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特開2024-134861コンクリート構造体の炭酸化深さを推定する方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024134861
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】コンクリート構造体の炭酸化深さを推定する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/38 20060101AFI20240927BHJP
【FI】
G01N33/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023045282
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】302060926
【氏名又は名称】株式会社フジタ
(71)【出願人】
【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000408
【氏名又は名称】弁理士法人高橋・林アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】藤倉 裕介
(72)【発明者】
【氏名】サンジェイ パリーク
(57)【要約】
【課題】コンクリート構造体の一部または全体を破壊することなく、熱伝導解析モデルを構築してコンクリート構造体の炭酸化の深さを推定する方法を提供すること。
【解決手段】この方法は、モデルコンクリートを炭酸化すること、モデルコンクリート内に配置された少なくとも一つのセンサを用いて炭酸化によるモデルコンクリートの特性変化を追跡し、モデルコンクリートの炭酸化時間と炭酸化深さとの関係を取得すること、モデルコンクリートについて、上記関係を再現する熱伝導解析モデルを構築すること、および熱伝導解析モデルをコンクリート構造体に適用することを含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モデルコンクリートを炭酸化すること、
前記モデルコンクリート内に配置された少なくとも一つのセンサを用いて前記炭酸化による前記モデルコンクリートの特性変化を追跡し、前記モデルコンクリートの炭酸化時間と炭酸化深さとの関係を取得すること、
前記モデルコンクリートについて、前記関係を再現する熱伝導解析モデルを構築すること、および
前記熱伝導解析モデルをコンクリート構造体に適用することを含む、コンクリート構造体の炭酸化深さを推定する方法。
【請求項2】
前記モデルコンクリートは、前記コンクリート構造体の組成と同一の組成を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記少なくとも一つのセンサは、温度センサまたは歪みセンサである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記少なくとも一つのセンサは、前記モデルコンクリートの外表面からの距離が異なる複数のセンサを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記モデルコンクリートは貫通孔または有底孔を有し、
前記少なくとも一つのセンサは、前記貫通孔または前記有底孔の内壁からの距離が異なる複数のセンサを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記熱伝導解析モデルは、有限要素法を数値解析手法として用いる熱伝導解析によって構築される、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記熱伝導解析は、前記モデルコンクリートとその周辺間における熱伝達特性、および前記炭酸化による前記モデルコンクリートの断熱温度上昇特性を考慮することで行われる、請求項6に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態の一つは、コンクリートと二酸化炭素との反応の程度を推定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリートはセメント水和物を主成分とする構造材料である。セメント水和物を構成する水酸化カルシウムや酸化カルシウムが二酸化炭素と反応することで炭酸カルシウムに変化する。この反応は炭酸化とも呼ばれ、炭酸化によってコンクリートは中性化するとともに、その強度が増大する。この炭酸化の程度(すなわち、炭酸化が進行した深さ)を推定する方法として、コンクリートの表面の弾性波速度を測定する方法、中性化進行予測式を用いる方法、中性化速度係数を利用する方法、コンクリート表面からの反射光スペクトルを利用する方法などが知られている(例えば、特許文献1から4参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開第2004-163227号公報
