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  • 特開-転動部材及び転がり軸受 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024134738
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】転動部材及び転がり軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/64 20060101AFI20240927BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20240927BHJP
   F16C 33/58 20060101ALI20240927BHJP
   F16C 33/32 20060101ALI20240927BHJP
   C21D 9/40 20060101ALI20240927BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20240927BHJP
   C22C 38/18 20060101ALN20240927BHJP
【FI】
F16C33/64
F16C19/06
F16C33/58
F16C33/32
C21D9/40 A
C22C38/00 301Z
C22C38/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023045085
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】水田 浩平
(72)【発明者】
【氏名】藤村 直輝
【テーマコード(参考)】
3J701
4K042
【Fターム(参考)】
3J701AA02
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA53
3J701BA54
3J701DA02
3J701DA03
3J701EA02
3J701FA31
3J701FA44
3J701GA11
3J701GA24
3J701GA31
3J701GA60
3J701XB03
3J701XB33
3J701XE01
3J701XE03
3J701XE12
3J701XE30
4K042AA14
4K042AA18
4K042AA19
4K042AA22
4K042BA03
4K042BA10
4K042CA06
4K042CA15
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA06
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DD02
4K042DE02
4K042DE06
(57)【要約】
【課題】寸法安定性を改善することが可能な転動部材を提供するものである。
【解決手段】転動部材は、表面を有し、かつ焼入れ及び焼戻しの行われた鋼製であり、表面に形成されている浸窒層を備えている表面における窒素濃度は、0.20質量パーセント以上になっている。表面における炭素濃度は、0.70質量パーセント以上1.5質量パーセント以下になっている。表面における硬さは、820Hv以上1000Hv以下になっている。表面における残留オーステナイト量は、20体積パーセント以下になっている。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面を有し、かつ焼入れ及び焼戻しの行われた鋼製の転動部材であって、
前記表面に形成されている浸窒層を備え、
前記表面における窒素濃度は、0.20質量パーセント以上になっており、
前記表面における炭素濃度は、0.70質量パーセント以上1.5質量パーセント以下になっており、
前記表面における硬さは、820Hv以上1000Hv以下になっており、
前記表面における残留オーステナイト量は、20体積パーセント以下になっており、
前記表面における残留オーステナイトの転位密度及び前記表面におけるマルテンサイトの転位密度は、それぞれ2.0×1014-2以上及び1.3×1015-2以上になっている、転動部材。
【請求項2】
前記浸窒層中には、クロム系窒化物が析出しており、
前記表面に直交する断面視において、前記浸窒層中には、粒径が1.0μm以下の前記クロム系窒化物が100μmあたり合計して5個以上存在し、かつ前記浸窒層での前記クロム系窒化物の面積率が0.95パーセント以上10パーセント以下になっている、請求項1に記載の転動部材。
【請求項3】
前記浸窒層よりも前記表面から離れた位置にある芯部をさらに備え、
