて、充填率を高めにくくなり、焼結性が低下するおそれがある。
【0083】
2.2.2.水の接触角
本実施形態に係る積層造形用粉末1は、大気雰囲気下、200℃で72時間加熱する加熱処理に供された後、層状に敷き詰められた状態で測定される水の接触角が80°以上150°以下であることが好ましく、90°以上140°以下であることがより好ましく、100°以上130°以下であることがさらに好ましい。
【0084】
このような水の接触角を示す積層造形用粉末1は、熱処理に繰り返し供された場合でも、凝集しにくく、流動性が高い粉末である。したがって、かかる積層造形用粉末1は、複数回の再使用に供された場合でも、充填性に優れる。これにより、複数回再使用した積層造形用粉末1を用いた場合でも、緻密で機械的強度および寸法精度の高い積層造形体6が得られる。そして、このような積層造形体6に焼結処理を施すことで、相対密度、機械的強度および寸法精度に優れる金属焼結体を製造可能な積層造形体6が得られる。
【0085】
また、水の接触角が前記範囲内にある積層造形用粉末1は、バインダー溶液4との親和性に優れる。このため、積層造形用粉末1を敷いて粉末層31を形成した後、バインダー溶液4を供給したとき、粉末層31の形成領域60にバインダー溶液4が浸透しやすくなる。これにより、形成領域60にバインダー溶液4を均一に浸透させることができるので、寸法精度の高い積層造形体6を製造することができる。
【0086】
なお、水の接触角が前記下限値を下回ると、積層造形用粉末1が吸湿して凝集しやすくなり、流動性が低下するおそれがある。一方、水の接触角は前記上限値を上回ってもよいが、その場合、疎水性が大きすぎるため、バインダー溶液4の組成によっては、バインダー溶液4の浸透性が低下するおそれがある。そうすると、積層造形体6の均質性が低下するおそれがある。
【0087】
積層造形用粉末1における水の接触角の測定は、以下の手順で行える。まず、積層造形用粉末1に対し、大気雰囲気下、200℃で72時間加熱する加熱処理を施す。次に、両面テープを平坦面上に貼り付ける。次に、加熱処理を経た積層造形用粉末1を両面テープ上に敷き詰める。両面テープには、例えば、日東電工株式会社製、ポリエステル粘着テープNo.31B、総厚0.080mmタイプが用いられる。そして、板状の部材により、敷き詰められた積層造形用粉末1を軽く押さえつける。次に、余分な積層造形用粉末1をエアーブロワーで吹き飛ばす。これにより、接触角測定用の試験体が得られる。エアーブロワーとしては、例えば、カメラ等のクリーニングに用いられる手動式エアーブロワーが挙げられる。そして、エアーブロワーの先端を、試験体から3cm離した位置に固定し、3回ブローする。
【0088】
次に、協和界面科学株式会社製、接触角測定装置、DropMaster500により、試験体についての水の接触角をθ/2法により測定する。測定条件は、気温25℃、相対湿度50%±5%とする。また、水の滴下量を3μLとし、着滴後5秒後に測定する。
【0089】
3.積層造形用粉末の製造方法
次に、実施形態に係る積層造形用粉末の製造方法について説明する。
【0090】
図12は、実施形態に係る積層造形用粉末の製造方法の構成を示す工程図である。なお、以下の説明では、前述した積層造形用粉末1を製造する方法の一例として説明する。
【0091】
図12に示す積層造形用粉末の製造方法は、造形用粒子11を準備する粉末準備工程S202と、被膜12を形成する被膜形成工程S204と、を有する。
【0092】
3.1.粉末準備工程
粉末準備工程S202では、造形用粒子11として用いる金属粉末を準備する。
【0093】
金属粉末は、いかなる製造方法で製造されたものであってもよく、例えばアトマイズ法により製造される。アトマイズ法では、溶融金属を坩堝から流下させ、高速で噴射された液体または気体のような流体に衝突させる。流体に衝突した溶融金属は、惰性落下するので、その際に液滴の球形化が図られる。その結果、比較的小径であるにもかかわらず、円形度が高く、比表面積が比較的小さい金属粉末を製造することができる。
【0094】
アトマイズ法には、冷却媒の種類や装置構成の違いによって、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、回転水流アトマイズ法等がある。
【0095】