【特許文献2】特開第2014-016279号公報
【特許文献3】特開第2015-094627号公報
【特許文献4】特開第2016-095198号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の実施形態の一つは、コンクリート構造体の炭酸化の程度を推定するための新規な方法を提供することを課題の一つとする。あるいは、本発明の実施形態の一つは、コンクリート構造体の一部または全体を破壊することなく、熱伝導解析モデルを構築してコンクリート構造体の炭酸化の深さを推定する方法を提供することを課題の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の実施形態の一つは、コンクリート構造体の炭酸化深さを推定する方法である。この方法は、モデルコンクリートを炭酸化すること、モデルコンクリート内に配置された少なくとも一つのセンサを用いて炭酸化によるモデルコンクリートの特性変化を追跡し、モデルコンクリートの炭酸化時間と炭酸化深さとの関係を取得すること、モデルコンクリートについて、上記関係を再現する熱伝導解析モデルを構築すること、および熱伝導解析モデルをコンクリート構造体に適用することを含む。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1】本発明の実施形態の一つに係る、コンクリート構造体を炭酸化する方法の一例を説明するフローチャート。
図2A】本発明の実施形態の一つに係る、コンクリート構造体を炭酸化する方法で使用されるモデルコンクリートの模式的斜視図。
図2B】本発明の実施形態の一つに係る、コンクリート構造体を炭酸化する方法で使用されるモデルコンクリートの模式的側面図。
図2C】本発明の実施形態の一つに係る、コンクリート構造体を炭酸化する方法で使用されるモデルコンクリートの模式的側面図。
図3A】本発明の実施形態の一つに係る、コンクリート構造体を炭酸化する方法で使用されるモデルコンクリートの模式的斜視図。
図3B】本発明の実施形態の一つに係る、コンクリート構造体を炭酸化する方法で使用されるモデルコンクリートの模式的側面図。
図3C】本発明の実施形態の一つに係る、コンクリート構造体を炭酸化する方法で使用されるモデルコンクリートの模式的側面図。
図4A】本発明の実施形態の一つに係る、コンクリート構造体を炭酸化する方法を説明する模式図。
図4B】本発明の実施形態の一つに係る、コンクリート構造体を炭酸化する方法を説明する模式図。
図5A】実施例のモデルコンクリートの模式的斜視図。
図5B】実施例のモデルコンクリートの炭酸化後の断面の模式図。
図6A】実施例のモデルコンクリートの模式的斜視図。
図6B】実施例のモデルコンクリートの模式的端面図。
図7】実施例における測定結果のプロット。
図8】実施例における測定結果から得られる炭酸化時間-炭酸化深さのプロット。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本発明の各実施形態について、図面を参照しつつ説明する。ただし、本発明は、その要旨を逸脱しない範囲において様々な態様で実施することができ、以下に例示する実施形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。
【0008】
図面は、説明をより明確にするため、実際の態様に比べ、各部の幅、厚さ、形状などについて模式的に表される場合があるが、あくまで一例であって、本発明の解釈を限定するものではない。本明細書と各図において、既出の図に関して説明したものと同様の機能を備えた要素には、同一の符号を付して、重複する説明を省略することがある。
【0009】
以下、「ある構造体が他の構造体から露出する」という表現は、ある構造体の一部が他の構造体によって覆われていない態様を意味し、この他の構造体によって覆われていない部分は、さらに別の構造体によって覆われる態様も含む。
【0010】
