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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024134727
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】溶鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21C 7/072 20060101AFI20240927BHJP
   C21C 5/52 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
C21C7/072 Z
C21C5/52
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023045071
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090273
【弁理士】
【氏名又は名称】國分 孝悦
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 言生
(72)【発明者】
【氏名】正木 陽介
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 直人
【テーマコード(参考)】
4K013
4K014
【Fターム(参考)】
4K013BA03
4K013BA12
4K013CA04
4K013CA15
4K013CD02
4K013FA00
4K014CC01
4K014CC05
4K014CD12
4K014CD18
(57)【要約】
【課題】コストの上昇を伴わない簡便な手法により、電気炉において効率よく脱りんおよび脱窒を行うことが可能な溶鋼の製造方法を提供する。
【解決手段】炉内に酸素を供給するランスと炉体の側壁に炉内で生成したスラグを排滓するための排滓口とを有する電気炉において、前記スラグをフォーミングさせながら前記スラグを排滓して溶鋼を製造する方法であって、前記電気炉の静止溶鉄面から前記ランスの先端のノズル中心位置までの鉛直方向に測った高さを、ランス先端が溶損せず、かつ排滓中もランス先端が露出しない範囲とし、酸素ガスの流量を所定範囲として酸素ガスを溶鉄面に吹き付ける条件を設け、その条件を満たす期間を酸素供給時間の60%以上とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炉内に酸素を供給するランスと炉体の側壁に炉内で生成したスラグを排滓するための排滓口とを有する電気炉において、前記スラグをフォーミングさせながら前記スラグを排滓して溶鋼を製造する方法であって、
前記電気炉の静止溶鉄面から前記ランスの先端のノズル中心位置までの鉛直方向に測った高さH(mm)と前記ランスから炉内に供給する酸素ガスの流量Q(Nm3/h)とが酸素を供給している時間の60%以上の時間にわたって、以下の式(1)および式(2)を満たすように酸素を供給して溶鋼を製造することを特徴とする溶鋼の製造方法。
{6540(Q/d)21/3<H<H1+31.25(Q/w) ・・・(1)
49.5≦Q/A≦96.5 ・・・(2)
式中、dは前記ランスのノズル出口の内径(mm)、H1は前記電気炉における静止溶鉄面から前記排滓口の下端までを鉛直方向に測った高さ(mm)、wは前記排滓口の水平方向の幅(mm)、Aは前記電気炉の傾動角0°における水平内断面積の最大値(m2)を表す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気炉を用いて低窒素鋼を製造するための溶鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼製造における脱炭素の実現に向けて、近年は環境を考慮して電気炉を用いた操業が注目されているが、不純物含有量の少ない高純度鋼を製造する際に、鋼材における代表的な不純物としてはりんと窒素が挙げられる。電気炉における脱りん方法では、酸化カルシウムを主成分とするスラグの存在下で酸素ガスによりりんを酸化し、りん酸としてスラグに吸収させる。さらに酸素ガスと溶鉄中の炭素とが反応して生じた一酸化炭素ガスによってスラグを泡立たせるフォーミングと呼ばれる現象によりスラグを膨張させ、炉の側壁に設けられた排滓口を介してスラグを炉外に排出する流滓操業と呼ばれる手段が一般的に用いられている。
【0003】