溶融金属の流下量は、装置サイズ等によって異なるが、1.0[kg/分]超20.0[kg/分]以下であるのが好ましく、2.0[kg/分]以上10.0[kg/分]以下であるのがより好ましい。これにより、一定時間に流下する溶融金属の量を最適化することができるので、粒度分布が狭く、それぞれ球形化が十分に図られた金属粉末を効率よく製造することができる。その結果、比較的小径であるにもかかわらず、円形度が高く、比表面積が比較的小さい金属粉末を製造することができる。
【0096】
坩堝における溶融金属の温度(鋳込み温度)は、積層造形用粉末の構成材料の融点Tm[℃]に対し、Tm+100℃以上Tm+350℃以下に設定されるのが好ましく、Tm+180℃以上Tm+320℃以下に設定されるのがより好ましく、Tm+250℃以上Tm+300℃以下に設定されるのがさらに好ましい。これにより、各種アトマイズ法で微細化されて固化に至るとき、溶融金属として存在している時間を従来よりも長く確保することができる。その結果、小径でも、円形度が高く、比表面積が比較的小さい金属粉末を製造することができる。
【0097】
また、各種アトマイズ法では、溶融金属を流下させたときの細流の外径は、特に限定されないが、3.0mm以下であるのが好ましく、0.3mm以上2.0mm以下であるのがより好ましく、0.5mm以上1.5mm以下であるのがさらに好ましい。これにより、溶融金属に流体を均一に当て易くなるので、適度な大きさの液滴が均一に飛散し易くなる。その結果、上述したような平均粒径の金属粉末を、狭い粒度分布で製造することができる。
【0098】
また、製造した金属粉末に対し、必要に応じて、分級を行ってもよい。分級の方法としては、例えば、ふるい分け分級、慣性分級、遠心分級のような乾式分級、沈降分級のような湿式分級等が挙げられる。
【0099】
その後、製造した金属粉末にアニール処理(熱処理)を施してもよい。これにより、図11に示すコア部112と被覆部114とを有する造形用粒子11を効率よく製造することができる。
【0100】
アニール処理では、前述したように、金属材料が含有するSiを表面に偏析させる。したがって、粉末準備工程S202では、Siを含有する金属材料で金属粒子を構成し、この金属粒子にアニール処理を施して、表面にSiを析出させる。これにより、造形用粒子11が得られる。
【0101】
アニール処理の条件は、特に限定されないが、好ましくは、加熱温度を600℃以上1000℃以下とし、加熱時間を10分以上3時間以下とし、より好ましくは、加熱温度を700℃以上900℃以下とし、加熱時間を30分以上2時間以下とする。これにより、前述したSi含有率を満足する被覆部114をより高い確率で形成できる。なお、加熱雰囲気としては、例えば、窒素のような不活性雰囲気、大気雰囲気が挙げられる。
【0102】
一方、被覆部114を各種成膜法で形成する場合、成膜法としては、気相成膜法が好ましく用いられ、ALD(Atomic Layer Deposition)法がより好ましく用いられる。ALD法では、原子層レベルで原料を堆積させることができるので、緻密で膜厚が薄い被覆部114を形成することができる。また、ALD法では、凹部や陰になる部分への原料や酸化剤等の回り込みが良好である。このため、ALD法を用いることにより、被覆率の高い被覆部114を形成することができる。その結果、後述する被膜形成工程S204において、被膜12の被覆率も高めることができる。
【0103】
なお、粉末準備工程S202は、造形用粒子11を入手できるのであれば、上記のように製造しなくてもよい。
【0104】
3.2.被膜形成工程
被膜形成工程S204では、造形用粒子11の表面に被膜12を形成する。本工程では、疎水性官能基を持つカップリング剤を造形用粒子11に反応させる。これにより、造形用粒子11の表面にカップリング剤を付着させる。
【0105】
この操作としては、例えば、以下の3つの操作が挙げられる。
第1の操作としては、造形用粒子11とカップリング剤の双方をチャンバー内に投入した後、チャンバー内を加熱する操作が挙げられる。
【0106】
第2の操作としては、造形用粒子11をチャンバー内に投入した後、造形用粒子11を撹拌しながらチャンバー内にカップリング剤を噴霧する操作が挙げられる。
【0107】