本明細書では、コンクリート、モルタル、およびポーラスコンクリートとは、いずれも原料の一つであるセメントが水と反応して生成する水和物が硬化し、流動性を示さない硬化物を指す。コンクリートは直径(または最大長)が0mmを超え5mm以下の細骨材および直径(または最大長)が5mmを超える(例えば、5mmよりも大きく20mm以下、または10mm以上20mm以下)粗骨材を含むのに対し、モルタルは細骨材を含むものの、粗骨材を含まない、または粗骨材の量が細骨材の量に対して10重量%以下または5重量%以下の硬化物を指す。ポーラスコンクリートは、モルタルとは対照的に、砂利などの比較的大きな粗骨材を含むものの、細骨材を含まない、または細骨材の量が粗骨材の量に対して10重量%以下または5重量%以下の硬化物を指す。このため、コンクリートやモルタルと比較し、ポーラスコンクリートは内部に空隙が多い。一方、セメントと水を含む混合物が完全に硬化せずに流動性を有する状態をレディーミクストコンクリート(生コンクリートとも呼ばれる)と呼ぶ。レディーミクストコンクリートが硬化すると、粗骨材や細骨材の量に応じてコンクリート、モルタル、またはポーラスコンクリートを与える。レディーミクストコンクリートは、セメント、水、および骨材の他、AE剤(気泡分散剤)流動化剤、増粘剤、急結剤などの添加剤を含んでもよい。
【0011】
以下、本発明の実施形態の一つに係る、コンクリート構造体の炭酸化の深さを推定する方法(以下、単に本推定方法とも記す。)について説明する。コンクリート構造体は、コンクリート、モルタル、またはポーラスコンクリートを含むことができるが、以下、モルタルまたはポーラスコンクリートを含む構造体も総じてコンクリート構造体と呼ぶ。コンクリート構造体の大きさや形状、用途、設置場所に制約はない。例えばビルの柱や基礎梁などでもよく、橋の橋脚や橋台、河川や港湾に設けられる堤防や防波堤、消波ブロック、道路やトンネルに用いられる覆工コンクリートなどでもよい。あるいは、コンクリート構造体は、角形やU字形状のコンクリートブロックや沓石などのコンクリートを含む動産(コンクリート製品)でもよい。コンクリート構造体は鉄筋を含んでもよく、含まなくてもよい。
【0012】
本推定方法の一例を図1のフローチャートに示す。図1に示すように、本推定方法は、モデルコンクリートの作製、モデルコンクリートの炭酸化と特性変化の追跡、モデルコンクリートの熱伝導解析モデルの構築、およびモデルコンクリートを用いて構築された熱伝導解析モデルのコンクリート構造体への適用を含む。以下本推定方法を詳述する。
【0013】
1.モデルコンクリートの作製
モデルコンクリートとは、打設または製造対象であるコンクリート構造体の炭酸化の挙動を推定するために用いられる試料であり、コンクリート構造体の体積と同一またはそれ以下の体積を有するように構成される。コンクリート構造体の体積に対するモデルコンクリートの体積の比に制約はなく、例えば0.001以上1以下、0.01以上0.5以下、0.01以上0.1以下でもよい。コンクリート構造体の炭酸化は、コンクリート構造体が二酸化炭素含有ガスと接触する面から徐々に進行する。したがって、炭酸化の進行の程度は、炭酸化が進行した部分の二酸化炭素含有ガスと接触する面を基準とし、その法線方向の長さ(以下、炭酸化深さ)で評価することができる。以下に述べるように、モデルコンクリートにおける炭酸化深さを測定し、得られる実測値に基づいて構築される熱伝導解析モデルをコンクリート構造体へ適用することで、コンクリート構造体における炭酸化深さを推定することができる。
【0014】
このため、モデルコンクリートは、コンクリート構造体と同一の組成を有するように作製されることが好ましい。例えば、セメントの種類、粗骨材と細骨材の種類とセメントに対する量、各種添加剤の種類とセメントに対する量、水/セメント比などがコンクリート構造体との間で同一または実質的に同一になるようにモデルコンクリートを調製することが好ましい。これにより、モデルコンクリートを用いて得られる熱伝導解析モデルのコンクリート構造体への適用において、炭酸化深さをより精確に推定することができる。
【0015】
モデルコンクリートの形状も任意であり、例えばコンクリート構造体と同一の形状を有してもよい。あるいは、後述する特性変化の追跡を容易にし、かつ、取り扱いや調製を容易にするため、モデルコンクリートは立方体、直方体、円柱などの比較的単純な形状を有してもよい。また、モデルコンクリートも鉄筋を含んでもよく、含まなくてもよい。コンクリート構造体が鉄筋を含む場合には、コンクリート構造体における鉄筋の量と同一または実質的に同一の量の鉄筋を含むように鉄筋をモデルコンクリートに配置してもよい。これにより、炭酸化深さをより精確に推定することができる。