一方で、溶鋼を製造する際に、電気炉を用いて製造される鋼における主要な窒素源は大気中の窒素ガスであり、流滓操業のために排滓口を開放すると不可避的に炉内へ大気が流入する。電気炉を用いた操業において、低りん、低窒素の高純度鋼を製造するためには、流滓操業によって炉内に流入した窒素ガスの溶鉄面への拡散を防止する必要がある。
【0004】
そこで、電気炉内において溶鉄面へ窒素ガスが拡散するのを防止するための技術として、特許文献1には、アルゴンなどの不活性ガスを炉内に供給する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2022-500556号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ISIJ Int., Vol. 51,(2011) No.9, p1439-1447.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載されているような不活性ガスを使用する方法では、中空電極や不活性ガスを使用することからコストが多くかかってしまい、実用的ではないという問題点がある。
【0008】
本発明は前述の問題点を鑑み、コストの上昇を伴わない簡便な手法により、電気炉において効率よく脱りんおよび脱窒を行うことが可能な溶鋼の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、溶鉄面へ窒素ガスの拡散を防止する方法について鋭意検討し、まず、溶鉄面へ窒素ガスが供給される経路に着目した。溶鉄面への窒素ガスの拡散は、電気炉の上方から溶鉄面に向かう流れが生じる箇所で促進されると考えられる。このように上方から溶鉄面に向かう流れが生じる箇所としてはアークジェットの生じる電極近傍と、電気炉内に送酸するランス近傍とが想定される。
【0010】
本発明者らは、まず、電極近傍においては、電極を炉内の溶融スラグに浸漬するサブマージドアーク操業を行うことにより窒素ガスの吸収が抑制されることに着目した。サブマージドアーク操業においては、電極を溶融スラグに浸漬することでアークジェットがスラグ面下でのみ生じる状態とし、アークジェットと炉内の窒素ガスとの接触を物理的に遮断することによって窒素ガスの溶鉄面への供給が抑制される。
【0011】
また、本発明者らは、ランス近傍においても、サブマージドアーク操業と同様に、ランスの先端を溶融スラグに浸漬するようにして酸素ジェットと炉内の窒素ガスとの接触を遮断し、溶鉄面への窒素ガスの供給を抑制できることに着想した。このとき、酸素ガスの流量やランス先端と溶鉄面との距離によっては、ランス先端が溶損したりランス先端が露出して吸窒が進行したりすることから、これらに適切な条件が存在することを本発明者らは見出した。
【0012】
本発明は、以下のとおりである。
[1]
炉内に酸素を供給するランスと炉体の側壁に炉内で生成したスラグを排滓するための排滓口とを有する電気炉において、前記スラグをフォーミングさせながら前記スラグを排滓して溶鋼を製造する方法であって、
前記電気炉の静止溶鉄面から前記ランスの先端のノズル中心位置までの鉛直方向に測った高さH(mm)と前記ランスから炉内に供給する酸素ガスの流量Q(Nm3/h)とが酸素を供給している時間の60%以上の時間にわたって、以下の式(1)および式(2)を満たすように酸素を供給して溶鋼を製造することを特徴とする溶鋼の製造方法。
{6540(Q/d)21/3<H<H1+31.25(Q/w) ・・・(1)
49.5≦Q/A≦96.5 ・・・(2)
式中、dは前記ランスのノズル出口の内径(mm)、H1は前記電気炉における静止溶鉄面から前記排滓口の下端までを鉛直方向に測った高さ(mm)、wは前記排滓口の水平方向の幅(mm)、Aは前記電気炉の傾動角0°における水平面の断面積の最大値(m2)を表す。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、コストの上昇を伴わない簡便な手法により、電気炉において効率よく脱りんおよび脱窒を行うことが可能な溶鋼の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】電気炉の内部構造を説明するための図である。
図2】酸素ガスが溶鉄面に衝突する様子を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明する。