第3の操作としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等の第1級アルコールに、水、カップリング剤、アンモニアや水酸化ナトリウム等のアルカリ溶液および造形用粒子11を入れて撹拌し、ろ過後乾燥させる操作が挙げられる。
【0108】
カップリング剤としては、例えば、シランカップリング剤、チタンカップリング剤、ジルコニウムカップリング剤等が挙げられる。
次の化学式は、シランカップリング剤の分子構造の一例である。
【0109】
【化1】
【0110】
上記式のXは官能基、Yはスペーサー、ORは加水分解性基である。なお、Rは、例えばメチル基、エチル基等である。
【0111】
スペーサーとしては、例えば、アルキレン基、アリーレン基、アラルキレン基、アルキレンエーテル基等が挙げられる。
【0112】
加水分解性基は、例えばアルコキシ基、ハロゲン原子、シアノ基、アセトキシ基、イソシアネート基等であり、このうち、アルコキシ基の場合、加水分解によってシラノールが生じる。このシラノールと造形用粒子11の表面に生じた水酸基とが反応し、カップリング剤が造形用粒子11の表面に付着する。前述したSi含有率が前記範囲内であれば、カップリング剤がムラなく均一に付着しやすくなる。その結果、被覆率が高く、単分子層に近い被膜12が得られる。
【0113】
このような加水分解性基は、カップリング剤に少なくとも1つ含まれていればよいが、2つ以上含まれているのが好ましく、上記式のように3つの加水分解性基が含まれているのがより好ましい。例えば加水分解性基がアルコキシ基であるカップリング剤は、ジアルコキシ基を含有するのが好ましく、トリアルコキシ基を含有するのがより好ましい。トリアルコキシ基を含有するカップリング剤は、造形用粒子11の表面に生じた3つの水酸基と反応する。このため、造形用粒子11に対して良好な密着性を有する。また、トリアルコキシ基を含有するカップリング剤は、造膜性にも優れるため、連続性に優れた被膜12を得ることができる。このような被膜12は、積層造形用粉末1の耐熱性および流動性をより高めるのに寄与する。
【0114】
また、トリアルコキシ基を含有するカップリング剤では、被膜12を形成後、疎水性官能基が熱分解しても、残部によって造形用粒子11の表面を覆い続けることができる。このため、疎水性の低下を抑えることができる。
【0115】
ここで、疎水性官能基を持つカップリング剤について例示する。芳香族炭化水素基を持つカップリング剤としては、例えば、
下記式(A-1)で表されるフェニルトリメトキシシラン、
【0116】
【化2】
【0117】
下記式(A-2)で表されるフェニルトリエトキシシラン、
【0118】
【化3】
【0119】
下記式(A-3)で表されるジメトキシジフェニルシラン、
【0120】
【化4】
【0121】
下記式(A-4)で表される2,2-ジメトキシ-1-フェニル-1-アザ-2-シラシクロペンタン、
【0122】
【化5】
【0123】
下記式(A-11)で表される3-フェノキシプロピルトリクロロシラン、
【0124】
【化6】
【0125】
下記式(A-12)で表されるフェニルトリアセトキシシラン、
【0126】
【化7】
【0127】
下記式(A-13)で表されるトリエトキシ(p-トリル)シラン、
【0128】
【化8】
【0129】
下記式(A-14)で表されるp-アミノフェニルトリメトキシシラン、
【0130】
【化9】
【0131】
下記式(A-15)で表されるm-アミノフェニルトリメトキシシラン、
【0132】
【化10】
【0133】
下記式(A-16)で表される((クロロメチル)フェニルエチル)トリメトキシシラン、
【0134】
【化11】
【0135】
等が挙げられる。
【0136】
環状エーテル基を持つカップリング剤としては、例えば、
下記式(A-5)で表される3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、
【0137】
【化12】
【0138】
下記式(A-6)で表される3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、
【0139】
【化13】
【0140】
下記式(A-7)で表される3-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、
【0141】
【化14】
【0142】