前記芯部における残留オーステナイトの転位密度が4.5×1014-2以上になっている、請求項1に記載の転動部材。
【請求項4】
前記浸窒層よりも前記表面から離れた位置にある芯部をさらに備え、
前記芯部における残留オーステナイトの転位密度が4.5×1014-2以上になっている、請求項2に記載の転動部材。
【請求項5】
軌道部材と、
前記軌道部材に接触して配置される転動体とを備え、
前記軌道部材及び前記転動体の少なくともいずれかは、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の前記転動部材である、転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転動部材及び転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械の主軸等に使用される転がり軸受は、工作機械の加工精度に直結するため、高い寸法安定性が求められる。転がり軸受を構成している軌道部材や転動体は、焼入れ及び焼戻しの行われた鋼製である。すなわち、軌道部材や転動体を構成している鋼の金属組織には、残留オーステナイトが含まれている。
【0003】
使用時に転がり軸受の温度が上昇すると、残留オーステナイトが分解され、残留オーステナイトの分解に伴う体積膨張により軌道部材や転動体の寸法変化が生じる。なお、軌道部材や転動体の寸法変化は、クリープの発生、軌道面と転動体との間の隙間が減少することに伴う接触面圧の上昇、接触面圧の上昇に起因した早期損傷、異音や振動の発生等の原因となる。
【0004】
また、転がり軸受の寸法安定性の低下は、組織変化のみならず、摩耗や表面損傷(スミアリング、ピーリング等)によっても生じる。
【0005】
特開2001-099163号公報(特許文献1)には、転がり軸受の軌道輪が記載されている。特開2006-322017号公報(特許文献2)には、転がり軸受の転動体が記載されている。
【0006】
特開2004-232858号公報(特許文献3)には、転がり軸受の軌道輪が記載されている。特開2004-339575号公報(特許文献4)には、転がり軸受の軌道輪が記載されている。特許文献4に記載の軌道輪では、表面にショットピーニングを施すことにより、表面における硬さが向上されている。
【0007】
特開2017-088958号公報(特許文献5)、特開2022-073906号公報(特許文献6)及び特開2022-108242号公報(特許文献7)には、転動部材が記載されている。特許文献5、特許文献6及び特許文献7に記載の転動部材では、表層にモリブデン系、バナジウム系又はクロム-モリブデン-バナジウム系の窒化物を析出させている。特開2016-108616号公報(特許文献8)には、転がり軸受の軌道輪が記載されている。特許文献8の軌道輪では、表層にシリコン-マンガン系窒化物を析出させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001-099163号公報
【特許文献2】特開2006-322017号公報
【特許文献3】特開2004-232858号公報
【特許文献4】特開2004-339575号公報
【特許文献5】特開2017-088958号公報
【特許文献6】特開2022-073906号公報
【特許文献7】特開2022-108242号公報
【特許文献8】特開2016-108616号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に記載の軌道輪では、表面における硬さが低い(752Hv未満)ため、摩耗や表面損傷に起因した寸法安定性の低下が懸念される。特許文献2に記載の転動体は、残留オーステナイト量が大きい(20体積パーセント超になっている)ため、使用時の残留オーステナイトの分解に伴う寸法安定性の低下が懸念される。
【0010】
特許文献3に記載の軌道輪の寸法変化率は、恒温保持条件が低温かつ短時間であるにもかかわらず大きい。特許文献4に記載の軌道輪では、表面における硬さを向上させるために熱処理以外の工程が必要とされる。特許文献5、特許文献6及び特許文献7に記載の転動部材では、転動部材を構成している鋼にモリブデンやバナジウムを添加する必要があるため、鋼材コストの上昇を招く。
【0011】
工作機械用の転がり軸受では、転動体に窒化珪素等により形成されたセラミック球が用いられることがある。特許文献8の軌道輪では、シリコン-マンガン系窒化物の表面エネルギが窒化珪素の表面エネルギに近いため、上記のようなセラミック球を転動体として用いる際に表面損傷が生じやすい。
【0012】