図1は、電気炉の内部構造を説明するための図である。図1に示すように、不図示の電源から電極3に交流電流が供給され、電極3から形成されるアークによって、炉体1の中の溶鉄2がアークスポットにおいて加熱される。炉体1の側壁部には排滓口7が設けられており、溶融スラグ6の排出等に用いられる。また、酸素ガスを供給する可動式ランス4aが排滓口7から挿入されており、マニピュレータ5はその可動範囲内で可動式ランス4aの先端部の溶鉄面からの高さや溶鉄面に対する角度を変更できる。また、本実施形態では、もう1本の可動式ランス4bが炉体1に挿入されており、固体の炭素源を供給するために用いられる。可動式ランス4bも同様に、マニピュレータ5はその可動範囲内で可動式ランス4bの先端部の溶鉄面からの高さや溶鉄面に対する角度を変更できる。
【0016】
なお、図1に示した例では、排滓口7は常時開口されているものとするが、可動式ランス4a,4bを使用しない時は、排滓口7から可動式ランス4a,4bを炉体1の外側へ出し、その間は排滓口7を閉じるようにしてもよい。つまり、酸素ガスの送酸時もしくは固体の炭素源の供給時、およびスラグの排滓時のみ排滓口7を開口するようにしてもよい。
【0017】
次に、具体的な溶鋼の製造方法について説明する。まず、炉体1には、前チャージで生成した溶鋼の一部が種湯として残されており、種湯にスクラップ、炭素源および石灰源を投入し、電極3を溶鉄面近傍まで下降して電極3の下端からアークを発生させ、可動式ランス4aから酸素ガスを吹き付けてスクラップを溶解させる。続いて、電極3からアークを発生させたまま、可動式ランス4bから固体の炭素源を供給するとともに可動式ランス4aから引き続き酸素ガスを吹き付けて脱りん、脱炭および脱窒処理を行う。このように酸素ガスを吹き付けることにより酸素が溶鉄中の炭素と反応してCOガスが発生し、溶融スラグ6がフォーミングして溶融スラグ6のスラグ面が上昇する。そして、例えばスラグ面が排滓口7の下端よりもやや高い位置まで達すると、排滓口7から溶融スラグ6が排滓される。なお、溶融スラグ6が排滓している間も溶融スラグ6はフォーミングしているため、フォーミングしている間は絶えず溶融スラグ6が排滓口7から排滓される。そして、所定時間酸素ガスを吹き付けてりん及び窒素の濃度が十分に低下した段階で出鋼孔から溶鋼を出鋼する。
【0018】
一方で、排滓口7が開口していることにより炉体1には大気が流入することから、窒素ガスが溶鉄へ吸収されることを防止する必要がある。上述したように、溶鉄面への窒素ガスの拡散は、電気炉の上方から溶鉄面に向かう流れが生じる箇所で促進されると考えられる。そこで、電極3を溶融スラグ6に浸漬することでアークジェットがスラグ面下でのみ生じる状態とし、アークジェットと炉内の窒素ガスとの接触を物理的に遮断する。
【0019】
さらに本実施形態においては、可動式ランス4aの先端を溶融スラグ6に浸漬することで酸素ガスと炉内の窒素ガスとの接触を遮断し、溶鉄面への窒素ガスの供給を抑制する。ここで、流滓操業とランス先端の浸漬とを両立させる際に、ランス先端を溶鉄面に接近させると、溶融スラグへの浸漬が担保される一方で、吹き付けた酸素ガスにより高温の溶鉄が飛散し、ランス先端が溶損してしまう可能性がある。ランスの溶損は設備保護の観点から好ましくないため、これを回避する必要がある。一方、ランス先端を溶鉄面から遠ざける過ぎると、流滓操業においては絶えず溶融スラグが炉外に流出することからランス先端を溶融スラグに浸漬させることが困難となる。
【0020】
以上より、流滓操業においては、溶融スラグに浸漬しつつランス先端の溶損を回避できるようなランス高さで酸素ガスを溶鉄面に向けて吹き付けることが重要である。なお、図1に示した例では、固体の炭素源を供給する可動式ランス4bも溶融スラグに浸漬させているが、可動式ランス4bについては溶融スラグに浸漬させなくてもよい。但し、炭素源の歩留まりという観点から可動式ランス4bも溶融スラグに浸漬させておくことが好ましい。以下、適切なランス高さについて、図2を参照しながら説明する。
【0021】
酸素ガスを吹き付けた時の溶鉄の飛散は、溶鉄に衝突したのちに反転する酸素ガスの運動エネルギーが溶鉄に伝達されることによって発生すると考えられる。衝突後の酸素ガスがランス軸と垂直な方向に反転すると仮定し、その静止溶鉄面の高さにおける流速をvt(m/s)とすると、単位体積当りの溶鉄の最大飛散高さhmax(mm)の位置エネルギーは、エネルギー保存則より下記の式(3)のように表される。
【0022】
【数1】
【0023】