下記式(A-8)で表される3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、
【0143】
【化15】
【0144】
等が挙げられる。
【0145】
フルオロアルキル基を持つカップリング剤としては、例えば、
下記式(B-1)で表されるトリメトキシ(3,3,3-トリフルオロプロピル)シラン、
【0146】
【化16】
【0147】
下記式(B-2)で表されるトリメトキシ(1H,1H,2H,2H-トリデカフルオロ-n-オクチル)シラン、
【0148】
【化17】
【0149】
下記式(B-3)で表されるトリメトキシ(1H,1H,2H,2H-ノナフルオロヘキシル)シラン、
【0150】
【化18】
【0151】
等が挙げられる。
【0152】
フルオロアリール基を持つカップリング剤としては、例えば、
下記式(C-1)で表されるトリメトキシ(11-ペンタフルオロフェノキシウンデシル)シラン、
【0153】
【化19】
【0154】
下記式(C-2)で表されるペンタフルオロフェニルジメチルクロロシラン、
【0155】
【化20】
【0156】
等が挙げられる。
【0157】
カップリング剤の投入量は、特に限定されないが、造形用粒子11に対して0.01質量%以上1.00質量%以下であるのが好ましく、0.05質量%以上0.50質量%以下であるのがより好ましい。
【0158】
また、カップリング剤は、チャンバー内に静置、チャンバー内に噴霧といった方法で供給される。
【0159】
その後、カップリング剤が付着した造形用粒子11を加熱する。これにより、造形用粒子11の表面に被膜12が形成され、積層造形用粉末1が得られる。また、加熱により、未反応のカップリング剤を除去することができる。
【0160】
カップリング剤が付着した造形用粒子11の加熱温度は、特に限定されないが、50℃以上300℃以下であるのが好ましく、100℃以上250℃以下であるのがより好ましい。加熱時間は、10分以上24時間以下であるのが好ましく、30分以上10時間以下であるのがより好ましい。加熱処理の雰囲気としては、例えば、大気雰囲気、不活性ガス雰囲気等が挙げられる。
【0161】
4.前記実施形態が奏する効果
以上のように、前記実施形態に係る積層造形用粉末1は、焼結により金属焼結体となる積層造形体6の製造に用いられる積層造形用粉末であって、金属材料を含有する造形用粒子11と、造形用粒子11の表面に設けられる被膜12と、を備える。被膜12は、疎水性官能基を持つカップリング剤に由来する化合物を含む。そして、積層造形用粉末1は、造形用粒子11の表面についてX線光電子分光法(XPS)による元素分析を行ったとき、Si含有率が15原子%以上40原子%以下である。
【0162】
このような構成によれば、積層造形用粉末1では、造形用粒子11とカップリング剤に由来する化合物との結合性が良好になる。このため、繰り返し熱処理に供された後でも、良好な耐熱性を有する積層造形用粉末1が得られる。つまり、再利用に適する積層造形用粉末1を実現することができる。
【0163】
また、造形用粒子11が含有する金属材料は、Siを含有するFe基金属材料であることが好ましい。
【0164】
このような構成によれば、造形用粒子11が含むSiが表面に析出して酸化物を形成する。これにより、造形用粒子11の表面に意図的にSiを添加しなくても、表面にSiが偏析した造形用粒子11を容易に得ることができる。
【0165】
また、造形用粒子11は、コア部112と、被覆部114と、を有する。コア部112は、金属材料で構成されており、被覆部114は、コア部112の表面を被覆し、Siを含有する。
【0166】
このような構成によれば、前述したSi含有率を粒子表面全体で満足する造形用粒子11を実現することができる。その結果、造形用粒子11と被膜12との密着性が特に良好な積層造形用粉末1が得られる。
【0167】
また、被覆部114は、酸化ケイ素を含有することが好ましい。
このような構成によれば、Siが偏析するのに伴って金属材料の組成が意図せず変化してしまうのを抑制できる。また、酸化ケイ素は、化学的に安定しているため、加熱処理や吸湿等に伴う金属材料の変性を抑制できる。
【0168】
また、疎水性官能基は、環状構造含有基、フルオロアルキル基またはフルオロアリール基であることが好ましい。
【0169】