【0016】
2.モデルコンクリートの炭酸化と特性変化の追跡
モデルコンクリートの炭酸化と特性変化の追跡は、モデルコンクリートを二酸化炭素含有ガスに接触させて炭酸化を行いつつ、モデルコンクリート内に配置された一つまたは複数のセンサを用いて行うことができる。例えば図2Aから図2Cに示すように、モデルコンクリート100内に一つまたは複数のセンサ102を配置する。複数のセンサ102を用いる場合には、モデルコンクリート100の二酸化炭素含有ガスと接触する面からの距離が異なるように複数のセンサ102を配置することで、炭酸化に伴う特性変化をより精確に追跡することができる。センサ102は、外表面から露出しないよう、モデルコンクリート100内に埋設される。
【0017】
あるいは、図3Aから図3Cに示すように、モデルコンクリート100に二酸化炭素含有ガスを導入するための孔100aを設け、外表面および孔100aの内壁から露出しないように一つまたは複数のセンサ102を設けてもよい。孔100aは、モデルコンクリート100を貫通する貫通孔でもよく、一方が閉じられた有底孔でもよい。この場合、炭酸化において二酸化炭素含有ガスを孔100aの内壁のみに接触させることも可能である。このため、炭酸化の進行方向を孔100aの内壁から外表面に向かう方向に限定することができ、その結果、解析モデルの構築が容易になる。なお、孔100aのみならず外表面にも二酸化炭素含有ガスを接触させる場合には、三つ以上のセンサ102を孔100aの内壁に対して垂直に、かつ、同一直線上に配置することで、当該直線に対して垂直な方向において外表面から進行する炭酸化の寄与を排除することができるので、容易に熱伝導解析モデルを構築することができる。複数のセンサ102を配置する場合、好ましくは、三つ以上のセンサ102を設ける。これにより、モデルコンクリート100における炭酸化深さのプロットをより精密に作成することができる。
【0018】
センサ102としては、温度センサまたは歪みセンサを用いることができる。温度センサと歪みセンサの一方をモデルコンクリート100に配置してもよく、両者を配置してもよい。炭酸化における主反応はコンクリートに含まれる水酸化カルシウムまたは酸化カルシウムと二酸化炭素の反応による炭酸カルシウムの生成であり、この反応は発熱反応である。また、炭酸化によって密度が増大するため、モデルコンクリート100内には内部応力が発生する。このため、モデルコンクリート100における温度変化や歪み変化をモデルコンクリート100の特性変化として追跡することで、炭酸化の進行を把握することができる。なお、センサ102は、通信機能を有する制御装置(図示しない)と有線または無線で接続され、センサ102で取得された情報が制御装置で管理・処理される。
【0019】
炭酸化において用いられる二酸化炭素含有ガスは、大気でもよく、あるいは大気中の二酸化炭素濃度(約420ppm)よりも高い濃度で二酸化炭素を含むガスでもよい。後者の場合、その二酸化炭素濃度は、0.1体積%以上100体積%以下、1体積%以上100体積%以下、または5体積%以上50体積%以下でもよい。炭酸化における二酸化炭素含有ガスの圧力も任意に設定することができ、例えば1気圧(0.10MPa)またはそれ以上でもよい。より具体的には、二酸化炭素含有ガスの圧力は、0.10MPa以上1MPa以下、または0.1Pa以上0.5MPa以下でもよい。好ましくは、コンクリート構造体が配置される環境と同一の二酸化炭素濃度と圧力でモデルコンクリートの炭酸化が行われる。特に大型のコンクリート構造体の炭酸化を行う場合には養生室での炭酸化は困難であるため、大気下でモデルコンクリート100の炭酸化を行うことが好ましい。一方、中小型のコンクリート構造体の炭酸化を行う場合には、専用の養生室内で炭酸化が可能であるため、より高い濃度および/または圧力下でモデルコンクリート100の炭酸化を行ってもよい。
【0020】
大気よりも高い二酸化炭素濃度を有する二酸化炭素含有ガスを用いる場合には、二酸化炭素のボンベやタンクから二酸化炭素含有ガスを供給すればよい。あるいは、モデルコンクリート100を製造する場所の付近に二酸化炭素を大量に排出する施設(化学プラント、ゴミ焼却施設、火力発電所、その他各種工場など)が既設されている場合、これらの施設で排出されるガス、または排出ガスに対して脱塵、脱硫、脱硝などを行うことで得られる精製された二酸化炭素を利用してもよい。これにより、二酸化炭素を運搬するためのコストが削減され、運搬に伴う二酸化炭素の排出が防止される。