式(3)中、η1は酸素ガスから溶鉄へのエネルギーの伝達効率、ρgは酸素ガスの密度(kg/m3)、ρlは溶鉄の密度(kg/m3)、θはランス軸方向と鉛直方向とのなす角度(deg)、gは重力加速度(m/s2)を表している。非特許文献1によれば、静止溶鉄面の高さにおける流速vtは、送酸によってできるキャビティの最低部における酸素ガス流速vj(m/s)とランスのノズル出口における酸素ガスの流速v0(m/s)との間で、以下の式(4)および式(5)の関係がある。
【0024】
【数2】
【0025】
式(4)および式(5)中、η2、η3はそれぞれ酸素ガスのジェットの減衰に関する係数、dはノズル出口の内径(mm)、Hは静止溶鉄面からランスのノズル中心位置までの高さ(以下、ランス先端の高さ)(mm)、dpは静止溶鉄面からキャビティ最低部までのキャビティ深さ(mm)を表している。さらにキャビティ深さdpと酸素ガスの運動エネルギーとの間には、以下の式(6)の関係が成り立つ。
【0026】
【数3】
【0027】
ランス先端への溶鉄の飛散を避けるためには、ランス先端の高さHが溶鉄の最大飛散高さhmaxよりも大きければよい。また、簡単のためランスのノズル出口における酸素ガスの流速v0をランスから供給する酸素ガスの流量Q(Nm3/h)をランスのノズル出口の断面積で除した値で代表し、hmax=Hとして式(3)から式(6)を整理すると、以下の式(7)の関係が得られる。
【0028】
【数4】
【0029】
ここでηはランス角度、ジェットの減衰、酸素ガスから溶鉄へのエネルギーの伝達率の影響を受ける係数である。本発明者らは、ランス先端の高さHと酸素ガスの流量Qとの関係を実験的に調査し、通常の操業範囲ではη=6540で近似できることを見出した。
【0030】
次に、流滓操業におけるスラグの厚みを検討するため、以下のようにスラグ体積の増減をモデル化した。フォーミングしているスラグ体積V(m3)の増加は、脱炭反応によって生じたCOガスの継続的な発生によるものであることから、単位時間当たりのスラグ体積の増加量は酸素ガスの流量Qに比例すると考えられる。また、排滓口の下端から静止スラグ面までの鉛直方向の高さをh(mm)、排滓口の水平方向の幅をw(mm)とすると、排滓口部分におけるスラグ流の鉛直方向の断面積はwh(mm2)となり、単位時間当たりのスラグ流出量はwhに比例すると考えられる。したがって適当な定数k1、k2を用いて流滓中のスラグ体積変化を、以下の式(8)のように表すことができる。
【0031】
【数5】
【0032】
式(8)より送酸に従ってスラグ体積Vが増加し、dV/dt=0なる高さまで増加すると定常となり、体積変化がなくなる。dV/dt=0となる条件は以下の式(9)に示すとおりである。
h=k(Q/w) ・・・・(9)
【0033】
ここでkは定数である。本発明者らは、上記モデルに基づき、電気炉において操業中のスラグ面の高さを測定することによってkを実験的に求めたところ、スラグ塩基度が脱りんに好適な条件(C/Sが1.2~3.5程度)である場合に、k=31.25で実際のスラグ高さを再現できることを見出した。
【0034】
以上より、電気炉内の静止溶鉄面からランス先端のノズル中心位置まで鉛直方向に測ったランス先端の高さH(mm)を、以下の式(1)の範囲とすることでランスを溶損させることなくランス先端を溶融スラグに浸漬させることを可能とする。
{6540(Q/d)21/3<H<H1+31.25(Q/w) ・・・(1)
ここでH1(mm)は、電気炉において静止溶鉄面から排滓口の下端までの鉛直方向の高さである。
【0035】
また、大気中の窒素の吸着を防止するためには、ランスの先端がスラグに浸漬した状態を長時間維持することが望ましい。そのため、送酸開始後は溶融スラグを迅速にフォーミングさせ、流滓状態を維持することが肝要である。ここで、酸素ガスの流量Qが小さくCOガスの発生量が少ないと、溶融スラグの膨張速度が小さく、ランス先端が浸漬されるまでに多くの時間を要してしまう。また、酸素ガスの流量Qが小さいと、フォーミング量が少なくなることから、流滓操業において単位時間当たりのスラグの排滓量も少なくなり、操業時間が長くなることによって操業コストが高くなる。一方、酸素ガスの流量Qが過剰になると、多量に発生したCOガスはスラグを泡立たせることなくスラグ面上に吹き抜け、ランス先端の露出につながる。
【0036】
フォーミングの状態は電気炉の静止溶鉄面の単位面積当たりのCOガスの発生量によって決まる。この観点から本発明に好適な酸素ガスの流量Qは、以下の式(2)を満足する範囲とする。
49.5≦Q/A≦96.5 ・・・(2)