本発明は、上記のような従来技術の問題点に鑑みてなされたものである。より具体的には、本発明は、寸法安定性を改善することが可能な転動部材を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の転動部材は、表面を有し、かつ焼入れ及び焼戻しの行われた鋼製であり、表面に形成されている浸窒層を備えている。表面における窒素濃度は、0.20質量パーセント以上になっている。表面における炭素濃度は、0.70質量パーセント以上1.5質量パーセント以下になっている。表面における硬さは、820Hv以上1000Hv以下になっている。表面における残留オーステナイト量は、20体積パーセント以下になっている。表面における残留オーステナイトの転位密度及び表面におけるマルテンサイトの転位密度は、それぞれ、2.0×1014-2以上及び1.3×1015-2以上になっている。
【発明の効果】
【0014】
本発明の転動部材によると、寸法安定性を改善することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】転がり軸受100の断面図である。
図2】転がり軸受100の製造工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施形態を、図面を参照しながら説明する。以下の図面では、同一又は相当する部分に同一の参照符号を付し、重複する説明は繰り返さないものとする。実施形態に係る転がり軸受を、転がり軸受100とする。
【0017】
(転がり軸受100の構成)
以下に、転がり軸受100の構成を説明する。
【0018】
転がり軸受100は、例えば、工作機械用の転がり軸受である。但し、転がり軸受100の用途は、これに限られるものではない。転がり軸受100は、電動アクスル用の転がり軸受であってもよい。なお、電動アクスルは、例えば駆動モータ、減速機、インバータ等で構成されている3軸構造のユニットである。電動アクスル用の転がり軸受には、寸法安定性に加えて、耐異物性や高い負荷容量が求められる。
【0019】
転がり軸受100は、電動ブレーキ用の転がり軸受であってもよい。なお、電動ブレーキは、例えばモータ、減速ギア、ボールねじ、シリンダ、制御機器等で構成されるユニットである。電動ブレーキ用の転がり軸受には、寸法安定性に加えて、耐異物性や高い負荷容量が求められる。
【0020】
転がり軸受100は、電動コンプレッサ用の転がり軸受であってもよい。電動コンプレッサは、室内の冷却や高温になりやすいバッテリ、車載用電子機器の冷却を行うユニットである。電動コンプレッサ用の転がり軸受には、寸法安定性に加えて、耐異物性や高い負荷容量が求められる。
【0021】
本実施形態は、転がり軸受以外の機械部品にも、適用可能である。例えば、トランスミッション、電動アクチュエータ、位置決め装置、電動ジャッキ、サーボシリンダ、メカニカルプレス機、電動サーボプレス機、電動パターステアリング、電動射出成形機に用いられるボールねじ、電動アクスル用の歯車、軸及びシャフト、電動ブレーキ用のボールねじ等にも適用可能である。これらの機械部品でも、寸法安定性に加えて、耐異物性や高い負荷容量が求められる。なお、ボールねじは、軸、ナット(外輪)、軸の軌道面とナットの軌道面との間に配置される転動体(玉)、チューブ、こま、エンドキャップ等で構成される機械部品である。
【0022】
図1は、転がり軸受100の断面図である。図1に示されているように、転がり軸受100は、内輪10と、外輪20と、複数の転動体30と、保持器40とを有している。内輪10の中心軸を、中心軸Aとする。中心軸Aの方向を、軸方向とする。軸方向に沿って見た際に中心軸Aを中心とする円周に沿う方向を、周方向とする。中心軸Aを通り、かつ中心軸Aに直交する方向を、径方向とする。
【0023】
内輪10は、周方向に延在している円環状である。内輪10は、幅面10aと、幅面10bと、内径面10cと、外径面10dとを有している。幅面10a及び幅面10bは、軸方向における内輪10の端面である。幅面10aは、軸方向における一方側(図1中では、右側)を向いている。幅面10bは、軸方向における幅面10bの反対面であり、軸方向における他方側(図1中では、左側)を向いている。
【0024】
内径面10c及び外径面10dは、周方向に延在している。内径面10cは、径方向において内側を向いている。外径面10dは、径方向において外側を向いている。つまり、外径面10dは、径方向における内径面10cの反対面である。内径面10cの軸方向における一方端及び他方端は、それぞれ、幅面10a及び幅面10bに連なっている。外径面10dの軸方向における一方端及び他方端は、それぞれ、幅面10a及び幅面10bに連なっている。
【0025】