【0021】
3.熱伝導解析モデルの構築
モデルコンクリート100と二酸化炭素含有ガスの接触によって炭酸化が進行すると、温度上昇および/または歪みの増大をセンサ102が感知する。例えば温度センサを用いて温度変化を特性変化として取得した場合、図4Aに模式的に示すように、各センサ102で取得される温度は、炭酸化の開始とともに急激に増大し、最大値を示したのちに徐々に元に戻る。図示しないが、歪みセンサを用いて歪み変化を特性変化として取得した場合には、各センサ102で取得される歪みは炭酸化の開始とともに急激に増大し、その後一定となる。
【0022】
炭酸化が開始する時点は、二酸化炭素含有ガスの濃度や圧力が固定されていれば、センサ102が設置された位置、すなわち、二酸化炭素含有ガスがモデルコンクリートと接する面からの距離に依存する。このため、外表面または孔100aの内壁からの距離が異なる複数のセンサ102を設置した場合、特性が変化する時点が異なる複数の経時曲線(図4Aに示す例では、曲線(a)から(c))を得ることができる。特性変化が開始する時間または特性が最大値を示す時間に対して二酸化炭素含有ガスとモデルコンクリート100との接触面からセンサ102までの距離をプロットすることで、図4Bに模式的に示すように、実測データに基づいてモデルコンクリート100における炭酸化速度を示す炭酸化時間-炭酸化深さプロットを取得することができる。炭酸化の挙動は、モデルコンクリート100の組成や大きさ、形状、あるいは外部環境によって異なり、炭酸化時間-炭酸化深さプロットは曲線(例えば、指数関数曲線やn次関数曲線(nは2以上の整数))で表されることもあり(図4Bにおける曲線(d))、あるいは直線(e)で示すように一次直線で表されることもある。このため、より精密なプロットを取得するため、上述したように三つ以上のセンサ102を用い、三つ以上の測定点において特性変化が開始する時間または特性が最大値を示す時間を取得することが好ましい。
【0023】
同時に、モデルコンクリート100における熱伝導解析を行い、熱伝導解析モデルを構築する。本推定方法では、上述した実測に基づく炭酸化時間-炭酸化深さプロットを熱伝導解析モデルとして直接利用してもよい。すなわち、実測で得られるモデルコンクリート100の炭酸化時間-炭酸化深さプロットを近似する近似直線または近似曲線を作成し、この近似直線または近似曲線を熱伝導解析モデルとして利用してもよい。
【0024】
あるいは、より正確な熱伝導解析モデルを構築するため、モデルコンクリート100とその周辺(すなわち、大気あるいは二酸化炭素含有ガス)間の熱伝達、および炭酸化による発熱を考慮してもよい。この方法では、モデルコンクリート100とその周辺との間の熱伝達特性、および炭酸化による断熱温度上昇特性に関する数理モデルを作成し、これらを用いて熱伝導解析モデルが構築される。
【0025】
熱伝達特性の解析では、モデルコンクリート100の組成に基づいて比重や比熱、熱伝達率、熱拡散率、表面積などのパラメータが与えられるとともに、境界条件(すなわち、モデルコンクリート100とその周辺間における熱伝達機構の設定、熱伝達における熱伝達率、周辺の温度など)を表すパラメータが設定される。これにより、モデルコンクリート100の任意の位置において、外部環境との間の熱伝達をモデル化することができる。熱伝達モデルでは、モデルコンクリート100が二酸化炭素含有ガスと接触する面を基準とする距離の関数としてモデルコンクリート100の微小領域における熱伝達がモデル化される。
【0026】
一方、炭酸化による断熱温度上昇特性の解析では、炭酸化による発熱量が考慮される。発熱量は、炭酸化、すなわち、コンクリートに含まれるセメント水和物の炭酸化のエンタルピー差から算出することができる。例えばセメントとして普通ポルトランドセメントを用いる場合、得られるセメント水和物の炭酸化には、以下の式で表される反応が含まれることが知られている。ここで、HはHO、CHはCa(OH)、CはCaO、SはSiO,AFtは3CaO・[xAl・(1-x)Fe]・3CaSO・32HO、AFmは3CaO・[xAl・(1-x)Fe]・CaSO・12HOである。mとnは水和反応の条件に依存する定数であり、例えばmとnはそれぞれ1.75、4.0である。xは0.5または1である。
【化1】
【0027】