これにより、被膜12に対して特に高い耐熱性を付与できる。これにより、熱処理に繰り返し曝された後でも、疎水性を維持し、吸湿を抑制できるため、良好な流動性を維持し得る積層造形用粉末1を実現することができる。
【0170】
また、大気雰囲気下、200℃で72時間加熱する加熱処理に供された後、層状に敷き詰められた状態で、θ/2法により25℃で測定された水の接触角が、80°以上150°以下であることが好ましい。
【0171】
このような構成によれば、熱処理に繰り返し供された場合でも、凝集しにくく、流動性が高い積層造形用粉末1が得られる。かかる積層造形用粉末1は、複数回の再使用に供された場合でも、充填性に優れる。これにより、複数回再使用した積層造形用粉末1を用いた場合でも、緻密で機械的強度および寸法精度の高い積層造形体6が得られる。
【0172】
また、レーザー回折式粒度分布測定装置により体積基準での粒度分布を取得し、頻度の累積が小径側から10%であるときの粒径をD10とし、頻度の累積が小径側から50%であるときの粒径をD50とし、頻度の累積が小径側から90%であるときの粒径をD90とするとき、粒径D50が、1.0μm以上15.0μm以下であり、比(D90-D10)/D50が、0.8以上2.7以下であることが好ましい。
【0173】
このような構成によれば、積層造形用粉末1の焼結性と流動性の双方を両立させることができる。その結果、緻密で機械的強度および造形精度の高い積層造形体6を得ることができる。
【0174】
前記実施形態に係る積層造形用粉末の製造方法は、焼結により金属焼結体となる積層造形体6の製造に用いられる積層造形用粉末の製造方法であって、被膜形成工程S204を有する。被膜形成工程S204では、金属材料を含有する造形用粒子11の表面に、疎水性官能基を持つカップリング剤を反応させ、カップリング剤に由来する化合物を含む被膜12を形成する。そして、造形用粒子11の表面についてX線光電子分光法(XPS)による元素分析を行ったとき、Si含有率が15原子%以上40原子%以下である。
【0175】
このような構成によれば、造形用粒子11とカップリング剤に由来する化合物との結合性が良好な積層造形用粉末1が得られる。このような積層造形用粉末1は、繰り返し熱処理に供された後でも、良好な耐熱性を有する。したがって、積層造形用粉末1は、積層造形法における再利用に適する。
【0176】
前記実施形態に係る積層造形用粉末の製造方法は、粉末準備工程S202を有していてもよい。粉末準備工程S202では、Siを含有する金属材料で構成されている金属粒子にアニール処理(熱処理)を施し、金属粒子の表面にSiを析出させ、造形用粒子11を得る。
【0177】
このような構成によれば、表面におけるSi含有率が前記範囲内にある造形用粒子11を効率よく製造することができる。
【0178】
前記実施形態に係る積層造形用粉末の製造方法では、造形用粒子11が、金属材料で構成されているコア部112と、コア部112の表面を被覆し、Siを含有する被覆部114と、を有していてもよい。この場合、粉末準備工程S202(造形用粒子を得る工程)は、ALD法を用いて被覆部114を形成する操作を含んでいてもよい。
【0179】
ALD法では、原子層レベルで原料を堆積させることができるので、緻密で膜厚が薄い被覆部114を形成することができる。また、ALD法では、凹部や陰になる部分への原料や酸化剤等の回り込みが良好である。このため、ALD法を用いることにより、被覆率の高い被覆部114を形成することができる。その結果、被膜12の被覆率も高めることができる。
【0180】
前記実施形態に係る積層造形体6は、積層造形用粉末1と、積層造形用粉末1の粒子同士を結着するバインダーと、を有する。
【0181】
このような積層造形体6は、繰り返し熱処理に供された積層造形用粉末1を用いて製造された場合でも、緻密で機械的強度および造形精度の高いものとなる。このため、かかる積層造形体6を焼結することにより、高密度で表面精度の高い金属焼結体を効率よく得ることができる。また、積層造形に供されながら使用されなかった積層造形用粉末1の廃棄量を削減できるため、製造コストの削減を図りつつ、高品質な金属焼結体を製造することができる。
【0182】