内輪10は、内径面10cにおいて、軸(図示せず)に嵌合される。外径面10dは、軌道面10daを有している。軌道面10daは、転動体30に接触する。軌道面10daは、周方向に延在している。外径面10dは、軌道面10daにおいて、内径面10c側に向かって凹んでいる。軌道面10daは、軸方向における外径面10dの中央部にある。軌道面10daは、周方向に直交する断面視において、例えば部分円弧状である。
【0026】
外輪20は、周方向に延在している円環状である。外輪20は、幅面20aと、幅面20bと、内径面20cと、外径面20dとを有している。幅面20a及び幅面20bは、軸方向における外輪20の端面である。幅面20aは、軸方向における一方側(図1中では、右側)を向いている。幅面20bは、軸方向における幅面20bの反対面であり、軸方向における他方側(図1中では、左側)を向いている。
【0027】
内径面20c及び外径面20dは、周方向に延在している。内径面20cは、径方向において内側を向いている。外径面20dは、径方向において外側を向いている。つまり、外径面20dは、径方向における内径面20cの反対面である。内径面20cの軸方向における一方端及び他方端は、それぞれ、幅面20a及び幅面20bに連なっている。外径面20dの軸方向における一方端及び他方端は、それぞれ、幅面20a及び幅面20bに連なっている。
【0028】
外輪20は、外径面20dにおいて、ハウジング(図示せず)に嵌合される。内径面20cは、軌道面20caを有している。軌道面20caは、転動体30に接触する。軌道面20caは、周方向に延在している。内径面20cは、軌道面20caにおいて、外径面20d側に向かって凹んでいる。軌道面20caは、軸方向における内径面20cの中央部にある。軌道面20caは、周方向に直交する断面視において、例えば部分円弧状である。外輪20は、軌道面20caが軌道面10daと径方向において間隔を空けて対向するように、内輪10の径方向における外側に配置されている。
【0029】
転動体30は、球状である。転動体30は、軌道面10daと軌道面20caとの間に配置されている。転動体30は、表面30aを有している。表面30aは、軌道面10da及び軌道面20caに接触する。複数の転動体30は、周方向に並んでいる。保持器40は、外径面10dと内径面20cとの間に配置されている。保持器40は、隣り合う2つの転動体30の間の間隔が一定範囲内となるように複数の転動体30を保持している。
【0030】
内輪10、外輪20及び転動体30は、焼入れ及び焼戻しの行われた鋼製である。内輪10、外輪20及び転動体30を構成している鋼は、好ましくは、表1に示される組成を有している。なお、JIS規格に定められている高炭素クロム軸受鋼であるSUJ2は、表1に示されている組成範囲内に含まれている。
【0031】
【表1】
【0032】
内輪10の表面、外輪20の表面及び転動体30の表面(表面30a)には、浸窒層50が形成されている。浸窒層50では、鋼中に窒素が固溶している。また、浸窒層50では、鋼中にクロム系窒化物が析出している。浸窒層50よりも表面から離れた位置にある内輪10、外輪20及び転動体30の部分を、芯部60とする。すなわち、浸窒層50以外の内輪10、外輪20及び転動体30の部分が、芯部60である。芯部60では、鋼中に窒素が固溶されておらず、鋼中にクロム系窒化物が析出していない。
【0033】
内輪10、外輪20及び転動体30の表面に直交する断面視において、浸窒層50中には、粒径が1.0μm以下のクロム系窒化物が100μmあたり合計して5個以上存在し、かつ浸窒層50でのクロム系窒化物の面積率が0.95パーセント以上10パーセント以下になっていることが好ましい。
【0034】
クロム系窒化物の面積率は、電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)を用いて倍率4000倍で浸窒層50の断面画像を取得するとともに、当該断面画像を二値化し、二値化された当該断面画像に対して画像処理を行うことにより算出される。なお、浸窒層50の断面画像は、3視野以上で取得され、面積率は、それら複数の断面画像での平均値とされる。
【0035】
各々のクロム系窒化物の粒径は、上記と同様の方法を用いて各々のクロム系窒化物の面積を取得するとともに、当該面積をπで除した値の平方根に2を乗じることにより得られる。粒径が1.0μm以下のクロム系窒化物の100μmあたりの個数は、上記と同様の方法を用いて特定された断面画像中の粒径が1.0μm以下のクロム系窒化物の個数を数えるとともに、当該断面画像の面積を用いて算出される。
【0036】