各反応におけるエンタルピー差は、反応前後の各化合物の自由エネルギーから算出できるので、モデルコンクリート100の原料の種類、およびモデルコンクリート100の単位質量あたりに含まれるセメント水和物の質量に基づいて炭酸化による発熱量を得ることができる。モデルコンクリート100の微小領域の炭酸化時間tにおける断熱温度上昇量Q(t)は、例えば微小領域の終局断熱温度上昇量Qを用いて以下の式(1)または(2)などの指数関数で表すことができる。ここで、α、β、γは定数である。
【0028】
【数1】
【0029】
上述した熱伝達特性と断熱温度上昇特性に基づいて一次解析モデルを構築する。この一次解析モデルでは、モデルコンクリート100が二酸化炭素含有ガスと接触する面を基準とする距離の関数としてモデルコンクリート100の微小領域における温度がモデル化される。さらに、この一次解析モデルが実測によって得られるモデルコンクリート100の炭酸化時間-炭酸化深さプロットに一致するよう、熱伝達特性を決定する各パラメータ、および上記式(1)または(2)の定数α,β,γに例示される断熱温度上昇特性を決めるパラメータを適宜設定する。パラメータの設定では、有限要素法や境界要素法、差分法などの任意の数値解析手法を用いればよい。これにより、モデルコンクリート100の炭酸化時間と炭酸化深さとの関係を再現する熱伝導解析モデルが構築される。
【0030】
4.コンクリート構造体への適用
モデルコンクリート100の熱伝導解析モデルをコンクリート構造体へ適用することにより、コンクリート構造体における炭酸化挙動、すなわち、炭酸化深さを推定することができる。上述したように、モデルコンクリート100は、コンクリート構造体と同一または実質的に同一の組成を有するように作製することが好ましい。また、モデルコンクリート100の熱伝導解析モデルの構築では、コンクリート構造体が二酸化炭素含有ガスで処理される条件と同一または実質的に同一の条件下でモデルコンクリート100を炭酸化して得られる実測の炭酸化時間-炭酸化深さプロットが用いられる。このため、実際にコンクリート構造体の炭酸化深さを測定しなくても、モデルコンクリート100に基づいて構築された熱伝導解析モデルを用いることで、コンクリート構造体における炭酸化挙動、すなわち、炭酸化時間に対する炭酸化深さを推定することができる。
【0031】
上述したように、本推定方法では、コンクリート構造体を破壊することなく、炭酸化深さを推定することができる。また、モデルコンクリート100と同一の組成を有するコンクリート構造体であれば、その大きさや形状に依存することなく、炭酸化深さを推定することができる。さらに、本推定方法では、炭酸化深さは、コンクリート構造体の表面とその付近だけでなく、中心部分を含む全体について炭酸化深さを推定することも可能である。換言すると、本推定方法を利用することで、様々なコンクリート構造体によって固定化された二酸化炭素の量を把握することが可能となる。コンクリートは二酸化炭素を固定して大気中における温室効果ガスの削減のための媒体としても機能することが知られていることから、本推定方法により、二酸化炭素固定をより効率よく行うための新しい手段を提供することも可能である。
【実施例0032】
本実施例では、モデルコンクリートに対して炭酸化を行い、その温度変化を利用して炭酸化時間と炭酸化深さの関係を取得した例について説明する。
【0033】
1.断面の中性化観察による炭酸化の検討
普通ポルトランドセメントを用い、単位水量が170kg/m、単位セメント量が340kg/m(水セメント比50%)となるようにレディーミクストコンクリートを調製した。その後、100mm×100mm×400mmの容量を有する型枠に直径9mm長さ400mmのステンレス製のコア材を設置し、レディーミクストコンクリートを型枠に打設した。24時間経過後、脱型し、コア材を取り除くことでモデルコンクリート110を作製した(図5A参照。)。その後、コア材を除去することによってモデルコンクリート110の中心に形成された貫通孔110aの一端を止水用の接着剤で封止し、他端を高圧用フレキシブル金属製ホースを介して二酸化炭素ボンベ(濃度100%)に接続し、貫通孔110aに二酸化炭素を導入した。貫通孔110aにおける二酸化炭素の温度は室温であり、減圧器機を用いて圧力を0.5MPaに維持した。
【0034】