式(2)中、Aは電気炉内における水平内断面積の最大値(m2)である。
【0037】
式(1)および式(2)に示す条件はランスから酸素を供給する間なるべく長期にわたって維持される必要がある。本発明者らによる実験の結果、式(1)および式(2)に示す条件が酸素を供給している時間の少なくとも60%以上となる場合に、溶鉄への吸窒が抑制され、かつ溶鉄の飛散によるランスの損傷を防止できることが分かった。
【0038】
また、本発明においては流滓状態を維持する観点からフォーミングによるスラグの膨張を阻害する因子を極力排除することが望ましい。溶融スラグの温度が高くなり過ぎると溶融スラグの粘度の低下を招き、溶融スラグに含まれる気泡が破れやすくなることからフォーミングの阻害につながる。したがって、酸素ガスはもっぱら溶鉄成分の酸化に用いられるものとし、発生したCOガスの燃焼による発熱が回避されるよう炉内に供給されることが本発明における好適な実施形態である。
【0039】
また、本実施形態では、電気炉は傾動せずに溶融スラグを排滓する例について説明したが、炉体を傾動して溶融スラグを排滓する場合にも同様に適用できる。但し、炉体を傾動している場合とそうでない場合とで静止溶鉄面およびスラグ面が変化する。電極3は炉内のほぼ中央部に位置しているため、スラグ面に対する電極3の浸漬深さはさほど変化しないが、ランスは排滓口に近い位置であることから、マニピュレータによりランス先端の高さを調整しない場合には静止溶鉄面からのランス先端の高さは大きく変化する。このため、炉体の傾動時においてもランス先端の高さHが式(1)を満たすように調整する必要がある。また、必要に応じて炉体の傾動時において電極3の高さも調整してもよい。
【0040】
以上のように、炉体を傾動して排滓口から溶融スラグを排滓する場合には、炉体の傾動時とそうでない時(傾動角が0°の時)との合計で酸素を供給している時間の少なくとも60%以上が式(1)および式(2)を満たす必要がある。ここで、炉内の溶鉄面が電極の長手方向中心軸の方向(鉛直方向)に垂直である場合を傾動角0°とする。また、酸素ガスの流量Qについても炉体の傾動時とそうでない時(傾動角が0°の時)とで式(2)を満たすものとし、Aは傾動角0°における電気炉内における水平面の断面積の最大値(m2)とする。
【0041】
また、溶融スラグの排滓が終了して炉体を傾動角0°に戻すときは、酸素ガスの供給を一時停止する。そして、炉体を戻した後に再びランス先端の高さHを調整し、酸素ガスの供給を再開するものとする。
【0042】
電気炉内における静止溶鉄面の高さは、例えば電気炉で溶解している溶鉄重量と電気炉の炉内形状および傾動角とから計算する方法があるが、光学的手法など別の手段を用いて測定することも可能である。また、本実施形態では、交流式の電気炉について説明したが、直流式の電気炉においても同様に適用が可能である。
【実施例0043】
次に、本発明の実施例について説明するが、この条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するための一条件例であり、本発明は、この実施例の記載に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する種々の手段にて実施することができる。
【0044】
図1に示す、炉殻内径が6.8mで、傾動角が0°のときの当該電気炉の水平内断面積の最大値Aが36.3m2である交流式の電気炉を用いて実験を行った。当該電気炉において、側壁部に設けられている排滓口7は水平方向の幅wが1000mm、高さが995mmであり、当該電気炉は出鋼孔側に15°、排滓口側に10°までそれぞれ傾動することが可能なものとした。また、可動式ランス4a,4bには、いずれも長さ4.1m、ノズル出口の内径dが36mmのランスを用い、静止溶鉄面からランス先端部のノズル中心位置までの鉛直方向の高さHは0~890mmの範囲で変更可能とした。
【0045】
実験では、いずれも公称出鋼量を110tとし、出鋼時に種湯を65t残す操業を行い、当該電気炉の公称出鋼量と種湯の合計重量は175tであり、本発明例、比較例ともにこの重量と等しい溶鉄を当該電気炉で溶解した。また、本発明例および比較例において当該電気炉の静止溶鉄面から排滓口7の下端までの鉛直方向に測った高さH1は、傾動角に応じて370~450mmの範囲であった。
【0046】