内輪10の表面、外輪20の表面、転動体30の表面における窒素濃度は、0.20質量パーセント以上である。内輪10の表面、外輪20の表面、転動体30の表面における窒素濃度は、0.30質量パーセント以上であってもよい。内輪10の表面、外輪20の表面、転動体30の表面における炭素濃度は、0.70質量パーセント以上1.5質量パーセント以下であってもよい。内輪10の表面、外輪20の表面、転動体30の表面における炭素濃度は、0.70質量パーセント以上0.95質量パーセント以下であってもよい。なお、上記の窒素濃度及び窒素濃度は、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)を用いて測定される。
【0037】
内輪10の表面、外輪20の表面及び転動体30の表面における硬さは、820Hv以上1000Hv以下である。内輪10の表面、外輪20の表面及び転動体30の表面における硬さは、JIS規格(JIS Z 2244:2009)に規定されているビッカース硬さ試験法により測定される。硬さ測定時の荷重は300gとされ、3点以上で測定された硬さの平均値が採用される。
【0038】
内輪10の表面、外輪20の表面及び転動体30の表面における硬さが測定困難である場合、断面において内輪10の表面、外輪20の表面及び転動体30の表面からの深さが50μmとなる位置で硬さの測定が行われる。このようにして測定される硬さも、820Hv以上1000Hv以下である。
【0039】
内輪10の表面、外輪20の表面及び転動体30の表面における残留オーステナイト量は、20体積パーセント以下である。芯部60における残留オーステナイト量は、例えば0.1体積パーセント以上9体積パーセント以下である。なお、上記の残留オーステナイト量は、X線回折法を用いて測定される。この際、クロム管球型X線回折装置が用いられる。クロム管球型X線回折装置では、Cr-Kα線の波長が2.29093×10-10mとされ、管電圧が30kVとされ、管電流が10mAとされ、コリメータサイズが2mm×2mmとされる。芯部60における残留オーステナイト量を測定する際、試験片は、残留オーステナイトが加工誘起変態しないように電解研磨されることが好ましい。
【0040】
内輪10の表面、外輪20の表面及び転動体30のにおける残留オーステナイトの転位密度は、2.0×1014-2以上である。内輪10の表面、外輪20の表面及び転動体30のにおけるマルテンサイトの転位密度は、1.3×1015-2以上である。内輪10、外輪20及び転動体30の芯部60における残留オーステナイトの転位密度は、好ましくは4.5×1014-2以上である。
【0041】
残留オーステナイトの転位密度及びマルテンサイトの転位密度は、コバルト管球型X線回折装置を用いて測定される。より具体的には、第1に、オーステナイト及びマルテンサイトのX線プロファイルが、コバルト管球型X線回折装置を用いて測定される。この際、コバルト管球型X線回折装置では、Co-Kα線の波長が1.7889×10-10mとされ、管電圧が40kVとされ、管電流が50mAとされ、コリメータサイズが直径1mmとされる。オーステナイト及びマルテンサイトのX線プロファイルは、2θが30°以上135°以下の範囲内で測定される。
【0042】
第2に、Rietveld解析が行われた上で、X線回折により得られるマルテンサイト及びオーステナイトのX線プロファイルのピークの半値幅が、結晶子サイズとひずみとに分離される。第3に、分離された結晶子サイズ及びひずみをWilliamson-Hallの式に適用することにより、マルテンサイトの転位密度及びオーステナイトの転位密度が得られる。Williamson-Hallの式は、ρを転位密度(単位:m-2)とし、εを上記のひずみとし、bをバーガースベクトルの長さ(b=0.25×10-9m)とすると、ρ=14.4×ε/bで表される。
【0043】
X線回折により得られるマルテンサイトのX線プロファイルでは、{110}面、{200}面、{211}面及び{220}面のピークが測定対象とされる。また、オーステナイトのX線プロファイルでは、{111}面、{200}面、{220}面、{311}面及び{222}面のピークが測定対象とされる。上記においてRietveld解析が行われるのは、弾性率の異なるマルテンサイトの{200}面及びオーステナイトの{200}面の影響を低減するためである。
【0044】
160℃で2500時間の保持を行った後における内輪10、外輪20及び転動体30の寸法変化率は、40×10-5以下である。160℃で2500時間の保持を行った後における内輪10、外輪20及び転動体30の寸法変化率は、15×10-5以下であることが好ましい。寸法変化率は、保持後の内輪10(外輪20、転動体30)の寸法から上記の保持前の内輪10(外輪20、転動体30)の寸法を減じた値を上記の保持前の内輪10(外輪20、転動体30)の寸法で除することにより算出される。