その後、図5Aの鎖線で示すように、長手方向に垂直な面でモデルコンクリート110の中央部をダイヤモンドカッターで切断し、フェノールフタレインの1%エタノール溶液を断面に吹きかけ、コンクリートの中性化を測定した。炭酸化が進行すると、元来アルカリ性のコンクリートは貫通孔110a側から徐々に中性化し、pHが低下する。このため、炭酸化が十分に進行してコンクリートのpHが約10を下回るとフェノールフタレインによる赤色の呈色は見られない。一方、炭酸化が生じていない、または十分に炭酸化が進行せず約10以上のpHを維持している領域では、フェノールフタレインによる赤色の呈色が観察される。二酸化炭素の導入開始から6時間後では、貫通孔110aの内壁から呈色が観察されなかった領域110cと呈色が観測された領域110bの界面までの距離は約30mmであった(図5B参照。)。一方、二酸化炭素の導入開始から24時間後では、断面の全体において呈色が観察されなかったことから、炭酸化が十分に進行し、pHが約10を下回った領域110bは貫通孔110aの内壁から66mmまで達することが確認された。
【0035】
2.温度変化の追跡による炭酸化深さの測定
上述したモデルコンクリート110と同様に、直方体のモデルコンクリート120を作製した。モデルコンクリート120では、その貫通孔120aの中心から長手方向に垂直な方向における2.5cmの位置と4.5cmの位置にそれぞれ熱電対をセンサ112-1、112-2として設置した(図6A図6B)。その後、貫通孔120aの一端を止水用の接着剤で封止し、他端を二酸化炭素ボンベ(濃度100%)に接続し、室温で貫通孔120aに二酸化炭素を導入した。貫通孔120aにおける二酸化炭素の圧力は、0.5MPaに維持した。
【0036】
センサ112で取得されたモデルコンクリート120の温度変化を図7に示す。図7に示すように、貫通孔120aの中心から2.5cmの位置では二酸化炭素導入から約6時間後に温度が急激に増大していることから、この時に炭酸化が生じたことが分かる。一方、貫通孔120aの中心から4.5cmの位置では、貫通孔120aの中心から2.5cmの位置による発熱に起因して二酸化炭素導入から約6時間後に温度がわずかに上昇するが、24時間が経過するまでは大きな温度変化は見られない。しかしながら、二酸化炭素導入から約24時間経過すると温度が急激に増大していることから、この時点で炭酸化が生じたことが分かる。これらの結果は、上述した断面のフェノールフタレイン呈色反応で得られる結果と概ね一致している。ただし、フェノールフタレイン呈色反応の結果からは、炭酸化開始から24時間後には断面のほぼ全面が呈色を示さないのに対し、温度変化の追跡による炭酸化深さの測定は、24時間後に貫通孔120aの中心から4.5cmの位置で炭酸化が開始したことを示している。この差は、フェノールフタレイン呈色反応は炭酸化の開始を示すものではなく、炭酸化によって生じるpHが約10を下回る領域とそれ以外の領域を区別する手法であるためである。
【0037】
3.コンクリート構造体における炭酸化深さの推定
モデルコンクリートの温度変化の追跡結果から得られる炭酸化時間に対する炭酸化深さのプロットを図8に示す。測定点はやや少ないものの、同一条件下で二酸化炭素を供給した場合に炭酸化深さが直線的に増大すると仮定すると、例えば同一の組成を有し、断面が200mm×200mmの正方形であるコンクリート構造体では、全体の炭酸化に必要な時間は約72時間であると推定することができる。
【0038】
以上の結果は、モデルコンクリートの特性変化をモデルコンクリート内に設置されたセンサで追跡し、得られる情報から炭酸化時間と炭酸化深さの関係を取得することで、より大型のコンクリート構造体の炭酸化深さを推定できることを示している。詳細な説明は割愛するが、この関係を利用して熱伝導解析モデルを構築することにより、より精密に炭酸化深さを推定することが可能となる。
【0039】
本発明の実施形態として上述した各実施形態は、相互に矛盾しない限りにおいて、適宜組み合わせて実施することができる。各実施形態を基にして、当業者が適宜構成要素の追加、削除もしくは設計変更を行ったものも、本発明の要旨を備えている限り、本発明の範囲に含まれる。
【0040】
上述した各実施形態によりもたらされる作用効果とは異なる他の作用効果であっても、本明細書の記載から明らかなもの、または、当業者において容易に予測し得るものについては、当然に本発明によりもたらされるものと理解される。
【符号の説明】
【0041】
100:モデルコンクリート、100a:孔、102:センサ、110:モデルコンクリート、110a:貫通孔、110b:領域、110c:領域、112:センサ、112-1:センサ、112-2:センサ、120:モデルコンクリート、120a:貫通孔
図1
図2A
図2B
図2C
図3A
図3B
図3C
図4A
図4B
図5A
図5B
図6A
図6B
図7
図8