実験の具体的な手順としては、まず、65tの種湯にスクラップと無煙炭と脱りんのための造滓材として生石灰とを投入した。このとき生石灰の投入量は、スクラップが全量溶解した時に当該電気炉の炉内にある溶鉄量を基準として30kg/tとした。また、無煙炭はマニピュレータ5の可動式ランス4bを用いて供給した。そして、電極3を溶鉄面近傍まで下降し、電極3によるアーク通電とマニピュレータ5の可動式ランス4aからの酸素ガスの供給とによりスクラップを溶解した。その後、アーク通電を止めて溶鉄をサンプリングした。
【0047】
次に、アーク通電を再開し、マニピュレータ5の可動式ランス4bを用いて固体炭素源として無煙炭を150kg/minの速度で溶鉄中に供給しながら、同時に可動式ランス4aから酸素ガスを供給した。本発明例および比較例における酸素ガスの流量Qおよび静止溶鉄面からのランス先端の高さHは、以下の表1に示す値とした。なお、表1に記載の酸素ガス流量Qは、スクラップ溶解時も同じ流量とした。
【0048】
なお、炉体を傾動して溶融スラグを排滓した例では、炉体の傾動に伴って可動式ランス4aの角度を調整したため、静止溶鉄面からのランス先端の高さHは最大値と最小値とを示している。なお、ランス先端の高さHの最大値は、主に炉体を傾動していない時の高さであり、最小値は、主に炉体を傾動しているときの高さであるが、傾動によって溶鉄面の高さが変動し、その変動に対応するようにランス先端の高さHを調整するため、最大値及び最小値は、それぞれ非傾動時の高さ、最大傾動時の高さと一致しない場合もあった。また、静止溶鉄面の高さは、種湯と炉内に投入したスクラップの量およびアーク通電と酸素ガス供給により投入したエネルギーから炉内の溶鉄量を予測し、静止溶鉄面の高さに変換した。そして、マニピュレータ5により制御された可動式ランス4aの高さから、その計算した静止溶鉄面の高さを引くことによりランス先端の高さHを計算した。また、無煙炭と酸素ガスの供給中は、本発明例および比較例1~12において排滓口よりスラグが当該電気炉外に流出し、流滓操業となっていることを確認した。
【0049】
そして、酸素ガスを合計で875Nm3供給した時点で無煙炭と酸素ガスの供給を停止し、炉内の溶鉄をサンプリングした。採取したすべてのサンプルに対し、炭素が0.05質量%未満、りんが0.01質量%未満となっていることを化学分析により確認したのち、電気炉内の溶鉄を取鍋に出鋼した。
【0050】
本発明例および本比較例においては、吸窒の抑制効果および設備の健全性の2点から評価を行った。吸窒の抑制については送酸後のサンプルの窒素濃度を測定し、後段の設備における処理能力を加味して40ppm未満となったものは表中に○を、40ppm以上であったものについては×を付した。また、設備の健全性については、出鋼後に酸素ガスの供給に用いたマニピュレータの可動式ランス4aの先端部を確認し、溶鉄の飛散による溶損が見られたものについては表中に×を、溶損がなかったものについては○を付した。以下の表1に実験結果を示す。
【0051】
【表1】
【0052】
表1中の下線は、本発明の条件を充足していないことを示している。ランス先端の高さHが式(1)の上限よりも大きい例では、ランス先端が溶融スラグ内に十分に浸漬していなかったことから、上方から溶鉄面に向かう窒素ガスの流れを十分に遮断できず、吸窒抑制効果が不十分であった。また、ランス先端の高さHが式(1)の下限よりも小さかった例では、窒素ガスの流れを遮断できたものの、ランス先端が溶鉄面に近すぎたため、ランス先端部が溶損していた。
【0053】
さらに、式(2)の下限より低い条件で酸素ガスの吹き付けを行った例では、ランス先端が浸漬されるまでに多くの時間を要してしまったことから、その間の吸窒を抑制することができなかった。また、式(2)の上限を超えた条件で酸素ガスの吹き付けを行った例では、ランス先端が露出してしまったことから、窒素ガスの流れを十分に遮断できず、吸窒抑制効果が不十分であった。これに対して本発明例1~8では、いずれも吸窒抑制効果および設備健全性において優れていた。
【0054】
また、式(1)および式(2)の両方を満たしている時間とそうでない時間とが混在した例について比較すると、比較例11および12では、酸素を供給している時間の55%しか式(1)および式(2)の両方を満たしていなかったため、吸窒抑制または設備健全性で不十分な結果となった。一方、本発明例7、8では、酸素を供給している時間の60%で式(1)および式(2)の両方を満たしていたため、いずれも良好な結果が得られた。
【符号の説明】
【0055】
1 炉体
2 溶鉄
3 電極
4a、4b 可動式ランス
5 マニピュレータ
6 溶融スラグ
7 排滓口
図1
図2