【0045】
(転がり軸受100の製造方法)
以下に、転がり軸受100の製造方法を説明する。
【0046】
図2は、転がり軸受100の製造工程図である。図2に示されているように、転がり軸受100の製造方法は、準備工程S1と、浸窒工程S2と、焼入れ工程S3と、冷却工程S4と、焼戻し工程S5と、後処理工程S6と、組み立て工程S7を有している。
【0047】
準備工程S1では、加工対象部材が準備される。内輪10又は外輪20を形成するための加工対象部材は、円環状である。転動体30を形成するための加工対象部材は、球状である。加工対象部材は、表1に示される組成の鋼で構成されている。
【0048】
浸窒工程S2では、加工対象部材に対する浸窒処理が行われる。加工対象部材に対する浸窒処理は、窒素源を含む雰囲気ガス中において加工対象部材を加熱保持することにより行われる。浸窒工程S2における加熱温度及び雰囲気ガス中の窒素濃度は、加工対象部材の表面に化合物層が形成されないように設定される。浸窒工程S2が行われることにより、加工対象部材の表面から内部に窒素が侵入する。その結果、加工対象部材の表層部において窒素が加工対象部材中に固溶されるとともに、加工対象部材の表層部においてクロム系窒化物が析出される。なお、浸窒工程S2は、後処理工程S6が行われた後に内輪10、外輪20及び転動体30の表面となる位置よりも内部に窒素が達するように行われる。浸窒工程S2では、雰囲気ガスの成分を調整することで、加工対象部材の表層部における炭素濃度を加工対象部材を構成している鋼中の炭素濃度よりも低くなるように調整してもよい。この調整は、後処理工程S6を経た後の加工対象物の表面となる位置における炭素濃度が0.70質量パーセント以上0.95質量パーセント以下となるように行われることが好ましい。炭素濃度が母材よりも低くなると、未固溶炭化物が減少する。その結果、未固溶炭化物中のクロムが母材に拡散し、クロム系窒化物が析出しやすくなる。
【0049】
焼入れ工程S3では、加工対象部材に対する焼入れが行われる。加工対象部材に対する焼入れは、加工対象部材を、加工対象部材を構成している鋼のA変態点以上の温度に加熱して保持し、その後に加工対象部材を構成している鋼のM変態点以下の温度に冷却することにより行われる。焼入れ工程S3が行われることにより、加工対象部材を構成している鋼中にマルテンサイトと残留オーステナイトとが生成される。なお、焼入れ工程S3が行われた後に、再び加工対象部材をA変態点以上に加熱することにより焼入れ工程S3を繰り返してもよい。焼入れ工程S3を複数回行うことで結晶粒が微細化し、冷却工程S4での効果が向上する。
【0050】
冷却工程S4では、加工対象部材に対するサブゼロ処理が行われる。冷却工程S4では、加工対象部材に対するクライオ処理(超サブゼロ処理)が行われてもよい。サブゼロ処理では、加工対象部材が-100℃超室温以下の温度に冷却される。クライオ処理では、加工対象部材が、-100℃以下の温度に冷却される。冷却工程S4が行われることにより、加工対象部材を構成している鋼中の残留オーステナイトの一部が、マルテンサイトに変態する。なお、冷却工程S4が行われる前に、割れ防止のための低温の焼戻し工程や洗浄工程が行われてもよい。
【0051】
焼戻し工程S5では、加工対象部材に対する焼戻しが行われる。加工対象部材に対する焼戻しは、加工対象部材を、加工対象部材を構成している鋼のA変態点未満の温度に加熱することにより行われる。より具体的には、加工対象部材に対する焼戻しは、加工対象部材を180℃程度の温度に加熱することにより行われる。後処理工程S6では、加工対象部材の表面に対して、研削、研磨等の機械加工が行われる。以上により、内輪10、外輪20及び転動体30が製造される。
【0052】
なお、焼戻し工程S5において180℃以上の温度で加工対象部材を加熱した場合、加熱温度が高いほど、マルテンサイトの転位密度が低下し、硬さが低下する。他方で、冷却工程S4が行われていると、焼戻し工程S5における加熱でマルテンサイトの転位密度が低下しにくいため、加熱温度の上昇とともに硬さが低下するものの、通常よりも高い硬さが得られる。
【0053】
組み立て工程S7では、内輪10、外輪20及び転動体30が、保持器40とともに組み立てられる。以上により、転がり軸受100が製造される。
【0054】
上記においては、内輪10の表面、外輪20の表面及び転動体30の表面の全てに浸窒層50が形成されている場合を例として説明したが、浸窒層50は、内輪10の表面、外輪20の表面及び転動体30の表面の少なくともいずれかに形成されていればよい。