以上、本発明の積層造形用粉末、積層造形用粉末の製造方法および積層造形体を図示の実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば本発明の積層造形用粉末および積層造形体は、前記実施形態に任意の成分が付加されたものであってもよい。
【0183】
また、本発明の積層造形用粉末の製造方法は、前記実施形態に任意の目的の工程が付加されたものであってもよい。
【実施例0184】
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
5.積層造形用粉末の製造
水アトマイズ法により、サンプルNo.1~21の積層造形用粉末に用いる金属粉末を作製した。次に、得られた金属粉末に対し、表2ないし表4に示すアニール処理または成膜処理を施した。アニール処理は、窒素雰囲気下、800℃で1時間加熱する処理である。また、成膜処理は、ALD法で酸化ケイ素を5nmの膜厚で成膜する処理である。なお、一部のサンプルNo.の金属粉末については、これらの処理のいずれも行わなかった。次に、得られた金属粉末に対し、カップリング剤を用いて被膜を形成した。これにより、積層造形用粉末を得た。積層造形用粉末に用いた金属粉末の鋼種は、表1ないし表4に示すとおりである。
【0185】
【表1】
【0186】
また、表2ないし表4に示す化学式の記号は、以下の化合物に対応している。
A-1:フェニルトリメトキシシラン
A-6:3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン
B-1:トリメトキシ(3,3,3-トリフルオロプロピル)シラン
C-1:トリメトキシ(11-ペンタフルオロフェノキシウンデシル)シラン
D-3:デシルトリメトキシシラン
D-4:オクタデシルトリメトキシシラン
D-5:ビニルトリメトキシシラン
【0187】
6.積層造形用粉末の特性の取得
各積層造形用粉末について、Si含有率、代表粒径、および、加熱処理後の水の接触角を測定した。また、測定した水の接触角については、以下の評価基準に照らして評価した。測定結果および評価結果を表2ないし表4に示す。
【0188】
A:接触角が110°以上150°以下である
B:接触角が95°以上110°未満である
C:接触角が80°以上95°未満である
D:接触角が80°未満または150°超である
【0189】
なお、表2ないし表4では、各サンプルNo.の積層造形用粉末のうち、本発明に相当するものを「実施例」、本発明に相当しないものを「比較例」とした。
【0190】
7.積層造形用粉末の評価
7.1.分散性
各積層造形用粉末について、以下の手順で水に対する分散性を評価した。
【0191】
まず、作製直後の各積層造形用粉末を純水に浸漬し、懸濁液を調製した後、手振りにより懸濁液を十分に撹拌した。次に、撹拌した懸濁液を目視にて観察し、下記の評価基準に照らして積層造形用粉末の分散性を評価することにより、粉末の疎水性を評価した。評価結果を表2ないし表4に示す。なお、表2ないし表4では、この評価結果を、加熱処理前の分散性という。
【0192】
A:分散した粉末がほとんどない(粉末の疎水性が高い)
B:わずかな粉末が分散している(粉末の疎水性がやや高い)
C:多くの粉末が分散している(粉末の疎水性がやや低い)
D:ほとんどの粉末が分散している(粉末の疎水性が低い)
【0193】
続いて、積層造形用粉末に対し、大気雰囲気下、200℃で72時間加熱する加熱処理を施した。その後、加熱直後の各積層造形用粉末を純水に浸漬し、懸濁液を調製した後、手振りにより懸濁液を十分に撹拌した。次に、撹拌した懸濁液を目視にて観察し、上記の評価基準に照らして積層造形用粉末の分散性を評価することにより、粉末の疎水性を評価した。評価結果を表2ないし表4に示す。なお、表2ないし表4では、この評価結果を、加熱処理後の分散性という。
【0194】
7.2.積層造形体の機械的強度
まず、各積層造形用粉末に対し、7.1.と同様にして加熱処理を施した。
【0195】
次に、加熱処理を施した各積層造形用粉末を用い、バインダージェット法により、直方体形状をなす積層造形体を作製した。作製した積層造形体のサイズは、長さ40mm、幅20mm、厚さ5mmであった。バインダー溶液には、ポリビニルアルコール水溶液を用いた。
【0196】
次に、作製した積層造形体について、3点曲げ試験治具を用い、曲げ荷重を測定した。そして、下記式により、積層造形体の曲げ応力σを算出した。
【0197】
【数1】