【0055】
(転がり軸受100の効果)
以下に、転がり軸受100の効果を説明する。
【0056】
焼入れ及び焼戻しが行われた鋼製の軌道輪や転動体における寸法の経時変化を抑制するための方策として、高温での焼戻しを行うことにより残留オーステナイト量の低減を図ることが考えられる。しかしながら、高温での焼戻しを行うと、残留オーステナイト量の減少に伴って寸法の経時変化を抑制することが可能になるものの、軌道輪や転動体の表面における鋼の硬さが減少してしまう。表面における鋼の硬さが減少すると、耐表面損傷性が低下する懸念がある。
【0057】
内輪10、外輪20及び転動体30は、サブゼロ処理又はクライオ処理が行われることにより、鋼中の残留オーステナイト量が減少している。内輪10、外輪20及び転動体30では、サブゼロ処理又はクライオ処理が行われているため、鋼中のマルテンサイトの転位密度が高くなり、その結果、鋼中の残留オーステナイトの転位密度も高くなっている。そのため、内輪10、外輪20及び転動体30を構成している鋼中では、残留オーステナイトが転位密度の高いマルテンサイトにより取り囲まれている状態が生じており、転がり軸受100の使用に伴う温度上昇により鋼中の残留オーステナイトの分解が生じても、当該分解に伴う体積膨張が周囲の転位密度の高いマルテンサイトにより拘束されるため、寸法変化が生じにくい。このように、内輪10、外輪20及び転動体30では、使用に伴う温度上昇に対する寸法安定性が確保されている。
【0058】
内輪10、外輪20及び転動体30に対して高温での焼戻しが行われておらず、内輪10、外輪20及び転動体30の表面におけるマルテンサイトの分解の進行は軽微である。また、内輪10、外輪20及び転動体30の表面における窒素濃度が0.2質量パーセント以上になっており、内輪10、外輪20及び転動体30の表面において固溶強化により硬さが上昇している。その結果、内輪10、外輪20及び転動体30の表面における鋼の硬さは、820Hv以上1000Hv以下となっている。そのため、内輪10、外輪20及び転動体30では、表面損傷や摩耗に対する寸法安定性が確保されている。
【0059】
なお、転動体30の表面には、加圧工程により高い残留圧縮応力が付与されることがあり、軌道輪(内輪10、外輪20)の表面よりも圧痕が形成されにくい。そのため、軌道輪(内輪10、外輪20)のみを本実施形態に係る転動部材としても、転がり軸受100の耐表面損傷性が改善される。
【0060】
(寸法安定性の評価)
寸法安定性を評価するため、サンプルAからサンプルJが準備された。サンプルAからサンプルJには、JIS規格に定められている高炭素クロム軸受鋼であるSUJ2が用いられた。サンプルAからサンプルJでは、表2に示されているように、表面における特性及び芯部における特性が変化された。
【0061】
【表2】
【0062】
なお、各サンプルの表面における窒素濃度及びクロム系窒化物の析出状態は、浸窒工程S2における雰囲気中のガス成分の比率、加熱時間及び保持温度を変化させることにより調整された。また、各サンプルの表面における残留オーステナイトの転位密度、表面におけるマルテンサイトの転位密度、表面における残留オーステナイト量及び芯部60における残留オーステナイトの転位密度は、サブゼロ処理又はクライオ処理における冷却温度及び保持時間を変化させることにより調整された。
【0063】
サンプルA及びサンプルDからサンプルGでは、浸窒工程S2を行った上で焼入れ工程S3が行われた。また、サンプルA及びサンプルDからサンプルGでは、その後に、冷却工程S4としてクライオ処理が行われた上で、焼戻し工程S5において180℃の焼戻しが行われた。サンプルA及びサンプルDからサンプルGでは、試験片の研削取り代を調整することにより、表面の材質が調整された。そのため、サンプルA及びサンプルDからサンプルGでは、芯部60における残留オーステナイト量及び残留オーステナイトの転位密度は、同程度になっていた。
【0064】
サンプルB及びサンプルCでは、浸窒工程S2を行った上で、焼入れ工程S3が行われた。また、サンプルB及びサンプルCでは、その後に、冷却工程S4としてクライオ処理が行われた上で、焼戻し工程S5において180℃の焼戻しが行われた。なお、サンプルB及びサンプルCでは、浸窒工程S2の雰囲気ガスの濃度を調整することにより、未溶解炭化物量が調整された。
【0065】
サンプルHでは、標準的な条件で焼入れ工程S3が行われた上で、冷却工程S4としてクライオ処理が行われた。また、サンプルHでは、その後に、焼戻し工程S5において180℃の焼戻しが行われた。サンプルIでは、標準的な条件で焼入れ工程S3が行われた上で、焼戻し工程S5において180℃の焼戻しが行われた。サンプルJでは、浸窒工程S2を行った上で、焼入れ工程S3が行われた。また、サンプルJでは、その後に、焼戻し工程S5において180℃の焼戻しが行われた。