【0198】
なお、上記式において、Fは曲げ荷重、Lは3点曲げ試験治具の支点間距離、bは積層造形体の幅、hは積層造形体の厚さである。
【0199】
また、積層造形体の作製にあたっては、バインダー使用量を積層造形用粉末の70質量%とした。そして、算出結果を以下の評価基準に照らして評価した。評価結果を表2ないし表4に示す。
【0200】
A:積層造形体の機械的強度が高い(曲げ応力σが25N/cm以上である)
B:積層造形体の機械的強度がやや高い(曲げ応力σが20N/cm以上25N/cm未満である)
C:積層造形体の機械的強度がやや低い(曲げ応力σが15N/cm以上20N/cm未満である)
D:積層造形体の機械的強度が低い(曲げ応力σが15N/cm未満である)
【0201】
【表2】
【0202】
【表3】
【0203】
【表4】
【0204】
7.3.評価結果に対する考察
表2ないし表4に示すように、各実施例の積層造形用粉末は、200℃で72時間という高温で長時間に及ぶ加熱処理後でも、水に対する分散性が低かった。また、加熱処理後の積層造形用粉末を用いて作製した積層造形体は、良好な機械的強度を有していた。したがって、各実施例の積層造形用粉末は、繰り返し熱処理に供された場合でも、被膜の疎水性が良好に維持され、吸湿等に伴う流動性の低下が抑えられていることが認められた。このような結果は、各実施例の積層造形用粉末の表面においてSi含有率が最適化されていることに起因すると考えられる。
【0205】
以上のことから、本発明の積層造形用粉末は、繰り返し熱処理に供された場合でも、良好な耐熱性を有することが明らかとなった。
【0206】
8.耐熱時間の比較
表5は、構成材料が異なる2種類の基板に対し、カップリング剤による被膜を形成し、その耐熱性を比較した結果である。
【0207】
表5に示すサンプルNo.Aは、水晶で構成された基板に対し、カップリング剤による被膜を形成した被検体である。表5に示すサンプルNo.Bは、ステンレス鋼SUS630で構成された基板に対し、カップリング剤による被膜を形成した被検体である。カップリング剤には、いずれも、疎水性官能基としてフェニル基を持つシランカップリング剤を用いた。
【0208】
そして、各被検体に対し、大気雰囲気下、200℃、72時間の加熱処理を行った。そして、加熱処理前(初期)、加熱処理開始から1時間後、24時間後、48時間後、および、72時間後における被膜の状態を比較した。なお、被膜の状態は、XPSスペクトルにおける炭素原子に由来するピークの強度に基づいて評価した。つまり、各被検体における炭素原子は、カップリング剤に由来するため、そのピークの強度から被膜の残置量を評価した。なお、表5では、初期のピーク強度を1とし、各時間のピーク強度の相対値を示している。
【0209】
【表5】
【0210】
表5に示すように、サンプルNo.Aでは、72時間の加熱処理を経た後でも、炭素原子に由来するピークの強度は、加熱処理前と同等であった。したがって、サンプルNo.Aでは、加熱処理後でも被膜が十分に残っていることがわかった。なお、XPSによる元素分析で測定した、サンプルNo.Aの表面のSi含有率は、33原子%であった。
【0211】
これに対し、サンプルNo.Bでは、加熱処理の時間経過に応じて、炭素原子に由来するピークの強度が低下していた。したがって、サンプルNo.Bでは、加熱処理に伴って被膜が消失または失活していると考えられる。なお、XPSによる元素分析で測定した、サンプルNo.Bの表面のSi含有率は、10原子%以下であった。
【0212】
以上のことから、表面におけるSi含有率を最適化することで、耐熱性を高められることがわかった。
【符号の説明】
【0213】
1…積層造形用粉末、2…積層造形装置、4…バインダー溶液、6…積層造形体、11…造形用粒子、12…被膜、13…表面被覆粒子、21…装置本体、22…粉末供給エレベーター、23…造形ステージ、24…コーター、25…ローラー、26…液体供給部、31…粉末層、41…結着層、60…形成領域、112…コア部、114…被覆部、211…粉末貯留部、212…造形部、S102…粉末層形成工程、S104…バインダー溶液供給工程、S106…繰り返し工程、S202…粉末準備工程、S204…被膜形成工程
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12