【0066】
<耐摩耗性試験>
耐摩耗性試験では、各サンプルの形状が、長さ20mm、幅10mm、高さ5mmのブロック状とされた。各サンプルでは、長さ20mm×幅10mmの面は、算術平均粗さが0.005μmとなるように鏡面研磨された。耐摩耗性試験では、各サンプルの長さ20mm×幅10mmの面に回転する円筒部材が押し当てられて50Nの荷重が加えられた。円筒部材の寸法は、外径40mm、幅10mm、副曲率60mmであった。円筒部材は、材質がSUJ2であり、表面における硬さが760Hvであり、表面における算術平均粗さが0.01μmであった。円筒部材と各サンプルとの間の最大接触面圧は、0.5GPaであった。円筒部材と各サンプルとの間は、Mobil製Velocity oil No.3(ISO VG2)により、フェルトパッドを用いて潤滑された。
【0067】
円筒部材の回転速度は24.5回転/分であり、円筒部材は60分間回転された。円筒部材を60分間回転させた後、サンプルの表面の摩耗痕の最大深さをレーザ顕微鏡で測定し、各サンプルの耐摩耗性を評価した。耐摩耗性試験の結果は、表3に示されている。
【0068】
【表3】
【0069】
表3に示されているように、サンプルAからサンプルE及びサンプルJでは、摩耗深さが0.8μm以下になっており、耐摩耗性が良好であった。なお、サンプルAからサンプルE及びサンプルJでは、粒径が1.0μm以下のクロム系窒化物の100μmあたりの個数が5個以上であり、かつクロム系窒化物の面積率が0.95パーセント以上になっていた。サンプルH及びサンプルJでは、クライオ処理が行われているが浸窒処理が行われていないため、耐摩耗性が改善されていなかった。なお、未溶解炭化物の面積率と耐摩耗性との間に特段の関連は見出されなかった。
【0070】
<寸法の経時変化の評価試験>
寸法の経時変化の評価試験では、各サンプルの形状が、内径54mm、外径60mm、幅15mmの円環状とされた。寸法の経時変化の評価試験では、各サンプルに対して160℃において2500時間の恒温保持を行い、当該恒温保持の前後での外径の寸法変化率を測定した。寸法の経時変化の評価試験の結果は、表4に示されている。
【0071】
【表4】
【0072】
表4に示されているように、サンプルAからサンプルHでは、160℃で2500時間の恒温保持後の寸法変化率が、40×10-5以下であった。特に、サンプルA、サンプルB及びサンプルDからサンプルGでは、マルテンサイト及び残留オーステナイトの転位密度が高く、より低い恒温保持後の寸法変化率を示した。
【0073】
表面における窒素濃度が0.2質量パーセント以上であることを、条件Aとする。表面における硬さが820Hv以上であることを、条件Bする。表面における残留オーステナイト量が20体積パーセント未満であることを、条件Cとする。表面におけるマルテンサイトの転位密度が2.0×1014-2以上であることを、条件Dとする。表面におけるマルテンサイトの転位密度が1.3×1015-2以上であることを、条件Eとする。
【0074】
サンプルAからサンプルEでは、条件Aから条件Eの全てが満たされていた。他方で、サンプルFからサンプルJでは、条件Aから条件Eのうちの少なくともいずれかが満たされていなかった。サンプルAからサンプルEでは、耐摩耗性及び恒温保持後の寸法変化率がいずれも良好であった。他方で、サンプルFからサンプルJでは、耐摩耗性及び恒温保持後の寸法変化率のいずれかが良好ではなかった。この比較から、条件Aから条件Eが満たされることにより、摩耗や表面損傷に起因した寸法安定性及び使用に伴う温度上昇に対する寸法安定性の双方が確保されることが、実験的に明らかになった。
【0075】
以上のように本発明の実施形態について説明を行ったが、上述の実施形態を様々に変形することも可能である。また、本発明の範囲は、上述の実施形態に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更を含むことが意図される。
【符号の説明】
【0076】
10 内輪、10a,10b 幅面、10c 内径面、10d 外径面、10da 軌道面、20 外輪、20a,20b 幅面、20c 内径面、20ca 軌道面、20d 外径面、30 転動体、30a 表面、40 保持器、50 浸窒層、60 芯部、100 転がり軸受、A 中心軸、S1 準備工程、S2 浸窒工程、S3 焼入れ工程、S4 冷却工程、S5 焼戻し工程、S6 後処理工程、S7 組み立て工程。
図1
図2